記憶を売る本屋 2
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#250 [我輩は匿名である]
「(しょーもなっ!!)」

飛鳥は心の中で叫ぶ。

が、よく考えてみれば、発端は自分かもしれない。

「……その喧嘩って…私のせい…?」

飛鳥は手を止めて呟く。

思いもよらぬ問いに、直人はきょとんとする。

「いや、別に…」

確かに、飛鳥が先に帰った事から喧嘩が始まったとも思えるが、飛鳥のせいではない。

「俺の方こそ、悪かったな。勝手に本の事バラして…。俺そういう事にはかなり鈍感だか…」

直人はそこまで言って、自分で気がついて一瞬黙る。

⏰:10/05/28 22:02 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#251 [我輩は匿名である]
そして勢い良く薫がいる方を向いて、こう叫んだ。

「どーせ俺は鈍感だよ!もやし野郎!!」

「やっとわかったか!だったらいきなり殴った事さっさと俺に謝れ!!」

薫もこっちを向いて、大声で返事をする。

「悪かったな!」

「2度と人殴るんじゃねぇぞ!」

「おう!」

⏰:10/05/28 22:04 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#252 [我輩は匿名である]
「(何だこいつら…)」

これだけで仲直りになるのかと、飛鳥は呆れ気味に直人達を見る。

「良かったね、仲直り出来て」

響子はにっこり笑って薫に言う。

それを見て、薫も「あぁ」と、いつものように笑い返した。

⏰:10/05/28 22:04 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#253 [我輩は匿名である]
「…なんかわかんないけど、仲直り出来て良かったね」

「おう!俺達はいつもこんなもんだ」

直人はニッと元気に笑って答える。

飛鳥も笑い返すが、どこか元気がない。

「…あ、ごめん、何だっけ?」

「あぁ…」

飛鳥はどこから話せばいいかわからず、黙り込んでしまった。

どうすればいいか直人もわからず、頭を抱える。

「と、とりあえずさぁ、何で安斎に本の話したくないのか聞いていいか?」

沈黙が耐えきれないタイプの直人は、何とか話を続けようと尋ねてみる。

⏰:10/05/28 22:05 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#254 [我輩は匿名である]
「……わかんない」

「はぁ?」

飛鳥の答えに、直人は間の抜けた声を出す。

「わかんねぇのかよ…」

「えっ、いや、わかるよ?わかってるけど…」

直人の前で答えるような事ではない。飛鳥はそれを考えていた。

「なんか…前世の事を知られたくないっていうか…。自殺したからってのもあるけど…」

もちろん理由はこれよりも深いものがあるが、直人に言うには十分だと思った。

「まぁ、言っちまえばお前の黒歴史だもんな」

⏰:10/05/28 22:05 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#255 [我輩は匿名である]
「黒歴史っていうな!」

もっと良い言い方があるだろうと、飛鳥は思わず言い返す。

「…………昨日さ」

しばらくして、飛鳥はやっと話を始めた。

「弟に嫌味言われて、私…何も言い返せなかったんだ。

『出来損ない』とか、『いじめられて当然』とか言われたけど、

私には…あいつに勝てるものなんか何もないし…」

「はあぁぁ!!?」

飛鳥の話に、直人はキレて声を上げる。

明らかにキレた彼の声に、薫達も驚いて振り返る。

⏰:10/05/28 22:06 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#256 [我輩は匿名である]
「出来損ない!?いじめられて当然!?ふざけんじゃねーぞクソ餓鬼が!!

…でも、俺は何も言い返さなかったお前にも腹が立つ!!」

直人は怒鳴りながら飛鳥を指差す。

「出来損ないだから何だ!?そんな事こっちだってわかってんだよ!!」

「な…っ」

出来損ないだと認められてしまい、飛鳥もカチンときたらしい。

「あんたどっちの味方なんだよ!?」

「てめぇに決まってんだろ!」

直人はきっぱりと言い張った。

その答えに、飛鳥はハッとして口を閉じる。

⏰:10/05/28 22:06 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#257 [我輩は匿名である]
「友達いないわ、人の話は聞かないわ、道路に飛び出すわ、

たった1人の頼れる男が死んだら、後を追って自殺するわ、

ついでに妊婦も道連れにするわ…。

そんな奴が出来損ないじゃなかったら、誰が出来損ないだっつーんだよ!?

俺がいつもお前の世話焼いたりしてんのはなぁ!

お前にもうあんな事してほしくないからだよ!

晶みたいに誰も信じれないまま死んだりしないで、

いろんな奴といっぱい笑ったりして、楽しく生きていてほしいからだよ!!

つーか!こーゆー話、あの時もしただろ!!何回も言わすなアホ!!」

息もつかずに怒鳴り続けて、直人は息を切らす。

⏰:10/05/28 22:07 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#258 [我輩は匿名である]
意外と迫力があった直人の説教に、飛鳥はただただぽかんとする。

同じように、薫と響子もじっと直人の話を聞いていた。

「お…お前…」

直人は若干汗をかきながら話を続ける。

「餓鬼に嫌味言われたぐらいで…何しょげてんだよ…。

今までも散々無視されたり…嫌味言われたらしてたんだろ…。

お前だって、この間まで家族見返すって…張り切ってたじゃねぇか…」

直人の言葉に、飛鳥は少しうつむく。

確かに直人の言う通りだった。

⏰:10/05/28 22:07 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#259 [我輩は匿名である]
「…お前…他に何かあったんじゃねぇのか…?」

一息ついて、直人はまた弁当の中身を口に運びだした。

飛鳥は「うーん…」と、曖昧な返事をする。

奏子とちょっとややこしい事になっているが、直人に言えるはずがない。

「…ちょっとさ、いろいろあって」

「やっぱりまだあったのかよ」

直人は不満そうにため息をつく。

「何だよ?言ってみ」

「……やだ」

「何で」

「……あんたに言えるような話じゃないから」

⏰:10/05/28 22:07 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#260 [我輩は匿名である]
飛鳥は戸惑い気味に答える。

しかし、そういう言い方をされると気になってしまう直人。

「何だよ!気になるじゃねぇか!」と問い詰めてきた。

「言えないっつったら言えないんだよ!」

「何なんだよもう!」

「まぁまぁ落ち着いて」

ポンと肩を叩かれ、直人は「はぁん?」と不機嫌そうに振り向く。

いつの間にか、響子と薫が真後ろにいた。

⏰:10/05/28 22:08 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#261 [我輩は匿名である]
「うわっ、何だよお前ら!」

「そんなに問いつめたら、飛鳥ちゃん可哀相でしょ」

響子は怒ったように直人に言う。

「そんな事言われたって…」

「女の子にはねぇ、男よりもいろいろ大変な悩みがあるの。

それがわかってないと、そのうち嫌われちゃうよ?」

響子に諭され、直人は不服そうに黙る。

「薫はわかんのかよ?そーゆー女心」

「…なんとなーく」

いくら薫でも、そこまではさすがに自信はない。

⏰:10/05/28 22:08 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#262 [我輩は匿名である]
直人は「ふぅん」とだけ返事を返す。

「まぁ、あれだ。ここから先はガールズトークってやつだよ」

薫はその場に腰を下ろしながら言った。

まぁ直人にはわからないだろうけど、と思いながら。

「なんか、女ってめんどくせぇな」

直人は頭の後ろに手を組んでため息をつく。

その横で、響子は飛鳥に耳打ちする。

「何かあったら、いつでも言いなよ。大体は奏子ちゃんの事でしょ?」

「…うん」

「悩みはね、人に話したら大体すっきりするものよ。ね?薫」

⏰:10/05/28 22:09 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#263 [我輩は匿名である]
「ん?あぁ…」

「どう考えても、悩みはため込むタイプだろ、お前」

「……まぁ、どっちかっていうとな」

「だめよ、ため込むだけため込んでると、そのうち…」

「大丈夫だよ、ハゲるまでは悩まないから」

「まだその話引っ張ってんのかよ」

「え、あんたハゲるの?」

「あーあ、クールな性格が台無しだな」

「誰がハゲるって断定したんだ」

好き放題言い出した2人を薫が睨む。

隣では、そのやり取りを見ながら響子が笑っている。

⏰:10/05/28 22:09 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#264 [我輩は匿名である]
「(…………ふぅん…)」

屋上のドアの隙間から、奏子が4人のやりとりを見つめていた。

最初は盗み見するつもりではなかったのだが、

急に直人が飛鳥に向かって怒鳴りだしたため、出ていくタイミングを失ってしまったのだ。

今の4人の会話は遠くて聞き取れないが、怒鳴っていた直人の言葉だけは聞こえていた。

「(……飛鳥の前世…自殺だったって事か…。

しかも、なんか水無月の前世の人と仲良かったみたいだし…)」

奏子は暗い顔で考え込む。

直人が『もうあんな事してほしくない』と言っている所を見ると、

かなり深い関係があったようだ。

⏰:10/05/28 22:09 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#265 [我輩は匿名である]
その上、『ついでに妊婦も道連れに』という発言も引っ掛かる。

以前、直人が響子に『飛び降り自殺に巻き込まれて死んだんだろ?』と言っていた。

『巻き込んだ』のが飛鳥だったとしたら、話が噛み合ってくる。

「(…まさか…そんな出来すぎた話…)」

あるわけない。そう思いたかった。

しかしそれ以前に、前世だの過去に行くだの、ありえない話が起きている。

こうなれば、飛鳥と響子の関係だって、ありえない事もない。

「(………あーっ、止めよ!考えるのめんどい!)」

奏子は疑問を振り払うように首を振る。

そして、再度4人の様子をうかがった後、階段を降りていった。

⏰:10/05/28 22:10 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#266 [我輩は匿名である]
そして、待ちに待った月曜日。

「おっしゃー!!優勝するぞこらー!!」

「おー!!」

男子体育委員の掛け声に、クラス全員が奮起する。

「(野球する薫の姿が見れるのかぁ…♪)」

響子は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「(水無月にいいとこ見せないとね!)」

奏子は奏子で、担任の話を聞きながらそんな事を考えていた。

「(……球技大会か…早く終わらないかな…)」

飛鳥だけは、ため息をついていた。

⏰:10/05/28 22:11 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#267 [我輩は匿名である]
5人の中で、出番が1番早いのは薫だった。

ルールでは、野球部以外の選手相手には、ピッチャーは本気で投げてはいけないらしい。

「ちっ…本気で投げてこないのか…」

ジャンケンで負けて1番バッターになってしまった薫は、

つまらなそうに小さく舌打ちをする。

「月城ー!男を見せろー!」

「フィアンセが見てるぞー!!」

「いいとこ見せなきゃアメリカンに取られるぞこらー!!」

「(…うるせぇなぁ…)」

クラスメート達の変な声援にムッとしながら、薫はバットを構える。

⏰:10/05/28 22:11 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#268 [我輩は匿名である]
「おー、構えはやっぱり慣れてる感じあるな」

「優也の野球歴なめないほうがいいわよ」

フェンスごしに、直人達も薫を見ている。

相手は2年生で、ピッチャーもボールを構える。

そして、下から軽くボールを投げてきた。

「(…ちょろいな)」

薫はにやっと笑い、思いっきりバットを振る。

その直後、カキーンという快音が運動場に響き渡り、ボールは外野の頭を軽々飛び越えていった。

1発目から出たホームランに、相手チームもチームメイトも、ギャラリーでさえぽかんとする。

⏰:10/05/28 22:12 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#269 [我輩は匿名である]
その間に、薫は涼しい顔で塁を回っていく。

2塁を回ったらへんで、ギャラリーから一斉に声が上がった。

歓声と、早くも絶望感の込もった2種類の声が。

「月城ー!お前は神だー!!」

ホームに戻るなり、チームメイト全員が薫に駆け寄ってきた。

「まぐれだろ、多分」

全くまぐれではないのだが、薫は笑いながら言った。

「薫ー」

名前を呼んで大きく手を振る響子。

それが届いたのか、薫が4人の方を向き、手を振り返してきた。

⏰:10/05/28 22:12 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#270 [我輩は匿名である]
「すげー!すげーなあいつ!!」

直人は興奮して声を上げる。

「言ったでしょ?」

「…すごい…」

「あんなの打てるんなら、野球部入れば良かったのにね」

「入らないわよ、坊主にしないといけないもん。薫が坊主なんて、絶対許さない…」

「(……たまに出るこの怖い笑顔は何なんだ…?)」

奏子の疑問に笑顔で答える響子に、直人と飛鳥は何故か鳥肌が立った。

その後、薫はバッターボックスに入る毎にヒットやホームランを打ち続け、

第1試合は13対5で終わった。

⏰:10/05/28 22:13 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#271 [我輩は匿名である]
次の出番は奏子のハンドボール。

運動が好きな奏子は、コート中を駆け回り、ディフェンスも振り切ってゴールに突っ込み続ける。

「あいつもすげーな」

直人は意外そうに笑う。

「本当だね。まぁ、運動は得意そうだけど」

飛鳥もボーッと奏子の動きを見ながら頷く。

「…あんたは、やっぱりスポーツ好きな子が好き?」

何気なくそう聞かれて、直人は「へ?」と飛鳥に目を向ける。

「んー…まぁ、どっちでもいいけどな。別に好きな女のタイプとかないし」

⏰:10/05/28 22:13 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#272 [我輩は匿名である]
「そうなの?」

「んー」

直人は髪をいじりながら頷く。

「根暗かヤンキーとか…やたら貢がせる女とかじゃなかったら、どんな女でも」

「…ふぅん、そっか」

飛鳥はちょっと笑って返事をした。

「(……何でいきなりそんな事聞いてきたんだろ?こいつ)」

直人はまだ少しぽかんとして飛鳥を見ている。

「(こいつはやっぱ、要みたいな、のんきでちょっと弱々しいけどしっかりしてる奴が好きなのか?)」

今までの要の事を思い出しながら、直人はぼけーっと考える。

⏰:10/05/28 22:13 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#273 [我輩は匿名である]
晶に告白した時の事、デートの時の事、晶ともめた時の事…。

よくよく考えてみると、頼れるのか頼りないのかよくわからない性格だった要。

言いたい事をなかなか言いだせない要に、イライラした時も多かった気がする。

「……いや、俺の方がいい男だったな」

思わず声に出して言ってしまった。

「何の話?」と、飛鳥が怪訝そうな目でこっちを見てくる。

「いや、要と俺だと、どっちがいい男かって話」

「1人で何バカな事考えてんの?」

「バカとはなんだよ!」

「どう見てもバカだろ!いきなり『俺の方がいい男だ』とか言っちゃって!」

⏰:10/05/28 22:14 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#274 [我輩は匿名である]
「じゃあお前はどっちがいい!?」

「私は…!!」

そこまで来て、2人は言い合うのをやめた。

言い争いの内容が、何だか恥ずかしくなってきたらしい。

「…わりぃ、今考えるとかなりしょーもないな」

「…そうだね、やめとこ」

2人はそれぞれ違う方向を見ながら言った。

「(…なんか楽しそうに喋ってるなぁ…)」

たまたま、奏子の目が直人達に向いた。

結局試合には8対4で勝ったのだが、奏子には直人達のことの方が気になっていた。

⏰:10/05/28 22:14 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#275 [我輩は匿名である]
「さっき何喋ってたの?」

体育館に移動している間に、奏子が直人に尋ねてきた。

試合時間が迫っていたため、響子は先に体育館に入って準備をしている。

飛鳥と薫が、無言で顔を見合わせる。

「…本の話か?」

薫が小声で、奏子に聞こえないように飛鳥に尋ねる。

飛鳥は無言で頷く。

「何喋ってたって…」

直人は首をかしげながら考える。

「(…要とかの話だったな…。本の話はしない方がいいって言ってたし…)」

⏰:10/05/28 22:15 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#276 [我輩は匿名である]
奏子は「聞いてるー?」と、顔を覗き込んでくる。

飛鳥と薫は、奏子に気付かれないように横目で直人を見つめる。

「…何だったか忘れたわ」

直人は笑って奏子に答えた。

その答えに、飛鳥と薫がホッとして、再び目を見合わせる。

「えー、結構楽しそうに喋ってたじゃなーい」

「まぁ、忘れるぐらいのしょーもない話だったんだろ」

「ま、直人の話はいつもしょーもないからな」

薫は直人を見ながら小さく笑う。

しかし、奏子はどこか不満そうな顔で黙り込んだ。

⏰:10/05/28 22:15 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#277 [我輩は匿名である]
飛鳥は少し困ったように、奏子の表情を見る。

「おっ、いたいた」

直人は響子を見付け、指差す。

4人は響子の近くに腰を下ろす。

「ケガするなよ」

「大丈夫だって」

外野だから、と、響子はにっこり笑う。

「心配性だなぁ、お前」

「仕方ないだろ、心配なものは心配なんだ」

薫は開き直ったように言い返す。

⏰:10/05/28 22:15 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#278 [我輩は匿名である]
すると、ブザーが鳴って試合が始まった。

響子のクラスが、ジャンプボールでボールを取る。

いかにもスポーツ好きそうな女子が、大きく腕を回してボールを投げた。

しかし、誰にも当たる事なく、外野の響子に向かって一直線に飛んでいく。

薫達が『危ない』と思うと同時に、バチーンという大きな音がした。

4人はハラハラして響子を見つめる。

響子は顔の目の前で、飛んできたボールをキャッチしていた。

ニヤリと口元に笑みを浮かべ、ボールを構える。

そして、同じように足を開いて、思いっきりボールを投げた。

⏰:10/05/28 22:16 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#279 [我輩は匿名である]
ボコン!と音がして、相手チームの1人の女子が倒れこむ。

「(あ…当てた…)」

予想外の事に、直人と飛鳥は呆然とする。

「か…薫、お前の嫁ってあんな強かったか!?」

「みたいだな」

薫は何だか嬉しそうに笑って返事をする。

「薫!今の見た!?」

響子は試合そっちのけで薫に声をかける。

「あぁ、見たよ。格好良かった」

⏰:10/05/28 22:16 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#280 [我輩は匿名である]
「(いや、怖かった…)」

「(絶対この夫婦おかしいよ…)」

ボールを投げる時の響子の顔を思い出し、直人と飛鳥は視線を落とす。

しかし結局、響子のクラスは1回戦敗退となった。

⏰:10/05/28 22:17 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#281 [我輩は匿名である]
「よっしゃあ!行くぜ!」

直人は気合いを入れるように声を出す。

飛鳥と試合時間がかぶってしまい、残りの3人は両方が見える位置に腰を下ろす。

「……あぁ!?」

相手チームの1人を見て、直人は目を丸くした。

相手は1年5組。良介のクラスだったのだ。

「はっ!君は!あの負け犬の友達!」

「だぁかぁら!君って言うな!負け犬って言うな!!」

直人はムカッとしながら大声で言い返す。

「今日は絶対!お前を負かしてやるからな!」

⏰:10/05/28 22:17 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#282 [我輩は匿名である]
「で、出来るならやってみろっ!」

整列しながら、直人と良介は睨み合う。

「…相手にしなきゃいいのに…」

薫はあぐらをかいて、膝の上に肘をついてため息を吐く。

「できないんでしょ、水無月くんはあなたと違って、そんなタイプじゃないもの」

「まぁな…」

響子と薫は呆れたように少し笑う。

直人達は礼をし、コートに散らばる。

1番背が高いチームメイトが、ジャンプボールでボールを取り合う。

と同時に、試合開始のブザーが鳴った。

⏰:10/05/28 22:18 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#283 [我輩は匿名である]
直人は飛んできたボールを掴み取り、勢い良く良介目がけて投げつける。

「…あんなに目の敵にしなくても…」

投げるボールが全て良介に向けられているのに気付いた薫が、呆れたように呟く。

「私は逆に、何であいつを気にしないでいれるのかが不思議なんだけど」

奏子が薫に言った。

「……考えたくねぇんだよ、ああいう奴の事は」

薫は少しムスッとして言う。

「何も知らないくせに出しゃばって来やがって…。目障りなんだよ…」

直人の攻撃を交わしている良介をイライラした表情で見ながら、

薫が声を低くしてボソッと言ったのを聞いて、響子は不安そうに彼を見つめる。

⏰:10/05/28 22:19 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#284 [我輩は匿名である]
「あーっ!ムカつく!!さっさと当たって外野行けよ!」

「うるさい!僕ばっかり狙うな!!」

「黙れ!一発ぐらい当てとかないと気が済まねぇんだ!!」

直人と良介は、言い合いながら必死に攻防を続ける。

クラスメイト達も何人かは動くのを止め、笑いながらその様子を眺めている。

「…なんか、引き分けで終わりそうだね」

奏子が響子に話し掛ける。

しかし、響子は暗い顔で「うん」と頷くだけだった。

⏰:10/05/28 22:19 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#285 [我輩は匿名である]
「どうかした?」

「…ううん、何でもない」

響子は笑って首を振る。

薫もじっと、響子を見つめる。

「大丈夫か?なんか元気ないけど」

「ん?うん、大丈夫だよ。眠たくなってきただけ」

響子はそう言って試合に目をやる。

しかし、薫は知っていた。

『眠くなってきた』というのは、長谷部今日子が悩んでいる時、

それを隠そうと誤魔化すのに使っていた決まり文句だという事を。

⏰:10/05/28 22:20 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#286 [我輩は匿名である]
時間が経つのは早かった。

結局直人は良介にボールをぶつける事が出来ず、引き分けとなってしまった。

引き分けの場合、ジャンケンで勝敗を決める事になっている。

「水無月、お前責任とって勝ってこいよ」

クラスメイト達は口をそろえて直人に言う。

「負けても文句言うなよ」

「言うに決まってんだろ!!」

早くも逃げ腰な直人に、クラスメイトが怒鳴り付ける。

⏰:10/05/28 22:20 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#287 [我輩は匿名である]
一方4組も同じ状況だった。

「なんで僕なんだ!」

「お前がさっさと当たってやらねぇからだろ!

お前が当てられてりゃ、事が運んで勝ってたかもしれねぇのに!」

4組のクラスメイトは良介に詰め寄る。

良介は嫌そうにしているが、クラスメイトが「早く行け!」と背中を押した。

その先には直人が待っている。

「またてめぇかよ!」

ジャンケンの相手まで良介。

自分でまいた種ながら、直人はうんざりして怒鳴り付ける。

⏰:10/05/28 22:20 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#288 [我輩は匿名である]
「君が僕を当てるのにこだわるからだろ!本当、いい迷惑だよ!」

「こっちはお前の存在が迷惑なんだよ!!」

「お前達!さっさとしろ!」

係の教師に怒られ、2人はしぶしぶ黙る。

「…しょうもない…」

先に試合を黒星で終えていた飛鳥が、奏子の横で呆れたように呟く。

「応援してあげなよー、同じクラスじゃん」

「どっちでもいいよ、私球技大会好きじゃないし」

飛鳥は「早く終わらないか」と、それしか考えていないらしい。

奏子は少し怪訝そうに飛鳥を見つめる。

⏰:10/05/28 22:21 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#289 [我輩は匿名である]
「……何か悩んでるだろ」

その横で、薫がぼそっと響子に声をかける。

「え?」

「お前の『眠たいだけ』ほど信用できないものはないからな」

薫は小さく笑う。

それを見てホッとしたのか、響子も安堵の笑みを浮かべる。

「…悩んでたけど、どうでも良くなった」

「そうか?まぁ、何かあったら言えよ」

「うん」

響子は頷いて、薫の肩にもたれ掛かる。

⏰:10/05/28 22:21 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#290 [我輩は匿名である]
「あいつ…僕の前で響子ちゃんといちゃつきやがって…!」

「いいからジャンケンするぞ!終わんねぇだろ!」

悔しそうに薫を見る良介に、直人はまた声を荒げる。

「じゃーんけーん」

直人の声に合わせて、2人は手を出す。

直人はパー、良介はチョキ。

一瞬、コート内がしーんと静まり返った。

「水無月ー!!!」

8組の男子たちが、一斉に直人に殴りかかる。

逆に、4組の男子達は両手を上げて喜びの声を上げる。

⏰:10/05/28 22:21 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#291 [我輩は匿名である]
「あーあ…」

クラスメイトに追い掛けられる直人の情けない姿に、奏子がため息をつく。

「……バレーとドッヂが消えたか…」

薫は腕を組んで考える。

「ハンドも負けたらしいよ」

飛鳥が薫に言う。

薫は「はぁ…?」と、自分のクラスの弱さに呆れ返る。

「か…薫、助けてくれよー!」

走るのに疲れた直人は、薫の後ろに座り込む。

「お前が余計な事するからだろ」

薫は自業自得だ、と突き放す。

⏰:10/05/28 22:22 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#292 [我輩は匿名である]
「響子ちゃん!見たかい!?僕の華麗なチョキを!」

同時に、良介は嬉しそうに響子の手を握る。

「おい…」

薫は目を光らせ、良介の手を振りほどく。

「てめぇ誰に断って響子の手ぇ握ってんだ…?」

「ふん、何故わざわざ君に断らないといけないんだ?」

良介も負けじと言い返す。

睨み合う2人が怖くなって、直人は四つんばいで移動し、飛鳥の隣に座った。

「はぁ、疲れた」

「お疲れ、なんかダサかったみたいだね」

⏰:10/05/28 22:22 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#293 [我輩は匿名である]
飛鳥はしれっと直人をからかう。

「っせぇな!お前はどうだったんだよ!?」

「負けた」

「人の事言えねぇじゃねーか!!」

汗だくのまま、直人は飛鳥に言い返す。

「あいつの事はほっときなよ、月城が自分で何とかするよ」

飛鳥はめんどくさそうに忠告する。

「いいじゃん、別に」

そう食い付いたのは、直人ではなく奏子だった。

「それだけ友達思いって事じゃん?ね、水無月」

⏰:10/05/28 22:22 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#294 [我輩は匿名である]
「(……最近やたら水無月の肩持つな…)」

直人の事を好きだとはいえ、見ていて少し腹が立つ。

飛鳥もムッとし、目を逸らす。

「なんだよ、お前。いじけてんのか?」

相変わらず鈍感な直人は、笑って飛鳥の肩を叩く。

「い、いじけるわけないだろ!?何で私が!」

「お前、前からいじけやすい性格だったし」

直人は言い切ってからハッとする。

うっかり晶の事を差す話をしてしまった。

直人は「ごめん」と言いたそうに、飛鳥に視線を送る。

⏰:10/05/28 22:23 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#295 [我輩は匿名である]
「ばか!」

飛鳥もそれに気付き、直人の肩を拳でたたく。

「痛っ!」

「お前のそういう鈍感すぎる所、いい加減どうにかなんないわけ!?」

「だから、ごめんって!」

ギャーギャー言い合う直人達を、奏子はじっと見つめる。

「(『前から』って…どういう意味だろ…?)」

そんな事を考えながら。

⏰:10/05/28 22:23 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#296 [我輩は匿名である]
その後、野球の2回戦の時間になり、直人達は運動場に移動する。

8組は既に野球しか生き残っていないため、クラスメイトは全員観戦にまわってきている。

「(要するに、8組は全員俺に賭けてるって事だな)」

バッターボックスに入り、薫はふと考える。

野球の中でも、変に注目を浴びてしまった。

「(……いいじゃないか、こういうプレッシャーも)」

薫はニヤッと、不敵な笑みを浮かべる。

「(…怖い…)」

薫の様子を見て、ピッチャーは少し怯える。

そして、丸腰のままボールを投げた。

⏰:10/05/28 22:24 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#297 [我輩は匿名である]
しかし、そのボールは案の定、自分の頭を高々と越えて飛んでいった。

「よく打つねぇ…」

ボールを追い掛けていく外野の生徒達を見ながら、飛鳥が声を漏らす。

「あんたとは大違いだね」

「うっせぇな!」

未だにからかってくる飛鳥に、直人は大声を上げる。

しかし、少しして真面目な顔で飛鳥に言った。

「…悪かったな、さっき口滑らせて」

自分から謝るのは照れ臭くて、直人は少し下を向く。

奏子もハンドボール2回戦でコートに入っているため、この場にいない。

⏰:10/05/28 22:24 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#298 [我輩は匿名である]
「え?何か言った?」

飛鳥は耳をたてて直人に聞き直す。

また言わなければいけないのかと、直人はちょっと顔を赤らめる。

「1回で聞けよ!!」

「だって周りがうるさくて聞こえないもん!!」

薫のホームランへの歓声にかき消されて聞こえなかったらしい。

「だから!悪かったなって!さっき安斎の前であの話して!」

直人はちょっと顔を赤くしながら、再度飛鳥に謝る。

今度はちゃんと聞き取って、飛鳥はフッと小さく笑った。

⏰:10/05/28 22:25 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#299 [我輩は匿名である]
「いいよ!そんなの!」

飛鳥も大声で返事する。

「ありがとな!」

「どういたしまして!」

2人は言いながら笑い合う。

⏰:10/05/28 22:25 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#300 [我輩は匿名である]
少しずつ、歓声がおさまってきた。

「…お前、晶の時から運動嫌いだっけ?」

奏子がいないのを確認して、直人は飛鳥に尋ねる。

「うん、あんまり好きじゃなかった」

飛鳥は頷く。

「そのわりには走るの速かったじゃん。あの…お前に付きまとってた奴から逃げる時」

「…あぁ、美代ね。ウザかったな…あいつ」

「つーか、あいつが元凶だしな」

美代の事を思い出し、2人はどんよりとした表情でうつむく。

⏰:10/05/28 22:26 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#301 [我輩は匿名である]
「……でもまぁ」

飛鳥が顔を上げて言う。

「あいつが邪魔して来なかったら、今あたし達ここにいないんだよね。

…変な言い方だけど、おかげで目が覚めたっていうか」

「…何から?」

「………いろいろ!」

上手く説明出来なくて、飛鳥は短く答えた。

⏰:10/06/01 20:17 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#302 [我輩は匿名である]
ろくに友達も作れない性格だった自分。

それを親に捨てられたからだと言って逃げていた自分。

要がいないと生きていられなかった、未熟な自分。

そんな自分に、さよなら出来た。

飛鳥はそう考え、少し笑う。

彼女が何を考えているのかわからず、直人は首を傾げる。

「…ま、何かわかんねぇけど、吹っ切れたんなら良かったな」

考えるのが嫌いな直人は、ニッと笑う。

飛鳥も「うん」と頷く。

⏰:10/06/01 20:18 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#303 [我輩は匿名である]
「弟は?何も言ってきてないか?」

「うん、あれからは何も」

「そっか。また嫌み言われたら言えよ。怒鳴り込みに言ってやるから」

「ははっ。あんたってたまに頼もしいよな」

「俺が頼もしいのはいつもの事だろ」

「それはないね」

「はぁん!?」

「青春ねぇ〜♪」

飛鳥の隣にいた響子が、2人のやりとりを見てやっと口を開いた。

⏰:10/06/01 20:18 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#304 [我輩は匿名である]
「お前いたのかよっ!」

「失礼ね、最初からいたわよ。ねぇ?」

「うん。喋らないなぁとは思ってたけど」

飛鳥は苦笑して頷く。

「だって、2人の世界に入っちゃってるから…邪魔しちゃいけないでしょ?」

響子はにっこり笑う。

『2人の世界』と言われて、直人と飛鳥は何だか恥ずかしくなって、

お互い顔を赤くして目を逸らす。

「(…両想いにしか見えないのに、何で2人とも気付かないんだろ…?)」

2人の様子を、響子は少しもどかしく思いながら見つめる。

⏰:10/06/01 20:19 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#305 [我輩は匿名である]
「で、試合どうなってんだ?」

直人は話を変えて、試合に目を向ける。

「薫のおかげで圧勝よ」

響子は笑顔でそう言いながら得点板を指差す。

4回裏で10対3という点差。

といっても、9回までやっていると終わらないので、5回裏で終わるルールなのだが。

「…すごいね、あいつ天才じゃない?」

「そりゃ、子どもに野球教えるんだって張り切ってるぐらいだからね」

3人はそれぞれ話ながら、バット片手にクラスメイトと喋っている薫を見る。

⏰:10/06/01 20:19 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#306 [我輩は匿名である]
「負けた負けたー!」

3人が黙っていると、試合を終えた奏子がやってきた。

「なんだ、みんなこっち見てたんだ」

奏子はつまらなそうに口を尖らせる。

「だってハンドボール好きじゃねーし」

直人は眉間にしわを寄せて言い返す。

すると、ちょうど野球の試合も終わったらしく、男子たちが整列している。

「…次って準決勝か?」

「そうみたいだね」

直人に聞かれ、飛鳥は頷く。

⏰:10/06/01 20:19 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#307 [我輩は匿名である]
「んー、見飽きてきたな…」

割と飽きっぽい直人は、腕を組んで呟く。

「俺、茶飲んでくるわ」

「あっ、私も行く!」

教室に向かう直人に付いて、奏子も走りだした。

「…行かなくて良いの?」

響子は飛鳥に尋ねるが、飛鳥はけろっとしている。

「だって、私今日お茶持ってきてないし」

「あ、そう…」

意外とあっさりしている飛鳥に、響子は「いいのかな、それで」と思いながらため息を吐いた。

⏰:10/06/01 20:20 📱:N08A3 🆔:KmSiWdQY


#308 [我輩は匿名である]
一方直人達は、靴を履き替えるのが面倒なので、靴下で教室に向かっていた。

「…なんかさ」

階段を上る途中、奏子が口を開いた。

直人は歩きながら「何?」とだけ返事する。

「最近、あんまり学校楽しくないんだよね…私」

奏子はいきなり、そんな話を始めた。

いつも元気な奏子がそんな事を言ったため、直人はきょとんとして足を止める。

「どうしたんだよ?いきなり」

「…ほら、私だけ都市伝説の本もらってないじゃん?だから響子達の話に入れなくて」

奏子は苦笑いして言う。

⏰:10/06/04 08:41 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#309 [我輩は匿名である]
「あ、2人とも私の前でそんな話しないよ?

しないけど…5人でいる時とかにそんな話になったりするじゃん?

それで、ちょっと…ね」

「あぁ…」

直人は「確かにな」と頭を抱える。

「悪かったな、そういうの気付いてやれなくて」

「…えっ?いや、気付いてほしかったわけじゃ…」

急に謝られて、奏子は慌てて否定する。

しかし、直人は勝手に「そうだよな」と話を進める。

⏰:10/06/04 08:42 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#310 [我輩は匿名である]
「なんつーか、話してると勝手にそっちの話になっちまうんだよ。

でも、前世の記憶なんか無い方が良いぞ?」

「何で?」

「…なんか、それに縛られてる感じがするっていうか。

…俺は、な。薫達はあった方がいいのかもしれねぇけど」

直人は髪を触りながら首をかしげる。

「ふぅん…。いろいろあるんだね、みんな」

「そりゃな。神崎はどうなのかわかんねぇけど…。

あぁ、でもあいつにはあった方がいいかもな」

直人は本の話の内容はしないようにと心がけながら話す。

⏰:10/06/04 08:42 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#311 [我輩は匿名である]
「…やっぱ、あんたと飛鳥って関係あったんだね」

奏子は、かまをかけるように直人を見る。

「…まぁ、あるっちゃあるけど」

直人は曖昧な返事をして、逃げるように階段を上り始める。

「(やべぇな…何かポロッと言っちまいそうだ…)」

困り果てて髪をぐしゃぐしゃにしながら、直人は自分の教室に入る。

「(さっさと茶飲んで、神崎達の所に行こ…)」

ペットボトルの茶を飲みながら、運動場を見てみる。

薫達はさっきの試合に引き続き、準決勝の試合に入っている。

「(……前世の記憶が無かったら、みんなどうなってたのかな…?)」

⏰:10/06/04 08:42 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#312 [我輩は匿名である]
運動場にいる3人を見ながら、直人は考える。

「(香月は前、『前世の記憶が無くても、薫を好きになったかも』って言ってたな。

でも、薫に前世の記憶が無かったら…なんか、想像できないな)」

直人よりも前から前世の事を知っていた薫。

直人にとって、薫はある意味先輩のようなもの。

その薫に前世の記憶が無かったら、なんて考えられない。

「(…生まれ変わる為に、あんな腹黒いもやしになったんだよな。

だったら、前世の記憶を持って生まれてこなかったら…

もっと明るくて、毎年インフルエンザにかからない丈夫な奴だったのか?

……明るくて元気な薫とか…気持ち悪いな…)」

⏰:10/06/04 08:43 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#313 [我輩は匿名である]
奏子のような性格の薫を想像してみると、なんだか寒気がした。

「(…薫の事考えるのはやめよ。

神崎は…神崎はどうなるんだろ?もっと平和な育ち方したのか?

…いや、もしかしたら、もっと引きこもりになってたかも……)」

有り得る。考えながら自分で頷く。

窓際でボーッとしている直人を、奏子は「何してるんだろう?」と眺める。

「(つーか、俺達は何を代償にされたんだろ?

薫は心と健康な身体…。薫の前世って…どんな奴だったんだろ…。

……いやいや、それは今どうでもいい。香月や俺、神崎は…何を取られたんだろ?)」

手摺りに肘をついて、直人は首をひねる。

⏰:10/06/04 08:43 📱:N08A3 🆔:K5pa3eMc


#314 [我輩は匿名である]
「(なんだったんだろうなぁ…?今の…)」

運動場に向かいながら、直人はポケットに手を突っ込みながら考える。

「さっき、何考えてたの?あんた」

奏子が不思議そうに尋ねてくる。

窓際で、黄昏るような雰囲気で外を眺めていた直人。

いつもとは違うその様子が、奏子は気になっていたらしい。

「あ?いや…まぁいろいろな」

直人はそう言ってはぐらかす。

本の事について聞かれるのも、だんだんめんどくさくなってきた。

奏子は「いろいろ?」と、不満そうに直人を見ている。

⏰:10/06/06 13:49 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#315 [我輩は匿名である]
「そう。いろいろあるんだよ、俺にだって」

はぁっとため息をつきながら、少し歩くスピードを速める。

これ以上聞かれると、めんどくさくて全部話してしまいたくなる。

でも、飛鳥はそれを拒んでいる。

直人はもう、運動場まで走っていきたい気持ちでいっぱいだったが、

そこまであからさまな素振りはしたくない。

奏子と2人きりになる事に、変なプレッシャーを感じるなんて、思っていなかった。

奏子も、直人が考えている事が何となくわかったのか、それ以上何も聞こうとはしなかった。

⏰:10/06/06 13:49 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#316 [我輩は匿名である]
「あっ、おかえりー」

運動場に戻ってきて、響子たちが声をかける。

「おぅ、ただいま」

直人はホッとした気持ちで返事をし、響子と飛鳥の間に割って入る。

「何も余計な事喋らなかった?」

響子がにっこり笑って、ボソッと直人に尋ねる。

「何も喋ってねーよ」

直人はまた、大きくため息をつく。

飛鳥はそれをじっと見つめる。

「ねー、試合どうなってんの?」

⏰:10/06/06 13:50 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#317 [我輩は匿名である]
飛鳥の隣に来た奏子が、飛鳥の肩をトントンとたたく。

「…勝ってるみたいだよ、ほら」

飛鳥は得点板を指差す。

得点は3対2。

準決勝らしく接戦になっているが、何故か負ける気配はない。

「……やっぱ野球の神様なんじゃない?あの子」

「野球に限らず神様よ」

「それお前の中だけな」

「(…早く終わらないかなぁ…)」

薫の雄姿にうっとりしている響子に突っ込む直人の横で、飛鳥はつまらなそうに得点板を見つめる。

⏰:10/06/06 13:51 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#318 [我輩は匿名である]
「……神様、か」

奏子がふと呟いた。

「何て?」

何を言ったのか聞き取れず、飛鳥が奏子の方を向く。

「……神様ってさ、本当にいるのかな?」

奏子は意外にも真剣そうな表情で、そんな事を言いだした。

飛鳥はただきょとんとしている。

「……どうしたの?急に」

「…さぁ?何だろうね。何か、何となくそう思ってさ」

自分でもよくわからなかったのか、奏子は苦笑する。

⏰:10/06/06 13:51 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#319 [我輩は匿名である]
「でも…何で私だけ、前世の本もらえないのかなぁって思う時があるんだよね。

…なんか、資格とかいるのかなぁー…とか」

奏子の話に、飛鳥は首をかしげる。

「……どうなんだろうね」

言いながら、飛鳥も考えた。

自分はきっと、未練があった。だから代金を支払って“生まれ変わる”事が出来た。

響子と薫の場合は“約束”を果たす為。

ここまでは、皆前世に未練があったと一括りに出来る。

しかし、直人だけはそうではない気がしたのだ。

要には今日子のように、魂だけになってもこの世に留まる力などなかったはずだ。

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#320 [我輩は匿名である]
現に、直人の本は、要が死ぬところで話は終わっていた。

晶を助けた後、まさか晶が後を追って自殺したなんて知るはずもないし、

要の事だから、「俺がいなくても幸せになってくれるだろう」なんて事を考えてもおかしくない。

要の性格などから考えても、未練を残す事はあまり考えられないのだ。

だったらなぜ、直人はあの本をもらう事になったのだろう?

飛鳥はそれが気になっていた。

「……また何か難しい事考えてんのかよ?」

飛鳥が黙って眉間にしわを寄せて考え込んでいるのを見て、直人が声をかける。

「……奏子と、本をもらう条件って何なんだろうって話してたんだ」

飛鳥は顔を上げて答える。

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#321 [我輩は匿名である]
「またそんなめんどくせー話…」

直人はげんなりしたように肩を落とす。

「そんなの、この世に未練があった人だけでしょ」

響子があっさりと答える。

「そうも思ったんだけどさ、じゃあこいつは何で本もらえたんだろ?

未練とか、そういうの考える暇がないまま死んだじゃん?」

奏子が横にいるのも忘れ、飛鳥は直人を指差す。

響子や奏子は、じーっと直人を見る。

「……まぁ、確かにねぇ」

「事故って死んだんだっけ?あんた」

⏰:10/06/06 13:52 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#322 [我輩は匿名である]
「あ?あぁ…」

3人から見られて、直人は困ったように後ずさる。

「……ど、どうでもいいじん、そんな事」

「まぁ、どうでもいいと言えばどうでもいいけどね」

飛鳥ほど気にはならないらしく、響子はそう言って試合に目を向ける。

「…あら、いつの間にか終わってたみたいね」

響子に言われて、3人もそっちに目をやる。

薫たちの対戦相手だった生徒達が引きあげると同時に、決勝戦で戦うチームが入ってきている。

体操服の色からして、3年生のようだ。

「おい、そこの」

左肩にコールドスプレーを吹き掛けていた薫に、大将らしい生徒が話し掛ける。

⏰:10/06/06 13:53 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#323 [我輩は匿名である]
「…はい」

背後から話し掛けられて、薫は振り向く。

「(……こいつ、野球部のキャプテンだった奴か)」

高校総体の壮行会の時に見たことがあった。

「お前、あんな速さの球ばっかり打ってて楽しいか?」

この夏までキャプテンだったその男子が薫に言う。

「どういう意味ですか」と、薫は首をかしげる。

「あんな、誰にでも打てる球しか相手に出来なくて、つまらなくないか?

どこで経験積んだのか知らねぇけど、結構良い腕してるみたいだしよ。

……ちょっと、本気で投げてみてぇなって思ったわけ」

⏰:10/06/06 13:53 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#324 [我輩は匿名である]
元キャプテンは、少し笑ってそう言った。

薫は少し考える。そんなに簡単にルール変更できるのだろうか?と。

しかし、フッと笑い返して薫は言った。

「…確かに、正直面白くないな、とは思ってたんですよ。

12年も野球やってたんだし、本気出せるんなら出したいですね」

「(12年…?こいつ、いつから野球やってんだ…?)」

元キャプテンは少々疑問に思いながらも、薫の返事に笑みを浮かべた。

「じゃあ、やるんだな?」

「えぇ、受けて立ちましょう」

⏰:10/06/06 13:54 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#325 [我輩は匿名である]
「……何だ?あいつ」

「喧嘩でも売られてるんじゃないの?」

2人が何を話しているのかわからず、直人達は遠くからそれを見つめている。

「………あの人さぁ」

黙って薫の話し相手を見ていた奏子が口を開く。

「知ってんの?奏子」

「この間まで野球部キャプテンだった、ピッチャーの人じゃない?」

奏子の言葉に、3人は一瞬きょとんとする。

「…マジで!?」

「じゃあ絶対喧嘩じゃん。『お前調子乗んなよ』…みたいな」

⏰:10/06/06 13:54 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#326 [我輩は匿名である]
直人と飛鳥は奏子と話し合う。

が、響子はじーっと、審判と話している薫達を見つめる。

しばらくして、グラウンド中にアナウンスが流れた。

『野球の決勝試合では、一部の生徒のみ、

“スローボールしか投げてはいけない”というルールから除外される事になりました』

「…はぁ…?」

直人は思わず首をかしげる。

同時に、ギャラリーも「何事か」とざわつき始めた。

「何だ?どういう事だ?」

「ようするに、手加減抜きで投げてくるって事じゃないの?」

⏰:10/06/06 13:55 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#327 [我輩は匿名である]
「えっ!?そんなん有りかよ!?

あいつキャプテンなんだろ?ピッチャーなんだろ!?ヤバいじゃん!!」

「年上の人の事『あいつ』とか言わない」

ギャーギャー騒ぐ直人の横で、飛鳥が冷静に言い返す。

「でも、薫も結構やる気みたいよ」

ほら、と、響子は薫を指差す。

⏰:10/06/06 13:56 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#328 [我輩は匿名である]
「…ギャラリーがうるさいな。本当にいいんだな?」

投げる前に、元キャプテンが薫に呼び掛ける。

「いいですよ。思いっきり投げて下さい」

薫も、元キャプテンに届くように、少し声を大きくして答えた。

元キャプテンは笑って、地面を踏みしめてボールを構える。

そして、大きく肩を回して、キャッチャー目がけて思いっきりボールを投げた。

パァン!という音がして、ボールがキャッチャーのグローブにあたる。

薫はバットを振る素振りを見せず、キャッチャーに捕まれたボールを横目で見る。

「…手が出なかったか?ストレートだぞ」

ボールをピッチャーに返しながら、キャッチャーが薫に言う。

⏰:10/06/06 13:57 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#329 [我輩は匿名である]
「……速いですね。125km/hってとこですか?」

「………はっ、見てただけかよ」

薫の表情を見て、キャッチャーは呆れたように笑う。

ピッチャーはまた、ボールを構え、投げてくる。

薫は飛んでくるボールを目で追い、勢いよくバットを振った。

カン!と音がして、ボールがバットに当たる。

しかし、ボールはラインの外に転がっていった。

「……ファールか」

薫は小さく舌打ちをして構え直す。

⏰:10/06/06 13:57 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#330 [我輩は匿名である]
「おい…勝てんのかよ?」

直人達はハラハラしながら薫を見つめる。

「お前、薫が負けたら絶対あのピッチャー殺しに行くだろ」

「どうでもいいわ、ピッチャーなんて」

直人に言われて、響子はきっぱりと答える。

「野球に燃える薫、かっこいい…♪」

「…燃えてんの?あれ」

「燃えてるじゃない!」

「わかんねーよ!!」

直人が響子に言い返した瞬間、再びバットの快音が響き渡った。

⏰:10/06/06 13:58 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#331 [我輩は匿名である]
ギャラリーが声を上げる中、4人はそろって視線を戻す。

ボールが二塁と三塁の間を抜けている間に、薫は一塁まで走る。

「おー!すげぇ!!」

「かっこいい薫ー!!!」

「(延長戦とかなったら嫌だなー…)」

興奮している3人を尻目に、ボールがくる前に一塁に着いた薫は、右手で左肩をさする。

⏰:10/06/06 13:59 📱:N08A3 🆔:p4xWyoPk


#332 [我輩は匿名である]
「(……さすがに、使いすぎると違和感あるな…)」

骨折から2〜3ヶ月経ち、リハビリも終えているが、やはりまだ少し違和感を感じる左鎖骨。

さっきから感じていたのだが、今のバッティングで増強した気がするらしい。

「(…あんまり振らない方がいいな…。次はバントでいくか…?

でもランナーがいないと意味ないし…)」

そう考えている間に、仲間達が次々にアウトを取られていく。

⏰:10/06/08 17:09 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#333 [我輩は匿名である]
「(………ホームランでも打たない限り、勝てそうもないな。

また痛めると響子が心配するだろうし、今回は無理しないでおくか…)」

ちょっとつまらないが、仕方がない。

薫は小さくため息をつきながら、空振り3振するクラスメイト達を見ていた。

結局、3回裏が終わって0対3。おまけにノーランナーでツーアウト。

「(……ここで打たなきゃ終わりだな…)」

バットを構えながら、薫は肩を落とす。

ここでつなげないと、おそらく5回に自分の打席は回ってこない。

⏰:10/06/08 17:09 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#334 [我輩は匿名である]
「……大変だな、頑張ってんのによ」

「支えるのが1人じゃ勝てませんよ」

薫は苦笑してキャッチャーに言う。

ピッチャーは大きく振りかぶって、ボールを投げてくる。

打てる。

そう思ったが、薫はバットを持つ手を動かさず、

ボールはキャッチャーのグローブに吸い込まれるようにおさまった。

⏰:10/06/08 17:09 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#335 [我輩は匿名である]
「(……速いな…。あの時この骨折ってなかったら、楽に打てるんだろうが…)」

「諦めたのか?」

キャッチャーが尋ねてくる。

「……いえ、ちょっと」

薫は短く答え、再びバットを構える。

痛みは感じないが、あまり使いたくない。

1回のスウィングに賭けるか、諦めるか、それとも…。

⏰:10/06/08 17:10 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#336 [我輩は匿名である]
「(くそ…あの大橋とか言う女…見かけたらバットで殴り殺してやるのに…)」

薫が骨折する原因である女子生徒・大橋怜奈は、事件後退学処分となっている。

久しぶりに彼女の事を思い出し、薫は不機嫌そうにピッチャーを見つめる。

「(……なんだ?いきなりキレてるような顔して…)」

ピッチャーは薫に睨まれているような気がしつつも構える。

「……やっぱりキャプテンは格が違いますね」

薫はボソッと呟く。

「ん?」

「…あと1年遅く生まれてくれたら、もう1回勝負出来てたのにな」

⏰:10/06/08 17:10 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#337 [我輩は匿名である]
何を考えているのかと、キャプテンはきょとんとする。

ピッチャーが球を投げてくる。

が、薫はまたもバットを振らず、ストライクボールを見送った。

「何やってんだ?あいつ!やる気あんのかよ!?」

フェンスを掴み、直人が声を荒げる。

しかし、響子は無言のまま薫を見つめる。

⏰:10/06/08 17:10 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#338 [我輩は匿名である]
「どうしたんだ?やる気失せたか?」

急に打たなくなった薫に、ピッチャーがたまらず声をかける。

「やる気はありますよ、身体がついてこないだけで」

薫は一旦バットを下ろして答える。

「(…怪我でもしたのか?)」

ピッチャーは思いながら、薫の身体を見るが、一見異常なさそうに見える。

「…代打出すか?」

「ははっ、冗談止めて下さいよ」

薫は笑いながら、再びバットを構える。

⏰:10/06/08 17:11 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#339 [我輩は匿名である]
「俺の野球姿を見て喜んでる奴がいるんでね。死んでも代打なんか出しませんから」

ピッチャーもキャッチャーも、一瞬ぽかんとして薫を見る。

しかし、ピッチャーはニッと笑い、「いいだろう」とボールを構える。

「へっ、彼女かよ」

キャッチャーも皮肉をこめた笑みを浮かべる。

「…まぁ、そんなところですかね」

投げるモーションに入っているピッチャーを見ながら薫は言う。

その直後、ピッチャーがボールを投げた。

⏰:10/06/08 17:12 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#340 [我輩は匿名である]
クラスメイト達は、祈るような気持ちで薫を見つめる。

しかし、薫はバットを振る瞬間、左手を離した。

「ちょっ、お前…!」

びっくりして、キャッチャーが思わず声を漏らす。

薫は右手だけで金属バットを振ったのだ。

ボールは見事にバットに当たり、右手首に痛みが走る。

そのまま無理矢理打ち飛ばしたボールは、まっすぐ飛んでいく。

⏰:10/06/08 17:13 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#341 [我輩は匿名である]
ピッチャーが手を伸ばせば、充分に届く距離に。

パシッという音を立てて、ピッチャーのグローブがボールを掴む。

ギャラリーも選手達も、息を呑んでそれを見つめていた。

「アウト!チェンジ!」

審判の声が響き渡る。

相手チームの外野たちが、もう試合が終わったかのように、はしゃぎながら走ってくる。

⏰:10/06/08 17:13 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#342 [我輩は匿名である]
「はぁ…」

薫はため息をついて、左手にバットを持ちかえながらベンチに戻る。

「悪い。捻挫したから、二塁の守り代わってくれないか?」

補欠の男子にそう言って、薫はベンチに腰を下ろす。

そして、0対5まで点差が開いた後、試合は終わった。

⏰:10/06/08 17:13 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#343 [我輩は匿名である]
「礼!」

「ありがとうございました!」

審判の声に合わせて、選手達は互いに頭を下げる。

「もったいないな。お前が野球部に入ってくれれば、安心して卒業出来るのに」

挨拶を終え、ピッチャーが薫に話し掛けてきた。

まるで死ぬような言い方だな。薫は小さく笑う。

「坊主にすると、俺多分殺されますから」

「…誰に?」

⏰:10/06/08 17:14 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#344 [我輩は匿名である]
「こいつ、彼女いるらしいぜ」

キャッチャーも話に入ってきた。

「…え、マジで?」

「薫!!」

薫の背後で声がした。

振り向いてみると、響子がかなり怒った顔で立っている。

「…例の彼女か?」

「何であんな打ち方したのよ!?手痛めるの当たり前でしょ!?」

響子は怒鳴り付けながら薫に詰め寄る。

⏰:10/06/08 17:15 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#345 [我輩は匿名である]
「いや…動かしすぎると、また左肩痛めそうだったからさ」

薫は答えながら、左の鎖骨辺りをさする。

その仕草を見て、響子は動きを止めた。

「……階段から落ちた時の、あの怪我の事?」

「…まぁ、な」

薫は誤魔化そうとしながらも頷く。

「“階段から落ちた”って…こいつ、あの階段事件で突き落とされた奴だったのか?」

「あぁーなるほどな」

2人の様子を見ながら、ピッチャーとキャッチャーが小声で話し合う。

⏰:10/06/08 17:15 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#346 [我輩は匿名である]
「……そっち痛める方が、絶対お前に怒られると思って」

薫は苦笑し、響子の頭を撫でる。

響子はしゅんとしたように下を向く。

「こいつ、あんたの為にあんな打ち方したんだぜ。

『俺の野球姿見て喜んでる奴がいるから』ってな」

キャッチャーがニヤニヤしながら響子に言う。

バラされると思っていなかった薫は、顔を赤らめて「ちょっと!」と彼を睨む。

響子はゆっくりと顔を上げ、薫を見る。

⏰:10/06/08 17:16 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#347 [我輩は匿名である]
薫は恥ずかしそうに顔を背けている。

それを見て、響子は嬉しそうに笑って薫に抱きついた。

「なぁ、その子がお前の彼女?」

2人がからかうように薫の肩を持つ。

いらん事を言わなきゃ良かった。薫は思いながら笑った。

「そうですよ」

断言する薫に、2人は絶句する。

⏰:10/06/08 17:16 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#348 [我輩は匿名である]
「いつまでいちゃついてんだ、あいつら」

「さぁ?ま、いいんじゃないの?」

彼らの微笑ましい様子を、直人や飛鳥は遠くから眺めていた。

⏰:10/06/08 17:17 📱:N08A3 🆔:JzbPbZSE


#349 [我輩は匿名である]
「やっと帰れるな」

帰り道、飛鳥は直人に話し掛ける。

奏子はバイトに行き、響子は薫の捻挫の手当てに付き添って

保健室に行っているため、2人で帰ってくる事になったのだ。

「そんなに帰りたかったのかよ」

「好きじゃないんだもん、運動」

「絶対人生損してるぞ」

「嫌いなもんは嫌いなんだよ!仕方ないだろ!

晶の時から運動大っ嫌いだったんだから!」

飛鳥は開き直ったように言い返す。

⏰:10/06/10 18:56 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#350 [我輩は匿名である]
直人が笑って返事をしようとした時。

「ふぅん、意外だなー」

直人の背後で、若い男性の声がした。

振り向いてみるが、誰もいない。

「…今何か言ったか?」

「いや?」

飛鳥はきょとんとしている。

声も彼女のものではなかった。

「どうかしたの?」

⏰:10/06/10 18:57 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#351 [我輩は匿名である]
「今、男の声が聞こえてきたんだけど。もしかして幽霊!?」

幽霊は怖くない直人は笑うが、飛鳥はかなり嫌そうな顔をしている。

「何だよ?」

「幽霊なんかいるわけないだろ!?変な事言うな!!」

飛鳥はものすごい剣幕で言い返してきた。

直人はきょとんとしてそれを見る。

「……お前、もしかして……幽霊怖い、とか?」

「…な…っ」

直人に図星を突かれて、飛鳥はちょっと顔を赤くする。

⏰:10/06/10 18:58 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#352 [我輩は匿名である]
「そっ、そんな事…」

「はっはーん、そうか。お前お化け怖いのか」

「こっ、怖くない!」

ニヤニヤしてからかってくる直人に、飛鳥は大声で言い返す。

しかし、直人は全く信じない。

「そーゆーの全然平気そうなのにな。じゃああれか?

香月の前世が幽霊だった話とか聞いてる時も、怖がってたわけ?」

「………それは……」

「死にかけてる男の前で、悲しそうに立っている髪の長い女…。うはっ、怖ぇ」

⏰:10/06/10 18:58 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#353 [我輩は匿名である]
もはや死神じゃねぇか、と直人は笑う。…が。

「(……悲しそうに立っている…髪の長い女…)」

飛鳥は真剣に想像する。

こういう事を考える時、何故かありえない程恐ろしい顔の幽霊が思い浮かぶもの。

頭の中で、もはや原型である今日子の顔からかけ離れた、気味の悪い女性が出来上がった。

「(………今日、お風呂入るのやめようかなぁ……)」

1人で勝手に暗くなっている飛鳥を見て、直人はちょっと慌ててフォローに入る。

「ま、まぁほら、香月みたいな奴が幽霊でも、全然怖くねぇけどな!

顔も可愛いし、背ちっこいし?むしろ薫の方が…」

⏰:10/06/10 18:58 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#354 [我輩は匿名である]
「……月城が幽霊だったら…確実に呪い殺される……」

2人の頭の中に、血まみれの服に包丁を握り、半笑いで立っている薫の姿が思い浮かぶ。

「………やめよう。さすがに俺も怖くなってきた…」

「だから言ったじゃん…。夢に出てきたらどうしよう…」

泣きそうな顔で飛鳥はうつむく。

「でも何だったんだろ?俺が聞いた声。どっかで聞いた事ある気もしたけど…」

気まずくなってきたので、直人は話を戻す。

「……うめき声とか、そういうの…?」

飛鳥が恐る恐る尋ねる。

⏰:10/06/10 18:59 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#355 [我輩は匿名である]
「違ぇよ。『ふうん、意外だな』って…」

「…そんなのんきそうな幽霊、初めて聞くんだけど」

「何で」とでも言いたそうに、飛鳥が言う。

「俺だってこんなの初めてだっつの」

「…まぁ、怖くなさそうな幽霊で良かったね」

「そっちかよ」

俺が気になってるのはそっちじゃない。直人は心の中で呟く。

「まぁ、そのうち思い出すんじゃない?空耳だったかもしれないし」

「んー…」

⏰:10/06/10 18:59 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#356 [我輩は匿名である]
軽くあしらわれてしまい、直人はちょっと不満そうに首をかしげる。

「…もう忘れちゃったのか」

「ん?」

直人は思わず顔を上げる。

「神崎、お前今何か言ったか?」

「しつこいな、言ってないって」

飛鳥はちょっとうっとうしそうに答える。

「…本当に、今『もう忘れちゃったのか』って言わなかったか?」

「言ってないって。何なんだよ」

⏰:10/06/10 19:00 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#357 [我輩は匿名である]
しつこい直人に、飛鳥はちょっとムッとしている。

「…またさっきの声がした」

直人はぽかんとした表情で言う。

さすがに、飛鳥の顔から血の気が引く。

「………こ、怖い事言うな!もう先帰る!」

「あ?ちょっ…」

⏰:10/06/10 19:00 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#358 [我輩は匿名である]
直人が止める間もなく、飛鳥は怖がって、走って逃げていった。

「……何なんだよ…」

直人はその場でしばらく、腕を組んで立ち尽くす。

しかし、それ以降は何も聞こえなかったため、とぼとぼと1人で帰っていった。

⏰:10/06/10 19:00 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#359 [我輩は匿名である]
「幽霊?」

次の日、直人は薫に幽霊の話をしてみた。

「そう。昨日帰りに、誰もいないのに声が聞こえてきたんだ」

「ふうん…お前、霊感あったんだな」

薫は呑気に言いながら、手首に貼られた湿布を気にしている。

「そーゆーのはどうでもいいんだよ!」

直人はバンッ!と机をたたいて声を荒げる。

幽霊ごときにキレる直人に、薫はきょとんとする。

「俺が気にしてんのは、その声なんだよ!」

⏰:10/06/10 19:01 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#360 [我輩は匿名である]
「声?」

「俺が知ってる声なんだよ!誰だかわかんねぇけど!」

「(そんな事言われても…)」

薫は少し呆れながら首をかしげる。

「神崎の声じゃないのか?一緒に帰ってただろ」

「いーや違う」

直人は首を振って断言する。

「だって、男の声だぜ!?クラスの奴の声でもなかったし…」

「……何か言われたのか?」

⏰:10/06/10 19:01 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#361 [我輩は匿名である]
「『ふうん、意外だな』って」

「…何だそれ…」

いきなりそんな事を言う幽霊がいるのかと、薫はますます呆れる。

「聞き間違えじゃないのか?」

「違ぇよ!その後も『もう忘れちゃったのか』って言われたし!」

直人は必死に説得するが、薫は「うさんくさい」という表情で聞いている。

「本当だって!」

「…まずさぁ」

薫がため息をつきながら口を開く。

⏰:10/06/10 19:01 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#362 [我輩は匿名である]
「お前の他に、誰か同じ道歩いてたとか…」

「誰もいなかった」

「じゃあ何か考えてたのか?」

「……考えてた」

「何を?」

「石川晶も運動嫌いだったのか、へぇーって」

「(…何だそれ…)」

全く話がつかめなくて、薫は眉間にしわを寄せて腕を組む。

「なんかな、神崎が運動嫌いって話してたんだよ」

⏰:10/06/10 19:02 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#363 [我輩は匿名である]
「はぁ…」

「で、あいつが『石川晶が運動嫌いだったんだから仕方ない』って…」

「…ふうん…。確かに球技大会の時テンション低かったな」

薫は結構どうでも良さそうに返事をする。

「だろ?…って、俺そんな話したいんじゃねぇんだよ!」

「いつか言うと思ってた」

薫は呆れたように笑って言った。

⏰:10/06/10 19:06 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#364 [我輩は匿名である]
「(…でもそれって、普通に考えて…)」

薫は考えながら、悩んでいる直人を見つめる。

「(……まぁ…俺が言うより、自分で気付いた方が良いか…)」

「なぁ、俺、何か恨まれてんのかなぁ?」

直人は特に気にしてなさそうに呟く。

「さぁ?俺にはさっぱりわからないな」

「ちぇっ。いいよ、自分で考えるから」

直人は口を尖らせて、自分の席に戻る。

⏰:10/06/10 19:06 📱:N08A3 🆔:BePAOuBw


#365 [我輩は匿名である]
「なぁ」

席に座ると同時に、今度は飛鳥が話し掛けてきた。

「ん?」

「今日は、例の幽霊はいないの?」

飛鳥は暗い顔で尋ねる。

「あ?あぁ、今日はまだ何も」

直人は椅子の上であぐらをかく。

すると、飛鳥は少し恥ずかしそうな顔で、直人にある物を手渡した。

⏰:10/06/12 19:57 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#366 [我輩は匿名である]
「はい」

「…何?お守りじゃん」

直人が受け取ったのは、神社で売っている、青い御守りだった。

「それ、あんたにあげる」

「へ?これ、俺にくれんの?」

「…うん」

飛鳥は視線をそらして頷く。

「何で?」

直人はぽかんとして尋ねる。

⏰:10/06/12 19:58 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#367 [我輩は匿名である]
「だって…変な幽霊に取り憑かれてたら近寄れないじゃん!」

飛鳥はちょっと顔を赤くして、声を上げて答える。

「あぁ、なるほどな!サンキュ!」

直人はニッと笑って、どこに付けようかと考える。

何だか嬉しそうな直人を見て、飛鳥もホッとしたように笑う。

「なぁ、お前ならどこに付ける?」

「私?私は…」

そう聞かれて、飛鳥も一緒に考える。

⏰:10/06/12 19:58 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#368 [我輩は匿名である]
「………お守りって、肌身放さず持っとく物だろ?…財布とか?」

「でも、俺の財布にお守りつけれそうな所なんかねぇぞ」

「あぁ…。うーん…」

「…あ!」

直人はひらめいたように声を上げる。

「財布の中に入れとけばいいか!」

「あぁ、いいんじゃない?それでも」

飛鳥は小さく笑って答える。

⏰:10/06/12 19:58 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#369 [我輩は匿名である]
我ながらいいアイデアだと、直人は財布にお守りを入れる。

「でも、本当にいいのかよ?せっかく自分で働いた金なのに」

「いいよ、それぐらい。だからさっさと幽霊追っ払えよ」

飛鳥はかなり嫌そうな顔で直人に言った。

直人はふと、財布の中身を見つめる。

「お前、もう飯買った?」

「…買ってない。昼休みに食堂でパン買うつもりだけど」

⏰:10/06/12 19:59 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#370 [我輩は匿名である]
急に何を聞くのか。飛鳥は眉間にしわを寄せる。

「じゃあ、パン1個おごってやるよ」

財布の中身を確認した後、直人は満面の笑みを浮かべて言った。

「………へ?」

飛鳥はただきょとんとする。

「なんで?」

「これのお礼!」

答えながら、直人は財布を指差す。

⏰:10/06/12 19:59 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#371 [我輩は匿名である]
「え、いいよ、別に」

「いいっていいって。昨日小遣いもらったばっかだしよ。

パン代浮かせて、さっさとケータイ買えよな」

「う…」

携帯電話を持っていないことをからかわれて、飛鳥は悔しそうに目を逸らす。

「何のパンがいい?」

「…サンドイッチ」

「よし。俺今日飲み物買いに行くから、一緒に食堂行くわ」

⏰:10/06/12 19:59 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#372 [我輩は匿名である]
「そう?じゃあチャイム鳴ったらダッシュな」

「はぁ?めんどくせー」

乗り気だった直人の顔が、一瞬にして欝陶しそうな表情に変わる。

が、言ってしまった以上仕方がない。

「わかったよ。俺マジでダッシュするから、ちゃんと付いて来いよな」

そういって、また飛鳥に笑いかけた。

⏰:10/06/12 20:00 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#373 [我輩は匿名である]
そして、昼休み。

「あ…あんたさぁ…」

息を切らして、途切れ途切れに飛鳥が言う。

その横には、何事もないような顔でレジに並んでいる直人の姿。

手にはちゃっかり、ペットボトル飲料が握られている。

「もうちょっと…待ってやろうとか…思わないわけ…?」

「だから言っただろ?マジでダッシュするって」

「そうだけど…!」

言い返そうにも、疲れすぎてそれどころではない。

⏰:10/06/12 20:00 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#374 [我輩は匿名である]
必死で直人に付いてきた飛鳥は、膝に手をついて息を整える。

「まぁいいじゃん。これなら売り切れる前にサンドイッチ買えるぞ」

「…まぁね……」

直人がダッシュしたおかげで、前から5、6番目に並ぶ事が出来た。

「すぐ売り切れるだろ?サンドイッチ」

「そうだね…。サンドイッチが1番人気みたいだし」

「お前サンドイッチ好きなのか?」

「結構好き、かな」

レジを待つ間、2人はそんな話をして時間を過ごす。

⏰:10/06/12 20:01 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#375 [我輩は匿名である]
「……ありがとね」

「ん?」

不意に言われて、直人はぽかんとする。

「…いや…おごってくれて、…ありがとう、って」

照れているのか、飛鳥は頬を赤くしてそっぽを向く。

「何でお前が礼言うんだよ?俺はお守りのお返ししてるだけだろ」

「…一応言っときたかったの!」

飛鳥は怒ったように言って、黙り込んでしまった。

「(…あれ?怒ったか?)」

⏰:10/06/12 20:24 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#376 [我輩は匿名である]
直人は飛鳥を見ながら考える。

「何だよ、怒んなよ」

「べっ、別に怒ってねぇよ」

「そうか?顔赤いぞ?」

「怒ってないってば!」

「怒ってんじゃん!」

「うるさいなぁ!早くサンドイッチ買ってよ!」

「今から買うっつーの!」

2人はそんな言い合いをしながら、レジの順番がまわってくるのを待っていた。

⏰:10/06/12 20:25 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#377 [我輩は匿名である]
数日後。

直人は憂鬱そうな顔で、自分のノートを見つめる。

隅っこにメモされた、数学の中間試験のテスト範囲だ。

「(………忘れてた…。再来週からテストだった…)」

直人はまるで、埴輪のような顔で茫然とする。

「変な顔」

いつの間にか目の前にいた飛鳥に言われ、直人はハッと意識を取り戻した。

「だって、テストとか…忘れてたし…。

お前のお守り、学業成就のお守りじゃねぇの?」

⏰:10/06/12 20:25 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#378 [我輩は匿名である]
「違うから。それよりほら、来てるよ。あいつ」

飛鳥は呆れた表情で、薫の座席を指差す。

薫の目の前に仁王立ちしているのは、案の定良介だった。

「……飽きねぇなぁ…あいつも…」

直人もため息を吐いて、机に肘をつく。

「おい月城!Good newsだ!」

「何だ」

薫も腕を組んでむすっとしている。

「今回のテストのBattleは無しだ!ありがたく思え!」

⏰:10/06/12 20:26 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#379 [我輩は匿名である]
「は?」

彼の言葉には、薫だけでなく直人たちもきょとんとする。

「する気は全くなかったけど、何でまた?」

「球技大会を無しにしてくれたからな。借りぐらい返させろ」

「(あれは貸しに入るのか…?)」

何故かしたり顔の良介を、薫は呆然として見上げる。
「お前…」

「用件はこれだけだ!次は覚悟しておけよ!」

「え、ちょ…」

⏰:10/06/12 20:26 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#380 [我輩は匿名である]
薫が何か言う前に、良介は走って教室を出て行った。

薫は疲れ果てたようにため息を吐く。

「…ちょっくら慰めに行ってやるか」

直人は何だか楽しそうに笑って立ち上がる。

暇なので、飛鳥もとりあえずそれについていく。

すると、響子や奏子も8組にやってきた。

「どうしたの?」

「数学の教科書忘れちゃって…」

飛鳥が尋ねると、奏子が苦笑して答えた。

⏰:10/06/12 20:26 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#381 [我輩は匿名である]
「あぁ…今日、うち数学ないんだ。水無月は持ってるかもしれないけど」

「教科書全部置いて帰りそうだもんね、水無月くん」

響子は笑って言った。

「聞いてみよっか」

女子3人は、話しながら直人達に寄っていく。

「苦労するな、お前も」

直人はニヤニヤしながら薫の肩をたたく。

「……いいよな、あいつに絡まれなくてすむ奴は」

薫は遠い目をして言い返す。

⏰:10/06/12 20:27 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#382 [我輩は匿名である]
「ま、良かったじゃん。期末テストまで絡んでこないんじゃねーの?」

「……まぁな」

「(…良介くん、また何か言いに来たのね…)」

話の内容から察したらしく、響子が頭を抱えてため息を吐く。

「神崎、こいつにも魔除けのお守り買ってやれば?」

直人は何も考えずに、笑顔で飛鳥に声をかける。

「はぁ?何であたしがそこまで…」

飛鳥はめんどくさそうに言い返す。

⏰:10/06/12 20:28 📱:N08A3 🆔:C5E9sbig


#383 [我輩は匿名である]
「お守り?」

奏子と響子は顔を見合わせる。

「…響子」

ボーッとしていた薫は、ここで初めて響子達が来ているのに気付いた。

「薫か水無月くん、どっちか数学の教科書持ってない?

奏子ちゃんが忘れちゃったらしくて」

「俺あるぜ」

直人はニッと笑って手を挙げる。

「やっぱりな」

⏰:10/06/14 19:51 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#384 [我輩は匿名である]
飛鳥と奏子が声を合わせる。

「あんただったら、絶対教科書置いてると思って」

「うっせぇな!教科書貸さねぇぞ」

「いいじゃん本当の事なんだから!早く貸してよ」

奏子は急かすように手を出す。

直人は軽く舌打ちして、一旦自分の席に戻る。

奏子もそれについていく。

「えーっと…あったあった。ほらよ」

いっぱいになった机をあさっていると、少ししわの寄った数学の教科書が出てきた。

⏰:10/06/14 19:52 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#385 [我輩は匿名である]
「サンキュ♪」

「どーいたしまして」

「お礼に私もお守りあげよっか?」

「はぁ?別にいらねぇよ。お守りは1個で充分だろ」

直人はポケットに手を突っ込んで断る。

「つーか、何で飛鳥からお守りもらったの?」

奏子は不思議そうに首をひねる。

「この間の幽霊話でさ。俺が『変な声がする』って、球技大会の時言っただろ?

あれ言ったら、『怖くて近寄れないから持っとけ』って」

⏰:10/06/14 19:52 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#386 [我輩は匿名である]
直人は呆れたように笑って、響子と一緒に薫と喋っている飛鳥を見る。

「ふうん。意外と乙女だね、飛鳥」

「みたいだな。あんなムスッとしてる奴が怖がりとか、すげぇギャップ」

「確かに」

奏子は笑って頷き、直人の顔を眺める。

直人はまるで見守るような目で飛鳥を見ている。

「…あんたって飛鳥の話する時、すごい良い顔するよね」

そんな事を言われて、直人はきょとんとする。

「……そうか?」

⏰:10/06/14 19:52 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#387 [我輩は匿名である]
「うん」

奏子は少し笑って頷く。

「…なんか悔しいけどね」

それだけ言い残して、奏子は3人の方に歩きだした。

「(……何が悔しいんだろ?)」

彼女の言葉の意味がわからず、直人はぽかんとする。

「(………まぁいいか)」

一瞬考えた末、直人は特に気にせずに、4人の元に戻っていった。

それからは、特に大きな出来事は無かった。

⏰:10/06/14 19:53 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#388 [我輩は匿名である]
3週間後。

もう10月の中旬。

さすがに涼しくなってきて、制服も合服に変わった。

「お?」

直人達はじーっと、貼り出された成績順位を見つめる。

直人はほんの少し健闘して93位。

薫は良介と同着1位。

響子は前回とほぼ同じ120位。

奏子は171位。

そして驚く事に、飛鳥の点数が39位だった。

⏰:10/06/14 19:53 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#389 [我輩は匿名である]
「すげー!やるじゃんお前!」

直人はバシッと飛鳥の肩をたたく。

「…本当だ」

「何だよ!嬉しくないのか!?」

「う、嬉しいけど…信じられないっつーか…」

飛鳥はただただきょとんとしている。

課題テストの時は98位だったのが、今回のこの順位。

信じられないのも無理はない。

「へへへっ、なんか俺の方がテンション上がってきた!」

⏰:10/06/14 19:54 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#390 [我輩は匿名である]
茫然とする飛鳥の肩に手を回して、直人は満面の笑みを浮かべる。

「弟見返すのも近いかもな!頑張れよ!」

「…うん、ありがと」

直人に言われ、飛鳥もやっと嬉しそうに笑った。

奏子は黙って、2人の様子を見る。

「なぁ、お祝いしようぜ!薫も1位だった事だし」

「なんでこういう時に1位なんだ…」

「いいね、お祝い♪」

ため息を吐いている薫の隣で、響子が笑って返事する。

⏰:10/06/14 19:54 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#391 [我輩は匿名である]
「あたし、カラオケがいい!」

奏子が真っ先に手を挙げる。

「(カラオケ…)」

直人と響子は、その一言にぎょっとする。

「…俺はいい」

更に暗い顔をして、薫は断った。

「なんでー?いいじゃん、このメンバーで行った事無いし」

「あんまり好きじゃないんだよ、カラオケは。

もっと他の事にしないか?」

⏰:10/06/14 19:54 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#392 [我輩は匿名である]
薫はきっぱりと言い張って、他に何か無いか考える。

しかし答えが出ないまま、予鈴のチャイムが鳴った。

「…あ、俺トイレ行ってくる」

「じゃあ、私達も行こ」

「うん」

薫はトイレへ、響子と奏子は自分達の教室へと歩きだす。

2人きりになった直人と飛鳥は、お互い顔を見合う。

⏰:10/06/14 19:55 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#393 [我輩は匿名である]
「……月城、もしかして……」

「…誰にも言うなよ。あいつそれバラすとキレるから」

直人の言葉に、飛鳥は「やっぱりな」と確信した。

「…音痴なの?」

「あぁ、信じられねぇぐらいな」

直人は苦笑する。

「音符は読めるけど、歌うとなると、さっぱりだ。

中学の通知表で2取った事があるぐらい」

⏰:10/06/14 19:55 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#394 [我輩は匿名である]
「そんなに?」

「おう。ちなみに絵もかなり下手だぞ」

「…あぁ、なんか下手だったな」

本の代償の話をした時の事を思い出し、飛鳥は頷く。

そして、少し残念そうに、こう呟いた。

「……カラオケ行きたかったな」

直人はじっと、飛鳥を見る。

「じゃあ、今度行くか」

ニッと笑って、飛鳥に言ってみる。

⏰:10/06/14 19:56 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#395 [我輩は匿名である]
「へ?」

思いも寄らぬ誘いに、飛鳥はきょとんとする。

「行きてぇんだろ?カラオケ。

俺カラオケ好きだし、お前が良いんなら行くぜ」

直人は笑顔で飛鳥を誘う。

行きたい。飛鳥は思ったが、口には出せなかった。

奏子が直人を好きだという事を考えると、行っていいのかわからないのだ。

⏰:10/06/14 19:56 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#396 [我輩は匿名である]
「…そう、だね。考えとこ」

そんな答えしか返せなかった。

「あ、お前バイトとかあるもんな。行けそうだったら言えよな」

「うん、ありがと」

直人は特に変に思う事なく、笑顔で言った。

⏰:10/06/14 19:57 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#397 [我輩は匿名である]
昼休み。

「カラオケ?」

奏子が席を立っている間に、飛鳥は響子に相談していた。

「いいじゃない、行ったら。私だったら行くわよ」

「…そう?」

響子に当たり前のように言われて、飛鳥は更に悩む。

「…まぁ、相手が友達だから悩むのもわかるけどね。

でも、飛鳥ちゃんも水無月くんが好きなんでしょ?」

「……………うん」

⏰:10/06/14 19:57 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#398 [我輩は匿名である]
飛鳥は大きく頷く。

「じゃあなおさらよ。気遣ってたら、取られちゃうわよ?」

響子は真剣な顔で、急かすように言う。

一息つき、飛鳥は考える。

「(…そう…なんだよなぁ…。

でも、奏子とややこしい事になったらめんどくさいし…)」

悩んでる飛鳥を、響子はじっと見つめる。

「……いいなぁ。私にもあったな、そういう時」

懐かしそうに、響子が笑った。

⏰:10/06/14 19:58 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#399 [我輩は匿名である]
「そうなの?」

「そりゃあるわよー。友達と取り合いしたって事はなかったけど」

「やっぱり、2人で出かけるって時、緊張した?」

「したした。でも1番は…やっぱり優也と初めてご飯行った時かな。

あっちはもっと緊張してあらしいけど」

響子が嬉しそうに話すのを、飛鳥も笑顔で聞き入る。

「そうなの?」

「うん。優也が誘ってきたからね。

『良かったら今度、2人でご飯行きませんか?』って」

⏰:10/06/14 19:58 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#400 [我輩は匿名である]
「へぇ。いいね、そういうの」

「飛鳥ちゃんだって、水無月くんにカラオケ誘われてるじゃない」

「…そっか」

飛鳥は思い出したように頷く。

「……ちょっと悪い気もするけど、大丈夫だよね?」

「大丈夫よ。行ったら感想聞かせてね」

響子は早くも楽しそうに笑った。

⏰:10/06/14 19:59 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#401 [我輩は匿名である]
が。

「あ!」

「ん?」

飛鳥は困ったような顔でうなだれる。

「あたし、いい服持ってない…」

「あらまー…。家にどんな服があるの?」

「ジャージ」

「だけ!?」

「うん」

暗い顔で答える飛鳥に、響子は目を丸くしている。

⏰:10/06/14 19:59 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#402 [我輩は匿名である]
しかし、すぐにキリッとした顔で言った。

「……今日、奏子ちゃんバイトよね?」

「うん」

「飛鳥ちゃん、お金ある?」

「…昨日給料日だったから、1万円ぐらいはある」

1万円か。響子は少し考え。

「まぁいいわ。飛鳥ちゃん、今日放課後、買い物行こ」

響子に言われて、飛鳥はきょとんとする。

⏰:10/06/14 19:59 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#403 [我輩は匿名である]
「…でも、あたし買い物とか行った事ないし…」

「わかってるわよ!私がちゃんとついて行くから!」

手に力を入れて、響子は飛鳥を説得する。

響子が来てくれれば安心だ。

ちょっと間黙った後、飛鳥は「うん!」と大きく頷いた。

⏰:10/06/14 20:00 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#404 [我輩は匿名である]
「ここさぁ、どうやって行くかわかんねぇんだよなぁ…」

その頃、直人は後ろの黒板を使って、薫とTVゲームの話をしていた。

直人が書いた簡単な地図を、薫はじーっと見つめる。

「お前、これ行けた?」

「このソフト、多分全クリした」

「マジかよ!どうやった!?」

直人に詰め寄られ、薫は腕を組んで考える。

「……忘れた」

「何だよそれー」

直人は悔しそうに壁にもたれる。

⏰:10/06/14 20:00 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#405 [我輩は匿名である]
「じゃあ今度家に来て、俺の代わりにクリアして」

「は?あぁ、いいよ」

「いつがいいかなぁー?」

「なぁ」

直人が嬉しそうに考えていると、飛鳥が4組から帰ってきた。

「おう、おかえり」

「…カラオケの話なんだけどさ」

飛鳥のその一言に、薫の眉がぴくっと動く。

「カラオケ…?」

⏰:10/06/14 20:01 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#406 [我輩は匿名である]
「大丈夫、俺とこいつが行くだけだから」

「そうか、ならどうでもいい」

直人に言われて、薫は小さく笑う。

「………やっぱり、行きたい。

よく考えてたら昨日給料日だったから、お金もまだあるし…」

「おぉ!じゃあ行こうぜ!いつがいい?」

直人の表情が、パッと明るくなる。

その反応を見て、飛鳥もホッとして笑みをこぼす。

⏰:10/06/14 20:01 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#407 [我輩は匿名である]
「あたしは…明日はバイトだから、それ以外なら」

「でも、せっかく行くんだし、いっぱい歌える方が良くないか?」

「そうだね。だったら、土曜日とか?」

「それがいいな。日曜日はゆっくりしたいし。へへっ、楽しみだな!

…って、俺金あんのかな?」

直人はぶつぶつ言いながら、席に戻って財布をチェックする。

飛鳥はじーっと薫を見る。

⏰:10/06/14 20:02 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#408 [我輩は匿名である]
「……なぁ、月城」

「ん?」

黒板に書いた地図を消していた薫は、手を止めて飛鳥を見る。

「……今の話さ…」

飛鳥は少しうつむき加減に、話しにくそうにしている。

何を言おうとしているのかわかったらしく、薫はフッと笑う。

「安斎か?」

言う前に聞き返されて、飛鳥は「え…」と顔を上げる。

⏰:10/06/14 20:02 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#409 [我輩は匿名である]
「言わねぇよ。言ったらややこしくなるだろ。

喧嘩でもして、また飛び降りられても困るしな」

「い、いくら何でもそんな事で死なねぇよ!」

「どーかな」

薫はバカにしたように笑って、また手を動かす。

ちょっとイラッとしたが、薫なら黙っていてくれるだろう。

⏰:10/06/14 20:03 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#410 [我輩は匿名である]
「なぁ、4千円で足りるかなぁ?」

直人が戻ってきた。

「足りるよ、充分」

「だよな!じゃあ土曜日、忘れんなよ」

「あんたもね」

直人と飛鳥は、お互いそう言って笑い合った。

⏰:10/06/14 20:03 📱:N08A3 🆔:hqt4bZk6


#411 [我輩は匿名である]
待ちに待った土曜日。

結局11時に待ち合わせし、気が済むまで歌う事になった。

響子と買い物に行って買って来た服を着て、飛鳥は玄関で靴を履く。

「ははっ、何?その格好」

背後で、嘲笑うような巧の声がした。

飛鳥は無視する。

「もしかしてデート?いいねぇ、暇人は。

どうせ相手も、あんたと同じ、ろくでもないような男なんだろ?」

やれやれ、とでも言いたそうに、巧は大げさにジェスチャーまでつける。

⏰:10/06/22 19:38 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#412 [我輩は匿名である]
「あたしはろくでもない女だけど」

出て行き様に、飛鳥は口を開いた。

「相手は、あんたよりもいい男だよ」

「はぁ!?」

巧はかなりイラッときたのか、顔が苛立ちに歪む。

しかし、飛鳥は構う事なく家を出た。

⏰:10/06/22 19:39 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#413 [我輩は匿名である]
直人はボーッと、駅前の時計台の前で飛鳥を待つ。

「お待たせ」

少しして、飛鳥がやってきた。

パーカーにワンピース。

普段見ない格好をしている飛鳥を、直人はまじまじと見つめる。

「……変?」

緊張しているような顔で、飛鳥が尋ねてくる。

「いや。…ジャージしか見た事ないから、新鮮だなぁと」

かなり興味深いのか、直人は言いながら、まだ飛鳥の服を見ている。

⏰:10/06/22 19:39 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#414 [我輩は匿名である]
「…いいじゃん、たまにはこういう格好も」

一通り見た後、直人は笑った。

「変じゃないよな?」

「全然。行こうぜ」

そう言って、直人は歩きだす。

飛鳥もそれについて行く。
「…さっき家出る時、また弟に嫌み言われたんだけどさ」

カラオケ店に行く途中、飛鳥が話し始めた。

直人は早くも「またかよあのクソガキ」と顔をしかめる。

⏰:10/06/22 19:39 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#415 [我輩は匿名である]
「何言われたんだよ?」

「『デート?いいねぇ暇人は。どうせ相手もろくでなしなんだろ』って」

「はぁん!?今度俺んとこ連れてこい!

吊し上げにしてヒーヒー言わせてやる!」

「…まぁ先にあたしの話聞けよ」

気合いを入れる直人を、飛鳥はちょっと呆れ気味に落ち着かせる。

「…で、今日はちゃんと言い返してきた」

「おお!何て?」

直人は目を輝かせる。

⏰:10/06/22 19:40 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#416 [我輩は匿名である]
「…『あたしはろくでなしだけど、相手はお前よりいい男だよ』って」

飛鳥は少し恥ずかしそうに答えた。

それを聞いて、何故か直人は不満そうに腕を組む。

「…言い返したのは偉いけどよぉ、お前別にろくでなしじゃないだろ」

「……んー…」

「まぁ、自殺するような奴はなぁ…」

「うっさいな!どっちなんだよ!」

からかうように笑う直人を、飛鳥は声を荒げて怒鳴りつける。

その反応を見て、直人は笑い声を上げる。

⏰:10/06/22 19:40 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#417 [我輩は匿名である]
「まっ、そのバカ弟よりは立派な人間だって」

そう言いながら、飛鳥の肩を軽くたたく。

「よくやったじゃん、お前にしては」

「何様だよお前」

「睨むなよー、冗談だろー?さて、今日は何歌おうかなー」

「あんたいつも何歌うの?」

「俺?俺は…」

そんな会話をしながら、2人は近くのカラオケ店に入っていった。

⏰:10/06/22 19:41 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#418 [我輩は匿名である]
4時間後。

「あーすっきりした!」

カラオケ店から出て来て、飛鳥は大きく伸びをする。

直人も「カラオケ久しぶりだったなぁ」と、満足そうに笑っている。

「つーか、お前意外と歌上手いんだな」

直人は意外そうに言いながら歩きだす。

「そう?まぁ、歌うのは嫌いじゃないしな」

パーカーのポケットに手を入れて、飛鳥は返事をする。

⏰:10/06/22 19:41 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#419 [我輩は匿名である]
「どうする?時間余ってるけど、どっか行くか?」

今はまだ3時過ぎ。

時計を見て、直人は飛鳥に尋ねる。

「……でも、あんたお金ないんじゃないの?」

「まぁ、そんなにねぇけど。でもお前、こんな時間から帰りたくねぇだろ」

「うん」

「即答だな」

2人はどうしようかと、それぞれ頭を抱える。

「…どっかに座ってくっちゃべるか」

⏰:10/06/22 19:41 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#420 [我輩は匿名である]
「そうだね。どこ行く?その辺の公園でも行く?」

「だな」

2人は話しながら適当に歩いて、そこそこ大きな公園を見つけた。

ベンチもある。

そこに腰を下ろして、2人は一息つく。

「…なんか、懐かしい感じしね?2人ででかけるの」

小さく笑って直人が言う。

同じように、「そうだね」と飛鳥が返事を返す。

⏰:10/06/22 19:42 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#421 [我輩は匿名である]
「路地の細いとこに、暗ーい女がうずくまっててさ。

何かのホラー物かと思ったぐらい」

「そんなに怖かったか?」

「あぁ怖かったね。要はどう思ったか知らねぇけどよ」

「あんたがそう思ったんなら、要もそう思ったんじゃない?」

「かもな」

2人は適当に言って笑う。

「でも、喋ってみたら普通の女だったしな。暗かったけど」

⏰:10/06/22 19:42 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#422 [我輩は匿名である]
「暗い暗いって言うなよ。仕方ないじゃん、生い立ちが生い立ちなんだから」

「今も似たようなモンだけどな」

「ははっ、まーね」

飛鳥は苦笑する。

「で、勝手に勘違いして勝手に怒って、挙げ句の果てに勝手に死ぬ、と」

直人は更に呆れたように笑う。

「…ごめんってば」

「人の話はきちんと聞くように!」

「はい…」

まるで説教されているような気がして、飛鳥はうなだれる。

⏰:10/06/22 19:43 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#423 [我輩は匿名である]
「まっ、あんな目に遭ったら2度とやらないだろうけどな」

「うん、無理だね」

話の最中に、直人はふと、ある事を考えた。

「………今思ったんだけどさぁ」

「ん?」

「薫、何でお前の事許せたんだろうな?

前は『石川晶』の名前聞いただけで、すげぇ顔してたのに」

「……何でだろうね」

「だってあいつ、お前の事相当恨んでたぞ?

俺が『何であんな女かばったんだ』とか言われるぐらい」

⏰:10/06/22 19:43 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#424 [我輩は匿名である]
「…まぁ、そう言われても仕方ない事したけどね、あたし」

飛鳥は暗い顔でため息をつく。

しかし、直人には不思議で仕方がなかった。

『初めて人を殺したいと思った』。

そこまで言っていた薫が何故…?

「…そんなに気になる?」

やけに考え込む直人に、飛鳥も首をかしげる。

「うん。だって、『殺してやりたい』とまで言ってたんだぞ?」

「そんなに…!?」

⏰:10/06/22 19:43 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#425 [我輩は匿名である]
ぎょっとしたように、飛鳥が声を漏らす。

「……そのうち聞いてみるか」

途中で面倒くさくなって、直人は考えるのをやめた。

⏰:10/06/22 19:44 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#426 [我輩は匿名である]
「もー、おばあちゃんも人使い荒いなぁ…」

2人が喋っている頃、奏子は買い物から帰っていた。

あの祖母に買い物を頼まれていたらしい。

「お腹減ったなぁー。お菓子買ってくれば良かっ…」

ぶつぶつ独り言を言っていた奏子の目に、ある光景が映った。

奏子は思わず足を止める。

⏰:10/06/22 19:44 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#427 [我輩は匿名である]
近所の公園のベンチに並ぶ、2人の男女。

その横顔は、直人と飛鳥だった。

「(…何で…?)」

一瞬、自分の目を疑った。

しかし、どう見てもあの2人だ。

奏子は逃げるように、早足でその場を離れた。

⏰:10/06/22 19:45 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#428 [我輩は匿名である]
月曜日。

「どうだった?カラオケ」

昼食の時間、薫が直人に尋ねた。

「楽しかったぜ。お前も来れば良かったのに」

直人は笑って言う。

しかし、薫の表情が一気に豹変した。

「『お前も来れば』……?……直人…お前…本気で言ってるのか…?」

「じょ、冗談に決まってんだろ!悪かったよ!」

「そうか、ならいい」

今の目は、かなり危ない目だった。

⏰:10/06/22 19:45 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#429 [我輩は匿名である]
直人は内心ちょっとびびりながら、慌てて弁明した。

「(…危ねぇ…。マジで殺されるかと思った…。……“殺される”…)」

飛鳥と話した、あの内容を思い出す。

「(…いきなり『何で神崎許せたの?』とか聞くの、変だしな…)」

「……何だよ?」

じっと見られて、薫は困ったように声をかける。

が、直人は全く聞いていない。

⏰:10/06/22 19:46 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#430 [我輩は匿名である]
「…………まぁいいや」

そう言って、止まっていた手を動かし始めた。

「(一体何なんだ…?)」

全く読み取れない直人の行動に、薫は呆れて首をかしげた。

⏰:10/06/22 19:46 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#431 [我輩は匿名である]
一方、女子達は。

飛鳥と響子は、じっと奏子を見つめる。

奏子は一言も話さず、ただ黙々と弁当を食べている。

「(……何かあったのかな?)」

「(さぁ…?)」

2人は目で会話する。

「飛鳥さぁ」

不意に奏子が口を開き、飛鳥はビクッとする。

⏰:10/06/22 19:50 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#432 [我輩は匿名である]
「……な、何?」

恐る恐る尋ねる。

「水無月の事好きだよね」

「…え」

目も合わさずに言われて、飛鳥は困ったように響子を見る。

響子も不安そうに飛鳥を見ている。

「この間、公園で2人で喋ってるの見たからさ」

「…えっ」

⏰:10/06/22 19:50 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#433 [我輩は匿名である]
「(…反応薄いなぁ…)」

「え」しか言っていない飛鳥に、響子は少し呆れる。

なぜ奏子に見られたのか、飛鳥は全く理解出来ない。

1番起きてほしくない事が、早くも起きてしまった。

飛鳥の顔に、焦りの表情が浮かぶ。

「好きならそう言ってくれたらいいじゃん。

陰でコソコソされるの、あたし1番腹立つの」

「…奏子ちゃん、飛鳥ちゃんは別にコソコソしてたわけじゃ…」

⏰:10/06/22 19:51 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#434 [我輩は匿名である]
「響子は黙ってて」

止めようとする響子を、奏子はきっぱり黙らせる。

「あたしがあいつの事好きだって知ってるのに、よく出来るよね。

お守り買ってあげたり、2人で会ったり…」

「あれは…」

「悪いけど」

奏子はさっさと弁当を食べ終え、片付ける。

「あたし、そういうの見て黙ってられるようないい子じゃないから」

奏子はきつく吐き捨てて、早足で教室を出て行った。

⏰:10/06/22 19:51 📱:N08A3 🆔:3deUowRU


#435 [我輩は匿名である]
飛鳥も響子も暗い顔で黙り込む。

「………ごめんね」

しばらくして、先に口を開いたのは響子だった。

「…カラオケ、勧めなかったら良かったね」

「…響子のせいじゃないよ」

飛鳥は弱々しく笑う。

「……隠してたあたしが悪いんだ」

無理して笑う飛鳥を見て、響子も肩を落とす。

⏰:10/06/23 18:08 📱:N08A3 🆔:0Q5km5DM


#436 [我輩は匿名である]
言い出すタイミングが掴めなかっただけなのに。

それだけで、こんな事になるなんて。

飛鳥はどうすれば良いのかわからず、大きくため息をついた。

⏰:10/06/23 18:09 📱:N08A3 🆔:0Q5km5DM


#437 [我輩は匿名である]
「…1人で帰んの、久しぶりだなぁー」

飛鳥と奏子はバイト、薫と響子は寄り道するとか。

直人は独り言を言いながら、1人で帰っていた。

「(でも、あいつら今日別々にバイト行ってたな。何かあったのか?)」

今日は別々にバイトに行った、飛鳥と奏子。

2人がもめている事を知らない直人は、のんきに考える。

「(昼休み終わってから、神崎もなーんか元気無かったし…。

もしかして、喧嘩でもしたのか!?)」

珍しくその予想は当たっている。

⏰:10/06/26 13:54 📱:N08A3 🆔:sOCuCGLY


#438 [我輩は匿名である]
「(えーっ、困るって!あいつかなり落ち込むじゃん!

つーか、何で喧嘩したんだ!?そもそも喧嘩で合ってるのか!?)」

直人は歩きながら頭を抱える。

「(……明日、さりげなく声かけてみるか)」

「何て声かけるの?」

「『元気ないじゃん』って」

普通に答えて、直人は足を止めた。

今、直人に話し掛けたのは誰だ?

直人は素早く振り返る。

⏰:10/06/26 13:55 📱:N08A3 🆔:sOCuCGLY


#439 [我輩は匿名である]
しかし、直人以外に誰も歩いていない。

1人でいると怖くなったのか、直人はしばらく息を殺して黙り込む。

「そんなに怖がらなくていいじゃないか」

しかし、黙っていても、また声がした。

「……誰だよ、お前」

直人は恐る恐る呟く。

「水無月直人。16歳。7月20日生まれ。O型」

声は問いに答えるどころか、直人のプロフィールを次々に言い当てる。

⏰:10/06/26 13:55 📱:N08A3 🆔:sOCuCGLY


#440 [我輩は匿名である]
「何だよ?何で俺の事…」

付近を見回しながら、直人は更に問いかける。

「そりゃ知ってるよ。俺はお前の“一部”なんだから」

「“一部”?」

直人は繰り返す。

「まっ、そのうちわかるよ、俺が誰なのか」

それ以上、声は何も言わなくなった。

「(……俺の一部…?どういう事だよ…?)」

声が言ったその言葉の意味が、全く理解出来ない。

直人はなかなか足を動かす事が出来ず、しばらくその場に立ち尽くしていた。

⏰:10/06/26 13:56 📱:N08A3 🆔:sOCuCGLY


#441 [我輩は匿名である]
次の日。

飛鳥はいつも以上にボーッとしている。

「……あいつ、何かあったのか?」

「わかんねぇんだよなぁ、俺にも」

遠くから彼女の様子を見ながら、直人と薫は話し合う。

「聞いてこいよ」

「やっぱ俺!?」

「お前以外に誰がいるんだよ」

「お前がいるじゃん」

⏰:10/06/29 16:57 📱:N08A3 🆔:Kd8tcpI6


#442 [我輩は匿名である]
「何で俺が他の女の機嫌見に行かないといけねぇんだよ」

2人は小声で言い合う。

「ほらっ、あいつのお守りはお前の仕事だろ」

薫にシッシッと手を振られ、直人はムスッとしながら動き出す。

「よ、よぉ、神崎」

顔を引きつらせながら、直人が飛鳥に近づく。

「…あぁ、おはよ」

飛鳥は早くも疲れ果てた顔で挨拶を返す。

⏰:10/06/29 16:57 📱:N08A3 🆔:Kd8tcpI6


#443 [我輩は匿名である]
「おはよう」

様子を伺っていた薫の所に、響子がやってきた。

「おう」

「…飛鳥ちゃんは?」

同じように飛鳥を気にしている響子に、薫は一瞬きょとんとする。

「…今直人が偵察に行ってる」

薫は直人を指差す。

「あいつがどうかしたのか?」

「…実は…」

響子は薫の耳元で、昨日の話をしはじめた。

⏰:10/06/29 16:58 📱:N08A3 🆔:Kd8tcpI6


#444 [我輩は匿名である]
「元気ねぇじゃん」

そんな事も知らない直人は、少し緊張しながら尋ねる。

「そんな事ないけど」

飛鳥は笑って答える。

しかしその笑顔は弱々しく、目の下にはうっすらクマが出来ている。

「…本当か?クマ出来てるぞ?」

「大丈夫だって。いつも通り」

そう言われると、これ以上問い正すわけにもいかない。

⏰:10/06/29 16:58 📱:N08A3 🆔:Kd8tcpI6


#445 [我輩は匿名である]
「…そうか?まぁ、何か悩みあったら言えよ?」

「うん、ありがと」

飛鳥は小さく笑う。

困って、直人はフラフラと席を離れる。

「絶対大丈夫じゃないよ、あの子」

昨日の声が直人に言う。

直人はまた、立ち止まって周りを見回す。

「無駄だよ。お前に俺は見えない」

⏰:10/07/10 10:13 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#446 [我輩は匿名である]
「ちっ」

声にあっさり言われて、直人は舌打ちする。

しかし、今声と話している暇はない。

さっさと薫の所へ戻り、椅子に座る。

「香月。いつ来たんだよ」

「ついさっき」

響子は笑って答え、「じゃあね」と教室に戻っていった。

⏰:10/07/10 10:13 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#447 [我輩は匿名である]
「何しに来たんだ?あいつ」

「俺に“おはようのチュー”しに来ただけだよ」

「えぇっ!?こんな公共の場で堂々と…」

「冗談だって気付けよ!」

薫は冗談を言ったのを後悔したのか、少し赤面して言い返す。

直人は「何だよ冗談かよ」と、机に肘をつく。

「で、どうだった?」

⏰:10/07/10 10:14 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#448 [我輩は匿名である]
「大丈夫って言われたけど、見るからに大丈夫じゃなさそうだ」

2人は深刻そうに話す。

「…あっ」

直人はひらめいた。

「安斎に聞いてくる!」

「えっ!?ちょっ…」

薫が止める間もなく、直人は教室を飛び出す。

「(おい…安斎は喧嘩相手だぞ…)」

事情を聞いた薫は、難しい顔でため息をついた。

⏰:10/07/10 10:14 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#449 [我輩は匿名である]
「安斎ー」

直人は教室に入るなり呼び掛ける。

が、返事がくる前に奏子を見つけ、自分から走っていった。

「おはよ」

奏子はいつも通り笑って挨拶する。

「なあなあ、神崎が元気ないんだけど、お前何か知らない?」

直人は単刀直入に尋ねる。

すると、奏子は少し困ったように顔を背けた。

「……ちょっとね」

⏰:10/07/10 10:15 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#450 [我輩は匿名である]
「(……やっぱり喧嘩かなんかしたんだな)」

奏子の反応を見て、直人は確信した。

「何だよー喧嘩か?仲良くしろよなー」

直人は面倒くさそうにポケットに手を入れる。

「女子だって喧嘩するんだよ!」

奏子はムスッとしたように言い返す。

「…つーか、何で喧嘩したんだよ?」

ちょっと勘がさえても、そこまでは頭が回らない直人。

⏰:10/07/10 10:15 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#451 [我輩は匿名である]
何も気にする事なく、ずけずけと聞いていく。

「…女子の喧嘩の原因聞くか?」

「何だよ?いいじゃん、別に聞いたって」

直人はあっけらかんとした表情で答える。

「ちょっとは自分で考えてみな」

奏子は言いたくなさそうにそれだけ言って、そっぽを向いてしまった。

そう言われてしまうと仕方がない。

直人は「わかった」と言って出ていった。

⏰:10/07/10 10:15 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#452 [我輩は匿名である]
「(……あいつ、やっぱり飛鳥の事しか心配してないな…)」

直人が出ていったドアの方を、奏子は淋しそうにじっと見ていた。

⏰:10/07/10 10:16 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#453 [我輩は匿名である]
その夜。

飛鳥はベッドの上に転がって、天井を見つめる。

「(…どうしたら…仲直り出来るんだろ…)」

奏子との喧嘩の事で頭がいっぱいの飛鳥。

要を除いて、初めて出来た友達。

あの自殺騒動の後、昼食に誘ってくれたのは奏子だった。

だからこそ、彼女に背を向けられたショックは大きかった。

⏰:10/07/10 10:16 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#454 [我輩は匿名である]
今まで人を避けて生きてきた飛鳥は、仲直りの方法など知らない。

直人に聞こうにも、これ以上頼っている姿を見られると、

奏子はきっと今以上に腹を立てるだろう。

「(……あいつに頼ろうとするからダメなんだよ…)」

飛鳥は前腕を顔にあて、目を隠す。

晶の時もそうだった。

要だけを頼って、自分の物にしたいと思っていた。

⏰:10/07/10 10:17 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#455 [我輩は匿名である]
だから要の死に耐えられなかった。

しかし、今は少し違う。

「(……響子に…相談してみようかな…)」

飛鳥はぼんやりと考えて、ゆっくりと目を閉じた。

⏰:10/07/10 10:17 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#456 [我輩は匿名である]
「…………何?」

しかし次の日、響子は朝から良介に絡まれていた。

良介は響子の机に手をついて、彼女を見下ろしている。

「響子ちゃんが言ってた都市伝説、調べてみたんだ」
珍しく真剣な良介に、響子も黙っている。

「あれ、他人が見ても全く魅力を感じないね」

「…そう?」

「僕はね。だから思ったんだ。

君は…例の本をもらった人じゃないか、って」

⏰:10/07/10 10:18 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#457 [我輩は匿名である]
あながちハズレではない。直接もらってはないが、同じ事だ。

響子はふうっと息をつく。

「もしそうだとしても、それがどうしたの?」

「あいつもそれを知ってるのか?」

あいつ、とは、おそらく薫のことだろう。

響子は少し考え込む。

薫とは前世で夫婦であった事。優也と交わした約束。

それをはっきり言ってしまえば、諦めてくれるかもしれない。

⏰:10/07/10 10:18 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#458 [我輩は匿名である]
「…まぁ」

良介は机から手を離す。

「前世がどうであれ、僕はまだ諦めないから」

そう言って小さく笑い、自分の席に戻っていった。

「(…諦めてよ…)」

彼の後ろ姿を見た後、響子は思い悩んだ顔で外の景色に目を向けた。

「(…響子も何か大変そうだなぁ…)」

教室の外から一部始終を見ていた飛鳥は、がっくりと肩を落とす。

これでは安心して頼れる人がいない。

飛鳥も響子のように悩みながら、自分の教室に帰った。

⏰:10/07/10 10:19 📱:N08A3 🆔:ZSYtSBPY


#459 [なみ]
これ見てみて〜〜〜〜♪

私も出てるんだ〜〜〜!

パリスヒルトン最近の流出動画だよ!!

s1.shard.jp/..

⏰:10/07/10 12:50 📱:PC 🆔:PPJ.LCPg


#460 [我輩は匿名である]
飛鳥達が喧嘩してから、2週間が過ぎた。

直人は授業中でありながら、腕を組んで考え込む。

「どうやったら仲直りさせれるだろうなー?」

直人の考えている事を弁明するかのように、声が言う。

この声の主が誰なのか、まだわかっていない。

それを考えている場合ではないのだ。

「…口に出さなくても分かんのかよ」

直人はかなり小声で言い返す。

「考えてる事は大体筒抜けだよ」

⏰:10/07/22 08:58 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#461 [我輩は匿名である]
「(何だよこいつー)」

「何だよこいつーって思っただろ」

「(…やっぱわかんのか)」

「わかるんだってば」

「(じゃあいちいち喋らなくていいんだな)」

「そうだね。喋りたかったら喋っていいけど」

「(いいよ、変な奴だと思われるし)」

直人は机に肘をつく。

「でもさぁ、お前がどうこうする事じゃないんじゃないか?」

⏰:10/07/22 08:58 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#462 [我輩は匿名である]
悩む彼に、声が言う。

「(…でも神崎は、今までまともに友達出来た事もないし、

だからもちろん、どうすれば仲直り出来るのかもよく知らないし…)」

「それはそうだけど…」

声は、飛鳥の事もよく知っているようだった。

「でもお前が何でもしてやれば、あの子が何も出来ない子になるんじゃないか?」

声が言う事は正しかった。

直人は少し、何も考えずに黙り込む。

⏰:10/07/22 08:59 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#463 [我輩は匿名である]
「(お前誰だか知らねぇけど、俺の考えてること、全部わかっちゃうのか?)」

「聞いてほしくなかったら聞かないよ」

「(じゃあしばらく聞かないでくれるか?)」

「いいよ」

声は快く言って、それ以降何も言わなくなった。

本当かどうかわからなかったが、直人はまた考え始めた。

「(確かに…俺が世話焼く事じゃねぇのかもなぁ…。

自分の事、何でも自分で解決できないと、晶みたいになっちまうかもしれねぇし…)」

自然と、「うーん…」と声が漏れる。

⏰:10/07/22 08:59 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#464 [我輩は匿名である]
「(……しばらくは、様子を見た方がいいかな…?)」

何だかモヤモヤするが、これも飛鳥の為だ。

直人はあまり腑に落ちない顔で、自分に言い聞かせた。

「(…おい、幽霊)」

気持ちに一区切りつけて、直人は声に呼びかける。

「俺の事?」

声はすぐに答えた。

「(お前以外に誰がいるんだよ)」

「…まぁ、幽霊って言われると否定は出来ないけど」

⏰:10/07/22 08:59 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#465 [我輩は匿名である]
“幽霊”と言われるのが気に食わないのか、声は言葉を濁す。

「考え事終わったの?」

「(あぁ。しばらくは様子見にした)」

「そっか。それがいいよ」

「(…で、改めて聞くけど、お前だれ?)」

直人はストレートに声に尋ねた。

「…直人、本当鈍感だよな」

「(うっせぇな、どいつもこいつも鈍感鈍感って)」

直人は黒板を見ながらブスッとする。

⏰:10/07/22 09:00 📱:N08A3 🆔:wAtNqTXQ


#466 [我輩は匿名である]
あげ
続き読みたいです

⏰:10/08/01 10:29 📱:S001 🆔:9MLNrBi6


#467 [我輩は匿名である]
 age!

⏰:10/08/05 00:44 📱:auKC3X 🆔:☆☆☆


#468 [我輩は匿名である]
めっちゃ好きなんであげます

⏰:10/08/25 00:08 📱:F02A 🆔:Vnr3JSc6


#469 [我輩は匿名である]
続きお願いします!

⏰:10/09/08 19:44 📱:SH01B 🆔:yaC7Z24Q


#470 [我輩は匿名である]
とってもお待たせして本当に申し訳ありません
待っていてくださる方がたくさんいらっしゃって、感激です…(ノд<。)゜。

ちょっとずつしか進めれませんが、温かく見守ってもらえれば幸いです

⏰:10/10/21 19:04 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#471 [我輩は匿名である]
「月城薫は、俺が誰かわかってるみたいだったけど?」

「(そうなのか!?)」

「まぁ彼は勘鋭そうだしな」
声はからかうように笑っている。

「(…薫はお前の事知ってるのか?)」

「さぁ?全く知らないって事はないだろうけど」

直人は全くわからない。

ノートの端っこに、適当に図を書いてみる。

⏰:10/10/21 19:05 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#472 [我輩は匿名である]
真ん中に“幽霊”、その両脇に“オレ”“薫”と書いて、幽霊に矢印を引っ張る。

「(…お前、あと誰知ってる?)」

「お前の周りにいる人は大体知ってるよ。

月城薫、神崎飛鳥、安斎奏子、香月響子、あとロン毛の変な男子」

「(あぁ…あの自称・帰国子女な)」

最近あまり顔を見ないため、すっかり忘れていた。

「あと」

声が補足する。

⏰:10/10/21 19:05 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#473 [我輩は匿名である]
「石川晶」

直人はその名前にハッとした。

「(何であいつの事まで…!?)」

「さぁ?何でだと思う?」

声は問い詰めるように聞き返してくる。

晶を知っているのは、直人の近くでは薫と響子しかいない。

直人はさっきの図にいろいろ付け足し、それをじっと見つめる。

男の声。晶を知っている人物。薫じゃない…。

しばらく見ていると、直人はある人物を思い出した。

⏰:10/10/21 19:06 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#474 [我輩は匿名である]
自分とそっくりな顔をした、たった1人の晶の友達…。

「…お前…」

驚きのあまり、授業中だという事も忘れ、声を漏らす。

「…要か…?」

「…やっと思い出してくれたんだね」

声は、待ちわびたという感じで返事をした。

自分で言ったものの、直人は全く信じられない。

本を読んでいた時の直人と真逆の事が、要に起こっているみたいではないか。

「お前、何で…?」

⏰:10/10/21 19:07 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#475 [我輩は匿名である]
「声出てるよ」

声に言われて顔を上げると、周りの生徒が不思議そうにこっちを見ている。

直人は恥ずかしくなって、黙ってうつむく。

「(でも何で?つーかお前、どこにいんだよ?)」

「お前の中だよ。直人も同じような事あっただろ?5月ぐらいに」

言われてみれば、要の声によく似ている。

しかも“直人の中にいる”という事は、半年前の直人とほぼ同じ状態だ。

⏰:10/10/21 19:07 📱:N08A3 🆔:yJnmi4cE


#476 [我輩は匿名である]
「(何で!?お前にも本あんの!?)」

「無いよ」

「(じゃあ何でこんな事になってんの?)」

「…それは…今はまだ言えないな」

要は、なぜこんな状況になっているのは知っているようだ。

しかし、『今はまだ』という事は、いつか教えてくれるのだろうか?

「(まだって、いつか教えてくれんの?)」

「まぁ、言うべき時になったらね」

⏰:10/10/22 22:24 📱:N08A3 🆔:PoYSolQc


#477 [我輩は匿名である]
「(いつになんの?それ)」

「さぁ?」

「(何なんだよお前ー!)」

「何って、長月要だよ」

「(知ってるっつーの!)」

直人はわけがわからず、うなだれながら大きくため息を吐いた。

⏰:10/10/24 22:22 📱:N08A3 🆔:F3jbXIQM


#478 [我輩は匿名である]
昼休み、直人は不服そうに薫を見る。

「…何でわかってたわけ?幽霊の正体が要だって」

「逆に何でわからなかったわけ?」

呆れるように薫が聞き返す。

「石川晶が運動嫌いって話で『意外だ』って言うんなら、

あの女を知っている人間って事だろ?

その中から男の声ってので、今日子は候補から外れる。

で、『もう忘れたのか』って言われたんなら、お前が知ってる男だろ?

だったら長月要しかいないじゃないか」

⏰:10/10/24 22:22 📱:N08A3 🆔:F3jbXIQM


#479 [我輩は匿名である]
「さすが学年1位」

薫の解説に、要も納得している。

何だか疎外感を味わっている気がして、直人はムスッとする。

「…あーあー、どうせバカですよ、俺は」

「いじけるなよ」

要と薫の声が重なる。

「ハモるなよお前ら!」

「……え、今もいるのか?長月要」

「いるよ、24時間いるみたいだぞ」

⏰:10/10/24 22:23 📱:N08A3 🆔:F3jbXIQM


#480 [我輩は匿名である]
「えー迷惑な話」

「そんな事言われたって困るよ!」

『迷惑』と言われてショックだったのか、直人の中で要が叫ぶ。

「でも、何でそんな事になってるんだ?」

「えっ?俺だけ!?お前なってないの!?」

「なってない。響子も何も言ってないし、お前だけじゃないのか?」

「えーもう意味わかんねぇ…」

直人は椅子の背もたれにもたれて天井を見上げた。

⏰:10/10/24 22:23 📱:N08A3 🆔:F3jbXIQM


#481 [我輩は匿名である]
放課後、飛鳥はボーッと、自分の席で黄昏ていた。

「神崎、帰んねぇのか?」

直人は鞄を肩から掛けながら話し掛ける。

「うん…もうちょっとボケーッとしてから帰る」

飛鳥は相変わらず、元気ない笑顔で答える。

それを見て、直人は真顔で何かを考える。

「………何で悩んでるのかわかんねぇけどさ」

少しして、直人は口を開いた。

「いつまでも悩んでるとしんどくないか?」

⏰:10/10/25 18:11 📱:N08A3 🆔:B2OZUzic


#482 [我輩は匿名である]
「…んー、まぁ、疲れるね」

飛鳥は苦笑して答える。

「じゃあさ、何かに熱中して、ちょっと間悩み事忘れたら?」

そう言われて、飛鳥はきょとんとする。

「…え?」

「いや…ずーっと悩んでると、そのうち欝になりそうな気がしてさ。

だから、たまには何かで気分転換しろよ」

直人にしてはまともなアドバイス。

飛鳥は意外そうな目で直人を見上げている。

⏰:10/10/25 18:12 📱:N08A3 🆔:B2OZUzic


#483 [我輩は匿名である]
要も何も言わない。

「…そうだね」

少しして、飛鳥は小さく笑った。

「そうしてみるよ。ありがと」

「おう」

ちょっと元気になったような彼女の笑顔を見て、直人もニッと笑い返した。

⏰:10/10/25 18:12 📱:N08A3 🆔:B2OZUzic


#484 [我輩は匿名である]
「(…どうしよう…)」

一方、奏子も悩んでいた。
どうしてあそこまで言ってしまったんだろう、と。

確かに、飛鳥が黙って直人と会っていたのには苛立った。

お守りをあげていたのにも、正直腹が立った。

しかし、飛鳥が陰でコソコソやるような性格でない事は、奏子も知っている。

「(…飛鳥の話も、聞いてあげれば良かったな…)」

帰りながら、奏子は小さくため息を吐く。

腹が立つあまり、昼食も一緒にとらなくなってしまった。

⏰:10/10/27 19:08 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#485 [我輩は匿名である]
バイト先でも一言も口を利いていない。

飛鳥にも悪いところはあるが、その分、飛鳥は余計に気にしているだろう。

自分から謝るべきかどうか、奏子は悩みながら1人帰った。

その後、飛鳥は何故か、授業が終わるとすぐに学校に帰るようになった。

直人は理由を聞きたい気もしたが、今は聞かないようにしていた。

彼女なりに考え、悩みをコントロールしているのだろう。そう思ったからだ。

⏰:10/10/27 19:08 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#486 [我輩は匿名である]
ある日。

「ん?」

休み時間、飛鳥が薫と話している。

最近良く見る光景。

仲良くない事はないのだが、2人きりで話しているのは、最近まで見たことはなかった。

「何してるんだろうな」

要も不思議そうにしている。

直人は首をかしげ、話し掛けに行くか考える。

⏰:10/10/27 19:09 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#487 [我輩は匿名である]
するとちょうどよく、8組に響子がやって来た。

「香月香月!」

響子が薫の所に行く前に、直人は響子の元に走る。

「水無月くん」

「ちょっと聞きたい事があるんだけど!」

「ん?」

響子はきょとんとしている。

「神崎と薫が最近やけに仲良いんだけど、何か知らねぇか?」

腕を組んで直人は尋ねる。

⏰:10/10/27 19:09 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#488 [我輩は匿名である]
響子はそれを聞いて、少し考え込んだ。

「………知ってるけど…」

「えっ、マジで!教えて」

「んー、やだ」

響子はにっこり笑って答えた。

「はぁー!?」

「だって今言わない方が、後で水無月くんきっと喜ぶよ?」

「そうなのか?」

何かのどっきりの計画でもしているのか。

⏰:10/10/27 19:09 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#489 [我輩は匿名である]
「もしかして、俺の為のなんか…!?」

「別に水無月くんの為じゃないけどね」

嬉しそうにガッツポーズする直人に、響子がバッサリ否定する。

「ちっ…」と、直人は悔しそうに舌打ちする。

「まぁ浮気じゃないから、気にしなくて良いわよ」

それは想像つくのだが、何なのかは全くわからない。

しかし、響子いわく「直人も喜ぶ」事らしいので、

直人はそれがわかる時まで待つ事にした。

⏰:10/10/27 19:10 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#490 [我輩は匿名である]
それがわかったのは、12月の中旬だった。

すっかり寒くなって、ブレザーを着ても肌寒いくらいだ。

直人達が取り囲んで見ているのは、学期末テストの結果。

貼りだされた紙を見る輪のなかに、奏子の姿はない。

まず目についたのは上位の順位。

薫が1位なのだが、その近くに良介の名前がなかったのだ。

「…とうとう諦めたか」

「まっさっか!!」

4人の背後で声がする。

⏰:10/10/27 19:10 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#491 [我輩は匿名である]
来た。直人達は顔をしかめて目を合わせる。

薫は鬱陶しそうに振り向く。

案の定、そこには仁王立ちした良介がいた。

「…何だよ」

「僕が響子ちゃんを諦めるわけないだろう!?

受けれなかったんだよ!テスト!」

「何で?」

直人と飛鳥は首をかしげる。

⏰:10/10/27 19:10 📱:N08A3 🆔:EbC01sZ6


#492 [ま]
はう(´・ω・`)余計続きが気になる(´・ω・`)

⏰:10/10/31 00:38 📱:P04A 🆔:H9axVRIU


#493 [我輩は匿名である]
「風邪引いて追試になったからさ!」

良介は華麗に理由を言う。

が、薫はすでにげんなりしたように良介を視界から外している。

一応追試は出来るものの、その点数は順位には反映されない。

「おいっ!僕から目を逸らすな!」

良介は声を荒げて、薫の身体を自分の方に向ける。

「相変わらず鬱陶しいね、この子」

彼の暴走ぶりに、要が呆れている。

「次こそは!お前から響子ちゃんを奪い返す!!」

⏰:10/10/31 08:42 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#494 [我輩は匿名である]
良介はビシッと薫を指差す。

「……なぁ、いい加減やめないか?」

薫はため息を吐きながら言う。

「何?」

「お前、本当に響子の事が好きなのか?」

「当たり前だろ!」

「だったら…」

「そんなに勝つ自信が無いか?」

⏰:10/10/31 08:42 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#495 [我輩は匿名である]
良介はまるで見下すような目で薫を見る。

「そういう事じゃない」

「同じ事だろ?響子ちゃんと離れたくないなら、僕に勝てば良いだけの話だ。

1回僕に負けたからか?そりゃあれだけ自信満々に乗ってきたのに…」

「いい加減にしろよ」

薫は口調を強め、良介を睨む。

「ちょっと喋らせておけば調子に乗りやがって…。

“俺”とキョウコの事を何も知らない“ただの幼なじみ”が意気がってんじゃねぇぞ…!」

⏰:10/10/31 08:42 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#496 [我輩は匿名である]
薫の話に、良介は眉をひそめる。

「(何だ…?こいつと響子ちゃんの間に、何かあるのか…?)」

前世の事について全く何も知らない良介は、薫のその言葉が気になった。

「……こわっ」

「完璧にキレてるな…」

隣で2人の様子を見ている直人達は、ちょっとハラハラしている。

響子も、いつもと違って、かなり不安そうな顔で薫を見つめている。

⏰:10/10/31 08:43 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#497 [我輩は匿名である]
「…『何も知らないくせに』っていうんなら」

良介は真剣な顔で薫を見る。

「響子ちゃんと何があったか、僕に全部話してくれよ」

「言っても信じねぇよ。お前に言ったって、嘲笑われて終わるだけだ」

「そんな事わからないだろ!?」

珍しく、良介が本気で声を荒げる。

それを、薫は黙ってじっと見ている。

「…じゃあお前」

少し考えた後、薫は落ち着いた声で口を開く。

⏰:10/10/31 08:43 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#498 [我輩は匿名である]
「生まれてくる前から俺と響子が知り合いだったって言ったら、信じるか?」

そう言われて、良介は理解できないという顔で首をかしげる。

「そんな事あるわけ…」

良介はそこまで言って、ハッとある事を思い出した。

「……もしかして、前に言ってた…」

「…ここでするような話じゃない」

やっと話を理解しはじめた良介に、薫は背を向ける。

「本当に知りたくなったら聞きに来い。

…軽い気持ちで来たら張り倒す」

薫は見向きもしないまま言い放って、教室に入っていった。

⏰:10/10/31 08:44 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#499 [我輩は匿名である]
「……とうとう言わないといけなくなっちゃったな」

飛鳥がボソッと直人に言う。

直人も呆れたように「あぁ…」と返事して、ふと響子に目をやる。

響子は思い悩んだ表情でうつむいている。

そして、彼女も無言のまま教室へ去っていった。

「(どうしたんだろ?響子…)」

飛鳥は気にしながら、響子の背中を見つめる。

良介もその場を離れ、直人と飛鳥は顔を見合わせる。

⏰:10/10/31 08:44 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#500 [我輩は匿名である]
「………あ、俺自分の順位見てねぇわ」

直人はちょっととぼけるように言って、また紙を見直す。

しかし、自分の順位を見つける前に目を止めた。

『7位:神崎 飛鳥(8組) 451点』

「………………なぁ」

「何?」

「…………これ、お前?」

直人は飛鳥の名前を指差して、目を丸くする。

「…あたししかいないじゃん」

飛鳥はかなり恥ずかしそうに答える。

⏰:10/10/31 08:45 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#501 [我輩は匿名である]
答えを聞いて、直人はさらにきょとんとする。

「………えっ!?え!?お前っ、…はぁ!?」

いきなり順位を上げた飛鳥に、直人は混乱する。

しかし、落ち着いて考えて、直人はやっと理解した。

「最近さっさと家に帰ってたのって、勉強する為か?

薫と喋ってたのは、勉強教えてもらってたのか!?」

「………うん」

顔を背けて、飛鳥は頷く。

⏰:10/10/31 08:45 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#502 [我輩は匿名である]
「…何かに力入れてみろって言ったじゃん?

だから、ちょうどいいかな、と思って…」

「偉いっ!!」

直人は満面の笑みで飛鳥の肩を叩く。

「やったじゃん!今日は胸張って弟に嫌みかましてやれよな!」

「………うん」

飛鳥は嬉しそうに小さく笑って頷いた。

まるで自分の事のように喜びながら、直人は教室に向かって歩きだす。

「(………やっぱり)」

彼の姿を見ながら、飛鳥は心の中で呟く。

⏰:10/10/31 08:46 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#503 [我輩は匿名である]
「(あたし、あいつの事好きだな…)」

今まで曖昧に思っていた事。

それが今、改めてはっきりとわかった。

「神崎?どうかしたか?」

直人がこっちを向く。

「…ううん、何にも」

飛鳥は答えて、一緒に教室に向かった。

⏰:10/10/31 08:46 📱:N08A3 🆔:eAY8INGU


#504 [我輩は匿名である]
放課後。

家の前で、飛鳥は少し緊張していた。

隣に響子はもういない。

自分が頑張って7位をとった事を言うと、彼らは何と言うだろう。

もしも、「そうですか」で終わらされたら…。

そう思うと、なかなか踏み出せずにいるのだ。

「邪魔だよ、そこ」

ドアの前でボーッとしていると、背後から巧の声がした。

⏰:10/11/05 15:44 📱:N08A3 🆔:IxG8QTDI


#505 [我輩は匿名である]
振り向くと、偉そうに腕を組んで、巧がこっちを睨んでいる。

「何してたの?家に入るの嫌になった?

だよねー。出来損ないは相手にされないもんね」

巧はバカにするような顔で笑う。

飛鳥はムッとして巧に言い返す。

「あんた、バカにするのもいい加減にしなさいよ」

「はっ、何?なんか自慢出来るような事でも出来た?

良かったねー。僕なんか今日テストで1位とったけどね」

巧は含み笑いのまま言った。

⏰:10/11/05 15:45 📱:N08A3 🆔:IxG8QTDI


#506 [我輩は匿名である]
『1位』という言葉を聞いて、飛鳥は茫然とする。

「はははっ、何?もしかして、成績で僕に勝ったとか思った?

無理に決まってんじゃん、僕に勝とうだなんて。

わかったらさっさとそこどいてくれる?」

巧はため息を吐いて、無理矢理飛鳥をどかせて家に入っていった。

飛鳥は黙ってそこに立ち尽くす。

⏰:10/11/05 15:45 📱:N08A3 🆔:IxG8QTDI


#507 [我輩は匿名である]
やっと、認めてもらえると思っていた。

この家は学力しか見ていない。

母親も、父親も、弟も。

なら良い成績を取らなきゃいけない。その一心でここまできたのに。

あれだけ頑張って、あの成績を取ったのに、また弟に劣るのか。

飛鳥は拳を握りしめ、しばらく下を向いていた。

⏰:10/11/05 15:49 📱:N08A3 🆔:IxG8QTDI


#508 [ゆず]
一気に読んでめっちゃはまりました
気になる
毎回チェックします
がんばっちくりん

⏰:10/11/06 23:23 📱:P03A 🆔:DOyPQ5PU


#509 [☆]
失礼します

>>1-200
>>201-400
>>401-600

頑張ってください

⏰:10/11/07 15:14 📱:SH05B 🆔:☆☆☆


#510 [我輩は匿名である]
>>ゆずサン
>>☆サン
はじめまして
感想ありがとうございます
嬉しいのですが、感想が入ると見辛いというご意見がありましたため、よろしけば小説総合板にある感想板にお願いします
アンカーして下さるのは助かります

⏰:10/11/09 21:55 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#511 [我輩は匿名である]
次の日。

直人はじーっと、何かを考え込む薫をじっと見つめる。

「……何考えてんだ?」

「来週クリスマスだろ?響子に何やろうかと思って」

薫は腕を組んだまま答える。

そういえばあったな、そんなイベント。

直人もそう思いながら「あー」と声を漏らす。

⏰:10/11/09 21:56 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#512 [我輩は匿名である]
「………俺も何かやろうかな」

「……神崎にか?」

「んー。テスト頑張ってたしな。何がいいかなー?」

直人も一緒に考え始める。

「(なぁ、お前何かいい考えない?)」

「俺?…うーん…あの子が何好きなのか知らないしなぁ…」

要も困ったように返事する。

「…お前は?香月に何やんの?」

直人は参考程度に、薫にも話を聞いてみる。

⏰:10/11/09 21:56 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#513 [我輩は匿名である]
「……そうだなぁ…」

薫も直人と同じように、ボーッとしながら考える。

そしてしばらく黙り込んだ後、ふと「あ」と顔を上げた。

「マフラーかな」

「マフラー?何で?」

「この間欲しいって言ってたから」

「あぁ…そりゃ確実に喜ぶだろうな」

直人ははぁっとため息をつく。

⏰:10/11/09 21:56 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#514 [我輩は匿名である]
「(神崎も欲しいもの言ってくれればいいのにな)」

「お前が何かくれるなんて思ってないと思うよ」

うなだれる直人に、要が冷静に答える。

直人は「そうだよなー」と言いつつ、飛鳥に目をやる。

「何か知らねぇけど、元気無いな、あいつ」

薫もちらっと飛鳥を見る。

「やっぱりそうだよな?昨日はテストの順位見て照れてたのに」

飛鳥は机の上に、だるそうに突っ伏している。

⏰:10/11/09 21:57 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#515 [我輩は匿名である]
直人は小さく息をついて立ち上がり、飛鳥に歩み寄る。

「神崎」

直人に話し掛けられ、飛鳥は少しだけ顔を上げる。

昨日とは違い、疲れ果てたような、生気がなくなったような、そんな表情。

「…どうしたんだよ」

彼女のその表情に少し驚きながら、直人はまた問いかける。

飛鳥はしばらく、目を逸らして黙る。

「………もうだめだ、あたし」

やっと口を開いたかと思ったら、呆れたような顔でそう呟いた。

⏰:10/11/09 21:57 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#516 [我輩は匿名である]
「何だよ?昨日はあんなに…」

「1位とったんだよ、あいつが」

「…え…」

直人は言葉を失った。

1位なんて取られると、それ以上上はない。

こちらも1位を取ろうとすると、良介や薫を抜かなければならない。

⏰:10/11/09 21:58 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#517 [我輩は匿名である]
そんな事、飛鳥の学力では到底無理だ。

「…ごめん、応援してくれてたのに…」

飛鳥は再び俯きながら直人に言った。

「別に…謝る事じゃないだろ」

そう励ましたが、飛鳥はもう顔を上げる事はなかった。

⏰:10/11/09 21:58 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#518 [我輩は匿名である]
「もうちょっとでクリスマスだねー」

放課後、響子は薫と2人、階段に腰を下ろして話していた。

「そうだな」

「ところで!」

響子は鞄の中から1冊の雑誌を取り出す。

その表紙にはデカデカと『北海道』と書いてある。

「何?それ」

「ほら、来月スキー実習でしょ?どこ行こうかなぁって」

⏰:10/11/09 22:20 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#519 [我輩は匿名である]
「あぁ、もうそんな時期か」

いろいろあって、スキー実習の事などすっかり忘れていた。

「それでね」

響子は楽しそうに笑いながら、付箋が張ってあるページを開く。

そこには、ガラスで作られた飾り物やアクセサリーがたくさん載せられていた。

「私、ここ行きたいんだ」

「…あぁ、好きそうだな。1日目が観光だったっけ」

「そう♪で、2日目と3日目がスキー!」

今からでも心待ちにしている響子を見て、薫も自然と顔がほころぶ。

⏰:10/11/09 22:20 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#520 [我輩は匿名である]
「…飛鳥ちゃんも奏子ちゃんも、楽しめるかな?せっかくの旅行なのに…」

ふと飛鳥たちのことを思い出して、響子の表情が曇る。

今日も昼休みに一緒に昼食を摂ったものの、終始暗かった飛鳥。

奏子も相変わらず、まだ仲直りはしていない。

「……まぁそうだけど、クラス違うだろ」

「違っても心配なの!」

世話焼きな響子は、勢い良く本を閉じる。

「…まぁ、今全員問題持ちだもんなぁ…」

⏰:10/11/09 22:21 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#521 [我輩は匿名である]
薫と響子は良介、飛鳥と奏子は互いの喧嘩、直人はその他いろいろ…。

このままでは、せっかくのスキー実習が楽しめずに終わってしまう。

響子はそれが心配で仕方がないらしい。

「どうにかなるだろ。今までもどうにかなってきたんだし」

薫は小さく笑い、ポンと響子の頭をたたいた。

⏰:10/11/09 22:21 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#522 [我輩は匿名である]
「はぁ…」

一足先に学校を出た直人は、ぼちぼち歩きながら家に向かう。

「…なぁ、どうすればいいと思う?」

誰もいないのを良いことに、直人は口に出して尋ねる。

「神崎の事?」

直人の問いに、要が聞き返してくる。

「あぁ。他にどうやって見返してやれば良いんだよ…」

弟の巧が学年トップを取った今、追い抜くことが出来なくなった。

同じトップを取ろうとも、上には薫たちがいる。

⏰:10/11/09 22:21 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#523 [我輩は匿名である]
要も考えているのか、返事が返ってこない。

「…………そんなに成績が大事なのかな?」

しばらくして、要が言った。

「今更そこかよ」

直人も呆れたように言い返す。

「あいつの家族が成績しか見てないんだから、大事なんだろうよ」

「まぁそれはそうだけど…。

でも、成績意外にも見返す方法はないのかなってさ」

まぁ確かに。直人も頷く。

⏰:10/11/09 22:22 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#524 [我輩は匿名である]
しかし、成績しか見ない彼らを、どうやって見返せるのだろうか。

「………ま、ぼちぼち考えていくかな」

「面倒見るのはほどほどにするんじゃなかったの?」

「……まぁそうだけどさぁ…、今のあいつ見てると…」

「下手すると、俺達みたいになっちゃうよ?」

その言葉に、直人は足を止める。

「でも…」

「ほっとけないんだろ?俺もそうだったよ。だからああなった」

声だけではわからないが、要はきっと、後悔しているのだろう。

⏰:10/11/09 22:22 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#525 [我輩は匿名である]
直人にはわかった。

「…………考えるだけなら構わねぇだろ」

ちょっと間黙り込んだあと、直人は口を開いた。

「そりゃあ、考えるのは自由だからね」

要は少し笑っているようだ。

考えるだけで終われるなら苦労しないんだけど、と。

⏰:10/11/09 22:23 📱:N08A3 🆔:elepWMVo


#526 [(o^〜^o)]
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-600
>>601-700
>>701-800
>>801-900
>>901-1000

⏰:10/11/11 11:18 📱:F01A 🆔:yy6g86Pg


#527 [我輩は匿名である]
結局、クリスマスに何かをプレゼントできる雰囲気じゃないまま、冬休みに入ってしまった。

「結局、何もプレゼントできなかったね」

寒いから布団にくるまっている直人に、要が言う。

「しゃーねぇだろ…。思い浮かばなかったし、そんな空気でもねぇし」

「まぁね…」

「直人ー!」

階段付近から、直人の母親の声がする。

「んあ〜?」

直人はめんどくさそうに、顔だけ出して返事する。

⏰:10/11/20 21:51 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#528 [我輩は匿名である]
「トイレットペーパー買ってくるの忘れたから、買ってきてー!」

「はぁー!?」

「寒がってないで、たまには外出なさーい、男でしょー!?」

「関係ねぇだろ…」

ブツブツ言いながらも、直人は布団から出てくる。

そして、ふとある事を思い出した。

「…俺前にもこんな事………あぁ!思い出した!

俺が初めてタイムスリップした時も、トイレットペーパーだった!」

「タイムスリップ?あぁ、本の中身?」

⏰:10/11/20 21:52 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#529 [我輩は匿名である]
「そうそう!」

出て行ける格好をして、直人は部屋を出る。

「あっ、行ってくれんのね。はい、お金」

母親はにこやかに、500円玉を直人に手渡した。

「おぅ、ちょっくら行って来るわ」

「薬局が今日安いらしいから、そっちで買ってきてね」

「はいはい」

直人は背中で返事をして、靴を履いて家を出た。

⏰:10/11/20 21:52 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#530 [我輩は匿名である]
ダウンを着てはいるが、顔に冬の寒さが突き刺さる。

「さみー!この寒さヤバくね?」

「俺寒さとか感じないから大丈夫♪」

要は明るい声で言った。

「え、そうなのか?」

「だって俺、幽霊みたいなものだから」

「……そっか…」

そう言われると改めて、自分の置かれている状況が異色すぎることに気付かされる。

直人はしばらく、黙ったまま歩を進める。

⏰:10/11/20 21:52 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#531 [我輩は匿名である]
「直人は俺がトイレットペーパー買いに行かされた時から知ってたんだな」

「まぁそういう事だな……ん?」

直人は返事をしながら、前方に女性が歩いているのに気付いた。

見慣れた茶髪に、見覚えのあるプーマのジャージ。

「神崎!」

直人は白い息を吐き出して、女性に声をかける。

すると、ジャージの女性は振り返った。

「水無月」

「何してんだ?お前」

飛鳥に駆け寄り、尋ねてみる。

⏰:10/11/20 21:53 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#532 [我輩は匿名である]
「暇だから、散歩」

「散歩!?こんな寒いのによく外に出ようと思ったなぁ…」

「家にいるよりマシだし」

そりゃそうか。直人は頷く。

「あんたは?」

「トイレットペーパー買って来いって言われてさ。一緒に来る?」

「…うん、行く」

飛鳥は小さく笑って返事した。

2人は並んで、薬局に向かった。

⏰:10/11/20 21:53 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#533 [我輩は匿名である]
「お前、冬休み暇で仕方ねぇんじゃねーの?」

「そりゃ暇だよ。バイトない日は特にな」

「そういえば、安斎との喧嘩はどうなったんだ?仲直りしたか?」

「してない」

「だろうな…」

直人はめんどくさそうにため息を吐く。

「まぁ…そのうちね」

飛鳥も、そろそろ話し合わないといけない事はわかっているようだ。

だったらいいか、と、直人は小さく笑う。

⏰:10/11/20 21:54 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#534 [我輩は匿名である]
「お前暇なんだったら、一緒に初詣でも行くか?」

「は?何、急に」

「いやぁ、いつもは薫と行くんだけどさ、

あいつ多分香月連れてくるだろうから、お前も来るかなぁと思って」

直人の提案に、飛鳥は少し意外そうな顔をしながらも「行く!」と即答した。

「…あー、お前ケータイ持ってねぇんだったな。

んじゃあ、1月1日10時に学校で待ち合わせな」

「…うん!」

飛鳥は久しぶりに、嬉しそうな笑顔を見せた。

⏰:10/11/20 21:54 📱:N08A3 🆔:XcM6i1lA


#535 [我輩は匿名である]
1月1日。

飛鳥はジャージではなく私服を来て、玄関で靴を履いていた。

「どこ行くの?」

またいびりに来たのか、巧が後ろに立っている。

「こんな元旦から出歩くなんて、暇人はいいよねぇ。

僕は勉強で大忙しだっていうのに。

どうせつまんない奴らとつるんでるんでしょ」

飛鳥はそれを聞き流しながら、スニーカーの紐を結んでいる。

そういえば、巧がどこかに出かけていくのを見たことが無い。

⏰:10/11/21 13:57 📱:N08A3 🆔:qrb3T8Wo


#536 [我輩は匿名である]
「まぁ、誰かとつるむの自体時間の無駄だけどね」

その一言で、飛鳥は立ち上がり、巧に向き合った。

「あんた、友達いないんだ」

巧の口元が、微妙に引きつる。

「…はぁ?」

「だってそうだろ?誰かと遊びに行くとこも見た事ないし、

友達いる奴が『つるむのは時間の無駄』なんか言わないし」

「だから?友達がいたから何なの?そんな事、将来に何の関係がある?」

巧はどこか、意地になったように問い詰めてくる。

⏰:10/11/21 13:57 📱:N08A3 🆔:qrb3T8Wo


#537 [我輩は匿名である]
「僕はお前とは違って、将来を期待されてるんだ。

他の奴らと馴れ合ってる暇なんかないんだよ」

「勉強熱心で毎回試験で1位とってる奴でも、友達はたくさんいるよ。

1位の奴だけじゃない。バカだろうが秀才だろうが、みんな誰かと一緒に生きてる。

……あんたみたいな考え方の奴が、将来まともに生きていけるはず無い」

「何?僕に勝てないからって、とうとう負け惜しみ!?みっとも…」

「何とでも言いなよ。でも私は間違った事を言ってるとは思ってない。

あんたは他人をバカにしすぎてる。

“自分は誰よりも賢い”なんかバカな思い込み、捨てたら?」

⏰:10/11/21 13:58 📱:N08A3 🆔:qrb3T8Wo


#538 [我輩は匿名である]
「うるさいな!」

巧はついに、ムキになって声を荒げた。

「今そんな事に時間費やしてる暇ないんだよ!

僕は将来、父さんみたいな優秀な弁護士になるって決めてるんだ!

お前みたいな出来損ないに見下される筋合いないね!」

巧はそう言い切って、飛鳥を睨む。

“昔の自分”に似てる。飛鳥はなぜか、そう感じた。

「…そう。じゃあその“出来損ない”は、将来は捨てて今日1日楽しんで来るわ。

将来を考えるより、今を大事にする方がいいし」

「ははっ、じゃあ一生父さんにも母さんにも認められないよ!?」

⏰:10/11/21 13:58 📱:N08A3 🆔:qrb3T8Wo


#539 [我輩は匿名である]
「学力しか見ない親なんか、こっちから願い下げだよ」

飛鳥はそう吐き捨てて、家を出る。

そして、何歩か歩いて立ち止まった。

全身が震えている。

「(……よくあんだけ言い返せたな、あたし。弟相手に震えるとか、みっともない…)」

それでも、今回は負けた気がしない。

よくやった、と、心の中で自分を褒めた。

⏰:10/11/21 13:59 📱:N08A3 🆔:qrb3T8Wo


#540 [我輩は匿名である]
「飛鳥ちゃん来ないねー」

校門の前で、直人・薫・響子は飛鳥を待っていた。

10時を回ったが、飛鳥はまだ来ない。

「本当に来るのか?」

「来るって言ってたぞ」

薫はあまり信じていないようだ。

「…あっ、来た来た」

響子は言いながら、こちらに向かって走ってくる飛鳥に手を振る。

「遅い」

薫は腕を組んで飛鳥を睨む。

⏰:10/11/25 20:31 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#541 [我輩は匿名である]
「ごめん……ちょっと…あろいろありまして……」

「また例の弟か?」

「うん…。でも…今日はちゃんと言い負かして来たよ」

飛鳥は息を切らしながらも、吹っ切れたような笑みを見せた。

直人達はきょとんとする。

「マジで!?やるじゃんお前!」

直人はまるで自分の手柄のように喜び、飛鳥の肩を叩く。

2人の様子を、薫と響子も笑って見ている。

どんな言い合いだったのか、直人は飛鳥の話を聞きながら神社に向かって歩きだした。

⏰:10/11/25 20:32 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#542 [我輩は匿名である]
神社に着いた時、1から10まで喋らされた飛鳥はクタクタになっていた。

「……はぁ…疲れた…」

「そりゃあんだけ喋れば疲れるわよねぇ。

ちょっと休んでたら?私トイレ行きたくなっちゃった」

「あ、俺も!」

直人も手を挙げる。

「じゃあ行って来いよ、俺達ここで待ってるから」

薫の言葉に、ドキッとしたように飛鳥が彼の顔を見上げる。

が、鈍感な直人がそれに気付くはずもなく、響子とトイレに歩いていってしまった。

⏰:10/11/25 20:32 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#543 [我輩は匿名である]
「あそこに座って待っとくか」

薫は傍に木で出来た長椅子を見付け、そこに腰を下ろす。

立っていても仕方がないので、飛鳥もしぶしぶ、少し間を空けてそこに座った。

⏰:10/11/25 20:32 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#544 [我輩は匿名である]
「人が多いと思ったら、日本には初詣というものがあったんだなぁ、ポチ」

同じ頃、良介は犬の散歩で近くを歩いていた。

大事に育てているらしく、他の犬や人を見ても全く吠えない。

代わりに口笛を吹きながら歩いていると、

薫と飛鳥が並んで椅子に座っているのを見付け、驚いて足を止めた。

「(……な、なな何だあの組み合わせは!?

響子ちゃんは!?まさかあいつ、浮気か!?)」

良介は勝手に勘違いし、2人の声が聞こえる場所に、見えないようにしゃがみこむ。

⏰:10/11/25 20:33 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#545 [我輩は匿名である]
2人はしばらく黙っていた。

しかし、飛鳥には以前から、薫に聞きたい事があった。

いい機会と言えばいい機会なのだが、なかなか言いだせない。

「…何か言いたそうだな」

飛鳥の様子を見て察したのか、薫が先に話し掛けてきた。

「え!?あ、いや、あるっちゃ…ある…けど…」

「…何だよ、言えよ」

焦っている飛鳥を見て、薫も何だか落ち着かない。

こういう空気になってしまったら、言うしかない。

⏰:10/11/25 20:33 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#546 [我輩は匿名である]
飛鳥は心を決めて口を開く。

「……あたしの事、殺したかったんでしょ?」

単刀直入すぎて、薫も、見ていた良介も目を丸くする。

が、薫はすぐにいつもの涼しげな表情で答えた。

「…あぁ、殺したかったよ」

やっぱり。わかってはいたが、やはりショックは隠せない。

⏰:10/11/25 20:34 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#547 [我輩は匿名である]
「…何やってんの?あんた」

盗み聞きしていた良介に、誰かが話し掛けてきた。

慌てて振り向いてみると、そこには奏子が立っていた。

「……な、何だ…君か…」

「…相変わらず変だねぇ…ん?」

奏子も飛鳥と薫を見つけ、一緒にしゃがみこんだ。

「何してるの?あの2人」

「それが…」

⏰:10/11/25 20:34 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#548 [我輩は匿名である]
「それぐらいあたしの事恨んでたのに、何で許せるようになったんだろうって。

なんか前にちょっと聞いたけど、やっぱ気になっちゃってさ」

飛鳥に正直に問い掛けられて、薫も真面目な顔で答えはじめた。

「…確かに、前世の事を思い出して、お前が石川晶だと知ってから、ずっと恨んでた。

お前さえいなければ、今日子は死なずにすんだんだからな」

見られているとは知らず、薫は飛鳥に言う。


「響子が死んだ?何の話?」
『キョウコ』という名前を香月響子しか知らない2人は、顔を見合わせる。

⏰:10/11/25 20:35 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#549 [我輩は匿名である]
「でも…変な言い方だけど、お前が今日子を巻き添えにしてくれて良かったのかも知れないと思ったんだ」

どういう事なのか。飛鳥は小さく首をひねる。

「今日子が死んでも死ななくても、俺が癌に侵される事は変わらない。

今のように医療が進歩していたら変わったかもしれないが、

少なくともあの時代では、癌は不治の病と言われていた。

だからもし今日子が生きていたら、いつか遺されるのは今日子になる」

「……あぁ…そっか…」

「あの時、俺達はまだ20代だった。俺もただのサラリーマンだったから、貯金も生命保険も少ししかなかった。

精神的に辛い上に、産まれたばかりの子どもを抱えて、今日子は生きていかなければならなくなる。

…そうなるなら、遺されたのが俺で良かったんだと思った」

⏰:10/11/25 20:36 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#550 [我輩は匿名である]
そう言って、薫は小さく笑った。

「それにお前を殺しても、あの日に戻れるわけでもないし、

俺が霜月優也に戻るわけでも、響子が長谷部今日子に戻るわけでも、

直人が長月要に戻るわけでもない。だったら何のメリットもないだろ。

…まぁ、だからといってお前が自殺したのが正しかったとは思わないけどな」

「あぁ…それは…そうだと思う…」

薫にそう付け足されて、飛鳥は少し肩をすぼめる。

⏰:10/11/25 20:36 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#551 [我輩は匿名である]
「そんなに気になってたのか?ほんと小心者だな、お前」

「ほ…ほっといてよ」

飛鳥はむすっとして目を逸らす。


「……今の話…」

良介と奏子は、それぞれ複雑な気持ちで、しばらくそこに留まっていた。

⏰:10/11/25 20:37 📱:N08A3 🆔:7I8QaZgA


#552 [あんちむ]
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-600
>>601-700

⏰:10/11/29 12:09 📱:SH05A3 🆔:5j8KcYUA


#553 [あんちむ]
>>552

⏰:10/11/29 12:10 📱:SH05A3 🆔:5j8KcYUA


#554 [我輩は匿名である]
3学期。

「あーあ、テスト全然わかんね」

「どうせ冬休みの課題、答え丸写しして終わらせたんだろ」

この日は、冬休みの課題を踏まえた実力テストだった。

「あんな量1個1個やってられるかよ」

「まぁ、俺も半分ぐらい写したけどな」

空になった弁当箱を片付けながら、薫は笑う。

「お前もかよ。…で?今回はちゃんと1位取れそうなのか?」

直人は良介の事を思い出し、薫に聞いてみる。

すると、薫の動きが止まった。

⏰:10/12/15 17:40 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#555 [我輩は匿名である]
「……嫌な事思い出させるなよ…」

「何だ、忘れてたのか」

「…でも今回何も言ってこなかったな。あいつも忘れてるんじゃないか?

っていうか、いい加減忘れてほしい」

「無理だろ」

「月城ー!」

クラスメイトが、教室に入ってくるなり駆け寄ってきた。

「何」

「今廊下で聞いたんだけどさ、スキー実習のグループ、4組と一緒らしいぞ!」

「へぇ、良かったじゃん。嫁と一緒で」

⏰:10/12/15 17:40 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#556 [我輩は匿名である]
「嫁のストーカーも一緒だぞ」

わざわざ急いで言いに来た意味をわかっていない直人に、クラスメイトが補足する。

「うわ、めんどくせぇ」

「…終わった…俺のスキー実習…」

薫は早くもげっそりしてうなだれている。

直人とクラスメイトは、哀れみを込めた目で薫を見る。

「水無月くん!」

いつ来たのか、響子がバン!と机をたたく。

「うわ、びっくりした。いつからいたの」

「今!それよりね!」

⏰:10/12/15 17:41 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#557 [我輩は匿名である]
「聞いたよ…スキー実習が地獄になる事だろ…」

薫は壁にもたれながら響子に言う。

「違う!飛鳥ちゃんと奏子ちゃんが、とうとう1対1で話し合うって」

「え、マジで?」

「うん。さっき奏子ちゃんが来て、2人で行っちゃったのよ」

「やっとかよ。つーか、あの2人何で喧嘩してたの?」

直人は響子に聞き返す。

ここまで来て理由をわかっていない直人に、響子と薫は呆れてため息を吐いた。

⏰:10/12/15 17:41 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#558 [我輩は匿名である]
飛鳥と奏子は、階段の踊り場にいた。

「ごめん、呼び出したりして」

「…ううん、あたしも話したい事あったから」

緊張しつつ、飛鳥ははっきりと受け答えする。

「……1つ、謝らなきゃいけないんだ」

奏子は視線を落として白状する。

「この間、神社のベンチで月城と喋ってるの、……聞いちゃったんだ」

「……“私”が、自殺したって話?」

飛鳥に聞かれ、奏子は申し訳なさそうに頷く。

あれだけ知られたくないと思っていたが、なぜか怒る気にならない。

⏰:10/12/15 22:00 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#559 [我輩は匿名である]
「……いいよ、いつか話さないといけないのかなって思ってたし…」

「…そっか。…………じゃあ、1つ聞いていい?」

「…うん。何?」

「…水無月の前世の事」

覚悟はしていたが、ドキッとした。

飛鳥はしばらく黙り込む。

「…知り合いだったんだよね?」

「………うん」

飛鳥は自分を落ち着かせようと、息を吐く。

「……前世の私が、唯一好きになった人だった」

⏰:10/12/15 22:00 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#560 [我輩は匿名である]
飛鳥はそう白状した。奏子は心の中で、やっぱりな、と呟く。

「…私のせいで死んだんだ」

「どういう意味?」

「……私が、あいつが止めるのも聞かないで道路に飛び出したから…」

そういえば、水無月はトラックにはねられたって言ってたな。

奏子は話を聞きながら思い出した。

「それがショックで、耐えきれなくて、ビルの上から飛び降りたんだ。

ちょうどその下を歩いてた、響子を巻き添えにして」

奏子はそれを聞いて、少しの間黙っていた。

「全部、私の思い違いだったんだ。あいつの話を聞いていれば、あんな事にはならなかった」

⏰:10/12/15 22:01 📱:N08A3 🆔:e1TLLFT2


#561 [我輩は匿名である]
飛鳥は視線を落とす。

「……それでも、飛鳥はやっぱり水無月が好きなの?」

「……うん。隠しててごめん」

「ううん、私こそごめん。あんな言い方して。

…あと、ありがとう、話してくれて。ずっと気になってたんだ」

奏子はそう言ってにっこり笑う。

「これからは、いいライバルって事で」

「うん」

飛鳥も頷いて笑い返した。

⏰:10/12/16 22:53 📱:N08A3 🆔:Sg0X.jqw


#562 [我輩は匿名である]
HRの時間、直人は配られたスキー実習のしおりを見て顔を引きつらせる。

男女合わせて6人グループ。女子枠には飛鳥の名前がある。問題は男子枠が薫と良介。

「めんどくさい組み合わせになっちゃったねー」

他人事なのをいい事に、要が呆れたように言う。

「(なんでこうなるわけ…?)」

そう思いながら、薫に目をやると、案の定死んだように壁にもたれ掛かっている。

「でもまぁ、香月響子がいないだけマシじゃない?いたら絶対もめるよ」

「(まぁな…)」

「(………何も起きなきゃいいけど…でもまぁ……そろそろかな…)」

要は直人の中で、声を出さずに考えていた。

⏰:10/12/16 22:54 📱:N08A3 🆔:Sg0X.jqw


#563 [我輩は匿名である]
楽しみのようなそうでもないような気がしていると、あっという間に日が過ぎていった。

そして、待ちに待ったスキー実習初日。

「すげーっ!!俺飛行機乗るの初めてだ!!」

「俺もー!!」

リムジンバスに乗り、最寄りの空港に到着した直人たち。

今までに飛行機に乗ったことが無い直人と要は、そろって目を輝かせる。

「おい、何で1位なんだよ」

「お前こそ。いい加減諦めろ」

直人が空港の窓ガラスに張りついているのを尻目に、薫と良介は睨み合う。

⏰:10/12/17 23:43 📱:N08A3 🆔:RRRJrnkw


#564 [我輩は匿名である]
「飽きないねぇ、あの2人」

「うん…」

飛鳥を含めた女子3人が、呆れた目で良介達を見ている。

「次、4組8組ー!静かに搭乗しなさーい!」

引率の教師の支持に従って、直人達は搭乗を始める。

「響子、酔ったの治った?」

クラスメイト達が搭乗を始めたのを見て、グループの友人が響子に声をかける。

「うん、だいぶマシになった。行こ」

空港までのバスで車酔いをした響子は、まだ顔色が悪いまま飛行機に乗った。

⏰:10/12/17 23:44 📱:N08A3 🆔:RRRJrnkw


#565 [葵]
早く続き読みたい(`・ω・')

⏰:10/12/21 06:36 📱:SH06A3 🆔:☆☆☆


#566 [我輩は匿名である]
「あー飛行機楽しかった♪」

札幌空港に到着し、直人はすでに満足気な顔で外の雪景色を見つめる。

その隣では、薫はエチケット袋を片手にぐったりしている。

「弱っちいなぁ、やっぱり響子ちゃんには僕がふさわし」

「黙れ」

「酔ってる時ぐらい静かにしてろよ……ん?」

早く降りたそうに立ち上がった直人は、ある席に教師が何人か集まっているのを見つけた。

「何かあったのかな?」

「(みたいだな…)」

⏰:10/12/25 10:00 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#567 [我輩は匿名である]
要と言いながら見ていると、降りる番がきたらしく、薫達が立ち上がった。

少し気になったが、直人は何も言わずにそれに続いて飛行機を降りた。

空港を出ると、そこは本当に、見たこともないような雪景色。

同時に顔に寒さが突き刺さってくるが、興奮しているからか、あまり気にならない。

「おー、マジで北海道だな!早くスキーしてー」

そんな直人の隣では、酔っている薫に加えて、運動音痴の良介も暗い顔をしている。

「ずっと観光でいいのに…」

良介と同じ理由でため息を吐く飛鳥に、クラスメイトが「それスキー実習じゃないじゃん」と笑っている。

それぞれいろんな思いを抱きながら、観光地までのリムジンバスに乗り込んだ。

⏰:10/12/25 10:01 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#568 [我輩は匿名である]
観光地は小樽市周辺。
バスから降りて記念写真を撮った後は、集合時間まで自由行動だ。

「どこ行くのー?」

「とりあえず飯食おうぜ」

「月城くん食べれる?」

「酔い止め飲んだから大丈夫」

6人は地図を見ながら、どこで昼食を食べるか話し合う。

「北海道っつったらラーメンじゃね?」

「えー僕ラーメン昨日食べちゃったよ」

⏰:10/12/25 10:01 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#569 [我輩は匿名である]
「バッカじゃないの!?」

「嫌ならあんただけ違うの食べな」

「……わかったよー、ラーメンでいいよー…」

「んじゃ決定ー」

そう言って、直人達はラーメン屋に向かって歩きだした。

その後、みんなでワイワイしながらラーメンを食べた後、

小樽運河やオルゴール館等を見て回った。

集合時間が迫ってきていたため、直人達は駐車場へと引き替えしはじめる。

⏰:10/12/25 10:01 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#570 [我輩は匿名である]
「えー!」

急に、後ろを歩いていた4組の女子が声を上げた。

「What's!?びっくりするじゃないか!」

「インフルエンザ疑いが出たって!」

女子は携帯電話を見ながら言う。

時期は1月。インフルエンザ感染者が出てきてもおかしくはない。

「あーぁ。まぁ出るだろうとは思ってたけどな」

もしかして、飛行機で教師が集まっていたのは、その話だったのかもしれない。

「しかも響子だって!」

その一言に、薫と良介が驚いたように振り向く。

⏰:10/12/25 10:02 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#571 [我輩は匿名である]
「えっ!?響子ちゃんが!?オーマイガー」

「うるさいんだよ、いちいち…」

良介が女子から非難を浴びている中、薫は暗い顔で黙り込む。

いつだったか、旅行雑誌を見ながら笑っていた響子。

あそこに行きたい、ここにも行きたいと、楽しみにしていたのに…。

薫は無言のまま腕時計に目をやる。集合時間まであと5分。

「……直人」

「ん?」

⏰:10/12/25 10:02 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#572 [我輩は匿名である]
「…俺、後で追い付くから先戻ってて」

「は?えっ、ちょ…」

呼び止める間もなく、薫は駐車場とは反対方向へ走りだした。

「ちょっと、どうすんの!?もう時間ないよ!」

「でもいいじゃーん♪あれ絶対響子に何か買いに行ったよ」

「何!?」

「…まぁ、いいんじゃないの?彼らしくて」

「(いいんだけどさ…時間に間に合わないぞ?)」

「帰って来るよ、そのうち」

⏰:10/12/25 10:03 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#573 [我輩は匿名である]
「(適当だなぁ…)」

直人は思いながら、困ったように頭を掻く。

「ここにいても仕方ないし、駐車場行こうよ。怒られない言い訳考えつつさ」

「え、僕は怒られるのはごめんだぞ!勝手にどっか行った奴の事なんか知るか!」

「さっきからうるせぇなぁ!」

やたらと横槍を入れてくる良介に、直人が声を上げる。

「薫と張り合う割に、ちぃせぇ奴だな!あいつは怒られるの承知で行ったんだろうが!

成績成績って威張りやがって!本当に香月の事好きなのかよお前!」

直人が怒鳴っているのを見て、飛鳥たちもきょとんとしている。

⏰:10/12/25 10:07 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#574 [我輩は匿名である]
「…まぁ今の見たら、月城くんの方が上だよねぇー」

4組の女子たちも、首を縦に振る。

「別に怒られるのぐらい、どうって事ないし」

飛鳥も腕を組んで言う。

「仕方ねぇだろ、もう薫行っちまったし。行くぞ」

不機嫌そうに鼻息を荒くして、直人はドカドカ歩きだす。

「やるじゃん」

飛鳥が直人の隣を歩きながら笑う。

⏰:10/12/25 10:07 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#575 [我輩は匿名である]
「あたしもスッキリした」

「ったりめぇだろ!どっちにしろ怒られんだから、

さっさと行ってバス乗ってた方が温かいしよ」

「そっち…?」

直人達はぶつぶつ言いながら、駐車場へと戻った。

⏰:10/12/25 10:07 📱:N08A3 🆔:xWmSr4uA


#576 [我輩は匿名である]
「ん?1人足りなくないか?」

バスの前で点呼をとられ、直人達は目を見合う。

「あの…ちょっと月城が…」

「月城がどうした?」

「…ちょっと…」

「ちょっと?」

「…………お、お腹痛いって」

直人が誤魔化せないと思った飛鳥が、適当に嘘を吐いた。

「そ、そう!で、トイレにこもっちゃって!」

⏰:10/12/28 22:48 📱:N08A3 🆔:CS9vaOp2


#577 [我輩は匿名である]
「先に行っててって言われたんですぅー」

飛鳥に続いて、女子たちが口々に言い訳する。

「えー!?昼飯か何かあたったんじゃないのか!?」

「さ、さぁ…。まぁ、もうくると思いますよ」

「困ったなぁ…。まぁお前達は先にバス乗ってろ」

「はーい」

何とか誤魔化した直人達は、そそくさとバスに乗り込む。

「あんまり怒られなかったねー」

5人はホッと胸を撫で下ろしながら、それぞれ席に座る。

⏰:10/12/28 22:48 📱:N08A3 🆔:CS9vaOp2


#578 [りか]
いつも読んでます
思ったのですがもしかしたら
魔法のIランドなんかで書かれたら
いいとこまでいくかもしれないですよメ

⏰:10/12/29 12:59 📱:SH003 🆔:BqXyKb.Y


#579 [我輩は匿名である]
>>りかサン
コメントありがとうございます。
申し訳ありませんが、感想等は感想板の方にお願い致しますm(_ _)m

⏰:10/12/29 13:28 📱:N08A3 🆔:M/DS/ErQ


#580 [我輩は匿名である]
集合時間を3分遅れて、薫が走って帰ってきた。

担任に頭を下げる薫を、直人は窓越しに見る。

少しやりとりが合った後、薫がバスに乗ってきた。

「おかえりー」

「あぁ…ごめん、怒られなかった…?」

「大丈夫だったよ」

「そう…。なんか…いい感じに嘘ついてありがと…助かった…」

薫は言いながら、直人の隣に座る。

相当ダッシュしてきたらしく、息を吐くたびにゼイゼイいっている。

⏰:10/12/30 17:28 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#581 [我輩は匿名である]
「大丈夫かよ?」

「あんまり…」

薫は短く答えながら、吸入式の気管支拡張剤を吸い込む。

「…で、どこに何しに行ったんだ?」

「……ガラス館?…に…」

「プレゼントでも買いに?」

⏰:10/12/30 17:28 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#582 [我輩は匿名である]
「………まぁな……。ガラス館で…買い物したいって言ってたから……」

呼吸を整えながら、薫はちょっと恥ずかしそうに答える。

「香月、大丈夫かなぁ?」

「…響子は割と丈夫なほうだし…大丈夫だろ…」

「そうだな」

全員揃ったのを再確認して、バスはやっと発車した。

⏰:10/12/30 17:29 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#583 [我輩は匿名である]
ホテルに着いたのは、それから約1時間後の事だった。

部屋に入るなり、直人はベッドにダイブする。

「はぁ〜フカフカ〜♪」

「やめろよ、埃立つだろ」

うっとうしそうに咳払いをしながら、薫もベッドに腰を下ろす。

3人部屋なので少し狭いが、泊まるにはなかなかいいホテルだ。

「今日の晩飯何かなぁー」

直人は寝転がってしおりを広げる。

その横で、薫はふと、さっきから良介が大人しい事に気付いた。

⏰:10/12/30 22:19 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#584 [我輩は匿名である]
「どうしたんだ?気持ち悪いぐらい大人しいな」

不審そうに尋ねるが、良介はベッドに寝転んで、何も言わない。

「(………変な奴。まぁ元々だけど)」

「飯まで暇だな。テレビでも見るか♪」

直人は2人の空気の悪さに気付く事なく、独り言を言いながら勝手にテレビをつける。

「この時間は何もいい番組ないじゃないか」

「わかんねぇだろ?そんな事。つーか、チャンネルおかしくね?」

⏰:10/12/30 22:20 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#585 [我輩は匿名である]
「やっぱり君バカだよね。地方が違うんだからチャンネルが変わるのは当たり前じゃないか」

「あぁ!そうか!」

良介に言われて、直人は納得して頷く。

その横で、薫は鞄からルーズリーフを取り出し、テーブルで何か書き始めた。

⏰:10/12/30 22:20 📱:N08A3 🆔:FW8KT5jQ


#586 [我輩は匿名である]
「…おっ、そろそろ飯の時間じゃね?」

1時間ほどして、直人がふと時計に目をやって言った。

「本当だな。そろそろレストランの前に集まらないとな」

ずっとルーズリーフと睨めっこしていた薫も、それを裏返して立ち上がる。

「さーて、行くか」

テレビを消して、直人もひょいっとベッドから降りる。

「……あ、僕ちょっとトイレ行ってから行くから、先に行ってて」

良介は少し苦笑いして2人に言う。

⏰:10/12/31 10:47 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#587 [我輩は匿名である]
「は?待ってるからさっさと行けよ」

「待たれると焦るんだよ。すぐ行くから」

「ふぅん。じゃあ先行くぞ」

直人は何も疑わず、薫を連れて部屋を出た。

部屋に残った良介は、ちょっと間考え込む。

そして、静かにテーブルに近づき、薫のルーズリーフを拾い上げた。

1番上に『響子へ』と書かれたのを見ると、手紙のようだ。

体調を心配している事や、初めての手紙で緊張している事が書かれている。

途中、良介にはすぐに理解できない内容が出てきた。。

⏰:10/12/31 10:47 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#588 [我輩は匿名である]
『そういえば、まだカレー作ってませんね。

俺が「飯作る」って言った時の今日子の嬉しそうな顔は、今でもはっきり覚えてます。

思えば、結婚してからあんなに喜ばせた事無かったかも知れませんね。

俺は仕事ばっかりで、家に帰っても今日子に何もしてあげられなかったし…。

だから(って事もないけど)、せめて霜月優也よりはいい男になろうと思います。

……なんか、何を書いてるのかわからなくなってきた。

とりあえず、ゆっくり休んで早く元気になって下さい。 月城薫』

⏰:10/12/31 10:48 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#589 [我輩は匿名である]
「(これ…前に言ってた都市伝説の話か…?)」

良介は最後まで目を通し、少しの間立ちすくむ。

そして、またルーズリーフをテーブルに置いて、さっさと部屋を出た。

⏰:10/12/31 10:48 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#590 [我輩は匿名である]
夕飯を終えて、薫はある部屋の前に立っていた。

インフルエンザにかかった生徒が隔離されている部屋だ。

ノックをすると、マスクをした養護教諭が出て来た。

「はーい。あら?どうしたの?体調不良?」

「いえ。…4組の香月響子って、いますか?」

「香月さん?いるわよ。今寝てるけど」

「…そうですか。…しんどそうですか?」

⏰:10/12/31 10:50 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#591 [我輩は匿名である]
「ううん。予防接種してたらしいから、熱が出てるだけでピンピンしてるわよ。

暇だ暇だってずーっと嘆いてるわ」

養護教諭は笑って話す。

響子らしいな、と思いつつ、薫もホッとしたように笑い返す。

「香月さんに何か用?」

「あぁ、はい。これ…渡してもらえますか?」

薫は今日1人で買いに行ったプレゼントを養護教諭に見せる。

中にはあの手紙も一緒に入っている。

「あら、プレゼント?あら〜♪いいよ、渡しといてあげる。名前は?」

⏰:10/12/31 10:50 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#592 [我輩は匿名である]
「8組の月城です」

「月城くん、ね。わかりました。じゃあ起きたら渡しとくわね」

「お願いします」

そう言って、ぺこっと頭を下げる。

「(…何で女って人の恋愛事情で嬉しそうにするんだ…?)」

女が考えることはよくわからないな、と首を傾げながら、薫はその場を後にした。

⏰:10/12/31 10:50 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#593 [我輩は匿名である]
その夜。

「……月城、寝た?」

「寝た」

良介に聞かれ、薫は布団の中で寝返りをうちながら答える。

直人はすでに、1人で寝息をたてている。

「……そろそろ教えてくれないか?前言ってた都市伝説の事」

薫は背中を向けたまま、しばらく黙り込む。

「………お前、俺が書いてた手紙読んだだろ」

「えっ!?」

良介は動揺し、声を裏返して聞き返す。

⏰:10/12/31 16:14 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#594 [我輩は匿名である]
「な、何の事だ!?」

「あの紙、部屋を出る時に裏返して置いてたのに、帰ってきたら表向いてたし。

あのトイレに行くタイミングも変だったしな」

なんという勘の良さ。良介は白状するしかなかった。

「……悪かったよ」

「悪いにも程があるだろ。これ響子に言ったら確実に嫌われるぞ、お前」

「…………その方がいいかもな」

やけに諦めが良い良介に、薫はちらっと良介に目をやる。

⏰:10/12/31 16:15 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#595 [我輩は匿名である]
「……やっぱり無理だと思ったんだ、今日のお前見てて。

僕にはあそこまで出来なかったし、そんな勇気すら無かった。

あんな恥ずかしい手紙も書けないし」

「負け惜しみか?カッコ悪い」

褒めてられているのか貶されているのかわからず、薫は良介に言い返す。

「……あーぁ、負けたよ、僕の負けだ」

良介は吹っ切れたように、仰向けになってため息を吐く。

「あんな手紙読まされたら、割って入る間なんか無いって誰でも思うよな!」

「お前が勝手に読んだだけだろ。俺のせいみたいに言うなよ」

⏰:10/12/31 16:15 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#596 [我輩は匿名である]
薫は呆れたように顔を引きつらせる。

「どうせなら今から教えてやろうか?俺と今日子の出会いから新婚生活まで全部」

「聞きたくないね!そんなノロケ話なんか!」

「知りたかったんだろ?俺たちの前世の事」

「いいって言ってるだろ!今さらそんな話聞いてどうしろって言うんだよ!だから嫌いなんだよお前!」

「俺だって嫌いだよ、お前みたいにめんどくさい奴」

2人はいつものように言い合って、しばらく黙る。

⏰:10/12/31 16:16 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#597 [我輩は匿名である]
「………おい月城」

「…まだ何かあんのかよ」

いい加減眠そうな顔で、薫は良介に背中を向けたまま聞き返す。

「響子ちゃん泣かせたら、許さないからな」

良介は真面目に薫に言った。

「………お前なんかに言われなくてもわかってるよ」

2人はそれっきり口を開く事はなく、静かに眠りについた。

⏰:10/12/31 16:17 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#598 [我輩は匿名である]
2日目。

この日はスキーの予定だが、あいにく外は吹雪。午前中は各自部屋で過ごす事になった。

「暇だなー」

「だったら僕とBattleでもしようじゃないか!」

退屈そうに寝転んでいた直人と薫に、良介が威勢よく声を上げる。

「またかよ…。今度は何だ」

薫が良介に目をやると、彼の手には携帯ゲーム機。

「これぐらい持ってるだろ?」

「上等だ!かかってきやがれ!」

あくまでも上から目線の良介に、直人も薫も言い返す。

⏰:10/12/31 22:26 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#599 [我輩は匿名である]
が。

「………無い…」

キャリーバッグの中に手を突っ込んだまま、直人は茫然とする。

「そういえば家のベッドの上にあったよ、あれ」

要がのんきに直人に言う。

「何で家出る前に教えてくんねーんだよ!」

「だって、持ってきていいなんて思わないじゃないか」

「見つからなかったらいいんだよ!」

⏰:10/12/31 22:27 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


#600 [我輩は匿名である]
「……誰と喋ってるんだ?あいつ」

「…ほっといてやって」

気味が悪そうに直人を見ている良介に、薫はため息を吐く。

「薫…」

直人は泣きそうな顔で振り向く。

「何だよ」

「DS忘れた…」

「知るかよ…」

そんな顔をされても、どうしようもない。薫は苦笑いして答える。

⏰:10/12/31 22:27 📱:N08A3 🆔:4teKfjfM


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