よすが
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#30 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

大通りに面したコーヒーショップの窓際の席に座り、あたしはサトルに夢のこと、過去のことを全て話した。

サトルは何も知らない。
今まで、あたしの中で過去の話はタブーだったから。

初めて聞くあたしの話に、サトルは一生懸命耳を傾けてくれた。
たまに理解出来ないところを聞き返してくることもあったけれど、それ以外は黙って聞いてくれた。
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⏰:08/04/03 02:14 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#31 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
全てを話し終えて、あたしは最後にこう付け加えた。

「あたし、思い出したいの」

サトルは、あたしの顔を真っ直ぐ見つめて黙っていた。
何と答えようか、考えているのだろう。

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⏰:08/04/03 02:15 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#32 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
たっぷり五分は沈黙が続いた後、サトルが口を開いた。

「もし、ユキが辛くなったら、僕がいるから。何があっても僕がユキを守るからね!」

嬉しかった。サトルはいつも、あたしを安心させてくれる。
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⏰:08/04/03 02:18 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#33 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「うん、ありがとう」

サトルは、自分に手伝えることは無いか、と言ってくれた。
あたしはその言葉に甘えることにした。

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⏰:08/04/03 02:18 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#34 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

あたしたちはコーヒーショップを出て、昔一緒に通っていた小学校に向かった。

「久しぶりだよね、小学校なんて。高校入学の報告に行ったきりだなあ、僕」

「あたしもだよ。中山先生、まだいたよね?」

中山先生とは、あたしが小学校に転入した年の担任教師だ。
記憶を失って精神的に不安定だったあたしを、いつも気遣ってくれる、良い先生だった。
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⏰:08/04/03 12:55 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#35 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
学校に着き、事務室の窓口で中山先生を呼んでもらおうとした。

「中山先生は去年、T町の学校に転任されましたけど」

あたしとサトルは顔を見合わせた。

「しかたないね」

サトルがそういって悲しそうな顔を見せる。
サトルにそうだね、と返し、窓口の事務員に尋ねた。
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⏰:08/04/03 12:56 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#36 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「あたし、十年前にここに転校してきたんですけど、その前にいた学校がどこか調べてもらえませんか?」

そう言うと、事務員の女性はあからさまに不審な目を向けてくる。あたしは慌てて説明した。

「あの、あたし、八歳の時に記憶喪失になって、ここに転校してきたんです。それより前のことは覚えてなくて……」

「……身分証明できるものあります?」
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⏰:08/04/03 12:57 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#37 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
女性がまだ信用しきっていない様子なので、あたしは急いで学生証を出した。
それを受け取った女性は、窓口の向こう側にあるパソコンに何やらカチャカチャと打ち込んでいく。

「確かに十年前に転入されてますね。その前の小学校は、T町のT小学校です」

「ありがとうございます!」

学生証を返してもらい、サトルを連れて校舎を出た。

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⏰:08/04/03 12:58 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#38 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「中山先生、ユキの前の学校にいるんだ!」

サトルはブランコをこぎながら嬉しそうに笑った。

あたしが中山先生に担任してもらった次の年、先生はサトルのクラスを受け持っていたから、サトルも中山先生が好きなのだ。

「ユキ、行くよね? 僕も一緒に行く! いいでしょ?」
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⏰:08/04/03 16:35 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#39 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「うん、もちろん。でも今日はもう遅いから行けないよ。T町まで電車で一時間はかかるし」

もう辺りは夕暮れに染まり、あたしたちのいる校庭は夕日に照らされて眩しかった。

「明日、学校終わってから行こう」
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⏰:08/04/03 16:37 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#40 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしはサトルにそう言いながら、自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。
家に帰って父と母の顔を見たら、過去を知るのがもっと怖くなってしまうような気がした。


だから、自分の決心が鈍らないように。

もし心が揺らいだとしても、きっとサトルが背中を押してくれると信じて。

――明日、行こう。


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⏰:08/04/03 16:38 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#41 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

家に帰ると、母が夕飯を用意しているところだった。

「おかえり、ユキ。遅かったじゃない」

「ただいま。サトルとちょっと話してたんだ。着替えたら手伝うね」

あたしはなるべくいつも通りに振る舞おうとした。
でも、母の顔を真っ直ぐ見られない。
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⏰:08/04/03 16:38 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#42 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
――ごめん、お母さん。あたし、過去を知りたいんだ。

けれどそれは、今が大切じゃないということではない。
今あるこの家族や友達は何があろうとなくしたくない。

――でもあたしは、あたし自身をもっと理解したい。全てを知りたいんだ。
あたしには、その権利があるはず。

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⏰:08/04/03 16:40 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#43 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「いいわよ、もう出来上がってるから。手洗ってきなさい」

その優しい母の声に、決意がほどけそうになる。
うん、とだけ答えて、自分の部屋へ向かう。

――決めたんだから。決めたんでしょ。

自分に言い聞かせる。

――迷わないって決めたんだから。
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⏰:08/04/03 16:41 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#44 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしのために、父と母は二人で創ってきた人生の一部を捨ててくれた。
大切な思い出や、毎年祝いたい記念日もあっただろう。
それを、あたしは潰してしまったのだ。

そんな二人に逆らうように、あたしは過去に縋(すが)りつく。
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⏰:08/04/03 16:42 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#45 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
けれど、あたしが八年間の記憶を思い出せば、父と母の八年間も取り戻せるのだ。
二人には、人生に影をつくって欲しくない。最初から最後まで、輝くほど幸せな人生を送って欲しい。

そのためにも、あたしはどんなに無様(ぶざま)だろうと、どれだけ辛い思いをしようと、なりふり構わず過去に縋りつこう。

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⏰:08/04/03 16:44 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#46 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
着替えながら、ほどけそうになった決意をきつく結び直していると、父の声がした。

「あれ、ユキは? まだ帰ってないのか?」

部屋を出て父に声をかける。

「いるよー! おかえり、お父さん」

父と母、二人の顔を見て、改めて思った。
絶対に二人には、心配も迷惑もかけない。

自分で自分の過去にけりをつけるんだ。


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⏰:08/04/03 16:45 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#47 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
―U―


次の日、全ての授業が終わると、あたしは走って屋上に向かった。

昨日の夜は、あの女の子の夢を見なかった。
もしかしたら、夢が何か過去につながるヒントを示してくれるかもしれないと期待していたけれど、現実はそう上手くいかないものだ。

屋上に来たのは、自分を戒めるため。
最初に過去と向き合うと決めた場所に来れば、心を強く持てると思ったから。
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⏰:08/04/03 16:48 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#48 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
マフラーもコートも教室に置いてきてしまったから、屋上に出た途端体が震えた。

それでもあたしは足を進め、柵の手前に立った。
あたしが過去を置いてきてしまった、あの町の方を眺めてみる。

――あの女の子は誰? あたしはどうして記憶を閉じ込めたの?

「……絶対に思い出してやる」

一人そう呟いて、あたしは屋上を後にした。


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⏰:08/04/03 16:49 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#49 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
教室に戻ると、昨日と同じようにサトルが待っていた。

「ユキ、行こう」

サトルはあたしの心が読めるのだろうか?
なんて、非現実的なことを考えてしまうほど、サトルはいつでもあたしの求めている言葉をくれる。
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⏰:08/04/03 19:51 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#50 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「ありがとう、サトル。行こう」

サトルは、何故感謝されたのか解らない、という様子で首を傾げている。
そんなサトルの手を引いて、あたしは探している何かがあるはずの場所に向かった。


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⏰:08/04/03 19:52 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#51 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
T小学校に一番近い駅まで、あたしたちは電車で約一時間かけてやってきた。
サトルは終始ニコニコしっぱなしで、中山先生との思い出話をたくさんしてくれた。

駅から小学校まで歩いている今も、早く会いたいのだろう、今にも走り出しそうなくらいだ。

「サトルは中山先生がほんとに好きなんだね」
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⏰:08/04/03 19:53 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#52 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルは、あたしがほとんど呆れ気味に発した言葉への返事の代わりに、いきなり走り出した。

「ちょっと、どうしたの?」

慌てて追いかけると、サトルは『T町立T小学校』と書かれた門の前で手を振っている。

――ここが、あたしの通った小学校……?
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⏰:08/04/03 19:53 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#53 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
見たことがあるはずの建物を前にしても、やはりあたしの頭は何の反応も起こさなかった。

「あれ? あそこにいるの、中山先生だよ! ねえ、ユキ!」

あたしがサトルの立っている場所に近づくと、彼はまた走り出した。

「せんせえーーっ! 中山先生! 久しぶりー!」

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⏰:08/04/03 19:54 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#54 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
サトルの走っていく先には、花壇の花に水をやる手を止めてこちらを振り返った人物がいた。
白髪混じりの長い髪を頭の後ろでひっつめて、ベージュのロングスカートをはいたふくよかな女性……中山先生だ。

先生はこちらから走ってくるのがサトルだと気付いたのか、手にしていたホースを地面に置いてあたしたちの方に近づいて来た。
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⏰:08/04/03 23:57 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#55 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「サトルくん……?」

「サトルだよおー! 先生久しぶり! 元気!? ユキも一緒なんだよ、ほら!」

サトルのテンションは最高潮に達してしまったようだった。
身振り手振り全開で、普段から高い声のトーンも一層高くなり、うるさいくらいだ。
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⏰:08/04/03 23:58 📱:SH903i 🆔:RM1EQ/SI


#56 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「中山先生、お久しぶりです」

とあたしがお辞儀すると先生は、驚いた、と言わんばかりにあたしとサトルへ交互に目を向けた。

「サトルくんに、ユキちゃんも……、久しぶりねえ。二人は相変わらず仲良しなのね」

そう言って笑う先生は、昔と変わらず優しい雰囲気をまとっている。
あたしは先生を前にしてなぜか焦ってしまい、普通なら昔の思い出話をしたりするはずなのに、唐突に用件を切り出してしまった。
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⏰:08/04/04 00:06 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#57 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「先生、久しぶりに会っていきなりこんな話するのおかしいんですけど、あたしの昔の話聞かせて欲しいんです」

あたしがそう言い切ると、先生は驚く訳でもなく、あたしの眼をじっと見つめた。
その顔には、悲しみなのか哀(あわ)れみなのか、それとももっと別のものか……あたしには区別が付かない感情が表れている。
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⏰:08/04/04 00:10 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#58 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
あたしも何も言わず、先生の眼をじっと見つめ返す。
ここで拒否されれば、もう過去につながる道は無いかもしれない。
けれどここは、先生の判断に委ねたかった。

永遠にも思えた一瞬の後、先生の口から予想外の言葉が発せられた。

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⏰:08/04/04 02:07 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#59 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 
「待っていたわ、ユキちゃん」

――え……?

「あなたがいつか来るだろうと思っていたの。ユキちゃんの聞きたいこと……私が話さなきゃいけないと思っていたことと同じはずよ」

――そうか。先生は知っていたんだ。
あたしの知らないあたしの過去を。

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⏰:08/04/04 02:08 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


#60 [蜜月◆oycAM.aIfI]
 

遂にこの時が来てしまった。
思っていたよりも随分と早い。ここで昔の自分との対面を迎えてしまうのか?

正直、あたしはまだ完全に腹をくくり切っていなかった。


――待って、本当にいいの?

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⏰:08/04/04 02:09 📱:SH903i 🆔:h9h3B4Yg


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