記憶を売る本屋 2
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#350 [我輩は匿名である]
直人が笑って返事をしようとした時。
「ふぅん、意外だなー」
直人の背後で、若い男性の声がした。
振り向いてみるが、誰もいない。
「…今何か言ったか?」
「いや?」
飛鳥はきょとんとしている。
声も彼女のものではなかった。
「どうかしたの?」
:10/06/10 18:57
:N08A3
:BePAOuBw
#351 [我輩は匿名である]
「今、男の声が聞こえてきたんだけど。もしかして幽霊!?」
幽霊は怖くない直人は笑うが、飛鳥はかなり嫌そうな顔をしている。
「何だよ?」
「幽霊なんかいるわけないだろ!?変な事言うな!!」
飛鳥はものすごい剣幕で言い返してきた。
直人はきょとんとしてそれを見る。
「……お前、もしかして……幽霊怖い、とか?」
「…な…っ」
直人に図星を突かれて、飛鳥はちょっと顔を赤くする。
:10/06/10 18:58
:N08A3
:BePAOuBw
#352 [我輩は匿名である]
「そっ、そんな事…」
「はっはーん、そうか。お前お化け怖いのか」
「こっ、怖くない!」
ニヤニヤしてからかってくる直人に、飛鳥は大声で言い返す。
しかし、直人は全く信じない。
「そーゆーの全然平気そうなのにな。じゃああれか?
香月の前世が幽霊だった話とか聞いてる時も、怖がってたわけ?」
「………それは……」
「死にかけてる男の前で、悲しそうに立っている髪の長い女…。うはっ、怖ぇ」
:10/06/10 18:58
:N08A3
:BePAOuBw
#353 [我輩は匿名である]
もはや死神じゃねぇか、と直人は笑う。…が。
「(……悲しそうに立っている…髪の長い女…)」
飛鳥は真剣に想像する。
こういう事を考える時、何故かありえない程恐ろしい顔の幽霊が思い浮かぶもの。
頭の中で、もはや原型である今日子の顔からかけ離れた、気味の悪い女性が出来上がった。
「(………今日、お風呂入るのやめようかなぁ……)」
1人で勝手に暗くなっている飛鳥を見て、直人はちょっと慌ててフォローに入る。
「ま、まぁほら、香月みたいな奴が幽霊でも、全然怖くねぇけどな!
顔も可愛いし、背ちっこいし?むしろ薫の方が…」
:10/06/10 18:58
:N08A3
:BePAOuBw
#354 [我輩は匿名である]
「……月城が幽霊だったら…確実に呪い殺される……」
2人の頭の中に、血まみれの服に包丁を握り、半笑いで立っている薫の姿が思い浮かぶ。
「………やめよう。さすがに俺も怖くなってきた…」
「だから言ったじゃん…。夢に出てきたらどうしよう…」
泣きそうな顔で飛鳥はうつむく。
「でも何だったんだろ?俺が聞いた声。どっかで聞いた事ある気もしたけど…」
気まずくなってきたので、直人は話を戻す。
「……うめき声とか、そういうの…?」
飛鳥が恐る恐る尋ねる。
:10/06/10 18:59
:N08A3
:BePAOuBw
#355 [我輩は匿名である]
「違ぇよ。『ふうん、意外だな』って…」
「…そんなのんきそうな幽霊、初めて聞くんだけど」
「何で」とでも言いたそうに、飛鳥が言う。
「俺だってこんなの初めてだっつの」
「…まぁ、怖くなさそうな幽霊で良かったね」
「そっちかよ」
俺が気になってるのはそっちじゃない。直人は心の中で呟く。
「まぁ、そのうち思い出すんじゃない?空耳だったかもしれないし」
「んー…」
:10/06/10 18:59
:N08A3
:BePAOuBw
#356 [我輩は匿名である]
軽くあしらわれてしまい、直人はちょっと不満そうに首をかしげる。
「…もう忘れちゃったのか」
「ん?」
直人は思わず顔を上げる。
「神崎、お前今何か言ったか?」
「しつこいな、言ってないって」
飛鳥はちょっとうっとうしそうに答える。
「…本当に、今『もう忘れちゃったのか』って言わなかったか?」
「言ってないって。何なんだよ」
:10/06/10 19:00
:N08A3
:BePAOuBw
#357 [我輩は匿名である]
しつこい直人に、飛鳥はちょっとムッとしている。
「…またさっきの声がした」
直人はぽかんとした表情で言う。
さすがに、飛鳥の顔から血の気が引く。
「………こ、怖い事言うな!もう先帰る!」
「あ?ちょっ…」
:10/06/10 19:00
:N08A3
:BePAOuBw
#358 [我輩は匿名である]
直人が止める間もなく、飛鳥は怖がって、走って逃げていった。
「……何なんだよ…」
直人はその場でしばらく、腕を組んで立ち尽くす。
しかし、それ以降は何も聞こえなかったため、とぼとぼと1人で帰っていった。
:10/06/10 19:00
:N08A3
:BePAOuBw
#359 [我輩は匿名である]
「幽霊?」
次の日、直人は薫に幽霊の話をしてみた。
「そう。昨日帰りに、誰もいないのに声が聞こえてきたんだ」
「ふうん…お前、霊感あったんだな」
薫は呑気に言いながら、手首に貼られた湿布を気にしている。
「そーゆーのはどうでもいいんだよ!」
直人はバンッ!と机をたたいて声を荒げる。
幽霊ごときにキレる直人に、薫はきょとんとする。
「俺が気にしてんのは、その声なんだよ!」
:10/06/10 19:01
:N08A3
:BePAOuBw
#360 [我輩は匿名である]
「声?」
「俺が知ってる声なんだよ!誰だかわかんねぇけど!」
「(そんな事言われても…)」
薫は少し呆れながら首をかしげる。
「神崎の声じゃないのか?一緒に帰ってただろ」
「いーや違う」
直人は首を振って断言する。
「だって、男の声だぜ!?クラスの奴の声でもなかったし…」
「……何か言われたのか?」
:10/06/10 19:01
:N08A3
:BePAOuBw
#361 [我輩は匿名である]
「『ふうん、意外だな』って」
「…何だそれ…」
いきなりそんな事を言う幽霊がいるのかと、薫はますます呆れる。
「聞き間違えじゃないのか?」
「違ぇよ!その後も『もう忘れちゃったのか』って言われたし!」
直人は必死に説得するが、薫は「うさんくさい」という表情で聞いている。
「本当だって!」
「…まずさぁ」
薫がため息をつきながら口を開く。
:10/06/10 19:01
:N08A3
:BePAOuBw
#362 [我輩は匿名である]
「お前の他に、誰か同じ道歩いてたとか…」
「誰もいなかった」
「じゃあ何か考えてたのか?」
「……考えてた」
「何を?」
「石川晶も運動嫌いだったのか、へぇーって」
「(…何だそれ…)」
全く話がつかめなくて、薫は眉間にしわを寄せて腕を組む。
「なんかな、神崎が運動嫌いって話してたんだよ」
:10/06/10 19:02
:N08A3
:BePAOuBw
#363 [我輩は匿名である]
「はぁ…」
「で、あいつが『石川晶が運動嫌いだったんだから仕方ない』って…」
「…ふうん…。確かに球技大会の時テンション低かったな」
薫は結構どうでも良さそうに返事をする。
「だろ?…って、俺そんな話したいんじゃねぇんだよ!」
「いつか言うと思ってた」
薫は呆れたように笑って言った。
:10/06/10 19:06
:N08A3
:BePAOuBw
#364 [我輩は匿名である]
「(…でもそれって、普通に考えて…)」
薫は考えながら、悩んでいる直人を見つめる。
「(……まぁ…俺が言うより、自分で気付いた方が良いか…)」
「なぁ、俺、何か恨まれてんのかなぁ?」
直人は特に気にしてなさそうに呟く。
「さぁ?俺にはさっぱりわからないな」
「ちぇっ。いいよ、自分で考えるから」
直人は口を尖らせて、自分の席に戻る。
:10/06/10 19:06
:N08A3
:BePAOuBw
#365 [我輩は匿名である]
「なぁ」
席に座ると同時に、今度は飛鳥が話し掛けてきた。
「ん?」
「今日は、例の幽霊はいないの?」
飛鳥は暗い顔で尋ねる。
「あ?あぁ、今日はまだ何も」
直人は椅子の上であぐらをかく。
すると、飛鳥は少し恥ずかしそうな顔で、直人にある物を手渡した。
:10/06/12 19:57
:N08A3
:C5E9sbig
#366 [我輩は匿名である]
「はい」
「…何?お守りじゃん」
直人が受け取ったのは、神社で売っている、青い御守りだった。
「それ、あんたにあげる」
「へ?これ、俺にくれんの?」
「…うん」
飛鳥は視線をそらして頷く。
「何で?」
直人はぽかんとして尋ねる。
:10/06/12 19:58
:N08A3
:C5E9sbig
#367 [我輩は匿名である]
「だって…変な幽霊に取り憑かれてたら近寄れないじゃん!」
飛鳥はちょっと顔を赤くして、声を上げて答える。
「あぁ、なるほどな!サンキュ!」
直人はニッと笑って、どこに付けようかと考える。
何だか嬉しそうな直人を見て、飛鳥もホッとしたように笑う。
「なぁ、お前ならどこに付ける?」
「私?私は…」
そう聞かれて、飛鳥も一緒に考える。
:10/06/12 19:58
:N08A3
:C5E9sbig
#368 [我輩は匿名である]
「………お守りって、肌身放さず持っとく物だろ?…財布とか?」
「でも、俺の財布にお守りつけれそうな所なんかねぇぞ」
「あぁ…。うーん…」
「…あ!」
直人はひらめいたように声を上げる。
「財布の中に入れとけばいいか!」
「あぁ、いいんじゃない?それでも」
飛鳥は小さく笑って答える。
:10/06/12 19:58
:N08A3
:C5E9sbig
#369 [我輩は匿名である]
我ながらいいアイデアだと、直人は財布にお守りを入れる。
「でも、本当にいいのかよ?せっかく自分で働いた金なのに」
「いいよ、それぐらい。だからさっさと幽霊追っ払えよ」
飛鳥はかなり嫌そうな顔で直人に言った。
直人はふと、財布の中身を見つめる。
「お前、もう飯買った?」
「…買ってない。昼休みに食堂でパン買うつもりだけど」
:10/06/12 19:59
:N08A3
:C5E9sbig
#370 [我輩は匿名である]
急に何を聞くのか。飛鳥は眉間にしわを寄せる。
「じゃあ、パン1個おごってやるよ」
財布の中身を確認した後、直人は満面の笑みを浮かべて言った。
「………へ?」
飛鳥はただきょとんとする。
「なんで?」
「これのお礼!」
答えながら、直人は財布を指差す。
:10/06/12 19:59
:N08A3
:C5E9sbig
#371 [我輩は匿名である]
「え、いいよ、別に」
「いいっていいって。昨日小遣いもらったばっかだしよ。
パン代浮かせて、さっさとケータイ買えよな」
「う…」
携帯電話を持っていないことをからかわれて、飛鳥は悔しそうに目を逸らす。
「何のパンがいい?」
「…サンドイッチ」
「よし。俺今日飲み物買いに行くから、一緒に食堂行くわ」
:10/06/12 19:59
:N08A3
:C5E9sbig
#372 [我輩は匿名である]
「そう?じゃあチャイム鳴ったらダッシュな」
「はぁ?めんどくせー」
乗り気だった直人の顔が、一瞬にして欝陶しそうな表情に変わる。
が、言ってしまった以上仕方がない。
「わかったよ。俺マジでダッシュするから、ちゃんと付いて来いよな」
そういって、また飛鳥に笑いかけた。
:10/06/12 20:00
:N08A3
:C5E9sbig
#373 [我輩は匿名である]
そして、昼休み。
「あ…あんたさぁ…」
息を切らして、途切れ途切れに飛鳥が言う。
その横には、何事もないような顔でレジに並んでいる直人の姿。
手にはちゃっかり、ペットボトル飲料が握られている。
「もうちょっと…待ってやろうとか…思わないわけ…?」
「だから言っただろ?マジでダッシュするって」
「そうだけど…!」
言い返そうにも、疲れすぎてそれどころではない。
:10/06/12 20:00
:N08A3
:C5E9sbig
#374 [我輩は匿名である]
必死で直人に付いてきた飛鳥は、膝に手をついて息を整える。
「まぁいいじゃん。これなら売り切れる前にサンドイッチ買えるぞ」
「…まぁね……」
直人がダッシュしたおかげで、前から5、6番目に並ぶ事が出来た。
「すぐ売り切れるだろ?サンドイッチ」
「そうだね…。サンドイッチが1番人気みたいだし」
「お前サンドイッチ好きなのか?」
「結構好き、かな」
レジを待つ間、2人はそんな話をして時間を過ごす。
:10/06/12 20:01
:N08A3
:C5E9sbig
#375 [我輩は匿名である]
「……ありがとね」
「ん?」
不意に言われて、直人はぽかんとする。
「…いや…おごってくれて、…ありがとう、って」
照れているのか、飛鳥は頬を赤くしてそっぽを向く。
「何でお前が礼言うんだよ?俺はお守りのお返ししてるだけだろ」
「…一応言っときたかったの!」
飛鳥は怒ったように言って、黙り込んでしまった。
「(…あれ?怒ったか?)」
:10/06/12 20:24
:N08A3
:C5E9sbig
#376 [我輩は匿名である]
直人は飛鳥を見ながら考える。
「何だよ、怒んなよ」
「べっ、別に怒ってねぇよ」
「そうか?顔赤いぞ?」
「怒ってないってば!」
「怒ってんじゃん!」
「うるさいなぁ!早くサンドイッチ買ってよ!」
「今から買うっつーの!」
2人はそんな言い合いをしながら、レジの順番がまわってくるのを待っていた。
:10/06/12 20:25
:N08A3
:C5E9sbig
#377 [我輩は匿名である]
数日後。
直人は憂鬱そうな顔で、自分のノートを見つめる。
隅っこにメモされた、数学の中間試験のテスト範囲だ。
「(………忘れてた…。再来週からテストだった…)」
直人はまるで、埴輪のような顔で茫然とする。
「変な顔」
いつの間にか目の前にいた飛鳥に言われ、直人はハッと意識を取り戻した。
「だって、テストとか…忘れてたし…。
お前のお守り、学業成就のお守りじゃねぇの?」
:10/06/12 20:25
:N08A3
:C5E9sbig
#378 [我輩は匿名である]
「違うから。それよりほら、来てるよ。あいつ」
飛鳥は呆れた表情で、薫の座席を指差す。
薫の目の前に仁王立ちしているのは、案の定良介だった。
「……飽きねぇなぁ…あいつも…」
直人もため息を吐いて、机に肘をつく。
「おい月城!Good newsだ!」
「何だ」
薫も腕を組んでむすっとしている。
「今回のテストのBattleは無しだ!ありがたく思え!」
:10/06/12 20:26
:N08A3
:C5E9sbig
#379 [我輩は匿名である]
「は?」
彼の言葉には、薫だけでなく直人たちもきょとんとする。
「する気は全くなかったけど、何でまた?」
「球技大会を無しにしてくれたからな。借りぐらい返させろ」
「(あれは貸しに入るのか…?)」
何故かしたり顔の良介を、薫は呆然として見上げる。
「お前…」
「用件はこれだけだ!次は覚悟しておけよ!」
「え、ちょ…」
:10/06/12 20:26
:N08A3
:C5E9sbig
#380 [我輩は匿名である]
薫が何か言う前に、良介は走って教室を出て行った。
薫は疲れ果てたようにため息を吐く。
「…ちょっくら慰めに行ってやるか」
直人は何だか楽しそうに笑って立ち上がる。
暇なので、飛鳥もとりあえずそれについていく。
すると、響子や奏子も8組にやってきた。
「どうしたの?」
「数学の教科書忘れちゃって…」
飛鳥が尋ねると、奏子が苦笑して答えた。
:10/06/12 20:26
:N08A3
:C5E9sbig
#381 [我輩は匿名である]
「あぁ…今日、うち数学ないんだ。水無月は持ってるかもしれないけど」
「教科書全部置いて帰りそうだもんね、水無月くん」
響子は笑って言った。
「聞いてみよっか」
女子3人は、話しながら直人達に寄っていく。
「苦労するな、お前も」
直人はニヤニヤしながら薫の肩をたたく。
「……いいよな、あいつに絡まれなくてすむ奴は」
薫は遠い目をして言い返す。
:10/06/12 20:27
:N08A3
:C5E9sbig
#382 [我輩は匿名である]
「ま、良かったじゃん。期末テストまで絡んでこないんじゃねーの?」
「……まぁな」
「(…良介くん、また何か言いに来たのね…)」
話の内容から察したらしく、響子が頭を抱えてため息を吐く。
「神崎、こいつにも魔除けのお守り買ってやれば?」
直人は何も考えずに、笑顔で飛鳥に声をかける。
「はぁ?何であたしがそこまで…」
飛鳥はめんどくさそうに言い返す。
:10/06/12 20:28
:N08A3
:C5E9sbig
#383 [我輩は匿名である]
「お守り?」
奏子と響子は顔を見合わせる。
「…響子」
ボーッとしていた薫は、ここで初めて響子達が来ているのに気付いた。
「薫か水無月くん、どっちか数学の教科書持ってない?
奏子ちゃんが忘れちゃったらしくて」
「俺あるぜ」
直人はニッと笑って手を挙げる。
「やっぱりな」
:10/06/14 19:51
:N08A3
:hqt4bZk6
#384 [我輩は匿名である]
飛鳥と奏子が声を合わせる。
「あんただったら、絶対教科書置いてると思って」
「うっせぇな!教科書貸さねぇぞ」
「いいじゃん本当の事なんだから!早く貸してよ」
奏子は急かすように手を出す。
直人は軽く舌打ちして、一旦自分の席に戻る。
奏子もそれについていく。
「えーっと…あったあった。ほらよ」
いっぱいになった机をあさっていると、少ししわの寄った数学の教科書が出てきた。
:10/06/14 19:52
:N08A3
:hqt4bZk6
#385 [我輩は匿名である]
「サンキュ♪」
「どーいたしまして」
「お礼に私もお守りあげよっか?」
「はぁ?別にいらねぇよ。お守りは1個で充分だろ」
直人はポケットに手を突っ込んで断る。
「つーか、何で飛鳥からお守りもらったの?」
奏子は不思議そうに首をひねる。
「この間の幽霊話でさ。俺が『変な声がする』って、球技大会の時言っただろ?
あれ言ったら、『怖くて近寄れないから持っとけ』って」
:10/06/14 19:52
:N08A3
:hqt4bZk6
#386 [我輩は匿名である]
直人は呆れたように笑って、響子と一緒に薫と喋っている飛鳥を見る。
「ふうん。意外と乙女だね、飛鳥」
「みたいだな。あんなムスッとしてる奴が怖がりとか、すげぇギャップ」
「確かに」
奏子は笑って頷き、直人の顔を眺める。
直人はまるで見守るような目で飛鳥を見ている。
「…あんたって飛鳥の話する時、すごい良い顔するよね」
そんな事を言われて、直人はきょとんとする。
「……そうか?」
:10/06/14 19:52
:N08A3
:hqt4bZk6
#387 [我輩は匿名である]
「うん」
奏子は少し笑って頷く。
「…なんか悔しいけどね」
それだけ言い残して、奏子は3人の方に歩きだした。
「(……何が悔しいんだろ?)」
彼女の言葉の意味がわからず、直人はぽかんとする。
「(………まぁいいか)」
一瞬考えた末、直人は特に気にせずに、4人の元に戻っていった。
それからは、特に大きな出来事は無かった。
:10/06/14 19:53
:N08A3
:hqt4bZk6
#388 [我輩は匿名である]
3週間後。
もう10月の中旬。
さすがに涼しくなってきて、制服も合服に変わった。
「お?」
直人達はじーっと、貼り出された成績順位を見つめる。
直人はほんの少し健闘して93位。
薫は良介と同着1位。
響子は前回とほぼ同じ120位。
奏子は171位。
そして驚く事に、飛鳥の点数が39位だった。
:10/06/14 19:53
:N08A3
:hqt4bZk6
#389 [我輩は匿名である]
「すげー!やるじゃんお前!」
直人はバシッと飛鳥の肩をたたく。
「…本当だ」
「何だよ!嬉しくないのか!?」
「う、嬉しいけど…信じられないっつーか…」
飛鳥はただただきょとんとしている。
課題テストの時は98位だったのが、今回のこの順位。
信じられないのも無理はない。
「へへへっ、なんか俺の方がテンション上がってきた!」
:10/06/14 19:54
:N08A3
:hqt4bZk6
#390 [我輩は匿名である]
茫然とする飛鳥の肩に手を回して、直人は満面の笑みを浮かべる。
「弟見返すのも近いかもな!頑張れよ!」
「…うん、ありがと」
直人に言われ、飛鳥もやっと嬉しそうに笑った。
奏子は黙って、2人の様子を見る。
「なぁ、お祝いしようぜ!薫も1位だった事だし」
「なんでこういう時に1位なんだ…」
「いいね、お祝い♪」
ため息を吐いている薫の隣で、響子が笑って返事する。
:10/06/14 19:54
:N08A3
:hqt4bZk6
#391 [我輩は匿名である]
「あたし、カラオケがいい!」
奏子が真っ先に手を挙げる。
「(カラオケ…)」
直人と響子は、その一言にぎょっとする。
「…俺はいい」
更に暗い顔をして、薫は断った。
「なんでー?いいじゃん、このメンバーで行った事無いし」
「あんまり好きじゃないんだよ、カラオケは。
もっと他の事にしないか?」
:10/06/14 19:54
:N08A3
:hqt4bZk6
#392 [我輩は匿名である]
薫はきっぱりと言い張って、他に何か無いか考える。
しかし答えが出ないまま、予鈴のチャイムが鳴った。
「…あ、俺トイレ行ってくる」
「じゃあ、私達も行こ」
「うん」
薫はトイレへ、響子と奏子は自分達の教室へと歩きだす。
2人きりになった直人と飛鳥は、お互い顔を見合う。
:10/06/14 19:55
:N08A3
:hqt4bZk6
#393 [我輩は匿名である]
「……月城、もしかして……」
「…誰にも言うなよ。あいつそれバラすとキレるから」
直人の言葉に、飛鳥は「やっぱりな」と確信した。
「…音痴なの?」
「あぁ、信じられねぇぐらいな」
直人は苦笑する。
「音符は読めるけど、歌うとなると、さっぱりだ。
中学の通知表で2取った事があるぐらい」
:10/06/14 19:55
:N08A3
:hqt4bZk6
#394 [我輩は匿名である]
「そんなに?」
「おう。ちなみに絵もかなり下手だぞ」
「…あぁ、なんか下手だったな」
本の代償の話をした時の事を思い出し、飛鳥は頷く。
そして、少し残念そうに、こう呟いた。
「……カラオケ行きたかったな」
直人はじっと、飛鳥を見る。
「じゃあ、今度行くか」
ニッと笑って、飛鳥に言ってみる。
:10/06/14 19:56
:N08A3
:hqt4bZk6
#395 [我輩は匿名である]
「へ?」
思いも寄らぬ誘いに、飛鳥はきょとんとする。
「行きてぇんだろ?カラオケ。
俺カラオケ好きだし、お前が良いんなら行くぜ」
直人は笑顔で飛鳥を誘う。
行きたい。飛鳥は思ったが、口には出せなかった。
奏子が直人を好きだという事を考えると、行っていいのかわからないのだ。
:10/06/14 19:56
:N08A3
:hqt4bZk6
#396 [我輩は匿名である]
「…そう、だね。考えとこ」
そんな答えしか返せなかった。
「あ、お前バイトとかあるもんな。行けそうだったら言えよな」
「うん、ありがと」
直人は特に変に思う事なく、笑顔で言った。
:10/06/14 19:57
:N08A3
:hqt4bZk6
#397 [我輩は匿名である]
昼休み。
「カラオケ?」
奏子が席を立っている間に、飛鳥は響子に相談していた。
「いいじゃない、行ったら。私だったら行くわよ」
「…そう?」
響子に当たり前のように言われて、飛鳥は更に悩む。
「…まぁ、相手が友達だから悩むのもわかるけどね。
でも、飛鳥ちゃんも水無月くんが好きなんでしょ?」
「……………うん」
:10/06/14 19:57
:N08A3
:hqt4bZk6
#398 [我輩は匿名である]
飛鳥は大きく頷く。
「じゃあなおさらよ。気遣ってたら、取られちゃうわよ?」
響子は真剣な顔で、急かすように言う。
一息つき、飛鳥は考える。
「(…そう…なんだよなぁ…。
でも、奏子とややこしい事になったらめんどくさいし…)」
悩んでる飛鳥を、響子はじっと見つめる。
「……いいなぁ。私にもあったな、そういう時」
懐かしそうに、響子が笑った。
:10/06/14 19:58
:N08A3
:hqt4bZk6
#399 [我輩は匿名である]
「そうなの?」
「そりゃあるわよー。友達と取り合いしたって事はなかったけど」
「やっぱり、2人で出かけるって時、緊張した?」
「したした。でも1番は…やっぱり優也と初めてご飯行った時かな。
あっちはもっと緊張してあらしいけど」
響子が嬉しそうに話すのを、飛鳥も笑顔で聞き入る。
「そうなの?」
「うん。優也が誘ってきたからね。
『良かったら今度、2人でご飯行きませんか?』って」
:10/06/14 19:58
:N08A3
:hqt4bZk6
#400 [我輩は匿名である]
「へぇ。いいね、そういうの」
「飛鳥ちゃんだって、水無月くんにカラオケ誘われてるじゃない」
「…そっか」
飛鳥は思い出したように頷く。
「……ちょっと悪い気もするけど、大丈夫だよね?」
「大丈夫よ。行ったら感想聞かせてね」
響子は早くも楽しそうに笑った。
:10/06/14 19:59
:N08A3
:hqt4bZk6
#401 [我輩は匿名である]
が。
「あ!」
「ん?」
飛鳥は困ったような顔でうなだれる。
「あたし、いい服持ってない…」
「あらまー…。家にどんな服があるの?」
「ジャージ」
「だけ!?」
「うん」
暗い顔で答える飛鳥に、響子は目を丸くしている。
:10/06/14 19:59
:N08A3
:hqt4bZk6
#402 [我輩は匿名である]
しかし、すぐにキリッとした顔で言った。
「……今日、奏子ちゃんバイトよね?」
「うん」
「飛鳥ちゃん、お金ある?」
「…昨日給料日だったから、1万円ぐらいはある」
1万円か。響子は少し考え。
「まぁいいわ。飛鳥ちゃん、今日放課後、買い物行こ」
響子に言われて、飛鳥はきょとんとする。
:10/06/14 19:59
:N08A3
:hqt4bZk6
#403 [我輩は匿名である]
「…でも、あたし買い物とか行った事ないし…」
「わかってるわよ!私がちゃんとついて行くから!」
手に力を入れて、響子は飛鳥を説得する。
響子が来てくれれば安心だ。
ちょっと間黙った後、飛鳥は「うん!」と大きく頷いた。
:10/06/14 20:00
:N08A3
:hqt4bZk6
#404 [我輩は匿名である]
「ここさぁ、どうやって行くかわかんねぇんだよなぁ…」
その頃、直人は後ろの黒板を使って、薫とTVゲームの話をしていた。
直人が書いた簡単な地図を、薫はじーっと見つめる。
「お前、これ行けた?」
「このソフト、多分全クリした」
「マジかよ!どうやった!?」
直人に詰め寄られ、薫は腕を組んで考える。
「……忘れた」
「何だよそれー」
直人は悔しそうに壁にもたれる。
:10/06/14 20:00
:N08A3
:hqt4bZk6
#405 [我輩は匿名である]
「じゃあ今度家に来て、俺の代わりにクリアして」
「は?あぁ、いいよ」
「いつがいいかなぁー?」
「なぁ」
直人が嬉しそうに考えていると、飛鳥が4組から帰ってきた。
「おう、おかえり」
「…カラオケの話なんだけどさ」
飛鳥のその一言に、薫の眉がぴくっと動く。
「カラオケ…?」
:10/06/14 20:01
:N08A3
:hqt4bZk6
#406 [我輩は匿名である]
「大丈夫、俺とこいつが行くだけだから」
「そうか、ならどうでもいい」
直人に言われて、薫は小さく笑う。
「………やっぱり、行きたい。
よく考えてたら昨日給料日だったから、お金もまだあるし…」
「おぉ!じゃあ行こうぜ!いつがいい?」
直人の表情が、パッと明るくなる。
その反応を見て、飛鳥もホッとして笑みをこぼす。
:10/06/14 20:01
:N08A3
:hqt4bZk6
#407 [我輩は匿名である]
「あたしは…明日はバイトだから、それ以外なら」
「でも、せっかく行くんだし、いっぱい歌える方が良くないか?」
「そうだね。だったら、土曜日とか?」
「それがいいな。日曜日はゆっくりしたいし。へへっ、楽しみだな!
…って、俺金あんのかな?」
直人はぶつぶつ言いながら、席に戻って財布をチェックする。
飛鳥はじーっと薫を見る。
:10/06/14 20:02
:N08A3
:hqt4bZk6
#408 [我輩は匿名である]
「……なぁ、月城」
「ん?」
黒板に書いた地図を消していた薫は、手を止めて飛鳥を見る。
「……今の話さ…」
飛鳥は少しうつむき加減に、話しにくそうにしている。
何を言おうとしているのかわかったらしく、薫はフッと笑う。
「安斎か?」
言う前に聞き返されて、飛鳥は「え…」と顔を上げる。
:10/06/14 20:02
:N08A3
:hqt4bZk6
#409 [我輩は匿名である]
「言わねぇよ。言ったらややこしくなるだろ。
喧嘩でもして、また飛び降りられても困るしな」
「い、いくら何でもそんな事で死なねぇよ!」
「どーかな」
薫はバカにしたように笑って、また手を動かす。
ちょっとイラッとしたが、薫なら黙っていてくれるだろう。
:10/06/14 20:03
:N08A3
:hqt4bZk6
#410 [我輩は匿名である]
「なぁ、4千円で足りるかなぁ?」
直人が戻ってきた。
「足りるよ、充分」
「だよな!じゃあ土曜日、忘れんなよ」
「あんたもね」
直人と飛鳥は、お互いそう言って笑い合った。
:10/06/14 20:03
:N08A3
:hqt4bZk6
#411 [我輩は匿名である]
待ちに待った土曜日。
結局11時に待ち合わせし、気が済むまで歌う事になった。
響子と買い物に行って買って来た服を着て、飛鳥は玄関で靴を履く。
「ははっ、何?その格好」
背後で、嘲笑うような巧の声がした。
飛鳥は無視する。
「もしかしてデート?いいねぇ、暇人は。
どうせ相手も、あんたと同じ、ろくでもないような男なんだろ?」
やれやれ、とでも言いたそうに、巧は大げさにジェスチャーまでつける。
:10/06/22 19:38
:N08A3
:3deUowRU
#412 [我輩は匿名である]
「あたしはろくでもない女だけど」
出て行き様に、飛鳥は口を開いた。
「相手は、あんたよりもいい男だよ」
「はぁ!?」
巧はかなりイラッときたのか、顔が苛立ちに歪む。
しかし、飛鳥は構う事なく家を出た。
:10/06/22 19:39
:N08A3
:3deUowRU
#413 [我輩は匿名である]
直人はボーッと、駅前の時計台の前で飛鳥を待つ。
「お待たせ」
少しして、飛鳥がやってきた。
パーカーにワンピース。
普段見ない格好をしている飛鳥を、直人はまじまじと見つめる。
「……変?」
緊張しているような顔で、飛鳥が尋ねてくる。
「いや。…ジャージしか見た事ないから、新鮮だなぁと」
かなり興味深いのか、直人は言いながら、まだ飛鳥の服を見ている。
:10/06/22 19:39
:N08A3
:3deUowRU
#414 [我輩は匿名である]
「…いいじゃん、たまにはこういう格好も」
一通り見た後、直人は笑った。
「変じゃないよな?」
「全然。行こうぜ」
そう言って、直人は歩きだす。
飛鳥もそれについて行く。
「…さっき家出る時、また弟に嫌み言われたんだけどさ」
カラオケ店に行く途中、飛鳥が話し始めた。
直人は早くも「またかよあのクソガキ」と顔をしかめる。
:10/06/22 19:39
:N08A3
:3deUowRU
#415 [我輩は匿名である]
「何言われたんだよ?」
「『デート?いいねぇ暇人は。どうせ相手もろくでなしなんだろ』って」
「はぁん!?今度俺んとこ連れてこい!
吊し上げにしてヒーヒー言わせてやる!」
「…まぁ先にあたしの話聞けよ」
気合いを入れる直人を、飛鳥はちょっと呆れ気味に落ち着かせる。
「…で、今日はちゃんと言い返してきた」
「おお!何て?」
直人は目を輝かせる。
:10/06/22 19:40
:N08A3
:3deUowRU
#416 [我輩は匿名である]
「…『あたしはろくでなしだけど、相手はお前よりいい男だよ』って」
飛鳥は少し恥ずかしそうに答えた。
それを聞いて、何故か直人は不満そうに腕を組む。
「…言い返したのは偉いけどよぉ、お前別にろくでなしじゃないだろ」
「……んー…」
「まぁ、自殺するような奴はなぁ…」
「うっさいな!どっちなんだよ!」
からかうように笑う直人を、飛鳥は声を荒げて怒鳴りつける。
その反応を見て、直人は笑い声を上げる。
:10/06/22 19:40
:N08A3
:3deUowRU
#417 [我輩は匿名である]
「まっ、そのバカ弟よりは立派な人間だって」
そう言いながら、飛鳥の肩を軽くたたく。
「よくやったじゃん、お前にしては」
「何様だよお前」
「睨むなよー、冗談だろー?さて、今日は何歌おうかなー」
「あんたいつも何歌うの?」
「俺?俺は…」
そんな会話をしながら、2人は近くのカラオケ店に入っていった。
:10/06/22 19:41
:N08A3
:3deUowRU
#418 [我輩は匿名である]
4時間後。
「あーすっきりした!」
カラオケ店から出て来て、飛鳥は大きく伸びをする。
直人も「カラオケ久しぶりだったなぁ」と、満足そうに笑っている。
「つーか、お前意外と歌上手いんだな」
直人は意外そうに言いながら歩きだす。
「そう?まぁ、歌うのは嫌いじゃないしな」
パーカーのポケットに手を入れて、飛鳥は返事をする。
:10/06/22 19:41
:N08A3
:3deUowRU
#419 [我輩は匿名である]
「どうする?時間余ってるけど、どっか行くか?」
今はまだ3時過ぎ。
時計を見て、直人は飛鳥に尋ねる。
「……でも、あんたお金ないんじゃないの?」
「まぁ、そんなにねぇけど。でもお前、こんな時間から帰りたくねぇだろ」
「うん」
「即答だな」
2人はどうしようかと、それぞれ頭を抱える。
「…どっかに座ってくっちゃべるか」
:10/06/22 19:41
:N08A3
:3deUowRU
#420 [我輩は匿名である]
「そうだね。どこ行く?その辺の公園でも行く?」
「だな」
2人は話しながら適当に歩いて、そこそこ大きな公園を見つけた。
ベンチもある。
そこに腰を下ろして、2人は一息つく。
「…なんか、懐かしい感じしね?2人ででかけるの」
小さく笑って直人が言う。
同じように、「そうだね」と飛鳥が返事を返す。
:10/06/22 19:42
:N08A3
:3deUowRU
#421 [我輩は匿名である]
「路地の細いとこに、暗ーい女がうずくまっててさ。
何かのホラー物かと思ったぐらい」
「そんなに怖かったか?」
「あぁ怖かったね。要はどう思ったか知らねぇけどよ」
「あんたがそう思ったんなら、要もそう思ったんじゃない?」
「かもな」
2人は適当に言って笑う。
「でも、喋ってみたら普通の女だったしな。暗かったけど」
:10/06/22 19:42
:N08A3
:3deUowRU
#422 [我輩は匿名である]
「暗い暗いって言うなよ。仕方ないじゃん、生い立ちが生い立ちなんだから」
「今も似たようなモンだけどな」
「ははっ、まーね」
飛鳥は苦笑する。
「で、勝手に勘違いして勝手に怒って、挙げ句の果てに勝手に死ぬ、と」
直人は更に呆れたように笑う。
「…ごめんってば」
「人の話はきちんと聞くように!」
「はい…」
まるで説教されているような気がして、飛鳥はうなだれる。
:10/06/22 19:43
:N08A3
:3deUowRU
#423 [我輩は匿名である]
「まっ、あんな目に遭ったら2度とやらないだろうけどな」
「うん、無理だね」
話の最中に、直人はふと、ある事を考えた。
「………今思ったんだけどさぁ」
「ん?」
「薫、何でお前の事許せたんだろうな?
前は『石川晶』の名前聞いただけで、すげぇ顔してたのに」
「……何でだろうね」
「だってあいつ、お前の事相当恨んでたぞ?
俺が『何であんな女かばったんだ』とか言われるぐらい」
:10/06/22 19:43
:N08A3
:3deUowRU
#424 [我輩は匿名である]
「…まぁ、そう言われても仕方ない事したけどね、あたし」
飛鳥は暗い顔でため息をつく。
しかし、直人には不思議で仕方がなかった。
『初めて人を殺したいと思った』。
そこまで言っていた薫が何故…?
「…そんなに気になる?」
やけに考え込む直人に、飛鳥も首をかしげる。
「うん。だって、『殺してやりたい』とまで言ってたんだぞ?」
「そんなに…!?」
:10/06/22 19:43
:N08A3
:3deUowRU
#425 [我輩は匿名である]
ぎょっとしたように、飛鳥が声を漏らす。
「……そのうち聞いてみるか」
途中で面倒くさくなって、直人は考えるのをやめた。
:10/06/22 19:44
:N08A3
:3deUowRU
#426 [我輩は匿名である]
「もー、おばあちゃんも人使い荒いなぁ…」
2人が喋っている頃、奏子は買い物から帰っていた。
あの祖母に買い物を頼まれていたらしい。
「お腹減ったなぁー。お菓子買ってくれば良かっ…」
ぶつぶつ独り言を言っていた奏子の目に、ある光景が映った。
奏子は思わず足を止める。
:10/06/22 19:44
:N08A3
:3deUowRU
#427 [我輩は匿名である]
近所の公園のベンチに並ぶ、2人の男女。
その横顔は、直人と飛鳥だった。
「(…何で…?)」
一瞬、自分の目を疑った。
しかし、どう見てもあの2人だ。
奏子は逃げるように、早足でその場を離れた。
:10/06/22 19:45
:N08A3
:3deUowRU
#428 [我輩は匿名である]
月曜日。
「どうだった?カラオケ」
昼食の時間、薫が直人に尋ねた。
「楽しかったぜ。お前も来れば良かったのに」
直人は笑って言う。
しかし、薫の表情が一気に豹変した。
「『お前も来れば』……?……直人…お前…本気で言ってるのか…?」
「じょ、冗談に決まってんだろ!悪かったよ!」
「そうか、ならいい」
今の目は、かなり危ない目だった。
:10/06/22 19:45
:N08A3
:3deUowRU
#429 [我輩は匿名である]
直人は内心ちょっとびびりながら、慌てて弁明した。
「(…危ねぇ…。マジで殺されるかと思った…。……“殺される”…)」
飛鳥と話した、あの内容を思い出す。
「(…いきなり『何で神崎許せたの?』とか聞くの、変だしな…)」
「……何だよ?」
じっと見られて、薫は困ったように声をかける。
が、直人は全く聞いていない。
:10/06/22 19:46
:N08A3
:3deUowRU
#430 [我輩は匿名である]
「…………まぁいいや」
そう言って、止まっていた手を動かし始めた。
「(一体何なんだ…?)」
全く読み取れない直人の行動に、薫は呆れて首をかしげた。
:10/06/22 19:46
:N08A3
:3deUowRU
#431 [我輩は匿名である]
一方、女子達は。
飛鳥と響子は、じっと奏子を見つめる。
奏子は一言も話さず、ただ黙々と弁当を食べている。
「(……何かあったのかな?)」
「(さぁ…?)」
2人は目で会話する。
「飛鳥さぁ」
不意に奏子が口を開き、飛鳥はビクッとする。
:10/06/22 19:50
:N08A3
:3deUowRU
#432 [我輩は匿名である]
「……な、何?」
恐る恐る尋ねる。
「水無月の事好きだよね」
「…え」
目も合わさずに言われて、飛鳥は困ったように響子を見る。
響子も不安そうに飛鳥を見ている。
「この間、公園で2人で喋ってるの見たからさ」
「…えっ」
:10/06/22 19:50
:N08A3
:3deUowRU
#433 [我輩は匿名である]
「(…反応薄いなぁ…)」
「え」しか言っていない飛鳥に、響子は少し呆れる。
なぜ奏子に見られたのか、飛鳥は全く理解出来ない。
1番起きてほしくない事が、早くも起きてしまった。
飛鳥の顔に、焦りの表情が浮かぶ。
「好きならそう言ってくれたらいいじゃん。
陰でコソコソされるの、あたし1番腹立つの」
「…奏子ちゃん、飛鳥ちゃんは別にコソコソしてたわけじゃ…」
:10/06/22 19:51
:N08A3
:3deUowRU
#434 [我輩は匿名である]
「響子は黙ってて」
止めようとする響子を、奏子はきっぱり黙らせる。
「あたしがあいつの事好きだって知ってるのに、よく出来るよね。
お守り買ってあげたり、2人で会ったり…」
「あれは…」
「悪いけど」
奏子はさっさと弁当を食べ終え、片付ける。
「あたし、そういうの見て黙ってられるようないい子じゃないから」
奏子はきつく吐き捨てて、早足で教室を出て行った。
:10/06/22 19:51
:N08A3
:3deUowRU
#435 [我輩は匿名である]
飛鳥も響子も暗い顔で黙り込む。
「………ごめんね」
しばらくして、先に口を開いたのは響子だった。
「…カラオケ、勧めなかったら良かったね」
「…響子のせいじゃないよ」
飛鳥は弱々しく笑う。
「……隠してたあたしが悪いんだ」
無理して笑う飛鳥を見て、響子も肩を落とす。
:10/06/23 18:08
:N08A3
:0Q5km5DM
#436 [我輩は匿名である]
言い出すタイミングが掴めなかっただけなのに。
それだけで、こんな事になるなんて。
飛鳥はどうすれば良いのかわからず、大きくため息をついた。
:10/06/23 18:09
:N08A3
:0Q5km5DM
#437 [我輩は匿名である]
「…1人で帰んの、久しぶりだなぁー」
飛鳥と奏子はバイト、薫と響子は寄り道するとか。
直人は独り言を言いながら、1人で帰っていた。
「(でも、あいつら今日別々にバイト行ってたな。何かあったのか?)」
今日は別々にバイトに行った、飛鳥と奏子。
2人がもめている事を知らない直人は、のんきに考える。
「(昼休み終わってから、神崎もなーんか元気無かったし…。
もしかして、喧嘩でもしたのか!?)」
珍しくその予想は当たっている。
:10/06/26 13:54
:N08A3
:sOCuCGLY
#438 [我輩は匿名である]
「(えーっ、困るって!あいつかなり落ち込むじゃん!
つーか、何で喧嘩したんだ!?そもそも喧嘩で合ってるのか!?)」
直人は歩きながら頭を抱える。
「(……明日、さりげなく声かけてみるか)」
「何て声かけるの?」
「『元気ないじゃん』って」
普通に答えて、直人は足を止めた。
今、直人に話し掛けたのは誰だ?
直人は素早く振り返る。
:10/06/26 13:55
:N08A3
:sOCuCGLY
#439 [我輩は匿名である]
しかし、直人以外に誰も歩いていない。
1人でいると怖くなったのか、直人はしばらく息を殺して黙り込む。
「そんなに怖がらなくていいじゃないか」
しかし、黙っていても、また声がした。
「……誰だよ、お前」
直人は恐る恐る呟く。
「水無月直人。16歳。7月20日生まれ。O型」
声は問いに答えるどころか、直人のプロフィールを次々に言い当てる。
:10/06/26 13:55
:N08A3
:sOCuCGLY
#440 [我輩は匿名である]
「何だよ?何で俺の事…」
付近を見回しながら、直人は更に問いかける。
「そりゃ知ってるよ。俺はお前の“一部”なんだから」
「“一部”?」
直人は繰り返す。
「まっ、そのうちわかるよ、俺が誰なのか」
それ以上、声は何も言わなくなった。
「(……俺の一部…?どういう事だよ…?)」
声が言ったその言葉の意味が、全く理解出来ない。
直人はなかなか足を動かす事が出来ず、しばらくその場に立ち尽くしていた。
:10/06/26 13:56
:N08A3
:sOCuCGLY
#441 [我輩は匿名である]
次の日。
飛鳥はいつも以上にボーッとしている。
「……あいつ、何かあったのか?」
「わかんねぇんだよなぁ、俺にも」
遠くから彼女の様子を見ながら、直人と薫は話し合う。
「聞いてこいよ」
「やっぱ俺!?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「お前がいるじゃん」
:10/06/29 16:57
:N08A3
:Kd8tcpI6
#442 [我輩は匿名である]
「何で俺が他の女の機嫌見に行かないといけねぇんだよ」
2人は小声で言い合う。
「ほらっ、あいつのお守りはお前の仕事だろ」
薫にシッシッと手を振られ、直人はムスッとしながら動き出す。
「よ、よぉ、神崎」
顔を引きつらせながら、直人が飛鳥に近づく。
「…あぁ、おはよ」
飛鳥は早くも疲れ果てた顔で挨拶を返す。
:10/06/29 16:57
:N08A3
:Kd8tcpI6
#443 [我輩は匿名である]
「おはよう」
様子を伺っていた薫の所に、響子がやってきた。
「おう」
「…飛鳥ちゃんは?」
同じように飛鳥を気にしている響子に、薫は一瞬きょとんとする。
「…今直人が偵察に行ってる」
薫は直人を指差す。
「あいつがどうかしたのか?」
「…実は…」
響子は薫の耳元で、昨日の話をしはじめた。
:10/06/29 16:58
:N08A3
:Kd8tcpI6
#444 [我輩は匿名である]
「元気ねぇじゃん」
そんな事も知らない直人は、少し緊張しながら尋ねる。
「そんな事ないけど」
飛鳥は笑って答える。
しかしその笑顔は弱々しく、目の下にはうっすらクマが出来ている。
「…本当か?クマ出来てるぞ?」
「大丈夫だって。いつも通り」
そう言われると、これ以上問い正すわけにもいかない。
:10/06/29 16:58
:N08A3
:Kd8tcpI6
#445 [我輩は匿名である]
「…そうか?まぁ、何か悩みあったら言えよ?」
「うん、ありがと」
飛鳥は小さく笑う。
困って、直人はフラフラと席を離れる。
「絶対大丈夫じゃないよ、あの子」
昨日の声が直人に言う。
直人はまた、立ち止まって周りを見回す。
「無駄だよ。お前に俺は見えない」
:10/07/10 10:13
:N08A3
:ZSYtSBPY
#446 [我輩は匿名である]
「ちっ」
声にあっさり言われて、直人は舌打ちする。
しかし、今声と話している暇はない。
さっさと薫の所へ戻り、椅子に座る。
「香月。いつ来たんだよ」
「ついさっき」
響子は笑って答え、「じゃあね」と教室に戻っていった。
:10/07/10 10:13
:N08A3
:ZSYtSBPY
#447 [我輩は匿名である]
「何しに来たんだ?あいつ」
「俺に“おはようのチュー”しに来ただけだよ」
「えぇっ!?こんな公共の場で堂々と…」
「冗談だって気付けよ!」
薫は冗談を言ったのを後悔したのか、少し赤面して言い返す。
直人は「何だよ冗談かよ」と、机に肘をつく。
「で、どうだった?」
:10/07/10 10:14
:N08A3
:ZSYtSBPY
#448 [我輩は匿名である]
「大丈夫って言われたけど、見るからに大丈夫じゃなさそうだ」
2人は深刻そうに話す。
「…あっ」
直人はひらめいた。
「安斎に聞いてくる!」
「えっ!?ちょっ…」
薫が止める間もなく、直人は教室を飛び出す。
「(おい…安斎は喧嘩相手だぞ…)」
事情を聞いた薫は、難しい顔でため息をついた。
:10/07/10 10:14
:N08A3
:ZSYtSBPY
#449 [我輩は匿名である]
「安斎ー」
直人は教室に入るなり呼び掛ける。
が、返事がくる前に奏子を見つけ、自分から走っていった。
「おはよ」
奏子はいつも通り笑って挨拶する。
「なあなあ、神崎が元気ないんだけど、お前何か知らない?」
直人は単刀直入に尋ねる。
すると、奏子は少し困ったように顔を背けた。
「……ちょっとね」
:10/07/10 10:15
:N08A3
:ZSYtSBPY
#450 [我輩は匿名である]
「(……やっぱり喧嘩かなんかしたんだな)」
奏子の反応を見て、直人は確信した。
「何だよー喧嘩か?仲良くしろよなー」
直人は面倒くさそうにポケットに手を入れる。
「女子だって喧嘩するんだよ!」
奏子はムスッとしたように言い返す。
「…つーか、何で喧嘩したんだよ?」
ちょっと勘がさえても、そこまでは頭が回らない直人。
:10/07/10 10:15
:N08A3
:ZSYtSBPY
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