CLUB shin　BL

-マキトSide-　

｢えｯ………!?｣　

凪さんに呼ばれ、来ていたBARで　

僕はただ驚きを隠せずにいた。　

｢あはは、ビックリしすぎだって!｣　

そんな僕を笑う凪さん。

でもそんな凪さんの笑顔が、空元気なのを僕は知っている。　

凪さんが店に再び出るようになって　
もうすぐ半年が経とうとしていて　

この半年、凪さんはずっと空元気を演じている。

凪さんと身体を重ねてから…　

凪さんとはあまり話さなかった。　

だけど　

今日久しぶりに電話が鳴ったと思ったら…　

「……また、どうしてそんな急に…」　

やっと出た言葉だった。　

「うん……前から話は来てたんだけど、shinがあまりに居心地良かったから…」

今度は苦笑いをして話す凪さんの話に　
僕は真剣に耳を傾けた。

「……だけど、決心ついたよ。」　

少し俯いたあと　
凪さんは僕に笑いかけて　

「好きだって…言わせてもくれなかったんだ。」　

その笑顔があまりにも切なくて　

「……凪さん。」　

僕はただ　
凪さんの手を優しく握った。

凪さんが決めた…。　

「歌とピアノでのプロとしての道」　

その為に　
アメリカへ行く事。　

凪さんと離れてしまうのは嫌だけど　
それで凪さんが少しでも楽になるのなら…

「頑張って下さい。　
僕はいつでも凪さんを応援していますから。」　

胸の痛みをグッとこらえ　

凪さんに目一杯の笑顔をしてみせた。　

「……ありがと。お前には…いつも感謝してたよ。」

凪さんの手が、僕の頭を撫でる。

ねぇ…凪さん??　

あなたとまた会えた時　

僕は伝えてもいいですか??

『あなたの事が大好きでした。』と…。　

手の温もりを感じながら　僕は心の中で
凪さんに問いかけた。

誰か読んでくれていますか

読んでますよ♪
面白いです！

私いつもよんでます!!
前のもみてました!!
頑張ってください!!

コメントありがとうございます

　
凄く嬉しいです

頑張って書きますので

ヨロシクお願いします

208>>>から。　

凪さんが日本を発ったのは　

それから１ヶ月後だった。　

桜の中で　
笑って手を振った凪さんは　

僕の知っている凪さんの中で一番、綺麗に見えた。

-淳也Side-　

桜が咲き始めた頃。　

僕たちスタッフに　
凪が店を退店する事が改めて知らされた。　

この日は　
凪の送別会として　
店が凪のお客様でいっぱいになっていた。

凪のピアノね音色。　

凪の歌声…。　

それがこのお店で聞けるのも、今日で最後。　

僕たちは、それを胸に焼き付けるように　
仕事をした。

だけど…

あの日、凪が退店する事を知った日…。　

今から数日前だった。

「えｯ…?うそｯ!?｣　

まだ誰も来ていない店内に僕の驚く声が響く。　

そんな僕の目の前で　
苦笑いを浮かべているのは凪。　

いつもより僕が早く出勤していたこの日…

「おはよう!凪ぃ!｣　

相変わらず、誰よりも早くきてピアノに向かっている凪に声をかけた。　

｢おはよー、淳也。｣　

凪は僕に笑って答える。

今日はまだ誰もきてないし♪　

そう思った僕は　

「ねぇ、凪!あれ弾いてよ!｣　

曲のリクエストをお願いした。　

｢いいよ。あれね。｣　

凪も心よく頷いてくれて、僕が耳を澄ますと　
大好きなラブソングが凪の指によって奏でられる。

僕はそれに聞き惚れていた。　

｢ありがとー!相変わらず凪の歌とピアノは凄いよ!!｣

曲が終わったあと　
興奮気味に僕が凪に言うと　

｢はは、ありがと!｣

照れたように凪は笑った。

だけど　

｢でも練習の邪魔しちゃってごめんね??｣　

僕が凪に謝ると　

｢いいよ。淳也のリクエスト弾けるのも、これで最後だと思うから。｣　

凪は笑って言ったけど、僕は凪の言葉の意味が掴めなくて　
首を傾げてみせた。

すると凪は　
何だか困ったような笑顔を見せて　

｢俺ね…店、辞めるんだ。｣

凪の言葉に　
僕はただただ、驚きの声を上げた。　

そんな僕の頭に　
凪がそっと手を置く。

真っ直ぐ僕を見つめた凪に視線を合わせると　

｢ピアノ…やるために、アメリカに行く事にしたよ」

ゆっくり話し始める凪。　

凪にスカウトがきてたのは前に知っていたけど…　

「応援、してくれるよな?｣

凪の真剣な表情に、僕は凪がいっぱい考えて決めたんだって分かった。

だから…　

「凪が……居なくなるなんて…でもｯ、僕応援する!!寂しいけど…応援するから!!｣　

凪のスーツの裾を掴み　
精一杯伝えたのに　

｢ばか…泣くなよ。」　

泣いてしまった僕を　
凪は笑って　

涙を拭ってくれた。

だけど…　

思えばこの時から　
僕は気付いていたのかもしれない…　

凪の決意の理由も　

優輝の変化にも……。

-凪Side-　

ずっと迷っていた。　

優輝のとなりに居たくて…

断り続けてきたスカウトの話。　

だけど…　

精一杯、考えて出した結果だった。

「お前…店辞めるって　
　　　　　　　本当か??｣

オーナーに退店する事を伝えた翌日　
ノリが俺に尋ねてきた。　

「うん……本当だよ。」

ノリに笑って見せると　
俺の前にあった椅子に腰掛けるノリ。　

まだ開店までは時間があり、この時店内には　
俺達だけだった。

「スカウト、受けたのか?｣

それに俺が頷くと　
ノリは小さなため息をつき　

｢……優輝の事は??｣　

ノリの言葉に　
苦笑いをして見せる。　

そして、ノリに考えていた事を全部話した。

優輝の側にいれば　
俺はきっと想い続けてしまう…　

伝える事さえ、許してくれないこの想いを　
俺はどこに閉まえばいいのか…　

そして考えて出た結果が　

優輝から離れる事だった事を…

ノリはただ　
黙って俺の話に耳を傾けていた。　

「……最近じゃ、優輝の笑顔を見るのも…苦しい。　

ははｯ、俺なんか逃げるみたいだよな。」　

笑ってみたけど　
自分で言って苦しくなった胸を押さえた。　

そんな俺をノリは　
そっと両腕で包み込んでくれた。

そして　

「俺は…お前の決めた事、逃げだなんて思わねーから……頑張ってこいよ。」　

ノリの言葉に　
ノリの温もりに　

俺の苦しかった胸が　
溶かされた気がした。　

「ありがと……ノリ。」　

自分の出した答えに　
自信が持てた、瞬間だった。

だから…　

日本を発つまで後２日。　

最後の出勤。　

俺の為に集まってくれた人達に　

優輝、ノリ、マキト、淳也…みんなに。

最高の音色と歌を聴かせたくて　

俺は心を込めて　
ピアノを弾いていた。　

店で弾く…最後のピアノ。　

店で過ごした、沢山の思い出が俺のピアノから溢れているようだった。

「今まで、お世話になりました。」　

閉店後。　

従業員みんなに頭を下げ、挨拶をする。　

みんなの顔を見渡すと　
ここで過ごした日々の思い出が　

楽しかった記憶が　
溢れてきて、俺は思わず涙を流した。

「凪ぃ～、おづがれざまぁ!」　

そんな俺を見て、泣き出した淳也が花束をくれる。　

｢ありがとう…淳也ｯ。」

思わず淳也に抱きつきハグをすると　

マキトやノリ、優輝も　
俺達を囲むようにして　
抱きついてきた。

「ありがとうｯ…みんな!」

この店で過ごした日々。　

みんなとの思い出。　

俺はずっと　
忘れないから……。

-優輝Side-　

凪が…店を辞める。

それを知ったのはほんの数日前。

寂しそうに淳也が俺に話した時だった。　

凪本人からは　
何も伝えられていなかった俺は　
なかなかそれを受け入れる事が出来ずにいた。

店から　

凪が居なくなった時の事を想像すると　

胸の奥に　

まるで穴が空いたかのように思えて　

ただ…凪には何も聞く事もできずに　
気付けば俺は目で凪を追ってばかりいた。

「お早うございまーす。」

凪の最後の出勤日。　

店に入ると聞こえてくるピアノの音。　

この音が聞こえてくるのも今日で…最後。　

そう思うと何故か切なくなった。

店内を見渡すと　
まだ皆来ていない様子で　

凪と俺だけだった。　

目を閉じて、凪のピアノに耳を澄ます。　

その音色に　

俺は自分の瞳から流れるものを感じた。

｢優……輝??｣　

俺に気付いたのか、ピアノの音が止まり　
凪が驚いたような顔をする。　

だけどすぐに　

｢どうして…泣いてるんだ…?｣　

俺にかけより、頬に手を伸ばした。

自分でも…
なんで泣いてるのか分からない。　

ただ…　

「今日で……最後、なんだな。」　

涙を拭うと、凪は俺の涙の理由を勘違いしたのか　

「俺が店を辞めるのは……決してお前のせいなんかじゃないから…」　

そう言って、困った様に笑う。

そんな凪を…

「ｯ優輝…??｣　

自分でも　
気付かないうちに、抱き締めていた。　

この店で、凪と出会い　
ずっと一緒に働いてきた。　

一緒に成長してきた。

楽しかった事も…
たまに揉めたりした事も…

凪との色々な思い出が　

俺の胸の中に溢れてくる。

いつも共に笑い合っていた凪…

「…ありがとう。凪。」

抱き締め、伝えたあと　
凪を見つめると　

凪の目からも　
涙が零れていた。　

二人で静かに泣いた。

そして…　

「行っちゃったね、凪…」

空港の屋上。　

淳也が寂しそうに呟く。　

「……大丈夫。きっとまたいつか会えますよ。」　

そんな淳也にマキトが笑いかける。

「応援、してやろーな!?｣

ノリが俺の肩に腕を乗せながら笑った。　

｢そうだな…」　

それだけ返すと　
俺は飛んで行く飛行機を　

小さくなるまで見送った。

ただ…　

最後に抱き締めた　
凪の温もりが　

あの感触が…

俺の身体に残っていた。　

俺はまだ…その理由に気付く事なく　

空を見上げていた。

-ノリSide-　

街に秋風が吹き始めた頃…

凪が日本を発ってから　
少し淋しかった店も、前の賑やかさを取り戻していた。

相変わらず、この店のNo.1を保っている俺は　

ホッと胸を撫で下ろしていた。

相変わらず、笑い合っている優輝と淳也。　

凪が居なくなって、元気のないように見えたマキトも　

最近じゃ前のようにドSっぷりを発揮できるようになっていたから。　

だけど…　

「おはよーっす。」　

この日から　
また…誰かが、誰かを想い　

誰かが傷つく事になるなんて…　

思ってもいなかった。　

俺が出勤すると、店にはもうすでに淳也と他のスタッフが数人集まっていた。

「おはよーｯノリ!!
　　ねぇ②!これ見てよ!｣

淳也が手に何かを持ち　
俺に駆け寄る。　

そして手に持っていたモノを　
俺の目の前に差し出した。

｢ん～??CDか…?｣　

差し出された真っ黒のCDケース。　

｢ここｯ!!読んでみてｯ!!｣

興奮気味に　
淳也はそのケースの端にある白い文字を指差した。　

淳也に言われた通り、その文字を読んでみる。　

《lovin´you……

From………》　

｢N……A……GI……って　
　　　　　　　凪っっ!?｣

あまりに驚いた俺は、思わず淳也の手からCDケースを奪い取った。

｢そう!!もうビックリでしょ!?　
昨日偶然CDショップに寄ったんだ!!そしたら!!｣　

さっきより興奮気味に淳也が話す。　

｢すっごいんだよ!!
注目アーティストって大きく宣伝されてて!!｣　

大きな瞳をキラキラさせる淳也。　
俺も嬉しくなり、一緒にはしゃいでいた。

それから
出勤してきた優輝とマキトに　

「｢じゃーんｯｯ!!｣」　

淳也と二人、凪のCDを見せた。　

二人とも　
俺と同じような反応を見せ、４人で閉店後CDを聞こうと約束を交わした。

だけど…

この時俺は、ある人物のちょっとした変化に　
気付いていた。　

俺の中に芽生えた　

《不安》　

その不安は　
CDを聞き終えたあと　
的中した。

「凪さん……凄い。」

マキトが感動し、呟く。　

「うん!…凄い、凄いよ!
凪…前よりずっとパワーアップしてる!!｣

口に両手を当てた淳也も　歓喜の声を上げた。　

凪のピアノ　
凪の歌声は、切ないラブソングを奏でていた。

二人が感動する中　

俺は気になっていた人物に目を向ける。　

何て…
表情(ｶｵ)してんだよ…。　

その人物を見て　
俺の胸はギュッと締め付けられた。

眉間にシワを寄せて　
まるで泣きたいのを我慢しているかのような……

愛しい人でも見つめるかのような視線で　

CDケースを見つめる　
切なすぎる表情(ｶｵ)。

そんな優輝を見つめて　

俺は…　

どうか、この表情の意味を　

淳也にだけは気付かれないでほしい…　

優輝自身にも…気付いて欲しくない…　

凪の決意が意味の無いモノになってしまわないよう　
俺は心の中で願った。

-優輝Side-　

なぁ…凪?　

お前が日本を発ってから　俺の周りの景色は変わらないはずなのに　

変わったように思えてしまうのは　

何故なんだろう……。

「優輝?美味しい?｣　

淳也の作った料理を　
一口食べると　
淳也が俺に尋ねてくる。　

｢ああ、美味いよ。｣　

笑顔で答えると　
嬉しそうに笑う淳也。　

そんな淳也を、相変わらず(愛しい)と思った。　

それなのに…

出勤すと　
淳也とノリが二人して　
俺とマキトに差し出した。　

一枚のCD…　

それを見て、始めは驚いたが　
すぐにそれも喜びに変わった。　

ただ…

喜びの反面　
凪の存在が凄く遠くに感じた。　

閉店後。　

店のレコーダーに凪のCDを入れる。　

静かに…店全体に流れるピアノの音色。

久しぶりに聴く　
凪の音色。　

それに目を閉じ、耳を澄ます。　

そして…　
凪の歌声が響いた瞬間…

凪の笑顔、凪の泣き顔。　

俺が見てきた　
凪の姿、全部が俺の中で　鮮明に思い出された。

凪の歌声は前よりもはるかに甘く…　

切なかった。　

（凪………。）　

その甘い声に　
俺の胸はギュッと締め付けられ

俺は胸を押さえ心の中で　小さく名前を呼んだ。　

そして　
曲が終わる頃…　

ただ　
凪に会いたい。　

そう思う自分がいた。

何故　
自分がそう思うのか…　

分からず　
ただ真っ黒なCDケースを　見つめていた。

-マキトSide-　

凪さん…。　

あなたは離れた今でも　

まだあの人の事を　

想い続けているんですね…。

淳也さんの差し出した　
凪さんのCD。　

それを見た時　
僕は飛び上がりたい程に　嬉しくなった。　

凪さんが　
頑張っている証拠。　

それを手に持った僕は　
閉店が待ち遠しかった。

だけど…　

あなたの歌を聞いた時。　僕はすぐに気付きました。　

この歌の意味。　

あなたが誰を想って　
歌っているのかを……。

でも…
この時の僕は　

久しぶりに聴く　
あなたの声にただ溢れ出そうな涙を　

堪えるのが精一杯だった。

「作詞、作曲……

　　　　　NAGIか……。」

みんなで凪さんの歌に感動したあと　
一人アパートに帰った僕の手には、途中で買った凪さんのCD。　

僕はそれをレコーダーに入れ、静かにスイッチを押した。

凪さんのピアノの音色。　

甘い歌声…　

その歌声に合わせて　
歌詞を目で追った。

《その声は今でも　

僕じゃない…誰かの名前　　　　　　　呼んでるの?

何処にいても　
何をしていても…

僕は願う。　

lovin´you　　
　きっと　いつかキミと…

叶うはずもない願いを今日も抱え　

lovin´you
キミだけ　想ってる》

凪さんの想いが溢れてる歌詞…。　

僕は苦しくなった。　

切なくて
凪さんの歌う「キミ」にさえ嫉妬してしまう…　

だから
あの日の凪さんの香りを探すように　
僕は枕に顔を埋めた。

凪さん…　

あなたはきっと　
これからも　

あの人を想い、歌い続けるんでしょうね…。　

そして　

その度に　
僕はこうやってあなたの香りを探し　
静かに泣く…。

あなたの歌は…　

僕の想いに似てる…。

だから　

僕はあなたの歌に　
想いを重ねて　

切なくなる。

-淳也Side-　

優輝が…いない。　　

秋風も冷たさを増した頃。　

僕の隣で毎日見せてくれる笑顔。　

前と変わらないはずなのに…　
最近、思うんだ。　

優輝の心はいま…
　　　　　何処にいるの??

「凪くんのCD、買っちゃった!!｣　

そう言ってくれる　
お客様が、最近多くなって　

僕は素直に嬉しかった。　

だんだん有名になっていく凪。　

だけど　
その中で僕は　
もうずっと優輝に違和感を感じていた。

｢ねぇ、ノリ?
　最近の優輝、少し変だと思わない??｣　

その違和感が　
何か知りたくて、僕はノリに尋ねてみた。　

だけどノリの答えは　

｢……いや。何も感じないけど?｣　　

そんなノリの返事に　
僕だけが感じてるのなら　

僕の勘違いかと思った。

でも…　

僕は見てしまった…。　

「……クチュンｯ!!｣　

｢大丈夫?風邪か?｣　　

くしゃみをする僕に　
一緒にベッドで寝ていた優輝が心配そうに毛布をかけ直してくれた。

｢もう冬も近いし、気を付けろよ?｣　

そう言って、優しく頭を撫でながら　
僕の身体を包む温もり。　

僕は　
それが気持ちよくて　

目をそっと閉じた。

｢ん………。」

いつの間にか　
寝てしまっていた僕。　

少しだけ　
寒さを感じた僕が　
ゆっくり、目を開けた時…

隣にいるはずの　
優輝の姿がみえなくて　
僕は静かにベッドを出た。

リビングへ向かうと　
そこに優輝の姿を見つけたのに　

僕はただ　
その場で立ち止まってしまう。　

部屋に小さく流れるメロディ…　

優輝はそれを聴きながら　座っていた。

普段なら声をかけていた。　

でも…　

優輝がCDケースを手に　
天井を仰いだとき　

はっきりと見えた。　

頬を伝う涙。　

胸の中で　
何かが騒ぎ出した時。　

僕はその理由から　

目を反らした。　

信じたく…無かったから。

優輝に感じた違和感。　

優輝の流す涙。　

ただ　

僕は静かにベッドに戻り、無理やり瞼を閉じた。

優輝の中にいる…

《凪》

という存在。　

それを知ってしまった事を後悔しながら…。

-優輝Side-　

この胸の中にある　
想いは一体何なのだろう…

いま隣にいる愛しい人の温もりが　

時々…あいつの温もりを思い出させる。　

それを隠したまま　
ただ　
過ぎていく季節を感じていた。

スーツに着替え、上からコートを羽織り店に向かう。　

季節はもう冬を迎えていた。　

「お早うございます。」

いつもの様に店内に入る。　

「え……?｣　

店に入るなり、俺はステージへと急いだ。

まだ数人しか集まっていない店内に…　

もう聞こえるはずのない　ピアノの音色。　

もしかして…　

「あ!お早う!　
　　　　　　　優輝!!｣

ステージにたどり着いついた時、音色を奏でていた人物が俺に笑う。

｢あ、ああ……
　　　　　　お早う。」　

一瞬…　
少しでも、もしかして…なんて思った。　

そんな自分に　

俺は自分自身、がっかりした。

「凪の真似して弾いてみたんだけど…
僕にピアノは向いてないみたい。」　

そう言って、苦笑いをしながら舌を出してみせる淳也。　

「そっか……それは残念だったな。」　

そんな淳也の頭を撫でてやると　
俺の胸には　

何故か罪悪感が芽生えた。

どうして…　

凪が弾いてるかもしれない。　
なんて　

一瞬でも思ってしまったんだろう…。　

俺は…
何を期待していたんだ…?

もう凪が…　

この店で　
このステージで　
演奏をするなんて事　

あるわけないのに…。

それに…　

「えｯ??…優輝??｣　

俺の愛しい人はこいつなのに…　

抱きしめると、淳也は驚いたように俺の名前を呼ぶ。　

「……抱きしめたくなっただけ。」　

そう淳也の耳元で呟いた。

その温もりは　
確かに淳也のもので　

俺の中に　
生まれた罪悪感を消したくて　

抱きしめる腕に　
そっと力を込めた…。

-ノリSide-　

あいつの決意が　

意味の無いモノにならないよう…　

そう願った。　

そんな俺の願いは　

冷たい冬の風に　
攫われていった……。

「お前ｯ……。」

閉店後の更衣室。　

ソファーに座り、俯き加減に優輝が放った言葉。　

俺はそれに　
言葉を詰まらせていた。

優輝が自分自身の想いに気付かないように…

そう願ってから　

相変わらず、淳也と笑い合う優輝を見ていて　

心の何処かで安心していた。　
それなのに……

｢なぁ…ノリ。」　

更衣室、淳也もマキトも先に帰り　
珍しく、優輝と２人きりになった時だった。　

「んー?なにー?｣　

俺が返事をすると　
優輝はゆっくりとソファーに腰掛けた。　

そして　

｢……最近、自分自身がなにを考えてんのか分かんねーんだ。」　

ぽつりと呟く。　

その言葉に　
俺はまさか…と思いつつも、優輝の隣に座る。　

「何が…分かんねえの?｣

優輝に視線を向けると　
地面を見つめていた優輝が顔を上げ

｢……淳也と居ても、　　時々、凪の事が頭の中に浮かぶんだ…。」　

そう言って、困ったように眉をさげた優輝は　
小さく笑った。　

この事を聞いた瞬間。　

俺は言葉を詰まらせてしまった。

「…淳也が隣に居るときでも、気がつけば…考えてるのはいつだって…

　　凪の事ばかりでさ…」

言葉が出ない俺をよそに　優輝はゆっくりと話す。　

優輝…
お前、それは……。　

「どうして、なんだろうな…。」　

小さく呟やく優輝。

俺が口にしてしまえば　
優輝は自分の気持ちに気付いてしまう。　

自分の想っている人が…
誰、なのか。　

このまま…　
気付かない方がいいのかもしれない。

俺がそう思った時　

｢なん…ですか。それっ」

いつから、俺たちの話を聞いていたのか　

更衣室に俺たち以外の声が響く。　

その声の方に視線をやると、俺は焦るのを隠し切れなかった。

「今の話は何なんですか!優輝さん!!｣　

真剣な顔で　
優輝の前に立つ　

……マキト。　

「何って……」　

戸惑いながらマキトを見上げる優輝。　

「淳也さんが居るのに、凪さんの事を考えてしまうなんてｯ!そんな……!!｣　

｢やめろ!!マキト!!｣　

マキトが次に言う言葉が分かった俺は　

まずい。　

そう思い、マキトを静止しようと声を張り上げた。

しかし　
マキトにはそんな俺の思いは伝わる事なく　

｢そんな…それじゃまるで凪さんの事!

好きって言ってるようなもんじゃないですか!!｣　

目に涙を溜め　
優輝に言い放つマキトを　

俺にはどうする事も　
出来なかった。

優輝は目を見開き、驚いていた。　

気付いてしまった…　

俺にはもうどうしようもない…。　

ただ　
俺は２人を見つめていた。

-マキトSide-　

どうして…

どうして今更　

あなたは　

あの人の想いに答えるような事　

言うのですか…?

店に忘れモノをした事に気付き　

僕は店に戻ってきた。　

だけど　

忘れモノを取ろうと更衣室を覗いたとき　

優輝さんとノリさんが何やら話し込んでいて　
その２人の雰囲気に、僕は引き返そうとした。

でも…　

《凪》　

優輝さんの口から　
あの人の名前が出たとき　

僕は何故か足をとめてしまった。　

聞こえてくる…　

２人の会話。　

その会話を聞いてしまった僕は　

自分でも気付かないうちに優輝さんの目の前に立っていた…。　

苦しくて…　
苦しくて…

「俺が……??
　　　凪のこと……」

驚き、困惑している優輝さんを前に　

僕の口は止まらない…。　

「凪さんは……ｯ凪さんは!あなたをずっと想って泣いていたんです!!｣　

凪さんが　
僕の前で流した涙も　

僕の身体を抱きながら呟いた名前も　

全部、優輝さんの事だったのに…!!　

｢あなたを想って、傷ついてｯ泣いてｯ……それなのにあなたはｯ!!｣　

涙が止まらない…　

ただ　
苦しかった。　

「あなたがｯ!あなたが凪さんを離したんじゃないですかｯ!!!｣　

苦しくて、くやしくて…

もっと早く　
優輝さんが自分の想いに気付いていたなら…　

凪さんはきっと…　

今でもココで　
この店でピアノを弾いて　

笑っていたはずだったのに…!!　

それが例え　
僕の隣じゃなくても　

僕は　

凪さんと一緒に居たかった…。

「……マキト。」　

ただ泣いて、拳に力を込め優輝さんの前に立つ俺の肩を　
ノリさんが支えてくれたから…　
僕は溢れる涙を流し続けた。

-優輝Side-　

この想いが何なのか…

今はっきりと気付かされた。　

だけど　

気付いた今…　
もう遅いという事を　

思い知らされた。

「…今更気付くなんて　　　あなたはズルいです…」　

目の前で　
涙を流していたマキトが小さく呟いた。　

その言葉から　
マキトの想いが伝わってくる…　

マキトも…凪を…。　

胸が酷く苦しくなるのを　俺は感じていた。

だけどマキトに何を言っていいのか…　

「……すまない。」　

今の俺の口からは　
こんな言葉しか出てこない。　

「……もう、誰も…
　傷つけないで下さい。｣

マキトが最後に口にした言葉。　

それが　
俺の胸に突き刺さり　
感じていた胸の苦しさが増した。

あの時…　

何故、凪の想いを聞くのが怖くなったのか。　

今になって　
はっきりと分かった。　

俺は…　
自分の想いが、淳也への想いが間違いない。　
そう思い込もうとしていたのかもしれない。　

だけど　

本当は…もうずっと前から…凪を想っていたんだろう。

一緒に居すぎて　

近すぎて…　

凪が居なくなって　
ようやくこの想いに気付くなんて…　

凪を傷つけていた事を　
俺は後悔した。

それと同時に　

淳也の顔が浮かぶ…。　

「俺は……今度は淳也まで傷つけようとしてるんだな……」　

一人の暗い部屋に　
俺の声が小さく響く。　

淳也に対して　
どうしようもない罪悪感が芽生え　
胸が傷んだ。

淳也への想いは　
本物だと思っていた。　

なのに…　

自分の気持ちに気付いてしまった今　
俺はどうすればいいのだろう…　

もう…　
誰も傷つけたくない…。

ソファーに保たれた身体が重い…。　

俺は　
なんて馬鹿なんだろう…

考えても、考えても　
答えの出ないまま　
明けていく空を…ずっと見つめていた。

誰か読んでくれていますか

読んでます

頑張ってください

あむ様

我が輩様

　

ありがとうございます

テンションあがりました

更新します

327>>>から。　

｢昨日は少し言い過ぎました。でも…僕、謝りませんよ?｣　

次の日。　

出勤するとマキトが話しかけてきた。　

マキトの言葉に　
俺は少し間を置いて　

「ああ……逆に、お前には感謝しているよ。」

そう言って小さく笑って見せると　
少し驚いた表情でマキトが俺を見上げた。　　

「ごめんな…。お前の気持ちにも気付かずに俺は…」

俺の言葉に　
マキトの表情が変わっていく…　

そして　
小さく首を横に振った。

そんなマキトの頭にそっと手を置き　

「ほんと…自分がどれだけ凪を傷つけていたか…だからマキト、ありがとな。気付かせてくれて…」

そう言ってマキトに視線を合わす。　

マキトは泣きそうな表情でもう一度、首を小さく横に振った。

それから小さな声で　

「……すみません。」

呟いた。　

俺はただ　

マキトの頭に置いた手で　そっと髪を撫でた。

気付けて、良かった…。

じゃなきゃ俺は　
また知らないうちに　
誰かを傷つけていたかもしれない…。　

「あ!優輝ぃ、マキト!
　　おっはよーう!!｣　

何時ものように笑った淳也が俺達に駆け寄ってくる。

その淳也の姿に　
俺は…　

こいつを傷つけちゃいけない。　

もうこれ以上…
誰かを傷つけるなんて…

そう思った時　
俺は　　

静かに胸の中で
覚悟を決めていた。

-淳也Side-　

誰かを想うことで　

誰かが傷つく。　

ねぇ…　
僕はキミが隣に居てくれるなら　

そんな傷、屁でもないよ?

例えキミが　
他の誰かを想っていても…

優輝の中の《凪》の存在を知ったとき　

僕は悲しくて一人の時は　毎日泣いていた。　

でも…
それでも、優輝の隣に居る事が僕の幸せだから…

「優輝ぃ!?明日のランチ、何がいいー??｣　

何も知らない。　

そう言い聞かせて　
僕は優輝に接した。　

｢んー…淳也の食べたいヤツでいいよ。」　

そう言って笑う、優輝の笑顔には　
まだ違和感を感じるし、慣れないけど…。

「えー!!それじゃ困るよぅ!まぁ…でもオムライスにしよっ♪」　

それでも僕は　
自分に言い聞かせる。　

大丈夫…。　

お店の帰り道。　

優輝との他愛もない会話。　

それを守りたかったから。

僕が　
このまま、優輝の中の　

《凪》を　
知らないふりをし続ければ　

僕はずっと　
優輝の隣に居られる。　

そう思い、毎日笑顔を優輝に送った。　

そんな僕に　
優輝が笑ってくれる。

そんな日々を　
守っていける。　

ずっと　
優輝と続いていけるって
そう思っていた。　

だけど　
僕は全然知らなかった。

優輝が…　

少しでも　
僕を傷つけまいと　

選んだ答え。　

それを知る事になったのは…　

凪が居なくなってから　
丁度、１年目の春だった。

-ノリSide-　

誰かを傷つけるくらいなら一人になった方がいい…。　

そう呟いたあいつを　

引き止める事なんて…　

俺には出来なかった。

「えｯ!?…優輝さん、が?｣

行き付けのBARの中。　

マキトが驚きの表情で　
俺を見つめる。　

｢……僕が、僕があんな事言ってしまったから…」

そう言うと俯くマキト。

「いや、それは違うな……あいつ、お前には感謝してるって言ってたんだぜ?｣

そんなマキトの肩に　
俺はそっと手を置いた。　

あいつは　
あいつなりに考えたんだろう…　

せめて　
少しでも淳也を傷つけまいと…

「あいつ、言ってたよ。　もう…これ以上淳也のそばに居ても傷つけるだけだって…」　

あいつの出した答え。　

「……あいつなりに出した答えだ。理解してやろうぜ??マキト…」　

マキトの顔を覗き込み　
笑ってみせると　

少し間をおき　
小さく頷いた。

「…もう淳也の隣には居られない。」　

数日前の休みの日。　

家に訪ねてきた優輝が　
呟いた言葉。　

「…どうするつもりだ?｣

この時　
俺の勘はすぐに働いた。

俺に何を話しに来たのか。　

俺の問いかけに　
優輝は少し間を置いたあと　

｢淳也を…傷つけてしまうのに変わりはないのかもしれない…」

静かに話し始めた。　

淳也を傷つけてしまうのに変わりはない。　

でも　
このまま一緒にいる事だけで　淳也を傷つける。

優輝の話に俺はただ耳を傾けた。　

「でも…もし少しでも、少しでもいいから　
淳也の傷が…深くならないように…」　

優輝の手に力が入るのが　俺には分かった。　

どれだけ　
優輝が悩み、考えたのか　

それが伝わってくる。

「だから……俺…」

その言葉の続きが　
俺には分かっていた。　

優輝の出した答え…　

「……この街を　
　　出る事にしたよ。」

優輝の答えに　
俺は小さく頷いた。　

引き止める事なんて…
出来るはずがない。

「…行くとこは、もう決めたんだな?｣　

俺の問いかけに　
優輝はゆっくりと首を縦に振る。　

だけど　

｢……淳也には、言わないで出ていくつもりだ。」

それを聞いた時、俺は　

「お前ｯ言わないってそれじゃ…」　

もっと淳也を傷つける事になる。　

そう口にしようとしたけれど　

「分かってる。…だから」

それを優輝はさえぎり　
俺の前に何かを差出した。

「だから……俺が居なくなった時、ｺﾚを…お前の手から淳也に渡してほしい…」

そう言った、優輝の手には白い封筒が握られていた。　

「頼まれて…くれないか?｣

俺の顔を見つめる　
優輝の真剣な眼差し。

それを見た俺は　

ただその封筒を受け取る事しかできなかった。　

きっと　
淳也ならｺﾚを見たとき　
分かってくれる。　

見つめた優輝の目が　

そう言っているようで…。

-優輝Side-　

どうか…　
こんな俺を許して…　

今の俺に
出来る事といえば　
お前をこれ以上傷つけないことだから…　

今までありがとう…。

「…元気でな。」　

春風が頬を掠めた夕暮れ時。　

空港まで送ってくれたノリが手を振る。　

「ああ、…ノリ、淳也のことよろしく頼むな。」

それだけ言い残し　
俺は今日、住み慣れた地を離れる。

「お疲れ!優輝。　
　　　明日さぁ……」

店の帰り道。　

いつものように　
淳也と肩を並べ歩いた。　

俺には最後の出勤日。　

みんなには　
伝えていなかった。

何も知らない淳也は　
明日のランチは何がいいか、いつものように俺に尋ねる。　

淳也の笑顔に　

胸が痛む。　

でも…これでいい。　

自分に言い聞かせた。

「そうだな…お前の作るモノなら何でもいいよ?｣　

優しく淳也の頭を撫でる。　

淳也は嬉しそうに笑って　

｢じゃあ優輝の好きなパスタにするねｯ!｣　

俺にピースサインをしてみせた。

淳也…。　

今の俺には　
お前を傷つけない自信がない…。　

でもどうか…

俺が居なくなったとしてもその笑顔を　

絶やさないで…。　

そう願いを込め、ノリに渡した封筒。

きっと…　

お前なら　
分かってくれる。　

そう俺は　
信じてるよ。

「いただきます。」　

次の日。　

いつものように淳也のアパートでランチを食べた。　

最後の淳也との食事。　

「ほんと…うまいな。」

淳也に笑顔を向ける。

「ほんと?良かったぁ!｣

嬉しそうに　
笑顔を返す淳也。　

そして　

ランチを終えた俺は　

｢午後から、ノリと約束があるから…」　

淳也にはそう伝え　
空港へと向かった。

「いってらっしゃい!｣

そう言って俺を送り出してくれた　
淳也の笑顔を思い出していると　

｢……後悔、してるのか?｣

運転席でノリが問いかけてきた。　

｢いや……しないよ。」　

そう返事をして　
俺は窓の外を見つめた。

さよなら…　

これでいいんだ。　

お前が　
傷つかないように…　

ごめん…　
今までありがとう…。　

心の中で呟いて　
俺は遠くへ…出発した。

-淳也Side-　

キミの笑顔も　

キミの温もりも　

もう僕の側には無いけれど…　

僕はキミが
守ってくれたこの笑顔を　

ずっと絶やさないよ…。

ピンポーン……――。　

優輝が出ていって　
すぐにアパートのチャイムが鳴った。　

僕が玄関へ向かうと　

「淳也さん!!早く開けてくださいｯ!!｣　

扉を叩く音と共に　
慌てた声が聞こえた。

その声に　
僕は急いでドアを開ける。　

｢どうしたの!?そんなに慌てて…」　

息を切らし　
慌てるマキトの姿に　
僕が尋ねると　

「説明は後です!早く行かなきゃ!｣　

グイッと　
マキトに手を引っ張られ　僕は訳の分からないまま　着いていくしかなかった。

｢ねぇ、マキト?ドコに行くの??｣　

乗せられたタクシーの中。　

隣に座るマキトに尋ねる。　

｢空港です。｣　

さっきの慌てた姿と違って何やら険しい表情で　
マキトは答えた。　　

｢なんで空港に??｣　

そんなマキトを不思議に思いながらも　
何故、空港に行かなきゃいけないのかを聞いた。

だけど…　

「…優輝さん、今日この街を出るって言ってたんです。」　

マキトからの答えに　
僕はますます意味が分からなくなった。　

「え!?…もう、マキトってば意味わかんない!｣　

笑ってマキトの肩を　
軽く叩くけど　

マキトは僕を見て　
酷く悲しそうな顔をした。

そして　

｢…淳也さん。僕の話をよく聞いてください。」　

そう言って　
マキトは僕に話し始めた。　

マキトから　
いきなり告げられたのは　

優輝が　

店を辞めてこの街を去ること…。　

僕は一瞬、頭の中が真っ白になった。

「淳也さんには黙っとけって言われたんですが…」

僕の手を　
そっと握るマキト。　

だけど　

僕はすぐに今の話を理解することが難しくて…

ただ　
優輝が僕に黙って　
居なくなろうとしている。　

その事だけは分かって　

なんで…?
どうして……?

頭の中で　
こんな事ばかりを繰り返していた。

｢…優輝さん、言ってました。誰かを想う事で淳也さんを傷つけてしまうって」

隣で　
ぽつりとマキトが呟くように話した。　

淳也をこれ以上傷つけたくない…　

優輝の言葉をマキトが口にする。

その言葉に　

《凪》の事が頭に浮かぶ。　

優輝…　

僕はそれでも　　　　　　ただ優輝の側に居られれば　

それで良かったのに…。　

そう思ったと同時に　
僕は溢れる涙を止める事が出来なくなった。

「なんでｯ…」　

空港に入ると　
偶然にもノリと会った。　

ノリは驚いた表情で　
僕たちを見つめる。　

「ノリｯ!優輝、優輝は!?｣

泣きながらノリの身体を揺さ振るけど　

ノリはそんな僕の身体を包み込んだ。

｢優輝は…もう行ったよ。｣

ノリの言葉に　
僕は全身の力が抜けていくのを感じた。　

最後に…
顔さえも見れないの?　

いやだｯ…
そんなのヤダｯ…　

ノリの胸の中で　
声を出して泣いた。

優輝が　
もう居ない…　

僕に黙って　

ドコへ行ってしまったのかも分からない。　

「……淳也さん。」　

マキトも　
僕の身体を包むように　
そっと肩を抱いた。

その時　
ノリは僕から身体を離し　

「……淳也、これ。」　

僕の目の前に　
何かを差出した。　

涙でよく見えないそれを　僕の手に乗せたノリは　

「優輝から…だよ。」　

ノリを見上げると　
涙のせいでノリの笑顔が霞んで見えた。

手渡されたそれを　
涙を拭い見てみると　

そこには　
確かに優輝の字で　

僕の名前が書かれていた。　

その封筒を　
僕はゆっくり開ける。

中には　
一枚の写真が入っていて　

「なん…で…ｯ。」　

僕は思わず　
その写真を見て　
口に手を当てた。　

だって…　

あれは優輝と　
付き合い始めた頃だった。

「何してんの～??｣　

優輝の部屋へ初めて行ったとき　
優輝が何かを手にして　
大事そうに磨いていた。　

僕の問いかけに　

｢ん?カメラだよ。｣　

優しく笑うと　
カメラを僕に見せてくれた。

｢えーｯ!!凄い!!
優輝、写真撮んの!?｣　

僕が驚くと　
優輝は少し照れたように　撮った写真を見せてくれた。　

それはどれも綺麗な風景で僕が見入っていると　

｢昔からの趣味なんだ。｣

って教えてくれた。

そんな優輝に　

｢凄いなぁ～。ねぇ、僕も撮ってみてよー!｣　

はしゃいで　
お願いしてみたけど　

あの時優輝は　

｢残念、俺風景しか撮んないんだよね。｣　

って苦笑いになった。　

それでも僕はめげずにお願いしたっけ…

でも結局、優輝は僕のお願いを聞いてくれなくて　

撮ってもらえずに　
僕は諦めたのに…　

なのに…　

「風景しか……撮らないって言ったじゃん……。」　

僕の手の平にある写真。　

そこには　
いつ撮られたのか分からない…　

僕が笑っていた。　

そして　

その写真の裏には　
何か書かれていて　
僕はゆっくり写真を裏返し目を向けた。

ほんとは　
ショックだし　

怒りたい気持ちでいっぱいなのに　

泣きたい気持ちでいっぱいなのに…　

「優輝の…ばかｯ。」　

僕はその文字を読んで呟いた。

《淳也へ。　

黙って居なくなる事、許してほしい。　
お前の笑顔…
俺は確かに…大切だった。だけど分かってほしい。　
俺の出した答えを……今までありがとう。》

「こんな写真…見せられちゃったら…怒れないじゃんか…。」　

文字を指でなぞったあと　
僕はそれを胸に当てた。

優輝の出した答え…。　

それが僕の為に出した答えなら　
僕はそれを受け入れるよ。　

もう…会えなくても…

優輝が守ろうとしてくれた　
大切にしてくれたこの笑顔を…　

僕は　
絶やさないよう…
生きていく。

僕も…
今までありがとう。　

「ノリ!マキト!　
　　ほらっ!お店遅れちゃう!｣　

飛行機を見送ったあと　

僕は二人に笑顔で言った。　

優輝の　
大切にしてくれた　

笑顔で…。

-凪Side-　

自分で決めた道。　

だけど　

どんなに離れても　
お前はいつだって俺の中にいて…　

想いは消える事もなくて…

今日も俺は　
お前の事を歌にする…。

アメリカに渡って　

今、季節は　
日本を発った時と同じ春。　

この１年。　

優輝の事を忘れる事もできないまま　
俺はただ、優輝への想いをメロディーにのせる日々を過ごしていた。

会いたい…。　

優輝の笑顔が見たい…。　

何度もそう願い　
心が折れそうになった時もあった。　

でも　
毎日のレッスン。　
レコーディングや作詞。　

イベントに追われ、忙しく過ごす事で俺はなんとか自分を保っていた。

それに　

「ナギー!今度の新曲の事だけど!｣　

緑色の瞳をした小柄な男の子が　
楽譜を手に俺に駆け寄る。　

彼は俺より一つ下のセイ。　

セイは、俺がアメリカの事務所に入ってから　
ずっと俺のサポートをしてくれている仲間の一人。

まだ、英語もほとんど分からなかった俺に　
英語も教えてくれた。　

そんなセイとは　
仕事以外でも仲良くなった。　

今では一番の友達で　
セイや他の仲間がいてくれるおかげで　

俺はココで笑えるようになっていた。

｢ナギの書く詞はいつも切ないよねぇ。僕毎回泣いちゃうもん。｣　

楽譜に書かれた詞を　
セイが見つめながら言う。　

｢はは、セイは切ない系に弱いもんなー。｣　

セイの頭を撫でながら笑って見せた。　

この日は　

俺の新曲　
《U　and　ME》が完成間近に迫っていた。　

そんな中…　

「えｯ……?｣　

唯一　
日本を発つときに連絡先を教えていたノリからの何度目かの手紙を手に　

一人暮らしの部屋の中。　

俺は思わず　
声を出して驚きを隠せずにいた。

手紙に書かれた　

-優輝が　
　　店を辞めたよ-　

その一行に　

あんなに店を大切に思っていたはずの優輝がなぜ…。　

そう思った瞬間　

淳也は…?　

手紙を何度読み返しても　答えは何処にも書かれていなかった。