記憶を売る本屋 2
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#201 [我輩は匿名である]
「いや、目の事は今はどうでもいいんだ!」

「(俺はお前の存在がどうでもいい…)」

大きく首を振っている良介に、薫はため息を吐いて目を逸らす。

「今この辺で、どんな都市伝説がBoomなんだ!?」

「…は…?」

良介に迫られ、薫は首をひねる。

「お前と響子ちゃんがハマっているっていう都市伝説だよ!

響子ちゃんは全く教えてくれないんだ!」

良介はショックを受けた素振りを見せる。

目の前に居座られても目障りな為、薫は口を開いた。

⏰:10/05/16 12:36 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#202 [我輩は匿名である]
「…大きなリュックサックを背負った男が、ある本を『読め』と押しつけてくる。

その本を読み終えると、ほとんどの奴は死んだり、行方不明になったりするって話だ」

薫は要点だけを拾って、簡単に説明した。

「…何で本を読んだだけで死ぬんだ?」

「内容に問題があるんだよ」

薫は眼鏡の汚れを見ながら答える。

「本の中身は、前世の自分の世界。

それも、自分の死ぬところまで見届けなければならない。

…過去の自分の記憶を取り戻せば、精神的に大きなショックを受ける。

そして、自分に対して絶望を感じる者は死を選び、恨む相手がいる者は殺しに行く」

⏰:10/05/16 12:36 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#203 [我輩は匿名である]
「…何なんだ…それは…」

良介は珍しく、真剣に話を聞いている。

「…まぁ、たまに過去の自分の悲劇に打ち勝つ者もいるけどな」

薫は最後に、それだけ付け足した。

「…なかなか興味深いな」

良介は腕を組んで言う。

「要するに、前世の本、って事か。…本当なのか?それは」

「それが原因で人を殺した男が、何ヵ月か前に捕まった。まんざら嘘でもないだろ」

眼鏡をかけ、薫は座ったまま良介を見上げる。

「まぁ本をもらったおかげで、物事が良い方に傾く奴もいるけどな。

今まで見えなかった物が、見えてきたりする奴も」

⏰:10/05/16 12:36 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#204 [我輩は匿名である]
「…そうなのか?」

「ほんの一部の話だ」

薫は小さく笑って、汚れのとれた眼鏡を外してケースに入れる。

「……そういえばさ」

薫達の様子を見ていた飛鳥が、ふと直人の方を向いた。

「ん?」

「あの自称・本屋の男、『代金は前世の奴からもらってる』って言ってたけど…

何の事だったんだろうね?」

飛鳥は首をかしげるが、直人はきょとんとしている。

「…そんな事言ってたっけ?」

⏰:10/05/16 12:37 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#205 [我輩は匿名である]
「忘れたの?まぁ気にならないっちゃ気にならないけど…。

私はちょっと気になってたんだ」

「まぁ…代金ってぐらいだし、金なんじゃねーの?」

直人はあまり考えずに返事をする。

「それじゃおかしい気がするんだ。

だって、私や要は高校生で、月城はサラリーマンだったし、響子も大人だった。

でも、私達みんな本をもらって、同じように前世を思い出した。

本当にお金が代金なら、月城と私達、どう考えても差があるはずでしょ?

私なんか、お小遣いとかほとんどもらってなかったんだから、お金なんてなかった。

だから…お金が代償じゃない気が…」

⏰:10/05/16 12:37 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#206 [我輩は匿名である]
「……お前、たまに難しい話するよな」

「意味わかってる?」

「半分ぐらい…」

頭を抱えてうなだれる直人に、飛鳥は後ろの黒板に何かを書き始めた。

「霜月優也というサラリーマンがいました。

彼は愛する妻の為に、汗水流して働いていました」

そんな話をしながら、飛鳥は黒板に、棒人間を2つ書く。

「で、こっちには長月要と石川晶という高校生がいました。

この2人は、ほとんどお金を持っていませんでした」

飛鳥は少し離れたところに、もう2つ棒人間を書く。

⏰:10/05/16 12:38 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#207 [我輩は匿名である]
直人は近寄り、それを見つめる。

「ある時、この4人は死にました」

「…展開早いな」

「そこはまぁ…。ここから仮説だけど…。

4人は『生まれ変わりたかったら、100万出せ』とおっさんに言われました」

「払えるわけねぇだろ!薫はともかく、俺高校生だぞ!?」

直人は思わず声を荒げる。

「そういう事だよ」

飛鳥は若干呆れたようにチョークを置く。

⏰:10/05/16 12:38 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#208 [我輩は匿名である]
「同じ条件なら、同じ程の代償がないといけない。だからきっと、お金じゃない。

お金なら必ず、月城と私たちの間に差が出来るはずだからね。

だとしたら、私達はみんな、何を渡したんだろうって思って」

「…よくそんな事まで考えたな。そんな事サッパリだったぞ」

直人は感心したように頷く。

「俺は覚えてるぞ」

2人の所に、薫がやって来た。

「あいつは?」

「適当に追い返した」

見ると、もう教室内に良介の姿はない。

⏰:10/05/16 12:38 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#209 [我輩は匿名である]
「…それより、結局代金って何だったの?」

飛鳥は薫に尋ねる。

薫はチョークを手に取り、1人の棒人間の所に書き加える。

「“俺”は、ガンになるまでは風邪1つ引いたことがなかった。

大きな怪我をした事もない。言ってみれば、健康そのものだった」

薫は棒人間の口元に棒を1本加え、そこから緩やかな線を2本引っ張る。

煙草を吸っているように見える。

「…死んでから、“俺”は真っ白い世界で、ある女と会った。

長い銀髪をなびかせた、綺麗な女性だった…」

薫はその時の事を思い出しながら、4人の棒人間の上に、1人の女性の絵を描いた。

⏰:10/05/16 12:39 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#210 [我輩は匿名である]
優也が目を覚ました時、目の前には1人の女性がいた。

ドレスのような真っ白い服に身を包み、穏やかにたたずんでいる銀髪の女性。

「…あなたは…?」

優也は静かに尋ねる。

女性はゆっくりと、口を開いた。

「霜月優也…肺がんに伴う呼吸不全により死去…享年27歳」

女性はそれだけ言って、1度口を閉じた。

優也は眉間にしわを寄せ、女性を見つめる。

「…何故僕の事を?」

⏰:10/05/17 09:20 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#211 [我輩は匿名である]
「…あなたは、生まれ変わりたいと思いますか?」

女性は優也の質問には答えず、逆に問い掛けてくる。

「生まれ変わる…?そんな事…」

「出来ますよ。…それなりの代償を払っていただければ」

「代償…」

優也はその言葉を繰り返す。

「………でも…僕には“代償”に出来る程の物はありません」

少し考えて、優也は弱々しい笑みを見せる。

⏰:10/05/17 09:21 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#212 [我輩は匿名である]
「僕は…自分の一言で、僕のたった一言のせいで妻を死に追いやってしまった…。

大事な人も守れないような男に、そんな資格はありませんよ」

優也の言葉に、しばらく女性は口を閉じていた。

「……その奥様は、あなたをずっと待っていますよ」

女性ははっきりとそう言った。

いつの間にか下向いていた頭を、優也はハッと上げる。

「…今日子が…?」

女性は頷く。

「彼女はもう1度、あなたと会う事を強く望んでいます。あなたとの約束を果たすために」

⏰:10/05/17 09:21 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#213 [我輩は匿名である]
優也は何も言わず、うつむく。

「(今日子…こんな俺でも、まだ傍にいてくれるのか…?)」

今日子を思いながらぎゅっと、体の横で両手を握り締める。

「……僕は…何を差し出せば良いんですか?」

しばらく考えて、優也は顔を上げる。

そう言った彼の瞳に、迷いはなかった。

女性はそれを見て、また少し笑みを浮かべる。

「……では、あなたが自慢に思っている事は何ですか?」

そう聞き返されて、優也は1度目を逸らして考え込む。

⏰:10/05/17 09:22 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#214 [我輩は匿名である]
「……ガンになるまで、1度も病気も怪我もしなかった事、かな?」

「ふふ…そのようですね」

女性はまるで、何もかも分かっているかのように答える。

「…あなたはとても真っ直ぐで、人を恨む事も憎む事もほとんどしない。

私は、あなたのその汚れのない心が欲しい」

女性は言いながら、優也の胸部を指差した。

「(だったら最初からそい言えば良いのに)」

優也は真顔で思った。

⏰:10/05/17 09:23 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#215 [我輩は匿名である]
「…いいですよ、何を失っても」

フッと小さく笑って、優也が答える。

「今日子ともう1度会うためなら、僕はどうなろうと構いません。

病気で何度死にかけようが孤独になろうが、今日子さえいてくれればそれでいい。

彼女の為なら…」

優也は話ながら、両手を大きく広げてニヤリと笑う。

「どんな醜い人間にでもなりましょう」

彼の答えに、女性も同じように笑い返した。

⏰:10/05/17 09:24 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#216 [我輩は匿名である]
「……………っていうやり取りがあって」

薫はチョークでいろいろ描き足す。

直人と飛鳥はそれをまじまじと見つめる。

「…だからお前、毎年インフルエンザかかるんだな」

「つーか、あんた絵下手だね」

2人は声をそろえて薫に言う。

「絵なんか上手くなくても生きていけるから良いんだ」

薫はムッとしたように飛鳥に言い返す。

「つまりその“代償”って、人によって違うかもしれないって事か」

飛鳥はまた腕を組む。

⏰:10/05/20 22:46 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#217 [我輩は匿名である]
「多分な。あの人が誰なのかわからなかったけど…。

ただ、響子は看護師としての知識を全て無くしてるから、それが代償だったんだろう」

「ふぅん…」

「じゃあ俺、何取られたんだろ?」

直人もまた考える。

⏰:10/05/20 22:47 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#218 [我輩は匿名である]
「薫ー帰ろー」

考えたり、黒板を消したりしていると、響子と奏子がやって来た。

「あぁ、ちょっと待って」

「俺たちも帰るか」

「うん」

直人と飛鳥も鞄を肩に掛け、薫と共に教室を出る。

「何の話してたの?」

奏子が3人に尋ねる。

「あぁ、本の事でいろいろな」

直人がポケットに手を入れて答える。

⏰:10/05/20 22:47 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#219 [我輩は匿名である]
奏子は不満そうに「いろいろって?」と聞き直す。

「あ?んー…」

どう言えばいいのかわからず、直人は飛鳥に目をやる。

「なぁ、何だっけ?」

「……何で私に聞くの」

本の所持者だった事を奏子に話していない飛鳥は、逃げるように目を逸らす。

「お前から言い出しただろ?“代金”って何だったんだろうって」

そういう事には全く気が利かない直人は、怪訝そうに言い返す。

それを黙って見ていた奏子が口を開いた。

⏰:10/05/20 22:48 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#220 [我輩は匿名である]
「飛鳥、本の事に詳しいの?」

「え…」

ドキッとして、飛鳥は奏子を見る。

意外にも、奏子の表情は真剣そうで、飛鳥は再び目を逸らした。

「この間言っただろ、神崎も本もらったって…」

何も知らない直人は、ますます不思議そうに奏子に話す。

その直後、飛鳥は直人達には見えないように顔を背け、眉間にしわを寄せた。

「やっぱりそうだったんだぁ!」

そうとは知らず、奏子は驚いたように手をパチンとたたいた。

⏰:10/05/20 22:48 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#221 [我輩は匿名である]
響子は困ったように、薫と目を合わせる。

「何だぁ、何で言ってくれなかったの?

まぁ、何となくそうじゃないかなぁとは思ってたんだけどね」

奏子はポンと、飛鳥の肩に手を置く。

しかし、飛鳥は戸惑い、目を合わそうとしない。

「飛鳥の前世って、どんな感じだったの?すごい気になる!」

奏子は目を輝かせて食い付いてくる。

「どうかしたのか?」

直人は、急におとなしくなった飛鳥の様子が気になって、声をかける。

⏰:10/05/20 22:49 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#222 [我輩は匿名である]
「…ごめん、頭痛いから先に帰る」

飛鳥は苦笑しながら言って、そそくさと走って帰っていってしまった。

直人はわけがわからず、「何だ?」と首をかしげる。

「…大丈夫かな?」

響子が心配する振りをしながら、奏子に声をかける。

奏子は何か考えるような顔で、「うん…」とだけ返事をする。

すると、ポケットに入れていた直人の携帯電話が震えだした。

⏰:10/05/20 22:49 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#223 [我輩は匿名である]
『安斎の前で、神崎の本の事には触れるな』

それだけ書かれた、薫からのメールだった。

「…はぁ?」

直人は思わず、斜め後ろにいる薫に目を向ける。

奏子と響子も、どうしたのかと直人を見る。

薫はその状況を真顔で見回した後、「あ」と声を上げた。

「そういえば、ちょっと直人について来てほしい所があるんだった」

「え?何だよいきなり。お前さっきから…」

「じゃあ、私達先に帰るね」

薫が考えている事が何となくわかったのか、響子はにっこり笑う。

⏰:10/05/20 22:50 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#224 [我輩は匿名である]
直人は2人の意図が全くわからず、薫と響子の顔を交互に見る。

「あぁ、悪いな。また明日」

手を振る響子に、薫も手を振り返す。

そして、小声で「ちょっと来い」と言って直人の腕を掴む。

「えっ、ちょっ…」

薫に引っ張られ、足がもつれて転びそうになる。

曲がり角の影まで来て、薫はやっと手を離した。

「何だよ!?」

自分だけ何もわかっていない気がして、直人は苛立ったように薫に詰め寄る。

⏰:10/05/20 22:50 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#225 [我輩は匿名である]
薫は呆れたように、髪をかきあげながらため息を吐く。

「…神崎は、安斎に知られたくないんだよ。…自分の前世の事を」

「はぁ?」

直人は少し落ち着いて、薫の顔を見る。

「何でだよ?あいつら友達だろ?」

「友達でも、話したくない事ぐらいある」

「そうだけど…」

薫は困ったように、肩を落としてポケットに手を入れる。

「…お前、安斎と神崎見ていて、何も思わないのか?」

⏰:10/05/24 07:54 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#226 [我輩は匿名である]
「何もって…別に何も」

直人は検討もつかず、首をひねる。

鈍感すぎる直人の面倒に疲れて、薫は手を出し、その場にしゃがみこむ。

「もうお前見てると疲れて仕方ねぇよ…」

薫にここまで言われてしまい、直人は何だか恥ずかしくなってきた。

「だから、何だよ!?ハッキリ言えよ!!」

直人はしびれを切らして声を荒げる。

それを聞いて、薫は勢いよく立ち上がった。

「じゃあ言ってやるよ!この鈍感野郎!!」

⏰:10/05/24 07:56 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#227 [我輩は匿名である]
いきなり大声を出されて、直人はぎょっとする。

「な、何がだよ!?俺は別に…」

「お前が鈍感じゃないなら、どういう奴が鈍感なんだ!?

お前がちゃんと分かってたら、神崎もあんな変な帰り方せずに済んだのに!」

「あ、あいつが帰ったのは頭痛ぇからだろ!?」

「そこが鈍感だって言ってんだよ!

あんなあからさまに逃げるような帰り方で、頭痛なわけないだろ!!

わからないならもう喋るな!!」

「何だとこの野郎!!」

直人はカッとなって、薫に掴み掛かる。

⏰:10/05/24 07:56 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#228 [我輩は匿名である]
「本当の事だろう!?もうちょっと人の顔色とか気にしたらどうなんだ!」

同様に、薫も直人を睨み付けながら、彼の手を振り払う。

「してんだろうが!!」

「お前の『してる』は、やってるうちに入らねぇんだよ!」

「じゃあお前は出来てんのかよ!?

いつも何でも知ってるような、涼しい顔しやがって!!」

「お前よりは出来てるだろうなぁ!お前みたいなバカと一緒にするな!」

薫の一言に、直人はもう我慢できなくなった。

固く握り締めていた拳を、薫めがけて振り下ろした。

⏰:10/05/24 07:56 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#229 [ま]
>>150-250

⏰:10/05/27 07:51 📱:P04A 🆔:yEI3oh4M


#230 [我輩は匿名である]
一方、飛鳥は1度も足を緩めないまま、家に飛び込んだ。

大きな音を立てて玄関のドアを閉め、そこにもたれかかる。

かなり息が上がっている。

「(……聞き流せたら良かったのに…)」

うつむきながら、そんな事を考える。

自分にもっと余裕があれば、こんな怪しまれる帰り方をしなくて良かったのに。

「(…響子なら…もっと上手く誤魔化せるんだろうな…)」

自分の不器用さが悔しくなる。

「もうちょっと静かに帰ってきてくれる?」

目の前で声がした。

⏰:10/05/27 22:06 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#231 [我輩は匿名である]
顔を上げて見てみると、1歳年下の弟・巧(たくみ)が、

見下すような笑みを浮かべて立っている。

「巧…」

「何?その顔。いじめられた?」

気取ったように笑う弟に、飛鳥はムッとして睨み返す。

「まっ、出来損ないなんだから、いじめられても仕方ないよね。

家でも全く相手にされてないんだから、当然じゃない?

でも、だからってドアに八つ当たりしないでくれる?迷惑だから」

⏰:10/05/27 22:06 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#232 [我輩は匿名である]
「何…」

「悪いけど、出来損ないの相手してやる暇ないから」

飛鳥が言い返す前に、巧は意地悪い笑みを浮かべて、自分の部屋に入っていった。

飛鳥は黙ったまま、巧が去っていった方向をじっと見つめる。

あんな生意気な弟に言い返す事すら出来ない。

確かに家の中では、空気のような存在でいる自分。

飛鳥は靴を脱ぎ捨て、自分の部屋に足を動かす。

⏰:10/05/27 22:06 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#233 [我輩は匿名である]
部屋に入ってドアを閉め、その場に座り込む。

誰かと話したくても、携帯電話も持っていない。

自分はどこまでダメな人間なんだろう。

そう思うと涙が出てきて、飛鳥は1人、そこで静かに泣いた。

⏰:10/05/27 22:07 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#234 [我輩は匿名である]
次の日、直人は頬に湿布や絆創膏を貼って登校した。

多分、薫も同じような顔で来るのだろう。

あの後薫と殴り合いになってしまい、仲直りもせずに帰ってきたのだった。

「(…確かにあいつ程頭良くねぇし、ちょーっと空気読めないかもしれねぇけど)」

まだ納得がいかず、直人はムスッとする。

「おはよっ♪」

たまたま後ろにいた奏子が、直人の背中をたたいた。

「…おう」

「えっ、何その顔!?」

直人の顔を見て、奏子が驚いて声を上げる。

⏰:10/05/28 21:53 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#235 [我輩は匿名である]
事情を話すのがめんどくさくて、直人は「別に」と吐き捨てた。

「何なに!?事件!?警察行った!?」

「っせぇな、朝っぱらから。喧嘩だよ喧嘩!薫とやり合っただけ!」

直人はイライラし、口調を強くして答える。

「あらぁー、ドンマイ♪」

奏子は少しつまらなそうな顔をして、また直人の肩をたたいた。

『神崎と安斎を見ていて、何も思わないのか』

薫のあの一言は、今でもわからない。

考えながら、直人はじっと奏子を見てみる。

⏰:10/05/28 21:54 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#236 [我輩は匿名である]
「まぁー、あの子ちょっと気難しそうだもんね。

たまにはいいんじゃないの?喧嘩ぐらい」

奏子は明るく、そんな事を言って笑っている。

「………何?何か嫌な事言った?」

直人に見られているのがわかったのか、奏子が尋ねてくる。

が、構わず直人は奏子を見つめ続ける。

「………………やっぱ何もねぇよなぁ…」

しばらく見た後、直人はため息をついて目を逸らした。

彼が何をしたいのかわからず、奏子も首をかしげる。

お互いいろいろ考えながら校舎に入る。

⏰:10/05/28 21:54 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#237 [我輩は匿名である]
「…あ」

直人は嫌そうに声を上げる。

靴箱では、一足先に着いていた薫たちが靴を履き替えていた。

直人の声を聞いて、薫と響子がこっちを向く。

薫もやはり、直人のように顔に湿布等を貼っている。

しかし薫は、ちらっと直人を見た後、無言で視線を外した。

「さっさと履き替えて行けよ。俺が靴履けないだろ」

「知るか。一生そこで待ってろ」

「何ぃ!?」

顔を見るなり、直人と薫は睨み合う。

⏰:10/05/28 21:54 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#238 [我輩は匿名である]
「あんまり調子乗んなよ、もやしっ子のくせに」

「誰がもやしだ!どうみても人間だろ!」

「もやしじゃねぇかよ!インフルエンザで死にかけた事あるくせに!」

「いつの話だ!!」

「2人ともやめなさい!こんな所でみっともない!!」

2人のくだらない言い合いを見兼ねて、響子がまるで母親のような言い方で割って入った。

響子に叱られて、直人と薫は肩をすくめて黙り込む。

「…響子、行くぞ」

薫は響子を引きつれて、さっさと階段を上がっていった。

⏰:10/05/28 21:55 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#239 [我輩は匿名である]
「おはよう…」

それと同時に、今度は飛鳥がやってきた。

「あっ飛鳥、おはよ」

「…よぉ」

2人も返事を返す。

飛鳥は奏子と同じように、直人を見るなり目をぱちくりさせた。

「…どうしたの、その顔」

「…ちょっとな」

直人はため息をつきながら、それだけ答える。

その間に、奏子は自分の靴を履き替えに行った。

⏰:10/05/28 21:55 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#240 [我輩は匿名である]
「………今日、時間ある?」

飛鳥がぼそっと、直人に声をかける。

直人はスニーカーを持つ手を止めて、きょとんとする。

「どうしたんだよ?」

「………いろいろあってさ。…あんたに聞いてほしくて」

飛鳥の顔は、何だか疲れているように見える。

直人はそれを見ながら、また昨日の薫の話を思い出す。

「(…俺が本の事バラしたからかな…?…説教か…?)」

「…無理そうならいいよ」

飛鳥は少し笑う。

⏰:10/05/28 21:56 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#241 [我輩は匿名である]
「いや!聞くよ!俺で良ければ!つーか俺のせいだし!」

直人は慌てて返事をする。

その慌てっぷりが理解できないのか、飛鳥は首をかしげる。

「どーせ今日は薫と飯食わないだろうし」

「…何で?」

「喧嘩したから♪」

靴を履き替えてきた奏子が、直人と飛鳥の間に入ってきた。

「……顔の怪我って、それで?」

「まぁな。殴り合いとかしたの、小学校以来かも」

「え、まだやった事あったの!?」

⏰:10/05/28 21:56 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#242 [我輩は匿名である]
「(男って大変だなぁ…)」

傷だらけの直人の顔を見ながら、飛鳥はしみじみ思った。

「じゃあ…」

階段を上りながら、直人は飛鳥に言葉をかけようとする。

しかし、ふとある事を考えて止めた。

「(…こいつら、一緒に飯食ってるんだよな…。

って事は…今神崎を誘えば、何か怪しまれたりするかな?

本の話するなって薫も言ってたしな…)」

「どうかしたー?」

何かを言い掛け止めた直人に、奏子が問い掛ける。

⏰:10/05/28 21:56 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#243 [我輩は匿名である]
飛鳥はじっと、直人の方を見つめる。

「…いや、やっぱいいや」

「そう?何か変なの」

「ほっとけ」

そんな事を言っているうちに、教室のドアの前に着いた。

「じゃあな」

直人と飛鳥は奏子に手を振り、教室に入る。

「今日、一緒に飯食おうぜ」

奏子と別れてすぐ、直人は飛鳥に笑いかけた。

突然の事に、飛鳥は「へ?」と聞き返す。

⏰:10/05/28 21:57 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#244 [我輩は匿名である]
「いろいろあんだろ?飯食いながら、全部聞いてやるよ」

直人はニッと笑って飛鳥を誘う。

飛鳥はちょっと間ぽかんとしていたが、笑って「うん!」と大きく頷いた。

⏰:10/05/28 21:59 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#245 [我輩は匿名である]
4限目終了のチャイムが鳴る。

直人は弁当箱を手に、飛鳥の席に行く。

「ここうるせぇから、屋上にでも行くか」

「ん?うん、行こ」

飛鳥も同意して、買ってきた弁当が入ったコンビニ袋を持って立ち上がる。

そして、直人について教室を出た。

「(……2人でご飯とか…なんか緊張するなぁ…)」

誘ったのは自分だが、改めて考えると恥ずかしい。

飛鳥はちょっと顔を赤らめる。

そんな事には全く気付かず、直人は屋上のドアを開ける。

⏰:10/05/28 21:59 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#246 [我輩は匿名である]
「さーて…」

直人は少し歩く速さを緩めながら、どこがいいか考える。

「……あ」

2人一緒に声を上げる。

屋上のフェンス越しにくっついて昼食を摂っている男女。

視線を感じたのか、男の方が振り向いた。

「やっぱりお前か!」

直人は一瞬で不機嫌そうな顔をして声を上げる。

それを見て、振り向いた薫も眉間にしわを寄せ、隣にいた響子も振り向いた。

⏰:10/05/28 21:59 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#247 [我輩は匿名である]
「ついて来るな!」

「別について来たんじゃねぇよ!黙れもやし!」

直人と薫は、距離を置いてまた睨み合う。

が、それを妨げるように飛鳥の腹が鳴った。

「…ごめん」

飛鳥は恥ずかしくて下を向く。

「…いや。…適当に座って食うか」

直人はそう言って、薫達とは離れたところに腰を下ろした。

「いただきまーす」

2人は声をそろえて手を合わせ、弁当箱を開ける。

⏰:10/05/28 22:00 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#248 [我輩は匿名である]
「そういえば、安斎はどうしたんだ?」

薫はコーヒー牛乳片手に響子に尋ねる。

「飛鳥ちゃんも食べないって聞いてたから、他の子と食べてって言っといた」

「そうか」

薫はそう返事をして、ストローに口をつける。

「でも珍しいね、あの2人がご飯一緒に食べてるのって」

直人達の様子を見ながら、響子が少し笑う。

が、薫は返事せずに黙々と弁当を食べている。

「……もう、無視しないでよ」

響子は小さく笑って、ピタッと薫にくっつく。

⏰:10/05/28 22:00 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#249 [我輩は匿名である]
「……悪い」

薫は箸を咥えて、響子の頭を撫でる。

「嫌味かあいつ…あんなにイチャつきやがって…」

2人の様子を見ながら、直人は怒りを込めて箸を握る。

「……そもそも何でそんな殴り合いになったわけ?」
飛鳥はコンビニ弁当をつつきながら尋ねる。

「…あいつがさ、俺が空気読めてないだの、鈍感だのって言うから……」

「………キレたの?」

飛鳥の問いに、直人は黙って頷く。

⏰:10/05/28 22:01 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#250 [我輩は匿名である]
「(しょーもなっ!!)」

飛鳥は心の中で叫ぶ。

が、よく考えてみれば、発端は自分かもしれない。

「……その喧嘩って…私のせい…?」

飛鳥は手を止めて呟く。

思いもよらぬ問いに、直人はきょとんとする。

「いや、別に…」

確かに、飛鳥が先に帰った事から喧嘩が始まったとも思えるが、飛鳥のせいではない。

「俺の方こそ、悪かったな。勝手に本の事バラして…。俺そういう事にはかなり鈍感だか…」

直人はそこまで言って、自分で気がついて一瞬黙る。

⏰:10/05/28 22:02 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#251 [我輩は匿名である]
そして勢い良く薫がいる方を向いて、こう叫んだ。

「どーせ俺は鈍感だよ!もやし野郎!!」

「やっとわかったか!だったらいきなり殴った事さっさと俺に謝れ!!」

薫もこっちを向いて、大声で返事をする。

「悪かったな!」

「2度と人殴るんじゃねぇぞ!」

「おう!」

⏰:10/05/28 22:04 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#252 [我輩は匿名である]
「(何だこいつら…)」

これだけで仲直りになるのかと、飛鳥は呆れ気味に直人達を見る。

「良かったね、仲直り出来て」

響子はにっこり笑って薫に言う。

それを見て、薫も「あぁ」と、いつものように笑い返した。

⏰:10/05/28 22:04 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#253 [我輩は匿名である]
「…なんかわかんないけど、仲直り出来て良かったね」

「おう!俺達はいつもこんなもんだ」

直人はニッと元気に笑って答える。

飛鳥も笑い返すが、どこか元気がない。

「…あ、ごめん、何だっけ?」

「あぁ…」

飛鳥はどこから話せばいいかわからず、黙り込んでしまった。

どうすればいいか直人もわからず、頭を抱える。

「と、とりあえずさぁ、何で安斎に本の話したくないのか聞いていいか?」

沈黙が耐えきれないタイプの直人は、何とか話を続けようと尋ねてみる。

⏰:10/05/28 22:05 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#254 [我輩は匿名である]
「……わかんない」

「はぁ?」

飛鳥の答えに、直人は間の抜けた声を出す。

「わかんねぇのかよ…」

「えっ、いや、わかるよ?わかってるけど…」

直人の前で答えるような事ではない。飛鳥はそれを考えていた。

「なんか…前世の事を知られたくないっていうか…。自殺したからってのもあるけど…」

もちろん理由はこれよりも深いものがあるが、直人に言うには十分だと思った。

「まぁ、言っちまえばお前の黒歴史だもんな」

⏰:10/05/28 22:05 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#255 [我輩は匿名である]
「黒歴史っていうな!」

もっと良い言い方があるだろうと、飛鳥は思わず言い返す。

「…………昨日さ」

しばらくして、飛鳥はやっと話を始めた。

「弟に嫌味言われて、私…何も言い返せなかったんだ。

『出来損ない』とか、『いじめられて当然』とか言われたけど、

私には…あいつに勝てるものなんか何もないし…」

「はあぁぁ!!?」

飛鳥の話に、直人はキレて声を上げる。

明らかにキレた彼の声に、薫達も驚いて振り返る。

⏰:10/05/28 22:06 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#256 [我輩は匿名である]
「出来損ない!?いじめられて当然!?ふざけんじゃねーぞクソ餓鬼が!!

…でも、俺は何も言い返さなかったお前にも腹が立つ!!」

直人は怒鳴りながら飛鳥を指差す。

「出来損ないだから何だ!?そんな事こっちだってわかってんだよ!!」

「な…っ」

出来損ないだと認められてしまい、飛鳥もカチンときたらしい。

「あんたどっちの味方なんだよ!?」

「てめぇに決まってんだろ!」

直人はきっぱりと言い張った。

その答えに、飛鳥はハッとして口を閉じる。

⏰:10/05/28 22:06 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#257 [我輩は匿名である]
「友達いないわ、人の話は聞かないわ、道路に飛び出すわ、

たった1人の頼れる男が死んだら、後を追って自殺するわ、

ついでに妊婦も道連れにするわ…。

そんな奴が出来損ないじゃなかったら、誰が出来損ないだっつーんだよ!?

俺がいつもお前の世話焼いたりしてんのはなぁ!

お前にもうあんな事してほしくないからだよ!

晶みたいに誰も信じれないまま死んだりしないで、

いろんな奴といっぱい笑ったりして、楽しく生きていてほしいからだよ!!

つーか!こーゆー話、あの時もしただろ!!何回も言わすなアホ!!」

息もつかずに怒鳴り続けて、直人は息を切らす。

⏰:10/05/28 22:07 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#258 [我輩は匿名である]
意外と迫力があった直人の説教に、飛鳥はただただぽかんとする。

同じように、薫と響子もじっと直人の話を聞いていた。

「お…お前…」

直人は若干汗をかきながら話を続ける。

「餓鬼に嫌味言われたぐらいで…何しょげてんだよ…。

今までも散々無視されたり…嫌味言われたらしてたんだろ…。

お前だって、この間まで家族見返すって…張り切ってたじゃねぇか…」

直人の言葉に、飛鳥は少しうつむく。

確かに直人の言う通りだった。

⏰:10/05/28 22:07 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#259 [我輩は匿名である]
「…お前…他に何かあったんじゃねぇのか…?」

一息ついて、直人はまた弁当の中身を口に運びだした。

飛鳥は「うーん…」と、曖昧な返事をする。

奏子とちょっとややこしい事になっているが、直人に言えるはずがない。

「…ちょっとさ、いろいろあって」

「やっぱりまだあったのかよ」

直人は不満そうにため息をつく。

「何だよ?言ってみ」

「……やだ」

「何で」

「……あんたに言えるような話じゃないから」

⏰:10/05/28 22:07 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#260 [我輩は匿名である]
飛鳥は戸惑い気味に答える。

しかし、そういう言い方をされると気になってしまう直人。

「何だよ!気になるじゃねぇか!」と問い詰めてきた。

「言えないっつったら言えないんだよ!」

「何なんだよもう!」

「まぁまぁ落ち着いて」

ポンと肩を叩かれ、直人は「はぁん?」と不機嫌そうに振り向く。

いつの間にか、響子と薫が真後ろにいた。

⏰:10/05/28 22:08 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#261 [我輩は匿名である]
「うわっ、何だよお前ら!」

「そんなに問いつめたら、飛鳥ちゃん可哀相でしょ」

響子は怒ったように直人に言う。

「そんな事言われたって…」

「女の子にはねぇ、男よりもいろいろ大変な悩みがあるの。

それがわかってないと、そのうち嫌われちゃうよ?」

響子に諭され、直人は不服そうに黙る。

「薫はわかんのかよ?そーゆー女心」

「…なんとなーく」

いくら薫でも、そこまではさすがに自信はない。

⏰:10/05/28 22:08 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#262 [我輩は匿名である]
直人は「ふぅん」とだけ返事を返す。

「まぁ、あれだ。ここから先はガールズトークってやつだよ」

薫はその場に腰を下ろしながら言った。

まぁ直人にはわからないだろうけど、と思いながら。

「なんか、女ってめんどくせぇな」

直人は頭の後ろに手を組んでため息をつく。

その横で、響子は飛鳥に耳打ちする。

「何かあったら、いつでも言いなよ。大体は奏子ちゃんの事でしょ?」

「…うん」

「悩みはね、人に話したら大体すっきりするものよ。ね?薫」

⏰:10/05/28 22:09 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#263 [我輩は匿名である]
「ん?あぁ…」

「どう考えても、悩みはため込むタイプだろ、お前」

「……まぁ、どっちかっていうとな」

「だめよ、ため込むだけため込んでると、そのうち…」

「大丈夫だよ、ハゲるまでは悩まないから」

「まだその話引っ張ってんのかよ」

「え、あんたハゲるの?」

「あーあ、クールな性格が台無しだな」

「誰がハゲるって断定したんだ」

好き放題言い出した2人を薫が睨む。

隣では、そのやり取りを見ながら響子が笑っている。

⏰:10/05/28 22:09 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#264 [我輩は匿名である]
「(…………ふぅん…)」

屋上のドアの隙間から、奏子が4人のやりとりを見つめていた。

最初は盗み見するつもりではなかったのだが、

急に直人が飛鳥に向かって怒鳴りだしたため、出ていくタイミングを失ってしまったのだ。

今の4人の会話は遠くて聞き取れないが、怒鳴っていた直人の言葉だけは聞こえていた。

「(……飛鳥の前世…自殺だったって事か…。

しかも、なんか水無月の前世の人と仲良かったみたいだし…)」

奏子は暗い顔で考え込む。

直人が『もうあんな事してほしくない』と言っている所を見ると、

かなり深い関係があったようだ。

⏰:10/05/28 22:09 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#265 [我輩は匿名である]
その上、『ついでに妊婦も道連れに』という発言も引っ掛かる。

以前、直人が響子に『飛び降り自殺に巻き込まれて死んだんだろ?』と言っていた。

『巻き込んだ』のが飛鳥だったとしたら、話が噛み合ってくる。

「(…まさか…そんな出来すぎた話…)」

あるわけない。そう思いたかった。

しかしそれ以前に、前世だの過去に行くだの、ありえない話が起きている。

こうなれば、飛鳥と響子の関係だって、ありえない事もない。

「(………あーっ、止めよ!考えるのめんどい!)」

奏子は疑問を振り払うように首を振る。

そして、再度4人の様子をうかがった後、階段を降りていった。

⏰:10/05/28 22:10 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#266 [我輩は匿名である]
そして、待ちに待った月曜日。

「おっしゃー!!優勝するぞこらー!!」

「おー!!」

男子体育委員の掛け声に、クラス全員が奮起する。

「(野球する薫の姿が見れるのかぁ…♪)」

響子は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「(水無月にいいとこ見せないとね!)」

奏子は奏子で、担任の話を聞きながらそんな事を考えていた。

「(……球技大会か…早く終わらないかな…)」

飛鳥だけは、ため息をついていた。

⏰:10/05/28 22:11 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#267 [我輩は匿名である]
5人の中で、出番が1番早いのは薫だった。

ルールでは、野球部以外の選手相手には、ピッチャーは本気で投げてはいけないらしい。

「ちっ…本気で投げてこないのか…」

ジャンケンで負けて1番バッターになってしまった薫は、

つまらなそうに小さく舌打ちをする。

「月城ー!男を見せろー!」

「フィアンセが見てるぞー!!」

「いいとこ見せなきゃアメリカンに取られるぞこらー!!」

「(…うるせぇなぁ…)」

クラスメート達の変な声援にムッとしながら、薫はバットを構える。

⏰:10/05/28 22:11 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#268 [我輩は匿名である]
「おー、構えはやっぱり慣れてる感じあるな」

「優也の野球歴なめないほうがいいわよ」

フェンスごしに、直人達も薫を見ている。

相手は2年生で、ピッチャーもボールを構える。

そして、下から軽くボールを投げてきた。

「(…ちょろいな)」

薫はにやっと笑い、思いっきりバットを振る。

その直後、カキーンという快音が運動場に響き渡り、ボールは外野の頭を軽々飛び越えていった。

1発目から出たホームランに、相手チームもチームメイトも、ギャラリーでさえぽかんとする。

⏰:10/05/28 22:12 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#269 [我輩は匿名である]
その間に、薫は涼しい顔で塁を回っていく。

2塁を回ったらへんで、ギャラリーから一斉に声が上がった。

歓声と、早くも絶望感の込もった2種類の声が。

「月城ー!お前は神だー!!」

ホームに戻るなり、チームメイト全員が薫に駆け寄ってきた。

「まぐれだろ、多分」

全くまぐれではないのだが、薫は笑いながら言った。

「薫ー」

名前を呼んで大きく手を振る響子。

それが届いたのか、薫が4人の方を向き、手を振り返してきた。

⏰:10/05/28 22:12 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#270 [我輩は匿名である]
「すげー!すげーなあいつ!!」

直人は興奮して声を上げる。

「言ったでしょ?」

「…すごい…」

「あんなの打てるんなら、野球部入れば良かったのにね」

「入らないわよ、坊主にしないといけないもん。薫が坊主なんて、絶対許さない…」

「(……たまに出るこの怖い笑顔は何なんだ…?)」

奏子の疑問に笑顔で答える響子に、直人と飛鳥は何故か鳥肌が立った。

その後、薫はバッターボックスに入る毎にヒットやホームランを打ち続け、

第1試合は13対5で終わった。

⏰:10/05/28 22:13 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#271 [我輩は匿名である]
次の出番は奏子のハンドボール。

運動が好きな奏子は、コート中を駆け回り、ディフェンスも振り切ってゴールに突っ込み続ける。

「あいつもすげーな」

直人は意外そうに笑う。

「本当だね。まぁ、運動は得意そうだけど」

飛鳥もボーッと奏子の動きを見ながら頷く。

「…あんたは、やっぱりスポーツ好きな子が好き?」

何気なくそう聞かれて、直人は「へ?」と飛鳥に目を向ける。

「んー…まぁ、どっちでもいいけどな。別に好きな女のタイプとかないし」

⏰:10/05/28 22:13 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#272 [我輩は匿名である]
「そうなの?」

「んー」

直人は髪をいじりながら頷く。

「根暗かヤンキーとか…やたら貢がせる女とかじゃなかったら、どんな女でも」

「…ふぅん、そっか」

飛鳥はちょっと笑って返事をした。

「(……何でいきなりそんな事聞いてきたんだろ?こいつ)」

直人はまだ少しぽかんとして飛鳥を見ている。

「(こいつはやっぱ、要みたいな、のんきでちょっと弱々しいけどしっかりしてる奴が好きなのか?)」

今までの要の事を思い出しながら、直人はぼけーっと考える。

⏰:10/05/28 22:13 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#273 [我輩は匿名である]
晶に告白した時の事、デートの時の事、晶ともめた時の事…。

よくよく考えてみると、頼れるのか頼りないのかよくわからない性格だった要。

言いたい事をなかなか言いだせない要に、イライラした時も多かった気がする。

「……いや、俺の方がいい男だったな」

思わず声に出して言ってしまった。

「何の話?」と、飛鳥が怪訝そうな目でこっちを見てくる。

「いや、要と俺だと、どっちがいい男かって話」

「1人で何バカな事考えてんの?」

「バカとはなんだよ!」

「どう見てもバカだろ!いきなり『俺の方がいい男だ』とか言っちゃって!」

⏰:10/05/28 22:14 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#274 [我輩は匿名である]
「じゃあお前はどっちがいい!?」

「私は…!!」

そこまで来て、2人は言い合うのをやめた。

言い争いの内容が、何だか恥ずかしくなってきたらしい。

「…わりぃ、今考えるとかなりしょーもないな」

「…そうだね、やめとこ」

2人はそれぞれ違う方向を見ながら言った。

「(…なんか楽しそうに喋ってるなぁ…)」

たまたま、奏子の目が直人達に向いた。

結局試合には8対4で勝ったのだが、奏子には直人達のことの方が気になっていた。

⏰:10/05/28 22:14 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#275 [我輩は匿名である]
「さっき何喋ってたの?」

体育館に移動している間に、奏子が直人に尋ねてきた。

試合時間が迫っていたため、響子は先に体育館に入って準備をしている。

飛鳥と薫が、無言で顔を見合わせる。

「…本の話か?」

薫が小声で、奏子に聞こえないように飛鳥に尋ねる。

飛鳥は無言で頷く。

「何喋ってたって…」

直人は首をかしげながら考える。

「(…要とかの話だったな…。本の話はしない方がいいって言ってたし…)」

⏰:10/05/28 22:15 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#276 [我輩は匿名である]
奏子は「聞いてるー?」と、顔を覗き込んでくる。

飛鳥と薫は、奏子に気付かれないように横目で直人を見つめる。

「…何だったか忘れたわ」

直人は笑って奏子に答えた。

その答えに、飛鳥と薫がホッとして、再び目を見合わせる。

「えー、結構楽しそうに喋ってたじゃなーい」

「まぁ、忘れるぐらいのしょーもない話だったんだろ」

「ま、直人の話はいつもしょーもないからな」

薫は直人を見ながら小さく笑う。

しかし、奏子はどこか不満そうな顔で黙り込んだ。

⏰:10/05/28 22:15 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#277 [我輩は匿名である]
飛鳥は少し困ったように、奏子の表情を見る。

「おっ、いたいた」

直人は響子を見付け、指差す。

4人は響子の近くに腰を下ろす。

「ケガするなよ」

「大丈夫だって」

外野だから、と、響子はにっこり笑う。

「心配性だなぁ、お前」

「仕方ないだろ、心配なものは心配なんだ」

薫は開き直ったように言い返す。

⏰:10/05/28 22:15 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#278 [我輩は匿名である]
すると、ブザーが鳴って試合が始まった。

響子のクラスが、ジャンプボールでボールを取る。

いかにもスポーツ好きそうな女子が、大きく腕を回してボールを投げた。

しかし、誰にも当たる事なく、外野の響子に向かって一直線に飛んでいく。

薫達が『危ない』と思うと同時に、バチーンという大きな音がした。

4人はハラハラして響子を見つめる。

響子は顔の目の前で、飛んできたボールをキャッチしていた。

ニヤリと口元に笑みを浮かべ、ボールを構える。

そして、同じように足を開いて、思いっきりボールを投げた。

⏰:10/05/28 22:16 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#279 [我輩は匿名である]
ボコン!と音がして、相手チームの1人の女子が倒れこむ。

「(あ…当てた…)」

予想外の事に、直人と飛鳥は呆然とする。

「か…薫、お前の嫁ってあんな強かったか!?」

「みたいだな」

薫は何だか嬉しそうに笑って返事をする。

「薫!今の見た!?」

響子は試合そっちのけで薫に声をかける。

「あぁ、見たよ。格好良かった」

⏰:10/05/28 22:16 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#280 [我輩は匿名である]
「(いや、怖かった…)」

「(絶対この夫婦おかしいよ…)」

ボールを投げる時の響子の顔を思い出し、直人と飛鳥は視線を落とす。

しかし結局、響子のクラスは1回戦敗退となった。

⏰:10/05/28 22:17 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#281 [我輩は匿名である]
「よっしゃあ!行くぜ!」

直人は気合いを入れるように声を出す。

飛鳥と試合時間がかぶってしまい、残りの3人は両方が見える位置に腰を下ろす。

「……あぁ!?」

相手チームの1人を見て、直人は目を丸くした。

相手は1年5組。良介のクラスだったのだ。

「はっ!君は!あの負け犬の友達!」

「だぁかぁら!君って言うな!負け犬って言うな!!」

直人はムカッとしながら大声で言い返す。

「今日は絶対!お前を負かしてやるからな!」

⏰:10/05/28 22:17 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#282 [我輩は匿名である]
「で、出来るならやってみろっ!」

整列しながら、直人と良介は睨み合う。

「…相手にしなきゃいいのに…」

薫はあぐらをかいて、膝の上に肘をついてため息を吐く。

「できないんでしょ、水無月くんはあなたと違って、そんなタイプじゃないもの」

「まぁな…」

響子と薫は呆れたように少し笑う。

直人達は礼をし、コートに散らばる。

1番背が高いチームメイトが、ジャンプボールでボールを取り合う。

と同時に、試合開始のブザーが鳴った。

⏰:10/05/28 22:18 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#283 [我輩は匿名である]
直人は飛んできたボールを掴み取り、勢い良く良介目がけて投げつける。

「…あんなに目の敵にしなくても…」

投げるボールが全て良介に向けられているのに気付いた薫が、呆れたように呟く。

「私は逆に、何であいつを気にしないでいれるのかが不思議なんだけど」

奏子が薫に言った。

「……考えたくねぇんだよ、ああいう奴の事は」

薫は少しムスッとして言う。

「何も知らないくせに出しゃばって来やがって…。目障りなんだよ…」

直人の攻撃を交わしている良介をイライラした表情で見ながら、

薫が声を低くしてボソッと言ったのを聞いて、響子は不安そうに彼を見つめる。

⏰:10/05/28 22:19 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#284 [我輩は匿名である]
「あーっ!ムカつく!!さっさと当たって外野行けよ!」

「うるさい!僕ばっかり狙うな!!」

「黙れ!一発ぐらい当てとかないと気が済まねぇんだ!!」

直人と良介は、言い合いながら必死に攻防を続ける。

クラスメイト達も何人かは動くのを止め、笑いながらその様子を眺めている。

「…なんか、引き分けで終わりそうだね」

奏子が響子に話し掛ける。

しかし、響子は暗い顔で「うん」と頷くだけだった。

⏰:10/05/28 22:19 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#285 [我輩は匿名である]
「どうかした?」

「…ううん、何でもない」

響子は笑って首を振る。

薫もじっと、響子を見つめる。

「大丈夫か?なんか元気ないけど」

「ん?うん、大丈夫だよ。眠たくなってきただけ」

響子はそう言って試合に目をやる。

しかし、薫は知っていた。

『眠くなってきた』というのは、長谷部今日子が悩んでいる時、

それを隠そうと誤魔化すのに使っていた決まり文句だという事を。

⏰:10/05/28 22:20 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#286 [我輩は匿名である]
時間が経つのは早かった。

結局直人は良介にボールをぶつける事が出来ず、引き分けとなってしまった。

引き分けの場合、ジャンケンで勝敗を決める事になっている。

「水無月、お前責任とって勝ってこいよ」

クラスメイト達は口をそろえて直人に言う。

「負けても文句言うなよ」

「言うに決まってんだろ!!」

早くも逃げ腰な直人に、クラスメイトが怒鳴り付ける。

⏰:10/05/28 22:20 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#287 [我輩は匿名である]
一方4組も同じ状況だった。

「なんで僕なんだ!」

「お前がさっさと当たってやらねぇからだろ!

お前が当てられてりゃ、事が運んで勝ってたかもしれねぇのに!」

4組のクラスメイトは良介に詰め寄る。

良介は嫌そうにしているが、クラスメイトが「早く行け!」と背中を押した。

その先には直人が待っている。

「またてめぇかよ!」

ジャンケンの相手まで良介。

自分でまいた種ながら、直人はうんざりして怒鳴り付ける。

⏰:10/05/28 22:20 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#288 [我輩は匿名である]
「君が僕を当てるのにこだわるからだろ!本当、いい迷惑だよ!」

「こっちはお前の存在が迷惑なんだよ!!」

「お前達!さっさとしろ!」

係の教師に怒られ、2人はしぶしぶ黙る。

「…しょうもない…」

先に試合を黒星で終えていた飛鳥が、奏子の横で呆れたように呟く。

「応援してあげなよー、同じクラスじゃん」

「どっちでもいいよ、私球技大会好きじゃないし」

飛鳥は「早く終わらないか」と、それしか考えていないらしい。

奏子は少し怪訝そうに飛鳥を見つめる。

⏰:10/05/28 22:21 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#289 [我輩は匿名である]
「……何か悩んでるだろ」

その横で、薫がぼそっと響子に声をかける。

「え?」

「お前の『眠たいだけ』ほど信用できないものはないからな」

薫は小さく笑う。

それを見てホッとしたのか、響子も安堵の笑みを浮かべる。

「…悩んでたけど、どうでも良くなった」

「そうか?まぁ、何かあったら言えよ」

「うん」

響子は頷いて、薫の肩にもたれ掛かる。

⏰:10/05/28 22:21 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#290 [我輩は匿名である]
「あいつ…僕の前で響子ちゃんといちゃつきやがって…!」

「いいからジャンケンするぞ!終わんねぇだろ!」

悔しそうに薫を見る良介に、直人はまた声を荒げる。

「じゃーんけーん」

直人の声に合わせて、2人は手を出す。

直人はパー、良介はチョキ。

一瞬、コート内がしーんと静まり返った。

「水無月ー!!!」

8組の男子たちが、一斉に直人に殴りかかる。

逆に、4組の男子達は両手を上げて喜びの声を上げる。

⏰:10/05/28 22:21 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#291 [我輩は匿名である]
「あーあ…」

クラスメイトに追い掛けられる直人の情けない姿に、奏子がため息をつく。

「……バレーとドッヂが消えたか…」

薫は腕を組んで考える。

「ハンドも負けたらしいよ」

飛鳥が薫に言う。

薫は「はぁ…?」と、自分のクラスの弱さに呆れ返る。

「か…薫、助けてくれよー!」

走るのに疲れた直人は、薫の後ろに座り込む。

「お前が余計な事するからだろ」

薫は自業自得だ、と突き放す。

⏰:10/05/28 22:22 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#292 [我輩は匿名である]
「響子ちゃん!見たかい!?僕の華麗なチョキを!」

同時に、良介は嬉しそうに響子の手を握る。

「おい…」

薫は目を光らせ、良介の手を振りほどく。

「てめぇ誰に断って響子の手ぇ握ってんだ…?」

「ふん、何故わざわざ君に断らないといけないんだ?」

良介も負けじと言い返す。

睨み合う2人が怖くなって、直人は四つんばいで移動し、飛鳥の隣に座った。

「はぁ、疲れた」

「お疲れ、なんかダサかったみたいだね」

⏰:10/05/28 22:22 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#293 [我輩は匿名である]
飛鳥はしれっと直人をからかう。

「っせぇな!お前はどうだったんだよ!?」

「負けた」

「人の事言えねぇじゃねーか!!」

汗だくのまま、直人は飛鳥に言い返す。

「あいつの事はほっときなよ、月城が自分で何とかするよ」

飛鳥はめんどくさそうに忠告する。

「いいじゃん、別に」

そう食い付いたのは、直人ではなく奏子だった。

「それだけ友達思いって事じゃん?ね、水無月」

⏰:10/05/28 22:22 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#294 [我輩は匿名である]
「(……最近やたら水無月の肩持つな…)」

直人の事を好きだとはいえ、見ていて少し腹が立つ。

飛鳥もムッとし、目を逸らす。

「なんだよ、お前。いじけてんのか?」

相変わらず鈍感な直人は、笑って飛鳥の肩を叩く。

「い、いじけるわけないだろ!?何で私が!」

「お前、前からいじけやすい性格だったし」

直人は言い切ってからハッとする。

うっかり晶の事を差す話をしてしまった。

直人は「ごめん」と言いたそうに、飛鳥に視線を送る。

⏰:10/05/28 22:23 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#295 [我輩は匿名である]
「ばか!」

飛鳥もそれに気付き、直人の肩を拳でたたく。

「痛っ!」

「お前のそういう鈍感すぎる所、いい加減どうにかなんないわけ!?」

「だから、ごめんって!」

ギャーギャー言い合う直人達を、奏子はじっと見つめる。

「(『前から』って…どういう意味だろ…?)」

そんな事を考えながら。

⏰:10/05/28 22:23 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#296 [我輩は匿名である]
その後、野球の2回戦の時間になり、直人達は運動場に移動する。

8組は既に野球しか生き残っていないため、クラスメイトは全員観戦にまわってきている。

「(要するに、8組は全員俺に賭けてるって事だな)」

バッターボックスに入り、薫はふと考える。

野球の中でも、変に注目を浴びてしまった。

「(……いいじゃないか、こういうプレッシャーも)」

薫はニヤッと、不敵な笑みを浮かべる。

「(…怖い…)」

薫の様子を見て、ピッチャーは少し怯える。

そして、丸腰のままボールを投げた。

⏰:10/05/28 22:24 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#297 [我輩は匿名である]
しかし、そのボールは案の定、自分の頭を高々と越えて飛んでいった。

「よく打つねぇ…」

ボールを追い掛けていく外野の生徒達を見ながら、飛鳥が声を漏らす。

「あんたとは大違いだね」

「うっせぇな!」

未だにからかってくる飛鳥に、直人は大声を上げる。

しかし、少しして真面目な顔で飛鳥に言った。

「…悪かったな、さっき口滑らせて」

自分から謝るのは照れ臭くて、直人は少し下を向く。

奏子もハンドボール2回戦でコートに入っているため、この場にいない。

⏰:10/05/28 22:24 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#298 [我輩は匿名である]
「え?何か言った?」

飛鳥は耳をたてて直人に聞き直す。

また言わなければいけないのかと、直人はちょっと顔を赤らめる。

「1回で聞けよ!!」

「だって周りがうるさくて聞こえないもん!!」

薫のホームランへの歓声にかき消されて聞こえなかったらしい。

「だから!悪かったなって!さっき安斎の前であの話して!」

直人はちょっと顔を赤くしながら、再度飛鳥に謝る。

今度はちゃんと聞き取って、飛鳥はフッと小さく笑った。

⏰:10/05/28 22:25 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#299 [我輩は匿名である]
「いいよ!そんなの!」

飛鳥も大声で返事する。

「ありがとな!」

「どういたしまして!」

2人は言いながら笑い合う。

⏰:10/05/28 22:25 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#300 [我輩は匿名である]
少しずつ、歓声がおさまってきた。

「…お前、晶の時から運動嫌いだっけ?」

奏子がいないのを確認して、直人は飛鳥に尋ねる。

「うん、あんまり好きじゃなかった」

飛鳥は頷く。

「そのわりには走るの速かったじゃん。あの…お前に付きまとってた奴から逃げる時」

「…あぁ、美代ね。ウザかったな…あいつ」

「つーか、あいつが元凶だしな」

美代の事を思い出し、2人はどんよりとした表情でうつむく。

⏰:10/05/28 22:26 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#301 [我輩は匿名である]
「……でもまぁ」

飛鳥が顔を上げて言う。

「あいつが邪魔して来なかったら、今あたし達ここにいないんだよね。

…変な言い方だけど、おかげで目が覚めたっていうか」

「…何から?」

「………いろいろ!」

上手く説明出来なくて、飛鳥は短く答えた。

⏰:10/06/01 20:17 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#302 [我輩は匿名である]
ろくに友達も作れない性格だった自分。

それを親に捨てられたからだと言って逃げていた自分。

要がいないと生きていられなかった、未熟な自分。

そんな自分に、さよなら出来た。

飛鳥はそう考え、少し笑う。

彼女が何を考えているのかわからず、直人は首を傾げる。

「…ま、何かわかんねぇけど、吹っ切れたんなら良かったな」

考えるのが嫌いな直人は、ニッと笑う。

飛鳥も「うん」と頷く。

⏰:10/06/01 20:18 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#303 [我輩は匿名である]
「弟は?何も言ってきてないか?」

「うん、あれからは何も」

「そっか。また嫌み言われたら言えよ。怒鳴り込みに言ってやるから」

「ははっ。あんたってたまに頼もしいよな」

「俺が頼もしいのはいつもの事だろ」

「それはないね」

「はぁん!?」

「青春ねぇ〜♪」

飛鳥の隣にいた響子が、2人のやりとりを見てやっと口を開いた。

⏰:10/06/01 20:18 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#304 [我輩は匿名である]
「お前いたのかよっ!」

「失礼ね、最初からいたわよ。ねぇ?」

「うん。喋らないなぁとは思ってたけど」

飛鳥は苦笑して頷く。

「だって、2人の世界に入っちゃってるから…邪魔しちゃいけないでしょ?」

響子はにっこり笑う。

『2人の世界』と言われて、直人と飛鳥は何だか恥ずかしくなって、

お互い顔を赤くして目を逸らす。

「(…両想いにしか見えないのに、何で2人とも気付かないんだろ…?)」

2人の様子を、響子は少しもどかしく思いながら見つめる。

⏰:10/06/01 20:19 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#305 [我輩は匿名である]
「で、試合どうなってんだ?」

直人は話を変えて、試合に目を向ける。

「薫のおかげで圧勝よ」

響子は笑顔でそう言いながら得点板を指差す。

4回裏で10対3という点差。

といっても、9回までやっていると終わらないので、5回裏で終わるルールなのだが。

「…すごいね、あいつ天才じゃない?」

「そりゃ、子どもに野球教えるんだって張り切ってるぐらいだからね」

3人はそれぞれ話ながら、バット片手にクラスメイトと喋っている薫を見る。

⏰:10/06/01 20:19 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#306 [我輩は匿名である]
「負けた負けたー!」

3人が黙っていると、試合を終えた奏子がやってきた。

「なんだ、みんなこっち見てたんだ」

奏子はつまらなそうに口を尖らせる。

「だってハンドボール好きじゃねーし」

直人は眉間にしわを寄せて言い返す。

すると、ちょうど野球の試合も終わったらしく、男子たちが整列している。

「…次って準決勝か?」

「そうみたいだね」

直人に聞かれ、飛鳥は頷く。

⏰:10/06/01 20:19 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#307 [我輩は匿名である]
「んー、見飽きてきたな…」

割と飽きっぽい直人は、腕を組んで呟く。

「俺、茶飲んでくるわ」

「あっ、私も行く!」

教室に向かう直人に付いて、奏子も走りだした。

「…行かなくて良いの?」

響子は飛鳥に尋ねるが、飛鳥はけろっとしている。

「だって、私今日お茶持ってきてないし」

「あ、そう…」

意外とあっさりしている飛鳥に、響子は「いいのかな、それで」と思いながらため息を吐いた。

⏰:10/06/01 20:20 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#308 [我輩は匿名である]
一方直人達は、靴を履き替えるのが面倒なので、靴下で教室に向かっていた。

「…なんかさ」

階段を上る途中、奏子が口を開いた。

直人は歩きながら「何?」とだけ返事する。

「最近、あんまり学校楽しくないんだよね…私」

奏子はいきなり、そんな話を始めた。

いつも元気な奏子がそんな事を言ったため、直人はきょとんとして足を止める。

「どうしたんだよ?いきなり」

「…ほら、私だけ都市伝説の本もらってないじゃん?だから響子達の話に入れなくて」

奏子は苦笑いして言う。

⏰:10/06/04 08:41 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#309 [我輩は匿名である]
「あ、2人とも私の前でそんな話しないよ?

しないけど…5人でいる時とかにそんな話になったりするじゃん?

それで、ちょっと…ね」

「あぁ…」

直人は「確かにな」と頭を抱える。

「悪かったな、そういうの気付いてやれなくて」

「…えっ?いや、気付いてほしかったわけじゃ…」

急に謝られて、奏子は慌てて否定する。

しかし、直人は勝手に「そうだよな」と話を進める。

⏰:10/06/04 08:42 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#310 [我輩は匿名である]
「なんつーか、話してると勝手にそっちの話になっちまうんだよ。

でも、前世の記憶なんか無い方が良いぞ?」

「何で?」

「…なんか、それに縛られてる感じがするっていうか。

…俺は、な。薫達はあった方がいいのかもしれねぇけど」

直人は髪を触りながら首をかしげる。

「ふぅん…。いろいろあるんだね、みんな」

「そりゃな。神崎はどうなのかわかんねぇけど…。

あぁ、でもあいつにはあった方がいいかもな」

直人は本の話の内容はしないようにと心がけながら話す。

⏰:10/06/04 08:42 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#311 [我輩は匿名である]
「…やっぱ、あんたと飛鳥って関係あったんだね」

奏子は、かまをかけるように直人を見る。

「…まぁ、あるっちゃあるけど」

直人は曖昧な返事をして、逃げるように階段を上り始める。

「(やべぇな…何かポロッと言っちまいそうだ…)」

困り果てて髪をぐしゃぐしゃにしながら、直人は自分の教室に入る。

「(さっさと茶飲んで、神崎達の所に行こ…)」

ペットボトルの茶を飲みながら、運動場を見てみる。

薫達はさっきの試合に引き続き、準決勝の試合に入っている。

「(……前世の記憶が無かったら、みんなどうなってたのかな…?)」

⏰:10/06/04 08:42 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#312 [我輩は匿名である]
運動場にいる3人を見ながら、直人は考える。

「(香月は前、『前世の記憶が無くても、薫を好きになったかも』って言ってたな。

でも、薫に前世の記憶が無かったら…なんか、想像できないな)」

直人よりも前から前世の事を知っていた薫。

直人にとって、薫はある意味先輩のようなもの。

その薫に前世の記憶が無かったら、なんて考えられない。

「(…生まれ変わる為に、あんな腹黒いもやしになったんだよな。

だったら、前世の記憶を持って生まれてこなかったら…

もっと明るくて、毎年インフルエンザにかからない丈夫な奴だったのか?

……明るくて元気な薫とか…気持ち悪いな…)」

⏰:10/06/04 08:43 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#313 [我輩は匿名である]
奏子のような性格の薫を想像してみると、なんだか寒気がした。

「(…薫の事考えるのはやめよ。

神崎は…神崎はどうなるんだろ?もっと平和な育ち方したのか?

…いや、もしかしたら、もっと引きこもりになってたかも……)」

有り得る。考えながら自分で頷く。

窓際でボーッとしている直人を、奏子は「何してるんだろう?」と眺める。

「(つーか、俺達は何を代償にされたんだろ?

薫は心と健康な身体…。薫の前世って…どんな奴だったんだろ…。

……いやいや、それは今どうでもいい。香月や俺、神崎は…何を取られたんだろ?)」

手摺りに肘をついて、直人は首をひねる。

⏰:10/06/04 08:43 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#314 [我輩は匿名である]
「(なんだったんだろうなぁ…?今の…)」

運動場に向かいながら、直人はポケットに手を突っ込みながら考える。

「さっき、何考えてたの?あんた」

奏子が不思議そうに尋ねてくる。

窓際で、黄昏るような雰囲気で外を眺めていた直人。

いつもとは違うその様子が、奏子は気になっていたらしい。

「あ?いや…まぁいろいろな」

直人はそう言ってはぐらかす。

本の事について聞かれるのも、だんだんめんどくさくなってきた。

奏子は「いろいろ?」と、不満そうに直人を見ている。

⏰:10/06/06 13:49 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#315 [我輩は匿名である]
「そう。いろいろあるんだよ、俺にだって」

はぁっとため息をつきながら、少し歩くスピードを速める。

これ以上聞かれると、めんどくさくて全部話してしまいたくなる。

でも、飛鳥はそれを拒んでいる。

直人はもう、運動場まで走っていきたい気持ちでいっぱいだったが、

そこまであからさまな素振りはしたくない。

奏子と2人きりになる事に、変なプレッシャーを感じるなんて、思っていなかった。

奏子も、直人が考えている事が何となくわかったのか、それ以上何も聞こうとはしなかった。

⏰:10/06/06 13:49 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#316 [我輩は匿名である]
「あっ、おかえりー」

運動場に戻ってきて、響子たちが声をかける。

「おぅ、ただいま」

直人はホッとした気持ちで返事をし、響子と飛鳥の間に割って入る。

「何も余計な事喋らなかった?」

響子がにっこり笑って、ボソッと直人に尋ねる。

「何も喋ってねーよ」

直人はまた、大きくため息をつく。

飛鳥はそれをじっと見つめる。

「ねー、試合どうなってんの?」

⏰:10/06/06 13:50 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#317 [我輩は匿名である]
飛鳥の隣に来た奏子が、飛鳥の肩をトントンとたたく。

「…勝ってるみたいだよ、ほら」

飛鳥は得点板を指差す。

得点は3対2。

準決勝らしく接戦になっているが、何故か負ける気配はない。

「……やっぱ野球の神様なんじゃない?あの子」

「野球に限らず神様よ」

「それお前の中だけな」

「(…早く終わらないかなぁ…)」

薫の雄姿にうっとりしている響子に突っ込む直人の横で、飛鳥はつまらなそうに得点板を見つめる。

⏰:10/06/06 13:51 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#318 [我輩は匿名である]
「……神様、か」

奏子がふと呟いた。

「何て?」

何を言ったのか聞き取れず、飛鳥が奏子の方を向く。

「……神様ってさ、本当にいるのかな?」

奏子は意外にも真剣そうな表情で、そんな事を言いだした。

飛鳥はただきょとんとしている。

「……どうしたの?急に」

「…さぁ?何だろうね。何か、何となくそう思ってさ」

自分でもよくわからなかったのか、奏子は苦笑する。

⏰:10/06/06 13:51 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#319 [我輩は匿名である]
「でも…何で私だけ、前世の本もらえないのかなぁって思う時があるんだよね。

…なんか、資格とかいるのかなぁー…とか」

奏子の話に、飛鳥は首をかしげる。

「……どうなんだろうね」

言いながら、飛鳥も考えた。

自分はきっと、未練があった。だから代金を支払って“生まれ変わる”事が出来た。

響子と薫の場合は“約束”を果たす為。

ここまでは、皆前世に未練があったと一括りに出来る。

しかし、直人だけはそうではない気がしたのだ。

要には今日子のように、魂だけになってもこの世に留まる力などなかったはずだ。

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#320 [我輩は匿名である]
現に、直人の本は、要が死ぬところで話は終わっていた。

晶を助けた後、まさか晶が後を追って自殺したなんて知るはずもないし、

要の事だから、「俺がいなくても幸せになってくれるだろう」なんて事を考えてもおかしくない。

要の性格などから考えても、未練を残す事はあまり考えられないのだ。

だったらなぜ、直人はあの本をもらう事になったのだろう?

飛鳥はそれが気になっていた。

「……また何か難しい事考えてんのかよ?」

飛鳥が黙って眉間にしわを寄せて考え込んでいるのを見て、直人が声をかける。

「……奏子と、本をもらう条件って何なんだろうって話してたんだ」

飛鳥は顔を上げて答える。

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#321 [我輩は匿名である]
「またそんなめんどくせー話…」

直人はげんなりしたように肩を落とす。

「そんなの、この世に未練があった人だけでしょ」

響子があっさりと答える。

「そうも思ったんだけどさ、じゃあこいつは何で本もらえたんだろ?

未練とか、そういうの考える暇がないまま死んだじゃん?」

奏子が横にいるのも忘れ、飛鳥は直人を指差す。

響子や奏子は、じーっと直人を見る。

「……まぁ、確かにねぇ」

「事故って死んだんだっけ?あんた」

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#322 [我輩は匿名である]
「あ?あぁ…」

3人から見られて、直人は困ったように後ずさる。

「……ど、どうでもいいじん、そんな事」

「まぁ、どうでもいいと言えばどうでもいいけどね」

飛鳥ほど気にはならないらしく、響子はそう言って試合に目を向ける。

「…あら、いつの間にか終わってたみたいね」

響子に言われて、3人もそっちに目をやる。

薫たちの対戦相手だった生徒達が引きあげると同時に、決勝戦で戦うチームが入ってきている。

体操服の色からして、3年生のようだ。

「おい、そこの」

左肩にコールドスプレーを吹き掛けていた薫に、大将らしい生徒が話し掛ける。

⏰:10/06/06 13:53 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#323 [我輩は匿名である]
「…はい」

背後から話し掛けられて、薫は振り向く。

「(……こいつ、野球部のキャプテンだった奴か)」

高校総体の壮行会の時に見たことがあった。

「お前、あんな速さの球ばっかり打ってて楽しいか?」

この夏までキャプテンだったその男子が薫に言う。

「どういう意味ですか」と、薫は首をかしげる。

「あんな、誰にでも打てる球しか相手に出来なくて、つまらなくないか?

どこで経験積んだのか知らねぇけど、結構良い腕してるみたいだしよ。

……ちょっと、本気で投げてみてぇなって思ったわけ」

⏰:10/06/06 13:53 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#324 [我輩は匿名である]
元キャプテンは、少し笑ってそう言った。

薫は少し考える。そんなに簡単にルール変更できるのだろうか?と。

しかし、フッと笑い返して薫は言った。

「…確かに、正直面白くないな、とは思ってたんですよ。

12年も野球やってたんだし、本気出せるんなら出したいですね」

「(12年…?こいつ、いつから野球やってんだ…?)」

元キャプテンは少々疑問に思いながらも、薫の返事に笑みを浮かべた。

「じゃあ、やるんだな?」

「えぇ、受けて立ちましょう」

⏰:10/06/06 13:54 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#325 [我輩は匿名である]
「……何だ?あいつ」

「喧嘩でも売られてるんじゃないの?」

2人が何を話しているのかわからず、直人達は遠くからそれを見つめている。

「………あの人さぁ」

黙って薫の話し相手を見ていた奏子が口を開く。

「知ってんの?奏子」

「この間まで野球部キャプテンだった、ピッチャーの人じゃない?」

奏子の言葉に、3人は一瞬きょとんとする。

「…マジで!?」

「じゃあ絶対喧嘩じゃん。『お前調子乗んなよ』…みたいな」

⏰:10/06/06 13:54 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#326 [我輩は匿名である]
直人と飛鳥は奏子と話し合う。

が、響子はじーっと、審判と話している薫達を見つめる。

しばらくして、グラウンド中にアナウンスが流れた。

『野球の決勝試合では、一部の生徒のみ、

“スローボールしか投げてはいけない”というルールから除外される事になりました』

「…はぁ…?」

直人は思わず首をかしげる。

同時に、ギャラリーも「何事か」とざわつき始めた。

「何だ?どういう事だ?」

「ようするに、手加減抜きで投げてくるって事じゃないの?」

⏰:10/06/06 13:55 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#327 [我輩は匿名である]
「えっ!?そんなん有りかよ!?

あいつキャプテンなんだろ?ピッチャーなんだろ!?ヤバいじゃん!!」

「年上の人の事『あいつ』とか言わない」

ギャーギャー騒ぐ直人の横で、飛鳥が冷静に言い返す。

「でも、薫も結構やる気みたいよ」

ほら、と、響子は薫を指差す。

⏰:10/06/06 13:56 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#328 [我輩は匿名である]
「…ギャラリーがうるさいな。本当にいいんだな?」

投げる前に、元キャプテンが薫に呼び掛ける。

「いいですよ。思いっきり投げて下さい」

薫も、元キャプテンに届くように、少し声を大きくして答えた。

元キャプテンは笑って、地面を踏みしめてボールを構える。

そして、大きく肩を回して、キャッチャー目がけて思いっきりボールを投げた。

パァン!という音がして、ボールがキャッチャーのグローブにあたる。

薫はバットを振る素振りを見せず、キャッチャーに捕まれたボールを横目で見る。

「…手が出なかったか?ストレートだぞ」

ボールをピッチャーに返しながら、キャッチャーが薫に言う。

⏰:10/06/06 13:57 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#329 [我輩は匿名である]
「……速いですね。125km/hってとこですか?」

「………はっ、見てただけかよ」

薫の表情を見て、キャッチャーは呆れたように笑う。

ピッチャーはまた、ボールを構え、投げてくる。

薫は飛んでくるボールを目で追い、勢いよくバットを振った。

カン!と音がして、ボールがバットに当たる。

しかし、ボールはラインの外に転がっていった。

「……ファールか」

薫は小さく舌打ちをして構え直す。

⏰:10/06/06 13:57 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#330 [我輩は匿名である]
「おい…勝てんのかよ?」

直人達はハラハラしながら薫を見つめる。

「お前、薫が負けたら絶対あのピッチャー殺しに行くだろ」

「どうでもいいわ、ピッチャーなんて」

直人に言われて、響子はきっぱりと答える。

「野球に燃える薫、かっこいい…♪」

「…燃えてんの?あれ」

「燃えてるじゃない!」

「わかんねーよ!!」

直人が響子に言い返した瞬間、再びバットの快音が響き渡った。

⏰:10/06/06 13:58 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#331 [我輩は匿名である]
ギャラリーが声を上げる中、4人はそろって視線を戻す。

ボールが二塁と三塁の間を抜けている間に、薫は一塁まで走る。

「おー!すげぇ!!」

「かっこいい薫ー!!!」

「(延長戦とかなったら嫌だなー…)」

興奮している3人を尻目に、ボールがくる前に一塁に着いた薫は、右手で左肩をさする。

⏰:10/06/06 13:59 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#332 [我輩は匿名である]
「(……さすがに、使いすぎると違和感あるな…)」

骨折から2〜3ヶ月経ち、リハビリも終えているが、やはりまだ少し違和感を感じる左鎖骨。

さっきから感じていたのだが、今のバッティングで増強した気がするらしい。

「(…あんまり振らない方がいいな…。次はバントでいくか…?

でもランナーがいないと意味ないし…)」

そう考えている間に、仲間達が次々にアウトを取られていく。

⏰:10/06/08 17:09 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#333 [我輩は匿名である]
「(………ホームランでも打たない限り、勝てそうもないな。

また痛めると響子が心配するだろうし、今回は無理しないでおくか…)」

ちょっとつまらないが、仕方がない。

薫は小さくため息をつきながら、空振り3振するクラスメイト達を見ていた。

結局、3回裏が終わって0対3。おまけにノーランナーでツーアウト。

「(……ここで打たなきゃ終わりだな…)」

バットを構えながら、薫は肩を落とす。

ここでつなげないと、おそらく5回に自分の打席は回ってこない。

⏰:10/06/08 17:09 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#334 [我輩は匿名である]
「……大変だな、頑張ってんのによ」

「支えるのが1人じゃ勝てませんよ」

薫は苦笑してキャッチャーに言う。

ピッチャーは大きく振りかぶって、ボールを投げてくる。

打てる。

そう思ったが、薫はバットを持つ手を動かさず、

ボールはキャッチャーのグローブに吸い込まれるようにおさまった。

⏰:10/06/08 17:09 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#335 [我輩は匿名である]
「(……速いな…。あの時この骨折ってなかったら、楽に打てるんだろうが…)」

「諦めたのか?」

キャッチャーが尋ねてくる。

「……いえ、ちょっと」

薫は短く答え、再びバットを構える。

痛みは感じないが、あまり使いたくない。

1回のスウィングに賭けるか、諦めるか、それとも…。

⏰:10/06/08 17:10 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#336 [我輩は匿名である]
「(くそ…あの大橋とか言う女…見かけたらバットで殴り殺してやるのに…)」

薫が骨折する原因である女子生徒・大橋怜奈は、事件後退学処分となっている。

久しぶりに彼女の事を思い出し、薫は不機嫌そうにピッチャーを見つめる。

「(……なんだ?いきなりキレてるような顔して…)」

ピッチャーは薫に睨まれているような気がしつつも構える。

「……やっぱりキャプテンは格が違いますね」

薫はボソッと呟く。

「ん?」

「…あと1年遅く生まれてくれたら、もう1回勝負出来てたのにな」

⏰:10/06/08 17:10 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#337 [我輩は匿名である]
何を考えているのかと、キャプテンはきょとんとする。

ピッチャーが球を投げてくる。

が、薫はまたもバットを振らず、ストライクボールを見送った。

「何やってんだ?あいつ!やる気あんのかよ!?」

フェンスを掴み、直人が声を荒げる。

しかし、響子は無言のまま薫を見つめる。

⏰:10/06/08 17:10 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#338 [我輩は匿名である]
「どうしたんだ?やる気失せたか?」

急に打たなくなった薫に、ピッチャーがたまらず声をかける。

「やる気はありますよ、身体がついてこないだけで」

薫は一旦バットを下ろして答える。

「(…怪我でもしたのか?)」

ピッチャーは思いながら、薫の身体を見るが、一見異常なさそうに見える。

「…代打出すか?」

「ははっ、冗談止めて下さいよ」

薫は笑いながら、再びバットを構える。

⏰:10/06/08 17:11 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#339 [我輩は匿名である]
「俺の野球姿を見て喜んでる奴がいるんでね。死んでも代打なんか出しませんから」

ピッチャーもキャッチャーも、一瞬ぽかんとして薫を見る。

しかし、ピッチャーはニッと笑い、「いいだろう」とボールを構える。

「へっ、彼女かよ」

キャッチャーも皮肉をこめた笑みを浮かべる。

「…まぁ、そんなところですかね」

投げるモーションに入っているピッチャーを見ながら薫は言う。

その直後、ピッチャーがボールを投げた。

⏰:10/06/08 17:12 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#340 [我輩は匿名である]
クラスメイト達は、祈るような気持ちで薫を見つめる。

しかし、薫はバットを振る瞬間、左手を離した。

「ちょっ、お前…!」

びっくりして、キャッチャーが思わず声を漏らす。

薫は右手だけで金属バットを振ったのだ。

ボールは見事にバットに当たり、右手首に痛みが走る。

そのまま無理矢理打ち飛ばしたボールは、まっすぐ飛んでいく。

⏰:10/06/08 17:13 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#341 [我輩は匿名である]
ピッチャーが手を伸ばせば、充分に届く距離に。

パシッという音を立てて、ピッチャーのグローブがボールを掴む。

ギャラリーも選手達も、息を呑んでそれを見つめていた。

「アウト!チェンジ!」

審判の声が響き渡る。

相手チームの外野たちが、もう試合が終わったかのように、はしゃぎながら走ってくる。

⏰:10/06/08 17:13 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#342 [我輩は匿名である]
「はぁ…」

薫はため息をついて、左手にバットを持ちかえながらベンチに戻る。

「悪い。捻挫したから、二塁の守り代わってくれないか?」

補欠の男子にそう言って、薫はベンチに腰を下ろす。

そして、0対5まで点差が開いた後、試合は終わった。

⏰:10/06/08 17:13 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#343 [我輩は匿名である]
「礼!」

「ありがとうございました!」

審判の声に合わせて、選手達は互いに頭を下げる。

「もったいないな。お前が野球部に入ってくれれば、安心して卒業出来るのに」

挨拶を終え、ピッチャーが薫に話し掛けてきた。

まるで死ぬような言い方だな。薫は小さく笑う。

「坊主にすると、俺多分殺されますから」

「…誰に?」

⏰:10/06/08 17:14 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#344 [我輩は匿名である]
「こいつ、彼女いるらしいぜ」

キャッチャーも話に入ってきた。

「…え、マジで?」

「薫!!」

薫の背後で声がした。

振り向いてみると、響子がかなり怒った顔で立っている。

「…例の彼女か?」

「何であんな打ち方したのよ!?手痛めるの当たり前でしょ!?」

響子は怒鳴り付けながら薫に詰め寄る。

⏰:10/06/08 17:15 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#345 [我輩は匿名である]
「いや…動かしすぎると、また左肩痛めそうだったからさ」

薫は答えながら、左の鎖骨辺りをさする。

その仕草を見て、響子は動きを止めた。

「……階段から落ちた時の、あの怪我の事?」

「…まぁ、な」

薫は誤魔化そうとしながらも頷く。

「“階段から落ちた”って…こいつ、あの階段事件で突き落とされた奴だったのか?」

「あぁーなるほどな」

2人の様子を見ながら、ピッチャーとキャッチャーが小声で話し合う。

⏰:10/06/08 17:15 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#346 [我輩は匿名である]
「……そっち痛める方が、絶対お前に怒られると思って」

薫は苦笑し、響子の頭を撫でる。

響子はしゅんとしたように下を向く。

「こいつ、あんたの為にあんな打ち方したんだぜ。

『俺の野球姿見て喜んでる奴がいるから』ってな」

キャッチャーがニヤニヤしながら響子に言う。

バラされると思っていなかった薫は、顔を赤らめて「ちょっと!」と彼を睨む。

響子はゆっくりと顔を上げ、薫を見る。

⏰:10/06/08 17:16 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#347 [我輩は匿名である]
薫は恥ずかしそうに顔を背けている。

それを見て、響子は嬉しそうに笑って薫に抱きついた。

「なぁ、その子がお前の彼女?」

2人がからかうように薫の肩を持つ。

いらん事を言わなきゃ良かった。薫は思いながら笑った。

「そうですよ」

断言する薫に、2人は絶句する。

⏰:10/06/08 17:16 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#348 [我輩は匿名である]
「いつまでいちゃついてんだ、あいつら」

「さぁ?ま、いいんじゃないの?」

彼らの微笑ましい様子を、直人や飛鳥は遠くから眺めていた。

⏰:10/06/08 17:17 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#349 [我輩は匿名である]
「やっと帰れるな」

帰り道、飛鳥は直人に話し掛ける。

奏子はバイトに行き、響子は薫の捻挫の手当てに付き添って

保健室に行っているため、2人で帰ってくる事になったのだ。

「そんなに帰りたかったのかよ」

「好きじゃないんだもん、運動」

「絶対人生損してるぞ」

「嫌いなもんは嫌いなんだよ!仕方ないだろ!

晶の時から運動大っ嫌いだったんだから!」

飛鳥は開き直ったように言い返す。

⏰:10/06/10 18:56 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#350 [我輩は匿名である]
直人が笑って返事をしようとした時。

「ふぅん、意外だなー」

直人の背後で、若い男性の声がした。

振り向いてみるが、誰もいない。

「…今何か言ったか?」

「いや?」

飛鳥はきょとんとしている。

声も彼女のものではなかった。

「どうかしたの?」

⏰:10/06/10 18:57 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#351 [我輩は匿名である]
「今、男の声が聞こえてきたんだけど。もしかして幽霊!?」

幽霊は怖くない直人は笑うが、飛鳥はかなり嫌そうな顔をしている。

「何だよ?」

「幽霊なんかいるわけないだろ!?変な事言うな!!」

飛鳥はものすごい剣幕で言い返してきた。

直人はきょとんとしてそれを見る。

「……お前、もしかして……幽霊怖い、とか?」

「…な…っ」

直人に図星を突かれて、飛鳥はちょっと顔を赤くする。

⏰:10/06/10 18:58 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#352 [我輩は匿名である]
「そっ、そんな事…」

「はっはーん、そうか。お前お化け怖いのか」

「こっ、怖くない!」

ニヤニヤしてからかってくる直人に、飛鳥は大声で言い返す。

しかし、直人は全く信じない。

「そーゆーの全然平気そうなのにな。じゃああれか?

香月の前世が幽霊だった話とか聞いてる時も、怖がってたわけ?」

「………それは……」

「死にかけてる男の前で、悲しそうに立っている髪の長い女…。うはっ、怖ぇ」

⏰:10/06/10 18:58 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#353 [我輩は匿名である]
もはや死神じゃねぇか、と直人は笑う。…が。

「(……悲しそうに立っている…髪の長い女…)」

飛鳥は真剣に想像する。

こういう事を考える時、何故かありえない程恐ろしい顔の幽霊が思い浮かぶもの。

頭の中で、もはや原型である今日子の顔からかけ離れた、気味の悪い女性が出来上がった。

「(………今日、お風呂入るのやめようかなぁ……)」

1人で勝手に暗くなっている飛鳥を見て、直人はちょっと慌ててフォローに入る。

「ま、まぁほら、香月みたいな奴が幽霊でも、全然怖くねぇけどな!

顔も可愛いし、背ちっこいし?むしろ薫の方が…」

⏰:10/06/10 18:58 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#354 [我輩は匿名である]
「……月城が幽霊だったら…確実に呪い殺される……」

2人の頭の中に、血まみれの服に包丁を握り、半笑いで立っている薫の姿が思い浮かぶ。

「………やめよう。さすがに俺も怖くなってきた…」

「だから言ったじゃん…。夢に出てきたらどうしよう…」

泣きそうな顔で飛鳥はうつむく。

「でも何だったんだろ?俺が聞いた声。どっかで聞いた事ある気もしたけど…」

気まずくなってきたので、直人は話を戻す。

「……うめき声とか、そういうの…?」

飛鳥が恐る恐る尋ねる。

⏰:10/06/10 18:59 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#355 [我輩は匿名である]
「違ぇよ。『ふうん、意外だな』って…」

「…そんなのんきそうな幽霊、初めて聞くんだけど」

「何で」とでも言いたそうに、飛鳥が言う。

「俺だってこんなの初めてだっつの」

「…まぁ、怖くなさそうな幽霊で良かったね」

「そっちかよ」

俺が気になってるのはそっちじゃない。直人は心の中で呟く。

「まぁ、そのうち思い出すんじゃない?空耳だったかもしれないし」

「んー…」

⏰:10/06/10 18:59 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#356 [我輩は匿名である]
軽くあしらわれてしまい、直人はちょっと不満そうに首をかしげる。

「…もう忘れちゃったのか」

「ん?」

直人は思わず顔を上げる。

「神崎、お前今何か言ったか?」

「しつこいな、言ってないって」

飛鳥はちょっとうっとうしそうに答える。

「…本当に、今『もう忘れちゃったのか』って言わなかったか?」

「言ってないって。何なんだよ」

⏰:10/06/10 19:00 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#357 [我輩は匿名である]
しつこい直人に、飛鳥はちょっとムッとしている。

「…またさっきの声がした」

直人はぽかんとした表情で言う。

さすがに、飛鳥の顔から血の気が引く。

「………こ、怖い事言うな!もう先帰る!」

「あ?ちょっ…」

⏰:10/06/10 19:00 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#358 [我輩は匿名である]
直人が止める間もなく、飛鳥は怖がって、走って逃げていった。

「……何なんだよ…」

直人はその場でしばらく、腕を組んで立ち尽くす。

しかし、それ以降は何も聞こえなかったため、とぼとぼと1人で帰っていった。

⏰:10/06/10 19:00 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#359 [我輩は匿名である]
「幽霊?」

次の日、直人は薫に幽霊の話をしてみた。

「そう。昨日帰りに、誰もいないのに声が聞こえてきたんだ」

「ふうん…お前、霊感あったんだな」

薫は呑気に言いながら、手首に貼られた湿布を気にしている。

「そーゆーのはどうでもいいんだよ!」

直人はバンッ!と机をたたいて声を荒げる。

幽霊ごときにキレる直人に、薫はきょとんとする。

「俺が気にしてんのは、その声なんだよ!」

⏰:10/06/10 19:01 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#360 [我輩は匿名である]
「声?」

「俺が知ってる声なんだよ!誰だかわかんねぇけど!」

「(そんな事言われても…)」

薫は少し呆れながら首をかしげる。

「神崎の声じゃないのか?一緒に帰ってただろ」

「いーや違う」

直人は首を振って断言する。

「だって、男の声だぜ!?クラスの奴の声でもなかったし…」

「……何か言われたのか?」

⏰:10/06/10 19:01 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#361 [我輩は匿名である]
「『ふうん、意外だな』って」

「…何だそれ…」

いきなりそんな事を言う幽霊がいるのかと、薫はますます呆れる。

「聞き間違えじゃないのか?」

「違ぇよ!その後も『もう忘れちゃったのか』って言われたし!」

直人は必死に説得するが、薫は「うさんくさい」という表情で聞いている。

「本当だって!」

「…まずさぁ」

薫がため息をつきながら口を開く。

⏰:10/06/10 19:01 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#362 [我輩は匿名である]
「お前の他に、誰か同じ道歩いてたとか…」

「誰もいなかった」

「じゃあ何か考えてたのか?」

「……考えてた」

「何を?」

「石川晶も運動嫌いだったのか、へぇーって」

「(…何だそれ…)」

全く話がつかめなくて、薫は眉間にしわを寄せて腕を組む。

「なんかな、神崎が運動嫌いって話してたんだよ」

⏰:10/06/10 19:02 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#363 [我輩は匿名である]
「はぁ…」

「で、あいつが『石川晶が運動嫌いだったんだから仕方ない』って…」

「…ふうん…。確かに球技大会の時テンション低かったな」

薫は結構どうでも良さそうに返事をする。

「だろ?…って、俺そんな話したいんじゃねぇんだよ!」

「いつか言うと思ってた」

薫は呆れたように笑って言った。

⏰:10/06/10 19:06 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#364 [我輩は匿名である]
「(…でもそれって、普通に考えて…)」

薫は考えながら、悩んでいる直人を見つめる。

「(……まぁ…俺が言うより、自分で気付いた方が良いか…)」

「なぁ、俺、何か恨まれてんのかなぁ?」

直人は特に気にしてなさそうに呟く。

「さぁ?俺にはさっぱりわからないな」

「ちぇっ。いいよ、自分で考えるから」

直人は口を尖らせて、自分の席に戻る。

⏰:10/06/10 19:06 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#365 [我輩は匿名である]
「なぁ」

席に座ると同時に、今度は飛鳥が話し掛けてきた。

「ん?」

「今日は、例の幽霊はいないの?」

飛鳥は暗い顔で尋ねる。

「あ?あぁ、今日はまだ何も」

直人は椅子の上であぐらをかく。

すると、飛鳥は少し恥ずかしそうな顔で、直人にある物を手渡した。

⏰:10/06/12 19:57 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#366 [我輩は匿名である]
「はい」

「…何?お守りじゃん」

直人が受け取ったのは、神社で売っている、青い御守りだった。

「それ、あんたにあげる」

「へ?これ、俺にくれんの?」

「…うん」

飛鳥は視線をそらして頷く。

「何で?」

直人はぽかんとして尋ねる。

⏰:10/06/12 19:58 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#367 [我輩は匿名である]
「だって…変な幽霊に取り憑かれてたら近寄れないじゃん!」

飛鳥はちょっと顔を赤くして、声を上げて答える。

「あぁ、なるほどな!サンキュ!」

直人はニッと笑って、どこに付けようかと考える。

何だか嬉しそうな直人を見て、飛鳥もホッとしたように笑う。

「なぁ、お前ならどこに付ける?」

「私?私は…」

そう聞かれて、飛鳥も一緒に考える。

⏰:10/06/12 19:58 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#368 [我輩は匿名である]
「………お守りって、肌身放さず持っとく物だろ?…財布とか?」

「でも、俺の財布にお守りつけれそうな所なんかねぇぞ」

「あぁ…。うーん…」

「…あ!」

直人はひらめいたように声を上げる。

「財布の中に入れとけばいいか!」

「あぁ、いいんじゃない?それでも」

飛鳥は小さく笑って答える。

⏰:10/06/12 19:58 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#369 [我輩は匿名である]
我ながらいいアイデアだと、直人は財布にお守りを入れる。

「でも、本当にいいのかよ?せっかく自分で働いた金なのに」

「いいよ、それぐらい。だからさっさと幽霊追っ払えよ」

飛鳥はかなり嫌そうな顔で直人に言った。

直人はふと、財布の中身を見つめる。

「お前、もう飯買った?」

「…買ってない。昼休みに食堂でパン買うつもりだけど」

⏰:10/06/12 19:59 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#370 [我輩は匿名である]
急に何を聞くのか。飛鳥は眉間にしわを寄せる。

「じゃあ、パン1個おごってやるよ」

財布の中身を確認した後、直人は満面の笑みを浮かべて言った。

「………へ?」

飛鳥はただきょとんとする。

「なんで?」

「これのお礼!」

答えながら、直人は財布を指差す。

⏰:10/06/12 19:59 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#371 [我輩は匿名である]
「え、いいよ、別に」

「いいっていいって。昨日小遣いもらったばっかだしよ。

パン代浮かせて、さっさとケータイ買えよな」

「う…」

携帯電話を持っていないことをからかわれて、飛鳥は悔しそうに目を逸らす。

「何のパンがいい?」

「…サンドイッチ」

「よし。俺今日飲み物買いに行くから、一緒に食堂行くわ」

⏰:10/06/12 19:59 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#372 [我輩は匿名である]
「そう?じゃあチャイム鳴ったらダッシュな」

「はぁ?めんどくせー」

乗り気だった直人の顔が、一瞬にして欝陶しそうな表情に変わる。

が、言ってしまった以上仕方がない。

「わかったよ。俺マジでダッシュするから、ちゃんと付いて来いよな」

そういって、また飛鳥に笑いかけた。

⏰:10/06/12 20:00 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#373 [我輩は匿名である]
そして、昼休み。

「あ…あんたさぁ…」

息を切らして、途切れ途切れに飛鳥が言う。

その横には、何事もないような顔でレジに並んでいる直人の姿。

手にはちゃっかり、ペットボトル飲料が握られている。

「もうちょっと…待ってやろうとか…思わないわけ…?」

「だから言っただろ?マジでダッシュするって」

「そうだけど…!」

言い返そうにも、疲れすぎてそれどころではない。

⏰:10/06/12 20:00 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#374 [我輩は匿名である]
必死で直人に付いてきた飛鳥は、膝に手をついて息を整える。

「まぁいいじゃん。これなら売り切れる前にサンドイッチ買えるぞ」

「…まぁね……」

直人がダッシュしたおかげで、前から5、6番目に並ぶ事が出来た。

「すぐ売り切れるだろ?サンドイッチ」

「そうだね…。サンドイッチが1番人気みたいだし」

「お前サンドイッチ好きなのか?」

「結構好き、かな」

レジを待つ間、2人はそんな話をして時間を過ごす。

⏰:10/06/12 20:01 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#375 [我輩は匿名である]
「……ありがとね」

「ん?」

不意に言われて、直人はぽかんとする。

「…いや…おごってくれて、…ありがとう、って」

照れているのか、飛鳥は頬を赤くしてそっぽを向く。

「何でお前が礼言うんだよ?俺はお守りのお返ししてるだけだろ」

「…一応言っときたかったの!」

飛鳥は怒ったように言って、黙り込んでしまった。

「(…あれ?怒ったか?)」

⏰:10/06/12 20:24 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#376 [我輩は匿名である]
直人は飛鳥を見ながら考える。

「何だよ、怒んなよ」

「べっ、別に怒ってねぇよ」

「そうか?顔赤いぞ?」

「怒ってないってば!」

「怒ってんじゃん!」

「うるさいなぁ!早くサンドイッチ買ってよ!」

「今から買うっつーの!」

2人はそんな言い合いをしながら、レジの順番がまわってくるのを待っていた。

⏰:10/06/12 20:25 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#377 [我輩は匿名である]
数日後。

直人は憂鬱そうな顔で、自分のノートを見つめる。

隅っこにメモされた、数学の中間試験のテスト範囲だ。

「(………忘れてた…。再来週からテストだった…)」

直人はまるで、埴輪のような顔で茫然とする。

「変な顔」

いつの間にか目の前にいた飛鳥に言われ、直人はハッと意識を取り戻した。

「だって、テストとか…忘れてたし…。

お前のお守り、学業成就のお守りじゃねぇの?」

⏰:10/06/12 20:25 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#378 [我輩は匿名である]
「違うから。それよりほら、来てるよ。あいつ」

飛鳥は呆れた表情で、薫の座席を指差す。

薫の目の前に仁王立ちしているのは、案の定良介だった。

「……飽きねぇなぁ…あいつも…」

直人もため息を吐いて、机に肘をつく。

「おい月城!Good newsだ!」

「何だ」

薫も腕を組んでむすっとしている。

「今回のテストのBattleは無しだ!ありがたく思え!」

⏰:10/06/12 20:26 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#379 [我輩は匿名である]
「は?」

彼の言葉には、薫だけでなく直人たちもきょとんとする。

「する気は全くなかったけど、何でまた?」

「球技大会を無しにしてくれたからな。借りぐらい返させろ」

「(あれは貸しに入るのか…?)」

何故かしたり顔の良介を、薫は呆然として見上げる。
「お前…」

「用件はこれだけだ!次は覚悟しておけよ!」

「え、ちょ…」

⏰:10/06/12 20:26 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#380 [我輩は匿名である]
薫が何か言う前に、良介は走って教室を出て行った。

薫は疲れ果てたようにため息を吐く。

「…ちょっくら慰めに行ってやるか」

直人は何だか楽しそうに笑って立ち上がる。

暇なので、飛鳥もとりあえずそれについていく。

すると、響子や奏子も8組にやってきた。

「どうしたの?」

「数学の教科書忘れちゃって…」

飛鳥が尋ねると、奏子が苦笑して答えた。

⏰:10/06/12 20:26 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#381 [我輩は匿名である]
「あぁ…今日、うち数学ないんだ。水無月は持ってるかもしれないけど」

「教科書全部置いて帰りそうだもんね、水無月くん」

響子は笑って言った。

「聞いてみよっか」

女子3人は、話しながら直人達に寄っていく。

「苦労するな、お前も」

直人はニヤニヤしながら薫の肩をたたく。

「……いいよな、あいつに絡まれなくてすむ奴は」

薫は遠い目をして言い返す。

⏰:10/06/12 20:27 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#382 [我輩は匿名である]
「ま、良かったじゃん。期末テストまで絡んでこないんじゃねーの?」

「……まぁな」

「(…良介くん、また何か言いに来たのね…)」

話の内容から察したらしく、響子が頭を抱えてため息を吐く。

「神崎、こいつにも魔除けのお守り買ってやれば?」

直人は何も考えずに、笑顔で飛鳥に声をかける。

「はぁ?何であたしがそこまで…」

飛鳥はめんどくさそうに言い返す。

⏰:10/06/12 20:28 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#383 [我輩は匿名である]
「お守り?」

奏子と響子は顔を見合わせる。

「…響子」

ボーッとしていた薫は、ここで初めて響子達が来ているのに気付いた。

「薫か水無月くん、どっちか数学の教科書持ってない?

奏子ちゃんが忘れちゃったらしくて」

「俺あるぜ」

直人はニッと笑って手を挙げる。

「やっぱりな」

⏰:10/06/14 19:51 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#384 [我輩は匿名である]
飛鳥と奏子が声を合わせる。

「あんただったら、絶対教科書置いてると思って」

「うっせぇな!教科書貸さねぇぞ」

「いいじゃん本当の事なんだから!早く貸してよ」

奏子は急かすように手を出す。

直人は軽く舌打ちして、一旦自分の席に戻る。

奏子もそれについていく。

「えーっと…あったあった。ほらよ」

いっぱいになった机をあさっていると、少ししわの寄った数学の教科書が出てきた。

⏰:10/06/14 19:52 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#385 [我輩は匿名である]
「サンキュ♪」

「どーいたしまして」

「お礼に私もお守りあげよっか?」

「はぁ?別にいらねぇよ。お守りは1個で充分だろ」

直人はポケットに手を突っ込んで断る。

「つーか、何で飛鳥からお守りもらったの?」

奏子は不思議そうに首をひねる。

「この間の幽霊話でさ。俺が『変な声がする』って、球技大会の時言っただろ?

あれ言ったら、『怖くて近寄れないから持っとけ』って」

⏰:10/06/14 19:52 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#386 [我輩は匿名である]
直人は呆れたように笑って、響子と一緒に薫と喋っている飛鳥を見る。

「ふうん。意外と乙女だね、飛鳥」

「みたいだな。あんなムスッとしてる奴が怖がりとか、すげぇギャップ」

「確かに」

奏子は笑って頷き、直人の顔を眺める。

直人はまるで見守るような目で飛鳥を見ている。

「…あんたって飛鳥の話する時、すごい良い顔するよね」

そんな事を言われて、直人はきょとんとする。

「……そうか?」

⏰:10/06/14 19:52 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#387 [我輩は匿名である]
「うん」

奏子は少し笑って頷く。

「…なんか悔しいけどね」

それだけ言い残して、奏子は3人の方に歩きだした。

「(……何が悔しいんだろ?)」

彼女の言葉の意味がわからず、直人はぽかんとする。

「(………まぁいいか)」

一瞬考えた末、直人は特に気にせずに、4人の元に戻っていった。

それからは、特に大きな出来事は無かった。

⏰:10/06/14 19:53 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#388 [我輩は匿名である]
3週間後。

もう10月の中旬。

さすがに涼しくなってきて、制服も合服に変わった。

「お?」

直人達はじーっと、貼り出された成績順位を見つめる。

直人はほんの少し健闘して93位。

薫は良介と同着1位。

響子は前回とほぼ同じ120位。

奏子は171位。

そして驚く事に、飛鳥の点数が39位だった。

⏰:10/06/14 19:53 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#389 [我輩は匿名である]
「すげー!やるじゃんお前!」

直人はバシッと飛鳥の肩をたたく。

「…本当だ」

「何だよ!嬉しくないのか!?」

「う、嬉しいけど…信じられないっつーか…」

飛鳥はただただきょとんとしている。

課題テストの時は98位だったのが、今回のこの順位。

信じられないのも無理はない。

「へへへっ、なんか俺の方がテンション上がってきた!」

⏰:10/06/14 19:54 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#390 [我輩は匿名である]
茫然とする飛鳥の肩に手を回して、直人は満面の笑みを浮かべる。

「弟見返すのも近いかもな!頑張れよ!」

「…うん、ありがと」

直人に言われ、飛鳥もやっと嬉しそうに笑った。

奏子は黙って、2人の様子を見る。

「なぁ、お祝いしようぜ!薫も1位だった事だし」

「なんでこういう時に1位なんだ…」

「いいね、お祝い♪」

ため息を吐いている薫の隣で、響子が笑って返事する。

⏰:10/06/14 19:54 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#391 [我輩は匿名である]
「あたし、カラオケがいい!」

奏子が真っ先に手を挙げる。

「(カラオケ…)」

直人と響子は、その一言にぎょっとする。

「…俺はいい」

更に暗い顔をして、薫は断った。

「なんでー?いいじゃん、このメンバーで行った事無いし」

「あんまり好きじゃないんだよ、カラオケは。

もっと他の事にしないか?」

⏰:10/06/14 19:54 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#392 [我輩は匿名である]
薫はきっぱりと言い張って、他に何か無いか考える。

しかし答えが出ないまま、予鈴のチャイムが鳴った。

「…あ、俺トイレ行ってくる」

「じゃあ、私達も行こ」

「うん」

薫はトイレへ、響子と奏子は自分達の教室へと歩きだす。

2人きりになった直人と飛鳥は、お互い顔を見合う。

⏰:10/06/14 19:55 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#393 [我輩は匿名である]
「……月城、もしかして……」

「…誰にも言うなよ。あいつそれバラすとキレるから」

直人の言葉に、飛鳥は「やっぱりな」と確信した。

「…音痴なの?」

「あぁ、信じられねぇぐらいな」

直人は苦笑する。

「音符は読めるけど、歌うとなると、さっぱりだ。

中学の通知表で2取った事があるぐらい」

⏰:10/06/14 19:55 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#394 [我輩は匿名である]
「そんなに?」

「おう。ちなみに絵もかなり下手だぞ」

「…あぁ、なんか下手だったな」

本の代償の話をした時の事を思い出し、飛鳥は頷く。

そして、少し残念そうに、こう呟いた。

「……カラオケ行きたかったな」

直人はじっと、飛鳥を見る。

「じゃあ、今度行くか」

ニッと笑って、飛鳥に言ってみる。

⏰:10/06/14 19:56 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#395 [我輩は匿名である]
「へ?」

思いも寄らぬ誘いに、飛鳥はきょとんとする。

「行きてぇんだろ?カラオケ。

俺カラオケ好きだし、お前が良いんなら行くぜ」

直人は笑顔で飛鳥を誘う。

行きたい。飛鳥は思ったが、口には出せなかった。

奏子が直人を好きだという事を考えると、行っていいのかわからないのだ。

⏰:10/06/14 19:56 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#396 [我輩は匿名である]
「…そう、だね。考えとこ」

そんな答えしか返せなかった。

「あ、お前バイトとかあるもんな。行けそうだったら言えよな」

「うん、ありがと」

直人は特に変に思う事なく、笑顔で言った。

⏰:10/06/14 19:57 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#397 [我輩は匿名である]
昼休み。

「カラオケ?」

奏子が席を立っている間に、飛鳥は響子に相談していた。

「いいじゃない、行ったら。私だったら行くわよ」

「…そう?」

響子に当たり前のように言われて、飛鳥は更に悩む。

「…まぁ、相手が友達だから悩むのもわかるけどね。

でも、飛鳥ちゃんも水無月くんが好きなんでしょ?」

「……………うん」

⏰:10/06/14 19:57 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#398 [我輩は匿名である]
飛鳥は大きく頷く。

「じゃあなおさらよ。気遣ってたら、取られちゃうわよ?」

響子は真剣な顔で、急かすように言う。

一息つき、飛鳥は考える。

「(…そう…なんだよなぁ…。

でも、奏子とややこしい事になったらめんどくさいし…)」

悩んでる飛鳥を、響子はじっと見つめる。

「……いいなぁ。私にもあったな、そういう時」

懐かしそうに、響子が笑った。

⏰:10/06/14 19:58 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#399 [我輩は匿名である]
「そうなの?」

「そりゃあるわよー。友達と取り合いしたって事はなかったけど」

「やっぱり、2人で出かけるって時、緊張した?」

「したした。でも1番は…やっぱり優也と初めてご飯行った時かな。

あっちはもっと緊張してあらしいけど」

響子が嬉しそうに話すのを、飛鳥も笑顔で聞き入る。

「そうなの?」

「うん。優也が誘ってきたからね。

『良かったら今度、2人でご飯行きませんか?』って」

⏰:10/06/14 19:58 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#400 [我輩は匿名である]
「へぇ。いいね、そういうの」

「飛鳥ちゃんだって、水無月くんにカラオケ誘われてるじゃない」

「…そっか」

飛鳥は思い出したように頷く。

「……ちょっと悪い気もするけど、大丈夫だよね?」

「大丈夫よ。行ったら感想聞かせてね」

響子は早くも楽しそうに笑った。

⏰:10/06/14 19:59 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


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