記憶を売る本屋 2
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#301 [我輩は匿名である]
「……でもまぁ」
飛鳥が顔を上げて言う。
「あいつが邪魔して来なかったら、今あたし達ここにいないんだよね。
…変な言い方だけど、おかげで目が覚めたっていうか」
「…何から?」
「………いろいろ!」
上手く説明出来なくて、飛鳥は短く答えた。
:10/06/01 20:17
:N08A3
:KmSiWdQY
#302 [我輩は匿名である]
ろくに友達も作れない性格だった自分。
それを親に捨てられたからだと言って逃げていた自分。
要がいないと生きていられなかった、未熟な自分。
そんな自分に、さよなら出来た。
飛鳥はそう考え、少し笑う。
彼女が何を考えているのかわからず、直人は首を傾げる。
「…ま、何かわかんねぇけど、吹っ切れたんなら良かったな」
考えるのが嫌いな直人は、ニッと笑う。
飛鳥も「うん」と頷く。
:10/06/01 20:18
:N08A3
:KmSiWdQY
#303 [我輩は匿名である]
「弟は?何も言ってきてないか?」
「うん、あれからは何も」
「そっか。また嫌み言われたら言えよ。怒鳴り込みに言ってやるから」
「ははっ。あんたってたまに頼もしいよな」
「俺が頼もしいのはいつもの事だろ」
「それはないね」
「はぁん!?」
「青春ねぇ〜♪」
飛鳥の隣にいた響子が、2人のやりとりを見てやっと口を開いた。
:10/06/01 20:18
:N08A3
:KmSiWdQY
#304 [我輩は匿名である]
「お前いたのかよっ!」
「失礼ね、最初からいたわよ。ねぇ?」
「うん。喋らないなぁとは思ってたけど」
飛鳥は苦笑して頷く。
「だって、2人の世界に入っちゃってるから…邪魔しちゃいけないでしょ?」
響子はにっこり笑う。
『2人の世界』と言われて、直人と飛鳥は何だか恥ずかしくなって、
お互い顔を赤くして目を逸らす。
「(…両想いにしか見えないのに、何で2人とも気付かないんだろ…?)」
2人の様子を、響子は少しもどかしく思いながら見つめる。
:10/06/01 20:19
:N08A3
:KmSiWdQY
#305 [我輩は匿名である]
「で、試合どうなってんだ?」
直人は話を変えて、試合に目を向ける。
「薫のおかげで圧勝よ」
響子は笑顔でそう言いながら得点板を指差す。
4回裏で10対3という点差。
といっても、9回までやっていると終わらないので、5回裏で終わるルールなのだが。
「…すごいね、あいつ天才じゃない?」
「そりゃ、子どもに野球教えるんだって張り切ってるぐらいだからね」
3人はそれぞれ話ながら、バット片手にクラスメイトと喋っている薫を見る。
:10/06/01 20:19
:N08A3
:KmSiWdQY
#306 [我輩は匿名である]
「負けた負けたー!」
3人が黙っていると、試合を終えた奏子がやってきた。
「なんだ、みんなこっち見てたんだ」
奏子はつまらなそうに口を尖らせる。
「だってハンドボール好きじゃねーし」
直人は眉間にしわを寄せて言い返す。
すると、ちょうど野球の試合も終わったらしく、男子たちが整列している。
「…次って準決勝か?」
「そうみたいだね」
直人に聞かれ、飛鳥は頷く。
:10/06/01 20:19
:N08A3
:KmSiWdQY
#307 [我輩は匿名である]
「んー、見飽きてきたな…」
割と飽きっぽい直人は、腕を組んで呟く。
「俺、茶飲んでくるわ」
「あっ、私も行く!」
教室に向かう直人に付いて、奏子も走りだした。
「…行かなくて良いの?」
響子は飛鳥に尋ねるが、飛鳥はけろっとしている。
「だって、私今日お茶持ってきてないし」
「あ、そう…」
意外とあっさりしている飛鳥に、響子は「いいのかな、それで」と思いながらため息を吐いた。
:10/06/01 20:20
:N08A3
:KmSiWdQY
#308 [我輩は匿名である]
一方直人達は、靴を履き替えるのが面倒なので、靴下で教室に向かっていた。
「…なんかさ」
階段を上る途中、奏子が口を開いた。
直人は歩きながら「何?」とだけ返事する。
「最近、あんまり学校楽しくないんだよね…私」
奏子はいきなり、そんな話を始めた。
いつも元気な奏子がそんな事を言ったため、直人はきょとんとして足を止める。
「どうしたんだよ?いきなり」
「…ほら、私だけ都市伝説の本もらってないじゃん?だから響子達の話に入れなくて」
奏子は苦笑いして言う。
:10/06/04 08:41
:N08A3
:K5pa3eMc
#309 [我輩は匿名である]
「あ、2人とも私の前でそんな話しないよ?
しないけど…5人でいる時とかにそんな話になったりするじゃん?
それで、ちょっと…ね」
「あぁ…」
直人は「確かにな」と頭を抱える。
「悪かったな、そういうの気付いてやれなくて」
「…えっ?いや、気付いてほしかったわけじゃ…」
急に謝られて、奏子は慌てて否定する。
しかし、直人は勝手に「そうだよな」と話を進める。
:10/06/04 08:42
:N08A3
:K5pa3eMc
#310 [我輩は匿名である]
「なんつーか、話してると勝手にそっちの話になっちまうんだよ。
でも、前世の記憶なんか無い方が良いぞ?」
「何で?」
「…なんか、それに縛られてる感じがするっていうか。
…俺は、な。薫達はあった方がいいのかもしれねぇけど」
直人は髪を触りながら首をかしげる。
「ふぅん…。いろいろあるんだね、みんな」
「そりゃな。神崎はどうなのかわかんねぇけど…。
あぁ、でもあいつにはあった方がいいかもな」
直人は本の話の内容はしないようにと心がけながら話す。
:10/06/04 08:42
:N08A3
:K5pa3eMc
#311 [我輩は匿名である]
「…やっぱ、あんたと飛鳥って関係あったんだね」
奏子は、かまをかけるように直人を見る。
「…まぁ、あるっちゃあるけど」
直人は曖昧な返事をして、逃げるように階段を上り始める。
「(やべぇな…何かポロッと言っちまいそうだ…)」
困り果てて髪をぐしゃぐしゃにしながら、直人は自分の教室に入る。
「(さっさと茶飲んで、神崎達の所に行こ…)」
ペットボトルの茶を飲みながら、運動場を見てみる。
薫達はさっきの試合に引き続き、準決勝の試合に入っている。
「(……前世の記憶が無かったら、みんなどうなってたのかな…?)」
:10/06/04 08:42
:N08A3
:K5pa3eMc
#312 [我輩は匿名である]
運動場にいる3人を見ながら、直人は考える。
「(香月は前、『前世の記憶が無くても、薫を好きになったかも』って言ってたな。
でも、薫に前世の記憶が無かったら…なんか、想像できないな)」
直人よりも前から前世の事を知っていた薫。
直人にとって、薫はある意味先輩のようなもの。
その薫に前世の記憶が無かったら、なんて考えられない。
「(…生まれ変わる為に、あんな腹黒いもやしになったんだよな。
だったら、前世の記憶を持って生まれてこなかったら…
もっと明るくて、毎年インフルエンザにかからない丈夫な奴だったのか?
……明るくて元気な薫とか…気持ち悪いな…)」
:10/06/04 08:43
:N08A3
:K5pa3eMc
#313 [我輩は匿名である]
奏子のような性格の薫を想像してみると、なんだか寒気がした。
「(…薫の事考えるのはやめよ。
神崎は…神崎はどうなるんだろ?もっと平和な育ち方したのか?
…いや、もしかしたら、もっと引きこもりになってたかも……)」
有り得る。考えながら自分で頷く。
窓際でボーッとしている直人を、奏子は「何してるんだろう?」と眺める。
「(つーか、俺達は何を代償にされたんだろ?
薫は心と健康な身体…。薫の前世って…どんな奴だったんだろ…。
……いやいや、それは今どうでもいい。香月や俺、神崎は…何を取られたんだろ?)」
手摺りに肘をついて、直人は首をひねる。
:10/06/04 08:43
:N08A3
:K5pa3eMc
#314 [我輩は匿名である]
「(なんだったんだろうなぁ…?今の…)」
運動場に向かいながら、直人はポケットに手を突っ込みながら考える。
「さっき、何考えてたの?あんた」
奏子が不思議そうに尋ねてくる。
窓際で、黄昏るような雰囲気で外を眺めていた直人。
いつもとは違うその様子が、奏子は気になっていたらしい。
「あ?いや…まぁいろいろな」
直人はそう言ってはぐらかす。
本の事について聞かれるのも、だんだんめんどくさくなってきた。
奏子は「いろいろ?」と、不満そうに直人を見ている。
:10/06/06 13:49
:N08A3
:p4xWyoPk
#315 [我輩は匿名である]
「そう。いろいろあるんだよ、俺にだって」
はぁっとため息をつきながら、少し歩くスピードを速める。
これ以上聞かれると、めんどくさくて全部話してしまいたくなる。
でも、飛鳥はそれを拒んでいる。
直人はもう、運動場まで走っていきたい気持ちでいっぱいだったが、
そこまであからさまな素振りはしたくない。
奏子と2人きりになる事に、変なプレッシャーを感じるなんて、思っていなかった。
奏子も、直人が考えている事が何となくわかったのか、それ以上何も聞こうとはしなかった。
:10/06/06 13:49
:N08A3
:p4xWyoPk
#316 [我輩は匿名である]
「あっ、おかえりー」
運動場に戻ってきて、響子たちが声をかける。
「おぅ、ただいま」
直人はホッとした気持ちで返事をし、響子と飛鳥の間に割って入る。
「何も余計な事喋らなかった?」
響子がにっこり笑って、ボソッと直人に尋ねる。
「何も喋ってねーよ」
直人はまた、大きくため息をつく。
飛鳥はそれをじっと見つめる。
「ねー、試合どうなってんの?」
:10/06/06 13:50
:N08A3
:p4xWyoPk
#317 [我輩は匿名である]
飛鳥の隣に来た奏子が、飛鳥の肩をトントンとたたく。
「…勝ってるみたいだよ、ほら」
飛鳥は得点板を指差す。
得点は3対2。
準決勝らしく接戦になっているが、何故か負ける気配はない。
「……やっぱ野球の神様なんじゃない?あの子」
「野球に限らず神様よ」
「それお前の中だけな」
「(…早く終わらないかなぁ…)」
薫の雄姿にうっとりしている響子に突っ込む直人の横で、飛鳥はつまらなそうに得点板を見つめる。
:10/06/06 13:51
:N08A3
:p4xWyoPk
#318 [我輩は匿名である]
「……神様、か」
奏子がふと呟いた。
「何て?」
何を言ったのか聞き取れず、飛鳥が奏子の方を向く。
「……神様ってさ、本当にいるのかな?」
奏子は意外にも真剣そうな表情で、そんな事を言いだした。
飛鳥はただきょとんとしている。
「……どうしたの?急に」
「…さぁ?何だろうね。何か、何となくそう思ってさ」
自分でもよくわからなかったのか、奏子は苦笑する。
:10/06/06 13:51
:N08A3
:p4xWyoPk
#319 [我輩は匿名である]
「でも…何で私だけ、前世の本もらえないのかなぁって思う時があるんだよね。
…なんか、資格とかいるのかなぁー…とか」
奏子の話に、飛鳥は首をかしげる。
「……どうなんだろうね」
言いながら、飛鳥も考えた。
自分はきっと、未練があった。だから代金を支払って“生まれ変わる”事が出来た。
響子と薫の場合は“約束”を果たす為。
ここまでは、皆前世に未練があったと一括りに出来る。
しかし、直人だけはそうではない気がしたのだ。
要には今日子のように、魂だけになってもこの世に留まる力などなかったはずだ。
:10/06/06 13:52
:N08A3
:p4xWyoPk
#320 [我輩は匿名である]
現に、直人の本は、要が死ぬところで話は終わっていた。
晶を助けた後、まさか晶が後を追って自殺したなんて知るはずもないし、
要の事だから、「俺がいなくても幸せになってくれるだろう」なんて事を考えてもおかしくない。
要の性格などから考えても、未練を残す事はあまり考えられないのだ。
だったらなぜ、直人はあの本をもらう事になったのだろう?
飛鳥はそれが気になっていた。
「……また何か難しい事考えてんのかよ?」
飛鳥が黙って眉間にしわを寄せて考え込んでいるのを見て、直人が声をかける。
「……奏子と、本をもらう条件って何なんだろうって話してたんだ」
飛鳥は顔を上げて答える。
:10/06/06 13:52
:N08A3
:p4xWyoPk
#321 [我輩は匿名である]
「またそんなめんどくせー話…」
直人はげんなりしたように肩を落とす。
「そんなの、この世に未練があった人だけでしょ」
響子があっさりと答える。
「そうも思ったんだけどさ、じゃあこいつは何で本もらえたんだろ?
未練とか、そういうの考える暇がないまま死んだじゃん?」
奏子が横にいるのも忘れ、飛鳥は直人を指差す。
響子や奏子は、じーっと直人を見る。
「……まぁ、確かにねぇ」
「事故って死んだんだっけ?あんた」
:10/06/06 13:52
:N08A3
:p4xWyoPk
#322 [我輩は匿名である]
「あ?あぁ…」
3人から見られて、直人は困ったように後ずさる。
「……ど、どうでもいいじん、そんな事」
「まぁ、どうでもいいと言えばどうでもいいけどね」
飛鳥ほど気にはならないらしく、響子はそう言って試合に目を向ける。
「…あら、いつの間にか終わってたみたいね」
響子に言われて、3人もそっちに目をやる。
薫たちの対戦相手だった生徒達が引きあげると同時に、決勝戦で戦うチームが入ってきている。
体操服の色からして、3年生のようだ。
「おい、そこの」
左肩にコールドスプレーを吹き掛けていた薫に、大将らしい生徒が話し掛ける。
:10/06/06 13:53
:N08A3
:p4xWyoPk
#323 [我輩は匿名である]
「…はい」
背後から話し掛けられて、薫は振り向く。
「(……こいつ、野球部のキャプテンだった奴か)」
高校総体の壮行会の時に見たことがあった。
「お前、あんな速さの球ばっかり打ってて楽しいか?」
この夏までキャプテンだったその男子が薫に言う。
「どういう意味ですか」と、薫は首をかしげる。
「あんな、誰にでも打てる球しか相手に出来なくて、つまらなくないか?
どこで経験積んだのか知らねぇけど、結構良い腕してるみたいだしよ。
……ちょっと、本気で投げてみてぇなって思ったわけ」
:10/06/06 13:53
:N08A3
:p4xWyoPk
#324 [我輩は匿名である]
元キャプテンは、少し笑ってそう言った。
薫は少し考える。そんなに簡単にルール変更できるのだろうか?と。
しかし、フッと笑い返して薫は言った。
「…確かに、正直面白くないな、とは思ってたんですよ。
12年も野球やってたんだし、本気出せるんなら出したいですね」
「(12年…?こいつ、いつから野球やってんだ…?)」
元キャプテンは少々疑問に思いながらも、薫の返事に笑みを浮かべた。
「じゃあ、やるんだな?」
「えぇ、受けて立ちましょう」
:10/06/06 13:54
:N08A3
:p4xWyoPk
#325 [我輩は匿名である]
「……何だ?あいつ」
「喧嘩でも売られてるんじゃないの?」
2人が何を話しているのかわからず、直人達は遠くからそれを見つめている。
「………あの人さぁ」
黙って薫の話し相手を見ていた奏子が口を開く。
「知ってんの?奏子」
「この間まで野球部キャプテンだった、ピッチャーの人じゃない?」
奏子の言葉に、3人は一瞬きょとんとする。
「…マジで!?」
「じゃあ絶対喧嘩じゃん。『お前調子乗んなよ』…みたいな」
:10/06/06 13:54
:N08A3
:p4xWyoPk
#326 [我輩は匿名である]
直人と飛鳥は奏子と話し合う。
が、響子はじーっと、審判と話している薫達を見つめる。
しばらくして、グラウンド中にアナウンスが流れた。
『野球の決勝試合では、一部の生徒のみ、
“スローボールしか投げてはいけない”というルールから除外される事になりました』
「…はぁ…?」
直人は思わず首をかしげる。
同時に、ギャラリーも「何事か」とざわつき始めた。
「何だ?どういう事だ?」
「ようするに、手加減抜きで投げてくるって事じゃないの?」
:10/06/06 13:55
:N08A3
:p4xWyoPk
#327 [我輩は匿名である]
「えっ!?そんなん有りかよ!?
あいつキャプテンなんだろ?ピッチャーなんだろ!?ヤバいじゃん!!」
「年上の人の事『あいつ』とか言わない」
ギャーギャー騒ぐ直人の横で、飛鳥が冷静に言い返す。
「でも、薫も結構やる気みたいよ」
ほら、と、響子は薫を指差す。
:10/06/06 13:56
:N08A3
:p4xWyoPk
#328 [我輩は匿名である]
「…ギャラリーがうるさいな。本当にいいんだな?」
投げる前に、元キャプテンが薫に呼び掛ける。
「いいですよ。思いっきり投げて下さい」
薫も、元キャプテンに届くように、少し声を大きくして答えた。
元キャプテンは笑って、地面を踏みしめてボールを構える。
そして、大きく肩を回して、キャッチャー目がけて思いっきりボールを投げた。
パァン!という音がして、ボールがキャッチャーのグローブにあたる。
薫はバットを振る素振りを見せず、キャッチャーに捕まれたボールを横目で見る。
「…手が出なかったか?ストレートだぞ」
ボールをピッチャーに返しながら、キャッチャーが薫に言う。
:10/06/06 13:57
:N08A3
:p4xWyoPk
#329 [我輩は匿名である]
「……速いですね。125km/hってとこですか?」
「………はっ、見てただけかよ」
薫の表情を見て、キャッチャーは呆れたように笑う。
ピッチャーはまた、ボールを構え、投げてくる。
薫は飛んでくるボールを目で追い、勢いよくバットを振った。
カン!と音がして、ボールがバットに当たる。
しかし、ボールはラインの外に転がっていった。
「……ファールか」
薫は小さく舌打ちをして構え直す。
:10/06/06 13:57
:N08A3
:p4xWyoPk
#330 [我輩は匿名である]
「おい…勝てんのかよ?」
直人達はハラハラしながら薫を見つめる。
「お前、薫が負けたら絶対あのピッチャー殺しに行くだろ」
「どうでもいいわ、ピッチャーなんて」
直人に言われて、響子はきっぱりと答える。
「野球に燃える薫、かっこいい…♪」
「…燃えてんの?あれ」
「燃えてるじゃない!」
「わかんねーよ!!」
直人が響子に言い返した瞬間、再びバットの快音が響き渡った。
:10/06/06 13:58
:N08A3
:p4xWyoPk
#331 [我輩は匿名である]
ギャラリーが声を上げる中、4人はそろって視線を戻す。
ボールが二塁と三塁の間を抜けている間に、薫は一塁まで走る。
「おー!すげぇ!!」
「かっこいい薫ー!!!」
「(延長戦とかなったら嫌だなー…)」
興奮している3人を尻目に、ボールがくる前に一塁に着いた薫は、右手で左肩をさする。
:10/06/06 13:59
:N08A3
:p4xWyoPk
#332 [我輩は匿名である]
「(……さすがに、使いすぎると違和感あるな…)」
骨折から2〜3ヶ月経ち、リハビリも終えているが、やはりまだ少し違和感を感じる左鎖骨。
さっきから感じていたのだが、今のバッティングで増強した気がするらしい。
「(…あんまり振らない方がいいな…。次はバントでいくか…?
でもランナーがいないと意味ないし…)」
そう考えている間に、仲間達が次々にアウトを取られていく。
:10/06/08 17:09
:N08A3
:JzbPbZSE
#333 [我輩は匿名である]
「(………ホームランでも打たない限り、勝てそうもないな。
また痛めると響子が心配するだろうし、今回は無理しないでおくか…)」
ちょっとつまらないが、仕方がない。
薫は小さくため息をつきながら、空振り3振するクラスメイト達を見ていた。
結局、3回裏が終わって0対3。おまけにノーランナーでツーアウト。
「(……ここで打たなきゃ終わりだな…)」
バットを構えながら、薫は肩を落とす。
ここでつなげないと、おそらく5回に自分の打席は回ってこない。
:10/06/08 17:09
:N08A3
:JzbPbZSE
#334 [我輩は匿名である]
「……大変だな、頑張ってんのによ」
「支えるのが1人じゃ勝てませんよ」
薫は苦笑してキャッチャーに言う。
ピッチャーは大きく振りかぶって、ボールを投げてくる。
打てる。
そう思ったが、薫はバットを持つ手を動かさず、
ボールはキャッチャーのグローブに吸い込まれるようにおさまった。
:10/06/08 17:09
:N08A3
:JzbPbZSE
#335 [我輩は匿名である]
「(……速いな…。あの時この骨折ってなかったら、楽に打てるんだろうが…)」
「諦めたのか?」
キャッチャーが尋ねてくる。
「……いえ、ちょっと」
薫は短く答え、再びバットを構える。
痛みは感じないが、あまり使いたくない。
1回のスウィングに賭けるか、諦めるか、それとも…。
:10/06/08 17:10
:N08A3
:JzbPbZSE
#336 [我輩は匿名である]
「(くそ…あの大橋とか言う女…見かけたらバットで殴り殺してやるのに…)」
薫が骨折する原因である女子生徒・大橋怜奈は、事件後退学処分となっている。
久しぶりに彼女の事を思い出し、薫は不機嫌そうにピッチャーを見つめる。
「(……なんだ?いきなりキレてるような顔して…)」
ピッチャーは薫に睨まれているような気がしつつも構える。
「……やっぱりキャプテンは格が違いますね」
薫はボソッと呟く。
「ん?」
「…あと1年遅く生まれてくれたら、もう1回勝負出来てたのにな」
:10/06/08 17:10
:N08A3
:JzbPbZSE
#337 [我輩は匿名である]
何を考えているのかと、キャプテンはきょとんとする。
ピッチャーが球を投げてくる。
が、薫はまたもバットを振らず、ストライクボールを見送った。
「何やってんだ?あいつ!やる気あんのかよ!?」
フェンスを掴み、直人が声を荒げる。
しかし、響子は無言のまま薫を見つめる。
:10/06/08 17:10
:N08A3
:JzbPbZSE
#338 [我輩は匿名である]
「どうしたんだ?やる気失せたか?」
急に打たなくなった薫に、ピッチャーがたまらず声をかける。
「やる気はありますよ、身体がついてこないだけで」
薫は一旦バットを下ろして答える。
「(…怪我でもしたのか?)」
ピッチャーは思いながら、薫の身体を見るが、一見異常なさそうに見える。
「…代打出すか?」
「ははっ、冗談止めて下さいよ」
薫は笑いながら、再びバットを構える。
:10/06/08 17:11
:N08A3
:JzbPbZSE
#339 [我輩は匿名である]
「俺の野球姿を見て喜んでる奴がいるんでね。死んでも代打なんか出しませんから」
ピッチャーもキャッチャーも、一瞬ぽかんとして薫を見る。
しかし、ピッチャーはニッと笑い、「いいだろう」とボールを構える。
「へっ、彼女かよ」
キャッチャーも皮肉をこめた笑みを浮かべる。
「…まぁ、そんなところですかね」
投げるモーションに入っているピッチャーを見ながら薫は言う。
その直後、ピッチャーがボールを投げた。
:10/06/08 17:12
:N08A3
:JzbPbZSE
#340 [我輩は匿名である]
クラスメイト達は、祈るような気持ちで薫を見つめる。
しかし、薫はバットを振る瞬間、左手を離した。
「ちょっ、お前…!」
びっくりして、キャッチャーが思わず声を漏らす。
薫は右手だけで金属バットを振ったのだ。
ボールは見事にバットに当たり、右手首に痛みが走る。
そのまま無理矢理打ち飛ばしたボールは、まっすぐ飛んでいく。
:10/06/08 17:13
:N08A3
:JzbPbZSE
#341 [我輩は匿名である]
ピッチャーが手を伸ばせば、充分に届く距離に。
パシッという音を立てて、ピッチャーのグローブがボールを掴む。
ギャラリーも選手達も、息を呑んでそれを見つめていた。
「アウト!チェンジ!」
審判の声が響き渡る。
相手チームの外野たちが、もう試合が終わったかのように、はしゃぎながら走ってくる。
:10/06/08 17:13
:N08A3
:JzbPbZSE
#342 [我輩は匿名である]
「はぁ…」
薫はため息をついて、左手にバットを持ちかえながらベンチに戻る。
「悪い。捻挫したから、二塁の守り代わってくれないか?」
補欠の男子にそう言って、薫はベンチに腰を下ろす。
そして、0対5まで点差が開いた後、試合は終わった。
:10/06/08 17:13
:N08A3
:JzbPbZSE
#343 [我輩は匿名である]
「礼!」
「ありがとうございました!」
審判の声に合わせて、選手達は互いに頭を下げる。
「もったいないな。お前が野球部に入ってくれれば、安心して卒業出来るのに」
挨拶を終え、ピッチャーが薫に話し掛けてきた。
まるで死ぬような言い方だな。薫は小さく笑う。
「坊主にすると、俺多分殺されますから」
「…誰に?」
:10/06/08 17:14
:N08A3
:JzbPbZSE
#344 [我輩は匿名である]
「こいつ、彼女いるらしいぜ」
キャッチャーも話に入ってきた。
「…え、マジで?」
「薫!!」
薫の背後で声がした。
振り向いてみると、響子がかなり怒った顔で立っている。
「…例の彼女か?」
「何であんな打ち方したのよ!?手痛めるの当たり前でしょ!?」
響子は怒鳴り付けながら薫に詰め寄る。
:10/06/08 17:15
:N08A3
:JzbPbZSE
#345 [我輩は匿名である]
「いや…動かしすぎると、また左肩痛めそうだったからさ」
薫は答えながら、左の鎖骨辺りをさする。
その仕草を見て、響子は動きを止めた。
「……階段から落ちた時の、あの怪我の事?」
「…まぁ、な」
薫は誤魔化そうとしながらも頷く。
「“階段から落ちた”って…こいつ、あの階段事件で突き落とされた奴だったのか?」
「あぁーなるほどな」
2人の様子を見ながら、ピッチャーとキャッチャーが小声で話し合う。
:10/06/08 17:15
:N08A3
:JzbPbZSE
#346 [我輩は匿名である]
「……そっち痛める方が、絶対お前に怒られると思って」
薫は苦笑し、響子の頭を撫でる。
響子はしゅんとしたように下を向く。
「こいつ、あんたの為にあんな打ち方したんだぜ。
『俺の野球姿見て喜んでる奴がいるから』ってな」
キャッチャーがニヤニヤしながら響子に言う。
バラされると思っていなかった薫は、顔を赤らめて「ちょっと!」と彼を睨む。
響子はゆっくりと顔を上げ、薫を見る。
:10/06/08 17:16
:N08A3
:JzbPbZSE
#347 [我輩は匿名である]
薫は恥ずかしそうに顔を背けている。
それを見て、響子は嬉しそうに笑って薫に抱きついた。
「なぁ、その子がお前の彼女?」
2人がからかうように薫の肩を持つ。
いらん事を言わなきゃ良かった。薫は思いながら笑った。
「そうですよ」
断言する薫に、2人は絶句する。
:10/06/08 17:16
:N08A3
:JzbPbZSE
#348 [我輩は匿名である]
「いつまでいちゃついてんだ、あいつら」
「さぁ?ま、いいんじゃないの?」
彼らの微笑ましい様子を、直人や飛鳥は遠くから眺めていた。
:10/06/08 17:17
:N08A3
:JzbPbZSE
#349 [我輩は匿名である]
「やっと帰れるな」
帰り道、飛鳥は直人に話し掛ける。
奏子はバイトに行き、響子は薫の捻挫の手当てに付き添って
保健室に行っているため、2人で帰ってくる事になったのだ。
「そんなに帰りたかったのかよ」
「好きじゃないんだもん、運動」
「絶対人生損してるぞ」
「嫌いなもんは嫌いなんだよ!仕方ないだろ!
晶の時から運動大っ嫌いだったんだから!」
飛鳥は開き直ったように言い返す。
:10/06/10 18:56
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:BePAOuBw
#350 [我輩は匿名である]
直人が笑って返事をしようとした時。
「ふぅん、意外だなー」
直人の背後で、若い男性の声がした。
振り向いてみるが、誰もいない。
「…今何か言ったか?」
「いや?」
飛鳥はきょとんとしている。
声も彼女のものではなかった。
「どうかしたの?」
:10/06/10 18:57
:N08A3
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