小さな命

今日もまた､小さな命が消えていく

つぶらな瞳
愛くるしい瞳

理由を知らないまま
光を失う

キャーキャー騒ぐ､こいつらに手間取りながら､濡れたタオルでガシガシと体と顔を拭いてやると､こいつらの､本来の姿が蘇える｡

『なんだ？おまえ､真っ黒かよ｡』

『なんだ？チビっ｡ヘンテコな模様つけてんなぁ｡』

『ま…おまえ達､なかなかの美人姉妹だな｡許してやるよっ｡』

引っ張り出してきた､毛布に置いてやる｡
小さな塊達は､もふもふと感触を確かめると､くるりと丸まった｡

翌朝､眠い体を無理矢理起こして､小さな塊を見つめる｡
生まれてきて､初めてともいえる安心した夜を過ごした感想はと聞きたいくらいの､気持ちの良さそうな寝顔｡
仕方ないと諦めて､ピャッと不機嫌な声を出したこいつらを､手のひらに乗せると､車を走らせた｡

向かうはー

あそこだ｡

『なんじゃ｡またおまえさんか｡』

じいさんは､そう笑った｡
悲しい別れをした､あの場所に久しぶりに来る｡
相変わらず暇そうなじいさんを横目に､懐から､小さな命をふたつ差し出した｡

『今度はこの子達か｡』

じいさんは､くいくいっと､あの診察台に呼んだ｡

こいつらの出会い話を聞いたじいさんは､また言った｡
あの時と同じ質問｡

『こっちは､怪我をしとるな｡こっちは､検査してみんとな…感染症起こしとる可能性がある｡どうするんだ？』

予想もしていた｡
予想もしていたし､覚悟も決めていた｡

ｸﾛ助｡
おまえとの出会いはヒトリの人間を
強くしたんだよ｡

いくらかかってもいい｡元気にしてやってくれ｡そう言った自分｡

『おまえさん達､いい人間に会えたな｡』

ちび助達は､ナーナーと甲高い小さな声で､じいさんに何かを言った｡
じいさんは､フハハと笑うと､ちび助達をひょいと抱えて､また奥へ消えた｡

しばらくして､出てきたのは､真っ黒ちび助｡襟巻きトカゲに変身していた｡
ぶっと笑う自分に､じいさんは､笑われたら傷付くのぅと､ちび助を撫でた｡

『生後3週間くらいじゃな｡この子は少し怪我をしとるが､大したことはない｡元気一杯じゃ』

自分の胸に収まった､くろちび助は､ガシガシと襟巻きを気にしながら､ナーと返事をした｡

『あっちの子は､やはり感染しとるな｡おそらく､兄弟達に湧いた蟯虫達の菌が体内に入ったんだろう｡内臓が腫れとる｡おまけに極度の栄養失調だ｡…かかるぞ？』

じいさんは､あえて､そう言ったんだろう｡頷くと､にこりと笑った｡

アシスタントらしい受付嬢(昔は)に､書類を渡される｡

サインをすると､元嬢は､奥へと消えた｡

じいさんに､茶ちび助を任せ､ｸﾛちび助を懐にしまい車に戻る｡

『あ～ぁ！どうすんだよっ｡』

そう言ってはみても､ちび助は､すやすやと眠る｡

『くそっ｡金かけるんだっ!!今日からは､お前達が嫌だって言っても､こねくり回すくらい可愛がってやんよっ!!だから､死んだあいつらの分も贅沢な人生味わって､生まれてきた意味をきちんと全うしろよなっ!!』

こいつらの人生…いや､猫生？最後まで､見届けてやる｡
覚悟を決めた昼下がりだった｡

結局､杏の検査代に､桜の手術代｡
家族として迎えるにあたり､用意した
杏と桜の生活備品｡
胸を張って､のびのびと生活させてやりたいと､一緒に生活する為の新しい新居の用意｡
全て合わせると､長年､コツコツと貯めたなけなしの財産を全て無くした｡
気づけば３桁を超えた出費をする羽目になっていた｡

誰に見せても美人だと､持て囃され､大人しいが心優しい娘に成長した杏｡

体の模様が愛嬌たっぷりで､悪戯大好きなおてんば娘に成長した桜｡

仲良く眠る姿に
今や､私が幸せを貰っている｡
杏と桜は､私と出会えて幸せなんだろうか｡
仕事が忙しく､かまってやれない私と過ごして､幸せなんだろうか｡

ふと考える今日このごろ｡
こんな勝手な自分だけど､どうか､これから先も､一緒に生きて欲しい｡
そう願っている｡

～完～