記憶を売る本屋 2
最新 最初 全 
#320 [我輩は匿名である]
現に、直人の本は、要が死ぬところで話は終わっていた。
晶を助けた後、まさか晶が後を追って自殺したなんて知るはずもないし、
要の事だから、「俺がいなくても幸せになってくれるだろう」なんて事を考えてもおかしくない。
要の性格などから考えても、未練を残す事はあまり考えられないのだ。
だったらなぜ、直人はあの本をもらう事になったのだろう?
飛鳥はそれが気になっていた。
「……また何か難しい事考えてんのかよ?」
飛鳥が黙って眉間にしわを寄せて考え込んでいるのを見て、直人が声をかける。
「……奏子と、本をもらう条件って何なんだろうって話してたんだ」
飛鳥は顔を上げて答える。
:10/06/06 13:52
:N08A3
:p4xWyoPk
#321 [我輩は匿名である]
「またそんなめんどくせー話…」
直人はげんなりしたように肩を落とす。
「そんなの、この世に未練があった人だけでしょ」
響子があっさりと答える。
「そうも思ったんだけどさ、じゃあこいつは何で本もらえたんだろ?
未練とか、そういうの考える暇がないまま死んだじゃん?」
奏子が横にいるのも忘れ、飛鳥は直人を指差す。
響子や奏子は、じーっと直人を見る。
「……まぁ、確かにねぇ」
「事故って死んだんだっけ?あんた」
:10/06/06 13:52
:N08A3
:p4xWyoPk
#322 [我輩は匿名である]
「あ?あぁ…」
3人から見られて、直人は困ったように後ずさる。
「……ど、どうでもいいじん、そんな事」
「まぁ、どうでもいいと言えばどうでもいいけどね」
飛鳥ほど気にはならないらしく、響子はそう言って試合に目を向ける。
「…あら、いつの間にか終わってたみたいね」
響子に言われて、3人もそっちに目をやる。
薫たちの対戦相手だった生徒達が引きあげると同時に、決勝戦で戦うチームが入ってきている。
体操服の色からして、3年生のようだ。
「おい、そこの」
左肩にコールドスプレーを吹き掛けていた薫に、大将らしい生徒が話し掛ける。
:10/06/06 13:53
:N08A3
:p4xWyoPk
#323 [我輩は匿名である]
「…はい」
背後から話し掛けられて、薫は振り向く。
「(……こいつ、野球部のキャプテンだった奴か)」
高校総体の壮行会の時に見たことがあった。
「お前、あんな速さの球ばっかり打ってて楽しいか?」
この夏までキャプテンだったその男子が薫に言う。
「どういう意味ですか」と、薫は首をかしげる。
「あんな、誰にでも打てる球しか相手に出来なくて、つまらなくないか?
どこで経験積んだのか知らねぇけど、結構良い腕してるみたいだしよ。
……ちょっと、本気で投げてみてぇなって思ったわけ」
:10/06/06 13:53
:N08A3
:p4xWyoPk
#324 [我輩は匿名である]
元キャプテンは、少し笑ってそう言った。
薫は少し考える。そんなに簡単にルール変更できるのだろうか?と。
しかし、フッと笑い返して薫は言った。
「…確かに、正直面白くないな、とは思ってたんですよ。
12年も野球やってたんだし、本気出せるんなら出したいですね」
「(12年…?こいつ、いつから野球やってんだ…?)」
元キャプテンは少々疑問に思いながらも、薫の返事に笑みを浮かべた。
「じゃあ、やるんだな?」
「えぇ、受けて立ちましょう」
:10/06/06 13:54
:N08A3
:p4xWyoPk
#325 [我輩は匿名である]
「……何だ?あいつ」
「喧嘩でも売られてるんじゃないの?」
2人が何を話しているのかわからず、直人達は遠くからそれを見つめている。
「………あの人さぁ」
黙って薫の話し相手を見ていた奏子が口を開く。
「知ってんの?奏子」
「この間まで野球部キャプテンだった、ピッチャーの人じゃない?」
奏子の言葉に、3人は一瞬きょとんとする。
「…マジで!?」
「じゃあ絶対喧嘩じゃん。『お前調子乗んなよ』…みたいな」
:10/06/06 13:54
:N08A3
:p4xWyoPk
#326 [我輩は匿名である]
直人と飛鳥は奏子と話し合う。
が、響子はじーっと、審判と話している薫達を見つめる。
しばらくして、グラウンド中にアナウンスが流れた。
『野球の決勝試合では、一部の生徒のみ、
“スローボールしか投げてはいけない”というルールから除外される事になりました』
「…はぁ…?」
直人は思わず首をかしげる。
同時に、ギャラリーも「何事か」とざわつき始めた。
「何だ?どういう事だ?」
「ようするに、手加減抜きで投げてくるって事じゃないの?」
:10/06/06 13:55
:N08A3
:p4xWyoPk
#327 [我輩は匿名である]
「えっ!?そんなん有りかよ!?
あいつキャプテンなんだろ?ピッチャーなんだろ!?ヤバいじゃん!!」
「年上の人の事『あいつ』とか言わない」
ギャーギャー騒ぐ直人の横で、飛鳥が冷静に言い返す。
「でも、薫も結構やる気みたいよ」
ほら、と、響子は薫を指差す。
:10/06/06 13:56
:N08A3
:p4xWyoPk
#328 [我輩は匿名である]
「…ギャラリーがうるさいな。本当にいいんだな?」
投げる前に、元キャプテンが薫に呼び掛ける。
「いいですよ。思いっきり投げて下さい」
薫も、元キャプテンに届くように、少し声を大きくして答えた。
元キャプテンは笑って、地面を踏みしめてボールを構える。
そして、大きく肩を回して、キャッチャー目がけて思いっきりボールを投げた。
パァン!という音がして、ボールがキャッチャーのグローブにあたる。
薫はバットを振る素振りを見せず、キャッチャーに捕まれたボールを横目で見る。
「…手が出なかったか?ストレートだぞ」
ボールをピッチャーに返しながら、キャッチャーが薫に言う。
:10/06/06 13:57
:N08A3
:p4xWyoPk
#329 [我輩は匿名である]
「……速いですね。125km/hってとこですか?」
「………はっ、見てただけかよ」
薫の表情を見て、キャッチャーは呆れたように笑う。
ピッチャーはまた、ボールを構え、投げてくる。
薫は飛んでくるボールを目で追い、勢いよくバットを振った。
カン!と音がして、ボールがバットに当たる。
しかし、ボールはラインの外に転がっていった。
「……ファールか」
薫は小さく舌打ちをして構え直す。
:10/06/06 13:57
:N08A3
:p4xWyoPk
★コメント★
←次 | 前→
トピック
C-BoX E194.194