記憶を売る本屋 2
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#201 [我輩は匿名である]
「いや、目の事は今はどうでもいいんだ!」

「(俺はお前の存在がどうでもいい…)」

大きく首を振っている良介に、薫はため息を吐いて目を逸らす。

「今この辺で、どんな都市伝説がBoomなんだ!?」

「…は…?」

良介に迫られ、薫は首をひねる。

「お前と響子ちゃんがハマっているっていう都市伝説だよ!

響子ちゃんは全く教えてくれないんだ!」

良介はショックを受けた素振りを見せる。

目の前に居座られても目障りな為、薫は口を開いた。

⏰:10/05/16 12:36 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#202 [我輩は匿名である]
「…大きなリュックサックを背負った男が、ある本を『読め』と押しつけてくる。

その本を読み終えると、ほとんどの奴は死んだり、行方不明になったりするって話だ」

薫は要点だけを拾って、簡単に説明した。

「…何で本を読んだだけで死ぬんだ?」

「内容に問題があるんだよ」

薫は眼鏡の汚れを見ながら答える。

「本の中身は、前世の自分の世界。

それも、自分の死ぬところまで見届けなければならない。

…過去の自分の記憶を取り戻せば、精神的に大きなショックを受ける。

そして、自分に対して絶望を感じる者は死を選び、恨む相手がいる者は殺しに行く」

⏰:10/05/16 12:36 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#203 [我輩は匿名である]
「…何なんだ…それは…」

良介は珍しく、真剣に話を聞いている。

「…まぁ、たまに過去の自分の悲劇に打ち勝つ者もいるけどな」

薫は最後に、それだけ付け足した。

「…なかなか興味深いな」

良介は腕を組んで言う。

「要するに、前世の本、って事か。…本当なのか?それは」

「それが原因で人を殺した男が、何ヵ月か前に捕まった。まんざら嘘でもないだろ」

眼鏡をかけ、薫は座ったまま良介を見上げる。

「まぁ本をもらったおかげで、物事が良い方に傾く奴もいるけどな。

今まで見えなかった物が、見えてきたりする奴も」

⏰:10/05/16 12:36 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#204 [我輩は匿名である]
「…そうなのか?」

「ほんの一部の話だ」

薫は小さく笑って、汚れのとれた眼鏡を外してケースに入れる。

「……そういえばさ」

薫達の様子を見ていた飛鳥が、ふと直人の方を向いた。

「ん?」

「あの自称・本屋の男、『代金は前世の奴からもらってる』って言ってたけど…

何の事だったんだろうね?」

飛鳥は首をかしげるが、直人はきょとんとしている。

「…そんな事言ってたっけ?」

⏰:10/05/16 12:37 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#205 [我輩は匿名である]
「忘れたの?まぁ気にならないっちゃ気にならないけど…。

私はちょっと気になってたんだ」

「まぁ…代金ってぐらいだし、金なんじゃねーの?」

直人はあまり考えずに返事をする。

「それじゃおかしい気がするんだ。

だって、私や要は高校生で、月城はサラリーマンだったし、響子も大人だった。

でも、私達みんな本をもらって、同じように前世を思い出した。

本当にお金が代金なら、月城と私達、どう考えても差があるはずでしょ?

私なんか、お小遣いとかほとんどもらってなかったんだから、お金なんてなかった。

だから…お金が代償じゃない気が…」

⏰:10/05/16 12:37 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#206 [我輩は匿名である]
「……お前、たまに難しい話するよな」

「意味わかってる?」

「半分ぐらい…」

頭を抱えてうなだれる直人に、飛鳥は後ろの黒板に何かを書き始めた。

「霜月優也というサラリーマンがいました。

彼は愛する妻の為に、汗水流して働いていました」

そんな話をしながら、飛鳥は黒板に、棒人間を2つ書く。

「で、こっちには長月要と石川晶という高校生がいました。

この2人は、ほとんどお金を持っていませんでした」

飛鳥は少し離れたところに、もう2つ棒人間を書く。

⏰:10/05/16 12:38 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#207 [我輩は匿名である]
直人は近寄り、それを見つめる。

「ある時、この4人は死にました」

「…展開早いな」

「そこはまぁ…。ここから仮説だけど…。

4人は『生まれ変わりたかったら、100万出せ』とおっさんに言われました」

「払えるわけねぇだろ!薫はともかく、俺高校生だぞ!?」

直人は思わず声を荒げる。

「そういう事だよ」

飛鳥は若干呆れたようにチョークを置く。

⏰:10/05/16 12:38 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#208 [我輩は匿名である]
「同じ条件なら、同じ程の代償がないといけない。だからきっと、お金じゃない。

お金なら必ず、月城と私たちの間に差が出来るはずだからね。

だとしたら、私達はみんな、何を渡したんだろうって思って」

「…よくそんな事まで考えたな。そんな事サッパリだったぞ」

直人は感心したように頷く。

「俺は覚えてるぞ」

2人の所に、薫がやって来た。

「あいつは?」

「適当に追い返した」

見ると、もう教室内に良介の姿はない。

⏰:10/05/16 12:38 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#209 [我輩は匿名である]
「…それより、結局代金って何だったの?」

飛鳥は薫に尋ねる。

薫はチョークを手に取り、1人の棒人間の所に書き加える。

「“俺”は、ガンになるまでは風邪1つ引いたことがなかった。

大きな怪我をした事もない。言ってみれば、健康そのものだった」

薫は棒人間の口元に棒を1本加え、そこから緩やかな線を2本引っ張る。

煙草を吸っているように見える。

「…死んでから、“俺”は真っ白い世界で、ある女と会った。

長い銀髪をなびかせた、綺麗な女性だった…」

薫はその時の事を思い出しながら、4人の棒人間の上に、1人の女性の絵を描いた。

⏰:10/05/16 12:39 📱:N08A3 🆔:mFv/GhVU


#210 [我輩は匿名である]
優也が目を覚ました時、目の前には1人の女性がいた。

ドレスのような真っ白い服に身を包み、穏やかにたたずんでいる銀髪の女性。

「…あなたは…?」

優也は静かに尋ねる。

女性はゆっくりと、口を開いた。

「霜月優也…肺がんに伴う呼吸不全により死去…享年27歳」

女性はそれだけ言って、1度口を閉じた。

優也は眉間にしわを寄せ、女性を見つめる。

「…何故僕の事を?」

⏰:10/05/17 09:20 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#211 [我輩は匿名である]
「…あなたは、生まれ変わりたいと思いますか?」

女性は優也の質問には答えず、逆に問い掛けてくる。

「生まれ変わる…?そんな事…」

「出来ますよ。…それなりの代償を払っていただければ」

「代償…」

優也はその言葉を繰り返す。

「………でも…僕には“代償”に出来る程の物はありません」

少し考えて、優也は弱々しい笑みを見せる。

⏰:10/05/17 09:21 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#212 [我輩は匿名である]
「僕は…自分の一言で、僕のたった一言のせいで妻を死に追いやってしまった…。

大事な人も守れないような男に、そんな資格はありませんよ」

優也の言葉に、しばらく女性は口を閉じていた。

「……その奥様は、あなたをずっと待っていますよ」

女性ははっきりとそう言った。

いつの間にか下向いていた頭を、優也はハッと上げる。

「…今日子が…?」

女性は頷く。

「彼女はもう1度、あなたと会う事を強く望んでいます。あなたとの約束を果たすために」

⏰:10/05/17 09:21 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#213 [我輩は匿名である]
優也は何も言わず、うつむく。

「(今日子…こんな俺でも、まだ傍にいてくれるのか…?)」

今日子を思いながらぎゅっと、体の横で両手を握り締める。

「……僕は…何を差し出せば良いんですか?」

しばらく考えて、優也は顔を上げる。

そう言った彼の瞳に、迷いはなかった。

女性はそれを見て、また少し笑みを浮かべる。

「……では、あなたが自慢に思っている事は何ですか?」

そう聞き返されて、優也は1度目を逸らして考え込む。

⏰:10/05/17 09:22 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#214 [我輩は匿名である]
「……ガンになるまで、1度も病気も怪我もしなかった事、かな?」

「ふふ…そのようですね」

女性はまるで、何もかも分かっているかのように答える。

「…あなたはとても真っ直ぐで、人を恨む事も憎む事もほとんどしない。

私は、あなたのその汚れのない心が欲しい」

女性は言いながら、優也の胸部を指差した。

「(だったら最初からそい言えば良いのに)」

優也は真顔で思った。

⏰:10/05/17 09:23 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#215 [我輩は匿名である]
「…いいですよ、何を失っても」

フッと小さく笑って、優也が答える。

「今日子ともう1度会うためなら、僕はどうなろうと構いません。

病気で何度死にかけようが孤独になろうが、今日子さえいてくれればそれでいい。

彼女の為なら…」

優也は話ながら、両手を大きく広げてニヤリと笑う。

「どんな醜い人間にでもなりましょう」

彼の答えに、女性も同じように笑い返した。

⏰:10/05/17 09:24 📱:N08A3 🆔:jTxbwtII


#216 [我輩は匿名である]
「……………っていうやり取りがあって」

薫はチョークでいろいろ描き足す。

直人と飛鳥はそれをまじまじと見つめる。

「…だからお前、毎年インフルエンザかかるんだな」

「つーか、あんた絵下手だね」

2人は声をそろえて薫に言う。

「絵なんか上手くなくても生きていけるから良いんだ」

薫はムッとしたように飛鳥に言い返す。

「つまりその“代償”って、人によって違うかもしれないって事か」

飛鳥はまた腕を組む。

⏰:10/05/20 22:46 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#217 [我輩は匿名である]
「多分な。あの人が誰なのかわからなかったけど…。

ただ、響子は看護師としての知識を全て無くしてるから、それが代償だったんだろう」

「ふぅん…」

「じゃあ俺、何取られたんだろ?」

直人もまた考える。

⏰:10/05/20 22:47 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#218 [我輩は匿名である]
「薫ー帰ろー」

考えたり、黒板を消したりしていると、響子と奏子がやって来た。

「あぁ、ちょっと待って」

「俺たちも帰るか」

「うん」

直人と飛鳥も鞄を肩に掛け、薫と共に教室を出る。

「何の話してたの?」

奏子が3人に尋ねる。

「あぁ、本の事でいろいろな」

直人がポケットに手を入れて答える。

⏰:10/05/20 22:47 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#219 [我輩は匿名である]
奏子は不満そうに「いろいろって?」と聞き直す。

「あ?んー…」

どう言えばいいのかわからず、直人は飛鳥に目をやる。

「なぁ、何だっけ?」

「……何で私に聞くの」

本の所持者だった事を奏子に話していない飛鳥は、逃げるように目を逸らす。

「お前から言い出しただろ?“代金”って何だったんだろうって」

そういう事には全く気が利かない直人は、怪訝そうに言い返す。

それを黙って見ていた奏子が口を開いた。

⏰:10/05/20 22:48 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#220 [我輩は匿名である]
「飛鳥、本の事に詳しいの?」

「え…」

ドキッとして、飛鳥は奏子を見る。

意外にも、奏子の表情は真剣そうで、飛鳥は再び目を逸らした。

「この間言っただろ、神崎も本もらったって…」

何も知らない直人は、ますます不思議そうに奏子に話す。

その直後、飛鳥は直人達には見えないように顔を背け、眉間にしわを寄せた。

「やっぱりそうだったんだぁ!」

そうとは知らず、奏子は驚いたように手をパチンとたたいた。

⏰:10/05/20 22:48 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#221 [我輩は匿名である]
響子は困ったように、薫と目を合わせる。

「何だぁ、何で言ってくれなかったの?

まぁ、何となくそうじゃないかなぁとは思ってたんだけどね」

奏子はポンと、飛鳥の肩に手を置く。

しかし、飛鳥は戸惑い、目を合わそうとしない。

「飛鳥の前世って、どんな感じだったの?すごい気になる!」

奏子は目を輝かせて食い付いてくる。

「どうかしたのか?」

直人は、急におとなしくなった飛鳥の様子が気になって、声をかける。

⏰:10/05/20 22:49 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#222 [我輩は匿名である]
「…ごめん、頭痛いから先に帰る」

飛鳥は苦笑しながら言って、そそくさと走って帰っていってしまった。

直人はわけがわからず、「何だ?」と首をかしげる。

「…大丈夫かな?」

響子が心配する振りをしながら、奏子に声をかける。

奏子は何か考えるような顔で、「うん…」とだけ返事をする。

すると、ポケットに入れていた直人の携帯電話が震えだした。

⏰:10/05/20 22:49 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#223 [我輩は匿名である]
『安斎の前で、神崎の本の事には触れるな』

それだけ書かれた、薫からのメールだった。

「…はぁ?」

直人は思わず、斜め後ろにいる薫に目を向ける。

奏子と響子も、どうしたのかと直人を見る。

薫はその状況を真顔で見回した後、「あ」と声を上げた。

「そういえば、ちょっと直人について来てほしい所があるんだった」

「え?何だよいきなり。お前さっきから…」

「じゃあ、私達先に帰るね」

薫が考えている事が何となくわかったのか、響子はにっこり笑う。

⏰:10/05/20 22:50 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#224 [我輩は匿名である]
直人は2人の意図が全くわからず、薫と響子の顔を交互に見る。

「あぁ、悪いな。また明日」

手を振る響子に、薫も手を振り返す。

そして、小声で「ちょっと来い」と言って直人の腕を掴む。

「えっ、ちょっ…」

薫に引っ張られ、足がもつれて転びそうになる。

曲がり角の影まで来て、薫はやっと手を離した。

「何だよ!?」

自分だけ何もわかっていない気がして、直人は苛立ったように薫に詰め寄る。

⏰:10/05/20 22:50 📱:N08A3 🆔:PIPg2LvY


#225 [我輩は匿名である]
薫は呆れたように、髪をかきあげながらため息を吐く。

「…神崎は、安斎に知られたくないんだよ。…自分の前世の事を」

「はぁ?」

直人は少し落ち着いて、薫の顔を見る。

「何でだよ?あいつら友達だろ?」

「友達でも、話したくない事ぐらいある」

「そうだけど…」

薫は困ったように、肩を落としてポケットに手を入れる。

「…お前、安斎と神崎見ていて、何も思わないのか?」

⏰:10/05/24 07:54 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#226 [我輩は匿名である]
「何もって…別に何も」

直人は検討もつかず、首をひねる。

鈍感すぎる直人の面倒に疲れて、薫は手を出し、その場にしゃがみこむ。

「もうお前見てると疲れて仕方ねぇよ…」

薫にここまで言われてしまい、直人は何だか恥ずかしくなってきた。

「だから、何だよ!?ハッキリ言えよ!!」

直人はしびれを切らして声を荒げる。

それを聞いて、薫は勢いよく立ち上がった。

「じゃあ言ってやるよ!この鈍感野郎!!」

⏰:10/05/24 07:56 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#227 [我輩は匿名である]
いきなり大声を出されて、直人はぎょっとする。

「な、何がだよ!?俺は別に…」

「お前が鈍感じゃないなら、どういう奴が鈍感なんだ!?

お前がちゃんと分かってたら、神崎もあんな変な帰り方せずに済んだのに!」

「あ、あいつが帰ったのは頭痛ぇからだろ!?」

「そこが鈍感だって言ってんだよ!

あんなあからさまに逃げるような帰り方で、頭痛なわけないだろ!!

わからないならもう喋るな!!」

「何だとこの野郎!!」

直人はカッとなって、薫に掴み掛かる。

⏰:10/05/24 07:56 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#228 [我輩は匿名である]
「本当の事だろう!?もうちょっと人の顔色とか気にしたらどうなんだ!」

同様に、薫も直人を睨み付けながら、彼の手を振り払う。

「してんだろうが!!」

「お前の『してる』は、やってるうちに入らねぇんだよ!」

「じゃあお前は出来てんのかよ!?

いつも何でも知ってるような、涼しい顔しやがって!!」

「お前よりは出来てるだろうなぁ!お前みたいなバカと一緒にするな!」

薫の一言に、直人はもう我慢できなくなった。

固く握り締めていた拳を、薫めがけて振り下ろした。

⏰:10/05/24 07:56 📱:N08A3 🆔:W2DVh2T6


#229 [ま]
>>150-250

⏰:10/05/27 07:51 📱:P04A 🆔:yEI3oh4M


#230 [我輩は匿名である]
一方、飛鳥は1度も足を緩めないまま、家に飛び込んだ。

大きな音を立てて玄関のドアを閉め、そこにもたれかかる。

かなり息が上がっている。

「(……聞き流せたら良かったのに…)」

うつむきながら、そんな事を考える。

自分にもっと余裕があれば、こんな怪しまれる帰り方をしなくて良かったのに。

「(…響子なら…もっと上手く誤魔化せるんだろうな…)」

自分の不器用さが悔しくなる。

「もうちょっと静かに帰ってきてくれる?」

目の前で声がした。

⏰:10/05/27 22:06 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#231 [我輩は匿名である]
顔を上げて見てみると、1歳年下の弟・巧(たくみ)が、

見下すような笑みを浮かべて立っている。

「巧…」

「何?その顔。いじめられた?」

気取ったように笑う弟に、飛鳥はムッとして睨み返す。

「まっ、出来損ないなんだから、いじめられても仕方ないよね。

家でも全く相手にされてないんだから、当然じゃない?

でも、だからってドアに八つ当たりしないでくれる?迷惑だから」

⏰:10/05/27 22:06 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#232 [我輩は匿名である]
「何…」

「悪いけど、出来損ないの相手してやる暇ないから」

飛鳥が言い返す前に、巧は意地悪い笑みを浮かべて、自分の部屋に入っていった。

飛鳥は黙ったまま、巧が去っていった方向をじっと見つめる。

あんな生意気な弟に言い返す事すら出来ない。

確かに家の中では、空気のような存在でいる自分。

飛鳥は靴を脱ぎ捨て、自分の部屋に足を動かす。

⏰:10/05/27 22:06 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#233 [我輩は匿名である]
部屋に入ってドアを閉め、その場に座り込む。

誰かと話したくても、携帯電話も持っていない。

自分はどこまでダメな人間なんだろう。

そう思うと涙が出てきて、飛鳥は1人、そこで静かに泣いた。

⏰:10/05/27 22:07 📱:N08A3 🆔:5.N2WMSE


#234 [我輩は匿名である]
次の日、直人は頬に湿布や絆創膏を貼って登校した。

多分、薫も同じような顔で来るのだろう。

あの後薫と殴り合いになってしまい、仲直りもせずに帰ってきたのだった。

「(…確かにあいつ程頭良くねぇし、ちょーっと空気読めないかもしれねぇけど)」

まだ納得がいかず、直人はムスッとする。

「おはよっ♪」

たまたま後ろにいた奏子が、直人の背中をたたいた。

「…おう」

「えっ、何その顔!?」

直人の顔を見て、奏子が驚いて声を上げる。

⏰:10/05/28 21:53 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#235 [我輩は匿名である]
事情を話すのがめんどくさくて、直人は「別に」と吐き捨てた。

「何なに!?事件!?警察行った!?」

「っせぇな、朝っぱらから。喧嘩だよ喧嘩!薫とやり合っただけ!」

直人はイライラし、口調を強くして答える。

「あらぁー、ドンマイ♪」

奏子は少しつまらなそうな顔をして、また直人の肩をたたいた。

『神崎と安斎を見ていて、何も思わないのか』

薫のあの一言は、今でもわからない。

考えながら、直人はじっと奏子を見てみる。

⏰:10/05/28 21:54 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#236 [我輩は匿名である]
「まぁー、あの子ちょっと気難しそうだもんね。

たまにはいいんじゃないの?喧嘩ぐらい」

奏子は明るく、そんな事を言って笑っている。

「………何?何か嫌な事言った?」

直人に見られているのがわかったのか、奏子が尋ねてくる。

が、構わず直人は奏子を見つめ続ける。

「………………やっぱ何もねぇよなぁ…」

しばらく見た後、直人はため息をついて目を逸らした。

彼が何をしたいのかわからず、奏子も首をかしげる。

お互いいろいろ考えながら校舎に入る。

⏰:10/05/28 21:54 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#237 [我輩は匿名である]
「…あ」

直人は嫌そうに声を上げる。

靴箱では、一足先に着いていた薫たちが靴を履き替えていた。

直人の声を聞いて、薫と響子がこっちを向く。

薫もやはり、直人のように顔に湿布等を貼っている。

しかし薫は、ちらっと直人を見た後、無言で視線を外した。

「さっさと履き替えて行けよ。俺が靴履けないだろ」

「知るか。一生そこで待ってろ」

「何ぃ!?」

顔を見るなり、直人と薫は睨み合う。

⏰:10/05/28 21:54 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#238 [我輩は匿名である]
「あんまり調子乗んなよ、もやしっ子のくせに」

「誰がもやしだ!どうみても人間だろ!」

「もやしじゃねぇかよ!インフルエンザで死にかけた事あるくせに!」

「いつの話だ!!」

「2人ともやめなさい!こんな所でみっともない!!」

2人のくだらない言い合いを見兼ねて、響子がまるで母親のような言い方で割って入った。

響子に叱られて、直人と薫は肩をすくめて黙り込む。

「…響子、行くぞ」

薫は響子を引きつれて、さっさと階段を上がっていった。

⏰:10/05/28 21:55 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#239 [我輩は匿名である]
「おはよう…」

それと同時に、今度は飛鳥がやってきた。

「あっ飛鳥、おはよ」

「…よぉ」

2人も返事を返す。

飛鳥は奏子と同じように、直人を見るなり目をぱちくりさせた。

「…どうしたの、その顔」

「…ちょっとな」

直人はため息をつきながら、それだけ答える。

その間に、奏子は自分の靴を履き替えに行った。

⏰:10/05/28 21:55 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#240 [我輩は匿名である]
「………今日、時間ある?」

飛鳥がぼそっと、直人に声をかける。

直人はスニーカーを持つ手を止めて、きょとんとする。

「どうしたんだよ?」

「………いろいろあってさ。…あんたに聞いてほしくて」

飛鳥の顔は、何だか疲れているように見える。

直人はそれを見ながら、また昨日の薫の話を思い出す。

「(…俺が本の事バラしたからかな…?…説教か…?)」

「…無理そうならいいよ」

飛鳥は少し笑う。

⏰:10/05/28 21:56 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#241 [我輩は匿名である]
「いや!聞くよ!俺で良ければ!つーか俺のせいだし!」

直人は慌てて返事をする。

その慌てっぷりが理解できないのか、飛鳥は首をかしげる。

「どーせ今日は薫と飯食わないだろうし」

「…何で?」

「喧嘩したから♪」

靴を履き替えてきた奏子が、直人と飛鳥の間に入ってきた。

「……顔の怪我って、それで?」

「まぁな。殴り合いとかしたの、小学校以来かも」

「え、まだやった事あったの!?」

⏰:10/05/28 21:56 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#242 [我輩は匿名である]
「(男って大変だなぁ…)」

傷だらけの直人の顔を見ながら、飛鳥はしみじみ思った。

「じゃあ…」

階段を上りながら、直人は飛鳥に言葉をかけようとする。

しかし、ふとある事を考えて止めた。

「(…こいつら、一緒に飯食ってるんだよな…。

って事は…今神崎を誘えば、何か怪しまれたりするかな?

本の話するなって薫も言ってたしな…)」

「どうかしたー?」

何かを言い掛け止めた直人に、奏子が問い掛ける。

⏰:10/05/28 21:56 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#243 [我輩は匿名である]
飛鳥はじっと、直人の方を見つめる。

「…いや、やっぱいいや」

「そう?何か変なの」

「ほっとけ」

そんな事を言っているうちに、教室のドアの前に着いた。

「じゃあな」

直人と飛鳥は奏子に手を振り、教室に入る。

「今日、一緒に飯食おうぜ」

奏子と別れてすぐ、直人は飛鳥に笑いかけた。

突然の事に、飛鳥は「へ?」と聞き返す。

⏰:10/05/28 21:57 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#244 [我輩は匿名である]
「いろいろあんだろ?飯食いながら、全部聞いてやるよ」

直人はニッと笑って飛鳥を誘う。

飛鳥はちょっと間ぽかんとしていたが、笑って「うん!」と大きく頷いた。

⏰:10/05/28 21:59 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#245 [我輩は匿名である]
4限目終了のチャイムが鳴る。

直人は弁当箱を手に、飛鳥の席に行く。

「ここうるせぇから、屋上にでも行くか」

「ん?うん、行こ」

飛鳥も同意して、買ってきた弁当が入ったコンビニ袋を持って立ち上がる。

そして、直人について教室を出た。

「(……2人でご飯とか…なんか緊張するなぁ…)」

誘ったのは自分だが、改めて考えると恥ずかしい。

飛鳥はちょっと顔を赤らめる。

そんな事には全く気付かず、直人は屋上のドアを開ける。

⏰:10/05/28 21:59 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#246 [我輩は匿名である]
「さーて…」

直人は少し歩く速さを緩めながら、どこがいいか考える。

「……あ」

2人一緒に声を上げる。

屋上のフェンス越しにくっついて昼食を摂っている男女。

視線を感じたのか、男の方が振り向いた。

「やっぱりお前か!」

直人は一瞬で不機嫌そうな顔をして声を上げる。

それを見て、振り向いた薫も眉間にしわを寄せ、隣にいた響子も振り向いた。

⏰:10/05/28 21:59 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#247 [我輩は匿名である]
「ついて来るな!」

「別について来たんじゃねぇよ!黙れもやし!」

直人と薫は、距離を置いてまた睨み合う。

が、それを妨げるように飛鳥の腹が鳴った。

「…ごめん」

飛鳥は恥ずかしくて下を向く。

「…いや。…適当に座って食うか」

直人はそう言って、薫達とは離れたところに腰を下ろした。

「いただきまーす」

2人は声をそろえて手を合わせ、弁当箱を開ける。

⏰:10/05/28 22:00 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#248 [我輩は匿名である]
「そういえば、安斎はどうしたんだ?」

薫はコーヒー牛乳片手に響子に尋ねる。

「飛鳥ちゃんも食べないって聞いてたから、他の子と食べてって言っといた」

「そうか」

薫はそう返事をして、ストローに口をつける。

「でも珍しいね、あの2人がご飯一緒に食べてるのって」

直人達の様子を見ながら、響子が少し笑う。

が、薫は返事せずに黙々と弁当を食べている。

「……もう、無視しないでよ」

響子は小さく笑って、ピタッと薫にくっつく。

⏰:10/05/28 22:00 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#249 [我輩は匿名である]
「……悪い」

薫は箸を咥えて、響子の頭を撫でる。

「嫌味かあいつ…あんなにイチャつきやがって…」

2人の様子を見ながら、直人は怒りを込めて箸を握る。

「……そもそも何でそんな殴り合いになったわけ?」
飛鳥はコンビニ弁当をつつきながら尋ねる。

「…あいつがさ、俺が空気読めてないだの、鈍感だのって言うから……」

「………キレたの?」

飛鳥の問いに、直人は黙って頷く。

⏰:10/05/28 22:01 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


#250 [我輩は匿名である]
「(しょーもなっ!!)」

飛鳥は心の中で叫ぶ。

が、よく考えてみれば、発端は自分かもしれない。

「……その喧嘩って…私のせい…?」

飛鳥は手を止めて呟く。

思いもよらぬ問いに、直人はきょとんとする。

「いや、別に…」

確かに、飛鳥が先に帰った事から喧嘩が始まったとも思えるが、飛鳥のせいではない。

「俺の方こそ、悪かったな。勝手に本の事バラして…。俺そういう事にはかなり鈍感だか…」

直人はそこまで言って、自分で気がついて一瞬黙る。

⏰:10/05/28 22:02 📱:N08A3 🆔:TdbZtgtI


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