記憶を売る本屋 2
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#1 [我輩は匿名である]
:10/04/18 12:12
:N08A3
:v3aiuClI
#2 [我輩は匿名である]
:10/04/18 12:17
:N08A3
:v3aiuClI
#3 [我輩は匿名である]
2学期になった。
「はぁ〜…」
ボサボサな頭で欠伸をしながら、直人は学校に向かって歩いていた。
昨日徹夜をしたが、夏休みの宿題は全く終わっていない。
「おはよ」
誰かがポンと、直人の背中を叩く。
横を見ると、飛鳥がいた。
「あぁ…久しぶり」
直人は弱々しく挨拶する。
:10/04/18 20:18
:N08A3
:v3aiuClI
#4 [我輩は匿名である]
「何?珍しく元気ないじゃん。…宿題終わらなかったんでしょ」
飛鳥は見透かすように笑って直人に言った。
「終わるわけないだろ、あんなもん。お前終わったのかよ?」
「当たり前じゃん。答え見ながらやれば楽勝」
「最悪な奴だな、お前」
誇らしげに笑っている飛鳥に、直人は顔をしかめる。
:10/04/18 20:49
:N08A3
:v3aiuClI
#5 [我輩は匿名である]
「…あ」
正面を見ていた飛鳥が声を上げる。
「何だよ」
「あの2人、相変わらずラブラブだね」
飛鳥が指差す先には、薫と響子の姿。
:10/04/18 20:50
:N08A3
:v3aiuClI
#6 [我輩は匿名である]
「眠たいねー…」
響子は大きく欠伸をする。
「夏休みだらけてたからな…」
薫もいつもよりボーッとしている。
「んー…あっ、猫!」
響子は明るく言って、1人電柱に近づいていく。
それにつられて、薫も響子の後ろで立ち止まる。
:10/04/18 20:50
:N08A3
:v3aiuClI
#7 [我輩は匿名である]
「…響子、犬好きじゃなかったか?」
「それは“昔”の話。今は猫のほうが好きなの」
響子は笑って言いながら、携帯電話のカメラで猫を撮る。
首輪を付けているので、どこかで飼われているのだろう。
勝手に撫でたり顎を触っている響子を見て、薫は穏やかな笑みを浮かべる。
「何朝からニヤけてんだよ、気持ち悪い」
薫に不機嫌そうに言いながら、直人は薫に寄り掛かる。
:10/04/18 20:51
:N08A3
:v3aiuClI
#8 [我輩は匿名である]
「ニヤけてねぇよ」
「思いっきりニヤけてただろ」
朝から軽く言い合いを始める直人達の隣で、響子と飛鳥が「おはよう」と笑い合う。
「騒がしい」とでも思ったのか、猫は響子の手を離れ、どこかへ行ってしまった。
「あーあ、行っちゃった」
響子は残念そうにため息をついて、飛鳥と一緒に歩きだす。
:10/04/18 20:51
:N08A3
:v3aiuClI
#9 [我輩は匿名である]
「どーせエロい事でも考えてたんだろ?そんな顔してたぞ」
「してない」
「そうよ!薫は頭の中では考えてても、顔には絶対出さないんだから!」
「それ、結局考えてるって事じゃ…」
4人は騒ぎながら登校する。
:10/04/18 20:52
:N08A3
:v3aiuClI
#10 [我輩は匿名である]
あれから、あの老人は現れなくなった。「見た」という話も聞かない。
薫はやっと鎖骨骨折の治療が終わり、相変わらず響子と、すでに夫婦のような雰囲気を醸し出している。
飛鳥は奏子に誘われたカフェでアルバイトを始め、もう4ヶ月になる。
奏子と響子を中心に、やっとクラスの女子達とも話せるようになってきた。
奏子も響子も飛鳥を受け入れ、いつも一緒に行動している。
直人も相変わらず、毎日ボーッとして過ごしている。
:10/04/19 10:10
:N08A3
:6hENWB/Y
#11 [我輩は匿名である]
「言っとくけどなぁ、男はみんなそういう事考えてしまう生き物なんだよ!」
「はぁ!?お前だけだろバーカ!」
「でも水無月の方がエロ本とか持ってそうなイメージあるよね」
「読まねぇよエロ本なんか!」
直人は顔を赤くして否定する。
必死になる直人に、3人は大笑いする。
「つーか、さっきのこいつの発言はスルーかよ!?」
:10/04/19 10:10
:N08A3
:6hENWB/Y
#12 [我輩は匿名である]
「いいの。ちょっとやらしい方が男らしいでしょ?」
「え、月城って…」
飛鳥は意外そうに薫を見る。
「…なんか入院してる時にも安斎にそんな目で見られたな…」
薫は鬱陶しそうにため息をつく。
「そうだ、あん時照れて俺たちの事追い出したのに、何で今はそんな余裕なんだよ」
「もうどう思われようが、どうでも良くなってきた。
それに、響子の話だと俺は男らしいって事になるしな」
「何だよそれ…」
直人は呆れながら薫を見る。
:10/04/19 10:11
:N08A3
:6hENWB/Y
#13 [我輩は匿名である]
学校に到着し、4人はそれぞれ靴を履き換える。
「あっ!みんなおはよー!」
今度は明るい奏子の声が聞こえてきた。
「おう、久しぶり!」
直人も同じようなテンションで返事する。
「さっき聞いたんだけどね、響子のクラスの転入生来るらしいよー」
「は?転入生?」
直人達はきょとんとする。
:10/04/19 10:11
:N08A3
:6hENWB/Y
#14 [我輩は匿名である]
「へぇー、男かなぁ?私女がいいなぁ」
響子は期待しながら下履きを靴箱に入れる。
それに対し、奏子は「えー私イケメンがいい!」と反論している。
いつもの5人が揃った所で、直人達は教室に向かって階段を上る。
「ねぇねぇ、みんな宿題終わった?」
奏子が後ろを向きながら話し掛ける。
「終わった」
「え!?飛鳥はやっ!」
:10/04/19 10:12
:N08A3
:6hENWB/Y
#15 [我輩は匿名である]
そう言った瞬間、奏子が階段を踏み外した。
「うわっ……」
「えっ、ちょ…」
奏子のすぐ下にいた直人は、左手でとっさに手摺りを掴み、右手でバランスを崩した奏子の体を受け止めた。
薫も響子も飛鳥も、息を呑んでその状況を見つめる。
「お前…喋るか歩くかどっちかにしろよ…」
直人は「世話が焼ける」と、ホッと息を吐く。
:10/04/19 10:12
:N08A3
:6hENWB/Y
#16 [我輩は匿名である]
「ごっ…ごめん…」
奏子は体勢を立て直して直人から離れる。
「ありがと…」
「ん。気を付けないと、誰かさんみたいに鎖骨折るぞ」
「あー誰の事だろうな」
直人に見られ、薫はさっさと階段を上る。
:10/04/19 10:12
:N08A3
:6hENWB/Y
#17 [我輩は匿名である]
安心して、みんなも足を動かし始める。
しかし、奏子はなかなか足が動かなかった。
少し頬が熱くなっている。
奏子は一歩引いて、直人の背中を見ながら階段を上がった。
:10/04/19 10:13
:N08A3
:6hENWB/Y
#18 [我輩は匿名である]
全校集会で校長の話を聞いて来て、生徒達はぞろぞろ帰ってきて自分の席に座る。
響子もおとなしく、自分の席でボーッとする。
「はーいおはようございまーす」
チャイムが鳴り終わると同時に、響子達の担任が入ってきた。
学級委員の掛け声で、クラスメイト立ちが立ち上がり、礼をして着席する。
:10/04/19 18:30
:N08A3
:6hENWB/Y
#19 [我輩は匿名である]
「そうそう、今日からねぇ、このクラスに転入生が来ます。男の子ですー」
まだ30歳くらいの担任は、いつもの可愛らしい笑顔で言った。
教室内が一斉にざわめく。
「…奏子ちゃんが言ってたの、本当だったんだ…」
机に肘をついて、響子は呟く。
信じていなかったわけではなかったのだが、改めて驚く。
「(女の子が良かったのになぁー…)」
響子が考えていると、担任の「入ってー」の合図で、前のドアが開いた。
:10/04/19 18:31
:N08A3
:6hENWB/Y
#20 [我輩は匿名である]
入ってきたのは、少しロン毛がかった茶髪に細身で長身の、優しそうな顔の男子。
女子が再度ザワザワと声を上げる。
「(…ん…?あの子どっかで…)」
彼を見て、響子は1人首を傾げる。
桐生 良介。
担任が黒板に名前を書いた。
「…キリュウ…リョウスケ…」
名前にも聞き覚えがあるが、響子はどうしても思い出せない。
「桐生良介くんです。じゃあ簡単に自己紹介を」
「はい」
:10/04/19 18:32
:N08A3
:6hENWB/Y
#21 [我輩は匿名である]
転入生は笑顔で返事をして、生徒の方を向く。
「桐生良介です。5歳まで隣町に住んでたんですけど、父の転勤でアメリカにいました」
要するに、帰国子女ってやつだ。
響子の前の女子達が、嬉しそうにはしゃぐ。
「この辺もだいぶ変わってて何にもわからないんですけど、
楽しくやっていきたいと思うので、仲良くして下さい。よろしくお願いします」
桐生良介はそう言って一礼する。
クラスメイトが歓迎の拍手を送る。
:10/04/19 18:32
:N08A3
:6hENWB/Y
#22 [我輩は匿名である]
「(……隣町……アメリカ……)」
響子は手を叩きながら考える。
そして、ふと思い出した。
「(……もしかして…隣の隣に住んでた、あの“良介くん”…?)」
響子が幼稚園の時に、近所の同い年の男の子が引っ越していった気がする。
幼なじみだったのだが、すっかり忘れていた。
:10/04/19 18:32
:N08A3
:6hENWB/Y
#23 [我輩は匿名である]
休み時間になり、良介の周りは女子でいっぱいだ。
響子は暇なので8組にでも行こうと、席を立つ。
それを良介がたまたま見ていた。
「ねぇ、あの子は?」
ちょうど出ていく所だった響子を指差す。
「あぁ、あの子は香月響子ちゃん」
「えっ!?香月響子!?」
良介が驚いて立ち上がる。
そして、響子を追い掛けるようにして教室を出た。
:10/04/20 10:09
:N08A3
:DuuM/8z6
#24 [我輩は匿名である]
「あぁ、響子」
8組では、黒板の前であの4人が喋っていた。
薫に呼ばれて、響子も輪の中に入る。
「どうだった?転入生」
「それが…」
「響子ちゃぁぁぁん!」
廊下で誰かが叫ぶ声がした。
5人がぎょっとして見ていると、良介が走ってやって来た。
:10/04/20 10:10
:N08A3
:DuuM/8z6
#25 [我輩は匿名である]
「…誰?」
鬱陶しそうに奏子が尋ねる。
「てんにゅ…」
「君だね!?君が響子ちゃんだね!?」
良介はそう言って、目を輝かせながら飛鳥の手を握る。
「はぁ?何だよ、あんた」
「えっ?僕の事覚えてないの!?」
「…香月響子は私です…」
響子がしぶしぶ手を挙げる。
:10/04/20 10:10
:N08A3
:DuuM/8z6
#26 [我輩は匿名である]
良介は「へ?」と響子を見る。
「………えっ?君が響子ちゃん?」
「うん…」
「……さっきから『響子ちゃん、響子ちゃん』と馴れ馴れしい…」
歓声を上げる良介に、薫が顔をしかめる。
「ねっ!僕の事覚えてる!?君の隣の隣に住んでた良介だよ!
あーっ、やっと会えた!元気だった!?身長縮んだね!?」
良介は今度は響子の両手を握りなおす。
:10/04/20 10:11
:N08A3
:DuuM/8z6
#27 [我輩は匿名である]
「(…なんだこのテンション…うぜぇ…)」
「(…縮んだって…)」
「(イケメン…♪)」
3人がそれぞれ思っていると、薫が不機嫌そうに良介の手を振り払った。
「いきなり入ってきて何なんだ?馴れ馴れしく手なんか握りやがって…」
「…何って、僕響子ちゃんのフィアンセだよ?」
良介は当然のように言い放つ。
その一言に、直人達だけでなく、教室中が静まり返った。
:10/04/20 10:12
:N08A3
:DuuM/8z6
#28 [我輩は匿名である]
「…お前…ふざけてるのか…?」
薫は哀れみを込めた目で良介を見る。
「ふざけてないよ。約束したもん、響子ちゃんと」
「は!?」
響子がすぐさま「違う違う」と手を振る。
薫と響子が付き合っている事を知っているクラスメイト達が、良介を見て笑っている。
「違わないよ!幼稚園の時に『大人になったら結婚しようね』って言ったら、
響子ちゃんも『うん♪』って言ってくれたじゃないか!」
「お前…これ以上いい加減な事言ったらぶっ飛ばすぞ…!」
薫の怒りが頂点に達しかけている。
:10/04/20 10:12
:N08A3
:DuuM/8z6
#29 [我輩は匿名である]
が、良介は動じずに首を傾げる。
「っていうか、君誰?」
「俺は!香月響子の彼氏だ!!」
薫は思わず声を荒げる。
クラスメイト達が喜んで声を上げ、薫に拍手を送る。
が、薫は今それどころじゃない。
良介の胸倉を掴み、睨み付ける。
「これ以上響子に手ぇ出したら…殺す…!」
本気で殴り殺しそうな薫に、直人達もおろおろする。
:10/04/20 10:13
:N08A3
:DuuM/8z6
#30 [我輩は匿名である]
…が。
「ワーォ!ジャパニーズボーイこわーい☆」
良介はへらっと笑って言った。
薫の顔が引きつる。
「…地獄に落ちろぉぉぉぉーーー!!!!」
「わあぁぁぁっ!薫!!落ち着けー!!」
良介に殴りかかる薫を、直人や周りにいた男子が慌てて止める。
その間に、響子は奏子と飛鳥の後ろに避難する。
薫が押さえられているのを良い事に、良介は笑いながら、「響子ちゃん!また後でねー」と出ていった。
:10/04/20 10:13
:N08A3
:DuuM/8z6
#31 [我輩は匿名である]
「…何だったんだ…?」
飛鳥と奏子は呆れ返る。
「…許さん……絶対後で殺す…!」
薫は息を荒くしてドアの方を睨む。
直人は、「また何かややこしい事になりそうだ」とため息をついた。
:10/04/20 10:14
:N08A3
:DuuM/8z6
#32 [我輩は匿名である]
帰り道。
薫はまたもや顔を引きつらせる。
目の前には、満面の笑みを浮かべた良介の姿。
「……お前…ケンカ売りに来たのか…?」
「まさか♪」
「つーか、お前誰?」
薫の代わりに直人が尋ねる。
横には呆れている飛鳥と、ちょっと楽しんでいる奏子。
響子は薫の後ろに身を隠している。
:10/04/20 21:30
:N08A3
:DuuM/8z6
#33 [我輩は匿名である]
「僕かい?僕は桐生良介。響子ちゃんのフィ」
「響子の婚約者は俺だ」
良介が言い切る前に、薫が言い張る。
「なぁ、お前何か、勘違いしてねぇか?」
「そんな事はないよ!愛する幼なじみの顔を、僕が忘れるはずがない!」
「幼なじみって、5歳までじゃない!」
薫の後ろから、響子が顔を出して言い返す。
「えっ?やっぱり幼なじみなの?」
奏子がぽかんとして尋ねる。
:10/04/20 21:31
:N08A3
:DuuM/8z6
#34 [我輩は匿名である]
「お、幼なじみだったのは覚えてるよ!?
でも、私は結婚の約束なんかしてないし、私の婚約者はこの月城薫ただ1人よ!」
響子が言うと、良介は「オーマイガッ!」と頭を抱えた。
「(効いた…)」
直人、奏子、飛鳥は呆然とそれを見つめる。
「(…何なんだ、こいつのテンション…)」
薫は「はぁ…」とため息をつく。
しかしその直後、薫の鼻先に、良介の人差し指が伸びてきた。
:10/04/20 21:31
:N08A3
:DuuM/8z6
#35 [我輩は匿名である]
「まぁいいよ!今のうちに好きなだけKissでもSexでもやればいい!
しかし!すぐにこの僕が響子ちゃんを取り戻すからなっ!
覚悟してろよ!つ、…つ…つ……?」
「月城薫だよ…」
怒鳴る元気も無くなって、薫は呆れながら言う。
良介はフン!と鼻息荒く、走って帰っていった。
「…お前みたいなわけわかんねぇ奴に言われなくても、キスでも何でもやってるよ…」
薫は頭を抱える。
:10/04/20 21:32
:N08A3
:DuuM/8z6
#36 [我輩は匿名である]
「…薫…」
少し横を向けば、響子が不安そうに薫を見上げている。
「…大丈夫だよ、そんな顔しなくても、あの変人の言う事は信じてないから」
薫は少し笑って、響子の頭を撫でる。
そして、5人は学校を出ようと歩きだす。
「…何か、英語の発音は良かったな」
「うん」
直人達も呆れたように話し合う。
:10/04/21 17:37
:N08A3
:S8dNuXTM
#37 [我輩は匿名である]
「あの子、帰国子女なのよ。アメリカから帰ってきたんだ…」
「帰国子女!?」
薫以外の3人は声を上げて驚く。
「なんか、お父さんの転勤で5歳の時にアメリカに……」
言いながら、響子は足を止める。
『りょーすけくん、いっちゃうの?』
『うん。あめりかだって』
響子はうっすら思い出してきた。
:10/04/21 17:38
:N08A3
:S8dNuXTM
#38 [我輩は匿名である]
『あめりか?がいこくだね!』
幼稚園児の響子は、良介がアメリカに発つ日に、家の前で見送っていた。
『げんきでねっ♪』
『うん!もしまたあえたら、ぼくと…』
良介が何か言ったが、ちょうど近所の犬が大声で吠えたため、響子は聞き取れなかった。
『ねっ!?』
良介が笑って言った。
それに、響子は適当に『うん!』と返事をしたのだたった。
:10/04/21 17:38
:N08A3
:S8dNuXTM
#39 [我輩は匿名である]
「…ああぁぁぁぁぁ〜………」
響子は頭を抱えて、その場に崩れ落ちる。
急に座り込んだ響子に、直人達は驚いて「うわぁ!?」と声を上げる。
「ど、どうした!?」
薫もびっくりして、響子の前にしゃがみこむ。
「…どうしよう…」
響子は頭を抱えたまま小声で言う。
「え?」
:10/04/21 17:39
:N08A3
:S8dNuXTM
#40 [我輩は匿名である]
「あの時、あの子『結婚しようね』って言ったのかなぁ…?
だったら…だったらどうしよう…」
響子は思い詰めて涙目になる。
「響子…?」
「薫…どうしよう…?私…あの時適当に『うん』って言っちゃった…。
何て言ったのか聞こえなかったけど、適当に返事しちゃったの…。
どうしよう…?私…嫌だよぉ……」
響子はしゃがんだまま、今にも泣きだしそうな顔をしている。
:10/04/21 17:40
:N08A3
:S8dNuXTM
#41 [我輩は匿名である]
「響子」
薫が呆れたように笑う。
「そんな小さい時の事なんか、覚えてなくて当たり前だ。
それに、適当に返事したんならなおさら、そんな物約束だとは言えない。
そんな泣かなくても、俺は何とも思ってないよ」
「…本当…?」
響子は顔を上げる。
「……何とも思ってないわけないだろ…」
薫は低い声で言った。
:10/04/21 17:40
:N08A3
:S8dNuXTM
#42 [我輩は匿名である]
「へ?」
「あんなわけのわからないアメリカかぶれに…響子を渡してたまるか…。
『僕がフィアンセだ』ぁ?ふざけんじゃねぇぞ…」
思い出したら機嫌が悪くなってきたのか、薫の周りを黒いオーラが漂い始める。
「ヤべぇ…キレかけてる…」
直人が「どうしよう」と、奏子と飛鳥を交互に見る。
:10/04/21 17:40
:N08A3
:S8dNuXTM
#43 [我輩は匿名である]
しかし、直人の心配をよそに、響子がそっと、薫にキスをした。
奏子が「きゃあーっ♪」と声を上げる。
「……響子…」
薫は少し頬を赤らめる。
「…私が好きなのは、薫だけだから。絶対薫以外変わらないからね」
響子は困った表情をしていたが、それだけははっきりと、迷う事無く言った。
:10/04/21 17:41
:N08A3
:S8dNuXTM
#44 [我輩は匿名である]
「…うん」
薫も安心したようにまた笑い、響子を強く抱き締める。
「………ついていけねぇ……薫、先帰るぞ」
直人はそう言って、早足で歩きだした。
つられて、飛鳥と奏子も直人と一緒に歩き始めた。
:10/04/21 17:41
:N08A3
:S8dNuXTM
#45 [我輩は匿名である]
「いやぁー、純愛ですなぁー」
しばらく歩いて、奏子は腕を組みながら言った。
「どこのおっさんだよ、お前」
「だってさぁ、憧れるじゃない?ね?飛鳥」
奏子は飛鳥にも話を振る。
「…そうだね」
飛鳥も小さく笑って同意した。
その顔が、石川晶が喜んだ時の顔にそっくりで、直人は少しドキッとする。
:10/04/21 22:05
:N08A3
:S8dNuXTM
#46 [我輩は匿名である]
夏休みの前に言われた、響子の『やっぱりあの子が好きなの?』と言う言葉が甦る。
「(…って言われても…)」
直人は横目で、楽しそうに話している飛鳥を見つめる。
「そんな事聞かれてもなぁ…」
「ん、何か言った?」
直人の独り言が聞こえたのか、奏子がこっちを向く。
「へっ!?い、いや、別に…」
「怪しいな」
「怪しくねぇよ!」
怪しむ飛鳥に、直人は声を荒げて否定する。
:10/04/21 22:05
:N08A3
:S8dNuXTM
#47 [我輩は匿名である]
「…お前らにも、好きな奴とかいんの?」
直人は何気なく2人に聞いてみる。
「私は…まだそれどころじゃないしなぁ…」
飛鳥はふうっと一息つく。
「まだ親とも話してないし…4ヶ月経ってもバイトにはまだまだ慣れないし。
生きるのに精一杯って感じ…かな…」
そう言いつつ、飛鳥の表情は、どこか晴れ晴れとしている。
:10/04/21 22:06
:N08A3
:S8dNuXTM
#48 [我輩は匿名である]
直人はそれを見て、少し笑う。
それを、奏子は黙って見つめる。
「お前は?」
直人は奏子に聞き直す。
「えっ!?」
「お前イケメン好きとか言ってたから、あのアメリカかぶれとか、いんじゃねぇの?」
「はぁ!?何で私があんな奴と!」
奏子は全力で否定する。
「いいじゃん、お似合いじゃねーか」
直人は「うんうん」と自分で納得する。
:10/04/21 22:06
:N08A3
:S8dNuXTM
#49 [我輩は匿名である]
横では飛鳥が笑っている。
奏子はしばらくムスッとしていたが、何となく直人を見上げる。
「(…こいつは…好きな人いるのかなぁ…?)」
「あ、そういえば、バイト楽しいか?」
「うん、店長が相変わらず怖いけど、やっと一通り出来るようになったかな」
「へぇ。じゃあそろそろ行ってみねーとな!」
「来なくていいから!」
「何でだよ!いいじゃん別に!」
「来たら紅茶ぶっかけるから!」
「それ損するのお前だろ」
:10/04/21 22:07
:N08A3
:S8dNuXTM
#50 [我輩は匿名である]
直人と飛鳥が仲良く言い合いをしている。
「(…やっぱり、飛鳥が好きなのかなぁ…?)」
そう思うと、何だか虚しくなってきて、奏子は首を振って考えないようにした。
:10/04/21 22:07
:N08A3
:S8dNuXTM
#51 [我輩は匿名である]
次の日は課題テストだった。
すっかり忘れていた直人は、魂が抜けたように呆然とする。
しかし、もっと大変なのは薫だった。
「おい月島!」
「月城、だ」
今日も懲りずにやってきた良介に、うんざりしたように訂正する。
:10/04/21 22:08
:N08A3
:S8dNuXTM
#52 [我輩は匿名である]
「今日課題試験なんだろう?だったら僕とBattleしろ!」
「面倒だから断る」
「逃げるのか!?」
早くも勝ち誇った顔をする良介に、薫は眉をピクつかせる。
「なんでお前とバトルしないといけないんだ?」
「勝ったら響子ちゃんを返してもらうんだ!」
「やだ」
「何なんだお前は!?月島!お前にはPrideというものはないのか!?」
「だから月城だ。それにプライドどうこういう話じゃないだろ。
響子が聞いたら俺に泣き付いてくるだろうなぁ」
:10/04/21 22:09
:N08A3
:S8dNuXTM
#53 [我輩は匿名である]
「抱きつくだと!?そんな事させないぞ!」
「(あぁ…もう言い間違いも聞き間違いもどうでも良くなってきた…)」
やけに気負っている良介に、薫は早くも呆れムードになってきた。
「(…でもまぁ、響子の事は抜きで、ちょっと見返してやっても良いな)」
薫はニヤッと小さく笑う。
「なぁ、桐生。今回は響子の話は抜きにして、点数バトルだけやってみないか?」
「何だと!?」
「今回は課題テストだ。宿題やってればそこそこ点数が取れる。
どうせなら期末とかの実力テストで競う方がやりがいあるだろ」
:10/04/21 22:09
:N08A3
:S8dNuXTM
#54 [我輩は匿名である]
「…ふむ」
良介は腕を組んで考え込む。
そして、少し経って「いいだろう!」と答えを出した。
「月島!絶対に手を抜くなよ!」
「はいはいわかりましたよ」
適当に返事をすると、良介は気合いを入れて8組を出て行った。
:10/04/21 22:09
:N08A3
:S8dNuXTM
#55 [我輩は匿名である]
「月城、あいつ見返してやれよな!」
クラスの男子たちが、薫に声援を送る。
「あぁ」
「あいつ、入ってきてそうそう、女子にちやほやされやがってさぁ…」
「あぁ…」
「でも、月城くんこの間学年1位だったから、楽勝なんじゃない?」
「いや、どうかわかんないけど…まぁ頑張るよ」
薫は笑ってみせる。
「(学年1位…あぁ…そう言えばあいつ1位だったな…。
俺110位っていう超微妙な順位だったのに…)」
:10/04/21 22:10
:N08A3
:S8dNuXTM
#56 [我輩は匿名である]
この学年は生徒が320人いるため、直人の順位もそこまで悪くないのだが、
親友が1位という事を考えるだけで、何となく欝になってくる。
「やっぱ頭良いんだね、月城」
斜め後ろの席にいる飛鳥が、直人の傍にやって来た。
「よく1位とか取れるよな、脳みそどうなってんだか」
「ははっ、あんた何位だっけ?」
「110位」
「…警察呼べそうな順位だね」
:10/04/21 22:10
:N08A3
:S8dNuXTM
#57 [我輩は匿名である]
「何ちょっと上手いこと言ってんだよ。そういうお前は?」
「あたしは101位」
「俺が警察ならお前は犬じゃねぇかよ」
2人は何だか面白くなって笑いだす。
すると、学校中にチャイムが鳴り響いた。
「ま、お互い月城に近付けるように頑張ろ」
「おうよ」
飛鳥は笑って、自分の席に戻った。
:10/04/21 22:11
:N08A3
:S8dNuXTM
#58 [我輩は匿名である]
「え?あのアメリカンと月城くんが点数バトル?」
バイトに行く途中、飛鳥は今日の薫達の話を奏子に聞かせた。
「まぁ、月城くんなら1学期の期末1位だったから、楽勝だろうけどね」
「そうだよね」
奏子と飛鳥はそろって頷く。
「今回は順位2桁だったらいいなぁ…」
飛鳥は「はぁ…」とため息をつく。
「何で2桁取りたいの?」
「2桁っていうか、出来れば1桁取りたいんだけどね」
:10/04/21 22:12
:N08A3
:S8dNuXTM
#59 [我輩は匿名である]
「えっ!?何で!?」
奏子に聞かれ、飛鳥は少し躊躇いながら答える。
「…私、…親を見返してやりたいの」
「…親?」
「うん。私の親、弟しか見てないから…いい成績とって見せてやりたいんだ」
「へぇ…」
飛鳥の話に、奏子はきょとんとする。
「最初は親なんかどうでも良かったんだけどさ。
でも…水無月に元気付けられてから、自分にも何か出来そうな気がしてきて…」
:10/04/21 22:13
:N08A3
:S8dNuXTM
#60 [我輩は匿名である]
飛鳥は柔らかな笑顔を見せる。
奏子は黙って、その横顔を見つめる。
「…飛鳥はやっぱり、水無月の事好きなの?」
「へ?」
思いもしない質問をされて、飛鳥は素早く奏子を見る。
「ま、まさかー!」
飛鳥は手を振りながら否定する。
「そ…そうだよねー。ごめん、何か変な事聞いた!」
奏子は「へへへ」と笑う。
:10/04/21 22:13
:N08A3
:S8dNuXTM
#61 [我輩は匿名である]
「(…好き…じゃない、よな…」
飛鳥は答えてから、自分の心臓の鼓動が高鳴っているのに気付いた。
「(……そりゃ…晶と要はそうだったけど……、私は…)」
考えれば考えるほど、何だか胸が熱くなる。
「(……水無月は……私の事、どう思ってるんだろ…?)」
「飛鳥!」
:10/04/21 22:14
:N08A3
:S8dNuXTM
#62 [我輩は匿名である]
奏子が飛鳥の腕を掴む。
「へっ?」
振り向くと、アルバイト先のカフェを通りすぎかけていた。
「あれっ?ごめんごめん」
飛鳥は笑いながら店の中に入る。
奏子も何だか少しモヤモヤした気持ちで入っていった。
:10/04/21 22:14
:N08A3
:S8dNuXTM
#63 [我輩は匿名である]
4日後。
廊下に張り出された課題テストの順位を見て、一年生のほぼ全生徒が愕然とした。
直人は100位、飛鳥は98位、響子は121位、奏子は165位だった。
しかし、4人とも自分の順位など、もはやどうでも良かった。
「薫が…」
「2位…?」
「ええーっ!?」
直人、飛鳥、奏子が茫然とする横で、響子と薫が凍り付いている。
:10/04/22 18:36
:N08A3
:07aOrgP2
#64 [我輩は匿名である]
『2位:月城 薫(8組) 498点』
の上に1行、
『1位:桐生 良介(4組) 499点』
と書いてあった。
「月城ー!」
クラスの男子たちが薫に詰め寄る。
「何であと2点頑張れなかったんだぁー!?」
「…これでも自己ベストなのに…」
肩を持って揺さ振られながら、薫はブツブツ呟く。
:10/04/22 18:36
:N08A3
:07aOrgP2
#65 [我輩は匿名である]
「おい月島!」
その声に、クラスメイトの手が止まる。
見ると、自信有りげな顔をした良介が立っていた。
「(来たーーーっ!!)」
薫以外の4人が縮こまる。
「お前、名前すらないじゃないか」
「お前のすぐ下にあるだろ」
「What's?」
良介は成績表とにらめっこする。
「ん?お前、月島じゃなくて月城(つきじょう)だったのか」
:10/04/22 18:36
:N08A3
:07aOrgP2
#66 [我輩は匿名である]
「惜しいな、月城(つきしろ)だ」
何故か反対に、薫が良介を見下した言い方をして威張る。
「おっ、惜しいのはお前の方だろ!
まさかお前、負けるのがわかってたから響子ちゃんを渡さないように…!?」
「さぁな?でも…」
薫はフッと笑う。
「次は負けねぇからな…」
良介の目の前で、薫は宣言する。
:10/04/22 18:37
:N08A3
:07aOrgP2
#67 [我輩は匿名である]
「のぞくところだ!」
「あぁー惜しいな、のぞ“む”だな」
「だっ、黙れ!覚えてろよ!次こそは響子ちゃんを返してもらうからな!」
良介はキッと睨み返して、自分の教室に戻っていった。
「…何でテストの順位で響子の婚約者を決めなきゃいけないんだ…」
さっきまで威勢が良かったのに、薫は急に暗くなって壁にもたれかかる。
「…薫…」
:10/04/22 18:37
:N08A3
:07aOrgP2
#68 [我輩は匿名である]
「…いや、やっぱりおかしいだろ」
薫はもたれるのを止め、しゃきっと立つ。
そして、響子の方を向いた。
「やっぱ、断ってくる」
「へ?」
「だって、おかしいだろ?お前だって、他人の点数で彼氏決められるなんて…」
そう言われて、響子も「…うーん…」と頭を悩ませる。
「ちょっと、あいつに言って来る。響子はここにいろ」
そう言って、薫は良介の後を追った。
:10/04/22 18:37
:N08A3
:07aOrgP2
#69 [我輩は匿名である]
「おい、桐生」
薫に呼び止められ、良介は足を止めて振り向く。
「…俺、やっぱり勝負降りる」
薫はきっぱりと言い張った。
その言葉に、良介はフッと、余裕の笑みをこぼす。
「僕に勝てないから?」
薫は心底イラッとしたが、冷静に「そうじゃない」と言い返す。
:10/04/22 18:38
:N08A3
:07aOrgP2
#70 [我輩は匿名である]
「同じ事じゃないか。僕に負けて、響子ちゃんを取られるのが怖いんだろう?
そうだよねぇ。あんだけ自信満々で話に乗ったのに、負けたんだからね」
「…お前…!」
「知ってる?響子ちゃんの好きな男のタイプ。
格好よくて、優しくて、頭が良い男だって。
君、そんな事知らないだろ?」
良介はまるで、薫を見下すような言い方で笑う。
「…そんなもん、ガキの時の話だろ」
薫は良介を睨みながら言い返す。
:10/04/22 18:38
:N08A3
:07aOrgP2
#71 [我輩は匿名である]
しかし、良介の表情は変わらない。
「残念だけど、今君に何言われても、負け犬の遠吠えにしか聞こえないよ?
悪いけど、君に勝ち目は無いと思うけどな。まぁ、頑張ってみれば?」
良介は笑って、教室に入っていった。
廊下に残った薫は1人、黙ってうつむいて、両手を握り締めていた。
:10/04/22 18:39
:N08A3
:07aOrgP2
#72 [我輩は匿名である]
「そう言えば神崎、お前2桁だったじゃん」
教室に入って、直人は飛鳥に言った。
「ん?あぁ、見てたんだ」
「俺も2点足らずでお前に負けたんだ…。薫の気持ちがよくわかる…」
席についてすぐ、直人は頭を抱えてため息をつく。
「何よ、そっちか…」
「…おっと、そういう話じゃねぇな」
単純な直人は、飛鳥の方を向いて笑いかける。
:10/04/23 18:58
:N08A3
:KdcsC5Iw
#73 [我輩は匿名である]
「やるじゃん!そろそろ親もちょっとはお前の事見直すんじゃね?」
「…まだまだ」
飛鳥は苦笑する。
「弟の1番良かった順位は、9位らしい。だから、私は8位以上を目指すって決めてんだ」
「マジで?でもこれから、1位2位はあのアメリカンと薫が占めるだろうから…
3位〜8位…6人しか枠がないぞ?」
「…まぁ、何とかなるっしょ。ダメそうなら月城に勉強でも教えてもらうわ」
「あぁ、それがいいな」
2人は話ながら笑い合う。
:10/04/23 18:58
:N08A3
:KdcsC5Iw
#74 [我輩は匿名である]
「……水無月さぁ」
飛鳥は何気なく話を変える。
「あん?」
「…もし私が…」
そこまで言って、飛鳥はハッと言うのをやめた。
「…えっ?何だよ?」
「…ごめん、やっぱ何にもない。忘れて」
「はっ??」
ぽかんとしている直人を見ずに、飛鳥は自分の席に戻った。
:10/04/23 18:58
:N08A3
:KdcsC5Iw
#75 [我輩は匿名である]
その夜、直人はベッドに寝転んでボーッと考えていた。
今日、飛鳥は自分に何を言おうとしていたのか。
あの時の飛鳥の顔は、いつものような表情ではなかった。
直人はそれが気になっていたのだ。
「(…別に怒ってるような顔でもなかったし…何だったんだろ?)」
ふと、響子の『鈍感ね』という言葉が頭に浮かぶ。
あの言葉は、こういう事を指しているのだろうか。
「……って事は…やっぱ俺、気に障るような事したのか…?」
直人はしばし、黙って考える。
しかし、答えが出ないまま眠りに落ちてしまった。
:10/04/23 18:59
:N08A3
:KdcsC5Iw
#76 [我輩は匿名である]
ある日。
掃除当番だった直人は、同じく当番だった飛鳥と奏子と一緒に帰っていた。
薫と響子は、すでに先に学校を出ている。
「…ん?」
道端で、直人はふと足を止める。
視線の先には、スーパーの重そうな袋を両手に下げて立ち止まっているおばあさんの姿。
「どうかしたの?」
奏子が直人に尋ねる。
「…ちょっとな」
:10/04/23 18:59
:N08A3
:KdcsC5Iw
#77 [我輩は匿名である]
直人はそれだけ言って、おばあさんに近づく。
飛鳥と奏子は、その場で様子をうかがう。
「ばあさん、大丈夫か?」
直人はおばあさんに声をかける。
「はぁい?」
おばあさんが顔を上げて、直人を見る。
そして、「あぁ、あんたは…!」と驚きの声を上げた。
「…へ?」
「あんた、あの時の子で……」
おばあさんはそこまで言い掛けて、「ん?」と考え直す。
:10/04/23 19:00
:N08A3
:KdcsC5Iw
#78 [我輩は匿名である]
「…あぁ、私ったらすごい勘違いしたわ。もうあれから40年くらい経ってるのに」
おばあさんはそう言って、上品な笑い声を上げる。
直人は「ん?」と首をかしげる。
「…まぁそれより、それ重くないか?俺運んでってやろうか?」
「あら、本当?…でも、悪いし…」
「いいよ、荷物運ぶぐらい。歩きって事は、家もそんな遠くないんだろ?」
「…行ってみよっか」
2人のやり取りが気になって、飛鳥も直人達の所まで歩く。
:10/04/24 12:46
:N08A3
:23VVxZiA
#79 [我輩は匿名である]
奏子はおばあさんを見て、「もしかして…」と声を漏らす。
「じゃあ…運んでもらえる?」
「おう、いいぜ」
直人は快く言って、おばあさんから荷物を受け取る。
「…私も何か持とうか?」
飛鳥はどういう話なのかすぐに理解して、直人に声をかける。
「え?いいよ、別に」
「でも、重そうだし…」
そう言われて、直人は「まぁ確かに…」と心の中で思う。
:10/04/24 12:47
:N08A3
:23VVxZiA
#80 [我輩は匿名である]
「あ、じゃあ1個持って」
「あぁ、いいよ」
飛鳥は頷いて、代わりに直人の鞄を持った。
「なんか、悪いわねぇ…」
「いいですよ、私も暇だから」
「私“も”って何だよ?俺が暇みたいだろ」
「だって暇じゃん」
2人が言い合っている間に、奏子も駆け寄ってきて、おばあさんの顔を見る。
:10/04/24 12:47
:N08A3
:23VVxZiA
#81 [我輩は匿名である]
「あ、やっぱりおばあちゃんじゃん!」
「あらぁ、奏子のお友達だったの」
「………え?」
2人の会話に、直人と飛鳥はきょとんとする。
「この人、うちのおばあちゃんだよ♪」
「マジで!?」
「こ、こんにちは…」
「あらあら、こんにちは」
直人と飛鳥がびっくりしている横で、奏子のおばあさんが笑う。
:10/04/24 12:47
:N08A3
:23VVxZiA
#82 [我輩は匿名である]
「あ、うちの家こっちだから、ついてきて」
奏子はそう言って歩きだす。
2人もぽかんとしたままついていく。
「あらぁ、しかしまぁ、あなた、私が昔会った男の子にそっくりだわ」
おばあさんが懐かしそうに直人に言った。
「そんなにそっくりなのか?」
「…敬語使いなよ」
「あ?あぁ、そうか」
「あーいいわよ、そんな気を遣わなくても」
おばあさんはまた笑う。
:10/04/24 12:48
:N08A3
:23VVxZiA
#83 [我輩は匿名である]
「そうねぇ。私がむかーし、姫崎公園に行きたかったのに、迷っちゃってねぇ」
「…え?」
直人は思わずおばあさんの顔を見る。
「その時に、道案内してくれた男の子がいたのよ。
あなたが、その子にあんまりそっくりだったから、つい…」
「道案内…って…」
飛鳥もハッと、直人を見る。
「あの子、元気かしらねぇ…?」
おばあさんは微笑みながら呟いた。
:10/04/24 12:48
:N08A3
:23VVxZiA
#84 [我輩は匿名である]
直人は少し考える。
「あ、そう言えばあの子、お友達の事気にしてたわねぇ。
なんかねぇ、その道案内してくれた子のお友達が、元気がないか何かでね。
その子、私と同じように養護施設で育ったらしいんだけど。
その子は元気になったのかしら…?」
懐かしくて仕方ないのか、おばあさんは話を進めていく。
『その子』とは、多分晶のことだろう。
直人は何と言えば良いのか、少し困った顔で考える。
:10/04/24 12:49
:N08A3
:23VVxZiA
#85 [我輩は匿名である]
「(…あの後何日かして2人とも死んだとか…言えねぇしなぁ…)」
無言で、眉間にしわを寄せる。
「…2人とも、今も仲良くやってると思いますよ」
そう言ったのは、飛鳥だった。
直人と奏子が、同時に飛鳥を見る。
飛鳥は小さく笑みを浮かべている。
「…そうだな」
彼女を見て、直人もニッと笑う。
:10/04/24 12:49
:N08A3
:23VVxZiA
#86 [我輩は匿名である]
「俺も、2人とも元気にやってると思うぜ」
「…そうねぇ、あの男の子なら、元気にやってそうね」
おばあさんは、安心したようににっこり笑う。
「(…水無月…何か一瞬変だった…?)」
奏子は直人を見ながら首を傾げる。
「あなたたちにも言っとくわ。あの男の子にも言ったんだけどね」
おばあさんは3人に言う。
:10/04/24 12:49
:N08A3
:23VVxZiA
#87 [我輩は匿名である]
「人との間に、壁を作っちゃダメなのよ。
仲良くなりたければ、一歩踏み出さなきゃ。
わかった?」
「あぁ…」
「はい」
「前も聞いたけどな」と思いながら、直人は相づちをうつ。
飛鳥もそれを聞くのは2度目だったが、素直に返事をした。
「…あ、着いたよ。あたしん家」
奏子は目の前の一軒家を指差す。
:10/04/24 12:50
:N08A3
:23VVxZiA
#88 [我輩は匿名である]
「おぅ。意外と近かったな」
「ありがとうねぇ、2人とも」
おばあさんは直人と飛鳥に笑いかける。
「どういたしまして」
2人はそろって返事をする。
「ありがとう。ここまで来たらもう大丈夫」
家のドアの前まで来て、奏子も2人に言った。
「いいのか?」
「うん」
奏子に言われ、直人と飛鳥は、ドアのそばに買い物袋を置く。
:10/04/24 12:50
:N08A3
:23VVxZiA
#89 [我輩は匿名である]
「お茶でも飲んでいったら?」
「いえ、私たちはこのまますぐに帰りますから」
おばあさんの申し出を、飛鳥が丁寧断る。
「あら、そう?じゃあまた遊びに来てね」
おばあさんはニッコリ笑った。
「んじゃ、俺たちはこれで」
「さよならー」
2人はおばあさんと奏子に手を振って、並んでその場を後にした。
:10/04/24 12:51
:N08A3
:23VVxZiA
#90 [我輩は匿名である]
「いい子達だねぇ」
おばあさんは笑って奏子に言う。
奏子は「うん」と返事をしつつ、帰っていく2人の背中を、複雑な気持ちで見つめていた。
:10/04/24 12:52
:N08A3
:23VVxZiA
#91 [我輩は匿名である]
「優しそうなおばあちゃんだったね」
帰り道、飛鳥が何気なく言った。
「そうだな。元気そうで嬉しかったなぁ」
直人も満足そうに笑う。
「まぁ言われてみれば、面影がないこともないな」
「1日しか会ったことないのに、面影とか覚えてんの?」
「ま、まぁ何となく…」
直人は目を泳がせる。
:10/04/27 08:33
:N08A3
:n39Qyhsk
#92 [我輩は匿名である]
それを呆れて見た後、飛鳥はふと、こんな事を言った。
「…うちにも、あんなおばあちゃんがいたら良いのに」
直人は「へ?」と、飛鳥を見る。
「……お前、相変わらず親とは口きいてないんだっけ?」
「きいてない。バイトしてるのも知らないし」
飛鳥は苦笑して答える。
「そうか…」
「まぁ、ちょっと平気になってきたけどね」
「うーん…」
直人は「何かいい方法はないかな」と首をひねる。
:10/04/27 08:33
:N08A3
:n39Qyhsk
#93 [我輩は匿名である]
「いいよ、そんなに頑張って考えてくれなくても」
飛鳥は小さく息をつく。
「そのうちどうにか出来れば良いかなってぐらいだし」
「そうか?…まぁ、今は香月とか安斎とか、友達いるもんな、お前」
「うん」
飛鳥は笑って頷く。
「…あんたのおかげ、かな」
:10/04/27 08:34
:N08A3
:n39Qyhsk
#94 [我輩は匿名である]
「…は?」
飛鳥に言われて、直人はびっくりして彼女を見る。
飛鳥は少しだけ頬を赤らめて顔を背ける。
「(…あれ、なんか、変な感じする)」
直人は恥ずかしいような照れるような、なんだかわからない感覚に襲われた。
2人はそれぞれ同じような事を考えながら帰っていった。
:10/04/27 08:34
:N08A3
:n39Qyhsk
#95 [我輩は匿名である]
「そりゃお前、あいつに気があるんだろ」
飛鳥と帰った時の事を話すと、薫はあっさり言い切った。
「えぇっ!?」
直人はぎょっとしすぎて、持っていた箸を落としそうになる。
「お、俺が!?あいつを!?」
落とさないように箸を握って、少し声を荒げる。
「まぁ、その逆もありえると思うけど」
薫は言いながらサンドイッチを口に入れる。
:10/04/29 13:13
:N08A3
:VvK4rUGI
#96 [我輩は匿名である]
そういう事に関して全く疎い直人は、話についていけず呆然とする。
「え…えぇ…?」
「本当鈍感だよな、お前。どうすればそこまで鈍感になれるか知りてぇよ」
薫は呆れ返ってため息をつく。
直人は「そんな事言われても…」と頬を膨らませる。
「まぁ、そういう所がいいんじゃないのか?」
「…なんか嬉しくない」
直人は不機嫌そうに言い返す。
「…全く自覚してないのか?」
:10/04/29 13:13
:N08A3
:VvK4rUGI
#97 [我輩は匿名である]
「…うーん…何か、よくわかんねぇんだよなぁ…」
直人は箸を咥えて腕を組む。
「好きとかじゃない気がして…。なんかこう…“見守っててやりたい”…っていうか…。
何か、本気で応援してやりたくなるっていうか…」
「(…似たような事だろ)」
直人の話を聞きながら、薫は思った。
「…いいな、お前は平和そうで」
不意に、薫はそう言ってため息を吐いた。
:10/04/29 13:14
:N08A3
:VvK4rUGI
#98 [我輩は匿名である]
「何だいきなり」と、直人は首をひねる。
「…響子は…あいつの事、どう思ってるんだろ…」
薫は遠い目をして、机に肘をつく。
「あいつ?あのアメリカンの事か?てか、結局どうなったんだよ」
「“負け犬の遠吠え”、“君に勝ち目はない”、…そう言われた」
「はぁ!?何なんだあいつ!!」
短気な直人は、思わず声を荒げる。
:10/04/29 13:14
:N08A3
:VvK4rUGI
#99 [我輩は匿名である]
「…でも、あいつは響子の事を何も知らない。
あんな押し付けがましいやり方で、響子が納得するはずがない」
「当たり前だろ!今までお前らがどんだけしんどい思いしてきたか、あいつ何も知らないんだぞ!?
あんな奴に香月取られてたまるかよ!」
まるで自分の事のように、直人は腹を立てて騒ぐ。
「…でも、あいつは俺の言う事には全く耳を貸さない。
何を言っても、きっとまた“負け犬の遠吠え”って嘲笑うだけだろ。
…だから多分、俺が成績1位を取り戻す以外、あいつは納得しないだろうな」
:10/04/29 13:15
:N08A3
:VvK4rUGI
#100 [我輩は匿名である]
「あいつが納得するとかしないとか、どうでもいいだろ!」
「前みたいな目には遭いたくないんだよ」
薫は少しきつく言い返した。
そう言われて、直人はやっと、少し黙り込む。
確かに、怜奈のような行動に出られてはいろいろと面倒だ。
薫は1人で、そこまで考えていたのだろう。
そう思うと、直人はそれ以上何も言えなかった。
:10/04/29 13:15
:N08A3
:VvK4rUGI
#101 [我輩は匿名である]
「ねぇ、飛鳥」
バイトに行く途中、奏子は飛鳥に尋ねる。
「水無月が、前に変なおっさんから、前世の本もらったって話、知ってる?」
「…知ってるよ」
飛鳥は少しきょとんとした顔で答える。
「…飛鳥って、その、水無月の前世の話に関係あったりする?」
奏子は続けて聞く。
「…なんで?」
今度は飛鳥が聞き返す。
:10/04/30 20:32
:N08A3
:ue2rV2uc
#102 [我輩は匿名である]
「なんか、この間うちのおばあちゃんと会ったじゃない?
その時に、2人とも何か知ってそうだったからさ」
そう言われて、飛鳥は少しの間黙り込む。
「……私さぁ」
飛鳥がなかなか答えようとしないため、奏子が口を開く。
「最近、水無月の事、気になってるんだ」
その言葉に、飛鳥はハッと奏子を見る。
「……好き、って事?」
「……多分」
:10/04/30 20:32
:N08A3
:ue2rV2uc
#103 [我輩は匿名である]
まだはっきりしないのか、奏子は曖昧な言い方をする。
「…それで…何であの本の話…?」
飛鳥は少し動揺しながら、奏子に尋ねる。
「なんか、気になったからさ。水無月の事、いろいろ知ってるのかなぁと思って。
元気づけてもらったとか、前言ってたじゃん?」
奏子は明るく笑ってみせる。
しかし、飛鳥は何故か、ショックを受けたような顔で黙っている。
:10/04/30 20:33
:N08A3
:ue2rV2uc
#104 [我輩は匿名である]
直人の事で、知っている事はいろいろある。
でも、飛鳥は何も教えたくなかった。
直人の過去を知ってるのは、自分だけの特権。
何もない自分にある、たった1つの小さな自慢。
「まぁまた、いろいろ相談乗ってね♪」
奏子は笑って、飛鳥に頼む。
飛鳥はしぶしぶ、「うん…」と頷くしかできなかった。
:10/04/30 20:33
:N08A3
:ue2rV2uc
#105 [我輩は匿名である]
次の日。
飛鳥はじっと、4組の教室を覗く。
幸い、響子と奏子が別々の子と話している。
飛鳥は気付かれないようにササーッと、早足で響子に近づく。
「響子…」
背後から声がして、響子は振り返る。
「うわっ!びっくりした…」
響子は、いつの間にか背後にいた飛鳥に驚いて声を上げる。
「どうしたの?昨日のバイトで、また何かやらかした?」
:10/04/30 20:34
:N08A3
:ue2rV2uc
#106 [我輩は匿名である]
「違う……事もないけど」
飛鳥はやつれたような表情で答える。
確かに、昨日奏子の突然の告白に動揺していた飛鳥は、
皿は割るわ、カップから紅茶を溢れさせて床をボトボトにするわ、
レジ操作を誤って1000円以上の現金差異を出すわで、
店長にかなりこっぴどく怒られたのだが、響子に相談に来たのはその事ではない。
「…今度、2人っきりで相談があるんだけど」
「2人っきりで?……ははーん、なるほどね」
勘の良い響子は、ニヤリと笑う。
:10/04/30 20:34
:N08A3
:ue2rV2uc
#107 [我輩は匿名である]
「恋の話ね」
「えっ…!?わかんない。でも、多分そーゆーの」
「じゃあ僕も一緒に♪」
2人の隣に、急に良介が割り込んできた。
「あんたはどうでもいいから、消え失せてくれる?」
「残念ながら、君みたいに背の高いバカそうな女には興味ないよ」
良介は飛鳥に目もくれず、響子と向き合う。
「ねぇ響子ちゃん、僕は絶対、1位を守りぬくからね!」
:10/04/30 20:34
:N08A3
:ue2rV2uc
#108 [我輩は匿名である]
「…え?薫が断りに来たでしょ?」
響子は眉をひそめて確かめる。
「来たけど、女々しい事言うから、追い返したよ」
良介は笑顔で言い張る。
「女々しい?薫が何言ったのよ」
響子もさすがにムッとして言い返す。
「“勝負降りる”って。自信無くしたんじゃない?
あんなに張り切ってのってきたのに、あっさり僕に負けちゃったんだもんね」
良介は呆れたように、「やれやれ」と首を振る。
:10/04/30 20:35
:N08A3
:ue2rV2uc
#109 [我輩は匿名である]
「お前なぁ」
響子の代わりに、飛鳥が良介を睨む。
「調子に乗るのもいい加減にしろよ。お前みたいな新入りに、こいつらの何がわかるんだよ?」
「じゃあ聞くけどさ、君たちに僕の何がわかるわけ?」
良介も負けじと言い返してくる。
「僕は元々勉強なんか好きじゃない。
でも、響子ちゃんが“格好よくて、頭が良い、優しい人”が好きだって言ったから、
僕はそれを目指して今まで頑張ってきたんだ。
邪魔をしてる新入りは、あいつの方だろ?」
響子はそれを聞いて、昔そんな事を言ったのを思い出した。
:10/04/30 20:35
:N08A3
:ue2rV2uc
#110 [我輩は匿名である]
「だから、僕は絶対、あいつから君を取り戻すよ。
あんなクールぶってる奴、君には似合わないからね」
そう吐き捨てて、良介は背中を向けた。
「…マジでムカつく」
飛鳥は苛立ったように、彼の背中をにらみつける。
響子は暗い顔でため息を吐く。
「(……私が…あの時ちゃんと断ってたら…)」
「…響子?」
:10/04/30 20:36
:N08A3
:ue2rV2uc
#111 [我輩は匿名である]
飛鳥に声をかけられ、響子はハッと顔を上げる。
「…ごめん、ボーッとしてた」
「…まぁ気持ちはわかるけどさ」
飛鳥も呆れて息をつく。
「…あ、そうだ。どうせなら、どっかでご飯かお茶かしながら話さない?
ちょうど明日土曜だし。…バイト入ってる?」
「ううん。大丈夫」
:10/04/30 20:36
:N08A3
:ue2rV2uc
#112 [我輩は匿名である]
「じゃあ明日、飛鳥ちゃんがバイトしてるカフェ行こ♪」
「何でそうなるの!?」
「だって、1回行ってみたかったんだもん。じゃあ決まりね」
響子はにっこり笑う。
「(…まぁ、社割あるから、いっか)」
飛鳥は特に深く考えないまま、「しょうがないなぁ」と頷いた。
:10/04/30 20:38
:N08A3
:ue2rV2uc
#113 [我輩は匿名である]
次の日。
飛鳥は響子と共に、バイト先のカフェにやってきた。
「おう神崎」
入るなり、店長が飛鳥に話しかけてきた。
「売り上げのために、全ケーキ食って帰れよ!」
「無理ですよ。そんな金あったらケータイ契約しに行きます」
飛鳥は顔を引きつらせて言い返しながら、適当な席に座る。
「そっか、飛鳥ちゃん、ケータイ持ってないんだっけ」
「うん、仲悪い親に出してもらうの、嫌だしね。自分で稼いでから買おうかなぁと思って」
飛鳥は苦笑して言った。
:10/05/01 20:21
:N08A3
:/1yPoZ8g
#114 [我輩は匿名である]
そういうところは頑固な飛鳥に、響子も笑い返す。
「とりあえず、何か頼もっか」
「うん」
飛鳥は響子にメニューを開いて渡す。
「飛鳥ちゃん、見なくていいの?」
「いいよ、大体覚えてるから」
「『大体』じゃなくて、『完璧に』覚えてほしいわね」
飛鳥の先輩の女性が、そう言いながらお冷やを持ってきた。
「すいません…」
飛鳥は口を尖らせる。
:10/05/01 20:21
:N08A3
:/1yPoZ8g
#115 [我輩は匿名である]
「メニューはお決まりですか?」
先輩は響子に愛想良く尋ねる。
「えっ、えーっと…」
響子は少し慌ててメニューを見る。
「あっ、私はとりあえずカプチーノで」
「自分で注いで来な」
「えぇっ!?」
嫌味ったらしく笑う先輩に、飛鳥は変な声を上げる。
「あの…私はアイスミルクティー下さい」
:10/05/01 20:21
:N08A3
:/1yPoZ8g
#116 [我輩は匿名である]
「はいかしこまりましたー
先輩はにっこり笑って、キッチンの方へと下がっていった。
「意外と、いじられキャラなんだね」
響子は楽しそうに笑って、向かい合っている飛鳥に言う。
「…何かわかんないけど、そうなのかな」
「ははっ、いいじゃない。いじられキャラは、愛されキャラみたいな物よ」
響子はテーブルに両肘をつく。
飛鳥は「そうかなぁ」と首をひねる。
「ところで、私に相談って、何?」
:10/05/01 20:22
:N08A3
:/1yPoZ8g
#117 [我輩は匿名である]
響子は話を変え、本題に入る。
すると、急に飛鳥の顔が暗くなった。
「………何から話せばいいんだろ…?」
飛鳥は腕を組んで考える。
『奏子が直人を好きだ』なんて勝手に話すと、余計にこじれるかもしれない。
「…飛鳥ちゃんは、水無月君が好き?」
響子は先に、そう飛鳥に尋ねた。
飛鳥は「えっ!?」と、勝手に下向いていた頭を上げる。
:10/05/01 20:22
:N08A3
:/1yPoZ8g
#118 [我輩は匿名である]
「やっぱりそういう事か」
響子はにっこり笑う。
「……んー、…わかんない」
飛鳥ははっきりしない顔で答える。
「でも、…他の子が『水無月が好きかも』とか言ってるの聞いたら…何かモヤモヤしてきて…」
「……じゃあ飛鳥ちゃんは、水無月くんの事どう思う?」
響子は優しい表情で、質問を変える。
:10/05/01 20:23
:N08A3
:/1yPoZ8g
#119 [我輩は匿名である]
飛鳥は少し顔を上げる。
「……いい奴だと、思ってる」
何て言えばいいのかわからなくて、飛鳥はとりあえずそこから始めた。
「…私、高校入ってから、誰とも喋った事なくて……高校入る前からだけど。
でもなんか、あいつとは何も考えずに喋れて、なんか楽しくて…。
本を読み終わって、私がまた自殺しそうになったの、怪我してでも止めてくれた」
ちょっとずつ気持ちが整理できてきたのか、飛鳥の口調がスムーズになってきた。
響子も何も言わずに、その話に耳を傾けている。
:10/05/01 20:23
:N08A3
:/1yPoZ8g
#120 [我輩は匿名である]
「それから…私が『親を見返してやるんだ』って思えるようになったら、
笑って『頑張れ』って言ってくれるし、
この間も、奏子のおばあちゃんが道で困ってたら、すぐ『手伝ってやるよ』って言って…。
あいつバカで能天気だけど、私は…そういう優しい所が、す…」
飛鳥はそこまで言って、顔を赤くして黙り込んだ。
「…考えまとまったね」
「…なんか、楽しそうな話してるわね♪」
響子だけでなく、たまたま注文の物を持ってきた先輩まで笑っている。
:10/05/01 20:24
:N08A3
:/1yPoZ8g
#121 [我輩は匿名である]
飛鳥は余計に恥ずかしくなって下を向く。
「いや、でも、そういう『好き』じゃないかも…」
「どっちにしろ同じよ」
響子と先輩が声をそろえて答える。
「あら、あんたなかなかわかってるじゃない♪」
「ありがとうございます♪」
「(何なんだこの2人…)」
気が合って笑い合う2人を、飛鳥は呆れ気味に見つめる。
「ちょっと神崎、今度私にもその話聞かせてよね」
:10/05/01 20:24
:N08A3
:/1yPoZ8g
#122 [我輩は匿名である]
「さぁどうでしょうね」
擦り寄ってくる先輩を、飛鳥はめんどくさそうな顔で押し返す。
先輩はテーブルにカプチーノとミルクティーを置いて、「ごゆっくりどうぞ」と言って立ち去った。
「(…話できるわけないじゃん…。話が広がったら、奏子がどう言うか…)」
飛鳥はまた鬱陶しそうにため息をつく。
「…他には誰も、その話してないの?」
「うん、他にできる人いないし…」
飛鳥はまた、苦笑して答えた。
響子は鋭い目付きで考える。
:10/05/02 17:30
:N08A3
:Xl0SkL1s
#123 [我輩は匿名である]
奏子に相談を乗ってもらう事も出来た。先輩にも出来たはずだ。
しかし、「他に出来る人がいない」と言う。
つまり。
「…水無月くんが好きだって言ったの、奏子ちゃんじゃない?」
響子は、他の席にも聞こえない程小さな声で言った。
思わず、飛鳥は目を丸くして響子を見る。
「……何で……」
:10/05/02 17:30
:N08A3
:Xl0SkL1s
#124 [我輩は匿名である]
「相談出来る人が私だけって、おかしいなぁと思って。
水無月くんに出来ないのは当たり前だし、薫はそんな相談を受ける柄じゃない。
…まぁあれでも、相談されれば乗るんだけど。
奏子ちゃんもいるのに、あの子には出来ないって事でしょ?
先輩に出来ないのは、誰かが口を滑らせて奏子ちゃんに知られると面倒だから。
……どう?合ってるでしょ?」
響子は自信満々に笑ってみせる。
「…探偵になればいいと思うよ」
全て図星をつかれ、飛鳥はただ茫然とする。
:10/05/02 17:31
:N08A3
:Xl0SkL1s
#125 [我輩は匿名である]
「まぁ、あれよね。飛鳥ちゃんと水無月くんには、本の事もあるしね」
「…うん…。最初はそうだったけど…でも、なんか違うっていうか…。
なんかね、要は、もっと穏やかで、おとなしい感じだったんだ。
だから、水無月とはタイプも全然違うし…。
私も結構性格変わってるし、本の事は…そこまで深く考えてないかなぁ…」
「そっか。…私達も同じだよ」
響子は小さく笑う。
:10/05/02 17:31
:N08A3
:Xl0SkL1s
#126 [我輩は匿名である]
「やっぱり、みんな本とは変わってくるのかな。
私はもっと背も小さかったし、もっと大人しかった。
薫……は、あんまり変わらないかな?強いて言うなら、もうちょっと穏やかで、煙草吸ってたぐらい?」
「そうなの?」
「だから、あんな癌になったのよ」
響子はふぅっとため息をつく。
「意外でしょ?今なら絶対吸わなそうにしてるのに。
薫……優也は、煙草と関連が深い癌だった。
だからもう2度と吸わないでしょうね」
響子は優しく笑う。
:10/05/02 17:31
:N08A3
:Xl0SkL1s
#127 [我輩は匿名である]
「優也はあんなにクールじゃなかったのよ?
薫はにっこり笑う事なんかないけど、優也はいつもニコニコしてた」
「(…また惚気だした…)」
そう思ったが、急に響子の表情が変わった。
「……はぁ…私もどうしたらいいんだろ……」
「……あのアメリカン?」
響子は頷く。
しかし、飛鳥には不思議でならなかった。
「でも、何でそんなに悩むの?響子も月城も、そんなてこずる相手じゃないんじゃ…」
:10/05/02 17:32
:N08A3
:Xl0SkL1s
#128 [我輩は匿名である]
「てこずるのよ、ああいうタイプが1番ね」
響子は肩肘をつく。
「まともに話が通じる相手なら、薫もガン飛ばして一言二言言えば終わるのよ。
でも、りょう……桐生くんはそうじゃない。どこであんな性格になったのかわかんないけど……」
響子は大きくため息をつく。
「……そうだね、この間月城がガン飛ばしても、全く効かなかったもんね」
「私があの時ちゃんと聞き直して、断っとけば良かったのよ…」
話しているうちに、どんどん響子の表情が暗くなっていく。
:10/05/02 17:33
:N08A3
:Xl0SkL1s
#129 [我輩は匿名である]
「いや…そんなちっこい時の事にすがってる奴に、気を遣う事はないと思うけど…」
飛鳥は自分で出来る精一杯の慰めを言う。
「うん…」
「だって、響子は月城が好きなんでしょ?だったら無視すればいいんだよ。
私だって、テストの順位なんかで彼氏とか決めるの、おかしいと思う」
飛鳥はきっぱりと言い切った。
「…そうなのよね…」
響子はまだ浮かない顔をして頷いた。
:10/05/02 17:33
:N08A3
:Xl0SkL1s
#130 [我輩は匿名である]
すると、飛鳥もまた、同じような表情でうつむき、こう切り出した。
「……私さ、本の事、まだ奏子に言えてないんだ」
響子は顔を上げ、また耳を傾ける。
「言おう言おうって思うんだけど、要との事…知られたくないんだ。
何でかわかんないけど…何か、自分の中だけに置いときたい気がして…」
「…そうね、奏子ちゃんが水無月君を好きなら、なおさらね」
響子は小さく笑う。
:10/05/03 17:27
:N08A3
:MyOPNZOQ
#131 [我輩は匿名である]
しかし、飛鳥の表情はまだ晴れない。
「……でも、隠しとくのもモヤモヤするっていうか…」
「…友達だから?」
「…うん」
飛鳥は小さく頷く。
「でも…友達でも、話したくない事はいくらでもあるよ」
あっさり言う響子に、飛鳥は思わず顔を上げる。
「…響子も?」
「そりゃあるよ。私だって、いちいち薫とチューしただの寝ただの、みんなに言いたくないし」
響子は当然のように言い放って、ミルクティーを一口飲む。
:10/05/03 17:36
:N08A3
:MyOPNZOQ
#132 [我輩は匿名である]
「ま、まぁそうだけど…」
飛鳥はしぶしぶ頷く。
「誰にでもねぇ、自分の中だけに留めておきたい事ってあるのよ。
飛鳥ちゃんが思ってる事、私は普通の事だと思うけどな」
さすが、前世で大人だっただけのことはある。
響子は優しい笑顔で、飛鳥を諭す。
「…そう、かな」
飛鳥もちょっとホッとしたように笑い返す。
:10/05/03 17:44
:N08A3
:MyOPNZOQ
#133 [我輩は匿名である]
「じゃあ私はばれないように、奏子ちゃんの前で本の話はしないように気をつけるわ。
薫にも言っとくし。…まぁ、自分からそんな事話はしないだろうけどね」
「え?ごめんね、なんか気遣ってもらっちゃって…」
「いいよ、そんなの」
響子はまた笑う。
「…前の話を知ってるからかもしれないけど」
そう言いながら、響子はテーブルに両肘をつく。
:10/05/03 17:49
:N08A3
:MyOPNZOQ
#134 [我輩は匿名である]
「私は、水無月くんには飛鳥ちゃんとくっついてほしいと思ってる。
…確かに見た感じ、奏子ちゃんと水無月くんは息が合ってるようには見えるけど、
飛鳥ちゃんといる時の水無月と奏子ちゃんといる時の水無月くん、明らかに態度が違う。
奏子ちゃんとなら、普通の友達って雰囲気な感じがするの。
…だから、そんなに悩まないで、自信持っていいと思うよ」
「…………うん」
響子の話を聞いて、飛鳥は大きく頷く。
それを見て安心したように、響子はまた笑った。
:10/05/03 17:57
:N08A3
:MyOPNZOQ
#135 [我輩は匿名である]
「頑張ってね。また何かあったら、いつでも聞くから」
「うん、ありがとう」
飛鳥は悩みから吹っ切れたように笑い返す。
「(ただ、相手がちょっと手強いけどね)」
明るくなった飛鳥の表情を見ながら、響子は心の中で呟いた。
:10/05/03 17:59
:N08A3
:MyOPNZOQ
#136 [我輩は匿名である]
直人は眠そうな顔で、目の前にいる奏子を見つめる。
まだ時計は8時10分。
「早く来過ぎたかな」と思っていると、満面の笑顔の奏子がやってきたのだ。
「……何か用…?」
「あんたにお礼持ってきたの♪」
「お礼…?…俺なんかしたっけ…?」
直人は欠伸をしながら聞き返す。
「この間、おばあちゃんの荷物持ってくれたじゃん」
:10/05/05 18:04
:N08A3
:7fNci.3Y
#137 [我輩は匿名である]
「…………あーぁ!あれか!」
思い出すのに時間がかかったが、直人は「あぁ、そういえば手伝ったなぁ」と頷く。
「はい♪」
奏子は笑って、数枚のクッキーが入った可愛らしい袋を、直人の机に置いた。
「えっ、何これ?わざわざあのお姉…いや、ばあちゃん焼いてくれたのか?」
直人は思いもよらぬプレゼントに目を輝かせる。
「残念ながら、それ私が焼いたの」
奏子はちょっと自慢げに笑う。
「えっ?これお前が焼いたのか!?すげー!」
:10/05/05 18:05
:N08A3
:7fNci.3Y
#138 [我輩は匿名である]
直人は尊敬の眼差しを奏子に送る。
「…今食べても良いかなぁ?」
「いいじゃん、食べちゃいなよ」
「だよな!じゃあ頂きまーす」
直人は袋を開け、丸くて茶色いクッキーを口に放り込む。
ボリボリ言わせて噛んでいる直人を、奏子も少しドキドキして見つめる。
「………どう?」
「…ん!うまい!!」
直人は意外そうに言いながら、右手でOKサインを出す。
「やったー♪私、クッキーだけは得意なんだ〜」
:10/05/05 18:05
:N08A3
:7fNci.3Y
#139 [我輩は匿名である]
奏子も嬉しそうに笑う。
「へぇ!意外と料理とか出来るんだな、お前」
直人は言いながら、なぜかもう袋を閉じる。
「えっ?もう食べないの?」
「もったいないから、昼休みに食う!結構あるし、薫にもちょっとやろうと思って」
直人は満足そうに笑って、袋の口を紐で締め直して、大事そうに鞄に入れる。
「(1人で全部食べてほしかったのになぁ…)」
逆に、奏子は少し残念そうに直人の動作を見る。
「ところでさぁ、何でおばあちゃんの事、『お姉さん』って呼びかけたの?」
:10/05/05 18:05
:N08A3
:7fNci.3Y
#140 [我輩は匿名である]
「え?あぁ…」
言って良いものか、と、直人は目線をそらす。
「もしかして、おばあちゃんの事知ってるの?」
奏子は少し近づく。
「……いや、口が勝手に言っただけ…」
「本当に〜?」
直人は上手く誤魔化せず、しばらく悩んだ末、大きくため息を吐いた。
「…前世の俺が、会ったことがあるんだよ、多分」
そう白状するしかなかった。
:10/05/05 18:06
:N08A3
:7fNci.3Y
#141 [我輩は匿名である]
「そうなの!?なんかすごい!」
奏子は楽しそうに声を上げる。
「じゃあ、おばあちゃんが言ってた道案内したのって、やっぱあんたなの?」
「…まぁな…」
「そうなんだぁ!あんた、意外と優しいとこあるよね」
「そ、そうかぁ?」
褒められると調子に乗る直人は、照れるように笑う。
「でもなんか、飛鳥も知ってそうだったよね、おばあちゃんの事」
奏子は笑顔で話を続ける。
「…いや、あいつは多分会ったことないぞ。俺があのばあちゃんからの話を聞かせただけで」
:10/05/05 18:06
:N08A3
:7fNci.3Y
#142 [我輩は匿名である]
「おばあちゃん、あんたに何か言ったの?」
「だから、俺じゃなくて、前世の俺」
直人はそこに念を押す。
「何か言ったって、この間のあれだぞ?友達作りたいなら、壁を作るなって話。
あれを伝えてやろうと思ってたんだけどさ、なかなか…」
「伝えてやるって、飛鳥に?」
「前世のあいつに」
直人はしつこく、『前世の』にアクセントをつける。
奏子は驚きつつ、「やっぱりな」と思った。
「じゃあ、水無月と飛鳥って、前世から知り合いだったんだ?」
:10/05/05 18:06
:N08A3
:7fNci.3Y
#143 [我輩は匿名である]
「…まぁ…そうだな、知り合いだな」
言ってみれば恋人同士か、最低でも友達以上恋人未満ってところだろう。
しかし、そこまで説明するのはめんどくさい。
「…ん?じゃあ、飛鳥も本もらってたりすんの?」
奏子は首をかしげる。
「なんか、もらったって言ってた気がするけど?」
直人はめんどくさくなってきて、言い方が適当になってきた。
「そうなんだ!なんかすごいねー!じゃあ…」
:10/05/05 18:07
:N08A3
:7fNci.3Y
#144 [我輩は匿名である]
「おはよう」
いつの間にか、8時15分を過ぎていて、飛鳥がやってきた。
「よぉ」
「あっ、飛鳥に渡すものがあるの!」
奏子は立ち上がって、さっき直人にあげたクッキーを差し出す。
「クッキーだ」
「この間、おばあちゃん助けてくれたでしょ?そのお礼♪」
「えっ?いいよ、荷物運んだだけだし、お礼なんか…」
飛鳥は両手を左右に振る。
:10/05/05 18:07
:N08A3
:7fNci.3Y
#145 [我輩は匿名である]
「いいのいいの。はい!」
奏子は笑って、飛鳥の手にクッキーを置いた。
「…ありがとう」
飛鳥は小さく笑って、それを受け取る。
「あっ、じゃあ用も済んだし、私教室にかーえろ♪じゃあまた後でねー」
奏子はそのまま、教室を出ていった。
「何だったんだ…?」
「おいしそうなクッキーだね。あのおばあちゃんが焼いてくれたのかな?」
飛鳥は嬉しそうに、クッキーの入った袋を見つめている。
:10/05/05 18:08
:N08A3
:7fNci.3Y
#146 [我輩は匿名である]
「いや、安斎が焼いたらしいぞ」
「そうなの?へぇ、すごいな」
「お前、料理出来ないんだっけ?」
「やれば出来ると思うよ。施設にいた時は、よくご飯の手伝いしてたから」
「へぇ、意外」
「そう?…まぁ、今は家で作る事ないし、作ろうとも思わないしな…」
飛鳥はふぅっと息をつく。
「じゃあ、なんか作ってきた時は、俺が毒味してやるよ」
:10/05/05 18:08
:N08A3
:7fNci.3Y
#147 [我輩は匿名である]
「はあ?私の腕前なめないでよね」
飛鳥は腕を組んで言い返す。
そんな2人の会話を、廊下で窓にもたれ掛かって、奏子が聞いていた。
「(やっぱり、あの2人…なんかあるんだ…)」
「安斎?」
すぐ後ろで声がして、奏子は素早く振り返る。
:10/05/05 18:08
:N08A3
:7fNci.3Y
#148 [我輩は匿名である]
そこには、登校してきたばかりの薫が立っていた。
「月城くん…」
「何してるんだ?朝っぱらから」
薫は少し首を傾ける。
「ううん、何にもない。じゃあね」
奏子は無理に笑顔を作って、小走りで4組に戻っていった。
「…隠さなくても、知ってるのにね」
薫の後ろにいた響子が、くすっと笑う。
「…お前の言ってた事、本当だったんだな」
「予想だけどね」
2人は小さく笑い合った。
:10/05/05 18:09
:N08A3
:7fNci.3Y
#149 [我輩は匿名である]
直人は、薫が掃除を終えるのを、階段に座って、1人ぼけーっと待っていた。
奏子と飛鳥はバイトが、響子も今日は用事がある為、それぞれ先に帰っている。
「(…そういえば、神崎とここで喋った事もあったなぁ…)」
直人はあの時の事を思い出す。
親と話していないとか、そういう話をしたのがここだった。
「(懐かしいな…もう半年近く経つんだなぁ…)」
そんな事を考えていると、あの時のように、目の前を良介が通りかかった。
:10/05/06 20:17
:N08A3
:6Ieh1kRI
#150 [我輩は匿名である]
「あっ!そこのアメリカかぶれ!」
直人は思わず呼び止める。
“アメリカ”という言葉に足を止め、良介がこっちを見る。
「…誰?君」
ちょっと近寄りながら、良介が首をひねる。
「月城薫の友達だよ!」
「俺そんなに存在感ないか」と思いながら、直人は怒鳴る。
「あぁ、あの負け犬くんの」
「負け犬言うな!」
どこまでもマイペースで、思った事を口にする良介に、直人は何度も声を荒げる。
:10/05/06 20:17
:N08A3
:6Ieh1kRI
#151 [我輩は匿名である]
「お前、あんまり薫の邪魔すんなよな!」
「邪魔してるのはあっちだろ!」
良介もムスッとして言い返す。
直人は腰に右手をあてて、じーっと良介を見る。
「……お前さぁ、香月のどこが好きなわけ?」
直人はそもそも、そこから聞きたかった。
「僕?響子ちゃんの全てに決まってるじゃないか!」
「はぁ!?全てが好きとか、適当に言ってんだろ!」
「適当?失礼な!君は人を好きになった事無いのか?」
「気持ち悪いから『君』っていうな!俺は水無月直人!み・な・づ・き・な・お・と!」
:10/05/06 20:17
:N08A3
:6Ieh1kRI
#152 [我輩は匿名である]
直人は鳥肌が立ったのか、上腕をさすりながら名乗る。
「水無月?6月の事か!」
「ま、まぁそうだよ、6月の水無月」
「ふむ。じゃあ水無月、君は人を好きになった事は…」
「だから!『君』ゆーな!気持ち悪いから!」
「はっはっは!水無月は面白いな。天然か」
「天然はお前だろアホぉ!!」
直人は勢いで立ち上がる。
ここまでくれば、日本語の意味がわかっているのか不安になってくる。
:10/05/06 20:18
:N08A3
:6Ieh1kRI
#153 [我輩は匿名である]
「俺だってなぁ!好きな奴ぐらいいるんだよ!」
直人はそう言い切った。
「じゃあ水無月は、その子のどこが好きなんだ?」
「俺は…」
勢いで話を進めたため、少し悩む。
しかし、自然と頭に飛鳥が思い浮かんだ。
「…俺は、特に、頑張り屋な所、かな」
「頑張り屋?」
「そう、頑張り屋なんだ。…ある人を見返す為に、今一生懸命頑張ってるんだ。
俺はそこが好きなんだ、多分。だから、心の底から応援してるんだ」
:10/05/06 20:18
:N08A3
:6Ieh1kRI
#154 [我輩は匿名である]
言ってしまった。直人は言ってから、とても恥ずかしくなった。
本当なのかわからなくて、何だか飛鳥に申し訳なく思う。
「…………それって…」
良介は何故か、ものすごく気持ち悪そうな顔で直人を見る。
「な、何だよその目は」
「だってぇ…水無月の好きな人って…」
直人は「バレてるのかな」と、少しドキドキする。
「月城だろ…?」
:10/05/06 20:19
:N08A3
:6Ieh1kRI
#155 [我輩は匿名である]
「俺にそんな趣味ないわぁー!!」
直人は今日1番の大声を出した。
おまけに、その声に重なって、どこかから薫の声もした。
「だって、見返すって僕の事だろ?」
そう言っている良介の後ろを見てみると、柱の影から薫が出て来ている。
「薫!」
「月城!盗み聞きかっ!けしからん奴だ!」
良介はむすっと腕を組んで薫を睨む。
「あのなぁ!俺が好きなのは女だよ!ちゃんとした女!わかったか!?」
「あぁ、どうでも良くなった」
:10/05/06 20:19
:N08A3
:6Ieh1kRI
#156 [我輩は匿名である]
「何だとー!?」
良介はどうでもよさそうに適当にあしらって、薫と向き合う。
「それより月城、お前は響子ちゃんのどこが好きなんだ?」
「はぁ…?」
いつも唐突に物を聞いてくる良介に、薫は首をかしげる。
「俺は…そうだな、笑った顔が好きだな」
薫は小さく笑って答えた。
直人も良介も、黙って薫を見つめる。
「…な、何だよ。俺変な事言ったか?」
「いや、なんか意外な答えだったなぁ…と思って」
:10/05/06 20:19
:N08A3
:6Ieh1kRI
#157 [我輩は匿名である]
「……“全部”って答えは、おかしいのか?」
良介は納得できなそうに考える。
「…まぁいいんじゃないか?どこが好きかなんて、人それぞれだろ」
薫は少し面倒くさそうに言ってやる。
「そうか!そうだな!お前もたまには良い事言うな!でも響子ちゃんは俺がもらうからな!」
良介はそう言って、笑いながら帰っていった。
嵐が去って、2人は大きくため息を吐く。
まぁ、直人が呼び止めたのが悪かったのだが。
「…つーか、お前いつからいたんだよ?」
:10/05/06 20:20
:N08A3
:6Ieh1kRI
#158 [我輩は匿名である]
「『俺だって好きな女ぐらいいるんだよ!』みたいなのが聞こえてから。
なんか出ていくタイミングが掴めなくて、待ってたんだ」
薫は少し呆れ笑いする。
「何だよ…」
直人はだらんとうなだれる。
「さ、帰るか」
「ん」
2人はそう言って帰りはじめた。
:10/05/06 20:20
:N08A3
:6Ieh1kRI
#159 [我輩は匿名である]
「あのアメリカン、…うぜぇけど、なんか憎めない奴だよな。…うぜぇけど」
階段を下りながら、直人は言った。
「何で2回言ったんだ」
「とりあえずうぜぇから」
直人は良介とのやり取りを思い出して、顔を引きつらせて笑う。
そう言われて、薫も「確かに…」と頷く。
「…そうなんだよなぁ…。根本から嫌な奴なら、ぶん殴ってでも黙らせるのに。
…あいつ相手だと、そんな気も失せてくるんだよなぁ…」
薫は不満そうに言う。
「…で、お前どうするんだよ?結局点数バトル続けんの?」
:10/05/06 20:21
:N08A3
:6Ieh1kRI
#160 [我輩は匿名である]
「……そう、なりそうだな…。
この間の金曜日に、響子と神崎が釘を刺そうとしたらしいけど、ダメだったらしいし」
「…何で神崎まで?」
直人に言われて、薫は内心「しまった」とドキッとした。
『昨日ね、飛鳥ちゃんとお茶しに行ったの。
それで、一昨日その約束してたら、桐生くんが割り込んできたから、一言言おうと思ったんだけど…。
ダメだった。あの子いつからあんなマイペースになったんだろ…』
昨日の日曜日、家に遊びに来た響子が薫に話してくれた。
その時に、飛鳥と奏子が直人に気があるらしい事も聞いたのだった。
:10/05/06 20:21
:N08A3
:6Ieh1kRI
#161 [我輩は匿名である]
「(…危ねぇ…口滑らす所だった…)」
例え「遊びに行った」とだけ言っても、「安斎は?」と聞かれたらアウトだ。
「薫?」
靴箱まで来て、白と黒のスニーカーを持つ手を止めて考え込んでいた薫に、直人が声をかける。
「え?あぁ…何か、たまたま神崎がクラスに遊びに来てたからって言ってたけど」
薫は適当に誤魔化す。
「あぁ、あいつ、いつも4組で弁当食ってるもんな」
単純な直人は、薫の適当な話を鵜呑みにして、赤と黒のスニーカーに履き替える。
「(こいつ…素直というか、単純というか…)」
薫は羨ましそうな、呆れたような眼差しで直人を見る。
:10/05/06 20:22
:N08A3
:6Ieh1kRI
#162 [我輩は匿名である]
「…さっき言ってたの、やっぱり神崎の事なのか?」
薫も靴を履き替えながら、直人に尋ねた。
「…んー、なんか、そういう話してたら、神崎が思い浮かんでさ」
「…そうか」
薫は口元に指をあてながら考える。
「…でもな、本当に好きなのかどうか、わかんねぇんだよ、まだ」
直人は少し不安そうに言う。
「確かに、あいつの頑張り屋な所は好きだし、応援してやりたいっていつも思ってるけど。
だって俺、まだそんな…誰か好きになった事ないしさぁ…」
直人は歩きながら、ガシガシと頭を掻く。
:10/05/06 20:22
:N08A3
:6Ieh1kRI
#163 [我輩は匿名である]
「…まぁ、最初はそんなもんだろ」
「お前もそうだったのか?てか、お前の場合いつの話だよ」
「もう50年近く前のことだな」
薫は笑いながら答える。
「初恋はそうだったな。なーか気になるっていうか…」
「そうそう、そんな感じ!……ん?初恋『は』?じゃあ前の香月には?」
「一目惚れだよ、俺の」
薫はきっぱり断言した。
「そうだったのか!?どこに惚れたんだよ?」
「顔と身長」
:10/05/06 20:22
:N08A3
:6Ieh1kRI
#164 [我輩は匿名である]
「身長…?」
直人は「何で?」と首をかしげる。
「何かな、可愛かったんだよ、ちっこくて。
俺175、6pあったけど、今日子は150pなかったぐらい?
よしよししやすい身長だったな」
珍しく、薫の顔が全体的に緩んでいる。
「…お前、惚気だすと止まらなくなるよな」
「たまには惚気させてくれよ」
「まぁいいけどよ…」
:10/05/06 20:23
:N08A3
:6Ieh1kRI
#165 [我輩は匿名である]
「彼女が出来たら、直人も絶対惚気ると思うぞ」
そう言われても、自分が惚気る姿なんて全く想像出来ない。
直人は「そうかなぁ…?」と腕を組んだ。
:10/05/06 20:23
:N08A3
:6Ieh1kRI
#166 [ま]
:10/05/07 01:45
:P04A
:6S1BPj46
#167 [我輩は匿名である]
ホームルームの時間。
「今日は球技大会の競技を決定したいと思いまーす」
体育委員達が前に出て仕切っている。
「こんな時期に球技大会なんかあるのか!」
体育系の直人は、早くもテンションが上がる。
女子と男子が、それぞれ教室の前後に分かれていく。
「こんな時期に球技大会なんかするんだな」
薫も同じように思っていたらしい。
壁にもたれて腕を組んでいる。
「あれか?スポーツの秋だからか?
運動会は何故か1学期だったしな」
:10/05/08 22:43
:N08A3
:BuSWAh76
#168 [我輩は匿名である]
言いながら、直人は楽しそうに笑っている。
「薫、お前何出る?」
直人は早速薫に尋ねる。
壁にもたれながら、薫は首をひねる。
「…何があるんだっけ?」
「えっとなぁ」
黒板に貼られた紙を見ると、男子は野球とドッヂボールと書かれている。
「野球だな、俺は」
「やっぱそう来るか。うーん…」
:10/05/08 22:44
:N08A3
:BuSWAh76
#169 [我輩は匿名である]
直人はさらに楽しそうに声を上げ、自分も腕を組んで考える。
「…俺、ドッヂがいい!」
「だろうな、お前野球下手だし」
「うるせぇな!」
直人は声を荒げて反論する。
「…お前、昔から野球好きだったよな。何でか知らねぇけど」
「前世の名残じゃないか?」
「名残?」
:10/05/08 22:44
:N08A3
:BuSWAh76
#170 [我輩は匿名である]
「霜月優也は小学校から高校まで野球部だった。
だからまぁ、生まれ変わりの俺が受け継いだんじゃないか?」
「へぇ…」
直人は薫を見ながら頷く。
「…要は…何もなかったなぁ…」
「そう…」
薫が返事をし終わる前に、直人が「あ!」と声を上げた。
「何だよ」
「お前、またバトルしようぜ、とか言われるんじゃね?」
:10/05/08 22:45
:N08A3
:BuSWAh76
#171 [我輩は匿名である]
「………あぁ…」
薫は鬱陶しそうに壁にへばりつく。
「大丈夫だって!俺が手伝ってやるから!」
直人は元気良く笑う。
薫は「あぁ…」と相づちは打ったものの、どこか浮かない表情で考え込み始めた。
:10/05/08 22:45
:N08A3
:BuSWAh76
#172 [我輩は匿名である]
一方、女子たちも順調に事を運んでいた。
女子は男子と違い、ハンドボールとドッヂボールとなっている。
「(…何でバスケでもバレーでもなくて、ドッヂボールなんだろ…?痛々しい…)」
飛鳥は紙を見ながら首をひねる。
「神崎さんは、何がいい?」
女子の体育委員が飛鳥に話し掛ける。
「…私は…」
正直どっちも嫌なのだが、決めなければ話が進まない。
ハンドボールはまだ暑い屋外で走り回らないといけない。
ドッヂボールは走り回らなくていいが、当てられると痛い。
:10/05/10 20:01
:N08A3
:OlQ7CTBQ
#173 [我輩は匿名である]
運動があまり好きではない飛鳥にとっては、究極の選択だった。
「………………ドッ、ヂ、ボール、かな」
しばらく迷った末、飛鳥は無理やりドッヂボールと答えた。
日焼けしないだけマシだと思ったらしい。
「りょーかい♪」
体育委員の女子はにっこり笑って、次々とみんなに聞いていく。
飛鳥は大きくため息を吐く。
「(……あいつは、何出るんだろうな…?)」
飛鳥はそんな事を考えながら、薫と話している直人の背中を見た。
:10/05/10 20:01
:N08A3
:OlQ7CTBQ
#174 [我輩は匿名である]
帰り道。久しぶりに5人一緒に帰る。
「みんな何に出る事になったー?」
奏子が4人に尋ねる。
「俺ドッヂボール!」
「あー、何かそんな感じするね」
奏子が笑っている横で、飛鳥ははぁっとため息をつく。
「神崎、お前は?」
「…私もドッヂボール」
「いいじゃん、ドッヂボール。何でそんなテンション低いんだよ?」
:10/05/10 20:02
:N08A3
:OlQ7CTBQ
#175 [我輩は匿名である]
「スポーツあんまり好きじゃないんだよ」
飛鳥は浮かない顔で答えた。
「ま、野球に比べりゃ簡単だし、楽しめって♪」
「お前がボールをバットに当てられないだけだろ」
『面白くない』と胸を張る直人に、薫は呆れて言い返す。
「薫は?やっぱり野球?」
響子が薫に尋ねる。
「あぁ、野球にした」
「薫らしいね」
「俺の将来の夢は、息子に野球教える事だからな」
:10/05/10 21:10
:N08A3
:OlQ7CTBQ
#176 [我輩は匿名である]
2人が穏やかな表情で笑い合うのを、直人達は黙って見つめる。
「それ息子生まれなかったら終わりじゃね?」
「うるさいな、生むんだよ、息子」
薫は横目で、ニヤニヤ笑っている直人を睨む。
「響子は?」
「私は飛鳥と同じドッヂボール」
「えー、ハンドボール選んだの私だけー!?」
後悔したように奏子が声を上げる。
「暑いのによくやるよ」とでも言いたそうに、飛鳥が奏子を見る。
:10/05/10 21:11
:N08A3
:OlQ7CTBQ
#177 [我輩は匿名である]
「…ケガするなよ」
「大丈夫よ、外野だから」
心配している薫に、響子は明るく笑い返す。
「ねぇ、私も心配してよ」
2人の様子を見て、何故か奏子は直人の肩をたたく。
飛鳥は少しムッとしながら様子をうかがう。
「はぁ?何で俺がお前の心配しなきゃなんねぇんだよ」
直人は嫌そうに手を振り払う。
「ちぇっ、つまんないの」
奏子はふてくされたようにそっぽを向く。
飛鳥は何故か、ホッと胸を撫で下ろす。
:10/05/10 21:11
:N08A3
:OlQ7CTBQ
#178 [我輩は匿名である]
「…ん…?」
薫はたまたま、前の曲がり角から良介が出てくるのを見つけた。
「どうかした?」
「…あれ、アメリカかぶれじゃないか?」
薫が指差す先を、響子たちも見てみる。
「本当だ」
「あいつ、球技大会ではバトル申し込んで来ねぇのかな?」
「忘れてんじゃない?」
直人と奏子は、良介の後ろ姿を見ながら話し合う。
:10/05/10 21:12
:N08A3
:OlQ7CTBQ
#179 [我輩は匿名である]
「……申し込んで来ないと思うよ」
響子が少し呆れたように言う。
「何で?」
「桐生くん、運動音痴だから」
「…え、マジで?」
響子からの意外な話に、4人ともきょとんとする。
そして、直人がニヤリと含み笑いをした。
「じゃあ、こっちから仕掛けてやればいいんじゃね?」
「…はぁ?」
薫は「何で」と顔をしかめる。
:10/05/14 11:48
:N08A3
:oVETaYfQ
#180 [我輩は匿名である]
「だってよ、これで勝っとけば1勝1敗だろ?あいつもでけぇ顔できなくなるぞ?」
「まぁそうだけど…」
むしろ彼の事はどうでもいい薫は、乗り気じゃなさそうに返事をする。
「よし、じゃあちょっくら言って来るわ!」
「えっ、ちょ…」
薫や響子が止める間もなく、直人は良介の所へ走っていってしまった。
:10/05/14 11:48
:N08A3
:oVETaYfQ
#181 [我輩は匿名である]
「おい!アメリカン!」
直人は良介の背中を叩く。
「……あぁ、君か」
「君って言うなって言っただろ」
直人は嫌そうに言い返す。
「それよりお前、球技大会では『バトルしようぜ』とか言ってこないのかよ?」
直人はニヤニヤしながら尋ねる。
それを聞いて、良介はギョッとする。
:10/05/14 11:48
:N08A3
:oVETaYfQ
#182 [我輩は匿名である]
「い、いや…あんまり僕が勝ちすぎると、月城が可哀想だから…」
「そんな気遣いいらねぇって」
直人は良介と肩を組む。
「それともあれか?勝つ自信ないとか?」
その一言に、良介は顔をこわばらせる。
「まっさかなぁー?あんだけ薫を見下してたんだから、運動とか出来ないわけ、ないよなぁ〜?」
「あっ、ああ当たり前だろう!!」
良介は意地を張ったのか、言い返してきた。
「受けてたってやるさ!」
「直人、やめとけ」
:10/05/14 11:49
:N08A3
:oVETaYfQ
#183 [我輩は匿名である]
2人の様子を見兼ねたのか、薫がやってきた。
「な、何だよ?」
「おい桐生、お前が出るのは野球か?ドッヂボールか?」
薫は直人の問いには答えず、良介に尋ねる。
「ド、ドッヂボールだけど…」
「え…」
良介の答えに、直人はきょとんとする。
「…競技が違うのに、どうやって戦うんだ?」
薫は不機嫌そうに直人を睨む。
:10/05/14 11:49
:N08A3
:oVETaYfQ
#184 [我輩は匿名である]
「い、いいのかよ?僕を見返したいんじゃないのか?」
良介は少し不思議そうに言ってくる。
「見返すも何も、どうやって勝負するんだって言ってるんだ。
それに、別に弱点突いて勝ったって、面白くないだろ」
薫はあっさり答える。
「それに、例えそれで勝っても、お前納得しないだろ。
そうなったら余計にめんどくさいから、別にしなくていい。
だからさっさと帰れ」
薫は良介にそれだけ言い、背を向ける。
良介は何か言いたそうだったが、そのまま帰っていった。
:10/05/14 12:41
:N08A3
:oVETaYfQ
#185 [我輩は匿名である]
それに見向きもせず、薫は直人に向き合う。
「お前もこんな事に頭を働かすな」
「だってよー」
直人は小さい子どものように頬を膨らませる。
「いいじゃん別に、ねぇ?」
奏子も直人の肩を持つ。
「お前には関係ないだろ」
「そんな言い方しなくていいじゃん」
「ちょっと、やめなよ2人とも」
ピリピリした空気になり始めた2人を、響子が間に入って止める。
:10/05/14 12:41
:N08A3
:oVETaYfQ
#186 [我輩は匿名である]
「だって…」
「奏子、確かに私達関係ないし…」
飛鳥も困ったように奏子に声をかける。
しかし、奏子はムッとしたように飛鳥をにらみ、走って帰ってしまった。
「(…なんか、睨まれた…?)」
飛鳥は少し不安になる。
「…そんなに気を遣わなくても、あいつの事は気にしてないから」
薫はだいぶイライラしているのか、少しきつく直人に言う。
:10/05/14 12:42
:N08A3
:oVETaYfQ
#187 [我輩は匿名である]
「…悪かったよ」
直人はうつむいたまま謝る。
「…もういいよ」
薫はそれだけ言って、黙って家に向かって歩きだす。
「…ごめんね、2人とも」
代わりに響子が直人達に謝って、薫と帰っていった。
直人と一緒に残された飛鳥は、気まずくなって、黙って直人を見る。
「…俺、そんな変な事したのかな?」
いまいち納得できていないのか、直人は首を傾げる。
:10/05/14 22:09
:N08A3
:oVETaYfQ
#188 [我輩は匿名である]
「…他の人に突っ込まれたくない事なんじゃない?月城にとっては」
飛鳥は静かに直人に言う。
「自分でどうにかしたいっていうか、しなきゃいけないっていうか…。
あいつ結構頑固なとこありそうだし、この間負けた悔しさもあるだろうし…。
アレも鬱陶しい性格してるから、余計イライラしてるんじゃない?」
まるで薫の気持ちを見透かしているかのような飛鳥を、直人はぽかんとして見つめる。
「…よくわかるな、そこまで」
「予想だけどね。でも…何となくわかる気がして」
飛鳥は少し苦笑する。
:10/05/14 22:10
:N08A3
:oVETaYfQ
#189 [我輩は匿名である]
「私でも、親の事とかで首突っ込まれすぎたら腹立つだろうし…」
「えっ?じゃあ俺…」
「いや、あんたは元気付けたりしてくれるだけだから怒ったりしないよ。
相談乗ってくれたりするから、むしろ感謝してるっていうか」
飛鳥は素直に直人に言う。
直人は少し照れて、顔を背ける。
:10/05/14 22:10
:N08A3
:oVETaYfQ
#190 [我輩は匿名である]
「……難しいね、友達って」
さっきの奏子の顔を思い出して、飛鳥はぼそっと呟く。
「…お前も何かあったのか?」
「ん?…いや…」
飛鳥は首を振って、「帰ろ」と言って歩きだす。
直人は飛鳥の様子を気にしながら、一緒に帰っていった。
:10/05/14 22:11
:N08A3
:oVETaYfQ
#191 [我輩は匿名である]
「響子さぁ…」
何日か経った放課後、奏子は響子にこっそりと尋ねた。
「飛鳥と水無月って、どういう関係だったか知ってる?」
「…えっ?」
全く予想外の質問に、響子はドキッとして、鉛筆を回す手を止める。
「ど…どういう事?」
「飛鳥も本持ってる事、響子知ってたでしょ」
奏子は真剣な顔で問いただす。
響子は少しの間黙る。
:10/05/15 13:11
:N08A3
:8G0WEuHs
#192 [我輩は匿名である]
「知ってる」と言っているようなものだが、どう言えば良いのかわからない。
奏子もまだ、響子の言葉を待っている。
「……えぇ知ってたわ」
響子は白状した。
「でも、内容までは知らない」
「…ホントに?」
「本当」
疑ってくる奏子に、響子は断言する。
:10/05/15 13:12
:N08A3
:8G0WEuHs
#193 [我輩は匿名である]
「私たちは、自分の本の中の話しかわからない。
まぁ私は、正確には本をもらった者じゃないけどね。
……何でそんな事聞きたいの?」
響子は小さく含み笑いして聞き返す。
今度は奏子が、目を逸らして口を閉ざす。
「…水無月くんの事、気になってる?」
そう聞かれて、奏子はしぶしぶ頷く。
「…そっか」
響子はそれだけ答えた。
:10/05/15 13:12
:N08A3
:8G0WEuHs
#194 [我輩は匿名である]
「…響子達見てたらさ、私、適わないのかなぁ…とか思っちゃうんだよね」
奏子は暗い顔で言う。
響子は黙って、彼女の話に耳を傾ける。
「本をもらった子は、みんな深いつながりがあるけど、…私には何もない。
多分、飛鳥も水無月の事好きだと思うんだ。
だから、水無月は飛鳥を選ぶんじゃないか…って思ってさ」
奏子の話に、響子は何も言えなかった。
「そんな事ないよ」と言えば、良介の背中を押す事にもなりうる。
今近くに良介はいないが、響子は机に肘をついて考える。
:10/05/15 13:12
:N08A3
:8G0WEuHs
#195 [我輩は匿名である]
「…難しいわね、こういう事を考えだすと」
奏子よりも深刻そうな顔をして、響子はまた鉛筆を回す。
「なーにを考えているんだい?」
響子の背後で声がした。
「誰もあんたの話してないから。どっか行ってくれる?」
響子の後ろにいる良介に、奏子が眉間にしわを寄せて釘を刺す。
しかし、良介は奏子の相手をする気はない。
:10/05/15 18:54
:N08A3
:8G0WEuHs
#196 [我輩は匿名である]
「あのCool Boyの相手をするのが難しいって?
いっその事、そろそろ僕に乗り換えたらどうだい?」
「遠慮しておくわ」
「どうやったらそんな風に聞こえるのか教えてくんない?このクレイジー野郎」
ノリノリな良介に、響子も奏子も冷めた目で言い返す。
「あんたは多分、あのクールボーイには勝てないと思うよ?」
「Why?つーか、君発音下手だね」
「ほっとけよ」
奏子は真顔で言い返す。
:10/05/15 18:54
:N08A3
:8G0WEuHs
#197 [我輩は匿名である]
「あんた、本の都市伝説聞いたことある?」
「都市伝説?あの男、そんなFantasy信じてるのかい?
バカだなぁー。だから僕に勝てな…」
良介が相変わらず自意識過剰な発言を始めた時、
響子の手元から『バキッ』という変な音がした。
見ると、さっきまで彼女の手の中で回っていた鉛筆が、真っ二つに折れている。
「きょ…」
「響子ちゃん…?」
目を疑っている2人をよそに、響子は折れた鉛筆を見下ろす。
:10/05/15 18:55
:N08A3
:8G0WEuHs
#198 [我輩は匿名である]
「……都市伝説、私も信じてるんだけど」
響子は満面の笑みで良介の方を向く。
「えっ?そうなのかい?どんな話?」
良介はコロッと態度を変える。
「(何で今の怖い笑顔を無視できるんだ…?)」
奏子は呆然と良介を見る。
「言わない。話すと長くなるから」
響子はフンと顔を背ける。
:10/05/15 18:55
:N08A3
:8G0WEuHs
#199 [我輩は匿名である]
「えっ!?気になるじゃないか!教えてくれよ!」
良介は顔の前で手を合わせて響子に頼み込む。
「…薫へのライバル心を改めてくれるなら、教えてあげる」
響子は少し挑発するような笑みで答える。
「………じゃあいいや」
良介はあっさり諦めて、何故か早足で教室を出ていった。
「……何なの?あいつ」
奏子は鬱陶しそうにため息をつく。
しかし、響子は黙ったまま、ドアの方を見つめていた。
:10/05/15 18:55
:N08A3
:8G0WEuHs
#200 [我輩は匿名である]
「おい、月城」
良介は薫の目の前で仁王立ちをする。
眼鏡を拭いていた薫は、早くも迷惑そうな顔でそれを見上げる。
「なんだ?お前、目悪いのか?僕は裸眼だぞ」
「だから何だ」
威張る良介に、薫は短く言い返す。
「…また来てるな、あいつ」
「懲りないね…」
直人と飛鳥は窓際で、2人の様子を見つめる。
:10/05/16 12:35
:N08A3
:mFv/GhVU
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