「……うん♪ちあきさんとは、話してて楽しいし、…また笑ってほしい」
「……あたしね…、久しぶりにはしゃいじゃったんだ……。江原が来てくれたからね……。いつもこんな喋り方だよ……？」
「喋り方なんて気にしないよ♪…でもちゃんと話しを聞いて、一人で突っ走らないようにね……♪」
「………うん♪」
「これからは、三人で話そうよ…♪昔みたいに♪」
「……江原ぁ♪」
　学桐は勢い良く立ち上がる。そのまま、江原に抱き付いてきた。
「ち、ちあきさん？！」
「江原って…本当に優しい………♪あたし…、江原の前だったら、昔みたいに戻れそうだよ♪」
　そう言うと、ゆっくり江原から離れた。
「…江原ぁ…、服、…濡れちゃったね……」
　それはそうだ。５分も雨の中話しをしていたのだから。
「うん…。保健室で着替え借りようよ♪」
　江原は鍵を開け、学桐を連れて保健室に着替えを借りにいくことになった。

「二人してこんな雨の中どこに行ってたの？！」
「えっと…、屋上に探し物を探しに……」
「晴れた日にしなさい！…でもよかったわ。ちょうど男女一着ずつあって♪」
「ありがとうございます…♪」
「もう同じことしちゃダメだよ？！わかった？！」
「はい……。えぇ‥っと〜？」
「私は干潟香苗♪保健室担当の先生よ」
「…ありがとうございます、干潟先生…♪」
　保健室に着いた二人は、干潟先生から着替えをもらい、更衣室で着替えることになった。
　着替え終わり教室に戻ることになったそのとき、チャイムがなった。４時限目が終わり、昼休みに入ろうとしていた。
「チャイム、なっちゃったね…」
「昼ご飯とか予定あるぅ？♪いつも羽瀬さんとね、音楽館で食べてるから江原も一緒に食べよ♪」
「うん…♪」
「今呼んでくるね！！♪」
　このはしゃぎようは、昔の学桐と同じだ。あの言葉が嘘だと、信じたい。
　江原は元気に階段を上がっていく学桐を見ながら、そう思った。
　江原は学桐が羽瀬を呼びに言っている間に、購買部でパンを買いに行った。

　今日の授業は全て終わった。そう、残りのホームルームさえも終わり帰りの支度をしていた。
「江原君、…一緒に帰ろ…♪」
　声をかけてくれたのは羽瀬だ。昔から準備がいい羽瀬はすぐに帰れるように身支度をすませていた。
「うん…。でも、もう少し待っててください…」
「はい…♪待ってます」
　そう言い残し、廊下へと姿を消した。
　江原はやっとのこと身支度をすまし、廊下へと向かう。
　廊下をでると、羽瀬ともう一人、知らない女の子がいた。二人仲良く話しているところを見ると、どうやら友達らしい。
「おまたせ、羽瀬さん♪」
　声をかけると、二人ともこちらを見る。
「あっ、江原君♪」
「に、…にぃ…、いや…えっと、…江原先輩♪♪…？！」
　よく見ると、その娘も見覚えがある。
　その娘は泉水香音。小学生のとき、いつも面倒を見てあげたもう一人の妹みたいな年下の子だ。

「香音♪…久しぶりだね♪」
「久しぶりです！だぁっ！♪」
　昔から変わらないものだ。泉水は昔から江原に飛び付いて抱き付く習性がある。普通の子より少し小さい泉水は江原のお腹にぽすっと飛び付いてきた。
「元気だった？…ちゃんといい子にしてる？」
「かおはいつもいい子だよ♪にぃっち♪」
　この「にぃっち」とは「兄さん」を表してる言葉らしい。本人直々に教えてもらった言葉だ。
「あっ…、え、江原先輩だったよ…」
　泉水はまだ呼びづらそうにしている。江原のことはいつでも『にぃっち』だったからだ。
「普通でいいよ。香音♪」
「にぃ〜〜っち♪♪」
　もう高校一年なのに、甘えるところは昔と変わらない。いつもしていたみたいに香音の頭を撫でてあげると気持ちよさそうに頭をお腹に擦らせまた甘え出す。

「……江原君、早く帰ろうよ！」
「えっ？う、うん♪香音はどうするの？」
「かおねっ、化学研究部に行かなきゃいけないの…。だからまたね♪にぃっち♪」
　そう言い残し、目の前の階段をかけて行った。
　羽瀬はすぐさま江原の袖を掴み、玄関に向かおうとする。その力は、少しばかり強いような気がした。
「は、…羽瀬さん？」
「はやく帰ろっ！はやく、はやく！」
　何故かその顔は怒ってるようにも見えた。江原はいわれるがまま、羽瀬と玄関へ、何故かはや歩きで向かった。

　靴に履き替え、下校中の生徒の波に飲まれながら二人して歩く。沈黙が嫌な空気をながしているけど…。
「……香音ちゃんと本当に仲がいいんですねっ」
　少しふてくさった声で江原に問い出した。
「だ、だって昔っからそうだし…」
「もう高校生なんですよ…？そろそろ離れないと」
「う、うん…」
　いきなり羽瀬の足が止まる。
「私だって……抱き付いたことないのに…」
「…え…？」
「…な、何でもないですっ！もう先に帰っちゃいますからっ！」
　そう言うと羽瀬は走り出してしまった。
「あっ………、羽瀬…さん……」
　追うのにも何故か迷惑な気がした。羽瀬はどんどん離れて、じきにその姿も消えてしまった。

　校門からそんなに歩いてないので、そんなに離れてなかった。目に写ってるのはあのコンビニ。羽瀬と初めて相合い傘をして、登校したあの光景が目に映る。羽瀬は何かと物事を隠す人だった。だから何を考えてるかはよくわからない子なんだ。でも…時々わかるときがある。
　羽瀬はあぁ見えて、おとなしそうに見えるけど、実のところは甘えん坊で、ヤキモチ焼きなんだ。
　だから昔から、瀬衣菜と泉水が甘えるとき、ふてくされてすぐに帰ってしまう。そのあと謝れば少し甘えてくるような子だった。
　今はどうかわからないが、明日謝ってみよう。そう思う江原だった。
　久しぶりに一人で家まで帰ることになる。久しぶりといっても三日ぶりなのだが。
　その途中、見覚えのある人が裏路地に入って行った。
　ぱっと見るが、まだわからない。とりあえずその人のあとをついていってみる。

　数分後、丘の近くにある公園に着いた。その公園は江原達がよく遊んでいた公園だった。久しぶりにこの公園に来ても、やはり何にも変わらない。変わったのは落ち葉がジュータンを作ってるくらいだ。
　そして、その公園に入ったその人は、間違いない。倉笠春沙だ。
　彼女は江原より一個上の姉の存在にいる人だった。江原も羽瀬も泉水も学桐、それに瀬衣菜まで世話をしてもらった恩人でもある。
　倉笠は公園の隅にある落ち葉がたまった場所に走りよると、懐から食パンを取り出した。さらに学園の自販機に売っているパック牛乳をとりだした。

「にゃー‥にゃー‥、…ほら、もってきたぞオチバ☆…早くお食べ」
　よくみると、枯れ葉に囲まれた段ボール箱がある。その中に、小さな子猫がいた。
　まだ幼いその子猫は食パンを一生懸命食べている。余程お腹が空いていたんだろう。
「…春お姉ちゃん…？」
　倉笠は江原の存在に気付き、ゆっくりとこちらを向く。
「暁…？…帰って来たの…？」
「うん…。一日に帰って来たんだ…♪」
「……ふん、別に帰って来てもいきなり歓迎しろなんて無理だからね…」
「いいよ、別に…♪それより、その子…」
「あぁ、この子…。……この子オチバって言うの……。棄て猫なのよ」
　まだ見知らぬ江原の姿に子猫はにゃーにゃーなきながら、手をふりふりしている。無邪気な可愛さだ。
「人間は……残酷過ぎる。…こんなまだ幼い子猫を捨てるなんて……」
　倉笠は、しゃがみこみ子猫の顎を撫でる。
　子猫はｺﾞﾛｺﾞﾛ…と喉をならして倉笠に甘えていた。

「春お姉ちゃん……優しいね…♪」
「……普通よ…。ボクは普通……。普通じゃないのは…この世に生きてる大人達よ」
「……拾ってあげないの…？」
「……拾ってあげたい…、けど、…バレたら追い出されてしまう…」
「……親に？」
「あんなやつと一緒に住む方が異常だわ！……アパートで一人ぐらしよ……。でも、そこでも邪魔される。…汚い大人に」
　そうとう、大人の人に恨みを持っているのだろうか。昔は、そんな人じゃなかったのに。
「…僕が飼うよ…♪瀬衣菜も猫好きだし♪」
「ボ、ボクが面倒を見るっ！…オチバと離れるのは悲しい…」
「でも…、もう秋だし、寒いと思うよ…？」
「…だったら…、ボクがアパートで飼うっ！バレないようにすれば…きっと大丈夫だっ！」
　子猫を抱えながら、江原にそういう。もう離す気はなくなったようだ。