オレ神戸に住んでるからね

オレはサイトにアクセスし、ゆきさんなる人物からのメッセージを確認した。
『はじめまして。楽しそうだったのでメールしました■年上でも良かったらメール下さい■こういうの初めてなんで緊張します■でわでわ■』

写真は夏っぽさ満開のひまわり畑だったが、オレの中でゆきさんは清楚系OLに変換されていた。オレは『紳士』を合い言葉にメッセージを作成した。

ゆきさんにメールを送ったが、すぐには返ってこなかった。清楚系OLがこんな夜中まで起きているはずがない。そう考えた。小便をし、ぬるい茶を飲み、布団に戻った。すると、タタミを鳴らす機械音が鳴り響いた。携帯の青白い小窓が点灯した。

ゆきさんからのメールだった。まさかの、だ。携帯を開くと、新着メール1件という表示があった。この深夜の男子学生の四畳半という暗黒の小宇宙において、『新着メール』という表示（それも唐突な）は、心を躍動するには十分な力を持っていた。

今日は眠れそうにないかもな。そう思いながらメールボックスのボタンを押した。

「.xa.H-@○○.co.jp」受信ボックスの一番上に見たことのないアドレスがあった。まだアドレス帳に登録していない、裸の送り主。何も知り合っていないのに、すぐにでも何かが起こりかけている予感。

ここからゆきさんとのメールのやりとりが始まった。当たり障りの無い、変態じゃない平凡なメールのラリーだった。オレはゆきさんの容姿が気になっていた。しかし写メを要求するからには、自分も応じなければならない。メールを交わし始めたばかりのときに写メを送れば、そこからパタリと返信が無くなるケースが、今までも多々あった。だからオレは、今のところは要求しないし、要求されないことを願っている。

顔も知らない人とのメールのやりとりは、真実を小出しにし、嘘を使わずに自分への印象をコントロールする高度な「交渉」なのだ。すべては、変態をするために。

朝、眠たいのをこらえて制服に着替え、登校した。始業前のいつものクラスの風景だ。男子は机に伏せて二度寝の続きをしたり、バカな話でゲラゲラ笑ったり、女子はプリクラの交換をしたり、やたらと大きなストラップをつけた携帯を触ってたりしていた。

オレはクラスの中では、かなり目立たない存在だと思う。女子から話しかけられることなんてまず無い。オレが携帯を取り出し、文字を打つ操作などしていたら、時々好奇な視線を向けられることはあるが、女子のクスクスという笑い声や、聞こえるくらいの声で「メールする相手なんておるんやな」とか、「出会い系サイトでもやってんじゃない？」というイヤな会話まで聞こえてくる。だからオレは、教室ではなるべく携帯を触らないようにしている。ゆきさんには、昼間はあまり返事が返せないことを伝えている。ゆきさんも仕事中は連絡がとりずらいみたいだ。

今はスタビを始め出会い系サイトが全盛の時代だが、自分がそれをやっているということを大っぴらにすることはあまり出来ない。