【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
最新 最初 🆕
#240 [◆1y6juUfXIk]
「…んでまぁ、無能な俺の唯一の長所、頼みの綱である小説ですらまったく通用しないっていう……まぁそんなわけだ」

「なるほど、よく分かった」

花子はため息をついて頷く。

「それじゃ早速、その小説を読ませてもらおうか」

「え!?」

「私の指針は決まった。1週間であなたにこれ以上ないくらい面白い小説を書かせてあげる」

「えー…?」

「さ、そうと決まれば行動開始。あなたの家に行こう」

⏰:08/09/14 19:14 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#241 [◆1y6juUfXIk]
なんとも行動的な自殺志願者だ。

太郎はそう考えながら、花子を連れて2度と戻らないはずだった自宅へ向かった。

家に着いた太郎はパソコンを起動し、自分の作品を印刷して花子に読ませる。

テーブルについて一通り読んだあと、花子はきっぱり言い放った。

⏰:08/09/14 19:15 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#242 [◆1y6juUfXIk]
「なるほど、これはつまらない」

「更に死にたくさせてどうすんだよ……」

「あぁ、そうだったな。えーと、ちょっとリアリティに欠けるんじゃないか?」

「どういうことだ?」

「全体的に見て主人公に都合がよすぎる。共感できない」

「小説ってそんなもんじゃねえか?」

「まぁそれはそうだろうが、程度というものがあるよ」

「具体的にどうすりゃいい?」

「そうだな……」

太郎は花子に言われた通りに、内容を少しずつ書き換えていく。

次の日も、その次の日も花子は家にやって来て、太郎の小説にあれこれと文句をつけた。

⏰:08/09/14 19:15 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#243 [◆1y6juUfXIk]
花子は物言いにまったく遠慮を持ち込まないタイプの人間だった。
だから言葉遣いも淡々としているのかもしれない。

太郎にとって、それは善くも悪くもあった。

「この展開はクソだな」

「頼むからもうちょい優しく言ってくれ。そんなに俺をあの木に吊るしたいのか」

「吊りたいのは私だから遠慮なく言ってるんだよ」

それにしてもおかしな会話だ。
まともな人間同士の会話ではあり得ないだろう。

⏰:08/09/14 19:16 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#244 [◆1y6juUfXIk]
「この娼婦の設定は変だな」

「ん? どこが?」

夕食として買ってきたハンバーガーをかじりつつ、2人は再度プロットを見直していた。

「ピンでやる娼婦なんかいないよ。大抵はポン引き…ピンプって言うんだけど、そういう男が1人頂点に立っている」

⏰:08/09/14 19:17 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#245 [◆1y6juUfXIk]
「ピンプ1人が所有する娼婦は1人から10人以上と様々だけど、常に流動的。

仕事は娼婦の上がりをハネたり殴ったり怒鳴ったり愛してやったり麻薬漬けにしてやること。

マフィアと繋がってる奴も多い。上納金を納める代わりに縄張りを確保してもらったりな。

ピンプなんてまともな人間じゃない。
少なくとも、まともに女性を愛せる男にできる仕事じゃない。

でもこの業界はまともじゃない奴ほど頭がキレるんだ、だから………」

「………」

「女を支配することに天才的な才能を持っていて……ん?」

⏰:08/09/14 19:17 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#246 [◆1y6juUfXIk]
花子の話を聞いていた太郎は、ポテトをくわえたまま黙り込んでいた。
花子はそれを見て変な顔をする。

「どうした?」

「あ、いや。何でもない」

太郎は慌てて首を横に振った。

……今は他人の過去に拘るのはよしとしよう。
今は、どうでもいいじゃないか。

どうせこのゲームに勝った方はこの世にいられなくなるんだ。

⏰:08/09/14 19:18 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#247 [◆1y6juUfXIk]
「勉強になったわ」

「他にも聞きたそうな顔してるけど?」

「別に何もねーよ」

ここでこれ以上聞く理由はない。
花子もまた、それ以上は何も言わなかった。



残り1日を残し、小説の手直しはすべて終わった。
2人は郵便局に行って原稿を賞に送ったあと、駅前の喫茶店に入った。

「まだ明日いっぱい残ってるけど」

「俺はもう一作書こうと思ってる。俺の遺言と遺作を兼ねた私小説だ」

⏰:08/09/14 19:18 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#248 [◆1y6juUfXIk]
それを聞いて花子は笑った。
太郎が始めてみた花子の笑顔。微笑みに近かったが、表情は暗く感じた。

「勝つ気満々だな」

「内容はこうだ。俺が死を決意したところから始まり、お前と出会って…」

「てことはオチはまだ決まってない?」

「そうだな」

「それって、どう転んでもバッドエンドじゃない?」

「さぁな。万一のハッピーエンドが、あるかもしれないだろ?」

 

⏰:08/09/14 19:19 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#249 [◆1y6juUfXIk]
 
そして、翌日。

2人は太郎の家で新作のプロットを検討した。

粗方終わったあと、花子がふと言った。

「ちょっと思ったんだけど、賞の発表っていつ?」

「半年後だけど」

「じゃあ、あなたはそれを見るまで死ねないじゃない」

「ん? あー……ま、そうかもな」

「私の勝ちでいい?」

「それはダメだ。フェアじゃない。俺の番がすんでから結論を出す、それでいいだろ」

「……やれやれ」

⏰:08/09/14 19:20 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#250 [◆1y6juUfXIk]
花子は疲れたような顔でうなじを撫で付けた。

「めんどくさいものだな、人生とは」

「うんざりするほど同感だ」




花子がそろそろ帰ると言い出したので、太郎は駅まで送るために家を出た。

夕暮れに染まったオレンジの街を、2人並んでとぼとぼ歩く。

⏰:08/09/14 19:20 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#251 [◆1y6juUfXIk]
「で、明日からはあなたの番だけど」

「あー、そだな。まずは俺同様に話を聞かせてもらう事にするわ」

「……そうか」

花子は複雑そうな顔をした。

まあ自殺したい奴なんて、そいつの人生丸ごとが触れてほしくない大きなかさぶたのようなものだ。

だが目立つかさぶたは、やはり自分でひっぺがしてみたくなる。

それに多少の苦痛が伴うとしても。

「うむ。人生とはかくもかさぶたのようなものだな」

「ん? 何か言ったか?」

「いや何も」

⏰:08/09/14 19:21 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#252 [◆1y6juUfXIk]
狭い路地を抜けようとすると、目の前に人影が立ちはだかった。

ガタイのいい男だ。明らかに太郎と花子を待ち受けていた感じだった。

危険を感じた太郎が振り返ると、そこにも男が2人いた。

囲まれた。それも明らかにチンピラだ、かなりマズイ。

太郎は恐怖で心臓が縮み上がるのを感じながら、地面を見回して武器になるようなものが転がっていないか探した。

⏰:08/09/14 19:22 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#253 [◆1y6juUfXIk]
「こんな時間にうちの縄張り歩いてるから誰かと思えば……」

「ひょろい男と…女はいけそうだなァ」

「男は金置いて消えな、それで勘弁してやる」

男たちの話を聞くふりをして地面を探すが、何もない。

ビール瓶も角材も鉄パイプもパイロンも、小さな石ころすらもない。

現実はやっぱり小説のように都合よくはいかないものだ。

3人は懐からナイフを取り出して、真っ直ぐに間合いを詰めてくる。

⏰:08/09/14 19:22 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#254 [◆1y6juUfXIk]
前後からじわじわと迫る男を牽制しながら、右手で花子の前を制する。
花子に聞こえるように小声で囁く。

「花子、俺が正面の1人にタックルをかけるから、その隙に……」

言いながら視線を後ろにやると、花子はポケットに手を突っ込んだまま動いていない。

太郎の言葉を制し、彼女は言った。

「太郎、何もするな。何もするなよ」
 

⏰:08/09/14 19:23 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#255 [◆1y6juUfXIk]
後ろの2人が花子を羽交い締めにした瞬間、花子はポケットから手を抜いた。
同時に、ヒュッという空気を短く切り裂く音。

「つーかまえたァ……ってあれ?」
「!?」

何が起きたのか、花子以外は誰も理解していなかった。

だが刹那も待たずに、男2人の手の甲と顔に赤い直線が走る。
間髪入れずに血が吹き出した。

血が吹き出したのだけは、太郎にも見えていた。

⏰:08/09/14 19:23 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#256 [◆1y6juUfXIk]
「あべしっ!?」

意外だ。男の叫び声が、じゃない。

太郎は、人間の体に刃物が突き刺さる音は『グサリ』とか『ブスリ』とかそんな音だと思っていたが、実際は『カンッ』というわりと甲高い小さな音だった。

花子が2本目のナイフを懐から抜き出す。

男たちは顔を見合わせると、捨て台詞もなしに一目散に逃げ去った。
正面の男は腕にナイフが刺さったまま走り去る。
大丈夫なのだろうか。

「あのー……今のは?」

「当たって良かった」

花子は深く安堵のため息をついた。

⏰:08/09/14 19:24 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#257 [◆1y6juUfXIk]
「投擲には自信がある」

「いやそういうことを聞いてるんじゃなくて」

「わかってる」

駅はもうすぐそこ。
花子は振り返って太郎に向き直った。

「明日、全部話すよ。全部話す。今日はここまででいい」





花子を見送って、太郎は家に帰ってきた。

洗面所に向かい、鏡を覗きこむ。
もう1人の自分がこっちを見ていた。

⏰:08/09/14 19:24 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#258 [◆1y6juUfXIk]
「変な女だな。娼婦について妙に詳しかったり、ナイフの扱いが妙に上手かったり……

まぁそれはいいとして、お前はどうするつもりだ?

彼女が抱えている問題は、恐らくお前とは比にならない。それぐらいは俺でも予想がつく。

………どうするんだ? お前に彼女を救えるのか? 自分の人生ですら救済できなかったお前ができるのか?」

目の前の男は、絶望的な顔をする。

「お前が今考えてることを当ててやるよ。
今すぐ家を飛び出して電車に飛び乗って、あの木に行く。勝負を放り出して反則勝ちする気だ」

⏰:08/09/14 19:25 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#259 [◆1y6juUfXIk]
太郎は目の前の男をたしなめた。あらんかぎりの同情の念を込めて。

「やめとけよ。それはフェアじゃねぇ」

そうさ、そんな勝ち方に意味はない。
人生最後の、プライドを賭けた戦いだ。

このままあそこで死んだって、イマイチすっきり死ねそうにない。
死にきれないままに怨霊になって、あの林を永遠にさ迷うのはゴメンだ。

「こんな俺でもできること。小説以外に、何か………」

その夜、太郎は一晩中考え込んでいた。
 

⏰:08/09/14 19:26 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#260 [◆1y6juUfXIk]
翌日、太郎は身支度を整え鏡の前に立った。
クローゼットを掻き回して揃えた、いつもより少しだけお洒落な服だ。

「…よし」

家を出て、花子の待ついつもの喫茶店へ急いだ。



「よう」

「ん」

すでに来ていた花子の隣に腰を下ろす。
彼女は口をつけていたコーヒーカップに視線を落とし、一息置いてから言った。

⏰:08/09/14 19:26 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#261 [◆1y6juUfXIk]
「…私の事情を話そう」

「あー、それなんだけど別にいい」

「? どういう事だ?」

「俺には俺なりの計画があるんだ。だからまぁ、いつかは聞くかもしれんが、今はいい」

「そうか。では、その計画というのは?」

「秘密だ」

「秘密……?」

「まぁ任せとけって。とにかく外に出ようぜ」

⏰:08/09/14 19:27 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#262 [◆1y6juUfXIk]
向かった先は、なぜか近所の動物園。

「見ろよ、ハダカネズミだ。モンハンに出てくるフルフルのモデルってこれじゃないか?」

「さぁ………」

花子は目の前の珍獣を眺める事と自分の人生の救済とが結び付かず、少し悩んだ。

この男は一体何を考えているのだろうか。
それとも何も考えていないのか?

⏰:08/09/14 19:28 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#263 [◆1y6juUfXIk]
 
途中で太郎は突然、進行方向を変えた。

「えーっと……んじゃ次は向こう行こうぜ」

「ん? 待って、見てあれ、爬虫類館だって。私はあっちに行きたい」

「いや……楽しくないだろ、蛇とかカエルとかトカゲとか見たって」

「何で? 行こうよ」

花子は頻りに嫌がる太郎の腕を無理やり引っ張って、爬虫類館へ入った。

建物の一角では「蛇に見て触れて楽しもう」というキャンペーンをやっていた。
毒を持たない大人しい種類の蛇がケージの中に入っている。

⏰:08/09/14 19:28 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#264 [◆1y6juUfXIk]
「小さい蛇ってカワイイね。ほら、あなたも」

「遠慮するわ」

花子が指に絡ませている黄色い蛇を差し出したが、太郎は青ざめて後ずさった。

「もしかして蛇とか苦手?」

「にににに苦手ちゃうわ!」

「噛まないし大丈夫だって。ほら」

逃げ出そうとする太郎を掴まえて、ズボンを掴む。

「ズボンの中に入れてやろう。マムシパワー直腸注入〜!」

「やーめーてーーー!!」

⏰:08/09/14 19:29 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#265 [◆1y6juUfXIk]
飼育員に怒られて追い出され、その日はお開きになった。

夕暮れの中を駅に向かって歩きながら、花子は太郎に聞いた。

「そろそろ話してくれてもいいんじゃないか? 一体どんな計画なんだ?」

「秘密だ。とにかく、明日も同じ時間に喫茶店でな」

「まぁ別にいいけど…1週間は付き合うよ、約束だし」
 

⏰:08/09/14 19:29 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#266 [◆1y6juUfXIk]
 
次の日も、その次の日も太郎は花子をいろんな場所に連れていった。

映画館、博物館、遊園地に水族館に、何かのお祭りにも行った。

太郎は時にはおどけてみたりして花子の笑顔を誘った。
だが花子は困ったような、苦笑いのような顔を浮かべるだけだった。

本当の意味で笑った顔を、花子はまだ一度も見せていない。



そして、6日目の夕方。

⏰:08/09/14 19:30 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#267 [◆1y6juUfXIk]
2人は河口に面した公園のベンチに座り、夕焼けに染まった海と川の境界を眺めていた。

海も川も流れは穏やかなのに、2つが混ざりあう場所は流れが早い。
その早い流れで水面が小刻みに揺れ、夕方の太陽のオレンジ色の光を細かく反射している。

ダイヤモンドが水面のあちこちに落ちているみたいで、とてもきれいだ。

それを眺めながら、花子が呟いた。

「あなたの計画がわかった」

「ん?」

「つまり、この世にはあんな楽しいことがあるんだとか、こんな綺麗なものがあるんだとか、そういうことを教えたかったんじゃないか?」

⏰:08/09/14 19:30 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#268 [◆1y6juUfXIk]
「えーっと、まぁそうでもあるんだけど」

「違う?」

「少し、な」

「そう」

花子は少し空を仰いで、不意にベンチから立ち上がった。

「ナイフの使い方を教えてあげる」

⏰:08/09/14 19:31 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#269 [◆1y6juUfXIk]
「何だよいきなり」

「いいからほら、立って。こうして構えてみて」

太郎は立ち上がり、手にナイフを持っているつもりで、言われた通りの格好をした。

花子が太郎の腕を持ち上げ、姿勢を修正する。

「ナイフは一撃必殺の武器だ。自分が持ってることを相手に悟られてはいけない。
だから抜いてから攻撃するんじゃなく、抜くのと攻撃を同時にやるんだ」

そう言って花子は太郎の横で手を取り、ナイフを投げるマネをさせる。

そう言えば、チンピラを追い払った時も、花子はギリギリまでナイフを抜かなかった。

⏰:08/09/14 19:31 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#270 [◆1y6juUfXIk]
「こうだ、こう」

花子が太郎の後ろに回り、腕を取る。
2人の体が密着した。

「えーと……ああ、こうか」

「ニヤニヤするな」

「断じてしてない」

「こう、手首のスナップを活かして、ヒュッと。……あ」

花子がつまずき、太郎の方に倒れてくる。

太郎はそれを受け止める。

抱き合った格好のままで、少し時間が止まった。
 

⏰:08/09/14 19:32 📱:P903i 🆔:☆☆☆


★コメント★

←次 | 前→
↩ トピック
msgβ
💬
🔍 ↔ 📝
C-BoX E194.194