記憶を売る本屋さん
最新 最初 全 
#289 [我輩は匿名である]
「…ま、まぁ本とか箱とか見ながらやれば出来るだろ。ハヤシライスぐらいなら」
「ふふっ。私が見ながら教えた方が良さそうね」
今日子は困ったように笑い、大きく重くなったお腹をさする。
「今日はパパがご飯作ってくれるんだって。楽しみだね」
「そうだぞー。楽しみにしてろよ」
「あ、じゃあ材料買って来とかなきゃね」
「あぁ…結局働かせてしまうな」
「いいよ、買い物ぐらい。家にいても退屈だし、適度に運動しないと」
今日子はそう言ってにっこり笑った。
:10/04/04 19:29
:N08A3
:TU64Ti3w
#290 [我輩は匿名である]
そしてその日の昼頃、今日子はぼちぼち歩きながら買い物に出かけた。
買い物袋を1つぶら下げて、少しウキウキしながら歩道を歩いていた。
あの人はちゃんと作れるかな。少し笑って、そんな事を考える。
周りの人が、傍の建物の屋上を騒めきながら見上げているのに気付かずに。
突然、「きゃあ」「わぁ」と多くの悲鳴が今日子を包んだ。
今日子はそれに驚き、足を止める。止めてしまった。
みんなと同じように空を見上げる。
その時にはすでに、高校生くらいの少女が目の前に迫っていた。
:10/04/04 19:54
:N08A3
:TU64Ti3w
#291 [我輩は匿名である]
響子は視線を落とす。
「(…ごめんね、守ってあげられなくて…)」
腕の中で、赤ちゃんは響子の服を握ったまま寝息を立てている。
もし“私”が、あの時立ち止まらなかったら。あのまま歩き続けていたら。
そう思うと涙が出そうになる。
響子は顔を上げる。
いつの間にか、背景が見慣れた小さな家の中に変わっていた。
優也は1人、こちらに背を向けて座り込み、写真立ての中の今日子を見つめている。
:10/04/04 21:45
:N08A3
:TU64Ti3w
#292 [我輩は匿名である]
「…お前たちの葬式ぐらいから、ずっと体調が悪くてな。
…2ヶ月経って、やっと一息ついたから、この間病院に行ったんだ」
響子は彼の背中をじっと見つめる。
「そしたら、検査するって言われて…今日結果が出た。
………肺癌だと言われたよ。骨にも転移して…もって半年の、1番予後の悪い癌らしい」
響子は自分の耳を疑った。
そんなはずがない。この間まであんなに元気だったじゃないか。
「…急にあんな事を言ったから、ばちが当たったのかもしれないな」
優也はため息をついた。
:10/04/04 21:46
:N08A3
:TU64Ti3w
#293 [我輩は匿名である]
「…化学療法とか、いろいろやれって言われたけど、断ってきた。
そんな事にかける金もないし、…そこまでして生きても、俺にはもう何もないから…。
飲み薬だけで抑えてもらえるように、頼んできた」
響子は見ていられなくなって目を逸らす。
几帳面な優也でも、なかなか片付ける暇がないのだろう。
部屋の中は、今日子が生きていた時よりも散らかっているように見える。
響子が部屋を見渡していると、優也は急に激しい咳をし始めた。
「(優也…)」
:10/04/04 21:46
:N08A3
:TU64Ti3w
#294 [我輩は匿名である]
“私”が生きていれば、「一緒に闘おう」と言えるのに。
今の“私”は、ただ背中をさすってあげる事すら出来ない…。
「(私は…何のために優也と一緒になったの…?
これじゃ優也に悲しい思いをさせて、辛い目に合わせただけじゃない…。
…私は…優也に何もしてあげられなかった…)」
優也は、“私”の事をどう思っているのだろう。
響子の視界が、涙で滲んで見えにくくなる。
涙を拭こうにも、両手が塞がっていて出来ない。
響子は何も考えず、ただ泣かないようにと我慢する。
:10/04/04 21:47
:N08A3
:TU64Ti3w
#295 [我輩は匿名である]
まだ続きがあるから、ここで泣くわけにはいかない。そう思った。
その間にもどんどん時間は流れる。
優也は、最初は普通に会社に行っては帰ってきて寝る、という生活を繰り返していたが、
少しずつ痩せてきて、仕事も休みがちになった。
元看護師だった今日子。
その記憶を持つ響子は、優也の余命が、半年も無い事を悟る。
優也はやがて腰を押さえながら歩くようになり、家から出る事も少なくなってきた。
2ヶ月ほど経った頃にはもう、寝室からほとんど出られないようになってしまった。
響子はただ、それをじっと見つめる。しかし、ここまで来てもまだ、彼の顔がよく見えない。
:10/04/04 21:47
:N08A3
:TU64Ti3w
#296 [我輩は匿名である]
『俺が本気で愛するのは一生でただ1人、長谷部今日子だけだ!』
薫の言葉が頭をよぎる。
「(…月城くん…もしかしたら…)」
響子が考えていると、優也がよろよろと立ち上がった。
息苦しそうに胸を押さえながら、壁づたいにどこかに向かう。
響子は「どうしたんだろう?」と、後を付いていく。
赤ちゃんはまだ眠っている。
「(この子、起きるのかな…?)」
そんな事を思っていると、リビングに入ったところで優也がふらっと座り込んだ。
:10/04/04 22:33
:N08A3
:TU64Ti3w
#297 [我輩は匿名である]
だいぶ呼吸が荒くなっている。
それでも優也は、這うようにして前へ進む。
咳をしてふらつきながらも、優也はリビングの窓のところまでたどり着いた。
窓の傍には、最近に見つめていた今日子の写真立てが置いてある。
神経にまで癌が転移し、目が開きにくくなったのか、優也は手探りで写真を探す。
そして、写真を見つけると、それを手に窓にもたれ掛かるように座り込んだ。
「(…!)」
響子は愕然とする。
息を切らして、こちらを向いて座り込んでいる優也。
痩せ細って目にはくまが出来ているが、その顔は間違いなく、薫だった。
:10/04/04 23:11
:N08A3
:TU64Ti3w
#298 [ま]
うほ(´・ω・`)
:10/04/04 23:32
:P04A
:HTCg2SGA
★コメント★
←次 | 前→
トピック
C-BoX E194.194