悪魔と天使の暇潰し
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#301 [匿名]
だって鼻は真っ赤で鼻水も出てるし、そんな人が隣にいたら、感動なんてどっかに飛んで行っちゃう。

「泣きすぎ!」
って私が笑いながら言うと

「うるせぇ!」
って守は泣きながら言う。


涙脆い守が私は好きだった。こんなにも優しい心を持つ人が側にいると思うと、私は世界で一番幸せだって感じれたから。


守がいつも私より先に泣くから、私は自分が涙脆い事に今まで気が付かなかった。

⏰:11/08/26 18:55 📱:F06B 🆔:yzyXQKjY


#302 [匿名]
「今日会ったんだよ。富永守っつう男に。お前の事心配してたぞー!早くその男に会いに行こうぜ?」

「何を言ってるんですか?」

ふざけているとしか思えなかった。守に会った?守は死んだの。会えるわけがない。

「嘘だと思うか?」

「当たり前じゃないですか!」

「じゃあ何で名前、知ってると思う?」

「…そ、そんなの調べればすぐに分かります!」

「ハハッ…断固として俺の言う事を信じねーんだな」

⏰:11/08/26 18:58 📱:F06B 🆔:yzyXQKjY


#303 [匿名]
守は死んだ。
あの日から私は守に会えなくなった。声が聞きたくても、触れたくても、一切出来なくなった。

それなのにこの悪魔のような人間は、守に会ったなんて酷い事を言う。

「本当なら会わせて」

守に会いたい。

「だーかーらー!死んだら会えるっつーの!まだ神様への行列に並んだばっかだからな!」

「神様?行列?」

何言っているの悪魔さん。

「おう!だから死ななきゃ守っつう男には会えねぇ」

「…嘘ですよね?」

「はあ?」

⏰:11/08/26 18:59 📱:F06B 🆔:yzyXQKjY


#304 [匿名]
「私が死んだら、あなたが何か得をするんですか?」

「得っつぅか、なんつーか…」

「守を使って、私を騙さないで下さい!」

守はもう何も言えない。それをいい事に、守を使うなんて酷い。

「ったく面倒くせぇ女だな!何でも信じやすいんじゃなかったのかよ!」


悪魔さんは目を細め、空を睨む様に見ながら言った。

「人を信じるのは素晴らしい事だけど、相手の素性を見極めろ!」

悪魔さんは私を指差し、怒った。それが守にそっくりで、私は何も言えなくなる。

⏰:11/08/26 19:01 📱:F06B 🆔:yzyXQKjY


#305 [匿名]
「お前過去、悪徳業者に騙されて五十万取られそうだったんだろ?守って奴が言ってたぞ?幸子にそう伝えて下さい!って。まぁ頼まれたのは俺じゃねぇんだけど、言っちゃった」

守しか知らない事。悪魔さんは、それを守から聞いてきたように喋る。

もしかしたら、嘘なんか一つも付いていないのかもしれない。


「守って奴の忠告無しでも、ちゃんと疑う心を持ち始めたんだな!…正しいよ。俺は聖者じゃないから」

そう言った悪魔さんの顔が、一瞬切なく見えた。悪魔にならなくてはならない!と必死に演じる天使のようで、私は悪魔さんの言葉を信じてみたくなる。

⏰:11/08/26 19:05 📱:F06B 🆔:yzyXQKjY


#306 [匿名]
「俺がお前に協力してあげれんのは、あと三日間しかねーんだ。だからよーく考えろ」

悪魔さんは鋭い目付きで私を見た。

「もし、もし本当なら守は私にどうして欲しいと思っているんですかね?」

「そんなの、死んで同じ世界でまた一緒に居たいって、思ってるだろ?」


そう言い、悪魔さんは風の様に去って行った。

守も、私とまた一緒に居たいと思ってくれているのかな?

守は私に会いに来れないから、私が行くしかない。

⏰:11/08/26 19:06 📱:F06B 🆔:yzyXQKjY


#307 [匿名]
三日目




私は守の会社から一番近くにある大学病院の前に居た。

ここまでどうやって来たのか何も覚えていない。
病院を前にして一気に脚が重くなり、一歩も前に出なくなった。

「さっちゃん!」

後ろから勢いよく声をかけられた。
振り向くと私の母が険しさと戸惑いの入り交じった表情で立っていた。

「お母さん…」

母の顔を見たとたん、どんどん視界がぼやけていった。

⏰:11/08/29 16:36 📱:F06B 🆔:Tm.8msg6


#308 [匿名]
私の目に涙が溜まっていくのを見て、母は何も気にせず私を抱き締めた。

懐かしい母の温もりを感じ、私の緊張の糸は簡単に切れてしまった。

「大丈夫?」


その母の問いにも答えられないくらい、私は泣いた。

声を上げて泣いた。

母はそんな私の背中を何度も何度も撫でてくれて、私が泣き止むまでずっとその場で、抱き締めてくれた。


守が車に跳ねられ、運ばれた病院の前。

⏰:11/08/29 16:37 📱:F06B 🆔:Tm.8msg6


#309 [匿名]
ハッとし、目が覚めた。
目覚まし時計が鳴っている。

昨日の夢の続きを見た。
守が運ばれた病院の前で、私は中に入れずにいた。母が居なかったら、私はずっと守に会いに行けなかったと思う。

警察からの電話があってから、私はすぐに母に電話をしたらしい。全く覚えていないけど、無意識に母を頼ってしまったみたいだ。


時計の針が八時を指していて一瞬寝坊かと焦ったが、すぐに今日は休みだと気付いた。

あんなに待ち遠しかった休みの日なのに、守の死があってから、大嫌いになった。

⏰:11/08/29 16:38 📱:F06B 🆔:Tm.8msg6


#310 [匿名]
守の事しか考えられなくなるから。


実家に行こうか、掃除をしながら悩み、終わる頃に行く事を決意した。

明日も会社は休みで予定は何も無いから泊まっちゃおう。私は二日間の予定をたてた。

実家は私の家から電車で一時間の距離。
戻ってくれば?という母の優しさに上手く甘えられず、週末になると実家に帰るという日々を送っている。

こんな私でも、これ以上心配はかけられないと思っていた。

⏰:11/08/29 16:40 📱:F06B 🆔:Tm.8msg6


#311 [匿名]
そんな事を思い出しながら、少ない荷物を持って家を出た。

「気を付けろよ!何かあったらすぐ連絡しろよ!」

また守の声が聞こえた気がした。

私が一人で出掛ける時は、守は必要以上に心配する。

身支度をしている時に一回言い、家を出る時にもう一回言う。心配しすぎな守を見て、面倒臭いなー、と何度思った事か。

それでもやっぱり、心配性な守を見ると嬉しかった。愛されているなって、実感出来たからだ。

⏰:11/08/29 16:42 📱:F06B 🆔:Tm.8msg6


#312 [匿名]
電車に乗り、一時間かけて地元についた。

先週も来たから懐かしさは感じない。でもやっぱり安心感がある。駅を出てすぐ正面にある商店街は、小さな頃から何も変わらない。

その商店街を抜けて信号を右に曲がると実家が見えてくる。どこにでもある一軒家。

「あれ?」

ただ真っ直ぐ実家を目指していた私の隣には、昨日会った天使さんが並んで歩いていた。

「やっぱりあなたでしたか」

そう言われて天使さんの存在に気付く。

⏰:11/08/30 23:17 📱:F06B 🆔:2sQh1hF.


#313 [匿名]
「あ!昨日の方。どうしてここに?」

偶然の再会に、私は素直に驚いた。

「今日は仕事の関係で、初めてここに来まして」

「あ、そうなんですか」

「あなたはどうしてここに?」

「ここ私の地元で、今日は実家に帰って来たんです」

「そうなんですか!偶然ですね」

天使さんは爽やかに笑う。

⏰:11/08/30 23:18 📱:F06B 🆔:2sQh1hF.


#314 [匿名]
私は天使さんにつられて、無意識に微笑み頭だけ下げた。

「そんな事より、大丈夫ですか?昨日泣かれてたから、ずっと心配していたんです」


優しい言葉と口調に、私の心が穏やかになっていく。大丈夫です。という意味を込めて頭を下げた。


「…あ、そういえば、私に死ぬ事を進めてくる男性がいて…」

何故か私は、天使さんに悪魔さんの事を話さなければいけないと思った。

⏰:11/08/30 23:20 📱:F06B 🆔:2sQh1hF.


#315 [匿名]
「ああ、それなら気にしない方がいいですよ」

天使さんの笑顔は崩れない。
人に死を進める人なんて、遠回しだが殺人者と変わらない。それなのに、驚いたり不気味だと感じたりしていないみたいだ。

「その人、死んだ旦那の事を知っていて」

「どこかで聞いたんでしょう、きっと」

「旦那しか知らない事も知っていて」

「情報っていうのは流れますから」

⏰:11/08/30 23:22 📱:F06B 🆔:2sQh1hF.


#316 [匿名]
「その人の事、もしかして知っているんですか?」

私にはそう感じた。相手にしなければ何の問題も無いと分かっている様な。

「え…知らない、ですよ?今あなたに初めて聞いて知りました」

「そうですか」

とだけ返事をしたが、もやもやした物が心に残った。この天使さんがあの悪魔さんとぐるだったら、私は人を信じられなくなりそう。


「でも本当に、気にしない方がいいですよ。くだらない悪戯だと思いますから」

天使さんが微笑む。

⏰:11/08/30 23:23 📱:F06B 🆔:2sQh1hF.


#317 [匿名]
「ありがとうございます」

私はお礼をした。すると天使さんは少し堅い表情になった。

「…やっぱり、死にたいと思いますか?」

「死にたいか?」

「はい」


天使さんの問いに私は答えられなかった。たとえ死にたいと言っても、天使さんはそれを許してはくれないだろう。

きっと優しい言葉で、私の暗い気持ちをうやむやにしてくれる。
だけど、いつか私は気が付く。どうしてあの時死ななかったんだろう、と。

⏰:11/08/30 23:25 📱:F06B 🆔:2sQh1hF.


#318 [匿名]
そんな事を考えてしまうなんて、本気で私は、死にたいと思っているのかもしれない。


今は何の為に生きているのか分からない。

守が居た頃は、雨が止むだけで嬉しかった。朝食の目玉焼きが綺麗に焼けるだけで、今日一日絶対良い事が起こる!そう思えた。

守が側で笑っているだけで無敵だって思えたし、優しく、そして強くなる事が出来た。

⏰:11/08/30 23:30 📱:F06B 🆔:2sQh1hF.


#319 [匿名]
それなのに今は――


「守さんの声、僕が変わりに聞いてきます!」

黙って下を向いてしまった私に、天使さんは力強く言った。

「聞く?」

「はい!それからでも遅くないと思いますから、だから、その…死ぬなんて今は考えないでください!…明後日!明後日に伝えに来ますから!」

「はい」

天使さんの必死さに圧倒されてしまった。

⏰:11/08/30 23:32 📱:F06B 🆔:2sQh1hF.


#320 [匿名]
「またすぐ意味わかんねぇ話信じて!ちょっと考えれば怪しいって思うだろうが、普通!」
そう怒鳴る守が頭に浮かぶ。

そう言われる度にシュンとして、そうだよね。と落ち込むのが私だったけれど、何故か今回は、でも!と反論出来る気がする。

私は信じる準備をしていた。
守の言葉を、私はすぐに守だと確信出来る。
守じゃない他の誰かの言葉なら、すぐに見抜く自信がある。

私は、守をただ信じて生きてきた。

⏰:11/08/30 23:34 📱:F06B 🆔:2sQh1hF.


#321 [匿名]
気が付くと、天使さんは居なくなっていた。きっと仕事に向かったのだろう。

そして天使さんの変わりに、悪魔さんが居た。

「あいつに騙されんなー」

そう言ってきた。

「やっぱ、知り合いなんですか?」

「…いや、知らねぇけど」

「そうですか」

「おう。ただ俺はあいつが嫌いだな!」

「何でですか?」

⏰:11/09/01 21:31 📱:F06B 🆔:.omrXM3k


#322 [匿名]
「なんか、なんかむかつく!」

悪魔さんの顔が、サッカーボールを取り上げられて、ふてくされた子供みたいになるので、私は思わず笑ってしまった。

「てめぇ何笑ってんだよ!」

「いえ、すみません」

私が謝ると、悪魔さんは見下す様に私を見た。

「とにかく、あいつの言葉に騙されんな!あいつは天使の仮面を被った冷血な天使みたいなもんだからな!」

「結局天使じゃないですか」

「…………」

⏰:11/09/01 21:33 📱:F06B 🆔:.omrXM3k


#323 [匿名]
ハッとした悪魔さんの反応がまたしても可笑しくて、私は笑うのを堪えきれなかった。

「てめぇ覚えとけよ!」

そう言って悪魔さんは去って行った。

どうやら天使さんと悪魔さんは、ぐるで何かを企んでいるわけではなさそうだ。


何だか最近、この不思議な二人に会ってから、自分の中の何かが少しずつ変化していっている気がする。

それが何なのか、本当に変化しているのか、自分でもよく分からないけれど。

⏰:11/09/01 21:34 📱:F06B 🆔:.omrXM3k


#324 [匿名]
でも確実に言える事は、私が今日笑えたという事。

天使さんの柔らかい笑顔を見た時と、悪魔さんの子供のような顔を見た時。


どうしてだろう?と悩みながら実家に向かったが、着く頃にも答えは全く出なかった。


「ただいまー」

鍵の閉まっていないドアを開け、誰の了承も無く玄関へと侵入した。実家の懐かしい香りを思いっきり吸い込み、いろいろと考える事を止めにしようと思った。

⏰:11/09/01 21:38 📱:F06B 🆔:.omrXM3k


#325 [隆平]
まってます!

⏰:11/09/07 10:41 📱:F09C 🆔:☆☆☆


#326 [匿名]
>>325隆平さん
どうもありがとうございます!遅くなってすみません。

⏰:11/09/09 10:21 📱:F06B 🆔:xAuKkfjA


#327 [匿名]
四日目




傷だらけで真っ白な守が目をつぶり寝ていた。いや、寝ていたのではない。寝ている様に死んでいたのだ。

守が死んだ。
理解は出来た。横になっている守は、もう二度と目を開けない。おはよう、と欠伸をする事もない。
笑う事も会話をする事も、もう出来ない。

だけど、受け止める事は出来なかった。心の何処かでこの事実を拒否している。

⏰:11/09/09 11:35 📱:F06B 🆔:xAuKkfjA


#328 [匿名]
「病院に運ばれて来た頃にはもう……」

医者が精一杯苦しみの表情を浮かべそう言った。

「…そうですか」

消える様な声で返事をしたのは母だ。医者との会話は全て母が対応してくれた。私はただ立ち尽くしていただけ。

「即死です」

医者の言葉が耳に響く。だけど頭に入って来ない。

私は無表情で守を見ている。涙は流れていないが、この病院前で母の胸を借り泣いた跡はしっかり残っている。

⏰:11/09/09 11:36 📱:F06B 🆔:xAuKkfjA


#329 [匿名]
これは夢だとすぐに解釈出来た。今の私は、この部屋の上の方からあの頃の私を見ているからだろう。

私と母の二人が、死んだ守を見下ろしている。側には医者が一人だけいて、二人にいろいろと説明をしていた。

考えたくもない過去が、夢によって鮮明に思い出される。

私は夢の中で目を瞑り、必死に覚めろと唱えた。

次に目を開けると、そこは現実の世界で、私の目の前には実家の天井が広がっている。そう思い込みながら目を開けた。

⏰:11/09/09 11:39 📱:F06B 🆔:xAuKkfjA


#330 [匿名]
だけど私の期待は虚しく打ち砕かれた。

目を開けると、そこには守がいた。辺りは白い空間で守の他には何も存在していない。

「幸子、結婚しよう!」

目の前の守が満面の笑みでそう言った。この状況に覚えがある。

「幸子って名前はさ、幸せな子になりますようにって両親がつけてくれたんだろう?」

守がそう続けた。私はコクリと頷く。

「俺はさ、大切な人を守れる、強くて優しい男になるようにって親父が守ってつけてくれたんだ。俺、初めて幸子に会った時こいつを一生守る為に産まれてきたんだって本気で思ったよ」

守の口調は照れ臭そうで、私まで顔が赤くなったのを覚えている。

⏰:11/09/09 11:41 📱:F06B 🆔:xAuKkfjA


#331 [匿名]
「お前が幸せに生きていく為には、俺が守っていかなきゃ成り立たない!俺が幸せに生きていく為にもお前がいなきゃ駄目だ!」

守が深呼吸をする。

「……結婚しよう。俺がどうなろうと一生守ってやるから!お前から俺が見えなくなっても、ずーっと側にいてやるから!」

何度聞いても涙は溢れる。私は夢の中で何度も何度も頷いた。

守がいる。私の目の前にずっと会いたいと願った守がいる。

泣きながら私はありがとうと言った。あの日もそう言ったからだ。そうすると守が頭を撫でてくれる事を私は知っている。

⏰:11/09/09 11:45 📱:F06B 🆔:xAuKkfjA


#332 [匿名]
ふと気が付くと朝だった。目の前には実家の天井が広がっている。

今日もまた守の夢を見た。昨日までの辛い夢だけではなく、キラキラと輝いたままの思い出が夢に出てきた。

懐かしく、微笑ましいプロポーズの思い出だ。あの日と一つも変わらない言葉で、守はもう一度プロポーズをしてくれた。

あんなに大切な一日だったのに、守がいなくなってから一度も思い出す事がなかったんだと、夢を見て気付き、悲しくなった。

⏰:11/09/12 21:25 📱:F06B 🆔:EvVP.lUg


#333 [匿名]
私から守が見えなくなっても、守っていてくれる。

守がプロポーズをしてくれた日、私はその言葉に救われた。私に何が起ころうとも守がいてくれる、そう思うだけで怖いものはなくなった。

「守、見てる?」

カーテンを開け空を見上げてみるけど、返事は返って来ない。

ぼやける視界をどうにかしたくて目をこすった。そして涙が出ていた事に気が付く。

「見守っていてくれてる?私守がいなきゃ……生きてけないんだよ?」

改めて思いを言葉にした途端、涙がポロポロと流れた。

⏰:11/09/12 21:29 📱:F06B 🆔:EvVP.lUg


#334 [匿名]
言葉にするとそれはもう誤魔化しが効かなくなり、私は崩れ落ちる様に膝を着き泣いた。

生きていけない。それと、生きている意味が無い。

「守に会いに行っていいかな?」

もう一度空を見上げる。あの雲の先に守がいるなら、こんな私に何て言うかな?

もういいよ、おいで。って手を差し出してくれるかな?

これ以上生きていても、心の底から笑える日なんて来るのかな?生きていて良かったなんて、もう二度と思えないよ。

守がいなきゃ、何も感じない。

⏰:11/09/12 21:36 📱:F06B 🆔:EvVP.lUg


#335 [匿名]
「さっちゃーん起きてる?」

一階にある台所から二階の私の部屋まで届く大きな声で、母が私を呼んだ。朝御飯が出来たのだろう。

私は咄嗟にベッドに入り込み寝たふりをした。母が二階に上がって来る様子は無い。

ごめんなさい。何の期待にも答えられなくて、ただ心配ばかりをかけて。もう私の事で悩まなくてもいいようになるから。

目を瞑り布団を頭まで被ると、自然と睡魔が襲って来た。

⏰:11/09/12 21:38 📱:F06B 🆔:EvVP.lUg


#336 [ぴろみ(・ω・)]
はい〜
終了〜(・ω・。)

19/♀/Eカップ/彼氏無

⏰:11/09/13 00:15 📱:SH904i 🆔:mzwm3c5E


#337 [匿名]
―――


気が付くと目覚まし時計は十二時を示していた。あのまま私は寝てしまったんだ。一度起きてから三時間が過ぎている。

夢は見なかった。いや、見たのかもしれないが何も覚えていない。

起きて鏡を見る。
目の腫れた私がそこには写っていた。寝過ぎたと言えば、何も疑われないかもしれない。

重い脚と気持ちを必死に動かし、一階へと降り顔を洗いに行く。

⏰:11/09/13 21:59 📱:F06B 🆔:IrBsaxh.


#338 [匿名]
冷たい水のお陰で目が覚めた。腫れた目がほんの少し元に戻った気がする。

居間へと向かうと、父と母が真面目な顔で何かを話していた。小さな声だったため、何を話しているのかは分からなかったが、溜め息混じりなのは分かる。

もしかしたら今話題の熟年離婚か?と不安になる。

もしそうだとしたら何とかして止めたい。私は二人が不器用な事を知っている。それが原因なら私が間に入れば、止められる気がした。


「どうしたの?」

二人は私が居間に入ろうとしていた事に気が付いていなかったらしく、声をかけると酷く驚いた。

⏰:11/09/13 22:02 📱:F06B 🆔:IrBsaxh.


#339 [匿名]
「あ!さっちゃん、やっと起きたの?」

母が無理矢理笑顔を作ってそう言った。目は笑っていないし、口元はひきつっている。

「何か食べる?お味噌汁とか残ってるけど」

母は私を見ずに台所へと向かって行った。

「うん」

私は母の背中に向かって返事をした。聞こえているのかいないのか、母は何も答えず冷蔵庫から卵を取りだし、何かを作ろうとしている。

⏰:11/09/13 22:05 📱:F06B 🆔:IrBsaxh.


#340 [匿名]
居間のソファーに座っている父は下を向いたまま、おはよう、と私に言った。

「おはよう。二人共喧嘩でもした?お母さん頑固だから、いつも通りお父さんから誤りなよ?」

私は笑顔を作り、父にだけ聞こえる様に言った。

「そんなんじゃないよ」

お父さんの口調は優しく、私の勘違いを否定する為に言った事実だと、すぐに分かった。

そして疑問が沸く。

どうして二人はこんなによそよそしいのだろう。

昨日の母はいつもの母だった。私が帰るなり父の愚痴が永遠に語られたほどだ。

⏰:11/09/13 22:09 📱:F06B 🆔:IrBsaxh.


#341 [匿名]
だけど最終的には、のろけとも取れる父との話題になり、私は呆れた。

父も昨日は普通だった。普通にゴルフを終えて夜に帰って来たし、普通に自慢話が始まったし、普通にご飯を食べお風呂に入り、普通に寝た。はずだった。


私が寝ている間に何かが起きたのかもしれない。そう考えるのが妥当だ。


二人が深刻に悩む事を私は考えてみる事にした。

生活費が足りない。
いや、その可能性は低い。昨日は平気で今日いきなりお金が足りなくなるなんてまず起きない。

父の会社が倒産。
それもないだろう。小さな会社ではないし、それなりに世間に貢献している会社だ。

⏰:11/09/16 00:29 📱:F06B 🆔:6HbZaJDc


#342 [匿名]
親戚が危篤。
ありえる。だけどもしそうだとしたら、すぐに私に言うだろう。確かに言いにくい事だが、こんなにぎすぎすはしないはず。
他にも私はいろいろと最悪の状況を考えてみた。
事故を起こした。
詐欺に合った。
投資に失敗。

原因が思い付いても、どれもこれだ!と思える理由がなかった。


でもただ一つだけ、私にどう話し出したら良いのか二人が悩むだろう事がある。

それは、守の事。そして同時に、私の事。

⏰:11/09/16 00:33 📱:F06B 🆔:6HbZaJDc


#343 [匿名]
そう考えていると、台所から玉子焼きの匂いと、お味噌汁の匂いがしてきた。

「さっちゃん、出来たからとりあえず食べなさい!」

とりあえず、という言葉に不安が込み上げる。とりあえず食べて、その後に大切な事がある様な言い方だ。


「…うん」

私は父から離れ台所にあるテーブルに座り、母が作ってくれた朝食を食べる事にした。

「いただきます」

「どうぞー」

母が私の前に座る。

⏰:11/09/17 00:23 📱:F06B 🆔:gmmz71IM


#344 [匿名]
味噌汁の味も玉子焼きの味も、いつも通りの母の味だ。

「美味しい?」

母が頬杖をつきながら言う。

「うん、美味しい」

「そう!……良かった」

母はいつもの笑顔に戻っていた。暖かい、優しさの溢れる笑顔で、私を包んでくれる。

私のさっきまでの不安が一気に無くなった。

⏰:11/09/17 00:30 📱:F06B 🆔:gmmz71IM


#345 [匿名]
「今日はどっか行くの?」

母が訪ねてくる。そういえば何も決めていなかった。

「うん、ちょっと出掛けようかな」

「そう?気を付けて行くのよ?車とか、いろいろね」

「もう子供じゃないんだから」

親にとって、子供はいくつになっても子供だと言うが、母は子供扱いしすぎる。


「あ、そうだ!ちょっと買ってきて貰いたいものがあるんだけどいい?」

「うん」

「あのねぇ…あの、今便利な奴!」

お母さん、それじゃ何も分からないよ。と心の中で言いながら私は真顔を作った。

⏰:11/09/17 00:32 📱:F06B 🆔:gmmz71IM


#346 [匿名]
「分かるでしょ!」

「あれ?私超能力者じゃないよ?」

「あの、あれよ!ほら!便利な…」

「伝える気ある?」

「…まあいいわ。何かお土産買って来て」

何故そうなる。

「…あ!あれあれ!駅前に出来たケーキ屋のロールケーキが美味しいのよ!」

初耳だった。

「十六時に焼き上がるから、お土産はそれでいいわ!」

⏰:11/09/17 00:38 📱:F06B 🆔:gmmz71IM


#347 [匿名]
それでいいと言う割には、母は嬉しそうに笑っていた。食べたかったのよねーと一人言を言っている。


さっきは私の顔を見てあんなに気まずい顔をしたのに、もうニコニコしている母を見て、頼もしく感じた。

母は何事も引きずらない。

悩みがあっても一晩寝れば忘れる人がいるが、母は一時間もあればケロッとしている。

そんな母の長所、私には受け継がれなかったみたいだ。

⏰:11/09/17 00:41 📱:F06B 🆔:gmmz71IM


#348 [匿名]
朝食を食べ終え、私は自分の部屋に戻った。時間は十三時になっていた。

朝食だという気持ちで食べていたが、世間一般からすれば昼食だ。とどうでもいい事を考えながら、着替えを始めた。

三十分程で支度を終わらせ、私は家を出た。

行く場所は何となくしか決めていない。帰る前に駅前のロールケーキを買えば、それでいい。

空は晴天。
朝はくっきりと空に浮かんでいた雲が、いつの間にかうっすらとした雲に変わっていた。

守があそこにいたら落ちちゃうな、とくだらない事を考えながらゆっくりと歩いた。

⏰:11/09/19 18:08 📱:F06B 🆔:ErJ50EgY


#349 [匿名]
何故か私の心は今までに無いくらい落ち着いていた。

母の言った、とりあえず、の意味も実際分からないままだったが、どうせ家に帰ったら分かる事だろうと、思考を一旦停止した。


ゆっくりと商店街を歩いていく。

駅で電車に乗り、二駅先で降りた。たったの二駅で時間も五分ちょっとしかかからないが、電車を降りるとガラリと雰囲気の違う町がある。

⏰:11/09/19 18:09 📱:F06B 🆔:ErJ50EgY


#350 [隆平]
いつも楽しみにずっとまってます!

⏰:11/09/20 17:35 📱:F09C 🆔:☆☆☆


#351 [匿名]
>>350隆平さん
いつもありがとうございます!

⏰:11/09/20 23:03 📱:F06B 🆔:PRaZYkic


#352 [匿名]
私はその駅の近くにあるカフェが好きで、実家に帰るとよく行く。

近くにある本屋で適当に短めの小説を買い、カフェに入った。

入って一番奥の右端に通され、アイスコーヒーとフルーツが沢山乗ったタルトを頼んでから、本を開いた。


<君はきっと後悔しながら死んでいくんだ>


冒頭からショッキングな言葉を投げ掛けられ、胸が痛くなった。自然と眉間に皺が寄り、少しして目に疲労を感じた。

⏰:11/09/20 23:05 📱:F06B 🆔:PRaZYkic


#353 [匿名]
その一行をずっと見ていたからだろう。

そしてすぐにアイスコーヒーとタルトが運び込まれた。

一口飲んで、一口食べて、を三回繰り返してから、もう一度本に視線を戻した。
続きを読み始める。


主人公は男子高校生で、虐めを苦に自殺を図ろうとした。校舎の屋上に上がり柵をよじ登る。後は身体を投げ出すだけという時に、担任の先生が現れる。

⏰:11/09/20 23:08 📱:F06B 🆔:PRaZYkic


#354 [匿名]
その担任の先生は若くて熱くて一生懸命な、教師の鏡。
自殺を止めた先生と、心に傷を負った生徒。その二人の物語だった。


半分近くまで読んでも、私は何一つ共感出来る事がなかった。

最終的には生徒が立派に卒業し、先生に感謝をするんだろう。
二人で涙を流し、抱き合うかもしれない。そんな感動のラストが容易に想像できる内容だった。

⏰:11/09/20 23:10 📱:F06B 🆔:PRaZYkic


#355 [匿名]
あまり深く考えずにただ文字を読んでいく。

ふと入り口の窓を見ると、ぼんやりとした私が写っていた。時計を見ると五時を少し過ぎていて、外は薄暗くなっていた。

通りで私が写るわけだ。

小説はあと十ページ程で終わる。アイスコーヒーを飲み、ケーキを食べきってから残りを全て読んだ。

私の想像通り、最後は涙涙涙の卒業式。

この小説に出会うのが遅すぎた。学生の頃なら、今よりは大分多くの感動をしたかもしれない。

今は何も感じなかった。
涙脆いはずの私の目からは一粒の涙さえ出なかった。

⏰:11/09/20 23:14 📱:F06B 🆔:PRaZYkic


#356 [匿名]
本を鞄にしまい、氷が溶けきり、コーヒー風味の水になってしまった飲み物を頑張って飲み干した。

お金を払い外に出ると風が冷たくなっていた。
後は地元に戻りロールケーキを買って帰るだけだ。私はもう何もする事が無い。

空に雲は一つも無かった。守を近くに感じる事が出来る。

「あれ?幸子?」

空を眺める私の後ろから、誰かが声をかけてきた。

⏰:11/09/20 23:16 📱:F06B 🆔:PRaZYkic


#357 [匿名]
振り返ると、そこには小柄で華奢な、ショートカットの女性が晴れ晴れとした顔で私を見ていた。

「ねぇ、幸子だよね!久しぶりー!こんな所で会えるなんてー!何年ぶりだろっ?」

その女性は身体を上下に動かし、忙しなく喜んでいる。……誰?

キャーキャー言っていた女性が急に静かになった。きっと私の顔が、ポカーンとなっていたからだろう。

「あれ?忘れちゃった?里美だよー」

「…里美?えっ?もしかして渡辺里美?」

渡辺里美は高校が一緒で三年間同じクラスで過ごし、とても仲が良かった。卒業してからも頻繁に会ってはいたが、お互い社会人になってからは、なかなか会えなくなってしまった。

⏰:11/09/23 00:56 📱:F06B 🆔:BZYWBPP6


#358 [匿名]
だけど、私の知っている里美はロングヘアーで、ぽっちゃりとした体型だったはず。

「そうそう!里美!」

「うそー久しぶり!…髪の毛、切っちゃったの?」

「だいぶ前にねぇ。もう何年ぶりだろ?幸子変わらないね!」

思い出して来た。くしゃっと笑う笑顔や、頬にあるホクロは里美そのものだった。

「そうかな?里美は痩せたね!」

「うん、仕事忙しくてさ、気が付いたらどんどん痩せてったよ。ラッキーだよね!」

⏰:11/09/23 00:57 📱:F06B 🆔:BZYWBPP6


#359 [匿名]
おどける里美が懐かしかった。

「そっか。もう二年くらい会ってなかったのかな?」

「多分そのくらいだよね。……ねぇ、飲みいかない?」

そういえば里美の誘いはいつも突然だった。

「うん!」

私が頷くと、里美は嬉しそうに笑った。

そしてすぐに近くにある居酒屋に入った。いつもはガヤガヤと騒がしいチェーン店だが、まだ時間が早いらしく、客は二組しかいなかった。

⏰:11/09/23 00:58 📱:F06B 🆔:BZYWBPP6


#360 [匿名]
ビールとお通しの枝豆が来て、私達は乾杯をした。

「里美はまだあのレストランで働いてるの?」

里美は大学を卒業してから、都内にある有名なレストランに就職した。

「やってるやってる。辞める理由も無いし、何だかんだ好きだからね!」

「あれ?でも今日日曜日なのに休みなの?」

私は普通のOLだから土日が休みなのだが、里美は土日は絶対に仕事だった。

そのせいで私達は自然と会える回数が減り、そして無くなってしまった。

⏰:11/09/24 11:36 📱:F06B 🆔:FDlPqY22


#361 [匿名]
「今有給休暇中で、一週間休みだったの!まあ、今日で休みは終わりなんだけどね」

残念さが里美から滲み出ている。

「そっか。じゃあ本当今日会えたのって偶然なんだね」

「そうだよね。なんか、嬉しいね!」

「うん!」

それから私達は、お互いが知らない約二年間の出来事について話し出した。

⏰:11/09/24 11:39 📱:F06B 🆔:FDlPqY22


#362 [匿名]
里美はまだ結婚していないが、サラリーマンの彼氏がいるらしい。付き合って一年ちょっとだが、お互い忙しくてなかなか会えないみたいだ。

「でも二週に一回ペースが楽でいいかも。毎回、会うのが久しぶり!ってなると、会える嬉しさ倍増するんだよねー。燃えるよ!燃える」

高校生の時の里美は、毎日の様に彼氏と過ごしていた。同じ学校に彼氏がいたからかもしれないが、飽きる事なくベタベタしていた。

そんな事を思い出し、里美に教えてあげると、

「いやーあの頃は若かった!彼氏がいればそれでいいと思ってたからねぇ」

としみじみし出した。

その会話の流れで、話題は高校時代の思い出話へと移り、私達の気持ちはあの頃に簡単に戻れた。

⏰:11/09/24 11:43 📱:F06B 🆔:FDlPqY22


#363 [匿名]
ホッとした。

里美は私と守の事を良く知っている。守が交通事故に遭った事も知っている。

どうしても抜けられない仕事の都合で、里美は守の葬式には来られなかったが、心配をして、メールをくれたりもした。


もし今この場で、守の話になったら、私は笑えなくなってしまう。大切な友人である里美に心配をかけてしまう。

話題が高校生の頃の馬鹿な話になって良かった。

もしかしたら里美は気を使ってくれたのかもしれない。そう思うと、感謝の気持ちと同時に、いたたまれない気持ちになった。

⏰:11/09/24 11:47 📱:F06B 🆔:FDlPqY22


#364 [匿名]
笑って、驚いて、苦しくなって、恥ずかしくなって、怒りが込み上げて来て、微笑ましくなった。

私の高校三年間は、今思い出すと、こんな感じだ。
そのどの感情を思い出しても、近くに里美がいた。


ふと腕時計を見ると、二十三時を過ぎていた。

「もうこんなに時間経ってる!」

私がそう言うと、確認する様に里美も腕時計を見た。

「早い!私達ずっと語ってたんだ」

二人して笑いが込み上げて来た。今の私は自然に笑えたのかな?

⏰:11/09/24 11:49 📱:F06B 🆔:FDlPqY22


#365 [匿名]
「明日仕事でしょ?そろそろ行こうか」

「あぁ、そうだ、仕事だ。明日早いんだ…ごめんね、行こうか」

「私も仕事だし!お互い頑張ろう!」

私は何も考えずにそう言った。

この場所でこの時間まで飲み、今から実家に帰るつもりのくせに。
明日仕事へ行く気など、全く無いくせに。

⏰:11/09/24 11:50 📱:F06B 🆔:FDlPqY22


#366 [匿名]
「じゃあ私自転車があるから!また、近い内に絶対に会おうね!」

そう言って里美は駅の前で、改札を抜けようとする私に言った。

「……うん」

出来るだけ精一杯の笑顔で笑った。

さっきまでは自然に笑えたのに、色々と考えてしまうと、どうもひきつる。

「幸子!」

里美が言う。

「幸子は一人じゃないよ!幸子は皆に愛されてるよ!少なくとも私は、大好きだよ!何かあったらすぐ助けに行くからさ!…守君みたいにはいかないけど、親友として、支えるから!…だから幸子も助けてよ!私にピンチが降りかかっても、飛んできてよね!」

⏰:11/09/25 12:45 📱:F06B 🆔:geZHgiX2


#367 [匿名]
里美がニカーッと笑い、満足そうに胸を張った。

そして私の返事も何も聞かずに、走って行ってしまった。

こんな状況で一人にしないでよ、里美。
涙が止められなくて、恥ずかしいよ。

お酒を飲んだせいかな?
里美の不思議な力のせいかな?

私の気持ちはぐるぐる回り始めた。

とにかく今日は帰ろう。
涙を必死に隠しながら、人気の少ない車両に乗り、実家に向かった。

⏰:11/09/25 12:48 📱:F06B 🆔:geZHgiX2


#368 [匿名]
五日目




「ただいま」

小さな声で呟き、実家の玄関へと入った。

里美と別れてから、電車を待ち、コンビニに寄って帰ったら意外と時間がかかった。玄関にある時計は長針も短針も<12>を指していた。

もう父も母も寝ていると思い、足音を立てない様に階段を登ろうとした時、居間の電気が点いているのが見えた。

そして気が付いた。
ロールケーキを買い忘れた事を。

⏰:11/09/26 18:03 📱:F06B 🆔:.Lu5CvxE


#369 [匿名]
謝らないと。きっと母は起きて、私の帰りを待っていたのだろう。いや、待っていたのは私ではなくロールケーキだ。きっとそうだ。

複雑な気持ちで居間に入ると、朝と同じ様な光景があった。

父と母が深刻そうな表情で俯いている。

「ただいま。ごめん、ロールケーキ売り切れてた」

嘘をついた。

「ああ、さっちゃん…お、おかえり」

母が私の目を見ない。
ロールケーキの事を怒らない。

⏰:11/09/26 18:05 📱:F06B 🆔:.Lu5CvxE


#370 [匿名]
重たい空気に、私は何も言えなくなってしまった。三人の間に沈黙が走る。

今までに経験した事が無い沈黙だった。重すぎて、苦しくて、空気が薄くなっている気がした。

どれだけの間黙っていたのか分からないが、私には一時間、いや二時間くらいに感じた。


「幸子、座ってくれ」

一番最初に口を開いたのは父だった。私は素直に従った。父と母が座っているソファーに対面して、床に正座をした。

時計を見たら十分しか過ぎていない。

⏰:11/09/26 18:10 📱:F06B 🆔:.Lu5CvxE


#371 [匿名]
「今日な、朝早く変な男から電話がきたんだ」

父が話し出した。母はずっと下を向いたままだ。

「名前は名乗らなかったんだが、幸子が死にたがっていると言った。幸子の為にも死なせてやってくれって。…最初は信じなかった。ただの悪戯だと無視をした」

何の話をしているのか分からなかった。ただ、私の気持ちに心当たりがある。

母が心配そうに私を見た。

⏰:11/09/26 18:13 📱:F06B 🆔:.Lu5CvxE


#372 [匿名]
朝、二人の様子がおかしかったのは、その電話のせいだと分かった。

「母さんが心配してな。朝は変な感じになっちゃったけど、お前が出掛けてから二人で話して、気にしないでいようと決めたんだ。どう考えても、ただの悪戯だと」

「ごめんね、ロールケーキなんてどうでも良かったのよ。ただあなたの事を父さんと一緒に話したくてねぇ」

母が眉を下げながら、泣きそうな顔で言う。

私を家から出す口実だったみたいだ。

⏰:11/09/26 18:14 📱:F06B 🆔:.Lu5CvxE


#373 [匿名]
「ただな、夕方にその男が家に来たんだ。覚えはあるか?」

「どんな人?」

情報が少なくて、誰もが怪しく感じてしまう。

「二十代の若い男だ。芸能人みたいな顔でな、背が高くて、スラッとした体型だった」

それが誰なのか、私は二人に絞る事が出来た。

「髪の毛黒かった?」

「ああ、真っ黒だった」

そうか、悪魔さんか。
そうだよね、天使さんが両親に、私を死なせてあげてくれ、なんて言う訳ない。

明日、いやもう今日だ。今日約束もしている。

⏰:11/09/26 18:16 📱:F06B 🆔:.Lu5CvxE


#374 [匿名]
「…覚えがあるか」

私の反応を見て、父は確信したように頷いた。

本当は私に、知らない、と言って欲しかったんだろう。そうしたら、全てが考えすぎだった、と簡単に片付けられたはずだ。

父が続ける。

「その男が来て、お前の近況を話していった。…守君の事で悩んでいる事とか、毎日の様に泣いている事とか」

こういう時、どんな言葉を言うのが正解なんだろう。笑い飛ばせば良かったのかな。泣けば良かったかな。

私はただ下を向き、黙ってしまった。

⏰:11/09/28 17:53 📱:F06B 🆔:rJ3sHHyM


#375 [匿名]
黙るという事は、肯定している事と同じだ。

演技など出来なかった。顔を上げる事すら出来ない。

「……もう、生きているの、嫌か?」

かすれた声で、途切れ途切れに父が言う。

母の泣く声が静かに聞こえた。

まさかこんな事を父の口から聞くとは思わなくて、思っている言葉が一つも出ない。


もう死ぬ覚悟は出来ています。今日には死ぬつもりで今回実家に戻りました。家では死にません。二人のいない場所で一人で死にます。先に逝く親不孝な娘を許して下さい。

そんなような事を、今日寝る前に遺書に書こうと考えていたのに。

⏰:11/09/28 17:56 📱:F06B 🆔:rJ3sHHyM


#376 [匿名]
「……ごめん」

そう言うのが精一杯だった。謝る気持ちしか私には無い。

ただ、その言葉が二人に聞こえたのかは分からない。頭に浮かんだ謝る言葉が、同じ意味で発音出たのか、自信が無かった。

「それは、死ぬなんて馬鹿な事を考えてごめん。って意味か?それとも……もう死ぬけど、許してくれって意味か?」

父の顔は見上げられないが、泣いているのは分かった。声が震えている。

母はさっきよりも分かりやすく泣き出した。

私はちゃんと発音出来ていたみたいだ。

⏰:11/09/28 17:58 📱:F06B 🆔:rJ3sHHyM


#377 [匿名]
「さっちゃが死んだら、私達は、どうしたらいいの?」

母が言う。苦しくなった。母がとても辛そうに言うから。

「幸子、辛かったなぁ。父さん達も辛かった。守君が亡くなって、幸子が心配で仕方がなかった…」

母の肩を支えながら父が言った。

「…………」

「守君の存在は、幸子にとってあまりにも大きすぎたなぁ。……そして、早すぎた。これからだったのになぁ」

守の笑顔が浮かんで、涙が出そうになった。

⏰:11/09/28 18:01 📱:F06B 🆔:rJ3sHHyM


#378 [匿名]
「でもなぁ、幸子」

父の震える声が、しっかりとした声に変わった。その声につられ、顔を上げて父を見た。

真剣な顔で私を見ている。

「お前には、守君しかいなかったのか?お前にとって大切な人間は、守君だけだったのか?」

唇が震えた。
目の前がぼやけだした。

「守君は幸子を愛してくれたなぁ。でもな、幸子を愛してるのは、守君だけじゃないぞ。…父さんと母さんは、守君と同様、幸子を愛してきた」

⏰:11/09/28 18:03 📱:F06B 🆔:rJ3sHHyM


#379 [匿名]
涙がとうとう溢れた。

「…いや、守君が幸子を愛する前から、ずっと、ずっと前から幸子を愛してきた。…幸子が母さんのお腹に居ると分かったその日から、一時も幸子を愛さなかった時間は無い!…分かるか?」


何も言えない。言う資格がない。ただただ何度も頷いた。

どうして気が付かなかったんだろう。こんなに近くに、こんなに大きな愛がある事に。

「さっちゃん、ずっと味方だからね。ずっと、ずっと愛しているから」

母が抱き締めてくれた。
温かくて、安心感がある、私の大好きなぬくもり。

母の肩が、私の涙と鼻水で濡れていく。

⏰:11/09/28 18:04 📱:F06B 🆔:rJ3sHHyM


#380 [匿名]
―――



泣き疲れた私は、あれから子供の様に眠りについた。

気が付くと朝日がカーテンの隙間から射し込んでいて、朝になった事を知らせてくれている。

まず会社に電話をし、体調不良のため休む事を伝えた。勿論、体調だけは絶好調なので、嘘だ。演技もした。

それから一階に降りて洗顔などを済ませてから、父と母がいる居間へと向かった。

寝る前の記憶が鮮明に蘇り、私は二人と、どんな顔をして会えばいいのか分からなくなってしまった。

⏰:11/10/04 00:20 📱:F06B 🆔:qunnOhr.


#381 [匿名]
ゆっくりと一歩一歩二人に近付くにつれ、言い様の無い緊張感が襲って来た。

だけれどそれは一瞬で、無駄な緊張感だったと思い知らせれる。

「さっちゃんおはよ!ご飯出来てるわよー」

母が私を見付けるとすぐにそう言った。普通すぎて、私はポカーンとしてしまったんだろう。

「変な顔してー」

母が笑う。
ホッとして、気が付くと私も笑っていた。

⏰:11/10/04 00:21 📱:F06B 🆔:qunnOhr.


#382 [匿名]
父はソファーに座り新聞を読んでいた。

「おう、おはよう。何か手紙が届いてたぞ」

「おはよう。手紙?」

私は父の言葉を聞きながらテーブルに座り、母の作ってくれた朝食を食べようとしていた。

母と同様、父もいつもと変わらない態度で接してくれた。
きっと二人は私が寝ている間にいろいろと話したんだろう。

「ほら」

父が私の所まで手紙を持ってきてくれた。

⏰:11/10/04 00:23 📱:F06B 🆔:qunnOhr.


#383 [匿名]
それは<幸子へ>とだけ書かれた真っ白な封筒だった。その他には何も書いていなく、差出人は不明。

「ありがとう」

私はその手紙を受け取り、朝食に取りかかった。甘い卵焼きとワカメの味噌汁。納豆にはネギが入っていた。

「今日は何時に帰るの?」

「朝食食べて支度したら帰る」

「そう。気をつけて帰るのよ?着いたら連絡してね」

「うん、分かってるよ」

⏰:11/10/04 00:24 📱:F06B 🆔:qunnOhr.


#384 [匿名]
二人につられて、私はすぐにいつもの私になれた。笑えたし、冗談も言えた。

もうこれ以上、二人に心配をかけたくない。二人の悲しい涙なんて二度と見たくない。

そう考えながらふと手紙を見た。よく見れば見るほどその<幸子へ>という文字に、見覚えがある。

ただ、癖を隠そうと出来るだけ丁寧に書いた様な気配がして、実際のその人の文字が分からない。

どこで見たのだろう?

誰だか分からない人からの手紙を両親に見られるのは気が引けたので、部屋に戻ってから見る事にした。

⏰:11/10/04 00:25 📱:F06B 🆔:qunnOhr.


#385 [匿名]
<幸子へ
久しぶりだな。元気か?>

封筒を開け、中に入っている手紙を読んだ。書き始めを見た途端、すぐに記憶が甦った。

丸いようなかくばっている独特な文字は、昔良く見た文字だった。懐かしく、一気に暖かい気持ちにさせてくれる。

目が熱くなっていく。歯に力が入って、息が上手く吸えなくなった。

その途端、涙が大雨の様に溢れた。

⏰:11/10/04 22:31 📱:F06B 🆔:qunnOhr.


#386 [匿名]
その手紙は、私の事をよく理解していないと書けない内容だった。

いつも注意されていた事が、文章となっていた。泣きながら笑えたりもした。


涙が視界をぼやけさせ、何度も何度も涙を拭いながら、ゆっくりと丁寧に読んでいく。

読み終わり、私はカーテンを開け空を見上げた。

今なら笑える。
毎日笑ってみせる。

笑っていれば幸せになれるなら、あなたがそう言うなら、私はずっと笑っていようと思う。

⏰:11/10/04 22:33 📱:F06B 🆔:qunnOhr.


#387 [匿名]
それから私はすぐに支度を済ませて家を出た。

父と母は笑顔で送り出してくれた。だけどその笑顔の中に、不安の色が見えた。

「また来週来るから。夕飯、ハンバーグがいいな」

おどける私を見た二人は、さっきとは違う穏やかな笑顔になった。

素直じゃない私は、これ以上の言葉は言えなかった。でもきっと十分だったと思う。

そして私は天使さんと悪魔さんを探す事にした。二人に会って話さなければならない事がある。

⏰:11/10/04 22:37 📱:F06B 🆔:qunnOhr.


#388 [匿名]
二人が何処にいるのか分からないくせに、焦りは無かった。何故か、絶対に会える自信があった。

いつか会えるという曖昧な考えではなく、今日絶対会うという、確実な考えだ。

何の根拠も無いのに。

そしてすぐに私は、その二人に会う事が出来た。

偶然会えたのに、驚きすら無かった。後から考えてみると、不思議な感覚だ。

私が通る公園に天使さんと悪魔さんはいた。

⏰:11/10/05 15:42 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#389 [匿名]
「お手紙読んでいただけました?」

天使さんが言う。

「はい、ありがとうございました」

「手紙?なんだそれ。お前が書いたのか?」

「僕じゃなくて、守さん」

「いつ書かせたんだよ!てめぇ卑怯だなー」

「卑怯の使い方間違ってるよ。僕は真剣に、二人の為を思ってやった事だ」

二人は知り合いじゃないはずなのに、仲良く喧嘩をしている。もう、そんな事はどうでもいいんだけど。

⏰:11/10/05 15:45 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#390 [匿名]
「んな事はどーでもいいんだ!お前どうすんだ?今日までだぞ」

悪魔さんが私に言う。

「はい。お二人に伝えたい事があって。……私は守が大好きです。これからもずっと守を愛し続けます」

二人は無言で私の話を聞いてくれている。

「……守に会いたいです。守とずっと一緒にいたいです」

これが私の答えだった。


悪魔さんが笑う。

「じゃあ俺の手伝いを受けんだな?」

「………」

天使さんは真剣な顔で私を見ている。

⏰:11/10/05 15:47 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#391 [匿名]
「はい。そう思っていました。…昨日の夕方までは」

私が答えると悪魔さんの顔がひきつる。

「…決めました。私は生きて、毎日守の為に笑って、守が見守っているという言葉を信じて、ちゃんと日々を過ごします」

私が言い終わると、天使さんは笑ってくれた。

「……んだよ、それ」

悪魔さんがまた子供のようにふてくされた顔をしている。私はまた可笑しくなって笑ってしまった。

「てめぇ!この間笑うなっつったよなー!なんも面白くねぇっつんだよ」

ムキになる悪魔さんは可愛い。

⏰:11/10/05 15:48 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#392 [匿名]
「お二人に会ってからの数日間は、なんだか不思議な気分でした。お二人が裏でいろいろとしてくれたお陰で、大切な物が沢山見えました」

悪魔さんが両親に話してくれたり、天使さんが手紙を届けてくれたから、今私は生きようと思えた。

笑おうと誓った。

「本当にありがとうございました」

「僕らのお陰なんかじゃないですよ。きっと僕らがいなくても幸子さんは気付けたはずだ。あんなに素敵な友人だっている」

「…え?…里美の事も?」

⏰:11/10/05 15:50 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#393 [匿名]
天使さんが優しく微笑む。

「はい。彼女に幸子さんの事を話したら凄く心配していて、力になりたい!と言ってくれたんですよ」

そうだったんだ。だから里美は最後にあんな事を言ったんだ。

「そっか」

嬉しくて、死ななくて良かったと思った。

生きていればいろんな物が見えて来る。今まで私は見ないようにしていたのかもしれない。


「次死にてぇと思っても、絶対手伝ってやんねぇからな!」

「もう、思いませんよ!」

⏰:11/10/05 15:52 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#394 [匿名]
手紙...



「幸子へ

久しぶりだな。元気か?
こんな風に手紙を書くのは初めてかもしれない。
何だか恥ずかしいけど、幸子に伝えたい事が山ほどあるんだ。もう直接言う事は出来ないから、手紙にします。あの天使に感謝しよう。

まず幸子に謝りたい。おじいちゃんとおばあちゃんになっても一緒に居ようって約束、守れなくてごめん。

突然居なくなってごめん。悔しいし、やりきれないし、幸子の事が心配で仕方がない。

幸子が俺の事を考えて、悩んで泣いて苦しんでいる事を聞いて、俺まで辛くなった。抱き締めてやりたくなった。

⏰:11/10/05 15:55 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#395 [匿名]
でも出来なくて、こんなに幸子を思っているのに、何も伝わらなくなってしまった。

本当にごめんな。

幸子は俺の事が見えないし、俺も幸子の側にいてやる事は出来ないけど、だけど、それでもずっと俺は幸子を見守ってるから。

支えてやるから、不安がらないで欲しい。俺はずっと幸子と一緒にいる。そう思っていて欲しい。

⏰:11/10/05 15:58 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#396 [匿名]
それから、幸子。お前は生きてくれ。死ぬなんて考えないでくれ。

俺に会いたいと思ってくれているのは凄く嬉しい。俺も幸子に会いたい。

だけど、それじゃ駄目なんだ。お前のおばあちゃんになった姿が見たい。

だから俺のためにも元気に健康に生きていて欲しい。

好きな奴が出来たら結婚だってすればいい。…嫌だけど、嫌じゃない。

幸子が幸せならそれでいい!子供も見たいし、孫も見たい!

だけど、俺の事は忘れるなよ!怒るからな!

⏰:11/10/05 16:00 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#397 [匿名]
あと、騙されやすいんだから、人の事、少しは疑えよ!

あと、俺の親にもたまには会ってやってくれ。親父もお袋も幸子の事好きだったみたいだから。

あと、ぶくぶく太らない様に注意しろよ!お前は気を抜くとすぐに太るから。

風邪にも注意して、事故にも注意しろよ。


毎日笑って過ごせ!辛くても笑ってれば必ず幸せになれるから。

⏰:11/10/05 16:02 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#398 [匿名]
最後に、俺は幸子の笑顔が好きだったよ。幸子が笑うから俺は幸せだった。

一人占めしたいくらいだ。

本当に今までありがとな。幸子と出会えて、付き合えて結婚出来て、俺は本当に幸せだった。

幸子でよかった。
これからもずっと愛している。




⏰:11/10/05 16:03 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#399 [匿名]
3つ目の暇潰し、終わり

⏰:11/10/05 16:06 📱:F06B 🆔:4riuNcnw


#400 [我輩は匿名である]
一気に読みました。

4つめの暇潰しも楽しみにしてます。

⏰:11/10/05 16:09 📱:W62P 🆔:9zvw3U2I


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