恋花

日山翔と二人きり。もしあたしの友達だったならこんな夢みたいなことないんだろうな。でもあたしは日山翔を特別だとは思えない。
二人で歩き始めたものの話題も特にないから沈黙がただ続いて…気まずくて、この場から逃げたいくらいに空気が重かった。お互いに気を使い合っていた。

『あっ、日山ってさぁ。』『ああ』『モテるよね。なんで？』『知らねえなあ～お前好きな人とかいないの？』一瞬息をつまらせた。『ううんと…いない…』日山はその瞬間大爆笑した。『まじかよ!?いそうだけどな、悠斗は？』『ゆっ…悠斗はまず論外!!』『嘘だな。』『嘘じゃないよ!』ムカッときてつい大声を出してしまった。

『あっははは!顔赤いぞ!』あたしは急いで顔を手でふさいだ。その時日山翔はふざけてあたしが顔をふさいでいる間にバッと走り出した。あたしはどんどん置いていかれているのに気づき、急いで追い掛けた。足の速さはとりえだったのに、さすが男子。それにサッカー部の日山翔。全く追いつけずにいた。と、そのとたん、あたしは焦って走ったせいか小石一つないコンクリート上でつまづき、転んでしまった。

膝から落ちた為に膝からは血が大量に出ていた。痛くて痛くて泣いてしまいそうな程ひどい傷だった。気づけばあたしの目には涙がたまっていた。『早く立たなきゃ』あたしはこらえて立とうと足に力を入れたが、ピクリとも動かない。とにかく痛くて、その場から動けずにいた。『大丈夫か!?』声が聞こえる。見上げるとそこには日山翔がいた。日山翔は額に汗をかき、息を荒くして戻ってきたのだ。そんな日山翔を見て、また涙が出そうだった。『傷を見せて!!』日山翔の真剣な表情。日山翔は、あたしの傷を見て軽い傷でないことを感じてすぐに手持ちのポーチからハンカチを取り出した。日山翔はあたしの膝にそのハンカチをグルグルときつく巻きつけた。『痛っ!!』『我慢しろよ。痛いのは見ててもよく分かる。』日山翔にそう言われ、あたしはただ頷いていた。

膝を見ると、そのハンカチは血まみれになっていて、真っ赤になっていた。『ちょっと待ってろ!立たないでそこにいろ!』それだけ言い残して日山翔はそこからさっきよりも早く全速力で走り去ってしまった。その瞬間、心細くなって…。だんだん痛みを感じなくなっていた。

真夏だったからか、あたしはめまいがして……感覚がなくなっていく。

涼しい。だんだん感覚が蘇るようだった。目を開けてみると、あたしはベッドの上に横たわっていた。ふっと横を見ると、日山翔が心配そうに座っていた。前方には先生方と看護婦さん。

あたしは驚きのあまり、すぐに起き上がった。『河原!大丈夫か？痛くないか？』あたしの意識が戻った時真っ先にそう声をかけてくれたのは、日山翔だった。『あっ、うん。へい…痛っ!!』ズキッと激痛が足に走った。その激痛は二、三分でおさまった。すると先生から丁寧に説明があった。『河原は、転んで膝を打ちつけたようだな。』『あっはい!!』『とりあえず、足は骨折だ。』

ズキッ!!その時また激痛があたしを襲う。あたしは驚いて、何も言葉が出ない。よくよく足を見ると、包帯でグルグル巻きにされていてしっかり固定されていた。『大丈夫か？でな、河原はショックと熱中症で倒れたんだ。』修学旅行は７月の後半で真夏だった。あの時の痛みは、本当に忘れられない。

しかし、その後の翔の言葉も忘れられない。日山翔はあの時こう先生達に聞こえないような小さな声で言ったのだ。『俺、もう結愛を傷つけない。そう誓うよ。』結愛って…下の名前で呼んでくれて、こんなに意味の大きい言葉をあたしの目を見て言ってくれた。実際、そんなに大きな問題じゃなかったのかもしれないけど、あたしにとってはすごく大きな事だった。