CLUB shin　BL

-凪side-

もう
何もいらない。

この想いも

誰かの愛も...

大事にしていた

この手さえ....。

「さよなら...。」

小さく呟いた俺は
行く宛も無いまま、飛び立った。

結局...

たどり着いたのは
1番楽しかった記憶の残る街。

俺は、何がしたいんだろう...
ここに
戻って来るなんて、どうかしてる...

そう思いながらも
ここを離れる事が出来ない。

何もかも置いてきた。

ピアノも...
歌も...

全て置いて...

1番の友達だと思っていた
セイの想いも...

ショックだった。

だけど
セイの事を憎むコトも出来ない。

ただ

夜になると苦しくなる。

あの日のセイの
「Ｉ love you.」が
聞こえる気がして...

俺の中の優輝への想いが
セイに触れられたあの日から

こんな俺を
きっと優輝は受け止めてくれるはずもないと

諦めた。

この街に戻り
懐かしい景色を見つめるだけ...

ただ時が過ぎていく。

CDショップなんて
入りたくなくても
自分のポスターがまだ貼ってある。

それを目にすると
足が勝手に止まってしまう。

そんな日は
暗い部屋で酒を飲む。

自然に涙が頬を伝う...

苦しくて...

ピアノを弾くために
大事にしていた手すら
もういらない....と傷付けた。

俺は今 ...
何をすれば救われるんだろう ...。

苦しくて...

気がつけば
あの場所へと足が向かう。

俺の大切だった場所。

唯一、昔俺を救ってくれた...

CLUB shin

だけど

店の前まで
たどり着いて、思わず立ち止まるのは

もう...

ここは
俺の居場所じゃない。

ってコトを知っているから...。

-マキトside-

キラキラ
輝いていた

あなたの笑顔。

それが今、
変わってしまっているコトに

僕の胸は

痛みを増した。

「えっ...!?」

店の前
偶然にも出会ったその人は

僕に気付いた時、
走り出した。

「...そうですか。
見つかりませんでしたか...」

優輝さんと再会してから
数日。

淳哉さんの地図を頼りに、
凪さんを探しに行っていた優輝さんから
連絡が届いた。

凪さんが見つからなかったコトに
僕が肩を落としていると

「マキト!少し買出しを
頼まれてくれないか？？」

オーナーに言われ、
外に出た俺は

見覚えのある後ろ姿を発見し
立ち止まる。

思わず、その後ろ姿の
名を呼ぶと

その人はふり返り

でもすぐに
走り出してしまった。

その姿を
僕はとっさに追いかけていた。

だって...
こんな偶然ってない。

「待って下さい!!....凪さんッ!!」

やっと追いつき
その手を掴んだ。

息を切らすその人の手が
あまりにも細く、僕は一瞬驚いた。

「はな..して!!」

背を向けたまま
僕に言う凪さんの手を

僕は強く握った。

「いいえ。離しません。
だって....。」

その肩をつかみ
強引に僕へと体を向けさせた。

だけど
その瞬間ーーー。

僕は言葉を失った。

「お願い...離して...」

そう言って、笑った凪さんの
笑顔が...

僕の知っている
凪さんの笑顔とは
全く別の物だったから...

キラキラしていた筈の凪さんの笑顔。

それが、まるで
何もかもを、諦めた様な
そんな笑顔になっていた。

そんな凪さんの笑顔に
ショックを隠し切れない僕は

また、ショックを重ねる。

「ーーッ!!どうしたんですか!?
そのキズッ....!!」

あんなに綺麗だった手に
キズがついている。

僕は必死に凪さんに問う。

だけど
凪さんは何も言わず
黙り込むだけで...

僕の胸に悲しみが広がった
その時...。

「マキト...!?」

後ろで名を呼ぶ声がして
僕はその声にふり返り
言葉を無くしてしまう。

「ーーーーっっ!?」

声の持ち主は
すぐに僕の側にいる
凪さんの姿を見つけ、動きを止めた。

そして

凪さんも、その声の持ち主を発見した
瞬間に
さっきより強い力で、僕の手を
振り払おうとした。

「凪さんッ!!逃げないでッ!!」

そんな凪さんを
逃がさまいと、僕も力を込め
その体を引き寄せた。

前より
ずっと、細くなった凪さんの体を

優輝さんへと向ける。

「優輝さんと...話、して下さい。」

目を合わさないように
下を向く凪さん。

優輝さんが
凪さんへと近づく...

僕はただ

2人の姿をじっと見つめていた...。

-優輝side-

目の前のキミは

少し会わない間に
変わってしまっていた...

抱き締めた腕が

キミの感触に
震えてる...。

一瞬...
自分の目に写った光景を
信じるコトが出来なかった。

「....凪。」

探し続けていた人が、
今目の前にいる。

俺は凪の元へ
一歩、一歩近付き

マキトが掴んだその手を
今度は俺が捕まえた。

その時
少しだけ、凪の体が
ビクッと震えた。

それと同時に
掴んだ手の細さに驚いてしまう...

細くなった、腕。

それに...その手にある
不自然な傷を見つけ、酷く悲しくなった。

その手を
俺は両手で包み込み

「...探したんだぞ？」

悲しみを堪え、笑って見せた。

でも
凪から返ってきたのは

「...誰も、探してくれなんて
頼んでない...」

顔を背ける凪の態度に
胸が痛くなる。

だけど

やっと、凪を見つけた。

「お前が、頼んでいなくても
...俺はずっと、お前を探してた。」

凪の手を引き、抱き寄せた。

だけど
凪はすぐに

「はなしてッッ!!」

俺を押しのけようと
体を強く押した。

俺は凪を離さまいと
その腕に力を込める。

「やっと！お前を見つけたんだ！
離すわけないだろうッ!?」

言い放った俺に

「優輝はッ!優輝は俺を
拒絶したんじゃなかったのかよッ!!」

叫ぶように言って
俺の体を、さっきより強く
押しのけた。

予想以上の力に
抱き締めた腕が離れてしまう。

涙目で俺を睨む凪...

「俺を拒絶したくせにっ...
探してたって何だよッ!!

俺はッ!もう...友達だと信じてた
ヤツにまでッ!!」

凪の握り締めた拳が
ふるふると震える...

その言葉に
その涙に...

凪の姿に

どれだけ、凪を傷付けて
苦しめていたのか思い知らされた。

セイのコトも
どれくらい辛かったのかも...

凪を拒絶してしまったのは
セイの言葉を信じてしまったから
だとしても...

こんなふうに凪を
してしまった自分に
たまらなく悔しい気持ちになった。

「俺はもうッ何もいらない!
自分も他人の感情も全てッ!!」

そう言い切る凪に
胸が苦しくなった。

悔しさと、苦しさが
俺を襲う...

だけど
もう俺は決めたんだ。

二度と...凪を傷付けないと...

だから

「...あの時は自分の想いを
見ないフリをしていた。

でも今は違う!!もう二度と、お前を..
拒んだりしないッ!!」

凪の体を
もう一度、強く...

強く

抱き締めた。

-凪side-

本当は

救われた気がしていた。

でも...

臆病になっていた。

だから
キミを...

「そんな言葉...信じらんないよッ!!」

優輝の体温に
包まれる中、俺はその体温を
突き放した。

「ーーーッ、凪ッッ!!」

名前を呼ぶ優輝の声を

俺は振り切って

走って
走って

部屋にたどり着いた。

テーブルの上に置いてあったお酒を
すぐに煽る。

ハァッ...

切れた息が、ますます荒くなり

目からは涙が止まらない...

突き飛ばした時に
一瞬見えた、優輝の表情が頭から
離れない。

優輝が、まさか探していたなんて
思ってもいなかった。

嬉しいとさえ感じた。

だけど、今の俺は

優輝の言葉さえ、信じたくない。

信じられなぃ...

ただ怖かった。

信じるコトが...
信じた人に裏切られる恐怖が...

酷く怖く感じた。

声を上げて泣いた。

泣いて
泣いて

自分でもどうしようもなく
流れ続ける涙を拭った。

胸が
苦しい、痛い...

息が整う事を知らないほどに。

苦しくて
俺は胸を押さえ

床にしゃがみ込んだ。

誰か...

俺を、助けて...

そう願った瞬間

目の前の景色が
霞んで...

見えなくなっていった...。

-ノリside-

また
あの頃の様に

みんなで

笑い合う日が来てくれるなら...

どんなに
良いのだろう...。

「おいッッ!!
しっかりしろッ!!」

揺さぶる体は
驚くほど軽く...

閉じた瞳からは

涙が伝っていた。

この日

俺は
いつもより少し遅く店に向かっていた。

そして

俺の横を走り抜けた
その姿に

思わず俺はふり返った。

走っていく
その後ろ姿を目にした

俺の足が
勝手に動いていた。

見失わないように
必死で追いかけ....

辿り着いた先。

「やっぱり...凪、だったんだ...」

切れた息を整えながら
その場所で呟いた。

いつか来たコトのあるアパート。

俺は考えた...

行くべきか、
優輝への連絡が先か...

だけど、考えている間に

ガシャンッッ!!

一つの部屋から聞こえた物音に
胸が騒つき、とっさに階段を駆け上がっていた。

ドクン...
ドクンッ...

駆け上がり辿り着いた部屋の
ドアノブを手にしたとき

脈が早くなるのを感じながら
ドアノブを回す...

「ーーーーッッ!!」

鍵が空いたままだった
その部屋へと足を踏み入れた瞬間に

俺は言葉を失った。

何もない部屋に

小さな光が灯る...

その光の下で
蹲り、横たわる....

「ーーッ!!凪ッッ!!」

俺はすぐに駆け寄り、凪の体を
抱き抱えた。

だけど

その体は力無く、意識も無くて...

周りに散らばる瓶の破片と

凪の手を、伝う真っ赤な...血。

それを目の当たりにした
俺の全身から血の気が引いて
いくのが分かった。

それからは無我夢中で

驚くほどに軽い凪の体を抱き上げた。

どうしてッ...
どうしてこんなッ!!

凪のキズを包む
タオルにそっと、触れ

病院に向かう車の中

悲しくて

零れそうな涙を
俺は堪えるのが、やっとだった。

-淳哉side-

大切な人が

震えてる...

「大丈夫。」

そう言って僕は
その手をギュッと握り締めた。

一瞬
頭の中が真っ白になった。

でもすぐに、僕はお店を飛び出した。

お店が開店して間もなく
ノリが遅刻している事に気付いた僕。

珍しいなぁ...

なんて思っていると

「淳哉、マキト。
ちょっと来てくれないか??」

オーナーに呼ばれ、マキトと
2人でオーナー室へと入る。

何だろ??

そう思い、マキトと顔を見合わせた時

オーナーの発した言葉に
僕とマキトは、固まった。

「さっき...ノリから連絡があった。

今、病院にいるそうだ。」

オーナーは眉を寄せ

「お前たちも、行ってやりなさい。」

僕達に告げた。

「淳哉さんッ!!
優輝さんに連絡お願いしますッ!!」

タクシーを止めるマキトに言われ
僕は急いで優輝に電話をかけた。

「優輝っ!?
今からそっち行くから待ってて!!」

電話の向こう
僕達と同じように言葉を失っている
優輝に言って、タクシーに乗り込んだ。

その中で
マキトはずっと両手を握り
祈るように下を向いていた。

僕も、心の中で祈った。

凪の...無事を...。

病院までの道のりが、酷く遠くに感じた。

優輝は、その間
何も言わなかったけど
その体が震えているのが、僕には分かった。

「大丈夫ッ!!...優輝。
ぜったい大丈夫だから!!」

震える優輝の肩を
そっと、支えその手を握った。

大丈夫...

大丈夫じゃなきゃ、ダメなんだ。

だって...
やっと2人は...

願いを込めた手に
力を込めた。

-マキトside-

不安と恐怖で

押し潰されそうだった。

もし...

あなたが
この世界から

いなくなってしまったら...。

「...命に、別状はないって。
今は、目が覚めるのを待とう。」

辿り着いた病室の中

まだ息を切らす僕達に
ノリさんが言う。

「凪ッッ!!」

病室に入ると
真っ先に淳哉さんが
凪さんへと駆け寄り、手を握った。

僕は

ベットに横たわる、凪さんの
姿を目の前に

涙が溢れそうなのを堪え

一歩、一歩

凪さんに近付き
淳哉さんの握った手に
自分の手を重ねた。

そんな僕達の後ろで
優輝さんは、放心した様に

ただ凪さんを見つめていて...

「...とりあえず、大丈夫だから。」

そんな優輝さんの肩を
ノリさんが支える。

凪さんを見つめる
優輝さんの表情は
凄く、悲しそうで...

優輝さんは、ノリさんの肩に
寄りかかっていた。

どれくらい、凪さんの手を
握っていたんだろう。

ふいに淳哉さんが

「えっ...!?凪っ!!」

身を乗り出すように
凪さんの顔を見た。

その時に

「凪さんッッ!!分かりますかッ??」

閉じていた、凪さんの瞳が

開いたのを見て、急いで声をかけた。

涙声で話しかける僕達を
凪さんは見つめて

「じゅ...んや??...マキトも。」

そう言って、起き上がろうとした。

「まだ、寝てろ。」

そんな凪さんに、ノリさんが言うと
優輝さんがコチラに近付いてくるのが
分かった。

僕は淳哉さんの肩を叩き
優輝さんが、凪さんの側へと
来れるように

その場を離れた。

優輝さんが、辿り着いた瞬間...

バシンッ!!ーーー...

病室に、響きわたる音。

僕達はただ、
優輝さんの行動に驚き
戸惑った。

-凪side-

このまま...
消えてしまうのかな?

そう思った時

「信じてほしい。」

キミの言葉が
聞こえた....。

目を開けると
光の中、淳哉とマキトが
涙を浮かべて俺を見つめていた。

痛む、腕...

鼻につく薬品の匂いに
ココが何処なのか気付いた。

淳哉とマキトの顔を見つめていると

その後ろに
優輝の姿を発見した。

胸が、痛む。

だって...

「バカヤロッ...!!
心配させんなッ....!!」

優輝に、叩かれた頬が痛む。

だけど、すぐに
痛みなんて....

優輝の香りに包まれた時
消え去って

「...ッ!優..輝、ごめッ...
ごめんッ...!!」

その温もりに
俺は声を上げて泣いた。

信じていいんだ。

俺は...この人のコトを...。

「凪ッ...!やっと、やっと...
捕まえたッ。」

俺の体を包む
優輝の腕がギュッと強さを増した時

俺は
心の底から

優輝の想いを感じた。

だって...

こんなバカな俺を
抱き締めた優輝が...

泣いている。

俺の全てを
受け入れてくれている。

そう想った時

申訳ないのと
だけど、温かい気持ちで
いっぱいで涙が止まらなかった。

そして

優輝にしがみつき、
泣きじゃくる俺を

「みんなッ...ごめん！..ごめんなさッ」

ノリ、淳哉、マキトの
温もりが包み込む。

みんなが
俺のために泣いてくれている。

きっと...

俺がこの街に来た理由は

みんなのこの温もりに
会いたかったから...。

この時

俺は、やっと...
苦しみから救われた気がした。

-優輝side-

やっと...
捕まえた。

愛しい人の手を
握る事の幸せ。

それを今...

心から

感じてる。

「凪?...愛してるよ。」

ベットの中
囁くと、凪は微笑み

「俺も、愛してる。」

俺の胸に顔を埋めた。

凪が退院して
腕のキズもすっかり癒えた頃

俺たちは、結ばれた。

誰かを抱き締めて

こんなにも心が満たされたのは
初めてだった。

2人で...
抱き合いながら

泣いたっけ...。

そして今は同じ部屋で
暮らし

凪はCLUB shinへと戻り、働いている。

手のキズも治り
また以前のように
ピアノも弾き始めた。

有名人になっていた凪が
店に戻る事を
初めは心配していたが...

「いーよ。売り上げUPするし!」

オーナーはそういって笑ったあと
大丈夫！と俺の肩を叩いた。

そんなオーナーの笑顔に
安心した。

一方...俺は。

店で働いていた時に貯めた
お金を使い

自分の店をオープンさせた。

CLUB shinのshinは
神の意味。

その神を取らせてもらい
小さなBARにつけた。

BAR GＯD

これが俺の店。

小さいが、売り上げも良くて...

それに何より...

「もう～聞いてよ!
またマキトが僕のサクランボ
取ったぁ!」

不貞腐れた淳哉の声が
BAR内に響く。

どうやら
カクテルにつけてやった
サクランボをマキトに
取られたらしい。

「いいじゃないですか、
サクランボくらい～。」

意地悪く
マキトが淳哉に笑う。

その横では
ノリと凪が苦笑いをしていた。

「はいはい。
サクランボやるから（笑
機嫌直せ。」

そう言って俺は
淳哉のグラスにサクランボを
のせた。

まるで

離れていた頃が
嘘だったかのように

俺たちは前と変わらず
笑い合う。

こうして
店が終わると
みんながBARに来てくれる。

この時間が

嬉しい。楽しい。

また、こんな日が来るなんて...。

五人で笑い合う日が。

毎日が充実していた。

そして
凪が隣りにいる。

幸せを感じていた。

だけど

一つだけ...

俺は、まだ心に残る
想いを

凪へと伝える準備をしていた。

-凪side-

大丈夫。

キミはそう言って
背中を押してくれた。

だから...

旅立つ勇気が
持てたんだ...。

「時間がどれだけ、かかっても
.いい。
お前が戻って来たとき...
このピアノを弾いて欲しい。」

優輝が
俺にそう伝えたのは

俺たちが結ばれてから
丁度、半年経った日の事だった。

CLUB shinに戻った俺は
またピアノを弾き始め

作詞も、するようになった。

初めは正直、不安だった。

前のように...弾く事が出来るか。
だけど、店のピアノの
盤に触れた時、

俺の心の中に
懐かしさと、あの頃の気持ちが
蘇ってきて

音色を奏でる喜びを
改めて知った。

そんな
俺の日常に音楽が
再び加わったとき...

「凪、話があるんだ。」

優輝に連れられ
向かった場所。

それは

優輝のお店だった。

話なら、家ですればいいのに..
そう思いつつも

「さぁ、入って。」

店に入るように促され
足を踏み入れたとき...

俺は驚き、優輝を見上げるた。

「優輝ッ...!コレッ...!?」

いつの間に
そんなスペースを
店内に作っていたのか...。

驚き、目を見開く俺に
優輝は笑いかけ

「気に入ってくれるといいんだけど。」

俺の頭を優しく撫でた。

もう一度、俺は店の中心に
視線を映す。

そこには...

綺麗なグランドピアノ。

「優輝っっ!!」

俺は嬉しくなり
勢い良く優輝に抱きついた。

予想もしていなかった
急な優輝のプレゼントに
涙まで出そうなくらい。

たけどすぐに
優輝に抱きついた腕を解き

ポーン...

グランドピアノの盤に触れた。

その音に
胸が踊った。

「凄く、良い音!!
優輝ッ、ありがとう!!」

興奮しつつ、優輝に御礼をすると

「凪?俺が今から話すこと
よく考えてくれな？」

真剣な顔をして
俺の頬に触れる優輝。

そして...

「一度...アメリカへ戻った方がいい。」

その言葉に
今度は別の意味で驚いた。

聞いた直後は
信じられない気持ちで
一杯になった。

もう離さない。

そう言った優輝がまさか...

でも、冷静になった俺が
見つめた優輝の瞳に

前のような拒絶されるという
不安は一ミリも感じない...。

頬に触れた優輝の手の温もりが
俺を信じさせてくれていた。

「ちゃんと、向こうで
セイや仲間と向き合って来い。」

そう言って優輝は
俺に口付けをしてくれた。

「大丈夫...俺はいつまでも
お前の帰りを、ココで待ってるから。」

そう微笑む優輝に
俺は答えを出した...

優輝を信じてる。

優輝の俺を想い
言ってくれた言葉が...

笑顔が
温もりが、

俺を強くしてくれた。

だから...

「行ってきます!!」

それから三ヶ月後...

俺は、優輝やノリ
淳哉とマキトに見送られ

笑顔で日本を経った。

優輝の愛を

胸に抱いて...。

-ノリside-

今、羨ましく思うのは

互いを
信じ合える絆が

そこにあるという
2人の姿...。

「どうしたんだ?
呼び出しなんて久々じゃん。」

店への出勤前。

優輝からの電話で
俺はBAR GODへと来ていた。

久々の呼び出しに
俺は軽く笑みを浮かべ
カウンターへと腰掛ける。

この半年、優輝と凪が
くっついて
幸せそうな2人の姿に
俺はすっかり安心しきっていた。

なのに優輝は
俺に紅茶を差し出すと

「あぁ...実は...」

思いもよらない事を口にした。

凪をアメリカへ、戻そうと思う。

確かに優輝が言った言葉。

正直、あり得ないとさえ思った。

だって、やっと結ばれた2人だ。

「...お前、それでいいのか？」

カウンター越しに
俺は真っ直ぐ優輝を見据えた。

そんな俺に
優輝が見せた表情...

俺は

なんとなく、分かった気がした。

店の中にある
グランドピアノ...

それを見つめる優輝の横顔は

離れていた間に

凪と過ごしたこの期間にも

大人になっていた事に。

だから

「それが今...凪のすべき事だ。

俺は、凪を...信じてるよ。」

そう笑った優輝に

「そっか。
じゃあ...お前はココで凪の帰りを

ゆっくり待てばいいさ。」

そう言って
笑って見せた。

そして...

「今月一杯で
またお店を去りますが、

それまで宜しくお願いします。」

凪が、他のスタッフ達に挨拶をするのを

俺と淳哉、そしてマキトは
目を細め見つめていた。

きっと...
淳哉もマキトも
初めは戸惑ったに違いない。

だけど
俺たちには分かったんだ。

遠回りした分だけ
2人は強く結ばれた事...

その絆を

俺は
羨ましく思った。

そして

いつか俺も、そんな存在に
出会えるだろうか...

そんな事を思いながら

五人でいる時間を過ごした。

-マキトside-

あなたの笑顔が

今、幸せだって
伝えてくれる。

だから僕は

その笑顔を
その背中を

見送る事が出来た。

「...凪、行っちゃったね。」

空港からの帰り道。

淳哉さんが
寂しそうに、ぽつりと呟く。

「でも...幸せそうな笑顔でしたね。」

そんな淳哉さんの
頭を撫で、笑って見せると

淳哉さんも
笑顔を返してくれた。

「俺、一度...
アメリカに戻ろうと思う。」

凪さんが
僕と淳哉さん、そして
ノリさんにそう伝えた時

正直、僕は不安になった。

でも...

「寂しいからって泣くなよ!?」

ふざけた様に笑って
僕たちの肩を叩く

凪さんの明るい声と

凪さんを見つめる
優輝さんの姿を見て

不安になるなんて...
余計なお世話でしたね。

そう思い

「うん...凪さん。
頑張ってきて下さいね。」

僕は
凪さんとハグを交わした。

少しだけ...

寂しくも思ったりした。

でも
凪さんが幸せならいい。

それが

僕の、何よりの
喜びだから。