この話しで僕は泣きました
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#325 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
「親友」
888 :名無しさん@明日があるさ :04/08/30 20:45

僕は小さい頃に両親に捨てられて、いろいろな所を転々として生きてきました。
小さい頃には「施設の子」とか「いつも同じ服を着た乞食」とかいろんな事言われました。
たまに同級生の子と遊んでいて「○○君の家に行こう!」とかなっても、僕が遊びに行くとそこの家のお母さんが
「○○君と遊んではいけないっていったでしょ!」
とそこの家の子供を叱ってる声が聞こえ、僕を汚い物を見るような目で
「○○は今日遊べないの・・」というようなことが日常茶飯時でした。

僕は弱い人間なので、そんな事が重なるうちに独りでいる事が一番傷つかず、一番楽なのだと思いました。
けど、僕にも言いたい事は一杯あった。汚い服、同じ服着ていても僕は、僕は人の物盗ったり、傷つけたりはしてない。
両親はいないけど、僕にはどうする事もできないんだよ!僕だっておとうさん、おかあさんが欲しいんだよ。

僕はなるべく人と接しないように生きてきた。自分の精神、心を守る為にそうせざるを得なかった。独りで生きていく、誰にも迷惑をかけずに・・・
高校に進学した時だった。朝学校につくと僕の机に「死ね」「乞食」「貧乏神」「親無し」等あらゆる悪口が書かれていた。
僕は目の前が暗くなった。僕が何かしたのか?僕がなにか・・・・ただ立ち尽くすのみだった。

その時僕の目の前から机が無くなった。
クラスでも人気者のYが僕の机をかかえあげていた。
僕は机で殴られるのかと思い、目を閉じた。

⏰:08/10/22 02:40 📱:PC 🆔:ExDtTPvQ


#326 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
「いくぞ!」

とYがぶっきらぼうにいい廊下に出て行く。
僕はあとに従った。
Yは技術室に行き、紙やすりで僕の机の落書きを消し始めた・・・・
Yはただ一言だけ「つまんない事に負けんなよ。」と言い。
黙々と紙やすりで落書きを消している。
「放課後もう一回ここでニス塗ろうぜ。そしたら元どおりだ。」
といってにっこり笑ったYを見て僕は泣いた。
Yは照れ笑いをしていた。


Yは6月に結婚する。
おめでとう。
君がいなかったら今の僕はいない。
恥ずかしくて面と向かっては言えないけど、幸せになって欲しい。
そしてこれからも親友でいて欲しい。
今まで本当にありがとう。

⏰:08/10/22 02:40 📱:PC 🆔:ExDtTPvQ


#327 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
「我が家の愛情のリレー」
157 :1/2 :2005/06/27(月) 06:43:39 ID:RlqfLxUW

もうずいぶん昔だけど俺が大学生の頃、母が突然入院した。
癌らしくて、余命宣告も受けたって母の口から直接聞いた。
あまりにもあっさり言うもんだから、最初は冗談かと。
芯の強い人で、だれからも好かれる自慢の母だった。

大学卒業して、就職して、それで給料もらえるようになったら母にやっと恩返しが少しずつできるようになるって、勉強も俺なりにがんばってた。
愛情を注いでくれた母にお礼がしたかった。
でも、俺が卒業する前にきっと母は死んでしまう。
いっぱい恩があるのに、何一つ返せない、きっとこのまま母が死んでしまったら俺は一生後悔する、ごめんって母の前で一度だけ大泣きした。
その時もあっけらかんとして俺にこう言った。

⏰:08/10/22 02:41 📱:PC 🆔:ExDtTPvQ


#328 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
158 :2/2 :2005/06/27(月) 06:44:31 ID:RlqfLxUW

「あんた、どれだけお金持ちになるつもりか知らないけど、産んで育てて
 もらった恩をお母さんが生きてる間に返せるわけないでしょ。
 お母さんもあんたのおばあちゃんとおじいちゃんが生きてる間に恩返し
 できたなんて思ってない。
 あんたが健康に育ってくれた、それで半分恩返ししてもらった。
 あとの半分は、いつかあんたに子供ができた時、その子に返してあげなさい。
 お母さんは今やっとおばあちゃんとおじいちゃんに恩返しできたよ。」

そう母が言ってくれたとき、救われた気がした。
もう長くない母に、何かしてやりたいのに何もできないって毎日モヤモヤしてたから。
結局大学を卒業する前に母は死んでしまった。

今やっと一人前になって、結婚して、嫁が妊娠中です。
今年の冬には残りの半分、少しずつだけど返していけるようになる。
絶対に世界で一番幸せな子供にしてやろうって思う。
それは俺が母に愛されていたことの証で、 我が家に代々伝わってきた愛情のリレーなんだと思う。

⏰:08/10/22 02:42 📱:PC 🆔:ExDtTPvQ


#329 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
「ユトリロの絵」
203 :癒されたい名無しさん :04/11/21 21:51:33 ID:hCJPqqua

小学生のとき、少し足し算、引き算の計算や、会話のテンポが少し遅いA君がいた。
でも、絵が上手な子だった。
彼は、よく空の絵を描いた。
抜けるような色遣いには、子供心に驚嘆した。

担任のN先生は算数の時間、解けないと分かっているのに答えをその子に聞く。
冷や汗をかきながら、指を使って、ええと・ええと・と答えを出そうとする姿を周りの子供は笑う。
N先生は答えが出るまで、しつこく何度も言わせた。
私はN先生が大嫌いだった。

クラスもいつしか代わり、私たちが小学6年生になる前、N先生は違う学校へ転任することになったので、
全校集会で先生のお別れ会をやることになった。
生徒代表でお別れの言葉を言う人が必要になった。
先生に一番世話をやかせたのだから、A君が言え、と言い出したお馬鹿さんがいた。
お別れ会で一人立たされて、どもる姿を期待したのだ。

私は、A君の言葉を忘れない。

「ぼくを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました」

⏰:08/10/22 02:56 📱:PC 🆔:ExDtTPvQ


#330 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
A君の感謝の言葉は10分以上にも及ぶ。
水彩絵の具の色の使い方を教えてくれたこと。
放課後つきっきりでそろばんを勉強させてくれたこと。
その間、おしゃべりをする子供はいませんでした。
N先生がぶるぶる震えながら、嗚咽をくいしばる声が、体育館に響いただけでした。

昨日、デパートのポストカードなどに美しい水彩画と、A君のサインを発見いたしました。

N先生は今、僻地で小学校で校長先生をしております。
先生は教員が少なく、子供達が家から2時間ほどかけて登校しなければならないような
過疎地へ自ら望んで赴任されました。

N先生のお家には、毎年夏にA君から絵が届くそうです。
A君はその後公立中高を経て、美大に進学しました。
お別れ会でのN先生の挨拶が思い浮かびます。

「A君の絵は、ユトリロの絵に似ているんですよ。
 みんなはもしかしたら、 見たこと無いかもしれない。
 ユトリロっていう、フランスの人でね、街や 風景をたくさん描いた人なんだけど。
 空が、綺麗なんだよ。
 A君は、その才能の代わりに、他の持ち物がみんなと比べて少ない。
 だけど、決して取り戻せない物ではないのです。
 そして、A君は それを一生懸命自分のものにしようしています。
 これは、簡単なことじゃありません!」

A君は、空を描いた絵を送るそうです。
その空はN先生が作り方を教えた、
美しいエメラルドグリーンだそうです。

⏰:08/10/22 02:56 📱:PC 🆔:ExDtTPvQ


#331 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
「自慢の兄貴」
314 :1/2 :04/11/25 23:52:37 ID:qQbafFez

俺には年の離れた兄貴が2人いた。
上の兄ちゃんは大人しいタイプで、下の兄ちゃんは活発で騒がしいタイプ。

俺が小学生の時には2人とももう中学生と高校生だったからか、2人とも俺をすげー可愛がってくれて(もちろんケンカもめちゃめちゃしたけど)宿題見てくれたりゲームとかプロレスとかの相手を真剣にしてくれたり、くだらない話とか面白い話、ちょっとエロい話とかまで教えてくれたり。
俺も兄貴2人のことが大好きだったし、自慢の兄貴たちでもあった。

でも俺が中学に上がってちょっと経った頃、下の兄ちゃんが無関係の事故に巻き込まれて死んだ。

俺も上の兄ちゃんも両親も当然辛くて悲しくてやりきれなくて、マジでどうしようもなかった。
それからようやくちょっと気持ちが落ち着き始めた頃に、俺は自分の友達から

「上の兄ちゃんがオタクで、しかもそのせいで兄ちゃんがクラスの奴とかからバカにされてるらしい」

って話を聞いた俺は最初「こいつ、俺の兄ちゃんのこと何悪く言ってんだよ!」と内心ですげーむかつきながら
「んなわけねーよ」って答えてたんだけど、結局それは事実だった。

兄ちゃんがアニメとか好きなのは知ってたけど、「オタク」とか言われるほどだとは思ってなかったのね俺。

⏰:08/10/22 03:19 📱:PC 🆔:ExDtTPvQ


#332 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
で、俺は何かもうよくわかんないけど兄ちゃんがそういうオタクだったってことが恥ずかしいやら、兄ちゃんが他の奴らにバカにされてるってことが悔しいやら腹がたつやらで頭が混乱しちゃって、オタク発覚の何日か後に上の兄ちゃんと大ゲンカした。
ケンカっていうか、俺が一方的に自分勝手に兄ちゃんを責めるみたいな酷いもんだったけど。

で、そん中で俺は信じられないことに
「●●(下の兄貴)じゃなくておめーが死ねばよかったんだよ!」と怒鳴ってしまった。

もちろんそんなこと微塵も思ってないし、俺は自分が最低なこと言ったってこともすぐ自覚してハッとなったんだけど、その直後に部屋の前で止めに入るタイミングをうかがってたらしい親父がものすごい勢いで部屋に入ってきて、そんで有無を言わさず思いっきりぶん殴られた。

でも俺はもう頭に血がのぼりきってるのと今更引くに引けなくなってるのとで、自分が完全に悪いってわかってるし兄貴にも素直に謝りたいのに
「何すんだよクソ親父!」って怒鳴った。
兄貴は俺と親父の間に入って、俺を更に殴ろうとする親父を必死に宥めて抑えて、しかも泣きそうな顔で俺に
「ごめんな、ホントごめんな」って謝るんだよ。

俺はもう恥とかそういうの一切どうでもよくなってそのまんま大声で泣いた。
死んだ兄ちゃんのこととか色々思い出して、ほんとにどうにもならんぐらいに頭ん中ぐちゃぐちゃだった。
その時はいつのまにか俺だけじゃなく親父も兄貴も泣いてたし、駆けつけてきた母さんも泣いてた。

⏰:08/10/22 03:20 📱:PC 🆔:ExDtTPvQ


#333 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
その後、謝る俺に兄ちゃんは「俺こそごめんなあ、こんな兄貴でかっこ悪いよなあ」つって申し訳無さそうに言った。
俺は、下の兄ちゃんは確かにかっこよかったけど、俺にとってはあんたも最高にかっこよくて大好きな兄ちゃんなんだよ、
とかって心底思ってたし言いたかったんだけど大泣きしてて「ごめんなさい」って言うのが精一杯だった。

今にして思うと兄貴がオタクだろうがそんなのどうでもよくて、ただ不条理に死んでしまった下の兄貴のことで八つ当たりする相手が誰でもいいから欲しかっただけなんだと思う。
本当に、どんだけ悔やんでも悔やみきれない。
だから尚更、俺はこの時のこと全部、自分が言ってしまったことも親父に殴られたことも兄貴を傷付けたこともずっと忘れない。


現在俺は大学生、兄貴はとっくに就職して実家にはたまにしか帰ってこられないけど、兄貴が帰ってくると俺はいつも兄貴と親父と3人で酒を飲む。
兄貴は親父よりも酒が強くてそこにちょっと憧れる俺。
なんだかんだ言っても兄ちゃんは今でも俺の自慢の兄ちゃんだし、大好きな兄ちゃんでもある。

⏰:08/10/22 03:20 📱:PC 🆔:ExDtTPvQ


#334 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
「養父」
569 :774号室の住人さん :05/03/08 23:57:46 ID://rEcX9m

親父が末期がんで入院してもうすぐ一ヶ月。
少しでも楽に逝ける様にって……痛み止め毎日打って……
もうすぐ、逝ってしまう。桜が咲く前には、たぶん……

これまで、自分は親父に何ができたんだろう。

今の仕事につきたいって時、ただ一人賛成してくれて
それでも母親と喧嘩になって家を出て行くときも
ただ一人何も言わずにそれを見守ってくれて

今の自分があるのは、その親父の影響が大きいって
自分が一番分かっているのに、今だって、何も返せていない。

でも、俺たちは他人。俺はあんたの養子だもんな。
世間から見たら確かに他人だよ。これは間違いない事実だよ。
俺たちは血のつながらない親子だよ、真っ赤な他人だよ。
でも、自分にとっては、やっぱり、親父はあんたなんだよ。
そんなあんたに自分は何も返せずに、見守っているしかないのかよ。

逝かないでほしい。まだまだたくさん話したいことがあるんだ。
たくさんの「ありがとう」も言いたいんだ。

親父、「親父」は、あんただけなんだよ、自分の親父はあんただけなんだ。

⏰:08/10/22 03:26 📱:PC 🆔:ExDtTPvQ


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