「………私、音楽が好き」
　またいきなりだけど、江原は音楽が好きなので、話しが合いそうなのは間違いない。
「…僕も音楽は好きだよ♪」
「………私…、ピアノを始めたの…。だから………誰かに聞いてもらいたくて……。あなたを呼んでしまった………。ごめんなさい………」
　そう言う瑠原の顔は今にも泣きそうな顔をする。別に迷惑じゃないのに…。むしろ瑠原の演奏を聞いてみたいと思った。
「…もしかして、誰かに聞かせるのは初めて？」
　瑠原は一度深く頷いた。
「………聞いてみたいな♪…聞かせてよ」
「…………はい」
　瑠原はピアノに手をつけると、ゆっくり引き始めた。
　…本当に初心者なのだろうか。所々音程が外れるところがあっても、リズムはしっかりしている。初心者にしては上出来だ。
「……どうでしたか？」
　演奏が終わり、瑠原が心配そうに江原を見つめる。
「…素直な感想を言っていい？」
「……お願いします」
「所々多少なミスはあった。だけどリズムはちゃんと乗ってたし、ミスと言ってもこれといって目立つミスじゃなかったよ♪……とてもうまかった♪初心者には思えないぐらいに、ね」

　江原の言葉にびっくりしたのか、瑠原はその小さな目からぽろぽろ涙が出ていた。
「……うまかった…？…本当に……？」
「うん♪……保障する♪…それにしてもすごかったね♪何ヶ月練習したの…？」
「……４日です」
　その言葉に江原はさらにびっくりした。
「４日…？４日だけでこんなうまく……」
「…………そこまで言われると、照れます……」
　瑠原はどうやら照れ屋なのか、顔を見せないように下を向く。
「…で、でも…、何で僕に聞かせようと？」
「……私、転校してきたばかりで………友達がいないから…」
「…僕もそうだよ♪転校してきたばかりなんだ」
「え、江原……。私達は…もう…友達……？」
「もちろん…♪」
　瑠原は少しだけ笑顔を見せてくれた。涙を少し見せるその笑顔は、とっても癒された時間に変わっていった。

　ホームルームが終わり、家に帰り出す人もいれば、部活や委員会などで残る人もいる。江原は部活見学しに学園に残ることになった。
　江原はこれと言って特徴はない。ただ好きなのは読書と音楽鑑賞だった。
　しかし、音楽関係は吹奏楽部と軽音楽部なのだが、部員が少ないので発表することがないようだ。つまり、同好会みたいな感じになっている。それは何故かやる気が起きなかった。
　そこでやることになったのは…。
「今日から図書委員に勤めさせていただきます…、え、江原暁です…。よろしくお願いします！」
　図書委員ぐらいしかなかった。委員会活動の内容は、昼休みと15時30分から18時まで、図書室で管理人をしてもらうことになっている。と言っても交代でやるので江原は入りたてなので、水曜日だけとなっている。

「よろしく。江原君」
　挨拶を返して来てくれたのは、図書委員会委員長の彼雀涼。３年生の先輩だ。
　すらっと細長い身体をもった彼女は江原に細かい指示をしてくれた。
「──何かわからないことがあったら、あとで私に聞いて」
「は、はい♪助かります！」
「…元気ね。その調子でちゃんと働いてちょうだいね、江原君。今日はもう帰っていいわよ」
「はい♪…さようならです、彼雀先輩」
「えぇ。さよなら」
　さよならを交わし図書室を出ることにした。
　部員は江原と彼雀とほかに４人いるらしい。しかしその４人とも１年生のようだ。

　江原は自宅へと向かう。その校門で瀬衣菜と会った。
「おっす♪お兄ちゃん！♪」
　その背中には剣道の荷物が背負ってあった。
「剣道部に入ったの？」
「もちっ！♪…さっそく私の魅力で男のコはみんなメロメロに──」
「妄想なんかしてないでさっさと帰れよ…」
「人の話しは最後まで聞こうよ…。てか冷たいなぁ〜。お兄ちゃんを待ってたのになぁ〜…」
「……ふぅ…、なら帰ろうか？」
「うん♪」
　こうして妹と一緒に帰ることになった。夕暮れになるのはこの時期からやけにはやくなる。女の子を一人で帰らせるのも罪悪感があるってものだ。
　今日は羽瀬の姿がなかったせいか。少しだけ寂しい感じがした。…まさかまだ、彼女のことを…？
　明日は話そう！また仲直りできたら、それでいい。そう考えていた。

　朝ご飯を食べ、今日も瀬衣菜と一緒に登校する。今日は少しだけ雲ゆきが怪しい。なので二人は傘を持って行くことになったのだが…。
「お兄ちゃん？傘はどうしたの？」
「…う、んっとね、まぁどっかの誰かさんが勝手に持ち出して、失くして帰ってくるからなくなったんだよね……、傘が…」
「そいつは大変だぁ〜〜ねっ！♪んじゃ行こうっか！！♪」
「………帰りに買って帰ろう……」
　こうして登校中に話しをしていると、雨がぽつ、ぽつ、と降ってきた。
「あっちゃぁ〜…、…さきに急ぐねっ！！♪」
　そう言い残すと、その運動神経を生かしダッシュで学校へと向かった。運動してることだけあって、足が速い。すぐに角を曲がりいなくなってしまった。
「……傘、……置いてけよ…」
　徐々に雨が強くなってきた。仕方がないので、近くのコンビニで傘を買うことになった。
　自動ドアが開くと、暖房が効いた室内が江原を暖かくさせた。

　傘売り場に目を向ける。
「……………はぁ…」
　余程運がないのか、普通の傘も折りたたみがさも、さらにレインコートも売ってなかった。
　とりあえず、コンビニに入ったからには何か買わないと…、ということで、ホットココアを買ってしばし雨宿りをすることになった。
　雨宿りをしている時間は、どんどん雨が増していく時間となっていく。
　ホットココアもただのホッカイロがわりになっていた。
　秋なのに、まるで冬のような寒さだ。…いや、それは普通か。
　10分たつと、登校中の生徒がコンビニをとおり過ぎていく。
　ぼーっとその光景を見過ごしていると、誰かが声をかけてきた。
「やぁ、江原君♪」
　見能林だった。でかい傘をかざして歩み寄ってきた。

「……やぁ…」
「もしかして…傘がない、とか？」
「……う、…うん……」
「それでコンビニに買いにきたけど、何にも売ってなかったから、とりあえず暖かいものを買って寒さからしのぎながら、雨宿りして雨がやむのを待っている……か？」
「……す、…すごいね………。…全部あたりだよ……」
「しょうがない……、俺の折り畳み傘でも使えよ♪」
　見能林は通学鞄から少しだけ小さい折り畳み傘を江原に渡した。
「ありがとうっ！！♪絶対に借りは返すねっ！！♪」
「いいって♪…一緒にいくか？」
「……ごめん、…ココア飲んでからいくよ…♪」
「遅刻すると、春先輩がうるさいから……って、知らないか♪…まぁ遅刻して見ることだな♪先にいくからな、はやく来いよ？」
　また登校中の生徒の波の中に見能林は戻った。
　学校は差ほど遠くはないが、もう少しのんびりしたかった、ただそれだけだった。

　ココアを飲み終わるころには、登校中の生徒が少なくなってきた頃だ。
　そのとき、一人の女の子が通学鞄を頭に当てて雨に濡れないようにコンビニに走ってきた。
　強い雨は鞄を濡らし、彼女も濡らしていった。
　隣に立つ彼女がこっちを見る。
「……え、江原さん…？」
「あっ…、羽瀬さん♪…おはよう…♪」
「おはようございます………ｸｼｭﾝｯ！」
「だ、大丈夫ですか…？」
「は、…はい………ｸｼｭﾝｯ！」
「い、今暖かいもの買ってきます！」
　そう言い残しコンビニの中に入り、ホットココアを買う。
「……はい♪暖かいから飲んで…♪」
　ホットココアを渡すと暖かそうに手で缶を包む。
「………暖かいです……♪あの…、本当にありがとうございます…♪なんて御礼したらいいか………」
「御礼なんていらないよ…♪まだ時間あるし…、ゆっくりあったまったら、行こう…♪」
「…私、…傘忘れちゃって………。だから先にいっててください………。雨がやみましたら、後ほどいきますから♪」
　江原は手に持った傘を見つめた。惜しいけど、それを羽瀬に渡す。

「それ使ってください……♪僕がここに残りますから……。それにもう少しのんびりしたいですし…♪」
「そ、そんなことできませんよぅ！………あの…」
　羽瀬はいきなり顔をうずくまって、黙り込んでしまった。
「……じゃあ、行きますね♪」
「いっ、一緒にいきましょう！！あ、…あのですね………、傘も一緒に入れば体同士がくっついて暖かく……って、何いってるんだろう私っ！！」
　羽瀬は慌てているのか照れているのか解らない状況になっていた。いや、両方というべきだろう。それを間に聞いてしまった江原も赤面してしまった。
「……えっと、あの………、は、…羽瀬さんが…よければ………♪」
　江原のしんぱく数は急上昇するほど、照れていた。…小学校はよく一緒に傘に入っていたのに、今では全然違う気持ちで接しているからだ。