ギンリョウソウ
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#651 [向日葵]
[第15話]
高校も卒業し、椿は要宅に住む事になった。
家を出る時はやっぱり寂しかった。
何せ18年間この家にいたのだから。
要は好きな時に帰る事を許してくれた。
でも椿は、出来るだけ要のそばで仕事を手伝いたいと思ってるので、あまり帰らないようにしようと心を決めていた。
そんな日々も慣れてきた、1年後の事だった。
「椿、こんな事言っていいかわかんないけど……太った?」
思わず持ちかけていたカップを、ショックで落としそうになる。
:09/03/15 03:12
:SO906i
:☆☆☆
#652 [向日葵]
今日は授業がないからと、美嘉が遊びに来て、今は仲良くお茶していた。
「え…………、ええっ!?本当ですか……っ!?」
「まあ椿はそれでやっと標準だけどね。前と比べて、すこーしふっくらしたかなってくらいよ。気にする事ないって!」
言ったのは美嘉なのに、美嘉は気にしないかのようにお茶を飲む。
「でも椿、綺麗になったよねなんか。やっぱりエステとか行くから?」
「僕がいるからに決まってるじゃないか」
二人がいる部屋に、要が入ってきた。
:09/03/15 03:17
:SO906i
:☆☆☆
#653 [向日葵]
少し伸びた前髪をかきあげた要は、背伸びをしてこちらへ歩いてくる。
「アンタと椿の美貌がどう関係あんのよ」
テーブルの上にあるクッキーをひょいとつまみ、口に入れた要は、椿の隣に腰かける。
「そりゃ僕が愛情をそそいでるから」
「やっぱりアンタって馬鹿なんだね」
真顔で言い合う。
相変わらずのやりとりに、椿はクスクスと笑い声をあげる。
「だいたいアンタが言うといやらしく聞こえる」
:09/03/15 03:25
:SO906i
:☆☆☆
#654 [向日葵]
「まあ君の想像に任すよ」
「否定無しだと生々しいからやめて」
椿はまた笑う。
「お仕事は終わりましたか?」
椿も手伝っていたが、美嘉が来たので許しをもらって抜けさせてもらった。
「うん。一段落したよ。だから来たの」
「そろそろ美嘉も帰るよ。邪魔しちゃいけないだろうし」
かばんを持った美嘉は立ち上がった。
見送る為、二人は玄関まで美嘉と一緒に行く。
:09/03/15 03:30
:SO906i
:☆☆☆
#655 [向日葵]
「じゃあね椿、またメールするよ。あんまり要の好き勝手させちゃ駄目だかんねっ」
「み、美嘉ちゃん……っ」
顔を赤くする椿に、美嘉はニヒッと笑って帰って行った。
ドアが閉まると同時に、椿は「うっ」と唸って胸元を押さえた。
異変に気づいた要が、椿の顔を覗き込む。
「椿?どうした?」
「あ……。いえ、なんでも」
「そう?」
:09/03/15 03:34
:SO906i
:☆☆☆
#656 [向日葵]
:09/03/15 03:36
:SO906i
:☆☆☆
#657 [向日葵]
要は歩いて行ってしまった。
椿はその後ろ姿を見ながら気持ち悪い部分を自分でさする。
さすっても、気分の悪さは優れない。
近頃、体が丈夫になった気がして、はしゃぎすぎていたのが負担になっていたのだろうか。
「よ、お姫さん」
後ろから声がするので、椿は振り返る。
そこには、赤茶色した髪の毛を後ろで結った、白衣を着た女の人がいた。
「明智先生」
「明智(あけち)」と呼ばれるその人物は椿ににこって笑いかける。
:09/03/21 02:47
:SO906i
:☆☆☆
#658 [向日葵]
本名、明智 英美(ひでみ)は、葵家の専属医師だ。
要宅には仕事部屋があり、週に何回か来る事になっている。
もちろん、別の場所にある病院の医師でもあり、かなり優秀らしい。
「ん?んん?」
明智は椿の顔をじろじろ見る。
見られている椿は落ち着かず、困惑する。
「お姫さん、なんか雰囲気が違うね」
今日は美嘉も明智もなんなのだろうと、椿は首をひねる。
「もしかして……」
明智が呟く。
:09/03/21 02:53
:SO906i
:☆☆☆
#659 [向日葵]
「先生……?」
「お姫さん、王子さま呼んで、ちょっと外の私の病院まで来て」
深刻な雰囲気に、椿は不安を隠せなかった。
――――――――――…………
「へ……?」
椿と要は診察室の中で口を揃えて呟き、目をまんまるくさせた。
「だからね、もう一回言うよ。お姫さんのお腹に、もう一つ命が宿ってる」
つまりは。
「こ、子供っ!?」
要が声をあげる。
椿も目を見開き、口を笑みの形にした。
:09/03/21 02:58
:SO906i
:☆☆☆
#660 [向日葵]
「やったね椿いっ!!」
要は椿に抱きついた。
二人の間に幸せムードが漂う。
―――が、明智の表情はやはり優れなかった。
「先生……?」
椿がゆっくりと呼ぶ。
「二人とも、よく聞いてね。子供が出来た事は喜ばしい事だ、だけどね……お姫さんの体が……」
「え……」
話はこうだった。
椿の体は、前に比べれば驚く程よくなっていた。
だが、もともと体力がなく、出産に耐えれるかどうかがわからない状態に今あった。
:09/03/21 03:03
:SO906i
:☆☆☆
#661 [向日葵]
椿の体を考えるならば、授かった命をあきらめてしまうか、それとも、産むか……。
「あたしからは何も言えない。お姫さんの命も、授かった命も大切だ。だから、二人にはよく考えてほしい。あたしからは、以上だ……」
重い空気が、診察室を覆いつくす。
要は頭が混乱しそうになっていた。しかし椿は、お腹を柔らかく手のひらで包み、シャンと背筋を伸ばしたままだった。
――――――――…………
「産みます」
今は帰りの車の中だ。
静かに、けれどはっきりと、椿はそう言った。
:09/03/21 03:08
:SO906i
:☆☆☆
#662 [向日葵]
要は眉を寄せて椿を見る。
「椿……。でも……もう少し、考えないか……?」
「私は、命にかえてもこの子を産みます。要さまに、会わせてあげたいんです」
「……」
要は何も言わなかった。
要にだって決めれる訳がない。
どちらも大切な命。
簡単にどちらかを切り捨てるだなんて非情な事は出来ない。
だからと言って、無責任に産めとも言えなかった。
どっちつかずな自分の気持ちに、要は吐き気がしそうだった。
:09/03/21 03:12
:SO906i
:☆☆☆
#663 [向日葵]
家に着いて、椿が家に入ろうとすると、要が椿の腕を引いた。
そのまま手を握って、ゆっくりと庭を歩き出した。
綺麗に剪定された植え込みからは、いい香りがする。
色とりどりの花壇の前で止まり、要は深呼吸した。
「マイナスに、考えちゃいけないよね」
椿は要を見る。
要も椿を見つめて、ぎこちなく微笑んだ。
「体力が無ければ、つければいい。だからさ、こうやって、毎日散歩しようか、椿」
その答えを聞いて、椿は嬉しそうに笑った。
:09/03/21 03:17
:SO906i
:☆☆☆
#664 [向日葵]
「はいっ……」
「しかし、どっちだろうね」
椿のお腹に触れようとして、要は躊躇う。
どうしたのかと、椿は要を見ると、要が照れ臭そうに笑う。
「面白いよね。ここに小さな宝物がいるかと思うと、壊れないか心配で、触るのさえ怖いよ」
要の言葉に、椿は笑う。
そして要の手をとると、優しく自分のお腹へと当てた。
その上から、椿は自分の手を重ねる。
「大丈夫です。触れれば触れる程、この子が喜びますよ」
椿がいとおしそうに、お腹を見つめる。
その姿が、また要はいとおしくて、椿を柔らかく抱き締める。
:09/03/21 03:22
:SO906i
:☆☆☆
#665 [向日葵]
でも、やはりどこかぎこちないその腕に、椿はクスリと静かに笑った。
椿は安心して要に身を預ける。
春の日差しに当たっているように、椿の心はほっこりと幸せに満ちていた。
しかし要は、やはりどこか迷っているように、腕の中にいる二つの命を大事に包んだ。
―――――――――…………
「わーっ!ホントにいっ!」
越宅に遊びに来た椿は、越に赤ちゃんの事を言った。
越はキラキラと、椿のお腹を見る。
「なにがあ?」
:09/03/21 03:27
:SO906i
:☆☆☆
#666 [向日葵]
越の妹、苺が、越の膝に乗りながら聞く。
「椿ちゃんのお腹に、赤ちゃんがいれのよ」
「ほあーっ!いちご、あかちゃんだっこするー」
「はい。いっぱいしてあげてください」
苺は満面の笑みで頷くと、兄の空に呼ばれ、出て行った。
しかし入れ替わりに、越の恋人である柴が入ってきた。
越には慣れた事なのか、柴が入ってきても特に気にはしなかった。
「で、どうかしたの?」
:09/03/21 03:32
:SO906i
:☆☆☆
#667 [向日葵]
「え?」
「相談があったから、うちに来たんでしょ?」
椿は急にシュンとする。
うつむいて、言いにくそうにする。
「実は……」
赤ちゃんについて、椿は越に話した。
話を聞いていくうちに、越の顔はだんだんと深刻になった。
「……そう。で、要くんはなんて?」
「一緒に頑張ろうと言って下さいました」
越は自分の事のようにホッと胸を撫で下ろす。
:09/03/21 03:35
:SO906i
:☆☆☆
#668 [向日葵]
「でも……。私が迷い始めてしまいました」
「え……」
椿は数日前、こんな会話を聞いた。
――――――――
―――――――――――
「大久保、僕は怖くて仕方ない」
椿が要の仕事部屋の前を通った時だった。
つい声がしたので、そこで足を止めてしまった。
「もし、椿も、子供も、僕は失う事になったら僕はどうしたらいいと思う?」
椿は目を見開いた。
:09/03/29 03:04
:SO906i
:☆☆☆
#669 [向日葵]
「要さま、弱気はいけません」
「分かってる。でも、不安がつきまとうのは仕方ないだろ……。僕は……それ程強い人間じゃない……っ」
表情は見えなくても、その苦しそうな声に、椿は顔を歪ませた。
もしかして、このままこの子を諦めた方が、要の為でもある……?
椿はお腹に手を触れた。
でも撫でる度、いとおしさが溢れてくれば、そんな事考えたくもなかった。
大切な、大切な一つの命。
そんな簡単に、手放せる訳がなかった。
:09/03/29 03:08
:SO906i
:☆☆☆
#670 [向日葵]
椿はお腹を抱えるようにしてその場に座り込み、涙を流した。
自分は、どうすればいい……?
どうすれば要も、この子も、傷つけないですむ?
ああ……要は、ずっとこんな風に悩んでいたに違いない。
なのに自分は、自分の事しか考えてなかった。
要の気持ちなんて、これっぽっちも……考えてなかった。
――――――
――――――――――
「そう思ったら、何が一番正しい選択か、分からなくなっちゃったんです……っ」
思い出して、椿はまた涙を流した。
:09/03/29 03:11
:SO906i
:☆☆☆
#671 [向日葵]
そんな椿を、越はただ頭を撫でてやるしか出来なかった。
――――――――………………
ひとしきり泣いた椿は、照れ臭そうに謝ってから帰って行った。
椿を乗せた車を、越はみつめ、悩んでいた。
「難しいね……」
隣にいた柴が呟く。
「俺だって、そんな時、どうしたらいいか分かんないや……」
そう呟く柴の手を、越はキュッと握る。
「……うん。……そうだね」
きっと、最後まで、悩み続けるだろうなと、越は思った。
:09/03/29 03:15
:SO906i
:☆☆☆
#672 [向日葵]
それでも、悩みぬいた先に、何かいい答えが待っていると信じている。
だから椿もそうであって欲しいと、越は車が行ってしまった方をしばらく見つめていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
車に揺られながら、椿は体の疲れを感じ、目を瞑る。
そういえば、最近ちゃんと寝てない気がすると思いながら、段々と意識が遠のいていく。
気がつけば、いつの間にか要宅ではなく、実家にいた。
でも、自分の体は動かない。
かと思えば、誰かの力によって、動き出した。
そして薄々気づきつつあった。
:09/03/29 03:20
:SO906i
:☆☆☆
#673 [向日葵]
これは、母のお腹の中だ。
見慣れたドアから、若い父が出てきた。
「お願いだから、安静にしていてくれ。それでなくても君の体は……」
困っている父に対し、心地よい母の声が耳に届く。
「あらあら、そんな事ではこの子に笑われてしまいますよ」
「笑われたっていい。未だ、私はどうしたらいいか迷ってる情けない男なのだから」
母の手が、父の手に重なる。
「大丈夫です。例え私がダメでも、この子はちゃんと生まれてきてくれますわ。私の分も、強く……。ね、椿……」
:09/03/29 03:24
:SO906i
:☆☆☆
#674 [向日葵]
お腹をさする母。
しかし椿は頭を撫でられている気がした。
だからか、強く思う。
私は、絶対に生きる。
そう強く思う。
「この子は今の事、きっと全部見えてますよ。だからきっと、あなたを悲しますような事しませんわ」
まるで全て分かってるかのように母は言った。
そして次の瞬間、柔らかな温かい光に包まれた。
と思えば、淡い黄色い空間に椿はたたずんでいた。
「ね……椿」
声がして、驚いて椿は振り返れば、優しい笑顔を浮かべた母が立っていた。
:09/03/29 03:29
:SO906i
:☆☆☆
#675 [向日葵]
「母さま……っ!」
思わず走り、椿は母の元へ。
走った勢いのまま、母に抱きつく。
「あらあら駄目よ。この子がびっくりしちゃう」
フフフと笑いながら、母は椿のお腹を、さっき撫でていたように優しい手つきで撫でる。
その感触が、あまりにもリアルで、椿は夢かどうかわからなくなった。
試しに頬を軽くつねってみるが、やっぱり痛いか痛くないか分からなかった。
「母さま……。私、私どうすればいいかわからないです……っ」
母が目の前にいるせいか、急に甘えたくなって、椿は弱音を吐き出す。
:09/03/29 03:34
:SO906i
:☆☆☆
#676 [向日葵]
「もう嫌です……っ。答えが見つからない……っ」
「落ち着いて椿……。大丈夫だから」
母は微笑み、椿の頬を両手で包む。
温かい。
本当にこれは夢……?
「この子は元気ねぇ。早くあなたたちに会いたがってる」
お腹を見つめながら母は呟く。
「私もおばあちゃんかしら?フフ、嬉しい、孫が見れるだなんて」
「で……でも……」
私は……。
:09/03/29 03:37
:SO906i
:☆☆☆
#677 [向日葵]
「あら不安?じゃあ母さまがおまじないをかけてあげる」
そういうと、母は椿のおでこにキスをおとし、また椿のお腹に手をあてると、目をゆっくりと閉じる。
するとしばらくして、お腹がほかほかと温かくなってきた。
何故か、自分の中の命を強く感じれる。それと同時に、体に力がみなぎる気がした。
「これで平気よ」
そういうと、また辺りが光で包まれ出した。
「か、母さま……っ」
「私は、いつまでもあなたたちを見守っているから」
:09/03/29 03:42
:SO906i
:☆☆☆
#678 [向日葵]
―――――――――…………
「椿さま、到着いたしました」
椿は目をゆっくりと開けた。
「お疲れのようで。お部屋でゆっくりなさってください」
椿は車を降りた。
降りて、要宅を見つめる。
疲れてはいなかった。
むしろ体は軽く、そしてお腹は温かいままだった。
あれは、やはり夢じゃない?
母がつかの間の魔法を使ったのだろうか。
それでも、椿は決意をした。
もう、絶対に迷わない。
足を進め、家の中へと入っていく。
真っ直ぐ向かった先は、要の仕事部屋だった。
:09/03/29 03:47
:SO906i
:☆☆☆
#679 [向日葵]
ドアをノックする。
出てきたのは、要本人だった。
「椿……。どうしたの?」
いつもより、凛とした表情の椿に、要は首を傾げる。
「今、お時間よろしいですか?」
「あ……うん」
ソファに二人して座る。
要は戸惑いながら椿を見る。
「要さま。私……やっぱり産みたいです」
「…………。うん。分かってるよ」
「いえ、要さまは私とこの子を疑ってます」
:09/03/29 03:51
:SO906i
:☆☆☆
#680 [向日葵]
「疑ってる?」
要は何がなんだか分からなくなってきて混乱しだす。
でも椿は、冗談を言ってる訳でも、茶化している訳でもなさそうだった。
「私と、この子が、助かる訳ないとお思いなのでは?」
言われて、要は眉を寄せる。
「私は……確かに弱いかもしれない。でも、要さまが思っているより強い人間です。もちろん……この子だって」
要は目を伏せる。
ゆっくりと息を吐き、椿を見る。
「その通りかもしれない。……だって僕は、こんなにも恐れてるから。君や、この子が……全てが、なくなってしまうかと思うと……気が狂いそうだよ」
:09/03/29 03:56
:SO906i
:☆☆☆
#681 [向日葵]
椿はクスリと笑う。
「要さま、お父さまになられるんですよ。お父さまが不安がってましたら、この子まで、不安になって余計に会えないですよ」
さらりとそんな事を言うから、要は驚いて椿を見る。
でも椿は、いとおしそうにお腹を撫でる。
まるで、褒める時、頭を撫でるみたいに……。
「この子は、今きっと、全て見ています。だから、要さまが悲しむような事はしません。もちろん、私だって……」
椿は要の手をとり、優しく包む。
「私を信じて下さい。大丈夫です。私は分かります。必ず、要さまを笑顔にします」
:09/03/29 04:02
:SO906i
:☆☆☆
#682 [向日葵]
母は、父との約束を守れなかった。
命にかえてもだなんて、冗談だっただろう。
誰よりも、父に笑顔になって欲しいと願っていただろう。
だからこそ、椿に願いをたくしたのかもしれない。
母は、椿を産んで亡くなった。
要はだからこそ、椿を心配した。
それが分かるから、椿は言いたかった。
私は母ではない。
私だ、と。
運命は、必ずしも同じじゃないから。
だから私は、必ず要の元へ戻ってくる。
椿はそう言いたかったのだ。
:09/03/29 04:08
:SO906i
:☆☆☆
#683 [向日葵]
その意味を感じとったのか、要は全身の力を抜く。
かと思えば、涙がぽたりと一粒落ちる。
椿の言葉で、不安の鎖が取れたのだろう。
要だって、椿と同じくらい、いや、それ以上に悩んだ。
それは、椿も、椿の中に宿る命も、大切が故に。
要は椿とおでこを合わせて微笑む。
「うん。必ず、笑顔になる。それで、この子が誇れるような父親になるよ」
その言葉に、椿も涙を流した。
「……はい」
:09/03/29 04:12
:SO906i
:☆☆☆
#684 [向日葵]
:09/03/29 04:18
:SO906i
:☆☆☆
#685 [向日葵]
二人は産まれてくる事を楽しみに待った。
要が仕事が休みの時は、散歩に出掛けたし、椿は産まれてくる赤ちゃんの為に手編みで帽子や靴下を作る。
小さな小さなその靴下が出来れば、そっと手に取り、微笑む。
ある日、要が訊いた。
ちょうど、5ヶ月を向かえる頃。
「椿。そういえば、性別ってもう分かるはずだよね?きいてないの?」
赤ちゃん用の玩具を見ていた椿は、こくりと頷いた。
「楽しみは、とっておくタイプですから。要さまは、気になりますか?」
:09/04/03 02:27
:SO906i
:☆☆☆
#686 [向日葵]
すっかり、母親の顔になっている椿を、要は眩しそうに目を細め、見つめた。
ゆっくりとした動作で、椿を抱き締める。
「いや、僕も楽しみにしておくよ」
毎日が幸せだった。
まるで、温かい光に包まれているように。
これは、母の力?
椿はそう思わずにはいられなかった。
そして、いよいよ、臨月になった。
初出産の椿より、何故か要の方が落ち着きがなかった。
:09/04/03 02:31
:SO906i
:☆☆☆
#687 [向日葵]
「椿、何か変だと思ったらすぐに言うんだよ?ああそれと、明智にはちゃんと色々頼んでるから心配はいらないからね。それと……」
「要さま」
クスクスと笑っている椿は、大きくなったお腹を優しく撫でながら要の手を取る。
「そんなにすぐには産まれませんから。とりあえず座りましょう」
手を引かれる要は、少々情けなくなっていた。
自分がこういう落ち着いた態度でいなくちゃいけないのに、取り乱してばかりだ。
「この子に笑われちゃいますよ」
:09/04/03 02:35
:SO906i
:☆☆☆
#688 [向日葵]
複雑な顔をする要に、また椿は笑う。
「いよいよ、会えますね。どんなに、待ち望んでいたか……」
椿がお腹を撫でるのにならって、要も撫でる。
「ん……男の子のような気がする」
「そうですか」
「椿はどっちがいい?」
「どちらでも」
「欲がないなあ」
「元気に産まれてくれたら、それだけでいいんです」
「そうだね」と呟いて、要は椿の肩を抱き寄せると、頬にキスをする。
:09/04/03 02:39
:SO906i
:☆☆☆
#689 [向日葵]
「どちらにしても、可愛い僕らの子供だよ。世界一、いや宇宙一可愛いに違いない」
「はい……」
それからまた、数日間、何事もなく過ごした。
要は、とにかく椿に安静にするようにと、椿にあまり仕事を手伝わせなかった。
その間、椿は、花壇の世話をしたりするのだった。
「もうすぐで、この花の蕾が開きそうですわね」
椿についているメイドが言う。
:09/04/03 02:43
:SO906i
:☆☆☆
#690 [向日葵]
淡いピンク色の花。
椿が前に種を植え、育ててきたのだ。
それに、じょうろで水をやる。
「花が開く瞬間が見れたらいいんですけど……。……っ?」
椿はお腹をおさえる。
確かに今、チクンと痛みがあった。
気のせいかと思えば、またチクンとくる。
それは段々と時間差がなくなり、痛みは、次第に増していく。
「椿さま……?椿さま!大丈夫ですかっ!?」
椿は顔をしかめる。
ああ、あなた、産まれてくるのね。
:09/04/03 02:48
:SO906i
:☆☆☆
#691 [向日葵]
――――――――――…………
分娩室に椿が入って、30分が経った。
椅子に座っても落ち着いていられない要は、先ほどから立ったり座ったりを繰り返していた。
そこに、椿の父が、病院へ来た。
要は一礼する。
「椿は?」
「まだです。30分ほど前に入ったままです」
「そうか……」
父も落ち着かず、近くの窓から外を眺めたり、壁によっかかったりする。
:09/04/03 02:52
:SO906i
:☆☆☆
#692 [向日葵]
「椿は……」
「……え」
「とても、軽く産まれてきてね。なんグラムかは忘れてしまったけど、私は毎日心配だったよ」
要は黙って話を聞く。
「それでも、生きようと、力強く泣く姿に、私は涙が溢れたよ。命というのは、本当に素晴らしいものだと思えた」
「……そうですね」
要も、今は分かる。
自分が父親になるんだと思えば、椿の父のように、ああなんて素晴らしいと思った。
「椿は、体が危ないそうだね」
:09/04/03 02:56
:SO906i
:☆☆☆
#693 [向日葵]
やはり、体の事は、安心出来ないと明智に言われた。
それでも今日まで、二人は光を信じて過ごしてきた。
「でも、私は、椿は大丈夫な気がするよ」
椿の父は、いとおしそうに、分娩室のドアを見る。
その中の椿を見守るように。
もしかすると、妻に重ねているのかもしれない。
要も、ドアを見つめる。
頑張れ……。
それしか言えないけど、要は思った。
―――――――
――――――――――
:09/04/03 03:00
:SO906i
:☆☆☆
#694 [向日葵]
――――――どれくらい、時間が経っただろう。
時計を見るのも、落ち着きなく動くのも疲れてしまった要は、ただただ椅子に座り、祈るように手を組み合わせて、額に押しつけていた。
目を、ふと閉じた時だった。
(…………ま)
「要は目を開ける」
何故か要は、真っ暗な空間にいた。
でもその空間の四方八方には、星のようにチカチカと小さな光が瞬いていた。
どうなってる?
疲れて寝てしまったのか?
:09/04/03 03:05
:SO906i
:☆☆☆
#695 [向日葵]
(と……ま……)
また聞こえた。
可愛らしい声だ。
温かい、黄色い光が、要の腕に宿る。
触ってみれば、ふかふかとしていた。
それはまるで、羽毛のよう。
(父さま……やっと、会えた……)
その声は、その黄色い光から聞こえてきた。
「……君は……」
言いかけた時だった。
突然、大きな泣き声が聞こえてきた。
要はハッとした。
すると、そこは元の病院だった。
:09/04/03 03:10
:SO906i
:☆☆☆
#696 [向日葵]
腕の中に、もう光はなかった。
ガチャと開けられると、白い布にくるまれたものを、看護婦が抱いて歩いてくる。
近づくにつれ、泣き声は大きくなっていった。
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」
要は顔を覗き込む。
小さな小さな口を、目一杯開けて、その子は泣いていた。
ああ……僕たちの光だ……。
「あの、看護婦さん、娘は……」
父に言われ、要はハッとした。
:09/04/03 03:14
:SO906i
:☆☆☆
#697 [向日葵]
「椿……っ!!」
要は分娩室に入ろうとしたが、明智に止められた。
「落ち着きな。アンタお父さんだろ。ちゃんと姫の事話すから」
明智は淡々と語り出した。
――――――――
――――――――――――
ギンリョウソウ。
今思えば、もう少しマシな植物があっただろうに。
苦笑しながら、要はある所へ向かっていた。
それは、小さな挙式場。
:09/04/03 03:19
:SO906i
:☆☆☆
#698 [向日葵]
「とうさま?」
小さな手で、愛娘が要の人差し指を引っ張る。
「いまからどこにいくの?」
「母さまのお友達の結婚式だよ。さっき言っただろ?希望」
希望(のぞみ)。
愛娘につけた名前だ。
要が絶対に希望がいいと言って、回りの意見もきかずにつけたのだ。
「ふうん?」
何度説明しても分からない希望に笑いかけて、頭を撫でてやる。
黒く、綺麗な髪は、椿にそっくりだ。
:09/04/03 03:23
:SO906i
:☆☆☆
#699 [向日葵]
「あ、要!こっちこっち!」
式場に着けば、美嘉が手招きする。
「あ、希望っ!大きくなったねーっ。いくつになったの?」
「よーんっ」
短い指で、必死に数を表す。
そう、もうあれから4年も経つのだ。
要ももう少しすれば24歳になる。
「とうさまー。かあさまはー」
「……きっと来るよ」
要は空を見上げた。
今日はいい天気だ。
:09/04/03 03:28
:SO906i
:☆☆☆
#700 [向日葵]
自分達の挙式も、そういえば天気が良かった。
そして椿は、今まで見た中で、思わず見とれてしまうほど、綺麗だった。
「あーっ!」
希望が指をさす。
その方を見て、要は微笑む。
「椿」
「かあさまーっ!」
「要さま、希望、美嘉ちゃん」
椿は、ゆっくりした足取りでこちらへ向かってくる。
希望は待ちきれないのか、走って椿を迎えに行く。
「お待たせしました」
:09/04/03 03:32
:SO906i
:☆☆☆
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