体育教師

あんたがくれた真っ黒でボロボロの野球ボール…
俺にとって一生の宝物だよ。
どんなに有名なプロ野球選手のサインが入っていようが、あんたの野球ボールには絶対にかなわない。

俺にとって、それくらいの価値があるんだ。
こんなにボロボロになったボールでも…
あんたのいろんな思いが詰まってるから。

母さんは昔から仕事をしている。
共働きだから、小さい頃からこんな生活だった。

慣れたもんだ。

寂しくなんかない。

でも独りっていうのは寂しい。

変な矛盾だらけ。

独りで食事を済ませ、皿洗いを終え、今日学校でもらってきたプリントをテーブルの上に置いて自分の部屋に戻った。

眠さで目が虚ろになった頃、玄関の鍵をガチャガチャと開ける音が聞こえてくる。
その音を聞くと、安心して眠りにつける。
でも、今日は音がしない。

不安に駆られて、リビングに戻った。

｢くそ、遅ぇんだよ、くそ。眠いんだよ、くそ｣

椅子に座りながら愚痴を言うのもよくあること。

しかし、母さんに頼まれて起きているワケではない。

俺は昔から、人一倍心配性だ。

母さん今頃どこかで困った顔してるんじゃないかとか、無事に帰ってこいよ…とか思ったりしてしまう。

…でも絶対、母さんの前ではそんなこと口にしないけど。

不安に思いながら、いつの間にかテーブルに顔を伏せて眠っていた。

パッと顔を上げるとシャワーの音がする。

母さん帰ってきたんだ…

立ち上がると、何かが肩からズレ落ちた。

…布団だ。
母さんが掛けてくれたんだ。

母さんが無事に帰ってきたことを確認できたから安心だ。

そのまま部屋に戻り、再び眠りについた。

翌朝…
バタバタと動き回る母さんがいた。

｢今日は早く帰ってこれるからさ。ゆっくり昨日の入学式の話聞かせてね｣

母さんは俺に、また笑顔を向けて玄関に走って行った。

ホッとしながら俺も家を出た。

校門の前で生徒会の連中が挨拶運動してやがる。

｢オハヨーゴザイマス｣
｢オハヨーゴザイマス｣
｢オハヨーゴザイマス｣

エンドレステープのように連呼する生徒会…
朝からそのテンションは何か嫌だ。
会釈だけして通り過ぎた。

１人、デカい男がいる…

｢おはようございます！｣

俺に向かって笑みを浮かべるこの男…

…高木だ。
やっぱり高木だったか…

こいつ２日目にして生徒会を乗っ取ったのか…？

NIKEのジャージ着てズシッとしてやがる。

｢…ﾁｽ｣

一応挨拶はしといた。

｢声が小さい！！｣

高木のテンションは高かった。
早速注意された…
あぁめんどくさい。

スルーしようと思ったけど、後々めんどくさいことになりそうだったから、

｢おはよーございます｣

と挨拶した。