【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#270 [◆1y6juUfXIk]
「こうだ、こう」

花子が太郎の後ろに回り、腕を取る。
2人の体が密着した。

「えーと……ああ、こうか」

「ニヤニヤするな」

「断じてしてない」

「こう、手首のスナップを活かして、ヒュッと。……あ」

花子がつまずき、太郎の方に倒れてくる。

太郎はそれを受け止める。

抱き合った格好のままで、少し時間が止まった。
 

⏰:08/09/14 19:32 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#271 [◆1y6juUfXIk]
 
「……今のは、わざとか?」

「かもね」

囁きあい、ゆっくり互いから離れる。

太郎はすぐさま今の出来事について考えを巡らせた。

ナイフの使い方を教えると言いだしたのも、自分にくっつきたかったからなのかも。

(いや、邪推か……あー、いやでも……うーん…)

「どうした?」

「何でもない」

「そうか…ところで、明日でちょうど1週間だが」

「そうか…もうあれから2週間経ったのか」

⏰:08/09/14 19:33 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#272 [◆1y6juUfXIk]
明日でゲームの最終日。
長くも短くも感じた。

いや、自殺したかった人間が2週間も生きたんだから、長かったのかもしれない。

「お前は結論は出たのか?」

「どうかな、わからない。あなたは?」

「俺もわからん」

「そうか」

それまでと同じように会う約束をして、2人は駅で別れた。

⏰:08/09/14 19:33 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#273 [◆1y6juUfXIk]
 
花子は電車を降りて駅前のアパートに向かう。

自宅のドア前で鍵を取り出そうとポケットに手を入れた時だった。

背後の空気が変わった。
ぞっとするような悪寒が背筋を走る。

反射的に、ポケットの中で鍵とナイフとを持ち変える。

しかし、ナイフを抜く前に背中に押し付けられた金属極が電流を吐き出した。

「ッ…!」

花子の意識は弾け飛んだ。 

⏰:08/09/14 19:34 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#274 [◆1y6juUfXIk]
 
翌日。
太郎はいつもの喫茶店で花子を待っていた。

「…遅いな」

いつもなら彼女の方が先に来て座っているはずだ。
電話も何度かけても繋がらない。

太郎の胸に少しずつ不安が募っていく。
昼過ぎまで待ったが、花子が来る気配はない。

「まさか、抜け駆けてあの木へ…?」

急いで電車に飛び乗り、あの林へ向かう。
例の木のところまで行って確認したが、やはり誰もいなかった。

⏰:08/09/14 19:34 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#275 [◆1y6juUfXIk]
太郎は内心ほっとしていた。

安心した自分はおかしいのだろうか。

しかし少なくとも、彼女は反則はしていなかった。

1度喫茶店に戻ったが、花子はいなかった。
電話も相変わらず繋がらない。

太郎はとうとう彼女の家に行くことにした。
一度聞いただけの曖昧な会話を頼りに、駅前のアパートを1つずつ確かめていく。

「……ここだな」

そろそろ暗くなってくる頃に、ようやくそのアパートを見つけた。
2階建ての建物に6世帯ほどが入る、小さなアパートだった。

「確か102号室って言ってたな……ここか」

⏰:08/09/14 19:35 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#276 [◆1y6juUfXIk]
ノックしようと息を整えた時、太郎は彼女の声を聞いた。
否、ただの声じゃない。

呻き声だ。

「なんだ…?」

裏のベランダに回り、カーテンの隙間から中をうかがう。

スーツ姿の男が1人いて、何か喋っているようだ。
こちらからは足ぐらいしか見えないが、奥に花子の姿も確認できた。

男は血の滲んだナイフを片手に下げていた。

太郎は思わず1歩後退する。
胃の底から恐怖がわき上がってきていた。

眼前のガラス窓に、自分の姿が写る。
その姿に、絞り出すような小声で言った。

⏰:08/09/14 19:35 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#277 [◆1y6juUfXIk]
「逃げろよ。逃げてあの木で吊っちまえ。……そう言いたいんだろ?
確かにいい案だ。
だってあれだろ、俺はチンピラにすらびびっちまう男だし、どうせ死ぬわけだし、なんつーかさ」

言い訳をするだけして、最後に固く目を閉じた。

「今日1日はまだ、花子を助ける日だ。そうだろ?」

ベランダを見回すと、手頃なサイズの石を見つけた。
それを手に取り、ガラス窓に投げつけた。

「!?」

男が弾かれたように振り返る。
鼻息は荒く、目は充血して血走っていた。

その奥には花子が、下着姿でベッドに縛り付けられて、猿グツワを咬まされていた。

⏰:08/09/14 19:36 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#278 [◆1y6juUfXIk]
花子は全身を浅く刻まれており、白い肌に赤い傷口が縦横に走っている。

「いきなり入ってきて何処のどちら様だコラ。取り込み中だ出ていけ」

「こりゃ、テメェがやったのか?」

「――!!」

ベッドで花子が言葉にならない叫びを上げている。
「逃げて」だろうか。それとも「私に構うな」だろうか。

「この女の新しい男か。ふん…趣味が悪いな」

「お前が言うな、変態野郎が」

「出ていけと言ったはずだが?」

⏰:08/09/14 19:37 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#279 [◆1y6juUfXIk]
男はナイフを小さく払い、指で回して逆手に持ち変えた。
相当に使い慣れているらしい。

(だが落ち着け、奴は俺が『武器』を持ってるのを知らない。一瞬でもいい、気を逸らせれば…)

「どうした、ビビったか? ふん、その様子じゃこの女がどんな奴か知らないらしいな」

「は?」

「こいつは元コールガールで、さらに――」

「――!!」

縛り付けられている花子が、全身の力を込めてベッドの上でのたうち回った。

その拍子にベッドサイドに置かれていた目覚まし時計がひっくり返って、派手な音を立てる。

男の視線が、一瞬だけそちらに向いた。

⏰:08/09/14 19:37 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#280 [◆1y6juUfXIk]
 
今この瞬間だけ、俺は俺じゃない。俺が書く小説に出てくるような、タフでクールなナイスガイだ。

太郎は自分にそう言い聞かせた。

ポケットに手を突っ込む。
一次選考通過者に贈られた万年筆。
太郎にとっては大事なそれを、躊躇なくポケットから抜いた。

抜くと同時に親指でキャップを弾く。

弾くと同時に踏み込んで、男の胸めがけてねじり込む。

「くっ!?」

「だああああ!!」

⏰:08/09/14 19:38 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#281 [◆1y6juUfXIk]
腕の力だけでは、人間の体にナイフはそうそう簡単に刺さるものじゃない。
タックルをかける要領で体をぶつけ、自分の体重を使って突き立てる。

花子に教わった通りのやり方を、狂いなく実行した。
男ともつれ合って床を転がる。

「ぐぎゃあああ!!! ひいいいい!!!」

「うるせぇな、黙ってろよ」

先に立ち上がった太郎が、床でのたうち回る男の顔面を、渾身の力を込めて踏みつけた。

男が気絶したのを確認し、花子の猿グツワと縄をほどく。

⏰:08/09/14 19:38 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#282 [◆1y6juUfXIk]
「警察を呼ぼう」

「それは……」

「やっぱり何か事情があるんだな? …とりあえずうち来いよ」

花子に服を着せ、気絶した男を路地裏に放り出して救急車を呼んだ。


太郎の家で、とりあえず花子の傷に薬を塗る。
男から引っこ抜いてきた万年筆についた血をタオルで拭いながら、太郎は花子に聞いた。

「あの野郎がお前のピンプか?」

⏰:08/09/14 19:39 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#283 [◆1y6juUfXIk]
花子は無言で首を横に振る。

「私のピンプはあいつが殺した」

「え?」

「あいつ自身のことはよく知らない。警察だか何だかの関係者らしいけど……

最初は客として来て、2度目に仕事をしないかって持ちかけられた。仕事内容は殺し。
ハニートラップ、って聞いたことない?」

「……いや」

⏰:08/09/14 19:39 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#284 [◆1y6juUfXIk]
「当時の私は欲に目が眩んで、いろんな奴を殺した。ナイフの使い方も、男の喜ばせ方もあいつに教わった。

クソ仕事だった。でも逆らえば何をされるか分からないし、それに……」

「金か」

「…しょうがなかったんだ!! 高校も出てない、家族もいない私なんて他にどうすることも……」

「誰も咎めてないよ。だから落ち着け」

「……ごめん…」

⏰:08/09/14 19:40 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#285 [◆1y6juUfXIk]
いつの間にか花子の目は、涙で少し滲んでいた。
太郎は、静かに花子の肩を抱いた。

「……それで金が貯まって…あいつから逃げ出したってわけか。だがあいつは追ってきた、と」

「そう」

花子は、手のひらで顔を覆った。

「私の人生は、真っ暗だった。夢を持っていたあなたが羨ましかった。

……私は生き延びても、やる事が何もないの。ただ追われ続けるだけ……それで、あの木に行ったらあなたがいて……」

そこで花子は言葉を切り、しばらく顔を覆ったまま沈黙した。

太郎も何も言わず、花子を見守っていた。

⏰:08/09/14 19:41 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#286 [◆1y6juUfXIk]
 
やがて、花子は言った。

「……私達、今日限りで他人になりましょう」

「何だって?」

「もしこのあとどっちかがあの木で死んだら、残された方は『あいつを救えなかった』って悩む事になる」

「…そうだな」

「もう行くよ。お元気で」

花子が立ち上がったが、太郎にはそれを止める事はできなかった。

⏰:08/09/14 19:42 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#287 [◆1y6juUfXIk]
花子はドアの前で一度立ち止まり、振り返った。

「あなたの作戦って、結局なんだったの?」

「いや…もう言っても意味ねぇ気がするけど」

「いいから」


「1週間で、お前を俺にホレさせる」




それを聞いた花子は、太郎の家を出ていった。



「それ、失敗じゃなかったと思う」

そう言い残して。

⏰:08/09/14 19:42 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#288 [◆1y6juUfXIk]
花子が出ていったあと、太郎はパソコンを立ち上げた。
書きかけの私小説にも、これでオチがつく。

だが、どうにも筆が進まない。
心にモヤモヤとしたものが残っていた。

コーヒーを飲んだり部屋の中をうろつき回った挙げ句に、太郎は洗面所へ向かった。

鏡の中の人は落胆したような、すっきりしない顔をしている。

⏰:08/09/14 19:43 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#289 [◆1y6juUfXIk]
「彼女はああ言ったが、計画は失敗さ。なぜなら……お前が彼女にホレちまったからな。

これからどうすればいいかなんて、考えなくても分かるだろう?

お前は彼女にホレたんだから、小説のオチはまだ決まらない。

……行けよ。行くんだ」

すでに夜明けが近い。
花子が出ていってから4、5時間が経っている。

迷っている時間はなかった。

太郎は服を着替えて家を出た。

⏰:08/09/14 19:43 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#290 [◆1y6juUfXIk]
家に帰る気がせず、花子はいつもの喫茶店に1人でいた。

落ち着こうとコーヒーを1杯頼んだが、頭の中はこんがらがって何を考えればいいのか分からなかった。

「これから、どうしよう……」

あの男は恐らく警察に捕まるだろう。
もう逃げる意味もなくなった。
かといってやる事も何もなかった。

これから、どうすればいいのか。

それを考えたとき、太郎の顔が頭に浮かんだ。

それ以外には、何も思い浮かばなかった。

窓の外はすでに明るくなってきている。

花子はコーヒーを飲み干し、支払いを済ませて喫茶店を後にした。
 

⏰:08/09/14 19:44 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#291 [◆1y6juUfXIk]
 
もし、あの人が死ぬつもりなら、その時は自分が止めないといけない。

先にその場所に着くために、足は自然と早くなる。

太郎は始発に乗って、林の中を続くハイキングロードから。

花子はタクシーに乗って、子供の頃に見つけた秘密の抜け道から。

2人は、共にあの木へ向かっていた。


自分はやっぱり、あの人と一緒にいたいから。




─それって、どう転んでもバッドエンドじゃない?─

─さぁな。万一のハッピーエンドが、あるかもしれないだろ?─


   ....お し ま い

⏰:08/09/14 19:45 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#292 [◆1y6juUfXIk]
>>217-291
自 殺 志 願 者 -太郎と花子の最後の2週間-

投下終了でーす
次の方どうぞ!

⏰:08/09/14 19:46 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#293 [◆SjNZMOXdWE]
それでは投下させていただきます!

⏰:08/09/14 20:43 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#294 [◆SjNZMOXdWE]
 

 ■■■■■■■■■□
 青虫は
   空に恋をし
       蝶になる
 □■■■■■■■■■

.

⏰:08/09/14 20:45 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#295 [◆SjNZMOXdWE]
木枯らし吹きすさぶこの季節‥

万年遅刻魔のこの俺、今日も軽快に裏門の奥にあるフェンスを越える。


 間宮 翔 17歳

よく“ショウ”って間違えられるけど正しくは“カケル”

その名の通り、いつかこの大空を翔けるようなデッカイことをやらかしたいと思ってる。


鼻唄まじりに昇降口までスキップする。

冬の匂いって何か好き。

⏰:08/09/14 20:46 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#296 [◆SjNZMOXdWE]
深呼吸するとキンッて冷たい空気が肺いっぱいに広がって、五感が鋭くなる感じも大好き。

上履きをパタパタ鳴らして誰もいない廊下を歩く。

俺のクラスは2−C、3階のグラウンド側。

このタイミングだとHRとかぶるなぁ‥

なんて考えながら窓の外を眺める。

枯れた木の枝に三羽の雀。

昔、ひな太圭太郎と誰が一番高いとこまで登れるか競ったっけなぁ‥

⏰:08/09/14 20:46 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#297 [◆SjNZMOXdWE]
ガキの頃からふざけたことしか言わない圭太郎。

それに比べて寡黙で男気溢れるひな太。

二人とも俺の幼なじみなんだけど‥

ひな太は小学校に上がると同時に転校しちゃってそれっきり。

圭太郎はまぁいいとして、ひな太‥元気でやってっかなぁ‥




なんてセンチに物思いに耽っていると

⏰:08/09/14 20:47 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#298 [◆SjNZMOXdWE]
「間宮あぁ!お前はまぁた遅刻かあぁ!?」

学年主任の武田先生、通称ハゲ先が首にぶら下げたホイッスルをカチャカチャ振り回しながら怒鳴ってきた。

その音量ったら半端ない。

思わず飛び跳ねちゃった俺。

するとハゲ先の陰から長い巻き毛を細かく揺らしてクスクス笑う女の子が見えた。


 !?


 幽霊!!?


ビビりな俺はまたもやビックリ。

⏰:08/09/14 20:48 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#299 [◆SjNZMOXdWE]
だけどよく見るとちゃんと足だって付いてるし、ちらっと見えた笑顔が‥

笑顔が‥‥


か‥

「わいい‥」



  は?

 俺今何つった!?

「何だ間宮?わけわからんこと言ってないで、はよ教室入れ!」

⏰:08/09/14 20:49 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#300 [◆SjNZMOXdWE]
ハゲ先に首根っこをつかまれ、半ば強引に教室に放り込まれた俺。

何だ何だと駆け寄ってくる圭太郎を無視して、さっきの彼女を目だけで追う。

真っ白な肌に栗色の巻き毛。

化粧っ気はなくてナチュラルな感じ。

だけど唇はぷるんぷるん‥

「もぅガッとしてギュッとしてチュウゥゥゥってしたい‥」

⏰:08/09/14 20:49 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


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