記憶を売る本屋 2
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#601 [我輩は匿名である]
「…俺ちょっと出てくる!」

直人は悔しそうに吐き捨てて、さっさと部屋を出た。

「………相変わらずおかしな奴だな」

「お前よりはマシだと思う」

「何!?そういう事は僕に負けてから言えよな!」

「で、何するんだ?」

⏰:10/12/31 22:27 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#602 [我輩は匿名である]
「あーぁ…俺もやりたかったな…」

部屋の中の様子をドア越しに伺いながら、直人はがっくりと肩を落とす。

「何してんの?」

背後から声をかけられて、直人は暗い顔で振り向く。

そこにいたのは、奏子だった。

「あぁ…安斎か…」

「閉め出されちゃった?」

奏子はからかうように笑う。

⏰:10/12/31 22:28 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#603 [我輩は匿名である]
「違ぇよ!お前は?」

「あたし?あたしは散歩♪暇だしね。あんたも来る?」

「はぁ…、そうだな…俺も暇だし、ブラブラすっかな」

直人は奏子と一緒に、ホテル内を散歩する事にした。

散歩といっても、違うフロアしか無いのだが。

「あ、先生ー」

途中、直人のクラスの担任を見つけた。

「おぉ、水無月」

「スキー出来ないんですかー?俺楽しみにしてるんですけど」

⏰:11/01/02 18:55 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#604 [我輩は匿名である]
「あたしもー!」

「ちょっと治まってきたから、午後からやりますかって話だぞ。

じゃないと俺たちも暇だからなぁ」

どっちかというと体育会系の彼も、暇を持て余しているのだろう。

「よっしゃあ!先生あざーっす」

「あんまり騒ぐなよー」

「はーい」

笑って返事をして、2人はまたどこかに足を進める。

しかし、ホテル内しか歩けないため、やはりすぐに飽きてきてしまった。

⏰:11/01/02 18:55 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#605 [我輩は匿名である]
「飽きてきたな」

「水無月って飽きっぽそうだもんね。そろそろ戻ろっか?」

「だな」

2人の部屋があるのは、今いる所のもう1つ上のフロア。

直人達はまたぼちぼち歩いて、自分達のフロアに戻ることにした。

「……水無月ってさ」

廊下を歩きながら、奏子がおずおずと口を開く。

「ん?」

⏰:11/01/02 18:56 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#606 [我輩は匿名である]
「……好きな子とかいるの?」

「…は?」

思わぬ質問に、直人はきょとんとする。

が、奏子の表情はいつになく真面目だ。

「え…何でいきなり…?」

「…ちょっと、気になってさ。…で、いるの?いないの?」

「いや…」

直人の脳裏に、一瞬飛鳥の顔がよぎる。

しかし、奏子に問い詰められ、とっさにこう答えてしまった。

⏰:11/01/02 18:57 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#607 [我輩は匿名である]
「いないけど…」

その答えに、奏子も少し目を丸くする。

「本当に?」

「あぁ、まぁ…」

直人はどうすればいいのかわからず、適当に頷く。

「…じゃあ、さ」

奏子は直人から目を逸らす。

「……あたしと、付き合ってよ」

「………へ?」

⏰:11/01/02 18:58 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#608 [我輩は匿名である]
何かの冗談だろう。直人は思った。

「え…本気?」

「当たり前じゃん!こんな事冗談で言う!?」

奏子は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

それを見て、直人もようやく実感がわいた。

告白されたんだ、俺。

⏰:11/01/02 18:58 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#609 [我輩は匿名である]
「えっ、ちょっ、俺!?そんな…」

直人は動揺し、おろおろする。

それを見て、つられて奏子も焦りだした。

「まっ、まぁすぐ答えてもらえると思ってないし!考えといてよ!ね?」

「あ、あぁ…」

2人はお互い目を合わせずに、自分達の部屋に戻った。

⏰:11/01/02 18:59 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#610 [我輩は匿名である]
薫と良介は、そろってまじまじと直人を見る。

午前中に部屋に戻ってきた時から、どうも様子がおかしい。

午後のスキーは楽しそうに滑ってはいたものの、飛行機に乗る時みたいにはしゃぎはしなかった。

夕飯も風呂も、ひたすらボーッとしていた直人。

「直人、何かあったのか?」

「うーん…」

「うーん、じゃわからないだろ!」

「うーん…」

薫と良介が話し掛けても、これだ。

⏰:11/01/02 21:34 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#611 [我輩は匿名である]
痺れを切らした良介が、直人の肩を掴んで前後に揺さ振り始める。

「何なんだよ!気になるじゃないか!言えよ!」

「まぁ落ち着けよ」

薫は冷静に、良介の手を止める。

すると、直人は少し顔を上げて、やっと口を開いた。

「……俺、…告られちゃった…」

何の事かわからず、ちょっと間2人はぽかんとする。

「…え?」

「だから!付き合ってくれって言われたの!」

⏰:11/01/02 21:34 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#612 [我輩は匿名である]
「………えぇー!?」

まさかの言葉に、2人は思わず声を上げる。

「何で!?誰に!?」

「『何で!?』は無いだろ…」

直人に食い付く良介に、薫は呆れながら呟く。

「…安斎」

「安斎?」

「…誰?」

「絶対言うと思った」

⏰:11/01/02 21:35 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#613 [我輩は匿名である]
奏子だとわかっていない良介に、直人と薫は声を合わせる。

「響子の友達だよ、5組の」

「あのデカい女?」

「それは8組の神崎飛鳥」

「……あぁ!あのショートカットの方か!で、何で?」

「そんな事俺に聞くなよ!」

「そうじゃなくて!何で悩んでるんだよ?嫌いなのか?」

「…嫌いとかじゃねぇよ。そうじゃないけど…」

嫌ではないようだが、どこか煮え切らない様子。

⏰:11/01/02 21:35 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#614 [我輩は匿名である]
「………神崎か?」

事情を知っている薫が尋ねる。

「え、あのデカい女が好きなのか?」

「……わかんね」

直人は大きくため息を吐く。

奏子に告白されてから、要もなぜか黙ったままだ。

「嬉しいよ?嬉しいんだけど、何か…モヤモヤするっていうか…。

あいつに『好きな奴いるのか』って聞かれて…パッと浮かんだのが…」

「…神崎だったんだな」

⏰:11/01/02 21:35 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#615 [我輩は匿名である]
「………うん」

「じゃあキッパリ断ればいいじゃないか」

「そう…そうなんだけど…」

直人は浮かない顔で考え込む。

確かに、奏子よりも飛鳥に気があるのだろう。何となく自分でもそう思う。

でも、1つだけ気掛かりな事があった。

⏰:11/01/02 21:36 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#616 [我輩は匿名である]
“飛鳥が気になるのは、石川晶だからじゃないのか。

もし、前世の記憶が無かったら、自分は誰を好きになるんだろう?”

そう思うと、どうすればいいのかわからなくなるのだ。

当の本人がこれなら、誰が何を言ってもおそらく無意味だろう。

薫と良介は顔を見合わせ、それ以上は何も言わなかった。

⏰:11/01/02 21:37 📱:N08A3 🆔:HkuEKuJ6


#617 [我輩は匿名である]
3日目。今日は天気が良く、午前中からスキー日和だ。

せっかくのスキー実習。悩み通して終わるのはもったいない。

そう思い、直人は今日1日をスキーに捧げる事にした。

頂上近くで写真を撮ったり、雪合戦をしたりと盛り沢山だ。

スキーの時は男女別れて、それぞれ10人程のグループになるため、

雪合戦になるとほとんどの生徒が本気になる。

「はぁ…もういいよ、スキーばっかり…」

「…午後もスキーだぞ」

午前だけですでにスタミナを使い果たしたらしく良介はクタクタだ。

⏰:11/01/03 10:31 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#618 [我輩は匿名である]
「何でそんなに疲れないんだ…?」

「お前が下手なだけだろ!」
「何ぃ!?」

「飯ぐらい黙って食えよ…」
どこでも言い合う良介達に、薫はもう疲れたように息を吐いた。

⏰:11/01/03 10:32 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#619 [我輩は匿名である]
午後になると、チラチラと雪が降ってきた。

最初は問題なかったのだが、次第に風も吹いてきた。

女子グループでは。

「寒いー!」

「それよりもう疲れた…」

同じグループの子にくっつかれながら、飛鳥は良介のように疲れ果てた顔。

「飛鳥ちゃんでっかいから風避けになるね♪」

「ならないから!」

⏰:11/01/03 10:32 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#620 [我輩は匿名である]
「何p?」

「170p」

「いいなぁ、モデルみたいで」

「別にいい事ないよ」

後ろの女子がまだ滑って来ず前が進まないため、斜面の途中で雑談する。

どうやら飛鳥以上の運動音痴で、怖くてなかなか滑って来れないらしい。

「遅いなぁー。怖がってたって終わらないのにね」

早く進みたい他の女子たちは、小声で文句を言う。

⏰:11/01/03 10:33 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#621 [我輩は匿名である]
運動が苦手な飛鳥は、苦笑して適当に相槌を打つ。

そうこうしているうちに、引率の女性に背中を押されて、

一番後ろの女子が滑ってきた。

が、どこか様子がおかしい。

「え?ちょっと…」

「何でこっちに突っ込んで来んの?」

上手くカーブ出来ずに、その女子が飛鳥達に向かって突っ込んで来た。

おまけに止まり方も知らないため、スピードは上がる一方。

避けようにも、前後は列になっているし、横は崖のような急斜面。

どうやってもぶつかる。そう直感した飛鳥は、なぜかとっさにスキー板を外した。

⏰:11/01/03 10:33 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#622 [我輩は匿名である]
「結構降ってきたなぁ」

その頃、男子達は頂上付近でのんびり滑っていた。

直人達のグループの引率リーダーが空を見上げて呟く。

山の天気は気まぐれで、朝とはうって変わって、曇り空が広がっている。

「これってヤバそう?」

「んー、もうちょっとしたら吹雪いてくるかもなぁ」

先頭の男子が引率者の男性と話していると、男性の携帯電話が鳴りだした。

「そういえば、あのプレゼントいつ渡すんだよ?」

進めないので、直人はふと薫に尋ねる。

⏰:11/01/03 22:34 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#623 [我輩は匿名である]
「もう渡してきたよ」

「えっいつ?」

「昨日。今日『ありがとー(о^∇^о)』ってメール来てた」

「マジかよ」

「おい、それは僕への嫌味か?」

良介は不機嫌そうに薫に言う。

すると、電話中だった引率の男性が突然「えええ!?」と大声を上げた。

直人達は全員驚いて、男性に目を向ける。

「本当に!?どうするんですかそれ!?」

⏰:11/01/03 22:34 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#624 [我輩は匿名である]
「何かあったのかな?」

「……遭難だよ」

「はぁ?」

断言したのは、しばらく黙っていた要だった。

「(遭難って、誰が?つーか何でわかんの?)」

「…神崎飛鳥だからだよ」

その言葉に、直人は動きを止める。

「(…マジで言ってる…?)」

「残念ながら大マジだよ」

⏰:11/01/03 22:35 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#625 [我輩は匿名である]
頭の中で話していると、急に強い風が吹き抜けた。

空を見上げると、さっきよりも雪がひどくなってきている。

「この天気じゃ危ないですよ…。もうこっちじゃちょっと吹雪いて…えぇ…。

…はい、はい…わかりました…はい…」

男性の話からも、吹雪いてくるのは時間の問題だと思われる。

「あの!」

直人はスキー板を外し、男性の元へ駆け寄る。

「…遭難って、誰が助けに行くんですか?」

他の生徒に聞こえないように、小声で尋ねる。

⏰:11/01/03 22:35 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#626 [我輩は匿名である]
「…え、もしかして聞こえてた?」

「あ、いや…勘っすよ。女子が遭難したんじゃないんですか?」

図星らしく、男性は困った顔で「うーん…」と言葉を濁す。

「…どうなったんですか?生きてるんですよね?」

直人は男性に詰め寄る。他の生徒が気になって見ているが、それどころではない。

「生きてるとは思うよ。落ちた場所もそんなに危ない所じゃないし…」

どっかから落ちたのか。直人はそれを聞き逃さなかった。

「多分今救助要請してると思うけど、何せこんな天気だからなぁ…。

とりあえず、危ないから俺たちも今から降りよう」

⏰:11/01/03 22:36 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#627 [我輩は匿名である]
直人は仕方なく列に戻ってスキー板を履く。

少しは慣れただけなのに、板にはすでに雪が積もり始めている。

救助要請したって、この天気だと救助ヘリが飛ぶかわからない。

それ以前に、要請を受けて救助に来るまでにかかる時間もある。

おまけに、飛鳥が今どこにいるのかすら定かではない。

怪我で出血でもしていたら、下手すれば手遅れだ。

「(………要)」

「何?」

⏰:11/01/03 22:36 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#628 [我輩は匿名である]
「(神崎がどこにいるのか、わかったりする?)」

直人はぎゅっと、ストックを持つ手をかたく握る。

「……自分で行く気?」

「(場所がわかれば行く。じゃないと、いつ助けてもらえるかわからないだろ)」

直人の決意は、どうやっても覆らないようだ。

最初はあんなにグレていたのに、今では打ち解けようと頑張っている飛鳥。

ここまで立ち直ったのに、こんな所で死なせたくない。

その思いは、要も同じだった。

⏰:11/01/03 22:37 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#629 [我輩は匿名である]
「…自分も死なないって自信ある?」

「(大ありだ!無かったらこんな事考えねぇよ!)」

「…じゃあ、俺の言う通りに滑ってよ」

「(任せろ!)」

直人は答えると同時に、順番を無視して滑りだした。
「水無月!?」

驚いた男子達の声を振り切って、直人はさっさと滑り降りる。

⏰:11/01/03 22:38 📱:N08A3 🆔:LGFlTx3A


#630 [我輩は匿名である]
不思議な事に、救助に任せようという気にはならなかった。

“怖い”という気持ちも、“自分も遭難したら”という気持ちもない。

あるのは、“俺が行かないと”という、根拠の無い変な使命感だけ。

「右側にいて。あと、もうちょっとゆっくり」

「ゆっくり滑ってる場合かよ」

「じゃなくて、通り過ぎちゃったら意味ないだろ!」
「あぁ、そうか」

要に怒られて、直人はやっと蛇行し始めた。

⏰:11/01/04 21:22 📱:N08A3 🆔:CNkCJZG6


#631 [我輩は匿名である]
「…あそこじゃね?」

しばらく滑ると、斜面の右端で女子グループが留まっているのを見つけた。

「…みたいだけど、邪魔だな。もうちょっと降りて」

要に指示されて、直人はルートを変えて更に降りる。

「……あ、止まって」

直人は言われた通りに、右に寄って止まる。

女子グループが止まっている所とふもとの、ちょうど中間くらいの高さだ。

また、さっきよりも少し斜面が緩やかに見える。

⏰:11/01/04 21:23 📱:N08A3 🆔:CNkCJZG6


#632 [我輩は匿名である]
「…ここから降りれる?」

緩やかながらも、やはり危険なのか、進入禁止のテープが張ってある。

「…あぁ」

「気をつけてね。お前が怪我したらどうしようもないんだから」

「へっ、そんなヘマするかよ」

ひと呼吸おいた後、テープをくぐり、コースを外れて滑りだした。

今までの斜面より急勾配だが、集中していれば滑れない事もない。

しかし、雪の質がゲレンデとは違ってフカフカなため、少々滑りにくい。

⏰:11/01/04 21:23 📱:N08A3 🆔:CNkCJZG6


#633 [我輩は匿名である]
「つーかさぁ!何でお前わかんの!?」

「そんな大声を出さなくても十分聞こえてるよ」

「うっせぇ!さっきからスピード出し過ぎて耳痛ぇんだよ!で、何で!?」

「……俺は、ちょっと特別だからだよ」

「はぁ!?何それ!?どういう……あ!」

話している途中で、前方に誰かが倒れているのを見つけた。

「いた!!」

ストックで雪を蹴り、さらにスピードを上げる。

転びそうになりながらも、何とか降りきった。

⏰:11/01/04 21:23 📱:N08A3 🆔:CNkCJZG6


#634 [我輩は匿名である]
「神崎!」

急いでスキー板を外して、飛鳥に駆け寄る。

見たところ、血は出ていない。

うつ伏せになっている飛鳥を抱き起こし、何度も声をかける。

すると、飛鳥がうっすらと目を開けた。

「神崎、大丈夫か!?」

「水無月…?」

飛鳥はボーッとしながら、直人の名前を呼ぶ。

「怪我は?どっか痛いとこ無いか?」

⏰:11/01/05 19:20 📱:N08A3 🆔:4VAH5Vzw


#635 [我輩は匿名である]
「……無い……ていうか……寒くてわかんない…」

転げ落ちている時にとれたのか、帽子や手袋が無くなっている。

直人は自分の手袋を外し、飛鳥に付けてやった。

「水無月…」

「あ?」

「…ありがと…」

飛鳥はホッとしたように、直人に笑いかけた。

「…何死にそうな顔してんだよ」

「だ…誰が死にそうな顔してんのよ…」

⏰:11/01/05 19:20 📱:N08A3 🆔:4VAH5Vzw


#636 [我輩は匿名である]
呆れた顔で言い返してくるのを見ると、どうやら大丈夫そうだ。

「今から運んでやるから、もうちょっと頑張れよ」

「うん…」

「…死んでもいいとか、考えるんじゃねーぞ」

「考えねーよ…」

「よし」

直人は飛鳥に自分の帽子をかぶせ、飛鳥を背負って立ち上がる。

「……はぁ……温かい…」

直人におんぶされて、飛鳥は小さな声で言った。

⏰:11/01/05 19:21 📱:N08A3 🆔:4VAH5Vzw


#637 [我輩は匿名である]
「水無月…ちょっと寝ててもいい…?」

「あぁ」

直人の返事を聞いて、飛鳥は目を閉じた。

「運ぶはいいけど、どこに行けばいいか知ってるの?」

飛鳥との会話が終わったのを見て、要が話し掛けてきた。

「知ってるわけねーだろ。案内して」

直人は当然のように答える。

「いいけど、あの板と棒どうするの?」

⏰:11/01/05 19:21 📱:N08A3 🆔:4VAH5Vzw


#638 [我輩は匿名である]
レンタルの物だが、やっぱり持って帰らないと怒られるだろうか?

しかし、飛鳥を背負っているため、手が空いていない。

「仕方ないなぁ…」

要がそう言ったのと同時に、直人は一瞬眩暈を感じた。

転ばないように足を踏張り、眩暈を振り切るように首を横に振る。

そして顔を上げ、直人は自分の目を疑った。

「やぁ♪」

目の前にいるのは、違う制服を着た、自分とそっくりの男。

⏰:11/01/05 19:22 📱:N08A3 🆔:4VAH5Vzw


#639 [我輩は匿名である]
「…要…?」

「ぴんぽーん♪」

要はにっこり笑って答える。

見た目も声も要そのものだが、なぜここにいるのだろうか。

「えっ!?何で!?お前さっきまで俺の中にいたじゃん!」

「まぁまぁ落ち着いて。歩きながらゆっくり話すから」

要はそう言って、スキー板とストックを持って歩きだす。

何が何だかわからないまま、直人もそれについて行く。

⏰:11/01/06 18:21 📱:N08A3 🆔:zqGirkmY


#640 [我輩は匿名である]
「…やっと教えてくれる気になったか?」

「まぁね。到着までの間だけ、聞きたい事に答えてあげるよ」

「じゃあ…」

直人は早速何かを聞こうと思ったが、ふと考えた。

聞きたい事がありすぎて、何から聞けばいいのかわからない。

「どこから聞けばいいのかわからなくて迷ってるだろ」

「…うん」

「じゃあ、どうして俺がこの時代にいるのか、から話そうか」

⏰:11/01/06 18:22 📱:N08A3 🆔:zqGirkmY


#641 [我輩は匿名である]
「あぁ、そうだな」

確かに、そこから話した方が順序よく話が進みそうだ。

「てか、お前だけだよな、この時代にいるの。

石川晶も、薫と香月の前世もいないのに、なんでお前だけ?」

「うーん…。それは、さっき言った通り、俺達が“特別”だからだよ」

それだけではわからず、直人は首を傾げる。

「それさぁ、どう意味?つか、俺“達”って、俺も入ってる?」

「入ってるよ」

少し前を歩きながら、要は頷く。

⏰:11/01/06 18:23 📱:N08A3 🆔:zqGirkmY


#642 [我輩は匿名である]
「だって直人は元々、前世を知る予定じゃなかったんだから」

こっちを向いてそう言った要に、直人はぽかんとする。

「……は?」

「前世の記憶を持つのは、前世に“未練”があった人の生まれ変わりだけだ。

晶ちゃん、霜月優也、長谷部今日子。みんな何かしら死ぬ時に未練を残したまま死んで、

それを晴らすために前世を知り、その記憶を持ったまま生きていくんだ。

まぁ、前世の遺志を受け継ぐかどうかはその人次第だけどね。

でも俺はそうじゃない。晶ちゃんなら大丈夫だと、そう思いながら死んだ。

だから未練なんかなかった。…晶ちゃんが自殺したって知るまではね」

⏰:11/01/07 13:49 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#643 [我輩は匿名である]
要の話を、直人は黙って聞いている。

「じゃあ何で直人が前世を知る事になったのかって話になるよね。

もう知ってると思うけど、前世を背負ったまま生まれ変わって生きるためには、

それなりに何かを差し出さないといけないんだ」

そういえば、以前薫が“自分は何を払ったのか”という話をしていた。

しかし、飛鳥だけは何を払ったのかを覚えていなかった。

「じゃあ、晶は何を払ったんだ?」

「何も」

「へ?」

「払わなかったっていうより、払えなかったんだ」

⏰:11/01/07 13:53 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#644 [我輩は匿名である]
払わなかったら前世を知って生きる事は出来ないんじゃないのか?

直人はますますわからなくなり、顔をしかめる。

「あの時の晶ちゃんに、差し出せるものは何もなかった。

それでも、晶ちゃんはもう1度やり直したかったんだ。

強い人間になって、今度は頑張って生きたいって思ったんだよ。

その気持ちが、あの人に認められたんだ」

「“あの人”…?」

「神様、みたいなものだと思う。顔は見えないけど、落ち着いた女の人。

その人が前世と後世の記憶を管理するんだ」

⏰:11/01/07 13:54 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#645 [我輩は匿名である]
そういえば前に説明してくれた薫も、女性の(ような)絵を描いていた。

前世を思い出させる程の力を持っているのだから、神様と言っても過言ではないだろう。

「晶ちゃんはその人に、『もう1度要に会いたい。

要に、自分が強くなるところを見ていてほしい』って言ったらしい」

「あーなるほどな。だから俺が本もらう事になったのか」

直人は納得したように頷く。

「それで、その女の人は晶ちゃんに言ったんだ。

『いいでしょう。では、長月要の生まれ変わりの者にも前世の記憶を与えます。

その代わり、その者が前世の記憶を無くしても耐える事。

それで再び自殺を図った場合、何度生まれ変わっても同じ苦しみを味わう事になるでしょう』」

⏰:11/01/07 13:54 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#646 [我輩は匿名である]
最後まで聞いて、直人は足を止めた。

足音が聞こえなくなったのを感じて、要も足を止めて振り返る。

「……今、何て言った?」

直人はおそるおそる口を開く。

「『その者が前世の記憶を無くしても』って…どういう事だ…?」

「…最初に言ったじゃないか」

真剣な顔で、要は答える。

⏰:11/01/07 13:55 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#647 [我輩は匿名である]
「『前世の記憶を持つのは、未練を持ったまま死んだ人だけだ』って。

俺達は、晶ちゃんが神崎飛鳥としてやり直すための“特別措置”なんだよ。

あの子を支えるために、一時的に俺はここにいるし、お前に前世の記憶がある。

だから彼女が過去に打ち勝った時、お前の中から前世の記憶は消えなければいけない。

…本当は、お前は前世を知らないはずの人間なんだから」

想像もつかなかった話に、直人は言葉を失う。

今更前世の記憶が無くなるなんて。

急にそんな事を言われても、「はい、そうですか」で終わらせられるわけが無い。

⏰:11/01/07 14:08 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#648 [我輩は匿名である]
ショックを隠せない直人に、要は言う。

「…それに、いつまでも“俺”がいたら、あの子はきっと強くなれない」

そう言った要の顔は、どこか悲しそうに見えた。

直人はちらっと、飛鳥の寝顔を見る。

「(……俺から前世の記憶が無くなったら…俺はどうなるんだろ…。

いや…俺だけじゃなくて、神崎も絶対ショック受けるはず…)」

直人は少しの間茫然と考えてから、顔を上げた。

それよりも先に、自分にはやらなこればいけない事がある。

⏰:11/01/07 14:10 📱:N08A3 🆔:oq9oqEYg


#649 [我輩は匿名である]
「行こうぜ、要。…今はそんな事考えてる暇ねぇよ」

「…そうだね」

要は頷いて、また歩きだした。

「……なぁ、『何度でも同じ苦しみを味わう事になる』ってどういう事だ?」

歩きながら、直人は要の背中を見て尋ねる。

「『何度生まれ変わっても自ら死を選ぶ運命を背負う事になる』って意味だよ」

要は怯む事なく答える。

「(じゃあ…もし前世を忘れた俺が神崎を見捨てるような事をしたら…

また神崎が自殺を考えるようになったら…)」

⏰:11/01/08 12:33 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#650 [我輩は匿名である]
昨日から考えていた事と重なり、直人は更に考え込む。

『もし前世の記憶がなかったら、自分は誰を好きになるんだろう』

前世の記憶が無くなったら、もしかしたら奏子と付き合うのかもしれないし、

あるいは全く違う人と付き合う事になるのかもしれない。

そうなった時、飛鳥は…。

「(いや…神崎はもう今までの神崎じゃない。そんな事でへこたれる奴じゃないはずだ)」

信じるしかない。直人は何度も自分にそう言い聞かせた。

⏰:11/01/08 12:34 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#651 [我輩は匿名である]
しばらく黙って歩いて、直人はまた口を開く。

「そういえば、何でさっき神崎の場所がわかったんだ?」

「俺には、神崎飛鳥を手助けできるように特別な力があるんだ。

まぁ言っちゃえば幽霊みたいなものだからね、俺。

幽霊がポルターガイスト起こせるのと同じような感じだと思うよ」

「…そんなもんなのか」

「期待外れ?」

「…ちょっとな」

直人は小さく笑う。

⏰:11/01/08 12:34 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#652 [我輩は匿名である]
「あんまり使い過ぎるのも神崎飛鳥の為にならないから、

必要以上に使わないようにしてたんだ。直人と話して助言する事は何回かあったけどね」

「……お前、最初から俺の中にいたのか?」

「うん。直人が全部思い出してから、ずっとね。

喋れる事に初めて気が付いたのは運動会の時だったけど」

「(運動会?あぁ、球技大会の時のあれの事か)」

「おかげで神崎飛鳥には幽霊だって恐がられるようになっちゃったけどねー」

2人は笑いながら話す。

思えば、こうやって要と話すなんて、あり得ない事だ。

⏰:11/01/08 12:35 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#653 [我輩は匿名である]
前世の自分と、生まれ変わった姿の自分。

「なんかでも…すげぇよな。前世とその生まれ変わりが一緒にいるんだぜ?」

「はははっ、そうだね。俺達だけじゃないの?」

「だろうな。でも…お前の事忘れるって事は、この事も忘れるんだよな…?」

「まぁ、そうなるね」

「あーあ、なんか残念だし、淋しいな」

「そうだね。それも今だけだよ。記憶が無くなれば、もう思い出す事はないんだし」

「……いつなんだよ?前世の記憶が無くなるの」

⏰:11/01/08 12:35 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#654 [我輩は匿名である]
「………今日、かな」

しばらく間を置いて、ぽつりと要が言った。

「お前なぁ、そういう事はもっと早く言えよ」

「あんまり早く言ったら、考え込んで元気無くなっちゃうじゃないか。

だから、わざわざショック受けてる時間が短くて済むように黙ってたんだよ」

「…それにしても急すぎだろ」

「本当はもっと早く消えようと思ってたんだけどね。でも良かったよ。今日まで残ってて」

「あぁ。お前がいてくれて良かった」

直人にそう言われて、要も小さく笑った。

⏰:11/01/08 22:46 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#655 [我輩は匿名である]
前世の記憶が無くなるなんて、今になっては全く想像出来ない。

思えば、『あの本をもらった者は死ぬ』と言われていた都市伝説。

それに自分が巻き込まれるなんて、あの時は思いもしなかった。

それがいつのまにか、前世の記憶がある事が当たり前の生活になっていた。

明日からは、ただの普通の男子高校性に戻る事になる。

淋しくなるな。実感がまだ全くわかないながらも、直人は心から思った。

すると、遥か遠くの方に人影がいくつか見えた。

「着いたみたいだね」

助けに来た人を見た瞬間、どっと疲れを感じ、直人はその場に座り込む。

⏰:11/01/08 22:46 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#656 [我輩は匿名である]
「…直人」

「ん?」

顔を上げると、要がこっちを向いていた。

「1つだけ、いい?」

「何だよ?」

「長生きしろよ。そして、…幸せになれ」

そう言って、要は笑った。

⏰:11/01/08 22:47 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#657 [我輩は匿名である]
直人も笑い返し、返事をする。

「おう、雲の上からちゃんと見とけよな」

2人は最後に笑い合う。

その直後、直人は強烈な眠気に襲われ、そのまま気を失ってしまった。

意識の遠くの方で、「さようなら、直人」と言う、誰かの声が聞こえた。

⏰:11/01/08 22:48 📱:N08A3 🆔:6qVLbmdA


#658 [我輩は匿名である]
「晶ちゃん」

誰かに名前を呼ばれて、飛鳥は静かに目を覚ます。

要がトラックにはねられて死んだ、あの横断歩道。そこに、飛鳥は立っていた。

そしてガードレールの所には、要が腰掛けている。

「要…」

「久しぶり、晶ちゃん。…いや………飛鳥ちゃん」

要は言い直し、飛鳥に微笑みかける。

ここは夢の中みたいだ。飛鳥はすぐにそう思った。

「……何で…?」

⏰:11/01/09 17:36 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#659 [我輩は匿名である]
「…ちょっと、会いたくなって」

「…あたしも、会いたかった」

飛鳥はきゅっと、体の横で手を握る。

「ずっと…要に言いたい事があったんだ。でも、いつまでも言えないままで…」

要は飛鳥を見つめたまま聞いている。飛鳥の目に涙が浮かぶ。

「……ごめんなさい」

言うのと同時に、飛鳥の頬を涙が伝った。

「私があの時、要の話をちゃんと聞いてたら…信じてたら…!」

⏰:11/01/09 17:36 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#660 [我輩は匿名である]
「飛鳥ちゃん」

要は立ち上がり、飛鳥と向き合う。

「良かったんだよ、これで」

下を向いて必死に涙を拭っていた飛鳥は、手を止めて顔を上げる。

「今の方が、きっと君は強くなれる。…直人と君を見ててそう思ったんだ」

「…見てたの?」

「まぁね。直人が言ってた幽霊って俺だもん」

なぜか自慢げに自分を指差す要に、飛鳥はきょとんとする。

⏰:11/01/09 17:37 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#661 [我輩は匿名である]
「…でも、それも今日で終わり」

要はやはり、どこか名残惜しそうにため息を吐く。

「飛鳥ちゃん、俺が言う事…よく聞いてね」

「…うん」

「…君が目を覚ました時、水無月直人は前世の記憶を全部失くしてる」

要のその一言に、飛鳥は目を丸くする。

「…何…」

「俺の事も、晶ちゃんの事も、前世に関わる記憶は何もかもね。

…信じられないと思うけど、これが俺達のルールなんだ」

⏰:11/01/09 17:37 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#662 [我輩は匿名である]
「ルールって…何…!」

言い掛けた瞬間、飛鳥の脳裏に、ある光景が広がった。

目の前にいる女性、交わした会話、示された“条件”…。

晶があの女性とした“取り引き”を、飛鳥は全て思い出した。

「……俺の言ってる事、わかるよね?」

全てを悟った飛鳥は、茫然としながらも静かに頷いた。

「大丈夫だよ、今の君なら」

要はぽんと、飛鳥の肩に手をおく。

⏰:11/01/09 17:38 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#663 [我輩は匿名である]
「…要…」

「ん?」

涙を拭ききって、飛鳥は小さく笑みを見せる。

「ありがとう。今まで、一緒にいてくれて」

泣かないようにとこらえているが、声が震えている。

「私、これから頑張るよ。もう『死にたい』なんか言わない。

友達と喧嘩しても、家族に見下されても、自分で何とかする。

…だから、ちゃんと見ててね」

飛鳥のその言葉に、要はホッとしたように笑い返した。

⏰:11/01/09 17:39 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#664 [我輩は匿名である]
「見てるよ、飛鳥ちゃんの事も、直人の事も」

そう言って、要はぺちっと、飛鳥の頬に両手をあてる。

「苦しくなったらまわりを見てみて。今の君には、支えてくれる人がたくさんいるから。

ここまで頑張って得た友達は、きっとずっと、君の宝物になる。

自信を持って」

⏰:11/01/09 17:39 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#665 [我輩は匿名である]
「…うん…!」

飛鳥は大きく頷いた。

「元気でね」

「うん。…本当に、ありがとう」

2人は再び笑い合った。初めて出会ったあの日の、長月要と石川晶のように。

⏰:11/01/09 17:40 📱:N08A3 🆔:HkzzrEHw


#666 [我輩は匿名である]
「(……どこだ…?ここ…)」

目を覚ました直人は、ボーッと天井を見つめる。

ゆっくり起き上がってみると、どこかの病院の個室のようだ。

「(……何で俺…病院にいるんだ…?)」

何があったか思い出そうとするが、全く頭が働かない。

頭を抱えつつ、窓の外の雪景色に目をやる。

「(…雪…そうだ…スキー実習に来たんだ…。

それで…香月がインフルエンザにかかったり…班行動で薫がどっか行ったり…

あぁ…安斎に告られて…神崎が遭難したとかで…)」

⏰:11/01/16 23:29 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#667 [我輩は匿名である]
そこまで考えてやっと、自分のした事を思い出した。

「……そうだ…神崎は…?」

探しに行こうと布団をめくると、それと同時に病室のドアが空いた。

入ってきたのは、病衣を着た飛鳥だった。

「水無月…!」

起き上がっている直人を見て、飛鳥は驚いた顔で駆け寄ってきた。

「大丈夫!?あんた、いつまで経っても起きないから、心配で…」

「…今何時…?」

「朝の7時だよ」

⏰:11/01/16 23:29 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#668 [我輩は匿名である]
「……マジ…?」

そんなに寝倒したのか。直人は深く息を吐く。

「お前は…怪我してなかった…?」

「あたしは大丈夫。ちょっと手首ひねったぐらいで」

「そう…そりゃ良かった」

直人は笑って返すが、その笑顔にもどこか力が無い。

飛鳥は彼の様子がおかしい事に気付き、少し首をひねる。

「水無月…?」

「ん…?あぁ…なんか頭がボーッとしちゃってさ…」

⏰:11/01/16 23:30 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#669 [我輩は匿名である]
直人は眠そうに目をこすりながら小さく笑う。

「俺…どうやってお前を助けに行ったのかとか…全く覚えてないんだよ…。

何でお前の場所がわかったのかとか…何でお前が遭難したのがわかったのかとか…。

…それだけじゃなくて…何か…もっと大事な事忘れて気がするんだけど…全然…。

変だよな…。頭とか打ったわけじゃないのに…」

声を押し出すようにして話す直人を、飛鳥はじっと黙って聞いている。

「……水無月、……“長月要”と“石川晶”って名前、聞いたことある?」

直人が話し終えたのを見て、飛鳥が静かに尋ねた。

直人は「んー…」と頭をひねる。

⏰:11/01/16 23:30 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#670 [我輩は匿名である]
「…無い…と思う」

「両方?」

「あぁ…」

飛鳥は小声で「そっか」とだけ答える。

こういう答えが返ってくることはわかっていたが、聞かずにはいられなかった。

“もしかしたら”と、一縷の望みを捨てきれなかったのだ。

「そいつらが、どうかした?」

「う、ううん。…あたしの勘違い」

⏰:11/01/16 23:31 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#671 [我輩は匿名である]
「何だよそれ…」

直人は呆れたように笑う。

「でも…良かったよ。…お前が大した怪我してなくて」

「…うん」

飛鳥は返事をして下を向く。

「水無月」

「何…?」

「…ありがとう」

飛鳥の声が震えているのを聞いて、直人は飛鳥を見る。

⏰:11/01/16 23:31 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#672 [我輩は匿名である]
「嬉しかった。来てくれるって、思ってなかったし…。

あたしを背負ってくれたあんたの背中…すごい温かくて…、

『良かった、あたしまだ生きてる』って…そう思えて…」

安心したからか、遭難した時の事を思い出してか、飛鳥の目から涙がこぼれ落ちる。

それを見て、直人は焦り始める。

「ちょ、おい、何だよ、泣くなよ…」

「ごめん…。だって、こんな事思うの初めてで…。

助けに来てくれたあんたの顔見て初めて、『あぁ生きてて良かった』って思った…」

飛鳥は両手で涙を拭きながら笑ってみせる。

⏰:11/01/16 23:31 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#673 [我輩は匿名である]
「…俺も…お前が生きてて良かった。

あの吹雪の中で、お前が目を覚まして俺の名前を呼んだ時…すげぇホッとした。

何かよくわかんねぇけど…お前だけは死なせちゃダメだって思って…。

…気を付けろよな」

「あ、あたしのせいじゃ無いし!」

「…じゃあ何であんなとこに落ちたんだよ…?」

「…それは…」

2人はそれから、担任の教師が来るまでずっと一緒にいた。

⏰:11/01/16 23:32 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#674 [我輩は匿名である]
その後、直人も飛鳥も特に問題ないと判断され、他の生徒達と一緒に帰れる事になった。

あれだけ寝たというのに、直人は飛行機の中でもずっと眠っていた。

今までの直人とは打って変わって、はしゃぐ事もなかった。

スキー実習で疲れて眠る生徒もいたが、そんな軽症なものではない。

それに気付いた薫が飛鳥に事情を聞き、後日薫を通して響子にも伝えられた。

⏰:11/01/16 23:35 📱:N08A3 🆔:DOuhzdZM


#675 [我輩は匿名である]
代休を挟んだ休み明け。

まだ眠気とだるさが完全には抜けないが、直人は何となく早めに学校にやってきた。

「おはよう」

教室に入ると、珍しい事に飛鳥がすでに登校して来ていた。

「おう、珍しく早いな」

「今日日直だったからね」

「よく覚えてたな」

直人は笑いながら自分の席に着く。

飛鳥も直人の前の席に座る。

⏰:11/01/22 12:54 📱:N08A3 🆔:ZOWzt0vc


#676 [我輩は匿名である]
「…大丈夫?眠たいの治った?」

「ん?あぁ、だいぶな。まだちょっとだるいけど」

「そうだね。あの時より元気そうに見える」

飛鳥は安心したように笑う。

「家でずーっと寝てたからな」

鞄から机に教科書を放り込みながら、直人も笑って返事する。

「さて、あたしノート取ってくる」

「取って来なかったのか?」

「持てなかったんだよ。鞄も持ってたし」

⏰:11/01/22 12:55 📱:N08A3 🆔:ZOWzt0vc


#677 [我輩は匿名である]
「あぁなるほどな。暇だし、手伝いに行ってやるよ」

「ゆっくりしてればいいのに」

「いいよ別に。お前手痛めてただろ」

直人は飛鳥に笑いかけて、さっさと立ち上がって歩きだす。

飛鳥も直人について教室を出る。

「…なんか、いつも助けてもらってばっかりだね、あたし」

廊下を歩きながら、飛鳥は申し訳なさそうに言う。

「な、何だよ急に。気持ち悪い」

「だってそうじゃん。あたし全然お礼とか出来てないしさぁ…」

⏰:11/01/22 12:55 📱:N08A3 🆔:ZOWzt0vc


#678 [我輩は匿名である]
「お礼したいの?」

「そりゃしたいよ!」

「ふぅん。じゃあ楽しみにしてるわ」

直人はそれほど期待せずに返事をする。

「…何か、欲しいものとかある?」

階段を下りながら、飛鳥は直人に尋ねる。

今のところ特に何もない直人は、腕を組んで考える。

「今んとこ、無いかな」

「じゃあ、まぁ考えといてよ」

「あぁ」

⏰:11/01/22 12:56 📱:N08A3 🆔:ZOWzt0vc


#679 [我輩は匿名である]
話が終わるとほぼ同時に、職員室の前に到着した。

棚の中には、スキー実習前に提出したノートが約40人分と、プリントの束が入っている。

「な?俺が来てて良かっただろ?」

「うん」

ノート等の量を見て、飛鳥は大きく頷く。

飛鳥はプリント類を、直人はノートを抱えて、また教室に引き返す。

すると、誰かが後ろから2人の背中をポンと叩いた。

「おはよ♪」

後ろにいたのは、ちょうど登校してきた奏子だった。

⏰:11/01/22 12:56 📱:N08A3 🆔:ZOWzt0vc


#680 [我輩は匿名である]
「おはよう」

飛鳥は普通に挨拶するが、直人は奏子を見て思い出した。

「(…そうだ、こいつに返事しないと)」

しかし、今は飛鳥がいるし、自分も両手にノートを抱えている。

「(…後でちょっと話すか)」

直人はそう心の中で決めて、教室に戻った。

⏰:11/01/24 19:59 📱:N08A3 🆔:OV5OGioo


#681 [我輩は匿名である]
昼休み。直人は今までと同じように薫と昼食を摂っていた。

「そういえば、香月はまだ休んでんの?」

「あぁ。昨日はもう熱は下がってたらしいけど。

インフルエンザって熱下がってから何日かしないと学校に来れないからなぁ」

「お前毎年かかるもんな。さすが」

「うるさいな」

直人にバカにされ、薫はムッとして睨み付ける。

直人はからかうように笑い、弁当のおかずを口に運ぶ。

⏰:11/01/24 20:00 📱:N08A3 🆔:OV5OGioo


#682 [我輩は匿名である]
「(…今までと変わらないみたいだけど…本当に覚えてないのか…?

でも石川晶と長月要を『知らない』って言ったんなら、やっぱり覚えてないんだろうな…)」

飛行機内で飛鳥に全てを聞いた薫は、そう思いながら直人を見る。

「でももう1月だろ?今年はかからねぇんじゃねぇの?」

「さあな」

「これから体でも鍛えたら?いくら前世の事で不健康になったからって、

お前が頑張ればどうにでもなるだろ」

「(…俺の事は覚えてるんだな。他人事みたいに言いやがって…)」

直人から見れば完全に他人事なのだが、薫は納得できなさそうな顔で直人を見る。

⏰:11/01/24 20:00 📱:N08A3 🆔:OV5OGioo


#683 [我輩は匿名である]
「でも、改めて考えてみたらすげぇよなぁー。自分の前世がわかるなんてさ。

俺の前世ってどんな奴だったんだろうな?もしかして、超大物だったりして!」

直人は楽しそうに笑う。

それを見て、薫は呆れたようにも、淋しそうにも見える小さな笑顔を見せる。

「何だよ、大物って」

「んー…徳川家康とか!」

「はぁ?ははっ、無いね。絶対無い」

「何で言い切れるんだよ!?わかんねぇだろ!」

直人は、薫にわかりきった言い方をされて膨れる。

⏰:11/01/24 20:01 📱:N08A3 🆔:OV5OGioo


#684 [我輩は匿名である]
「水無月」

昼食を食べ終えた飛鳥が、傍に来て話し掛けてきた。

「んー?」

「今日、放課後時間ある?」

「あぁ…あるよ」

「ちょっと…ついて来てほしい所があって」

「ふうん。いいよ、別に」

「良かった。ありがと」

飛鳥は小さく笑って、自分の席に戻っていった。

⏰:11/01/26 21:46 📱:N08A3 🆔:cSvZSEnk


#685 [我輩は匿名である]
放課後、飛鳥が日直の仕事を終わらせている間、直人は奏子を呼んで話をした。

「ごめん、遅くなって」

「忘れられたと思ってた」

奏子はからかうように笑う。

「…その…付き合ってって話なんだけどさ…」

直人は少し恥ずかしそうに下を向きながら言う。

奏子の表情も自然と真顔になる。

⏰:11/01/26 21:57 📱:N08A3 🆔:cSvZSEnk


#686 [我輩は匿名である]
「…悪いんだけど…お前の事、友達としか見れない」

直人は「ごめん」と頭を下げる。

奏子はそれをじっと見つめる。

そして早くも、諦めたように「あーぁ」と息を吐いた。

「やっぱりダメか。あんた鈍感そうだし、先に告ればOKするかなって思ったんだけど」

奏子の話を聞いて、直人は頭を上げる。

「“先に”って?」

「飛鳥より先にって事!どっちにしろ、あたしには勝ち目は無かったって事か」

⏰:11/01/26 21:58 📱:N08A3 🆔:cSvZSEnk


#687 [我輩は匿名である]
奏子はそう言って、くるっと背中を向ける。

「良かった!すっきりした。飛鳥の事、ちゃんと大事にすんのよ!じゃあね!」

直人が言葉を発する間もなく、奏子はその場を走り去った。

階段を掛け降りて、奏子は足を止める。

明るく振る舞っていてもやはりショックだったらしく、その目には少し涙が浮かんでいる。

「(……はぁ…すっきりしたのかしてないのか……。

でも、飛鳥なら…仕方ない…かなぁ…)」

奏子は涙を拭って深呼吸をし、1人でとぼとぼ帰っていった。

⏰:11/01/26 22:01 📱:N08A3 🆔:cSvZSEnk


#688 [我輩は匿名である]
告白されたのも振ったのも初めてで、直人は「本当によかったのかな」と立ち尽くす。

しかし、考えていてももうどうにもならない。

複雑な気持ちのまま、飛鳥がいる教室に戻る。

直人が入ってきた事に気付いて、飛鳥がこっちを向いた。

「おかえり」

「ただいま。日誌書き終わったか?」

「あとちょっと」

「早くしろよなー」

「わかってるよ!」

⏰:11/01/28 22:19 📱:N08A3 🆔:07zwY3H6


#689 [我輩は匿名である]
飛鳥は言い返して、さっさとペンを走らせる。

直人は飛鳥の前の席に腰掛ける。

意外にも、きれいな字で丁寧に書いてある。

「よくそんないっぱい書けるな。俺なんか2行で終わるぞ」

「だろうね。むしろ1行しか書けないんじゃないの?」

「へっ、よくわかってんじゃん」

直人は笑いながら、何となく窓の外に目を向ける。

「……俺さぁ」

⏰:11/01/28 22:20 📱:N08A3 🆔:07zwY3H6


#690 [我輩は匿名である]
「うん」

「…今日、人生で初めて人振ったわ」

急な話に、飛鳥は思わず顔を上げる。

「……は??」

「俺、スキー実習ん時あいつに告られたんだ」

全く知らなかった飛鳥は、ただきょとんとする。

「……何で断ったの…?」

「…ん〜…」

直人は飛鳥と目を合わさず、髪をくしゃくしゃしながら答える。

⏰:11/01/28 22:20 📱:N08A3 🆔:07zwY3H6


#691 [我輩は匿名である]
「……そりゃ…好きな奴、いるし…」

それを聞いて、飛鳥はドキッとする。

「(…ちょっと待ってよ、こいつと仲良い女子って奏子と響子ぐらいじゃん!

響子は論外だし、奏子がダメなら他に誰もいないし…)」

気が動転しすぎて、“自分の事かも”という考えには至らないらしい。

手を止めて考え込んでしまった飛鳥を、直人も黙って見る。

「(……これは…俺が告る空気なのか…?)」

振った後に、今度は告白か。

直人はそう思いながらも、気持ちを落ち着かせる。

⏰:11/01/28 22:21 📱:N08A3 🆔:07zwY3H6


#692 [我輩は匿名である]
「(…これは、そいつが誰なのか聞くべき?それとも…思い切って言うべき?

でも…怖いなぁ…。どうせ『ごめん』って言われるんだろうし…どうしよう…)」

2人はそれぞれ頭を悩ませる。

中でも飛鳥はかなり深刻な様子で、机に肘をついて本当に頭を抱え込んでいる。

「…お、おい…何でお前がそんなに悩んでるんだ?」

「そりゃ悩むでしょ!あたしだって…!」

飛鳥はそこまで言って、ハッと動きを止めた。

「“あたしだって”何だよ?」

「いや…その…」

⏰:11/01/29 13:10 📱:N08A3 🆔:.coV6bHI


#693 [我輩は匿名である]
つい口走ってしまい、困ったようにうつむく。

しかし、ここまできたら言うしかない。そう思った。

「……あたしも、…あんたの事好きだよ」

勢いに任せて、飛鳥は言った。

自分から言おうか迷っていた直人は、彼女の一言に目を丸くする。

2人の間に、しばしの沈黙。

「…お…」

少しして、直人が口を開いた。

「俺も好きだよ、お前の事!」

⏰:11/01/29 13:11 📱:N08A3 🆔:.coV6bHI


#694 [我輩は匿名である]
「え…」

飛鳥もまたぽかんとする。

「…本当?」

「当たり前だろ!冗談でこんな事言うかよ」

「そ、そうだよね…」

「……はぁ…何か、スッキリした」

「あたしも…」

張り詰めていた緊張が解けて、2人ともため息を吐く。

⏰:11/01/29 13:11 📱:N08A3 🆔:.coV6bHI


#695 [我輩は匿名である]
「…て事は…俺たち…両想い?」

「…になるよね」

少しずつ今の状況に慣れてきて、2人は照れながらも笑い合う。

飛鳥はまたせっせと手を動かし、日誌を書きあげた。

「お待たせ。行こ」

「あぁ」

2人は立ち上がり、教室の鍵を閉めて職員室に鍵を戻し、学校を出た。

⏰:11/01/29 13:11 📱:N08A3 🆔:.coV6bHI


#696 [我輩は匿名である]
「寒いなぁー」

直人はマフラーを鼻の高さまで引っ張り上げて、ポケットに手を入れる。

「…あの吹雪の中ぶっ倒れてから、あんまり寒さを感じなくなってきた」

「マジかよ。俺全然変わんねぇし」

「あんたも1回低体温なってみたら?」

「冗談じゃねー」

2人は冗談を交えながら帰り道を歩く。

「つーか、今からどこ行くわけ?」

⏰:11/01/31 22:36 📱:N08A3 🆔:uyvesmfk


#697 [我輩は匿名である]
「花屋」

「は!?何で!?」

「…供えに、ね」

飛鳥はぽつりと言った。

「…誰に?」

「……着いたら言うよ」

2人はそう話ながら、近くの花屋に行き、そしてある場所にやってきた。

⏰:11/01/31 22:36 📱:N08A3 🆔:uyvesmfk


#698 [我輩は匿名である]
何の変哲もない、ただの交差点。

「ここって…」

直人はぼんやり思い出す。飛鳥を追って、“1度だけ”来た事がある。

直人がぼーっと立ち尽くしている横で、飛鳥は信号機のポールの傍にしゃがみこみ、

そこに買ってきた花をそっと置いた。

「…誰か死んだのか?」

「…うん」

飛鳥は腰を下ろしたまま頷く。

⏰:11/01/31 22:37 📱:N08A3 🆔:uyvesmfk


#699 [我輩は匿名である]
「何年か前に…あたしの大事な友達がここで亡くなったんだ。

……飛び出して、トラックに撥ねられそうになったあたしをかばって」

そんな話を聞いたのは初めてだ。

直人は茫然としながら飛鳥の話を聞く。

「…そんなの、初めて聞いたぞ」

「………初めて、言ったし」

飛鳥は苦笑して言った。

⏰:11/01/31 22:37 📱:N08A3 🆔:uyvesmfk


#700 [我輩は匿名である]
「…でも、人かばって死ぬとか、女にしてはすげぇ勇気あるな」

「男だよ」

「男かよ!?」

女だと思っていたらしく、直人は驚く。

「(まぁ…女子の友達って言ったら、普通は女子だって思うよな…)」

飛鳥はそう思いながら、目を閉じて手を合わせる。

⏰:11/01/31 22:38 📱:N08A3 🆔:uyvesmfk


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