普通に面白かったｗ
(≧ヮ≦)

……‥

　夕焼けが沈みだす。
　もう５時になるのだろうか。
　江原はずっと彼女の永遠と流れる演奏を聴いた。
　でもそれは飽きもしない。むしろ…、このまま聴いていたいぐらいだ。
　そう、次の日がくるまで…。
　もうあと少ししたら、瑠原は消えてしまう。
　想い出を残して、消えてしまう。
　実際、幽霊が消えるという瞬間は本当にあるのだろうか？…なくていい。なければ瑠原は消える必要はないのに…。
「しぃー…？」
「………何？」
　鍵が閉められた音楽館に、響く声。
　音楽もいつの間にか終わっていた。
　それがいつ終わったのかも知らない。ずっと瑠原を見ていただけ。…音楽はもうずっと耳に残ってるから……。
「…しぃー、…少しだけお話しがしたいよ…」
　瑠原はピアノから離れ、江原のところに寄ってきた。
　ステージの真ん中はライトスポットがあたっている。今、二人はその中だ。
　瑠原は江原に近づくと、手をぎゅっと握った。
　…暖かい。細くても人の温もりをちゃんと感じさせてくれている。
　とても、幽霊なんて思えない。

「…しぃー、…私、ピアノ…うまかった？」
「……もちろんだよ…♪瑠原さん…うまいよ……♪世界一だよ…」
「しぃーはいつも……優しい……。だから私は甘えてばかりだな……」
　きゅっと、手を強く握る。
　江原もそれに答えるように、握り返す。
「…夕日が沈む……。…もう、…行かなきゃ…」
「…我が儘言うけど、離したくない……。ずっと握ってるから…」
「…しぃー…」
　瑠原の顔が赤く染まる。そして優しい微笑み。
「…しぃーと会って、…色んな想い出をもらった……。きっと、生きていた頃よりも大切で……楽しい想い出…」
「……嫌だよ、瑠原さん……。想い出なんかで消えないでよ！…ずっといてよ……」
　江原はうるっと目に涙を浮かべるが、堪えて泣かないようにしている。
「……しぃー、気持ちは嬉しい♪……でも、私は……死人だ…」
「死人なんかじゃない！…ちゃんと目の前にいるからっ！瑠原さんは…居るから…っ」
「……しぃー、……また甘えてもいい…？」
「……うん…」
　瑠原はそっと、江原の胸の中にうずくまる。江原は瑠原をそっと抱いた。
「…こうしてると、…一番落ち着く………。しぃーの…心臓の音……。優しい……音…」

　今にも眠りそうな声。ゆっくりと消えてしまいそうで江原は怖かった。
　日が徐々に傾き、音楽館は暗くなっていく。
「しぃー…、…今更だけど……、私、…しぃーのこと、愛してしまった………。…ずっと…そばにいるから……、その好きと言う気持ちを忘れかけてたけど、……しぃーが傍にいなくなると知ると、……怖い…」
　江原はぎゅっと瑠原の体を抱きしめる。
　力強く。今、瑠原が目の前に“居る”ことだけを信じて…。
「……わたし、…こわいよ、…しぃー…」
　声が掠れてることに気付く。江原は離そうともせず、ずっと、ぎゅっと抱きしめる。
「僕も瑠原さんが好きなんだよ……。…きっと、この先もずっと変わらない……」
「…ううん、…しぃーはちゃんと変わって…？……私を残してはダメ…」
「そんなこと言われても無理だよ！……忘れられないよ！…ずっといてよ！」
　涙がこぼれる。瑠原の背中にぽつ、ぽつ、と。

「…しぃー……。好き……、…しぃー‥好きだよ……しぃー…」
　何度も江原の名前を呼ぶ瑠原。…声はさっきより掠れているが、はっきりと言っている。
　心に何度もぶつかる“好き”と言う言葉。
「好きだよ…、瑠原さん……。ずっと…好き、好き……好きだよ……瑠原さん…」
　江原も何度も名前を呼びながら“好き”と呼ぶ。
「しぃー…消えたくない……！…ずっとそばに…居たいよ………」
　瑠原は江原の胸の中でぐすぐすと泣き出す。涙が暖かい。
　ワイシャツに染み込む涙。
　ワイシャツに落ちる涙。
　二人して泣く。だけど名前を呼び合う声、そして“好き”と言い合うことは止みもしない。
　江原は苦しさと寂しさがいっぱいになり、瑠原に口づけをした。
　瑠原は拒否もせず、江原を迎える。
　甘い香り。甘い涙。
　何より、暖かい温もり…。
　江原は瑠原の髪を撫で降ろす。瑠原はそれに答えるように甘える。
　消えたりしないさ…。
　ここに居る。…確実に居る。…消えたりなんかしない…。

　…夕日が、沈んだ。
　音楽館は一つのライトスポットだけを残し、明かりが消えていく。
　黄昏色の光が、消えていく。
　…瑠原の体も、…徐々に消えていく。
「イヤだ！瑠原さんっ！ダメだよっ！」
「えはら…！…えはらぁっ！こわいよっ！…こわいよ…！」
　黄金色の明かりが失われる。その早さは、このときだけ早く感じた。
「瑠原さん……っ！」
「…えはら……。……ほんとうに……ありがとう……」
「何でそんなこと言うんだよっ！…信じて瑠原さん！僕と瑠原さんはここに“居る”！……そばに居る……」
　瑠原の足が既になくなっている…。薄く見えるけど。その足は消えていく。
「えはらにあえて……、……えはらをすきになって……、わたし、……しあわせだよ？……えはら……」
「……、…うん…」
　また唇を重ねる。
　そっと、優しく、壊れないように…。
　そして握っていた手が、…崩れるように消えていく。
　もう一度にぎろうとしても、空振りするだけ。
「………じかんだよ……。えはら……」
　江原は抱きしめるように、瑠原の体を覆う。
　そこに身体はなくても、存在が在るように。

　言葉が途中で消えた。
　抱いている瑠原を見る。
　ライトスポットの光だけが前に映る。そして、…瑠原が引いていたピアノも。
　江原は瑠原の顔があったところに、キスをする。
　感覚は確かにない。だけど感じる。

“瑠原が微笑んでキスを返してくれている”

時間は流れても止められない。
だけど瑠原と江原が過ごした時間は永遠に止まれる。
そばに居ることを信じ、何度も手を繋いだ日々。
確かな温もりと、暖かい声。
そして……。

「……僕は、君を見つける……。まだ居ることを信じてるから……」

“居ることを信じ続けること”
“それはいつも思いもつかないが”
“忘れない”
“確かにそばに居た、…彼女のことを”
“そっと消えていく、夕焼けの日を”