【一緒に】球体関節人形【つくろう】
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#19 [七氏]
「でもね〜、稲川ちゃん。この人形ちょっとおかしいんだよ。見てみな、ほら、右手と右足がねじれちゃうんだよ。」人形であるから操作しやすいように、関節の部分は丈夫な糸で連結してはいるが隙間は十分に空けてあるはずなのに、である。しかも放っておけばダラ〜ン、となって自然にまっすぐになるはずなのだが右手と右足だけがまったくいう事をきかないのだ。「前野さん、俺が直してあげようか?そういうの出来るからさ。」「う〜ん・・・。いや、やっぱり作った人がいいから、先生のところに持っていくよ。悪いからさ。」「それもそうだね。」こうして初稽古の日は終わった。自宅に帰った稲川さんは、人形の事を聞いてみようと思い前野さんに電話をかけた。すると前野さんも丁度良かった、といった口ぶりで稲川さんに話してきた。「おかしいんだよ、稲川ちゃん。人形を作ってくれた先生なんだけどさ。」「うん、どうしたの?」「行方不明なんだって。」「え?何それ?」「うん、こっちから先生のところにはどうしても連絡がつかないから、色々な人に聞いてみたんだよね。そしたら’あの人今は行方不明なんだって’って言うんだよ。」「なんだ・・・しょうがないね・・・。」
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#20 [七氏]
9 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・: 2001/01/24(水) 02:37人形の修理は出来なかったが、そうこうしているうちに今度は台本が出来てきた。文学座関係の作家で、純文学家の斉秀一さんという人物である。さっそく稲川さんや演出家の人達と共に原宿で打ち合わせが行なわれた。「先生、ここどうしましょうか?」「あぁ、ここは稲川ちゃんがアドリブでやってよ。その方が面白いからさ。」「アハハ。はい、分かりました。」打ち合わせは順調に進み、その場はお開きとなった。「僕は今日これから、帰ったら台本仕上げちゃうよ。」「あ、どうもすいません。よろしくお願い致します。」その日の夜。稲川さんの元に前野さんから電話があった。「やあ、前野さん。どうしたの?」受話器の向こうで表情は分からなかったが、前野さんの様子は只事ではなかった。「稲川ちゃん大変だよ・・・!」「・・どうしたの?」「先生の家、火事で全焼しちゃったんだよ・・・。」「えぇっ!?」「さっき僕が電話したときは燃えてる途中だったみたいなんだけど、今さっき連絡が取れたんだよ。・・・全焼なんだって。」「原因は何なの!?」
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#21 [七氏]
「分からない・・・でも先生が書いてた台本の原稿、書斎から出火したもんだから全部燃えちゃったって・・・。」
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#22 [七氏]
しかし舞台の稽古は続けなくてはならない。仕方が無いので台本無しという緊急事態のまま稽古は本格的に始まった。稽古が行なわれていたある日の事。突然前野さんが稲川さんに「稲川ちゃん、ちょっとごめん。電話してきていい?」と尋ねてきた。稽古熱心で途中で席を外したりする事が普段はほとんど無いという前野さんだった為に稲川さんは不思議に思ったが、「あぁ、いいよ?行って来なよ?」「うん、ごめんね。」そして階段脇の公衆電話に向かった前野さん。しばらくすると、通路の方からタッタッタッタッタ!と、駆け足の音が聞こえてきた。前野さんだった。大柄な人のため足音も大きいのだ。「ごめん、稲川ちゃん。帰らなくちゃ・・・。」「どうしたの、前野さん。何があったの?」当時前野さんは家庭的にもめてる事があった。兄弟同士でみにくい争いがあったのだが、前野さんは普段そういった事には無関心な純粋な人であった。前野さんを含む兄弟には中野に住む年老いたお父さんが居た。しかし親をそんな争い事に巻き込んでは可愛そうだという事で、稲毛にある自分の家に引き取り、当時45歳になる従兄弟の男の人に面倒を見てもらっていたのである。
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#23 [七氏]
この時前野さんは自分の家に電話をかけたのだが、出たのは警察の人だったという。前野さんのお父さんの面倒を見てくれていた45歳の従兄弟の人。この人が急死したのである。原因は警察が調べているところなのだが不明らしい。とにかく帰ってきてくれ、と警察に言われたのである。10 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・: 2001/01/24(水) 02:37「イヤな事が続くねぇ・・・。」稲川さんは思わずつぶやいた。そして、色々とゴタゴタが続いたが舞台はいよいよ公演の日を迎える事が出来た。評判は上々で、稲川さんや他の出演者達がTVに出演する事もあった。そんなある日の公演。朝、稲川さんが現場に出向くとその場所にいる人達の様子がおかしい。気が付くと、美術さん、照明さん・・・ありとあらゆるスタッフや出演者達が怪我をしているのだ。包帯を巻いたり湿布を貼ったり・・・。「ガラスで切った。」「包丁をすべらせて刺してしまった。」理由は人によって色々あるのだが、怪我の場所は全員が同じ「右手と右足」。そして、その日の公演「昼の部」直前の事である。稲川さん以外の出演者が全員倒れてしまったのである。熱を出したり下痢を起こしたり・・・。とにかくお昼の公演は無理である。
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#24 [七氏]
お客さんには事情を説明して、お昼の部のチケットでも、その日最後の「夜の部」を見られるように、見ない人にはチケットを買い戻すという措置が取られた。そして稲川さんの発案で、大変ご利益があるというお寺に行って関係者一同御払いをしてもらう事にした。夜になる頃には具合の悪かった出演者達もいくらか回復し、夜の公演が無事に行なわれる事となった。お昼の部のチケットを持っている人は、ほとんどが帰らずに夜の公演を見ることにしたらしく、会場は立ち見客を含めて満員だった。そろそろ暖かくなってくる時期だしそれほどまでに人が大勢集まっているにもかかわらず、客たちは声を揃えた。「この会場寒いよね・・・。」11 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・: 2001/01/24(水) 02:38稲川さんは舞台の袖で待機していた。そこへ、稲川さんの家に居候していた人がやって来た。何とも奇妙な顔をしている。「稲川、おかしいよ・・・。」「何が?」「黒子さんの衣装を着た出演者は何人居る?」「えーと、そうだなあ。少女人形3人、少年人形3人、それと舞台監督さんだから全部で7人だろ?」「・・・8人居るんだ。」「・・・ウソつけ!」
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#25 [七氏]
舞台の背面にある壁には、ホリゾントという幕が天井から舞台の床まで垂れ下がっている。その幕に色々な光を当てたり影を投影させたり、特殊効果を与えて演出して行くのだが、そのホリゾントと壁の間のわずかな隙間に人が立っているというのだ。「・・・お前それ誰かに言ったか?」「いや、言ってないよ。」「言うんじゃないよ?・・・皆気にするからさ。」とは言ったものの稲川さん自身も気になって当たり前である。目は自然とその「誰かが立っている辺り」を見てしまう。すると、小さな明かりが2つ見えた。(あぁ、なんだ。舞台監督さんか。メガネに光が反射してるんだな?)と思って少し安心した。しかし、しばらく見ているとその小さな光2つが、ゆっくりと稲川さんの方を見るように角度を変えてきたのだ。(そんなはずって・・・ないんだよね・・・。)この時の様子を、稲川さんは思い出すとゾッとするという。それもそうである。もしメガネに光が反射しているのであれば、角度を変えた瞬間光を反射させている「光源」からメガネまで光が届かなくなり、消えるはずだからだ。しかしこの時点では稲川さんは気が付かなかった。舞台監督さんの声が聞こえて来たからだ。
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#26 [七氏]
「稲川さん、こちらです。稲川さんこちらです。」小さな声で誘導してくれる。舞台が暗転、つまり真っ暗闇のうちに稲川さんは舞台に上がり、所定の場所まで歩いていく。だが暗くて足元が見えないために舞台監督さんが誘導してくれるのだ。舞台の真中辺りに稲川さんが差し掛かった時である。稲川さんはハッ!とした。少年人形、少女人形の黒子さん6人は自分のすぐ間近に居る。舞台監督さんはホリゾントの後ろ、つまり小さな光が2つある場所とはまったく違う、舞台の反対側の袖に居るのだ。居候の彼が言っていた事は証明されてしまったのである。12 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・: 2001/01/24(水) 02:39やがて稲川さんがスタート位置に付き、ホワイトスポットが稲川さんに当たり舞台が始まった。その瞬間。パーン!という乾いた音と共に少女人形の右手が割れたのである。中からは骨組みが見えていた。舞台も佳境に入り、ある役者さんがその少女人形を棺桶に入れて引っ張るというシーンでの事である。棺桶は丈夫な木で作られた物で重さが8kgもある。しかし大の大人が二人掛りでも持ち上がらないというほどの重さでもない。しかし、持ちあがらない。まったくビクともしないのだ。
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#27 [七氏]
やがて棺桶からはフワ〜ッとドライアイスを入れたように霧が立ち込めてきた。「わ〜・・・。すご〜い。」お客さん達は上手な演出だと思いこみ、拍手をしながら見つめている。仕方が無いので棺桶はその場に置いておくこととなった。やがて棺桶を引っ張る役の役者さんが戻ってきて舞台監督さんに尋ねた。「・・・ドライアイスなんていつ入れたの?」「・・・いや・・・入れてない。」そして舞台は最後の場面を迎えた。声優の杉山和子さんという女性が、後ろを向いたかと思うと老婆の格好から綺麗な女性に一瞬にして早変わりする、というとても美しいラストシーンでの事である。なにしろ外国の取材人が見て絶賛したほどの、最後の見せ場であった。杉山さんが後ろを向いた瞬間の事だ。なんと杉山さんがかぶっている頭のかつらに火が付いたのだ。確かに演出で火は付く事になっていた。しかしそれは本当の火ではなく、例えばボール紙を切りぬいて火の形を作り色を塗ったような、作り物の火なのである。舞台は騒然。お客さん達もそれが演出ではなく事故だという事に気が付き大混乱となった。そうでなくともあまりにも不可思議な現象が多発していた為にスタッフですらパニック状態である。
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#28 [七氏]
結局この日を境に舞台は、事情をお客さん達に説明して、公演その物を中止せざるを得ない状況にまでなってしまった。そんな事があってしばらく経った頃。稲川さん達が行なったこの公演で不吉な出来事が多発しているという事を知った東京にあるTV局の人間が、「その怖い話を、TVで紹介するみたいな、そういう番組をやらせてくれないか?」と、稲川さんに連絡してきたのである13 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・: 2001/01/24(水) 02:40「いや〜・・・。それは・・・やめた方がいいんじゃないかな〜・・・。」そう穏やかに警告した稲川さんだったが、TV局の人は熱心に稲川さんに相談してくる。その熱意に押され稲川さんは結局、(前野さんという、今は人形の責任者みたいな人がいるから、その人に聞いてみてあげる。)と約束してしまったのだ。前野さんはすぐにTV局の人の要望を承諾したのだが、前野さんは最後にもう一度だけ、中止になっていた舞台をやってからTVに出たい、と言ってきたのである。しかし稲川さん自身は、あまりにもその舞台には不吉な出来事が起きていたので、TVの仕事も舞台とも、縁を切りたいと思っていた。
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