BLUE LETTERS
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#141 [我輩は匿名である]
 

「俺、辞めませんから。頼まれたって、先生の傍から離れたりしませんから」


名前を呼ばれ、青年は弾けるように堰を切ったように言った。

 

⏰:09/08/07 22:08 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#142 [我輩は匿名である]
 
「…この事務所を閉める気はないよ。僕と妻の夢だったんだからね」


その旨を伝えると青年は幾分か安心した表情を浮かべた。
可愛いな、彼は素直にそう感じたが口にはしなかった。

 

⏰:09/08/07 22:09 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#143 [我輩は匿名である]
 

「でも、君も知っているだろう?今月に入って6人の辞表を受け取った。…先月は4人だ」


「…先生のせいじゃ、」


「僕のせいさ。僕はここの責任者だ。なにがあっても君や部下を守る義務がある」


彼の瞳は、いつもの穏やかな彼からは想像もつかないほど強く頑なものだった。青年は一瞬怯み、そしてまた言葉を失った。
 

⏰:09/08/07 22:12 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#144 [我輩は匿名である]
 

――青年は昔からそうだった。
議論になると、決まって口を閉ざす。しかしそれは青年が臆病で頭の回りが遅いからではない。寧ろその逆で、青年は実に聡明で、そして心優しい。

青年は探しているのだ。

人を傷付けない言葉、人を慈しむ言葉を。

⏰:09/08/07 22:13 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#145 [我輩は匿名である]
 
彼にも、そんな青年の不器用な気遣いはきちんと伝わっていて。


「…これから人数が減った分、忙しくなる。君はまだ学生で自分の事だけでも大変なのは理解しているつもりだ。――それでも、僕についてきてくれるかい?」

青年は弾かれるように顔を上げ彼を見た。
黒闇の瞳が一瞬輝き、そして青年は大きくゆっくりとうなづいた。
 

⏰:09/08/07 22:15 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#146 [我輩は匿名である]
 
それから彼と青年はみんなが帰宅した後も仕事場に残り、仕事を続けていた。

以前の彼は悲しみを仕事をすることで紛らわしていた。
妻を失った、大きすぎる悲しみを。

しかし今は違う。全てを割りきったわけではなかったけれど、少なくとも今、隣にいる青年の存在は彼にとって大きな支えになっていた。
 

⏰:09/08/07 22:16 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#147 [我輩は匿名である]
 

そして彼はぽつりぽつりと自分と妻の事を語りだした。

青年は曖昧に相槌を打つことはせずに、しかし熱心に耳を傾けた。
青年は、自分は言葉を探すよりこっちのほうがむいているな、と思った。

 

⏰:09/08/07 22:18 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#148 [我輩は匿名である]
……罰があたったんだよ。何にかえたって、僕は妻を守るべきだった。仕事にしたって、僕の代わりはいくらでもいたんだ。でも妻の――智子の夫は僕しかいなかったのに。ねえ佐藤君、ひとりぼっちになるのはどんな時だと思う?誰からも忘れられてしまった時さ。それが僕ときたら、寝ても覚めても、仕事仕事の毎日。妻のためにはじめた仕事だったのに、いつからか妻の笑顔より仕事を優先するようになっていた。夜遅くまで起きて帰りを待ってくれてる妻に見向きもしないで。

⏰:09/08/07 22:21 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#149 [我輩は匿名である]
僕と妻の間には子供がいなかった。妻はそれを自分のせいだと思っていたんだろうね…遺品を整理してたら産婦人科の通院書が出てきたんだ。何枚も何枚も…。智子はいつも僕を支えてくれていた。見えるところでも、見えないところでも。僕は愚かだ。智子がいなくなってはじめて、彼女の存在がこんなにも大きなものだって気付くなんて。

⏰:09/08/07 22:22 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#150 [我輩は匿名である]
昨日ね、智子から電話がかかってきたんだ。可笑しいと思うかい?僕も君の立場ならきっとそう思っただろうな。でも智子からの電話をとったとき、僕はいやに冷静だった。ああ、智子が僕を心配してかけてきてくれたんだなって、本気でそう思ったんだ。智子が僕の名前を呼んでいた。智子が笑っていた。智子がいたんだよ。智子が――

⏰:09/08/07 22:25 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


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