記憶を売る本屋 2
最新 最初 全 
#250 [我輩は匿名である]
「(しょーもなっ!!)」
飛鳥は心の中で叫ぶ。
が、よく考えてみれば、発端は自分かもしれない。
「……その喧嘩って…私のせい…?」
飛鳥は手を止めて呟く。
思いもよらぬ問いに、直人はきょとんとする。
「いや、別に…」
確かに、飛鳥が先に帰った事から喧嘩が始まったとも思えるが、飛鳥のせいではない。
「俺の方こそ、悪かったな。勝手に本の事バラして…。俺そういう事にはかなり鈍感だか…」
直人はそこまで言って、自分で気がついて一瞬黙る。
:10/05/28 22:02
:N08A3
:TdbZtgtI
#251 [我輩は匿名である]
そして勢い良く薫がいる方を向いて、こう叫んだ。
「どーせ俺は鈍感だよ!もやし野郎!!」
「やっとわかったか!だったらいきなり殴った事さっさと俺に謝れ!!」
薫もこっちを向いて、大声で返事をする。
「悪かったな!」
「2度と人殴るんじゃねぇぞ!」
「おう!」
:10/05/28 22:04
:N08A3
:TdbZtgtI
#252 [我輩は匿名である]
「(何だこいつら…)」
これだけで仲直りになるのかと、飛鳥は呆れ気味に直人達を見る。
「良かったね、仲直り出来て」
響子はにっこり笑って薫に言う。
それを見て、薫も「あぁ」と、いつものように笑い返した。
:10/05/28 22:04
:N08A3
:TdbZtgtI
#253 [我輩は匿名である]
「…なんかわかんないけど、仲直り出来て良かったね」
「おう!俺達はいつもこんなもんだ」
直人はニッと元気に笑って答える。
飛鳥も笑い返すが、どこか元気がない。
「…あ、ごめん、何だっけ?」
「あぁ…」
飛鳥はどこから話せばいいかわからず、黙り込んでしまった。
どうすればいいか直人もわからず、頭を抱える。
「と、とりあえずさぁ、何で安斎に本の話したくないのか聞いていいか?」
沈黙が耐えきれないタイプの直人は、何とか話を続けようと尋ねてみる。
:10/05/28 22:05
:N08A3
:TdbZtgtI
#254 [我輩は匿名である]
「……わかんない」
「はぁ?」
飛鳥の答えに、直人は間の抜けた声を出す。
「わかんねぇのかよ…」
「えっ、いや、わかるよ?わかってるけど…」
直人の前で答えるような事ではない。飛鳥はそれを考えていた。
「なんか…前世の事を知られたくないっていうか…。自殺したからってのもあるけど…」
もちろん理由はこれよりも深いものがあるが、直人に言うには十分だと思った。
「まぁ、言っちまえばお前の黒歴史だもんな」
:10/05/28 22:05
:N08A3
:TdbZtgtI
#255 [我輩は匿名である]
「黒歴史っていうな!」
もっと良い言い方があるだろうと、飛鳥は思わず言い返す。
「…………昨日さ」
しばらくして、飛鳥はやっと話を始めた。
「弟に嫌味言われて、私…何も言い返せなかったんだ。
『出来損ない』とか、『いじめられて当然』とか言われたけど、
私には…あいつに勝てるものなんか何もないし…」
「はあぁぁ!!?」
飛鳥の話に、直人はキレて声を上げる。
明らかにキレた彼の声に、薫達も驚いて振り返る。
:10/05/28 22:06
:N08A3
:TdbZtgtI
#256 [我輩は匿名である]
「出来損ない!?いじめられて当然!?ふざけんじゃねーぞクソ餓鬼が!!
…でも、俺は何も言い返さなかったお前にも腹が立つ!!」
直人は怒鳴りながら飛鳥を指差す。
「出来損ないだから何だ!?そんな事こっちだってわかってんだよ!!」
「な…っ」
出来損ないだと認められてしまい、飛鳥もカチンときたらしい。
「あんたどっちの味方なんだよ!?」
「てめぇに決まってんだろ!」
直人はきっぱりと言い張った。
その答えに、飛鳥はハッとして口を閉じる。
:10/05/28 22:06
:N08A3
:TdbZtgtI
#257 [我輩は匿名である]
「友達いないわ、人の話は聞かないわ、道路に飛び出すわ、
たった1人の頼れる男が死んだら、後を追って自殺するわ、
ついでに妊婦も道連れにするわ…。
そんな奴が出来損ないじゃなかったら、誰が出来損ないだっつーんだよ!?
俺がいつもお前の世話焼いたりしてんのはなぁ!
お前にもうあんな事してほしくないからだよ!
晶みたいに誰も信じれないまま死んだりしないで、
いろんな奴といっぱい笑ったりして、楽しく生きていてほしいからだよ!!
つーか!こーゆー話、あの時もしただろ!!何回も言わすなアホ!!」
息もつかずに怒鳴り続けて、直人は息を切らす。
:10/05/28 22:07
:N08A3
:TdbZtgtI
#258 [我輩は匿名である]
意外と迫力があった直人の説教に、飛鳥はただただぽかんとする。
同じように、薫と響子もじっと直人の話を聞いていた。
「お…お前…」
直人は若干汗をかきながら話を続ける。
「餓鬼に嫌味言われたぐらいで…何しょげてんだよ…。
今までも散々無視されたり…嫌味言われたらしてたんだろ…。
お前だって、この間まで家族見返すって…張り切ってたじゃねぇか…」
直人の言葉に、飛鳥は少しうつむく。
確かに直人の言う通りだった。
:10/05/28 22:07
:N08A3
:TdbZtgtI
#259 [我輩は匿名である]
「…お前…他に何かあったんじゃねぇのか…?」
一息ついて、直人はまた弁当の中身を口に運びだした。
飛鳥は「うーん…」と、曖昧な返事をする。
奏子とちょっとややこしい事になっているが、直人に言えるはずがない。
「…ちょっとさ、いろいろあって」
「やっぱりまだあったのかよ」
直人は不満そうにため息をつく。
「何だよ?言ってみ」
「……やだ」
「何で」
「……あんたに言えるような話じゃないから」
:10/05/28 22:07
:N08A3
:TdbZtgtI
#260 [我輩は匿名である]
飛鳥は戸惑い気味に答える。
しかし、そういう言い方をされると気になってしまう直人。
「何だよ!気になるじゃねぇか!」と問い詰めてきた。
「言えないっつったら言えないんだよ!」
「何なんだよもう!」
「まぁまぁ落ち着いて」
ポンと肩を叩かれ、直人は「はぁん?」と不機嫌そうに振り向く。
いつの間にか、響子と薫が真後ろにいた。
:10/05/28 22:08
:N08A3
:TdbZtgtI
#261 [我輩は匿名である]
「うわっ、何だよお前ら!」
「そんなに問いつめたら、飛鳥ちゃん可哀相でしょ」
響子は怒ったように直人に言う。
「そんな事言われたって…」
「女の子にはねぇ、男よりもいろいろ大変な悩みがあるの。
それがわかってないと、そのうち嫌われちゃうよ?」
響子に諭され、直人は不服そうに黙る。
「薫はわかんのかよ?そーゆー女心」
「…なんとなーく」
いくら薫でも、そこまではさすがに自信はない。
:10/05/28 22:08
:N08A3
:TdbZtgtI
#262 [我輩は匿名である]
直人は「ふぅん」とだけ返事を返す。
「まぁ、あれだ。ここから先はガールズトークってやつだよ」
薫はその場に腰を下ろしながら言った。
まぁ直人にはわからないだろうけど、と思いながら。
「なんか、女ってめんどくせぇな」
直人は頭の後ろに手を組んでため息をつく。
その横で、響子は飛鳥に耳打ちする。
「何かあったら、いつでも言いなよ。大体は奏子ちゃんの事でしょ?」
「…うん」
「悩みはね、人に話したら大体すっきりするものよ。ね?薫」
:10/05/28 22:09
:N08A3
:TdbZtgtI
#263 [我輩は匿名である]
「ん?あぁ…」
「どう考えても、悩みはため込むタイプだろ、お前」
「……まぁ、どっちかっていうとな」
「だめよ、ため込むだけため込んでると、そのうち…」
「大丈夫だよ、ハゲるまでは悩まないから」
「まだその話引っ張ってんのかよ」
「え、あんたハゲるの?」
「あーあ、クールな性格が台無しだな」
「誰がハゲるって断定したんだ」
好き放題言い出した2人を薫が睨む。
隣では、そのやり取りを見ながら響子が笑っている。
:10/05/28 22:09
:N08A3
:TdbZtgtI
#264 [我輩は匿名である]
「(…………ふぅん…)」
屋上のドアの隙間から、奏子が4人のやりとりを見つめていた。
最初は盗み見するつもりではなかったのだが、
急に直人が飛鳥に向かって怒鳴りだしたため、出ていくタイミングを失ってしまったのだ。
今の4人の会話は遠くて聞き取れないが、怒鳴っていた直人の言葉だけは聞こえていた。
「(……飛鳥の前世…自殺だったって事か…。
しかも、なんか水無月の前世の人と仲良かったみたいだし…)」
奏子は暗い顔で考え込む。
直人が『もうあんな事してほしくない』と言っている所を見ると、
かなり深い関係があったようだ。
:10/05/28 22:09
:N08A3
:TdbZtgtI
#265 [我輩は匿名である]
その上、『ついでに妊婦も道連れに』という発言も引っ掛かる。
以前、直人が響子に『飛び降り自殺に巻き込まれて死んだんだろ?』と言っていた。
『巻き込んだ』のが飛鳥だったとしたら、話が噛み合ってくる。
「(…まさか…そんな出来すぎた話…)」
あるわけない。そう思いたかった。
しかしそれ以前に、前世だの過去に行くだの、ありえない話が起きている。
こうなれば、飛鳥と響子の関係だって、ありえない事もない。
「(………あーっ、止めよ!考えるのめんどい!)」
奏子は疑問を振り払うように首を振る。
そして、再度4人の様子をうかがった後、階段を降りていった。
:10/05/28 22:10
:N08A3
:TdbZtgtI
#266 [我輩は匿名である]
そして、待ちに待った月曜日。
「おっしゃー!!優勝するぞこらー!!」
「おー!!」
男子体育委員の掛け声に、クラス全員が奮起する。
「(野球する薫の姿が見れるのかぁ…♪)」
響子は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「(水無月にいいとこ見せないとね!)」
奏子は奏子で、担任の話を聞きながらそんな事を考えていた。
「(……球技大会か…早く終わらないかな…)」
飛鳥だけは、ため息をついていた。
:10/05/28 22:11
:N08A3
:TdbZtgtI
#267 [我輩は匿名である]
5人の中で、出番が1番早いのは薫だった。
ルールでは、野球部以外の選手相手には、ピッチャーは本気で投げてはいけないらしい。
「ちっ…本気で投げてこないのか…」
ジャンケンで負けて1番バッターになってしまった薫は、
つまらなそうに小さく舌打ちをする。
「月城ー!男を見せろー!」
「フィアンセが見てるぞー!!」
「いいとこ見せなきゃアメリカンに取られるぞこらー!!」
「(…うるせぇなぁ…)」
クラスメート達の変な声援にムッとしながら、薫はバットを構える。
:10/05/28 22:11
:N08A3
:TdbZtgtI
#268 [我輩は匿名である]
「おー、構えはやっぱり慣れてる感じあるな」
「優也の野球歴なめないほうがいいわよ」
フェンスごしに、直人達も薫を見ている。
相手は2年生で、ピッチャーもボールを構える。
そして、下から軽くボールを投げてきた。
「(…ちょろいな)」
薫はにやっと笑い、思いっきりバットを振る。
その直後、カキーンという快音が運動場に響き渡り、ボールは外野の頭を軽々飛び越えていった。
1発目から出たホームランに、相手チームもチームメイトも、ギャラリーでさえぽかんとする。
:10/05/28 22:12
:N08A3
:TdbZtgtI
#269 [我輩は匿名である]
その間に、薫は涼しい顔で塁を回っていく。
2塁を回ったらへんで、ギャラリーから一斉に声が上がった。
歓声と、早くも絶望感の込もった2種類の声が。
「月城ー!お前は神だー!!」
ホームに戻るなり、チームメイト全員が薫に駆け寄ってきた。
「まぐれだろ、多分」
全くまぐれではないのだが、薫は笑いながら言った。
「薫ー」
名前を呼んで大きく手を振る響子。
それが届いたのか、薫が4人の方を向き、手を振り返してきた。
:10/05/28 22:12
:N08A3
:TdbZtgtI
#270 [我輩は匿名である]
「すげー!すげーなあいつ!!」
直人は興奮して声を上げる。
「言ったでしょ?」
「…すごい…」
「あんなの打てるんなら、野球部入れば良かったのにね」
「入らないわよ、坊主にしないといけないもん。薫が坊主なんて、絶対許さない…」
「(……たまに出るこの怖い笑顔は何なんだ…?)」
奏子の疑問に笑顔で答える響子に、直人と飛鳥は何故か鳥肌が立った。
その後、薫はバッターボックスに入る毎にヒットやホームランを打ち続け、
第1試合は13対5で終わった。
:10/05/28 22:13
:N08A3
:TdbZtgtI
#271 [我輩は匿名である]
次の出番は奏子のハンドボール。
運動が好きな奏子は、コート中を駆け回り、ディフェンスも振り切ってゴールに突っ込み続ける。
「あいつもすげーな」
直人は意外そうに笑う。
「本当だね。まぁ、運動は得意そうだけど」
飛鳥もボーッと奏子の動きを見ながら頷く。
「…あんたは、やっぱりスポーツ好きな子が好き?」
何気なくそう聞かれて、直人は「へ?」と飛鳥に目を向ける。
「んー…まぁ、どっちでもいいけどな。別に好きな女のタイプとかないし」
:10/05/28 22:13
:N08A3
:TdbZtgtI
#272 [我輩は匿名である]
「そうなの?」
「んー」
直人は髪をいじりながら頷く。
「根暗かヤンキーとか…やたら貢がせる女とかじゃなかったら、どんな女でも」
「…ふぅん、そっか」
飛鳥はちょっと笑って返事をした。
「(……何でいきなりそんな事聞いてきたんだろ?こいつ)」
直人はまだ少しぽかんとして飛鳥を見ている。
「(こいつはやっぱ、要みたいな、のんきでちょっと弱々しいけどしっかりしてる奴が好きなのか?)」
今までの要の事を思い出しながら、直人はぼけーっと考える。
:10/05/28 22:13
:N08A3
:TdbZtgtI
#273 [我輩は匿名である]
晶に告白した時の事、デートの時の事、晶ともめた時の事…。
よくよく考えてみると、頼れるのか頼りないのかよくわからない性格だった要。
言いたい事をなかなか言いだせない要に、イライラした時も多かった気がする。
「……いや、俺の方がいい男だったな」
思わず声に出して言ってしまった。
「何の話?」と、飛鳥が怪訝そうな目でこっちを見てくる。
「いや、要と俺だと、どっちがいい男かって話」
「1人で何バカな事考えてんの?」
「バカとはなんだよ!」
「どう見てもバカだろ!いきなり『俺の方がいい男だ』とか言っちゃって!」
:10/05/28 22:14
:N08A3
:TdbZtgtI
#274 [我輩は匿名である]
「じゃあお前はどっちがいい!?」
「私は…!!」
そこまで来て、2人は言い合うのをやめた。
言い争いの内容が、何だか恥ずかしくなってきたらしい。
「…わりぃ、今考えるとかなりしょーもないな」
「…そうだね、やめとこ」
2人はそれぞれ違う方向を見ながら言った。
「(…なんか楽しそうに喋ってるなぁ…)」
たまたま、奏子の目が直人達に向いた。
結局試合には8対4で勝ったのだが、奏子には直人達のことの方が気になっていた。
:10/05/28 22:14
:N08A3
:TdbZtgtI
#275 [我輩は匿名である]
「さっき何喋ってたの?」
体育館に移動している間に、奏子が直人に尋ねてきた。
試合時間が迫っていたため、響子は先に体育館に入って準備をしている。
飛鳥と薫が、無言で顔を見合わせる。
「…本の話か?」
薫が小声で、奏子に聞こえないように飛鳥に尋ねる。
飛鳥は無言で頷く。
「何喋ってたって…」
直人は首をかしげながら考える。
「(…要とかの話だったな…。本の話はしない方がいいって言ってたし…)」
:10/05/28 22:15
:N08A3
:TdbZtgtI
#276 [我輩は匿名である]
奏子は「聞いてるー?」と、顔を覗き込んでくる。
飛鳥と薫は、奏子に気付かれないように横目で直人を見つめる。
「…何だったか忘れたわ」
直人は笑って奏子に答えた。
その答えに、飛鳥と薫がホッとして、再び目を見合わせる。
「えー、結構楽しそうに喋ってたじゃなーい」
「まぁ、忘れるぐらいのしょーもない話だったんだろ」
「ま、直人の話はいつもしょーもないからな」
薫は直人を見ながら小さく笑う。
しかし、奏子はどこか不満そうな顔で黙り込んだ。
:10/05/28 22:15
:N08A3
:TdbZtgtI
#277 [我輩は匿名である]
飛鳥は少し困ったように、奏子の表情を見る。
「おっ、いたいた」
直人は響子を見付け、指差す。
4人は響子の近くに腰を下ろす。
「ケガするなよ」
「大丈夫だって」
外野だから、と、響子はにっこり笑う。
「心配性だなぁ、お前」
「仕方ないだろ、心配なものは心配なんだ」
薫は開き直ったように言い返す。
:10/05/28 22:15
:N08A3
:TdbZtgtI
#278 [我輩は匿名である]
すると、ブザーが鳴って試合が始まった。
響子のクラスが、ジャンプボールでボールを取る。
いかにもスポーツ好きそうな女子が、大きく腕を回してボールを投げた。
しかし、誰にも当たる事なく、外野の響子に向かって一直線に飛んでいく。
薫達が『危ない』と思うと同時に、バチーンという大きな音がした。
4人はハラハラして響子を見つめる。
響子は顔の目の前で、飛んできたボールをキャッチしていた。
ニヤリと口元に笑みを浮かべ、ボールを構える。
そして、同じように足を開いて、思いっきりボールを投げた。
:10/05/28 22:16
:N08A3
:TdbZtgtI
#279 [我輩は匿名である]
ボコン!と音がして、相手チームの1人の女子が倒れこむ。
「(あ…当てた…)」
予想外の事に、直人と飛鳥は呆然とする。
「か…薫、お前の嫁ってあんな強かったか!?」
「みたいだな」
薫は何だか嬉しそうに笑って返事をする。
「薫!今の見た!?」
響子は試合そっちのけで薫に声をかける。
「あぁ、見たよ。格好良かった」
:10/05/28 22:16
:N08A3
:TdbZtgtI
#280 [我輩は匿名である]
「(いや、怖かった…)」
「(絶対この夫婦おかしいよ…)」
ボールを投げる時の響子の顔を思い出し、直人と飛鳥は視線を落とす。
しかし結局、響子のクラスは1回戦敗退となった。
:10/05/28 22:17
:N08A3
:TdbZtgtI
#281 [我輩は匿名である]
「よっしゃあ!行くぜ!」
直人は気合いを入れるように声を出す。
飛鳥と試合時間がかぶってしまい、残りの3人は両方が見える位置に腰を下ろす。
「……あぁ!?」
相手チームの1人を見て、直人は目を丸くした。
相手は1年5組。良介のクラスだったのだ。
「はっ!君は!あの負け犬の友達!」
「だぁかぁら!君って言うな!負け犬って言うな!!」
直人はムカッとしながら大声で言い返す。
「今日は絶対!お前を負かしてやるからな!」
:10/05/28 22:17
:N08A3
:TdbZtgtI
#282 [我輩は匿名である]
「で、出来るならやってみろっ!」
整列しながら、直人と良介は睨み合う。
「…相手にしなきゃいいのに…」
薫はあぐらをかいて、膝の上に肘をついてため息を吐く。
「できないんでしょ、水無月くんはあなたと違って、そんなタイプじゃないもの」
「まぁな…」
響子と薫は呆れたように少し笑う。
直人達は礼をし、コートに散らばる。
1番背が高いチームメイトが、ジャンプボールでボールを取り合う。
と同時に、試合開始のブザーが鳴った。
:10/05/28 22:18
:N08A3
:TdbZtgtI
#283 [我輩は匿名である]
直人は飛んできたボールを掴み取り、勢い良く良介目がけて投げつける。
「…あんなに目の敵にしなくても…」
投げるボールが全て良介に向けられているのに気付いた薫が、呆れたように呟く。
「私は逆に、何であいつを気にしないでいれるのかが不思議なんだけど」
奏子が薫に言った。
「……考えたくねぇんだよ、ああいう奴の事は」
薫は少しムスッとして言う。
「何も知らないくせに出しゃばって来やがって…。目障りなんだよ…」
直人の攻撃を交わしている良介をイライラした表情で見ながら、
薫が声を低くしてボソッと言ったのを聞いて、響子は不安そうに彼を見つめる。
:10/05/28 22:19
:N08A3
:TdbZtgtI
#284 [我輩は匿名である]
「あーっ!ムカつく!!さっさと当たって外野行けよ!」
「うるさい!僕ばっかり狙うな!!」
「黙れ!一発ぐらい当てとかないと気が済まねぇんだ!!」
直人と良介は、言い合いながら必死に攻防を続ける。
クラスメイト達も何人かは動くのを止め、笑いながらその様子を眺めている。
「…なんか、引き分けで終わりそうだね」
奏子が響子に話し掛ける。
しかし、響子は暗い顔で「うん」と頷くだけだった。
:10/05/28 22:19
:N08A3
:TdbZtgtI
#285 [我輩は匿名である]
「どうかした?」
「…ううん、何でもない」
響子は笑って首を振る。
薫もじっと、響子を見つめる。
「大丈夫か?なんか元気ないけど」
「ん?うん、大丈夫だよ。眠たくなってきただけ」
響子はそう言って試合に目をやる。
しかし、薫は知っていた。
『眠くなってきた』というのは、長谷部今日子が悩んでいる時、
それを隠そうと誤魔化すのに使っていた決まり文句だという事を。
:10/05/28 22:20
:N08A3
:TdbZtgtI
#286 [我輩は匿名である]
時間が経つのは早かった。
結局直人は良介にボールをぶつける事が出来ず、引き分けとなってしまった。
引き分けの場合、ジャンケンで勝敗を決める事になっている。
「水無月、お前責任とって勝ってこいよ」
クラスメイト達は口をそろえて直人に言う。
「負けても文句言うなよ」
「言うに決まってんだろ!!」
早くも逃げ腰な直人に、クラスメイトが怒鳴り付ける。
:10/05/28 22:20
:N08A3
:TdbZtgtI
#287 [我輩は匿名である]
一方4組も同じ状況だった。
「なんで僕なんだ!」
「お前がさっさと当たってやらねぇからだろ!
お前が当てられてりゃ、事が運んで勝ってたかもしれねぇのに!」
4組のクラスメイトは良介に詰め寄る。
良介は嫌そうにしているが、クラスメイトが「早く行け!」と背中を押した。
その先には直人が待っている。
「またてめぇかよ!」
ジャンケンの相手まで良介。
自分でまいた種ながら、直人はうんざりして怒鳴り付ける。
:10/05/28 22:20
:N08A3
:TdbZtgtI
#288 [我輩は匿名である]
「君が僕を当てるのにこだわるからだろ!本当、いい迷惑だよ!」
「こっちはお前の存在が迷惑なんだよ!!」
「お前達!さっさとしろ!」
係の教師に怒られ、2人はしぶしぶ黙る。
「…しょうもない…」
先に試合を黒星で終えていた飛鳥が、奏子の横で呆れたように呟く。
「応援してあげなよー、同じクラスじゃん」
「どっちでもいいよ、私球技大会好きじゃないし」
飛鳥は「早く終わらないか」と、それしか考えていないらしい。
奏子は少し怪訝そうに飛鳥を見つめる。
:10/05/28 22:21
:N08A3
:TdbZtgtI
#289 [我輩は匿名である]
「……何か悩んでるだろ」
その横で、薫がぼそっと響子に声をかける。
「え?」
「お前の『眠たいだけ』ほど信用できないものはないからな」
薫は小さく笑う。
それを見てホッとしたのか、響子も安堵の笑みを浮かべる。
「…悩んでたけど、どうでも良くなった」
「そうか?まぁ、何かあったら言えよ」
「うん」
響子は頷いて、薫の肩にもたれ掛かる。
:10/05/28 22:21
:N08A3
:TdbZtgtI
#290 [我輩は匿名である]
「あいつ…僕の前で響子ちゃんといちゃつきやがって…!」
「いいからジャンケンするぞ!終わんねぇだろ!」
悔しそうに薫を見る良介に、直人はまた声を荒げる。
「じゃーんけーん」
直人の声に合わせて、2人は手を出す。
直人はパー、良介はチョキ。
一瞬、コート内がしーんと静まり返った。
「水無月ー!!!」
8組の男子たちが、一斉に直人に殴りかかる。
逆に、4組の男子達は両手を上げて喜びの声を上げる。
:10/05/28 22:21
:N08A3
:TdbZtgtI
#291 [我輩は匿名である]
「あーあ…」
クラスメイトに追い掛けられる直人の情けない姿に、奏子がため息をつく。
「……バレーとドッヂが消えたか…」
薫は腕を組んで考える。
「ハンドも負けたらしいよ」
飛鳥が薫に言う。
薫は「はぁ…?」と、自分のクラスの弱さに呆れ返る。
「か…薫、助けてくれよー!」
走るのに疲れた直人は、薫の後ろに座り込む。
「お前が余計な事するからだろ」
薫は自業自得だ、と突き放す。
:10/05/28 22:22
:N08A3
:TdbZtgtI
#292 [我輩は匿名である]
「響子ちゃん!見たかい!?僕の華麗なチョキを!」
同時に、良介は嬉しそうに響子の手を握る。
「おい…」
薫は目を光らせ、良介の手を振りほどく。
「てめぇ誰に断って響子の手ぇ握ってんだ…?」
「ふん、何故わざわざ君に断らないといけないんだ?」
良介も負けじと言い返す。
睨み合う2人が怖くなって、直人は四つんばいで移動し、飛鳥の隣に座った。
「はぁ、疲れた」
「お疲れ、なんかダサかったみたいだね」
:10/05/28 22:22
:N08A3
:TdbZtgtI
#293 [我輩は匿名である]
飛鳥はしれっと直人をからかう。
「っせぇな!お前はどうだったんだよ!?」
「負けた」
「人の事言えねぇじゃねーか!!」
汗だくのまま、直人は飛鳥に言い返す。
「あいつの事はほっときなよ、月城が自分で何とかするよ」
飛鳥はめんどくさそうに忠告する。
「いいじゃん、別に」
そう食い付いたのは、直人ではなく奏子だった。
「それだけ友達思いって事じゃん?ね、水無月」
:10/05/28 22:22
:N08A3
:TdbZtgtI
#294 [我輩は匿名である]
「(……最近やたら水無月の肩持つな…)」
直人の事を好きだとはいえ、見ていて少し腹が立つ。
飛鳥もムッとし、目を逸らす。
「なんだよ、お前。いじけてんのか?」
相変わらず鈍感な直人は、笑って飛鳥の肩を叩く。
「い、いじけるわけないだろ!?何で私が!」
「お前、前からいじけやすい性格だったし」
直人は言い切ってからハッとする。
うっかり晶の事を差す話をしてしまった。
直人は「ごめん」と言いたそうに、飛鳥に視線を送る。
:10/05/28 22:23
:N08A3
:TdbZtgtI
#295 [我輩は匿名である]
「ばか!」
飛鳥もそれに気付き、直人の肩を拳でたたく。
「痛っ!」
「お前のそういう鈍感すぎる所、いい加減どうにかなんないわけ!?」
「だから、ごめんって!」
ギャーギャー言い合う直人達を、奏子はじっと見つめる。
「(『前から』って…どういう意味だろ…?)」
そんな事を考えながら。
:10/05/28 22:23
:N08A3
:TdbZtgtI
#296 [我輩は匿名である]
その後、野球の2回戦の時間になり、直人達は運動場に移動する。
8組は既に野球しか生き残っていないため、クラスメイトは全員観戦にまわってきている。
「(要するに、8組は全員俺に賭けてるって事だな)」
バッターボックスに入り、薫はふと考える。
野球の中でも、変に注目を浴びてしまった。
「(……いいじゃないか、こういうプレッシャーも)」
薫はニヤッと、不敵な笑みを浮かべる。
「(…怖い…)」
薫の様子を見て、ピッチャーは少し怯える。
そして、丸腰のままボールを投げた。
:10/05/28 22:24
:N08A3
:TdbZtgtI
#297 [我輩は匿名である]
しかし、そのボールは案の定、自分の頭を高々と越えて飛んでいった。
「よく打つねぇ…」
ボールを追い掛けていく外野の生徒達を見ながら、飛鳥が声を漏らす。
「あんたとは大違いだね」
「うっせぇな!」
未だにからかってくる飛鳥に、直人は大声を上げる。
しかし、少しして真面目な顔で飛鳥に言った。
「…悪かったな、さっき口滑らせて」
自分から謝るのは照れ臭くて、直人は少し下を向く。
奏子もハンドボール2回戦でコートに入っているため、この場にいない。
:10/05/28 22:24
:N08A3
:TdbZtgtI
#298 [我輩は匿名である]
「え?何か言った?」
飛鳥は耳をたてて直人に聞き直す。
また言わなければいけないのかと、直人はちょっと顔を赤らめる。
「1回で聞けよ!!」
「だって周りがうるさくて聞こえないもん!!」
薫のホームランへの歓声にかき消されて聞こえなかったらしい。
「だから!悪かったなって!さっき安斎の前であの話して!」
直人はちょっと顔を赤くしながら、再度飛鳥に謝る。
今度はちゃんと聞き取って、飛鳥はフッと小さく笑った。
:10/05/28 22:25
:N08A3
:TdbZtgtI
#299 [我輩は匿名である]
「いいよ!そんなの!」
飛鳥も大声で返事する。
「ありがとな!」
「どういたしまして!」
2人は言いながら笑い合う。
:10/05/28 22:25
:N08A3
:TdbZtgtI
#300 [我輩は匿名である]
少しずつ、歓声がおさまってきた。
「…お前、晶の時から運動嫌いだっけ?」
奏子がいないのを確認して、直人は飛鳥に尋ねる。
「うん、あんまり好きじゃなかった」
飛鳥は頷く。
「そのわりには走るの速かったじゃん。あの…お前に付きまとってた奴から逃げる時」
「…あぁ、美代ね。ウザかったな…あいつ」
「つーか、あいつが元凶だしな」
美代の事を思い出し、2人はどんよりとした表情でうつむく。
:10/05/28 22:26
:N08A3
:TdbZtgtI
#301 [我輩は匿名である]
「……でもまぁ」
飛鳥が顔を上げて言う。
「あいつが邪魔して来なかったら、今あたし達ここにいないんだよね。
…変な言い方だけど、おかげで目が覚めたっていうか」
「…何から?」
「………いろいろ!」
上手く説明出来なくて、飛鳥は短く答えた。
:10/06/01 20:17
:N08A3
:KmSiWdQY
#302 [我輩は匿名である]
ろくに友達も作れない性格だった自分。
それを親に捨てられたからだと言って逃げていた自分。
要がいないと生きていられなかった、未熟な自分。
そんな自分に、さよなら出来た。
飛鳥はそう考え、少し笑う。
彼女が何を考えているのかわからず、直人は首を傾げる。
「…ま、何かわかんねぇけど、吹っ切れたんなら良かったな」
考えるのが嫌いな直人は、ニッと笑う。
飛鳥も「うん」と頷く。
:10/06/01 20:18
:N08A3
:KmSiWdQY
#303 [我輩は匿名である]
「弟は?何も言ってきてないか?」
「うん、あれからは何も」
「そっか。また嫌み言われたら言えよ。怒鳴り込みに言ってやるから」
「ははっ。あんたってたまに頼もしいよな」
「俺が頼もしいのはいつもの事だろ」
「それはないね」
「はぁん!?」
「青春ねぇ〜♪」
飛鳥の隣にいた響子が、2人のやりとりを見てやっと口を開いた。
:10/06/01 20:18
:N08A3
:KmSiWdQY
#304 [我輩は匿名である]
「お前いたのかよっ!」
「失礼ね、最初からいたわよ。ねぇ?」
「うん。喋らないなぁとは思ってたけど」
飛鳥は苦笑して頷く。
「だって、2人の世界に入っちゃってるから…邪魔しちゃいけないでしょ?」
響子はにっこり笑う。
『2人の世界』と言われて、直人と飛鳥は何だか恥ずかしくなって、
お互い顔を赤くして目を逸らす。
「(…両想いにしか見えないのに、何で2人とも気付かないんだろ…?)」
2人の様子を、響子は少しもどかしく思いながら見つめる。
:10/06/01 20:19
:N08A3
:KmSiWdQY
#305 [我輩は匿名である]
「で、試合どうなってんだ?」
直人は話を変えて、試合に目を向ける。
「薫のおかげで圧勝よ」
響子は笑顔でそう言いながら得点板を指差す。
4回裏で10対3という点差。
といっても、9回までやっていると終わらないので、5回裏で終わるルールなのだが。
「…すごいね、あいつ天才じゃない?」
「そりゃ、子どもに野球教えるんだって張り切ってるぐらいだからね」
3人はそれぞれ話ながら、バット片手にクラスメイトと喋っている薫を見る。
:10/06/01 20:19
:N08A3
:KmSiWdQY
#306 [我輩は匿名である]
「負けた負けたー!」
3人が黙っていると、試合を終えた奏子がやってきた。
「なんだ、みんなこっち見てたんだ」
奏子はつまらなそうに口を尖らせる。
「だってハンドボール好きじゃねーし」
直人は眉間にしわを寄せて言い返す。
すると、ちょうど野球の試合も終わったらしく、男子たちが整列している。
「…次って準決勝か?」
「そうみたいだね」
直人に聞かれ、飛鳥は頷く。
:10/06/01 20:19
:N08A3
:KmSiWdQY
#307 [我輩は匿名である]
「んー、見飽きてきたな…」
割と飽きっぽい直人は、腕を組んで呟く。
「俺、茶飲んでくるわ」
「あっ、私も行く!」
教室に向かう直人に付いて、奏子も走りだした。
「…行かなくて良いの?」
響子は飛鳥に尋ねるが、飛鳥はけろっとしている。
「だって、私今日お茶持ってきてないし」
「あ、そう…」
意外とあっさりしている飛鳥に、響子は「いいのかな、それで」と思いながらため息を吐いた。
:10/06/01 20:20
:N08A3
:KmSiWdQY
#308 [我輩は匿名である]
一方直人達は、靴を履き替えるのが面倒なので、靴下で教室に向かっていた。
「…なんかさ」
階段を上る途中、奏子が口を開いた。
直人は歩きながら「何?」とだけ返事する。
「最近、あんまり学校楽しくないんだよね…私」
奏子はいきなり、そんな話を始めた。
いつも元気な奏子がそんな事を言ったため、直人はきょとんとして足を止める。
「どうしたんだよ?いきなり」
「…ほら、私だけ都市伝説の本もらってないじゃん?だから響子達の話に入れなくて」
奏子は苦笑いして言う。
:10/06/04 08:41
:N08A3
:K5pa3eMc
#309 [我輩は匿名である]
「あ、2人とも私の前でそんな話しないよ?
しないけど…5人でいる時とかにそんな話になったりするじゃん?
それで、ちょっと…ね」
「あぁ…」
直人は「確かにな」と頭を抱える。
「悪かったな、そういうの気付いてやれなくて」
「…えっ?いや、気付いてほしかったわけじゃ…」
急に謝られて、奏子は慌てて否定する。
しかし、直人は勝手に「そうだよな」と話を進める。
:10/06/04 08:42
:N08A3
:K5pa3eMc
#310 [我輩は匿名である]
「なんつーか、話してると勝手にそっちの話になっちまうんだよ。
でも、前世の記憶なんか無い方が良いぞ?」
「何で?」
「…なんか、それに縛られてる感じがするっていうか。
…俺は、な。薫達はあった方がいいのかもしれねぇけど」
直人は髪を触りながら首をかしげる。
「ふぅん…。いろいろあるんだね、みんな」
「そりゃな。神崎はどうなのかわかんねぇけど…。
あぁ、でもあいつにはあった方がいいかもな」
直人は本の話の内容はしないようにと心がけながら話す。
:10/06/04 08:42
:N08A3
:K5pa3eMc
#311 [我輩は匿名である]
「…やっぱ、あんたと飛鳥って関係あったんだね」
奏子は、かまをかけるように直人を見る。
「…まぁ、あるっちゃあるけど」
直人は曖昧な返事をして、逃げるように階段を上り始める。
「(やべぇな…何かポロッと言っちまいそうだ…)」
困り果てて髪をぐしゃぐしゃにしながら、直人は自分の教室に入る。
「(さっさと茶飲んで、神崎達の所に行こ…)」
ペットボトルの茶を飲みながら、運動場を見てみる。
薫達はさっきの試合に引き続き、準決勝の試合に入っている。
「(……前世の記憶が無かったら、みんなどうなってたのかな…?)」
:10/06/04 08:42
:N08A3
:K5pa3eMc
#312 [我輩は匿名である]
運動場にいる3人を見ながら、直人は考える。
「(香月は前、『前世の記憶が無くても、薫を好きになったかも』って言ってたな。
でも、薫に前世の記憶が無かったら…なんか、想像できないな)」
直人よりも前から前世の事を知っていた薫。
直人にとって、薫はある意味先輩のようなもの。
その薫に前世の記憶が無かったら、なんて考えられない。
「(…生まれ変わる為に、あんな腹黒いもやしになったんだよな。
だったら、前世の記憶を持って生まれてこなかったら…
もっと明るくて、毎年インフルエンザにかからない丈夫な奴だったのか?
……明るくて元気な薫とか…気持ち悪いな…)」
:10/06/04 08:43
:N08A3
:K5pa3eMc
#313 [我輩は匿名である]
奏子のような性格の薫を想像してみると、なんだか寒気がした。
「(…薫の事考えるのはやめよ。
神崎は…神崎はどうなるんだろ?もっと平和な育ち方したのか?
…いや、もしかしたら、もっと引きこもりになってたかも……)」
有り得る。考えながら自分で頷く。
窓際でボーッとしている直人を、奏子は「何してるんだろう?」と眺める。
「(つーか、俺達は何を代償にされたんだろ?
薫は心と健康な身体…。薫の前世って…どんな奴だったんだろ…。
……いやいや、それは今どうでもいい。香月や俺、神崎は…何を取られたんだろ?)」
手摺りに肘をついて、直人は首をひねる。
:10/06/04 08:43
:N08A3
:K5pa3eMc
#314 [我輩は匿名である]
「(なんだったんだろうなぁ…?今の…)」
運動場に向かいながら、直人はポケットに手を突っ込みながら考える。
「さっき、何考えてたの?あんた」
奏子が不思議そうに尋ねてくる。
窓際で、黄昏るような雰囲気で外を眺めていた直人。
いつもとは違うその様子が、奏子は気になっていたらしい。
「あ?いや…まぁいろいろな」
直人はそう言ってはぐらかす。
本の事について聞かれるのも、だんだんめんどくさくなってきた。
奏子は「いろいろ?」と、不満そうに直人を見ている。
:10/06/06 13:49
:N08A3
:p4xWyoPk
#315 [我輩は匿名である]
「そう。いろいろあるんだよ、俺にだって」
はぁっとため息をつきながら、少し歩くスピードを速める。
これ以上聞かれると、めんどくさくて全部話してしまいたくなる。
でも、飛鳥はそれを拒んでいる。
直人はもう、運動場まで走っていきたい気持ちでいっぱいだったが、
そこまであからさまな素振りはしたくない。
奏子と2人きりになる事に、変なプレッシャーを感じるなんて、思っていなかった。
奏子も、直人が考えている事が何となくわかったのか、それ以上何も聞こうとはしなかった。
:10/06/06 13:49
:N08A3
:p4xWyoPk
#316 [我輩は匿名である]
「あっ、おかえりー」
運動場に戻ってきて、響子たちが声をかける。
「おぅ、ただいま」
直人はホッとした気持ちで返事をし、響子と飛鳥の間に割って入る。
「何も余計な事喋らなかった?」
響子がにっこり笑って、ボソッと直人に尋ねる。
「何も喋ってねーよ」
直人はまた、大きくため息をつく。
飛鳥はそれをじっと見つめる。
「ねー、試合どうなってんの?」
:10/06/06 13:50
:N08A3
:p4xWyoPk
#317 [我輩は匿名である]
飛鳥の隣に来た奏子が、飛鳥の肩をトントンとたたく。
「…勝ってるみたいだよ、ほら」
飛鳥は得点板を指差す。
得点は3対2。
準決勝らしく接戦になっているが、何故か負ける気配はない。
「……やっぱ野球の神様なんじゃない?あの子」
「野球に限らず神様よ」
「それお前の中だけな」
「(…早く終わらないかなぁ…)」
薫の雄姿にうっとりしている響子に突っ込む直人の横で、飛鳥はつまらなそうに得点板を見つめる。
:10/06/06 13:51
:N08A3
:p4xWyoPk
#318 [我輩は匿名である]
「……神様、か」
奏子がふと呟いた。
「何て?」
何を言ったのか聞き取れず、飛鳥が奏子の方を向く。
「……神様ってさ、本当にいるのかな?」
奏子は意外にも真剣そうな表情で、そんな事を言いだした。
飛鳥はただきょとんとしている。
「……どうしたの?急に」
「…さぁ?何だろうね。何か、何となくそう思ってさ」
自分でもよくわからなかったのか、奏子は苦笑する。
:10/06/06 13:51
:N08A3
:p4xWyoPk
#319 [我輩は匿名である]
「でも…何で私だけ、前世の本もらえないのかなぁって思う時があるんだよね。
…なんか、資格とかいるのかなぁー…とか」
奏子の話に、飛鳥は首をかしげる。
「……どうなんだろうね」
言いながら、飛鳥も考えた。
自分はきっと、未練があった。だから代金を支払って“生まれ変わる”事が出来た。
響子と薫の場合は“約束”を果たす為。
ここまでは、皆前世に未練があったと一括りに出来る。
しかし、直人だけはそうではない気がしたのだ。
要には今日子のように、魂だけになってもこの世に留まる力などなかったはずだ。
:10/06/06 13:52
:N08A3
:p4xWyoPk
#320 [我輩は匿名である]
現に、直人の本は、要が死ぬところで話は終わっていた。
晶を助けた後、まさか晶が後を追って自殺したなんて知るはずもないし、
要の事だから、「俺がいなくても幸せになってくれるだろう」なんて事を考えてもおかしくない。
要の性格などから考えても、未練を残す事はあまり考えられないのだ。
だったらなぜ、直人はあの本をもらう事になったのだろう?
飛鳥はそれが気になっていた。
「……また何か難しい事考えてんのかよ?」
飛鳥が黙って眉間にしわを寄せて考え込んでいるのを見て、直人が声をかける。
「……奏子と、本をもらう条件って何なんだろうって話してたんだ」
飛鳥は顔を上げて答える。
:10/06/06 13:52
:N08A3
:p4xWyoPk
#321 [我輩は匿名である]
「またそんなめんどくせー話…」
直人はげんなりしたように肩を落とす。
「そんなの、この世に未練があった人だけでしょ」
響子があっさりと答える。
「そうも思ったんだけどさ、じゃあこいつは何で本もらえたんだろ?
未練とか、そういうの考える暇がないまま死んだじゃん?」
奏子が横にいるのも忘れ、飛鳥は直人を指差す。
響子や奏子は、じーっと直人を見る。
「……まぁ、確かにねぇ」
「事故って死んだんだっけ?あんた」
:10/06/06 13:52
:N08A3
:p4xWyoPk
#322 [我輩は匿名である]
「あ?あぁ…」
3人から見られて、直人は困ったように後ずさる。
「……ど、どうでもいいじん、そんな事」
「まぁ、どうでもいいと言えばどうでもいいけどね」
飛鳥ほど気にはならないらしく、響子はそう言って試合に目を向ける。
「…あら、いつの間にか終わってたみたいね」
響子に言われて、3人もそっちに目をやる。
薫たちの対戦相手だった生徒達が引きあげると同時に、決勝戦で戦うチームが入ってきている。
体操服の色からして、3年生のようだ。
「おい、そこの」
左肩にコールドスプレーを吹き掛けていた薫に、大将らしい生徒が話し掛ける。
:10/06/06 13:53
:N08A3
:p4xWyoPk
#323 [我輩は匿名である]
「…はい」
背後から話し掛けられて、薫は振り向く。
「(……こいつ、野球部のキャプテンだった奴か)」
高校総体の壮行会の時に見たことがあった。
「お前、あんな速さの球ばっかり打ってて楽しいか?」
この夏までキャプテンだったその男子が薫に言う。
「どういう意味ですか」と、薫は首をかしげる。
「あんな、誰にでも打てる球しか相手に出来なくて、つまらなくないか?
どこで経験積んだのか知らねぇけど、結構良い腕してるみたいだしよ。
……ちょっと、本気で投げてみてぇなって思ったわけ」
:10/06/06 13:53
:N08A3
:p4xWyoPk
#324 [我輩は匿名である]
元キャプテンは、少し笑ってそう言った。
薫は少し考える。そんなに簡単にルール変更できるのだろうか?と。
しかし、フッと笑い返して薫は言った。
「…確かに、正直面白くないな、とは思ってたんですよ。
12年も野球やってたんだし、本気出せるんなら出したいですね」
「(12年…?こいつ、いつから野球やってんだ…?)」
元キャプテンは少々疑問に思いながらも、薫の返事に笑みを浮かべた。
「じゃあ、やるんだな?」
「えぇ、受けて立ちましょう」
:10/06/06 13:54
:N08A3
:p4xWyoPk
#325 [我輩は匿名である]
「……何だ?あいつ」
「喧嘩でも売られてるんじゃないの?」
2人が何を話しているのかわからず、直人達は遠くからそれを見つめている。
「………あの人さぁ」
黙って薫の話し相手を見ていた奏子が口を開く。
「知ってんの?奏子」
「この間まで野球部キャプテンだった、ピッチャーの人じゃない?」
奏子の言葉に、3人は一瞬きょとんとする。
「…マジで!?」
「じゃあ絶対喧嘩じゃん。『お前調子乗んなよ』…みたいな」
:10/06/06 13:54
:N08A3
:p4xWyoPk
#326 [我輩は匿名である]
直人と飛鳥は奏子と話し合う。
が、響子はじーっと、審判と話している薫達を見つめる。
しばらくして、グラウンド中にアナウンスが流れた。
『野球の決勝試合では、一部の生徒のみ、
“スローボールしか投げてはいけない”というルールから除外される事になりました』
「…はぁ…?」
直人は思わず首をかしげる。
同時に、ギャラリーも「何事か」とざわつき始めた。
「何だ?どういう事だ?」
「ようするに、手加減抜きで投げてくるって事じゃないの?」
:10/06/06 13:55
:N08A3
:p4xWyoPk
#327 [我輩は匿名である]
「えっ!?そんなん有りかよ!?
あいつキャプテンなんだろ?ピッチャーなんだろ!?ヤバいじゃん!!」
「年上の人の事『あいつ』とか言わない」
ギャーギャー騒ぐ直人の横で、飛鳥が冷静に言い返す。
「でも、薫も結構やる気みたいよ」
ほら、と、響子は薫を指差す。
:10/06/06 13:56
:N08A3
:p4xWyoPk
#328 [我輩は匿名である]
「…ギャラリーがうるさいな。本当にいいんだな?」
投げる前に、元キャプテンが薫に呼び掛ける。
「いいですよ。思いっきり投げて下さい」
薫も、元キャプテンに届くように、少し声を大きくして答えた。
元キャプテンは笑って、地面を踏みしめてボールを構える。
そして、大きく肩を回して、キャッチャー目がけて思いっきりボールを投げた。
パァン!という音がして、ボールがキャッチャーのグローブにあたる。
薫はバットを振る素振りを見せず、キャッチャーに捕まれたボールを横目で見る。
「…手が出なかったか?ストレートだぞ」
ボールをピッチャーに返しながら、キャッチャーが薫に言う。
:10/06/06 13:57
:N08A3
:p4xWyoPk
#329 [我輩は匿名である]
「……速いですね。125km/hってとこですか?」
「………はっ、見てただけかよ」
薫の表情を見て、キャッチャーは呆れたように笑う。
ピッチャーはまた、ボールを構え、投げてくる。
薫は飛んでくるボールを目で追い、勢いよくバットを振った。
カン!と音がして、ボールがバットに当たる。
しかし、ボールはラインの外に転がっていった。
「……ファールか」
薫は小さく舌打ちをして構え直す。
:10/06/06 13:57
:N08A3
:p4xWyoPk
#330 [我輩は匿名である]
「おい…勝てんのかよ?」
直人達はハラハラしながら薫を見つめる。
「お前、薫が負けたら絶対あのピッチャー殺しに行くだろ」
「どうでもいいわ、ピッチャーなんて」
直人に言われて、響子はきっぱりと答える。
「野球に燃える薫、かっこいい…♪」
「…燃えてんの?あれ」
「燃えてるじゃない!」
「わかんねーよ!!」
直人が響子に言い返した瞬間、再びバットの快音が響き渡った。
:10/06/06 13:58
:N08A3
:p4xWyoPk
#331 [我輩は匿名である]
ギャラリーが声を上げる中、4人はそろって視線を戻す。
ボールが二塁と三塁の間を抜けている間に、薫は一塁まで走る。
「おー!すげぇ!!」
「かっこいい薫ー!!!」
「(延長戦とかなったら嫌だなー…)」
興奮している3人を尻目に、ボールがくる前に一塁に着いた薫は、右手で左肩をさする。
:10/06/06 13:59
:N08A3
:p4xWyoPk
#332 [我輩は匿名である]
「(……さすがに、使いすぎると違和感あるな…)」
骨折から2〜3ヶ月経ち、リハビリも終えているが、やはりまだ少し違和感を感じる左鎖骨。
さっきから感じていたのだが、今のバッティングで増強した気がするらしい。
「(…あんまり振らない方がいいな…。次はバントでいくか…?
でもランナーがいないと意味ないし…)」
そう考えている間に、仲間達が次々にアウトを取られていく。
:10/06/08 17:09
:N08A3
:JzbPbZSE
#333 [我輩は匿名である]
「(………ホームランでも打たない限り、勝てそうもないな。
また痛めると響子が心配するだろうし、今回は無理しないでおくか…)」
ちょっとつまらないが、仕方がない。
薫は小さくため息をつきながら、空振り3振するクラスメイト達を見ていた。
結局、3回裏が終わって0対3。おまけにノーランナーでツーアウト。
「(……ここで打たなきゃ終わりだな…)」
バットを構えながら、薫は肩を落とす。
ここでつなげないと、おそらく5回に自分の打席は回ってこない。
:10/06/08 17:09
:N08A3
:JzbPbZSE
#334 [我輩は匿名である]
「……大変だな、頑張ってんのによ」
「支えるのが1人じゃ勝てませんよ」
薫は苦笑してキャッチャーに言う。
ピッチャーは大きく振りかぶって、ボールを投げてくる。
打てる。
そう思ったが、薫はバットを持つ手を動かさず、
ボールはキャッチャーのグローブに吸い込まれるようにおさまった。
:10/06/08 17:09
:N08A3
:JzbPbZSE
#335 [我輩は匿名である]
「(……速いな…。あの時この骨折ってなかったら、楽に打てるんだろうが…)」
「諦めたのか?」
キャッチャーが尋ねてくる。
「……いえ、ちょっと」
薫は短く答え、再びバットを構える。
痛みは感じないが、あまり使いたくない。
1回のスウィングに賭けるか、諦めるか、それとも…。
:10/06/08 17:10
:N08A3
:JzbPbZSE
#336 [我輩は匿名である]
「(くそ…あの大橋とか言う女…見かけたらバットで殴り殺してやるのに…)」
薫が骨折する原因である女子生徒・大橋怜奈は、事件後退学処分となっている。
久しぶりに彼女の事を思い出し、薫は不機嫌そうにピッチャーを見つめる。
「(……なんだ?いきなりキレてるような顔して…)」
ピッチャーは薫に睨まれているような気がしつつも構える。
「……やっぱりキャプテンは格が違いますね」
薫はボソッと呟く。
「ん?」
「…あと1年遅く生まれてくれたら、もう1回勝負出来てたのにな」
:10/06/08 17:10
:N08A3
:JzbPbZSE
#337 [我輩は匿名である]
何を考えているのかと、キャプテンはきょとんとする。
ピッチャーが球を投げてくる。
が、薫はまたもバットを振らず、ストライクボールを見送った。
「何やってんだ?あいつ!やる気あんのかよ!?」
フェンスを掴み、直人が声を荒げる。
しかし、響子は無言のまま薫を見つめる。
:10/06/08 17:10
:N08A3
:JzbPbZSE
#338 [我輩は匿名である]
「どうしたんだ?やる気失せたか?」
急に打たなくなった薫に、ピッチャーがたまらず声をかける。
「やる気はありますよ、身体がついてこないだけで」
薫は一旦バットを下ろして答える。
「(…怪我でもしたのか?)」
ピッチャーは思いながら、薫の身体を見るが、一見異常なさそうに見える。
「…代打出すか?」
「ははっ、冗談止めて下さいよ」
薫は笑いながら、再びバットを構える。
:10/06/08 17:11
:N08A3
:JzbPbZSE
#339 [我輩は匿名である]
「俺の野球姿を見て喜んでる奴がいるんでね。死んでも代打なんか出しませんから」
ピッチャーもキャッチャーも、一瞬ぽかんとして薫を見る。
しかし、ピッチャーはニッと笑い、「いいだろう」とボールを構える。
「へっ、彼女かよ」
キャッチャーも皮肉をこめた笑みを浮かべる。
「…まぁ、そんなところですかね」
投げるモーションに入っているピッチャーを見ながら薫は言う。
その直後、ピッチャーがボールを投げた。
:10/06/08 17:12
:N08A3
:JzbPbZSE
#340 [我輩は匿名である]
クラスメイト達は、祈るような気持ちで薫を見つめる。
しかし、薫はバットを振る瞬間、左手を離した。
「ちょっ、お前…!」
びっくりして、キャッチャーが思わず声を漏らす。
薫は右手だけで金属バットを振ったのだ。
ボールは見事にバットに当たり、右手首に痛みが走る。
そのまま無理矢理打ち飛ばしたボールは、まっすぐ飛んでいく。
:10/06/08 17:13
:N08A3
:JzbPbZSE
#341 [我輩は匿名である]
ピッチャーが手を伸ばせば、充分に届く距離に。
パシッという音を立てて、ピッチャーのグローブがボールを掴む。
ギャラリーも選手達も、息を呑んでそれを見つめていた。
「アウト!チェンジ!」
審判の声が響き渡る。
相手チームの外野たちが、もう試合が終わったかのように、はしゃぎながら走ってくる。
:10/06/08 17:13
:N08A3
:JzbPbZSE
#342 [我輩は匿名である]
「はぁ…」
薫はため息をついて、左手にバットを持ちかえながらベンチに戻る。
「悪い。捻挫したから、二塁の守り代わってくれないか?」
補欠の男子にそう言って、薫はベンチに腰を下ろす。
そして、0対5まで点差が開いた後、試合は終わった。
:10/06/08 17:13
:N08A3
:JzbPbZSE
#343 [我輩は匿名である]
「礼!」
「ありがとうございました!」
審判の声に合わせて、選手達は互いに頭を下げる。
「もったいないな。お前が野球部に入ってくれれば、安心して卒業出来るのに」
挨拶を終え、ピッチャーが薫に話し掛けてきた。
まるで死ぬような言い方だな。薫は小さく笑う。
「坊主にすると、俺多分殺されますから」
「…誰に?」
:10/06/08 17:14
:N08A3
:JzbPbZSE
#344 [我輩は匿名である]
「こいつ、彼女いるらしいぜ」
キャッチャーも話に入ってきた。
「…え、マジで?」
「薫!!」
薫の背後で声がした。
振り向いてみると、響子がかなり怒った顔で立っている。
「…例の彼女か?」
「何であんな打ち方したのよ!?手痛めるの当たり前でしょ!?」
響子は怒鳴り付けながら薫に詰め寄る。
:10/06/08 17:15
:N08A3
:JzbPbZSE
#345 [我輩は匿名である]
「いや…動かしすぎると、また左肩痛めそうだったからさ」
薫は答えながら、左の鎖骨辺りをさする。
その仕草を見て、響子は動きを止めた。
「……階段から落ちた時の、あの怪我の事?」
「…まぁ、な」
薫は誤魔化そうとしながらも頷く。
「“階段から落ちた”って…こいつ、あの階段事件で突き落とされた奴だったのか?」
「あぁーなるほどな」
2人の様子を見ながら、ピッチャーとキャッチャーが小声で話し合う。
:10/06/08 17:15
:N08A3
:JzbPbZSE
#346 [我輩は匿名である]
「……そっち痛める方が、絶対お前に怒られると思って」
薫は苦笑し、響子の頭を撫でる。
響子はしゅんとしたように下を向く。
「こいつ、あんたの為にあんな打ち方したんだぜ。
『俺の野球姿見て喜んでる奴がいるから』ってな」
キャッチャーがニヤニヤしながら響子に言う。
バラされると思っていなかった薫は、顔を赤らめて「ちょっと!」と彼を睨む。
響子はゆっくりと顔を上げ、薫を見る。
:10/06/08 17:16
:N08A3
:JzbPbZSE
#347 [我輩は匿名である]
薫は恥ずかしそうに顔を背けている。
それを見て、響子は嬉しそうに笑って薫に抱きついた。
「なぁ、その子がお前の彼女?」
2人がからかうように薫の肩を持つ。
いらん事を言わなきゃ良かった。薫は思いながら笑った。
「そうですよ」
断言する薫に、2人は絶句する。
:10/06/08 17:16
:N08A3
:JzbPbZSE
#348 [我輩は匿名である]
「いつまでいちゃついてんだ、あいつら」
「さぁ?ま、いいんじゃないの?」
彼らの微笑ましい様子を、直人や飛鳥は遠くから眺めていた。
:10/06/08 17:17
:N08A3
:JzbPbZSE
#349 [我輩は匿名である]
「やっと帰れるな」
帰り道、飛鳥は直人に話し掛ける。
奏子はバイトに行き、響子は薫の捻挫の手当てに付き添って
保健室に行っているため、2人で帰ってくる事になったのだ。
「そんなに帰りたかったのかよ」
「好きじゃないんだもん、運動」
「絶対人生損してるぞ」
「嫌いなもんは嫌いなんだよ!仕方ないだろ!
晶の時から運動大っ嫌いだったんだから!」
飛鳥は開き直ったように言い返す。
:10/06/10 18:56
:N08A3
:BePAOuBw
#350 [我輩は匿名である]
直人が笑って返事をしようとした時。
「ふぅん、意外だなー」
直人の背後で、若い男性の声がした。
振り向いてみるが、誰もいない。
「…今何か言ったか?」
「いや?」
飛鳥はきょとんとしている。
声も彼女のものではなかった。
「どうかしたの?」
:10/06/10 18:57
:N08A3
:BePAOuBw
★コメント★
←次 | 前→
トピック
C-BoX E194.194