悪魔と天使の暇潰し
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#370 [匿名]
重たい空気に、私は何も言えなくなってしまった。三人の間に沈黙が走る。
今までに経験した事が無い沈黙だった。重すぎて、苦しくて、空気が薄くなっている気がした。
どれだけの間黙っていたのか分からないが、私には一時間、いや二時間くらいに感じた。
「幸子、座ってくれ」
一番最初に口を開いたのは父だった。私は素直に従った。父と母が座っているソファーに対面して、床に正座をした。
時計を見たら十分しか過ぎていない。
:11/09/26 18:10 :F06B :.Lu5CvxE
#371 [匿名]
「今日な、朝早く変な男から電話がきたんだ」
父が話し出した。母はずっと下を向いたままだ。
「名前は名乗らなかったんだが、幸子が死にたがっていると言った。幸子の為にも死なせてやってくれって。…最初は信じなかった。ただの悪戯だと無視をした」
何の話をしているのか分からなかった。ただ、私の気持ちに心当たりがある。
母が心配そうに私を見た。
:11/09/26 18:13 :F06B :.Lu5CvxE
#372 [匿名]
朝、二人の様子がおかしかったのは、その電話のせいだと分かった。
「母さんが心配してな。朝は変な感じになっちゃったけど、お前が出掛けてから二人で話して、気にしないでいようと決めたんだ。どう考えても、ただの悪戯だと」
「ごめんね、ロールケーキなんてどうでも良かったのよ。ただあなたの事を父さんと一緒に話したくてねぇ」
母が眉を下げながら、泣きそうな顔で言う。
私を家から出す口実だったみたいだ。
:11/09/26 18:14 :F06B :.Lu5CvxE
#373 [匿名]
「ただな、夕方にその男が家に来たんだ。覚えはあるか?」
「どんな人?」
情報が少なくて、誰もが怪しく感じてしまう。
「二十代の若い男だ。芸能人みたいな顔でな、背が高くて、スラッとした体型だった」
それが誰なのか、私は二人に絞る事が出来た。
「髪の毛黒かった?」
「ああ、真っ黒だった」
そうか、悪魔さんか。
そうだよね、天使さんが両親に、私を死なせてあげてくれ、なんて言う訳ない。
明日、いやもう今日だ。今日約束もしている。
:11/09/26 18:16 :F06B :.Lu5CvxE
#374 [匿名]
「…覚えがあるか」
私の反応を見て、父は確信したように頷いた。
本当は私に、知らない、と言って欲しかったんだろう。そうしたら、全てが考えすぎだった、と簡単に片付けられたはずだ。
父が続ける。
「その男が来て、お前の近況を話していった。…守君の事で悩んでいる事とか、毎日の様に泣いている事とか」
こういう時、どんな言葉を言うのが正解なんだろう。笑い飛ばせば良かったのかな。泣けば良かったかな。
私はただ下を向き、黙ってしまった。
:11/09/28 17:53 :F06B :rJ3sHHyM
#375 [匿名]
黙るという事は、肯定している事と同じだ。
演技など出来なかった。顔を上げる事すら出来ない。
「……もう、生きているの、嫌か?」
かすれた声で、途切れ途切れに父が言う。
母の泣く声が静かに聞こえた。
まさかこんな事を父の口から聞くとは思わなくて、思っている言葉が一つも出ない。
もう死ぬ覚悟は出来ています。今日には死ぬつもりで今回実家に戻りました。家では死にません。二人のいない場所で一人で死にます。先に逝く親不孝な娘を許して下さい。
そんなような事を、今日寝る前に遺書に書こうと考えていたのに。
:11/09/28 17:56 :F06B :rJ3sHHyM
#376 [匿名]
「……ごめん」
そう言うのが精一杯だった。謝る気持ちしか私には無い。
ただ、その言葉が二人に聞こえたのかは分からない。頭に浮かんだ謝る言葉が、同じ意味で発音出たのか、自信が無かった。
「それは、死ぬなんて馬鹿な事を考えてごめん。って意味か?それとも……もう死ぬけど、許してくれって意味か?」
父の顔は見上げられないが、泣いているのは分かった。声が震えている。
母はさっきよりも分かりやすく泣き出した。
私はちゃんと発音出来ていたみたいだ。
:11/09/28 17:58 :F06B :rJ3sHHyM
#377 [匿名]
「さっちゃが死んだら、私達は、どうしたらいいの?」
母が言う。苦しくなった。母がとても辛そうに言うから。
「幸子、辛かったなぁ。父さん達も辛かった。守君が亡くなって、幸子が心配で仕方がなかった…」
母の肩を支えながら父が言った。
「…………」
「守君の存在は、幸子にとってあまりにも大きすぎたなぁ。……そして、早すぎた。これからだったのになぁ」
守の笑顔が浮かんで、涙が出そうになった。
:11/09/28 18:01 :F06B :rJ3sHHyM
#378 [匿名]
「でもなぁ、幸子」
父の震える声が、しっかりとした声に変わった。その声につられ、顔を上げて父を見た。
真剣な顔で私を見ている。
「お前には、守君しかいなかったのか?お前にとって大切な人間は、守君だけだったのか?」
唇が震えた。
目の前がぼやけだした。
「守君は幸子を愛してくれたなぁ。でもな、幸子を愛してるのは、守君だけじゃないぞ。…父さんと母さんは、守君と同様、幸子を愛してきた」
:11/09/28 18:03 :F06B :rJ3sHHyM
#379 [匿名]
涙がとうとう溢れた。
「…いや、守君が幸子を愛する前から、ずっと、ずっと前から幸子を愛してきた。…幸子が母さんのお腹に居ると分かったその日から、一時も幸子を愛さなかった時間は無い!…分かるか?」
何も言えない。言う資格がない。ただただ何度も頷いた。
どうして気が付かなかったんだろう。こんなに近くに、こんなに大きな愛がある事に。
「さっちゃん、ずっと味方だからね。ずっと、ずっと愛しているから」
母が抱き締めてくれた。
温かくて、安心感がある、私の大好きなぬくもり。
母の肩が、私の涙と鼻水で濡れていく。
:11/09/28 18:04 :F06B :rJ3sHHyM
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