月の裏側

百合がいつも見るという夢は、誰かを追い掛けているのに捕まえられない。

百合が転ぶと誰かは立ち止まって、やっと振り返ってくれる。

そしてその誰かは言う。

百合はもういらない、と。

「そっか、私いらないんだって自覚して…大泣きするの。苦しくてさ、そこで目が覚めるの。枕びしょびしょになるくらい泣いててさ。夢と現実の境目わかんなくて、ボーッとしてると、隣で寝てる美優とミナトが気持ちよさそうに眠る寝息とか聞こえるの。二人見てると余計に泣けちゃってさ。」

百合はそう言って泣き始めた。

もう、バカな俺でもそろそろわかってきた。

「自分が情けない。こんな素敵な家族がいるのに…あんな夢見るなんてさ。ごめんね…ごめんなさい」

「…百合」

俺は煙草の火を灰皿で消した。

百合は潤んだ目で俺を見た。

「その追い掛けても追い付かない相手のこと…まだ好きなのか？」

百合は首を横にふった。

「まさか。好きな訳ないじゃん。もう全然会ってないんだから」

「でも夢に出てくるって事は…自然に百合はあいつを求めてんじゃねーの？」

「あんな奴…もう忘れたよ。忘れたのに…なんでよ…もうやだ。今更何なんだろ…夢にまで出てきてさ…」

百合は涙をぽろぽろ零して泣いた

互いに名前は出さないけど、誰の話をしてるかはわかるだろ？

名前を出すと百合が苦しむから。

「ちょうど今みたいな季節じゃね？クリスマス前でさ、あいついきなり俺の部屋入って来たんだよな」

何年前になるだろうか。

百合は懐かしみながら頷いていた。

「あの時の百合カッコよかったよー。俺、それまで不安だったんだ」

今更ながらの俺の本音。

「百合を泣かすなんて、どんな男だよってムカついてた反面…俺から離れて行くかもしんねーって、いつもビビってたんだ」

また煙草に手が伸びた。

落ち着け、俺。

美優を妊娠して、産まれてからは、百合と美優の前でほとんど吸わなかったのに…やべぇな。

我慢できねぇ。

つい、煙草に頼ってしまう。

「でも百合はあいつにガツンと言ってくれてさぁ。未練はないってちゃんと言ってくれて…あぁ、大丈夫なんだなってやっと安心できた」

スーっと俺の息を吐く音がリビング中に響き渡った。

「あれから、あいつとは何度か遊んだりもした。百合の話をあえて出したりしてさ。でも最近じゃなかなか会えないな。百合がこんな事言い出すまで、思い出してやるのも忘れてたわ」

俺は笑った。

だけど百合はクスリとも笑わずに涙を流しながら俺を見ている。