記憶を売る本屋 2
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#1 [我輩は匿名である]
こちらは、「記憶を売る本屋さん」の続編です

元の話をお読みになってからの方が、話こんがらがらなくて良いと思います

よろしくお願いします

元の話↓
bbs1.ryne.jp/r.php/novel-f/11448/

感想はこちらへ↓
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/4747/

⏰:10/04/18 12:12 📱:N08A3 🆔:v3aiuClI


#2 [我輩は匿名である]
アンカーです
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⏰:10/04/18 12:17 📱:N08A3 🆔:v3aiuClI


#3 [我輩は匿名である]
2学期になった。

「はぁ〜…」

ボサボサな頭で欠伸をしながら、直人は学校に向かって歩いていた。

昨日徹夜をしたが、夏休みの宿題は全く終わっていない。

「おはよ」

誰かがポンと、直人の背中を叩く。

横を見ると、飛鳥がいた。

「あぁ…久しぶり」

直人は弱々しく挨拶する。

⏰:10/04/18 20:18 📱:N08A3 🆔:v3aiuClI


#4 [我輩は匿名である]
「何?珍しく元気ないじゃん。…宿題終わらなかったんでしょ」

飛鳥は見透かすように笑って直人に言った。

「終わるわけないだろ、あんなもん。お前終わったのかよ?」

「当たり前じゃん。答え見ながらやれば楽勝」

「最悪な奴だな、お前」

誇らしげに笑っている飛鳥に、直人は顔をしかめる。

⏰:10/04/18 20:49 📱:N08A3 🆔:v3aiuClI


#5 [我輩は匿名である]
「…あ」

正面を見ていた飛鳥が声を上げる。

「何だよ」

「あの2人、相変わらずラブラブだね」

飛鳥が指差す先には、薫と響子の姿。

⏰:10/04/18 20:50 📱:N08A3 🆔:v3aiuClI


#6 [我輩は匿名である]
「眠たいねー…」

響子は大きく欠伸をする。

「夏休みだらけてたからな…」

薫もいつもよりボーッとしている。

「んー…あっ、猫!」

響子は明るく言って、1人電柱に近づいていく。

それにつられて、薫も響子の後ろで立ち止まる。

⏰:10/04/18 20:50 📱:N08A3 🆔:v3aiuClI


#7 [我輩は匿名である]
「…響子、犬好きじゃなかったか?」

「それは“昔”の話。今は猫のほうが好きなの」

響子は笑って言いながら、携帯電話のカメラで猫を撮る。

首輪を付けているので、どこかで飼われているのだろう。

勝手に撫でたり顎を触っている響子を見て、薫は穏やかな笑みを浮かべる。

「何朝からニヤけてんだよ、気持ち悪い」

薫に不機嫌そうに言いながら、直人は薫に寄り掛かる。

⏰:10/04/18 20:51 📱:N08A3 🆔:v3aiuClI


#8 [我輩は匿名である]
「ニヤけてねぇよ」

「思いっきりニヤけてただろ」

朝から軽く言い合いを始める直人達の隣で、響子と飛鳥が「おはよう」と笑い合う。

「騒がしい」とでも思ったのか、猫は響子の手を離れ、どこかへ行ってしまった。

「あーあ、行っちゃった」

響子は残念そうにため息をついて、飛鳥と一緒に歩きだす。

⏰:10/04/18 20:51 📱:N08A3 🆔:v3aiuClI


#9 [我輩は匿名である]
「どーせエロい事でも考えてたんだろ?そんな顔してたぞ」

「してない」

「そうよ!薫は頭の中では考えてても、顔には絶対出さないんだから!」

「それ、結局考えてるって事じゃ…」

4人は騒ぎながら登校する。

⏰:10/04/18 20:52 📱:N08A3 🆔:v3aiuClI


#10 [我輩は匿名である]
あれから、あの老人は現れなくなった。「見た」という話も聞かない。

薫はやっと鎖骨骨折の治療が終わり、相変わらず響子と、すでに夫婦のような雰囲気を醸し出している。

飛鳥は奏子に誘われたカフェでアルバイトを始め、もう4ヶ月になる。

奏子と響子を中心に、やっとクラスの女子達とも話せるようになってきた。

奏子も響子も飛鳥を受け入れ、いつも一緒に行動している。

直人も相変わらず、毎日ボーッとして過ごしている。

⏰:10/04/19 10:10 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#11 [我輩は匿名である]
「言っとくけどなぁ、男はみんなそういう事考えてしまう生き物なんだよ!」

「はぁ!?お前だけだろバーカ!」

「でも水無月の方がエロ本とか持ってそうなイメージあるよね」

「読まねぇよエロ本なんか!」

直人は顔を赤くして否定する。

必死になる直人に、3人は大笑いする。

「つーか、さっきのこいつの発言はスルーかよ!?」

⏰:10/04/19 10:10 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#12 [我輩は匿名である]
「いいの。ちょっとやらしい方が男らしいでしょ?」

「え、月城って…」

飛鳥は意外そうに薫を見る。

「…なんか入院してる時にも安斎にそんな目で見られたな…」

薫は鬱陶しそうにため息をつく。

「そうだ、あん時照れて俺たちの事追い出したのに、何で今はそんな余裕なんだよ」

「もうどう思われようが、どうでも良くなってきた。

それに、響子の話だと俺は男らしいって事になるしな」

「何だよそれ…」

直人は呆れながら薫を見る。

⏰:10/04/19 10:11 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#13 [我輩は匿名である]
学校に到着し、4人はそれぞれ靴を履き換える。

「あっ!みんなおはよー!」

今度は明るい奏子の声が聞こえてきた。

「おう、久しぶり!」

直人も同じようなテンションで返事する。

「さっき聞いたんだけどね、響子のクラスの転入生来るらしいよー」

「は?転入生?」

直人達はきょとんとする。

⏰:10/04/19 10:11 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#14 [我輩は匿名である]
「へぇー、男かなぁ?私女がいいなぁ」

響子は期待しながら下履きを靴箱に入れる。

それに対し、奏子は「えー私イケメンがいい!」と反論している。

いつもの5人が揃った所で、直人達は教室に向かって階段を上る。

「ねぇねぇ、みんな宿題終わった?」

奏子が後ろを向きながら話し掛ける。

「終わった」

「え!?飛鳥はやっ!」

⏰:10/04/19 10:12 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#15 [我輩は匿名である]
そう言った瞬間、奏子が階段を踏み外した。

「うわっ……」

「えっ、ちょ…」

奏子のすぐ下にいた直人は、左手でとっさに手摺りを掴み、右手でバランスを崩した奏子の体を受け止めた。

薫も響子も飛鳥も、息を呑んでその状況を見つめる。

「お前…喋るか歩くかどっちかにしろよ…」

直人は「世話が焼ける」と、ホッと息を吐く。

⏰:10/04/19 10:12 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#16 [我輩は匿名である]
「ごっ…ごめん…」

奏子は体勢を立て直して直人から離れる。

「ありがと…」

「ん。気を付けないと、誰かさんみたいに鎖骨折るぞ」

「あー誰の事だろうな」

直人に見られ、薫はさっさと階段を上る。

⏰:10/04/19 10:12 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#17 [我輩は匿名である]
安心して、みんなも足を動かし始める。

しかし、奏子はなかなか足が動かなかった。

少し頬が熱くなっている。

奏子は一歩引いて、直人の背中を見ながら階段を上がった。

⏰:10/04/19 10:13 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#18 [我輩は匿名である]
全校集会で校長の話を聞いて来て、生徒達はぞろぞろ帰ってきて自分の席に座る。

響子もおとなしく、自分の席でボーッとする。

「はーいおはようございまーす」

チャイムが鳴り終わると同時に、響子達の担任が入ってきた。

学級委員の掛け声で、クラスメイト立ちが立ち上がり、礼をして着席する。

⏰:10/04/19 18:30 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#19 [我輩は匿名である]
「そうそう、今日からねぇ、このクラスに転入生が来ます。男の子ですー」

まだ30歳くらいの担任は、いつもの可愛らしい笑顔で言った。

教室内が一斉にざわめく。

「…奏子ちゃんが言ってたの、本当だったんだ…」

机に肘をついて、響子は呟く。

信じていなかったわけではなかったのだが、改めて驚く。

「(女の子が良かったのになぁー…)」

響子が考えていると、担任の「入ってー」の合図で、前のドアが開いた。

⏰:10/04/19 18:31 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#20 [我輩は匿名である]
入ってきたのは、少しロン毛がかった茶髪に細身で長身の、優しそうな顔の男子。

女子が再度ザワザワと声を上げる。

「(…ん…?あの子どっかで…)」

彼を見て、響子は1人首を傾げる。

桐生 良介。

担任が黒板に名前を書いた。

「…キリュウ…リョウスケ…」

名前にも聞き覚えがあるが、響子はどうしても思い出せない。

「桐生良介くんです。じゃあ簡単に自己紹介を」

「はい」

⏰:10/04/19 18:32 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#21 [我輩は匿名である]
転入生は笑顔で返事をして、生徒の方を向く。

「桐生良介です。5歳まで隣町に住んでたんですけど、父の転勤でアメリカにいました」

要するに、帰国子女ってやつだ。

響子の前の女子達が、嬉しそうにはしゃぐ。

「この辺もだいぶ変わってて何にもわからないんですけど、

楽しくやっていきたいと思うので、仲良くして下さい。よろしくお願いします」

桐生良介はそう言って一礼する。

クラスメイトが歓迎の拍手を送る。

⏰:10/04/19 18:32 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#22 [我輩は匿名である]
「(……隣町……アメリカ……)」

響子は手を叩きながら考える。

そして、ふと思い出した。

「(……もしかして…隣の隣に住んでた、あの“良介くん”…?)」

響子が幼稚園の時に、近所の同い年の男の子が引っ越していった気がする。

幼なじみだったのだが、すっかり忘れていた。

⏰:10/04/19 18:32 📱:N08A3 🆔:6hENWB/Y


#23 [我輩は匿名である]
休み時間になり、良介の周りは女子でいっぱいだ。

響子は暇なので8組にでも行こうと、席を立つ。

それを良介がたまたま見ていた。

「ねぇ、あの子は?」

ちょうど出ていく所だった響子を指差す。

「あぁ、あの子は香月響子ちゃん」

「えっ!?香月響子!?」

良介が驚いて立ち上がる。

そして、響子を追い掛けるようにして教室を出た。

⏰:10/04/20 10:09 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#24 [我輩は匿名である]
「あぁ、響子」

8組では、黒板の前であの4人が喋っていた。

薫に呼ばれて、響子も輪の中に入る。

「どうだった?転入生」

「それが…」

「響子ちゃぁぁぁん!」

廊下で誰かが叫ぶ声がした。

5人がぎょっとして見ていると、良介が走ってやって来た。

⏰:10/04/20 10:10 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#25 [我輩は匿名である]
「…誰?」

鬱陶しそうに奏子が尋ねる。

「てんにゅ…」

「君だね!?君が響子ちゃんだね!?」

良介はそう言って、目を輝かせながら飛鳥の手を握る。

「はぁ?何だよ、あんた」

「えっ?僕の事覚えてないの!?」

「…香月響子は私です…」

響子がしぶしぶ手を挙げる。

⏰:10/04/20 10:10 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#26 [我輩は匿名である]
良介は「へ?」と響子を見る。

「………えっ?君が響子ちゃん?」

「うん…」

「……さっきから『響子ちゃん、響子ちゃん』と馴れ馴れしい…」

歓声を上げる良介に、薫が顔をしかめる。

「ねっ!僕の事覚えてる!?君の隣の隣に住んでた良介だよ!

あーっ、やっと会えた!元気だった!?身長縮んだね!?」

良介は今度は響子の両手を握りなおす。

⏰:10/04/20 10:11 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#27 [我輩は匿名である]
「(…なんだこのテンション…うぜぇ…)」

「(…縮んだって…)」

「(イケメン…♪)」

3人がそれぞれ思っていると、薫が不機嫌そうに良介の手を振り払った。

「いきなり入ってきて何なんだ?馴れ馴れしく手なんか握りやがって…」

「…何って、僕響子ちゃんのフィアンセだよ?」

良介は当然のように言い放つ。

その一言に、直人達だけでなく、教室中が静まり返った。

⏰:10/04/20 10:12 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#28 [我輩は匿名である]
「…お前…ふざけてるのか…?」

薫は哀れみを込めた目で良介を見る。

「ふざけてないよ。約束したもん、響子ちゃんと」

「は!?」

響子がすぐさま「違う違う」と手を振る。

薫と響子が付き合っている事を知っているクラスメイト達が、良介を見て笑っている。

「違わないよ!幼稚園の時に『大人になったら結婚しようね』って言ったら、

響子ちゃんも『うん♪』って言ってくれたじゃないか!」

「お前…これ以上いい加減な事言ったらぶっ飛ばすぞ…!」

薫の怒りが頂点に達しかけている。

⏰:10/04/20 10:12 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#29 [我輩は匿名である]
が、良介は動じずに首を傾げる。

「っていうか、君誰?」

「俺は!香月響子の彼氏だ!!」

薫は思わず声を荒げる。

クラスメイト達が喜んで声を上げ、薫に拍手を送る。

が、薫は今それどころじゃない。

良介の胸倉を掴み、睨み付ける。

「これ以上響子に手ぇ出したら…殺す…!」

本気で殴り殺しそうな薫に、直人達もおろおろする。

⏰:10/04/20 10:13 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#30 [我輩は匿名である]
…が。

「ワーォ!ジャパニーズボーイこわーい☆」

良介はへらっと笑って言った。

薫の顔が引きつる。

「…地獄に落ちろぉぉぉぉーーー!!!!」

「わあぁぁぁっ!薫!!落ち着けー!!」

良介に殴りかかる薫を、直人や周りにいた男子が慌てて止める。

その間に、響子は奏子と飛鳥の後ろに避難する。

薫が押さえられているのを良い事に、良介は笑いながら、「響子ちゃん!また後でねー」と出ていった。

⏰:10/04/20 10:13 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#31 [我輩は匿名である]
「…何だったんだ…?」

飛鳥と奏子は呆れ返る。

「…許さん……絶対後で殺す…!」

薫は息を荒くしてドアの方を睨む。

直人は、「また何かややこしい事になりそうだ」とため息をついた。

⏰:10/04/20 10:14 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#32 [我輩は匿名である]
帰り道。

薫はまたもや顔を引きつらせる。

目の前には、満面の笑みを浮かべた良介の姿。

「……お前…ケンカ売りに来たのか…?」

「まさか♪」

「つーか、お前誰?」

薫の代わりに直人が尋ねる。

横には呆れている飛鳥と、ちょっと楽しんでいる奏子。

響子は薫の後ろに身を隠している。

⏰:10/04/20 21:30 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#33 [我輩は匿名である]
「僕かい?僕は桐生良介。響子ちゃんのフィ」

「響子の婚約者は俺だ」

良介が言い切る前に、薫が言い張る。

「なぁ、お前何か、勘違いしてねぇか?」

「そんな事はないよ!愛する幼なじみの顔を、僕が忘れるはずがない!」

「幼なじみって、5歳までじゃない!」

薫の後ろから、響子が顔を出して言い返す。

「えっ?やっぱり幼なじみなの?」

奏子がぽかんとして尋ねる。

⏰:10/04/20 21:31 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#34 [我輩は匿名である]
「お、幼なじみだったのは覚えてるよ!?

でも、私は結婚の約束なんかしてないし、私の婚約者はこの月城薫ただ1人よ!」

響子が言うと、良介は「オーマイガッ!」と頭を抱えた。

「(効いた…)」

直人、奏子、飛鳥は呆然とそれを見つめる。

「(…何なんだ、こいつのテンション…)」

薫は「はぁ…」とため息をつく。

しかしその直後、薫の鼻先に、良介の人差し指が伸びてきた。

⏰:10/04/20 21:31 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#35 [我輩は匿名である]
「まぁいいよ!今のうちに好きなだけKissでもSexでもやればいい!

しかし!すぐにこの僕が響子ちゃんを取り戻すからなっ!

覚悟してろよ!つ、…つ…つ……?」

「月城薫だよ…」

怒鳴る元気も無くなって、薫は呆れながら言う。

良介はフン!と鼻息荒く、走って帰っていった。

「…お前みたいなわけわかんねぇ奴に言われなくても、キスでも何でもやってるよ…」

薫は頭を抱える。

⏰:10/04/20 21:32 📱:N08A3 🆔:DuuM/8z6


#36 [我輩は匿名である]
「…薫…」

少し横を向けば、響子が不安そうに薫を見上げている。

「…大丈夫だよ、そんな顔しなくても、あの変人の言う事は信じてないから」

薫は少し笑って、響子の頭を撫でる。

そして、5人は学校を出ようと歩きだす。

「…何か、英語の発音は良かったな」

「うん」

直人達も呆れたように話し合う。

⏰:10/04/21 17:37 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#37 [我輩は匿名である]
「あの子、帰国子女なのよ。アメリカから帰ってきたんだ…」

「帰国子女!?」

薫以外の3人は声を上げて驚く。

「なんか、お父さんの転勤で5歳の時にアメリカに……」

言いながら、響子は足を止める。

『りょーすけくん、いっちゃうの?』

『うん。あめりかだって』

響子はうっすら思い出してきた。

⏰:10/04/21 17:38 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#38 [我輩は匿名である]
『あめりか?がいこくだね!』

幼稚園児の響子は、良介がアメリカに発つ日に、家の前で見送っていた。

『げんきでねっ♪』

『うん!もしまたあえたら、ぼくと…』

良介が何か言ったが、ちょうど近所の犬が大声で吠えたため、響子は聞き取れなかった。

『ねっ!?』

良介が笑って言った。

それに、響子は適当に『うん!』と返事をしたのだたった。

⏰:10/04/21 17:38 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#39 [我輩は匿名である]
「…ああぁぁぁぁぁ〜………」

響子は頭を抱えて、その場に崩れ落ちる。

急に座り込んだ響子に、直人達は驚いて「うわぁ!?」と声を上げる。

「ど、どうした!?」

薫もびっくりして、響子の前にしゃがみこむ。

「…どうしよう…」

響子は頭を抱えたまま小声で言う。

「え?」

⏰:10/04/21 17:39 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#40 [我輩は匿名である]
「あの時、あの子『結婚しようね』って言ったのかなぁ…?

だったら…だったらどうしよう…」

響子は思い詰めて涙目になる。

「響子…?」

「薫…どうしよう…?私…あの時適当に『うん』って言っちゃった…。

何て言ったのか聞こえなかったけど、適当に返事しちゃったの…。

どうしよう…?私…嫌だよぉ……」

響子はしゃがんだまま、今にも泣きだしそうな顔をしている。

⏰:10/04/21 17:40 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#41 [我輩は匿名である]
「響子」

薫が呆れたように笑う。

「そんな小さい時の事なんか、覚えてなくて当たり前だ。

それに、適当に返事したんならなおさら、そんな物約束だとは言えない。

そんな泣かなくても、俺は何とも思ってないよ」

「…本当…?」

響子は顔を上げる。

「……何とも思ってないわけないだろ…」

薫は低い声で言った。

⏰:10/04/21 17:40 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#42 [我輩は匿名である]
「へ?」

「あんなわけのわからないアメリカかぶれに…響子を渡してたまるか…。

『僕がフィアンセだ』ぁ?ふざけんじゃねぇぞ…」

思い出したら機嫌が悪くなってきたのか、薫の周りを黒いオーラが漂い始める。

「ヤべぇ…キレかけてる…」

直人が「どうしよう」と、奏子と飛鳥を交互に見る。

⏰:10/04/21 17:40 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#43 [我輩は匿名である]
しかし、直人の心配をよそに、響子がそっと、薫にキスをした。

奏子が「きゃあーっ♪」と声を上げる。

「……響子…」

薫は少し頬を赤らめる。

「…私が好きなのは、薫だけだから。絶対薫以外変わらないからね」

響子は困った表情をしていたが、それだけははっきりと、迷う事無く言った。

⏰:10/04/21 17:41 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#44 [我輩は匿名である]
「…うん」

薫も安心したようにまた笑い、響子を強く抱き締める。

「………ついていけねぇ……薫、先帰るぞ」

直人はそう言って、早足で歩きだした。

つられて、飛鳥と奏子も直人と一緒に歩き始めた。

⏰:10/04/21 17:41 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#45 [我輩は匿名である]
「いやぁー、純愛ですなぁー」

しばらく歩いて、奏子は腕を組みながら言った。

「どこのおっさんだよ、お前」

「だってさぁ、憧れるじゃない?ね?飛鳥」

奏子は飛鳥にも話を振る。

「…そうだね」

飛鳥も小さく笑って同意した。

その顔が、石川晶が喜んだ時の顔にそっくりで、直人は少しドキッとする。

⏰:10/04/21 22:05 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#46 [我輩は匿名である]
夏休みの前に言われた、響子の『やっぱりあの子が好きなの?』と言う言葉が甦る。

「(…って言われても…)」

直人は横目で、楽しそうに話している飛鳥を見つめる。

「そんな事聞かれてもなぁ…」

「ん、何か言った?」

直人の独り言が聞こえたのか、奏子がこっちを向く。

「へっ!?い、いや、別に…」

「怪しいな」

「怪しくねぇよ!」

怪しむ飛鳥に、直人は声を荒げて否定する。

⏰:10/04/21 22:05 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#47 [我輩は匿名である]
「…お前らにも、好きな奴とかいんの?」

直人は何気なく2人に聞いてみる。

「私は…まだそれどころじゃないしなぁ…」

飛鳥はふうっと一息つく。

「まだ親とも話してないし…4ヶ月経ってもバイトにはまだまだ慣れないし。

生きるのに精一杯って感じ…かな…」

そう言いつつ、飛鳥の表情は、どこか晴れ晴れとしている。

⏰:10/04/21 22:06 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#48 [我輩は匿名である]
直人はそれを見て、少し笑う。

それを、奏子は黙って見つめる。

「お前は?」

直人は奏子に聞き直す。

「えっ!?」

「お前イケメン好きとか言ってたから、あのアメリカかぶれとか、いんじゃねぇの?」

「はぁ!?何で私があんな奴と!」

奏子は全力で否定する。

「いいじゃん、お似合いじゃねーか」

直人は「うんうん」と自分で納得する。

⏰:10/04/21 22:06 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#49 [我輩は匿名である]
横では飛鳥が笑っている。

奏子はしばらくムスッとしていたが、何となく直人を見上げる。

「(…こいつは…好きな人いるのかなぁ…?)」

「あ、そういえば、バイト楽しいか?」

「うん、店長が相変わらず怖いけど、やっと一通り出来るようになったかな」

「へぇ。じゃあそろそろ行ってみねーとな!」

「来なくていいから!」

「何でだよ!いいじゃん別に!」

「来たら紅茶ぶっかけるから!」

「それ損するのお前だろ」

⏰:10/04/21 22:07 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#50 [我輩は匿名である]
直人と飛鳥が仲良く言い合いをしている。

「(…やっぱり、飛鳥が好きなのかなぁ…?)」

そう思うと、何だか虚しくなってきて、奏子は首を振って考えないようにした。

⏰:10/04/21 22:07 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#51 [我輩は匿名である]
次の日は課題テストだった。

すっかり忘れていた直人は、魂が抜けたように呆然とする。

しかし、もっと大変なのは薫だった。

「おい月島!」

「月城、だ」

今日も懲りずにやってきた良介に、うんざりしたように訂正する。

⏰:10/04/21 22:08 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#52 [我輩は匿名である]
「今日課題試験なんだろう?だったら僕とBattleしろ!」

「面倒だから断る」

「逃げるのか!?」

早くも勝ち誇った顔をする良介に、薫は眉をピクつかせる。

「なんでお前とバトルしないといけないんだ?」

「勝ったら響子ちゃんを返してもらうんだ!」

「やだ」

「何なんだお前は!?月島!お前にはPrideというものはないのか!?」

「だから月城だ。それにプライドどうこういう話じゃないだろ。

響子が聞いたら俺に泣き付いてくるだろうなぁ」

⏰:10/04/21 22:09 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#53 [我輩は匿名である]
「抱きつくだと!?そんな事させないぞ!」

「(あぁ…もう言い間違いも聞き間違いもどうでも良くなってきた…)」

やけに気負っている良介に、薫は早くも呆れムードになってきた。

「(…でもまぁ、響子の事は抜きで、ちょっと見返してやっても良いな)」

薫はニヤッと小さく笑う。

「なぁ、桐生。今回は響子の話は抜きにして、点数バトルだけやってみないか?」

「何だと!?」

「今回は課題テストだ。宿題やってればそこそこ点数が取れる。

どうせなら期末とかの実力テストで競う方がやりがいあるだろ」

⏰:10/04/21 22:09 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#54 [我輩は匿名である]
「…ふむ」

良介は腕を組んで考え込む。

そして、少し経って「いいだろう!」と答えを出した。

「月島!絶対に手を抜くなよ!」

「はいはいわかりましたよ」

適当に返事をすると、良介は気合いを入れて8組を出て行った。

⏰:10/04/21 22:09 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#55 [我輩は匿名である]
「月城、あいつ見返してやれよな!」

クラスの男子たちが、薫に声援を送る。

「あぁ」

「あいつ、入ってきてそうそう、女子にちやほやされやがってさぁ…」

「あぁ…」

「でも、月城くんこの間学年1位だったから、楽勝なんじゃない?」

「いや、どうかわかんないけど…まぁ頑張るよ」

薫は笑ってみせる。

「(学年1位…あぁ…そう言えばあいつ1位だったな…。

俺110位っていう超微妙な順位だったのに…)」

⏰:10/04/21 22:10 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#56 [我輩は匿名である]
この学年は生徒が320人いるため、直人の順位もそこまで悪くないのだが、

親友が1位という事を考えるだけで、何となく欝になってくる。

「やっぱ頭良いんだね、月城」

斜め後ろの席にいる飛鳥が、直人の傍にやって来た。

「よく1位とか取れるよな、脳みそどうなってんだか」

「ははっ、あんた何位だっけ?」

「110位」

「…警察呼べそうな順位だね」

⏰:10/04/21 22:10 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#57 [我輩は匿名である]
「何ちょっと上手いこと言ってんだよ。そういうお前は?」

「あたしは101位」

「俺が警察ならお前は犬じゃねぇかよ」

2人は何だか面白くなって笑いだす。

すると、学校中にチャイムが鳴り響いた。

「ま、お互い月城に近付けるように頑張ろ」

「おうよ」

飛鳥は笑って、自分の席に戻った。

⏰:10/04/21 22:11 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#58 [我輩は匿名である]
「え?あのアメリカンと月城くんが点数バトル?」

バイトに行く途中、飛鳥は今日の薫達の話を奏子に聞かせた。

「まぁ、月城くんなら1学期の期末1位だったから、楽勝だろうけどね」

「そうだよね」

奏子と飛鳥はそろって頷く。

「今回は順位2桁だったらいいなぁ…」

飛鳥は「はぁ…」とため息をつく。

「何で2桁取りたいの?」

「2桁っていうか、出来れば1桁取りたいんだけどね」

⏰:10/04/21 22:12 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#59 [我輩は匿名である]
「えっ!?何で!?」

奏子に聞かれ、飛鳥は少し躊躇いながら答える。

「…私、…親を見返してやりたいの」

「…親?」

「うん。私の親、弟しか見てないから…いい成績とって見せてやりたいんだ」

「へぇ…」

飛鳥の話に、奏子はきょとんとする。

「最初は親なんかどうでも良かったんだけどさ。

でも…水無月に元気付けられてから、自分にも何か出来そうな気がしてきて…」

⏰:10/04/21 22:13 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#60 [我輩は匿名である]
飛鳥は柔らかな笑顔を見せる。

奏子は黙って、その横顔を見つめる。

「…飛鳥はやっぱり、水無月の事好きなの?」

「へ?」

思いもしない質問をされて、飛鳥は素早く奏子を見る。

「ま、まさかー!」

飛鳥は手を振りながら否定する。

「そ…そうだよねー。ごめん、何か変な事聞いた!」

奏子は「へへへ」と笑う。

⏰:10/04/21 22:13 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#61 [我輩は匿名である]
「(…好き…じゃない、よな…」

飛鳥は答えてから、自分の心臓の鼓動が高鳴っているのに気付いた。

「(……そりゃ…晶と要はそうだったけど……、私は…)」

考えれば考えるほど、何だか胸が熱くなる。

「(……水無月は……私の事、どう思ってるんだろ…?)」

「飛鳥!」

⏰:10/04/21 22:14 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#62 [我輩は匿名である]
奏子が飛鳥の腕を掴む。

「へっ?」

振り向くと、アルバイト先のカフェを通りすぎかけていた。

「あれっ?ごめんごめん」

飛鳥は笑いながら店の中に入る。

奏子も何だか少しモヤモヤした気持ちで入っていった。

⏰:10/04/21 22:14 📱:N08A3 🆔:S8dNuXTM


#63 [我輩は匿名である]
4日後。

廊下に張り出された課題テストの順位を見て、一年生のほぼ全生徒が愕然とした。

直人は100位、飛鳥は98位、響子は121位、奏子は165位だった。

しかし、4人とも自分の順位など、もはやどうでも良かった。

「薫が…」

「2位…?」

「ええーっ!?」

直人、飛鳥、奏子が茫然とする横で、響子と薫が凍り付いている。

⏰:10/04/22 18:36 📱:N08A3 🆔:07aOrgP2


#64 [我輩は匿名である]
『2位:月城 薫(8組) 498点』

の上に1行、

『1位:桐生 良介(4組) 499点』

と書いてあった。

「月城ー!」

クラスの男子たちが薫に詰め寄る。

「何であと2点頑張れなかったんだぁー!?」

「…これでも自己ベストなのに…」

肩を持って揺さ振られながら、薫はブツブツ呟く。

⏰:10/04/22 18:36 📱:N08A3 🆔:07aOrgP2


#65 [我輩は匿名である]
「おい月島!」

その声に、クラスメイトの手が止まる。

見ると、自信有りげな顔をした良介が立っていた。

「(来たーーーっ!!)」

薫以外の4人が縮こまる。

「お前、名前すらないじゃないか」

「お前のすぐ下にあるだろ」

「What's?」

良介は成績表とにらめっこする。

「ん?お前、月島じゃなくて月城(つきじょう)だったのか」

⏰:10/04/22 18:36 📱:N08A3 🆔:07aOrgP2


#66 [我輩は匿名である]
「惜しいな、月城(つきしろ)だ」

何故か反対に、薫が良介を見下した言い方をして威張る。

「おっ、惜しいのはお前の方だろ!

まさかお前、負けるのがわかってたから響子ちゃんを渡さないように…!?」

「さぁな?でも…」

薫はフッと笑う。

「次は負けねぇからな…」

良介の目の前で、薫は宣言する。

⏰:10/04/22 18:37 📱:N08A3 🆔:07aOrgP2


#67 [我輩は匿名である]
「のぞくところだ!」

「あぁー惜しいな、のぞ“む”だな」

「だっ、黙れ!覚えてろよ!次こそは響子ちゃんを返してもらうからな!」

良介はキッと睨み返して、自分の教室に戻っていった。

「…何でテストの順位で響子の婚約者を決めなきゃいけないんだ…」

さっきまで威勢が良かったのに、薫は急に暗くなって壁にもたれかかる。

「…薫…」

⏰:10/04/22 18:37 📱:N08A3 🆔:07aOrgP2


#68 [我輩は匿名である]
「…いや、やっぱりおかしいだろ」

薫はもたれるのを止め、しゃきっと立つ。

そして、響子の方を向いた。

「やっぱ、断ってくる」

「へ?」

「だって、おかしいだろ?お前だって、他人の点数で彼氏決められるなんて…」

そう言われて、響子も「…うーん…」と頭を悩ませる。

「ちょっと、あいつに言って来る。響子はここにいろ」

そう言って、薫は良介の後を追った。

⏰:10/04/22 18:37 📱:N08A3 🆔:07aOrgP2


#69 [我輩は匿名である]
「おい、桐生」

薫に呼び止められ、良介は足を止めて振り向く。

「…俺、やっぱり勝負降りる」

薫はきっぱりと言い張った。

その言葉に、良介はフッと、余裕の笑みをこぼす。

「僕に勝てないから?」

薫は心底イラッとしたが、冷静に「そうじゃない」と言い返す。

⏰:10/04/22 18:38 📱:N08A3 🆔:07aOrgP2


#70 [我輩は匿名である]
「同じ事じゃないか。僕に負けて、響子ちゃんを取られるのが怖いんだろう?

そうだよねぇ。あんだけ自信満々で話に乗ったのに、負けたんだからね」

「…お前…!」

「知ってる?響子ちゃんの好きな男のタイプ。

格好よくて、優しくて、頭が良い男だって。

君、そんな事知らないだろ?」

良介はまるで、薫を見下すような言い方で笑う。

「…そんなもん、ガキの時の話だろ」

薫は良介を睨みながら言い返す。

⏰:10/04/22 18:38 📱:N08A3 🆔:07aOrgP2


#71 [我輩は匿名である]
しかし、良介の表情は変わらない。

「残念だけど、今君に何言われても、負け犬の遠吠えにしか聞こえないよ?

悪いけど、君に勝ち目は無いと思うけどな。まぁ、頑張ってみれば?」

良介は笑って、教室に入っていった。

廊下に残った薫は1人、黙ってうつむいて、両手を握り締めていた。

⏰:10/04/22 18:39 📱:N08A3 🆔:07aOrgP2


#72 [我輩は匿名である]
「そう言えば神崎、お前2桁だったじゃん」

教室に入って、直人は飛鳥に言った。

「ん?あぁ、見てたんだ」

「俺も2点足らずでお前に負けたんだ…。薫の気持ちがよくわかる…」

席についてすぐ、直人は頭を抱えてため息をつく。

「何よ、そっちか…」

「…おっと、そういう話じゃねぇな」

単純な直人は、飛鳥の方を向いて笑いかける。

⏰:10/04/23 18:58 📱:N08A3 🆔:KdcsC5Iw


#73 [我輩は匿名である]
「やるじゃん!そろそろ親もちょっとはお前の事見直すんじゃね?」

「…まだまだ」

飛鳥は苦笑する。

「弟の1番良かった順位は、9位らしい。だから、私は8位以上を目指すって決めてんだ」

「マジで?でもこれから、1位2位はあのアメリカンと薫が占めるだろうから…

3位〜8位…6人しか枠がないぞ?」

「…まぁ、何とかなるっしょ。ダメそうなら月城に勉強でも教えてもらうわ」

「あぁ、それがいいな」

2人は話ながら笑い合う。

⏰:10/04/23 18:58 📱:N08A3 🆔:KdcsC5Iw


#74 [我輩は匿名である]
「……水無月さぁ」

飛鳥は何気なく話を変える。

「あん?」

「…もし私が…」

そこまで言って、飛鳥はハッと言うのをやめた。

「…えっ?何だよ?」

「…ごめん、やっぱ何にもない。忘れて」

「はっ??」

ぽかんとしている直人を見ずに、飛鳥は自分の席に戻った。

⏰:10/04/23 18:58 📱:N08A3 🆔:KdcsC5Iw


#75 [我輩は匿名である]
その夜、直人はベッドに寝転んでボーッと考えていた。

今日、飛鳥は自分に何を言おうとしていたのか。

あの時の飛鳥の顔は、いつものような表情ではなかった。

直人はそれが気になっていたのだ。

「(…別に怒ってるような顔でもなかったし…何だったんだろ?)」

ふと、響子の『鈍感ね』という言葉が頭に浮かぶ。

あの言葉は、こういう事を指しているのだろうか。

「……って事は…やっぱ俺、気に障るような事したのか…?」

直人はしばし、黙って考える。

しかし、答えが出ないまま眠りに落ちてしまった。

⏰:10/04/23 18:59 📱:N08A3 🆔:KdcsC5Iw


#76 [我輩は匿名である]
ある日。

掃除当番だった直人は、同じく当番だった飛鳥と奏子と一緒に帰っていた。

薫と響子は、すでに先に学校を出ている。

「…ん?」

道端で、直人はふと足を止める。

視線の先には、スーパーの重そうな袋を両手に下げて立ち止まっているおばあさんの姿。

「どうかしたの?」

奏子が直人に尋ねる。

「…ちょっとな」

⏰:10/04/23 18:59 📱:N08A3 🆔:KdcsC5Iw


#77 [我輩は匿名である]
直人はそれだけ言って、おばあさんに近づく。

飛鳥と奏子は、その場で様子をうかがう。

「ばあさん、大丈夫か?」

直人はおばあさんに声をかける。

「はぁい?」

おばあさんが顔を上げて、直人を見る。

そして、「あぁ、あんたは…!」と驚きの声を上げた。

「…へ?」

「あんた、あの時の子で……」

おばあさんはそこまで言い掛けて、「ん?」と考え直す。

⏰:10/04/23 19:00 📱:N08A3 🆔:KdcsC5Iw


#78 [我輩は匿名である]
「…あぁ、私ったらすごい勘違いしたわ。もうあれから40年くらい経ってるのに」

おばあさんはそう言って、上品な笑い声を上げる。

直人は「ん?」と首をかしげる。

「…まぁそれより、それ重くないか?俺運んでってやろうか?」

「あら、本当?…でも、悪いし…」

「いいよ、荷物運ぶぐらい。歩きって事は、家もそんな遠くないんだろ?」

「…行ってみよっか」

2人のやり取りが気になって、飛鳥も直人達の所まで歩く。

⏰:10/04/24 12:46 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#79 [我輩は匿名である]
奏子はおばあさんを見て、「もしかして…」と声を漏らす。

「じゃあ…運んでもらえる?」

「おう、いいぜ」

直人は快く言って、おばあさんから荷物を受け取る。

「…私も何か持とうか?」

飛鳥はどういう話なのかすぐに理解して、直人に声をかける。

「え?いいよ、別に」

「でも、重そうだし…」

そう言われて、直人は「まぁ確かに…」と心の中で思う。

⏰:10/04/24 12:47 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#80 [我輩は匿名である]
「あ、じゃあ1個持って」

「あぁ、いいよ」

飛鳥は頷いて、代わりに直人の鞄を持った。

「なんか、悪いわねぇ…」

「いいですよ、私も暇だから」

「私“も”って何だよ?俺が暇みたいだろ」

「だって暇じゃん」

2人が言い合っている間に、奏子も駆け寄ってきて、おばあさんの顔を見る。

⏰:10/04/24 12:47 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#81 [我輩は匿名である]
「あ、やっぱりおばあちゃんじゃん!」

「あらぁ、奏子のお友達だったの」

「………え?」

2人の会話に、直人と飛鳥はきょとんとする。

「この人、うちのおばあちゃんだよ♪」

「マジで!?」

「こ、こんにちは…」

「あらあら、こんにちは」

直人と飛鳥がびっくりしている横で、奏子のおばあさんが笑う。

⏰:10/04/24 12:47 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#82 [我輩は匿名である]
「あ、うちの家こっちだから、ついてきて」

奏子はそう言って歩きだす。

2人もぽかんとしたままついていく。

「あらぁ、しかしまぁ、あなた、私が昔会った男の子にそっくりだわ」

おばあさんが懐かしそうに直人に言った。

「そんなにそっくりなのか?」

「…敬語使いなよ」

「あ?あぁ、そうか」

「あーいいわよ、そんな気を遣わなくても」

おばあさんはまた笑う。

⏰:10/04/24 12:48 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#83 [我輩は匿名である]
「そうねぇ。私がむかーし、姫崎公園に行きたかったのに、迷っちゃってねぇ」

「…え?」

直人は思わずおばあさんの顔を見る。

「その時に、道案内してくれた男の子がいたのよ。

あなたが、その子にあんまりそっくりだったから、つい…」

「道案内…って…」

飛鳥もハッと、直人を見る。

「あの子、元気かしらねぇ…?」

おばあさんは微笑みながら呟いた。

⏰:10/04/24 12:48 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#84 [我輩は匿名である]
直人は少し考える。

「あ、そう言えばあの子、お友達の事気にしてたわねぇ。

なんかねぇ、その道案内してくれた子のお友達が、元気がないか何かでね。

その子、私と同じように養護施設で育ったらしいんだけど。

その子は元気になったのかしら…?」

懐かしくて仕方ないのか、おばあさんは話を進めていく。

『その子』とは、多分晶のことだろう。

直人は何と言えば良いのか、少し困った顔で考える。

⏰:10/04/24 12:49 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#85 [我輩は匿名である]
「(…あの後何日かして2人とも死んだとか…言えねぇしなぁ…)」

無言で、眉間にしわを寄せる。

「…2人とも、今も仲良くやってると思いますよ」

そう言ったのは、飛鳥だった。

直人と奏子が、同時に飛鳥を見る。

飛鳥は小さく笑みを浮かべている。

「…そうだな」

彼女を見て、直人もニッと笑う。

⏰:10/04/24 12:49 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#86 [我輩は匿名である]
「俺も、2人とも元気にやってると思うぜ」

「…そうねぇ、あの男の子なら、元気にやってそうね」

おばあさんは、安心したようににっこり笑う。

「(…水無月…何か一瞬変だった…?)」

奏子は直人を見ながら首を傾げる。

「あなたたちにも言っとくわ。あの男の子にも言ったんだけどね」

おばあさんは3人に言う。

⏰:10/04/24 12:49 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#87 [我輩は匿名である]
「人との間に、壁を作っちゃダメなのよ。

仲良くなりたければ、一歩踏み出さなきゃ。

わかった?」

「あぁ…」

「はい」

「前も聞いたけどな」と思いながら、直人は相づちをうつ。

飛鳥もそれを聞くのは2度目だったが、素直に返事をした。

「…あ、着いたよ。あたしん家」

奏子は目の前の一軒家を指差す。

⏰:10/04/24 12:50 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#88 [我輩は匿名である]
「おぅ。意外と近かったな」

「ありがとうねぇ、2人とも」

おばあさんは直人と飛鳥に笑いかける。

「どういたしまして」

2人はそろって返事をする。

「ありがとう。ここまで来たらもう大丈夫」

家のドアの前まで来て、奏子も2人に言った。

「いいのか?」

「うん」

奏子に言われ、直人と飛鳥は、ドアのそばに買い物袋を置く。

⏰:10/04/24 12:50 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#89 [我輩は匿名である]
「お茶でも飲んでいったら?」

「いえ、私たちはこのまますぐに帰りますから」

おばあさんの申し出を、飛鳥が丁寧断る。

「あら、そう?じゃあまた遊びに来てね」

おばあさんはニッコリ笑った。

「んじゃ、俺たちはこれで」

「さよならー」

2人はおばあさんと奏子に手を振って、並んでその場を後にした。

⏰:10/04/24 12:51 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#90 [我輩は匿名である]
「いい子達だねぇ」

おばあさんは笑って奏子に言う。

奏子は「うん」と返事をしつつ、帰っていく2人の背中を、複雑な気持ちで見つめていた。

⏰:10/04/24 12:52 📱:N08A3 🆔:23VVxZiA


#91 [我輩は匿名である]
「優しそうなおばあちゃんだったね」

帰り道、飛鳥が何気なく言った。

「そうだな。元気そうで嬉しかったなぁ」

直人も満足そうに笑う。

「まぁ言われてみれば、面影がないこともないな」

「1日しか会ったことないのに、面影とか覚えてんの?」

「ま、まぁ何となく…」

直人は目を泳がせる。

⏰:10/04/27 08:33 📱:N08A3 🆔:n39Qyhsk


#92 [我輩は匿名である]
それを呆れて見た後、飛鳥はふと、こんな事を言った。

「…うちにも、あんなおばあちゃんがいたら良いのに」

直人は「へ?」と、飛鳥を見る。

「……お前、相変わらず親とは口きいてないんだっけ?」

「きいてない。バイトしてるのも知らないし」

飛鳥は苦笑して答える。

「そうか…」

「まぁ、ちょっと平気になってきたけどね」

「うーん…」

直人は「何かいい方法はないかな」と首をひねる。

⏰:10/04/27 08:33 📱:N08A3 🆔:n39Qyhsk


#93 [我輩は匿名である]
「いいよ、そんなに頑張って考えてくれなくても」

飛鳥は小さく息をつく。

「そのうちどうにか出来れば良いかなってぐらいだし」

「そうか?…まぁ、今は香月とか安斎とか、友達いるもんな、お前」

「うん」

飛鳥は笑って頷く。

「…あんたのおかげ、かな」

⏰:10/04/27 08:34 📱:N08A3 🆔:n39Qyhsk


#94 [我輩は匿名である]
「…は?」

飛鳥に言われて、直人はびっくりして彼女を見る。

飛鳥は少しだけ頬を赤らめて顔を背ける。

「(…あれ、なんか、変な感じする)」

直人は恥ずかしいような照れるような、なんだかわからない感覚に襲われた。

2人はそれぞれ同じような事を考えながら帰っていった。

⏰:10/04/27 08:34 📱:N08A3 🆔:n39Qyhsk


#95 [我輩は匿名である]
「そりゃお前、あいつに気があるんだろ」

飛鳥と帰った時の事を話すと、薫はあっさり言い切った。

「えぇっ!?」

直人はぎょっとしすぎて、持っていた箸を落としそうになる。

「お、俺が!?あいつを!?」

落とさないように箸を握って、少し声を荒げる。

「まぁ、その逆もありえると思うけど」

薫は言いながらサンドイッチを口に入れる。

⏰:10/04/29 13:13 📱:N08A3 🆔:VvK4rUGI


#96 [我輩は匿名である]
そういう事に関して全く疎い直人は、話についていけず呆然とする。

「え…えぇ…?」

「本当鈍感だよな、お前。どうすればそこまで鈍感になれるか知りてぇよ」

薫は呆れ返ってため息をつく。

直人は「そんな事言われても…」と頬を膨らませる。

「まぁ、そういう所がいいんじゃないのか?」

「…なんか嬉しくない」

直人は不機嫌そうに言い返す。

「…全く自覚してないのか?」

⏰:10/04/29 13:13 📱:N08A3 🆔:VvK4rUGI


#97 [我輩は匿名である]
「…うーん…何か、よくわかんねぇんだよなぁ…」

直人は箸を咥えて腕を組む。

「好きとかじゃない気がして…。なんかこう…“見守っててやりたい”…っていうか…。

何か、本気で応援してやりたくなるっていうか…」

「(…似たような事だろ)」

直人の話を聞きながら、薫は思った。

「…いいな、お前は平和そうで」

不意に、薫はそう言ってため息を吐いた。

⏰:10/04/29 13:14 📱:N08A3 🆔:VvK4rUGI


#98 [我輩は匿名である]
「何だいきなり」と、直人は首をひねる。

「…響子は…あいつの事、どう思ってるんだろ…」

薫は遠い目をして、机に肘をつく。

「あいつ?あのアメリカンの事か?てか、結局どうなったんだよ」

「“負け犬の遠吠え”、“君に勝ち目はない”、…そう言われた」

「はぁ!?何なんだあいつ!!」

短気な直人は、思わず声を荒げる。

⏰:10/04/29 13:14 📱:N08A3 🆔:VvK4rUGI


#99 [我輩は匿名である]
「…でも、あいつは響子の事を何も知らない。

あんな押し付けがましいやり方で、響子が納得するはずがない」

「当たり前だろ!今までお前らがどんだけしんどい思いしてきたか、あいつ何も知らないんだぞ!?

あんな奴に香月取られてたまるかよ!」

まるで自分の事のように、直人は腹を立てて騒ぐ。

「…でも、あいつは俺の言う事には全く耳を貸さない。

何を言っても、きっとまた“負け犬の遠吠え”って嘲笑うだけだろ。

…だから多分、俺が成績1位を取り戻す以外、あいつは納得しないだろうな」

⏰:10/04/29 13:15 📱:N08A3 🆔:VvK4rUGI


#100 [我輩は匿名である]
「あいつが納得するとかしないとか、どうでもいいだろ!」

「前みたいな目には遭いたくないんだよ」

薫は少しきつく言い返した。

そう言われて、直人はやっと、少し黙り込む。

確かに、怜奈のような行動に出られてはいろいろと面倒だ。

薫は1人で、そこまで考えていたのだろう。

そう思うと、直人はそれ以上何も言えなかった。

⏰:10/04/29 13:15 📱:N08A3 🆔:VvK4rUGI


#101 [我輩は匿名である]
「ねぇ、飛鳥」

バイトに行く途中、奏子は飛鳥に尋ねる。

「水無月が、前に変なおっさんから、前世の本もらったって話、知ってる?」

「…知ってるよ」

飛鳥は少しきょとんとした顔で答える。

「…飛鳥って、その、水無月の前世の話に関係あったりする?」

奏子は続けて聞く。

「…なんで?」

今度は飛鳥が聞き返す。

⏰:10/04/30 20:32 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#102 [我輩は匿名である]
「なんか、この間うちのおばあちゃんと会ったじゃない?

その時に、2人とも何か知ってそうだったからさ」

そう言われて、飛鳥は少しの間黙り込む。

「……私さぁ」

飛鳥がなかなか答えようとしないため、奏子が口を開く。

「最近、水無月の事、気になってるんだ」

その言葉に、飛鳥はハッと奏子を見る。

「……好き、って事?」

「……多分」

⏰:10/04/30 20:32 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#103 [我輩は匿名である]
まだはっきりしないのか、奏子は曖昧な言い方をする。

「…それで…何であの本の話…?」

飛鳥は少し動揺しながら、奏子に尋ねる。

「なんか、気になったからさ。水無月の事、いろいろ知ってるのかなぁと思って。

元気づけてもらったとか、前言ってたじゃん?」

奏子は明るく笑ってみせる。

しかし、飛鳥は何故か、ショックを受けたような顔で黙っている。

⏰:10/04/30 20:33 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#104 [我輩は匿名である]
直人の事で、知っている事はいろいろある。

でも、飛鳥は何も教えたくなかった。

直人の過去を知ってるのは、自分だけの特権。

何もない自分にある、たった1つの小さな自慢。

「まぁまた、いろいろ相談乗ってね♪」

奏子は笑って、飛鳥に頼む。

飛鳥はしぶしぶ、「うん…」と頷くしかできなかった。

⏰:10/04/30 20:33 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#105 [我輩は匿名である]
次の日。

飛鳥はじっと、4組の教室を覗く。

幸い、響子と奏子が別々の子と話している。

飛鳥は気付かれないようにササーッと、早足で響子に近づく。

「響子…」

背後から声がして、響子は振り返る。

「うわっ!びっくりした…」

響子は、いつの間にか背後にいた飛鳥に驚いて声を上げる。

「どうしたの?昨日のバイトで、また何かやらかした?」

⏰:10/04/30 20:34 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#106 [我輩は匿名である]
「違う……事もないけど」

飛鳥はやつれたような表情で答える。

確かに、昨日奏子の突然の告白に動揺していた飛鳥は、

皿は割るわ、カップから紅茶を溢れさせて床をボトボトにするわ、

レジ操作を誤って1000円以上の現金差異を出すわで、

店長にかなりこっぴどく怒られたのだが、響子に相談に来たのはその事ではない。

「…今度、2人っきりで相談があるんだけど」

「2人っきりで?……ははーん、なるほどね」

勘の良い響子は、ニヤリと笑う。

⏰:10/04/30 20:34 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#107 [我輩は匿名である]
「恋の話ね」

「えっ…!?わかんない。でも、多分そーゆーの」

「じゃあ僕も一緒に♪」

2人の隣に、急に良介が割り込んできた。

「あんたはどうでもいいから、消え失せてくれる?」

「残念ながら、君みたいに背の高いバカそうな女には興味ないよ」

良介は飛鳥に目もくれず、響子と向き合う。

「ねぇ響子ちゃん、僕は絶対、1位を守りぬくからね!」

⏰:10/04/30 20:34 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#108 [我輩は匿名である]
「…え?薫が断りに来たでしょ?」

響子は眉をひそめて確かめる。

「来たけど、女々しい事言うから、追い返したよ」

良介は笑顔で言い張る。

「女々しい?薫が何言ったのよ」

響子もさすがにムッとして言い返す。

「“勝負降りる”って。自信無くしたんじゃない?

あんなに張り切ってのってきたのに、あっさり僕に負けちゃったんだもんね」

良介は呆れたように、「やれやれ」と首を振る。

⏰:10/04/30 20:35 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#109 [我輩は匿名である]
「お前なぁ」

響子の代わりに、飛鳥が良介を睨む。

「調子に乗るのもいい加減にしろよ。お前みたいな新入りに、こいつらの何がわかるんだよ?」

「じゃあ聞くけどさ、君たちに僕の何がわかるわけ?」

良介も負けじと言い返してくる。

「僕は元々勉強なんか好きじゃない。

でも、響子ちゃんが“格好よくて、頭が良い、優しい人”が好きだって言ったから、

僕はそれを目指して今まで頑張ってきたんだ。

邪魔をしてる新入りは、あいつの方だろ?」

響子はそれを聞いて、昔そんな事を言ったのを思い出した。

⏰:10/04/30 20:35 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#110 [我輩は匿名である]
「だから、僕は絶対、あいつから君を取り戻すよ。

あんなクールぶってる奴、君には似合わないからね」

そう吐き捨てて、良介は背中を向けた。

「…マジでムカつく」

飛鳥は苛立ったように、彼の背中をにらみつける。

響子は暗い顔でため息を吐く。

「(……私が…あの時ちゃんと断ってたら…)」

「…響子?」

⏰:10/04/30 20:36 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#111 [我輩は匿名である]
飛鳥に声をかけられ、響子はハッと顔を上げる。

「…ごめん、ボーッとしてた」

「…まぁ気持ちはわかるけどさ」

飛鳥も呆れて息をつく。

「…あ、そうだ。どうせなら、どっかでご飯かお茶かしながら話さない?

ちょうど明日土曜だし。…バイト入ってる?」

「ううん。大丈夫」

⏰:10/04/30 20:36 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#112 [我輩は匿名である]
「じゃあ明日、飛鳥ちゃんがバイトしてるカフェ行こ♪」

「何でそうなるの!?」

「だって、1回行ってみたかったんだもん。じゃあ決まりね」

響子はにっこり笑う。

「(…まぁ、社割あるから、いっか)」

飛鳥は特に深く考えないまま、「しょうがないなぁ」と頷いた。

⏰:10/04/30 20:38 📱:N08A3 🆔:ue2rV2uc


#113 [我輩は匿名である]
次の日。

飛鳥は響子と共に、バイト先のカフェにやってきた。

「おう神崎」

入るなり、店長が飛鳥に話しかけてきた。

「売り上げのために、全ケーキ食って帰れよ!」

「無理ですよ。そんな金あったらケータイ契約しに行きます」

飛鳥は顔を引きつらせて言い返しながら、適当な席に座る。

「そっか、飛鳥ちゃん、ケータイ持ってないんだっけ」

「うん、仲悪い親に出してもらうの、嫌だしね。自分で稼いでから買おうかなぁと思って」

飛鳥は苦笑して言った。

⏰:10/05/01 20:21 📱:N08A3 🆔:/1yPoZ8g


#114 [我輩は匿名である]
そういうところは頑固な飛鳥に、響子も笑い返す。

「とりあえず、何か頼もっか」

「うん」

飛鳥は響子にメニューを開いて渡す。

「飛鳥ちゃん、見なくていいの?」

「いいよ、大体覚えてるから」

「『大体』じゃなくて、『完璧に』覚えてほしいわね」

飛鳥の先輩の女性が、そう言いながらお冷やを持ってきた。

「すいません…」

飛鳥は口を尖らせる。

⏰:10/05/01 20:21 📱:N08A3 🆔:/1yPoZ8g


#115 [我輩は匿名である]
「メニューはお決まりですか?」

先輩は響子に愛想良く尋ねる。

「えっ、えーっと…」

響子は少し慌ててメニューを見る。

「あっ、私はとりあえずカプチーノで」

「自分で注いで来な」

「えぇっ!?」

嫌味ったらしく笑う先輩に、飛鳥は変な声を上げる。

「あの…私はアイスミルクティー下さい」

⏰:10/05/01 20:21 📱:N08A3 🆔:/1yPoZ8g


#116 [我輩は匿名である]
「はいかしこまりましたー

先輩はにっこり笑って、キッチンの方へと下がっていった。

「意外と、いじられキャラなんだね」

響子は楽しそうに笑って、向かい合っている飛鳥に言う。

「…何かわかんないけど、そうなのかな」

「ははっ、いいじゃない。いじられキャラは、愛されキャラみたいな物よ」

響子はテーブルに両肘をつく。

飛鳥は「そうかなぁ」と首をひねる。

「ところで、私に相談って、何?」

⏰:10/05/01 20:22 📱:N08A3 🆔:/1yPoZ8g


#117 [我輩は匿名である]
響子は話を変え、本題に入る。

すると、急に飛鳥の顔が暗くなった。

「………何から話せばいいんだろ…?」

飛鳥は腕を組んで考える。

『奏子が直人を好きだ』なんて勝手に話すと、余計にこじれるかもしれない。

「…飛鳥ちゃんは、水無月君が好き?」

響子は先に、そう飛鳥に尋ねた。

飛鳥は「えっ!?」と、勝手に下向いていた頭を上げる。

⏰:10/05/01 20:22 📱:N08A3 🆔:/1yPoZ8g


#118 [我輩は匿名である]
「やっぱりそういう事か」

響子はにっこり笑う。

「……んー、…わかんない」

飛鳥ははっきりしない顔で答える。

「でも、…他の子が『水無月が好きかも』とか言ってるの聞いたら…何かモヤモヤしてきて…」

「……じゃあ飛鳥ちゃんは、水無月くんの事どう思う?」

響子は優しい表情で、質問を変える。

⏰:10/05/01 20:23 📱:N08A3 🆔:/1yPoZ8g


#119 [我輩は匿名である]
飛鳥は少し顔を上げる。

「……いい奴だと、思ってる」

何て言えばいいのかわからなくて、飛鳥はとりあえずそこから始めた。

「…私、高校入ってから、誰とも喋った事なくて……高校入る前からだけど。

でもなんか、あいつとは何も考えずに喋れて、なんか楽しくて…。

本を読み終わって、私がまた自殺しそうになったの、怪我してでも止めてくれた」

ちょっとずつ気持ちが整理できてきたのか、飛鳥の口調がスムーズになってきた。

響子も何も言わずに、その話に耳を傾けている。

⏰:10/05/01 20:23 📱:N08A3 🆔:/1yPoZ8g


#120 [我輩は匿名である]
「それから…私が『親を見返してやるんだ』って思えるようになったら、

笑って『頑張れ』って言ってくれるし、

この間も、奏子のおばあちゃんが道で困ってたら、すぐ『手伝ってやるよ』って言って…。

あいつバカで能天気だけど、私は…そういう優しい所が、す…」

飛鳥はそこまで言って、顔を赤くして黙り込んだ。

「…考えまとまったね」

「…なんか、楽しそうな話してるわね♪」

響子だけでなく、たまたま注文の物を持ってきた先輩まで笑っている。

⏰:10/05/01 20:24 📱:N08A3 🆔:/1yPoZ8g


#121 [我輩は匿名である]
飛鳥は余計に恥ずかしくなって下を向く。

「いや、でも、そういう『好き』じゃないかも…」

「どっちにしろ同じよ」

響子と先輩が声をそろえて答える。

「あら、あんたなかなかわかってるじゃない♪」

「ありがとうございます♪」

「(何なんだこの2人…)」

気が合って笑い合う2人を、飛鳥は呆れ気味に見つめる。

「ちょっと神崎、今度私にもその話聞かせてよね」

⏰:10/05/01 20:24 📱:N08A3 🆔:/1yPoZ8g


#122 [我輩は匿名である]
「さぁどうでしょうね」

擦り寄ってくる先輩を、飛鳥はめんどくさそうな顔で押し返す。

先輩はテーブルにカプチーノとミルクティーを置いて、「ごゆっくりどうぞ」と言って立ち去った。

「(…話できるわけないじゃん…。話が広がったら、奏子がどう言うか…)」

飛鳥はまた鬱陶しそうにため息をつく。

「…他には誰も、その話してないの?」

「うん、他にできる人いないし…」

飛鳥はまた、苦笑して答えた。

響子は鋭い目付きで考える。

⏰:10/05/02 17:30 📱:N08A3 🆔:Xl0SkL1s


#123 [我輩は匿名である]
奏子に相談を乗ってもらう事も出来た。先輩にも出来たはずだ。

しかし、「他に出来る人がいない」と言う。

つまり。

「…水無月くんが好きだって言ったの、奏子ちゃんじゃない?」

響子は、他の席にも聞こえない程小さな声で言った。

思わず、飛鳥は目を丸くして響子を見る。

「……何で……」

⏰:10/05/02 17:30 📱:N08A3 🆔:Xl0SkL1s


#124 [我輩は匿名である]
「相談出来る人が私だけって、おかしいなぁと思って。

水無月くんに出来ないのは当たり前だし、薫はそんな相談を受ける柄じゃない。

…まぁあれでも、相談されれば乗るんだけど。

奏子ちゃんもいるのに、あの子には出来ないって事でしょ?

先輩に出来ないのは、誰かが口を滑らせて奏子ちゃんに知られると面倒だから。

……どう?合ってるでしょ?」

響子は自信満々に笑ってみせる。

「…探偵になればいいと思うよ」

全て図星をつかれ、飛鳥はただ茫然とする。

⏰:10/05/02 17:31 📱:N08A3 🆔:Xl0SkL1s


#125 [我輩は匿名である]
「まぁ、あれよね。飛鳥ちゃんと水無月くんには、本の事もあるしね」

「…うん…。最初はそうだったけど…でも、なんか違うっていうか…。

なんかね、要は、もっと穏やかで、おとなしい感じだったんだ。

だから、水無月とはタイプも全然違うし…。

私も結構性格変わってるし、本の事は…そこまで深く考えてないかなぁ…」

「そっか。…私達も同じだよ」

響子は小さく笑う。

⏰:10/05/02 17:31 📱:N08A3 🆔:Xl0SkL1s


#126 [我輩は匿名である]
「やっぱり、みんな本とは変わってくるのかな。

私はもっと背も小さかったし、もっと大人しかった。

薫……は、あんまり変わらないかな?強いて言うなら、もうちょっと穏やかで、煙草吸ってたぐらい?」

「そうなの?」

「だから、あんな癌になったのよ」

響子はふぅっとため息をつく。

「意外でしょ?今なら絶対吸わなそうにしてるのに。

薫……優也は、煙草と関連が深い癌だった。

だからもう2度と吸わないでしょうね」

響子は優しく笑う。

⏰:10/05/02 17:31 📱:N08A3 🆔:Xl0SkL1s


#127 [我輩は匿名である]
「優也はあんなにクールじゃなかったのよ?

薫はにっこり笑う事なんかないけど、優也はいつもニコニコしてた」

「(…また惚気だした…)」

そう思ったが、急に響子の表情が変わった。

「……はぁ…私もどうしたらいいんだろ……」

「……あのアメリカン?」

響子は頷く。

しかし、飛鳥には不思議でならなかった。

「でも、何でそんなに悩むの?響子も月城も、そんなてこずる相手じゃないんじゃ…」

⏰:10/05/02 17:32 📱:N08A3 🆔:Xl0SkL1s


#128 [我輩は匿名である]
「てこずるのよ、ああいうタイプが1番ね」

響子は肩肘をつく。

「まともに話が通じる相手なら、薫もガン飛ばして一言二言言えば終わるのよ。

でも、りょう……桐生くんはそうじゃない。どこであんな性格になったのかわかんないけど……」

響子は大きくため息をつく。

「……そうだね、この間月城がガン飛ばしても、全く効かなかったもんね」

「私があの時ちゃんと聞き直して、断っとけば良かったのよ…」

話しているうちに、どんどん響子の表情が暗くなっていく。

⏰:10/05/02 17:33 📱:N08A3 🆔:Xl0SkL1s


#129 [我輩は匿名である]
「いや…そんなちっこい時の事にすがってる奴に、気を遣う事はないと思うけど…」

飛鳥は自分で出来る精一杯の慰めを言う。

「うん…」

「だって、響子は月城が好きなんでしょ?だったら無視すればいいんだよ。

私だって、テストの順位なんかで彼氏とか決めるの、おかしいと思う」

飛鳥はきっぱりと言い切った。

「…そうなのよね…」

響子はまだ浮かない顔をして頷いた。

⏰:10/05/02 17:33 📱:N08A3 🆔:Xl0SkL1s


#130 [我輩は匿名である]
すると、飛鳥もまた、同じような表情でうつむき、こう切り出した。

「……私さ、本の事、まだ奏子に言えてないんだ」

響子は顔を上げ、また耳を傾ける。

「言おう言おうって思うんだけど、要との事…知られたくないんだ。

何でかわかんないけど…何か、自分の中だけに置いときたい気がして…」

「…そうね、奏子ちゃんが水無月君を好きなら、なおさらね」

響子は小さく笑う。

⏰:10/05/03 17:27 📱:N08A3 🆔:MyOPNZOQ


#131 [我輩は匿名である]
しかし、飛鳥の表情はまだ晴れない。

「……でも、隠しとくのもモヤモヤするっていうか…」

「…友達だから?」

「…うん」

飛鳥は小さく頷く。

「でも…友達でも、話したくない事はいくらでもあるよ」

あっさり言う響子に、飛鳥は思わず顔を上げる。

「…響子も?」

「そりゃあるよ。私だって、いちいち薫とチューしただの寝ただの、みんなに言いたくないし」

響子は当然のように言い放って、ミルクティーを一口飲む。

⏰:10/05/03 17:36 📱:N08A3 🆔:MyOPNZOQ


#132 [我輩は匿名である]
「ま、まぁそうだけど…」

飛鳥はしぶしぶ頷く。

「誰にでもねぇ、自分の中だけに留めておきたい事ってあるのよ。

飛鳥ちゃんが思ってる事、私は普通の事だと思うけどな」

さすが、前世で大人だっただけのことはある。

響子は優しい笑顔で、飛鳥を諭す。

「…そう、かな」

飛鳥もちょっとホッとしたように笑い返す。

⏰:10/05/03 17:44 📱:N08A3 🆔:MyOPNZOQ


#133 [我輩は匿名である]
「じゃあ私はばれないように、奏子ちゃんの前で本の話はしないように気をつけるわ。

薫にも言っとくし。…まぁ、自分からそんな事話はしないだろうけどね」

「え?ごめんね、なんか気遣ってもらっちゃって…」

「いいよ、そんなの」

響子はまた笑う。

「…前の話を知ってるからかもしれないけど」

そう言いながら、響子はテーブルに両肘をつく。

⏰:10/05/03 17:49 📱:N08A3 🆔:MyOPNZOQ


#134 [我輩は匿名である]
「私は、水無月くんには飛鳥ちゃんとくっついてほしいと思ってる。

…確かに見た感じ、奏子ちゃんと水無月くんは息が合ってるようには見えるけど、

飛鳥ちゃんといる時の水無月と奏子ちゃんといる時の水無月くん、明らかに態度が違う。

奏子ちゃんとなら、普通の友達って雰囲気な感じがするの。

…だから、そんなに悩まないで、自信持っていいと思うよ」

「…………うん」

響子の話を聞いて、飛鳥は大きく頷く。

それを見て安心したように、響子はまた笑った。

⏰:10/05/03 17:57 📱:N08A3 🆔:MyOPNZOQ


#135 [我輩は匿名である]
「頑張ってね。また何かあったら、いつでも聞くから」

「うん、ありがとう」

飛鳥は悩みから吹っ切れたように笑い返す。

「(ただ、相手がちょっと手強いけどね)」

明るくなった飛鳥の表情を見ながら、響子は心の中で呟いた。

⏰:10/05/03 17:59 📱:N08A3 🆔:MyOPNZOQ


#136 [我輩は匿名である]
直人は眠そうな顔で、目の前にいる奏子を見つめる。

まだ時計は8時10分。

「早く来過ぎたかな」と思っていると、満面の笑顔の奏子がやってきたのだ。

「……何か用…?」

「あんたにお礼持ってきたの♪」

「お礼…?…俺なんかしたっけ…?」

直人は欠伸をしながら聞き返す。

「この間、おばあちゃんの荷物持ってくれたじゃん」

⏰:10/05/05 18:04 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#137 [我輩は匿名である]
「…………あーぁ!あれか!」

思い出すのに時間がかかったが、直人は「あぁ、そういえば手伝ったなぁ」と頷く。

「はい♪」

奏子は笑って、数枚のクッキーが入った可愛らしい袋を、直人の机に置いた。

「えっ、何これ?わざわざあのお姉…いや、ばあちゃん焼いてくれたのか?」

直人は思いもよらぬプレゼントに目を輝かせる。

「残念ながら、それ私が焼いたの」

奏子はちょっと自慢げに笑う。

「えっ?これお前が焼いたのか!?すげー!」

⏰:10/05/05 18:05 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#138 [我輩は匿名である]
直人は尊敬の眼差しを奏子に送る。

「…今食べても良いかなぁ?」

「いいじゃん、食べちゃいなよ」

「だよな!じゃあ頂きまーす」

直人は袋を開け、丸くて茶色いクッキーを口に放り込む。

ボリボリ言わせて噛んでいる直人を、奏子も少しドキドキして見つめる。

「………どう?」

「…ん!うまい!!」

直人は意外そうに言いながら、右手でOKサインを出す。

「やったー♪私、クッキーだけは得意なんだ〜」

⏰:10/05/05 18:05 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#139 [我輩は匿名である]
奏子も嬉しそうに笑う。

「へぇ!意外と料理とか出来るんだな、お前」

直人は言いながら、なぜかもう袋を閉じる。

「えっ?もう食べないの?」

「もったいないから、昼休みに食う!結構あるし、薫にもちょっとやろうと思って」

直人は満足そうに笑って、袋の口を紐で締め直して、大事そうに鞄に入れる。

「(1人で全部食べてほしかったのになぁ…)」

逆に、奏子は少し残念そうに直人の動作を見る。

「ところでさぁ、何でおばあちゃんの事、『お姉さん』って呼びかけたの?」

⏰:10/05/05 18:05 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#140 [我輩は匿名である]
「え?あぁ…」

言って良いものか、と、直人は目線をそらす。

「もしかして、おばあちゃんの事知ってるの?」

奏子は少し近づく。

「……いや、口が勝手に言っただけ…」

「本当に〜?」


直人は上手く誤魔化せず、しばらく悩んだ末、大きくため息を吐いた。

「…前世の俺が、会ったことがあるんだよ、多分」

そう白状するしかなかった。

⏰:10/05/05 18:06 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#141 [我輩は匿名である]
「そうなの!?なんかすごい!」

奏子は楽しそうに声を上げる。

「じゃあ、おばあちゃんが言ってた道案内したのって、やっぱあんたなの?」

「…まぁな…」

「そうなんだぁ!あんた、意外と優しいとこあるよね」

「そ、そうかぁ?」

褒められると調子に乗る直人は、照れるように笑う。

「でもなんか、飛鳥も知ってそうだったよね、おばあちゃんの事」

奏子は笑顔で話を続ける。

「…いや、あいつは多分会ったことないぞ。俺があのばあちゃんからの話を聞かせただけで」

⏰:10/05/05 18:06 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#142 [我輩は匿名である]
「おばあちゃん、あんたに何か言ったの?」

「だから、俺じゃなくて、前世の俺」

直人はそこに念を押す。

「何か言ったって、この間のあれだぞ?友達作りたいなら、壁を作るなって話。

あれを伝えてやろうと思ってたんだけどさ、なかなか…」

「伝えてやるって、飛鳥に?」

「前世のあいつに」

直人はしつこく、『前世の』にアクセントをつける。

奏子は驚きつつ、「やっぱりな」と思った。

「じゃあ、水無月と飛鳥って、前世から知り合いだったんだ?」

⏰:10/05/05 18:06 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#143 [我輩は匿名である]
「…まぁ…そうだな、知り合いだな」

言ってみれば恋人同士か、最低でも友達以上恋人未満ってところだろう。

しかし、そこまで説明するのはめんどくさい。

「…ん?じゃあ、飛鳥も本もらってたりすんの?」

奏子は首をかしげる。

「なんか、もらったって言ってた気がするけど?」

直人はめんどくさくなってきて、言い方が適当になってきた。

「そうなんだ!なんかすごいねー!じゃあ…」

⏰:10/05/05 18:07 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#144 [我輩は匿名である]
「おはよう」

いつの間にか、8時15分を過ぎていて、飛鳥がやってきた。

「よぉ」

「あっ、飛鳥に渡すものがあるの!」

奏子は立ち上がって、さっき直人にあげたクッキーを差し出す。

「クッキーだ」

「この間、おばあちゃん助けてくれたでしょ?そのお礼♪」

「えっ?いいよ、荷物運んだだけだし、お礼なんか…」

飛鳥は両手を左右に振る。

⏰:10/05/05 18:07 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#145 [我輩は匿名である]
「いいのいいの。はい!」

奏子は笑って、飛鳥の手にクッキーを置いた。

「…ありがとう」

飛鳥は小さく笑って、それを受け取る。

「あっ、じゃあ用も済んだし、私教室にかーえろ♪じゃあまた後でねー」

奏子はそのまま、教室を出ていった。

「何だったんだ…?」

「おいしそうなクッキーだね。あのおばあちゃんが焼いてくれたのかな?」

飛鳥は嬉しそうに、クッキーの入った袋を見つめている。

⏰:10/05/05 18:08 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#146 [我輩は匿名である]
「いや、安斎が焼いたらしいぞ」

「そうなの?へぇ、すごいな」

「お前、料理出来ないんだっけ?」

「やれば出来ると思うよ。施設にいた時は、よくご飯の手伝いしてたから」

「へぇ、意外」

「そう?…まぁ、今は家で作る事ないし、作ろうとも思わないしな…」

飛鳥はふぅっと息をつく。

「じゃあ、なんか作ってきた時は、俺が毒味してやるよ」

⏰:10/05/05 18:08 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#147 [我輩は匿名である]
「はあ?私の腕前なめないでよね」

飛鳥は腕を組んで言い返す。

そんな2人の会話を、廊下で窓にもたれ掛かって、奏子が聞いていた。

「(やっぱり、あの2人…なんかあるんだ…)」

「安斎?」

すぐ後ろで声がして、奏子は素早く振り返る。

⏰:10/05/05 18:08 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#148 [我輩は匿名である]
そこには、登校してきたばかりの薫が立っていた。

「月城くん…」

「何してるんだ?朝っぱらから」

薫は少し首を傾ける。

「ううん、何にもない。じゃあね」

奏子は無理に笑顔を作って、小走りで4組に戻っていった。

「…隠さなくても、知ってるのにね」

薫の後ろにいた響子が、くすっと笑う。

「…お前の言ってた事、本当だったんだな」

「予想だけどね」

2人は小さく笑い合った。

⏰:10/05/05 18:09 📱:N08A3 🆔:7fNci.3Y


#149 [我輩は匿名である]
直人は、薫が掃除を終えるのを、階段に座って、1人ぼけーっと待っていた。

奏子と飛鳥はバイトが、響子も今日は用事がある為、それぞれ先に帰っている。

「(…そういえば、神崎とここで喋った事もあったなぁ…)」

直人はあの時の事を思い出す。

親と話していないとか、そういう話をしたのがここだった。

「(懐かしいな…もう半年近く経つんだなぁ…)」

そんな事を考えていると、あの時のように、目の前を良介が通りかかった。

⏰:10/05/06 20:17 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#150 [我輩は匿名である]
「あっ!そこのアメリカかぶれ!」

直人は思わず呼び止める。

“アメリカ”という言葉に足を止め、良介がこっちを見る。

「…誰?君」

ちょっと近寄りながら、良介が首をひねる。

「月城薫の友達だよ!」

「俺そんなに存在感ないか」と思いながら、直人は怒鳴る。

「あぁ、あの負け犬くんの」

「負け犬言うな!」

どこまでもマイペースで、思った事を口にする良介に、直人は何度も声を荒げる。

⏰:10/05/06 20:17 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#151 [我輩は匿名である]
「お前、あんまり薫の邪魔すんなよな!」

「邪魔してるのはあっちだろ!」

良介もムスッとして言い返す。

直人は腰に右手をあてて、じーっと良介を見る。

「……お前さぁ、香月のどこが好きなわけ?」

直人はそもそも、そこから聞きたかった。

「僕?響子ちゃんの全てに決まってるじゃないか!」

「はぁ!?全てが好きとか、適当に言ってんだろ!」

「適当?失礼な!君は人を好きになった事無いのか?」

「気持ち悪いから『君』っていうな!俺は水無月直人!み・な・づ・き・な・お・と!」

⏰:10/05/06 20:17 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#152 [我輩は匿名である]
直人は鳥肌が立ったのか、上腕をさすりながら名乗る。

「水無月?6月の事か!」

「ま、まぁそうだよ、6月の水無月」

「ふむ。じゃあ水無月、君は人を好きになった事は…」

「だから!『君』ゆーな!気持ち悪いから!」

「はっはっは!水無月は面白いな。天然か」

「天然はお前だろアホぉ!!」

直人は勢いで立ち上がる。

ここまでくれば、日本語の意味がわかっているのか不安になってくる。

⏰:10/05/06 20:18 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#153 [我輩は匿名である]
「俺だってなぁ!好きな奴ぐらいいるんだよ!」

直人はそう言い切った。

「じゃあ水無月は、その子のどこが好きなんだ?」

「俺は…」

勢いで話を進めたため、少し悩む。

しかし、自然と頭に飛鳥が思い浮かんだ。

「…俺は、特に、頑張り屋な所、かな」

「頑張り屋?」

「そう、頑張り屋なんだ。…ある人を見返す為に、今一生懸命頑張ってるんだ。

俺はそこが好きなんだ、多分。だから、心の底から応援してるんだ」

⏰:10/05/06 20:18 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#154 [我輩は匿名である]
言ってしまった。直人は言ってから、とても恥ずかしくなった。

本当なのかわからなくて、何だか飛鳥に申し訳なく思う。

「…………それって…」

良介は何故か、ものすごく気持ち悪そうな顔で直人を見る。

「な、何だよその目は」

「だってぇ…水無月の好きな人って…」

直人は「バレてるのかな」と、少しドキドキする。

「月城だろ…?」

⏰:10/05/06 20:19 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#155 [我輩は匿名である]
「俺にそんな趣味ないわぁー!!」

直人は今日1番の大声を出した。

おまけに、その声に重なって、どこかから薫の声もした。

「だって、見返すって僕の事だろ?」

そう言っている良介の後ろを見てみると、柱の影から薫が出て来ている。

「薫!」

「月城!盗み聞きかっ!けしからん奴だ!」

良介はむすっと腕を組んで薫を睨む。

「あのなぁ!俺が好きなのは女だよ!ちゃんとした女!わかったか!?」

「あぁ、どうでも良くなった」

⏰:10/05/06 20:19 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#156 [我輩は匿名である]
「何だとー!?」

良介はどうでもよさそうに適当にあしらって、薫と向き合う。

「それより月城、お前は響子ちゃんのどこが好きなんだ?」

「はぁ…?」

いつも唐突に物を聞いてくる良介に、薫は首をかしげる。

「俺は…そうだな、笑った顔が好きだな」

薫は小さく笑って答えた。

直人も良介も、黙って薫を見つめる。

「…な、何だよ。俺変な事言ったか?」

「いや、なんか意外な答えだったなぁ…と思って」

⏰:10/05/06 20:19 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#157 [我輩は匿名である]
「……“全部”って答えは、おかしいのか?」

良介は納得できなそうに考える。

「…まぁいいんじゃないか?どこが好きかなんて、人それぞれだろ」

薫は少し面倒くさそうに言ってやる。

「そうか!そうだな!お前もたまには良い事言うな!でも響子ちゃんは俺がもらうからな!」

良介はそう言って、笑いながら帰っていった。

嵐が去って、2人は大きくため息を吐く。

まぁ、直人が呼び止めたのが悪かったのだが。

「…つーか、お前いつからいたんだよ?」

⏰:10/05/06 20:20 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#158 [我輩は匿名である]
「『俺だって好きな女ぐらいいるんだよ!』みたいなのが聞こえてから。

なんか出ていくタイミングが掴めなくて、待ってたんだ」

薫は少し呆れ笑いする。

「何だよ…」

直人はだらんとうなだれる。

「さ、帰るか」

「ん」

2人はそう言って帰りはじめた。

⏰:10/05/06 20:20 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#159 [我輩は匿名である]
「あのアメリカン、…うぜぇけど、なんか憎めない奴だよな。…うぜぇけど」

階段を下りながら、直人は言った。

「何で2回言ったんだ」

「とりあえずうぜぇから」

直人は良介とのやり取りを思い出して、顔を引きつらせて笑う。

そう言われて、薫も「確かに…」と頷く。

「…そうなんだよなぁ…。根本から嫌な奴なら、ぶん殴ってでも黙らせるのに。

…あいつ相手だと、そんな気も失せてくるんだよなぁ…」

薫は不満そうに言う。

「…で、お前どうするんだよ?結局点数バトル続けんの?」

⏰:10/05/06 20:21 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#160 [我輩は匿名である]
「……そう、なりそうだな…。

この間の金曜日に、響子と神崎が釘を刺そうとしたらしいけど、ダメだったらしいし」

「…何で神崎まで?」

直人に言われて、薫は内心「しまった」とドキッとした。

『昨日ね、飛鳥ちゃんとお茶しに行ったの。

それで、一昨日その約束してたら、桐生くんが割り込んできたから、一言言おうと思ったんだけど…。

ダメだった。あの子いつからあんなマイペースになったんだろ…』

昨日の日曜日、家に遊びに来た響子が薫に話してくれた。

その時に、飛鳥と奏子が直人に気があるらしい事も聞いたのだった。

⏰:10/05/06 20:21 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#161 [我輩は匿名である]
「(…危ねぇ…口滑らす所だった…)」

例え「遊びに行った」とだけ言っても、「安斎は?」と聞かれたらアウトだ。

「薫?」

靴箱まで来て、白と黒のスニーカーを持つ手を止めて考え込んでいた薫に、直人が声をかける。

「え?あぁ…何か、たまたま神崎がクラスに遊びに来てたからって言ってたけど」

薫は適当に誤魔化す。

「あぁ、あいつ、いつも4組で弁当食ってるもんな」

単純な直人は、薫の適当な話を鵜呑みにして、赤と黒のスニーカーに履き替える。

「(こいつ…素直というか、単純というか…)」

薫は羨ましそうな、呆れたような眼差しで直人を見る。

⏰:10/05/06 20:22 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#162 [我輩は匿名である]
「…さっき言ってたの、やっぱり神崎の事なのか?」
薫も靴を履き替えながら、直人に尋ねた。


「…んー、なんか、そういう話してたら、神崎が思い浮かんでさ」

「…そうか」

薫は口元に指をあてながら考える。

「…でもな、本当に好きなのかどうか、わかんねぇんだよ、まだ」

直人は少し不安そうに言う。

「確かに、あいつの頑張り屋な所は好きだし、応援してやりたいっていつも思ってるけど。

だって俺、まだそんな…誰か好きになった事ないしさぁ…」

直人は歩きながら、ガシガシと頭を掻く。

⏰:10/05/06 20:22 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#163 [我輩は匿名である]
「…まぁ、最初はそんなもんだろ」

「お前もそうだったのか?てか、お前の場合いつの話だよ」

「もう50年近く前のことだな」

薫は笑いながら答える。


「初恋はそうだったな。なーか気になるっていうか…」

「そうそう、そんな感じ!……ん?初恋『は』?じゃあ前の香月には?」

「一目惚れだよ、俺の」

薫はきっぱり断言した。

「そうだったのか!?どこに惚れたんだよ?」

「顔と身長」

⏰:10/05/06 20:22 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#164 [我輩は匿名である]
「身長…?」

直人は「何で?」と首をかしげる。

「何かな、可愛かったんだよ、ちっこくて。

俺175、6pあったけど、今日子は150pなかったぐらい?

よしよししやすい身長だったな」

珍しく、薫の顔が全体的に緩んでいる。

「…お前、惚気だすと止まらなくなるよな」

「たまには惚気させてくれよ」

「まぁいいけどよ…」

⏰:10/05/06 20:23 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#165 [我輩は匿名である]
「彼女が出来たら、直人も絶対惚気ると思うぞ」

そう言われても、自分が惚気る姿なんて全く想像出来ない。

直人は「そうかなぁ…?」と腕を組んだ。

⏰:10/05/06 20:23 📱:N08A3 🆔:6Ieh1kRI


#166 [ま]
>>100-200

⏰:10/05/07 01:45 📱:P04A 🆔:6S1BPj46


#167 [我輩は匿名である]
ホームルームの時間。

「今日は球技大会の競技を決定したいと思いまーす」

体育委員達が前に出て仕切っている。

「こんな時期に球技大会なんかあるのか!」

体育系の直人は、早くもテンションが上がる。

女子と男子が、それぞれ教室の前後に分かれていく。

「こんな時期に球技大会なんかするんだな」

薫も同じように思っていたらしい。

壁にもたれて腕を組んでいる。

「あれか?スポーツの秋だからか?

運動会は何故か1学期だったしな」

⏰:10/05/08 22:43 📱:N08A3 🆔:BuSWAh76


#168 [我輩は匿名である]
言いながら、直人は楽しそうに笑っている。

「薫、お前何出る?」

直人は早速薫に尋ねる。

壁にもたれながら、薫は首をひねる。

「…何があるんだっけ?」

「えっとなぁ」

黒板に貼られた紙を見ると、男子は野球とドッヂボールと書かれている。

「野球だな、俺は」

「やっぱそう来るか。うーん…」

⏰:10/05/08 22:44 📱:N08A3 🆔:BuSWAh76


#169 [我輩は匿名である]
直人はさらに楽しそうに声を上げ、自分も腕を組んで考える。

「…俺、ドッヂがいい!」

「だろうな、お前野球下手だし」

「うるせぇな!」

直人は声を荒げて反論する。

「…お前、昔から野球好きだったよな。何でか知らねぇけど」

「前世の名残じゃないか?」

「名残?」

⏰:10/05/08 22:44 📱:N08A3 🆔:BuSWAh76


#170 [我輩は匿名である]
「霜月優也は小学校から高校まで野球部だった。

だからまぁ、生まれ変わりの俺が受け継いだんじゃないか?」

「へぇ…」

直人は薫を見ながら頷く。

「…要は…何もなかったなぁ…」

「そう…」

薫が返事をし終わる前に、直人が「あ!」と声を上げた。

「何だよ」

「お前、またバトルしようぜ、とか言われるんじゃね?」

⏰:10/05/08 22:45 📱:N08A3 🆔:BuSWAh76


#171 [我輩は匿名である]
「………あぁ…」

薫は鬱陶しそうに壁にへばりつく。

「大丈夫だって!俺が手伝ってやるから!」

直人は元気良く笑う。

薫は「あぁ…」と相づちは打ったものの、どこか浮かない表情で考え込み始めた。

⏰:10/05/08 22:45 📱:N08A3 🆔:BuSWAh76


#172 [我輩は匿名である]
一方、女子たちも順調に事を運んでいた。

女子は男子と違い、ハンドボールとドッヂボールとなっている。

「(…何でバスケでもバレーでもなくて、ドッヂボールなんだろ…?痛々しい…)」

飛鳥は紙を見ながら首をひねる。

「神崎さんは、何がいい?」

女子の体育委員が飛鳥に話し掛ける。

「…私は…」

正直どっちも嫌なのだが、決めなければ話が進まない。

ハンドボールはまだ暑い屋外で走り回らないといけない。

ドッヂボールは走り回らなくていいが、当てられると痛い。

⏰:10/05/10 20:01 📱:N08A3 🆔:OlQ7CTBQ


#173 [我輩は匿名である]
運動があまり好きではない飛鳥にとっては、究極の選択だった。

「………………ドッ、ヂ、ボール、かな」

しばらく迷った末、飛鳥は無理やりドッヂボールと答えた。

日焼けしないだけマシだと思ったらしい。

「りょーかい♪」

体育委員の女子はにっこり笑って、次々とみんなに聞いていく。

飛鳥は大きくため息を吐く。

「(……あいつは、何出るんだろうな…?)」

飛鳥はそんな事を考えながら、薫と話している直人の背中を見た。

⏰:10/05/10 20:01 📱:N08A3 🆔:OlQ7CTBQ


#174 [我輩は匿名である]
帰り道。久しぶりに5人一緒に帰る。

「みんな何に出る事になったー?」

奏子が4人に尋ねる。

「俺ドッヂボール!」

「あー、何かそんな感じするね」

奏子が笑っている横で、飛鳥ははぁっとため息をつく。

「神崎、お前は?」

「…私もドッヂボール」

「いいじゃん、ドッヂボール。何でそんなテンション低いんだよ?」

⏰:10/05/10 20:02 📱:N08A3 🆔:OlQ7CTBQ


#175 [我輩は匿名である]
「スポーツあんまり好きじゃないんだよ」

飛鳥は浮かない顔で答えた。

「ま、野球に比べりゃ簡単だし、楽しめって♪」

「お前がボールをバットに当てられないだけだろ」

『面白くない』と胸を張る直人に、薫は呆れて言い返す。

「薫は?やっぱり野球?」

響子が薫に尋ねる。

「あぁ、野球にした」

「薫らしいね」

「俺の将来の夢は、息子に野球教える事だからな」

⏰:10/05/10 21:10 📱:N08A3 🆔:OlQ7CTBQ


#176 [我輩は匿名である]
2人が穏やかな表情で笑い合うのを、直人達は黙って見つめる。

「それ息子生まれなかったら終わりじゃね?」

「うるさいな、生むんだよ、息子」

薫は横目で、ニヤニヤ笑っている直人を睨む。

「響子は?」

「私は飛鳥と同じドッヂボール」

「えー、ハンドボール選んだの私だけー!?」

後悔したように奏子が声を上げる。

「暑いのによくやるよ」とでも言いたそうに、飛鳥が奏子を見る。

⏰:10/05/10 21:11 📱:N08A3 🆔:OlQ7CTBQ


#177 [我輩は匿名である]
「…ケガするなよ」

「大丈夫よ、外野だから」

心配している薫に、響子は明るく笑い返す。

「ねぇ、私も心配してよ」

2人の様子を見て、何故か奏子は直人の肩をたたく。

飛鳥は少しムッとしながら様子をうかがう。

「はぁ?何で俺がお前の心配しなきゃなんねぇんだよ」

直人は嫌そうに手を振り払う。

「ちぇっ、つまんないの」

奏子はふてくされたようにそっぽを向く。

飛鳥は何故か、ホッと胸を撫で下ろす。

⏰:10/05/10 21:11 📱:N08A3 🆔:OlQ7CTBQ


#178 [我輩は匿名である]
「…ん…?」

薫はたまたま、前の曲がり角から良介が出てくるのを見つけた。

「どうかした?」

「…あれ、アメリカかぶれじゃないか?」

薫が指差す先を、響子たちも見てみる。

「本当だ」

「あいつ、球技大会ではバトル申し込んで来ねぇのかな?」

「忘れてんじゃない?」

直人と奏子は、良介の後ろ姿を見ながら話し合う。

⏰:10/05/10 21:12 📱:N08A3 🆔:OlQ7CTBQ


#179 [我輩は匿名である]
「……申し込んで来ないと思うよ」

響子が少し呆れたように言う。

「何で?」

「桐生くん、運動音痴だから」

「…え、マジで?」

響子からの意外な話に、4人ともきょとんとする。

そして、直人がニヤリと含み笑いをした。

「じゃあ、こっちから仕掛けてやればいいんじゃね?」

「…はぁ?」

薫は「何で」と顔をしかめる。

⏰:10/05/14 11:48 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#180 [我輩は匿名である]
「だってよ、これで勝っとけば1勝1敗だろ?あいつもでけぇ顔できなくなるぞ?」

「まぁそうだけど…」

むしろ彼の事はどうでもいい薫は、乗り気じゃなさそうに返事をする。

「よし、じゃあちょっくら言って来るわ!」

「えっ、ちょ…」

薫や響子が止める間もなく、直人は良介の所へ走っていってしまった。

⏰:10/05/14 11:48 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#181 [我輩は匿名である]
「おい!アメリカン!」

直人は良介の背中を叩く。

「……あぁ、君か」

「君って言うなって言っただろ」

直人は嫌そうに言い返す。
「それよりお前、球技大会では『バトルしようぜ』とか言ってこないのかよ?」

直人はニヤニヤしながら尋ねる。

それを聞いて、良介はギョッとする。

⏰:10/05/14 11:48 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#182 [我輩は匿名である]
「い、いや…あんまり僕が勝ちすぎると、月城が可哀想だから…」

「そんな気遣いいらねぇって」

直人は良介と肩を組む。

「それともあれか?勝つ自信ないとか?」

その一言に、良介は顔をこわばらせる。

「まっさかなぁー?あんだけ薫を見下してたんだから、運動とか出来ないわけ、ないよなぁ〜?」

「あっ、ああ当たり前だろう!!」

良介は意地を張ったのか、言い返してきた。

「受けてたってやるさ!」

「直人、やめとけ」

⏰:10/05/14 11:49 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#183 [我輩は匿名である]
2人の様子を見兼ねたのか、薫がやってきた。

「な、何だよ?」

「おい桐生、お前が出るのは野球か?ドッヂボールか?」

薫は直人の問いには答えず、良介に尋ねる。

「ド、ドッヂボールだけど…」

「え…」

良介の答えに、直人はきょとんとする。

「…競技が違うのに、どうやって戦うんだ?」

薫は不機嫌そうに直人を睨む。

⏰:10/05/14 11:49 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#184 [我輩は匿名である]
「い、いいのかよ?僕を見返したいんじゃないのか?」

良介は少し不思議そうに言ってくる。

「見返すも何も、どうやって勝負するんだって言ってるんだ。

それに、別に弱点突いて勝ったって、面白くないだろ」

薫はあっさり答える。

「それに、例えそれで勝っても、お前納得しないだろ。

そうなったら余計にめんどくさいから、別にしなくていい。

だからさっさと帰れ」

薫は良介にそれだけ言い、背を向ける。

良介は何か言いたそうだったが、そのまま帰っていった。

⏰:10/05/14 12:41 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#185 [我輩は匿名である]
それに見向きもせず、薫は直人に向き合う。

「お前もこんな事に頭を働かすな」

「だってよー」

直人は小さい子どものように頬を膨らませる。

「いいじゃん別に、ねぇ?」

奏子も直人の肩を持つ。

「お前には関係ないだろ」

「そんな言い方しなくていいじゃん」

「ちょっと、やめなよ2人とも」

ピリピリした空気になり始めた2人を、響子が間に入って止める。

⏰:10/05/14 12:41 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#186 [我輩は匿名である]
「だって…」

「奏子、確かに私達関係ないし…」

飛鳥も困ったように奏子に声をかける。

しかし、奏子はムッとしたように飛鳥をにらみ、走って帰ってしまった。

「(…なんか、睨まれた…?)」

飛鳥は少し不安になる。

「…そんなに気を遣わなくても、あいつの事は気にしてないから」

薫はだいぶイライラしているのか、少しきつく直人に言う。

⏰:10/05/14 12:42 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#187 [我輩は匿名である]
「…悪かったよ」

直人はうつむいたまま謝る。

「…もういいよ」

薫はそれだけ言って、黙って家に向かって歩きだす。

「…ごめんね、2人とも」

代わりに響子が直人達に謝って、薫と帰っていった。

直人と一緒に残された飛鳥は、気まずくなって、黙って直人を見る。

「…俺、そんな変な事したのかな?」

いまいち納得できていないのか、直人は首を傾げる。

⏰:10/05/14 22:09 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#188 [我輩は匿名である]
「…他の人に突っ込まれたくない事なんじゃない?月城にとっては」

飛鳥は静かに直人に言う。

「自分でどうにかしたいっていうか、しなきゃいけないっていうか…。

あいつ結構頑固なとこありそうだし、この間負けた悔しさもあるだろうし…。

アレも鬱陶しい性格してるから、余計イライラしてるんじゃない?」

まるで薫の気持ちを見透かしているかのような飛鳥を、直人はぽかんとして見つめる。

「…よくわかるな、そこまで」

「予想だけどね。でも…何となくわかる気がして」

飛鳥は少し苦笑する。

⏰:10/05/14 22:10 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#189 [我輩は匿名である]
「私でも、親の事とかで首突っ込まれすぎたら腹立つだろうし…」

「えっ?じゃあ俺…」

「いや、あんたは元気付けたりしてくれるだけだから怒ったりしないよ。

相談乗ってくれたりするから、むしろ感謝してるっていうか」

飛鳥は素直に直人に言う。

直人は少し照れて、顔を背ける。

⏰:10/05/14 22:10 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#190 [我輩は匿名である]
「……難しいね、友達って」

さっきの奏子の顔を思い出して、飛鳥はぼそっと呟く。

「…お前も何かあったのか?」

「ん?…いや…」

飛鳥は首を振って、「帰ろ」と言って歩きだす。

直人は飛鳥の様子を気にしながら、一緒に帰っていった。

⏰:10/05/14 22:11 📱:N08A3 🆔:oVETaYfQ


#191 [我輩は匿名である]
「響子さぁ…」

何日か経った放課後、奏子は響子にこっそりと尋ねた。

「飛鳥と水無月って、どういう関係だったか知ってる?」

「…えっ?」

全く予想外の質問に、響子はドキッとして、鉛筆を回す手を止める。

「ど…どういう事?」

「飛鳥も本持ってる事、響子知ってたでしょ」

奏子は真剣な顔で問いただす。

響子は少しの間黙る。

⏰:10/05/15 13:11 📱:N08A3 🆔:8G0WEuHs


#192 [我輩は匿名である]
「知ってる」と言っているようなものだが、どう言えば良いのかわからない。

奏子もまだ、響子の言葉を待っている。

「……えぇ知ってたわ」

響子は白状した。

「でも、内容までは知らない」

「…ホントに?」

「本当」

疑ってくる奏子に、響子は断言する。

⏰:10/05/15 13:12 📱:N08A3 🆔:8G0WEuHs


#193 [我輩は匿名である]
「私たちは、自分の本の中の話しかわからない。

まぁ私は、正確には本をもらった者じゃないけどね。

……何でそんな事聞きたいの?」

響子は小さく含み笑いして聞き返す。

今度は奏子が、目を逸らして口を閉ざす。

「…水無月くんの事、気になってる?」

そう聞かれて、奏子はしぶしぶ頷く。

「…そっか」

響子はそれだけ答えた。

⏰:10/05/15 13:12 📱:N08A3 🆔:8G0WEuHs


#194 [我輩は匿名である]
「…響子達見てたらさ、私、適わないのかなぁ…とか思っちゃうんだよね」

奏子は暗い顔で言う。

響子は黙って、彼女の話に耳を傾ける。

「本をもらった子は、みんな深いつながりがあるけど、…私には何もない。

多分、飛鳥も水無月の事好きだと思うんだ。

だから、水無月は飛鳥を選ぶんじゃないか…って思ってさ」

奏子の話に、響子は何も言えなかった。

「そんな事ないよ」と言えば、良介の背中を押す事にもなりうる。

今近くに良介はいないが、響子は机に肘をついて考える。

⏰:10/05/15 13:12 📱:N08A3 🆔:8G0WEuHs


#195 [我輩は匿名である]
「…難しいわね、こういう事を考えだすと」

奏子よりも深刻そうな顔をして、響子はまた鉛筆を回す。

「なーにを考えているんだい?」

響子の背後で声がした。

「誰もあんたの話してないから。どっか行ってくれる?」

響子の後ろにいる良介に、奏子が眉間にしわを寄せて釘を刺す。

しかし、良介は奏子の相手をする気はない。

⏰:10/05/15 18:54 📱:N08A3 🆔:8G0WEuHs


#196 [我輩は匿名である]
「あのCool Boyの相手をするのが難しいって?

いっその事、そろそろ僕に乗り換えたらどうだい?」

「遠慮しておくわ」

「どうやったらそんな風に聞こえるのか教えてくんない?このクレイジー野郎」

ノリノリな良介に、響子も奏子も冷めた目で言い返す。

「あんたは多分、あのクールボーイには勝てないと思うよ?」

「Why?つーか、君発音下手だね」

「ほっとけよ」

奏子は真顔で言い返す。

⏰:10/05/15 18:54 📱:N08A3 🆔:8G0WEuHs


#197 [我輩は匿名である]
「あんた、本の都市伝説聞いたことある?」

「都市伝説?あの男、そんなFantasy信じてるのかい?

バカだなぁー。だから僕に勝てな…」

良介が相変わらず自意識過剰な発言を始めた時、

響子の手元から『バキッ』という変な音がした。

見ると、さっきまで彼女の手の中で回っていた鉛筆が、真っ二つに折れている。

「きょ…」

「響子ちゃん…?」

目を疑っている2人をよそに、響子は折れた鉛筆を見下ろす。

⏰:10/05/15 18:55 📱:N08A3 🆔:8G0WEuHs


#198 [我輩は匿名である]
「……都市伝説、私も信じてるんだけど」

響子は満面の笑みで良介の方を向く。

「えっ?そうなのかい?どんな話?」

良介はコロッと態度を変える。

「(何で今の怖い笑顔を無視できるんだ…?)」

奏子は呆然と良介を見る。

「言わない。話すと長くなるから」

響子はフンと顔を背ける。

⏰:10/05/15 18:55 📱:N08A3 🆔:8G0WEuHs


#199 [我輩は匿名である]
「えっ!?気になるじゃないか!教えてくれよ!」

良介は顔の前で手を合わせて響子に頼み込む。

「…薫へのライバル心を改めてくれるなら、教えてあげる」

響子は少し挑発するような笑みで答える。

「………じゃあいいや」

良介はあっさり諦めて、何故か早足で教室を出ていった。

「……何なの?あいつ」

奏子は鬱陶しそうにため息をつく。

しかし、響子は黙ったまま、ドアの方を見つめていた。

⏰:10/05/15 18:55 📱:N08A3 🆔:8G0WEuHs


#200 [我輩は匿名である]
「おい、月城」

良介は薫の目の前で仁王立ちをする。

眼鏡を拭いていた薫は、早くも迷惑そうな顔でそれを見上げる。

「なんだ?お前、目悪いのか?僕は裸眼だぞ」

「だから何だ」

威張る良介に、薫は短く言い返す。

「…また来てるな、あいつ」

「懲りないね…」

直人と飛鳥は窓際で、2人の様子を見つめる。

⏰:10/05/16 12:35 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#201 [我輩は匿名である]
「いや、目の事は今はどうでもいいんだ!」

「(俺はお前の存在がどうでもいい…)」

大きく首を振っている良介に、薫はため息を吐いて目を逸らす。

「今この辺で、どんな都市伝説がBoomなんだ!?」

「…は…?」

良介に迫られ、薫は首をひねる。

「お前と響子ちゃんがハマっているっていう都市伝説だよ!

響子ちゃんは全く教えてくれないんだ!」

良介はショックを受けた素振りを見せる。

目の前に居座られても目障りな為、薫は口を開いた。

⏰:10/05/16 12:36 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#202 [我輩は匿名である]
「…大きなリュックサックを背負った男が、ある本を『読め』と押しつけてくる。

その本を読み終えると、ほとんどの奴は死んだり、行方不明になったりするって話だ」

薫は要点だけを拾って、簡単に説明した。

「…何で本を読んだだけで死ぬんだ?」

「内容に問題があるんだよ」

薫は眼鏡の汚れを見ながら答える。

「本の中身は、前世の自分の世界。

それも、自分の死ぬところまで見届けなければならない。

…過去の自分の記憶を取り戻せば、精神的に大きなショックを受ける。

そして、自分に対して絶望を感じる者は死を選び、恨む相手がいる者は殺しに行く」

⏰:10/05/16 12:36 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#203 [我輩は匿名である]
「…何なんだ…それは…」

良介は珍しく、真剣に話を聞いている。

「…まぁ、たまに過去の自分の悲劇に打ち勝つ者もいるけどな」

薫は最後に、それだけ付け足した。

「…なかなか興味深いな」

良介は腕を組んで言う。

「要するに、前世の本、って事か。…本当なのか?それは」

「それが原因で人を殺した男が、何ヵ月か前に捕まった。まんざら嘘でもないだろ」

眼鏡をかけ、薫は座ったまま良介を見上げる。

「まぁ本をもらったおかげで、物事が良い方に傾く奴もいるけどな。

今まで見えなかった物が、見えてきたりする奴も」

⏰:10/05/16 12:36 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#204 [我輩は匿名である]
「…そうなのか?」

「ほんの一部の話だ」

薫は小さく笑って、汚れのとれた眼鏡を外してケースに入れる。

「……そういえばさ」

薫達の様子を見ていた飛鳥が、ふと直人の方を向いた。

「ん?」

「あの自称・本屋の男、『代金は前世の奴からもらってる』って言ってたけど…

何の事だったんだろうね?」

飛鳥は首をかしげるが、直人はきょとんとしている。

「…そんな事言ってたっけ?」

⏰:10/05/16 12:37 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#205 [我輩は匿名である]
「忘れたの?まぁ気にならないっちゃ気にならないけど…。

私はちょっと気になってたんだ」

「まぁ…代金ってぐらいだし、金なんじゃねーの?」

直人はあまり考えずに返事をする。

「それじゃおかしい気がするんだ。

だって、私や要は高校生で、月城はサラリーマンだったし、響子も大人だった。

でも、私達みんな本をもらって、同じように前世を思い出した。

本当にお金が代金なら、月城と私達、どう考えても差があるはずでしょ?

私なんか、お小遣いとかほとんどもらってなかったんだから、お金なんてなかった。

だから…お金が代償じゃない気が…」

⏰:10/05/16 12:37 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#206 [我輩は匿名である]
「……お前、たまに難しい話するよな」

「意味わかってる?」

「半分ぐらい…」

頭を抱えてうなだれる直人に、飛鳥は後ろの黒板に何かを書き始めた。

「霜月優也というサラリーマンがいました。

彼は愛する妻の為に、汗水流して働いていました」

そんな話をしながら、飛鳥は黒板に、棒人間を2つ書く。

「で、こっちには長月要と石川晶という高校生がいました。

この2人は、ほとんどお金を持っていませんでした」

飛鳥は少し離れたところに、もう2つ棒人間を書く。

⏰:10/05/16 12:38 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#207 [我輩は匿名である]
直人は近寄り、それを見つめる。

「ある時、この4人は死にました」

「…展開早いな」

「そこはまぁ…。ここから仮説だけど…。

4人は『生まれ変わりたかったら、100万出せ』とおっさんに言われました」

「払えるわけねぇだろ!薫はともかく、俺高校生だぞ!?」

直人は思わず声を荒げる。

「そういう事だよ」

飛鳥は若干呆れたようにチョークを置く。

⏰:10/05/16 12:38 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#208 [我輩は匿名である]
「同じ条件なら、同じ程の代償がないといけない。だからきっと、お金じゃない。

お金なら必ず、月城と私たちの間に差が出来るはずだからね。

だとしたら、私達はみんな、何を渡したんだろうって思って」

「…よくそんな事まで考えたな。そんな事サッパリだったぞ」

直人は感心したように頷く。

「俺は覚えてるぞ」

2人の所に、薫がやって来た。

「あいつは?」

「適当に追い返した」

見ると、もう教室内に良介の姿はない。

⏰:10/05/16 12:38 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#209 [我輩は匿名である]
「…それより、結局代金って何だったの?」

飛鳥は薫に尋ねる。

薫はチョークを手に取り、1人の棒人間の所に書き加える。

「“俺”は、ガンになるまでは風邪1つ引いたことがなかった。

大きな怪我をした事もない。言ってみれば、健康そのものだった」

薫は棒人間の口元に棒を1本加え、そこから緩やかな線を2本引っ張る。

煙草を吸っているように見える。

「…死んでから、“俺”は真っ白い世界で、ある女と会った。

長い銀髪をなびかせた、綺麗な女性だった…」

薫はその時の事を思い出しながら、4人の棒人間の上に、1人の女性の絵を描いた。

⏰:10/05/16 12:39 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#210 [我輩は匿名である]
優也が目を覚ました時、目の前には1人の女性がいた。

ドレスのような真っ白い服に身を包み、穏やかにたたずんでいる銀髪の女性。

「…あなたは…?」

優也は静かに尋ねる。

女性はゆっくりと、口を開いた。

「霜月優也…肺がんに伴う呼吸不全により死去…享年27歳」

女性はそれだけ言って、1度口を閉じた。

優也は眉間にしわを寄せ、女性を見つめる。

「…何故僕の事を?」

⏰:10/05/17 09:20 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#211 [我輩は匿名である]
「…あなたは、生まれ変わりたいと思いますか?」

女性は優也の質問には答えず、逆に問い掛けてくる。

「生まれ変わる…?そんな事…」

「出来ますよ。…それなりの代償を払っていただければ」

「代償…」

優也はその言葉を繰り返す。

「………でも…僕には“代償”に出来る程の物はありません」

少し考えて、優也は弱々しい笑みを見せる。

⏰:10/05/17 09:21 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#212 [我輩は匿名である]
「僕は…自分の一言で、僕のたった一言のせいで妻を死に追いやってしまった…。

大事な人も守れないような男に、そんな資格はありませんよ」

優也の言葉に、しばらく女性は口を閉じていた。

「……その奥様は、あなたをずっと待っていますよ」

女性ははっきりとそう言った。

いつの間にか下向いていた頭を、優也はハッと上げる。

「…今日子が…?」

女性は頷く。

「彼女はもう1度、あなたと会う事を強く望んでいます。あなたとの約束を果たすために」

⏰:10/05/17 09:21 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#213 [我輩は匿名である]
優也は何も言わず、うつむく。

「(今日子…こんな俺でも、まだ傍にいてくれるのか…?)」

今日子を思いながらぎゅっと、体の横で両手を握り締める。

「……僕は…何を差し出せば良いんですか?」

しばらく考えて、優也は顔を上げる。

そう言った彼の瞳に、迷いはなかった。

女性はそれを見て、また少し笑みを浮かべる。

「……では、あなたが自慢に思っている事は何ですか?」

そう聞き返されて、優也は1度目を逸らして考え込む。

⏰:10/05/17 09:22 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#214 [我輩は匿名である]
「……ガンになるまで、1度も病気も怪我もしなかった事、かな?」

「ふふ…そのようですね」

女性はまるで、何もかも分かっているかのように答える。

「…あなたはとても真っ直ぐで、人を恨む事も憎む事もほとんどしない。

私は、あなたのその汚れのない心が欲しい」

女性は言いながら、優也の胸部を指差した。

「(だったら最初からそい言えば良いのに)」

優也は真顔で思った。

⏰:10/05/17 09:23 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#215 [我輩は匿名である]
「…いいですよ、何を失っても」

フッと小さく笑って、優也が答える。

「今日子ともう1度会うためなら、僕はどうなろうと構いません。

病気で何度死にかけようが孤独になろうが、今日子さえいてくれればそれでいい。

彼女の為なら…」

優也は話ながら、両手を大きく広げてニヤリと笑う。

「どんな醜い人間にでもなりましょう」

彼の答えに、女性も同じように笑い返した。

⏰:10/05/17 09:24 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#216 [我輩は匿名である]
「……………っていうやり取りがあって」

薫はチョークでいろいろ描き足す。

直人と飛鳥はそれをまじまじと見つめる。

「…だからお前、毎年インフルエンザかかるんだな」

「つーか、あんた絵下手だね」

2人は声をそろえて薫に言う。

「絵なんか上手くなくても生きていけるから良いんだ」

薫はムッとしたように飛鳥に言い返す。

「つまりその“代償”って、人によって違うかもしれないって事か」

飛鳥はまた腕を組む。

⏰:10/05/20 22:46 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#217 [我輩は匿名である]
「多分な。あの人が誰なのかわからなかったけど…。

ただ、響子は看護師としての知識を全て無くしてるから、それが代償だったんだろう」

「ふぅん…」

「じゃあ俺、何取られたんだろ?」

直人もまた考える。

⏰:10/05/20 22:47 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#218 [我輩は匿名である]
「薫ー帰ろー」

考えたり、黒板を消したりしていると、響子と奏子がやって来た。

「あぁ、ちょっと待って」

「俺たちも帰るか」

「うん」

直人と飛鳥も鞄を肩に掛け、薫と共に教室を出る。

「何の話してたの?」

奏子が3人に尋ねる。

「あぁ、本の事でいろいろな」

直人がポケットに手を入れて答える。

⏰:10/05/20 22:47 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#219 [我輩は匿名である]
奏子は不満そうに「いろいろって?」と聞き直す。

「あ?んー…」

どう言えばいいのかわからず、直人は飛鳥に目をやる。

「なぁ、何だっけ?」

「……何で私に聞くの」

本の所持者だった事を奏子に話していない飛鳥は、逃げるように目を逸らす。

「お前から言い出しただろ?“代金”って何だったんだろうって」

そういう事には全く気が利かない直人は、怪訝そうに言い返す。

それを黙って見ていた奏子が口を開いた。

⏰:10/05/20 22:48 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#220 [我輩は匿名である]
「飛鳥、本の事に詳しいの?」

「え…」

ドキッとして、飛鳥は奏子を見る。

意外にも、奏子の表情は真剣そうで、飛鳥は再び目を逸らした。

「この間言っただろ、神崎も本もらったって…」

何も知らない直人は、ますます不思議そうに奏子に話す。

その直後、飛鳥は直人達には見えないように顔を背け、眉間にしわを寄せた。

「やっぱりそうだったんだぁ!」

そうとは知らず、奏子は驚いたように手をパチンとたたいた。

⏰:10/05/20 22:48 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#221 [我輩は匿名である]
響子は困ったように、薫と目を合わせる。

「何だぁ、何で言ってくれなかったの?

まぁ、何となくそうじゃないかなぁとは思ってたんだけどね」

奏子はポンと、飛鳥の肩に手を置く。

しかし、飛鳥は戸惑い、目を合わそうとしない。

「飛鳥の前世って、どんな感じだったの?すごい気になる!」

奏子は目を輝かせて食い付いてくる。

「どうかしたのか?」

直人は、急におとなしくなった飛鳥の様子が気になって、声をかける。

⏰:10/05/20 22:49 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#222 [我輩は匿名である]
「…ごめん、頭痛いから先に帰る」

飛鳥は苦笑しながら言って、そそくさと走って帰っていってしまった。

直人はわけがわからず、「何だ?」と首をかしげる。

「…大丈夫かな?」

響子が心配する振りをしながら、奏子に声をかける。

奏子は何か考えるような顔で、「うん…」とだけ返事をする。

すると、ポケットに入れていた直人の携帯電話が震えだした。

⏰:10/05/20 22:49 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#223 [我輩は匿名である]
『安斎の前で、神崎の本の事には触れるな』

それだけ書かれた、薫からのメールだった。

「…はぁ?」

直人は思わず、斜め後ろにいる薫に目を向ける。

奏子と響子も、どうしたのかと直人を見る。

薫はその状況を真顔で見回した後、「あ」と声を上げた。

「そういえば、ちょっと直人について来てほしい所があるんだった」

「え?何だよいきなり。お前さっきから…」

「じゃあ、私達先に帰るね」

薫が考えている事が何となくわかったのか、響子はにっこり笑う。

⏰:10/05/20 22:50 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#224 [我輩は匿名である]
直人は2人の意図が全くわからず、薫と響子の顔を交互に見る。

「あぁ、悪いな。また明日」

手を振る響子に、薫も手を振り返す。

そして、小声で「ちょっと来い」と言って直人の腕を掴む。

「えっ、ちょっ…」

薫に引っ張られ、足がもつれて転びそうになる。

曲がり角の影まで来て、薫はやっと手を離した。

「何だよ!?」

自分だけ何もわかっていない気がして、直人は苛立ったように薫に詰め寄る。

⏰:10/05/20 22:50 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#225 [我輩は匿名である]
薫は呆れたように、髪をかきあげながらため息を吐く。

「…神崎は、安斎に知られたくないんだよ。…自分の前世の事を」

「はぁ?」

直人は少し落ち着いて、薫の顔を見る。

「何でだよ?あいつら友達だろ?」

「友達でも、話したくない事ぐらいある」

「そうだけど…」

薫は困ったように、肩を落としてポケットに手を入れる。

「…お前、安斎と神崎見ていて、何も思わないのか?」

⏰:10/05/24 07:54 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#226 [我輩は匿名である]
「何もって…別に何も」

直人は検討もつかず、首をひねる。

鈍感すぎる直人の面倒に疲れて、薫は手を出し、その場にしゃがみこむ。

「もうお前見てると疲れて仕方ねぇよ…」

薫にここまで言われてしまい、直人は何だか恥ずかしくなってきた。

「だから、何だよ!?ハッキリ言えよ!!」

直人はしびれを切らして声を荒げる。

それを聞いて、薫は勢いよく立ち上がった。

「じゃあ言ってやるよ!この鈍感野郎!!」

⏰:10/05/24 07:56 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#227 [我輩は匿名である]
いきなり大声を出されて、直人はぎょっとする。

「な、何がだよ!?俺は別に…」

「お前が鈍感じゃないなら、どういう奴が鈍感なんだ!?

お前がちゃんと分かってたら、神崎もあんな変な帰り方せずに済んだのに!」

「あ、あいつが帰ったのは頭痛ぇからだろ!?」

「そこが鈍感だって言ってんだよ!

あんなあからさまに逃げるような帰り方で、頭痛なわけないだろ!!

わからないならもう喋るな!!」

「何だとこの野郎!!」

直人はカッとなって、薫に掴み掛かる。

⏰:10/05/24 07:56 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#228 [我輩は匿名である]
「本当の事だろう!?もうちょっと人の顔色とか気にしたらどうなんだ!」

同様に、薫も直人を睨み付けながら、彼の手を振り払う。

「してんだろうが!!」

「お前の『してる』は、やってるうちに入らねぇんだよ!」

「じゃあお前は出来てんのかよ!?

いつも何でも知ってるような、涼しい顔しやがって!!」

「お前よりは出来てるだろうなぁ!お前みたいなバカと一緒にするな!」

薫の一言に、直人はもう我慢できなくなった。

固く握り締めていた拳を、薫めがけて振り下ろした。

⏰:10/05/24 07:56 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#229 [ま]
>>150-250

⏰:10/05/27 07:51 📱:P04A 🆔:yEI3oh4M


#230 [我輩は匿名である]
一方、飛鳥は1度も足を緩めないまま、家に飛び込んだ。

大きな音を立てて玄関のドアを閉め、そこにもたれかかる。

かなり息が上がっている。

「(……聞き流せたら良かったのに…)」

うつむきながら、そんな事を考える。

自分にもっと余裕があれば、こんな怪しまれる帰り方をしなくて良かったのに。

「(…響子なら…もっと上手く誤魔化せるんだろうな…)」

自分の不器用さが悔しくなる。

「もうちょっと静かに帰ってきてくれる?」

目の前で声がした。

⏰:10/05/27 22:06 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#231 [我輩は匿名である]
顔を上げて見てみると、1歳年下の弟・巧(たくみ)が、

見下すような笑みを浮かべて立っている。

「巧…」

「何?その顔。いじめられた?」

気取ったように笑う弟に、飛鳥はムッとして睨み返す。

「まっ、出来損ないなんだから、いじめられても仕方ないよね。

家でも全く相手にされてないんだから、当然じゃない?

でも、だからってドアに八つ当たりしないでくれる?迷惑だから」

⏰:10/05/27 22:06 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#232 [我輩は匿名である]
「何…」

「悪いけど、出来損ないの相手してやる暇ないから」

飛鳥が言い返す前に、巧は意地悪い笑みを浮かべて、自分の部屋に入っていった。

飛鳥は黙ったまま、巧が去っていった方向をじっと見つめる。

あんな生意気な弟に言い返す事すら出来ない。

確かに家の中では、空気のような存在でいる自分。

飛鳥は靴を脱ぎ捨て、自分の部屋に足を動かす。

⏰:10/05/27 22:06 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#233 [我輩は匿名である]
部屋に入ってドアを閉め、その場に座り込む。

誰かと話したくても、携帯電話も持っていない。

自分はどこまでダメな人間なんだろう。

そう思うと涙が出てきて、飛鳥は1人、そこで静かに泣いた。

⏰:10/05/27 22:07 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#234 [我輩は匿名である]
次の日、直人は頬に湿布や絆創膏を貼って登校した。

多分、薫も同じような顔で来るのだろう。

あの後薫と殴り合いになってしまい、仲直りもせずに帰ってきたのだった。

「(…確かにあいつ程頭良くねぇし、ちょーっと空気読めないかもしれねぇけど)」

まだ納得がいかず、直人はムスッとする。

「おはよっ♪」

たまたま後ろにいた奏子が、直人の背中をたたいた。

「…おう」

「えっ、何その顔!?」

直人の顔を見て、奏子が驚いて声を上げる。

⏰:10/05/28 21:53 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#235 [我輩は匿名である]
事情を話すのがめんどくさくて、直人は「別に」と吐き捨てた。

「何なに!?事件!?警察行った!?」

「っせぇな、朝っぱらから。喧嘩だよ喧嘩!薫とやり合っただけ!」

直人はイライラし、口調を強くして答える。

「あらぁー、ドンマイ♪」

奏子は少しつまらなそうな顔をして、また直人の肩をたたいた。

『神崎と安斎を見ていて、何も思わないのか』

薫のあの一言は、今でもわからない。

考えながら、直人はじっと奏子を見てみる。

⏰:10/05/28 21:54 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#236 [我輩は匿名である]
「まぁー、あの子ちょっと気難しそうだもんね。

たまにはいいんじゃないの?喧嘩ぐらい」

奏子は明るく、そんな事を言って笑っている。

「………何?何か嫌な事言った?」

直人に見られているのがわかったのか、奏子が尋ねてくる。

が、構わず直人は奏子を見つめ続ける。

「………………やっぱ何もねぇよなぁ…」

しばらく見た後、直人はため息をついて目を逸らした。

彼が何をしたいのかわからず、奏子も首をかしげる。

お互いいろいろ考えながら校舎に入る。

⏰:10/05/28 21:54 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#237 [我輩は匿名である]
「…あ」

直人は嫌そうに声を上げる。

靴箱では、一足先に着いていた薫たちが靴を履き替えていた。

直人の声を聞いて、薫と響子がこっちを向く。

薫もやはり、直人のように顔に湿布等を貼っている。

しかし薫は、ちらっと直人を見た後、無言で視線を外した。

「さっさと履き替えて行けよ。俺が靴履けないだろ」

「知るか。一生そこで待ってろ」

「何ぃ!?」

顔を見るなり、直人と薫は睨み合う。

⏰:10/05/28 21:54 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#238 [我輩は匿名である]
「あんまり調子乗んなよ、もやしっ子のくせに」

「誰がもやしだ!どうみても人間だろ!」

「もやしじゃねぇかよ!インフルエンザで死にかけた事あるくせに!」

「いつの話だ!!」

「2人ともやめなさい!こんな所でみっともない!!」

2人のくだらない言い合いを見兼ねて、響子がまるで母親のような言い方で割って入った。

響子に叱られて、直人と薫は肩をすくめて黙り込む。

「…響子、行くぞ」

薫は響子を引きつれて、さっさと階段を上がっていった。

⏰:10/05/28 21:55 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#239 [我輩は匿名である]
「おはよう…」

それと同時に、今度は飛鳥がやってきた。

「あっ飛鳥、おはよ」

「…よぉ」

2人も返事を返す。

飛鳥は奏子と同じように、直人を見るなり目をぱちくりさせた。

「…どうしたの、その顔」

「…ちょっとな」

直人はため息をつきながら、それだけ答える。

その間に、奏子は自分の靴を履き替えに行った。

⏰:10/05/28 21:55 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#240 [我輩は匿名である]
「………今日、時間ある?」

飛鳥がぼそっと、直人に声をかける。

直人はスニーカーを持つ手を止めて、きょとんとする。

「どうしたんだよ?」

「………いろいろあってさ。…あんたに聞いてほしくて」

飛鳥の顔は、何だか疲れているように見える。

直人はそれを見ながら、また昨日の薫の話を思い出す。

「(…俺が本の事バラしたからかな…?…説教か…?)」

「…無理そうならいいよ」

飛鳥は少し笑う。

⏰:10/05/28 21:56 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#241 [我輩は匿名である]
「いや!聞くよ!俺で良ければ!つーか俺のせいだし!」

直人は慌てて返事をする。

その慌てっぷりが理解できないのか、飛鳥は首をかしげる。

「どーせ今日は薫と飯食わないだろうし」

「…何で?」

「喧嘩したから♪」

靴を履き替えてきた奏子が、直人と飛鳥の間に入ってきた。

「……顔の怪我って、それで?」

「まぁな。殴り合いとかしたの、小学校以来かも」

「え、まだやった事あったの!?」

⏰:10/05/28 21:56 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#242 [我輩は匿名である]
「(男って大変だなぁ…)」

傷だらけの直人の顔を見ながら、飛鳥はしみじみ思った。

「じゃあ…」

階段を上りながら、直人は飛鳥に言葉をかけようとする。

しかし、ふとある事を考えて止めた。

「(…こいつら、一緒に飯食ってるんだよな…。

って事は…今神崎を誘えば、何か怪しまれたりするかな?

本の話するなって薫も言ってたしな…)」

「どうかしたー?」

何かを言い掛け止めた直人に、奏子が問い掛ける。

⏰:10/05/28 21:56 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#243 [我輩は匿名である]
飛鳥はじっと、直人の方を見つめる。

「…いや、やっぱいいや」

「そう?何か変なの」

「ほっとけ」

そんな事を言っているうちに、教室のドアの前に着いた。

「じゃあな」

直人と飛鳥は奏子に手を振り、教室に入る。

「今日、一緒に飯食おうぜ」

奏子と別れてすぐ、直人は飛鳥に笑いかけた。

突然の事に、飛鳥は「へ?」と聞き返す。

⏰:10/05/28 21:57 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#244 [我輩は匿名である]
「いろいろあんだろ?飯食いながら、全部聞いてやるよ」

直人はニッと笑って飛鳥を誘う。

飛鳥はちょっと間ぽかんとしていたが、笑って「うん!」と大きく頷いた。

⏰:10/05/28 21:59 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#245 [我輩は匿名である]
4限目終了のチャイムが鳴る。

直人は弁当箱を手に、飛鳥の席に行く。

「ここうるせぇから、屋上にでも行くか」

「ん?うん、行こ」

飛鳥も同意して、買ってきた弁当が入ったコンビニ袋を持って立ち上がる。

そして、直人について教室を出た。

「(……2人でご飯とか…なんか緊張するなぁ…)」

誘ったのは自分だが、改めて考えると恥ずかしい。

飛鳥はちょっと顔を赤らめる。

そんな事には全く気付かず、直人は屋上のドアを開ける。

⏰:10/05/28 21:59 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#246 [我輩は匿名である]
「さーて…」

直人は少し歩く速さを緩めながら、どこがいいか考える。

「……あ」

2人一緒に声を上げる。

屋上のフェンス越しにくっついて昼食を摂っている男女。

視線を感じたのか、男の方が振り向いた。

「やっぱりお前か!」

直人は一瞬で不機嫌そうな顔をして声を上げる。

それを見て、振り向いた薫も眉間にしわを寄せ、隣にいた響子も振り向いた。

⏰:10/05/28 21:59 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#247 [我輩は匿名である]
「ついて来るな!」

「別について来たんじゃねぇよ!黙れもやし!」

直人と薫は、距離を置いてまた睨み合う。

が、それを妨げるように飛鳥の腹が鳴った。

「…ごめん」

飛鳥は恥ずかしくて下を向く。

「…いや。…適当に座って食うか」

直人はそう言って、薫達とは離れたところに腰を下ろした。

「いただきまーす」

2人は声をそろえて手を合わせ、弁当箱を開ける。

⏰:10/05/28 22:00 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#248 [我輩は匿名である]
「そういえば、安斎はどうしたんだ?」

薫はコーヒー牛乳片手に響子に尋ねる。

「飛鳥ちゃんも食べないって聞いてたから、他の子と食べてって言っといた」

「そうか」

薫はそう返事をして、ストローに口をつける。

「でも珍しいね、あの2人がご飯一緒に食べてるのって」

直人達の様子を見ながら、響子が少し笑う。

が、薫は返事せずに黙々と弁当を食べている。

「……もう、無視しないでよ」

響子は小さく笑って、ピタッと薫にくっつく。

⏰:10/05/28 22:00 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#249 [我輩は匿名である]
「……悪い」

薫は箸を咥えて、響子の頭を撫でる。

「嫌味かあいつ…あんなにイチャつきやがって…」

2人の様子を見ながら、直人は怒りを込めて箸を握る。

「……そもそも何でそんな殴り合いになったわけ?」
飛鳥はコンビニ弁当をつつきながら尋ねる。

「…あいつがさ、俺が空気読めてないだの、鈍感だのって言うから……」

「………キレたの?」

飛鳥の問いに、直人は黙って頷く。

⏰:10/05/28 22:01 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#250 [我輩は匿名である]
「(しょーもなっ!!)」

飛鳥は心の中で叫ぶ。

が、よく考えてみれば、発端は自分かもしれない。

「……その喧嘩って…私のせい…?」

飛鳥は手を止めて呟く。

思いもよらぬ問いに、直人はきょとんとする。

「いや、別に…」

確かに、飛鳥が先に帰った事から喧嘩が始まったとも思えるが、飛鳥のせいではない。

「俺の方こそ、悪かったな。勝手に本の事バラして…。俺そういう事にはかなり鈍感だか…」

直人はそこまで言って、自分で気がついて一瞬黙る。

⏰:10/05/28 22:02 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#251 [我輩は匿名である]
そして勢い良く薫がいる方を向いて、こう叫んだ。

「どーせ俺は鈍感だよ!もやし野郎!!」

「やっとわかったか!だったらいきなり殴った事さっさと俺に謝れ!!」

薫もこっちを向いて、大声で返事をする。

「悪かったな!」

「2度と人殴るんじゃねぇぞ!」

「おう!」

⏰:10/05/28 22:04 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#252 [我輩は匿名である]
「(何だこいつら…)」

これだけで仲直りになるのかと、飛鳥は呆れ気味に直人達を見る。

「良かったね、仲直り出来て」

響子はにっこり笑って薫に言う。

それを見て、薫も「あぁ」と、いつものように笑い返した。

⏰:10/05/28 22:04 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#253 [我輩は匿名である]
「…なんかわかんないけど、仲直り出来て良かったね」

「おう!俺達はいつもこんなもんだ」

直人はニッと元気に笑って答える。

飛鳥も笑い返すが、どこか元気がない。

「…あ、ごめん、何だっけ?」

「あぁ…」

飛鳥はどこから話せばいいかわからず、黙り込んでしまった。

どうすればいいか直人もわからず、頭を抱える。

「と、とりあえずさぁ、何で安斎に本の話したくないのか聞いていいか?」

沈黙が耐えきれないタイプの直人は、何とか話を続けようと尋ねてみる。

⏰:10/05/28 22:05 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#254 [我輩は匿名である]
「……わかんない」

「はぁ?」

飛鳥の答えに、直人は間の抜けた声を出す。

「わかんねぇのかよ…」

「えっ、いや、わかるよ?わかってるけど…」

直人の前で答えるような事ではない。飛鳥はそれを考えていた。

「なんか…前世の事を知られたくないっていうか…。自殺したからってのもあるけど…」

もちろん理由はこれよりも深いものがあるが、直人に言うには十分だと思った。

「まぁ、言っちまえばお前の黒歴史だもんな」

⏰:10/05/28 22:05 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#255 [我輩は匿名である]
「黒歴史っていうな!」

もっと良い言い方があるだろうと、飛鳥は思わず言い返す。

「…………昨日さ」

しばらくして、飛鳥はやっと話を始めた。

「弟に嫌味言われて、私…何も言い返せなかったんだ。

『出来損ない』とか、『いじめられて当然』とか言われたけど、

私には…あいつに勝てるものなんか何もないし…」

「はあぁぁ!!?」

飛鳥の話に、直人はキレて声を上げる。

明らかにキレた彼の声に、薫達も驚いて振り返る。

⏰:10/05/28 22:06 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#256 [我輩は匿名である]
「出来損ない!?いじめられて当然!?ふざけんじゃねーぞクソ餓鬼が!!

…でも、俺は何も言い返さなかったお前にも腹が立つ!!」

直人は怒鳴りながら飛鳥を指差す。

「出来損ないだから何だ!?そんな事こっちだってわかってんだよ!!」

「な…っ」

出来損ないだと認められてしまい、飛鳥もカチンときたらしい。

「あんたどっちの味方なんだよ!?」

「てめぇに決まってんだろ!」

直人はきっぱりと言い張った。

その答えに、飛鳥はハッとして口を閉じる。

⏰:10/05/28 22:06 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#257 [我輩は匿名である]
「友達いないわ、人の話は聞かないわ、道路に飛び出すわ、

たった1人の頼れる男が死んだら、後を追って自殺するわ、

ついでに妊婦も道連れにするわ…。

そんな奴が出来損ないじゃなかったら、誰が出来損ないだっつーんだよ!?

俺がいつもお前の世話焼いたりしてんのはなぁ!

お前にもうあんな事してほしくないからだよ!

晶みたいに誰も信じれないまま死んだりしないで、

いろんな奴といっぱい笑ったりして、楽しく生きていてほしいからだよ!!

つーか!こーゆー話、あの時もしただろ!!何回も言わすなアホ!!」

息もつかずに怒鳴り続けて、直人は息を切らす。

⏰:10/05/28 22:07 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#258 [我輩は匿名である]
意外と迫力があった直人の説教に、飛鳥はただただぽかんとする。

同じように、薫と響子もじっと直人の話を聞いていた。

「お…お前…」

直人は若干汗をかきながら話を続ける。

「餓鬼に嫌味言われたぐらいで…何しょげてんだよ…。

今までも散々無視されたり…嫌味言われたらしてたんだろ…。

お前だって、この間まで家族見返すって…張り切ってたじゃねぇか…」

直人の言葉に、飛鳥は少しうつむく。

確かに直人の言う通りだった。

⏰:10/05/28 22:07 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#259 [我輩は匿名である]
「…お前…他に何かあったんじゃねぇのか…?」

一息ついて、直人はまた弁当の中身を口に運びだした。

飛鳥は「うーん…」と、曖昧な返事をする。

奏子とちょっとややこしい事になっているが、直人に言えるはずがない。

「…ちょっとさ、いろいろあって」

「やっぱりまだあったのかよ」

直人は不満そうにため息をつく。

「何だよ?言ってみ」

「……やだ」

「何で」

「……あんたに言えるような話じゃないから」

⏰:10/05/28 22:07 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#260 [我輩は匿名である]
飛鳥は戸惑い気味に答える。

しかし、そういう言い方をされると気になってしまう直人。

「何だよ!気になるじゃねぇか!」と問い詰めてきた。

「言えないっつったら言えないんだよ!」

「何なんだよもう!」

「まぁまぁ落ち着いて」

ポンと肩を叩かれ、直人は「はぁん?」と不機嫌そうに振り向く。

いつの間にか、響子と薫が真後ろにいた。

⏰:10/05/28 22:08 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#261 [我輩は匿名である]
「うわっ、何だよお前ら!」

「そんなに問いつめたら、飛鳥ちゃん可哀相でしょ」

響子は怒ったように直人に言う。

「そんな事言われたって…」

「女の子にはねぇ、男よりもいろいろ大変な悩みがあるの。

それがわかってないと、そのうち嫌われちゃうよ?」

響子に諭され、直人は不服そうに黙る。

「薫はわかんのかよ?そーゆー女心」

「…なんとなーく」

いくら薫でも、そこまではさすがに自信はない。

⏰:10/05/28 22:08 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#262 [我輩は匿名である]
直人は「ふぅん」とだけ返事を返す。

「まぁ、あれだ。ここから先はガールズトークってやつだよ」

薫はその場に腰を下ろしながら言った。

まぁ直人にはわからないだろうけど、と思いながら。

「なんか、女ってめんどくせぇな」

直人は頭の後ろに手を組んでため息をつく。

その横で、響子は飛鳥に耳打ちする。

「何かあったら、いつでも言いなよ。大体は奏子ちゃんの事でしょ?」

「…うん」

「悩みはね、人に話したら大体すっきりするものよ。ね?薫」

⏰:10/05/28 22:09 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#263 [我輩は匿名である]
「ん?あぁ…」

「どう考えても、悩みはため込むタイプだろ、お前」

「……まぁ、どっちかっていうとな」

「だめよ、ため込むだけため込んでると、そのうち…」

「大丈夫だよ、ハゲるまでは悩まないから」

「まだその話引っ張ってんのかよ」

「え、あんたハゲるの?」

「あーあ、クールな性格が台無しだな」

「誰がハゲるって断定したんだ」

好き放題言い出した2人を薫が睨む。

隣では、そのやり取りを見ながら響子が笑っている。

⏰:10/05/28 22:09 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#264 [我輩は匿名である]
「(…………ふぅん…)」

屋上のドアの隙間から、奏子が4人のやりとりを見つめていた。

最初は盗み見するつもりではなかったのだが、

急に直人が飛鳥に向かって怒鳴りだしたため、出ていくタイミングを失ってしまったのだ。

今の4人の会話は遠くて聞き取れないが、怒鳴っていた直人の言葉だけは聞こえていた。

「(……飛鳥の前世…自殺だったって事か…。

しかも、なんか水無月の前世の人と仲良かったみたいだし…)」

奏子は暗い顔で考え込む。

直人が『もうあんな事してほしくない』と言っている所を見ると、

かなり深い関係があったようだ。

⏰:10/05/28 22:09 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#265 [我輩は匿名である]
その上、『ついでに妊婦も道連れに』という発言も引っ掛かる。

以前、直人が響子に『飛び降り自殺に巻き込まれて死んだんだろ?』と言っていた。

『巻き込んだ』のが飛鳥だったとしたら、話が噛み合ってくる。

「(…まさか…そんな出来すぎた話…)」

あるわけない。そう思いたかった。

しかしそれ以前に、前世だの過去に行くだの、ありえない話が起きている。

こうなれば、飛鳥と響子の関係だって、ありえない事もない。

「(………あーっ、止めよ!考えるのめんどい!)」

奏子は疑問を振り払うように首を振る。

そして、再度4人の様子をうかがった後、階段を降りていった。

⏰:10/05/28 22:10 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#266 [我輩は匿名である]
そして、待ちに待った月曜日。

「おっしゃー!!優勝するぞこらー!!」

「おー!!」

男子体育委員の掛け声に、クラス全員が奮起する。

「(野球する薫の姿が見れるのかぁ…♪)」

響子は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「(水無月にいいとこ見せないとね!)」

奏子は奏子で、担任の話を聞きながらそんな事を考えていた。

「(……球技大会か…早く終わらないかな…)」

飛鳥だけは、ため息をついていた。

⏰:10/05/28 22:11 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#267 [我輩は匿名である]
5人の中で、出番が1番早いのは薫だった。

ルールでは、野球部以外の選手相手には、ピッチャーは本気で投げてはいけないらしい。

「ちっ…本気で投げてこないのか…」

ジャンケンで負けて1番バッターになってしまった薫は、

つまらなそうに小さく舌打ちをする。

「月城ー!男を見せろー!」

「フィアンセが見てるぞー!!」

「いいとこ見せなきゃアメリカンに取られるぞこらー!!」

「(…うるせぇなぁ…)」

クラスメート達の変な声援にムッとしながら、薫はバットを構える。

⏰:10/05/28 22:11 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#268 [我輩は匿名である]
「おー、構えはやっぱり慣れてる感じあるな」

「優也の野球歴なめないほうがいいわよ」

フェンスごしに、直人達も薫を見ている。

相手は2年生で、ピッチャーもボールを構える。

そして、下から軽くボールを投げてきた。

「(…ちょろいな)」

薫はにやっと笑い、思いっきりバットを振る。

その直後、カキーンという快音が運動場に響き渡り、ボールは外野の頭を軽々飛び越えていった。

1発目から出たホームランに、相手チームもチームメイトも、ギャラリーでさえぽかんとする。

⏰:10/05/28 22:12 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#269 [我輩は匿名である]
その間に、薫は涼しい顔で塁を回っていく。

2塁を回ったらへんで、ギャラリーから一斉に声が上がった。

歓声と、早くも絶望感の込もった2種類の声が。

「月城ー!お前は神だー!!」

ホームに戻るなり、チームメイト全員が薫に駆け寄ってきた。

「まぐれだろ、多分」

全くまぐれではないのだが、薫は笑いながら言った。

「薫ー」

名前を呼んで大きく手を振る響子。

それが届いたのか、薫が4人の方を向き、手を振り返してきた。

⏰:10/05/28 22:12 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#270 [我輩は匿名である]
「すげー!すげーなあいつ!!」

直人は興奮して声を上げる。

「言ったでしょ?」

「…すごい…」

「あんなの打てるんなら、野球部入れば良かったのにね」

「入らないわよ、坊主にしないといけないもん。薫が坊主なんて、絶対許さない…」

「(……たまに出るこの怖い笑顔は何なんだ…?)」

奏子の疑問に笑顔で答える響子に、直人と飛鳥は何故か鳥肌が立った。

その後、薫はバッターボックスに入る毎にヒットやホームランを打ち続け、

第1試合は13対5で終わった。

⏰:10/05/28 22:13 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#271 [我輩は匿名である]
次の出番は奏子のハンドボール。

運動が好きな奏子は、コート中を駆け回り、ディフェンスも振り切ってゴールに突っ込み続ける。

「あいつもすげーな」

直人は意外そうに笑う。

「本当だね。まぁ、運動は得意そうだけど」

飛鳥もボーッと奏子の動きを見ながら頷く。

「…あんたは、やっぱりスポーツ好きな子が好き?」

何気なくそう聞かれて、直人は「へ?」と飛鳥に目を向ける。

「んー…まぁ、どっちでもいいけどな。別に好きな女のタイプとかないし」

⏰:10/05/28 22:13 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#272 [我輩は匿名である]
「そうなの?」

「んー」

直人は髪をいじりながら頷く。

「根暗かヤンキーとか…やたら貢がせる女とかじゃなかったら、どんな女でも」

「…ふぅん、そっか」

飛鳥はちょっと笑って返事をした。

「(……何でいきなりそんな事聞いてきたんだろ?こいつ)」

直人はまだ少しぽかんとして飛鳥を見ている。

「(こいつはやっぱ、要みたいな、のんきでちょっと弱々しいけどしっかりしてる奴が好きなのか?)」

今までの要の事を思い出しながら、直人はぼけーっと考える。

⏰:10/05/28 22:13 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#273 [我輩は匿名である]
晶に告白した時の事、デートの時の事、晶ともめた時の事…。

よくよく考えてみると、頼れるのか頼りないのかよくわからない性格だった要。

言いたい事をなかなか言いだせない要に、イライラした時も多かった気がする。

「……いや、俺の方がいい男だったな」

思わず声に出して言ってしまった。

「何の話?」と、飛鳥が怪訝そうな目でこっちを見てくる。

「いや、要と俺だと、どっちがいい男かって話」

「1人で何バカな事考えてんの?」

「バカとはなんだよ!」

「どう見てもバカだろ!いきなり『俺の方がいい男だ』とか言っちゃって!」

⏰:10/05/28 22:14 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#274 [我輩は匿名である]
「じゃあお前はどっちがいい!?」

「私は…!!」

そこまで来て、2人は言い合うのをやめた。

言い争いの内容が、何だか恥ずかしくなってきたらしい。

「…わりぃ、今考えるとかなりしょーもないな」

「…そうだね、やめとこ」

2人はそれぞれ違う方向を見ながら言った。

「(…なんか楽しそうに喋ってるなぁ…)」

たまたま、奏子の目が直人達に向いた。

結局試合には8対4で勝ったのだが、奏子には直人達のことの方が気になっていた。

⏰:10/05/28 22:14 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#275 [我輩は匿名である]
「さっき何喋ってたの?」

体育館に移動している間に、奏子が直人に尋ねてきた。

試合時間が迫っていたため、響子は先に体育館に入って準備をしている。

飛鳥と薫が、無言で顔を見合わせる。

「…本の話か?」

薫が小声で、奏子に聞こえないように飛鳥に尋ねる。

飛鳥は無言で頷く。

「何喋ってたって…」

直人は首をかしげながら考える。

「(…要とかの話だったな…。本の話はしない方がいいって言ってたし…)」

⏰:10/05/28 22:15 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#276 [我輩は匿名である]
奏子は「聞いてるー?」と、顔を覗き込んでくる。

飛鳥と薫は、奏子に気付かれないように横目で直人を見つめる。

「…何だったか忘れたわ」

直人は笑って奏子に答えた。

その答えに、飛鳥と薫がホッとして、再び目を見合わせる。

「えー、結構楽しそうに喋ってたじゃなーい」

「まぁ、忘れるぐらいのしょーもない話だったんだろ」

「ま、直人の話はいつもしょーもないからな」

薫は直人を見ながら小さく笑う。

しかし、奏子はどこか不満そうな顔で黙り込んだ。

⏰:10/05/28 22:15 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#277 [我輩は匿名である]
飛鳥は少し困ったように、奏子の表情を見る。

「おっ、いたいた」

直人は響子を見付け、指差す。

4人は響子の近くに腰を下ろす。

「ケガするなよ」

「大丈夫だって」

外野だから、と、響子はにっこり笑う。

「心配性だなぁ、お前」

「仕方ないだろ、心配なものは心配なんだ」

薫は開き直ったように言い返す。

⏰:10/05/28 22:15 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#278 [我輩は匿名である]
すると、ブザーが鳴って試合が始まった。

響子のクラスが、ジャンプボールでボールを取る。

いかにもスポーツ好きそうな女子が、大きく腕を回してボールを投げた。

しかし、誰にも当たる事なく、外野の響子に向かって一直線に飛んでいく。

薫達が『危ない』と思うと同時に、バチーンという大きな音がした。

4人はハラハラして響子を見つめる。

響子は顔の目の前で、飛んできたボールをキャッチしていた。

ニヤリと口元に笑みを浮かべ、ボールを構える。

そして、同じように足を開いて、思いっきりボールを投げた。

⏰:10/05/28 22:16 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#279 [我輩は匿名である]
ボコン!と音がして、相手チームの1人の女子が倒れこむ。

「(あ…当てた…)」

予想外の事に、直人と飛鳥は呆然とする。

「か…薫、お前の嫁ってあんな強かったか!?」

「みたいだな」

薫は何だか嬉しそうに笑って返事をする。

「薫!今の見た!?」

響子は試合そっちのけで薫に声をかける。

「あぁ、見たよ。格好良かった」

⏰:10/05/28 22:16 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#280 [我輩は匿名である]
「(いや、怖かった…)」

「(絶対この夫婦おかしいよ…)」

ボールを投げる時の響子の顔を思い出し、直人と飛鳥は視線を落とす。

しかし結局、響子のクラスは1回戦敗退となった。

⏰:10/05/28 22:17 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#281 [我輩は匿名である]
「よっしゃあ!行くぜ!」

直人は気合いを入れるように声を出す。

飛鳥と試合時間がかぶってしまい、残りの3人は両方が見える位置に腰を下ろす。

「……あぁ!?」

相手チームの1人を見て、直人は目を丸くした。

相手は1年5組。良介のクラスだったのだ。

「はっ!君は!あの負け犬の友達!」

「だぁかぁら!君って言うな!負け犬って言うな!!」

直人はムカッとしながら大声で言い返す。

「今日は絶対!お前を負かしてやるからな!」

⏰:10/05/28 22:17 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#282 [我輩は匿名である]
「で、出来るならやってみろっ!」

整列しながら、直人と良介は睨み合う。

「…相手にしなきゃいいのに…」

薫はあぐらをかいて、膝の上に肘をついてため息を吐く。

「できないんでしょ、水無月くんはあなたと違って、そんなタイプじゃないもの」

「まぁな…」

響子と薫は呆れたように少し笑う。

直人達は礼をし、コートに散らばる。

1番背が高いチームメイトが、ジャンプボールでボールを取り合う。

と同時に、試合開始のブザーが鳴った。

⏰:10/05/28 22:18 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#283 [我輩は匿名である]
直人は飛んできたボールを掴み取り、勢い良く良介目がけて投げつける。

「…あんなに目の敵にしなくても…」

投げるボールが全て良介に向けられているのに気付いた薫が、呆れたように呟く。

「私は逆に、何であいつを気にしないでいれるのかが不思議なんだけど」

奏子が薫に言った。

「……考えたくねぇんだよ、ああいう奴の事は」

薫は少しムスッとして言う。

「何も知らないくせに出しゃばって来やがって…。目障りなんだよ…」

直人の攻撃を交わしている良介をイライラした表情で見ながら、

薫が声を低くしてボソッと言ったのを聞いて、響子は不安そうに彼を見つめる。

⏰:10/05/28 22:19 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#284 [我輩は匿名である]
「あーっ!ムカつく!!さっさと当たって外野行けよ!」

「うるさい!僕ばっかり狙うな!!」

「黙れ!一発ぐらい当てとかないと気が済まねぇんだ!!」

直人と良介は、言い合いながら必死に攻防を続ける。

クラスメイト達も何人かは動くのを止め、笑いながらその様子を眺めている。

「…なんか、引き分けで終わりそうだね」

奏子が響子に話し掛ける。

しかし、響子は暗い顔で「うん」と頷くだけだった。

⏰:10/05/28 22:19 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#285 [我輩は匿名である]
「どうかした?」

「…ううん、何でもない」

響子は笑って首を振る。

薫もじっと、響子を見つめる。

「大丈夫か?なんか元気ないけど」

「ん?うん、大丈夫だよ。眠たくなってきただけ」

響子はそう言って試合に目をやる。

しかし、薫は知っていた。

『眠くなってきた』というのは、長谷部今日子が悩んでいる時、

それを隠そうと誤魔化すのに使っていた決まり文句だという事を。

⏰:10/05/28 22:20 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#286 [我輩は匿名である]
時間が経つのは早かった。

結局直人は良介にボールをぶつける事が出来ず、引き分けとなってしまった。

引き分けの場合、ジャンケンで勝敗を決める事になっている。

「水無月、お前責任とって勝ってこいよ」

クラスメイト達は口をそろえて直人に言う。

「負けても文句言うなよ」

「言うに決まってんだろ!!」

早くも逃げ腰な直人に、クラスメイトが怒鳴り付ける。

⏰:10/05/28 22:20 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#287 [我輩は匿名である]
一方4組も同じ状況だった。

「なんで僕なんだ!」

「お前がさっさと当たってやらねぇからだろ!

お前が当てられてりゃ、事が運んで勝ってたかもしれねぇのに!」

4組のクラスメイトは良介に詰め寄る。

良介は嫌そうにしているが、クラスメイトが「早く行け!」と背中を押した。

その先には直人が待っている。

「またてめぇかよ!」

ジャンケンの相手まで良介。

自分でまいた種ながら、直人はうんざりして怒鳴り付ける。

⏰:10/05/28 22:20 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#288 [我輩は匿名である]
「君が僕を当てるのにこだわるからだろ!本当、いい迷惑だよ!」

「こっちはお前の存在が迷惑なんだよ!!」

「お前達!さっさとしろ!」

係の教師に怒られ、2人はしぶしぶ黙る。

「…しょうもない…」

先に試合を黒星で終えていた飛鳥が、奏子の横で呆れたように呟く。

「応援してあげなよー、同じクラスじゃん」

「どっちでもいいよ、私球技大会好きじゃないし」

飛鳥は「早く終わらないか」と、それしか考えていないらしい。

奏子は少し怪訝そうに飛鳥を見つめる。

⏰:10/05/28 22:21 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#289 [我輩は匿名である]
「……何か悩んでるだろ」

その横で、薫がぼそっと響子に声をかける。

「え?」

「お前の『眠たいだけ』ほど信用できないものはないからな」

薫は小さく笑う。

それを見てホッとしたのか、響子も安堵の笑みを浮かべる。

「…悩んでたけど、どうでも良くなった」

「そうか?まぁ、何かあったら言えよ」

「うん」

響子は頷いて、薫の肩にもたれ掛かる。

⏰:10/05/28 22:21 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#290 [我輩は匿名である]
「あいつ…僕の前で響子ちゃんといちゃつきやがって…!」

「いいからジャンケンするぞ!終わんねぇだろ!」

悔しそうに薫を見る良介に、直人はまた声を荒げる。

「じゃーんけーん」

直人の声に合わせて、2人は手を出す。

直人はパー、良介はチョキ。

一瞬、コート内がしーんと静まり返った。

「水無月ー!!!」

8組の男子たちが、一斉に直人に殴りかかる。

逆に、4組の男子達は両手を上げて喜びの声を上げる。

⏰:10/05/28 22:21 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#291 [我輩は匿名である]
「あーあ…」

クラスメイトに追い掛けられる直人の情けない姿に、奏子がため息をつく。

「……バレーとドッヂが消えたか…」

薫は腕を組んで考える。

「ハンドも負けたらしいよ」

飛鳥が薫に言う。

薫は「はぁ…?」と、自分のクラスの弱さに呆れ返る。

「か…薫、助けてくれよー!」

走るのに疲れた直人は、薫の後ろに座り込む。

「お前が余計な事するからだろ」

薫は自業自得だ、と突き放す。

⏰:10/05/28 22:22 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#292 [我輩は匿名である]
「響子ちゃん!見たかい!?僕の華麗なチョキを!」

同時に、良介は嬉しそうに響子の手を握る。

「おい…」

薫は目を光らせ、良介の手を振りほどく。

「てめぇ誰に断って響子の手ぇ握ってんだ…?」

「ふん、何故わざわざ君に断らないといけないんだ?」

良介も負けじと言い返す。

睨み合う2人が怖くなって、直人は四つんばいで移動し、飛鳥の隣に座った。

「はぁ、疲れた」

「お疲れ、なんかダサかったみたいだね」

⏰:10/05/28 22:22 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#293 [我輩は匿名である]
飛鳥はしれっと直人をからかう。

「っせぇな!お前はどうだったんだよ!?」

「負けた」

「人の事言えねぇじゃねーか!!」

汗だくのまま、直人は飛鳥に言い返す。

「あいつの事はほっときなよ、月城が自分で何とかするよ」

飛鳥はめんどくさそうに忠告する。

「いいじゃん、別に」

そう食い付いたのは、直人ではなく奏子だった。

「それだけ友達思いって事じゃん?ね、水無月」

⏰:10/05/28 22:22 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#294 [我輩は匿名である]
「(……最近やたら水無月の肩持つな…)」

直人の事を好きだとはいえ、見ていて少し腹が立つ。

飛鳥もムッとし、目を逸らす。

「なんだよ、お前。いじけてんのか?」

相変わらず鈍感な直人は、笑って飛鳥の肩を叩く。

「い、いじけるわけないだろ!?何で私が!」

「お前、前からいじけやすい性格だったし」

直人は言い切ってからハッとする。

うっかり晶の事を差す話をしてしまった。

直人は「ごめん」と言いたそうに、飛鳥に視線を送る。

⏰:10/05/28 22:23 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#295 [我輩は匿名である]
「ばか!」

飛鳥もそれに気付き、直人の肩を拳でたたく。

「痛っ!」

「お前のそういう鈍感すぎる所、いい加減どうにかなんないわけ!?」

「だから、ごめんって!」

ギャーギャー言い合う直人達を、奏子はじっと見つめる。

「(『前から』って…どういう意味だろ…?)」

そんな事を考えながら。

⏰:10/05/28 22:23 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#296 [我輩は匿名である]
その後、野球の2回戦の時間になり、直人達は運動場に移動する。

8組は既に野球しか生き残っていないため、クラスメイトは全員観戦にまわってきている。

「(要するに、8組は全員俺に賭けてるって事だな)」

バッターボックスに入り、薫はふと考える。

野球の中でも、変に注目を浴びてしまった。

「(……いいじゃないか、こういうプレッシャーも)」

薫はニヤッと、不敵な笑みを浮かべる。

「(…怖い…)」

薫の様子を見て、ピッチャーは少し怯える。

そして、丸腰のままボールを投げた。

⏰:10/05/28 22:24 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#297 [我輩は匿名である]
しかし、そのボールは案の定、自分の頭を高々と越えて飛んでいった。

「よく打つねぇ…」

ボールを追い掛けていく外野の生徒達を見ながら、飛鳥が声を漏らす。

「あんたとは大違いだね」

「うっせぇな!」

未だにからかってくる飛鳥に、直人は大声を上げる。

しかし、少しして真面目な顔で飛鳥に言った。

「…悪かったな、さっき口滑らせて」

自分から謝るのは照れ臭くて、直人は少し下を向く。

奏子もハンドボール2回戦でコートに入っているため、この場にいない。

⏰:10/05/28 22:24 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#298 [我輩は匿名である]
「え?何か言った?」

飛鳥は耳をたてて直人に聞き直す。

また言わなければいけないのかと、直人はちょっと顔を赤らめる。

「1回で聞けよ!!」

「だって周りがうるさくて聞こえないもん!!」

薫のホームランへの歓声にかき消されて聞こえなかったらしい。

「だから!悪かったなって!さっき安斎の前であの話して!」

直人はちょっと顔を赤くしながら、再度飛鳥に謝る。

今度はちゃんと聞き取って、飛鳥はフッと小さく笑った。

⏰:10/05/28 22:25 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#299 [我輩は匿名である]
「いいよ!そんなの!」

飛鳥も大声で返事する。

「ありがとな!」

「どういたしまして!」

2人は言いながら笑い合う。

⏰:10/05/28 22:25 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#300 [我輩は匿名である]
少しずつ、歓声がおさまってきた。

「…お前、晶の時から運動嫌いだっけ?」

奏子がいないのを確認して、直人は飛鳥に尋ねる。

「うん、あんまり好きじゃなかった」

飛鳥は頷く。

「そのわりには走るの速かったじゃん。あの…お前に付きまとってた奴から逃げる時」

「…あぁ、美代ね。ウザかったな…あいつ」

「つーか、あいつが元凶だしな」

美代の事を思い出し、2人はどんよりとした表情でうつむく。

⏰:10/05/28 22:26 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#301 [我輩は匿名である]
「……でもまぁ」

飛鳥が顔を上げて言う。

「あいつが邪魔して来なかったら、今あたし達ここにいないんだよね。

…変な言い方だけど、おかげで目が覚めたっていうか」

「…何から?」

「………いろいろ!」

上手く説明出来なくて、飛鳥は短く答えた。

⏰:10/06/01 20:17 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#302 [我輩は匿名である]
ろくに友達も作れない性格だった自分。

それを親に捨てられたからだと言って逃げていた自分。

要がいないと生きていられなかった、未熟な自分。

そんな自分に、さよなら出来た。

飛鳥はそう考え、少し笑う。

彼女が何を考えているのかわからず、直人は首を傾げる。

「…ま、何かわかんねぇけど、吹っ切れたんなら良かったな」

考えるのが嫌いな直人は、ニッと笑う。

飛鳥も「うん」と頷く。

⏰:10/06/01 20:18 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#303 [我輩は匿名である]
「弟は?何も言ってきてないか?」

「うん、あれからは何も」

「そっか。また嫌み言われたら言えよ。怒鳴り込みに言ってやるから」

「ははっ。あんたってたまに頼もしいよな」

「俺が頼もしいのはいつもの事だろ」

「それはないね」

「はぁん!?」

「青春ねぇ〜♪」

飛鳥の隣にいた響子が、2人のやりとりを見てやっと口を開いた。

⏰:10/06/01 20:18 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#304 [我輩は匿名である]
「お前いたのかよっ!」

「失礼ね、最初からいたわよ。ねぇ?」

「うん。喋らないなぁとは思ってたけど」

飛鳥は苦笑して頷く。

「だって、2人の世界に入っちゃってるから…邪魔しちゃいけないでしょ?」

響子はにっこり笑う。

『2人の世界』と言われて、直人と飛鳥は何だか恥ずかしくなって、

お互い顔を赤くして目を逸らす。

「(…両想いにしか見えないのに、何で2人とも気付かないんだろ…?)」

2人の様子を、響子は少しもどかしく思いながら見つめる。

⏰:10/06/01 20:19 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#305 [我輩は匿名である]
「で、試合どうなってんだ?」

直人は話を変えて、試合に目を向ける。

「薫のおかげで圧勝よ」

響子は笑顔でそう言いながら得点板を指差す。

4回裏で10対3という点差。

といっても、9回までやっていると終わらないので、5回裏で終わるルールなのだが。

「…すごいね、あいつ天才じゃない?」

「そりゃ、子どもに野球教えるんだって張り切ってるぐらいだからね」

3人はそれぞれ話ながら、バット片手にクラスメイトと喋っている薫を見る。

⏰:10/06/01 20:19 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#306 [我輩は匿名である]
「負けた負けたー!」

3人が黙っていると、試合を終えた奏子がやってきた。

「なんだ、みんなこっち見てたんだ」

奏子はつまらなそうに口を尖らせる。

「だってハンドボール好きじゃねーし」

直人は眉間にしわを寄せて言い返す。

すると、ちょうど野球の試合も終わったらしく、男子たちが整列している。

「…次って準決勝か?」

「そうみたいだね」

直人に聞かれ、飛鳥は頷く。

⏰:10/06/01 20:19 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#307 [我輩は匿名である]
「んー、見飽きてきたな…」

割と飽きっぽい直人は、腕を組んで呟く。

「俺、茶飲んでくるわ」

「あっ、私も行く!」

教室に向かう直人に付いて、奏子も走りだした。

「…行かなくて良いの?」

響子は飛鳥に尋ねるが、飛鳥はけろっとしている。

「だって、私今日お茶持ってきてないし」

「あ、そう…」

意外とあっさりしている飛鳥に、響子は「いいのかな、それで」と思いながらため息を吐いた。

⏰:10/06/01 20:20 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#308 [我輩は匿名である]
一方直人達は、靴を履き替えるのが面倒なので、靴下で教室に向かっていた。

「…なんかさ」

階段を上る途中、奏子が口を開いた。

直人は歩きながら「何?」とだけ返事する。

「最近、あんまり学校楽しくないんだよね…私」

奏子はいきなり、そんな話を始めた。

いつも元気な奏子がそんな事を言ったため、直人はきょとんとして足を止める。

「どうしたんだよ?いきなり」

「…ほら、私だけ都市伝説の本もらってないじゃん?だから響子達の話に入れなくて」

奏子は苦笑いして言う。

⏰:10/06/04 08:41 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#309 [我輩は匿名である]
「あ、2人とも私の前でそんな話しないよ?

しないけど…5人でいる時とかにそんな話になったりするじゃん?

それで、ちょっと…ね」

「あぁ…」

直人は「確かにな」と頭を抱える。

「悪かったな、そういうの気付いてやれなくて」

「…えっ?いや、気付いてほしかったわけじゃ…」

急に謝られて、奏子は慌てて否定する。

しかし、直人は勝手に「そうだよな」と話を進める。

⏰:10/06/04 08:42 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#310 [我輩は匿名である]
「なんつーか、話してると勝手にそっちの話になっちまうんだよ。

でも、前世の記憶なんか無い方が良いぞ?」

「何で?」

「…なんか、それに縛られてる感じがするっていうか。

…俺は、な。薫達はあった方がいいのかもしれねぇけど」

直人は髪を触りながら首をかしげる。

「ふぅん…。いろいろあるんだね、みんな」

「そりゃな。神崎はどうなのかわかんねぇけど…。

あぁ、でもあいつにはあった方がいいかもな」

直人は本の話の内容はしないようにと心がけながら話す。

⏰:10/06/04 08:42 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#311 [我輩は匿名である]
「…やっぱ、あんたと飛鳥って関係あったんだね」

奏子は、かまをかけるように直人を見る。

「…まぁ、あるっちゃあるけど」

直人は曖昧な返事をして、逃げるように階段を上り始める。

「(やべぇな…何かポロッと言っちまいそうだ…)」

困り果てて髪をぐしゃぐしゃにしながら、直人は自分の教室に入る。

「(さっさと茶飲んで、神崎達の所に行こ…)」

ペットボトルの茶を飲みながら、運動場を見てみる。

薫達はさっきの試合に引き続き、準決勝の試合に入っている。

「(……前世の記憶が無かったら、みんなどうなってたのかな…?)」

⏰:10/06/04 08:42 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#312 [我輩は匿名である]
運動場にいる3人を見ながら、直人は考える。

「(香月は前、『前世の記憶が無くても、薫を好きになったかも』って言ってたな。

でも、薫に前世の記憶が無かったら…なんか、想像できないな)」

直人よりも前から前世の事を知っていた薫。

直人にとって、薫はある意味先輩のようなもの。

その薫に前世の記憶が無かったら、なんて考えられない。

「(…生まれ変わる為に、あんな腹黒いもやしになったんだよな。

だったら、前世の記憶を持って生まれてこなかったら…

もっと明るくて、毎年インフルエンザにかからない丈夫な奴だったのか?

……明るくて元気な薫とか…気持ち悪いな…)」

⏰:10/06/04 08:43 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#313 [我輩は匿名である]
奏子のような性格の薫を想像してみると、なんだか寒気がした。

「(…薫の事考えるのはやめよ。

神崎は…神崎はどうなるんだろ?もっと平和な育ち方したのか?

…いや、もしかしたら、もっと引きこもりになってたかも……)」

有り得る。考えながら自分で頷く。

窓際でボーッとしている直人を、奏子は「何してるんだろう?」と眺める。

「(つーか、俺達は何を代償にされたんだろ?

薫は心と健康な身体…。薫の前世って…どんな奴だったんだろ…。

……いやいや、それは今どうでもいい。香月や俺、神崎は…何を取られたんだろ?)」

手摺りに肘をついて、直人は首をひねる。

⏰:10/06/04 08:43 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#314 [我輩は匿名である]
「(なんだったんだろうなぁ…?今の…)」

運動場に向かいながら、直人はポケットに手を突っ込みながら考える。

「さっき、何考えてたの?あんた」

奏子が不思議そうに尋ねてくる。

窓際で、黄昏るような雰囲気で外を眺めていた直人。

いつもとは違うその様子が、奏子は気になっていたらしい。

「あ?いや…まぁいろいろな」

直人はそう言ってはぐらかす。

本の事について聞かれるのも、だんだんめんどくさくなってきた。

奏子は「いろいろ?」と、不満そうに直人を見ている。

⏰:10/06/06 13:49 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#315 [我輩は匿名である]
「そう。いろいろあるんだよ、俺にだって」

はぁっとため息をつきながら、少し歩くスピードを速める。

これ以上聞かれると、めんどくさくて全部話してしまいたくなる。

でも、飛鳥はそれを拒んでいる。

直人はもう、運動場まで走っていきたい気持ちでいっぱいだったが、

そこまであからさまな素振りはしたくない。

奏子と2人きりになる事に、変なプレッシャーを感じるなんて、思っていなかった。

奏子も、直人が考えている事が何となくわかったのか、それ以上何も聞こうとはしなかった。

⏰:10/06/06 13:49 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#316 [我輩は匿名である]
「あっ、おかえりー」

運動場に戻ってきて、響子たちが声をかける。

「おぅ、ただいま」

直人はホッとした気持ちで返事をし、響子と飛鳥の間に割って入る。

「何も余計な事喋らなかった?」

響子がにっこり笑って、ボソッと直人に尋ねる。

「何も喋ってねーよ」

直人はまた、大きくため息をつく。

飛鳥はそれをじっと見つめる。

「ねー、試合どうなってんの?」

⏰:10/06/06 13:50 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#317 [我輩は匿名である]
飛鳥の隣に来た奏子が、飛鳥の肩をトントンとたたく。

「…勝ってるみたいだよ、ほら」

飛鳥は得点板を指差す。

得点は3対2。

準決勝らしく接戦になっているが、何故か負ける気配はない。

「……やっぱ野球の神様なんじゃない?あの子」

「野球に限らず神様よ」

「それお前の中だけな」

「(…早く終わらないかなぁ…)」

薫の雄姿にうっとりしている響子に突っ込む直人の横で、飛鳥はつまらなそうに得点板を見つめる。

⏰:10/06/06 13:51 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#318 [我輩は匿名である]
「……神様、か」

奏子がふと呟いた。

「何て?」

何を言ったのか聞き取れず、飛鳥が奏子の方を向く。

「……神様ってさ、本当にいるのかな?」

奏子は意外にも真剣そうな表情で、そんな事を言いだした。

飛鳥はただきょとんとしている。

「……どうしたの?急に」

「…さぁ?何だろうね。何か、何となくそう思ってさ」

自分でもよくわからなかったのか、奏子は苦笑する。

⏰:10/06/06 13:51 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#319 [我輩は匿名である]
「でも…何で私だけ、前世の本もらえないのかなぁって思う時があるんだよね。

…なんか、資格とかいるのかなぁー…とか」

奏子の話に、飛鳥は首をかしげる。

「……どうなんだろうね」

言いながら、飛鳥も考えた。

自分はきっと、未練があった。だから代金を支払って“生まれ変わる”事が出来た。

響子と薫の場合は“約束”を果たす為。

ここまでは、皆前世に未練があったと一括りに出来る。

しかし、直人だけはそうではない気がしたのだ。

要には今日子のように、魂だけになってもこの世に留まる力などなかったはずだ。

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#320 [我輩は匿名である]
現に、直人の本は、要が死ぬところで話は終わっていた。

晶を助けた後、まさか晶が後を追って自殺したなんて知るはずもないし、

要の事だから、「俺がいなくても幸せになってくれるだろう」なんて事を考えてもおかしくない。

要の性格などから考えても、未練を残す事はあまり考えられないのだ。

だったらなぜ、直人はあの本をもらう事になったのだろう?

飛鳥はそれが気になっていた。

「……また何か難しい事考えてんのかよ?」

飛鳥が黙って眉間にしわを寄せて考え込んでいるのを見て、直人が声をかける。

「……奏子と、本をもらう条件って何なんだろうって話してたんだ」

飛鳥は顔を上げて答える。

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#321 [我輩は匿名である]
「またそんなめんどくせー話…」

直人はげんなりしたように肩を落とす。

「そんなの、この世に未練があった人だけでしょ」

響子があっさりと答える。

「そうも思ったんだけどさ、じゃあこいつは何で本もらえたんだろ?

未練とか、そういうの考える暇がないまま死んだじゃん?」

奏子が横にいるのも忘れ、飛鳥は直人を指差す。

響子や奏子は、じーっと直人を見る。

「……まぁ、確かにねぇ」

「事故って死んだんだっけ?あんた」

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#322 [我輩は匿名である]
「あ?あぁ…」

3人から見られて、直人は困ったように後ずさる。

「……ど、どうでもいいじん、そんな事」

「まぁ、どうでもいいと言えばどうでもいいけどね」

飛鳥ほど気にはならないらしく、響子はそう言って試合に目を向ける。

「…あら、いつの間にか終わってたみたいね」

響子に言われて、3人もそっちに目をやる。

薫たちの対戦相手だった生徒達が引きあげると同時に、決勝戦で戦うチームが入ってきている。

体操服の色からして、3年生のようだ。

「おい、そこの」

左肩にコールドスプレーを吹き掛けていた薫に、大将らしい生徒が話し掛ける。

⏰:10/06/06 13:53 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#323 [我輩は匿名である]
「…はい」

背後から話し掛けられて、薫は振り向く。

「(……こいつ、野球部のキャプテンだった奴か)」

高校総体の壮行会の時に見たことがあった。

「お前、あんな速さの球ばっかり打ってて楽しいか?」

この夏までキャプテンだったその男子が薫に言う。

「どういう意味ですか」と、薫は首をかしげる。

「あんな、誰にでも打てる球しか相手に出来なくて、つまらなくないか?

どこで経験積んだのか知らねぇけど、結構良い腕してるみたいだしよ。

……ちょっと、本気で投げてみてぇなって思ったわけ」

⏰:10/06/06 13:53 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#324 [我輩は匿名である]
元キャプテンは、少し笑ってそう言った。

薫は少し考える。そんなに簡単にルール変更できるのだろうか?と。

しかし、フッと笑い返して薫は言った。

「…確かに、正直面白くないな、とは思ってたんですよ。

12年も野球やってたんだし、本気出せるんなら出したいですね」

「(12年…?こいつ、いつから野球やってんだ…?)」

元キャプテンは少々疑問に思いながらも、薫の返事に笑みを浮かべた。

「じゃあ、やるんだな?」

「えぇ、受けて立ちましょう」

⏰:10/06/06 13:54 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#325 [我輩は匿名である]
「……何だ?あいつ」

「喧嘩でも売られてるんじゃないの?」

2人が何を話しているのかわからず、直人達は遠くからそれを見つめている。

「………あの人さぁ」

黙って薫の話し相手を見ていた奏子が口を開く。

「知ってんの?奏子」

「この間まで野球部キャプテンだった、ピッチャーの人じゃない?」

奏子の言葉に、3人は一瞬きょとんとする。

「…マジで!?」

「じゃあ絶対喧嘩じゃん。『お前調子乗んなよ』…みたいな」

⏰:10/06/06 13:54 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#326 [我輩は匿名である]
直人と飛鳥は奏子と話し合う。

が、響子はじーっと、審判と話している薫達を見つめる。

しばらくして、グラウンド中にアナウンスが流れた。

『野球の決勝試合では、一部の生徒のみ、

“スローボールしか投げてはいけない”というルールから除外される事になりました』

「…はぁ…?」

直人は思わず首をかしげる。

同時に、ギャラリーも「何事か」とざわつき始めた。

「何だ?どういう事だ?」

「ようするに、手加減抜きで投げてくるって事じゃないの?」

⏰:10/06/06 13:55 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#327 [我輩は匿名である]
「えっ!?そんなん有りかよ!?

あいつキャプテンなんだろ?ピッチャーなんだろ!?ヤバいじゃん!!」

「年上の人の事『あいつ』とか言わない」

ギャーギャー騒ぐ直人の横で、飛鳥が冷静に言い返す。

「でも、薫も結構やる気みたいよ」

ほら、と、響子は薫を指差す。

⏰:10/06/06 13:56 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#328 [我輩は匿名である]
「…ギャラリーがうるさいな。本当にいいんだな?」

投げる前に、元キャプテンが薫に呼び掛ける。

「いいですよ。思いっきり投げて下さい」

薫も、元キャプテンに届くように、少し声を大きくして答えた。

元キャプテンは笑って、地面を踏みしめてボールを構える。

そして、大きく肩を回して、キャッチャー目がけて思いっきりボールを投げた。

パァン!という音がして、ボールがキャッチャーのグローブにあたる。

薫はバットを振る素振りを見せず、キャッチャーに捕まれたボールを横目で見る。

「…手が出なかったか?ストレートだぞ」

ボールをピッチャーに返しながら、キャッチャーが薫に言う。

⏰:10/06/06 13:57 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#329 [我輩は匿名である]
「……速いですね。125km/hってとこですか?」

「………はっ、見てただけかよ」

薫の表情を見て、キャッチャーは呆れたように笑う。

ピッチャーはまた、ボールを構え、投げてくる。

薫は飛んでくるボールを目で追い、勢いよくバットを振った。

カン!と音がして、ボールがバットに当たる。

しかし、ボールはラインの外に転がっていった。

「……ファールか」

薫は小さく舌打ちをして構え直す。

⏰:10/06/06 13:57 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#330 [我輩は匿名である]
「おい…勝てんのかよ?」

直人達はハラハラしながら薫を見つめる。

「お前、薫が負けたら絶対あのピッチャー殺しに行くだろ」

「どうでもいいわ、ピッチャーなんて」

直人に言われて、響子はきっぱりと答える。

「野球に燃える薫、かっこいい…♪」

「…燃えてんの?あれ」

「燃えてるじゃない!」

「わかんねーよ!!」

直人が響子に言い返した瞬間、再びバットの快音が響き渡った。

⏰:10/06/06 13:58 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#331 [我輩は匿名である]
ギャラリーが声を上げる中、4人はそろって視線を戻す。

ボールが二塁と三塁の間を抜けている間に、薫は一塁まで走る。

「おー!すげぇ!!」

「かっこいい薫ー!!!」

「(延長戦とかなったら嫌だなー…)」

興奮している3人を尻目に、ボールがくる前に一塁に着いた薫は、右手で左肩をさする。

⏰:10/06/06 13:59 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#332 [我輩は匿名である]
「(……さすがに、使いすぎると違和感あるな…)」

骨折から2〜3ヶ月経ち、リハビリも終えているが、やはりまだ少し違和感を感じる左鎖骨。

さっきから感じていたのだが、今のバッティングで増強した気がするらしい。

「(…あんまり振らない方がいいな…。次はバントでいくか…?

でもランナーがいないと意味ないし…)」

そう考えている間に、仲間達が次々にアウトを取られていく。

⏰:10/06/08 17:09 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#333 [我輩は匿名である]
「(………ホームランでも打たない限り、勝てそうもないな。

また痛めると響子が心配するだろうし、今回は無理しないでおくか…)」

ちょっとつまらないが、仕方がない。

薫は小さくため息をつきながら、空振り3振するクラスメイト達を見ていた。

結局、3回裏が終わって0対3。おまけにノーランナーでツーアウト。

「(……ここで打たなきゃ終わりだな…)」

バットを構えながら、薫は肩を落とす。

ここでつなげないと、おそらく5回に自分の打席は回ってこない。

⏰:10/06/08 17:09 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#334 [我輩は匿名である]
「……大変だな、頑張ってんのによ」

「支えるのが1人じゃ勝てませんよ」

薫は苦笑してキャッチャーに言う。

ピッチャーは大きく振りかぶって、ボールを投げてくる。

打てる。

そう思ったが、薫はバットを持つ手を動かさず、

ボールはキャッチャーのグローブに吸い込まれるようにおさまった。

⏰:10/06/08 17:09 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#335 [我輩は匿名である]
「(……速いな…。あの時この骨折ってなかったら、楽に打てるんだろうが…)」

「諦めたのか?」

キャッチャーが尋ねてくる。

「……いえ、ちょっと」

薫は短く答え、再びバットを構える。

痛みは感じないが、あまり使いたくない。

1回のスウィングに賭けるか、諦めるか、それとも…。

⏰:10/06/08 17:10 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#336 [我輩は匿名である]
「(くそ…あの大橋とか言う女…見かけたらバットで殴り殺してやるのに…)」

薫が骨折する原因である女子生徒・大橋怜奈は、事件後退学処分となっている。

久しぶりに彼女の事を思い出し、薫は不機嫌そうにピッチャーを見つめる。

「(……なんだ?いきなりキレてるような顔して…)」

ピッチャーは薫に睨まれているような気がしつつも構える。

「……やっぱりキャプテンは格が違いますね」

薫はボソッと呟く。

「ん?」

「…あと1年遅く生まれてくれたら、もう1回勝負出来てたのにな」

⏰:10/06/08 17:10 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#337 [我輩は匿名である]
何を考えているのかと、キャプテンはきょとんとする。

ピッチャーが球を投げてくる。

が、薫はまたもバットを振らず、ストライクボールを見送った。

「何やってんだ?あいつ!やる気あんのかよ!?」

フェンスを掴み、直人が声を荒げる。

しかし、響子は無言のまま薫を見つめる。

⏰:10/06/08 17:10 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#338 [我輩は匿名である]
「どうしたんだ?やる気失せたか?」

急に打たなくなった薫に、ピッチャーがたまらず声をかける。

「やる気はありますよ、身体がついてこないだけで」

薫は一旦バットを下ろして答える。

「(…怪我でもしたのか?)」

ピッチャーは思いながら、薫の身体を見るが、一見異常なさそうに見える。

「…代打出すか?」

「ははっ、冗談止めて下さいよ」

薫は笑いながら、再びバットを構える。

⏰:10/06/08 17:11 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#339 [我輩は匿名である]
「俺の野球姿を見て喜んでる奴がいるんでね。死んでも代打なんか出しませんから」

ピッチャーもキャッチャーも、一瞬ぽかんとして薫を見る。

しかし、ピッチャーはニッと笑い、「いいだろう」とボールを構える。

「へっ、彼女かよ」

キャッチャーも皮肉をこめた笑みを浮かべる。

「…まぁ、そんなところですかね」

投げるモーションに入っているピッチャーを見ながら薫は言う。

その直後、ピッチャーがボールを投げた。

⏰:10/06/08 17:12 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#340 [我輩は匿名である]
クラスメイト達は、祈るような気持ちで薫を見つめる。

しかし、薫はバットを振る瞬間、左手を離した。

「ちょっ、お前…!」

びっくりして、キャッチャーが思わず声を漏らす。

薫は右手だけで金属バットを振ったのだ。

ボールは見事にバットに当たり、右手首に痛みが走る。

そのまま無理矢理打ち飛ばしたボールは、まっすぐ飛んでいく。

⏰:10/06/08 17:13 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#341 [我輩は匿名である]
ピッチャーが手を伸ばせば、充分に届く距離に。

パシッという音を立てて、ピッチャーのグローブがボールを掴む。

ギャラリーも選手達も、息を呑んでそれを見つめていた。

「アウト!チェンジ!」

審判の声が響き渡る。

相手チームの外野たちが、もう試合が終わったかのように、はしゃぎながら走ってくる。

⏰:10/06/08 17:13 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#342 [我輩は匿名である]
「はぁ…」

薫はため息をついて、左手にバットを持ちかえながらベンチに戻る。

「悪い。捻挫したから、二塁の守り代わってくれないか?」

補欠の男子にそう言って、薫はベンチに腰を下ろす。

そして、0対5まで点差が開いた後、試合は終わった。

⏰:10/06/08 17:13 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#343 [我輩は匿名である]
「礼!」

「ありがとうございました!」

審判の声に合わせて、選手達は互いに頭を下げる。

「もったいないな。お前が野球部に入ってくれれば、安心して卒業出来るのに」

挨拶を終え、ピッチャーが薫に話し掛けてきた。

まるで死ぬような言い方だな。薫は小さく笑う。

「坊主にすると、俺多分殺されますから」

「…誰に?」

⏰:10/06/08 17:14 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#344 [我輩は匿名である]
「こいつ、彼女いるらしいぜ」

キャッチャーも話に入ってきた。

「…え、マジで?」

「薫!!」

薫の背後で声がした。

振り向いてみると、響子がかなり怒った顔で立っている。

「…例の彼女か?」

「何であんな打ち方したのよ!?手痛めるの当たり前でしょ!?」

響子は怒鳴り付けながら薫に詰め寄る。

⏰:10/06/08 17:15 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#345 [我輩は匿名である]
「いや…動かしすぎると、また左肩痛めそうだったからさ」

薫は答えながら、左の鎖骨辺りをさする。

その仕草を見て、響子は動きを止めた。

「……階段から落ちた時の、あの怪我の事?」

「…まぁ、な」

薫は誤魔化そうとしながらも頷く。

「“階段から落ちた”って…こいつ、あの階段事件で突き落とされた奴だったのか?」

「あぁーなるほどな」

2人の様子を見ながら、ピッチャーとキャッチャーが小声で話し合う。

⏰:10/06/08 17:15 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#346 [我輩は匿名である]
「……そっち痛める方が、絶対お前に怒られると思って」

薫は苦笑し、響子の頭を撫でる。

響子はしゅんとしたように下を向く。

「こいつ、あんたの為にあんな打ち方したんだぜ。

『俺の野球姿見て喜んでる奴がいるから』ってな」

キャッチャーがニヤニヤしながら響子に言う。

バラされると思っていなかった薫は、顔を赤らめて「ちょっと!」と彼を睨む。

響子はゆっくりと顔を上げ、薫を見る。

⏰:10/06/08 17:16 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#347 [我輩は匿名である]
薫は恥ずかしそうに顔を背けている。

それを見て、響子は嬉しそうに笑って薫に抱きついた。

「なぁ、その子がお前の彼女?」

2人がからかうように薫の肩を持つ。

いらん事を言わなきゃ良かった。薫は思いながら笑った。

「そうですよ」

断言する薫に、2人は絶句する。

⏰:10/06/08 17:16 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#348 [我輩は匿名である]
「いつまでいちゃついてんだ、あいつら」

「さぁ?ま、いいんじゃないの?」

彼らの微笑ましい様子を、直人や飛鳥は遠くから眺めていた。

⏰:10/06/08 17:17 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#349 [我輩は匿名である]
「やっと帰れるな」

帰り道、飛鳥は直人に話し掛ける。

奏子はバイトに行き、響子は薫の捻挫の手当てに付き添って

保健室に行っているため、2人で帰ってくる事になったのだ。

「そんなに帰りたかったのかよ」

「好きじゃないんだもん、運動」

「絶対人生損してるぞ」

「嫌いなもんは嫌いなんだよ!仕方ないだろ!

晶の時から運動大っ嫌いだったんだから!」

飛鳥は開き直ったように言い返す。

⏰:10/06/10 18:56 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#350 [我輩は匿名である]
直人が笑って返事をしようとした時。

「ふぅん、意外だなー」

直人の背後で、若い男性の声がした。

振り向いてみるが、誰もいない。

「…今何か言ったか?」

「いや?」

飛鳥はきょとんとしている。

声も彼女のものではなかった。

「どうかしたの?」

⏰:10/06/10 18:57 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#351 [我輩は匿名である]
「今、男の声が聞こえてきたんだけど。もしかして幽霊!?」

幽霊は怖くない直人は笑うが、飛鳥はかなり嫌そうな顔をしている。

「何だよ?」

「幽霊なんかいるわけないだろ!?変な事言うな!!」

飛鳥はものすごい剣幕で言い返してきた。

直人はきょとんとしてそれを見る。

「……お前、もしかして……幽霊怖い、とか?」

「…な…っ」

直人に図星を突かれて、飛鳥はちょっと顔を赤くする。

⏰:10/06/10 18:58 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#352 [我輩は匿名である]
「そっ、そんな事…」

「はっはーん、そうか。お前お化け怖いのか」

「こっ、怖くない!」

ニヤニヤしてからかってくる直人に、飛鳥は大声で言い返す。

しかし、直人は全く信じない。

「そーゆーの全然平気そうなのにな。じゃああれか?

香月の前世が幽霊だった話とか聞いてる時も、怖がってたわけ?」

「………それは……」

「死にかけてる男の前で、悲しそうに立っている髪の長い女…。うはっ、怖ぇ」

⏰:10/06/10 18:58 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#353 [我輩は匿名である]
もはや死神じゃねぇか、と直人は笑う。…が。

「(……悲しそうに立っている…髪の長い女…)」

飛鳥は真剣に想像する。

こういう事を考える時、何故かありえない程恐ろしい顔の幽霊が思い浮かぶもの。

頭の中で、もはや原型である今日子の顔からかけ離れた、気味の悪い女性が出来上がった。

「(………今日、お風呂入るのやめようかなぁ……)」

1人で勝手に暗くなっている飛鳥を見て、直人はちょっと慌ててフォローに入る。

「ま、まぁほら、香月みたいな奴が幽霊でも、全然怖くねぇけどな!

顔も可愛いし、背ちっこいし?むしろ薫の方が…」

⏰:10/06/10 18:58 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#354 [我輩は匿名である]
「……月城が幽霊だったら…確実に呪い殺される……」

2人の頭の中に、血まみれの服に包丁を握り、半笑いで立っている薫の姿が思い浮かぶ。

「………やめよう。さすがに俺も怖くなってきた…」

「だから言ったじゃん…。夢に出てきたらどうしよう…」

泣きそうな顔で飛鳥はうつむく。

「でも何だったんだろ?俺が聞いた声。どっかで聞いた事ある気もしたけど…」

気まずくなってきたので、直人は話を戻す。

「……うめき声とか、そういうの…?」

飛鳥が恐る恐る尋ねる。

⏰:10/06/10 18:59 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#355 [我輩は匿名である]
「違ぇよ。『ふうん、意外だな』って…」

「…そんなのんきそうな幽霊、初めて聞くんだけど」

「何で」とでも言いたそうに、飛鳥が言う。

「俺だってこんなの初めてだっつの」

「…まぁ、怖くなさそうな幽霊で良かったね」

「そっちかよ」

俺が気になってるのはそっちじゃない。直人は心の中で呟く。

「まぁ、そのうち思い出すんじゃない?空耳だったかもしれないし」

「んー…」

⏰:10/06/10 18:59 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#356 [我輩は匿名である]
軽くあしらわれてしまい、直人はちょっと不満そうに首をかしげる。

「…もう忘れちゃったのか」

「ん?」

直人は思わず顔を上げる。

「神崎、お前今何か言ったか?」

「しつこいな、言ってないって」

飛鳥はちょっとうっとうしそうに答える。

「…本当に、今『もう忘れちゃったのか』って言わなかったか?」

「言ってないって。何なんだよ」

⏰:10/06/10 19:00 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#357 [我輩は匿名である]
しつこい直人に、飛鳥はちょっとムッとしている。

「…またさっきの声がした」

直人はぽかんとした表情で言う。

さすがに、飛鳥の顔から血の気が引く。

「………こ、怖い事言うな!もう先帰る!」

「あ?ちょっ…」

⏰:10/06/10 19:00 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#358 [我輩は匿名である]
直人が止める間もなく、飛鳥は怖がって、走って逃げていった。

「……何なんだよ…」

直人はその場でしばらく、腕を組んで立ち尽くす。

しかし、それ以降は何も聞こえなかったため、とぼとぼと1人で帰っていった。

⏰:10/06/10 19:00 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#359 [我輩は匿名である]
「幽霊?」

次の日、直人は薫に幽霊の話をしてみた。

「そう。昨日帰りに、誰もいないのに声が聞こえてきたんだ」

「ふうん…お前、霊感あったんだな」

薫は呑気に言いながら、手首に貼られた湿布を気にしている。

「そーゆーのはどうでもいいんだよ!」

直人はバンッ!と机をたたいて声を荒げる。

幽霊ごときにキレる直人に、薫はきょとんとする。

「俺が気にしてんのは、その声なんだよ!」

⏰:10/06/10 19:01 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#360 [我輩は匿名である]
「声?」

「俺が知ってる声なんだよ!誰だかわかんねぇけど!」

「(そんな事言われても…)」

薫は少し呆れながら首をかしげる。

「神崎の声じゃないのか?一緒に帰ってただろ」

「いーや違う」

直人は首を振って断言する。

「だって、男の声だぜ!?クラスの奴の声でもなかったし…」

「……何か言われたのか?」

⏰:10/06/10 19:01 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#361 [我輩は匿名である]
「『ふうん、意外だな』って」

「…何だそれ…」

いきなりそんな事を言う幽霊がいるのかと、薫はますます呆れる。

「聞き間違えじゃないのか?」

「違ぇよ!その後も『もう忘れちゃったのか』って言われたし!」

直人は必死に説得するが、薫は「うさんくさい」という表情で聞いている。

「本当だって!」

「…まずさぁ」

薫がため息をつきながら口を開く。

⏰:10/06/10 19:01 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#362 [我輩は匿名である]
「お前の他に、誰か同じ道歩いてたとか…」

「誰もいなかった」

「じゃあ何か考えてたのか?」

「……考えてた」

「何を?」

「石川晶も運動嫌いだったのか、へぇーって」

「(…何だそれ…)」

全く話がつかめなくて、薫は眉間にしわを寄せて腕を組む。

「なんかな、神崎が運動嫌いって話してたんだよ」

⏰:10/06/10 19:02 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#363 [我輩は匿名である]
「はぁ…」

「で、あいつが『石川晶が運動嫌いだったんだから仕方ない』って…」

「…ふうん…。確かに球技大会の時テンション低かったな」

薫は結構どうでも良さそうに返事をする。

「だろ?…って、俺そんな話したいんじゃねぇんだよ!」

「いつか言うと思ってた」

薫は呆れたように笑って言った。

⏰:10/06/10 19:06 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#364 [我輩は匿名である]
「(…でもそれって、普通に考えて…)」

薫は考えながら、悩んでいる直人を見つめる。

「(……まぁ…俺が言うより、自分で気付いた方が良いか…)」

「なぁ、俺、何か恨まれてんのかなぁ?」

直人は特に気にしてなさそうに呟く。

「さぁ?俺にはさっぱりわからないな」

「ちぇっ。いいよ、自分で考えるから」

直人は口を尖らせて、自分の席に戻る。

⏰:10/06/10 19:06 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#365 [我輩は匿名である]
「なぁ」

席に座ると同時に、今度は飛鳥が話し掛けてきた。

「ん?」

「今日は、例の幽霊はいないの?」

飛鳥は暗い顔で尋ねる。

「あ?あぁ、今日はまだ何も」

直人は椅子の上であぐらをかく。

すると、飛鳥は少し恥ずかしそうな顔で、直人にある物を手渡した。

⏰:10/06/12 19:57 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#366 [我輩は匿名である]
「はい」

「…何?お守りじゃん」

直人が受け取ったのは、神社で売っている、青い御守りだった。

「それ、あんたにあげる」

「へ?これ、俺にくれんの?」

「…うん」

飛鳥は視線をそらして頷く。

「何で?」

直人はぽかんとして尋ねる。

⏰:10/06/12 19:58 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#367 [我輩は匿名である]
「だって…変な幽霊に取り憑かれてたら近寄れないじゃん!」

飛鳥はちょっと顔を赤くして、声を上げて答える。

「あぁ、なるほどな!サンキュ!」

直人はニッと笑って、どこに付けようかと考える。

何だか嬉しそうな直人を見て、飛鳥もホッとしたように笑う。

「なぁ、お前ならどこに付ける?」

「私?私は…」

そう聞かれて、飛鳥も一緒に考える。

⏰:10/06/12 19:58 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#368 [我輩は匿名である]
「………お守りって、肌身放さず持っとく物だろ?…財布とか?」

「でも、俺の財布にお守りつけれそうな所なんかねぇぞ」

「あぁ…。うーん…」

「…あ!」

直人はひらめいたように声を上げる。

「財布の中に入れとけばいいか!」

「あぁ、いいんじゃない?それでも」

飛鳥は小さく笑って答える。

⏰:10/06/12 19:58 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#369 [我輩は匿名である]
我ながらいいアイデアだと、直人は財布にお守りを入れる。

「でも、本当にいいのかよ?せっかく自分で働いた金なのに」

「いいよ、それぐらい。だからさっさと幽霊追っ払えよ」

飛鳥はかなり嫌そうな顔で直人に言った。

直人はふと、財布の中身を見つめる。

「お前、もう飯買った?」

「…買ってない。昼休みに食堂でパン買うつもりだけど」

⏰:10/06/12 19:59 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#370 [我輩は匿名である]
急に何を聞くのか。飛鳥は眉間にしわを寄せる。

「じゃあ、パン1個おごってやるよ」

財布の中身を確認した後、直人は満面の笑みを浮かべて言った。

「………へ?」

飛鳥はただきょとんとする。

「なんで?」

「これのお礼!」

答えながら、直人は財布を指差す。

⏰:10/06/12 19:59 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#371 [我輩は匿名である]
「え、いいよ、別に」

「いいっていいって。昨日小遣いもらったばっかだしよ。

パン代浮かせて、さっさとケータイ買えよな」

「う…」

携帯電話を持っていないことをからかわれて、飛鳥は悔しそうに目を逸らす。

「何のパンがいい?」

「…サンドイッチ」

「よし。俺今日飲み物買いに行くから、一緒に食堂行くわ」

⏰:10/06/12 19:59 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#372 [我輩は匿名である]
「そう?じゃあチャイム鳴ったらダッシュな」

「はぁ?めんどくせー」

乗り気だった直人の顔が、一瞬にして欝陶しそうな表情に変わる。

が、言ってしまった以上仕方がない。

「わかったよ。俺マジでダッシュするから、ちゃんと付いて来いよな」

そういって、また飛鳥に笑いかけた。

⏰:10/06/12 20:00 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#373 [我輩は匿名である]
そして、昼休み。

「あ…あんたさぁ…」

息を切らして、途切れ途切れに飛鳥が言う。

その横には、何事もないような顔でレジに並んでいる直人の姿。

手にはちゃっかり、ペットボトル飲料が握られている。

「もうちょっと…待ってやろうとか…思わないわけ…?」

「だから言っただろ?マジでダッシュするって」

「そうだけど…!」

言い返そうにも、疲れすぎてそれどころではない。

⏰:10/06/12 20:00 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#374 [我輩は匿名である]
必死で直人に付いてきた飛鳥は、膝に手をついて息を整える。

「まぁいいじゃん。これなら売り切れる前にサンドイッチ買えるぞ」

「…まぁね……」

直人がダッシュしたおかげで、前から5、6番目に並ぶ事が出来た。

「すぐ売り切れるだろ?サンドイッチ」

「そうだね…。サンドイッチが1番人気みたいだし」

「お前サンドイッチ好きなのか?」

「結構好き、かな」

レジを待つ間、2人はそんな話をして時間を過ごす。

⏰:10/06/12 20:01 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#375 [我輩は匿名である]
「……ありがとね」

「ん?」

不意に言われて、直人はぽかんとする。

「…いや…おごってくれて、…ありがとう、って」

照れているのか、飛鳥は頬を赤くしてそっぽを向く。

「何でお前が礼言うんだよ?俺はお守りのお返ししてるだけだろ」

「…一応言っときたかったの!」

飛鳥は怒ったように言って、黙り込んでしまった。

「(…あれ?怒ったか?)」

⏰:10/06/12 20:24 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#376 [我輩は匿名である]
直人は飛鳥を見ながら考える。

「何だよ、怒んなよ」

「べっ、別に怒ってねぇよ」

「そうか?顔赤いぞ?」

「怒ってないってば!」

「怒ってんじゃん!」

「うるさいなぁ!早くサンドイッチ買ってよ!」

「今から買うっつーの!」

2人はそんな言い合いをしながら、レジの順番がまわってくるのを待っていた。

⏰:10/06/12 20:25 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#377 [我輩は匿名である]
数日後。

直人は憂鬱そうな顔で、自分のノートを見つめる。

隅っこにメモされた、数学の中間試験のテスト範囲だ。

「(………忘れてた…。再来週からテストだった…)」

直人はまるで、埴輪のような顔で茫然とする。

「変な顔」

いつの間にか目の前にいた飛鳥に言われ、直人はハッと意識を取り戻した。

「だって、テストとか…忘れてたし…。

お前のお守り、学業成就のお守りじゃねぇの?」

⏰:10/06/12 20:25 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#378 [我輩は匿名である]
「違うから。それよりほら、来てるよ。あいつ」

飛鳥は呆れた表情で、薫の座席を指差す。

薫の目の前に仁王立ちしているのは、案の定良介だった。

「……飽きねぇなぁ…あいつも…」

直人もため息を吐いて、机に肘をつく。

「おい月城!Good newsだ!」

「何だ」

薫も腕を組んでむすっとしている。

「今回のテストのBattleは無しだ!ありがたく思え!」

⏰:10/06/12 20:26 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#379 [我輩は匿名である]
「は?」

彼の言葉には、薫だけでなく直人たちもきょとんとする。

「する気は全くなかったけど、何でまた?」

「球技大会を無しにしてくれたからな。借りぐらい返させろ」

「(あれは貸しに入るのか…?)」

何故かしたり顔の良介を、薫は呆然として見上げる。
「お前…」

「用件はこれだけだ!次は覚悟しておけよ!」

「え、ちょ…」

⏰:10/06/12 20:26 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#380 [我輩は匿名である]
薫が何か言う前に、良介は走って教室を出て行った。

薫は疲れ果てたようにため息を吐く。

「…ちょっくら慰めに行ってやるか」

直人は何だか楽しそうに笑って立ち上がる。

暇なので、飛鳥もとりあえずそれについていく。

すると、響子や奏子も8組にやってきた。

「どうしたの?」

「数学の教科書忘れちゃって…」

飛鳥が尋ねると、奏子が苦笑して答えた。

⏰:10/06/12 20:26 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#381 [我輩は匿名である]
「あぁ…今日、うち数学ないんだ。水無月は持ってるかもしれないけど」

「教科書全部置いて帰りそうだもんね、水無月くん」

響子は笑って言った。

「聞いてみよっか」

女子3人は、話しながら直人達に寄っていく。

「苦労するな、お前も」

直人はニヤニヤしながら薫の肩をたたく。

「……いいよな、あいつに絡まれなくてすむ奴は」

薫は遠い目をして言い返す。

⏰:10/06/12 20:27 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#382 [我輩は匿名である]
「ま、良かったじゃん。期末テストまで絡んでこないんじゃねーの?」

「……まぁな」

「(…良介くん、また何か言いに来たのね…)」

話の内容から察したらしく、響子が頭を抱えてため息を吐く。

「神崎、こいつにも魔除けのお守り買ってやれば?」

直人は何も考えずに、笑顔で飛鳥に声をかける。

「はぁ?何であたしがそこまで…」

飛鳥はめんどくさそうに言い返す。

⏰:10/06/12 20:28 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#383 [我輩は匿名である]
「お守り?」

奏子と響子は顔を見合わせる。

「…響子」

ボーッとしていた薫は、ここで初めて響子達が来ているのに気付いた。

「薫か水無月くん、どっちか数学の教科書持ってない?

奏子ちゃんが忘れちゃったらしくて」

「俺あるぜ」

直人はニッと笑って手を挙げる。

「やっぱりな」

⏰:10/06/14 19:51 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#384 [我輩は匿名である]
飛鳥と奏子が声を合わせる。

「あんただったら、絶対教科書置いてると思って」

「うっせぇな!教科書貸さねぇぞ」

「いいじゃん本当の事なんだから!早く貸してよ」

奏子は急かすように手を出す。

直人は軽く舌打ちして、一旦自分の席に戻る。

奏子もそれについていく。

「えーっと…あったあった。ほらよ」

いっぱいになった机をあさっていると、少ししわの寄った数学の教科書が出てきた。

⏰:10/06/14 19:52 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#385 [我輩は匿名である]
「サンキュ♪」

「どーいたしまして」

「お礼に私もお守りあげよっか?」

「はぁ?別にいらねぇよ。お守りは1個で充分だろ」

直人はポケットに手を突っ込んで断る。

「つーか、何で飛鳥からお守りもらったの?」

奏子は不思議そうに首をひねる。

「この間の幽霊話でさ。俺が『変な声がする』って、球技大会の時言っただろ?

あれ言ったら、『怖くて近寄れないから持っとけ』って」

⏰:10/06/14 19:52 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#386 [我輩は匿名である]
直人は呆れたように笑って、響子と一緒に薫と喋っている飛鳥を見る。

「ふうん。意外と乙女だね、飛鳥」

「みたいだな。あんなムスッとしてる奴が怖がりとか、すげぇギャップ」

「確かに」

奏子は笑って頷き、直人の顔を眺める。

直人はまるで見守るような目で飛鳥を見ている。

「…あんたって飛鳥の話する時、すごい良い顔するよね」

そんな事を言われて、直人はきょとんとする。

「……そうか?」

⏰:10/06/14 19:52 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#387 [我輩は匿名である]
「うん」

奏子は少し笑って頷く。

「…なんか悔しいけどね」

それだけ言い残して、奏子は3人の方に歩きだした。

「(……何が悔しいんだろ?)」

彼女の言葉の意味がわからず、直人はぽかんとする。

「(………まぁいいか)」

一瞬考えた末、直人は特に気にせずに、4人の元に戻っていった。

それからは、特に大きな出来事は無かった。

⏰:10/06/14 19:53 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#388 [我輩は匿名である]
3週間後。

もう10月の中旬。

さすがに涼しくなってきて、制服も合服に変わった。

「お?」

直人達はじーっと、貼り出された成績順位を見つめる。

直人はほんの少し健闘して93位。

薫は良介と同着1位。

響子は前回とほぼ同じ120位。

奏子は171位。

そして驚く事に、飛鳥の点数が39位だった。

⏰:10/06/14 19:53 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#389 [我輩は匿名である]
「すげー!やるじゃんお前!」

直人はバシッと飛鳥の肩をたたく。

「…本当だ」

「何だよ!嬉しくないのか!?」

「う、嬉しいけど…信じられないっつーか…」

飛鳥はただただきょとんとしている。

課題テストの時は98位だったのが、今回のこの順位。

信じられないのも無理はない。

「へへへっ、なんか俺の方がテンション上がってきた!」

⏰:10/06/14 19:54 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#390 [我輩は匿名である]
茫然とする飛鳥の肩に手を回して、直人は満面の笑みを浮かべる。

「弟見返すのも近いかもな!頑張れよ!」

「…うん、ありがと」

直人に言われ、飛鳥もやっと嬉しそうに笑った。

奏子は黙って、2人の様子を見る。

「なぁ、お祝いしようぜ!薫も1位だった事だし」

「なんでこういう時に1位なんだ…」

「いいね、お祝い♪」

ため息を吐いている薫の隣で、響子が笑って返事する。

⏰:10/06/14 19:54 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#391 [我輩は匿名である]
「あたし、カラオケがいい!」

奏子が真っ先に手を挙げる。

「(カラオケ…)」

直人と響子は、その一言にぎょっとする。

「…俺はいい」

更に暗い顔をして、薫は断った。

「なんでー?いいじゃん、このメンバーで行った事無いし」

「あんまり好きじゃないんだよ、カラオケは。

もっと他の事にしないか?」

⏰:10/06/14 19:54 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#392 [我輩は匿名である]
薫はきっぱりと言い張って、他に何か無いか考える。

しかし答えが出ないまま、予鈴のチャイムが鳴った。

「…あ、俺トイレ行ってくる」

「じゃあ、私達も行こ」

「うん」

薫はトイレへ、響子と奏子は自分達の教室へと歩きだす。

2人きりになった直人と飛鳥は、お互い顔を見合う。

⏰:10/06/14 19:55 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#393 [我輩は匿名である]
「……月城、もしかして……」

「…誰にも言うなよ。あいつそれバラすとキレるから」

直人の言葉に、飛鳥は「やっぱりな」と確信した。

「…音痴なの?」

「あぁ、信じられねぇぐらいな」

直人は苦笑する。

「音符は読めるけど、歌うとなると、さっぱりだ。

中学の通知表で2取った事があるぐらい」

⏰:10/06/14 19:55 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#394 [我輩は匿名である]
「そんなに?」

「おう。ちなみに絵もかなり下手だぞ」

「…あぁ、なんか下手だったな」

本の代償の話をした時の事を思い出し、飛鳥は頷く。

そして、少し残念そうに、こう呟いた。

「……カラオケ行きたかったな」

直人はじっと、飛鳥を見る。

「じゃあ、今度行くか」

ニッと笑って、飛鳥に言ってみる。

⏰:10/06/14 19:56 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#395 [我輩は匿名である]
「へ?」

思いも寄らぬ誘いに、飛鳥はきょとんとする。

「行きてぇんだろ?カラオケ。

俺カラオケ好きだし、お前が良いんなら行くぜ」

直人は笑顔で飛鳥を誘う。

行きたい。飛鳥は思ったが、口には出せなかった。

奏子が直人を好きだという事を考えると、行っていいのかわからないのだ。

⏰:10/06/14 19:56 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#396 [我輩は匿名である]
「…そう、だね。考えとこ」

そんな答えしか返せなかった。

「あ、お前バイトとかあるもんな。行けそうだったら言えよな」

「うん、ありがと」

直人は特に変に思う事なく、笑顔で言った。

⏰:10/06/14 19:57 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#397 [我輩は匿名である]
昼休み。

「カラオケ?」

奏子が席を立っている間に、飛鳥は響子に相談していた。

「いいじゃない、行ったら。私だったら行くわよ」

「…そう?」

響子に当たり前のように言われて、飛鳥は更に悩む。

「…まぁ、相手が友達だから悩むのもわかるけどね。

でも、飛鳥ちゃんも水無月くんが好きなんでしょ?」

「……………うん」

⏰:10/06/14 19:57 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#398 [我輩は匿名である]
飛鳥は大きく頷く。

「じゃあなおさらよ。気遣ってたら、取られちゃうわよ?」

響子は真剣な顔で、急かすように言う。

一息つき、飛鳥は考える。

「(…そう…なんだよなぁ…。

でも、奏子とややこしい事になったらめんどくさいし…)」

悩んでる飛鳥を、響子はじっと見つめる。

「……いいなぁ。私にもあったな、そういう時」

懐かしそうに、響子が笑った。

⏰:10/06/14 19:58 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#399 [我輩は匿名である]
「そうなの?」

「そりゃあるわよー。友達と取り合いしたって事はなかったけど」

「やっぱり、2人で出かけるって時、緊張した?」

「したした。でも1番は…やっぱり優也と初めてご飯行った時かな。

あっちはもっと緊張してあらしいけど」

響子が嬉しそうに話すのを、飛鳥も笑顔で聞き入る。

「そうなの?」

「うん。優也が誘ってきたからね。

『良かったら今度、2人でご飯行きませんか?』って」

⏰:10/06/14 19:58 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#400 [我輩は匿名である]
「へぇ。いいね、そういうの」

「飛鳥ちゃんだって、水無月くんにカラオケ誘われてるじゃない」

「…そっか」

飛鳥は思い出したように頷く。

「……ちょっと悪い気もするけど、大丈夫だよね?」

「大丈夫よ。行ったら感想聞かせてね」

響子は早くも楽しそうに笑った。

⏰:10/06/14 19:59 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#401 [我輩は匿名である]
が。

「あ!」

「ん?」

飛鳥は困ったような顔でうなだれる。

「あたし、いい服持ってない…」

「あらまー…。家にどんな服があるの?」

「ジャージ」

「だけ!?」

「うん」

暗い顔で答える飛鳥に、響子は目を丸くしている。

⏰:10/06/14 19:59 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#402 [我輩は匿名である]
しかし、すぐにキリッとした顔で言った。

「……今日、奏子ちゃんバイトよね?」

「うん」

「飛鳥ちゃん、お金ある?」

「…昨日給料日だったから、1万円ぐらいはある」

1万円か。響子は少し考え。

「まぁいいわ。飛鳥ちゃん、今日放課後、買い物行こ」

響子に言われて、飛鳥はきょとんとする。

⏰:10/06/14 19:59 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#403 [我輩は匿名である]
「…でも、あたし買い物とか行った事ないし…」

「わかってるわよ!私がちゃんとついて行くから!」

手に力を入れて、響子は飛鳥を説得する。

響子が来てくれれば安心だ。

ちょっと間黙った後、飛鳥は「うん!」と大きく頷いた。

⏰:10/06/14 20:00 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#404 [我輩は匿名である]
「ここさぁ、どうやって行くかわかんねぇんだよなぁ…」

その頃、直人は後ろの黒板を使って、薫とTVゲームの話をしていた。

直人が書いた簡単な地図を、薫はじーっと見つめる。

「お前、これ行けた?」

「このソフト、多分全クリした」

「マジかよ!どうやった!?」

直人に詰め寄られ、薫は腕を組んで考える。

「……忘れた」

「何だよそれー」

直人は悔しそうに壁にもたれる。

⏰:10/06/14 20:00 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#405 [我輩は匿名である]
「じゃあ今度家に来て、俺の代わりにクリアして」

「は?あぁ、いいよ」

「いつがいいかなぁー?」

「なぁ」

直人が嬉しそうに考えていると、飛鳥が4組から帰ってきた。

「おう、おかえり」

「…カラオケの話なんだけどさ」

飛鳥のその一言に、薫の眉がぴくっと動く。

「カラオケ…?」

⏰:10/06/14 20:01 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#406 [我輩は匿名である]
「大丈夫、俺とこいつが行くだけだから」

「そうか、ならどうでもいい」

直人に言われて、薫は小さく笑う。

「………やっぱり、行きたい。

よく考えてたら昨日給料日だったから、お金もまだあるし…」

「おぉ!じゃあ行こうぜ!いつがいい?」

直人の表情が、パッと明るくなる。

その反応を見て、飛鳥もホッとして笑みをこぼす。

⏰:10/06/14 20:01 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#407 [我輩は匿名である]
「あたしは…明日はバイトだから、それ以外なら」

「でも、せっかく行くんだし、いっぱい歌える方が良くないか?」

「そうだね。だったら、土曜日とか?」

「それがいいな。日曜日はゆっくりしたいし。へへっ、楽しみだな!

…って、俺金あんのかな?」

直人はぶつぶつ言いながら、席に戻って財布をチェックする。

飛鳥はじーっと薫を見る。

⏰:10/06/14 20:02 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#408 [我輩は匿名である]
「……なぁ、月城」

「ん?」

黒板に書いた地図を消していた薫は、手を止めて飛鳥を見る。

「……今の話さ…」

飛鳥は少しうつむき加減に、話しにくそうにしている。

何を言おうとしているのかわかったらしく、薫はフッと笑う。

「安斎か?」

言う前に聞き返されて、飛鳥は「え…」と顔を上げる。

⏰:10/06/14 20:02 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#409 [我輩は匿名である]
「言わねぇよ。言ったらややこしくなるだろ。

喧嘩でもして、また飛び降りられても困るしな」

「い、いくら何でもそんな事で死なねぇよ!」

「どーかな」

薫はバカにしたように笑って、また手を動かす。

ちょっとイラッとしたが、薫なら黙っていてくれるだろう。

⏰:10/06/14 20:03 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#410 [我輩は匿名である]
「なぁ、4千円で足りるかなぁ?」

直人が戻ってきた。

「足りるよ、充分」

「だよな!じゃあ土曜日、忘れんなよ」

「あんたもね」

直人と飛鳥は、お互いそう言って笑い合った。

⏰:10/06/14 20:03 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#411 [我輩は匿名である]
待ちに待った土曜日。

結局11時に待ち合わせし、気が済むまで歌う事になった。

響子と買い物に行って買って来た服を着て、飛鳥は玄関で靴を履く。

「ははっ、何?その格好」

背後で、嘲笑うような巧の声がした。

飛鳥は無視する。

「もしかしてデート?いいねぇ、暇人は。

どうせ相手も、あんたと同じ、ろくでもないような男なんだろ?」

やれやれ、とでも言いたそうに、巧は大げさにジェスチャーまでつける。

⏰:10/06/22 19:38 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#412 [我輩は匿名である]
「あたしはろくでもない女だけど」

出て行き様に、飛鳥は口を開いた。

「相手は、あんたよりもいい男だよ」

「はぁ!?」

巧はかなりイラッときたのか、顔が苛立ちに歪む。

しかし、飛鳥は構う事なく家を出た。

⏰:10/06/22 19:39 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#413 [我輩は匿名である]
直人はボーッと、駅前の時計台の前で飛鳥を待つ。

「お待たせ」

少しして、飛鳥がやってきた。

パーカーにワンピース。

普段見ない格好をしている飛鳥を、直人はまじまじと見つめる。

「……変?」

緊張しているような顔で、飛鳥が尋ねてくる。

「いや。…ジャージしか見た事ないから、新鮮だなぁと」

かなり興味深いのか、直人は言いながら、まだ飛鳥の服を見ている。

⏰:10/06/22 19:39 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#414 [我輩は匿名である]
「…いいじゃん、たまにはこういう格好も」

一通り見た後、直人は笑った。

「変じゃないよな?」

「全然。行こうぜ」

そう言って、直人は歩きだす。

飛鳥もそれについて行く。
「…さっき家出る時、また弟に嫌み言われたんだけどさ」

カラオケ店に行く途中、飛鳥が話し始めた。

直人は早くも「またかよあのクソガキ」と顔をしかめる。

⏰:10/06/22 19:39 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#415 [我輩は匿名である]
「何言われたんだよ?」

「『デート?いいねぇ暇人は。どうせ相手もろくでなしなんだろ』って」

「はぁん!?今度俺んとこ連れてこい!

吊し上げにしてヒーヒー言わせてやる!」

「…まぁ先にあたしの話聞けよ」

気合いを入れる直人を、飛鳥はちょっと呆れ気味に落ち着かせる。

「…で、今日はちゃんと言い返してきた」

「おお!何て?」

直人は目を輝かせる。

⏰:10/06/22 19:40 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#416 [我輩は匿名である]
「…『あたしはろくでなしだけど、相手はお前よりいい男だよ』って」

飛鳥は少し恥ずかしそうに答えた。

それを聞いて、何故か直人は不満そうに腕を組む。

「…言い返したのは偉いけどよぉ、お前別にろくでなしじゃないだろ」

「……んー…」

「まぁ、自殺するような奴はなぁ…」

「うっさいな!どっちなんだよ!」

からかうように笑う直人を、飛鳥は声を荒げて怒鳴りつける。

その反応を見て、直人は笑い声を上げる。

⏰:10/06/22 19:40 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#417 [我輩は匿名である]
「まっ、そのバカ弟よりは立派な人間だって」

そう言いながら、飛鳥の肩を軽くたたく。

「よくやったじゃん、お前にしては」

「何様だよお前」

「睨むなよー、冗談だろー?さて、今日は何歌おうかなー」

「あんたいつも何歌うの?」

「俺?俺は…」

そんな会話をしながら、2人は近くのカラオケ店に入っていった。

⏰:10/06/22 19:41 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#418 [我輩は匿名である]
4時間後。

「あーすっきりした!」

カラオケ店から出て来て、飛鳥は大きく伸びをする。

直人も「カラオケ久しぶりだったなぁ」と、満足そうに笑っている。

「つーか、お前意外と歌上手いんだな」

直人は意外そうに言いながら歩きだす。

「そう?まぁ、歌うのは嫌いじゃないしな」

パーカーのポケットに手を入れて、飛鳥は返事をする。

⏰:10/06/22 19:41 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#419 [我輩は匿名である]
「どうする?時間余ってるけど、どっか行くか?」

今はまだ3時過ぎ。

時計を見て、直人は飛鳥に尋ねる。

「……でも、あんたお金ないんじゃないの?」

「まぁ、そんなにねぇけど。でもお前、こんな時間から帰りたくねぇだろ」

「うん」

「即答だな」

2人はどうしようかと、それぞれ頭を抱える。

「…どっかに座ってくっちゃべるか」

⏰:10/06/22 19:41 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#420 [我輩は匿名である]
「そうだね。どこ行く?その辺の公園でも行く?」

「だな」

2人は話しながら適当に歩いて、そこそこ大きな公園を見つけた。

ベンチもある。

そこに腰を下ろして、2人は一息つく。

「…なんか、懐かしい感じしね?2人ででかけるの」

小さく笑って直人が言う。

同じように、「そうだね」と飛鳥が返事を返す。

⏰:10/06/22 19:42 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#421 [我輩は匿名である]
「路地の細いとこに、暗ーい女がうずくまっててさ。

何かのホラー物かと思ったぐらい」

「そんなに怖かったか?」

「あぁ怖かったね。要はどう思ったか知らねぇけどよ」

「あんたがそう思ったんなら、要もそう思ったんじゃない?」

「かもな」

2人は適当に言って笑う。

「でも、喋ってみたら普通の女だったしな。暗かったけど」

⏰:10/06/22 19:42 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#422 [我輩は匿名である]
「暗い暗いって言うなよ。仕方ないじゃん、生い立ちが生い立ちなんだから」

「今も似たようなモンだけどな」

「ははっ、まーね」

飛鳥は苦笑する。

「で、勝手に勘違いして勝手に怒って、挙げ句の果てに勝手に死ぬ、と」

直人は更に呆れたように笑う。

「…ごめんってば」

「人の話はきちんと聞くように!」

「はい…」

まるで説教されているような気がして、飛鳥はうなだれる。

⏰:10/06/22 19:43 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#423 [我輩は匿名である]
「まっ、あんな目に遭ったら2度とやらないだろうけどな」

「うん、無理だね」

話の最中に、直人はふと、ある事を考えた。

「………今思ったんだけどさぁ」

「ん?」

「薫、何でお前の事許せたんだろうな?

前は『石川晶』の名前聞いただけで、すげぇ顔してたのに」

「……何でだろうね」

「だってあいつ、お前の事相当恨んでたぞ?

俺が『何であんな女かばったんだ』とか言われるぐらい」

⏰:10/06/22 19:43 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#424 [我輩は匿名である]
「…まぁ、そう言われても仕方ない事したけどね、あたし」

飛鳥は暗い顔でため息をつく。

しかし、直人には不思議で仕方がなかった。

『初めて人を殺したいと思った』。

そこまで言っていた薫が何故…?

「…そんなに気になる?」

やけに考え込む直人に、飛鳥も首をかしげる。

「うん。だって、『殺してやりたい』とまで言ってたんだぞ?」

「そんなに…!?」

⏰:10/06/22 19:43 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#425 [我輩は匿名である]
ぎょっとしたように、飛鳥が声を漏らす。

「……そのうち聞いてみるか」

途中で面倒くさくなって、直人は考えるのをやめた。

⏰:10/06/22 19:44 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#426 [我輩は匿名である]
「もー、おばあちゃんも人使い荒いなぁ…」

2人が喋っている頃、奏子は買い物から帰っていた。

あの祖母に買い物を頼まれていたらしい。

「お腹減ったなぁー。お菓子買ってくれば良かっ…」

ぶつぶつ独り言を言っていた奏子の目に、ある光景が映った。

奏子は思わず足を止める。

⏰:10/06/22 19:44 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#427 [我輩は匿名である]
近所の公園のベンチに並ぶ、2人の男女。

その横顔は、直人と飛鳥だった。

「(…何で…?)」

一瞬、自分の目を疑った。

しかし、どう見てもあの2人だ。

奏子は逃げるように、早足でその場を離れた。

⏰:10/06/22 19:45 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#428 [我輩は匿名である]
月曜日。

「どうだった?カラオケ」

昼食の時間、薫が直人に尋ねた。

「楽しかったぜ。お前も来れば良かったのに」

直人は笑って言う。

しかし、薫の表情が一気に豹変した。

「『お前も来れば』……?……直人…お前…本気で言ってるのか…?」

「じょ、冗談に決まってんだろ!悪かったよ!」

「そうか、ならいい」

今の目は、かなり危ない目だった。

⏰:10/06/22 19:45 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#429 [我輩は匿名である]
直人は内心ちょっとびびりながら、慌てて弁明した。

「(…危ねぇ…。マジで殺されるかと思った…。……“殺される”…)」

飛鳥と話した、あの内容を思い出す。

「(…いきなり『何で神崎許せたの?』とか聞くの、変だしな…)」

「……何だよ?」

じっと見られて、薫は困ったように声をかける。

が、直人は全く聞いていない。

⏰:10/06/22 19:46 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#430 [我輩は匿名である]
「…………まぁいいや」

そう言って、止まっていた手を動かし始めた。

「(一体何なんだ…?)」

全く読み取れない直人の行動に、薫は呆れて首をかしげた。

⏰:10/06/22 19:46 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#431 [我輩は匿名である]
一方、女子達は。

飛鳥と響子は、じっと奏子を見つめる。

奏子は一言も話さず、ただ黙々と弁当を食べている。

「(……何かあったのかな?)」

「(さぁ…?)」

2人は目で会話する。

「飛鳥さぁ」

不意に奏子が口を開き、飛鳥はビクッとする。

⏰:10/06/22 19:50 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#432 [我輩は匿名である]
「……な、何?」

恐る恐る尋ねる。

「水無月の事好きだよね」

「…え」

目も合わさずに言われて、飛鳥は困ったように響子を見る。

響子も不安そうに飛鳥を見ている。

「この間、公園で2人で喋ってるの見たからさ」

「…えっ」

⏰:10/06/22 19:50 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#433 [我輩は匿名である]
「(…反応薄いなぁ…)」

「え」しか言っていない飛鳥に、響子は少し呆れる。

なぜ奏子に見られたのか、飛鳥は全く理解出来ない。

1番起きてほしくない事が、早くも起きてしまった。

飛鳥の顔に、焦りの表情が浮かぶ。

「好きならそう言ってくれたらいいじゃん。

陰でコソコソされるの、あたし1番腹立つの」

「…奏子ちゃん、飛鳥ちゃんは別にコソコソしてたわけじゃ…」

⏰:10/06/22 19:51 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#434 [我輩は匿名である]
「響子は黙ってて」

止めようとする響子を、奏子はきっぱり黙らせる。

「あたしがあいつの事好きだって知ってるのに、よく出来るよね。

お守り買ってあげたり、2人で会ったり…」

「あれは…」

「悪いけど」

奏子はさっさと弁当を食べ終え、片付ける。

「あたし、そういうの見て黙ってられるようないい子じゃないから」

奏子はきつく吐き捨てて、早足で教室を出て行った。

⏰:10/06/22 19:51 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#435 [我輩は匿名である]
飛鳥も響子も暗い顔で黙り込む。

「………ごめんね」

しばらくして、先に口を開いたのは響子だった。

「…カラオケ、勧めなかったら良かったね」

「…響子のせいじゃないよ」

飛鳥は弱々しく笑う。

「……隠してたあたしが悪いんだ」

無理して笑う飛鳥を見て、響子も肩を落とす。

⏰:10/06/23 18:08 📱:N08A3 🆔:0Q5km5DM


#436 [我輩は匿名である]
言い出すタイミングが掴めなかっただけなのに。

それだけで、こんな事になるなんて。

飛鳥はどうすれば良いのかわからず、大きくため息をついた。

⏰:10/06/23 18:09 📱:N08A3 🆔:0Q5km5DM


#437 [我輩は匿名である]
「…1人で帰んの、久しぶりだなぁー」

飛鳥と奏子はバイト、薫と響子は寄り道するとか。

直人は独り言を言いながら、1人で帰っていた。

「(でも、あいつら今日別々にバイト行ってたな。何かあったのか?)」

今日は別々にバイトに行った、飛鳥と奏子。

2人がもめている事を知らない直人は、のんきに考える。

「(昼休み終わってから、神崎もなーんか元気無かったし…。

もしかして、喧嘩でもしたのか!?)」

珍しくその予想は当たっている。

⏰:10/06/26 13:54 📱:N08A3 🆔:sOCuCGLY


#438 [我輩は匿名である]
「(えーっ、困るって!あいつかなり落ち込むじゃん!

つーか、何で喧嘩したんだ!?そもそも喧嘩で合ってるのか!?)」

直人は歩きながら頭を抱える。

「(……明日、さりげなく声かけてみるか)」

「何て声かけるの?」

「『元気ないじゃん』って」

普通に答えて、直人は足を止めた。

今、直人に話し掛けたのは誰だ?

直人は素早く振り返る。

⏰:10/06/26 13:55 📱:N08A3 🆔:sOCuCGLY


#439 [我輩は匿名である]
しかし、直人以外に誰も歩いていない。

1人でいると怖くなったのか、直人はしばらく息を殺して黙り込む。

「そんなに怖がらなくていいじゃないか」

しかし、黙っていても、また声がした。

「……誰だよ、お前」

直人は恐る恐る呟く。

「水無月直人。16歳。7月20日生まれ。O型」

声は問いに答えるどころか、直人のプロフィールを次々に言い当てる。

⏰:10/06/26 13:55 📱:N08A3 🆔:sOCuCGLY


#440 [我輩は匿名である]
「何だよ?何で俺の事…」

付近を見回しながら、直人は更に問いかける。

「そりゃ知ってるよ。俺はお前の“一部”なんだから」

「“一部”?」

直人は繰り返す。

「まっ、そのうちわかるよ、俺が誰なのか」

それ以上、声は何も言わなくなった。

「(……俺の一部…?どういう事だよ…?)」

声が言ったその言葉の意味が、全く理解出来ない。

直人はなかなか足を動かす事が出来ず、しばらくその場に立ち尽くしていた。

⏰:10/06/26 13:56 📱:N08A3 🆔:sOCuCGLY


#441 [我輩は匿名である]
次の日。

飛鳥はいつも以上にボーッとしている。

「……あいつ、何かあったのか?」

「わかんねぇんだよなぁ、俺にも」

遠くから彼女の様子を見ながら、直人と薫は話し合う。

「聞いてこいよ」

「やっぱ俺!?」

「お前以外に誰がいるんだよ」

「お前がいるじゃん」

⏰:10/06/29 16:57 📱:N08A3 🆔:Kd8tcpI6


#442 [我輩は匿名である]
「何で俺が他の女の機嫌見に行かないといけねぇんだよ」

2人は小声で言い合う。

「ほらっ、あいつのお守りはお前の仕事だろ」

薫にシッシッと手を振られ、直人はムスッとしながら動き出す。

「よ、よぉ、神崎」

顔を引きつらせながら、直人が飛鳥に近づく。

「…あぁ、おはよ」

飛鳥は早くも疲れ果てた顔で挨拶を返す。

⏰:10/06/29 16:57 📱:N08A3 🆔:Kd8tcpI6


#443 [我輩は匿名である]
「おはよう」

様子を伺っていた薫の所に、響子がやってきた。

「おう」

「…飛鳥ちゃんは?」

同じように飛鳥を気にしている響子に、薫は一瞬きょとんとする。

「…今直人が偵察に行ってる」

薫は直人を指差す。

「あいつがどうかしたのか?」

「…実は…」

響子は薫の耳元で、昨日の話をしはじめた。

⏰:10/06/29 16:58 📱:N08A3 🆔:Kd8tcpI6


#444 [我輩は匿名である]
「元気ねぇじゃん」

そんな事も知らない直人は、少し緊張しながら尋ねる。

「そんな事ないけど」

飛鳥は笑って答える。

しかしその笑顔は弱々しく、目の下にはうっすらクマが出来ている。

「…本当か?クマ出来てるぞ?」

「大丈夫だって。いつも通り」

そう言われると、これ以上問い正すわけにもいかない。

⏰:10/06/29 16:58 📱:N08A3 🆔:Kd8tcpI6


#445 [我輩は匿名である]
「…そうか?まぁ、何か悩みあったら言えよ?」

「うん、ありがと」

飛鳥は小さく笑う。

困って、直人はフラフラと席を離れる。

「絶対大丈夫じゃないよ、あの子」

昨日の声が直人に言う。

直人はまた、立ち止まって周りを見回す。

「無駄だよ。お前に俺は見えない」

⏰:10/07/10 10:13 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#446 [我輩は匿名である]
「ちっ」

声にあっさり言われて、直人は舌打ちする。

しかし、今声と話している暇はない。

さっさと薫の所へ戻り、椅子に座る。

「香月。いつ来たんだよ」

「ついさっき」

響子は笑って答え、「じゃあね」と教室に戻っていった。

⏰:10/07/10 10:13 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#447 [我輩は匿名である]
「何しに来たんだ?あいつ」

「俺に“おはようのチュー”しに来ただけだよ」

「えぇっ!?こんな公共の場で堂々と…」

「冗談だって気付けよ!」

薫は冗談を言ったのを後悔したのか、少し赤面して言い返す。

直人は「何だよ冗談かよ」と、机に肘をつく。

「で、どうだった?」

⏰:10/07/10 10:14 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#448 [我輩は匿名である]
「大丈夫って言われたけど、見るからに大丈夫じゃなさそうだ」

2人は深刻そうに話す。

「…あっ」

直人はひらめいた。

「安斎に聞いてくる!」

「えっ!?ちょっ…」

薫が止める間もなく、直人は教室を飛び出す。

「(おい…安斎は喧嘩相手だぞ…)」

事情を聞いた薫は、難しい顔でため息をついた。

⏰:10/07/10 10:14 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#449 [我輩は匿名である]
「安斎ー」

直人は教室に入るなり呼び掛ける。

が、返事がくる前に奏子を見つけ、自分から走っていった。

「おはよ」

奏子はいつも通り笑って挨拶する。

「なあなあ、神崎が元気ないんだけど、お前何か知らない?」

直人は単刀直入に尋ねる。

すると、奏子は少し困ったように顔を背けた。

「……ちょっとね」

⏰:10/07/10 10:15 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#450 [我輩は匿名である]
「(……やっぱり喧嘩かなんかしたんだな)」

奏子の反応を見て、直人は確信した。

「何だよー喧嘩か?仲良くしろよなー」

直人は面倒くさそうにポケットに手を入れる。

「女子だって喧嘩するんだよ!」

奏子はムスッとしたように言い返す。

「…つーか、何で喧嘩したんだよ?」

ちょっと勘がさえても、そこまでは頭が回らない直人。

⏰:10/07/10 10:15 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#451 [我輩は匿名である]
何も気にする事なく、ずけずけと聞いていく。

「…女子の喧嘩の原因聞くか?」

「何だよ?いいじゃん、別に聞いたって」

直人はあっけらかんとした表情で答える。

「ちょっとは自分で考えてみな」

奏子は言いたくなさそうにそれだけ言って、そっぽを向いてしまった。

そう言われてしまうと仕方がない。

直人は「わかった」と言って出ていった。

⏰:10/07/10 10:15 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#452 [我輩は匿名である]
「(……あいつ、やっぱり飛鳥の事しか心配してないな…)」

直人が出ていったドアの方を、奏子は淋しそうにじっと見ていた。

⏰:10/07/10 10:16 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#453 [我輩は匿名である]
その夜。

飛鳥はベッドの上に転がって、天井を見つめる。

「(…どうしたら…仲直り出来るんだろ…)」

奏子との喧嘩の事で頭がいっぱいの飛鳥。

要を除いて、初めて出来た友達。

あの自殺騒動の後、昼食に誘ってくれたのは奏子だった。

だからこそ、彼女に背を向けられたショックは大きかった。

⏰:10/07/10 10:16 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#454 [我輩は匿名である]
今まで人を避けて生きてきた飛鳥は、仲直りの方法など知らない。

直人に聞こうにも、これ以上頼っている姿を見られると、

奏子はきっと今以上に腹を立てるだろう。

「(……あいつに頼ろうとするからダメなんだよ…)」

飛鳥は前腕を顔にあて、目を隠す。

晶の時もそうだった。

要だけを頼って、自分の物にしたいと思っていた。

⏰:10/07/10 10:17 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#455 [我輩は匿名である]
だから要の死に耐えられなかった。

しかし、今は少し違う。

「(……響子に…相談してみようかな…)」

飛鳥はぼんやりと考えて、ゆっくりと目を閉じた。

⏰:10/07/10 10:17 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#456 [我輩は匿名である]
「…………何?」

しかし次の日、響子は朝から良介に絡まれていた。

良介は響子の机に手をついて、彼女を見下ろしている。

「響子ちゃんが言ってた都市伝説、調べてみたんだ」
珍しく真剣な良介に、響子も黙っている。

「あれ、他人が見ても全く魅力を感じないね」

「…そう?」

「僕はね。だから思ったんだ。

君は…例の本をもらった人じゃないか、って」

⏰:10/07/10 10:18 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#457 [我輩は匿名である]
あながちハズレではない。直接もらってはないが、同じ事だ。

響子はふうっと息をつく。

「もしそうだとしても、それがどうしたの?」

「あいつもそれを知ってるのか?」

あいつ、とは、おそらく薫のことだろう。

響子は少し考え込む。

薫とは前世で夫婦であった事。優也と交わした約束。

それをはっきり言ってしまえば、諦めてくれるかもしれない。

⏰:10/07/10 10:18 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#458 [我輩は匿名である]
「…まぁ」

良介は机から手を離す。

「前世がどうであれ、僕はまだ諦めないから」

そう言って小さく笑い、自分の席に戻っていった。

「(…諦めてよ…)」

彼の後ろ姿を見た後、響子は思い悩んだ顔で外の景色に目を向けた。

「(…響子も何か大変そうだなぁ…)」

教室の外から一部始終を見ていた飛鳥は、がっくりと肩を落とす。

これでは安心して頼れる人がいない。

飛鳥も響子のように悩みながら、自分の教室に帰った。

⏰:10/07/10 10:19 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#459 [なみ]
これ見てみて〜〜〜〜♪

私も出てるんだ〜〜〜!

パリスヒルトン最近の流出動画だよ!!

s1.shard.jp/..

⏰:10/07/10 12:50 📱:PC 🆔:PPJ.LCPg


#460 [我輩は匿名である]
飛鳥達が喧嘩してから、2週間が過ぎた。

直人は授業中でありながら、腕を組んで考え込む。

「どうやったら仲直りさせれるだろうなー?」

直人の考えている事を弁明するかのように、声が言う。

この声の主が誰なのか、まだわかっていない。

それを考えている場合ではないのだ。

「…口に出さなくても分かんのかよ」

直人はかなり小声で言い返す。

「考えてる事は大体筒抜けだよ」

⏰:10/07/22 08:58 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#461 [我輩は匿名である]
「(何だよこいつー)」

「何だよこいつーって思っただろ」

「(…やっぱわかんのか)」

「わかるんだってば」

「(じゃあいちいち喋らなくていいんだな)」

「そうだね。喋りたかったら喋っていいけど」

「(いいよ、変な奴だと思われるし)」

直人は机に肘をつく。

「でもさぁ、お前がどうこうする事じゃないんじゃないか?」

⏰:10/07/22 08:58 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#462 [我輩は匿名である]
悩む彼に、声が言う。

「(…でも神崎は、今までまともに友達出来た事もないし、

だからもちろん、どうすれば仲直り出来るのかもよく知らないし…)」

「それはそうだけど…」

声は、飛鳥の事もよく知っているようだった。

「でもお前が何でもしてやれば、あの子が何も出来ない子になるんじゃないか?」

声が言う事は正しかった。

直人は少し、何も考えずに黙り込む。

⏰:10/07/22 08:59 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#463 [我輩は匿名である]
「(お前誰だか知らねぇけど、俺の考えてること、全部わかっちゃうのか?)」

「聞いてほしくなかったら聞かないよ」

「(じゃあしばらく聞かないでくれるか?)」

「いいよ」

声は快く言って、それ以降何も言わなくなった。

本当かどうかわからなかったが、直人はまた考え始めた。

「(確かに…俺が世話焼く事じゃねぇのかもなぁ…。

自分の事、何でも自分で解決できないと、晶みたいになっちまうかもしれねぇし…)」

自然と、「うーん…」と声が漏れる。

⏰:10/07/22 08:59 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#464 [我輩は匿名である]
「(……しばらくは、様子を見た方がいいかな…?)」

何だかモヤモヤするが、これも飛鳥の為だ。

直人はあまり腑に落ちない顔で、自分に言い聞かせた。

「(…おい、幽霊)」

気持ちに一区切りつけて、直人は声に呼びかける。

「俺の事?」

声はすぐに答えた。

「(お前以外に誰がいるんだよ)」

「…まぁ、幽霊って言われると否定は出来ないけど」

⏰:10/07/22 08:59 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#465 [我輩は匿名である]
“幽霊”と言われるのが気に食わないのか、声は言葉を濁す。

「考え事終わったの?」

「(あぁ。しばらくは様子見にした)」

「そっか。それがいいよ」

「(…で、改めて聞くけど、お前だれ?)」

直人はストレートに声に尋ねた。

「…直人、本当鈍感だよな」

「(うっせぇな、どいつもこいつも鈍感鈍感って)」

直人は黒板を見ながらブスッとする。

⏰:10/07/22 09:00 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#466 [我輩は匿名である]
あげ
続き読みたいです

⏰:10/08/01 10:29 📱:S001 🆔:9MLNrBi6


#467 [我輩は匿名である]
 age!

⏰:10/08/05 00:44 📱:auKC3X 🆔:☆☆☆


#468 [我輩は匿名である]
めっちゃ好きなんであげます

⏰:10/08/25 00:08 📱:F02A 🆔:Vnr3JSc6


#469 [我輩は匿名である]
続きお願いします!

⏰:10/09/08 19:44 📱:SH01B 🆔:yaC7Z24Q


#470 [我輩は匿名である]
とってもお待たせして本当に申し訳ありません
待っていてくださる方がたくさんいらっしゃって、感激です…(ノд<。)゜。

ちょっとずつしか進めれませんが、温かく見守ってもらえれば幸いです

⏰:10/10/21 19:04 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#471 [我輩は匿名である]
「月城薫は、俺が誰かわかってるみたいだったけど?」

「(そうなのか!?)」

「まぁ彼は勘鋭そうだしな」
声はからかうように笑っている。

「(…薫はお前の事知ってるのか?)」

「さぁ?全く知らないって事はないだろうけど」

直人は全くわからない。

ノートの端っこに、適当に図を書いてみる。

⏰:10/10/21 19:05 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#472 [我輩は匿名である]
真ん中に“幽霊”、その両脇に“オレ”“薫”と書いて、幽霊に矢印を引っ張る。

「(…お前、あと誰知ってる?)」

「お前の周りにいる人は大体知ってるよ。

月城薫、神崎飛鳥、安斎奏子、香月響子、あとロン毛の変な男子」

「(あぁ…あの自称・帰国子女な)」

最近あまり顔を見ないため、すっかり忘れていた。

「あと」

声が補足する。

⏰:10/10/21 19:05 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#473 [我輩は匿名である]
「石川晶」

直人はその名前にハッとした。

「(何であいつの事まで…!?)」

「さぁ?何でだと思う?」

声は問い詰めるように聞き返してくる。

晶を知っているのは、直人の近くでは薫と響子しかいない。

直人はさっきの図にいろいろ付け足し、それをじっと見つめる。

男の声。晶を知っている人物。薫じゃない…。

しばらく見ていると、直人はある人物を思い出した。

⏰:10/10/21 19:06 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#474 [我輩は匿名である]
自分とそっくりな顔をした、たった1人の晶の友達…。

「…お前…」

驚きのあまり、授業中だという事も忘れ、声を漏らす。

「…要か…?」

「…やっと思い出してくれたんだね」

声は、待ちわびたという感じで返事をした。

自分で言ったものの、直人は全く信じられない。

本を読んでいた時の直人と真逆の事が、要に起こっているみたいではないか。

「お前、何で…?」

⏰:10/10/21 19:07 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#475 [我輩は匿名である]
「声出てるよ」

声に言われて顔を上げると、周りの生徒が不思議そうにこっちを見ている。

直人は恥ずかしくなって、黙ってうつむく。

「(でも何で?つーかお前、どこにいんだよ?)」

「お前の中だよ。直人も同じような事あっただろ?5月ぐらいに」

言われてみれば、要の声によく似ている。

しかも“直人の中にいる”という事は、半年前の直人とほぼ同じ状態だ。

⏰:10/10/21 19:07 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#476 [我輩は匿名である]
「(何で!?お前にも本あんの!?)」

「無いよ」

「(じゃあ何でこんな事になってんの?)」

「…それは…今はまだ言えないな」

要は、なぜこんな状況になっているのは知っているようだ。

しかし、『今はまだ』という事は、いつか教えてくれるのだろうか?

「(まだって、いつか教えてくれんの?)」

「まぁ、言うべき時になったらね」

⏰:10/10/22 22:24 📱:N08A3 🆔:PoYSolQc


#477 [我輩は匿名である]
「(いつになんの?それ)」

「さぁ?」

「(何なんだよお前ー!)」

「何って、長月要だよ」

「(知ってるっつーの!)」

直人はわけがわからず、うなだれながら大きくため息を吐いた。

⏰:10/10/24 22:22 📱:N08A3 🆔:F3jbXIQM


#478 [我輩は匿名である]
昼休み、直人は不服そうに薫を見る。

「…何でわかってたわけ?幽霊の正体が要だって」

「逆に何でわからなかったわけ?」

呆れるように薫が聞き返す。

「石川晶が運動嫌いって話で『意外だ』って言うんなら、

あの女を知っている人間って事だろ?

その中から男の声ってので、今日子は候補から外れる。

で、『もう忘れたのか』って言われたんなら、お前が知ってる男だろ?

だったら長月要しかいないじゃないか」

⏰:10/10/24 22:22 📱:N08A3 🆔:F3jbXIQM


#479 [我輩は匿名である]
「さすが学年1位」

薫の解説に、要も納得している。

何だか疎外感を味わっている気がして、直人はムスッとする。

「…あーあー、どうせバカですよ、俺は」

「いじけるなよ」

要と薫の声が重なる。

「ハモるなよお前ら!」

「……え、今もいるのか?長月要」

「いるよ、24時間いるみたいだぞ」

⏰:10/10/24 22:23 📱:N08A3 🆔:F3jbXIQM


#480 [我輩は匿名である]
「えー迷惑な話」

「そんな事言われたって困るよ!」

『迷惑』と言われてショックだったのか、直人の中で要が叫ぶ。

「でも、何でそんな事になってるんだ?」

「えっ?俺だけ!?お前なってないの!?」

「なってない。響子も何も言ってないし、お前だけじゃないのか?」

「えーもう意味わかんねぇ…」

直人は椅子の背もたれにもたれて天井を見上げた。

⏰:10/10/24 22:23 📱:N08A3 🆔:F3jbXIQM


#481 [我輩は匿名である]
放課後、飛鳥はボーッと、自分の席で黄昏ていた。

「神崎、帰んねぇのか?」

直人は鞄を肩から掛けながら話し掛ける。

「うん…もうちょっとボケーッとしてから帰る」

飛鳥は相変わらず、元気ない笑顔で答える。

それを見て、直人は真顔で何かを考える。

「………何で悩んでるのかわかんねぇけどさ」

少しして、直人は口を開いた。

「いつまでも悩んでるとしんどくないか?」

⏰:10/10/25 18:11 📱:N08A3 🆔:B2OZUzic


#482 [我輩は匿名である]
「…んー、まぁ、疲れるね」

飛鳥は苦笑して答える。

「じゃあさ、何かに熱中して、ちょっと間悩み事忘れたら?」

そう言われて、飛鳥はきょとんとする。

「…え?」

「いや…ずーっと悩んでると、そのうち欝になりそうな気がしてさ。

だから、たまには何かで気分転換しろよ」

直人にしてはまともなアドバイス。

飛鳥は意外そうな目で直人を見上げている。

⏰:10/10/25 18:12 📱:N08A3 🆔:B2OZUzic


#483 [我輩は匿名である]
要も何も言わない。

「…そうだね」

少しして、飛鳥は小さく笑った。

「そうしてみるよ。ありがと」

「おう」

ちょっと元気になったような彼女の笑顔を見て、直人もニッと笑い返した。

⏰:10/10/25 18:12 📱:N08A3 🆔:B2OZUzic


#484 [我輩は匿名である]
「(…どうしよう…)」

一方、奏子も悩んでいた。
どうしてあそこまで言ってしまったんだろう、と。

確かに、飛鳥が黙って直人と会っていたのには苛立った。

お守りをあげていたのにも、正直腹が立った。

しかし、飛鳥が陰でコソコソやるような性格でない事は、奏子も知っている。

「(…飛鳥の話も、聞いてあげれば良かったな…)」

帰りながら、奏子は小さくため息を吐く。

腹が立つあまり、昼食も一緒にとらなくなってしまった。

⏰:10/10/27 19:08 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#485 [我輩は匿名である]
バイト先でも一言も口を利いていない。

飛鳥にも悪いところはあるが、その分、飛鳥は余計に気にしているだろう。

自分から謝るべきかどうか、奏子は悩みながら1人帰った。

その後、飛鳥は何故か、授業が終わるとすぐに学校に帰るようになった。

直人は理由を聞きたい気もしたが、今は聞かないようにしていた。

彼女なりに考え、悩みをコントロールしているのだろう。そう思ったからだ。

⏰:10/10/27 19:08 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#486 [我輩は匿名である]
ある日。

「ん?」

休み時間、飛鳥が薫と話している。

最近良く見る光景。

仲良くない事はないのだが、2人きりで話しているのは、最近まで見たことはなかった。

「何してるんだろうな」

要も不思議そうにしている。

直人は首をかしげ、話し掛けに行くか考える。

⏰:10/10/27 19:09 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#487 [我輩は匿名である]
するとちょうどよく、8組に響子がやって来た。

「香月香月!」

響子が薫の所に行く前に、直人は響子の元に走る。

「水無月くん」

「ちょっと聞きたい事があるんだけど!」

「ん?」

響子はきょとんとしている。

「神崎と薫が最近やけに仲良いんだけど、何か知らねぇか?」

腕を組んで直人は尋ねる。

⏰:10/10/27 19:09 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#488 [我輩は匿名である]
響子はそれを聞いて、少し考え込んだ。

「………知ってるけど…」

「えっ、マジで!教えて」

「んー、やだ」

響子はにっこり笑って答えた。

「はぁー!?」

「だって今言わない方が、後で水無月くんきっと喜ぶよ?」

「そうなのか?」

何かのどっきりの計画でもしているのか。

⏰:10/10/27 19:09 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#489 [我輩は匿名である]
「もしかして、俺の為のなんか…!?」

「別に水無月くんの為じゃないけどね」

嬉しそうにガッツポーズする直人に、響子がバッサリ否定する。

「ちっ…」と、直人は悔しそうに舌打ちする。

「まぁ浮気じゃないから、気にしなくて良いわよ」

それは想像つくのだが、何なのかは全くわからない。

しかし、響子いわく「直人も喜ぶ」事らしいので、

直人はそれがわかる時まで待つ事にした。

⏰:10/10/27 19:10 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#490 [我輩は匿名である]
それがわかったのは、12月の中旬だった。

すっかり寒くなって、ブレザーを着ても肌寒いくらいだ。

直人達が取り囲んで見ているのは、学期末テストの結果。

貼りだされた紙を見る輪のなかに、奏子の姿はない。

まず目についたのは上位の順位。

薫が1位なのだが、その近くに良介の名前がなかったのだ。

「…とうとう諦めたか」

「まっさっか!!」

4人の背後で声がする。

⏰:10/10/27 19:10 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#491 [我輩は匿名である]
来た。直人達は顔をしかめて目を合わせる。

薫は鬱陶しそうに振り向く。

案の定、そこには仁王立ちした良介がいた。

「…何だよ」

「僕が響子ちゃんを諦めるわけないだろう!?

受けれなかったんだよ!テスト!」

「何で?」

直人と飛鳥は首をかしげる。

⏰:10/10/27 19:10 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#492 [ま]
はう(´・ω・`)余計続きが気になる(´・ω・`)

⏰:10/10/31 00:38 📱:P04A 🆔:H9axVRIU


#493 [我輩は匿名である]
「風邪引いて追試になったからさ!」

良介は華麗に理由を言う。

が、薫はすでにげんなりしたように良介を視界から外している。

一応追試は出来るものの、その点数は順位には反映されない。

「おいっ!僕から目を逸らすな!」

良介は声を荒げて、薫の身体を自分の方に向ける。

「相変わらず鬱陶しいね、この子」

彼の暴走ぶりに、要が呆れている。

「次こそは!お前から響子ちゃんを奪い返す!!」

⏰:10/10/31 08:42 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#494 [我輩は匿名である]
良介はビシッと薫を指差す。

「……なぁ、いい加減やめないか?」

薫はため息を吐きながら言う。

「何?」

「お前、本当に響子の事が好きなのか?」

「当たり前だろ!」

「だったら…」

「そんなに勝つ自信が無いか?」

⏰:10/10/31 08:42 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#495 [我輩は匿名である]
良介はまるで見下すような目で薫を見る。

「そういう事じゃない」

「同じ事だろ?響子ちゃんと離れたくないなら、僕に勝てば良いだけの話だ。

1回僕に負けたからか?そりゃあれだけ自信満々に乗ってきたのに…」

「いい加減にしろよ」

薫は口調を強め、良介を睨む。

「ちょっと喋らせておけば調子に乗りやがって…。

“俺”とキョウコの事を何も知らない“ただの幼なじみ”が意気がってんじゃねぇぞ…!」

⏰:10/10/31 08:42 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#496 [我輩は匿名である]
薫の話に、良介は眉をひそめる。

「(何だ…?こいつと響子ちゃんの間に、何かあるのか…?)」

前世の事について全く何も知らない良介は、薫のその言葉が気になった。

「……こわっ」

「完璧にキレてるな…」

隣で2人の様子を見ている直人達は、ちょっとハラハラしている。

響子も、いつもと違って、かなり不安そうな顔で薫を見つめている。

⏰:10/10/31 08:43 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#497 [我輩は匿名である]
「…『何も知らないくせに』っていうんなら」

良介は真剣な顔で薫を見る。

「響子ちゃんと何があったか、僕に全部話してくれよ」

「言っても信じねぇよ。お前に言ったって、嘲笑われて終わるだけだ」

「そんな事わからないだろ!?」

珍しく、良介が本気で声を荒げる。

それを、薫は黙ってじっと見ている。

「…じゃあお前」

少し考えた後、薫は落ち着いた声で口を開く。

⏰:10/10/31 08:43 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#498 [我輩は匿名である]
「生まれてくる前から俺と響子が知り合いだったって言ったら、信じるか?」

そう言われて、良介は理解できないという顔で首をかしげる。

「そんな事あるわけ…」

良介はそこまで言って、ハッとある事を思い出した。

「……もしかして、前に言ってた…」

「…ここでするような話じゃない」

やっと話を理解しはじめた良介に、薫は背を向ける。

「本当に知りたくなったら聞きに来い。

…軽い気持ちで来たら張り倒す」

薫は見向きもしないまま言い放って、教室に入っていった。

⏰:10/10/31 08:44 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#499 [我輩は匿名である]
「……とうとう言わないといけなくなっちゃったな」

飛鳥がボソッと直人に言う。

直人も呆れたように「あぁ…」と返事して、ふと響子に目をやる。

響子は思い悩んだ表情でうつむいている。

そして、彼女も無言のまま教室へ去っていった。

「(どうしたんだろ?響子…)」

飛鳥は気にしながら、響子の背中を見つめる。

良介もその場を離れ、直人と飛鳥は顔を見合わせる。

⏰:10/10/31 08:44 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#500 [我輩は匿名である]
「………あ、俺自分の順位見てねぇわ」

直人はちょっととぼけるように言って、また紙を見直す。

しかし、自分の順位を見つける前に目を止めた。

『7位:神崎 飛鳥(8組) 451点』

「………………なぁ」

「何?」

「…………これ、お前?」

直人は飛鳥の名前を指差して、目を丸くする。

「…あたししかいないじゃん」

飛鳥はかなり恥ずかしそうに答える。

⏰:10/10/31 08:45 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#501 [我輩は匿名である]
答えを聞いて、直人はさらにきょとんとする。

「………えっ!?え!?お前っ、…はぁ!?」

いきなり順位を上げた飛鳥に、直人は混乱する。

しかし、落ち着いて考えて、直人はやっと理解した。

「最近さっさと家に帰ってたのって、勉強する為か?

薫と喋ってたのは、勉強教えてもらってたのか!?」

「………うん」

顔を背けて、飛鳥は頷く。

⏰:10/10/31 08:45 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#502 [我輩は匿名である]
「…何かに力入れてみろって言ったじゃん?

だから、ちょうどいいかな、と思って…」

「偉いっ!!」

直人は満面の笑みで飛鳥の肩を叩く。

「やったじゃん!今日は胸張って弟に嫌みかましてやれよな!」

「………うん」

飛鳥は嬉しそうに小さく笑って頷いた。

まるで自分の事のように喜びながら、直人は教室に向かって歩きだす。

「(………やっぱり)」

彼の姿を見ながら、飛鳥は心の中で呟く。

⏰:10/10/31 08:46 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#503 [我輩は匿名である]
「(あたし、あいつの事好きだな…)」

今まで曖昧に思っていた事。

それが今、改めてはっきりとわかった。

「神崎?どうかしたか?」

直人がこっちを向く。

「…ううん、何にも」

飛鳥は答えて、一緒に教室に向かった。

⏰:10/10/31 08:46 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#504 [我輩は匿名である]
放課後。

家の前で、飛鳥は少し緊張していた。

隣に響子はもういない。

自分が頑張って7位をとった事を言うと、彼らは何と言うだろう。

もしも、「そうですか」で終わらされたら…。

そう思うと、なかなか踏み出せずにいるのだ。

「邪魔だよ、そこ」

ドアの前でボーッとしていると、背後から巧の声がした。

⏰:10/11/05 15:44 📱:N08A3 🆔:IxG8QTDI


#505 [我輩は匿名である]
振り向くと、偉そうに腕を組んで、巧がこっちを睨んでいる。

「何してたの?家に入るの嫌になった?

だよねー。出来損ないは相手にされないもんね」

巧はバカにするような顔で笑う。

飛鳥はムッとして巧に言い返す。

「あんた、バカにするのもいい加減にしなさいよ」

「はっ、何?なんか自慢出来るような事でも出来た?

良かったねー。僕なんか今日テストで1位とったけどね」

巧は含み笑いのまま言った。

⏰:10/11/05 15:45 📱:N08A3 🆔:IxG8QTDI


#506 [我輩は匿名である]
『1位』という言葉を聞いて、飛鳥は茫然とする。

「はははっ、何?もしかして、成績で僕に勝ったとか思った?

無理に決まってんじゃん、僕に勝とうだなんて。

わかったらさっさとそこどいてくれる?」

巧はため息を吐いて、無理矢理飛鳥をどかせて家に入っていった。

飛鳥は黙ってそこに立ち尽くす。

⏰:10/11/05 15:45 📱:N08A3 🆔:IxG8QTDI


#507 [我輩は匿名である]
やっと、認めてもらえると思っていた。

この家は学力しか見ていない。

母親も、父親も、弟も。

なら良い成績を取らなきゃいけない。その一心でここまできたのに。

あれだけ頑張って、あの成績を取ったのに、また弟に劣るのか。

飛鳥は拳を握りしめ、しばらく下を向いていた。

⏰:10/11/05 15:49 📱:N08A3 🆔:IxG8QTDI


#508 [ゆず]
一気に読んでめっちゃはまりました
気になる
毎回チェックします
がんばっちくりん

⏰:10/11/06 23:23 📱:P03A 🆔:DOyPQ5PU


#509 [☆]
失礼します

>>1-200
>>201-400
>>401-600

頑張ってください

⏰:10/11/07 15:14 📱:SH05B 🆔:☆☆☆


#510 [我輩は匿名である]
>>ゆずサン
>>☆サン
はじめまして
感想ありがとうございます
嬉しいのですが、感想が入ると見辛いというご意見がありましたため、よろしけば小説総合板にある感想板にお願いします
アンカーして下さるのは助かります

⏰:10/11/09 21:55 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#511 [我輩は匿名である]
次の日。

直人はじーっと、何かを考え込む薫をじっと見つめる。

「……何考えてんだ?」

「来週クリスマスだろ?響子に何やろうかと思って」

薫は腕を組んだまま答える。

そういえばあったな、そんなイベント。

直人もそう思いながら「あー」と声を漏らす。

⏰:10/11/09 21:56 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#512 [我輩は匿名である]
「………俺も何かやろうかな」

「……神崎にか?」

「んー。テスト頑張ってたしな。何がいいかなー?」

直人も一緒に考え始める。

「(なぁ、お前何かいい考えない?)」

「俺?…うーん…あの子が何好きなのか知らないしなぁ…」

要も困ったように返事する。

「…お前は?香月に何やんの?」

直人は参考程度に、薫にも話を聞いてみる。

⏰:10/11/09 21:56 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#513 [我輩は匿名である]
「……そうだなぁ…」

薫も直人と同じように、ボーッとしながら考える。

そしてしばらく黙り込んだ後、ふと「あ」と顔を上げた。

「マフラーかな」

「マフラー?何で?」

「この間欲しいって言ってたから」

「あぁ…そりゃ確実に喜ぶだろうな」

直人ははぁっとため息をつく。

⏰:10/11/09 21:56 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#514 [我輩は匿名である]
「(神崎も欲しいもの言ってくれればいいのにな)」

「お前が何かくれるなんて思ってないと思うよ」

うなだれる直人に、要が冷静に答える。

直人は「そうだよなー」と言いつつ、飛鳥に目をやる。

「何か知らねぇけど、元気無いな、あいつ」

薫もちらっと飛鳥を見る。

「やっぱりそうだよな?昨日はテストの順位見て照れてたのに」

飛鳥は机の上に、だるそうに突っ伏している。

⏰:10/11/09 21:57 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#515 [我輩は匿名である]
直人は小さく息をついて立ち上がり、飛鳥に歩み寄る。

「神崎」

直人に話し掛けられ、飛鳥は少しだけ顔を上げる。

昨日とは違い、疲れ果てたような、生気がなくなったような、そんな表情。

「…どうしたんだよ」

彼女のその表情に少し驚きながら、直人はまた問いかける。

飛鳥はしばらく、目を逸らして黙る。

「………もうだめだ、あたし」

やっと口を開いたかと思ったら、呆れたような顔でそう呟いた。

⏰:10/11/09 21:57 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#516 [我輩は匿名である]
「何だよ?昨日はあんなに…」

「1位とったんだよ、あいつが」

「…え…」

直人は言葉を失った。

1位なんて取られると、それ以上上はない。

こちらも1位を取ろうとすると、良介や薫を抜かなければならない。

⏰:10/11/09 21:58 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#517 [我輩は匿名である]
そんな事、飛鳥の学力では到底無理だ。

「…ごめん、応援してくれてたのに…」

飛鳥は再び俯きながら直人に言った。

「別に…謝る事じゃないだろ」

そう励ましたが、飛鳥はもう顔を上げる事はなかった。

⏰:10/11/09 21:58 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#518 [我輩は匿名である]
「もうちょっとでクリスマスだねー」

放課後、響子は薫と2人、階段に腰を下ろして話していた。

「そうだな」

「ところで!」

響子は鞄の中から1冊の雑誌を取り出す。

その表紙にはデカデカと『北海道』と書いてある。

「何?それ」

「ほら、来月スキー実習でしょ?どこ行こうかなぁって」

⏰:10/11/09 22:20 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#519 [我輩は匿名である]
「あぁ、もうそんな時期か」

いろいろあって、スキー実習の事などすっかり忘れていた。

「それでね」

響子は楽しそうに笑いながら、付箋が張ってあるページを開く。

そこには、ガラスで作られた飾り物やアクセサリーがたくさん載せられていた。

「私、ここ行きたいんだ」

「…あぁ、好きそうだな。1日目が観光だったっけ」

「そう♪で、2日目と3日目がスキー!」

今からでも心待ちにしている響子を見て、薫も自然と顔がほころぶ。

⏰:10/11/09 22:20 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#520 [我輩は匿名である]
「…飛鳥ちゃんも奏子ちゃんも、楽しめるかな?せっかくの旅行なのに…」

ふと飛鳥たちのことを思い出して、響子の表情が曇る。

今日も昼休みに一緒に昼食を摂ったものの、終始暗かった飛鳥。

奏子も相変わらず、まだ仲直りはしていない。

「……まぁそうだけど、クラス違うだろ」

「違っても心配なの!」

世話焼きな響子は、勢い良く本を閉じる。

「…まぁ、今全員問題持ちだもんなぁ…」

⏰:10/11/09 22:21 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#521 [我輩は匿名である]
薫と響子は良介、飛鳥と奏子は互いの喧嘩、直人はその他いろいろ…。

このままでは、せっかくのスキー実習が楽しめずに終わってしまう。

響子はそれが心配で仕方がないらしい。

「どうにかなるだろ。今までもどうにかなってきたんだし」

薫は小さく笑い、ポンと響子の頭をたたいた。

⏰:10/11/09 22:21 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#522 [我輩は匿名である]
「はぁ…」

一足先に学校を出た直人は、ぼちぼち歩きながら家に向かう。

「…なぁ、どうすればいいと思う?」

誰もいないのを良いことに、直人は口に出して尋ねる。

「神崎の事?」

直人の問いに、要が聞き返してくる。

「あぁ。他にどうやって見返してやれば良いんだよ…」

弟の巧が学年トップを取った今、追い抜くことが出来なくなった。

同じトップを取ろうとも、上には薫たちがいる。

⏰:10/11/09 22:21 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#523 [我輩は匿名である]
要も考えているのか、返事が返ってこない。

「…………そんなに成績が大事なのかな?」

しばらくして、要が言った。

「今更そこかよ」

直人も呆れたように言い返す。

「あいつの家族が成績しか見てないんだから、大事なんだろうよ」

「まぁそれはそうだけど…。

でも、成績意外にも見返す方法はないのかなってさ」

まぁ確かに。直人も頷く。

⏰:10/11/09 22:22 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#524 [我輩は匿名である]
しかし、成績しか見ない彼らを、どうやって見返せるのだろうか。

「………ま、ぼちぼち考えていくかな」

「面倒見るのはほどほどにするんじゃなかったの?」

「……まぁそうだけどさぁ…、今のあいつ見てると…」

「下手すると、俺達みたいになっちゃうよ?」

その言葉に、直人は足を止める。

「でも…」

「ほっとけないんだろ?俺もそうだったよ。だからああなった」

声だけではわからないが、要はきっと、後悔しているのだろう。

⏰:10/11/09 22:22 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#525 [我輩は匿名である]
直人にはわかった。

「…………考えるだけなら構わねぇだろ」

ちょっと間黙り込んだあと、直人は口を開いた。

「そりゃあ、考えるのは自由だからね」

要は少し笑っているようだ。

考えるだけで終われるなら苦労しないんだけど、と。

⏰:10/11/09 22:23 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#526 [(o^〜^o)]
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-600
>>601-700
>>701-800
>>801-900
>>901-1000

⏰:10/11/11 11:18 📱:F01A 🆔:yy6g86Pg


#527 [我輩は匿名である]
結局、クリスマスに何かをプレゼントできる雰囲気じゃないまま、冬休みに入ってしまった。

「結局、何もプレゼントできなかったね」

寒いから布団にくるまっている直人に、要が言う。

「しゃーねぇだろ…。思い浮かばなかったし、そんな空気でもねぇし」

「まぁね…」

「直人ー!」

階段付近から、直人の母親の声がする。

「んあ〜?」

直人はめんどくさそうに、顔だけ出して返事する。

⏰:10/11/20 21:51 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#528 [我輩は匿名である]
「トイレットペーパー買ってくるの忘れたから、買ってきてー!」

「はぁー!?」

「寒がってないで、たまには外出なさーい、男でしょー!?」

「関係ねぇだろ…」

ブツブツ言いながらも、直人は布団から出てくる。

そして、ふとある事を思い出した。

「…俺前にもこんな事………あぁ!思い出した!

俺が初めてタイムスリップした時も、トイレットペーパーだった!」

「タイムスリップ?あぁ、本の中身?」

⏰:10/11/20 21:52 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#529 [我輩は匿名である]
「そうそう!」

出て行ける格好をして、直人は部屋を出る。

「あっ、行ってくれんのね。はい、お金」

母親はにこやかに、500円玉を直人に手渡した。

「おぅ、ちょっくら行って来るわ」

「薬局が今日安いらしいから、そっちで買ってきてね」

「はいはい」

直人は背中で返事をして、靴を履いて家を出た。

⏰:10/11/20 21:52 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#530 [我輩は匿名である]
ダウンを着てはいるが、顔に冬の寒さが突き刺さる。

「さみー!この寒さヤバくね?」

「俺寒さとか感じないから大丈夫♪」

要は明るい声で言った。

「え、そうなのか?」

「だって俺、幽霊みたいなものだから」

「……そっか…」

そう言われると改めて、自分の置かれている状況が異色すぎることに気付かされる。

直人はしばらく、黙ったまま歩を進める。

⏰:10/11/20 21:52 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#531 [我輩は匿名である]
「直人は俺がトイレットペーパー買いに行かされた時から知ってたんだな」

「まぁそういう事だな……ん?」

直人は返事をしながら、前方に女性が歩いているのに気付いた。

見慣れた茶髪に、見覚えのあるプーマのジャージ。

「神崎!」

直人は白い息を吐き出して、女性に声をかける。

すると、ジャージの女性は振り返った。

「水無月」

「何してんだ?お前」

飛鳥に駆け寄り、尋ねてみる。

⏰:10/11/20 21:53 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#532 [我輩は匿名である]
「暇だから、散歩」

「散歩!?こんな寒いのによく外に出ようと思ったなぁ…」

「家にいるよりマシだし」

そりゃそうか。直人は頷く。

「あんたは?」

「トイレットペーパー買って来いって言われてさ。一緒に来る?」

「…うん、行く」

飛鳥は小さく笑って返事した。

2人は並んで、薬局に向かった。

⏰:10/11/20 21:53 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#533 [我輩は匿名である]
「お前、冬休み暇で仕方ねぇんじゃねーの?」

「そりゃ暇だよ。バイトない日は特にな」

「そういえば、安斎との喧嘩はどうなったんだ?仲直りしたか?」

「してない」

「だろうな…」

直人はめんどくさそうにため息を吐く。

「まぁ…そのうちね」

飛鳥も、そろそろ話し合わないといけない事はわかっているようだ。

だったらいいか、と、直人は小さく笑う。

⏰:10/11/20 21:54 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#534 [我輩は匿名である]
「お前暇なんだったら、一緒に初詣でも行くか?」

「は?何、急に」

「いやぁ、いつもは薫と行くんだけどさ、

あいつ多分香月連れてくるだろうから、お前も来るかなぁと思って」

直人の提案に、飛鳥は少し意外そうな顔をしながらも「行く!」と即答した。

「…あー、お前ケータイ持ってねぇんだったな。

んじゃあ、1月1日10時に学校で待ち合わせな」

「…うん!」

飛鳥は久しぶりに、嬉しそうな笑顔を見せた。

⏰:10/11/20 21:54 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#535 [我輩は匿名である]
1月1日。

飛鳥はジャージではなく私服を来て、玄関で靴を履いていた。

「どこ行くの?」

またいびりに来たのか、巧が後ろに立っている。

「こんな元旦から出歩くなんて、暇人はいいよねぇ。

僕は勉強で大忙しだっていうのに。

どうせつまんない奴らとつるんでるんでしょ」

飛鳥はそれを聞き流しながら、スニーカーの紐を結んでいる。

そういえば、巧がどこかに出かけていくのを見たことが無い。

⏰:10/11/21 13:57 📱:N08A3 🆔:qrb3T8Wo


#536 [我輩は匿名である]
「まぁ、誰かとつるむの自体時間の無駄だけどね」

その一言で、飛鳥は立ち上がり、巧に向き合った。

「あんた、友達いないんだ」

巧の口元が、微妙に引きつる。

「…はぁ?」

「だってそうだろ?誰かと遊びに行くとこも見た事ないし、

友達いる奴が『つるむのは時間の無駄』なんか言わないし」

「だから?友達がいたから何なの?そんな事、将来に何の関係がある?」

巧はどこか、意地になったように問い詰めてくる。

⏰:10/11/21 13:57 📱:N08A3 🆔:qrb3T8Wo


#537 [我輩は匿名である]
「僕はお前とは違って、将来を期待されてるんだ。

他の奴らと馴れ合ってる暇なんかないんだよ」

「勉強熱心で毎回試験で1位とってる奴でも、友達はたくさんいるよ。

1位の奴だけじゃない。バカだろうが秀才だろうが、みんな誰かと一緒に生きてる。

……あんたみたいな考え方の奴が、将来まともに生きていけるはず無い」

「何?僕に勝てないからって、とうとう負け惜しみ!?みっとも…」

「何とでも言いなよ。でも私は間違った事を言ってるとは思ってない。

あんたは他人をバカにしすぎてる。

“自分は誰よりも賢い”なんかバカな思い込み、捨てたら?」

⏰:10/11/21 13:58 📱:N08A3 🆔:qrb3T8Wo


#538 [我輩は匿名である]
「うるさいな!」

巧はついに、ムキになって声を荒げた。

「今そんな事に時間費やしてる暇ないんだよ!

僕は将来、父さんみたいな優秀な弁護士になるって決めてるんだ!

お前みたいな出来損ないに見下される筋合いないね!」

巧はそう言い切って、飛鳥を睨む。

“昔の自分”に似てる。飛鳥はなぜか、そう感じた。

「…そう。じゃあその“出来損ない”は、将来は捨てて今日1日楽しんで来るわ。

将来を考えるより、今を大事にする方がいいし」

「ははっ、じゃあ一生父さんにも母さんにも認められないよ!?」

⏰:10/11/21 13:58 📱:N08A3 🆔:qrb3T8Wo


#539 [我輩は匿名である]
「学力しか見ない親なんか、こっちから願い下げだよ」

飛鳥はそう吐き捨てて、家を出る。

そして、何歩か歩いて立ち止まった。

全身が震えている。

「(……よくあんだけ言い返せたな、あたし。弟相手に震えるとか、みっともない…)」

それでも、今回は負けた気がしない。

よくやった、と、心の中で自分を褒めた。

⏰:10/11/21 13:59 📱:N08A3 🆔:qrb3T8Wo


#540 [我輩は匿名である]
「飛鳥ちゃん来ないねー」

校門の前で、直人・薫・響子は飛鳥を待っていた。

10時を回ったが、飛鳥はまだ来ない。

「本当に来るのか?」

「来るって言ってたぞ」

薫はあまり信じていないようだ。

「…あっ、来た来た」

響子は言いながら、こちらに向かって走ってくる飛鳥に手を振る。

「遅い」

薫は腕を組んで飛鳥を睨む。

⏰:10/11/25 20:31 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#541 [我輩は匿名である]
「ごめん……ちょっと…あろいろありまして……」

「また例の弟か?」

「うん…。でも…今日はちゃんと言い負かして来たよ」

飛鳥は息を切らしながらも、吹っ切れたような笑みを見せた。

直人達はきょとんとする。

「マジで!?やるじゃんお前!」

直人はまるで自分の手柄のように喜び、飛鳥の肩を叩く。

2人の様子を、薫と響子も笑って見ている。

どんな言い合いだったのか、直人は飛鳥の話を聞きながら神社に向かって歩きだした。

⏰:10/11/25 20:32 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#542 [我輩は匿名である]
神社に着いた時、1から10まで喋らされた飛鳥はクタクタになっていた。

「……はぁ…疲れた…」

「そりゃあんだけ喋れば疲れるわよねぇ。

ちょっと休んでたら?私トイレ行きたくなっちゃった」

「あ、俺も!」

直人も手を挙げる。

「じゃあ行って来いよ、俺達ここで待ってるから」

薫の言葉に、ドキッとしたように飛鳥が彼の顔を見上げる。

が、鈍感な直人がそれに気付くはずもなく、響子とトイレに歩いていってしまった。

⏰:10/11/25 20:32 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#543 [我輩は匿名である]
「あそこに座って待っとくか」

薫は傍に木で出来た長椅子を見付け、そこに腰を下ろす。

立っていても仕方がないので、飛鳥もしぶしぶ、少し間を空けてそこに座った。

⏰:10/11/25 20:32 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#544 [我輩は匿名である]
「人が多いと思ったら、日本には初詣というものがあったんだなぁ、ポチ」

同じ頃、良介は犬の散歩で近くを歩いていた。

大事に育てているらしく、他の犬や人を見ても全く吠えない。

代わりに口笛を吹きながら歩いていると、

薫と飛鳥が並んで椅子に座っているのを見付け、驚いて足を止めた。

「(……な、なな何だあの組み合わせは!?

響子ちゃんは!?まさかあいつ、浮気か!?)」

良介は勝手に勘違いし、2人の声が聞こえる場所に、見えないようにしゃがみこむ。

⏰:10/11/25 20:33 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#545 [我輩は匿名である]
2人はしばらく黙っていた。

しかし、飛鳥には以前から、薫に聞きたい事があった。

いい機会と言えばいい機会なのだが、なかなか言いだせない。

「…何か言いたそうだな」

飛鳥の様子を見て察したのか、薫が先に話し掛けてきた。

「え!?あ、いや、あるっちゃ…ある…けど…」

「…何だよ、言えよ」

焦っている飛鳥を見て、薫も何だか落ち着かない。

こういう空気になってしまったら、言うしかない。

⏰:10/11/25 20:33 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#546 [我輩は匿名である]
飛鳥は心を決めて口を開く。

「……あたしの事、殺したかったんでしょ?」

単刀直入すぎて、薫も、見ていた良介も目を丸くする。

が、薫はすぐにいつもの涼しげな表情で答えた。

「…あぁ、殺したかったよ」

やっぱり。わかってはいたが、やはりショックは隠せない。

⏰:10/11/25 20:34 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#547 [我輩は匿名である]
「…何やってんの?あんた」

盗み聞きしていた良介に、誰かが話し掛けてきた。

慌てて振り向いてみると、そこには奏子が立っていた。

「……な、何だ…君か…」

「…相変わらず変だねぇ…ん?」

奏子も飛鳥と薫を見つけ、一緒にしゃがみこんだ。

「何してるの?あの2人」

「それが…」

⏰:10/11/25 20:34 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#548 [我輩は匿名である]
「それぐらいあたしの事恨んでたのに、何で許せるようになったんだろうって。

なんか前にちょっと聞いたけど、やっぱ気になっちゃってさ」

飛鳥に正直に問い掛けられて、薫も真面目な顔で答えはじめた。

「…確かに、前世の事を思い出して、お前が石川晶だと知ってから、ずっと恨んでた。

お前さえいなければ、今日子は死なずにすんだんだからな」

見られているとは知らず、薫は飛鳥に言う。


「響子が死んだ?何の話?」
『キョウコ』という名前を香月響子しか知らない2人は、顔を見合わせる。

⏰:10/11/25 20:35 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#549 [我輩は匿名である]
「でも…変な言い方だけど、お前が今日子を巻き添えにしてくれて良かったのかも知れないと思ったんだ」

どういう事なのか。飛鳥は小さく首をひねる。

「今日子が死んでも死ななくても、俺が癌に侵される事は変わらない。

今のように医療が進歩していたら変わったかもしれないが、

少なくともあの時代では、癌は不治の病と言われていた。

だからもし今日子が生きていたら、いつか遺されるのは今日子になる」

「……あぁ…そっか…」

「あの時、俺達はまだ20代だった。俺もただのサラリーマンだったから、貯金も生命保険も少ししかなかった。

精神的に辛い上に、産まれたばかりの子どもを抱えて、今日子は生きていかなければならなくなる。

…そうなるなら、遺されたのが俺で良かったんだと思った」

⏰:10/11/25 20:36 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#550 [我輩は匿名である]
そう言って、薫は小さく笑った。

「それにお前を殺しても、あの日に戻れるわけでもないし、

俺が霜月優也に戻るわけでも、響子が長谷部今日子に戻るわけでも、

直人が長月要に戻るわけでもない。だったら何のメリットもないだろ。

…まぁ、だからといってお前が自殺したのが正しかったとは思わないけどな」

「あぁ…それは…そうだと思う…」

薫にそう付け足されて、飛鳥は少し肩をすぼめる。

⏰:10/11/25 20:36 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#551 [我輩は匿名である]
「そんなに気になってたのか?ほんと小心者だな、お前」

「ほ…ほっといてよ」

飛鳥はむすっとして目を逸らす。


「……今の話…」

良介と奏子は、それぞれ複雑な気持ちで、しばらくそこに留まっていた。

⏰:10/11/25 20:37 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#552 [あんちむ]
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-600
>>601-700

⏰:10/11/29 12:09 📱:SH05A3 🆔:5j8KcYUA


#553 [あんちむ]
>>552

⏰:10/11/29 12:10 📱:SH05A3 🆔:5j8KcYUA


#554 [我輩は匿名である]
3学期。

「あーあ、テスト全然わかんね」

「どうせ冬休みの課題、答え丸写しして終わらせたんだろ」

この日は、冬休みの課題を踏まえた実力テストだった。

「あんな量1個1個やってられるかよ」

「まぁ、俺も半分ぐらい写したけどな」

空になった弁当箱を片付けながら、薫は笑う。

「お前もかよ。…で?今回はちゃんと1位取れそうなのか?」

直人は良介の事を思い出し、薫に聞いてみる。

すると、薫の動きが止まった。

⏰:10/12/15 17:40 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#555 [我輩は匿名である]
「……嫌な事思い出させるなよ…」

「何だ、忘れてたのか」

「…でも今回何も言ってこなかったな。あいつも忘れてるんじゃないか?

っていうか、いい加減忘れてほしい」

「無理だろ」

「月城ー!」

クラスメイトが、教室に入ってくるなり駆け寄ってきた。

「何」

「今廊下で聞いたんだけどさ、スキー実習のグループ、4組と一緒らしいぞ!」

「へぇ、良かったじゃん。嫁と一緒で」

⏰:10/12/15 17:40 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#556 [我輩は匿名である]
「嫁のストーカーも一緒だぞ」

わざわざ急いで言いに来た意味をわかっていない直人に、クラスメイトが補足する。

「うわ、めんどくせぇ」

「…終わった…俺のスキー実習…」

薫は早くもげっそりしてうなだれている。

直人とクラスメイトは、哀れみを込めた目で薫を見る。

「水無月くん!」

いつ来たのか、響子がバン!と机をたたく。

「うわ、びっくりした。いつからいたの」

「今!それよりね!」

⏰:10/12/15 17:41 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#557 [我輩は匿名である]
「聞いたよ…スキー実習が地獄になる事だろ…」

薫は壁にもたれながら響子に言う。

「違う!飛鳥ちゃんと奏子ちゃんが、とうとう1対1で話し合うって」

「え、マジで?」

「うん。さっき奏子ちゃんが来て、2人で行っちゃったのよ」

「やっとかよ。つーか、あの2人何で喧嘩してたの?」

直人は響子に聞き返す。

ここまで来て理由をわかっていない直人に、響子と薫は呆れてため息を吐いた。

⏰:10/12/15 17:41 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#558 [我輩は匿名である]
飛鳥と奏子は、階段の踊り場にいた。

「ごめん、呼び出したりして」

「…ううん、あたしも話したい事あったから」

緊張しつつ、飛鳥ははっきりと受け答えする。

「……1つ、謝らなきゃいけないんだ」

奏子は視線を落として白状する。

「この間、神社のベンチで月城と喋ってるの、……聞いちゃったんだ」

「……“私”が、自殺したって話?」

飛鳥に聞かれ、奏子は申し訳なさそうに頷く。

あれだけ知られたくないと思っていたが、なぜか怒る気にならない。

⏰:10/12/15 22:00 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#559 [我輩は匿名である]
「……いいよ、いつか話さないといけないのかなって思ってたし…」

「…そっか。…………じゃあ、1つ聞いていい?」

「…うん。何?」

「…水無月の前世の事」

覚悟はしていたが、ドキッとした。

飛鳥はしばらく黙り込む。

「…知り合いだったんだよね?」

「………うん」

飛鳥は自分を落ち着かせようと、息を吐く。

「……前世の私が、唯一好きになった人だった」

⏰:10/12/15 22:00 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#560 [我輩は匿名である]
飛鳥はそう白状した。奏子は心の中で、やっぱりな、と呟く。

「…私のせいで死んだんだ」

「どういう意味?」

「……私が、あいつが止めるのも聞かないで道路に飛び出したから…」

そういえば、水無月はトラックにはねられたって言ってたな。

奏子は話を聞きながら思い出した。

「それがショックで、耐えきれなくて、ビルの上から飛び降りたんだ。

ちょうどその下を歩いてた、響子を巻き添えにして」

奏子はそれを聞いて、少しの間黙っていた。

「全部、私の思い違いだったんだ。あいつの話を聞いていれば、あんな事にはならなかった」

⏰:10/12/15 22:01 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#561 [我輩は匿名である]
飛鳥は視線を落とす。

「……それでも、飛鳥はやっぱり水無月が好きなの?」

「……うん。隠しててごめん」

「ううん、私こそごめん。あんな言い方して。

…あと、ありがとう、話してくれて。ずっと気になってたんだ」

奏子はそう言ってにっこり笑う。

「これからは、いいライバルって事で」

「うん」

飛鳥も頷いて笑い返した。

⏰:10/12/16 22:53 📱:N08A3 🆔:Sg0X.jqw


#562 [我輩は匿名である]
HRの時間、直人は配られたスキー実習のしおりを見て顔を引きつらせる。

男女合わせて6人グループ。女子枠には飛鳥の名前がある。問題は男子枠が薫と良介。

「めんどくさい組み合わせになっちゃったねー」

他人事なのをいい事に、要が呆れたように言う。

「(なんでこうなるわけ…?)」

そう思いながら、薫に目をやると、案の定死んだように壁にもたれ掛かっている。

「でもまぁ、香月響子がいないだけマシじゃない?いたら絶対もめるよ」

「(まぁな…)」

「(………何も起きなきゃいいけど…でもまぁ……そろそろかな…)」

要は直人の中で、声を出さずに考えていた。

⏰:10/12/16 22:54 📱:N08A3 🆔:Sg0X.jqw


#563 [我輩は匿名である]
楽しみのようなそうでもないような気がしていると、あっという間に日が過ぎていった。

そして、待ちに待ったスキー実習初日。

「すげーっ!!俺飛行機乗るの初めてだ!!」

「俺もー!!」

リムジンバスに乗り、最寄りの空港に到着した直人たち。

今までに飛行機に乗ったことが無い直人と要は、そろって目を輝かせる。

「おい、何で1位なんだよ」

「お前こそ。いい加減諦めろ」

直人が空港の窓ガラスに張りついているのを尻目に、薫と良介は睨み合う。

⏰:10/12/17 23:43 📱:N08A3 🆔:RRRJrnkw


#564 [我輩は匿名である]
「飽きないねぇ、あの2人」

「うん…」

飛鳥を含めた女子3人が、呆れた目で良介達を見ている。

「次、4組8組ー!静かに搭乗しなさーい!」

引率の教師の支持に従って、直人達は搭乗を始める。

「響子、酔ったの治った?」

クラスメイト達が搭乗を始めたのを見て、グループの友人が響子に声をかける。

「うん、だいぶマシになった。行こ」

空港までのバスで車酔いをした響子は、まだ顔色が悪いまま飛行機に乗った。

⏰:10/12/17 23:44 📱:N08A3 🆔:RRRJrnkw


#565 [葵]
早く続き読みたい(`・ω・')

⏰:10/12/21 06:36 📱:SH06A3 🆔:☆☆☆


#566 [我輩は匿名である]
「あー飛行機楽しかった♪」

札幌空港に到着し、直人はすでに満足気な顔で外の雪景色を見つめる。

その隣では、薫はエチケット袋を片手にぐったりしている。

「弱っちいなぁ、やっぱり響子ちゃんには僕がふさわし」

「黙れ」

「酔ってる時ぐらい静かにしてろよ……ん?」

早く降りたそうに立ち上がった直人は、ある席に教師が何人か集まっているのを見つけた。

「何かあったのかな?」

「(みたいだな…)」

⏰:10/12/25 10:00 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#567 [我輩は匿名である]
要と言いながら見ていると、降りる番がきたらしく、薫達が立ち上がった。

少し気になったが、直人は何も言わずにそれに続いて飛行機を降りた。

空港を出ると、そこは本当に、見たこともないような雪景色。

同時に顔に寒さが突き刺さってくるが、興奮しているからか、あまり気にならない。

「おー、マジで北海道だな!早くスキーしてー」

そんな直人の隣では、酔っている薫に加えて、運動音痴の良介も暗い顔をしている。

「ずっと観光でいいのに…」

良介と同じ理由でため息を吐く飛鳥に、クラスメイトが「それスキー実習じゃないじゃん」と笑っている。

それぞれいろんな思いを抱きながら、観光地までのリムジンバスに乗り込んだ。

⏰:10/12/25 10:01 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#568 [我輩は匿名である]
観光地は小樽市周辺。
バスから降りて記念写真を撮った後は、集合時間まで自由行動だ。

「どこ行くのー?」

「とりあえず飯食おうぜ」

「月城くん食べれる?」

「酔い止め飲んだから大丈夫」

6人は地図を見ながら、どこで昼食を食べるか話し合う。

「北海道っつったらラーメンじゃね?」

「えー僕ラーメン昨日食べちゃったよ」

⏰:10/12/25 10:01 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#569 [我輩は匿名である]
「バッカじゃないの!?」

「嫌ならあんただけ違うの食べな」

「……わかったよー、ラーメンでいいよー…」

「んじゃ決定ー」

そう言って、直人達はラーメン屋に向かって歩きだした。

その後、みんなでワイワイしながらラーメンを食べた後、

小樽運河やオルゴール館等を見て回った。

集合時間が迫ってきていたため、直人達は駐車場へと引き替えしはじめる。

⏰:10/12/25 10:01 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#570 [我輩は匿名である]
「えー!」

急に、後ろを歩いていた4組の女子が声を上げた。

「What's!?びっくりするじゃないか!」

「インフルエンザ疑いが出たって!」

女子は携帯電話を見ながら言う。

時期は1月。インフルエンザ感染者が出てきてもおかしくはない。

「あーぁ。まぁ出るだろうとは思ってたけどな」

もしかして、飛行機で教師が集まっていたのは、その話だったのかもしれない。

「しかも響子だって!」

その一言に、薫と良介が驚いたように振り向く。

⏰:10/12/25 10:02 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#571 [我輩は匿名である]
「えっ!?響子ちゃんが!?オーマイガー」

「うるさいんだよ、いちいち…」

良介が女子から非難を浴びている中、薫は暗い顔で黙り込む。

いつだったか、旅行雑誌を見ながら笑っていた響子。

あそこに行きたい、ここにも行きたいと、楽しみにしていたのに…。

薫は無言のまま腕時計に目をやる。集合時間まであと5分。

「……直人」

「ん?」

⏰:10/12/25 10:02 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#572 [我輩は匿名である]
「…俺、後で追い付くから先戻ってて」

「は?えっ、ちょ…」

呼び止める間もなく、薫は駐車場とは反対方向へ走りだした。

「ちょっと、どうすんの!?もう時間ないよ!」

「でもいいじゃーん♪あれ絶対響子に何か買いに行ったよ」

「何!?」

「…まぁ、いいんじゃないの?彼らしくて」

「(いいんだけどさ…時間に間に合わないぞ?)」

「帰って来るよ、そのうち」

⏰:10/12/25 10:03 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#573 [我輩は匿名である]
「(適当だなぁ…)」

直人は思いながら、困ったように頭を掻く。

「ここにいても仕方ないし、駐車場行こうよ。怒られない言い訳考えつつさ」

「え、僕は怒られるのはごめんだぞ!勝手にどっか行った奴の事なんか知るか!」

「さっきからうるせぇなぁ!」

やたらと横槍を入れてくる良介に、直人が声を上げる。

「薫と張り合う割に、ちぃせぇ奴だな!あいつは怒られるの承知で行ったんだろうが!

成績成績って威張りやがって!本当に香月の事好きなのかよお前!」

直人が怒鳴っているのを見て、飛鳥たちもきょとんとしている。

⏰:10/12/25 10:07 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#574 [我輩は匿名である]
「…まぁ今の見たら、月城くんの方が上だよねぇー」

4組の女子たちも、首を縦に振る。

「別に怒られるのぐらい、どうって事ないし」

飛鳥も腕を組んで言う。

「仕方ねぇだろ、もう薫行っちまったし。行くぞ」

不機嫌そうに鼻息を荒くして、直人はドカドカ歩きだす。

「やるじゃん」

飛鳥が直人の隣を歩きながら笑う。

⏰:10/12/25 10:07 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#575 [我輩は匿名である]
「あたしもスッキリした」

「ったりめぇだろ!どっちにしろ怒られんだから、

さっさと行ってバス乗ってた方が温かいしよ」

「そっち…?」

直人達はぶつぶつ言いながら、駐車場へと戻った。

⏰:10/12/25 10:07 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#576 [我輩は匿名である]
「ん?1人足りなくないか?」

バスの前で点呼をとられ、直人達は目を見合う。

「あの…ちょっと月城が…」

「月城がどうした?」

「…ちょっと…」

「ちょっと?」

「…………お、お腹痛いって」

直人が誤魔化せないと思った飛鳥が、適当に嘘を吐いた。

「そ、そう!で、トイレにこもっちゃって!」

⏰:10/12/28 22:48 📱:N08A3 🆔:CS9vaOp2


#577 [我輩は匿名である]
「先に行っててって言われたんですぅー」

飛鳥に続いて、女子たちが口々に言い訳する。

「えー!?昼飯か何かあたったんじゃないのか!?」

「さ、さぁ…。まぁ、もうくると思いますよ」

「困ったなぁ…。まぁお前達は先にバス乗ってろ」

「はーい」

何とか誤魔化した直人達は、そそくさとバスに乗り込む。

「あんまり怒られなかったねー」

5人はホッと胸を撫で下ろしながら、それぞれ席に座る。

⏰:10/12/28 22:48 📱:N08A3 🆔:CS9vaOp2


#578 [りか]
いつも読んでます
思ったのですがもしかしたら
魔法のIランドなんかで書かれたら
いいとこまでいくかもしれないですよメ

⏰:10/12/29 12:59 📱:SH003 🆔:BqXyKb.Y


#579 [我輩は匿名である]
>>りかサン
コメントありがとうございます。
申し訳ありませんが、感想等は感想板の方にお願い致しますm(_ _)m

⏰:10/12/29 13:28 📱:N08A3 🆔:M/DS/ErQ


#580 [我輩は匿名である]
集合時間を3分遅れて、薫が走って帰ってきた。

担任に頭を下げる薫を、直人は窓越しに見る。

少しやりとりが合った後、薫がバスに乗ってきた。

「おかえりー」

「あぁ…ごめん、怒られなかった…?」

「大丈夫だったよ」

「そう…。なんか…いい感じに嘘ついてありがと…助かった…」

薫は言いながら、直人の隣に座る。

相当ダッシュしてきたらしく、息を吐くたびにゼイゼイいっている。

⏰:10/12/30 17:28 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#581 [我輩は匿名である]
「大丈夫かよ?」

「あんまり…」

薫は短く答えながら、吸入式の気管支拡張剤を吸い込む。

「…で、どこに何しに行ったんだ?」

「……ガラス館?…に…」

「プレゼントでも買いに?」

⏰:10/12/30 17:28 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#582 [我輩は匿名である]
「………まぁな……。ガラス館で…買い物したいって言ってたから……」

呼吸を整えながら、薫はちょっと恥ずかしそうに答える。

「香月、大丈夫かなぁ?」

「…響子は割と丈夫なほうだし…大丈夫だろ…」

「そうだな」

全員揃ったのを再確認して、バスはやっと発車した。

⏰:10/12/30 17:29 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#583 [我輩は匿名である]
ホテルに着いたのは、それから約1時間後の事だった。

部屋に入るなり、直人はベッドにダイブする。

「はぁ〜フカフカ〜♪」

「やめろよ、埃立つだろ」

うっとうしそうに咳払いをしながら、薫もベッドに腰を下ろす。

3人部屋なので少し狭いが、泊まるにはなかなかいいホテルだ。

「今日の晩飯何かなぁー」

直人は寝転がってしおりを広げる。

その横で、薫はふと、さっきから良介が大人しい事に気付いた。

⏰:10/12/30 22:19 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#584 [我輩は匿名である]
「どうしたんだ?気持ち悪いぐらい大人しいな」

不審そうに尋ねるが、良介はベッドに寝転んで、何も言わない。

「(………変な奴。まぁ元々だけど)」

「飯まで暇だな。テレビでも見るか♪」

直人は2人の空気の悪さに気付く事なく、独り言を言いながら勝手にテレビをつける。

「この時間は何もいい番組ないじゃないか」

「わかんねぇだろ?そんな事。つーか、チャンネルおかしくね?」

⏰:10/12/30 22:20 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#585 [我輩は匿名である]
「やっぱり君バカだよね。地方が違うんだからチャンネルが変わるのは当たり前じゃないか」

「あぁ!そうか!」

良介に言われて、直人は納得して頷く。

その横で、薫は鞄からルーズリーフを取り出し、テーブルで何か書き始めた。

⏰:10/12/30 22:20 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#586 [我輩は匿名である]
「…おっ、そろそろ飯の時間じゃね?」

1時間ほどして、直人がふと時計に目をやって言った。

「本当だな。そろそろレストランの前に集まらないとな」

ずっとルーズリーフと睨めっこしていた薫も、それを裏返して立ち上がる。

「さーて、行くか」

テレビを消して、直人もひょいっとベッドから降りる。

「……あ、僕ちょっとトイレ行ってから行くから、先に行ってて」

良介は少し苦笑いして2人に言う。

⏰:10/12/31 10:47 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#587 [我輩は匿名である]
「は?待ってるからさっさと行けよ」

「待たれると焦るんだよ。すぐ行くから」

「ふぅん。じゃあ先行くぞ」

直人は何も疑わず、薫を連れて部屋を出た。

部屋に残った良介は、ちょっと間考え込む。

そして、静かにテーブルに近づき、薫のルーズリーフを拾い上げた。

1番上に『響子へ』と書かれたのを見ると、手紙のようだ。

体調を心配している事や、初めての手紙で緊張している事が書かれている。

途中、良介にはすぐに理解できない内容が出てきた。。

⏰:10/12/31 10:47 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#588 [我輩は匿名である]
『そういえば、まだカレー作ってませんね。

俺が「飯作る」って言った時の今日子の嬉しそうな顔は、今でもはっきり覚えてます。

思えば、結婚してからあんなに喜ばせた事無かったかも知れませんね。

俺は仕事ばっかりで、家に帰っても今日子に何もしてあげられなかったし…。

だから(って事もないけど)、せめて霜月優也よりはいい男になろうと思います。

……なんか、何を書いてるのかわからなくなってきた。

とりあえず、ゆっくり休んで早く元気になって下さい。 月城薫』

⏰:10/12/31 10:48 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#589 [我輩は匿名である]
「(これ…前に言ってた都市伝説の話か…?)」

良介は最後まで目を通し、少しの間立ちすくむ。

そして、またルーズリーフをテーブルに置いて、さっさと部屋を出た。

⏰:10/12/31 10:48 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#590 [我輩は匿名である]
夕飯を終えて、薫はある部屋の前に立っていた。

インフルエンザにかかった生徒が隔離されている部屋だ。

ノックをすると、マスクをした養護教諭が出て来た。

「はーい。あら?どうしたの?体調不良?」

「いえ。…4組の香月響子って、いますか?」

「香月さん?いるわよ。今寝てるけど」

「…そうですか。…しんどそうですか?」

⏰:10/12/31 10:50 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#591 [我輩は匿名である]
「ううん。予防接種してたらしいから、熱が出てるだけでピンピンしてるわよ。

暇だ暇だってずーっと嘆いてるわ」

養護教諭は笑って話す。

響子らしいな、と思いつつ、薫もホッとしたように笑い返す。

「香月さんに何か用?」

「あぁ、はい。これ…渡してもらえますか?」

薫は今日1人で買いに行ったプレゼントを養護教諭に見せる。

中にはあの手紙も一緒に入っている。

「あら、プレゼント?あら〜♪いいよ、渡しといてあげる。名前は?」

⏰:10/12/31 10:50 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#592 [我輩は匿名である]
「8組の月城です」

「月城くん、ね。わかりました。じゃあ起きたら渡しとくわね」

「お願いします」

そう言って、ぺこっと頭を下げる。

「(…何で女って人の恋愛事情で嬉しそうにするんだ…?)」

女が考えることはよくわからないな、と首を傾げながら、薫はその場を後にした。

⏰:10/12/31 10:50 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#593 [我輩は匿名である]
その夜。

「……月城、寝た?」

「寝た」

良介に聞かれ、薫は布団の中で寝返りをうちながら答える。

直人はすでに、1人で寝息をたてている。

「……そろそろ教えてくれないか?前言ってた都市伝説の事」

薫は背中を向けたまま、しばらく黙り込む。

「………お前、俺が書いてた手紙読んだだろ」

「えっ!?」

良介は動揺し、声を裏返して聞き返す。

⏰:10/12/31 16:14 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#594 [我輩は匿名である]
「な、何の事だ!?」

「あの紙、部屋を出る時に裏返して置いてたのに、帰ってきたら表向いてたし。

あのトイレに行くタイミングも変だったしな」

なんという勘の良さ。良介は白状するしかなかった。

「……悪かったよ」

「悪いにも程があるだろ。これ響子に言ったら確実に嫌われるぞ、お前」

「…………その方がいいかもな」

やけに諦めが良い良介に、薫はちらっと良介に目をやる。

⏰:10/12/31 16:15 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#595 [我輩は匿名である]
「……やっぱり無理だと思ったんだ、今日のお前見てて。

僕にはあそこまで出来なかったし、そんな勇気すら無かった。

あんな恥ずかしい手紙も書けないし」

「負け惜しみか?カッコ悪い」

褒めてられているのか貶されているのかわからず、薫は良介に言い返す。

「……あーぁ、負けたよ、僕の負けだ」

良介は吹っ切れたように、仰向けになってため息を吐く。

「あんな手紙読まされたら、割って入る間なんか無いって誰でも思うよな!」

「お前が勝手に読んだだけだろ。俺のせいみたいに言うなよ」

⏰:10/12/31 16:15 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#596 [我輩は匿名である]
薫は呆れたように顔を引きつらせる。

「どうせなら今から教えてやろうか?俺と今日子の出会いから新婚生活まで全部」

「聞きたくないね!そんなノロケ話なんか!」

「知りたかったんだろ?俺たちの前世の事」

「いいって言ってるだろ!今さらそんな話聞いてどうしろって言うんだよ!だから嫌いなんだよお前!」

「俺だって嫌いだよ、お前みたいにめんどくさい奴」

2人はいつものように言い合って、しばらく黙る。

⏰:10/12/31 16:16 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#597 [我輩は匿名である]
「………おい月城」

「…まだ何かあんのかよ」

いい加減眠そうな顔で、薫は良介に背中を向けたまま聞き返す。

「響子ちゃん泣かせたら、許さないからな」

良介は真面目に薫に言った。

「………お前なんかに言われなくてもわかってるよ」

2人はそれっきり口を開く事はなく、静かに眠りについた。

⏰:10/12/31 16:17 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#598 [我輩は匿名である]
2日目。

この日はスキーの予定だが、あいにく外は吹雪。午前中は各自部屋で過ごす事になった。

「暇だなー」

「だったら僕とBattleでもしようじゃないか!」

退屈そうに寝転んでいた直人と薫に、良介が威勢よく声を上げる。

「またかよ…。今度は何だ」

薫が良介に目をやると、彼の手には携帯ゲーム機。

「これぐらい持ってるだろ?」

「上等だ!かかってきやがれ!」

あくまでも上から目線の良介に、直人も薫も言い返す。

⏰:10/12/31 22:26 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#599 [我輩は匿名である]
が。

「………無い…」

キャリーバッグの中に手を突っ込んだまま、直人は茫然とする。

「そういえば家のベッドの上にあったよ、あれ」

要がのんきに直人に言う。

「何で家出る前に教えてくんねーんだよ!」

「だって、持ってきていいなんて思わないじゃないか」

「見つからなかったらいいんだよ!」

⏰:10/12/31 22:27 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#600 [我輩は匿名である]
「……誰と喋ってるんだ?あいつ」

「…ほっといてやって」

気味が悪そうに直人を見ている良介に、薫はため息を吐く。

「薫…」

直人は泣きそうな顔で振り向く。

「何だよ」

「DS忘れた…」

「知るかよ…」

そんな顔をされても、どうしようもない。薫は苦笑いして答える。

⏰:10/12/31 22:27 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#601 [我輩は匿名である]
「…俺ちょっと出てくる!」

直人は悔しそうに吐き捨てて、さっさと部屋を出た。

「………相変わらずおかしな奴だな」

「お前よりはマシだと思う」

「何!?そういう事は僕に負けてから言えよな!」

「で、何するんだ?」

⏰:10/12/31 22:27 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#602 [我輩は匿名である]
「あーぁ…俺もやりたかったな…」

部屋の中の様子をドア越しに伺いながら、直人はがっくりと肩を落とす。

「何してんの?」

背後から声をかけられて、直人は暗い顔で振り向く。

そこにいたのは、奏子だった。

「あぁ…安斎か…」

「閉め出されちゃった?」

奏子はからかうように笑う。

⏰:10/12/31 22:28 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#603 [我輩は匿名である]
「違ぇよ!お前は?」

「あたし?あたしは散歩♪暇だしね。あんたも来る?」

「はぁ…、そうだな…俺も暇だし、ブラブラすっかな」

直人は奏子と一緒に、ホテル内を散歩する事にした。

散歩といっても、違うフロアしか無いのだが。

「あ、先生ー」

途中、直人のクラスの担任を見つけた。

「おぉ、水無月」

「スキー出来ないんですかー?俺楽しみにしてるんですけど」

⏰:11/01/02 18:55 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#604 [我輩は匿名である]
「あたしもー!」

「ちょっと治まってきたから、午後からやりますかって話だぞ。

じゃないと俺たちも暇だからなぁ」

どっちかというと体育会系の彼も、暇を持て余しているのだろう。

「よっしゃあ!先生あざーっす」

「あんまり騒ぐなよー」

「はーい」

笑って返事をして、2人はまたどこかに足を進める。

しかし、ホテル内しか歩けないため、やはりすぐに飽きてきてしまった。

⏰:11/01/02 18:55 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#605 [我輩は匿名である]
「飽きてきたな」

「水無月って飽きっぽそうだもんね。そろそろ戻ろっか?」

「だな」

2人の部屋があるのは、今いる所のもう1つ上のフロア。

直人達はまたぼちぼち歩いて、自分達のフロアに戻ることにした。

「……水無月ってさ」

廊下を歩きながら、奏子がおずおずと口を開く。

「ん?」

⏰:11/01/02 18:56 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#606 [我輩は匿名である]
「……好きな子とかいるの?」

「…は?」

思わぬ質問に、直人はきょとんとする。

が、奏子の表情はいつになく真面目だ。

「え…何でいきなり…?」

「…ちょっと、気になってさ。…で、いるの?いないの?」

「いや…」

直人の脳裏に、一瞬飛鳥の顔がよぎる。

しかし、奏子に問い詰められ、とっさにこう答えてしまった。

⏰:11/01/02 18:57 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#607 [我輩は匿名である]
「いないけど…」

その答えに、奏子も少し目を丸くする。

「本当に?」

「あぁ、まぁ…」

直人はどうすればいいのかわからず、適当に頷く。

「…じゃあ、さ」

奏子は直人から目を逸らす。

「……あたしと、付き合ってよ」

「………へ?」

⏰:11/01/02 18:58 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#608 [我輩は匿名である]
何かの冗談だろう。直人は思った。

「え…本気?」

「当たり前じゃん!こんな事冗談で言う!?」

奏子は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

それを見て、直人もようやく実感がわいた。

告白されたんだ、俺。

⏰:11/01/02 18:58 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#609 [我輩は匿名である]
「えっ、ちょっ、俺!?そんな…」

直人は動揺し、おろおろする。

それを見て、つられて奏子も焦りだした。

「まっ、まぁすぐ答えてもらえると思ってないし!考えといてよ!ね?」

「あ、あぁ…」

2人はお互い目を合わせずに、自分達の部屋に戻った。

⏰:11/01/02 18:59 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#610 [我輩は匿名である]
薫と良介は、そろってまじまじと直人を見る。

午前中に部屋に戻ってきた時から、どうも様子がおかしい。

午後のスキーは楽しそうに滑ってはいたものの、飛行機に乗る時みたいにはしゃぎはしなかった。

夕飯も風呂も、ひたすらボーッとしていた直人。

「直人、何かあったのか?」

「うーん…」

「うーん、じゃわからないだろ!」

「うーん…」

薫と良介が話し掛けても、これだ。

⏰:11/01/02 21:34 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#611 [我輩は匿名である]
痺れを切らした良介が、直人の肩を掴んで前後に揺さ振り始める。

「何なんだよ!気になるじゃないか!言えよ!」

「まぁ落ち着けよ」

薫は冷静に、良介の手を止める。

すると、直人は少し顔を上げて、やっと口を開いた。

「……俺、…告られちゃった…」

何の事かわからず、ちょっと間2人はぽかんとする。

「…え?」

「だから!付き合ってくれって言われたの!」

⏰:11/01/02 21:34 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#612 [我輩は匿名である]
「………えぇー!?」

まさかの言葉に、2人は思わず声を上げる。

「何で!?誰に!?」

「『何で!?』は無いだろ…」

直人に食い付く良介に、薫は呆れながら呟く。

「…安斎」

「安斎?」

「…誰?」

「絶対言うと思った」

⏰:11/01/02 21:35 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#613 [我輩は匿名である]
奏子だとわかっていない良介に、直人と薫は声を合わせる。

「響子の友達だよ、5組の」

「あのデカい女?」

「それは8組の神崎飛鳥」

「……あぁ!あのショートカットの方か!で、何で?」

「そんな事俺に聞くなよ!」

「そうじゃなくて!何で悩んでるんだよ?嫌いなのか?」

「…嫌いとかじゃねぇよ。そうじゃないけど…」

嫌ではないようだが、どこか煮え切らない様子。

⏰:11/01/02 21:35 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#614 [我輩は匿名である]
「………神崎か?」

事情を知っている薫が尋ねる。

「え、あのデカい女が好きなのか?」

「……わかんね」

直人は大きくため息を吐く。

奏子に告白されてから、要もなぜか黙ったままだ。

「嬉しいよ?嬉しいんだけど、何か…モヤモヤするっていうか…。

あいつに『好きな奴いるのか』って聞かれて…パッと浮かんだのが…」

「…神崎だったんだな」

⏰:11/01/02 21:35 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#615 [我輩は匿名である]
「………うん」

「じゃあキッパリ断ればいいじゃないか」

「そう…そうなんだけど…」

直人は浮かない顔で考え込む。

確かに、奏子よりも飛鳥に気があるのだろう。何となく自分でもそう思う。

でも、1つだけ気掛かりな事があった。

⏰:11/01/02 21:36 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#616 [我輩は匿名である]
“飛鳥が気になるのは、石川晶だからじゃないのか。

もし、前世の記憶が無かったら、自分は誰を好きになるんだろう?”

そう思うと、どうすればいいのかわからなくなるのだ。

当の本人がこれなら、誰が何を言ってもおそらく無意味だろう。

薫と良介は顔を見合わせ、それ以上は何も言わなかった。

⏰:11/01/02 21:37 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#617 [我輩は匿名である]
3日目。今日は天気が良く、午前中からスキー日和だ。

せっかくのスキー実習。悩み通して終わるのはもったいない。

そう思い、直人は今日1日をスキーに捧げる事にした。

頂上近くで写真を撮ったり、雪合戦をしたりと盛り沢山だ。

スキーの時は男女別れて、それぞれ10人程のグループになるため、

雪合戦になるとほとんどの生徒が本気になる。

「はぁ…もういいよ、スキーばっかり…」

「…午後もスキーだぞ」

午前だけですでにスタミナを使い果たしたらしく良介はクタクタだ。

⏰:11/01/03 10:31 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#618 [我輩は匿名である]
「何でそんなに疲れないんだ…?」

「お前が下手なだけだろ!」
「何ぃ!?」

「飯ぐらい黙って食えよ…」
どこでも言い合う良介達に、薫はもう疲れたように息を吐いた。

⏰:11/01/03 10:32 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#619 [我輩は匿名である]
午後になると、チラチラと雪が降ってきた。

最初は問題なかったのだが、次第に風も吹いてきた。

女子グループでは。

「寒いー!」

「それよりもう疲れた…」

同じグループの子にくっつかれながら、飛鳥は良介のように疲れ果てた顔。

「飛鳥ちゃんでっかいから風避けになるね♪」

「ならないから!」

⏰:11/01/03 10:32 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#620 [我輩は匿名である]
「何p?」

「170p」

「いいなぁ、モデルみたいで」

「別にいい事ないよ」

後ろの女子がまだ滑って来ず前が進まないため、斜面の途中で雑談する。

どうやら飛鳥以上の運動音痴で、怖くてなかなか滑って来れないらしい。

「遅いなぁー。怖がってたって終わらないのにね」

早く進みたい他の女子たちは、小声で文句を言う。

⏰:11/01/03 10:33 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#621 [我輩は匿名である]
運動が苦手な飛鳥は、苦笑して適当に相槌を打つ。

そうこうしているうちに、引率の女性に背中を押されて、

一番後ろの女子が滑ってきた。

が、どこか様子がおかしい。

「え?ちょっと…」

「何でこっちに突っ込んで来んの?」

上手くカーブ出来ずに、その女子が飛鳥達に向かって突っ込んで来た。

おまけに止まり方も知らないため、スピードは上がる一方。

避けようにも、前後は列になっているし、横は崖のような急斜面。

どうやってもぶつかる。そう直感した飛鳥は、なぜかとっさにスキー板を外した。

⏰:11/01/03 10:33 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#622 [我輩は匿名である]
「結構降ってきたなぁ」

その頃、男子達は頂上付近でのんびり滑っていた。

直人達のグループの引率リーダーが空を見上げて呟く。

山の天気は気まぐれで、朝とはうって変わって、曇り空が広がっている。

「これってヤバそう?」

「んー、もうちょっとしたら吹雪いてくるかもなぁ」

先頭の男子が引率者の男性と話していると、男性の携帯電話が鳴りだした。

「そういえば、あのプレゼントいつ渡すんだよ?」

進めないので、直人はふと薫に尋ねる。

⏰:11/01/03 22:34 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#623 [我輩は匿名である]
「もう渡してきたよ」

「えっいつ?」

「昨日。今日『ありがとー(о^∇^о)』ってメール来てた」

「マジかよ」

「おい、それは僕への嫌味か?」

良介は不機嫌そうに薫に言う。

すると、電話中だった引率の男性が突然「えええ!?」と大声を上げた。

直人達は全員驚いて、男性に目を向ける。

「本当に!?どうするんですかそれ!?」

⏰:11/01/03 22:34 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#624 [我輩は匿名である]
「何かあったのかな?」

「……遭難だよ」

「はぁ?」

断言したのは、しばらく黙っていた要だった。

「(遭難って、誰が?つーか何でわかんの?)」

「…神崎飛鳥だからだよ」

その言葉に、直人は動きを止める。

「(…マジで言ってる…?)」

「残念ながら大マジだよ」

⏰:11/01/03 22:35 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#625 [我輩は匿名である]
頭の中で話していると、急に強い風が吹き抜けた。

空を見上げると、さっきよりも雪がひどくなってきている。

「この天気じゃ危ないですよ…。もうこっちじゃちょっと吹雪いて…えぇ…。

…はい、はい…わかりました…はい…」

男性の話からも、吹雪いてくるのは時間の問題だと思われる。

「あの!」

直人はスキー板を外し、男性の元へ駆け寄る。

「…遭難って、誰が助けに行くんですか?」

他の生徒に聞こえないように、小声で尋ねる。

⏰:11/01/03 22:35 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#626 [我輩は匿名である]
「…え、もしかして聞こえてた?」

「あ、いや…勘っすよ。女子が遭難したんじゃないんですか?」

図星らしく、男性は困った顔で「うーん…」と言葉を濁す。

「…どうなったんですか?生きてるんですよね?」

直人は男性に詰め寄る。他の生徒が気になって見ているが、それどころではない。

「生きてるとは思うよ。落ちた場所もそんなに危ない所じゃないし…」

どっかから落ちたのか。直人はそれを聞き逃さなかった。

「多分今救助要請してると思うけど、何せこんな天気だからなぁ…。

とりあえず、危ないから俺たちも今から降りよう」

⏰:11/01/03 22:36 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#627 [我輩は匿名である]
直人は仕方なく列に戻ってスキー板を履く。

少しは慣れただけなのに、板にはすでに雪が積もり始めている。

救助要請したって、この天気だと救助ヘリが飛ぶかわからない。

それ以前に、要請を受けて救助に来るまでにかかる時間もある。

おまけに、飛鳥が今どこにいるのかすら定かではない。

怪我で出血でもしていたら、下手すれば手遅れだ。

「(………要)」

「何?」

⏰:11/01/03 22:36 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#628 [我輩は匿名である]
「(神崎がどこにいるのか、わかったりする?)」

直人はぎゅっと、ストックを持つ手をかたく握る。

「……自分で行く気?」

「(場所がわかれば行く。じゃないと、いつ助けてもらえるかわからないだろ)」

直人の決意は、どうやっても覆らないようだ。

最初はあんなにグレていたのに、今では打ち解けようと頑張っている飛鳥。

ここまで立ち直ったのに、こんな所で死なせたくない。

その思いは、要も同じだった。

⏰:11/01/03 22:37 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#629 [我輩は匿名である]
「…自分も死なないって自信ある?」

「(大ありだ!無かったらこんな事考えねぇよ!)」

「…じゃあ、俺の言う通りに滑ってよ」

「(任せろ!)」

直人は答えると同時に、順番を無視して滑りだした。
「水無月!?」

驚いた男子達の声を振り切って、直人はさっさと滑り降りる。

⏰:11/01/03 22:38 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#630 [我輩は匿名である]
不思議な事に、救助に任せようという気にはならなかった。

“怖い”という気持ちも、“自分も遭難したら”という気持ちもない。

あるのは、“俺が行かないと”という、根拠の無い変な使命感だけ。

「右側にいて。あと、もうちょっとゆっくり」

「ゆっくり滑ってる場合かよ」

「じゃなくて、通り過ぎちゃったら意味ないだろ!」
「あぁ、そうか」

要に怒られて、直人はやっと蛇行し始めた。

⏰:11/01/04 21:22 📱:N08A3 🆔:CNkCJZG6


#631 [我輩は匿名である]
「…あそこじゃね?」

しばらく滑ると、斜面の右端で女子グループが留まっているのを見つけた。

「…みたいだけど、邪魔だな。もうちょっと降りて」

要に指示されて、直人はルートを変えて更に降りる。

「……あ、止まって」

直人は言われた通りに、右に寄って止まる。

女子グループが止まっている所とふもとの、ちょうど中間くらいの高さだ。

また、さっきよりも少し斜面が緩やかに見える。

⏰:11/01/04 21:23 📱:N08A3 🆔:CNkCJZG6


#632 [我輩は匿名である]
「…ここから降りれる?」

緩やかながらも、やはり危険なのか、進入禁止のテープが張ってある。

「…あぁ」

「気をつけてね。お前が怪我したらどうしようもないんだから」

「へっ、そんなヘマするかよ」

ひと呼吸おいた後、テープをくぐり、コースを外れて滑りだした。

今までの斜面より急勾配だが、集中していれば滑れない事もない。

しかし、雪の質がゲレンデとは違ってフカフカなため、少々滑りにくい。

⏰:11/01/04 21:23 📱:N08A3 🆔:CNkCJZG6


#633 [我輩は匿名である]
「つーかさぁ!何でお前わかんの!?」

「そんな大声を出さなくても十分聞こえてるよ」

「うっせぇ!さっきからスピード出し過ぎて耳痛ぇんだよ!で、何で!?」

「……俺は、ちょっと特別だからだよ」

「はぁ!?何それ!?どういう……あ!」

話している途中で、前方に誰かが倒れているのを見つけた。

「いた!!」

ストックで雪を蹴り、さらにスピードを上げる。

転びそうになりながらも、何とか降りきった。

⏰:11/01/04 21:23 📱:N08A3 🆔:CNkCJZG6


#634 [我輩は匿名である]
「神崎!」

急いでスキー板を外して、飛鳥に駆け寄る。

見たところ、血は出ていない。

うつ伏せになっている飛鳥を抱き起こし、何度も声をかける。

すると、飛鳥がうっすらと目を開けた。

「神崎、大丈夫か!?」

「水無月…?」

飛鳥はボーッとしながら、直人の名前を呼ぶ。

「怪我は?どっか痛いとこ無いか?」

⏰:11/01/05 19:20 📱:N08A3 🆔:4VAH5Vzw


#635 [我輩は匿名である]
「……無い……ていうか……寒くてわかんない…」

転げ落ちている時にとれたのか、帽子や手袋が無くなっている。

直人は自分の手袋を外し、飛鳥に付けてやった。

「水無月…」

「あ?」

「…ありがと…」

飛鳥はホッとしたように、直人に笑いかけた。

「…何死にそうな顔してんだよ」

「だ…誰が死にそうな顔してんのよ…」

⏰:11/01/05 19:20 📱:N08A3 🆔:4VAH5Vzw


#636 [我輩は匿名である]
呆れた顔で言い返してくるのを見ると、どうやら大丈夫そうだ。

「今から運んでやるから、もうちょっと頑張れよ」

「うん…」

「…死んでもいいとか、考えるんじゃねーぞ」

「考えねーよ…」

「よし」

直人は飛鳥に自分の帽子をかぶせ、飛鳥を背負って立ち上がる。

「……はぁ……温かい…」

直人におんぶされて、飛鳥は小さな声で言った。

⏰:11/01/05 19:21 📱:N08A3 🆔:4VAH5Vzw


#637 [我輩は匿名である]
「水無月…ちょっと寝ててもいい…?」

「あぁ」

直人の返事を聞いて、飛鳥は目を閉じた。

「運ぶはいいけど、どこに行けばいいか知ってるの?」

飛鳥との会話が終わったのを見て、要が話し掛けてきた。

「知ってるわけねーだろ。案内して」

直人は当然のように答える。

「いいけど、あの板と棒どうするの?」

⏰:11/01/05 19:21 📱:N08A3 🆔:4VAH5Vzw


#638 [我輩は匿名である]
レンタルの物だが、やっぱり持って帰らないと怒られるだろうか?

しかし、飛鳥を背負っているため、手が空いていない。

「仕方ないなぁ…」

要がそう言ったのと同時に、直人は一瞬眩暈を感じた。

転ばないように足を踏張り、眩暈を振り切るように首を横に振る。

そして顔を上げ、直人は自分の目を疑った。

「やぁ♪」

目の前にいるのは、違う制服を着た、自分とそっくりの男。

⏰:11/01/05 19:22 📱:N08A3 🆔:4VAH5Vzw


#639 [我輩は匿名である]
「…要…?」

「ぴんぽーん♪」

要はにっこり笑って答える。

見た目も声も要そのものだが、なぜここにいるのだろうか。

「えっ!?何で!?お前さっきまで俺の中にいたじゃん!」

「まぁまぁ落ち着いて。歩きながらゆっくり話すから」

要はそう言って、スキー板とストックを持って歩きだす。

何が何だかわからないまま、直人もそれについて行く。

⏰:11/01/06 18:21 📱:N08A3 🆔:zqGirkmY


#640 [我輩は匿名である]
「…やっと教えてくれる気になったか?」

「まぁね。到着までの間だけ、聞きたい事に答えてあげるよ」

「じゃあ…」

直人は早速何かを聞こうと思ったが、ふと考えた。

聞きたい事がありすぎて、何から聞けばいいのかわからない。

「どこから聞けばいいのかわからなくて迷ってるだろ」

「…うん」

「じゃあ、どうして俺がこの時代にいるのか、から話そうか」

⏰:11/01/06 18:22 📱:N08A3 🆔:zqGirkmY


#641 [我輩は匿名である]
「あぁ、そうだな」

確かに、そこから話した方が順序よく話が進みそうだ。

「てか、お前だけだよな、この時代にいるの。

石川晶も、薫と香月の前世もいないのに、なんでお前だけ?」

「うーん…。それは、さっき言った通り、俺達が“特別”だからだよ」

それだけではわからず、直人は首を傾げる。

「それさぁ、どう意味?つか、俺“達”って、俺も入ってる?」

「入ってるよ」

少し前を歩きながら、要は頷く。

⏰:11/01/06 18:23 📱:N08A3 🆔:zqGirkmY


#642 [我輩は匿名である]
「だって直人は元々、前世を知る予定じゃなかったんだから」

こっちを向いてそう言った要に、直人はぽかんとする。

「……は?」

「前世の記憶を持つのは、前世に“未練”があった人の生まれ変わりだけだ。

晶ちゃん、霜月優也、長谷部今日子。みんな何かしら死ぬ時に未練を残したまま死んで、

それを晴らすために前世を知り、その記憶を持ったまま生きていくんだ。

まぁ、前世の遺志を受け継ぐかどうかはその人次第だけどね。

でも俺はそうじゃない。晶ちゃんなら大丈夫だと、そう思いながら死んだ。

だから未練なんかなかった。…晶ちゃんが自殺したって知るまではね」

⏰:11/01/07 13:49 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#643 [我輩は匿名である]
要の話を、直人は黙って聞いている。

「じゃあ何で直人が前世を知る事になったのかって話になるよね。

もう知ってると思うけど、前世を背負ったまま生まれ変わって生きるためには、

それなりに何かを差し出さないといけないんだ」

そういえば、以前薫が“自分は何を払ったのか”という話をしていた。

しかし、飛鳥だけは何を払ったのかを覚えていなかった。

「じゃあ、晶は何を払ったんだ?」

「何も」

「へ?」

「払わなかったっていうより、払えなかったんだ」

⏰:11/01/07 13:53 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#644 [我輩は匿名である]
払わなかったら前世を知って生きる事は出来ないんじゃないのか?

直人はますますわからなくなり、顔をしかめる。

「あの時の晶ちゃんに、差し出せるものは何もなかった。

それでも、晶ちゃんはもう1度やり直したかったんだ。

強い人間になって、今度は頑張って生きたいって思ったんだよ。

その気持ちが、あの人に認められたんだ」

「“あの人”…?」

「神様、みたいなものだと思う。顔は見えないけど、落ち着いた女の人。

その人が前世と後世の記憶を管理するんだ」

⏰:11/01/07 13:54 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#645 [我輩は匿名である]
そういえば前に説明してくれた薫も、女性の(ような)絵を描いていた。

前世を思い出させる程の力を持っているのだから、神様と言っても過言ではないだろう。

「晶ちゃんはその人に、『もう1度要に会いたい。

要に、自分が強くなるところを見ていてほしい』って言ったらしい」

「あーなるほどな。だから俺が本もらう事になったのか」

直人は納得したように頷く。

「それで、その女の人は晶ちゃんに言ったんだ。

『いいでしょう。では、長月要の生まれ変わりの者にも前世の記憶を与えます。

その代わり、その者が前世の記憶を無くしても耐える事。

それで再び自殺を図った場合、何度生まれ変わっても同じ苦しみを味わう事になるでしょう』」

⏰:11/01/07 13:54 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#646 [我輩は匿名である]
最後まで聞いて、直人は足を止めた。

足音が聞こえなくなったのを感じて、要も足を止めて振り返る。

「……今、何て言った?」

直人はおそるおそる口を開く。

「『その者が前世の記憶を無くしても』って…どういう事だ…?」

「…最初に言ったじゃないか」

真剣な顔で、要は答える。

⏰:11/01/07 13:55 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#647 [我輩は匿名である]
「『前世の記憶を持つのは、未練を持ったまま死んだ人だけだ』って。

俺達は、晶ちゃんが神崎飛鳥としてやり直すための“特別措置”なんだよ。

あの子を支えるために、一時的に俺はここにいるし、お前に前世の記憶がある。

だから彼女が過去に打ち勝った時、お前の中から前世の記憶は消えなければいけない。

…本当は、お前は前世を知らないはずの人間なんだから」

想像もつかなかった話に、直人は言葉を失う。

今更前世の記憶が無くなるなんて。

急にそんな事を言われても、「はい、そうですか」で終わらせられるわけが無い。

⏰:11/01/07 14:08 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#648 [我輩は匿名である]
ショックを隠せない直人に、要は言う。

「…それに、いつまでも“俺”がいたら、あの子はきっと強くなれない」

そう言った要の顔は、どこか悲しそうに見えた。

直人はちらっと、飛鳥の寝顔を見る。

「(……俺から前世の記憶が無くなったら…俺はどうなるんだろ…。

いや…俺だけじゃなくて、神崎も絶対ショック受けるはず…)」

直人は少しの間茫然と考えてから、顔を上げた。

それよりも先に、自分にはやらなこればいけない事がある。

⏰:11/01/07 14:10 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#649 [我輩は匿名である]
「行こうぜ、要。…今はそんな事考えてる暇ねぇよ」

「…そうだね」

要は頷いて、また歩きだした。

「……なぁ、『何度でも同じ苦しみを味わう事になる』ってどういう事だ?」

歩きながら、直人は要の背中を見て尋ねる。

「『何度生まれ変わっても自ら死を選ぶ運命を背負う事になる』って意味だよ」

要は怯む事なく答える。

「(じゃあ…もし前世を忘れた俺が神崎を見捨てるような事をしたら…

また神崎が自殺を考えるようになったら…)」

⏰:11/01/08 12:33 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#650 [我輩は匿名である]
昨日から考えていた事と重なり、直人は更に考え込む。

『もし前世の記憶がなかったら、自分は誰を好きになるんだろう』

前世の記憶が無くなったら、もしかしたら奏子と付き合うのかもしれないし、

あるいは全く違う人と付き合う事になるのかもしれない。

そうなった時、飛鳥は…。

「(いや…神崎はもう今までの神崎じゃない。そんな事でへこたれる奴じゃないはずだ)」

信じるしかない。直人は何度も自分にそう言い聞かせた。

⏰:11/01/08 12:34 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#651 [我輩は匿名である]
しばらく黙って歩いて、直人はまた口を開く。

「そういえば、何でさっき神崎の場所がわかったんだ?」

「俺には、神崎飛鳥を手助けできるように特別な力があるんだ。

まぁ言っちゃえば幽霊みたいなものだからね、俺。

幽霊がポルターガイスト起こせるのと同じような感じだと思うよ」

「…そんなもんなのか」

「期待外れ?」

「…ちょっとな」

直人は小さく笑う。

⏰:11/01/08 12:34 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#652 [我輩は匿名である]
「あんまり使い過ぎるのも神崎飛鳥の為にならないから、

必要以上に使わないようにしてたんだ。直人と話して助言する事は何回かあったけどね」

「……お前、最初から俺の中にいたのか?」

「うん。直人が全部思い出してから、ずっとね。

喋れる事に初めて気が付いたのは運動会の時だったけど」

「(運動会?あぁ、球技大会の時のあれの事か)」

「おかげで神崎飛鳥には幽霊だって恐がられるようになっちゃったけどねー」

2人は笑いながら話す。

思えば、こうやって要と話すなんて、あり得ない事だ。

⏰:11/01/08 12:35 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#653 [我輩は匿名である]
前世の自分と、生まれ変わった姿の自分。

「なんかでも…すげぇよな。前世とその生まれ変わりが一緒にいるんだぜ?」

「はははっ、そうだね。俺達だけじゃないの?」

「だろうな。でも…お前の事忘れるって事は、この事も忘れるんだよな…?」

「まぁ、そうなるね」

「あーあ、なんか残念だし、淋しいな」

「そうだね。それも今だけだよ。記憶が無くなれば、もう思い出す事はないんだし」

「……いつなんだよ?前世の記憶が無くなるの」

⏰:11/01/08 12:35 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#654 [我輩は匿名である]
「………今日、かな」

しばらく間を置いて、ぽつりと要が言った。

「お前なぁ、そういう事はもっと早く言えよ」

「あんまり早く言ったら、考え込んで元気無くなっちゃうじゃないか。

だから、わざわざショック受けてる時間が短くて済むように黙ってたんだよ」

「…それにしても急すぎだろ」

「本当はもっと早く消えようと思ってたんだけどね。でも良かったよ。今日まで残ってて」

「あぁ。お前がいてくれて良かった」

直人にそう言われて、要も小さく笑った。

⏰:11/01/08 22:46 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#655 [我輩は匿名である]
前世の記憶が無くなるなんて、今になっては全く想像出来ない。

思えば、『あの本をもらった者は死ぬ』と言われていた都市伝説。

それに自分が巻き込まれるなんて、あの時は思いもしなかった。

それがいつのまにか、前世の記憶がある事が当たり前の生活になっていた。

明日からは、ただの普通の男子高校性に戻る事になる。

淋しくなるな。実感がまだ全くわかないながらも、直人は心から思った。

すると、遥か遠くの方に人影がいくつか見えた。

「着いたみたいだね」

助けに来た人を見た瞬間、どっと疲れを感じ、直人はその場に座り込む。

⏰:11/01/08 22:46 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#656 [我輩は匿名である]
「…直人」

「ん?」

顔を上げると、要がこっちを向いていた。

「1つだけ、いい?」

「何だよ?」

「長生きしろよ。そして、…幸せになれ」

そう言って、要は笑った。

⏰:11/01/08 22:47 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#657 [我輩は匿名である]
直人も笑い返し、返事をする。

「おう、雲の上からちゃんと見とけよな」

2人は最後に笑い合う。

その直後、直人は強烈な眠気に襲われ、そのまま気を失ってしまった。

意識の遠くの方で、「さようなら、直人」と言う、誰かの声が聞こえた。

⏰:11/01/08 22:48 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#658 [我輩は匿名である]
「晶ちゃん」

誰かに名前を呼ばれて、飛鳥は静かに目を覚ます。

要がトラックにはねられて死んだ、あの横断歩道。そこに、飛鳥は立っていた。

そしてガードレールの所には、要が腰掛けている。

「要…」

「久しぶり、晶ちゃん。…いや………飛鳥ちゃん」

要は言い直し、飛鳥に微笑みかける。

ここは夢の中みたいだ。飛鳥はすぐにそう思った。

「……何で…?」

⏰:11/01/09 17:36 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#659 [我輩は匿名である]
「…ちょっと、会いたくなって」

「…あたしも、会いたかった」

飛鳥はきゅっと、体の横で手を握る。

「ずっと…要に言いたい事があったんだ。でも、いつまでも言えないままで…」

要は飛鳥を見つめたまま聞いている。飛鳥の目に涙が浮かぶ。

「……ごめんなさい」

言うのと同時に、飛鳥の頬を涙が伝った。

「私があの時、要の話をちゃんと聞いてたら…信じてたら…!」

⏰:11/01/09 17:36 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#660 [我輩は匿名である]
「飛鳥ちゃん」

要は立ち上がり、飛鳥と向き合う。

「良かったんだよ、これで」

下を向いて必死に涙を拭っていた飛鳥は、手を止めて顔を上げる。

「今の方が、きっと君は強くなれる。…直人と君を見ててそう思ったんだ」

「…見てたの?」

「まぁね。直人が言ってた幽霊って俺だもん」

なぜか自慢げに自分を指差す要に、飛鳥はきょとんとする。

⏰:11/01/09 17:37 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#661 [我輩は匿名である]
「…でも、それも今日で終わり」

要はやはり、どこか名残惜しそうにため息を吐く。

「飛鳥ちゃん、俺が言う事…よく聞いてね」

「…うん」

「…君が目を覚ました時、水無月直人は前世の記憶を全部失くしてる」

要のその一言に、飛鳥は目を丸くする。

「…何…」

「俺の事も、晶ちゃんの事も、前世に関わる記憶は何もかもね。

…信じられないと思うけど、これが俺達のルールなんだ」

⏰:11/01/09 17:37 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#662 [我輩は匿名である]
「ルールって…何…!」

言い掛けた瞬間、飛鳥の脳裏に、ある光景が広がった。

目の前にいる女性、交わした会話、示された“条件”…。

晶があの女性とした“取り引き”を、飛鳥は全て思い出した。

「……俺の言ってる事、わかるよね?」

全てを悟った飛鳥は、茫然としながらも静かに頷いた。

「大丈夫だよ、今の君なら」

要はぽんと、飛鳥の肩に手をおく。

⏰:11/01/09 17:38 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#663 [我輩は匿名である]
「…要…」

「ん?」

涙を拭ききって、飛鳥は小さく笑みを見せる。

「ありがとう。今まで、一緒にいてくれて」

泣かないようにとこらえているが、声が震えている。

「私、これから頑張るよ。もう『死にたい』なんか言わない。

友達と喧嘩しても、家族に見下されても、自分で何とかする。

…だから、ちゃんと見ててね」

飛鳥のその言葉に、要はホッとしたように笑い返した。

⏰:11/01/09 17:39 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#664 [我輩は匿名である]
「見てるよ、飛鳥ちゃんの事も、直人の事も」

そう言って、要はぺちっと、飛鳥の頬に両手をあてる。

「苦しくなったらまわりを見てみて。今の君には、支えてくれる人がたくさんいるから。

ここまで頑張って得た友達は、きっとずっと、君の宝物になる。

自信を持って」

⏰:11/01/09 17:39 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#665 [我輩は匿名である]
「…うん…!」

飛鳥は大きく頷いた。

「元気でね」

「うん。…本当に、ありがとう」

2人は再び笑い合った。初めて出会ったあの日の、長月要と石川晶のように。

⏰:11/01/09 17:40 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#666 [我輩は匿名である]
「(……どこだ…?ここ…)」

目を覚ました直人は、ボーッと天井を見つめる。

ゆっくり起き上がってみると、どこかの病院の個室のようだ。

「(……何で俺…病院にいるんだ…?)」

何があったか思い出そうとするが、全く頭が働かない。

頭を抱えつつ、窓の外の雪景色に目をやる。

「(…雪…そうだ…スキー実習に来たんだ…。

それで…香月がインフルエンザにかかったり…班行動で薫がどっか行ったり…

あぁ…安斎に告られて…神崎が遭難したとかで…)」

⏰:11/01/16 23:29 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#667 [我輩は匿名である]
そこまで考えてやっと、自分のした事を思い出した。

「……そうだ…神崎は…?」

探しに行こうと布団をめくると、それと同時に病室のドアが空いた。

入ってきたのは、病衣を着た飛鳥だった。

「水無月…!」

起き上がっている直人を見て、飛鳥は驚いた顔で駆け寄ってきた。

「大丈夫!?あんた、いつまで経っても起きないから、心配で…」

「…今何時…?」

「朝の7時だよ」

⏰:11/01/16 23:29 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#668 [我輩は匿名である]
「……マジ…?」

そんなに寝倒したのか。直人は深く息を吐く。

「お前は…怪我してなかった…?」

「あたしは大丈夫。ちょっと手首ひねったぐらいで」

「そう…そりゃ良かった」

直人は笑って返すが、その笑顔にもどこか力が無い。

飛鳥は彼の様子がおかしい事に気付き、少し首をひねる。

「水無月…?」

「ん…?あぁ…なんか頭がボーッとしちゃってさ…」

⏰:11/01/16 23:30 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#669 [我輩は匿名である]
直人は眠そうに目をこすりながら小さく笑う。

「俺…どうやってお前を助けに行ったのかとか…全く覚えてないんだよ…。

何でお前の場所がわかったのかとか…何でお前が遭難したのがわかったのかとか…。

…それだけじゃなくて…何か…もっと大事な事忘れて気がするんだけど…全然…。

変だよな…。頭とか打ったわけじゃないのに…」

声を押し出すようにして話す直人を、飛鳥はじっと黙って聞いている。

「……水無月、……“長月要”と“石川晶”って名前、聞いたことある?」

直人が話し終えたのを見て、飛鳥が静かに尋ねた。

直人は「んー…」と頭をひねる。

⏰:11/01/16 23:30 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#670 [我輩は匿名である]
「…無い…と思う」

「両方?」

「あぁ…」

飛鳥は小声で「そっか」とだけ答える。

こういう答えが返ってくることはわかっていたが、聞かずにはいられなかった。

“もしかしたら”と、一縷の望みを捨てきれなかったのだ。

「そいつらが、どうかした?」

「う、ううん。…あたしの勘違い」

⏰:11/01/16 23:31 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#671 [我輩は匿名である]
「何だよそれ…」

直人は呆れたように笑う。

「でも…良かったよ。…お前が大した怪我してなくて」

「…うん」

飛鳥は返事をして下を向く。

「水無月」

「何…?」

「…ありがとう」

飛鳥の声が震えているのを聞いて、直人は飛鳥を見る。

⏰:11/01/16 23:31 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#672 [我輩は匿名である]
「嬉しかった。来てくれるって、思ってなかったし…。

あたしを背負ってくれたあんたの背中…すごい温かくて…、

『良かった、あたしまだ生きてる』って…そう思えて…」

安心したからか、遭難した時の事を思い出してか、飛鳥の目から涙がこぼれ落ちる。

それを見て、直人は焦り始める。

「ちょ、おい、何だよ、泣くなよ…」

「ごめん…。だって、こんな事思うの初めてで…。

助けに来てくれたあんたの顔見て初めて、『あぁ生きてて良かった』って思った…」

飛鳥は両手で涙を拭きながら笑ってみせる。

⏰:11/01/16 23:31 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#673 [我輩は匿名である]
「…俺も…お前が生きてて良かった。

あの吹雪の中で、お前が目を覚まして俺の名前を呼んだ時…すげぇホッとした。

何かよくわかんねぇけど…お前だけは死なせちゃダメだって思って…。

…気を付けろよな」

「あ、あたしのせいじゃ無いし!」

「…じゃあ何であんなとこに落ちたんだよ…?」

「…それは…」

2人はそれから、担任の教師が来るまでずっと一緒にいた。

⏰:11/01/16 23:32 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#674 [我輩は匿名である]
その後、直人も飛鳥も特に問題ないと判断され、他の生徒達と一緒に帰れる事になった。

あれだけ寝たというのに、直人は飛行機の中でもずっと眠っていた。

今までの直人とは打って変わって、はしゃぐ事もなかった。

スキー実習で疲れて眠る生徒もいたが、そんな軽症なものではない。

それに気付いた薫が飛鳥に事情を聞き、後日薫を通して響子にも伝えられた。

⏰:11/01/16 23:35 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#675 [我輩は匿名である]
代休を挟んだ休み明け。

まだ眠気とだるさが完全には抜けないが、直人は何となく早めに学校にやってきた。

「おはよう」

教室に入ると、珍しい事に飛鳥がすでに登校して来ていた。

「おう、珍しく早いな」

「今日日直だったからね」

「よく覚えてたな」

直人は笑いながら自分の席に着く。

飛鳥も直人の前の席に座る。

⏰:11/01/22 12:54 📱:N08A3 🆔:ZOWzt0vc


#676 [我輩は匿名である]
「…大丈夫?眠たいの治った?」

「ん?あぁ、だいぶな。まだちょっとだるいけど」

「そうだね。あの時より元気そうに見える」

飛鳥は安心したように笑う。

「家でずーっと寝てたからな」

鞄から机に教科書を放り込みながら、直人も笑って返事する。

「さて、あたしノート取ってくる」

「取って来なかったのか?」

「持てなかったんだよ。鞄も持ってたし」

⏰:11/01/22 12:55 📱:N08A3 🆔:ZOWzt0vc


#677 [我輩は匿名である]
「あぁなるほどな。暇だし、手伝いに行ってやるよ」

「ゆっくりしてればいいのに」

「いいよ別に。お前手痛めてただろ」

直人は飛鳥に笑いかけて、さっさと立ち上がって歩きだす。

飛鳥も直人について教室を出る。

「…なんか、いつも助けてもらってばっかりだね、あたし」

廊下を歩きながら、飛鳥は申し訳なさそうに言う。

「な、何だよ急に。気持ち悪い」

「だってそうじゃん。あたし全然お礼とか出来てないしさぁ…」

⏰:11/01/22 12:55 📱:N08A3 🆔:ZOWzt0vc


#678 [我輩は匿名である]
「お礼したいの?」

「そりゃしたいよ!」

「ふぅん。じゃあ楽しみにしてるわ」

直人はそれほど期待せずに返事をする。

「…何か、欲しいものとかある?」

階段を下りながら、飛鳥は直人に尋ねる。

今のところ特に何もない直人は、腕を組んで考える。

「今んとこ、無いかな」

「じゃあ、まぁ考えといてよ」

「あぁ」

⏰:11/01/22 12:56 📱:N08A3 🆔:ZOWzt0vc


#679 [我輩は匿名である]
話が終わるとほぼ同時に、職員室の前に到着した。

棚の中には、スキー実習前に提出したノートが約40人分と、プリントの束が入っている。

「な?俺が来てて良かっただろ?」

「うん」

ノート等の量を見て、飛鳥は大きく頷く。

飛鳥はプリント類を、直人はノートを抱えて、また教室に引き返す。

すると、誰かが後ろから2人の背中をポンと叩いた。

「おはよ♪」

後ろにいたのは、ちょうど登校してきた奏子だった。

⏰:11/01/22 12:56 📱:N08A3 🆔:ZOWzt0vc


#680 [我輩は匿名である]
「おはよう」

飛鳥は普通に挨拶するが、直人は奏子を見て思い出した。

「(…そうだ、こいつに返事しないと)」

しかし、今は飛鳥がいるし、自分も両手にノートを抱えている。

「(…後でちょっと話すか)」

直人はそう心の中で決めて、教室に戻った。

⏰:11/01/24 19:59 📱:N08A3 🆔:OV5OGioo


#681 [我輩は匿名である]
昼休み。直人は今までと同じように薫と昼食を摂っていた。

「そういえば、香月はまだ休んでんの?」

「あぁ。昨日はもう熱は下がってたらしいけど。

インフルエンザって熱下がってから何日かしないと学校に来れないからなぁ」

「お前毎年かかるもんな。さすが」

「うるさいな」

直人にバカにされ、薫はムッとして睨み付ける。

直人はからかうように笑い、弁当のおかずを口に運ぶ。

⏰:11/01/24 20:00 📱:N08A3 🆔:OV5OGioo


#682 [我輩は匿名である]
「(…今までと変わらないみたいだけど…本当に覚えてないのか…?

でも石川晶と長月要を『知らない』って言ったんなら、やっぱり覚えてないんだろうな…)」

飛行機内で飛鳥に全てを聞いた薫は、そう思いながら直人を見る。

「でももう1月だろ?今年はかからねぇんじゃねぇの?」

「さあな」

「これから体でも鍛えたら?いくら前世の事で不健康になったからって、

お前が頑張ればどうにでもなるだろ」

「(…俺の事は覚えてるんだな。他人事みたいに言いやがって…)」

直人から見れば完全に他人事なのだが、薫は納得できなさそうな顔で直人を見る。

⏰:11/01/24 20:00 📱:N08A3 🆔:OV5OGioo


#683 [我輩は匿名である]
「でも、改めて考えてみたらすげぇよなぁー。自分の前世がわかるなんてさ。

俺の前世ってどんな奴だったんだろうな?もしかして、超大物だったりして!」

直人は楽しそうに笑う。

それを見て、薫は呆れたようにも、淋しそうにも見える小さな笑顔を見せる。

「何だよ、大物って」

「んー…徳川家康とか!」

「はぁ?ははっ、無いね。絶対無い」

「何で言い切れるんだよ!?わかんねぇだろ!」

直人は、薫にわかりきった言い方をされて膨れる。

⏰:11/01/24 20:01 📱:N08A3 🆔:OV5OGioo


#684 [我輩は匿名である]
「水無月」

昼食を食べ終えた飛鳥が、傍に来て話し掛けてきた。

「んー?」

「今日、放課後時間ある?」

「あぁ…あるよ」

「ちょっと…ついて来てほしい所があって」

「ふうん。いいよ、別に」

「良かった。ありがと」

飛鳥は小さく笑って、自分の席に戻っていった。

⏰:11/01/26 21:46 📱:N08A3 🆔:cSvZSEnk


#685 [我輩は匿名である]
放課後、飛鳥が日直の仕事を終わらせている間、直人は奏子を呼んで話をした。

「ごめん、遅くなって」

「忘れられたと思ってた」

奏子はからかうように笑う。

「…その…付き合ってって話なんだけどさ…」

直人は少し恥ずかしそうに下を向きながら言う。

奏子の表情も自然と真顔になる。

⏰:11/01/26 21:57 📱:N08A3 🆔:cSvZSEnk


#686 [我輩は匿名である]
「…悪いんだけど…お前の事、友達としか見れない」

直人は「ごめん」と頭を下げる。

奏子はそれをじっと見つめる。

そして早くも、諦めたように「あーぁ」と息を吐いた。

「やっぱりダメか。あんた鈍感そうだし、先に告ればOKするかなって思ったんだけど」

奏子の話を聞いて、直人は頭を上げる。

「“先に”って?」

「飛鳥より先にって事!どっちにしろ、あたしには勝ち目は無かったって事か」

⏰:11/01/26 21:58 📱:N08A3 🆔:cSvZSEnk


#687 [我輩は匿名である]
奏子はそう言って、くるっと背中を向ける。

「良かった!すっきりした。飛鳥の事、ちゃんと大事にすんのよ!じゃあね!」

直人が言葉を発する間もなく、奏子はその場を走り去った。

階段を掛け降りて、奏子は足を止める。

明るく振る舞っていてもやはりショックだったらしく、その目には少し涙が浮かんでいる。

「(……はぁ…すっきりしたのかしてないのか……。

でも、飛鳥なら…仕方ない…かなぁ…)」

奏子は涙を拭って深呼吸をし、1人でとぼとぼ帰っていった。

⏰:11/01/26 22:01 📱:N08A3 🆔:cSvZSEnk


#688 [我輩は匿名である]
告白されたのも振ったのも初めてで、直人は「本当によかったのかな」と立ち尽くす。

しかし、考えていてももうどうにもならない。

複雑な気持ちのまま、飛鳥がいる教室に戻る。

直人が入ってきた事に気付いて、飛鳥がこっちを向いた。

「おかえり」

「ただいま。日誌書き終わったか?」

「あとちょっと」

「早くしろよなー」

「わかってるよ!」

⏰:11/01/28 22:19 📱:N08A3 🆔:07zwY3H6


#689 [我輩は匿名である]
飛鳥は言い返して、さっさとペンを走らせる。

直人は飛鳥の前の席に腰掛ける。

意外にも、きれいな字で丁寧に書いてある。

「よくそんないっぱい書けるな。俺なんか2行で終わるぞ」

「だろうね。むしろ1行しか書けないんじゃないの?」

「へっ、よくわかってんじゃん」

直人は笑いながら、何となく窓の外に目を向ける。

「……俺さぁ」

⏰:11/01/28 22:20 📱:N08A3 🆔:07zwY3H6


#690 [我輩は匿名である]
「うん」

「…今日、人生で初めて人振ったわ」

急な話に、飛鳥は思わず顔を上げる。

「……は??」

「俺、スキー実習ん時あいつに告られたんだ」

全く知らなかった飛鳥は、ただきょとんとする。

「……何で断ったの…?」

「…ん〜…」

直人は飛鳥と目を合わさず、髪をくしゃくしゃしながら答える。

⏰:11/01/28 22:20 📱:N08A3 🆔:07zwY3H6


#691 [我輩は匿名である]
「……そりゃ…好きな奴、いるし…」

それを聞いて、飛鳥はドキッとする。

「(…ちょっと待ってよ、こいつと仲良い女子って奏子と響子ぐらいじゃん!

響子は論外だし、奏子がダメなら他に誰もいないし…)」

気が動転しすぎて、“自分の事かも”という考えには至らないらしい。

手を止めて考え込んでしまった飛鳥を、直人も黙って見る。

「(……これは…俺が告る空気なのか…?)」

振った後に、今度は告白か。

直人はそう思いながらも、気持ちを落ち着かせる。

⏰:11/01/28 22:21 📱:N08A3 🆔:07zwY3H6


#692 [我輩は匿名である]
「(…これは、そいつが誰なのか聞くべき?それとも…思い切って言うべき?

でも…怖いなぁ…。どうせ『ごめん』って言われるんだろうし…どうしよう…)」

2人はそれぞれ頭を悩ませる。

中でも飛鳥はかなり深刻な様子で、机に肘をついて本当に頭を抱え込んでいる。

「…お、おい…何でお前がそんなに悩んでるんだ?」

「そりゃ悩むでしょ!あたしだって…!」

飛鳥はそこまで言って、ハッと動きを止めた。

「“あたしだって”何だよ?」

「いや…その…」

⏰:11/01/29 13:10 📱:N08A3 🆔:.coV6bHI


#693 [我輩は匿名である]
つい口走ってしまい、困ったようにうつむく。

しかし、ここまできたら言うしかない。そう思った。

「……あたしも、…あんたの事好きだよ」

勢いに任せて、飛鳥は言った。

自分から言おうか迷っていた直人は、彼女の一言に目を丸くする。

2人の間に、しばしの沈黙。

「…お…」

少しして、直人が口を開いた。

「俺も好きだよ、お前の事!」

⏰:11/01/29 13:11 📱:N08A3 🆔:.coV6bHI


#694 [我輩は匿名である]
「え…」

飛鳥もまたぽかんとする。

「…本当?」

「当たり前だろ!冗談でこんな事言うかよ」

「そ、そうだよね…」

「……はぁ…何か、スッキリした」

「あたしも…」

張り詰めていた緊張が解けて、2人ともため息を吐く。

⏰:11/01/29 13:11 📱:N08A3 🆔:.coV6bHI


#695 [我輩は匿名である]
「…て事は…俺たち…両想い?」

「…になるよね」

少しずつ今の状況に慣れてきて、2人は照れながらも笑い合う。

飛鳥はまたせっせと手を動かし、日誌を書きあげた。

「お待たせ。行こ」

「あぁ」

2人は立ち上がり、教室の鍵を閉めて職員室に鍵を戻し、学校を出た。

⏰:11/01/29 13:11 📱:N08A3 🆔:.coV6bHI


#696 [我輩は匿名である]
「寒いなぁー」

直人はマフラーを鼻の高さまで引っ張り上げて、ポケットに手を入れる。

「…あの吹雪の中ぶっ倒れてから、あんまり寒さを感じなくなってきた」

「マジかよ。俺全然変わんねぇし」

「あんたも1回低体温なってみたら?」

「冗談じゃねー」

2人は冗談を交えながら帰り道を歩く。

「つーか、今からどこ行くわけ?」

⏰:11/01/31 22:36 📱:N08A3 🆔:uyvesmfk


#697 [我輩は匿名である]
「花屋」

「は!?何で!?」

「…供えに、ね」

飛鳥はぽつりと言った。

「…誰に?」

「……着いたら言うよ」

2人はそう話ながら、近くの花屋に行き、そしてある場所にやってきた。

⏰:11/01/31 22:36 📱:N08A3 🆔:uyvesmfk


#698 [我輩は匿名である]
何の変哲もない、ただの交差点。

「ここって…」

直人はぼんやり思い出す。飛鳥を追って、“1度だけ”来た事がある。

直人がぼーっと立ち尽くしている横で、飛鳥は信号機のポールの傍にしゃがみこみ、

そこに買ってきた花をそっと置いた。

「…誰か死んだのか?」

「…うん」

飛鳥は腰を下ろしたまま頷く。

⏰:11/01/31 22:37 📱:N08A3 🆔:uyvesmfk


#699 [我輩は匿名である]
「何年か前に…あたしの大事な友達がここで亡くなったんだ。

……飛び出して、トラックに撥ねられそうになったあたしをかばって」

そんな話を聞いたのは初めてだ。

直人は茫然としながら飛鳥の話を聞く。

「…そんなの、初めて聞いたぞ」

「………初めて、言ったし」

飛鳥は苦笑して言った。

⏰:11/01/31 22:37 📱:N08A3 🆔:uyvesmfk


#700 [我輩は匿名である]
「…でも、人かばって死ぬとか、女にしてはすげぇ勇気あるな」

「男だよ」

「男かよ!?」

女だと思っていたらしく、直人は驚く。

「(まぁ…女子の友達って言ったら、普通は女子だって思うよな…)」

飛鳥はそう思いながら、目を閉じて手を合わせる。

⏰:11/01/31 22:38 📱:N08A3 🆔:uyvesmfk


#701 [我輩は匿名である]
今まで、こんなにスッキリした気持ちでここに来られた事はなかった。

石川晶は要が亡くなってからはすぐに後を追って飛び降り、

飛鳥も前世を知って同じ道を選ぼうとした。

立ち直ってからも、家族の事や奏子との事、いろいろあった。

それを全て、やっと乗り越えることができた。

直人と一緒に。

⏰:11/01/31 22:39 📱:N08A3 🆔:uyvesmfk


#702 [我輩は匿名である]
手を合わせている飛鳥を見つめて、直人は困ったように立ち尽くす。

そして何を思ったのか、飛鳥の横にしゃがみこんで同じように手を合わせた。

「………何であんたまで拝んでんの?」

「“こんな奴にもちゃんと彼氏できました”って教えてやってんの」

「は…何よそれ!?」

「だって教えてやらないと、安心して成仏出来ねぇだろ?」

直人は呆れたように言い返す。

飛鳥は何か言いたそうな顔で睨んでくる。

「(…つーか、こいつ友達いたんじゃん。しかも男って………男…?)」

⏰:11/02/04 23:23 📱:N08A3 🆔:89PoZBUc


#703 [我輩は匿名である]
直人はハッと、ある事を思い出した。

スキー実習のあの日、あの場にいた“もう1人”の存在。

かすかに記憶に残っている『幸せになれ』『さよなら、直人』という言葉。

あの声は多分、若い男の声だった。

「(……あれって…)」

「…水無月?」

ぼんやりと考えていると、飛鳥が不思議そうに顔を覗き込んできた。

⏰:11/02/04 23:23 📱:N08A3 🆔:89PoZBUc


#704 [我輩は匿名である]
「あ?」

「どうかした?」

そう聞かれて、直人は少し考え込む。

こんな話をしても、信じてもらえない気がする。

しかし薫や響子のように、普通では“信じられない”事が起きていたりもする。

少しして、直人は「別に」答えながら立ち上がった。

「何それ!?絶対何かあるじゃん!教えてよ」

「そのうちな」

「はぁー!?」

⏰:11/02/04 23:23 📱:N08A3 🆔:89PoZBUc


#705 [我輩は匿名である]
飛鳥はしつこく食い下がるが、直人はもったいぶって話そうとしない。

仕方なくため息を吐いて、さっさと来た道を歩き出す。

直人は笑いながらそれを見た後、もう1度花を見る。

「(…誰だか知らねぇけど、俺もあいつも、今十分幸せだぜ)」

そう思いながら、直人は小さく笑みを見せる。


すると、この冬の凍てつくような寒さの中、不自然に暖かな風が吹き抜けた。

⏰:11/02/04 23:24 📱:N08A3 🆔:89PoZBUc


#706 [我輩は匿名である]
「何してんの?さっきから」

直人がなかなか来ないため、飛鳥がまた戻ってきた。

「…内緒ー!」

直人はそう言って、逃げるように走りだす。

全く口を割らない直人に苛立って、飛鳥も文句を言いながら追い掛ける。

⏰:11/02/04 23:25 📱:N08A3 🆔:89PoZBUc


#707 [我輩は匿名である]
2人の様子を、4人の男女が静かに見つめる。

スーツを着た男、私服の女、見た事もない制服を着た男女。

4人は2人の背中を見て安心したように穏やかな表情を浮かべ、

身を翻して音もなく消えていった。

⏰:11/02/04 23:27 📱:N08A3 🆔:89PoZBUc


#708 [我輩は匿名である]
…………………

以上でこのお話はおしまいです(*^_^*)…尻切れとんぼな感じが否めませんが…(´Д`)
ド素人の妄想で成り立っている為、ぐだぐだな所が多々ありましたが、ここまで書き切れたのは読んで下さる皆さんのおかげです(*´∇`)
本当にありがとうございました(o>ω<o)♪

⏰:11/02/04 23:46 📱:N08A3 🆔:89PoZBUc


#709 [葵]
お疲れ様です。またなにかあれば書いてください。
すごくおもしろかったです。読んでて吸い込まれました。

⏰:11/02/05 04:52 📱:SH06A3 🆔:☆☆☆


#710 [星]
これ本間ばりおもろかった!
1から読んでるけどコメントしよぉと思うくらいよかったんこれが初めて♪
長いことおつかれさんでした(^w^)

次時間に余裕あったらまた書いてください!

楽しみにしてます(o^∀^o)

⏰:11/02/05 12:12 📱:SH005 🆔:oX7/CBbw


#711 [我輩は匿名である]
>>葵サン
コメントありがとうございます(*^_^*)
たまにコメント下さいましたよね(´∀`)♪
応援していただいて、本当にありがとうございました!!

⏰:11/02/05 16:08 📱:N08A3 🆔:06vqs2IA


#712 [我輩は匿名である]
>>星サン
コメントありがとうございます(*^_^*)
そこまで喜んでいただけたなら、めっちゃ嬉しいです(*☆∀☆*)!!笑
また何か書き始めたら、ぜひ来て下さいね♪

⏰:11/02/05 16:11 📱:N08A3 🆔:06vqs2IA


#713 [(o^〜^o)]
話の構成が始終、とても面白かったです(*^O^*)読む度楽しませていただきました、ありがとうございました!
本当にお疲れさまでした★!

⏰:11/02/05 18:41 📱:F01A 🆔:CEntEbRU


#714 [我輩は匿名である]
>>(o^〜^o)サン
終わっちゃいました(´;ω;`)
後半たくさんコメント下さって本当にありがとうございました(*^_^*)
また何か書き始めたら、よろしくお願いします(o>ω<o)

⏰:11/02/06 10:58 📱:N08A3 🆔:OTVuiM9k


#715 [ス]
お疲れさまでした!!
すごくおもしろかったですフ

⏰:11/02/09 10:11 📱:SA001 🆔:oAI9fgvU


#716 [我輩は匿名である]
>>715サン
コメントありがとうございます(´∀`)
楽しんでもらえたら幸いです(*^_^*)♪

⏰:11/02/10 14:33 📱:N08A3 🆔:yhyzgsfc


#717 [我輩は匿名である]
>>250-600

⏰:11/02/11 03:10 📱:SH005 🆔:ODnCO5GA


#718 [我輩は匿名である]
>>250-350

⏰:11/02/11 03:10 📱:SH005 🆔:ODnCO5GA


#719 [我輩は匿名である]
>>350-450
>>450-550
>>550-650

⏰:11/02/11 03:19 📱:SH005 🆔:ODnCO5GA


#720 [我輩は匿名である]
>>640-740

⏰:11/02/11 15:29 📱:SH005 🆔:ODnCO5GA


#721 [&◆JJNmA2e1As]
(´∀`∩)↑age↑

⏰:22/10/01 20:55 📱:Android 🆔:rYsbLV12


#722 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑a

⏰:22/10/07 16:40 📱:Android 🆔:GR1soPvw


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