記憶を売る本屋さん
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#17 [我輩は匿名である]
「オイルショック…?」
直人にはその言葉が引っかかった。
歴史は別に得意ではないが、それが40〜50年ほど前に起きた、
という事は、中学の時にテストで出たので覚えている。
そして、オイルショックの際、原油価格がどうこうで、トイレットペーパーが無くなると噂が広まり、
買い求めるために行列ができた程、という話も聞いた。
しかし、女性の話が本当ならば、今ここは、1970年代後半ぐらいという事になる。
なぜ?
直人はただ、家であの赤い本を開いただけなのに、なぜこんなわけの分からない状況になっているのか?
これではまるで、タイムスリップではないか。
本を開けただけで、そんな事が起こるはずが無い!
:10/03/22 15:44
:PC
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#18 [我輩は匿名である]
大体この身体は誰だ?言う事を聞かないし、干渉する事もできない。
『彼』は、直人の存在に気付いていない。
それでも『彼』が目にした物は、自分が見ているかのように、直人にも鮮明に見えた。
そして、ある事に気付いた。
誰も携帯電話を持っていない。
今の時代、歩いていれば必ず、携帯電話を使っている人とすれ違う。
電話している人、メールを打っている人、様々だが、ここには誰も、そんな仕草をしている人はいない。
それだけではない。マンションもほとんど見当たらず、何よりコンビニが1件もない。
直人はぞっとした。
:10/03/22 15:51
:PC
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#19 [我輩は匿名である]
「何だよこれ…どうやったら元に戻れるんだよ!?」
不安のあまり、叫んだ。心の中で。
本を開いたからここに来た。しかし、今は本を持っていない。戻る方法がわからない。
まさか、一生このままなのか…?
「うわぁ!?」
直人の考え事は、その声にかき消された。
裏道のような細い路地。
人1人通るのがやっとの道に、髪の長い少女がうずくまるようにしてしゃがみこんでいたのだ。
白いワンピースに、赤い靴。
「こわっ。ホラー映画かよ」。直人は思った。
「こ、こんなところで何してるの?」
この身体の主が、少女に尋ねる。
:10/03/22 16:04
:PC
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#20 [我輩は匿名である]
声をかけられ、少女はこっちを向く。
人に怯えたような、死んだような瞳だった。
「…どこの子?この辺…じゃ、ないよな?」
この身体の主も、直人と同じように「怖い」と思ったのだろう。
声の調子が少し変わり、緊張しているのが分かる。
「…何も」
少女は小さな声で、それだけ言った。
身体の主は、困ったように「え…」と口ごもる。
それを見てか、少女はこう付け足した。
「帰りたくないから、ここにいるの。…それだけ」
どうやら家出をしてきたようだ。しかも、手ぶらで。
「でも、夜になると冷えるよ?」
「いいの。誰も心配してないし。…親もいないし」
:10/03/22 16:11
:PC
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#21 [我輩は匿名である]
少女は顔を背け、膝元に顔をうずめる。
こういうの、めんどくせぇ。直人はため息をつく。
「…君、名前は?」
身体の主は、不意にそんな事を尋ねた。
思わず、少女が顔を上げる。
「俺、ナガツキ カナメ。“長”い“月”に、必要の“要”。今年で16歳」
長月 要。この身体の主は、そういう名前だそうだ。
「…イシカワ、アキラ」
「え?」
「私の名前。イシカワ アキラ。“石”に“川”に、水晶の“晶”」
少女は短く、それだけ答えた。歳は直人と、つまり要と同じぐらいに見える。
:10/03/22 16:18
:PC
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#22 [我輩は匿名である]
直人は何も考えず、黙って2人のやり取りに聞き入る。
「高校生?」
「…うん、この間入ったばかり」
「じゃあ、俺と同じだ」
要の声は、明るかった。
気持ちが緩んできたのか、少女が少し笑う。
「家、どの辺?」
「…隣の市。家って言っても、養護施設だけど」
少女の話に、要は何も言わなかった。
「私、3歳の時に親に捨てられたの。それ以来、ずっとそこで育ってきた」
:10/03/22 16:29
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#23 [我輩は匿名である]
「晶!!」
突然、要の背後で女性の怒声が聞こえた。
要も直人もびくっとする。
要が振り向くと、そこには30代ぐらいの女性が、息を切らして立っていた。
「こんなところまで来て、何してたの!?みんな心配して…!」
「心配?」
晶が小さく笑って立ち上がる。
「暇だったから散歩に来ただけじゃない。何がいけないの?」
視界が、女性と晶に交互に変わる。要が動揺しているのだろう。
とりあえず、1歩下がって事態を見守る。
「でも、美代は『帰りに急にいなくなった』って」
「またあの子?うっとうしい。だから仲間はずれにされるのよ」
晶はフンとそっぽを向く。
:10/03/22 16:36
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#24 [我輩は匿名である]
「じゃあ、あんたはどうなのよ!?」
女性がますます不機嫌になって怒鳴りつける。
その問いかけに、晶も苛立ったように睨み返す。
「そこにいるじゃない」
晶の言葉に、女性が怖い顔でこちらを見る。
「マジかよ」直人は呆然とする。
要も突然の事に困り果て、言葉も出ない。
しかし、ちょっと経ってから、女性に言った。
「はい、友達です」と。
それを聞いて諦めたのか、女性は大きくため息をつく。
「もういいわ。とりあえず、今日は帰るわよ。風邪ひくから」
さすがにもう疲れたのか、晶も黙って頷いた。
:10/03/22 16:41
:PC
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#25 [我輩は匿名である]
女性は要には何も言わず、彼に背中を向けて歩き出す。
「ごめんね、いきなり」
女性に聞こえないような小声で、晶は要に言った。
「いいよ、そんなの。…また遊びに来いよ」
要のその一言に、晶は一瞬きょとんとしたが、笑って大きく頷いた。
「『また来い』って、また『抜け出して来い』って事か?
まぁそっちの方が、楽しいかも知れねぇけど…」
晶の背中を見ながら、直人がそんな事を考えていた時。
急に視界が真っ暗になった。
:10/03/22 16:45
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#26 [我輩は匿名である]
「えっ、ちょっと!!!」
直人は思わず大きな声を出した。
そして、慌てて自分ののどを押さえる。
「…出た…。出たぁぁぁーー!!!」
久しぶりに聞いたような感じの自分の声に、歓声を上げる。
部屋の中を見渡せば、見慣れたベッド、コンポ、ゲーム機、薄型テレビが、直人を囲んでいる。
「お兄ちゃん!うるさい!!」
バン!とドアが開いて、妹の恵理が文句を言いに来た。
かと、思えば言うだけ言ってドアを閉め、自分の部屋に戻っていった。
「…恵理だ…」
いつもは喧嘩ばかりの小生意気な妹さえも、いとおしく感じられる。
やっと戻ってきた。心の底からホッとした。
:10/03/22 16:50
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