この話しで僕は泣きました
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#63 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
20 :第二話(1/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 01:48:48.90 ID:60VRmiQN0

また朝がきた。
でも、その日はいつもと違っていて。しんちゃんのお母さんが、僕を車に乗せてくれた。
しんちゃんのお母さんの顔は、気のせいか苦しそうだった。

車はまっ白なお家の前で止まって、僕は抱きしめられたまま下ろされる。
そして一回り大きなふくろの中につめられた。まっくらだ。どうしようか。
昔なら、びっくりしてあばれてしまったかもしれない。でも今は、そんな力も出ない。
とりあえず丸くなると、体がゆらゆらとゆれた。
それがしばらく続き、次にゆれが収まって、足もとがひんやりとしてくる。

21 :第二話(2/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 01:49:20.46 ID:60VRmiQN0

いきなり辺りがまぶしくなった。
目をぱしぱしさせていると、変なツンとした匂いがする手につかまれ、持ち上げられる。
いっしゅんだけ体が宙に浮いて、すぐに冷たい台の上に下ろされた。
まっ白い服を着た人が、目の前に立っている。そばには、しんちゃんのお母さん。
二人が何かを話している。白い人が、僕の体をべたべた触る。
しんちゃんのお母さんが、泣いている。

⏰:08/09/26 18:39 📱:PC 🆔:SaNIOsTI


#64 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
22 :第二話(3/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 01:49:54.03 ID:60VRmiQN0

どうして泣いているのか解らないけれど、なぐさめなくちゃ。
でも、体が動かない。またあの眠気がおそってくる。起きていなきゃいけないのに。
なんとか目を開けようとしたけれど、ひどく疲れていて。
閉じていく瞳を冷たい台に向ければ、そこに映るのはうすよごれた毛のかたまり。

なんて、みすぼらしくなってしまったんだろう。

24 :第二話(4/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 01:50:16.79 ID:60VRmiQN0

ああそうか、僕がこんなになってしまったからなんだ。だからなんだ。
だからしんちゃんは、僕に見向きもしないんだ。
おいしそうじゃないから。
あまそうじゃないから。

僕はもう、わたあめにはなれない。

26 :第二話(5/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 01:50:52.84 ID:60VRmiQN0

わたあめ。
ふわふわであまあまの、くものかたまり。

いちど地面に落ちたおかしは、もう食べられないから。
どんなにぽんぽんはたいても、やっぱりおいしそうには見えないよね。

だけど、君はいちど拾っててくれた。
だれかが落として、もういらないって言ったわたあめを。
だから、もういいんだ。

⏰:08/09/26 18:40 📱:PC 🆔:SaNIOsTI


#65 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
28 :第二話(6/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 01:51:12.89 ID:60VRmiQN0

何かにびっくりして、僕はまた戻ってきた。
見なれた僕のお家。いつもの匂い。少しはだざむい、ゆうやけ空。
口の中がしょっぱい。

「なんで!!!!!!」

いきなり、辺りに大声が響いた。びりびりとふるえてしまうような、いっぱいの声。
重たい体をひきずって、回り込んで窓からお家の中をのぞきこむ。
しんちゃんのお父さんとお母さん、ひまわりちゃん。
そして、僕の大好きなしんちゃんも。
みんなみんな、泣いていた。

32 :第三話(1/4) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 01:54:02.21 ID:60VRmiQN0

「母ちゃんの行った病院は、ヤブだったに決まってる!! オラが、他の病院に連れてくぞ!!!」
しんちゃんが、ナミダをぼろぼろこぼしながら、怒っている。
ひまわりちゃんも、うつむいたまま顔を上げようとしない。
「しんのすけ、落ち着け。仕方ないんだ。」
しんちゃんのお父さんが、ビールの入ったコップをにぎりしめたまま呟いている。
「仕方ないって、父ちゃんは…ホントにそれでいいの!!!???」
「良いわけないだろ!!!!!」
しんちゃん以上のその大きな声に、だれもなにも言わなくなった。
その静かな中に、しんちゃんのお父さんの低い声が、ゆっくりひびく。

⏰:08/09/26 18:40 📱:PC 🆔:SaNIOsTI


#66 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
33 :第三話(1/4) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 01:54:26.96 ID:60VRmiQN0

「しんのすけ、良く聞け。いいか、生き物は何時かは死ぬんだ。
 それは、俺たちも同じだ。……もちろん、ひまやお前の母さんもそうだ。
 それが今。その時が、いま、来ただけなんだよ。解ってたことだろう?」
しんちゃんは、なにも言わない。しんちゃんのお母さんも、続ける。
「あのね、ママが最初ペットを飼うのに反対したのはね、そう言う意味もあるの。
 しんちゃんに辛い思いをさせたくなかったから…ううん。
 私自身が、そんな辛いお別れをしたくなかったから。だから、反対してたの。
 でも、もうこうなっちゃった以上、仕方ないでしょう?
 せめて、最期を看取ってあげることが、私たちに出来る一番良い事じゃないの?」
「最期って!!!」
しんちゃんが泣いている。ぼろぼろ泣いている。手をぎゅっとにぎりしめて。
僕よりもずっと大きくなってしまった手を、ぎゅっとかたく。


34 :第三話(3/4) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 01:55:04.41 ID:60VRmiQN0

僕の体のことは、たぶんだれよりも僕自身が一番知っていて。
でも、いいと思っていた。
このままでもいいって。
だって夢の中はあんなにもあったかくてあまくって。

だからずっとあそこにいても、かまわないと思ってたんだ。
それじゃだめなの?

⏰:08/09/26 18:40 📱:PC 🆔:SaNIOsTI


#67 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
36 :第三話(4/4) ◆TmK8dn3Gxg [2間違えた… sage] :06/04/07(金) 01:56:13.74 ID:60VRmiQN0

しんちゃんがこっちを見た。
しばらく目をきょろきょろさせたあと、僕を見付けて、顔をくしゃくしゃにさせる。
「シロ。」
名前を呼ばれた。本当に、ひさしぶりに。

わん。

なんとか声が出た。本当に小さくて、ガラスごしじゃあ聞こえないかと思ったけれど。
でも、たしかにしんちゃんには届いた。
しんちゃんが近付いてくる。窓を開けて、僕に手をのばして。
「大丈夫、オラが、何とかしてやるぞ。」

やっと抱きしめてくれたしんちゃんの胸は、いっぱいどくどく言っていて、
夢の中の何十倍も、とってもあったかかった。
ねえ、よごれたわたあめでも。

39 :第四話(1/6) ◆TmK8dn3Gxg [どこまでいけるかな… sage] :06/04/07(金) 01:58:12.06 ID:60VRmiQN0

僕は夢を見る。
何度目になるかはわからない夢。でも、それは今までとはちがう夢。

41 :第四話(1/6) ◆TmK8dn3Gxg [どこまでいけるかな… sage] :06/04/07(金) 01:58:27.31 ID:60VRmiQN0

僕は段ボール箱に入っていて、そのはじをしんちゃんがヒモで三輪車に結びつけている。
三輪車がいきおいよく走る。
箱ががたがたゆれて、ちょっときもちが悪い。
ふいに、その箱から引っぱり出され、僕は自転車のかごに乗せられた。
小さな自転車。運転しているのはしんちゃん。せなかにはまっ黒なランドセル。
シロに一番に見せてやるぞって、嬉しそうにしょって見せてくれたランドセル。
まだまだ運転は下手だったけど、とってもあたたかかった、春。

⏰:08/09/26 18:41 📱:PC 🆔:SaNIOsTI


#68 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
42 :第四話(3/6) ◆TmK8dn3Gxg [又間違えた… sage] :06/04/07(金) 01:59:03.35 ID:60VRmiQN0

自転車のかごが一回り大きくなる。
くるりとまわると、しんちゃんが今度は、まっ白なシャツを着ていた。
自転車も、新しくなっている。もうよたよたしていない。スピードも、速い。
そういえば、よくお母さんに怒られたとき、
ナイショだぞって僕を、こっそりフトンの中に入れてくれたよね。
もちろん次の日には、お母さんに怒られるんだけど、それでもやめなかった。
二人だけのヒミツがあった、きらきらしてまぶしい、夏。

43 :第四話(4/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 01:59:41.64 ID:60VRmiQN0

ぼんやりしていたら、ひょいっとかごから下ろされた。
代わりに自転車を押しているしんちゃんのとなりに並んで歩く。
しんちゃんはずいぶん背が伸びて、お父さんと変わらないくらいになった。
お母さんといっしょに使っている自転車が、ぎしぎしと音を立てる。
でも、どんなに大きくなっても、きれいな女の人に目がいくのは変わらない。
こまったくせだなあと思いながらも、どこか安心してる僕がいる。
いつまでも変わらないでいて欲しかった、少しだけ乾いた風が吹く、秋。

⏰:08/09/26 18:41 📱:PC 🆔:SaNIOsTI


#69 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
44 :第四話(5/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 02:00:07.68 ID:60VRmiQN0

寒い冬。
あんまり話してくれなくなった。
おさんぽも、少なくなって。こっちを見てくれることも少なくなった。
見えるのは横顔だけ。
楽しそうな、悲しそうな。ぼんやりした、困った。怒っているような、悩んでいるような。

そんな、横顔だけ。

寒い冬。小屋の中で、ひとりで丸くなっていた、冬。
45 :第四話(6/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 02:00:29.17 ID:60VRmiQN0

寒かった冬。でも、冬は春への始まり。あたたかな春への始まり。
僕は丸まって、わたあめのようになって、あったかいうでの中で。
春の始まりをまっている。

たとえそれがほんのいっしゅんのものでも。

⏰:08/09/26 18:42 📱:PC 🆔:SaNIOsTI


#70 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
48 :第五話(1/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 02:02:11.66 ID:60VRmiQN0

かしゃん、という、なにかがたおれる音がして、僕は目を開けた。
電灯がぽつりぽつりとついた、暗い道の真ん中で、見なれた自転車が横になっている。
のろのろと首を上げると、しんちゃんの前髪が顔に当たった。
道のはじっこのカベに、もたれかかるようにしてしゃがみ込むしんちゃん。
その体はひっきりなしにふるえていて、とても寒そうだった。
僕を抱きしめたまま、動こうとしないしんちゃん。
しんちゃんに抱きしめられたまま、動くことができない僕。

ああだれか僕の代わりに、しんちゃんを抱きしめてあげて。

49 :第五話(2/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 02:02:35.86 ID:60VRmiQN0

「ごめんな、ごめんなシロ。オラ、何にも出来なかった。」
ぽつりぽつりと、しんちゃんが話しかけてくれる。
「いっぱい病院回ったんだ、でも、どこも空いて無くて。
 空いてるトコもあったんだけど、大抵シロを一目見ただけで…何も。
 あいつらきっとお馬鹿なんだぞ。お馬鹿だから、何にも出来ないんだ。」
しんちゃん、泣いてるの? ねえ、泣かないで。
「でも、ホントにお馬鹿なのは……オラだ。」
しんちゃんなかないで。
「オラっ……シロがこんなになってるの、気付かなくて…!!
 ずっと、一緒にいたのに…親友だって……思ってたのに、なのに!!!」
なかないで、もういいから。
「シロっ…………。」

⏰:08/09/26 18:42 📱:PC 🆔:SaNIOsTI


#71 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
50 :第五話(3/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 02:03:01.37 ID:60VRmiQN0

しんちゃんが泣いている。僕はなにもできない。
せめて元気なところを見せようと思って、僕はしんちゃんのほっぺたをなめた。
しんちゃんのほっぺたは、少しだけ早い春の味。

51 :第五話(4/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 02:03:28.44 ID:60VRmiQN0

僕がメスだったら、しんちゃんのために子供を作っただろう。
僕が居なくなっても、寂しくないように。
僕がわたあめだったら、しんちゃんのためにせいいっぱい甘くなっただろう。
僕が食べられても、甘さが少しでも長く口にのこるように。
僕が人間の手を持っていたら、しんちゃんを抱きしめただろう。
僕がしんちゃんにもらった、温もりを返すために。
僕が人間の言葉をしゃべれたら。

きっと、いっぱいいっぱいのありがとうとだいすきを、君に。

⏰:08/09/26 18:42 📱:PC 🆔:SaNIOsTI


#72 [†キリ∽ルシファーゼ†◆Rip...6jGI]
52 :第五話(5/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 02:03:57.22 ID:60VRmiQN0

ひっきりなしにこぼれるナミダをなめながら、僕はあることに気が付いた。
僕はここを、今しんちゃんがすわりこんでいるここを、知っている。
ここは、僕と君が初めて会ったところ。
僕と君との、始まりの場所。

54 :第五話(6/6) ◆TmK8dn3Gxg :06/04/07(金) 02:04:19.48 ID:60VRmiQN0

僕は待っていた。
あきらめながらも、いつか。
いつか、おっこちたわたあめでも。
おいしいそうだって言ってくれる人が。
ひろいあげて、ぱんぱんってして。
まだ食べられるぞって、言ってくれる人が、来てくれるって。

⏰:08/09/26 18:43 📱:PC 🆔:SaNIOsTI


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