悪魔と天使の暇潰し
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#374 [匿名]
「…覚えがあるか」
私の反応を見て、父は確信したように頷いた。
本当は私に、知らない、と言って欲しかったんだろう。そうしたら、全てが考えすぎだった、と簡単に片付けられたはずだ。
父が続ける。
「その男が来て、お前の近況を話していった。…守君の事で悩んでいる事とか、毎日の様に泣いている事とか」
こういう時、どんな言葉を言うのが正解なんだろう。笑い飛ばせば良かったのかな。泣けば良かったかな。
私はただ下を向き、黙ってしまった。
:11/09/28 17:53 :F06B :rJ3sHHyM
#375 [匿名]
黙るという事は、肯定している事と同じだ。
演技など出来なかった。顔を上げる事すら出来ない。
「……もう、生きているの、嫌か?」
かすれた声で、途切れ途切れに父が言う。
母の泣く声が静かに聞こえた。
まさかこんな事を父の口から聞くとは思わなくて、思っている言葉が一つも出ない。
もう死ぬ覚悟は出来ています。今日には死ぬつもりで今回実家に戻りました。家では死にません。二人のいない場所で一人で死にます。先に逝く親不孝な娘を許して下さい。
そんなような事を、今日寝る前に遺書に書こうと考えていたのに。
:11/09/28 17:56 :F06B :rJ3sHHyM
#376 [匿名]
「……ごめん」
そう言うのが精一杯だった。謝る気持ちしか私には無い。
ただ、その言葉が二人に聞こえたのかは分からない。頭に浮かんだ謝る言葉が、同じ意味で発音出たのか、自信が無かった。
「それは、死ぬなんて馬鹿な事を考えてごめん。って意味か?それとも……もう死ぬけど、許してくれって意味か?」
父の顔は見上げられないが、泣いているのは分かった。声が震えている。
母はさっきよりも分かりやすく泣き出した。
私はちゃんと発音出来ていたみたいだ。
:11/09/28 17:58 :F06B :rJ3sHHyM
#377 [匿名]
「さっちゃが死んだら、私達は、どうしたらいいの?」
母が言う。苦しくなった。母がとても辛そうに言うから。
「幸子、辛かったなぁ。父さん達も辛かった。守君が亡くなって、幸子が心配で仕方がなかった…」
母の肩を支えながら父が言った。
「…………」
「守君の存在は、幸子にとってあまりにも大きすぎたなぁ。……そして、早すぎた。これからだったのになぁ」
守の笑顔が浮かんで、涙が出そうになった。
:11/09/28 18:01 :F06B :rJ3sHHyM
#378 [匿名]
「でもなぁ、幸子」
父の震える声が、しっかりとした声に変わった。その声につられ、顔を上げて父を見た。
真剣な顔で私を見ている。
「お前には、守君しかいなかったのか?お前にとって大切な人間は、守君だけだったのか?」
唇が震えた。
目の前がぼやけだした。
「守君は幸子を愛してくれたなぁ。でもな、幸子を愛してるのは、守君だけじゃないぞ。…父さんと母さんは、守君と同様、幸子を愛してきた」
:11/09/28 18:03 :F06B :rJ3sHHyM
#379 [匿名]
涙がとうとう溢れた。
「…いや、守君が幸子を愛する前から、ずっと、ずっと前から幸子を愛してきた。…幸子が母さんのお腹に居ると分かったその日から、一時も幸子を愛さなかった時間は無い!…分かるか?」
何も言えない。言う資格がない。ただただ何度も頷いた。
どうして気が付かなかったんだろう。こんなに近くに、こんなに大きな愛がある事に。
「さっちゃん、ずっと味方だからね。ずっと、ずっと愛しているから」
母が抱き締めてくれた。
温かくて、安心感がある、私の大好きなぬくもり。
母の肩が、私の涙と鼻水で濡れていく。
:11/09/28 18:04 :F06B :rJ3sHHyM
#380 [匿名]
―――
泣き疲れた私は、あれから子供の様に眠りについた。
気が付くと朝日がカーテンの隙間から射し込んでいて、朝になった事を知らせてくれている。
まず会社に電話をし、体調不良のため休む事を伝えた。勿論、体調だけは絶好調なので、嘘だ。演技もした。
それから一階に降りて洗顔などを済ませてから、父と母がいる居間へと向かった。
寝る前の記憶が鮮明に蘇り、私は二人と、どんな顔をして会えばいいのか分からなくなってしまった。
:11/10/04 00:20 :F06B :qunnOhr.
#381 [匿名]
ゆっくりと一歩一歩二人に近付くにつれ、言い様の無い緊張感が襲って来た。
だけれどそれは一瞬で、無駄な緊張感だったと思い知らせれる。
「さっちゃんおはよ!ご飯出来てるわよー」
母が私を見付けるとすぐにそう言った。普通すぎて、私はポカーンとしてしまったんだろう。
「変な顔してー」
母が笑う。
ホッとして、気が付くと私も笑っていた。
:11/10/04 00:21 :F06B :qunnOhr.
#382 [匿名]
父はソファーに座り新聞を読んでいた。
「おう、おはよう。何か手紙が届いてたぞ」
「おはよう。手紙?」
私は父の言葉を聞きながらテーブルに座り、母の作ってくれた朝食を食べようとしていた。
母と同様、父もいつもと変わらない態度で接してくれた。
きっと二人は私が寝ている間にいろいろと話したんだろう。
「ほら」
父が私の所まで手紙を持ってきてくれた。
:11/10/04 00:23 :F06B :qunnOhr.
#383 [匿名]
それは<幸子へ>とだけ書かれた真っ白な封筒だった。その他には何も書いていなく、差出人は不明。
「ありがとう」
私はその手紙を受け取り、朝食に取りかかった。甘い卵焼きとワカメの味噌汁。納豆にはネギが入っていた。
「今日は何時に帰るの?」
「朝食食べて支度したら帰る」
「そう。気をつけて帰るのよ?着いたら連絡してね」
「うん、分かってるよ」
:11/10/04 00:24 :F06B :qunnOhr.
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