「ふぅ〜〜ん。江原君はこの街に戻ってきたわけなんだ。…実は俺、転校生だったんだよ♪だからこの街をよく知らなくて…、できたら案内してほしいな」
「もちろんです♪観光地とかもいろいろ詳しいんですよ♪」
「助かるな…♪代わりにといっては何だが、この学園、まだ回ってないだろ？よかったら案内するよ♪」
「えへへ♪助かります！」
　すっかり仲良くなってしまった見能林と江原は、放課後学園をみまわることにした。
見た目以上にでかく、全部を見回るのに約１時間はかかってしまい、外は夕焼けに染まっていた。
　そして全てを見回り終わると、見能林は足速に学園をあとにした。どうやらバイトがあるらしい。
江原は一人玄関先に取り残されたままだった。

　また少し落ち着いてみると、見能林からもらった学園構図を手にまた学園を見回ることにした。まだ一つ、中を見てないところがあるからだ。
───音楽館。
　別館がまるまる音楽室になっているらしく、とても興味深かった。
　さっき来た時は鍵がしまっていて、中を覗けずにいた。
「……どうやって、中に入ろう…」
鍵をもらうしか方法はないだろう。
　そうと解っていても、先生にいきなり『鍵を下さい』と言うのは、江原には難しかった。
とその時、その音楽館から何か音が聞こえた。
　耳を澄まし、よく聴いてみる。
　───バイオリンだ。
江原は誰か来ていたのかと思い、扉に手をかざし、ゆっくりドアを開ける。

広く、眩しいスポットがあたるステージのうえに、女の子が一人でバイオリンを弾いていた。
　彼女が奏でるその音楽は、とても素人が出せるようなものなんかじゃない。むしろ、世界に匹敵するほど素晴らしかった。
その暖かい演奏に、江原は心を奪われてしまい、見とれてしまった。
　その女の子はよほど弾くのに集中していたのか、江原が入ってきたのに全然気付いていない。
…ずっと、彼女の演奏を聴いていると、曲が終わった。
　江原は思わず拍手をしてしまった。
「あっ………」
「……あっ…」
　お互いの目が合う。江原は思わず拍手をやめてしまった。
「ご、ごめんなさい！じゃ、邪魔でしたか……？」
「……いいえ♪江原君…」

　その声は、自己紹介の時に聞いた声と同じだった。聞き覚えがある懐かしい声。だけど、見覚えのない顔に戸惑うばかりだ。
「…あの…、同じクラスの人ですよね…？」
「……はい」
「あの……名前は…？」
「……ひどいですよ、江原君……」
彼女はゆっくりとステージの階段から降り、真っ直ぐ江原に向かって歩いてくる。
「……忘れちゃったんですか？…私を」
　古い記憶を探る。もしこの街で会ってるとすれば、きっと幼稚園から小学生の話し。そしてこの安らぐようにゆっくりと話す口調。そして丁寧な敬語。…もう一人しか思いつかなかった。
　自宅の向かいのあの家、引っ越してしまったとばかり考えてた人、幼稚園からの幼なじみの女の子。
「羽瀬……菜和…さん……？」
「…………はい♪」
にこやかに笑うその笑顔でやっと思い出した。

　昔と違い、すごく大人になってしまって全然気付かなかった。
「…引っ越したんじゃ……」
「うん……。といっても、隣駅の近くですよ…」
「そう…だったんだ…♪……また会えるなんて……」
「そうですね♪……江原君が教室に入って来た時、本当にびっくりしました」
「でも全然気付かなかったよ……。ごめんね…？」
「…いいのですよ♪…また仲良くしてくださいね。よろしくお願いします♪」
「…はい。こちらこそ」
　羽瀬はバイオリンを持っていたケースにしまい、通学鞄と一緒に持った。
「私、そろそろ塾がありますから…、これで………あっ…。ごめんなさい！鍵を閉めてもらえますか？」
　羽瀬はポケットから音楽館の鍵を江原に手渡した。
「は…、はい♪それでは、気をつけて♪」
「はい♪また明日…、ゆっくり話しましょう♪」
　そう言って足速に音楽館を去ってしまった。
　こうして、彼女との再会は幕を降ろした。まさか、また初恋の人と再会することなんて夢にも思わなかっただろう…。貴重な奇跡を胸にしまい、音楽館をあとにした。

「お兄ちゃんっ！ちょっと話しがあるんだけどぉ……♪」
「……お金は貸さないよ」
「うっ……。ご、…五百円でもいいから」
「バイトしなよっ！」
「……ケチ兄貴！バーカ！」
「ば、…っ！」
　江原の部屋の扉が勢いよくしまった。
「まったく……しょうがないやつだな…」
　ベッドに寝転ぶと今日の出来事を回想してみる。…幼なじみの初恋の人との再会。驚きを隠せなかった。
　そう、今でも心臓が高鳴って止まらない。
「羽瀬………さん…」
　顔を思い浮かべる。小学生の頃と、今の羽瀬。本当に…あの人が…。
「こるぅあっ！ｴﾛ兄貴！顔がにやけてるぞ！」
　目を開けたその目の前に、瀬衣菜が顔をのぞかせていた。
「あっ！へ、部屋に入るんだったらノックぐらい…」
「した！しました。そんでお兄ちゃん、電話だよ？」
「で…、電話…？」

　ベッドから起きて、下の階に行く。
　電話には『保留中』と印されていた。
　受話器を取り、『通話』に切り替える。
「はい、もしもし。替わりました」
「………えっと、江原君だね？…謎の転校生君♪」
「え…っと？…だ、誰ですか？」
「う〜〜〜っとねっ！私はね、江原君の味方になってあげようって話しがしたいの♪」
　あまりの発言に戸惑う江原だった。見知らぬ人からいきなり味方と言われても、どう対応していいのかわからない。
「あんだーすたんど？♪」
「えっと……‥」
「うぅ〜〜、忘れたんかい！私よ！」
「……え？」
「私だよ！学桐ちあき！」
「……ご、ごめん！……ちあきさんでしたか…」
　その正体は学桐ちあき。
　彼女も幼馴染みの一人だ。羽瀬さんとは大の仲良しで、小学校の時はよく二人を見掛けたものだ。

「……何で僕の電話番号を？」
「先生から教えてもらった！♪…学校じゃ、話せなかったからさぁ…」
「ご、ごめん…、…明日話そうよ…♪」
「おーけー！♪んじゃおやすみ…」
　学桐はそう言うと、電話を切った。
「ほっほぉーう♪お兄ちゃん、いきなりモテムード全開ですかにゃ♪」
　どこから聞いていたのか、いつの間にか瀬衣菜が後ろに立っていた。
「んで、誰から？」
「……幼馴染みからの電話。学校が同じだから、連絡してきたらしい…」
「……なぁ〜んだ…」
　つまんなそうな顔をしながら二階に上がっていった。
　暁も二階にあがり、自分の部屋に入っていった。

「さぁ〜…ってと」
　次の授業は数学。まだ教科書が届いてない江原は、とりあえず見能林に見せてもらっている。しばらくはお世話になるようだ。
「江原君、次も使うかい？」
　見能林はシャープペンシルを机に置く。
「あ…あれ？見能林君、どっか行くの？」
「……俺、数学嫌いだからさ、少し遅れてくるわ…」
「あ…、そうなんだ…」
　そう言うと見能林は足速に教室を出て行った。
　一息つくと、次の教科の準備をする。教科書は見能林の机からとる。ノートは瀬衣菜が買ってこさせたノートを使ってる。…代わりに昨日の５００円を貸してあげたのが条件だが。

「やほっ♪」
　いきなり後ろから声をかけられた。その声の主は昨日電話してきた学桐ちあきだった。
「あっ、ちあ───」
「ここ空いてるよね？♪次の授業ちょっと話ししよーよ！」
「は…、はい…」
　そういうと見能林の席に座った。久しぶりにみた学桐は昔と変わってない。まさに背が伸びたぐらいしか、変わってないぐらいだ。
「ほんっと久しぶりだよねぇ〜…。んじゃ、質問コーナーでも始めよう！」
「え…っ？ちょっ───」
「第一問、Ｕターンした理由は？」
　人の話しを聞かず勝手に始まってしまった。