【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#185 [◆KHkHx8enOg]
とは言ったものの、手掛かり無しでこの広い街から孝を見付けるのは至難の技だ。
携帯電話も使えなければ、人に尋ねることも出来ない。
孝を避けて九年間も過ごしていたため、習慣も知らないし、居そうな場所など見当も付かない。
更に今日は日曜日だから学校は休み。
さながら探偵気分の私は現状を悟れば悟るほど、気分は落ち込んでいく。
まさに手掛かりゼロだ。
とりあえず当てもなく路上を歩きながら、しらみ潰しに捜すことにした。
そして日が暮れたら孝の家で待ち伏せという作戦だ。
こんな真面目に策を練ってまで孝を捜してる自分の姿に自嘲気味に笑う。
しかし、この探偵ごっこは早くも終わってしまった。
:08/09/14 18:27 :SH905i :☆☆☆
#186 [◆KHkHx8enOg]
孝を捜し始めて十五分。
孝の家の近くの公園で目標を発見。
私はすたすたと孝に近付いた。
「やっと見付けた」
無反応の孝は悩ましげな固い表情でベンチに座っている。
とりあえず私も隣に腰を降ろした。
しばしの沈黙。
「……」
「…暇だなぁ。何か喋ってよ」
もう五分はこの調子だ。
会話すら出来ないんだから、せめて何か行動してくれないと来た意味がない。
:08/09/14 18:28 :SH905i :☆☆☆
#187 [◆KHkHx8enOg]
「…はぁ」
「…どうしたの?溜め息なんか付いちゃって」
「……」
「ま〜ただんまり?」
「……」
「もう、何か喋りなよ。私なんか死んでから独り言ばかりだよ?猫しか遊び相手いないし、つまんない」
愚痴を言いながらも、私はわずかに微笑んでいた。
:08/09/14 18:29 :SH905i :☆☆☆
#188 [◆KHkHx8enOg]
孝の隣は居心地が良い。
悪ふざけをしない孝は悪いもんじゃないなと、あの屋上でのひと時以来しばしば感じていた。
沈黙すら楽しんでいる。
「…二時三十分か」
私が公園の時計を見て呟くと、孝の声とぴったり重なった。
驚いて隣に視線を向ければ、孝も携帯電話の時計を見ていた。
カチカチと、無造作にボタンを押す孝。
私は先程の電話の件もあってつい画面を覗き込んだ。
:08/09/14 18:30 :SH905i :☆☆☆
#189 [◆KHkHx8enOg]
「孝。…何考えてるの?」
画面には私の名前と電話番号が映っていた。
しばらく停止した後、孝は通話ボタンを押した。
ゆっくりと耳に近付けると、呼び出し音が響く。
三回…、四回…。
私は出るはずがない、と確信しながら、孝の行動の意味を考えていた。
結論、理解不能。
八回目を過ぎると、孝は電話を切った。
溜め息を吐く孝を横目に、私は少し気まずさを覚えた。
孝が、教室で黙祷の時に見せた、私の机を見つめていた時のあの目をしていたのだ。
:08/09/14 18:30 :SH905i :☆☆☆
#190 [◆KHkHx8enOg]
何を考えているのか…私にはわからない。
そう、思っていた。
孝の漏らした言葉を聞くまでは。
「…千恵。おまえはもう帰ってこないんだな、本当に…」
不意打ちだった。
有り得ないと思っていたことが現実に起きた瞬間、私は顔に熱が昇るのを感じた。
かぁっ、と頬が熱くなる。
孝は、私を想ってくれていたのだろうか。
張り合い相手がいなくなったのを、寂しがってくれていたのだろうか。
私は初めて見た、孝のそんな姿を。
:08/09/14 18:32 :SH905i :☆☆☆
#191 [◆KHkHx8enOg]
九年前に反発しだした関係が、九年ぶりに修復に向かった気がした。
よくわからないが、私は気恥ずかしさでいっぱいだった。
この感覚は知っていた。
昔、体験したことがある。
ランドセルを落としたあの放課後の時と同じだった。
自らの熱と、場の空気と、何より恥ずかしさに耐え切れなくなった私は、逃げるようにその場を離れた。
:08/09/14 18:33 :SH905i :☆☆☆
#192 [◆KHkHx8enOg]
私は走った。
顔の熱は冷める兆しはなく、私のスピードを上げた。
息切れはしないし、全力疾走なのに思うように速くない。
夢の中の全力疾走のような感じだ。
それでも私は走った。
息切れはないが疲労感が込み上げてくる。
身体が脱力しきって走るのを止めた時、空を見上げれば茜色の夕空が夜を待っているところだった。
不思議だ。
私は死んだ。
なのに生きていたときより心が躍っているような気がする。
:08/09/14 18:34 :SH905i :☆☆☆
#193 [◆KHkHx8enOg]
私は怖かった。
道標がない未来に怯えていた。
突然、影のように闇に紛れて消えてしまうんじゃないかと。
突然、煙のように空気に混ざって溶けてしまうんじゃないかと。
だけど今は違う。
私は怖くない。
身体が熱い。
実際の所、死んでから体温や気温などを感じる機能は遮断されていた。
だから熱い、というよりは熱い気がするの方が正しいと思う。
どちらにせよ、私は今赤面しているだろう。
:08/09/14 18:35 :SH905i :☆☆☆
#194 [◆KHkHx8enOg]
私の身体を取り巻く熱が引くまでに、かなり時間が掛かった。
とっぷりと暮れた夜空の下、私は公園のベンチにいた。
さっきの公園とは違う公園。
今にも切れそうな街灯に視線を送りながら、私は頭を抱える。
変わっていない。
九年前と。
あの頃は子供だった…なんて、笑ってしまう。
私は今も子供だ。
:08/09/14 18:36 :SH905i :☆☆☆
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