【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#180 [◆KHkHx8enOg]
死んだ時にひどく頭でも打ったのだろうか。
人のことでこんな風に悩むなんてこれまでになかった。
ましてや相手はあの孝ときた。
生前は無視を決め込んでいたような孝に何故今頃?
そもそも何に悩んでいるのかすら明確でない。
何故か孝中心に物事を考え、ようやく忘れたと思ったらすぐに孝が頭に浮かぶ。
この繰り返しだ。
原因不明のもどかしさは私の苛々を募らせるばかりだった。
:08/09/14 18:23 :SH905i :☆☆☆
#181 [◆KHkHx8enOg]
どうにも気が治まらない私は、外に出た。
孝に直接会うためだ。
会って原因を確かめる。
聞くことは叶わなくても、糸口くらいはわかるかもしれないと考えたのだ。
しかし、何故孝は電話をしてきたのだろうか。
私の携帯電話に掛けても誰も出ないのはわかっているだろうに。
間違い電話?
いや…間違いだったらあんなに長くコールしていないだろうし、さすがに間違いに気付くだろう。
では何故?
何の目的で?
:08/09/14 18:24 :SH905i :☆☆☆
#182 [◆KHkHx8enOg]
「……駄目だ」
いくら考えても答えは出て来なかった。
久しぶりの孝の家に緊張しているのだろうか。
割と近所にあるため、家の位置は忘れていない。
不思議な感覚だ。
九年ぶりの孝の家。
あの頃はよく遊びに行ったものだ。
今では曖昧な古い記憶でしかない。
「わ、懐かしい…」
私は思わず立ち止まってしまう。
:08/09/14 18:25 :SH905i :☆☆☆
#183 [◆KHkHx8enOg]
白い壁に茶色の屋根。
二階建ての西山家は孝と弟、そして両親の四人家族だ。
緊張感が沸いて来るのがわかる。
玄関をくぐれば記憶にある廊下や家具が迎えていた。
お邪魔します、と土足のまま室内へ上がる。
全然変わっていない。
九年ぶりの孝の家はあまり覚えておらず、玄関から二階の孝の部屋までだけが特に鮮明だった。
二階に上がって見覚えのある部屋の前に立つ。
懐かしさからか、家にお邪魔してから終始私の頬は緩んでいた。
:08/09/14 18:26 :SH905i :☆☆☆
#184 [◆KHkHx8enOg]
ノックも出来ない私は、するりと部屋に入った。
「…いないじゃん」
誰もいない小綺麗な部屋を見渡して溜め息を吐いた。
テレビが置かれたせいか、記憶にある部屋より狭く見える。
「暇だし…捜そうかな」
背伸びをしながら呟くと、私は部屋を後にした。
:08/09/14 18:26 :SH905i :☆☆☆
#185 [◆KHkHx8enOg]
とは言ったものの、手掛かり無しでこの広い街から孝を見付けるのは至難の技だ。
携帯電話も使えなければ、人に尋ねることも出来ない。
孝を避けて九年間も過ごしていたため、習慣も知らないし、居そうな場所など見当も付かない。
更に今日は日曜日だから学校は休み。
さながら探偵気分の私は現状を悟れば悟るほど、気分は落ち込んでいく。
まさに手掛かりゼロだ。
とりあえず当てもなく路上を歩きながら、しらみ潰しに捜すことにした。
そして日が暮れたら孝の家で待ち伏せという作戦だ。
こんな真面目に策を練ってまで孝を捜してる自分の姿に自嘲気味に笑う。
しかし、この探偵ごっこは早くも終わってしまった。
:08/09/14 18:27 :SH905i :☆☆☆
#186 [◆KHkHx8enOg]
孝を捜し始めて十五分。
孝の家の近くの公園で目標を発見。
私はすたすたと孝に近付いた。
「やっと見付けた」
無反応の孝は悩ましげな固い表情でベンチに座っている。
とりあえず私も隣に腰を降ろした。
しばしの沈黙。
「……」
「…暇だなぁ。何か喋ってよ」
もう五分はこの調子だ。
会話すら出来ないんだから、せめて何か行動してくれないと来た意味がない。
:08/09/14 18:28 :SH905i :☆☆☆
#187 [◆KHkHx8enOg]
「…はぁ」
「…どうしたの?溜め息なんか付いちゃって」
「……」
「ま〜ただんまり?」
「……」
「もう、何か喋りなよ。私なんか死んでから独り言ばかりだよ?猫しか遊び相手いないし、つまんない」
愚痴を言いながらも、私はわずかに微笑んでいた。
:08/09/14 18:29 :SH905i :☆☆☆
#188 [◆KHkHx8enOg]
孝の隣は居心地が良い。
悪ふざけをしない孝は悪いもんじゃないなと、あの屋上でのひと時以来しばしば感じていた。
沈黙すら楽しんでいる。
「…二時三十分か」
私が公園の時計を見て呟くと、孝の声とぴったり重なった。
驚いて隣に視線を向ければ、孝も携帯電話の時計を見ていた。
カチカチと、無造作にボタンを押す孝。
私は先程の電話の件もあってつい画面を覗き込んだ。
:08/09/14 18:30 :SH905i :☆☆☆
#189 [◆KHkHx8enOg]
「孝。…何考えてるの?」
画面には私の名前と電話番号が映っていた。
しばらく停止した後、孝は通話ボタンを押した。
ゆっくりと耳に近付けると、呼び出し音が響く。
三回…、四回…。
私は出るはずがない、と確信しながら、孝の行動の意味を考えていた。
結論、理解不能。
八回目を過ぎると、孝は電話を切った。
溜め息を吐く孝を横目に、私は少し気まずさを覚えた。
孝が、教室で黙祷の時に見せた、私の机を見つめていた時のあの目をしていたのだ。
:08/09/14 18:30 :SH905i :☆☆☆
#190 [◆KHkHx8enOg]
何を考えているのか…私にはわからない。
そう、思っていた。
孝の漏らした言葉を聞くまでは。
「…千恵。おまえはもう帰ってこないんだな、本当に…」
不意打ちだった。
有り得ないと思っていたことが現実に起きた瞬間、私は顔に熱が昇るのを感じた。
かぁっ、と頬が熱くなる。
孝は、私を想ってくれていたのだろうか。
張り合い相手がいなくなったのを、寂しがってくれていたのだろうか。
私は初めて見た、孝のそんな姿を。
:08/09/14 18:32 :SH905i :☆☆☆
#191 [◆KHkHx8enOg]
九年前に反発しだした関係が、九年ぶりに修復に向かった気がした。
よくわからないが、私は気恥ずかしさでいっぱいだった。
この感覚は知っていた。
昔、体験したことがある。
ランドセルを落としたあの放課後の時と同じだった。
自らの熱と、場の空気と、何より恥ずかしさに耐え切れなくなった私は、逃げるようにその場を離れた。
:08/09/14 18:33 :SH905i :☆☆☆
#192 [◆KHkHx8enOg]
私は走った。
顔の熱は冷める兆しはなく、私のスピードを上げた。
息切れはしないし、全力疾走なのに思うように速くない。
夢の中の全力疾走のような感じだ。
それでも私は走った。
息切れはないが疲労感が込み上げてくる。
身体が脱力しきって走るのを止めた時、空を見上げれば茜色の夕空が夜を待っているところだった。
不思議だ。
私は死んだ。
なのに生きていたときより心が躍っているような気がする。
:08/09/14 18:34 :SH905i :☆☆☆
#193 [◆KHkHx8enOg]
私は怖かった。
道標がない未来に怯えていた。
突然、影のように闇に紛れて消えてしまうんじゃないかと。
突然、煙のように空気に混ざって溶けてしまうんじゃないかと。
だけど今は違う。
私は怖くない。
身体が熱い。
実際の所、死んでから体温や気温などを感じる機能は遮断されていた。
だから熱い、というよりは熱い気がするの方が正しいと思う。
どちらにせよ、私は今赤面しているだろう。
:08/09/14 18:35 :SH905i :☆☆☆
#194 [◆KHkHx8enOg]
私の身体を取り巻く熱が引くまでに、かなり時間が掛かった。
とっぷりと暮れた夜空の下、私は公園のベンチにいた。
さっきの公園とは違う公園。
今にも切れそうな街灯に視線を送りながら、私は頭を抱える。
変わっていない。
九年前と。
あの頃は子供だった…なんて、笑ってしまう。
私は今も子供だ。
:08/09/14 18:36 :SH905i :☆☆☆
#195 [◆KHkHx8enOg]
変わっていない。
九年前と。
私は九年前に、気持ちを置いてきてしまったのかもしれない。
だけど気付いてしまった。
九年もの間、全く気付かなかったことに私は気付いてしまった。
じわりじわりと熱が蘇ってくる。
私は…、
孝が…、
満天の星空の下、私は心の奥底に秘めた気持ちを隠した。
:08/09/14 18:36 :SH905i :☆☆☆
#196 [◆KHkHx8enOg]
暗い暗い心の奥に…二度と上がってこないように。
気付いてしまった以上は、仕方がない。
私は死んだのだ。
私にはもう道は残されていない。
希望はないのだ。
失望することがわかっている以上、封印してしまおう。
それが良い。
そうしよう。
その日、私はベンチで夜を明かした。
:08/09/14 18:37 :SH905i :☆☆☆
#197 [◆KHkHx8enOg]
月曜日の朝になった。
退屈とは拷問に近い。
孝がいるから学校に行く気もしないし、家に帰る気もしない。
私はいつか消えるのだろうか。
その時は昨日の気持ちも消えていくのだろう。
その先には天国か地獄があるのかな。
その時は昨日の気持ちも一緒に持って行くのだろう。
私は初めて自分が女々しいことに気付いた。
こうした考えを巡らすのは、隠したはずの気持ちが漏れだしている証拠ではないか。
振り出しに戻った気がした。
心が空っぽになった気がした。
膝をぱんっ、と叩いて立ち上がる。
:08/09/14 18:38 :SH905i :☆☆☆
#198 [◆KHkHx8enOg]
「私、これからどうしようかな」
気が重いがとりあえず家に帰ろうか。
ふらふらと家の方角に歩き出した。
家の前に着いた。
玄関先には父と母の姿があった。
「じゃあ、行ってくる」
スーツ姿の父が鞄を下げて手を上げる。
「行ってらっしゃい」
「今日は早めに帰るよ」
父がそう言うと母は笑った。
:08/09/14 18:39 :SH905i :☆☆☆
#199 [◆KHkHx8enOg]
「早く帰りたい、でしょ?」
「まぁ、そうだな。じゃ、そろそろ行ってくる」
「はいはい。私もこのまま出ますよ」
「…良枝。これから、頑張ろうな」
微笑む父に母はまた笑った。
私は何故か違和感を覚えたが、父に「いってらっしゃい。頑張ってね」と声を掛けると玄関に向かった。
:08/09/14 18:39 :SH905i :☆☆☆
#200 [◆KHkHx8enOg]
リビングに上がると違和感が一気に増した。
違う。
何かが違う。
仏壇に私の写真がない?
母の笑顔が頭にちらつく。
父の言葉が頭を過ぎる。
「頑張ろうな」
頑張ろうな?
昨日から何かが変だ。
前向きだが、何かが違う。
私は母が家に入って来ないことに気付いた。
母の声が再生される。
「私もこのまま出ます」
出る?何処へ?
何故一昨日帰ってこなかった?
何故一昨日普段着だった?
私は弾かれたように家を出た。
キョロキョロと辺りを見渡せば、彼方に母の後ろ姿が見えた。
私は走って後を追った。
:08/09/14 18:40 :SH905i :☆☆☆
#201 [◆KHkHx8enOg]
おかしい。
人間の頭で考えるのも変だが、どうもおかしい。
私は死んだ。
消滅するのはいつだ?
三途の川はどこだ?
お花畑や血の池地獄にはいつ行くのだ?
それに、まだ見ていない。
私という死者が存在しているのに、私以外の死者の姿を。
私は何だ?
一つの希望が頭に浮かんだ。
希望を断たれた時に傷付くのは嫌だが、往生際が悪いのは私の性格だ。
だが、私はそれに賭けてみたかった。
私は死んでしまった。
だけど、夢くらいは見ても罰は当たらないだろう。
希望くらいは持っても、神様は許してくれるだろう。
:08/09/14 18:41 :SH905i :☆☆☆
#202 [◆KHkHx8enOg]
母の隣を歩いて、やがてある建物に着いた。
ここは…、
「…病院?」
白に統一された建物を見て、私の気持ちは高鳴った。
落ち着け、私。
まだ早い。
答えは母について行けばわかるだろう。
施設に入ると、内部を一瞥してから母は受付を済ました。
エレベーターで三階に上がると、廊下を通り抜けてある病室の前で立ち止まる。
母がドアを開ければ、中は個室になっていた。
室内を見た私は、目を丸くした。
「なんで…?」
:08/09/14 18:42 :SH905i :☆☆☆
#203 [◆KHkHx8enOg]
そこには、病室のベッドに身を埋めて眠る私の姿があった。
口元には呼吸を助けるためなのか、規則正しい音を出す機械が伸びている。
呆然とする私の前で、母はせっせと世話をし始めた。
花瓶の水を変えている母を眺めていたら、ふと我に返る。
即座に病室の前の名札を見に行けば、桜井千恵と書かれていた。
間違いない、私だ。
もう一度目を向けると、ベッドの上の私は眠るように胸を上下させていた。
予想は当たっていた?
私は死んでなかった…?
夢を見ているのではないか。
:08/09/14 18:43 :SH905i :☆☆☆
#204 [◆KHkHx8enOg]
喜びと同時に疑問も溢れた。
母や父が元気になった理由は頷ける。
しかし、私の葬式は確かにあった。
ならば、いつ私は生き返ったのだろうか。
いやそれより、何故私は肉体に戻れないのだろうか。
これは意識不明の昏睡状態というものか。
それとも植物状態というものか。
それより問題は身体に戻れないこと。
私が何度試しても、映画のように魂が肉体に戻ることはなかった。
:08/09/14 18:43 :SH905i :☆☆☆
#205 [◆KHkHx8enOg]
これじゃ…生き返ったなんて言えない。
肉体は生き返っても、私の心はこうして死んだままだ。
でも、悲しくはない。
ようやく希望が見えた。
生きているとわかったその時から、私の心の中心はある感情に支配されていた。
あの時、奥深くに封印したはずの想いが、いつの間にか溢れ出していた。
…孝。
この数日、孝は悲しんでいただけかも知れないけど、私は変わったと思う。
孝には悪いけど、私はもう止まれない。
例え希望が断たれても、私は突き進むと決めた。
:08/09/14 18:44 :SH905i :☆☆☆
#206 [◆KHkHx8enOg]
私には、まだやり残したことがある。
孝の気持ちを聞いていない。
盗み聞きはよくないと思うが、今じゃなきゃ出来ないのも事実だ。
私はまた走っていた。
学校に行ってみたが今日は孝はいなかった。
ならばと家まで押しかけたが生憎の不在。
次に所に向かっていた。
脱力感は最高潮に達する。
もしあそこにいなかったら、私はしばらく動けなくなるに違いない。
一歩進む度に孝に近付いているのだろうか。
私は鎖が巻き付いたような重い足を踏み出しながら、歩を進める。
やがて足は動かなくなり、そして完全に停止した。
:08/09/14 18:45 :SH905i :☆☆☆
#207 [◆KHkHx8enOg]
「も…動けない」
膝に手をつきながら顔を上げる。
「けど…間に合った…!」
正面にはあの公園。
そしてベンチには大嫌いだった男。
私は微笑みながら足を引きずって隣に座った。
「あんたさぁ…いい加減にしてよね。死んでからも私をいじめる気?」
笑ってみせるが、やけに清々しい。
孝は静かに正面を見据えつつ、足を組んでいる。
馬鹿馬鹿しい。
私がこんなに一生懸命なるなんて、生きてた時は思ってもいなかった。
…だが、悪い気分ではない。
:08/09/14 18:46 :SH905i :☆☆☆
#208 [◆KHkHx8enOg]
「今日はいつもみたいに退かないからね。答えを聞くまで、粘るよ」
ベンチに身を委ねて空を仰げば、隣から声が響く。
「…不思議な気分だ」
「…え?」
「千恵がいなくなってから、たまに千恵を近くに感じる時がある…」
屋上や公園でのことだろうか。
「…今も」
「…うん」
しばらく沈黙が続く。
小さく息を吐いて次の言葉を待った。
「なぁ…」
私は孝を横目でみる。
:08/09/14 18:47 :SH905i :☆☆☆
#209 [◆KHkHx8enOg]
孝は相変わらず同じ姿勢を保っている。
今日はやけに独り言が多いなぁ。
いつもより饒舌ではないか。
少し黙った孝に私は視線を送り続けた。
「俺はおまえが嫌いだったよ」
「……」
うん…。
それはわかっていた。
世界は灰色に変わる。
悲しみも衝撃もない。
でも大丈夫。
私は、気付いてしまったから。
「……で?」
気付いたから、
違うんだと今は信じれる。
:08/09/14 18:48 :SH905i :☆☆☆
#210 [◆KHkHx8enOg]
「嫌いだって、思ってた。いや、思い込んでた」
ほらね…
信じることが出来る。
「あの日の延長線…」
孝は一つ一つ言葉を落としていく。
きっと私の高鳴りは最高潮に違いない。
「格好悪いって躊躇っていたら、後戻りが出来なくなっていた」
…まただ。
またあれが来た。
気恥ずかしさが心を埋めていく。
一刻も早くここから去りたい衝動に駆られる。
少しずつ体が熱を帯びる。
「でも、今になって俺は…」
でもね、もう大丈夫。
逃げ出したりはしない。
何より大切なものを見付けたから。
「好きなんだって、気付けたんだ」
そう言い終えた孝は切なそうな視線を空に映した。
:08/09/14 18:49 :SH905i :☆☆☆
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