よすが
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#530 [○○&◆.x/9qDRof2]
唇を強く噛んで沸き上がる気持ちを抑える。痛みはないが、胸の奥はいつまでもキリキリと痛んだ。母は突然泣き止んで私の身体を突き抜けて立ち上がると、私の抜け殻がある部屋に入って行った。私には、後を追う勇気がなかった。
:22/10/25 15:54
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#531 [○○&◆.x/9qDRof2]
あれ以上、大好きだった母の哀しむ姿を見るのは堪えられなかったのだ。私は、朝までソファに座っていた。
私はようやく完全に現実を受け入れた。自分でも不思議なほど冷静だが、やはり動揺は隠せない。
:22/10/25 15:55
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#532 [○○&◆.x/9qDRof2]
私はまだ十八歳の高校生だし、やり残したことの方が多い。大学受験も残っている。とにかく未練は数え切れない。時間の経過と共に気分は滅入っていく。現実から逃げ出したくなり、どれだけ夢ならいいと願ったか。
:22/10/25 15:55
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#533 [○○&◆.x/9qDRof2]
それでも朝はやってきた。寒さも暑さも感じない朝は、叶わない願いを薄めていった。昨晩から母は私の肉体がある部屋から出て来なかった。家族の姿を見たくない私は、昨日の孝を思い出して興味本意で学校に行くことにした。
:22/10/25 15:55
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#534 [○○&◆.x/9qDRof2]
朝の清々しさなど感じずに私は家を出た。いつもと違わぬ朝。違うのは私が死者だということ。私は学校までゆっくりと歩きだして行った。その道すがらで、自分の死について考えてみた。そこで初めて、死の瞬間をよく覚えてないことに気付いた。
:22/10/25 15:55
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#535 [○○&◆.x/9qDRof2]
それどころか、今までの記憶が曖昧になっていることを自覚する。確かに覚えているはずなのに、小さい頃の記憶はおろか、嬉しかったことや悲しかったことなど、感情的な記憶しかない。最近のことすらわからない。
:22/10/25 15:55
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#536 [○○&◆.x/9qDRof2]
今更ながらやはり夢じゃないかと疑いそうになった。制服を着ていることから、死んだ時も制服を着ていたのではないかと考えた。だとしたら、登下校か学校に滞在している間に事故か事件に巻き込まれたのだろうか。いくら推理しても答えは出なかった。
:22/10/25 15:56
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#537 [○○&◆.x/9qDRof2]
結局思い出すこともなく、学校に到着してしまった。知っている人や知らない人、誰もが私に気付かなかった。中には私の身体を素通りする人もいた。人間の習性だろうか。擦れ違うときについ体を逸らして避けようとして、何度も避ける必要がないことを思い出して苦笑した。
:22/10/25 15:56
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#538 [○○&◆.x/9qDRof2]
教室に着けば、丁度朝のHRが始まった所だった。私はとりあえず教室の一番後ろに置いてある自分の席の辺りに移動することにした。私の席は孝の隣だ。隣の孝を見れば、昨日と変わらず何を考えているかわからない表情で俯いていた。
:22/10/25 15:56
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#539 [○○&◆.x/9qDRof2]
気まずそうな表情をした初老の担任が、教壇に立つと同時に口を開いた。私は孝が気になりながらも、正面に顔を戻した。
「皆さん。すでに知っていると思いますが、先日、桜井千恵さんが下校中に交通事故で亡くなりました」
:22/10/25 15:56
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#540 [○○&◆.x/9qDRof2]
私はそこで初めて自分の死因を知った。担任は教壇から動かずに続ける。
「信号無視の轢き逃げだと警察から聞かされました。犯人は捕まったようです」
それを聞いた私はつい自嘲気味に笑いを漏らしてしまった。信号無視の轢き逃げ、か。我ながら馬鹿らしい死に方をしたものだ。
:22/10/25 15:56
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#541 [○○&◆.x/9qDRof2]
何だか自嘲することで怒りを抑えてる気がした。相手を探して呪ってやろうかとも考えたが、幽霊やら何やらは信じない主義だから断念した。現在の自分の状態はとにかく、考えだけは変える気はない。矛盾しているかもしれないが、それが私の考えだ。担任は長々と私の死について語った。
:22/10/25 15:57
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#542 [○○&◆.x/9qDRof2]
「未来ある若い命が、」
「人生これからという若さで、」
始終、私は他人事のような気がしてならなかった。今一つ実感が沸かず、担任には申し訳ないがあまり感動はしなかった。しばらくして、ようやく話が終わりを迎えた。
:22/10/25 15:57
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#543 [○○&◆.x/9qDRof2]
「では、千恵さんのご冥福をお祈りして黙祷しましょう」
担任の一声で皆が黙祷に入る。ただ、一人だけは違った。.......孝だった。黙祷が始まってしばらくすると、孝は一人だけ首を動かし左を見た。目を細めてただじーっと、私の席を見つめる孝の目は、何故か寂しげに見えた。
:22/10/25 15:57
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#544 [○○&◆.x/9qDRof2]
孝に限ってそんなことはないだろうと思っていたが、実際こうして目の前にある孝の表情は、私の死を悲しんでくれてるのかと思ってしまうほど、言い知れぬ雰囲気があった。午前中の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが校内に響き渡った。
:22/10/25 15:57
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#545 [○○&◆.x/9qDRof2]
HRの後、授業中の風景に見飽きた私は、欠伸を一つ落とすと教室を後にした。特にすることはなく、ふらふらと校内を散歩したり、よく通っていた図書館に足を運んだりした。そんな風に暇を持て余していて気付けば午前中は過ぎていた。
:22/10/25 15:58
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#546 [○○&◆.x/9qDRof2]
「遅いようで早いなぁ。もう昼休みかぁ」
廊下を歩きながらそんなことを考える。死んでからは時間の進みがやけに遅く感じた。とりあえず教室に戻ろうと踵を返せば早くも廊下に生徒が溢れ出していた。
:22/10/25 15:58
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#547 [○○&◆.x/9qDRof2]
「あれ?」
ちょうどその時、教室を出て来たらしい人物を見付けた。.......孝だ。昼休みなのに弁当も持たず、購買とは反対の方向に歩いていく。一瞬だけ見えた顔は、何だか上の空を通り越して沈んだ表情が伺える。
:22/10/25 15:59
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#548 [○○&◆.x/9qDRof2]
「何してるんだろ、アイツ。非常階段の方に.......屋上に行くのかな」
そこまで呟いてハッと我に返る。
「馬鹿みたい。私、何を気にしてたんだろ。確かに面白いけど、アイツが元気ないと調子狂うんだよね、うん」
:22/10/25 15:59
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#549 [○○&◆.x/9qDRof2]
誰にも聞こえないはずなのに言い訳じみた事を呟いてみた。とにかくこのままでは気に入らないので、私は孝の後についていくことに決めた。
:22/10/25 15:59
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#550 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/25 15:59
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#551 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/25 16:00
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#552 [○○&◆.x/9qDRof2]
:22/10/25 16:00
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#553 [○○&◆.x/9qDRof2]
(続)
「ねぇ、」
コンクリートの踊り場を過ぎた辺りで、孝の後ろ姿に問い掛ける。返事はないと思っていても、気になってしまいつい話し掛けてしまった。吹き抜けの非常階段を上がり、孝は無言のまま屋上に出た。降りてくる太陽の光に目を細める。
:22/10/25 17:15
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#554 [○○&◆.x/9qDRof2]
「ねぇ。何でそんなに元気ないの?」
孝はそのまま足を進め、屋上の中央に腰を下ろす。私もその後に続いて隣に座り込んだ。
「あんた、熱くないの?この炎天下で暖められたコンクリートは、熱いよ。今の私にはわかんないけど」
体育座りに体勢を変えて、孝を見る。
「あんたが元気ないとさ、私が調子狂うんだけど」
:22/10/25 17:16
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#555 [○○&◆.x/9qDRof2]
そこまで言ったところで、一つの疑問が浮上してきた。調子が狂う?私は孝が嫌いだ。嫌がらせをするから。なのに嫌がらせがないと今度は調子が狂う?
.......矛盾している。
違う。私は嫌がらせがないから調子が狂うんじゃない。いつもうるさいくらい元気な孝が、落ち込んでるから調子が狂ってるんだ。そうだ、そうなんだ。少しの無言と少しの葛藤に終止符を打った私は、溜め息を一つ落とした。
:22/10/25 17:16
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#556 [○○&◆.x/9qDRof2]
「ねぇ孝。私が死んで何か変わったことある?孝にとっては張り合う相手がいなくなったみたいなものなのかな。あ、クラスの雰囲気は変わったよね。クラスメートが死んだなら暗くなるのは普通かな?私からしたら、皆には早く明るくなってほしいんだけどね」
:22/10/25 17:17
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#557 [○○&◆.x/9qDRof2]
空を見上げる。鳥たちが頭上を通り過ぎていく。
「私は、さ」
仰向けに寝転んで言葉を続ける。
「まだ.......死にたくなかったよ。そりゃそうだよね。まだまだ若いもん、未練ありすぎて困っちゃうくらいだし」
:22/10/25 17:17
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#558 [○○&◆.x/9qDRof2]
孝も私と同じように仰向けに寝転んだ。私は少し驚いて、ぶつからないように体を移動させる。
…何年ぶりだろう。
こうして近くで存在を感じたのは。
昔は普通だった。
これが当たり前だった。
でも気付けば変わっていった。
少しずつ、少しずつ。
:22/10/25 17:17
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#559 [○○&◆.x/9qDRof2]
突然現れたよくわからない溝は埋めることも出来なくて、私は溝を埋めることを諦めた。
歯止めがなくなった溝は時間と共にどんどん大きくなっていって、仲が良かった私たちは小学生中学年の頃には、お互い嫌いな存在として出来上がっていた。
「あれから早いもんだね。もう高校生だよ。でも、私はここまでなんだよね。高校生から上へはいけない」
:22/10/25 17:17
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#560 [○○&◆.x/9qDRof2]
「……」
「なんか寂しいなぁ。私だけ置いてきぼりかぁ」
当然孝からの返事はない。
太陽に雲が掛かった青空は、少し薄暗さを増していた。
「…ねぇ、何か言ってよ」
「……」
上半身を起こして孝を覗き込む。
「ねぇってば!」
無反応が続くと、溜め息をついて自嘲気味に笑う。
:22/10/25 17:18
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