記憶を売る本屋さん
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#589 [我輩は匿名である]
茫然としながら、飛鳥はただじっと響子を見つめる。

「本当だよ」

そう答えたのは、薫だった。

「俺はその夫だ」

「薫…!」

直人は思わず、薫に手を伸ばす。

しかし、響子がすぐにそれを止めた。

⏰:10/04/16 13:26 📱:N08A3 🆔:67c2oJas


#590 [我輩は匿名である]
「君、よく我慢できたねぇ?わしゃあ、絶対無理だと思ってたけど」

老人の言葉に、薫は小さく笑い、響子の肩を抱いて引き寄せる。

「俺はなぁ、こいつがいてくれたら、もうどうでもいいんだよ。

後は、あんな“事故”が2度と起こらなければ良いと願うだけだ。

恨み続けるのも疲れたしな。それに、俺は今の生活の方が楽しいし」

直人も飛鳥も、黙って彼を見る。

⏰:10/04/16 13:27 📱:N08A3 🆔:67c2oJas


#591 [我輩は匿名である]
その隣で、響子も静かに笑みを浮かべた。

「この子を憎んだところで、あの日に戻れるわけでもないし、お腹の子も戻らない。

…私、あの子に言ったの。“生まれ変わったら、お父さんにいっぱい抱っこしてもらおうね”って。

だから、そんな事考えても何にもならないと思って」

薫と響子は、凛とした表情をして老人を見返す。

「ほぅ…意外だねぇ。まさかこんなに丸く収まるとは思わなかったなぁ」

老人は「ほっほっほっ」と笑う。

⏰:10/04/16 17:40 📱:N08A3 🆔:67c2oJas


#592 [我輩は匿名である]
「では、本を返してもらおうかの」

そう言いながら、老人はこちらに向かって手を伸ばす。

すると、直人・飛鳥・薫の前に、それぞれ赤・青・深緑色の本が現れた。

「…これ…何で…」

直人達が驚いている間に、本は老人の手に納まった。

「なんだよ、それくれねぇの?」

「やらんよ。他にも本を渡さなんといかん人がおるからなぁ。

使い回しとるんだよ。エコだよ、今流行っとるだろ?エコ。

まあ心配せんでも、綺麗に真っさらにしてから使うんだがねぇ」

⏰:10/04/16 17:40 📱:N08A3 🆔:67c2oJas


#593 [我輩は匿名である]
老人は言いながら、リュックに本を放り込む。

「それ…あんたに返したら、記憶は無くなるのか?」

薫はあまり動じずに尋ねる。

「そんなこたぁない」

老人は答える。

「あんたらに売った記憶は、死ぬまで消える事はない。

そこまでの力は無いからなぁ」

「“売った”?俺達、買った事になってんのか!?」

直人は「そんな金ねぇよ」と頭を抱える。

⏰:10/04/16 17:40 📱:N08A3 🆔:67c2oJas


#594 [我輩は匿名である]
「心配するな、代金はもうもらっとる」

老人は言いながら、直人達みんなを指差す。

「あんたらの“前世”からのぉ」

「へ…」

直人と飛鳥はきょとんとする。

「…1つ聞きたい事がある」

薫は落ち着いて、再び老人に尋ねる。

「なぜ響子だけ、本を持たずに思い出せたんだ?」

「あーぁ、それはだねぇ」

相変わらずふざけた口調で、老人は答える。

⏰:10/04/16 17:41 📱:N08A3 🆔:67c2oJas


#595 [我輩は匿名である]
「“彼女”はちょっと特別でねぇ、死んだ後もずーっとあんたの傍にいた。

要するに幽霊だったわけだ。それ程想いが強かったんだろうなぁ。

だから、“彼女”は本を渡さなくても、自然に思い出すだろうとみなされたわけ」

話を聞きながら、薫と響子は顔を見合う。

「さぁて、じゃあそろそろおいとましようかの。元気でなぁ〜」

老人は気楽そうにそう言って、姿を消した。

⏰:10/04/16 17:41 📱:N08A3 🆔:67c2oJas


#596 [我輩は匿名である]
4人は無言でボーッとする。

ふと、飛鳥がもう1度、薫と響子の方に体を向ける。

直人も何も言わず、彼女を見つめる。

しばらく無言のまま時が過ぎた後、飛鳥は2人に向かって頭を下げた。

「すいませんでした」

3人は黙ったまま、ただ飛鳥を見下ろす。

直人は薫と響子の様子をちらちらと伺う。

「……もういいよ、頭上げて」

少し笑って、響子はそっと、飛鳥の肩に手をおく。

⏰:10/04/16 21:23 📱:N08A3 🆔:67c2oJas


#597 [我輩は匿名である]
しかし、飛鳥は頭を上げようとしない。

「おい」

今度は薫が、呆れたように飛鳥に言う。

その声が怖く聞こえたのか、飛鳥は恐る恐る頭を上げる。

「次あんな事しようとしたら、死ぬより辛い目に遭わせてやるからな」

「(…こえぇ…)」

薫の表情と言葉に、直人は寒気を感じる。

しかし薫はそれだけ言うと、響子を引きつれて、その場を離れようと背中を向ける。

「あ、待てよ」

何か思いついたのか、薫は再び振り向く。

⏰:10/04/16 21:24 📱:N08A3 🆔:67c2oJas


#598 [我輩は匿名である]
「お前、響子の代わりに鞄持って」

「…は?」

飛鳥は眉間にしわを寄せて首をかしげる。

その態度が、薫の気に障ってしまった。

「…俺にケンカ売ってるのか…?」

「う、売ってないです!持ちます!鞄!」

飛鳥は怖くなって、さっさと靴を履き替えて、響子から薫の黒いエナメルの鞄を受け取った。

⏰:10/04/17 09:38 📱:N08A3 🆔:kvTVgZXw


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