記憶を売る本屋さん
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#172 [我輩は匿名である]
「…そう、そんな名前だった」
「…やっぱりそうか」
薫はそれだけ言ってしばらく黙り込んだ。
「(…やっぱり…今日子だったんだな…)」
両方の目尻から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「…月城くん?」
響子の声を聞いて、薫は肘でゴシゴシと涙を吹く。
「ん?」
「月城くん…何か知ってるよね?…私の夢の事とか」
響子に聞かれて、薫はしばらく考えてから「あぁ、知ってる」と答えた。
:10/03/29 11:50
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#173 [我輩は匿名である]
「…教えて。あの夢は一体何?“私”はどうなるの?」
響子は薫に尋ねる。
彼女も気になっているのだろう。
薫はしばらく考え込む。
そして答えた。
「…教える事は出来ない」と。
「俺の口から教えれる事は、俺が知ってる事だけだ。
長谷部今日子が見た事、耳にした事、感じた事…それは夢を辿っていくしか知る事が出来ない。
…だから、本当に全てを知りたいなら、俺から話すべきではないと思う」
:10/03/29 14:26
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#174 [我輩は匿名である]
言い終わってから、薫は呆れたように笑う。
薫は本当は、全て話したくてしかたがなかった。
自分が霜月優也だという事、霜月優也と長谷部今日子は夫婦だった事…他にもたくさんある。
全て話せば、どれだけ気が楽になるだろう。
それだけじゃない。
自分の口から話せば、自分の事を良く言う事も出来るのに。
自分のばか正直さにため息が出る。
「…そっか」
響子は少しがっかりしたように言った。
:10/03/29 14:27
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#175 [我輩は匿名である]
「…悪い。でも、その方がきっと、香月のためになる。…俺や霜月優也、長谷部今日子のためにも」
「…そう。…なら、私が自分で進めなきゃダメだね」
「ごめん。…ただ、最後にはかなり辛い事が待ってると思う。俺はそうだった。
だから、最後までたどり着く自信がなければ、それ以上は止めた方が良い」
薫の話に、響子は小さく笑う。
「…進まないと、みんなの為にならないでしょ?」
「自分の為にならない事もある」
「大丈夫。どうにかなるよ」
響子は明るく言った。
:10/03/29 14:27
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#176 [我輩は匿名である]
薫も少し笑う。昔とちっとも変わらないな、と。
「ごめんね、いろいろ聞いちゃって」
「いや。…ほとんど役には立たなかったと思うけど」
「そんな事ないよ、…ありがとう。じゃあ、また明日ね」
「あぁ、おやすみ」
薫は静かに携帯電話を閉じる。
スッキリしたような、モヤモヤしたような複雑な気分で、薫はその夜、なかなか眠れなかった。
:10/03/29 14:43
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#177 [我輩は匿名である]
「はぁー…」
掃除当番である薫を待つ間、直人は階段に座って大きく伸びをしていた。
もう金曜日だが、どうやら日曜日にならないと本の話は進まないらしい。
「(つまんねぇなぁ…平日はどうでもいい学校の話だけだもんなぁ…。
学校より、晶との話が進むのかどうかが重要なんだよ。
要の学校話なんか…)」
そんな事を考えていたら、目の前をあの金髪女が通りかかった。
「あっ、おい!金髪女!」
呼び止められて、金髪女の飛鳥が足を止め、こちらをにらみつける。
:10/03/29 15:51
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#178 [我輩は匿名である]
「…何か用?」
「今日はさっさと帰るのか?いつも最後まで残ってるのに」
直人に言われて、飛鳥は顔を背ける。
「何でいつもすぐ家に帰んないの?
「…何でって……」
飛鳥は口ごもる。
直人は「まぁ、こっち来いよ」と手招きする。
少し悩んで、飛鳥は直人の横に腰を下ろした。
といっても、2人の間に人一人分くらいのスペースは空いているが。
:10/03/29 15:51
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#179 [我輩は匿名である]
「…私、家嫌いだから」
「何で」
きょとんとした直人の問いに、飛鳥はうつむく。
「……親は私何か見てない。大切なのは頭の良い弟だけ。
晩ご飯の時も、私は見向きもしない。話もしない。だから、家にいてもつまんないでしょ」
「…よーするに、ネグレクトとか言うやつか?」
「…ご飯はくれるんだし、虐待ではないんじゃないの」
飛鳥は「そういう話じゃないから」とでも言いたげにため息をつく。
:10/03/29 15:52
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#180 [我輩は匿名である]
「…ま、それじゃあ家に帰りたくはないわな。
…いいんじゃねぇの?そんな家にはいてやんなくても」
「でしょ?だから帰んないのよ。ご飯の時間になるまでは」
飛鳥はそう言って少し笑った。
「で、今日は帰んのかよ」
「いろいろ寄ってから帰る」
「なるほどな。…で、本は読んでんのか?」
「読んでるわよ、ちゃんと。最近つまんないけど」
「へぇ、俺と一緒じゃん。つまんねー時ってホントつまんねーよな」
直人はまたため息をつく。
:10/03/29 15:53
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#181 [我輩は匿名である]
いつもの直人ならば、「お前の本ってどんな話?」と
調子に乗って尋ねるところだが、何故かそんな気にはならない。
聞いてはいけないような気がしたのだ。
「…で?お前が人間嫌いな理由はわかったわけ?」
「よくわかんない。本の中の奴も人間嫌いみたいだけど」
「遺伝じゃねぇーの?」
「私の祖先じゃないから」
飛鳥はイラっとしたように顔を引きつらせる。
飛鳥の様子を見て、直人はふと、ある事に気付いた。
:10/03/29 15:53
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