【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#230 [◆1y6juUfXIk]
堪えきれず、太郎がとうとう声を出した。
「あー…失礼だがちょっといいか?」
「なに?」
「いや、何をしてるのかなー、と」
「そっちがやろうとしてる事と同じだと思うけど」
そりゃそうだ。
目の前の女がピクニックに来ているようには見えない。
ピクニックに来る奴は、椅子に乗ってロープをかけて輪を作ってそこに頭を突っ込んだりはしない。
「死のうとしてるのか?」
「まあね」
「そうか…」
「そう」
:08/09/14 19:09 :P903i :☆☆☆
#231 [◆1y6juUfXIk]
こういう状況は想定していなかったもんだから、どう喋っていいのか分からない。
やはりここは見なかったことにして、先に死んでしまうべきだろうか。
しかし見知らぬ女と並んでブラブラとぶら下がってるのは、かなり間抜けな格好だ。
天秤じゃないんだから。
太郎は思いきって口を開いた。
「えっと……悪いけど他所でやってくれないかな」
「あなたが別の場所に行ったらいいんじゃないか?」
「ここは俺の予約席だ」
「いつから?」
「一年前に来て見つけた」
「そうか。ここは私の子供の頃の遊び場だ。15年ほど前のな」
(……手強いな…)
:08/09/14 19:09 :P903i :☆☆☆
#232 [◆1y6juUfXIk]
とりあえずこんな格好じゃ長話はできない。
2人は椅子から降りて顔を見合わせた。
「………」
「………」
変な感じだ。ものすごく変な感じだ。
この空気の微妙さをどう表現すればいいのだろうか。
太郎には考えても分からなかった。
:08/09/14 19:10 :P903i :☆☆☆
#233 [◆1y6juUfXIk]
「は、はじめまして…」
「こちらこそ」
「えっと…この場所を譲る気はないんだよな?」
「毛頭な」
「俺もだ」
「じゃあどうする? 並んで吊るか?」
「それもマヌケだな」
「ならこうしないか。より納得できる理由がある方に譲るんだ」
「話し合って、『ああ、そりゃ死ぬしかねーわ』って方がここで吊る、と?」
「そうだ」
:08/09/14 19:11 :P903i :☆☆☆
#234 [◆1y6juUfXIk]
一瞬名案な気がしたが、何か間違ってる。
「でも俺にとっては深刻な問題とか理由が、お前にとってもそうとは限らないだろ。逆も然りだ」
「うーん……」
沈黙が続く。
折り畳み椅子に座り、2人はしばらく考え込んだ。
少しして、太郎が口を開く。
「じゃあ、こういうのはどうだ? 相手の死ぬ気を挫くんだ」
:08/09/14 19:11 :P903i :☆☆☆
#235 [◆1y6juUfXIk]
「…?」
「励ますんだよ。死ぬ気がなくなればここで吊る必要もないだろ?」
「がんばれー」
「………」
「ご、ごめん…」
:08/09/14 19:12 :P903i :☆☆☆
#236 [◆1y6juUfXIk]
「……あなたには今すぐに死ななければならない理由があるのか?」
「まぁ別にそういうわけじゃねーけど、なるべくすぐに死にたいな」
「じゃあ、1週間だ」
「は?」
「お互いに1週間使って、相手の死ぬ気を無くすんだ。先攻後攻に別れてな」
「その発想はなかったわ」
「どうする?」
「うーん、まぁそれでもいいけど」
「順番はコインで決めよう」
「じゃ、俺は表で」
:08/09/14 19:12 :P903i :☆☆☆
#237 [◆1y6juUfXIk]
女は財布から硬貨を取り出し、親指で弾く。
それを左手の甲と右手の掌でキャッチした。
右手を開く。
硬貨は表を向いていた。
「表だな。じゃあ…俺は後攻にする」
「最初の1週間は、私があなたを助けるわけだ。じゃ、とりあえずここを出よっか」
2人とも自分のロープをほどき、椅子を持って林を出た。
電車に乗り、並んで座席に腰を下ろす。
:08/09/14 19:13 :P903i :☆☆☆
#238 [◆1y6juUfXIk]
「ところで、俺を励ますってどうするつもりだ?」
「まず、あなたがなぜ死にたいのか、それを教えてもらわないと」
「それもそうだな。…どう話せばいいもんかな…」
「ゆっくり話して。時間ならたっぷりある」
まったくもってその通りだが、それにしてもおかしなことになってしまった。
まさに事実は小説よりも、ってやつだ。
街に出たところで電車を降り、2人は駅前の喫茶店に入った。
:08/09/14 19:13 :P903i :☆☆☆
#239 [◆1y6juUfXIk]
「俺は小説家志望で、でも全然賞をとれなくて…」
太郎はそこで自分の事情をすべて吐き出した。
若い女と会話するのは久しぶりだったが、内容が内容なだけにどんどん気分が重くなる。
人生で一番楽しくないデートだ。
女の名前は花子と言うらしい。
おかしな状況だったせいか林の中では気付かなかったが、よく見ると整ったとても綺麗な顔立ちだった。
でも、表情が少し無機質な気がする。
言葉遣いも淡々としていて、女らしい感じはしなかった。
まぁ自殺志願者なんだし当然と言えば当然だが。
:08/09/14 19:14 :P903i :☆☆☆
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