【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#112 [◆KHkHx8enOg]
今から投下します

【死んで初めて気付く大切に人】

⏰:08/09/14 17:23 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#113 [◆KHkHx8enOg]
僅かな音すらない静けさの中、ゆっくりと意識が戻ってくる。

ふわふわと宙に浮いているような奇妙な感覚に包まれて、私は目を覚ました。
たった今、生まれ落ちたばかりのように頭がうまく働かず、無心でぼーっと天井を見つめる。
天井とはこんなに低かっただろうか。
ちょっと手を伸ばせば触れてしまいそうなほどに近く感じる。
いや、実際近いのではないか?と考えが頭を過ぎったりもしたが、正直どうでもよく感じ、あっさりと思考を停止させた。
そんなことを考えながら天井を見つめていると、次第に世界に音が戻ってきた。

⏰:08/09/14 17:24 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#114 [◆KHkHx8enOg]
…何の音だろう。
聞き覚えのある一定のリズムが耳に届く。

ぽくぽくぽく…。
これは確か…。
あぁ、木魚の音か。
そういえば、さっきからお経のような声も聞こえるし、これは夢だろうか。
そうでないとするなら、私は葬式中に寝ていることになる。
頭が少しずつ機能してきた時、聞き覚えのある母の啜り泣く声が聞こえてきた。

⏰:08/09/14 17:26 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#115 [◆KHkHx8enOg]
…お母さん?

「うっ、うぅっ…」

「良枝…」

母の泣き声に次いで、父のなだめるような声が母の名前を呼んだ。

お母さん?
どうして泣いてるの?
お父さん?
何があったの?

私の声は喉から出てくることはなく、心の中で虚しく響いて消えた。

⏰:08/09/14 17:27 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#116 [◆KHkHx8enOg]
声が、出ない。
身体も動かない。
母と、その他のいくつかの泣き声とお経だけが耳に届く。

「千恵…」

母が私を呼んでいる。
どうしたの?お母さん。
答えは返ってこなかった。

私の意識は一気に覚醒してきた。
先程からずっと続いている奇妙な感覚。
身体を取り巻く違和感に、生きた心地がしなかった。

⏰:08/09/14 17:28 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#117 [◆KHkHx8enOg]
言うならば、呼吸しないで生きているような感覚。
息苦しい。
体は質量を失い、ふわふわとしながらも心臓だけがずっしりと重い。
経験したことのない感覚。

お母さん。これは夢だよね?
現実味がありすぎて、頭が困惑してしまった。
夢には思えない、でも夢だと信じたい。

⏰:08/09/14 17:29 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#118 [◆KHkHx8enOg]
私は怖くなった。


早く覚めろ早く覚めろ。

声が出ない、何故?


早く、早く!

これは夢だ!


身体もっ!

動いて…、
動いてっ…、


動いて!!


「千恵…どうして死んでしまったの?」

⏰:08/09/14 17:30 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#119 [◆KHkHx8enOg]
母の声と共に、私の体は下から弾かれたような強い衝撃を受けた。
驚く間もなく、気付いたら動けるようになっていた。
あの感覚は消えないものの、いつもと何ら変わりない目覚め。
ただ違うのは、目の前に広がる光景だった。

⏰:08/09/14 17:30 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#120 [◆KHkHx8enOg]
目に映ったのは、綺麗に正座しながら泣く、全身真っ黒の知り合いたち。
友達から親戚まで、どうやら外にもまだいるようだ。
壁には白と黒の幕が垂れ下がり、目の前にはお坊さんがお経を読んでいる。

ほらね、やっぱり夢だった。
現実的すぎるけど、これは夢だ。
夢じゃないなら何なのか、教えて欲しいくらいだ。

辺りを見渡せば、暗い雰囲気は葬式そのものだった。

⏰:08/09/14 17:31 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#121 [◆KHkHx8enOg]
ちらりと振り向けば自分の遺影が目に入る。
一ヶ月前に家族で遊園地に行った時のものだ。
写真の中の私は恥ずかしそうにしながらも笑顔を作っている。
あぁ、もう。せめて使うならこの写真じゃなくて生徒手帳とかの写真を使って欲しかった。
カメラに向けて笑うのが苦手な私は、小さい頃から写真が嫌いだった。
自分の照れ臭そうに笑う写真を葬式に使うとは、恐らく父の考えだろう。
目が覚めたら「葬式には無表情の写真を使ってくれ」と頼もうと決めた。

⏰:08/09/14 17:32 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#122 [◆KHkHx8enOg]
ふとそんな考えを巡らせていた時、何気なく目をやった私の友達の列の中で、一人の人物に目が止まった。
友達の列の最後尾にいる男。
見覚えのあるなんてものじゃない。
名前は西山孝。
同じクラスで私の大嫌いな男で、私のことが大嫌いな男だ。

⏰:08/09/14 17:33 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#123 [◆KHkHx8enOg]
保育園から一緒の幼なじみではあるし、周りからは悪友と言われることもあった。
だけど孝の悪ふざけは私からしたら嫌なものでしかない。
昔から何かしら頻繁に茶々を入れ、しつこくからかってくる行為の数々には悪意を感じずにはいられなかった。
基本無視をする私を見て仲の悪さを悟ってか、最近では悪友呼ばわりも減ってきた。

⏰:08/09/14 17:34 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#124 [◆KHkHx8enOg]
とにかく大嫌いなのだ。
それは向こうも認めていた。
それなのに、今の孝の表情は何なのか。
流石に泣いてはいないものの、すっかり気の抜けた顔をしている。
大して興味はないが、孝のそんな表情を見るのはなかなか面白かった。
たまにはこんな夢も悪くはないな、と私は心の中で微笑んだ。

⏰:08/09/14 17:35 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#125 [◆KHkHx8enOg]
しばらくして、私は焦りを覚えた。

これは現実だ。
突然そんなことを思い始めていた。
こんな夢は有り得ない。
場面は一向に変わる気配はないし、何よりリアルすぎる。

⏰:08/09/14 17:36 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#126 [◆KHkHx8enOg]
…では、私が座布団代わりにしているこの棺桶の中に眠る、私そっくりな人物は誰だ。
そっくりというか、見る限りでは毎朝鏡で見る私自身だ。
じゃあやはり夢だろう。
私はここにいるし、誰も私に反応しない。
これが現実であるはずがない。
だが、ただ一つだけ、私の脳裏に現実的な答えが巡った。

⏰:08/09/14 17:36 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#127 [◆KHkHx8enOg]
もしかして…

「私…死んだ?」

私の言葉に誰も反応しなかった。
私の前で、お坊さんの唱えるありがたいお経は終わりを告げた。
家族がお礼をしている姿が映ったが、私はそれどころではなかった。
受け入れがたい仮説に、どうしていいかわからなかった。

⏰:08/09/14 17:37 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#128 [◆KHkHx8enOg]
その後、わかったことが二つあった。

一つは、やはりこれは夢じゃないこと。
もう一つは私は間違いなく死んでいること。

最高に現実的な悪夢を見ている訳でないなら、私の姿や声に誰か反応するはずだし、体が浮くことも、人や物を体が突き抜けることもないはずだ。
私は目の前で起きている事実を痛感せずにはいられなかった。

⏰:08/09/14 17:38 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#129 [◆KHkHx8enOg]
ドアノブを握ろうとした私の手が、無抵抗に空を掴んだ。
私は小さく溜め息を漏らした。
確かにここに存在するのに、触れられない。
すでに時計は午後十一時を指していた。
ドアという一枚の壁をものともせず、身体は向こう側へと通り抜ける。

⏰:08/09/14 17:39 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#130 [◆KHkHx8enOg]
リビングは、電気も付けていない薄暗さの中、母が静かに泣いていた。
譫言のように私の名前を呼ぶ母の姿は痛々しく、胸が締め付けられた。
涙が出ない。
死人には涙は必要ない、ということか。
涙が出ない自分への悔しさと母への申し訳なさが拳を強く握った。

⏰:08/09/14 17:39 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#131 [◆KHkHx8enOg]
「お母さん…」

やはり返事はない。
私は落胆するように肩を落とした。
自分だけ隔離された世界にいるように感じた。

「私はここにいるよ…」

母の横に立ってみたが反応は得られなかった。

⏰:08/09/14 17:40 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#132 [◆KHkHx8enOg]
「…お母さん。ごめんね、ごめんねっ…!」

通り抜けないように母を抱きしめる形になるよう身体を合わせた。
謝罪の言葉を漏らした途端、その僅かな心の亀裂から溢れ出してきた想いが、波のように押し寄せてきた。

「今まで育ててくれたのに、先に死んでごめん…。たくさん愛情を注いでくれたのに、返せなくてごめんっ…。親孝行しなきゃいけないのに、最後に悲しませてごめん…!もう一緒の世界に居れなくてごめんっ…!」

⏰:08/09/14 17:41 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#133 [◆KHkHx8enOg]
唇を強く噛んで沸き上がる気持ちを抑える。
痛みはないが、胸の奥はいつまでもキリキリと痛んだ。
母は突然泣き止んで私の身体を突き抜けて立ち上がると、私の抜け殻がある部屋に入って行った。
私には、後を追う勇気がなかった。
あれ以上、大好きだった母の哀しむ姿を見るのは堪えられなかったのだ。
私は、朝までソファに座っていた。

⏰:08/09/14 17:42 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#134 [◆KHkHx8enOg]
私はようやく完全に現実を受け入れた。
自分でも不思議なほど冷静だが、やはり動揺は隠せない。
私はまだ十八歳の高校生だし、やり残したことの方が多い。
大学受験も残っている。
とにかく未練は数え切れない。
時間の経過と共に気分は滅入っていく。
現実から逃げ出したくなり、どれだけ夢ならいいと願ったか。
それでも朝はやってきた。
寒さも暑さも感じない朝は、叶わない願いを薄めていった。

⏰:08/09/14 17:43 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#135 [◆KHkHx8enOg]
昨晩から母は私の肉体がある部屋から出て来なかった。
家族の姿を見たくない私は、昨日の孝を思い出して興味本意で学校に行くことにした。
朝の清々しさなど感じずに私は家を出た。
いつもと違わぬ朝。
違うのは私が死者だということ。
私は学校までゆっくりと歩きだして行った。

⏰:08/09/14 17:44 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#136 [◆KHkHx8enOg]
その道すがらで、自分の死について考えてみた。
そこで初めて、死の瞬間をよく覚えてないことに気付いた。
それどころか、今までの記憶が曖昧になっていることを自覚する。
確かに覚えているはずなのに、小さい頃の記憶はおろか、嬉しかったことや悲しかったことなど、感情的な記憶しかない。
最近のことすらわからない。
今更ながらやはり夢じゃないかと疑いそうになった。

⏰:08/09/14 17:44 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#137 [◆KHkHx8enOg]
制服を着ていることから、死んだ時も制服を着ていたのではないかと考えた。
だとしたら、登下校か学校に滞在している間に事故か事件に巻き込まれたのだろうか。
いくら推理しても答えは出なかった。
結局思い出すこともなく、学校に到着してしまった。

⏰:08/09/14 17:45 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#138 [◆KHkHx8enOg]
知っている人や知らない人、誰もが私に気付かなかった。
中には私の身体を素通りする人もいた。

人間の習性だろうか。
擦れ違うときについ体を逸らして避けようとして、何度も避ける必要がないことを思い出して苦笑した。
教室に着けば、丁度朝のHRが始まった所だった。

⏰:08/09/14 17:46 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#139 [◆KHkHx8enOg]
私はとりあえず教室の一番後ろに置いてある自分の席の辺りに移動することにした。
私の席は孝の隣だ。
隣の孝を見れば、昨日と変わらず何を考えているかわからない表情で俯いていた。
気まずそうな表情をした初老の担任が、教壇に立つと同時に口を開いた。
私は孝が気になりながらも、正面に顔を戻した。

⏰:08/09/14 17:47 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#140 [◆KHkHx8enOg]
「…皆さん。すでに知っていると思いますが、先日、桜井千恵さんが下校中に交通事故で亡くなりました」

私はそこで初めて自分の死因を知った。
担任は教壇から動かずに続ける。

「信号無視の轢き逃げだと警察から聞かされました。犯人は捕まったようです」

⏰:08/09/14 17:48 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#141 [◆KHkHx8enOg]
それを聞いた私はつい自嘲気味に笑いを漏らしてしまった。
信号無視の轢き逃げ、か。
我ながら馬鹿らしい死に方をしたものだ。
何だか自嘲することで怒りを抑えてる気がした。
相手を探して呪ってやろうかとも考えたが、幽霊やら何やらは信じない主義だから断念した。
現在の自分の状態はとにかく、考えだけは変える気はない。
矛盾しているかもしれないが、それが私の考えだ。

⏰:08/09/14 17:49 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#142 [◆KHkHx8enOg]
担任は長々と私の死について語った。
「未来ある若い命が…」
「人生これからという若さで…」
始終、私は他人事のような気がしてならなかった。
今一つ実感が沸かず、担任には申し訳ないがあまり感動はしなかった。
しばらくして、ようやく話が終わりを迎えた。

「では、千恵さんのご冥福をお祈りして黙祷しましょう」

担任の一声で皆が黙祷に入る。

⏰:08/09/14 17:50 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#143 [◆KHkHx8enOg]
ただ、一人だけは違った。
孝だった。
黙祷が始まってしばらくすると、孝は一人だけ首を動かし左を見た。
目を細めてただじーっと、私の席を見つめる孝の目は、何故か寂しげに見えた。
孝に限ってそんなことはないだろうと思っていたが、実際こうして目の前にある孝の表情は、私の死を悲しんでくれてるのかと思ってしまうほど、言い知れぬ雰囲気があった。

⏰:08/09/14 17:51 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#144 [◆KHkHx8enOg]
午前中の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが校内に響き渡った。
HRの後、授業中の風景に見飽きた私は、欠伸を一つ落とすと教室を後にした。
特にすることはなく、ふらふらと校内を散歩したり、よく通っていた図書館に足を運んだりした。
そんな風に暇を持て余していて気付けば午前中は過ぎていた。

「遅いようで早いなぁ。もう昼休みかぁ」

廊下を歩きながらそんなことを考える。

⏰:08/09/14 17:52 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#145 [◆KHkHx8enOg]
死んでからは時間の進みがやけに遅く感じた。
とりあえず教室に戻ろうと踵を返せば早くも廊下に生徒が溢れ出していた。

「…あれ?」

ちょうどその時、教室を出て来たらしい人物を見付けた。
孝だ。
昼休みなのに弁当も持たず、購買とは反対の方向に歩いていく。
一瞬だけ見えた顔は、何だか上の空を通り越して沈んだ表情が伺える。

⏰:08/09/14 17:52 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#146 [◆KHkHx8enOg]
「何してるんだろ、アイツ。非常階段の方に…屋上に行くのかな」

そこまで呟いてハッと我に返る。

「馬鹿みたい。私、何を気にしてたんだろ。…確かに面白いけど、アイツが元気ないと調子狂うんだよね、うん。」

誰にも聞こえないはずなのに言い訳じみた事を呟いてみた。
とにかくこのままでは気に入らないので、私は孝の後についていくことに決めた。

⏰:08/09/14 17:53 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#147 [◆KHkHx8enOg]
「…ねぇ」

コンクリートの踊り場を過ぎた辺りで、孝の後ろ姿に問い掛ける。
返事はないと思っていても、気になってしまいつい話し掛けてしまった。
吹き抜けの非常階段を上がり、孝は無言のまま屋上に出た。
降りてくる太陽の光に目を細める。

⏰:08/09/14 17:54 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#148 [◆KHkHx8enOg]
「ねぇ。何でそんなに元気ないの?」

孝はそのまま足を進め、屋上の中央に腰を下ろす。
私もその後に続いて隣に座り込んだ。

「あんた、熱くないの?この炎天下で暖められたコンクリートは、熱いよ。今の私にはわかんないけど」

体育座りに体勢を変えて、孝を見る。

⏰:08/09/14 17:55 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#149 [◆KHkHx8enOg]
「あんたが元気ないとさ、私が調子狂うんだけど」

そこまで言ったところで、一つの疑問が浮上してきた。
調子が狂う?
私は孝が嫌いだ。
嫌がらせをするから。
なのに嫌がらせがないと今度は調子が狂う?
…矛盾している。
違う。
私は嫌がらせがないから調子が狂うんじゃない。
いつもうるさいくらい元気な孝が、落ち込んでるから調子が狂ってるんだ。
そうだ、そうなんだ。

⏰:08/09/14 17:56 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#150 [◆KHkHx8enOg]
少しの無言と少しの葛藤に終止符を打った私は、溜め息を一つ落とした。

「ねぇ孝。私が死んで何か変わったことある?孝にとっては張り合う相手がいなくなったみたいなものなのかな。あ、クラスの雰囲気は変わったよね。クラスメートが死んだなら暗くなるのは普通かな?私からしたら、皆には早く明るくなってほしいんだけどね」

⏰:08/09/14 17:57 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#151 [◆KHkHx8enOg]
空を見上げる。
鳥たちが頭上を通り過ぎていく。

「…私は、さ」

仰向けに寝転んで言葉を続ける。

「まだ…死にたくなかったよ。そりゃそうだよね。まだまだ若いもん、未練ありすぎて困っちゃうくらいだし」

⏰:08/09/14 17:59 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#152 [◆KHkHx8enOg]
孝も私と同じように仰向けに寝転んだ。
私は少し驚いて、ぶつからないように体を移動させる。
…何年ぶりだろう。
こうして近くで存在を感じたのは。
昔は普通だった。
これが当たり前だった。
でも気付けば変わっていった。
少しずつ、少しずつ。
突然現れたよくわからない溝は埋めることも出来なくて、私は溝を埋めることを諦めた。
歯止めがなくなった溝は時間と共にどんどん大きくなっていって、仲が良かった私たちは小学生中学年の頃には、お互い嫌いな存在として出来上がっていた。

⏰:08/09/14 17:59 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#153 [◆KHkHx8enOg]
「あれから早いもんだね。もう高校生だよ。でも、私はここまでなんだよね。高校生から上へはいけない」

「……」

「なんか寂しいなぁ。私だけ置いてきぼりかぁ」

当然孝からの返事はない。
太陽に雲が掛かった青空は、少し薄暗さを増していた。

⏰:08/09/14 18:01 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#154 [◆KHkHx8enOg]
「…ねぇ、何か言ってよ」

「……」

上半身を起こして孝を覗き込む。

「ねぇってば!」

無反応が続くと、溜め息をついて自嘲気味に笑う。
馬鹿馬鹿しいことをしたな。
何を望んでいたんだろう。
私はもう死んでいるのに。
久しぶりに孝に話し掛けて、少し感情的になりすぎたのだろうか。
上半身を元の位置に戻していたら、隣から声が零れた。

⏰:08/09/14 18:01 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#155 [◆KHkHx8enOg]
「……今、俺が」

私は突然の孝の言葉に驚いて勢いよく顔をやった。

「俺が死んだら、千恵はまだその辺にいんのかな」

私は思わず吹き出してしまった。
というか、ここにいます。
孝は突然何を言うのかと思ったら、やはり私のことだった。
概ね、やはり張り合う相手が突然いなくなったのでつまらないのだろう。
それとも事故死した当日も私をからかっていたから罪悪感でも感じているのだろうか。

⏰:08/09/14 18:02 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#156 [◆KHkHx8enOg]
私の隣の男は、小さく息を吐いた。

「なんだか…つまらないな、今日は。からかう相手がいないと、こんなに調子出ないんだな」

「だからって、他の女子いじめないでよ?孝の悪ふざけは度が過ぎてるんだからね」

私は懐かしい雰囲気に、思わず頬が緩んでしまった。

⏰:08/09/14 18:03 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#157 [◆KHkHx8enOg]
これで孝の元気がない理由がわかった。
孝自身は大丈夫だろう。
楽観的だから、きっとすぐに男友達と元通りにふざけて生活していくに違いないだろう。

しばらくの間、久々の雰囲気を味わっていた私は、昼休み終了のチャイムが鳴るまで青空の下、ずっと孝の隣にいたのだった。

⏰:08/09/14 18:04 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#158 [◆KHkHx8enOg]
孝はチャイムが鳴ると焦ったように立ち上がり、片手で無造作にお尻を叩いた。
紺色のズボンから細かい埃が舞い上がり、私の服を通り抜けて力無く地面に落ちていく。
そのまま踵を返して足早に教室に戻っていく孝の後ろ姿を、私は虚ろに眺めていた。

⏰:08/09/14 18:05 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#159 [◆KHkHx8enOg]
あれはいつのことだろうか。
青空を見上げた私は記憶を辿る。
小学校三学年の時、孝と私の関係は壊れた。
その学年は、私が生まれて初めて男の子から告白を受けた歳だった。
相手は、当時クラスで一番足が速くてムードメーカーだった中川君という男の子だ。
中川君はやんちゃで、日焼けした肌にツンツンと尖った髪の毛が印象的なサッカー少年だった。

⏰:08/09/14 18:05 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#160 [◆KHkHx8enOg]
それは、放課後に日直で残っていた私に対する突然の告白だった。
あの頃は免疫もなく困惑したりもしたが、私はそれよりも初めての告白に恥ずかしさでいっぱいだった。
頬を真っ赤に染めて呆然とする私の手から、赤いランドセルが滑り落ちた。
今思えば初々しい反応が子供だったなと微笑ましく感じる。
彼は今こそ違う高校に通っているが、街中で偶然逢った時に、あの無邪気な子供っぽさは変わっていなかったと笑った記憶がある。

⏰:08/09/14 18:06 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#161 [◆KHkHx8enOg]
結局その告白は私の恥ずかしさのために断ったのだが、次の日にはクラス中の噂になっていた。
男子グループからは冷やかされ、女子からは質問攻めにされた。
小学生では足の速さが好感度に繋がるのはよくある話で、中川君はモテる部類だったために女子からの質問には偽りなく答えた。
しかし、小学生だった私には今のように男子グループからの冷やかしに堪える精神は持ち合わせておらず、泣きながら帰って母に学校に行きたくないと困らせたりもした。
その時の男子グループの中に、一番仲が良かった孝がいたのだ。

⏰:08/09/14 18:07 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#162 [◆KHkHx8enOg]
それがきっかけだろうか。
以来、孝は率先してグループのリーダーになり、事あるごとに私を冷やかした。
初めは私もひどく裏切られた衝動に駆られて傷付いたが、孝を嫌いになっていくに連れて傷はみるみるうちに塞がっていった。
時間と比例して塞がる傷は、私の心も一緒に閉ざしてしまったのだろう。
ひと月もしないうちに私と孝はお互い嫌いになっていた。
そのまま時は流れ、気が付けば高校生になっていた。

⏰:08/09/14 18:08 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#163 [◆KHkHx8enOg]
時間が進んでも私と孝の関係は変わることはなく、時計はあの小学生時代で止まったまま卒業と入学を二回ずつ繰り返して今に至る。

どうして私たちの関係は拗れてしまったのだろう。
仲が良かった日々の時計はあの日に止まってしまい、新しい時計が刻み始めたのだろうか。
なら、今度の新しい時計もいつか止まるのだろうか。
次に動き出す時計にはどんな日々が待っているのだろう。
止まった時計が、もう一度動くことはあるのだろうか。

⏰:08/09/14 18:09 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#164 [◆KHkHx8enOg]
空を見上げる私は不意に込み上げてきた哀しさに胸を押さえ付けられた。
同時に、新しい時計はもう止まっているのだと気付いた。
そして、次の時計はないのだということも。
あまりに色々なことが頭に蘇りすぎて、忘れていた。
私は、死んだのだ。
あの日の時計は止まったまま、私自身の時計は停止してしまったのだ。

家に帰ろう…。
私は曇り空を見上げた。

⏰:08/09/14 18:09 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#165 [◆KHkHx8enOg]
閉められた玄関をくぐると孤独感の波に苛まれた。
家には人の気配がなかった。
その無人の静けさだけが私の孤独感を増していく。
家を歩き回っていると、私はあることに気付いた。
私の抜け殻がない。
安置されていた場所に敷かれていた布団も綺麗に片付けられていた。

「…火葬場かな」

⏰:08/09/14 18:10 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#166 [◆KHkHx8enOg]
ぼうっと遺体があった場所を見つめる私の口から自然と出た答えに、何故か全身が脱力した。
これからどうするかなど、見当も付かない。
道標が欲しい。
私は壁に寄り掛かると、体育座りで小さく縮こまった。

…そういえば。
死んだ者は四十九日を使って知り合いに挨拶巡りをすると聞いたことがある。
使命ではなさそうだが、私もやるべきなのだろうか。
四十九日が終わったら、次には何があるのだろう。
疑問は次から次へと出てくる。
私は暇潰しも兼ねて挨拶巡りをしようかとしばらく思案したが、自分が火葬されるところなど見たくないと思い断念した。

⏰:08/09/14 18:11 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#167 [◆KHkHx8enOg]
私はこの暇な時間を潰すために街に繰り出すことにした。
相変わらず身体の浮遊感や無呼吸のような息苦しさには慣れない。
靴が土を踏みしめても何の感触も伝わってこない。
風が草木を揺らしても私の肌をくすぐることはない。
これからもこの違和感に慣れることはないだろう。
私は太陽の陽射しに目を細めた。

⏰:08/09/14 18:12 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#168 [◆KHkHx8enOg]
街中を歩いていて不思議に思ったことがある。
たまにちらりと目が合う人がいるのだ。
彼等には私の姿が見えているのだろうか。
試しに話し掛けてみるが、ほとんど反応は得られなかった。
しかし中には反応する人もいた。
ただそれは話し掛ける前に逃げてしまう人たちだった。
私は面白くなってつい後を付けたりなど意地悪をした。
ふと、これが取り憑くってことなのかなと尾行しながら自らに対して苦笑いを零した。

⏰:08/09/14 18:13 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#169 [◆KHkHx8enOg]
それと、もう一つ気になったのは猫だ。
動物たちは過敏に私に反応する。
通り掛かれば首を回してこちらを伺い、近寄れば目を丸くする。
中には威嚇する猫もいた。
私はここでも悪戯心に駆られて追い回したりした。
小さな背中をしなやかに動かして逃げる猫。
久々に得られた感覚に胸を撫で下ろす。
私はここに居るのだと。
三日前まで当たり前のようにいたその世界が突然愛しく思えた。
私はここに居る。
まだ、存在している。
切なさと哀しさが入り混じる中、私は確かに実感した。

⏰:08/09/14 18:14 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#170 [◆KHkHx8enOg]
日が傾いて街が夜に入り出した頃、私は再び帰宅した。
暗闇が濃くなると、ふと私の体が闇に溶けてしまいそうな錯覚に陥る。
またもや家には誰もおらず、電気を付けることも叶わない私は暗い部屋の中で家族の帰りを待った。
どういう訳か、その日は誰一人として帰ってくることはなかった。
一度だけ鳴った電話の呼び出し音が、寂しく響いた。
やはりソファで夜を明かすのには慣れない。

私は軽い苦痛を感じながらも朝を待った。

⏰:08/09/14 18:15 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#171 [◆KHkHx8enOg]
照り付く太陽が真上に差し掛かった頃、母と父が帰ってきた。
昨日の孝の様子を見るために朝は早くに家を出たから、家族とは一昨日の晩から会っていないことになる。
三日ぶりの両親の姿は、何だか不思議に感じた。
両親は何故か喪服ではなく、普段着であった。
父はまるで会社帰りのようにいつものスーツを身に纏っていた。
更に不審に思ったのは、心なしか母も父も元気に見えることだった。
前向きな両親のことだからいつかは吹っ切れるとは思っていたが、予想よりかは遥かに早い。
私としては少しでも早く明るくなって欲しかったから少し安心した。

⏰:08/09/14 18:15 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#172 [◆KHkHx8enOg]
「あなた、今日会社はどうするの?」

リビングのソファに座る私の横に鞄を落として、母が訊いた。

「今日も休むことにした。大丈夫、会社には連絡してあるからさ。明日から行くよ」

「そう?じゃ、お昼にしましょうか」

ネクタイを解く父の横を通り過ぎて母はキッチンに姿を消した。
ワイシャツ姿になった父は私の隣に腰掛ける。
母の鞄を邪魔くさそうに退けると小さく溜め息をついた。

⏰:08/09/14 18:16 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#173 [◆KHkHx8enOg]
私はテレビの電源を付ける父を見ながら、ちょっと前までは自分もこの輪の中にいたんだなあと頬を緩めた。

ふとテレビの上にある電子時計が目に入れば、今日は日曜日だと認識する。
休日にも仕事があったなんて、お父さんは大変だな。
労いの言葉を考えていたら、突然携帯電話が鳴った。
この曲は私の携帯だ。
父は「何の音だ?」と立ち上がり音源を探し始めた。

⏰:08/09/14 18:17 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#174 [◆KHkHx8enOg]
「良枝、携帯が鳴っているみたいだけど、おまえのじゃないのか?」

「携帯?…いいえ、私のじゃないみたい。この曲、千恵のじゃない?」

キッチンから帰ってきた返事に「千恵の?」と呟いた父は何かを思い出したように母の鞄を漁り始めた。

「あったあった」

上半身を上げた父の手には私の携帯電話が握られていた。
私の携帯電話はどうやらあの事故から無傷だったようだ。

⏰:08/09/14 18:18 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#175 [◆KHkHx8enOg]
「千恵の携帯に電話がきてるぞ」

着信音が消えると当然のように携帯を開く父に「勝手に見たら千恵が怒りますよ」と母が訝しいげな顔を覗かせた。
ごもっともだ。
いくら死んだとはいえ、娘の携帯を見るのは失礼だろう。

「それもそうだな…と、おや?」

これは…、と父が眉をしかめた。
私は不審に思い、父の凝視する携帯を覗き込んだ。

⏰:08/09/14 18:19 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#176 [◆KHkHx8enOg]
「良枝、確か孝君って男の子が千恵の友達にいたよな?」

そう言う父の横で驚く私。
着信履歴のディスプレイに映し出されていたのは、孝の名前だった。

「ええ、いますけど…」

それが?と疑問を含ませた母の声。

「どうやらその彼からだ」

⏰:08/09/14 18:20 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#177 [◆KHkHx8enOg]
ちょうど料理を終えた母は炒飯を両手に抱えてリビングに姿を現した。
皿をテーブルに並べ終わると母も父の横から携帯を覗く。

「孝君から?あら本当。珍しいわね。千恵の口から孝の名前を聞いたのは小学校以来だから、何だか久しぶりね」

エプロンで手を拭いながら懐かしそうに目を細める母に、父は小さく笑いを落とす。

⏰:08/09/14 18:21 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#178 [◆KHkHx8enOg]
「そういえば、そんな悪ガキもいたな。何だ良枝、ダメとか言いながら結局おまえも千恵の携帯を見てるじゃないか」

依然として笑いながら言う父に、母はむっとしながら眉を潜めた。

「私はいいんですよ。千恵とはとても仲が良かったですもの。そんなことより、ご飯出来ましたよ。早くテーブルについてください」

はいはい、と苦笑しながら携帯電話をソファに置くと、父はテーブルに歩いて行った。

⏰:08/09/14 18:22 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#179 [◆KHkHx8enOg]
私の脳裏に孝の姿が過ぎった。
どうしたんだろう。
私の葬式があった日から、孝のことばかりだ。
柄にもなく昔のことを思い出すときも、孝とのことばかり。
走馬灯にしては長すぎるし、内容が孝中心すぎる。
私は自分に苛々してきた。

⏰:08/09/14 18:22 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#180 [◆KHkHx8enOg]
死んだ時にひどく頭でも打ったのだろうか。
人のことでこんな風に悩むなんてこれまでになかった。
ましてや相手はあの孝ときた。
生前は無視を決め込んでいたような孝に何故今頃?
そもそも何に悩んでいるのかすら明確でない。
何故か孝中心に物事を考え、ようやく忘れたと思ったらすぐに孝が頭に浮かぶ。
この繰り返しだ。
原因不明のもどかしさは私の苛々を募らせるばかりだった。

⏰:08/09/14 18:23 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#181 [◆KHkHx8enOg]
どうにも気が治まらない私は、外に出た。
孝に直接会うためだ。
会って原因を確かめる。
聞くことは叶わなくても、糸口くらいはわかるかもしれないと考えたのだ。
しかし、何故孝は電話をしてきたのだろうか。
私の携帯電話に掛けても誰も出ないのはわかっているだろうに。
間違い電話?
いや…間違いだったらあんなに長くコールしていないだろうし、さすがに間違いに気付くだろう。
では何故?
何の目的で?

⏰:08/09/14 18:24 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#182 [◆KHkHx8enOg]
「……駄目だ」

いくら考えても答えは出て来なかった。
久しぶりの孝の家に緊張しているのだろうか。
割と近所にあるため、家の位置は忘れていない。
不思議な感覚だ。
九年ぶりの孝の家。
あの頃はよく遊びに行ったものだ。
今では曖昧な古い記憶でしかない。

「わ、懐かしい…」

私は思わず立ち止まってしまう。

⏰:08/09/14 18:25 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#183 [◆KHkHx8enOg]
白い壁に茶色の屋根。
二階建ての西山家は孝と弟、そして両親の四人家族だ。
緊張感が沸いて来るのがわかる。
玄関をくぐれば記憶にある廊下や家具が迎えていた。
お邪魔します、と土足のまま室内へ上がる。
全然変わっていない。
九年ぶりの孝の家はあまり覚えておらず、玄関から二階の孝の部屋までだけが特に鮮明だった。
二階に上がって見覚えのある部屋の前に立つ。
懐かしさからか、家にお邪魔してから終始私の頬は緩んでいた。

⏰:08/09/14 18:26 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#184 [◆KHkHx8enOg]
ノックも出来ない私は、するりと部屋に入った。

「…いないじゃん」

誰もいない小綺麗な部屋を見渡して溜め息を吐いた。
テレビが置かれたせいか、記憶にある部屋より狭く見える。

「暇だし…捜そうかな」

背伸びをしながら呟くと、私は部屋を後にした。

⏰:08/09/14 18:26 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#185 [◆KHkHx8enOg]
とは言ったものの、手掛かり無しでこの広い街から孝を見付けるのは至難の技だ。
携帯電話も使えなければ、人に尋ねることも出来ない。
孝を避けて九年間も過ごしていたため、習慣も知らないし、居そうな場所など見当も付かない。
更に今日は日曜日だから学校は休み。
さながら探偵気分の私は現状を悟れば悟るほど、気分は落ち込んでいく。
まさに手掛かりゼロだ。
とりあえず当てもなく路上を歩きながら、しらみ潰しに捜すことにした。
そして日が暮れたら孝の家で待ち伏せという作戦だ。
こんな真面目に策を練ってまで孝を捜してる自分の姿に自嘲気味に笑う。
しかし、この探偵ごっこは早くも終わってしまった。

⏰:08/09/14 18:27 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#186 [◆KHkHx8enOg]
孝を捜し始めて十五分。
孝の家の近くの公園で目標を発見。
私はすたすたと孝に近付いた。

「やっと見付けた」

無反応の孝は悩ましげな固い表情でベンチに座っている。
とりあえず私も隣に腰を降ろした。
しばしの沈黙。

「……」

「…暇だなぁ。何か喋ってよ」

もう五分はこの調子だ。
会話すら出来ないんだから、せめて何か行動してくれないと来た意味がない。

⏰:08/09/14 18:28 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#187 [◆KHkHx8enOg]
「…はぁ」

「…どうしたの?溜め息なんか付いちゃって」

「……」

「ま〜ただんまり?」

「……」

「もう、何か喋りなよ。私なんか死んでから独り言ばかりだよ?猫しか遊び相手いないし、つまんない」

愚痴を言いながらも、私はわずかに微笑んでいた。

⏰:08/09/14 18:29 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#188 [◆KHkHx8enOg]
孝の隣は居心地が良い。
悪ふざけをしない孝は悪いもんじゃないなと、あの屋上でのひと時以来しばしば感じていた。
沈黙すら楽しんでいる。

「…二時三十分か」

私が公園の時計を見て呟くと、孝の声とぴったり重なった。
驚いて隣に視線を向ければ、孝も携帯電話の時計を見ていた。
カチカチと、無造作にボタンを押す孝。
私は先程の電話の件もあってつい画面を覗き込んだ。

⏰:08/09/14 18:30 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#189 [◆KHkHx8enOg]
「孝。…何考えてるの?」

画面には私の名前と電話番号が映っていた。
しばらく停止した後、孝は通話ボタンを押した。
ゆっくりと耳に近付けると、呼び出し音が響く。
三回…、四回…。
私は出るはずがない、と確信しながら、孝の行動の意味を考えていた。
結論、理解不能。
八回目を過ぎると、孝は電話を切った。
溜め息を吐く孝を横目に、私は少し気まずさを覚えた。
孝が、教室で黙祷の時に見せた、私の机を見つめていた時のあの目をしていたのだ。

⏰:08/09/14 18:30 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#190 [◆KHkHx8enOg]
何を考えているのか…私にはわからない。
そう、思っていた。
孝の漏らした言葉を聞くまでは。

「…千恵。おまえはもう帰ってこないんだな、本当に…」

不意打ちだった。
有り得ないと思っていたことが現実に起きた瞬間、私は顔に熱が昇るのを感じた。
かぁっ、と頬が熱くなる。
孝は、私を想ってくれていたのだろうか。
張り合い相手がいなくなったのを、寂しがってくれていたのだろうか。
私は初めて見た、孝のそんな姿を。

⏰:08/09/14 18:32 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#191 [◆KHkHx8enOg]
九年前に反発しだした関係が、九年ぶりに修復に向かった気がした。

よくわからないが、私は気恥ずかしさでいっぱいだった。
この感覚は知っていた。
昔、体験したことがある。
ランドセルを落としたあの放課後の時と同じだった。
自らの熱と、場の空気と、何より恥ずかしさに耐え切れなくなった私は、逃げるようにその場を離れた。

⏰:08/09/14 18:33 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#192 [◆KHkHx8enOg]
私は走った。
顔の熱は冷める兆しはなく、私のスピードを上げた。
息切れはしないし、全力疾走なのに思うように速くない。
夢の中の全力疾走のような感じだ。
それでも私は走った。
息切れはないが疲労感が込み上げてくる。
身体が脱力しきって走るのを止めた時、空を見上げれば茜色の夕空が夜を待っているところだった。

不思議だ。
私は死んだ。
なのに生きていたときより心が躍っているような気がする。

⏰:08/09/14 18:34 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#193 [◆KHkHx8enOg]
私は怖かった。
道標がない未来に怯えていた。
突然、影のように闇に紛れて消えてしまうんじゃないかと。
突然、煙のように空気に混ざって溶けてしまうんじゃないかと。
だけど今は違う。
私は怖くない。
身体が熱い。
実際の所、死んでから体温や気温などを感じる機能は遮断されていた。
だから熱い、というよりは熱い気がするの方が正しいと思う。
どちらにせよ、私は今赤面しているだろう。

⏰:08/09/14 18:35 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#194 [◆KHkHx8enOg]
私の身体を取り巻く熱が引くまでに、かなり時間が掛かった。
とっぷりと暮れた夜空の下、私は公園のベンチにいた。
さっきの公園とは違う公園。
今にも切れそうな街灯に視線を送りながら、私は頭を抱える。

変わっていない。
九年前と。
あの頃は子供だった…なんて、笑ってしまう。
私は今も子供だ。

⏰:08/09/14 18:36 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#195 [◆KHkHx8enOg]
変わっていない。
九年前と。
私は九年前に、気持ちを置いてきてしまったのかもしれない。
だけど気付いてしまった。
九年もの間、全く気付かなかったことに私は気付いてしまった。

じわりじわりと熱が蘇ってくる。

私は…、


孝が…、




満天の星空の下、私は心の奥底に秘めた気持ちを隠した。

⏰:08/09/14 18:36 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#196 [◆KHkHx8enOg]
暗い暗い心の奥に…二度と上がってこないように。
気付いてしまった以上は、仕方がない。
私は死んだのだ。
私にはもう道は残されていない。
希望はないのだ。
失望することがわかっている以上、封印してしまおう。
それが良い。
そうしよう。

その日、私はベンチで夜を明かした。

⏰:08/09/14 18:37 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#197 [◆KHkHx8enOg]
月曜日の朝になった。
退屈とは拷問に近い。
孝がいるから学校に行く気もしないし、家に帰る気もしない。
私はいつか消えるのだろうか。
その時は昨日の気持ちも消えていくのだろう。
その先には天国か地獄があるのかな。
その時は昨日の気持ちも一緒に持って行くのだろう。

私は初めて自分が女々しいことに気付いた。
こうした考えを巡らすのは、隠したはずの気持ちが漏れだしている証拠ではないか。
振り出しに戻った気がした。
心が空っぽになった気がした。
膝をぱんっ、と叩いて立ち上がる。

⏰:08/09/14 18:38 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#198 [◆KHkHx8enOg]
「私、これからどうしようかな」

気が重いがとりあえず家に帰ろうか。
ふらふらと家の方角に歩き出した。

家の前に着いた。
玄関先には父と母の姿があった。

「じゃあ、行ってくる」

スーツ姿の父が鞄を下げて手を上げる。

「行ってらっしゃい」

「今日は早めに帰るよ」

父がそう言うと母は笑った。

⏰:08/09/14 18:39 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#199 [◆KHkHx8enOg]
「早く帰りたい、でしょ?」

「まぁ、そうだな。じゃ、そろそろ行ってくる」

「はいはい。私もこのまま出ますよ」

「…良枝。これから、頑張ろうな」

微笑む父に母はまた笑った。
私は何故か違和感を覚えたが、父に「いってらっしゃい。頑張ってね」と声を掛けると玄関に向かった。

⏰:08/09/14 18:39 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#200 [◆KHkHx8enOg]
リビングに上がると違和感が一気に増した。
違う。
何かが違う。
仏壇に私の写真がない?
母の笑顔が頭にちらつく。
父の言葉が頭を過ぎる。
「頑張ろうな」
頑張ろうな?
昨日から何かが変だ。
前向きだが、何かが違う。
私は母が家に入って来ないことに気付いた。
母の声が再生される。
「私もこのまま出ます」
出る?何処へ?
何故一昨日帰ってこなかった?
何故一昨日普段着だった?
私は弾かれたように家を出た。
キョロキョロと辺りを見渡せば、彼方に母の後ろ姿が見えた。
私は走って後を追った。

⏰:08/09/14 18:40 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#201 [◆KHkHx8enOg]
おかしい。
人間の頭で考えるのも変だが、どうもおかしい。
私は死んだ。
消滅するのはいつだ?
三途の川はどこだ?
お花畑や血の池地獄にはいつ行くのだ?
それに、まだ見ていない。
私という死者が存在しているのに、私以外の死者の姿を。
私は何だ?
一つの希望が頭に浮かんだ。
希望を断たれた時に傷付くのは嫌だが、往生際が悪いのは私の性格だ。
だが、私はそれに賭けてみたかった。
私は死んでしまった。
だけど、夢くらいは見ても罰は当たらないだろう。
希望くらいは持っても、神様は許してくれるだろう。

⏰:08/09/14 18:41 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#202 [◆KHkHx8enOg]
母の隣を歩いて、やがてある建物に着いた。
ここは…、

「…病院?」

白に統一された建物を見て、私の気持ちは高鳴った。
落ち着け、私。
まだ早い。
答えは母について行けばわかるだろう。
施設に入ると、内部を一瞥してから母は受付を済ました。
エレベーターで三階に上がると、廊下を通り抜けてある病室の前で立ち止まる。
母がドアを開ければ、中は個室になっていた。
室内を見た私は、目を丸くした。

「なんで…?」

⏰:08/09/14 18:42 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#203 [◆KHkHx8enOg]
そこには、病室のベッドに身を埋めて眠る私の姿があった。
口元には呼吸を助けるためなのか、規則正しい音を出す機械が伸びている。
呆然とする私の前で、母はせっせと世話をし始めた。
花瓶の水を変えている母を眺めていたら、ふと我に返る。
即座に病室の前の名札を見に行けば、桜井千恵と書かれていた。
間違いない、私だ。
もう一度目を向けると、ベッドの上の私は眠るように胸を上下させていた。
予想は当たっていた?
私は死んでなかった…?
夢を見ているのではないか。

⏰:08/09/14 18:43 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#204 [◆KHkHx8enOg]
喜びと同時に疑問も溢れた。
母や父が元気になった理由は頷ける。
しかし、私の葬式は確かにあった。
ならば、いつ私は生き返ったのだろうか。
いやそれより、何故私は肉体に戻れないのだろうか。
これは意識不明の昏睡状態というものか。
それとも植物状態というものか。
それより問題は身体に戻れないこと。
私が何度試しても、映画のように魂が肉体に戻ることはなかった。

⏰:08/09/14 18:43 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#205 [◆KHkHx8enOg]
これじゃ…生き返ったなんて言えない。

肉体は生き返っても、私の心はこうして死んだままだ。

でも、悲しくはない。
ようやく希望が見えた。

生きているとわかったその時から、私の心の中心はある感情に支配されていた。
あの時、奥深くに封印したはずの想いが、いつの間にか溢れ出していた。

…孝。
この数日、孝は悲しんでいただけかも知れないけど、私は変わったと思う。
孝には悪いけど、私はもう止まれない。
例え希望が断たれても、私は突き進むと決めた。

⏰:08/09/14 18:44 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#206 [◆KHkHx8enOg]
私には、まだやり残したことがある。
孝の気持ちを聞いていない。
盗み聞きはよくないと思うが、今じゃなきゃ出来ないのも事実だ。
私はまた走っていた。
学校に行ってみたが今日は孝はいなかった。
ならばと家まで押しかけたが生憎の不在。
次に所に向かっていた。
脱力感は最高潮に達する。
もしあそこにいなかったら、私はしばらく動けなくなるに違いない。
一歩進む度に孝に近付いているのだろうか。
私は鎖が巻き付いたような重い足を踏み出しながら、歩を進める。
やがて足は動かなくなり、そして完全に停止した。

⏰:08/09/14 18:45 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#207 [◆KHkHx8enOg]
「も…動けない」

膝に手をつきながら顔を上げる。

「けど…間に合った…!」

正面にはあの公園。
そしてベンチには大嫌いだった男。
私は微笑みながら足を引きずって隣に座った。

「あんたさぁ…いい加減にしてよね。死んでからも私をいじめる気?」

笑ってみせるが、やけに清々しい。
孝は静かに正面を見据えつつ、足を組んでいる。
馬鹿馬鹿しい。
私がこんなに一生懸命なるなんて、生きてた時は思ってもいなかった。
…だが、悪い気分ではない。

⏰:08/09/14 18:46 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#208 [◆KHkHx8enOg]
「今日はいつもみたいに退かないからね。答えを聞くまで、粘るよ」

ベンチに身を委ねて空を仰げば、隣から声が響く。

「…不思議な気分だ」

「…え?」

「千恵がいなくなってから、たまに千恵を近くに感じる時がある…」

屋上や公園でのことだろうか。

「…今も」

「…うん」

しばらく沈黙が続く。
小さく息を吐いて次の言葉を待った。

「なぁ…」

私は孝を横目でみる。

⏰:08/09/14 18:47 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#209 [◆KHkHx8enOg]
孝は相変わらず同じ姿勢を保っている。
今日はやけに独り言が多いなぁ。
いつもより饒舌ではないか。
少し黙った孝に私は視線を送り続けた。

「俺はおまえが嫌いだったよ」

「……」

うん…。
それはわかっていた。
世界は灰色に変わる。
悲しみも衝撃もない。
でも大丈夫。
私は、気付いてしまったから。

「……で?」

気付いたから、
違うんだと今は信じれる。

⏰:08/09/14 18:48 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#210 [◆KHkHx8enOg]
「嫌いだって、思ってた。いや、思い込んでた」

ほらね…
信じることが出来る。

「あの日の延長線…」

孝は一つ一つ言葉を落としていく。
きっと私の高鳴りは最高潮に違いない。

「格好悪いって躊躇っていたら、後戻りが出来なくなっていた」

…まただ。
またあれが来た。
気恥ずかしさが心を埋めていく。
一刻も早くここから去りたい衝動に駆られる。
少しずつ体が熱を帯びる。

「でも、今になって俺は…」

でもね、もう大丈夫。
逃げ出したりはしない。
何より大切なものを見付けたから。

「好きなんだって、気付けたんだ」

そう言い終えた孝は切なそうな視線を空に映した。

⏰:08/09/14 18:49 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#211 [◆KHkHx8enOg]
「孝…」

私もね、気付いたんだ。
孝が、好きみたいだって。

…だけど、ここまでだよ。
私は初めから知っていたのかも知れない、こうなることを。

間に合って良かった。

最後に、答えを聞けて良かった。

⏰:08/09/14 18:51 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#212 [◆KHkHx8enOg]
それた突然やってきた。

身体に暖かさを感じる。
死んでから一度も感じなかった温もりだ。
身体が小さく細かい光の粒に変わっていく。
目に映る景色も白くなり始め、視界の端から崩壊していった。
それらの感覚はじわりじわりと私の身体を侵食していく。
少しずつ、少しずつ…。

⏰:08/09/14 18:52 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#213 [◆KHkHx8enOg]
もう、時間か…。

どうやら、ようやくお迎えがきたようだ。

九年前に止まった時計は、九年の時を経て再び刻み始めた。



十八年間。
短いようで長い人生だった。

今から行くのは天国だろうか、地獄だろうか。

色々あったが、ようやく私の臨死体験は終わりを告げるようだ。

⏰:08/09/14 18:53 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#214 [◆KHkHx8enOg]
死んでから気付いた大切な人。

もし生き返ることが出来たなら、きっと私は告白することが出来るだろう。



でも後悔するのは嫌だから、今言えるだけ言っておこう。


今までありがとう。

貴方が大好きでした。


そして最後に…、



さようなら。




薄れゆく意識の中で、私はゆっくりと微笑んだ。

⏰:08/09/14 18:54 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#215 [◆KHkHx8enOg]
>>112-214

死んでから気付く大切な人

終了です

⏰:08/09/14 18:56 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#216 [◆1y6juUfXIk]
>>215
乙です&今から投下します

⏰:08/09/14 18:57 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#217 [◆1y6juUfXIk]
彼は洗面台に手をつき頭を垂れ、盛大にため息を吐き出す。
ゆっくりと顔を上げ、目の前のやさぐれた顔の男に告げた。



 

⏰:08/09/14 18:58 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#218 [◆1y6juUfXIk]
「まずは誕生日おめでとう。そして、早速だが本題に入る。
お前が目指してきたのは小説家だったな? もう何年もありとあらゆる賞に送りまくっている。

結果は……言わなくても分かるな。散々だ。

お前が他の全てにおいて無能でも今まで生きてこれたのは、ひとえに小説があったおかげだ。
しかしその小説が通じないとわかった今、お前の存在価値なんてどこにもありはしない。そうだろう?

……とまぁ、以上の理由から」

言葉を切り、再びため息をひとつ。

「…お前の人生を失敗と認定する。おめでとう」



自 殺 志 願 者 -太郎と花子の最後の2週間-

 

⏰:08/09/14 18:59 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#219 [◆1y6juUfXIk]
目の前の男はうなだれていた。
今まで何となくではあるが気付いていた事を、こうして真正面からはっきりと言われたのだから、当然と言えば当然だった。

彼…太郎もまた、その事を告げるのには相当に悩み苦しんだことだろう。

だが、もう誤魔化すことなどできなかった。

「失敗だ。何もかも失敗だったんだよ」

目の前の男は、太郎だった。

要するに太郎は洗面台で、鏡に写った自分自身に話しかけていたのだ。

「それじゃ、行くか」

一次選考落選の通知をゴミ箱に捨てて、辺りを見回す。

こういう時は、身の回りの整理をすればいいのだろうか。

⏰:08/09/14 19:00 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#220 [◆1y6juUfXIk]
ぼんやりと色々考えた結果、太郎は1本の万年筆だけ持っていくことにした。
とある賞の一次選考通過者全員にプレゼントされた品だ。

それが唯一、太郎が一次選考を通過できた賞だった。

安っぽい作りだが、太郎にとっては宝物だった。
それをポケットに入れて、財布を持って家を出る。

家の鍵はもう要らないし、かける必要もない。

家を出ると、季節外れの涼しい風が顔を撫で上げた。

半袖では少し肌寒いが、気にする程でもないし気にする必要もなかった。

⏰:08/09/14 19:01 📱:P903i 🆔:☆☆☆


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