【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
最新 最初 🆕
#1 [桃色◆OQUMeZqegU]
【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!
投下スレッドです

企画概要や質問は総合案内所へ↓
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3870/

このスレは9/7(日)12:00にオーダー解除されます、それまでは書き込めません

>>2-5投下の注意やその他諸々

⏰:08/09/03 11:07 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#2 [桃色◆OQUMeZqegU]
投下時間は9/7(日)12:00〜26:00まで!

投下時の注意

※このスレでは、普段使っているHNは使わずに『捨てトリップ』のみを使って書き込んでください!
トリップに関してはこちらをご覧あれ↓
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3870/

・投下する前に、必ず「今から投下します。作品タイトルは〇〇〇です」という宣言をしてください!
宣言は早かった人が先です。同時に2人が宣言したら、早かった人がまず投下、その人が終わってから次の人が投下、という流れでお願いします
また、誰かが投下中の時はは宣言などはせず、投下が終わってからにしてください

⏰:08/09/03 11:11 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#3 [桃色◆OQUMeZqegU]
・投下が終わったら、アンカーで自分の作品をまとめて下さい。それが投下終了の合図にもなるのでお願いします

・2作品以上投下する作家さんは、宣言は1回でおkです。1度宣言したら続けて全ての作品を投下しましょう

・やむを得ず投下ストップする際は、必ず「投下ストップします」とレスしてください
戻ってきたら再び投下宣言をして(もちろん誰かが投下中の場合は終わってから)、投下再開してください
この場合は順番に関わらず、再投下する作家さん優先で投下します

⏰:08/09/03 11:12 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#4 [桃色◆OQUMeZqegU]
アンカー
>>1-100
>>101-200
>>201-300
>>301-400
>>401-500
>>501-600
>>601-700
>>701-800
>>801-900
>>901-1000

⏰:08/09/03 11:12 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#5 [桃色◆OQUMeZqegU]
関連スレURL
【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【総合案内所】
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3870/

【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投票スレ】
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3873/

⏰:08/09/03 11:13 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#6 [桃色◆OQUMeZqegU]
 

いよいよ短編祭スタートです!


.

⏰:08/09/14 12:00 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#7 [◆BBhDve0Trg]
今から投下します!
季節はずれですが、タイトルは「サンタにプレゼント」です。

⏰:08/09/14 13:02 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#8 [◆BBhDve0Trg]
 
・・・12月。

また、この季節がやってきた。

「おう、サンター」

「サンタ!!プレゼントくれ」

「サンター。俺、新しいマフラー欲しいんだけど」

(・・・だーかーらー)

「俺は、サンタじゃねぇ!!」


……サンタにプレゼント…

.

⏰:08/09/14 13:05 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#9 [◆BBhDve0Trg]
 

俺の名前は三田一輝(みたかずき)。

「さんた」じゃなくて「みた」。

放課後。

俺の事をサンタと呼ぶクラスメイトを怒鳴り付けた俺は、そのまま教室を出た。

(あーくそっ!!どいつもこいつも!!もとはと言えばあいつが・・・)

「サンター!!」

後ろから、あいつの声が聞こえた。
.

⏰:08/09/14 13:07 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#10 [◆BBhDve0Trg]
 
俺は「みた」。

「サンタ」じゃないから振り向かない。

無視して歩いていると、後ろから制服を引っ張られた。

「もーサンタ!!無視するな!!」

こいつは中井優子。

中学からの腐れ縁。

ちなみに、サンタと呼び始めたのもこいつ。
.

⏰:08/09/14 13:08 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#11 [◆BBhDve0Trg]
 
「俺はみた!!てか、お前がサンタって呼ぶせいで、他の奴らにも呼ばれるんだけど!!」

背の低い中井を見下ろして怒鳴る。

「・・・そんな怒鳴んなくてもいいじゃん。サンタって、この時期いっつも機嫌悪いよね」

中井は、フンッとそっぽを向いた。

(・・・誰のせいか分かってんのか)

「お前に、俺の気持ちは分かんねーよ。てか、何か用??」
.

⏰:08/09/14 13:09 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#12 [◆BBhDve0Trg]
 
「あ!!そうそう・・・」

言いながら、中井はカバンの中をゴソゴソとあさる。

そして、1枚の紙切れを取り出した。

「はい!!これ」

そう言って、紙を俺に渡す。

「・・・クラス会??」

紙の1番上に、「☆平成18年度宮川中3Bクラス会☆」と、大きく書いてある。
.

⏰:08/09/14 13:10 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#13 [◆BBhDve0Trg]
 
「そう!!中3の時の!!私と絵美が幹事なんだけど、来れる??」

俺は、紙にザッと目を通した。

「は??てか、わざわざクリスマスイブにやるの??」

イブって言ったら、恋人達の聖夜だろ。

「あ、そっか。サンタは、イブはプレゼント配りで大忙しだもんね」

「・・・おい」

俺が睨むと、中井は無邪気に笑った。
.

⏰:08/09/14 13:11 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#14 [◆BBhDve0Trg]
 
「大丈夫だよ!!調べたところ付き合ってるのは、元3Bカップルの美穂と進藤君だけだから。2人一緒に来れるらしいし」

笑顔で言う中井の手元には、Vサイン。

(・・・お前、自分で言ってて虚しくならないか??)

なんて思った事は、口には出さない。

(・・・あいつら来るのか)

「サーンタ!!で、来るの??来ないの??」

ぼーっとしていると、中井が言った。
.

⏰:08/09/14 13:13 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#15 [◆BBhDve0Trg]
 
「・・・行くよ」

「んー分かった!!忘れないでよ!!」

中井はメモをとると、回れ右して走っていった。

俺は、もう一度紙をじっくり見る。


『・・・ごめんね』


忘れたはずの声が聞こえた気がして、俺は頭を左右に振った。

(・・・もう、一年か)

.

⏰:08/09/14 13:13 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#16 [◆BBhDve0Trg]
――――――――


中二の秋から中三の冬まで、俺には彼女がいた。

それが美穂。

告白したのは俺から。

美穂は、明るくて頭も良くて綺麗で・・・自慢の彼女だった。

.

⏰:08/09/14 13:14 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#17 [◆BBhDve0Trg]
 

『・・・他に好きな人ができたの』


中三の冬、十二月の初め。

そう、ちょうど今頃の時期。

美穂が別れ話を切り出した。

.

⏰:08/09/14 13:16 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#18 [◆BBhDve0Trg]
 

美穂の進路希望は、県内で五本の指に入る進学校。

一方俺は、そことは比べ物にならない普通の県立高校。

美穂が好きになったのは、美穂と同じ高校を目指す進藤。

まぁ、よくある話。

その後、二人は無事志望校に合格し、進藤からの告白で付き合い始めた。

.

⏰:08/09/14 13:17 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#19 [◆BBhDve0Trg]
 

『・・・ごめんね』


別れる時、本当につらそうに美穂は言った。

きっと、俺のことを嫌いになったわけじゃない。

それはよく分かった。

なのに・・・

.

⏰:08/09/14 13:17 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#20 [◆BBhDve0Trg]
 

『もう、いーよ』


俺の口から出たのは、ひどく冷たい一言。

・・・あの時の美穂の泣きそうな顔が、瞼の裏に焼き付いて離れない。


何度も、何度も後悔した。

あの時、もっと優しい言葉をかけてやれたなら。

あんな顔、させずにすんだのに。

.

⏰:08/09/14 13:18 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#21 [◆BBhDve0Trg]
――――――――


「・・・ここか」

イブ当日、俺は中井に渡された紙を見て、店の名前を確認していた。

(・・・よし)

店のドアに手をかける。

「あれー?サンタ?」

声をかけられて、俺はドアに手を当てた状態で止まった。

(この気の抜けた声は・・・)
.

⏰:08/09/14 13:20 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#22 [◆BBhDve0Trg]
 
俺はゆっくりと声のした方を向く。

・・・予想通り。

振り向くと、いや、正確には振り向いて少し下を向くと、中井が不思議そうな顔で俺を見上げていた。

「なに?サンタも遅刻?」

中井は何が楽しいのか、笑いながら言った。

「あぁ、電車乗り過ごして・・・てか中井も?幹事のくせに?」

「ほら!!早く入ろ!!」
.

⏰:08/09/14 13:21 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#23 [◆BBhDve0Trg]
 
質問には答えずに、中井は俺を押し退けてさっさと店の中に入っていく。

(・・・おいおい)

呆れながら中井の後に続く。

その時、中井が俺の方を振り向いた。

そして、まるで俺の心を読んだかのように、へへっと笑ってみせた。

.

⏰:08/09/14 13:22 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#24 [◆BBhDve0Trg]
――――――――


「あ、サンタ!!おせーぞー!!」

部屋に入ると、すでに全員揃っていた。

「わりぃ!!電車乗り遅れた」

言いながら俺は、空いていた席に座る。

視界の隅に、美穂と進藤が隣同士に座っているのが見えた。

俺はさりげなく視線をずらして、二人を視界からはずす。
.

⏰:08/09/14 13:23 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#25 [◆BBhDve0Trg]
 
まともに見る勇気は、まだない。

「あ、優子おそーい!!てか幹事のくせに遅刻って!!」

トイレに寄っていた中井が、遅れて部屋に入ってきた。

「ごめーんー!!」

手を合わして謝る中井。

(ふ・・・言われてら)

中井は座る暇もなく、もう一人の幹事である三宅に引っ張られ前に出る。
.

⏰:08/09/14 13:24 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#26 [◆BBhDve0Trg]
 
「えー・・・ではやっと全員揃ったので」

三宅が言う横で、中井は慌ててかぶっていたニット帽を取る。

「みんな、飲み物の準備はいいですかー?」

「おー!!」

そこでみんな、それぞれの飲み物を手に持つ。

俺のとこには、すでにコップにつがれたジュースがあったのでそれを持つ。
.

⏰:08/09/14 13:25 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#27 [◆BBhDve0Trg]
 
「え!?私持ってないよぉ」

と言いながら焦る中井に、そばに座っていた美穂が飲み物を渡しているのが見えた。

「それでは!!今日全員揃って集まれたことを祝して!!」

「「かんぱーい!!」」

結局、全部三宅が仕切っていた。

・・・中井が前に出た意味はあったのか?

.

⏰:08/09/14 13:26 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#28 [◆BBhDve0Trg]
――――――――


「・・・はー、さみぃ」

俺は一人店から出て空を見上げた。

中の盛り上がりは最高潮で、熱気もすごい。

温まった体に、外の寒さは身に染みた。

空には二三個星が見えるだけで、他は黒。

その黒さが、吐いた息の白さを際だたせる。

息は徐々に色を失い、他の空気と混ざり、溶けて消えた。
.

⏰:08/09/14 13:27 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#29 [◆BBhDve0Trg]
 

美穂と進藤は、超が付くほどお似合いだった。

周りの奴らは俺を気遣ってか何も言わなかったけど、俺から見てそうなんだから、他の奴らから見てもそうなんだろう。

視界の隅に時々うつる美穂の笑顔は、昔と変わらずまぶしかった。

・・・あの頃、俺に向けられていた笑顔。

.

⏰:08/09/14 13:28 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#30 [◆BBhDve0Trg]
 

俺は今日、本当は、付き合っていた頃のように普通に話せることを期待してた。

あ久しぶり、とか言って。

何事もなかったかのように。

けど実際は、視界の隅に映る二人を見るのが精一杯で、目すら合わせられなかった。

.

⏰:08/09/14 13:29 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#31 [◆BBhDve0Trg]
 

別によりを戻したいとか思ってるわけじゃない。

いや、そうなるのを全く期待していなかったって言ったら嘘になる。

けど今日、幸せそうな美穂を見て、進藤の隣で笑う美穂を見て、そんなことは有り得ないんだって実感した。

そして、あの頃の思い出と、優しい言葉をかけられなかった後悔だけが残った。

.

⏰:08/09/14 13:30 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#32 [◆BBhDve0Trg]
 

最後の最後にあんなに冷たかった俺を、美穂は嫌いになっただろうか?

俺と付き合ったことを、後悔しなかっただろうか?


カランッ

店のドアの開く音がした。

どうせ知らない人だろう、と俺は後ろを振り向きもしない。
.

⏰:08/09/14 13:31 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#33 [◆BBhDve0Trg]
 
「・・・一輝」

声が、聞こえた。

聞き慣れていたはずの声。

(・・・これって)

まさかと思いながら、俺はゆっくりと振り向く。

「・・・美穂」

そこには、美穂がいた。

驚く俺をよそに、美穂は俺の隣に並ぶ。
.

⏰:08/09/14 13:32 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#34 [◆BBhDve0Trg]
 
「・・・一輝、変わってないね」

冷たい風に長い髪をなびかせながら、美穂は言った。

「・・・美穂もな」

俺は、平然を装って答える。


いや、むしろ綺麗になったよ。

そんなこと言えないけど。

.

⏰:08/09/14 13:33 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#35 [◆BBhDve0Trg]
 

美穂は髪を押さえて、ふふっと笑った。

俺はそんな美穂を、今日初めて正面から見た。


・・・あぁ、美穂だ。

笑った顔も、一つ一つの仕草も、何もかもが大好きだった。

大好きだった。

なのに・・・
.

⏰:08/09/14 13:34 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#36 [◆BBhDve0Trg]
 
あの時、傷つけてごめん。

優しくなれなくて、ごめん。


「・・・美穂」

「ん?」

美穂がきょとんとした顔で俺を見る。
.

⏰:08/09/14 13:34 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#37 [◆BBhDve0Trg]
 
(・・・あ)

言いたいことはいっぱいありはずなのに、いざとなると言葉が出てこなくて、俺は固まってしまった。

顔が赤くなるのが分かる。

そんな俺を見て、美穂は優しく微笑む。

「・・・一輝、私ね」

口を開いた。
.

⏰:08/09/14 13:35 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#38 [◆BBhDve0Trg]
 
「一輝のこと、本当に好きだったよ」

そう言って、美穂は少しうつむいた。

長い髪がさらりと揺れる。


・・・美穂に、こんなこと言ってもらえるとは思ってなかった。

俺も・・・今なら言えると思った。

もう、絶対に後悔したくない。

.

⏰:08/09/14 13:36 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#39 [◆BBhDve0Trg]
 

俺は冷たい空気を吸い込んだ。

今は、夜空の星でさえも自分を応援してくれている気がする。

(・・・よし)

「・・・俺さ、ずっと後悔してたんだ」

白い息とともに、吐き出すように言った。

美穂が、真剣な顔で俺を見る。
.

⏰:08/09/14 13:37 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#40 [◆BBhDve0Trg]
 
「最後に・・・美穂に冷たい言葉しか掛けれなかったこと」

美穂は、驚いたような顔をした。

「美穂のこと、好きだったのに・・・泣きそうな顔させた」

俺は目をつむって、頭を下げた。

「・・・あの時は、ごめん」

.

⏰:08/09/14 13:38 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#41 [◆BBhDve0Trg]
 

やっと言えた。

謝ったからって、傷つけた事実が変わる訳じゃないし、ただの自己満足かもしれない。

けど、言わずにはいられなかった。


「一輝・・・顔上げて」

美穂に言われて、俺はゆっくりと顔を上げる。

それを確認して、美穂は口を開いた。
.

⏰:08/09/14 13:39 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#42 [◆BBhDve0Trg]
 
「・・・よかった。私、一輝に嫌われたかと思ってたから」

美穂の言葉に、俺はブンブンと首を横に振った。

そんな俺を見て、美穂は微笑んだ。

「自分勝手だけと・・・一年以上付き合って、嫌われて終わるのって悲しいから・・・ずっと、聞きたかったの」

言った後、今度は美穂が頭を下げる。
.

⏰:08/09/14 13:40 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#43 [◆BBhDve0Trg]
 
「・・・今まで、本当にありがとう。一輝と付き合って、すごく楽しかった」

美穂が言った。


心が軽くなった気がした。

ずっと胸につっかえていたものが、すーっと消えていくのが分かった。

あぁ・・・美穂も同じだったんだ。

.

⏰:08/09/14 13:41 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#44 [◆BBhDve0Trg]
 

「・・・美穂」

美穂が顔を上げる。


俺も、ずっと言いたかったことがある。

あの時言えなかった言葉。

今度こそ、伝えたい。


美穂の顔を見て、自然に笑えた。

「俺も・・・今までありがとう・・・幸せになってな!!」
.

⏰:08/09/14 13:42 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#45 [◆BBhDve0Trg]
 
ずっと言いたかった言葉。

それを聞いて、美穂は大きくうなずいた。

そして、照れたように笑う。

「今日、来てよかった。一輝と話せてよかったよ。・・・優子に感謝しなきゃな」

「へ?中井?」

俺が言うと、美穂はしまったという風に口を押さえた。
.

⏰:08/09/14 13:43 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#46 [◆BBhDve0Trg]
 
俺の顔を見て、へへっと笑って見せる。

「えっと、じゃぁ先入るね!!」

そう言って美穂は、そそくさと店の中に戻っていった。

俺は頭にハテナマークを浮かべたまま、その場に立ち尽くす。

(・・・ま、いっか)

.

⏰:08/09/14 13:44 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#47 [◆BBhDve0Trg]
 

俺も、来てよかった。

話せてよかった。

・・・もう、大丈夫だ。


もう一度空を見上げて、店のドアを開けた。

「わわっ!!」

その瞬間、声がした。

(・・・この間抜けな声は)
.

⏰:08/09/14 13:46 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#48 [◆BBhDve0Trg]
 
下を向くと、案の定中井がいた。

俺と目が合うと、やばいといった顔をして不自然に目をそらす。

「・・・何してんだよ」

俺は呆れながら言った。

「いや!!たまたま偶然、ね!!」

明らかに怪しい身振り手振りを交えながら、中井が言う。

.

⏰:08/09/14 13:47 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#49 [◆BBhDve0Trg]
 

『・・・優子に感謝しなきゃな』


その時、さっき美穂の言っていたことが頭をよぎった。

(・・・こいつ)

中井が俺の顔をちらりと見て、観念したようにひひっと笑った。

「美穂とはちゃんと話せた?」

そして、心配そうに言う。
.

⏰:08/09/14 13:48 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#50 [◆BBhDve0Trg]
 
(あぁ・・・中井のお陰なのか)

俺は、中井を見て笑った。

「・・・ありがとな」

言いながら俺は、部屋に向かって歩き始める。

そんな俺を見て、中井は少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。

「どういたしまして!!」

.

⏰:08/09/14 13:49 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#51 [◆BBhDve0Trg]
――――――――


ガラッ

部屋のドアを開けると、みんな一斉にこっちを見た。

「サンタと中井どこ行ってたんだよー!!遅刻コンビ!!」

「何かゲームやるぞ!!」

そんな言葉に、俺は手を合わしながら謝る。

向こうの方で、美穂が笑っているのが見えた。
.

⏰:08/09/14 13:50 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#52 [◆BBhDve0Trg]
 
「・・・ふ」

(・・・ふ?)

小さく笑い声のした方を見ると、中井が肩を震わせて笑っていた。

「・・・何そんな笑ってんの?」

俺が聞くと、中井は自分の口元で手招きした。

俺はかがんで、自分の耳を中井の口元に近付ける。
.

⏰:08/09/14 13:51 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#53 [◆BBhDve0Trg]
 
「あのね・・・サンタと中井、だって!!」

中井が俺の耳元に手を添えてこそっと言った。

「・・・?」

言った後また中井は笑ったが、俺にはさっぱり何のことか分からない。

そんな俺に気づいて、中井は少しすねたような顔をした。

「だーかーらー」

そう言って、もう一度口を近づける。
.

⏰:08/09/14 13:52 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#54 [◆BBhDve0Trg]
 
「サンタ・トナカイ!!」

そして、今度は分かりやすく、区切って言った。

(・・・あ)


本当だ。

言われて初めて気づいた。

サンタとトナカイなんて・・・今日にぴったりだな。

嫌だったはずのそのあだ名が、急にくすぐったく感じた。

.

⏰:08/09/14 13:54 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#55 [◆BBhDve0Trg]
 

なんだか可笑しくて、俺も笑えてきた。

中井も満足げに笑う。

「何こそこそ話してんだよー!!早く座れ!!」

さっき「サンタと中井」と言った奴が言って、俺たちは顔を見合わせてまた笑った。

この様子だと、周りの奴らも言った本人も気づいてないようだ。

「行こっ!!」

中井が自分の席に向かって歩き出す。
.

⏰:08/09/14 13:54 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#56 [◆BBhDve0Trg]
 
「あ!!おい、雪!!」

その時、進藤が窓の外を指さして言った。

空から白い結晶がパラパラと舞い降りている。

「え、うそ!?」

「わー!!」

みんな口々に言いながら窓に近づく。

「雪!!」

中井も目を輝かせて、窓の方へ向かう。

途中、中井が俺の方を振り向いた。
.

⏰:08/09/14 13:55 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#57 [◆BBhDve0Trg]
 
「ほら、サンタ!!」

そう言って、本当に嬉しそうに笑った。

その笑顔は、美穂に負けないぐらいまぶしくて、輝いて見えた。

.

⏰:08/09/14 13:57 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#58 [◆BBhDve0Trg]
 

・・・その瞬間、俺の中で中井が、一人の女の子に変わった。

けど、そのことに俺自身が気づくのは、まだもう少し先の話・・・。


・・・明日はクリスマスだ。

.

⏰:08/09/14 13:58 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#59 [◆BBhDve0Trg]
>>8-58
サンタにプレゼント

投下終了です!
次の方どうぞ。

⏰:08/09/14 14:01 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#60 [◆67oIOf49hA]
投下させて頂きます

「幸せの象徴」

⏰:08/09/14 14:05 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#61 [◆67oIOf49hA]
私はずっとそこで1人だった。

いつものように、そよ風が心地よくあたり、時々私を訪ねる友と親しみのキスを交わす。

でも、ずっと1人だった。

そんなある日、流れていく白い雲を眺めていたら、あなたが私の前に現れた。

優しい笑顔で私に近づいてきた貴方は、そっと触れて、頭を撫でてくれる。

「君は1人ぼっちなの?さみしいね……」

その優しい手つきに、私の心は温かさで満ちていった。

指先1本1本が、私を気遣うように動く様が、たまらなくいとおしく感じる。

⏰:08/09/14 14:07 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#62 [◆67oIOf49hA]
その時、遠くで誰かがあなたを呼んだ。
それに返事をしたあなたは、私の方を向いて、また優しく微笑むと、「またね」と告げて去って行った。

私はその後ろ姿をずっと見つめる。

[またね]

ここにずっといれば、またあなたに会えるのかしら。

頭には、まだ触れられた温かさが残っている。

誰も私に見向きしないなか、あなただけは私に触れ、「さみしいね」と気持ちを分かってくれた。

嬉しかった。
そんな人は初めてだったから。

⏰:08/09/14 14:08 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#63 [◆67oIOf49hA]
あなたが「またね」と言ってくれるなら、私はずっとここないるよ。

ずっと待ってるよ。

あなたに会いたいから……。

でも、あなたは来なかった。
ずーっとずーっと来なかった。

でも、私は待ち続けた……。

明日なら、あなたに会えるかもしれないでしょ?
明日なら、またあなたが微笑んでくれるかもしれないでしょ?

あなたと交わした小さな約束。

それを守るために、私はずっとここにいるよ……。

「あれ、あなた」

たまにしか私を訪ねない友人が、いつもの派手な服で身をまとい、やって来た。

⏰:08/09/14 14:09 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#64 [◆67oIOf49hA]
「なぁに?」

「まだいたの?」

「だって、約束したんだもの」

「でもあなた、自分で言ったじゃない。もう無理だって」

待つのが無理なのじゃない。
私の体が無理なのだ。
私は短い一生を終えようとしている。

体はボロボロで、立っているのだってやっとだ。

前はあんなに近かった白い雲が、今ではこんなにも遠い……。

あなたが来ない日が続いた。
私の命が途絶える日が近づいてきた。

⏰:08/09/14 14:10 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#65 [◆67oIOf49hA]
早く来て……。
せめて最後に一目だけ会いたいの……。

意識が薄れる中、近くにある建物の鐘が大きく何回も鳴り響いた。

必死にその方を見れば、そこからたくさんの人が出てくる。

そして、私は見た。
花びらが舞う中を、白い服で身を包んで楽しそうに笑っているあなたを。

隣にいる誰かと一緒に笑っているあなたを……。

でもいい……。
それでもいいの……。

もう一度会えた。
それが嬉しい。

⏰:08/09/14 14:11 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#66 [◆67oIOf49hA]
あなたが幸せならそれだけでいいの。

ありがとう。

あの日、私に気づいてくれて。
寂しさに気づいてくれて。
温かな気持ちをくれて。

幸せに……。
どうか幸せに……。

ああ、もう時間だ。
いかなくちゃ……。

―――――――――…………

「あ……っ」

「どうしたの?」

「この前来た時は元気だったのに。ホラ、可愛い花だろう?1人ぼっちで咲いてたから気になったんだ」

⏰:08/09/14 14:12 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#67 [◆67oIOf49hA]
「あらこれスズランじゃない。見つけたって事は、私達、幸せになれるのでしょうね」

彼女は微笑む。

彼は1輪の花を手にとった。

もうシャキリと立つことが出来ないしなったその花を見た彼は、どうしてか泣きたい衝動にかられた。

ふわりとやわらかな風が吹いた時、彼は確かに聞いた。

―ありがとう―

小さな小さな可愛らしい声は、やがて風とともに溶けていった……。


-end-

⏰:08/09/14 14:13 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#68 [◆67oIOf49hA]
「幸せの象徴」

>>60-67

次の方どうぞ

⏰:08/09/14 14:14 📱:SO906i 🆔:☆☆☆


#69 [◆EOLHvvAOaU]
今から投下します
「雨のち…」

⏰:08/09/14 14:18 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#70 [◆EOLHvvAOaU]
シ 
きっと…私達は……
私と雅也は
もうダメなんだ


そんな事を思い
携帯を握り締めながら
冷たい雨に打たれていた



雅也は雨が好きだった
あれ…?
でも、何で雨が好きなんだったっけ?



今となっては…もう思い出せない
 

⏰:08/09/14 14:19 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#71 [◆EOLHvvAOaU]
 
昔はきっと
答えられたはず…


私達…いつから
こーなってしまったの?



今日は本当なら5年記念日を祝うはずだったのに


私は雨に打たれながら
二人の終わりを
予感していた
 

⏰:08/09/14 14:20 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#72 [◆EOLHvvAOaU]
 
きっと二人に溝が出来始めたのは
私が雅也に
プロポーズしたあの日



……………………………



「ね…雅也。私達あと半年で5年だね?」


私はもう通い慣れた
雅也の部屋でくつろぎながら話を切り出す
 

⏰:08/09/14 14:21 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#73 [◆EOLHvvAOaU]
 
雅也は夢追い人で
漫画家を目指していた
その為今も
今度応募する為の原稿にペンを走らせながら
私の話しに相槌をうつ



「んー…」



そっけない返事…
いつからかな?
二人一緒にいるのに
一人みたいに感じる様になったのは……
 

⏰:08/09/14 14:22 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#74 [◆EOLHvvAOaU]
 
一緒に居ればいるほど
素敵な事が増えてく
そんな時代はもう終わってしまったのかな…?



私も、もう30手前…
正直結婚に焦りを覚えている
けど結婚の『け』の字も出てこない
だから決めた。



「ね、雅也…。
結婚…しよ?」
 

⏰:08/09/14 14:22 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#75 [◆EOLHvvAOaU]
 
平然を装って言ったけど
本当は心臓が激しく波打っていて、その心臓音が雅也に聞こえないか
内心ハラハラしていた



でも、私は心の中で安心してたのかもしれない
“四年半も一緒にいるんだから!”とか
“タイミングを計ってるんだ”とか

そんな風に
雅也がプロポーズしない理由を勝手に決め付けていた
 

⏰:08/09/14 14:23 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#76 [◆EOLHvvAOaU]
 
だから雅也の言葉は
私を奈落の底へと突き落とした



「ごめん。無理だ」



たった一言で済まされた
私の一世一代の決心

その日から雅也とは
前の様で前みたくない
そんな見えない【溝】が出来てしまった気がする
 

⏰:08/09/14 14:23 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#77 [◆EOLHvvAOaU]
 
それから2ヶ月
全く生理が来なかったから産婦人科に来ていた

もともと生理は不順な方だったから2ヶ月来ないのは、ざらだった



「…またストレスかな」



暢気にそんな事を思っていた私に先生は
意外な一言を私に告げる
 

⏰:08/09/14 14:24 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#78 [◆EOLHvvAOaU]
 
「妊娠4ヶ月目に入ってますよ。なんでもっと早く来られなかったんですか??」



とその後も注意事項や
中絶するなら早い方がイイなど色々話してくれたけど
私の耳に先生の言葉は全く届かなかった



妊娠…?赤…ちゃ…ん?

⏰:08/09/14 14:26 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#79 [◆EOLHvvAOaU]
 
私は直接雅也の顔を見て話すのが怖くて
電話で妊娠の事実と
産む決意を告げた


雅也はただ「そっか」としか答えてくれなかった



産んでくれ。とも、産むな。とも言われなかった

 

⏰:08/09/14 14:26 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#80 [◆EOLHvvAOaU]
 
私の中で産む
と、決めていたから
雅也がなんと言おうと
どーでも良かった


けど…本当は
喜んでほしかったんだ
でも、もう無理なんだね




私達はその後一度も会う事もなく
数カ月が過ぎた頃
雅也から一通のメールが届いた
 

⏰:08/09/14 14:27 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#81 [◆EOLHvvAOaU]
 
記念日当日だった



いつも記念日は
毎回、同じ場所・同じ時間に待ち合わせて
馴染みの店で食事をする


これが毎年変わらない記念日の過ごし方だった



しかし…
雅也からのメールは…
 

⏰:08/09/14 14:27 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#82 [◆EOLHvvAOaU]
 
=======================今日バイト。終わるの夜だから、終わったら亜由美の家に行くよ。
=======================


というものだった
私は仕方なく出掛ける準備をやめて
コンビニに飲み物等を買いに行く事にした




コンビニに入ろうとした時、後ろから男に呼び止められ後ろを振り向く
 

⏰:08/09/14 14:28 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#83 [◆EOLHvvAOaU]
 
「あっ!やっぱり!
雅也の彼女の亜由美ちゃんだよね?」


呼び止めて来たのは
雅也の
バイト先の同僚だった



「あぁー!佐々木さん」



「雅也、デビュー決まったんだってね!おめでとう!!」
 

⏰:08/09/14 14:29 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#84 [◆EOLHvvAOaU]
え…?あっ…そっか
発表昨日だったんだ…
でも私…雅也から何も聞いてない



「雅也には今度おごって貰わなくちゃなぁ!
今日だってワザワザ、シフト交換してやったんだし!雅也も休みだし、これから二人でお祝い?」





は………?
シフト交換した?
だって雅也…今日バイトだってメール………
 

⏰:08/09/14 14:29 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#85 [◆EOLHvvAOaU]
 
「おっと!バイトに遅れる!!じゃあ雅也に宜しくなぁー」



そうして佐々木さんはその場を去って行った
私はすぐ雅也の携帯に電話をかけるが
何度コールしても出ない




あぁ……そっか
私避けられてるんだね
 

⏰:08/09/14 14:30 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#86 [◆EOLHvvAOaU]
 
私は雅也の携帯に留守電を残した



『あの場所で待ってます今日来なかったら…
…もう終わりにしよう』



待ってるうちに雨が降り出した。時計を見ると約束の時間からはすでに2時間過ぎており
時計の針は15時を指していた
 

⏰:08/09/14 14:31 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#87 [◆EOLHvvAOaU]
 
やっぱり…ダメなんだ
そう思っていると
フワッと後ろから抱きしめられる



「……え……?」



振り向くと
そこには、息を切らした
雅也の姿があった



「雅也…」
 

⏰:08/09/14 14:31 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#88 [◆EOLHvvAOaU]
 
「亜由美!!!
身重なのに雨に打たれて何やってんだ!?」


雅也の怒鳴り声が頭に響く


「……て…今日バイトじゃないんでしょ?
……私と会いたく…なくて………嘘…」



全部を言い終わる前に
私は再び雅也の腕の中にいた
 

⏰:08/09/14 14:32 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#89 [◆EOLHvvAOaU]
 
「あぁーもう!!こーれ!これ買ってたの!!」



そう言って
差し出されたのは
小さいけど
ピカピカに輝く
ダイヤの指輪だった





「え……?だって…結婚は無理って……」
 

⏰:08/09/14 14:33 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#90 [◆EOLHvvAOaU]
 
「…だから、それは!未熟者で中途半端な俺じゃ結婚は無理だから!」


そう言って濡れた頭を
ガシガシとかくと
今度は少し拗ねた様に



「…だから必死に頑張ってデビューも決まって、賞金で指輪も買ったから今日ビシッと決めようとしたのに……お前は…」


と言うと
優しく唇を重ねた
 

⏰:08/09/14 14:33 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#91 [◆EOLHvvAOaU]
 


「俺にはお前と赤ちゃんが必要なんだ。亜由美…俺と、結婚してくれ」



シンプルだけど
雅也らしい素敵な
プロポーズだった





気付いたら
あんなに降っていた雨は
すっかり止んでいた
 

⏰:08/09/14 14:35 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#92 [◆EOLHvvAOaU]
 
ねー雅也。
私思い出したよ
雅也が雨を好きな理由



雨が降ると虹が見えるからだよね?





虹は大きく大空に
弧を描き
私達を祝福してる様だった
 

⏰:08/09/14 14:36 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#93 [◆EOLHvvAOaU]
 


私達は昔の様に
手を繋ぎながら歩いた



左手の薬指には
キラキラのダイヤの指輪
空には鮮やかな虹






「雅也幸せになろーね」
 

⏰:08/09/14 14:37 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#94 [◆EOLHvvAOaU]
【投下終了】

タイトル:雨のち……
◆アンカー◆
>>70-93


次の方、どうぞ…

⏰:08/09/14 14:39 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#95 [◆1jVUKlu67k]
今から投下します!!

タイトル
【決めゼリフ】

⏰:08/09/14 16:35 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#96 [◆1jVUKlu67k]
「結婚しよう!!……ん〜ありきたりすぎだ……」

そう言って太郎はうなだれた。

風呂上がりに腰にタオルを巻いただけの姿で鏡とにらめっこするのも日課となってしまった。

鏡の前でのプロポーズの練習は、かれこれ五日目。

同時に、彼女に指輪を渡せないでいる日数も五日目。

⏰:08/09/14 16:36 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#97 [◆1jVUKlu67k]
こんなに言葉を考えているのに、これといった決めセリフが思いつかないなんて自分の国語力のなさにため息がでる。

「俺が幸せにするから………いや、なんか違うんだよね……」

まだ乾き切っていない髪の毛から滴り落ちる滴は、太郎を慰めるように優しく頬を伝う。

半裸で鏡に映った無気力な自分は、どうしようもなく滑稽で、今日の練習はここまでにする事にした。

⏰:08/09/14 16:36 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#98 [◆1jVUKlu67k]
「もう2年か……」

湿った髪の毛をドライヤーで乾かしながら、太郎は2年前の記憶の糸を手繰り寄せる。

彼女と出会ったのは、薔薇の刺のようにチクチクとした鋭い風が吹き荒れる冬の日。

当時彼女は週に一回水曜日に、駅前でティッシュを配るアルバイトをしていた。

⏰:08/09/14 16:37 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#99 [◆1jVUKlu67k]
茶色に染めた短い髪を冷たい風になびかせながら、一生懸命ティッシュを配る姿に、気付いたらもう釘付け。

それからと言うもの、毎週水曜日は何度も彼女の前を通り、数え切れないほどのティッシュを家に溜めていった。


そんなストーカー混じりの行為を毎週していれば、さすがに彼女も気付くわけで……

「あの、そんなにティッシュ欲しいんですか?」

キレイに整えられた眉をひそめ、苛立ちを露わにして問う。

⏰:08/09/14 16:38 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#100 [◆1jVUKlu67k]
明らかに自分は嫌悪されていると分かってはいるものの、みるみるうちに自分の中の“何か”がキュウっと締め付けられる。

人はこれを切なさと呼ぶのだろうか。

「いや、あの、目的はティッシュじゃなくて、あなたなんです……あれ?」

この言葉はまずい、と思った瞬間にはもう遅かった。

乾いた音が冬空に響く。

⏰:08/09/14 16:38 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#101 [◆1jVUKlu67k]
彼女は顔を真っ赤にしながら、太郎の右頬を思いっきりひっぱたいたのだ。

「私が目的!?この変態!!!!」

ティッシュと共にその言葉を投げ捨て、彼女は去っていった。

“今思い出しても、あのビンタは強烈だったな”

水分を含んでいた髪も、今では水気を失い、一本一本が芯を持つ。

⏰:08/09/14 16:39 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#102 [◆1jVUKlu67k]
彼女との思い出が懐かしくてなのか、頬にふれる毛先がくすぐったくてなのか、いつのまにか頬がゆるんでいるのが自分でも分かった。

出会いは最悪。
自分に対しての第一印象も最悪。

こんな状況から二人が付き合うようになったのには、太郎のマメな性格と、彼女に気に入られようとする血の滲むような努力が実を結んだものだった。

⏰:08/09/14 16:40 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#103 [◆1jVUKlu67k]
ビンタを食らってからは、毎日のように謝罪の言葉を言った。
ことごとく無視されたが。


何回目かの謝罪で彼女の誤解も解け、許してくれた時に食事に誘った。

そこで1回目の告白。

まぁ、フラれたのだが……。

けれど根気強く、何度も食事に誘い、何度も告白した結果、今に至ることができた。

⏰:08/09/14 16:40 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#104 [◆1jVUKlu67k]
「あ〜あ。明日は指輪渡せたらいいな……」

小さな小箱に入った、小さい指輪を手にとって眺める。

こんな小さな輪っかで彼女の愛をつなぎ止められるのなら、いくらでも自分は買う。


けれど、この指輪はそんな陳腐なものじゃない。

もっと大切な……
二人をつなぐ、目に見える絆。

⏰:08/09/14 16:41 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#105 [◆1jVUKlu67k]
そう。これは一方的につなぎ止める鎖ではなく、二人で支え合っていくための証。

そして太郎は指輪を割れ物を扱うかのように大切に鞄にしまい、自身も毛布にくるまった。

「明日こそ、ちゃんと言わなきゃ……」

そう呟くと、自然と閉じてきた瞼に逆らうことを止め、太郎は深い眠りについた。

⏰:08/09/14 16:41 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#106 [◆1jVUKlu67k]
――――――…………

ある晴れた春の日。

木造の小さな家の中に少年と一人の女性がいた。

少年はソファーの上に寝っ転がり、女性は短く切られた髪の毛を揺らしながら、リズムよく野菜を刻む。

そんな当たり前の風景の中を柔らかい風が吹き抜けると、不思議とその部屋が一枚の絵画のような穏やかな空間へと変わる。

⏰:08/09/14 16:42 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#107 [◆1jVUKlu67k]
「……ねぇ母さん。今日結婚記念日でしょ?親父ってプロポーズの言葉なんて言ったの?」

寝っ転がってテレビを見ていた少年は思い出したように起き上がり、好奇心のまなざしで女性を見る。

少年の体格はもう大人だが、真っ直ぐに母をとらえた瞳はまだまだ子供のような無邪気な面影を残していた。

「まぁ、小太郎もマセたこと聞くようになったのね〜。母さん感激!!」

⏰:08/09/14 16:42 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#108 [◆1jVUKlu67k]
ふふっと笑った女性の顔は、新しいおもちゃを見つけた子供のようにキラキラと輝いていた。

「もぉ、うるさいなぁ!!いーから教えてよ」


「お父さんはね『僕の隣で毎日笑って下さい。そのためなら何でもします』って言って指輪を渡してくれたの」

女性はそう言って、過去を振り返るように、過去を懐かしむようにゆっくりと自分の薬指をなぞる。

⏰:08/09/14 16:43 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#109 [◆1jVUKlu67k]
「親父やるじゃん!!今つけてる指輪が親父から貰ったやつなんだろ?」

「そー思うでしょ?でも違うの。お父さんがくれた指輪、大きすぎてね……。今つけてるのは、後で買い直したやつ」

クスクスと笑みをこぼす女性は、一児の母だとは思えないほど可愛らしく笑った。

⏰:08/09/14 16:44 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#110 [◆1jVUKlu67k]
「親父だめじゃん……。
なにが『隣で笑って下さい。そのためなら何でもします』だよ…」

小さくため息をつく我が子をみながら、また女性は微笑んだ。

「でもね、お父さんはワザと大きいのを買ったと思うの」



だって薬指をみたら「付き合った時から太郎さんは、そそっかしいんだから」って毎日笑えちゃうでしょ?

⏰:08/09/14 16:45 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#111 [◆1jVUKlu67k]
投下終了です

【決めゼリフ】
>>95-110

次の方どうぞ!!

⏰:08/09/14 16:46 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#112 [◆KHkHx8enOg]
今から投下します

【死んで初めて気付く大切に人】

⏰:08/09/14 17:23 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#113 [◆KHkHx8enOg]
僅かな音すらない静けさの中、ゆっくりと意識が戻ってくる。

ふわふわと宙に浮いているような奇妙な感覚に包まれて、私は目を覚ました。
たった今、生まれ落ちたばかりのように頭がうまく働かず、無心でぼーっと天井を見つめる。
天井とはこんなに低かっただろうか。
ちょっと手を伸ばせば触れてしまいそうなほどに近く感じる。
いや、実際近いのではないか?と考えが頭を過ぎったりもしたが、正直どうでもよく感じ、あっさりと思考を停止させた。
そんなことを考えながら天井を見つめていると、次第に世界に音が戻ってきた。

⏰:08/09/14 17:24 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#114 [◆KHkHx8enOg]
…何の音だろう。
聞き覚えのある一定のリズムが耳に届く。

ぽくぽくぽく…。
これは確か…。
あぁ、木魚の音か。
そういえば、さっきからお経のような声も聞こえるし、これは夢だろうか。
そうでないとするなら、私は葬式中に寝ていることになる。
頭が少しずつ機能してきた時、聞き覚えのある母の啜り泣く声が聞こえてきた。

⏰:08/09/14 17:26 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#115 [◆KHkHx8enOg]
…お母さん?

「うっ、うぅっ…」

「良枝…」

母の泣き声に次いで、父のなだめるような声が母の名前を呼んだ。

お母さん?
どうして泣いてるの?
お父さん?
何があったの?

私の声は喉から出てくることはなく、心の中で虚しく響いて消えた。

⏰:08/09/14 17:27 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#116 [◆KHkHx8enOg]
声が、出ない。
身体も動かない。
母と、その他のいくつかの泣き声とお経だけが耳に届く。

「千恵…」

母が私を呼んでいる。
どうしたの?お母さん。
答えは返ってこなかった。

私の意識は一気に覚醒してきた。
先程からずっと続いている奇妙な感覚。
身体を取り巻く違和感に、生きた心地がしなかった。

⏰:08/09/14 17:28 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#117 [◆KHkHx8enOg]
言うならば、呼吸しないで生きているような感覚。
息苦しい。
体は質量を失い、ふわふわとしながらも心臓だけがずっしりと重い。
経験したことのない感覚。

お母さん。これは夢だよね?
現実味がありすぎて、頭が困惑してしまった。
夢には思えない、でも夢だと信じたい。

⏰:08/09/14 17:29 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#118 [◆KHkHx8enOg]
私は怖くなった。


早く覚めろ早く覚めろ。

声が出ない、何故?


早く、早く!

これは夢だ!


身体もっ!

動いて…、
動いてっ…、


動いて!!


「千恵…どうして死んでしまったの?」

⏰:08/09/14 17:30 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#119 [◆KHkHx8enOg]
母の声と共に、私の体は下から弾かれたような強い衝撃を受けた。
驚く間もなく、気付いたら動けるようになっていた。
あの感覚は消えないものの、いつもと何ら変わりない目覚め。
ただ違うのは、目の前に広がる光景だった。

⏰:08/09/14 17:30 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#120 [◆KHkHx8enOg]
目に映ったのは、綺麗に正座しながら泣く、全身真っ黒の知り合いたち。
友達から親戚まで、どうやら外にもまだいるようだ。
壁には白と黒の幕が垂れ下がり、目の前にはお坊さんがお経を読んでいる。

ほらね、やっぱり夢だった。
現実的すぎるけど、これは夢だ。
夢じゃないなら何なのか、教えて欲しいくらいだ。

辺りを見渡せば、暗い雰囲気は葬式そのものだった。

⏰:08/09/14 17:31 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#121 [◆KHkHx8enOg]
ちらりと振り向けば自分の遺影が目に入る。
一ヶ月前に家族で遊園地に行った時のものだ。
写真の中の私は恥ずかしそうにしながらも笑顔を作っている。
あぁ、もう。せめて使うならこの写真じゃなくて生徒手帳とかの写真を使って欲しかった。
カメラに向けて笑うのが苦手な私は、小さい頃から写真が嫌いだった。
自分の照れ臭そうに笑う写真を葬式に使うとは、恐らく父の考えだろう。
目が覚めたら「葬式には無表情の写真を使ってくれ」と頼もうと決めた。

⏰:08/09/14 17:32 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#122 [◆KHkHx8enOg]
ふとそんな考えを巡らせていた時、何気なく目をやった私の友達の列の中で、一人の人物に目が止まった。
友達の列の最後尾にいる男。
見覚えのあるなんてものじゃない。
名前は西山孝。
同じクラスで私の大嫌いな男で、私のことが大嫌いな男だ。

⏰:08/09/14 17:33 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#123 [◆KHkHx8enOg]
保育園から一緒の幼なじみではあるし、周りからは悪友と言われることもあった。
だけど孝の悪ふざけは私からしたら嫌なものでしかない。
昔から何かしら頻繁に茶々を入れ、しつこくからかってくる行為の数々には悪意を感じずにはいられなかった。
基本無視をする私を見て仲の悪さを悟ってか、最近では悪友呼ばわりも減ってきた。

⏰:08/09/14 17:34 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#124 [◆KHkHx8enOg]
とにかく大嫌いなのだ。
それは向こうも認めていた。
それなのに、今の孝の表情は何なのか。
流石に泣いてはいないものの、すっかり気の抜けた顔をしている。
大して興味はないが、孝のそんな表情を見るのはなかなか面白かった。
たまにはこんな夢も悪くはないな、と私は心の中で微笑んだ。

⏰:08/09/14 17:35 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#125 [◆KHkHx8enOg]
しばらくして、私は焦りを覚えた。

これは現実だ。
突然そんなことを思い始めていた。
こんな夢は有り得ない。
場面は一向に変わる気配はないし、何よりリアルすぎる。

⏰:08/09/14 17:36 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#126 [◆KHkHx8enOg]
…では、私が座布団代わりにしているこの棺桶の中に眠る、私そっくりな人物は誰だ。
そっくりというか、見る限りでは毎朝鏡で見る私自身だ。
じゃあやはり夢だろう。
私はここにいるし、誰も私に反応しない。
これが現実であるはずがない。
だが、ただ一つだけ、私の脳裏に現実的な答えが巡った。

⏰:08/09/14 17:36 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#127 [◆KHkHx8enOg]
もしかして…

「私…死んだ?」

私の言葉に誰も反応しなかった。
私の前で、お坊さんの唱えるありがたいお経は終わりを告げた。
家族がお礼をしている姿が映ったが、私はそれどころではなかった。
受け入れがたい仮説に、どうしていいかわからなかった。

⏰:08/09/14 17:37 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#128 [◆KHkHx8enOg]
その後、わかったことが二つあった。

一つは、やはりこれは夢じゃないこと。
もう一つは私は間違いなく死んでいること。

最高に現実的な悪夢を見ている訳でないなら、私の姿や声に誰か反応するはずだし、体が浮くことも、人や物を体が突き抜けることもないはずだ。
私は目の前で起きている事実を痛感せずにはいられなかった。

⏰:08/09/14 17:38 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#129 [◆KHkHx8enOg]
ドアノブを握ろうとした私の手が、無抵抗に空を掴んだ。
私は小さく溜め息を漏らした。
確かにここに存在するのに、触れられない。
すでに時計は午後十一時を指していた。
ドアという一枚の壁をものともせず、身体は向こう側へと通り抜ける。

⏰:08/09/14 17:39 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#130 [◆KHkHx8enOg]
リビングは、電気も付けていない薄暗さの中、母が静かに泣いていた。
譫言のように私の名前を呼ぶ母の姿は痛々しく、胸が締め付けられた。
涙が出ない。
死人には涙は必要ない、ということか。
涙が出ない自分への悔しさと母への申し訳なさが拳を強く握った。

⏰:08/09/14 17:39 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#131 [◆KHkHx8enOg]
「お母さん…」

やはり返事はない。
私は落胆するように肩を落とした。
自分だけ隔離された世界にいるように感じた。

「私はここにいるよ…」

母の横に立ってみたが反応は得られなかった。

⏰:08/09/14 17:40 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#132 [◆KHkHx8enOg]
「…お母さん。ごめんね、ごめんねっ…!」

通り抜けないように母を抱きしめる形になるよう身体を合わせた。
謝罪の言葉を漏らした途端、その僅かな心の亀裂から溢れ出してきた想いが、波のように押し寄せてきた。

「今まで育ててくれたのに、先に死んでごめん…。たくさん愛情を注いでくれたのに、返せなくてごめんっ…。親孝行しなきゃいけないのに、最後に悲しませてごめん…!もう一緒の世界に居れなくてごめんっ…!」

⏰:08/09/14 17:41 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#133 [◆KHkHx8enOg]
唇を強く噛んで沸き上がる気持ちを抑える。
痛みはないが、胸の奥はいつまでもキリキリと痛んだ。
母は突然泣き止んで私の身体を突き抜けて立ち上がると、私の抜け殻がある部屋に入って行った。
私には、後を追う勇気がなかった。
あれ以上、大好きだった母の哀しむ姿を見るのは堪えられなかったのだ。
私は、朝までソファに座っていた。

⏰:08/09/14 17:42 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#134 [◆KHkHx8enOg]
私はようやく完全に現実を受け入れた。
自分でも不思議なほど冷静だが、やはり動揺は隠せない。
私はまだ十八歳の高校生だし、やり残したことの方が多い。
大学受験も残っている。
とにかく未練は数え切れない。
時間の経過と共に気分は滅入っていく。
現実から逃げ出したくなり、どれだけ夢ならいいと願ったか。
それでも朝はやってきた。
寒さも暑さも感じない朝は、叶わない願いを薄めていった。

⏰:08/09/14 17:43 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#135 [◆KHkHx8enOg]
昨晩から母は私の肉体がある部屋から出て来なかった。
家族の姿を見たくない私は、昨日の孝を思い出して興味本意で学校に行くことにした。
朝の清々しさなど感じずに私は家を出た。
いつもと違わぬ朝。
違うのは私が死者だということ。
私は学校までゆっくりと歩きだして行った。

⏰:08/09/14 17:44 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#136 [◆KHkHx8enOg]
その道すがらで、自分の死について考えてみた。
そこで初めて、死の瞬間をよく覚えてないことに気付いた。
それどころか、今までの記憶が曖昧になっていることを自覚する。
確かに覚えているはずなのに、小さい頃の記憶はおろか、嬉しかったことや悲しかったことなど、感情的な記憶しかない。
最近のことすらわからない。
今更ながらやはり夢じゃないかと疑いそうになった。

⏰:08/09/14 17:44 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#137 [◆KHkHx8enOg]
制服を着ていることから、死んだ時も制服を着ていたのではないかと考えた。
だとしたら、登下校か学校に滞在している間に事故か事件に巻き込まれたのだろうか。
いくら推理しても答えは出なかった。
結局思い出すこともなく、学校に到着してしまった。

⏰:08/09/14 17:45 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#138 [◆KHkHx8enOg]
知っている人や知らない人、誰もが私に気付かなかった。
中には私の身体を素通りする人もいた。

人間の習性だろうか。
擦れ違うときについ体を逸らして避けようとして、何度も避ける必要がないことを思い出して苦笑した。
教室に着けば、丁度朝のHRが始まった所だった。

⏰:08/09/14 17:46 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#139 [◆KHkHx8enOg]
私はとりあえず教室の一番後ろに置いてある自分の席の辺りに移動することにした。
私の席は孝の隣だ。
隣の孝を見れば、昨日と変わらず何を考えているかわからない表情で俯いていた。
気まずそうな表情をした初老の担任が、教壇に立つと同時に口を開いた。
私は孝が気になりながらも、正面に顔を戻した。

⏰:08/09/14 17:47 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#140 [◆KHkHx8enOg]
「…皆さん。すでに知っていると思いますが、先日、桜井千恵さんが下校中に交通事故で亡くなりました」

私はそこで初めて自分の死因を知った。
担任は教壇から動かずに続ける。

「信号無視の轢き逃げだと警察から聞かされました。犯人は捕まったようです」

⏰:08/09/14 17:48 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#141 [◆KHkHx8enOg]
それを聞いた私はつい自嘲気味に笑いを漏らしてしまった。
信号無視の轢き逃げ、か。
我ながら馬鹿らしい死に方をしたものだ。
何だか自嘲することで怒りを抑えてる気がした。
相手を探して呪ってやろうかとも考えたが、幽霊やら何やらは信じない主義だから断念した。
現在の自分の状態はとにかく、考えだけは変える気はない。
矛盾しているかもしれないが、それが私の考えだ。

⏰:08/09/14 17:49 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#142 [◆KHkHx8enOg]
担任は長々と私の死について語った。
「未来ある若い命が…」
「人生これからという若さで…」
始終、私は他人事のような気がしてならなかった。
今一つ実感が沸かず、担任には申し訳ないがあまり感動はしなかった。
しばらくして、ようやく話が終わりを迎えた。

「では、千恵さんのご冥福をお祈りして黙祷しましょう」

担任の一声で皆が黙祷に入る。

⏰:08/09/14 17:50 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#143 [◆KHkHx8enOg]
ただ、一人だけは違った。
孝だった。
黙祷が始まってしばらくすると、孝は一人だけ首を動かし左を見た。
目を細めてただじーっと、私の席を見つめる孝の目は、何故か寂しげに見えた。
孝に限ってそんなことはないだろうと思っていたが、実際こうして目の前にある孝の表情は、私の死を悲しんでくれてるのかと思ってしまうほど、言い知れぬ雰囲気があった。

⏰:08/09/14 17:51 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#144 [◆KHkHx8enOg]
午前中の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが校内に響き渡った。
HRの後、授業中の風景に見飽きた私は、欠伸を一つ落とすと教室を後にした。
特にすることはなく、ふらふらと校内を散歩したり、よく通っていた図書館に足を運んだりした。
そんな風に暇を持て余していて気付けば午前中は過ぎていた。

「遅いようで早いなぁ。もう昼休みかぁ」

廊下を歩きながらそんなことを考える。

⏰:08/09/14 17:52 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#145 [◆KHkHx8enOg]
死んでからは時間の進みがやけに遅く感じた。
とりあえず教室に戻ろうと踵を返せば早くも廊下に生徒が溢れ出していた。

「…あれ?」

ちょうどその時、教室を出て来たらしい人物を見付けた。
孝だ。
昼休みなのに弁当も持たず、購買とは反対の方向に歩いていく。
一瞬だけ見えた顔は、何だか上の空を通り越して沈んだ表情が伺える。

⏰:08/09/14 17:52 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#146 [◆KHkHx8enOg]
「何してるんだろ、アイツ。非常階段の方に…屋上に行くのかな」

そこまで呟いてハッと我に返る。

「馬鹿みたい。私、何を気にしてたんだろ。…確かに面白いけど、アイツが元気ないと調子狂うんだよね、うん。」

誰にも聞こえないはずなのに言い訳じみた事を呟いてみた。
とにかくこのままでは気に入らないので、私は孝の後についていくことに決めた。

⏰:08/09/14 17:53 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#147 [◆KHkHx8enOg]
「…ねぇ」

コンクリートの踊り場を過ぎた辺りで、孝の後ろ姿に問い掛ける。
返事はないと思っていても、気になってしまいつい話し掛けてしまった。
吹き抜けの非常階段を上がり、孝は無言のまま屋上に出た。
降りてくる太陽の光に目を細める。

⏰:08/09/14 17:54 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#148 [◆KHkHx8enOg]
「ねぇ。何でそんなに元気ないの?」

孝はそのまま足を進め、屋上の中央に腰を下ろす。
私もその後に続いて隣に座り込んだ。

「あんた、熱くないの?この炎天下で暖められたコンクリートは、熱いよ。今の私にはわかんないけど」

体育座りに体勢を変えて、孝を見る。

⏰:08/09/14 17:55 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#149 [◆KHkHx8enOg]
「あんたが元気ないとさ、私が調子狂うんだけど」

そこまで言ったところで、一つの疑問が浮上してきた。
調子が狂う?
私は孝が嫌いだ。
嫌がらせをするから。
なのに嫌がらせがないと今度は調子が狂う?
…矛盾している。
違う。
私は嫌がらせがないから調子が狂うんじゃない。
いつもうるさいくらい元気な孝が、落ち込んでるから調子が狂ってるんだ。
そうだ、そうなんだ。

⏰:08/09/14 17:56 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#150 [◆KHkHx8enOg]
少しの無言と少しの葛藤に終止符を打った私は、溜め息を一つ落とした。

「ねぇ孝。私が死んで何か変わったことある?孝にとっては張り合う相手がいなくなったみたいなものなのかな。あ、クラスの雰囲気は変わったよね。クラスメートが死んだなら暗くなるのは普通かな?私からしたら、皆には早く明るくなってほしいんだけどね」

⏰:08/09/14 17:57 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#151 [◆KHkHx8enOg]
空を見上げる。
鳥たちが頭上を通り過ぎていく。

「…私は、さ」

仰向けに寝転んで言葉を続ける。

「まだ…死にたくなかったよ。そりゃそうだよね。まだまだ若いもん、未練ありすぎて困っちゃうくらいだし」

⏰:08/09/14 17:59 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#152 [◆KHkHx8enOg]
孝も私と同じように仰向けに寝転んだ。
私は少し驚いて、ぶつからないように体を移動させる。
…何年ぶりだろう。
こうして近くで存在を感じたのは。
昔は普通だった。
これが当たり前だった。
でも気付けば変わっていった。
少しずつ、少しずつ。
突然現れたよくわからない溝は埋めることも出来なくて、私は溝を埋めることを諦めた。
歯止めがなくなった溝は時間と共にどんどん大きくなっていって、仲が良かった私たちは小学生中学年の頃には、お互い嫌いな存在として出来上がっていた。

⏰:08/09/14 17:59 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#153 [◆KHkHx8enOg]
「あれから早いもんだね。もう高校生だよ。でも、私はここまでなんだよね。高校生から上へはいけない」

「……」

「なんか寂しいなぁ。私だけ置いてきぼりかぁ」

当然孝からの返事はない。
太陽に雲が掛かった青空は、少し薄暗さを増していた。

⏰:08/09/14 18:01 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#154 [◆KHkHx8enOg]
「…ねぇ、何か言ってよ」

「……」

上半身を起こして孝を覗き込む。

「ねぇってば!」

無反応が続くと、溜め息をついて自嘲気味に笑う。
馬鹿馬鹿しいことをしたな。
何を望んでいたんだろう。
私はもう死んでいるのに。
久しぶりに孝に話し掛けて、少し感情的になりすぎたのだろうか。
上半身を元の位置に戻していたら、隣から声が零れた。

⏰:08/09/14 18:01 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#155 [◆KHkHx8enOg]
「……今、俺が」

私は突然の孝の言葉に驚いて勢いよく顔をやった。

「俺が死んだら、千恵はまだその辺にいんのかな」

私は思わず吹き出してしまった。
というか、ここにいます。
孝は突然何を言うのかと思ったら、やはり私のことだった。
概ね、やはり張り合う相手が突然いなくなったのでつまらないのだろう。
それとも事故死した当日も私をからかっていたから罪悪感でも感じているのだろうか。

⏰:08/09/14 18:02 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#156 [◆KHkHx8enOg]
私の隣の男は、小さく息を吐いた。

「なんだか…つまらないな、今日は。からかう相手がいないと、こんなに調子出ないんだな」

「だからって、他の女子いじめないでよ?孝の悪ふざけは度が過ぎてるんだからね」

私は懐かしい雰囲気に、思わず頬が緩んでしまった。

⏰:08/09/14 18:03 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#157 [◆KHkHx8enOg]
これで孝の元気がない理由がわかった。
孝自身は大丈夫だろう。
楽観的だから、きっとすぐに男友達と元通りにふざけて生活していくに違いないだろう。

しばらくの間、久々の雰囲気を味わっていた私は、昼休み終了のチャイムが鳴るまで青空の下、ずっと孝の隣にいたのだった。

⏰:08/09/14 18:04 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#158 [◆KHkHx8enOg]
孝はチャイムが鳴ると焦ったように立ち上がり、片手で無造作にお尻を叩いた。
紺色のズボンから細かい埃が舞い上がり、私の服を通り抜けて力無く地面に落ちていく。
そのまま踵を返して足早に教室に戻っていく孝の後ろ姿を、私は虚ろに眺めていた。

⏰:08/09/14 18:05 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#159 [◆KHkHx8enOg]
あれはいつのことだろうか。
青空を見上げた私は記憶を辿る。
小学校三学年の時、孝と私の関係は壊れた。
その学年は、私が生まれて初めて男の子から告白を受けた歳だった。
相手は、当時クラスで一番足が速くてムードメーカーだった中川君という男の子だ。
中川君はやんちゃで、日焼けした肌にツンツンと尖った髪の毛が印象的なサッカー少年だった。

⏰:08/09/14 18:05 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#160 [◆KHkHx8enOg]
それは、放課後に日直で残っていた私に対する突然の告白だった。
あの頃は免疫もなく困惑したりもしたが、私はそれよりも初めての告白に恥ずかしさでいっぱいだった。
頬を真っ赤に染めて呆然とする私の手から、赤いランドセルが滑り落ちた。
今思えば初々しい反応が子供だったなと微笑ましく感じる。
彼は今こそ違う高校に通っているが、街中で偶然逢った時に、あの無邪気な子供っぽさは変わっていなかったと笑った記憶がある。

⏰:08/09/14 18:06 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#161 [◆KHkHx8enOg]
結局その告白は私の恥ずかしさのために断ったのだが、次の日にはクラス中の噂になっていた。
男子グループからは冷やかされ、女子からは質問攻めにされた。
小学生では足の速さが好感度に繋がるのはよくある話で、中川君はモテる部類だったために女子からの質問には偽りなく答えた。
しかし、小学生だった私には今のように男子グループからの冷やかしに堪える精神は持ち合わせておらず、泣きながら帰って母に学校に行きたくないと困らせたりもした。
その時の男子グループの中に、一番仲が良かった孝がいたのだ。

⏰:08/09/14 18:07 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#162 [◆KHkHx8enOg]
それがきっかけだろうか。
以来、孝は率先してグループのリーダーになり、事あるごとに私を冷やかした。
初めは私もひどく裏切られた衝動に駆られて傷付いたが、孝を嫌いになっていくに連れて傷はみるみるうちに塞がっていった。
時間と比例して塞がる傷は、私の心も一緒に閉ざしてしまったのだろう。
ひと月もしないうちに私と孝はお互い嫌いになっていた。
そのまま時は流れ、気が付けば高校生になっていた。

⏰:08/09/14 18:08 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#163 [◆KHkHx8enOg]
時間が進んでも私と孝の関係は変わることはなく、時計はあの小学生時代で止まったまま卒業と入学を二回ずつ繰り返して今に至る。

どうして私たちの関係は拗れてしまったのだろう。
仲が良かった日々の時計はあの日に止まってしまい、新しい時計が刻み始めたのだろうか。
なら、今度の新しい時計もいつか止まるのだろうか。
次に動き出す時計にはどんな日々が待っているのだろう。
止まった時計が、もう一度動くことはあるのだろうか。

⏰:08/09/14 18:09 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#164 [◆KHkHx8enOg]
空を見上げる私は不意に込み上げてきた哀しさに胸を押さえ付けられた。
同時に、新しい時計はもう止まっているのだと気付いた。
そして、次の時計はないのだということも。
あまりに色々なことが頭に蘇りすぎて、忘れていた。
私は、死んだのだ。
あの日の時計は止まったまま、私自身の時計は停止してしまったのだ。

家に帰ろう…。
私は曇り空を見上げた。

⏰:08/09/14 18:09 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#165 [◆KHkHx8enOg]
閉められた玄関をくぐると孤独感の波に苛まれた。
家には人の気配がなかった。
その無人の静けさだけが私の孤独感を増していく。
家を歩き回っていると、私はあることに気付いた。
私の抜け殻がない。
安置されていた場所に敷かれていた布団も綺麗に片付けられていた。

「…火葬場かな」

⏰:08/09/14 18:10 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#166 [◆KHkHx8enOg]
ぼうっと遺体があった場所を見つめる私の口から自然と出た答えに、何故か全身が脱力した。
これからどうするかなど、見当も付かない。
道標が欲しい。
私は壁に寄り掛かると、体育座りで小さく縮こまった。

…そういえば。
死んだ者は四十九日を使って知り合いに挨拶巡りをすると聞いたことがある。
使命ではなさそうだが、私もやるべきなのだろうか。
四十九日が終わったら、次には何があるのだろう。
疑問は次から次へと出てくる。
私は暇潰しも兼ねて挨拶巡りをしようかとしばらく思案したが、自分が火葬されるところなど見たくないと思い断念した。

⏰:08/09/14 18:11 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#167 [◆KHkHx8enOg]
私はこの暇な時間を潰すために街に繰り出すことにした。
相変わらず身体の浮遊感や無呼吸のような息苦しさには慣れない。
靴が土を踏みしめても何の感触も伝わってこない。
風が草木を揺らしても私の肌をくすぐることはない。
これからもこの違和感に慣れることはないだろう。
私は太陽の陽射しに目を細めた。

⏰:08/09/14 18:12 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#168 [◆KHkHx8enOg]
街中を歩いていて不思議に思ったことがある。
たまにちらりと目が合う人がいるのだ。
彼等には私の姿が見えているのだろうか。
試しに話し掛けてみるが、ほとんど反応は得られなかった。
しかし中には反応する人もいた。
ただそれは話し掛ける前に逃げてしまう人たちだった。
私は面白くなってつい後を付けたりなど意地悪をした。
ふと、これが取り憑くってことなのかなと尾行しながら自らに対して苦笑いを零した。

⏰:08/09/14 18:13 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#169 [◆KHkHx8enOg]
それと、もう一つ気になったのは猫だ。
動物たちは過敏に私に反応する。
通り掛かれば首を回してこちらを伺い、近寄れば目を丸くする。
中には威嚇する猫もいた。
私はここでも悪戯心に駆られて追い回したりした。
小さな背中をしなやかに動かして逃げる猫。
久々に得られた感覚に胸を撫で下ろす。
私はここに居るのだと。
三日前まで当たり前のようにいたその世界が突然愛しく思えた。
私はここに居る。
まだ、存在している。
切なさと哀しさが入り混じる中、私は確かに実感した。

⏰:08/09/14 18:14 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#170 [◆KHkHx8enOg]
日が傾いて街が夜に入り出した頃、私は再び帰宅した。
暗闇が濃くなると、ふと私の体が闇に溶けてしまいそうな錯覚に陥る。
またもや家には誰もおらず、電気を付けることも叶わない私は暗い部屋の中で家族の帰りを待った。
どういう訳か、その日は誰一人として帰ってくることはなかった。
一度だけ鳴った電話の呼び出し音が、寂しく響いた。
やはりソファで夜を明かすのには慣れない。

私は軽い苦痛を感じながらも朝を待った。

⏰:08/09/14 18:15 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#171 [◆KHkHx8enOg]
照り付く太陽が真上に差し掛かった頃、母と父が帰ってきた。
昨日の孝の様子を見るために朝は早くに家を出たから、家族とは一昨日の晩から会っていないことになる。
三日ぶりの両親の姿は、何だか不思議に感じた。
両親は何故か喪服ではなく、普段着であった。
父はまるで会社帰りのようにいつものスーツを身に纏っていた。
更に不審に思ったのは、心なしか母も父も元気に見えることだった。
前向きな両親のことだからいつかは吹っ切れるとは思っていたが、予想よりかは遥かに早い。
私としては少しでも早く明るくなって欲しかったから少し安心した。

⏰:08/09/14 18:15 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#172 [◆KHkHx8enOg]
「あなた、今日会社はどうするの?」

リビングのソファに座る私の横に鞄を落として、母が訊いた。

「今日も休むことにした。大丈夫、会社には連絡してあるからさ。明日から行くよ」

「そう?じゃ、お昼にしましょうか」

ネクタイを解く父の横を通り過ぎて母はキッチンに姿を消した。
ワイシャツ姿になった父は私の隣に腰掛ける。
母の鞄を邪魔くさそうに退けると小さく溜め息をついた。

⏰:08/09/14 18:16 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#173 [◆KHkHx8enOg]
私はテレビの電源を付ける父を見ながら、ちょっと前までは自分もこの輪の中にいたんだなあと頬を緩めた。

ふとテレビの上にある電子時計が目に入れば、今日は日曜日だと認識する。
休日にも仕事があったなんて、お父さんは大変だな。
労いの言葉を考えていたら、突然携帯電話が鳴った。
この曲は私の携帯だ。
父は「何の音だ?」と立ち上がり音源を探し始めた。

⏰:08/09/14 18:17 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#174 [◆KHkHx8enOg]
「良枝、携帯が鳴っているみたいだけど、おまえのじゃないのか?」

「携帯?…いいえ、私のじゃないみたい。この曲、千恵のじゃない?」

キッチンから帰ってきた返事に「千恵の?」と呟いた父は何かを思い出したように母の鞄を漁り始めた。

「あったあった」

上半身を上げた父の手には私の携帯電話が握られていた。
私の携帯電話はどうやらあの事故から無傷だったようだ。

⏰:08/09/14 18:18 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#175 [◆KHkHx8enOg]
「千恵の携帯に電話がきてるぞ」

着信音が消えると当然のように携帯を開く父に「勝手に見たら千恵が怒りますよ」と母が訝しいげな顔を覗かせた。
ごもっともだ。
いくら死んだとはいえ、娘の携帯を見るのは失礼だろう。

「それもそうだな…と、おや?」

これは…、と父が眉をしかめた。
私は不審に思い、父の凝視する携帯を覗き込んだ。

⏰:08/09/14 18:19 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#176 [◆KHkHx8enOg]
「良枝、確か孝君って男の子が千恵の友達にいたよな?」

そう言う父の横で驚く私。
着信履歴のディスプレイに映し出されていたのは、孝の名前だった。

「ええ、いますけど…」

それが?と疑問を含ませた母の声。

「どうやらその彼からだ」

⏰:08/09/14 18:20 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#177 [◆KHkHx8enOg]
ちょうど料理を終えた母は炒飯を両手に抱えてリビングに姿を現した。
皿をテーブルに並べ終わると母も父の横から携帯を覗く。

「孝君から?あら本当。珍しいわね。千恵の口から孝の名前を聞いたのは小学校以来だから、何だか久しぶりね」

エプロンで手を拭いながら懐かしそうに目を細める母に、父は小さく笑いを落とす。

⏰:08/09/14 18:21 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#178 [◆KHkHx8enOg]
「そういえば、そんな悪ガキもいたな。何だ良枝、ダメとか言いながら結局おまえも千恵の携帯を見てるじゃないか」

依然として笑いながら言う父に、母はむっとしながら眉を潜めた。

「私はいいんですよ。千恵とはとても仲が良かったですもの。そんなことより、ご飯出来ましたよ。早くテーブルについてください」

はいはい、と苦笑しながら携帯電話をソファに置くと、父はテーブルに歩いて行った。

⏰:08/09/14 18:22 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#179 [◆KHkHx8enOg]
私の脳裏に孝の姿が過ぎった。
どうしたんだろう。
私の葬式があった日から、孝のことばかりだ。
柄にもなく昔のことを思い出すときも、孝とのことばかり。
走馬灯にしては長すぎるし、内容が孝中心すぎる。
私は自分に苛々してきた。

⏰:08/09/14 18:22 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#180 [◆KHkHx8enOg]
死んだ時にひどく頭でも打ったのだろうか。
人のことでこんな風に悩むなんてこれまでになかった。
ましてや相手はあの孝ときた。
生前は無視を決め込んでいたような孝に何故今頃?
そもそも何に悩んでいるのかすら明確でない。
何故か孝中心に物事を考え、ようやく忘れたと思ったらすぐに孝が頭に浮かぶ。
この繰り返しだ。
原因不明のもどかしさは私の苛々を募らせるばかりだった。

⏰:08/09/14 18:23 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#181 [◆KHkHx8enOg]
どうにも気が治まらない私は、外に出た。
孝に直接会うためだ。
会って原因を確かめる。
聞くことは叶わなくても、糸口くらいはわかるかもしれないと考えたのだ。
しかし、何故孝は電話をしてきたのだろうか。
私の携帯電話に掛けても誰も出ないのはわかっているだろうに。
間違い電話?
いや…間違いだったらあんなに長くコールしていないだろうし、さすがに間違いに気付くだろう。
では何故?
何の目的で?

⏰:08/09/14 18:24 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#182 [◆KHkHx8enOg]
「……駄目だ」

いくら考えても答えは出て来なかった。
久しぶりの孝の家に緊張しているのだろうか。
割と近所にあるため、家の位置は忘れていない。
不思議な感覚だ。
九年ぶりの孝の家。
あの頃はよく遊びに行ったものだ。
今では曖昧な古い記憶でしかない。

「わ、懐かしい…」

私は思わず立ち止まってしまう。

⏰:08/09/14 18:25 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#183 [◆KHkHx8enOg]
白い壁に茶色の屋根。
二階建ての西山家は孝と弟、そして両親の四人家族だ。
緊張感が沸いて来るのがわかる。
玄関をくぐれば記憶にある廊下や家具が迎えていた。
お邪魔します、と土足のまま室内へ上がる。
全然変わっていない。
九年ぶりの孝の家はあまり覚えておらず、玄関から二階の孝の部屋までだけが特に鮮明だった。
二階に上がって見覚えのある部屋の前に立つ。
懐かしさからか、家にお邪魔してから終始私の頬は緩んでいた。

⏰:08/09/14 18:26 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#184 [◆KHkHx8enOg]
ノックも出来ない私は、するりと部屋に入った。

「…いないじゃん」

誰もいない小綺麗な部屋を見渡して溜め息を吐いた。
テレビが置かれたせいか、記憶にある部屋より狭く見える。

「暇だし…捜そうかな」

背伸びをしながら呟くと、私は部屋を後にした。

⏰:08/09/14 18:26 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#185 [◆KHkHx8enOg]
とは言ったものの、手掛かり無しでこの広い街から孝を見付けるのは至難の技だ。
携帯電話も使えなければ、人に尋ねることも出来ない。
孝を避けて九年間も過ごしていたため、習慣も知らないし、居そうな場所など見当も付かない。
更に今日は日曜日だから学校は休み。
さながら探偵気分の私は現状を悟れば悟るほど、気分は落ち込んでいく。
まさに手掛かりゼロだ。
とりあえず当てもなく路上を歩きながら、しらみ潰しに捜すことにした。
そして日が暮れたら孝の家で待ち伏せという作戦だ。
こんな真面目に策を練ってまで孝を捜してる自分の姿に自嘲気味に笑う。
しかし、この探偵ごっこは早くも終わってしまった。

⏰:08/09/14 18:27 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#186 [◆KHkHx8enOg]
孝を捜し始めて十五分。
孝の家の近くの公園で目標を発見。
私はすたすたと孝に近付いた。

「やっと見付けた」

無反応の孝は悩ましげな固い表情でベンチに座っている。
とりあえず私も隣に腰を降ろした。
しばしの沈黙。

「……」

「…暇だなぁ。何か喋ってよ」

もう五分はこの調子だ。
会話すら出来ないんだから、せめて何か行動してくれないと来た意味がない。

⏰:08/09/14 18:28 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#187 [◆KHkHx8enOg]
「…はぁ」

「…どうしたの?溜め息なんか付いちゃって」

「……」

「ま〜ただんまり?」

「……」

「もう、何か喋りなよ。私なんか死んでから独り言ばかりだよ?猫しか遊び相手いないし、つまんない」

愚痴を言いながらも、私はわずかに微笑んでいた。

⏰:08/09/14 18:29 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#188 [◆KHkHx8enOg]
孝の隣は居心地が良い。
悪ふざけをしない孝は悪いもんじゃないなと、あの屋上でのひと時以来しばしば感じていた。
沈黙すら楽しんでいる。

「…二時三十分か」

私が公園の時計を見て呟くと、孝の声とぴったり重なった。
驚いて隣に視線を向ければ、孝も携帯電話の時計を見ていた。
カチカチと、無造作にボタンを押す孝。
私は先程の電話の件もあってつい画面を覗き込んだ。

⏰:08/09/14 18:30 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#189 [◆KHkHx8enOg]
「孝。…何考えてるの?」

画面には私の名前と電話番号が映っていた。
しばらく停止した後、孝は通話ボタンを押した。
ゆっくりと耳に近付けると、呼び出し音が響く。
三回…、四回…。
私は出るはずがない、と確信しながら、孝の行動の意味を考えていた。
結論、理解不能。
八回目を過ぎると、孝は電話を切った。
溜め息を吐く孝を横目に、私は少し気まずさを覚えた。
孝が、教室で黙祷の時に見せた、私の机を見つめていた時のあの目をしていたのだ。

⏰:08/09/14 18:30 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#190 [◆KHkHx8enOg]
何を考えているのか…私にはわからない。
そう、思っていた。
孝の漏らした言葉を聞くまでは。

「…千恵。おまえはもう帰ってこないんだな、本当に…」

不意打ちだった。
有り得ないと思っていたことが現実に起きた瞬間、私は顔に熱が昇るのを感じた。
かぁっ、と頬が熱くなる。
孝は、私を想ってくれていたのだろうか。
張り合い相手がいなくなったのを、寂しがってくれていたのだろうか。
私は初めて見た、孝のそんな姿を。

⏰:08/09/14 18:32 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#191 [◆KHkHx8enOg]
九年前に反発しだした関係が、九年ぶりに修復に向かった気がした。

よくわからないが、私は気恥ずかしさでいっぱいだった。
この感覚は知っていた。
昔、体験したことがある。
ランドセルを落としたあの放課後の時と同じだった。
自らの熱と、場の空気と、何より恥ずかしさに耐え切れなくなった私は、逃げるようにその場を離れた。

⏰:08/09/14 18:33 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#192 [◆KHkHx8enOg]
私は走った。
顔の熱は冷める兆しはなく、私のスピードを上げた。
息切れはしないし、全力疾走なのに思うように速くない。
夢の中の全力疾走のような感じだ。
それでも私は走った。
息切れはないが疲労感が込み上げてくる。
身体が脱力しきって走るのを止めた時、空を見上げれば茜色の夕空が夜を待っているところだった。

不思議だ。
私は死んだ。
なのに生きていたときより心が躍っているような気がする。

⏰:08/09/14 18:34 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#193 [◆KHkHx8enOg]
私は怖かった。
道標がない未来に怯えていた。
突然、影のように闇に紛れて消えてしまうんじゃないかと。
突然、煙のように空気に混ざって溶けてしまうんじゃないかと。
だけど今は違う。
私は怖くない。
身体が熱い。
実際の所、死んでから体温や気温などを感じる機能は遮断されていた。
だから熱い、というよりは熱い気がするの方が正しいと思う。
どちらにせよ、私は今赤面しているだろう。

⏰:08/09/14 18:35 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#194 [◆KHkHx8enOg]
私の身体を取り巻く熱が引くまでに、かなり時間が掛かった。
とっぷりと暮れた夜空の下、私は公園のベンチにいた。
さっきの公園とは違う公園。
今にも切れそうな街灯に視線を送りながら、私は頭を抱える。

変わっていない。
九年前と。
あの頃は子供だった…なんて、笑ってしまう。
私は今も子供だ。

⏰:08/09/14 18:36 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#195 [◆KHkHx8enOg]
変わっていない。
九年前と。
私は九年前に、気持ちを置いてきてしまったのかもしれない。
だけど気付いてしまった。
九年もの間、全く気付かなかったことに私は気付いてしまった。

じわりじわりと熱が蘇ってくる。

私は…、


孝が…、




満天の星空の下、私は心の奥底に秘めた気持ちを隠した。

⏰:08/09/14 18:36 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#196 [◆KHkHx8enOg]
暗い暗い心の奥に…二度と上がってこないように。
気付いてしまった以上は、仕方がない。
私は死んだのだ。
私にはもう道は残されていない。
希望はないのだ。
失望することがわかっている以上、封印してしまおう。
それが良い。
そうしよう。

その日、私はベンチで夜を明かした。

⏰:08/09/14 18:37 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#197 [◆KHkHx8enOg]
月曜日の朝になった。
退屈とは拷問に近い。
孝がいるから学校に行く気もしないし、家に帰る気もしない。
私はいつか消えるのだろうか。
その時は昨日の気持ちも消えていくのだろう。
その先には天国か地獄があるのかな。
その時は昨日の気持ちも一緒に持って行くのだろう。

私は初めて自分が女々しいことに気付いた。
こうした考えを巡らすのは、隠したはずの気持ちが漏れだしている証拠ではないか。
振り出しに戻った気がした。
心が空っぽになった気がした。
膝をぱんっ、と叩いて立ち上がる。

⏰:08/09/14 18:38 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#198 [◆KHkHx8enOg]
「私、これからどうしようかな」

気が重いがとりあえず家に帰ろうか。
ふらふらと家の方角に歩き出した。

家の前に着いた。
玄関先には父と母の姿があった。

「じゃあ、行ってくる」

スーツ姿の父が鞄を下げて手を上げる。

「行ってらっしゃい」

「今日は早めに帰るよ」

父がそう言うと母は笑った。

⏰:08/09/14 18:39 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#199 [◆KHkHx8enOg]
「早く帰りたい、でしょ?」

「まぁ、そうだな。じゃ、そろそろ行ってくる」

「はいはい。私もこのまま出ますよ」

「…良枝。これから、頑張ろうな」

微笑む父に母はまた笑った。
私は何故か違和感を覚えたが、父に「いってらっしゃい。頑張ってね」と声を掛けると玄関に向かった。

⏰:08/09/14 18:39 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#200 [◆KHkHx8enOg]
リビングに上がると違和感が一気に増した。
違う。
何かが違う。
仏壇に私の写真がない?
母の笑顔が頭にちらつく。
父の言葉が頭を過ぎる。
「頑張ろうな」
頑張ろうな?
昨日から何かが変だ。
前向きだが、何かが違う。
私は母が家に入って来ないことに気付いた。
母の声が再生される。
「私もこのまま出ます」
出る?何処へ?
何故一昨日帰ってこなかった?
何故一昨日普段着だった?
私は弾かれたように家を出た。
キョロキョロと辺りを見渡せば、彼方に母の後ろ姿が見えた。
私は走って後を追った。

⏰:08/09/14 18:40 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#201 [◆KHkHx8enOg]
おかしい。
人間の頭で考えるのも変だが、どうもおかしい。
私は死んだ。
消滅するのはいつだ?
三途の川はどこだ?
お花畑や血の池地獄にはいつ行くのだ?
それに、まだ見ていない。
私という死者が存在しているのに、私以外の死者の姿を。
私は何だ?
一つの希望が頭に浮かんだ。
希望を断たれた時に傷付くのは嫌だが、往生際が悪いのは私の性格だ。
だが、私はそれに賭けてみたかった。
私は死んでしまった。
だけど、夢くらいは見ても罰は当たらないだろう。
希望くらいは持っても、神様は許してくれるだろう。

⏰:08/09/14 18:41 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#202 [◆KHkHx8enOg]
母の隣を歩いて、やがてある建物に着いた。
ここは…、

「…病院?」

白に統一された建物を見て、私の気持ちは高鳴った。
落ち着け、私。
まだ早い。
答えは母について行けばわかるだろう。
施設に入ると、内部を一瞥してから母は受付を済ました。
エレベーターで三階に上がると、廊下を通り抜けてある病室の前で立ち止まる。
母がドアを開ければ、中は個室になっていた。
室内を見た私は、目を丸くした。

「なんで…?」

⏰:08/09/14 18:42 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#203 [◆KHkHx8enOg]
そこには、病室のベッドに身を埋めて眠る私の姿があった。
口元には呼吸を助けるためなのか、規則正しい音を出す機械が伸びている。
呆然とする私の前で、母はせっせと世話をし始めた。
花瓶の水を変えている母を眺めていたら、ふと我に返る。
即座に病室の前の名札を見に行けば、桜井千恵と書かれていた。
間違いない、私だ。
もう一度目を向けると、ベッドの上の私は眠るように胸を上下させていた。
予想は当たっていた?
私は死んでなかった…?
夢を見ているのではないか。

⏰:08/09/14 18:43 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#204 [◆KHkHx8enOg]
喜びと同時に疑問も溢れた。
母や父が元気になった理由は頷ける。
しかし、私の葬式は確かにあった。
ならば、いつ私は生き返ったのだろうか。
いやそれより、何故私は肉体に戻れないのだろうか。
これは意識不明の昏睡状態というものか。
それとも植物状態というものか。
それより問題は身体に戻れないこと。
私が何度試しても、映画のように魂が肉体に戻ることはなかった。

⏰:08/09/14 18:43 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#205 [◆KHkHx8enOg]
これじゃ…生き返ったなんて言えない。

肉体は生き返っても、私の心はこうして死んだままだ。

でも、悲しくはない。
ようやく希望が見えた。

生きているとわかったその時から、私の心の中心はある感情に支配されていた。
あの時、奥深くに封印したはずの想いが、いつの間にか溢れ出していた。

…孝。
この数日、孝は悲しんでいただけかも知れないけど、私は変わったと思う。
孝には悪いけど、私はもう止まれない。
例え希望が断たれても、私は突き進むと決めた。

⏰:08/09/14 18:44 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#206 [◆KHkHx8enOg]
私には、まだやり残したことがある。
孝の気持ちを聞いていない。
盗み聞きはよくないと思うが、今じゃなきゃ出来ないのも事実だ。
私はまた走っていた。
学校に行ってみたが今日は孝はいなかった。
ならばと家まで押しかけたが生憎の不在。
次に所に向かっていた。
脱力感は最高潮に達する。
もしあそこにいなかったら、私はしばらく動けなくなるに違いない。
一歩進む度に孝に近付いているのだろうか。
私は鎖が巻き付いたような重い足を踏み出しながら、歩を進める。
やがて足は動かなくなり、そして完全に停止した。

⏰:08/09/14 18:45 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#207 [◆KHkHx8enOg]
「も…動けない」

膝に手をつきながら顔を上げる。

「けど…間に合った…!」

正面にはあの公園。
そしてベンチには大嫌いだった男。
私は微笑みながら足を引きずって隣に座った。

「あんたさぁ…いい加減にしてよね。死んでからも私をいじめる気?」

笑ってみせるが、やけに清々しい。
孝は静かに正面を見据えつつ、足を組んでいる。
馬鹿馬鹿しい。
私がこんなに一生懸命なるなんて、生きてた時は思ってもいなかった。
…だが、悪い気分ではない。

⏰:08/09/14 18:46 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#208 [◆KHkHx8enOg]
「今日はいつもみたいに退かないからね。答えを聞くまで、粘るよ」

ベンチに身を委ねて空を仰げば、隣から声が響く。

「…不思議な気分だ」

「…え?」

「千恵がいなくなってから、たまに千恵を近くに感じる時がある…」

屋上や公園でのことだろうか。

「…今も」

「…うん」

しばらく沈黙が続く。
小さく息を吐いて次の言葉を待った。

「なぁ…」

私は孝を横目でみる。

⏰:08/09/14 18:47 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#209 [◆KHkHx8enOg]
孝は相変わらず同じ姿勢を保っている。
今日はやけに独り言が多いなぁ。
いつもより饒舌ではないか。
少し黙った孝に私は視線を送り続けた。

「俺はおまえが嫌いだったよ」

「……」

うん…。
それはわかっていた。
世界は灰色に変わる。
悲しみも衝撃もない。
でも大丈夫。
私は、気付いてしまったから。

「……で?」

気付いたから、
違うんだと今は信じれる。

⏰:08/09/14 18:48 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#210 [◆KHkHx8enOg]
「嫌いだって、思ってた。いや、思い込んでた」

ほらね…
信じることが出来る。

「あの日の延長線…」

孝は一つ一つ言葉を落としていく。
きっと私の高鳴りは最高潮に違いない。

「格好悪いって躊躇っていたら、後戻りが出来なくなっていた」

…まただ。
またあれが来た。
気恥ずかしさが心を埋めていく。
一刻も早くここから去りたい衝動に駆られる。
少しずつ体が熱を帯びる。

「でも、今になって俺は…」

でもね、もう大丈夫。
逃げ出したりはしない。
何より大切なものを見付けたから。

「好きなんだって、気付けたんだ」

そう言い終えた孝は切なそうな視線を空に映した。

⏰:08/09/14 18:49 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#211 [◆KHkHx8enOg]
「孝…」

私もね、気付いたんだ。
孝が、好きみたいだって。

…だけど、ここまでだよ。
私は初めから知っていたのかも知れない、こうなることを。

間に合って良かった。

最後に、答えを聞けて良かった。

⏰:08/09/14 18:51 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#212 [◆KHkHx8enOg]
それた突然やってきた。

身体に暖かさを感じる。
死んでから一度も感じなかった温もりだ。
身体が小さく細かい光の粒に変わっていく。
目に映る景色も白くなり始め、視界の端から崩壊していった。
それらの感覚はじわりじわりと私の身体を侵食していく。
少しずつ、少しずつ…。

⏰:08/09/14 18:52 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#213 [◆KHkHx8enOg]
もう、時間か…。

どうやら、ようやくお迎えがきたようだ。

九年前に止まった時計は、九年の時を経て再び刻み始めた。



十八年間。
短いようで長い人生だった。

今から行くのは天国だろうか、地獄だろうか。

色々あったが、ようやく私の臨死体験は終わりを告げるようだ。

⏰:08/09/14 18:53 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#214 [◆KHkHx8enOg]
死んでから気付いた大切な人。

もし生き返ることが出来たなら、きっと私は告白することが出来るだろう。



でも後悔するのは嫌だから、今言えるだけ言っておこう。


今までありがとう。

貴方が大好きでした。


そして最後に…、



さようなら。




薄れゆく意識の中で、私はゆっくりと微笑んだ。

⏰:08/09/14 18:54 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#215 [◆KHkHx8enOg]
>>112-214

死んでから気付く大切な人

終了です

⏰:08/09/14 18:56 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#216 [◆1y6juUfXIk]
>>215
乙です&今から投下します

⏰:08/09/14 18:57 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#217 [◆1y6juUfXIk]
彼は洗面台に手をつき頭を垂れ、盛大にため息を吐き出す。
ゆっくりと顔を上げ、目の前のやさぐれた顔の男に告げた。



 

⏰:08/09/14 18:58 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#218 [◆1y6juUfXIk]
「まずは誕生日おめでとう。そして、早速だが本題に入る。
お前が目指してきたのは小説家だったな? もう何年もありとあらゆる賞に送りまくっている。

結果は……言わなくても分かるな。散々だ。

お前が他の全てにおいて無能でも今まで生きてこれたのは、ひとえに小説があったおかげだ。
しかしその小説が通じないとわかった今、お前の存在価値なんてどこにもありはしない。そうだろう?

……とまぁ、以上の理由から」

言葉を切り、再びため息をひとつ。

「…お前の人生を失敗と認定する。おめでとう」



自 殺 志 願 者 -太郎と花子の最後の2週間-

 

⏰:08/09/14 18:59 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#219 [◆1y6juUfXIk]
目の前の男はうなだれていた。
今まで何となくではあるが気付いていた事を、こうして真正面からはっきりと言われたのだから、当然と言えば当然だった。

彼…太郎もまた、その事を告げるのには相当に悩み苦しんだことだろう。

だが、もう誤魔化すことなどできなかった。

「失敗だ。何もかも失敗だったんだよ」

目の前の男は、太郎だった。

要するに太郎は洗面台で、鏡に写った自分自身に話しかけていたのだ。

「それじゃ、行くか」

一次選考落選の通知をゴミ箱に捨てて、辺りを見回す。

こういう時は、身の回りの整理をすればいいのだろうか。

⏰:08/09/14 19:00 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#220 [◆1y6juUfXIk]
ぼんやりと色々考えた結果、太郎は1本の万年筆だけ持っていくことにした。
とある賞の一次選考通過者全員にプレゼントされた品だ。

それが唯一、太郎が一次選考を通過できた賞だった。

安っぽい作りだが、太郎にとっては宝物だった。
それをポケットに入れて、財布を持って家を出る。

家の鍵はもう要らないし、かける必要もない。

家を出ると、季節外れの涼しい風が顔を撫で上げた。

半袖では少し肌寒いが、気にする程でもないし気にする必要もなかった。

⏰:08/09/14 19:01 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#221 [◆1y6juUfXIk]
どこを見ても灰色しかない、コンクリートに塗り固められた住宅街に1歩踏み出す。
足がやけに重く感じた。
周囲の家を見渡すと、どこか物悲しくなった。

カラッとよく晴れた過ごしやすい天気だったが、太郎の胸はコンクリートを詰め込んだように重かった。

「この風景も見納めか…」


向かった先は、ショッピングモールにあるスポーツ用品店。
入ってすぐに、愛想のよい女性店員が笑顔を見せた。

「いらっしゃいませ」

「ロッククライミングをするんだ。命綱になるロープはあるかい?」

「それでしたらこちらに。何メーターほどご入用なさいますか?」

「2メートルでいい」

⏰:08/09/14 19:02 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#222 [◆1y6juUfXIk]
当たり前だが、店員は変な顔をした。

「2メートル…ですか?」

「ああ。2メートルで」

当然だろう。

2メートルは命を救うには短すぎるが、命を捨てたい奴にとっては悪くない長さだ。

それに命綱で首を吊るなんてまさにブラックジョーク、気が利いているというもの。

ロープに加えて折り畳み椅子を持ち、そのままレジへ向かう。
さっきの店員が今度は不安そうな顔をしていたが、太郎は気にせず店を出た。

向かった先は駅。
路線図の一番端に書いてある駅へ向かう切符を買って、改札を通る。

⏰:08/09/14 19:03 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#223 [◆1y6juUfXIk]
太郎はホームの黄色い線の内側に立ち、周りの人間を眺めながら考えた。

(例えば俺が今ここで「俺は今から死にに行くんだ!」って叫んだら、どうなるんだろうな…)

まぁ目を合わせないようにするだけで、止めてくれるような親切な奴はいないだろう。

現代社会なんてそんなもんだ。
皆、自分が生きていくのに必死で、赤の他人に興味なんて持っていない。

まぁ、別に止めてほしくもない。むしろ迷惑だ

太郎自身、実に淡々とした気分だった。
まるで工場の中で次から次へと流れてくるパーツを組み立てる機械のように。

⏰:08/09/14 19:03 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#224 [◆1y6juUfXIk]
(安いもんだな、人の命なんて)

恐らくこのホームにいる誰もが2メートルの命綱を買えるだけの金を持ってるだろうし、それを引っかける場所もいくつか思い付くだろう。

そんな金すら持ってない子供なんかも、マンションの階段を屋上まで上がる体力さえあれば死ねるのだ。

普段の生活では『死』は何か遠いところにあるもののように感じるが、実際は常に手が届く距離にある。

人は、買い物に行くように、遊びに行くように、死ににいけるのだ。

⏰:08/09/14 19:04 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#225 [◆1y6juUfXIk]
電車に乗り込んだ太郎は座席に腰を下ろし、静かに瞼を閉じていた。

瞼の裏に浮かぶのは大木の姿。
大きくてがっしりした木だ。枝も手頃な高さにあり、太さも申し分ない。

最近は、いついかなる時でもこの大木の光景が視界に割り込んでくる。

「あっ、そういや遺書を書いてなかったな」

作家らしく時世の句でも、と考えたが、すぐに面倒くさくなった。

別にどうでもいいことだ。

恋人も、友人すらもいないのに、誰に何を言い残すというのか。
遺書なんて書く意味もなかった。

だがそれはつまり、自分が今日で消えてなくなっても、この世には何の影響もないことの証明でもあった。

⏰:08/09/14 19:05 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#226 [◆1y6juUfXIk]
 

失敗だな、本当に。

何もかも、本当に失敗だ。



移り行く電車の窓から人生最後の風景を味わったあと、太郎は電車を降りた。

都心から遠く離れた、人気のない林の中にポツンとある無人駅だ。

しばらく林の中の道なき道を歩いていると、大木の前に出た。

「ここだな」

以前、取材していた時に偶然見つけた場所だ。
人気はまったくないし、恐らく自分が腐って土に返るまで見つかる事はない。

誰かに見つかるなんてうんざりだ。

ましてや自分の葬式で老いた両親が泣く姿など、想像するだけで嫌になる。

⏰:08/09/14 19:06 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#227 [◆1y6juUfXIk]
自分のことで誰かが騒ぐところを見たくなかった。

自分など最初から生まれてこなかったことにしたかった。

「ここらへんでいいか。この枝なら…」

折り畳み椅子を広げて上に乗り、枝にロープをくくりつける。
ほどけないようにしっかりと結び付け、もう一端に頭が通るサイズの輪を作った。

ここまで終えると、さすがに緊張してくる。

「…もう何一つ惜しいものなんかないだろう。何を躊躇してるんだ、俺は?」

生きていたい理由なんて1つもない。

思いきって輪に頭を突っ込んだ瞬間、視界の端をかすめる人影に初めて気が付いた。

⏰:08/09/14 19:06 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#228 [◆1y6juUfXIk]
「………」

大木の反対側に、同じ格好でこちらを向く女がいた。

頑丈なロープ、それを結び付けた枝、折り畳み式の椅子。
驚嘆したような呆然としたような顔。

そこに立っているのが自分ではないこと以外は、鏡を合わせたようにまったく同じだった。

2人はしばらくの間、身を乗り出して互いを見つめていた。

⏰:08/09/14 19:07 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#229 [◆1y6juUfXIk]
「………」

「………」

しばらくして、同じように顔を引っ込める。

見なかったことにしよう。
見なかったことにして、自分がやろうとしていたことに意識を戻そう。
そんな感じに。

「………」

「………」

だがしかし、この状況ではお互い相手が気にならないはずがなかった。

⏰:08/09/14 19:08 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#230 [◆1y6juUfXIk]
堪えきれず、太郎がとうとう声を出した。

「あー…失礼だがちょっといいか?」

「なに?」

「いや、何をしてるのかなー、と」

「そっちがやろうとしてる事と同じだと思うけど」

そりゃそうだ。

目の前の女がピクニックに来ているようには見えない。
ピクニックに来る奴は、椅子に乗ってロープをかけて輪を作ってそこに頭を突っ込んだりはしない。

「死のうとしてるのか?」

「まあね」

「そうか…」

「そう」

⏰:08/09/14 19:09 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#231 [◆1y6juUfXIk]
こういう状況は想定していなかったもんだから、どう喋っていいのか分からない。

やはりここは見なかったことにして、先に死んでしまうべきだろうか。

しかし見知らぬ女と並んでブラブラとぶら下がってるのは、かなり間抜けな格好だ。
天秤じゃないんだから。

太郎は思いきって口を開いた。

「えっと……悪いけど他所でやってくれないかな」

「あなたが別の場所に行ったらいいんじゃないか?」

「ここは俺の予約席だ」

「いつから?」

「一年前に来て見つけた」

「そうか。ここは私の子供の頃の遊び場だ。15年ほど前のな」

(……手強いな…)

⏰:08/09/14 19:09 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#232 [◆1y6juUfXIk]
とりあえずこんな格好じゃ長話はできない。
2人は椅子から降りて顔を見合わせた。

「………」

「………」

変な感じだ。ものすごく変な感じだ。
この空気の微妙さをどう表現すればいいのだろうか。

太郎には考えても分からなかった。

⏰:08/09/14 19:10 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#233 [◆1y6juUfXIk]
「は、はじめまして…」

「こちらこそ」

「えっと…この場所を譲る気はないんだよな?」

「毛頭な」

「俺もだ」

「じゃあどうする? 並んで吊るか?」

「それもマヌケだな」

「ならこうしないか。より納得できる理由がある方に譲るんだ」

「話し合って、『ああ、そりゃ死ぬしかねーわ』って方がここで吊る、と?」

「そうだ」

⏰:08/09/14 19:11 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#234 [◆1y6juUfXIk]
一瞬名案な気がしたが、何か間違ってる。

「でも俺にとっては深刻な問題とか理由が、お前にとってもそうとは限らないだろ。逆も然りだ」

「うーん……」

沈黙が続く。
折り畳み椅子に座り、2人はしばらく考え込んだ。

少しして、太郎が口を開く。

「じゃあ、こういうのはどうだ? 相手の死ぬ気を挫くんだ」

⏰:08/09/14 19:11 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#235 [◆1y6juUfXIk]
「…?」

「励ますんだよ。死ぬ気がなくなればここで吊る必要もないだろ?」

「がんばれー」

「………」

「ご、ごめん…」

⏰:08/09/14 19:12 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#236 [◆1y6juUfXIk]
「……あなたには今すぐに死ななければならない理由があるのか?」

「まぁ別にそういうわけじゃねーけど、なるべくすぐに死にたいな」

「じゃあ、1週間だ」

「は?」

「お互いに1週間使って、相手の死ぬ気を無くすんだ。先攻後攻に別れてな」

「その発想はなかったわ」

「どうする?」

「うーん、まぁそれでもいいけど」

「順番はコインで決めよう」

「じゃ、俺は表で」

⏰:08/09/14 19:12 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#237 [◆1y6juUfXIk]
女は財布から硬貨を取り出し、親指で弾く。
それを左手の甲と右手の掌でキャッチした。

右手を開く。
硬貨は表を向いていた。

「表だな。じゃあ…俺は後攻にする」

「最初の1週間は、私があなたを助けるわけだ。じゃ、とりあえずここを出よっか」

2人とも自分のロープをほどき、椅子を持って林を出た。

電車に乗り、並んで座席に腰を下ろす。

⏰:08/09/14 19:13 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#238 [◆1y6juUfXIk]
「ところで、俺を励ますってどうするつもりだ?」

「まず、あなたがなぜ死にたいのか、それを教えてもらわないと」

「それもそうだな。…どう話せばいいもんかな…」

「ゆっくり話して。時間ならたっぷりある」

まったくもってその通りだが、それにしてもおかしなことになってしまった。

まさに事実は小説よりも、ってやつだ。

街に出たところで電車を降り、2人は駅前の喫茶店に入った。

⏰:08/09/14 19:13 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#239 [◆1y6juUfXIk]
「俺は小説家志望で、でも全然賞をとれなくて…」

太郎はそこで自分の事情をすべて吐き出した。

若い女と会話するのは久しぶりだったが、内容が内容なだけにどんどん気分が重くなる。

人生で一番楽しくないデートだ。

女の名前は花子と言うらしい。
おかしな状況だったせいか林の中では気付かなかったが、よく見ると整ったとても綺麗な顔立ちだった。

でも、表情が少し無機質な気がする。
言葉遣いも淡々としていて、女らしい感じはしなかった。

まぁ自殺志願者なんだし当然と言えば当然だが。

⏰:08/09/14 19:14 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#240 [◆1y6juUfXIk]
「…んでまぁ、無能な俺の唯一の長所、頼みの綱である小説ですらまったく通用しないっていう……まぁそんなわけだ」

「なるほど、よく分かった」

花子はため息をついて頷く。

「それじゃ早速、その小説を読ませてもらおうか」

「え!?」

「私の指針は決まった。1週間であなたにこれ以上ないくらい面白い小説を書かせてあげる」

「えー…?」

「さ、そうと決まれば行動開始。あなたの家に行こう」

⏰:08/09/14 19:14 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#241 [◆1y6juUfXIk]
なんとも行動的な自殺志願者だ。

太郎はそう考えながら、花子を連れて2度と戻らないはずだった自宅へ向かった。

家に着いた太郎はパソコンを起動し、自分の作品を印刷して花子に読ませる。

テーブルについて一通り読んだあと、花子はきっぱり言い放った。

⏰:08/09/14 19:15 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#242 [◆1y6juUfXIk]
「なるほど、これはつまらない」

「更に死にたくさせてどうすんだよ……」

「あぁ、そうだったな。えーと、ちょっとリアリティに欠けるんじゃないか?」

「どういうことだ?」

「全体的に見て主人公に都合がよすぎる。共感できない」

「小説ってそんなもんじゃねえか?」

「まぁそれはそうだろうが、程度というものがあるよ」

「具体的にどうすりゃいい?」

「そうだな……」

太郎は花子に言われた通りに、内容を少しずつ書き換えていく。

次の日も、その次の日も花子は家にやって来て、太郎の小説にあれこれと文句をつけた。

⏰:08/09/14 19:15 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#243 [◆1y6juUfXIk]
花子は物言いにまったく遠慮を持ち込まないタイプの人間だった。
だから言葉遣いも淡々としているのかもしれない。

太郎にとって、それは善くも悪くもあった。

「この展開はクソだな」

「頼むからもうちょい優しく言ってくれ。そんなに俺をあの木に吊るしたいのか」

「吊りたいのは私だから遠慮なく言ってるんだよ」

それにしてもおかしな会話だ。
まともな人間同士の会話ではあり得ないだろう。

⏰:08/09/14 19:16 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#244 [◆1y6juUfXIk]
「この娼婦の設定は変だな」

「ん? どこが?」

夕食として買ってきたハンバーガーをかじりつつ、2人は再度プロットを見直していた。

「ピンでやる娼婦なんかいないよ。大抵はポン引き…ピンプって言うんだけど、そういう男が1人頂点に立っている」

⏰:08/09/14 19:17 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#245 [◆1y6juUfXIk]
「ピンプ1人が所有する娼婦は1人から10人以上と様々だけど、常に流動的。

仕事は娼婦の上がりをハネたり殴ったり怒鳴ったり愛してやったり麻薬漬けにしてやること。

マフィアと繋がってる奴も多い。上納金を納める代わりに縄張りを確保してもらったりな。

ピンプなんてまともな人間じゃない。
少なくとも、まともに女性を愛せる男にできる仕事じゃない。

でもこの業界はまともじゃない奴ほど頭がキレるんだ、だから………」

「………」

「女を支配することに天才的な才能を持っていて……ん?」

⏰:08/09/14 19:17 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#246 [◆1y6juUfXIk]
花子の話を聞いていた太郎は、ポテトをくわえたまま黙り込んでいた。
花子はそれを見て変な顔をする。

「どうした?」

「あ、いや。何でもない」

太郎は慌てて首を横に振った。

……今は他人の過去に拘るのはよしとしよう。
今は、どうでもいいじゃないか。

どうせこのゲームに勝った方はこの世にいられなくなるんだ。

⏰:08/09/14 19:18 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#247 [◆1y6juUfXIk]
「勉強になったわ」

「他にも聞きたそうな顔してるけど?」

「別に何もねーよ」

ここでこれ以上聞く理由はない。
花子もまた、それ以上は何も言わなかった。



残り1日を残し、小説の手直しはすべて終わった。
2人は郵便局に行って原稿を賞に送ったあと、駅前の喫茶店に入った。

「まだ明日いっぱい残ってるけど」

「俺はもう一作書こうと思ってる。俺の遺言と遺作を兼ねた私小説だ」

⏰:08/09/14 19:18 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#248 [◆1y6juUfXIk]
それを聞いて花子は笑った。
太郎が始めてみた花子の笑顔。微笑みに近かったが、表情は暗く感じた。

「勝つ気満々だな」

「内容はこうだ。俺が死を決意したところから始まり、お前と出会って…」

「てことはオチはまだ決まってない?」

「そうだな」

「それって、どう転んでもバッドエンドじゃない?」

「さぁな。万一のハッピーエンドが、あるかもしれないだろ?」

 

⏰:08/09/14 19:19 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#249 [◆1y6juUfXIk]
 
そして、翌日。

2人は太郎の家で新作のプロットを検討した。

粗方終わったあと、花子がふと言った。

「ちょっと思ったんだけど、賞の発表っていつ?」

「半年後だけど」

「じゃあ、あなたはそれを見るまで死ねないじゃない」

「ん? あー……ま、そうかもな」

「私の勝ちでいい?」

「それはダメだ。フェアじゃない。俺の番がすんでから結論を出す、それでいいだろ」

「……やれやれ」

⏰:08/09/14 19:20 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#250 [◆1y6juUfXIk]
花子は疲れたような顔でうなじを撫で付けた。

「めんどくさいものだな、人生とは」

「うんざりするほど同感だ」




花子がそろそろ帰ると言い出したので、太郎は駅まで送るために家を出た。

夕暮れに染まったオレンジの街を、2人並んでとぼとぼ歩く。

⏰:08/09/14 19:20 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#251 [◆1y6juUfXIk]
「で、明日からはあなたの番だけど」

「あー、そだな。まずは俺同様に話を聞かせてもらう事にするわ」

「……そうか」

花子は複雑そうな顔をした。

まあ自殺したい奴なんて、そいつの人生丸ごとが触れてほしくない大きなかさぶたのようなものだ。

だが目立つかさぶたは、やはり自分でひっぺがしてみたくなる。

それに多少の苦痛が伴うとしても。

「うむ。人生とはかくもかさぶたのようなものだな」

「ん? 何か言ったか?」

「いや何も」

⏰:08/09/14 19:21 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#252 [◆1y6juUfXIk]
狭い路地を抜けようとすると、目の前に人影が立ちはだかった。

ガタイのいい男だ。明らかに太郎と花子を待ち受けていた感じだった。

危険を感じた太郎が振り返ると、そこにも男が2人いた。

囲まれた。それも明らかにチンピラだ、かなりマズイ。

太郎は恐怖で心臓が縮み上がるのを感じながら、地面を見回して武器になるようなものが転がっていないか探した。

⏰:08/09/14 19:22 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#253 [◆1y6juUfXIk]
「こんな時間にうちの縄張り歩いてるから誰かと思えば……」

「ひょろい男と…女はいけそうだなァ」

「男は金置いて消えな、それで勘弁してやる」

男たちの話を聞くふりをして地面を探すが、何もない。

ビール瓶も角材も鉄パイプもパイロンも、小さな石ころすらもない。

現実はやっぱり小説のように都合よくはいかないものだ。

3人は懐からナイフを取り出して、真っ直ぐに間合いを詰めてくる。

⏰:08/09/14 19:22 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#254 [◆1y6juUfXIk]
前後からじわじわと迫る男を牽制しながら、右手で花子の前を制する。
花子に聞こえるように小声で囁く。

「花子、俺が正面の1人にタックルをかけるから、その隙に……」

言いながら視線を後ろにやると、花子はポケットに手を突っ込んだまま動いていない。

太郎の言葉を制し、彼女は言った。

「太郎、何もするな。何もするなよ」
 

⏰:08/09/14 19:23 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#255 [◆1y6juUfXIk]
後ろの2人が花子を羽交い締めにした瞬間、花子はポケットから手を抜いた。
同時に、ヒュッという空気を短く切り裂く音。

「つーかまえたァ……ってあれ?」
「!?」

何が起きたのか、花子以外は誰も理解していなかった。

だが刹那も待たずに、男2人の手の甲と顔に赤い直線が走る。
間髪入れずに血が吹き出した。

血が吹き出したのだけは、太郎にも見えていた。

⏰:08/09/14 19:23 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#256 [◆1y6juUfXIk]
「あべしっ!?」

意外だ。男の叫び声が、じゃない。

太郎は、人間の体に刃物が突き刺さる音は『グサリ』とか『ブスリ』とかそんな音だと思っていたが、実際は『カンッ』というわりと甲高い小さな音だった。

花子が2本目のナイフを懐から抜き出す。

男たちは顔を見合わせると、捨て台詞もなしに一目散に逃げ去った。
正面の男は腕にナイフが刺さったまま走り去る。
大丈夫なのだろうか。

「あのー……今のは?」

「当たって良かった」

花子は深く安堵のため息をついた。

⏰:08/09/14 19:24 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#257 [◆1y6juUfXIk]
「投擲には自信がある」

「いやそういうことを聞いてるんじゃなくて」

「わかってる」

駅はもうすぐそこ。
花子は振り返って太郎に向き直った。

「明日、全部話すよ。全部話す。今日はここまででいい」





花子を見送って、太郎は家に帰ってきた。

洗面所に向かい、鏡を覗きこむ。
もう1人の自分がこっちを見ていた。

⏰:08/09/14 19:24 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#258 [◆1y6juUfXIk]
「変な女だな。娼婦について妙に詳しかったり、ナイフの扱いが妙に上手かったり……

まぁそれはいいとして、お前はどうするつもりだ?

彼女が抱えている問題は、恐らくお前とは比にならない。それぐらいは俺でも予想がつく。

………どうするんだ? お前に彼女を救えるのか? 自分の人生ですら救済できなかったお前ができるのか?」

目の前の男は、絶望的な顔をする。

「お前が今考えてることを当ててやるよ。
今すぐ家を飛び出して電車に飛び乗って、あの木に行く。勝負を放り出して反則勝ちする気だ」

⏰:08/09/14 19:25 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#259 [◆1y6juUfXIk]
太郎は目の前の男をたしなめた。あらんかぎりの同情の念を込めて。

「やめとけよ。それはフェアじゃねぇ」

そうさ、そんな勝ち方に意味はない。
人生最後の、プライドを賭けた戦いだ。

このままあそこで死んだって、イマイチすっきり死ねそうにない。
死にきれないままに怨霊になって、あの林を永遠にさ迷うのはゴメンだ。

「こんな俺でもできること。小説以外に、何か………」

その夜、太郎は一晩中考え込んでいた。
 

⏰:08/09/14 19:26 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#260 [◆1y6juUfXIk]
翌日、太郎は身支度を整え鏡の前に立った。
クローゼットを掻き回して揃えた、いつもより少しだけお洒落な服だ。

「…よし」

家を出て、花子の待ついつもの喫茶店へ急いだ。



「よう」

「ん」

すでに来ていた花子の隣に腰を下ろす。
彼女は口をつけていたコーヒーカップに視線を落とし、一息置いてから言った。

⏰:08/09/14 19:26 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#261 [◆1y6juUfXIk]
「…私の事情を話そう」

「あー、それなんだけど別にいい」

「? どういう事だ?」

「俺には俺なりの計画があるんだ。だからまぁ、いつかは聞くかもしれんが、今はいい」

「そうか。では、その計画というのは?」

「秘密だ」

「秘密……?」

「まぁ任せとけって。とにかく外に出ようぜ」

⏰:08/09/14 19:27 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#262 [◆1y6juUfXIk]
向かった先は、なぜか近所の動物園。

「見ろよ、ハダカネズミだ。モンハンに出てくるフルフルのモデルってこれじゃないか?」

「さぁ………」

花子は目の前の珍獣を眺める事と自分の人生の救済とが結び付かず、少し悩んだ。

この男は一体何を考えているのだろうか。
それとも何も考えていないのか?

⏰:08/09/14 19:28 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#263 [◆1y6juUfXIk]
 
途中で太郎は突然、進行方向を変えた。

「えーっと……んじゃ次は向こう行こうぜ」

「ん? 待って、見てあれ、爬虫類館だって。私はあっちに行きたい」

「いや……楽しくないだろ、蛇とかカエルとかトカゲとか見たって」

「何で? 行こうよ」

花子は頻りに嫌がる太郎の腕を無理やり引っ張って、爬虫類館へ入った。

建物の一角では「蛇に見て触れて楽しもう」というキャンペーンをやっていた。
毒を持たない大人しい種類の蛇がケージの中に入っている。

⏰:08/09/14 19:28 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#264 [◆1y6juUfXIk]
「小さい蛇ってカワイイね。ほら、あなたも」

「遠慮するわ」

花子が指に絡ませている黄色い蛇を差し出したが、太郎は青ざめて後ずさった。

「もしかして蛇とか苦手?」

「にににに苦手ちゃうわ!」

「噛まないし大丈夫だって。ほら」

逃げ出そうとする太郎を掴まえて、ズボンを掴む。

「ズボンの中に入れてやろう。マムシパワー直腸注入〜!」

「やーめーてーーー!!」

⏰:08/09/14 19:29 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#265 [◆1y6juUfXIk]
飼育員に怒られて追い出され、その日はお開きになった。

夕暮れの中を駅に向かって歩きながら、花子は太郎に聞いた。

「そろそろ話してくれてもいいんじゃないか? 一体どんな計画なんだ?」

「秘密だ。とにかく、明日も同じ時間に喫茶店でな」

「まぁ別にいいけど…1週間は付き合うよ、約束だし」
 

⏰:08/09/14 19:29 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#266 [◆1y6juUfXIk]
 
次の日も、その次の日も太郎は花子をいろんな場所に連れていった。

映画館、博物館、遊園地に水族館に、何かのお祭りにも行った。

太郎は時にはおどけてみたりして花子の笑顔を誘った。
だが花子は困ったような、苦笑いのような顔を浮かべるだけだった。

本当の意味で笑った顔を、花子はまだ一度も見せていない。



そして、6日目の夕方。

⏰:08/09/14 19:30 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#267 [◆1y6juUfXIk]
2人は河口に面した公園のベンチに座り、夕焼けに染まった海と川の境界を眺めていた。

海も川も流れは穏やかなのに、2つが混ざりあう場所は流れが早い。
その早い流れで水面が小刻みに揺れ、夕方の太陽のオレンジ色の光を細かく反射している。

ダイヤモンドが水面のあちこちに落ちているみたいで、とてもきれいだ。

それを眺めながら、花子が呟いた。

「あなたの計画がわかった」

「ん?」

「つまり、この世にはあんな楽しいことがあるんだとか、こんな綺麗なものがあるんだとか、そういうことを教えたかったんじゃないか?」

⏰:08/09/14 19:30 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#268 [◆1y6juUfXIk]
「えーっと、まぁそうでもあるんだけど」

「違う?」

「少し、な」

「そう」

花子は少し空を仰いで、不意にベンチから立ち上がった。

「ナイフの使い方を教えてあげる」

⏰:08/09/14 19:31 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#269 [◆1y6juUfXIk]
「何だよいきなり」

「いいからほら、立って。こうして構えてみて」

太郎は立ち上がり、手にナイフを持っているつもりで、言われた通りの格好をした。

花子が太郎の腕を持ち上げ、姿勢を修正する。

「ナイフは一撃必殺の武器だ。自分が持ってることを相手に悟られてはいけない。
だから抜いてから攻撃するんじゃなく、抜くのと攻撃を同時にやるんだ」

そう言って花子は太郎の横で手を取り、ナイフを投げるマネをさせる。

そう言えば、チンピラを追い払った時も、花子はギリギリまでナイフを抜かなかった。

⏰:08/09/14 19:31 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#270 [◆1y6juUfXIk]
「こうだ、こう」

花子が太郎の後ろに回り、腕を取る。
2人の体が密着した。

「えーと……ああ、こうか」

「ニヤニヤするな」

「断じてしてない」

「こう、手首のスナップを活かして、ヒュッと。……あ」

花子がつまずき、太郎の方に倒れてくる。

太郎はそれを受け止める。

抱き合った格好のままで、少し時間が止まった。
 

⏰:08/09/14 19:32 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#271 [◆1y6juUfXIk]
 
「……今のは、わざとか?」

「かもね」

囁きあい、ゆっくり互いから離れる。

太郎はすぐさま今の出来事について考えを巡らせた。

ナイフの使い方を教えると言いだしたのも、自分にくっつきたかったからなのかも。

(いや、邪推か……あー、いやでも……うーん…)

「どうした?」

「何でもない」

「そうか…ところで、明日でちょうど1週間だが」

「そうか…もうあれから2週間経ったのか」

⏰:08/09/14 19:33 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#272 [◆1y6juUfXIk]
明日でゲームの最終日。
長くも短くも感じた。

いや、自殺したかった人間が2週間も生きたんだから、長かったのかもしれない。

「お前は結論は出たのか?」

「どうかな、わからない。あなたは?」

「俺もわからん」

「そうか」

それまでと同じように会う約束をして、2人は駅で別れた。

⏰:08/09/14 19:33 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#273 [◆1y6juUfXIk]
 
花子は電車を降りて駅前のアパートに向かう。

自宅のドア前で鍵を取り出そうとポケットに手を入れた時だった。

背後の空気が変わった。
ぞっとするような悪寒が背筋を走る。

反射的に、ポケットの中で鍵とナイフとを持ち変える。

しかし、ナイフを抜く前に背中に押し付けられた金属極が電流を吐き出した。

「ッ…!」

花子の意識は弾け飛んだ。 

⏰:08/09/14 19:34 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#274 [◆1y6juUfXIk]
 
翌日。
太郎はいつもの喫茶店で花子を待っていた。

「…遅いな」

いつもなら彼女の方が先に来て座っているはずだ。
電話も何度かけても繋がらない。

太郎の胸に少しずつ不安が募っていく。
昼過ぎまで待ったが、花子が来る気配はない。

「まさか、抜け駆けてあの木へ…?」

急いで電車に飛び乗り、あの林へ向かう。
例の木のところまで行って確認したが、やはり誰もいなかった。

⏰:08/09/14 19:34 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#275 [◆1y6juUfXIk]
太郎は内心ほっとしていた。

安心した自分はおかしいのだろうか。

しかし少なくとも、彼女は反則はしていなかった。

1度喫茶店に戻ったが、花子はいなかった。
電話も相変わらず繋がらない。

太郎はとうとう彼女の家に行くことにした。
一度聞いただけの曖昧な会話を頼りに、駅前のアパートを1つずつ確かめていく。

「……ここだな」

そろそろ暗くなってくる頃に、ようやくそのアパートを見つけた。
2階建ての建物に6世帯ほどが入る、小さなアパートだった。

「確か102号室って言ってたな……ここか」

⏰:08/09/14 19:35 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#276 [◆1y6juUfXIk]
ノックしようと息を整えた時、太郎は彼女の声を聞いた。
否、ただの声じゃない。

呻き声だ。

「なんだ…?」

裏のベランダに回り、カーテンの隙間から中をうかがう。

スーツ姿の男が1人いて、何か喋っているようだ。
こちらからは足ぐらいしか見えないが、奥に花子の姿も確認できた。

男は血の滲んだナイフを片手に下げていた。

太郎は思わず1歩後退する。
胃の底から恐怖がわき上がってきていた。

眼前のガラス窓に、自分の姿が写る。
その姿に、絞り出すような小声で言った。

⏰:08/09/14 19:35 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#277 [◆1y6juUfXIk]
「逃げろよ。逃げてあの木で吊っちまえ。……そう言いたいんだろ?
確かにいい案だ。
だってあれだろ、俺はチンピラにすらびびっちまう男だし、どうせ死ぬわけだし、なんつーかさ」

言い訳をするだけして、最後に固く目を閉じた。

「今日1日はまだ、花子を助ける日だ。そうだろ?」

ベランダを見回すと、手頃なサイズの石を見つけた。
それを手に取り、ガラス窓に投げつけた。

「!?」

男が弾かれたように振り返る。
鼻息は荒く、目は充血して血走っていた。

その奥には花子が、下着姿でベッドに縛り付けられて、猿グツワを咬まされていた。

⏰:08/09/14 19:36 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#278 [◆1y6juUfXIk]
花子は全身を浅く刻まれており、白い肌に赤い傷口が縦横に走っている。

「いきなり入ってきて何処のどちら様だコラ。取り込み中だ出ていけ」

「こりゃ、テメェがやったのか?」

「――!!」

ベッドで花子が言葉にならない叫びを上げている。
「逃げて」だろうか。それとも「私に構うな」だろうか。

「この女の新しい男か。ふん…趣味が悪いな」

「お前が言うな、変態野郎が」

「出ていけと言ったはずだが?」

⏰:08/09/14 19:37 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#279 [◆1y6juUfXIk]
男はナイフを小さく払い、指で回して逆手に持ち変えた。
相当に使い慣れているらしい。

(だが落ち着け、奴は俺が『武器』を持ってるのを知らない。一瞬でもいい、気を逸らせれば…)

「どうした、ビビったか? ふん、その様子じゃこの女がどんな奴か知らないらしいな」

「は?」

「こいつは元コールガールで、さらに――」

「――!!」

縛り付けられている花子が、全身の力を込めてベッドの上でのたうち回った。

その拍子にベッドサイドに置かれていた目覚まし時計がひっくり返って、派手な音を立てる。

男の視線が、一瞬だけそちらに向いた。

⏰:08/09/14 19:37 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#280 [◆1y6juUfXIk]
 
今この瞬間だけ、俺は俺じゃない。俺が書く小説に出てくるような、タフでクールなナイスガイだ。

太郎は自分にそう言い聞かせた。

ポケットに手を突っ込む。
一次選考通過者に贈られた万年筆。
太郎にとっては大事なそれを、躊躇なくポケットから抜いた。

抜くと同時に親指でキャップを弾く。

弾くと同時に踏み込んで、男の胸めがけてねじり込む。

「くっ!?」

「だああああ!!」

⏰:08/09/14 19:38 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#281 [◆1y6juUfXIk]
腕の力だけでは、人間の体にナイフはそうそう簡単に刺さるものじゃない。
タックルをかける要領で体をぶつけ、自分の体重を使って突き立てる。

花子に教わった通りのやり方を、狂いなく実行した。
男ともつれ合って床を転がる。

「ぐぎゃあああ!!! ひいいいい!!!」

「うるせぇな、黙ってろよ」

先に立ち上がった太郎が、床でのたうち回る男の顔面を、渾身の力を込めて踏みつけた。

男が気絶したのを確認し、花子の猿グツワと縄をほどく。

⏰:08/09/14 19:38 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#282 [◆1y6juUfXIk]
「警察を呼ぼう」

「それは……」

「やっぱり何か事情があるんだな? …とりあえずうち来いよ」

花子に服を着せ、気絶した男を路地裏に放り出して救急車を呼んだ。


太郎の家で、とりあえず花子の傷に薬を塗る。
男から引っこ抜いてきた万年筆についた血をタオルで拭いながら、太郎は花子に聞いた。

「あの野郎がお前のピンプか?」

⏰:08/09/14 19:39 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#283 [◆1y6juUfXIk]
花子は無言で首を横に振る。

「私のピンプはあいつが殺した」

「え?」

「あいつ自身のことはよく知らない。警察だか何だかの関係者らしいけど……

最初は客として来て、2度目に仕事をしないかって持ちかけられた。仕事内容は殺し。
ハニートラップ、って聞いたことない?」

「……いや」

⏰:08/09/14 19:39 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#284 [◆1y6juUfXIk]
「当時の私は欲に目が眩んで、いろんな奴を殺した。ナイフの使い方も、男の喜ばせ方もあいつに教わった。

クソ仕事だった。でも逆らえば何をされるか分からないし、それに……」

「金か」

「…しょうがなかったんだ!! 高校も出てない、家族もいない私なんて他にどうすることも……」

「誰も咎めてないよ。だから落ち着け」

「……ごめん…」

⏰:08/09/14 19:40 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#285 [◆1y6juUfXIk]
いつの間にか花子の目は、涙で少し滲んでいた。
太郎は、静かに花子の肩を抱いた。

「……それで金が貯まって…あいつから逃げ出したってわけか。だがあいつは追ってきた、と」

「そう」

花子は、手のひらで顔を覆った。

「私の人生は、真っ暗だった。夢を持っていたあなたが羨ましかった。

……私は生き延びても、やる事が何もないの。ただ追われ続けるだけ……それで、あの木に行ったらあなたがいて……」

そこで花子は言葉を切り、しばらく顔を覆ったまま沈黙した。

太郎も何も言わず、花子を見守っていた。

⏰:08/09/14 19:41 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#286 [◆1y6juUfXIk]
 
やがて、花子は言った。

「……私達、今日限りで他人になりましょう」

「何だって?」

「もしこのあとどっちかがあの木で死んだら、残された方は『あいつを救えなかった』って悩む事になる」

「…そうだな」

「もう行くよ。お元気で」

花子が立ち上がったが、太郎にはそれを止める事はできなかった。

⏰:08/09/14 19:42 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#287 [◆1y6juUfXIk]
花子はドアの前で一度立ち止まり、振り返った。

「あなたの作戦って、結局なんだったの?」

「いや…もう言っても意味ねぇ気がするけど」

「いいから」


「1週間で、お前を俺にホレさせる」




それを聞いた花子は、太郎の家を出ていった。



「それ、失敗じゃなかったと思う」

そう言い残して。

⏰:08/09/14 19:42 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#288 [◆1y6juUfXIk]
花子が出ていったあと、太郎はパソコンを立ち上げた。
書きかけの私小説にも、これでオチがつく。

だが、どうにも筆が進まない。
心にモヤモヤとしたものが残っていた。

コーヒーを飲んだり部屋の中をうろつき回った挙げ句に、太郎は洗面所へ向かった。

鏡の中の人は落胆したような、すっきりしない顔をしている。

⏰:08/09/14 19:43 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#289 [◆1y6juUfXIk]
「彼女はああ言ったが、計画は失敗さ。なぜなら……お前が彼女にホレちまったからな。

これからどうすればいいかなんて、考えなくても分かるだろう?

お前は彼女にホレたんだから、小説のオチはまだ決まらない。

……行けよ。行くんだ」

すでに夜明けが近い。
花子が出ていってから4、5時間が経っている。

迷っている時間はなかった。

太郎は服を着替えて家を出た。

⏰:08/09/14 19:43 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#290 [◆1y6juUfXIk]
家に帰る気がせず、花子はいつもの喫茶店に1人でいた。

落ち着こうとコーヒーを1杯頼んだが、頭の中はこんがらがって何を考えればいいのか分からなかった。

「これから、どうしよう……」

あの男は恐らく警察に捕まるだろう。
もう逃げる意味もなくなった。
かといってやる事も何もなかった。

これから、どうすればいいのか。

それを考えたとき、太郎の顔が頭に浮かんだ。

それ以外には、何も思い浮かばなかった。

窓の外はすでに明るくなってきている。

花子はコーヒーを飲み干し、支払いを済ませて喫茶店を後にした。
 

⏰:08/09/14 19:44 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#291 [◆1y6juUfXIk]
 
もし、あの人が死ぬつもりなら、その時は自分が止めないといけない。

先にその場所に着くために、足は自然と早くなる。

太郎は始発に乗って、林の中を続くハイキングロードから。

花子はタクシーに乗って、子供の頃に見つけた秘密の抜け道から。

2人は、共にあの木へ向かっていた。


自分はやっぱり、あの人と一緒にいたいから。




─それって、どう転んでもバッドエンドじゃない?─

─さぁな。万一のハッピーエンドが、あるかもしれないだろ?─


   ....お し ま い

⏰:08/09/14 19:45 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#292 [◆1y6juUfXIk]
>>217-291
自 殺 志 願 者 -太郎と花子の最後の2週間-

投下終了でーす
次の方どうぞ!

⏰:08/09/14 19:46 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#293 [◆SjNZMOXdWE]
それでは投下させていただきます!

⏰:08/09/14 20:43 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#294 [◆SjNZMOXdWE]
 

 ■■■■■■■■■□
 青虫は
   空に恋をし
       蝶になる
 □■■■■■■■■■

.

⏰:08/09/14 20:45 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#295 [◆SjNZMOXdWE]
木枯らし吹きすさぶこの季節‥

万年遅刻魔のこの俺、今日も軽快に裏門の奥にあるフェンスを越える。


 間宮 翔 17歳

よく“ショウ”って間違えられるけど正しくは“カケル”

その名の通り、いつかこの大空を翔けるようなデッカイことをやらかしたいと思ってる。


鼻唄まじりに昇降口までスキップする。

冬の匂いって何か好き。

⏰:08/09/14 20:46 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#296 [◆SjNZMOXdWE]
深呼吸するとキンッて冷たい空気が肺いっぱいに広がって、五感が鋭くなる感じも大好き。

上履きをパタパタ鳴らして誰もいない廊下を歩く。

俺のクラスは2−C、3階のグラウンド側。

このタイミングだとHRとかぶるなぁ‥

なんて考えながら窓の外を眺める。

枯れた木の枝に三羽の雀。

昔、ひな太圭太郎と誰が一番高いとこまで登れるか競ったっけなぁ‥

⏰:08/09/14 20:46 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#297 [◆SjNZMOXdWE]
ガキの頃からふざけたことしか言わない圭太郎。

それに比べて寡黙で男気溢れるひな太。

二人とも俺の幼なじみなんだけど‥

ひな太は小学校に上がると同時に転校しちゃってそれっきり。

圭太郎はまぁいいとして、ひな太‥元気でやってっかなぁ‥




なんてセンチに物思いに耽っていると

⏰:08/09/14 20:47 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#298 [◆SjNZMOXdWE]
「間宮あぁ!お前はまぁた遅刻かあぁ!?」

学年主任の武田先生、通称ハゲ先が首にぶら下げたホイッスルをカチャカチャ振り回しながら怒鳴ってきた。

その音量ったら半端ない。

思わず飛び跳ねちゃった俺。

するとハゲ先の陰から長い巻き毛を細かく揺らしてクスクス笑う女の子が見えた。


 !?


 幽霊!!?


ビビりな俺はまたもやビックリ。

⏰:08/09/14 20:48 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#299 [◆SjNZMOXdWE]
だけどよく見るとちゃんと足だって付いてるし、ちらっと見えた笑顔が‥

笑顔が‥‥


か‥

「わいい‥」



  は?

 俺今何つった!?

「何だ間宮?わけわからんこと言ってないで、はよ教室入れ!」

⏰:08/09/14 20:49 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#300 [◆SjNZMOXdWE]
ハゲ先に首根っこをつかまれ、半ば強引に教室に放り込まれた俺。

何だ何だと駆け寄ってくる圭太郎を無視して、さっきの彼女を目だけで追う。

真っ白な肌に栗色の巻き毛。

化粧っ気はなくてナチュラルな感じ。

だけど唇はぷるんぷるん‥

「もぅガッとしてギュッとしてチュウゥゥゥってしたい‥」

⏰:08/09/14 20:49 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#301 [◆SjNZMOXdWE]
 
 !!

耳元でいきなり聞こえた圭太郎の声のせいで、背筋に気持ち悪い心地が走る。

「なっななな何言ってんの?バッカじゃねぇ!?ぶぁーか!ぶぁーあぁか!」

変な汗をかきながらうろたえまくる俺を、鼻で笑う圭太郎。


「ストライクゾーンどんぴしゃってとこですか!」

至って冷静に俺の感情を逆なでする。

「だぁかぁらぁ!」

ハゲ先にも負けないくらいの怒鳴り声で圭太郎にかみ付く。

⏰:08/09/14 20:52 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#302 [◆SjNZMOXdWE]
教室中がしんとしたところでHR終了のチャイムが鳴った。




もちろん俺は担任から呼び出し。

こってり説教をくらって教室に戻ると、ニタニタと嬉しそうに圭太郎が駆け寄って来た。

「女の子のケツばっか追っかけてるからこんな目に合うんだぜ〜?んっとしょうがねぇなぁ、翔ちゃんは」

「翔ちゃん言うな」

頭を撫でようとしてくる圭太郎の手を思い切りよく振り払う。

⏰:08/09/14 20:52 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#303 [◆SjNZMOXdWE]
「はぁぁ‥昔は可愛かったのになぁ‥‥俺の翔ちゃんを返せ!!」

そう言って今度は首を絞めてくる。

「やめとけって!今じゃ俺のが10センチは背ぇ高いんだぜ?」

いつまでもガキのイメージ引きずられてちゃ困る!

そう思ってわざと襟を正しながら、ぴんと背筋を張って見せた。

「くっそぉ!正確には9.8センチだけどな!!もぉいいや‥せっかく聞いてきてやったのに、転校生情報‥お前には教えてやんないっ」

⏰:08/09/14 20:55 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#304 [◆SjNZMOXdWE]
ぷいっとあっちを向いたかと思うと圭太郎はそのまま教室を出て行ってしまった。


 転校生って‥

 さっきの美少女?

うそうそ、気になる!


「待ってくれよ親友〜!」

「るせっ!しっしっ!あっち行けよ!俺は忙しいの」

足早に廊下をすり抜ける圭太郎。

さすがチビっこなだけあるぜ‥

⏰:08/09/14 20:55 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#305 [◆SjNZMOXdWE]
「待てよ圭太郎ぉ!ごめんってば圭ちゃん許して〜」

いつもこう言えばたいていのことは許される。

ほら今回もこうやって

「しゃあねぇなぁ‥俺がいないと生きてけなぁい!っつったら許してやるよ」

「それはさすがにキモいって!」

二人で笑って階段を下りる。

向かった先は音楽準備室。

ここが圭太郎と俺のおサボりスポットだ。

⏰:08/09/14 20:56 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#306 [◆SjNZMOXdWE]
 


「で?情報って何?どうせ名前とかどっから来たとかだろ?」

焦る気持ちが口に伝わりついつい早口になってしまう。

「まぁまぁそうせっつくんじゃねぇよ」

すると圭太郎は準備室の椅子に腰掛け、足を組んでから大きく息を吸った。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

俺の喉がゴクリと鳴った。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」


沈黙に耐えれなくて目をそらそうとした瞬間

⏰:08/09/14 20:56 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#307 [◆SjNZMOXdWE]
「やっぱやめた!自分で聞いた方がいいよ、こういう事は」

思わず前につんのめった俺はその勢いのまま圭太郎につかみ掛かった。

「そりゃないぜ圭ちゃぁぁあん!」

言ったと同時に口元を手で抑えられて「しー!」と人差し指を立てられる。

こうなるとますます気になる謎の美少女‥

「名前だけでも‥」

「だぁめ!」

⏰:08/09/14 21:01 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#308 [◆SjNZMOXdWE]
頑として口を開かない圭太郎に苛立ちながらも、こうなったら自力で聞きに行くしかないとよわっちい根性を奮い立たせていると

「なぁお前、藤堂ひな太のこと覚えてる?」

急にトーンを抑えた圭太郎が神妙な面持ちで話し掛けてきた。

「え?あぁ、覚えてるよ。よく三人で木に登ったじゃん。お前と違って優しくてカッコよくて、俺の憧れだったよ」

それが今どう関係あんだよ!

⏰:08/09/14 21:02 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#309 [◆SjNZMOXdWE]
俺はそんな事よりどうやってあの美少女に近づくかを考える事に集中したいんだ。

「そっか‥お前、あれからあいつと会ったか?」

「だぁ!もぉ何なんだよ?会ってねぇよ!ひな太が転校して今の一度も!見かけた事すらない!」

お願いだからシュミレーションの邪魔をしないでくれ。

「‥そっか、だったらいいんだ‥‥」

その時圭太郎がどんな表情してたかなんて覚えてないけど、今なら想像がつく。

⏰:08/09/14 21:05 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#310 [◆SjNZMOXdWE]
きっと目新しいおもちゃを手にした子供のように、目をキラキラ‥いや、ギラギラ輝かせてたに違いない‥




圭太郎の真意を知るのはこの数時間の後だった。

まさか俺にこんな運命が待っていようなんて‥‥




.

⏰:08/09/14 21:07 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#311 [◆SjNZMOXdWE]
「ねぇねぇ、あの子の名前わかる?」

昼休み、まずは隣のクラスの女子にリサーチ。

本当根性ないんだ、俺。

こんな時だけ圭太郎のノリの良さが羨ましくなる。

「あぁ、七川さん?なんか前にもこっちに住んでたことあるらしいよ」

思ってもみない名前以外の情報ゲット!

七川さんかぁ‥

名字もなんか可愛い。

「こっちに住んでたっていつ頃?」

⏰:08/09/14 21:08 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#312 [◆SjNZMOXdWE]
「さぁ?あたしのクラスの子はみんな知らないって言ってたし、小さい頃じゃない?」

それだけ言うとナントカさんは行ってしまった。

まだもうちょっと聞きたいことはあったけど、我慢我慢‥

次のターゲットを絞っていると、七川さんの周りに人だかりができているのが目にとまった。

少しうつむいて顔を赤くしてる七川さん‥

そんな表情もたまらなく可愛い。

⏰:08/09/14 21:09 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#313 [◆SjNZMOXdWE]
「あぁあ〜お前いいの?あれ」

またも俺の背後からちょうど耳元めがけて囁いてくる圭太郎。

「気持ち悪いなぁ、何がだよ?」

「あれだよあれ」

そう言って圭太郎が指さした方へ視線をたどれば、学年一‥いや校内一のモテ男、石橋一樹が視界に入った。

何でも石橋に触れられたら、誰でもかれでもイチコロらしいのだ。

その石橋が向かう先には‥なんと愛しの七川さんが!

⏰:08/09/14 21:10 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#314 [◆SjNZMOXdWE]
「あっどうしよ!圭太郎!どうしたらいい?」

焦った俺は、やり場のない感情を圭太郎に訴えかける。

「知〜らね!自分で何とかすればぁ?」

そう言うと圭太郎は意地悪そうに歯を見せてヒヒヒと笑ってみせた。

ぐ‥ちぐじょー!

どうすりゃいいんだこんな時!?

俺はここでただただ指加えて見てる事しかできないのかぁ?

それでも動こうとしないこの足‥

ヘタレにもほどがある。

⏰:08/09/14 21:10 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#315 [◆SjNZMOXdWE]
そうこうしているうちに何とも華麗な手さばきで、石橋が七川さんの白魚のような手にそっと自分の手を重ねた。



‥終わった。



さようなら俺の愛しい人‥


せめて一言だけでも会話したかった。



だけど次の瞬間奇跡が起こった。

⏰:08/09/14 21:12 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#316 [◆SjNZMOXdWE]
 

石橋の手を物凄い勢いで払いのけた七川さんが、俺めがけて走って来たんだ。


半泣きで頬を紅潮させた七川さん。

スローモーションで再生されてるような感覚‥

ゆっくり、ゆっくりと俺の方へ翔けてくる。

そのたび揺れる栗色の巻き毛。

俺の方へ伸ばされる腕は折れそうなほどか細くて‥

⏰:08/09/14 21:19 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#317 [◆SjNZMOXdWE]
思わず一歩前に出ると同時に飛び込んできた七川さんを、体ごと抱きとめた。



「‥翔ちゃんっ」


わずかに聞こえた七川さんの声も「ヒュ〜♪」という圭太郎の口笛のせいで掻き消された。


  え?

 今何つった?

 翔ちゃん??

⏰:08/09/14 21:19 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#318 [◆SjNZMOXdWE]
疑問符を飛ばしながらも俺の心臓は限界を優に越えていた。

絶対七川さんに聞こえてるよなコレ‥‥

だけどわずかに動くたび鼻をかすめる七川さんの甘い香りが、俺の正気を奮い立たせる。


「あっあのっ七川さん?」

俺の胸元に埋もれる七川さんに、恐る恐る話しかける。

すると俺にしがみついた七川さんの手に、さらに力が入るのがわかった。

⏰:08/09/14 21:27 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#319 [◆SjNZMOXdWE]
「大丈夫だよ、もう恐くない‥」

よしよし、と栗色の髪を撫でてやる。

そんなに全身で頼られちゃうと、いくらヘタレな俺でもカッコイイセリフの一つくらい言えてしまった。

もちろん耳まで真っ赤だろうけど‥


はっと我に返ったのか、急に俺から離れた七川さんは俺よりさらに顔を赤くして戸惑いを隠せないようだった。

まごまごしているその仕草も可愛いすぎる。

⏰:08/09/14 21:30 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#320 [◆SjNZMOXdWE]
「おい、ひなたぁ‥お前そんなに大胆だったっけ?」

圭太郎の言葉に、俺は自分の耳を疑った。

 ひ‥

 ひ‥‥

「ひな太ぁ!!?」

からかってるとしか思えない。

何て失礼なこと言うんだコイツは!

さてはヤキモチ妬いてるな‥

「圭太郎、何言ってんだよ!ひな太なわけないだろ?ごめんね七川さん、コイツたまに変なんだ!」

⏰:08/09/14 21:30 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#321 [◆SjNZMOXdWE]
笑ってごまかそうにも俺の頭をよぎったのは、さっき呼ばれた「翔ちゃん」の一言‥


 え?


 まさか?


うそ、だって‥‥


「そう、そのまさかだよ。正真正銘、藤堂 ひなた本人だ」

踏ん反り返る圭太郎に目の前の七川さんもコクリと頷く。

⏰:08/09/14 21:30 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#322 [◆SjNZMOXdWE]
 

 は?

 えぇぇ?

有り得ないだろぉ!?

「だってひな太は男だし!一緒に木ぃ登ったし!だいたい名字が違うじゃん!アイツ藤堂!目の前にいるの七川さん!!」

「親が離婚して‥こっちに帰ってきたの」

申し訳なさそうに上目使いでそう言ったのは七川さん。

⏰:08/09/14 21:36 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#323 [◆SjNZMOXdWE]
「あはは、あ、そう‥そうなんだ‥?」

 多分俺今、涙目‥

「改めまして‥七川日向です‥ただいま、翔ちゃん」

ひな太は女で七川さん?


しかも日向って!

 なになに?

いつから間違ってたの?


.

⏰:08/09/14 21:39 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#324 [◆SjNZMOXdWE]
 

遠ざかる意識の中で、日向と圭太郎の手が俺を支えてくれるのがわかった。

いつかもこんなことあったっけ‥

あぁそうだ、あの時‥




――――――‥‥‥

それは俺達がまだ木に登ってじゃれ合っていた日のこと‥

⏰:08/09/14 21:40 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#325 [◆SjNZMOXdWE]
俺が木の枝にひっついてた何かのサナギを取ろうとして、木から落ちそうになったのを二人が支えきれずに三人一緒に落っこちて、仲良く病院送りになった日までさかのぼる。

俺だけ処置が長引き、あとの二人は待合室で俺のことを待っててくれた。

その時、まさかこんな会話がされてたなんて、当時の俺が知るはずもなく‥




「転校‥するんだ‥」

⏰:08/09/14 21:40 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#326 [◆SjNZMOXdWE]
日向のいきなりの告白にうろたえる圭太郎。

「もう会えないの?」

「わかんない‥だけど、次会う時にはちゃんと女の子らしくなってるから‥」

大きな目をさらに大きくして驚く圭太郎。

「翔ちゃんには、そのいつかまで言わないで。今はまだこのサナギにもなれてないけど‥絶対、蝶々みたいに綺麗になって‥綺麗に‥なって‥‥翔ちゃんのとこへ戻ってくるから!」

⏰:08/09/14 21:40 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#327 [◆SjNZMOXdWE]
 



‥‥‥――――――

「てな事があったわけよ!」

なんとか意識を保った俺は、引き続き昼休みの音楽準備室で昔話を聞かされた。

俺の隣にはひな太改め日向がいる‥

もちろん俺と同じくらい顔を真っ赤にして。

⏰:08/09/14 21:45 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#328 [◆SjNZMOXdWE]
「‥何て言うかその‥‥」

まごつく俺を見るに見兼ねた圭太郎が

「ま、そういう事だから!後は二人でごゆっくり!」

また意地悪そうにヒヒヒと笑って俺達を残し準備室から去って行った。

「‥ひ、日向‥?」

ここにいるのがあの、ひな太?

信じられない思いでいっぱいの俺を、日向が笑顔で包んでくれる。

⏰:08/09/14 21:46 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#329 [◆SjNZMOXdWE]
「あの時は‥おてんばだったし‥みんな私のこと男の子だって思ってたから‥でも、騙すつもりはなかったの‥ごめんなさい」

そんな事はどうでもいい!

「俺んとこに戻ってくるって‥どういう意味?」

ヤベっ、圭太郎の意地悪がうつっちゃったかな‥

「えっ」と小さく呟くと、さらに顔を赤くしてうつむく日向。

「こっこういう意味って思っても、いい?」

⏰:08/09/14 21:46 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#330 [◆SjNZMOXdWE]
そんな日向がめちゃくちゃ可愛い過ぎて、思わず日向を抱き寄せる。

コクンとわずかに首が揺れて、日向の甘い香りが俺達を包む。


人ってこんなにあったかいんだ‥

窓から漏れる光に反射して、日向の髪がキラキラ光る。

そういえば‥ひな太の髪も、柔らかかったっけ‥

だけどこんなにいい匂いはしなかったな‥

なんて、幼い頃のひな太の面影を、俺の傍らで小さくなってる日向の姿に重ねてみる。

⏰:08/09/14 21:47 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#331 [◆SjNZMOXdWE]
するとわずかに白い息を吐きながら、日向がぽつりと呟いた。

「‥翔ちゃん、知ってる?」

その声が少しかすれてて、思わず耳を傾けると同時に、日向の肩をもう一度強く引き寄せた。

「知ってる?青虫はね、空に恋い焦がれて一生懸命綺麗になるの。少しでも空に近づきたくて、羽まで伸ばして空を翔けるの‥」

俺の胸にうずくまりながら、日向が窓の外を見る。

「ねぇ翔ちゃん‥私、蝶々になれた?」

⏰:08/09/14 21:47 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#332 [◆SjNZMOXdWE]
「あぁ、俺にはもったいないくらい‥綺麗‥に‥なったよ‥」

自分で自分が恥ずかしい。


俺ってこんなセリフ言えるんだ‥

「まっまさか蝶に帰省本能があるとは知らなかったけどな!」

照れ臭いのを隠すように、わざとおどけて話してみる。

その勢いで日向の頭に俺のこめかみがコツンとぶつかる。

⏰:08/09/14 21:52 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#333 [◆SjNZMOXdWE]
「‥‥‥‥‥‥」

顔を見合わせるとお互い耳まで真っ赤っか。

俺と日向の笑い声が、甘い香りと共に準備室をいっぱいにする。

俺が空だと笑う日向。

どうせ翔けるなら青空がいい。

空にたどり着いた蝶には、一体どんなご褒美が待ってるんだろう?




「日向‥」

⏰:08/09/14 21:52 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#334 [◆SjNZMOXdWE]
きっと空だって蝶が可愛くて仕方ないから、優しく見守るだけじゃ済まないだろ。

そんなこじつけを考えながら、日向のおでこにキスをする。

顔を見合わせるとまたも笑顔がこぼれてしまう。

「こんな‥俺でいいの?」


おでこをくっつけて、日向にだけ聞こえるくらいの声で話す。

まばゆい程の甘い笑顔で頷く日向は可愛過ぎて‥‥




時が止まったんじゃないかと思えるくらい、長い長いキスを交わした。

⏰:08/09/14 21:53 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#335 [◆SjNZMOXdWE]
いつも見上げればそこにあるあの空ように‥

永遠に君を見守り続ける。


‥甘ったるいこの感覚は、さしずめ花の蜜ってとこかな‥‥?




  □■■■■■■■■   HAPPY END
  ■■■■■■■■□

⏰:08/09/14 21:53 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#336 [◆SjNZMOXdWE]
【投下終了】

青虫は空に恋をし蝶になる

>>294-335

次の方どうぞ‥

⏰:08/09/14 21:55 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#337 [◆8HAMY6FOAU]
今から投下します!


タイトルは「踊り狂え、愛しきピエロ」です

⏰:08/09/14 22:17 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#338 [◆8HAMY6FOAU]
俺は彼女のことをあまり理解してなかったんだと思う。

「好きな人が出来たの」

そう告げる彼女の眼は、斜め右下を向いていた。
考えもしなかった事態に頭の中が真っ白になって、沈黙のパレードが彼女と俺の間を延々行進する。
いつまで経っても俺は、言葉を返せなかった。

⏰:08/09/14 22:19 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#339 [◆8HAMY6FOAU]
 

一人暮らしのアパートに帰って彼女の言葉を思い返すと、心臓を鷲掴みにされた気分になって情けなくも涙が溢れた。
ゴミや雑誌が散らかり放題の戦場みたいな部屋、その真ん中にだらしなく敷かれた万年床の布団に座り込んで、ただただ泣いた。
四年間恋人として過ごした女(ひと)との思い出が、鳴咽を漏らし泣きじゃくる俺の脳裏に浮かび上がっては消えていく。

⏰:08/09/14 22:20 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#340 [◆8HAMY6FOAU]
 
まだ俺たちが付き合いたての頃、大学の帰り道に寄ったスーパー。
慣れた手つきで夕食の材料を選んでは黄色いかごに入れていく彼女の後ろ姿を、俺は世界で一番の幸せ者だと思いながら眺めていた。

「ねぇ、野菜炒めでいいかな?」

俺がいくら我が儘を言っても、何時間と待ち合わせに遅れても、どれだけバイトの愚痴を零しても、彼女はいつも天使みたいに優しく頷いてくれる。
かわいくて、気が利いて、頭も良くて、その上料理も出来る彼女。
この時、俺はコイツと結婚しようと心に決めたんだった。

⏰:08/09/14 22:21 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#341 [◆8HAMY6FOAU]
 

なのに、どうして俺は。


一年も経つと俺は、彼女を放置するようになっていた。
約束を破るのも、電話に出ないのも、メールを返さないのも、日常茶飯事。
しかも最低なことに、そうやって彼女を放置している間俺は幾度となく他の女たちの嬌声を浴びていた。
映画俳優として有名になるのが夢だった俺は、オーディションに落ちる度に彼女を放置し、小さな役を貰う度に彼女を求める、そんな愚行を繰り返した。
理由はわかっている。
彼女の瞳に映るには、どうしても自信が必要だったんだ。
虚勢やら見栄やらを何もかも食い尽くしてしまうような、あの透明な視線が恐かったのかもしれない。

⏰:08/09/14 22:22 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#342 [◆8HAMY6FOAU]
 
実際、彼女は俺の浮気を見抜いていた。
一度二度バレてからはそれを隠そうともしなくなっていた俺に、彼女は訊く。

「遅かったね。また女の子と一緒だったの?」

そう言われるともう、開き直るしかなかった。
自分が間違っているなんてことは俺の中でも果てしなく明白で。
ただ、彼女の前では何故か自分の非を認めることが出来なかった。

「どうしてそういうことしちゃうの? 他に好きな人が出来たんなら、正直に言うべきだよ」

⏰:08/09/14 22:22 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#343 [◆8HAMY6FOAU]
 
違う、好きなんかじゃない。
俺が好きなのはコイツだけなんだ、信じてはもらえないだろうけど。
言い訳をすると、役者仲間が女癖の悪いやつばかりなのがいけなかった、俺は流されていた。

「自分を持たなきゃダメよ。あなたには才能があるんだから」

彼女は役者としての俺の才能を、絶対的に認めてくれていた。
どんなに小さな役しか貰えなくても今まで続けて来られたのは、その事実があったからだ。
彼女の支えが無かったら、俺は諦めていただろう。
しかしそんな恩を感じながらもどうしてか素直に甘えることは出来なくて、俺はその後も数えきれないほどの禁忌を繰り返す。

⏰:08/09/14 22:24 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#344 [◆8HAMY6FOAU]
滑稽な男の、滑稽なプライドだった。

それなのに、彼女は俺を責めない。
何故そうなるのか、と控え目に訊いてくる以外は、俺の裏切り行為について一切触れなかった。
俺はその理由を、彼女が優しいからだと、俺のことが好きで仕方ないからだと思っていたけれど。
今思えば俺は、彼女のことをマリア様みたいに、或いはロボットみたいに崇めてしまっていたのかもしれない。
宇宙より広い心を持ち、何をしても傷つくことはなく、永遠に俺を好いていてくれる存在だと。
けどそんなはずないんだ。
彼女だって人間であり女性であり、同時に俺の彼女でもある。

⏰:08/09/14 22:25 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#345 [◆8HAMY6FOAU]
俺の行為に嫉妬もすれば嫌になることだってあるだろう、いや、あって当然だ。
俺はなんて馬鹿なことをしていたんだろう。

つまり、答えが出た。
俺が抱えていた一番大きな問題をたった今解き終えた。
だからだろうか、胃につっかえていた汚物を全て吐き出せたような肩の荷が降りたような不思議な安堵感を得て、俺はその時初めて雨が降り出していたことを知る。
薄い壁を隔てて耳に伝わる静かな雨音が、俺に決断させた。


俺は彼女と付き合ってちゃいけない人間だ。

⏰:08/09/14 22:26 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#346 [◆8HAMY6FOAU]
 

彼女は完璧な女性だ。
俺なんかが汚しちゃいけない、もっとお似合いのヤツがいるんだ。
そうだ、好きな人が出来たって言ってたじゃないか、そいつと幸せになってくれたら、それでいい。

⏰:08/09/14 22:27 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#347 [◆8HAMY6FOAU]
 
思い立ったらすぐに立ち上がった。
まだ顔は溢れ続ける涙でグシャグシャだが、この雨なら気にすることもない。
溜まっている洗濯物の中に混ざり込んでいた黒い上着を引っ掴んで腕を通すが、生地が絡まってなかなか通らないことにイライラする。
腕をグイグイねじ込みつつ、俺の眼は鞄を探していた。
やっと袖に腕が通るとすぐ、ちゃぶ台の下に発見した鞄を肩にかけ、ちゃぶ台の上のタバコとライターと原付の鍵を床にボトボト落としながらジーンズのポケットに突っ込む。
部屋のドアを勢いよく開けるのと同時にサンダルをつっかけてそのまま走り出す。

⏰:08/09/14 22:27 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#348 [◆8HAMY6FOAU]
 
屋根の外に出た瞬間、大粒の雨が体を打つ。空は灰色の絵の具を塗りたくったようにべったりしていて、その透明感のない雲は凄まじいほどに水滴を落とし続けていた。
雨の日は危ないからバイクに乗らないで、と彼女に言われていたが今はそれどころじゃない。
一旦ポケットに入れた鍵を再び引っ張り出しながらバイク置き場に向かって駆け抜ける。
駐輪場の粗末な屋根が見えて、俺はそのままUターンした。
やっぱり彼女との約束は守りたい。
今更だけど、俺はやっぱり彼女が好きだったんだ。裏切りたくなんか、なかったんだ。

⏰:08/09/14 22:28 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#349 [◆8HAMY6FOAU]
 

普段なら原付を飛ばして一瞬で走りぬける道を、惨めに濡れながら息を切らしてメロスの如く走る。
俺は、ひとつのことだけを考えていた。
横を走るでかいトラックが撥ねた水を被ろうと、濡れたコンクリートに滑って転ぼうと、信号無視した車に轢かれそうになろうと、俺は彼女のことだけを脳内に浮かばせていた。

――どう言えば、うまく伝わるだろう。
俺の歪んだ本音を、どんな言葉にすれば理解してもらえるだろう。

赤い光が俺を立ち止まらせる。
降り続ける雨は、だんだんと強さを増していた。
もう俺の耳には、コンクリートと水滴のぶつかる音しか聞こえない。

⏰:08/09/14 22:31 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#350 [◆8HAMY6FOAU]
 
――いや、理解してもらおうなんて俺は……。
彼女はずっと理解してくれていたのに。それを無下にしたのは俺自身なのに。

着てきた上着も、破れたジーンズもその中の下着も伸びた髪も濡れてグチョグチョだ。体に纏わりついて余計に不快感を与える。
それでも、信号が青になるとまた走り出した。

――彼女のところに行っても、会ってくれるかどうかわからない。
今までどんなひどい行為をしても、彼女は俺を突き放さなかった。待っていてくれた。
俺はそんな彼女に甘えて、欺いて、期待して、……振られたんだ。

⏰:08/09/14 22:31 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#351 [◆8HAMY6FOAU]
 
何台もの自動車が水溜りを蹴散らしながら車道を走り抜けていく。
その横を俺はバチャバチャ音を立ててピエロみたいに走った。
完全に濡れ切った髪からいくつも水の筋が垂れて、目を開けていられない。
でも顔面に流れるのは薄汚れた空から降ってきた水分だけじゃなくて――俺はまだ、泣いていた。
前から歩いてきた相合い傘のカップルがそんな俺を見て嗤う。

――頭のおかしい奴とでも思われてるんだろうな。
構わないさ、実際俺は狂ってた。
あんなひどい仕打ちを受ける罪なんて彼女には一つもなかったのに。
罰を与えられるべきなのは俺だ。
だから嗤えよ。気が済むまで嗤ってくれよ。

⏰:08/09/14 22:33 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#352 [◆8HAMY6FOAU]
 
もう少し走れば辿り着く。
目指していた建物の大きな影を認めて、俺はそれを畏敬の念を含んだ眼差しで見上げた。

――もう繕ったりしない。
今まで平気で嘘を吐いて虚勢を張って誤魔化してきた愚かな背徳者は、ありのままを曝け出すと誓うよ。
それが俺の償いだ。


彼女のマンションのエントランスは花畑と見紛うほど植木や花壇で溢れていて、ここを通る度にお前は場違いだと言われているような被害妄想に苛まれた。
この世で最も美しく我が身にとってただ唯一守るべき花を放り出して、簡単に股を開く安っぽく汚らわしい女たちと交わるような汚れた人間はここに来てはいけないんだ、と。

⏰:08/09/14 22:34 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#353 [◆8HAMY6FOAU]
だから俺はよっぽどのことがない限り彼女の部屋に入らなかった。
そして今、俺と彼女の間によっぽどすぎるくらいよっぽどの事態が起きている。
俺は迷わず足を進めた。


彼女の部屋は四階の端、エレベータで上がるとすぐだ。
四階のボタンを押して気付いた。俺の眼からは相変わらず涙が流れている。
もう顔面の感覚が麻痺して、自分の顔がどんな表情を映しているのかさえわからない。
というか、髪も服もビショビショ、顔は恐らく最低にひどい状態でしかも泣いている。
こんな無様な恰好を彼女に見せるのはいくらなんでも、と躊躇ってから、すぐに思い直した。

⏰:08/09/14 22:35 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#354 [◆8HAMY6FOAU]
 
これでいいんだ。
彼女の前で、俺は繕いすぎた。
だから虚構にがんじがらめにされて、真実を隠すのに必死になって、彼女の透き通る視線に怯えるような馬鹿になってしまった。

全身にかかっていた重力が解け、目の前の壁が両側に開いた。その先にある薄暗い世界は、しかし、さっきまでよりいくらか明度を上げたように感じた。
エレベータは俺を四階に降ろすとまたすぐに上昇を開始する。
それを見届けてから、俺はびしょ濡れの髪を弄んで無造作に整えた。
上着を脱いでギュウっと絞ると、大量に水が溢れて床に飛び散る。シミになっていく。
下に来ていたTシャツも腹の部分だけ絞る。またシミが増えた。

⏰:08/09/14 22:36 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#355 [◆8HAMY6FOAU]
ジーンズは水分をたっぷり含んだまま。
俺はこれから電気椅子に拘束されに行く死刑囚のような、それでいて、たった今刑期を終えて刑務所から解放される服役囚のような、多面的感情に溺れていた。どちらにせよ俺は犯罪者だ。罪は重い。


四〇八号室、表札に名前はない。ここが彼女の部屋だ。
表札の下のインターホンに人差し指を乗せてまだ流れる涙を空いた手の甲でぐいと拭うと、目をつぶって人差し指に力を込める。
チャイムの音が雨音と混じり合って空間を支配したが、それからすぐにドアの向こうから緩いテンポの足音が届いた。

⏰:08/09/14 22:37 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#356 [◆8HAMY6FOAU]
 
目の前の扉が開くと、そこには彼女がいた。白いワンピースを着て鳶色の長いストレートヘアを胸まで下ろしたその人は、やっぱり天使そのものだった。

「……ゴメン、悪かった。俺やっぱり好きだ。他のやつなんかに負けないぐらい、好きだ」

頭のてっぺんから爪先までびしょ濡れの上にひどい顔をして泣いている男が吐いた情けないセリフに、彼女は恋愛映画のヒロインよりロマンティックで残酷なくらい優しい笑顔を返す。
さっきまでの懺悔は天使を目にした瞬間全部吹き飛んでしまって、俺のこの脳みそは紛い物なんじゃないかと思った。

⏰:08/09/14 22:39 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#357 [◆8HAMY6FOAU]
俺にとって彼女は、無罪のみを言い渡す裁判官で、全てを許す神で、正しい方向を示す母で、そこはかとない愛を生む女で。


「おかえり」


自分が濡れるのも構わず、境界線がわからなくなるほど俺を強く抱き締めた彼女は、もう一つの解答を俺に教えてくれた。
この先も俺たちのスクリーンには、間抜けなピエロと麗しいヒロインのラヴストーリーがエンドレスで流れ続けるという真実の答えを。

⏰:08/09/14 22:39 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#358 [◆8HAMY6FOAU]
踊り狂え、愛しきピエロ

>>338-357


終了しました。
次の方どうぞ!

⏰:08/09/14 22:44 📱:SH903i 🆔:☆☆☆


#359 [◆j9RqQwYZbM]
今から投下します!

タイトルは,

【花と君とあたし。】

⏰:08/09/14 22:49 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#360 [◆j9RqQwYZbM]
「別れたぁ〜!!
っていうかフラれたぁ!!」

突然の大声に店内に居る客という客の視線が、一斉に自分へと注がれる。そりゃあそうだ。
静かに花を選びに来ている人間からすれば、場違いにも甚だしい行動。

しかしそんな冷ややかな視線にも慣れている私は、店内の空気などお構いなしに、いつものようにある人物をキョロキョロと探し始める。

第一今の私に周りを気にしていられる程の余裕なんて、これっぽっちも残されていなかった。

「…イタッ!?」

すると突然、後頭部を何かで叩かれ思わず大声を上げる。

⏰:08/09/14 22:56 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#361 [◆j9RqQwYZbM]
「おい!これ以上大声出すな!
店はお前の家じゃねぇぞ!?」

振り返ると手には新聞紙を握り締めている長身の男が、呆れた表情で突っ立っている。
どうやら私の後頭部はコレで叩かれたらしい。

「…プッ…あたしより声張ってんじゃん」

そんな彼とは逆に、注意している本人が一番声を張り上げているのが可笑しくて、私は思わず吹き出した。

「…ッ!うるせぇーよ!とりあえずちょっとこっち来い」

そうこうしている間に、私はほぼ無理矢理の状態で店の奥へと連れて行かれる。

⏰:08/09/14 23:02 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#362 [◆j9RqQwYZbM]
店の奥へと彼に手を引かれている間も、客の視線が痛々しい程感じられた。

確かに逆の立場だったら私はウザイ客だろうな〜なんて考えていたら、いつもの広場に通された。

様々な種類の花が植わっている花壇が円を書くように敷き詰められた広場には、小さなベンチとテーブルが真ん中幾つか置かれている。

私はこの広場が好きなんだけど、今は使われていないらしくほぼ花の在庫置き場になっている。

⏰:08/09/14 23:12 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#363 [◆j9RqQwYZbM]
「…で?今度は何で別れたんだよ?」

ついつい綺麗な花に見とれていた私は、彼の声で一気に現実へと引き戻され急に腹が立って来た。

「そうだった!もぉ本当聞いてよ〜!今度はさぁ…」

私はずっと抑えていた気持ちを声の出る限り彼に伝えようとする。

そして彼はいつものように必死で話す私を彼は黙って聞いてくれる。

これが私と彼の関係の全てだった。今も昔も。

⏰:08/09/14 23:18 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#364 [◆j9RqQwYZbM]
彼、こと"大庭咲良(オオバサクラ)"は2つ年上の私の幼なじみでこの花屋の一人息子だ。

兄弟の居ない私にとっては幼なじみであり兄のような存在でもある。

そのせいか私は何か嫌なことがあったり心配事があったりすると、必ずこの花屋に駆け込んで咲良に話を聞いてもらっていた。

まぁその相談事の9割方が私の恋愛についてなのだが。

⏰:08/09/14 23:26 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#365 [◆j9RqQwYZbM]
今回の相談もそうだった。つい最近まで付き合っていた彼に突然、「重い」と言ってフラれてしまった。

フラれた彼に何の未練も無いしむしろあんな奴もうどうでも良いのだけど、いつも思うことがある。

彼の言う"重い"って一体何?
私にとって好き=いつも一緒に居たいとか、相手をいつも想いやっていたいとか、そういうこと。

それなのにその想いを"重い"だなんて言葉で片付けられちゃ、納得出来るワケが無い。

だから私はいつも自分に合う人を求めて沢山恋愛をしてきた。
でもいつも結果は同じ。

なかなか思う通りにいかなくてまたこの花屋に来てしまうんだ。

⏰:08/09/14 23:35 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#366 [◆j9RqQwYZbM]
「…で結局フラれた、と」

「…まぁ…まとめたらそうなります」

支離滅裂な話を終えた頃時計に目をやると約30分が過ぎていた。
咲良に喋ればスッキリすると思っていたのに、意外と未消化な気持ちで居る自分に驚いた。

暫く沈黙が続き、咲良はゆっくりと席を立ち上がる。

⏰:08/09/14 23:43 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#367 [◆j9RqQwYZbM]
数分程して帰って来たかと思うと、咲良はおもむろに何かを私に差し出して来た。

「そうだな…今の沙保にはこの花を…花言葉は」

「もぉぉ!!咲良の花の慰めは要らないって!!」

咲良の言葉を遮るようにそう言うと、私はテーブルにうつ伏せる。

「お前…本当失礼な奴だな!人が心配して選んだ花を受け取らないなんてよぉ!!」

まだ馬鹿げた文句を言いながら、咲良は不機嫌そうにイスに座り直す。

⏰:08/09/14 23:49 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#368 [◆j9RqQwYZbM]
花屋の息子だからか知らないが、咲良はいつもその時の私の状況に合わせた花言葉の"花"を選んで私にくれる。

それが咲良流の慰め方らしいのだが、私にしてみれば何の意味も無い行動に思えてならない。

「そんな花くれるんだったらさぁ〜私のことだけ考えてくれる人を連れて来てよぉ…」

周り一面に咲いている花を見ながら、私は思わずそう呟いた。

すると突然、咲良が席を立ち上がって一目散に奥の店内へと戻って行った。

咲良が奇怪な行動を取るのは日常茶飯事なので、私は気にせずテーブルに伏せていた。

⏰:08/09/14 23:56 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#369 [◆j9RqQwYZbM]
テーブルに顔をうずめたまま、急に静かになった広場で一人ふ、と思った。

[きっとまた恋しても、"重い"とか言われてフラれるだけなんだろな…]

この恋をバネにして!なんて、口では簡単に言えるけれど実際はそうじゃない。
毎回毎回、失恋する度に心身共々ボロボロで、自分ばっかり責めて、泣いて…。

そんなことを考え出したら急に悔しくて、悲しくて、涙が頬を伝った。

「こんな時に…一人にしてんじゃないよ…バカ咲良…ッ」

⏰:08/09/15 00:03 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#370 [◆j9RqQwYZbM]
すると突然、顔の下に敷いていた腕を力強く引き上げられた。

「一人で…ハァッ…泣くな!!俺が居る意味が無いだろ!」

驚いて見ると息を切らした咲良が私の手を握っている。

「だ…ッだって!っていうか、勝手に飛び出して行ったのは咲良の方じゃん!!」

突然のことに動揺した私は、急に泣いている自分が恥ずかしくなって慌てて涙を拭く。

その言葉を聞いた咲良は思い出したように、私の手を握る右手とは逆の手をまた勢い良く差し出した。

「これ…お前に渡せるの、今しかないと思って」

咲良はそう言って俯いた。
見ると咲良の手には、一輪の赤いバラがあった。

⏰:08/09/15 00:11 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#371 [◆j9RqQwYZbM]
「…バラ……?」

まだ現状が理解仕切れていない私は、じっとその花を見つめる。

そんな私を咲良は苛々した様子で暫く見ていると、胃を消したように突然大声を上げた。

「バラの花言葉ぐらいだったら、お前も知ってるだろ!」

「花言葉…?」

そこまで言うと咲良はまた恥ずかしそうに俯いた。
咲良を見つめながら、私はゆっくりと思い出す。

バラの花言葉。
確か……。

「ー……ッ!!!!!!!!」

思い出した途端、自分の体温が急上昇していくのが分かる。

「そ…れって…」

バラの花言葉、"愛・愛情"。私が何よりも欲しがっていたモノだ。

⏰:08/09/15 00:18 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#372 [◆j9RqQwYZbM]
「口で言わなきゃ分かんねぇのかよ…この鈍感」

いつになく顔を赤らめている咲良はバラをテーブルに置くと、私を見つめ直す。

「花言葉で告白って…。プッ…相変わらずダサいなぁ〜咲良は!」

大真面目に言っている咲良を前に私は思わず吹き出して言う。
咲良の方は一世一代の告白をまさか笑われるとは思っていなかったらしく、キョトンとしている。

「お前…っ…普通ここで笑うか…ッ!?」

咲良はそこまで言うとまた口を紡ぐ。
というよりも、紡がざるを得なかった。

咲良の唇を、私が塞いだから。

⏰:08/09/15 00:24 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#373 [◆j9RqQwYZbM]
何で気が付かなかったんだろう。

私が今まで恋をしていて不満だらけだった理由。それは、いつも相手に咲良を重ねて思っていたからだ。

咲良のような優しさや温もりを相手に求めては、拒まれていた。

そりゃあそうだ。
咲良の優しさは咲良にしか生み出せない。

こんな簡単なことに気が付くまで、随分時間がかかったものだ。

⏰:08/09/15 00:30 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#374 [◆j9RqQwYZbM]
ゆっくりと唇を離すと、咲良から花の良い香りがした。
どこか懐かしくて心があったかくなる香り。

「沙保…お前って本当に無茶苦茶だな」

ようやく自由になった口を咲良は不満そうに開いた。その顔はバラより赤くて、また私は笑った。

「無茶苦茶な私に愛を誓ったのは咲良だよ?
最後まで付き合ってもらうから」

私はそう言って微笑むと目を閉じる。
咲良の甘い香りに包まれるのを、心地良く感じながら。

⏰:08/09/15 00:34 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#375 [◆j9RqQwYZbM]
【花と君とあたし。】

>>359-374

投下終了です!

次の方どぞ!

⏰:08/09/15 00:36 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#376 [◆vzApYZDoz6]
業務連絡

投票開始しました!
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3873/
匿名でなら作家さん自身が投票するのもアリなんで、お好きにどうぞw

なお、24:00〜26:00はマージンタイムです!
投票はすでに受付開始していますが、この時間に投下された作品も投票対象になりますのでまだ投下してない方はお早めに!

⏰:08/09/15 00:52 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#377 [◆ZPM9124utk]
今から投下させて
頂きます。

題名は【歩道橋の上で】

⏰:08/09/15 01:40 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#378 [◆ZPM9124utk]
大学の授業が終わり
大学1年生の
立架絢が自宅への帰り支度
をしているところに
近くで話していた生徒
の声が聞こえてきた。

「ねーねー最近あの歩道橋
に男の人がずっといるの
知ってる?」

⏰:08/09/15 01:41 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#379 [◆ZPM9124utk]
「え、何それナンパ?」

「ん〜わかんない…。でも
超イケメンで〜女の子
ガン見してるらしいよ。」

「え〜どうしよ、
見てみたいな。」

絢は鞄に本を詰める手を
休ませて生徒達の話に
思わず聞き入って
しまっていた。

「誰か待ってるのかもね!」
「なーんかそれロマンチック!」

絢は生徒達の話が
一通り済むまで聞くと
鞄を提げコートを羽織り、
生徒達を尻目に
部屋を出て行った。

⏰:08/09/15 01:43 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#380 [◆ZPM9124utk]
…―今更あの人が
いる訳ないよね、うん。
だって一年も前の話だし…。

絢はそんなことを思いながら
大学を出て外の冷たい
風を受けコートの襟を
少し立てた。




『カランコロン』

絢は数ヶ月ぶりに聞くドアに
取り付けられたベルの音色
を少し懐かしく思った。

「いらっしゃいませ…
絢ちゃん!久しぶり!!」

コーヒーを淹れていた
短髪の青年の
店員が嬉しそうに絢に
声をかけた。

⏰:08/09/15 01:45 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#381 [◆ZPM9124utk]
「久しぶり、元気してた?」

絢も微笑みながら、
店員の近くのカウンター席
に腰を下ろした。

「元気元気!あの頃は
店に慣れなかったけど、
今はこの通り副店長だよ!!」

店長は誇らしげに
制服の胸ポケットに
付けていたネームプレートを
指した。
確かに「副店長」と印刷
されている。

⏰:08/09/15 01:47 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#382 [◆ZPM9124utk]
「たった一年で!
…変わるもんなんだね。」

「うん、一年は大きいよ。
あ、絢ちゃん何頼む?」

「それじゃあ紅茶を。」

メニューも見ずに即答した
絢に副店長は頷き、
淹れたコーヒーを他の店員に
渡すと、今度は紅茶を
淹れ始めた。

「絢ちゃんは、アイツが
いなくなった、ってだけで
何にも変わらないね。」

「…アイツって、」

「峰原悠二のこと。」

⏰:08/09/15 01:48 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#383 [◆ZPM9124utk]
副店長は少し寂しそうな
表情をした。

「…一年前はよくここに
2人で来たしね。そういえば
…悠二と友達だったよね、
最近元気なの?」

絢は少しざわついている
店内の中でひっそり言った。

⏰:08/09/15 01:49 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#384 [◆ZPM9124utk]
「それが、一年前から連絡
取れなくてさ…。
他の峰原の友達も連絡
取れないって言ってて…。」

副店長は悲しげな面持ち
で言い、カウンター越しに
絢に紅茶を渡した。

「それっていつから?」

絢はとても嫌な予感がした。
興奮して少し声が大きくなる。

「12月20日、去年のちょうど
今頃だよ。あ、明日だね。」

⏰:08/09/15 01:51 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#385 [◆ZPM9124utk]
…―間違いない。
彼と別れた日だ。

絢は紅茶に手もつけず
鞄に入れていた財布から
千円札を乱暴に抜き取り、
副店長に渡した。

「え!?絢ちゃん!??」

副店長が驚いている間に
絢は鞄をつかみ、勢い良く
店を出た。

…―もしかして、
歩道橋にいるのは…

⏰:08/09/15 01:52 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#386 [◆ZPM9124utk]
絢は雑踏をかき分けて
例の歩道橋まで急いだ。
人にぶつかったって
コートがめくれたって
気にもしなかった。
ただ、絢は歩道橋にいる
女性を見ているイケメンが
誰なのか確信していた。

緑色の急な階段を
一気に駆け上がる。

男性はいた。

歩道橋の真ん中で
悲しい目で通る人々を
眺めている。

…―一年前の翌日に
この場所で別れた
元彼、悠二だ。

⏰:08/09/15 01:53 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#387 [◆ZPM9124utk]
「ゆう…」

そう言って伸びた手を
絢はふと我に返って
制した。

…―今更悠二に声
かけるものじゃ
ないかもしれない…。
まして、あんな別れ方
だったんだから…。

絢は悠二を見つめながら
制した手を強く握った。

…―でもみんな心配してた
し、私が一声かけるくらい…。

⏰:08/09/15 01:54 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#388 [◆ZPM9124utk]
絢が脳内で悶々と
悩んでいると、
歩道橋を通った子どもが一人
悠二に近づいた。

「お兄ちゃん何してるの?」

不思議そうな顔をして
その子どもは悠二に聞いた。

悠二はしゃがみ込むと、
子どもに微笑み、答えた。

「大切な人、待ってるんだ。」

「大切な人?それって
お兄ちゃんの彼女なの?」

「……たぶん。」

⏰:08/09/15 01:55 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#389 [◆ZPM9124utk]
悠二は少し困ったように
言った。そんな悠二に子どもは
へんなのー、と言って、
歩道橋を駆けていった。

「…だよな。」

絢には悠二がぼそりと
つぶやいたのがわかった。
人ごみに混ざったざわめき
なんてもう聞こえなかった。
悠二にスピーカーが
ついているかのように
彼の声だけ聞こえた。

「…何もかもわかんない
なんて変だよな…。」

⏰:08/09/15 01:56 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#390 [◆ZPM9124utk]
「どういうこと?」

いつの間にか絢は
悠二の目の前に
しゃがみ込んでいた。

長い沈黙が流れた。
悠二の目はまん丸だ。

「…………え?」

悠二が絢に向かって言った
第一声はそれだった。

「………すみません、
もしかしてあなた、
立架絢さんですか?」

…―これは冗談?

絢の思考は停止する。
悠二は絢を見つめたままだ。

…―もし本当に悠二が
忘れたとしたら、彼の記憶
が丁度消えているのなら…。

⏰:08/09/15 01:57 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#391 [◆ZPM9124utk]
絢はうつむいて、
悠二を見つめた。

「すみません、違います。」

…―これはきっと
彼にとって、私にとって
一番いいのかもしれない。

悠二は、絢の答えを聞くと、
慌ててぺこりと
謝り、立ち上がった。

「そうですよね、すみません。
よくその人に
似ていたもので。」

「…いえ。それより、
さっき、何もかもわからない
って…。」

⏰:08/09/15 01:58 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#392 [◆ZPM9124utk]
絢も立ち上がって悠二
と並び、橋の下を眺める。
鞄を握り跡がついて
しまいそうなくらい
強く掴んだ。

「あ、はい。僕、丁度一年前に
事故で記憶
なくしちゃいまして、」

絢の目の前が真っ暗に
なった。

「事故っていっても
ぶつかった程度なんです
けどね…でも厄介なことに
なかなか記憶が
戻ってくれないんですよ。」

「…………。」

何も言い出せない絢を
お構いなしに悠二は
話を続ける。

⏰:08/09/15 01:59 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#393 [◆ZPM9124utk]
「親や少人数の
親しい友人に大まかな話を
聞いて大体の記憶は
取り戻したんですが、一年前
の数ヶ月のことだけ
誰に教えてもらっても
しっくり来ないんですよ。
ほら、あのパズルで形が
似てるピースが
当てはまらないみたいに。」

「…………はい。」

なんとか絢は頷いた。

「立架絢さんという女性が
僕の大切な人だった、
ということはわかるんですが。」

⏰:08/09/15 02:00 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#394 [◆ZPM9124utk]
同じく絢は頷く。

…―落ち着け私。
彼にとって私を思い出さない
方が幸せなはず。

「記憶って大きいキーワード
を思い出したらあとは
思い出せるらしいんです。
あと少しなんですよね。」

…―そのために早く
私のことを諦めせなくちゃ。

絢の呼吸が荒くなる。

「て、ごめんなさい。
見ず知らずの人にこんな
こと話してしまって…。」

悠二は慌てて絢に
謝った。

⏰:08/09/15 02:01 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#395 [◆ZPM9124utk]
「記憶をなかなか
思い出せないのは、あなたの
どこかで思い出したくない
自分がいるんじゃない?
そんな辛い過去、忘れたまま
の方がいいに決まってる!
こんな先の見えない
記憶探し、馬鹿みたい!!」

絢は悠二に言った。
胸が痛くて今にも
倒れてしまいそうだった。

⏰:08/09/15 02:02 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#396 [◆ZPM9124utk]
絢が歩道橋を引き返そう
とした時、悠二の足元に
見覚えのあるマフラーを
見つけた。

…―私が去年あげた
マフラー。

「これ、落としてる。」

乱暴にそれを悠二に
押し付けると絢は
振り向きもせずに歩道橋の
階段を駆け下りた。

⏰:08/09/15 02:03 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#397 [◆ZPM9124utk]
悠二はマフラーを
受け取りながら絢の
背中を見つめていた。

「さっきの…もしかして……。」

一人暮らししている
マンションの部屋の
鍵を開けてベッドに
倒れ込んだ絢の顔は
涙でぐちゃぐちゃだった。

「…あのマフラー、
まだ使ってた…。」

ふとさっきの情景が
絢の中で思い出された。

「悠二…。」

絢はいつの間にか
眠って夢をみていた。

一年前の話だ。

⏰:08/09/15 02:04 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#398 [◆ZPM9124utk]
絢は7年間片思いしていた
異性に男友達だった
悠二に後押しされながらも
思い切って告白した。

「ごめん、君に興味ないから。」

返ってきたのは、
期待していた言葉より
何倍も何倍も冷たい言葉。

その態度に絢が
傷つかない訳がなかった。

何ヶ月も家に引きこもった
絢を心配した悠二は
見舞いついでに絢に
声をかけた。

⏰:08/09/15 02:05 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#399 [◆ZPM9124utk]
「絢に最高の場所、
教えてやるよ。」

絢がしぶしぶ付いていくと
そこはただの歩道橋だった。

ぼやく絢に悠二は
歩道橋の上から向こうを
指差した。

「絢、ほらあれみて。」

絢の瞳に映ったのは
クリスマス期間限定で
道路の端々の木に付けられた
数え切れない程に
輝いているイルミネーション
だった。

「こんなの、知らなかった…。」

⏰:08/09/15 02:06 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#400 [◆ZPM9124utk]
絢は目を丸くして
笑顔で景色を眺める。

「絢、もし良かったら
俺とつ、つ、付き合って
くれないか!??」

絢を先ほどから見つめていた
悠二は緊張した面もちで
告白した。

驚いた絢は固まった後、
はにかみながら、

「…うん。」

と返事をした。

⏰:08/09/15 02:07 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#401 [◆ZPM9124utk]
それから悠二は
片時も絢のそばから
離れなかった。
絢が昔を思い出して
悲しくなったらいつだって
励ましてくれた。
絢の大学合格が決まった時
は自分のことのように
喜んでくれた。

そんな悠二を絢も
いつからかかけがえのない
大切な人だと感じる
ようになった。

しかし、そう思う反面
絢は自分が寂しさを
埋めるために悠二と付き合い
始め都合の良いことを
しているのではないか、
と悩むようになった。

⏰:08/09/15 02:08 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#402 [◆ZPM9124utk]
絢にとって悠二は
大切な人だった。
しかし片思いしていた異性
は絢にとってまだ
諦めきれない大好きな人
だったのだ。

そうと分かったら
いても立ってもいられなく
なった絢は悠二を
あの歩道橋に呼び出した。

「別れてほしいの。」

⏰:08/09/15 02:09 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#403 [◆ZPM9124utk]
悠二は案の定、嫌だ、
と言った。しかし絢は
聞く耳を持たずに
言ってしまった。

「あんたなんか最初から
好きなんかじゃなかった。」

『ピピピ!!!』

目覚ましの音で絢は
長い夢から目を覚ました。

「…………嫌な夢。」

絢は一言つぶやくと
いつも通り身支度を整えて、
自宅を出て大学へ向かった。

⏰:08/09/15 02:10 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#404 [◆ZPM9124utk]
いつもは通らない歩道橋
が気になって引き寄せら
れるかのように
絢は階段を上っていた。

悠二が立っていた。
髪もボサボサで服も
ジャージだ。

「………絢だよね。」

悠二が絢に近づいて
ゆっくり言った。

絢は何も言えなかった。

悠二が涙を流していたから。

⏰:08/09/15 02:11 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#405 [◆ZPM9124utk]
「俺、昨日マフラー拾って
もらった時、思い出したんだ。
絢がこれプレゼントして
巻いてくれたの。」

そう言い、悠二は
適当に巻きつけたマフラーを
きゅっ、と握った。

「それがキーワードに
なっていろんなこと
思い出したんだ。」

「確かに、辛かったけど…
でも俺思い出して
良かったよ。久しぶり、絢。」

「………久しぶり…。」

絢も挨拶を返した。
悠二があまりにも
嬉しそうに言うので、
さすがに嘘をつくことが
できなかった。

⏰:08/09/15 02:12 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#406 [◆ZPM9124utk]
「ひとつ思い出せないことが
あるんだけど何で俺のこと
振ったの?」

橋の下で何台もの車が
ものすごいスピードで
走り抜けていくので
絢は思わず目でそれらを
追いかけながら答えた。

「あたし、あの時、寂しくて
誰でもいいからそばにいて
欲しかった。」

…―また言えない。
素直になれない。
もう二度とあんな思い、
したくない。

⏰:08/09/15 02:13 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#407 [◆ZPM9124utk]
絢は下唇を噛んで、
悠二を見据えた。

「ううん、本当は悠二に
いてほしかった。でも、」

「あの人のことが諦め
られなくて、このままじゃ
悠二のこと寂しい時だけ
利用してる
みたいだったから…。」

絢は言い終えてすがすがしい
ような申し訳ないような
複雑な気持ちに襲われた。

「…ひどいな。」

⏰:08/09/15 02:14 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#408 [◆ZPM9124utk]
悠二は悲しそうに俯いた。
絢は頷く。

「でもさ、」

「今度は俺が寂しいから
絢のこと諦めきれないから
そばにいてほしいって
言ったらどうする?」

そう言って顔を上げた
悠二は一年前に見たことある
笑顔だった。

⏰:08/09/15 02:15 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#409 [◆ZPM9124utk]
絢は驚いて固まった後、

「わかんない。」

と笑顔で答えた。

「わかんない、って何だよ!」

簡単にあしらわれた悠二
が絢に少しムキになって
言った。

「私もやっとあの人のこと
吹っ切れたから、
考えてみる。」

絢はピースサインを
してみせた。

「…おう。」

今年の冬の始まり、

2人の関係が再び
この歩道橋の上で
変化し始めた。

⏰:08/09/15 02:16 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#410 [◆ZPM9124utk]
「歩道橋の上で」

終わりました。
時間オーバーしてしまい
本当に申し訳ないです。

⏰:08/09/15 02:16 📱:F705i 🆔:☆☆☆


#411 [◆vzApYZDoz6]
作品は
>>378-409ですね、お疲れさまでした!

⏰:08/09/15 02:21 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#412 [◆vzApYZDoz6]
業務連絡


これにて投下終了です!
皆様、本当にお疲れさまでした!

が、企画はまだ終わってませんよーw
16日24:00までが投票期間です

投票スレ↓
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3873/

読んでくださった方々は、投票という形で作家さんに乙を送りましょう!
感想等も投票スレにお願いします!


なお、以降の投下は投票対象にはなりません
が、『時間に間に合わなかったけどせっかく書いたんだし投下したい!』という方は、どうぞ投下しちゃってくださいw

⏰:08/09/15 02:28 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#413 [桃色◆OQUMeZqegU]
みなサマ本当にお疲れ様でしたヾ(゚∀。ノ

まとめアンカー作ったのでどうぞぉ!

【サンタにプレゼント】
>>8-58

【幸せの象徴】
>>60-67

【雨のち‥】
>>70-93

【決めゼリフ】
>>95-110

【死んで初めて気づく大切な人】
>>112-214

【自 殺 志 願 者 -太郎と花子の最後の2週間-】
>>217-291

⏰:08/09/15 02:39 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#414 [桃色◆OQUMeZqegU]
【青虫は空に恋をし蝶になる】
>>294-335

【踊り狂え、愛しきピエロ】
>>338-357

【花と君とあたし。】
>>359-374

【歩道橋の上で】
>>378-409

こんなにも沢山の投下が募って嬉しい限りですね!

第2回、3回と続いていけば素敵ですヾ'v`*)ノ

⏰:08/09/15 02:42 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#415 [◆vzApYZDoz6]
>>413-414
いい仕事してくれましたw
どうもです

⏰:08/09/15 05:31 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#416 [我輩は匿名である]
あげ!

⏰:08/09/15 15:11 📱:SO903i 🆔:☆☆☆


#417 [我輩は匿名である]
あげます

⏰:08/09/15 20:26 📱:F905i 🆔:☆☆☆


#418 [あお☆まる]
あげ(o´口`o)ノ゛
見た人は投票参加して下さいね☆

⏰:08/09/15 23:07 📱:812SH 🆔:☆☆☆


#419 [あんみつ]
あげ*

⏰:08/09/16 07:05 📱:D904i 🆔:☆☆☆


#420 [東脂ヤ転
アゲ(^-^)/


ます☆彡

⏰:08/09/16 22:36 📱:W52P 🆔:☆☆☆


#421 [桃色◆OQUMeZqegU]
【サンタにプレゼント】
>>8-58

【幸せの象徴】
>>60-67

【雨のち‥】
>>70-93

【決めゼリフ】
>>95-110

【死んで初めて気づく大切な人】
>>112-214

⏰:08/09/16 23:44 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#422 [桃色◆OQUMeZqegU]
【自 殺 志 願 者 -太郎と花子の最後の2週間-】
>>217-291

【青虫は空に恋をし蝶になる】
>>294-335

【踊り狂え、愛しきピエロ】
>>338-357

【花と君とあたし。】
>>359-374

【歩道橋の上で】
>>378-409

⏰:08/09/16 23:44 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#423 [桃色◆OQUMeZqegU]
【投票スレ】
bbs1.ryne.jp/r.php/novel/3873/

⏰:08/09/16 23:46 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#424 [ふむ◆s8/1o/v/Vc]
保守あげ

⏰:09/02/02 14:26 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#425 [○○&◆.x/9qDRof2]
(´∀`∩)↑age↑

⏰:22/10/17 22:03 📱:Android 🆔:☆☆☆


#426 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>1-30

⏰:22/10/17 22:03 📱:Android 🆔:☆☆☆


#427 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>370-400

⏰:22/10/17 22:03 📱:Android 🆔:☆☆☆


#428 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>30-60

⏰:22/10/17 22:08 📱:Android 🆔:☆☆☆


#429 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>60-90

⏰:22/10/17 22:09 📱:Android 🆔:☆☆☆


#430 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>90-120

⏰:22/10/17 22:10 📱:Android 🆔:☆☆☆


#431 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>120-150

⏰:22/10/17 22:11 📱:Android 🆔:☆☆☆


#432 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>150-180

⏰:22/10/17 22:12 📱:Android 🆔:☆☆☆


#433 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>180-210

⏰:22/10/17 22:12 📱:Android 🆔:☆☆☆


#434 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>210-240

⏰:22/10/17 22:13 📱:Android 🆔:☆☆☆


#435 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>240-270

⏰:22/10/17 22:14 📱:Android 🆔:☆☆☆


#436 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>270-300

⏰:22/10/17 22:15 📱:Android 🆔:☆☆☆


#437 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>280-310

⏰:22/10/17 22:16 📱:Android 🆔:☆☆☆


#438 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>310-340

⏰:22/10/17 22:17 📱:Android 🆔:☆☆☆


#439 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>340-370

⏰:22/10/17 22:18 📱:Android 🆔:☆☆☆


#440 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>370-400

⏰:22/10/17 22:18 📱:Android 🆔:☆☆☆


#441 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>280-400

⏰:22/10/17 22:19 📱:Android 🆔:☆☆☆


#442 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>400-430

⏰:22/10/17 22:20 📱:Android 🆔:☆☆☆


#443 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>290-320

⏰:22/10/17 22:20 📱:Android 🆔:☆☆☆


#444 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>320-350
>>350-380
>>380-420

⏰:22/10/17 22:49 📱:Android 🆔:☆☆☆


#445 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>112-220

⏰:22/10/17 22:50 📱:Android 🆔:☆☆☆


#446 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>112-150
>>150-180
>>180-210

⏰:22/10/17 22:51 📱:Android 🆔:☆☆☆


#447 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>210-220

⏰:22/10/17 22:51 📱:Android 🆔:☆☆☆


#448 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>377-400

⏰:22/10/18 13:14 📱:Android 🆔:☆☆☆


#449 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>400-430

⏰:22/10/18 13:15 📱:Android 🆔:☆☆☆


#450 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>112-220

⏰:22/10/18 19:51 📱:Android 🆔:☆☆☆


#451 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>370-400

⏰:22/10/18 19:52 📱:Android 🆔:☆☆☆


#452 [○○&◆.x/9qDRof2]
⏰:08/09/14 17:24 📱:SH905i

⏰:22/10/18 19:52 📱:Android 🆔:☆☆☆


#453 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>148-180

⏰:22/10/19 19:08 📱:Android 🆔:☆☆☆


#454 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>180-210

⏰:22/10/19 19:10 📱:Android 🆔:☆☆☆


#455 [○○&◆.x/9qDRof2]
>>210-230

⏰:22/10/19 19:10 📱:Android 🆔:☆☆☆


★コメント★

←次 | 前→
↩ トピック
msgβ
💬
🔍 ↔ 📝
C-BoX E194.194