よすが
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#526 [○○&◆.x/9qDRof2]
ドアという一枚の壁をものともせず、身体は向こう側へと通り抜ける。リビングは、電気も付けていない薄暗さの中、母が静かに泣いていた。譫言のように私の名前を呼ぶ母の姿は痛々しく、胸が締め付けられた。涙が出ない。
:22/10/25 15:53
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#527 [○○&◆.x/9qDRof2]
死人には涙は必要ない、ということか。涙が出ない自分への悔しさと母への申し訳なさが拳を強く握った。
「お母さん.......」
やはり返事はない。私は落胆するように肩を落とした。自分だけ隔離された世界にいるように感じた。
:22/10/25 15:54
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#528 [○○&◆.x/9qDRof2]
「私はここにいるよ、」
母の横に立ってみたが反応は得られなかった。
「お母さん。ごめんね、ごめんねっ…!」
通り抜けないように母を抱きしめる形になるよう身体を合わせた。
:22/10/25 15:54
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#529 [○○&◆.x/9qDRof2]
謝罪の言葉を漏らした途端、その僅かな心の亀裂から溢れ出してきた想いが、波のように押し寄せてきた。
「今まで育ててくれたのに、先に死んでごめん。たくさん愛情を注いでくれたのに、返せなくてごめんっ。親孝行しなきゃいけないのに、最後に悲しませてごめん.......もう一緒の世界に居れなくてごめんっ!」
:22/10/25 15:54
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#530 [○○&◆.x/9qDRof2]
唇を強く噛んで沸き上がる気持ちを抑える。痛みはないが、胸の奥はいつまでもキリキリと痛んだ。母は突然泣き止んで私の身体を突き抜けて立ち上がると、私の抜け殻がある部屋に入って行った。私には、後を追う勇気がなかった。
:22/10/25 15:54
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#531 [○○&◆.x/9qDRof2]
あれ以上、大好きだった母の哀しむ姿を見るのは堪えられなかったのだ。私は、朝までソファに座っていた。
私はようやく完全に現実を受け入れた。自分でも不思議なほど冷静だが、やはり動揺は隠せない。
:22/10/25 15:55
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#532 [○○&◆.x/9qDRof2]
私はまだ十八歳の高校生だし、やり残したことの方が多い。大学受験も残っている。とにかく未練は数え切れない。時間の経過と共に気分は滅入っていく。現実から逃げ出したくなり、どれだけ夢ならいいと願ったか。
:22/10/25 15:55
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#533 [○○&◆.x/9qDRof2]
それでも朝はやってきた。寒さも暑さも感じない朝は、叶わない願いを薄めていった。昨晩から母は私の肉体がある部屋から出て来なかった。家族の姿を見たくない私は、昨日の孝を思い出して興味本意で学校に行くことにした。
:22/10/25 15:55
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#534 [○○&◆.x/9qDRof2]
朝の清々しさなど感じずに私は家を出た。いつもと違わぬ朝。違うのは私が死者だということ。私は学校までゆっくりと歩きだして行った。その道すがらで、自分の死について考えてみた。そこで初めて、死の瞬間をよく覚えてないことに気付いた。
:22/10/25 15:55
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#535 [○○&◆.x/9qDRof2]
それどころか、今までの記憶が曖昧になっていることを自覚する。確かに覚えているはずなのに、小さい頃の記憶はおろか、嬉しかったことや悲しかったことなど、感情的な記憶しかない。最近のことすらわからない。
:22/10/25 15:55
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