記憶を売る本屋 2
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#315 [我輩は匿名である]
「そう。いろいろあるんだよ、俺にだって」

はぁっとため息をつきながら、少し歩くスピードを速める。

これ以上聞かれると、めんどくさくて全部話してしまいたくなる。

でも、飛鳥はそれを拒んでいる。

直人はもう、運動場まで走っていきたい気持ちでいっぱいだったが、

そこまであからさまな素振りはしたくない。

奏子と2人きりになる事に、変なプレッシャーを感じるなんて、思っていなかった。

奏子も、直人が考えている事が何となくわかったのか、それ以上何も聞こうとはしなかった。

⏰:10/06/06 13:49 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#316 [我輩は匿名である]
「あっ、おかえりー」

運動場に戻ってきて、響子たちが声をかける。

「おぅ、ただいま」

直人はホッとした気持ちで返事をし、響子と飛鳥の間に割って入る。

「何も余計な事喋らなかった?」

響子がにっこり笑って、ボソッと直人に尋ねる。

「何も喋ってねーよ」

直人はまた、大きくため息をつく。

飛鳥はそれをじっと見つめる。

「ねー、試合どうなってんの?」

⏰:10/06/06 13:50 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#317 [我輩は匿名である]
飛鳥の隣に来た奏子が、飛鳥の肩をトントンとたたく。

「…勝ってるみたいだよ、ほら」

飛鳥は得点板を指差す。

得点は3対2。

準決勝らしく接戦になっているが、何故か負ける気配はない。

「……やっぱ野球の神様なんじゃない?あの子」

「野球に限らず神様よ」

「それお前の中だけな」

「(…早く終わらないかなぁ…)」

薫の雄姿にうっとりしている響子に突っ込む直人の横で、飛鳥はつまらなそうに得点板を見つめる。

⏰:10/06/06 13:51 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#318 [我輩は匿名である]
「……神様、か」

奏子がふと呟いた。

「何て?」

何を言ったのか聞き取れず、飛鳥が奏子の方を向く。

「……神様ってさ、本当にいるのかな?」

奏子は意外にも真剣そうな表情で、そんな事を言いだした。

飛鳥はただきょとんとしている。

「……どうしたの?急に」

「…さぁ?何だろうね。何か、何となくそう思ってさ」

自分でもよくわからなかったのか、奏子は苦笑する。

⏰:10/06/06 13:51 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#319 [我輩は匿名である]
「でも…何で私だけ、前世の本もらえないのかなぁって思う時があるんだよね。

…なんか、資格とかいるのかなぁー…とか」

奏子の話に、飛鳥は首をかしげる。

「……どうなんだろうね」

言いながら、飛鳥も考えた。

自分はきっと、未練があった。だから代金を支払って“生まれ変わる”事が出来た。

響子と薫の場合は“約束”を果たす為。

ここまでは、皆前世に未練があったと一括りに出来る。

しかし、直人だけはそうではない気がしたのだ。

要には今日子のように、魂だけになってもこの世に留まる力などなかったはずだ。

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#320 [我輩は匿名である]
現に、直人の本は、要が死ぬところで話は終わっていた。

晶を助けた後、まさか晶が後を追って自殺したなんて知るはずもないし、

要の事だから、「俺がいなくても幸せになってくれるだろう」なんて事を考えてもおかしくない。

要の性格などから考えても、未練を残す事はあまり考えられないのだ。

だったらなぜ、直人はあの本をもらう事になったのだろう?

飛鳥はそれが気になっていた。

「……また何か難しい事考えてんのかよ?」

飛鳥が黙って眉間にしわを寄せて考え込んでいるのを見て、直人が声をかける。

「……奏子と、本をもらう条件って何なんだろうって話してたんだ」

飛鳥は顔を上げて答える。

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#321 [我輩は匿名である]
「またそんなめんどくせー話…」

直人はげんなりしたように肩を落とす。

「そんなの、この世に未練があった人だけでしょ」

響子があっさりと答える。

「そうも思ったんだけどさ、じゃあこいつは何で本もらえたんだろ?

未練とか、そういうの考える暇がないまま死んだじゃん?」

奏子が横にいるのも忘れ、飛鳥は直人を指差す。

響子や奏子は、じーっと直人を見る。

「……まぁ、確かにねぇ」

「事故って死んだんだっけ?あんた」

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#322 [我輩は匿名である]
「あ?あぁ…」

3人から見られて、直人は困ったように後ずさる。

「……ど、どうでもいいじん、そんな事」

「まぁ、どうでもいいと言えばどうでもいいけどね」

飛鳥ほど気にはならないらしく、響子はそう言って試合に目を向ける。

「…あら、いつの間にか終わってたみたいね」

響子に言われて、3人もそっちに目をやる。

薫たちの対戦相手だった生徒達が引きあげると同時に、決勝戦で戦うチームが入ってきている。

体操服の色からして、3年生のようだ。

「おい、そこの」

左肩にコールドスプレーを吹き掛けていた薫に、大将らしい生徒が話し掛ける。

⏰:10/06/06 13:53 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#323 [我輩は匿名である]
「…はい」

背後から話し掛けられて、薫は振り向く。

「(……こいつ、野球部のキャプテンだった奴か)」

高校総体の壮行会の時に見たことがあった。

「お前、あんな速さの球ばっかり打ってて楽しいか?」

この夏までキャプテンだったその男子が薫に言う。

「どういう意味ですか」と、薫は首をかしげる。

「あんな、誰にでも打てる球しか相手に出来なくて、つまらなくないか?

どこで経験積んだのか知らねぇけど、結構良い腕してるみたいだしよ。

……ちょっと、本気で投げてみてぇなって思ったわけ」

⏰:10/06/06 13:53 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#324 [我輩は匿名である]
元キャプテンは、少し笑ってそう言った。

薫は少し考える。そんなに簡単にルール変更できるのだろうか?と。

しかし、フッと笑い返して薫は言った。

「…確かに、正直面白くないな、とは思ってたんですよ。

12年も野球やってたんだし、本気出せるんなら出したいですね」

「(12年…?こいつ、いつから野球やってんだ…?)」

元キャプテンは少々疑問に思いながらも、薫の返事に笑みを浮かべた。

「じゃあ、やるんだな?」

「えぇ、受けて立ちましょう」

⏰:10/06/06 13:54 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


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