【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#148 [◆KHkHx8enOg]
「ねぇ。何でそんなに元気ないの?」

孝はそのまま足を進め、屋上の中央に腰を下ろす。
私もその後に続いて隣に座り込んだ。

「あんた、熱くないの?この炎天下で暖められたコンクリートは、熱いよ。今の私にはわかんないけど」

体育座りに体勢を変えて、孝を見る。

⏰:08/09/14 17:55 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#149 [◆KHkHx8enOg]
「あんたが元気ないとさ、私が調子狂うんだけど」

そこまで言ったところで、一つの疑問が浮上してきた。
調子が狂う?
私は孝が嫌いだ。
嫌がらせをするから。
なのに嫌がらせがないと今度は調子が狂う?
…矛盾している。
違う。
私は嫌がらせがないから調子が狂うんじゃない。
いつもうるさいくらい元気な孝が、落ち込んでるから調子が狂ってるんだ。
そうだ、そうなんだ。

⏰:08/09/14 17:56 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#150 [◆KHkHx8enOg]
少しの無言と少しの葛藤に終止符を打った私は、溜め息を一つ落とした。

「ねぇ孝。私が死んで何か変わったことある?孝にとっては張り合う相手がいなくなったみたいなものなのかな。あ、クラスの雰囲気は変わったよね。クラスメートが死んだなら暗くなるのは普通かな?私からしたら、皆には早く明るくなってほしいんだけどね」

⏰:08/09/14 17:57 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#151 [◆KHkHx8enOg]
空を見上げる。
鳥たちが頭上を通り過ぎていく。

「…私は、さ」

仰向けに寝転んで言葉を続ける。

「まだ…死にたくなかったよ。そりゃそうだよね。まだまだ若いもん、未練ありすぎて困っちゃうくらいだし」

⏰:08/09/14 17:59 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#152 [◆KHkHx8enOg]
孝も私と同じように仰向けに寝転んだ。
私は少し驚いて、ぶつからないように体を移動させる。
…何年ぶりだろう。
こうして近くで存在を感じたのは。
昔は普通だった。
これが当たり前だった。
でも気付けば変わっていった。
少しずつ、少しずつ。
突然現れたよくわからない溝は埋めることも出来なくて、私は溝を埋めることを諦めた。
歯止めがなくなった溝は時間と共にどんどん大きくなっていって、仲が良かった私たちは小学生中学年の頃には、お互い嫌いな存在として出来上がっていた。

⏰:08/09/14 17:59 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#153 [◆KHkHx8enOg]
「あれから早いもんだね。もう高校生だよ。でも、私はここまでなんだよね。高校生から上へはいけない」

「……」

「なんか寂しいなぁ。私だけ置いてきぼりかぁ」

当然孝からの返事はない。
太陽に雲が掛かった青空は、少し薄暗さを増していた。

⏰:08/09/14 18:01 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#154 [◆KHkHx8enOg]
「…ねぇ、何か言ってよ」

「……」

上半身を起こして孝を覗き込む。

「ねぇってば!」

無反応が続くと、溜め息をついて自嘲気味に笑う。
馬鹿馬鹿しいことをしたな。
何を望んでいたんだろう。
私はもう死んでいるのに。
久しぶりに孝に話し掛けて、少し感情的になりすぎたのだろうか。
上半身を元の位置に戻していたら、隣から声が零れた。

⏰:08/09/14 18:01 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#155 [◆KHkHx8enOg]
「……今、俺が」

私は突然の孝の言葉に驚いて勢いよく顔をやった。

「俺が死んだら、千恵はまだその辺にいんのかな」

私は思わず吹き出してしまった。
というか、ここにいます。
孝は突然何を言うのかと思ったら、やはり私のことだった。
概ね、やはり張り合う相手が突然いなくなったのでつまらないのだろう。
それとも事故死した当日も私をからかっていたから罪悪感でも感じているのだろうか。

⏰:08/09/14 18:02 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#156 [◆KHkHx8enOg]
私の隣の男は、小さく息を吐いた。

「なんだか…つまらないな、今日は。からかう相手がいないと、こんなに調子出ないんだな」

「だからって、他の女子いじめないでよ?孝の悪ふざけは度が過ぎてるんだからね」

私は懐かしい雰囲気に、思わず頬が緩んでしまった。

⏰:08/09/14 18:03 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#157 [◆KHkHx8enOg]
これで孝の元気がない理由がわかった。
孝自身は大丈夫だろう。
楽観的だから、きっとすぐに男友達と元通りにふざけて生活していくに違いないだろう。

しばらくの間、久々の雰囲気を味わっていた私は、昼休み終了のチャイムが鳴るまで青空の下、ずっと孝の隣にいたのだった。

⏰:08/09/14 18:04 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#158 [◆KHkHx8enOg]
孝はチャイムが鳴ると焦ったように立ち上がり、片手で無造作にお尻を叩いた。
紺色のズボンから細かい埃が舞い上がり、私の服を通り抜けて力無く地面に落ちていく。
そのまま踵を返して足早に教室に戻っていく孝の後ろ姿を、私は虚ろに眺めていた。

⏰:08/09/14 18:05 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#159 [◆KHkHx8enOg]
あれはいつのことだろうか。
青空を見上げた私は記憶を辿る。
小学校三学年の時、孝と私の関係は壊れた。
その学年は、私が生まれて初めて男の子から告白を受けた歳だった。
相手は、当時クラスで一番足が速くてムードメーカーだった中川君という男の子だ。
中川君はやんちゃで、日焼けした肌にツンツンと尖った髪の毛が印象的なサッカー少年だった。

⏰:08/09/14 18:05 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#160 [◆KHkHx8enOg]
それは、放課後に日直で残っていた私に対する突然の告白だった。
あの頃は免疫もなく困惑したりもしたが、私はそれよりも初めての告白に恥ずかしさでいっぱいだった。
頬を真っ赤に染めて呆然とする私の手から、赤いランドセルが滑り落ちた。
今思えば初々しい反応が子供だったなと微笑ましく感じる。
彼は今こそ違う高校に通っているが、街中で偶然逢った時に、あの無邪気な子供っぽさは変わっていなかったと笑った記憶がある。

⏰:08/09/14 18:06 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#161 [◆KHkHx8enOg]
結局その告白は私の恥ずかしさのために断ったのだが、次の日にはクラス中の噂になっていた。
男子グループからは冷やかされ、女子からは質問攻めにされた。
小学生では足の速さが好感度に繋がるのはよくある話で、中川君はモテる部類だったために女子からの質問には偽りなく答えた。
しかし、小学生だった私には今のように男子グループからの冷やかしに堪える精神は持ち合わせておらず、泣きながら帰って母に学校に行きたくないと困らせたりもした。
その時の男子グループの中に、一番仲が良かった孝がいたのだ。

⏰:08/09/14 18:07 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#162 [◆KHkHx8enOg]
それがきっかけだろうか。
以来、孝は率先してグループのリーダーになり、事あるごとに私を冷やかした。
初めは私もひどく裏切られた衝動に駆られて傷付いたが、孝を嫌いになっていくに連れて傷はみるみるうちに塞がっていった。
時間と比例して塞がる傷は、私の心も一緒に閉ざしてしまったのだろう。
ひと月もしないうちに私と孝はお互い嫌いになっていた。
そのまま時は流れ、気が付けば高校生になっていた。

⏰:08/09/14 18:08 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#163 [◆KHkHx8enOg]
時間が進んでも私と孝の関係は変わることはなく、時計はあの小学生時代で止まったまま卒業と入学を二回ずつ繰り返して今に至る。

どうして私たちの関係は拗れてしまったのだろう。
仲が良かった日々の時計はあの日に止まってしまい、新しい時計が刻み始めたのだろうか。
なら、今度の新しい時計もいつか止まるのだろうか。
次に動き出す時計にはどんな日々が待っているのだろう。
止まった時計が、もう一度動くことはあるのだろうか。

⏰:08/09/14 18:09 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#164 [◆KHkHx8enOg]
空を見上げる私は不意に込み上げてきた哀しさに胸を押さえ付けられた。
同時に、新しい時計はもう止まっているのだと気付いた。
そして、次の時計はないのだということも。
あまりに色々なことが頭に蘇りすぎて、忘れていた。
私は、死んだのだ。
あの日の時計は止まったまま、私自身の時計は停止してしまったのだ。

家に帰ろう…。
私は曇り空を見上げた。

⏰:08/09/14 18:09 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#165 [◆KHkHx8enOg]
閉められた玄関をくぐると孤独感の波に苛まれた。
家には人の気配がなかった。
その無人の静けさだけが私の孤独感を増していく。
家を歩き回っていると、私はあることに気付いた。
私の抜け殻がない。
安置されていた場所に敷かれていた布団も綺麗に片付けられていた。

「…火葬場かな」

⏰:08/09/14 18:10 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#166 [◆KHkHx8enOg]
ぼうっと遺体があった場所を見つめる私の口から自然と出た答えに、何故か全身が脱力した。
これからどうするかなど、見当も付かない。
道標が欲しい。
私は壁に寄り掛かると、体育座りで小さく縮こまった。

…そういえば。
死んだ者は四十九日を使って知り合いに挨拶巡りをすると聞いたことがある。
使命ではなさそうだが、私もやるべきなのだろうか。
四十九日が終わったら、次には何があるのだろう。
疑問は次から次へと出てくる。
私は暇潰しも兼ねて挨拶巡りをしようかとしばらく思案したが、自分が火葬されるところなど見たくないと思い断念した。

⏰:08/09/14 18:11 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#167 [◆KHkHx8enOg]
私はこの暇な時間を潰すために街に繰り出すことにした。
相変わらず身体の浮遊感や無呼吸のような息苦しさには慣れない。
靴が土を踏みしめても何の感触も伝わってこない。
風が草木を揺らしても私の肌をくすぐることはない。
これからもこの違和感に慣れることはないだろう。
私は太陽の陽射しに目を細めた。

⏰:08/09/14 18:12 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#168 [◆KHkHx8enOg]
街中を歩いていて不思議に思ったことがある。
たまにちらりと目が合う人がいるのだ。
彼等には私の姿が見えているのだろうか。
試しに話し掛けてみるが、ほとんど反応は得られなかった。
しかし中には反応する人もいた。
ただそれは話し掛ける前に逃げてしまう人たちだった。
私は面白くなってつい後を付けたりなど意地悪をした。
ふと、これが取り憑くってことなのかなと尾行しながら自らに対して苦笑いを零した。

⏰:08/09/14 18:13 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#169 [◆KHkHx8enOg]
それと、もう一つ気になったのは猫だ。
動物たちは過敏に私に反応する。
通り掛かれば首を回してこちらを伺い、近寄れば目を丸くする。
中には威嚇する猫もいた。
私はここでも悪戯心に駆られて追い回したりした。
小さな背中をしなやかに動かして逃げる猫。
久々に得られた感覚に胸を撫で下ろす。
私はここに居るのだと。
三日前まで当たり前のようにいたその世界が突然愛しく思えた。
私はここに居る。
まだ、存在している。
切なさと哀しさが入り混じる中、私は確かに実感した。

⏰:08/09/14 18:14 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#170 [◆KHkHx8enOg]
日が傾いて街が夜に入り出した頃、私は再び帰宅した。
暗闇が濃くなると、ふと私の体が闇に溶けてしまいそうな錯覚に陥る。
またもや家には誰もおらず、電気を付けることも叶わない私は暗い部屋の中で家族の帰りを待った。
どういう訳か、その日は誰一人として帰ってくることはなかった。
一度だけ鳴った電話の呼び出し音が、寂しく響いた。
やはりソファで夜を明かすのには慣れない。

私は軽い苦痛を感じながらも朝を待った。

⏰:08/09/14 18:15 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#171 [◆KHkHx8enOg]
照り付く太陽が真上に差し掛かった頃、母と父が帰ってきた。
昨日の孝の様子を見るために朝は早くに家を出たから、家族とは一昨日の晩から会っていないことになる。
三日ぶりの両親の姿は、何だか不思議に感じた。
両親は何故か喪服ではなく、普段着であった。
父はまるで会社帰りのようにいつものスーツを身に纏っていた。
更に不審に思ったのは、心なしか母も父も元気に見えることだった。
前向きな両親のことだからいつかは吹っ切れるとは思っていたが、予想よりかは遥かに早い。
私としては少しでも早く明るくなって欲しかったから少し安心した。

⏰:08/09/14 18:15 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#172 [◆KHkHx8enOg]
「あなた、今日会社はどうするの?」

リビングのソファに座る私の横に鞄を落として、母が訊いた。

「今日も休むことにした。大丈夫、会社には連絡してあるからさ。明日から行くよ」

「そう?じゃ、お昼にしましょうか」

ネクタイを解く父の横を通り過ぎて母はキッチンに姿を消した。
ワイシャツ姿になった父は私の隣に腰掛ける。
母の鞄を邪魔くさそうに退けると小さく溜め息をついた。

⏰:08/09/14 18:16 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#173 [◆KHkHx8enOg]
私はテレビの電源を付ける父を見ながら、ちょっと前までは自分もこの輪の中にいたんだなあと頬を緩めた。

ふとテレビの上にある電子時計が目に入れば、今日は日曜日だと認識する。
休日にも仕事があったなんて、お父さんは大変だな。
労いの言葉を考えていたら、突然携帯電話が鳴った。
この曲は私の携帯だ。
父は「何の音だ?」と立ち上がり音源を探し始めた。

⏰:08/09/14 18:17 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#174 [◆KHkHx8enOg]
「良枝、携帯が鳴っているみたいだけど、おまえのじゃないのか?」

「携帯?…いいえ、私のじゃないみたい。この曲、千恵のじゃない?」

キッチンから帰ってきた返事に「千恵の?」と呟いた父は何かを思い出したように母の鞄を漁り始めた。

「あったあった」

上半身を上げた父の手には私の携帯電話が握られていた。
私の携帯電話はどうやらあの事故から無傷だったようだ。

⏰:08/09/14 18:18 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#175 [◆KHkHx8enOg]
「千恵の携帯に電話がきてるぞ」

着信音が消えると当然のように携帯を開く父に「勝手に見たら千恵が怒りますよ」と母が訝しいげな顔を覗かせた。
ごもっともだ。
いくら死んだとはいえ、娘の携帯を見るのは失礼だろう。

「それもそうだな…と、おや?」

これは…、と父が眉をしかめた。
私は不審に思い、父の凝視する携帯を覗き込んだ。

⏰:08/09/14 18:19 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#176 [◆KHkHx8enOg]
「良枝、確か孝君って男の子が千恵の友達にいたよな?」

そう言う父の横で驚く私。
着信履歴のディスプレイに映し出されていたのは、孝の名前だった。

「ええ、いますけど…」

それが?と疑問を含ませた母の声。

「どうやらその彼からだ」

⏰:08/09/14 18:20 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#177 [◆KHkHx8enOg]
ちょうど料理を終えた母は炒飯を両手に抱えてリビングに姿を現した。
皿をテーブルに並べ終わると母も父の横から携帯を覗く。

「孝君から?あら本当。珍しいわね。千恵の口から孝の名前を聞いたのは小学校以来だから、何だか久しぶりね」

エプロンで手を拭いながら懐かしそうに目を細める母に、父は小さく笑いを落とす。

⏰:08/09/14 18:21 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#178 [◆KHkHx8enOg]
「そういえば、そんな悪ガキもいたな。何だ良枝、ダメとか言いながら結局おまえも千恵の携帯を見てるじゃないか」

依然として笑いながら言う父に、母はむっとしながら眉を潜めた。

「私はいいんですよ。千恵とはとても仲が良かったですもの。そんなことより、ご飯出来ましたよ。早くテーブルについてください」

はいはい、と苦笑しながら携帯電話をソファに置くと、父はテーブルに歩いて行った。

⏰:08/09/14 18:22 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#179 [◆KHkHx8enOg]
私の脳裏に孝の姿が過ぎった。
どうしたんだろう。
私の葬式があった日から、孝のことばかりだ。
柄にもなく昔のことを思い出すときも、孝とのことばかり。
走馬灯にしては長すぎるし、内容が孝中心すぎる。
私は自分に苛々してきた。

⏰:08/09/14 18:22 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


#180 [◆KHkHx8enOg]
死んだ時にひどく頭でも打ったのだろうか。
人のことでこんな風に悩むなんてこれまでになかった。
ましてや相手はあの孝ときた。
生前は無視を決め込んでいたような孝に何故今頃?
そもそも何に悩んでいるのかすら明確でない。
何故か孝中心に物事を考え、ようやく忘れたと思ったらすぐに孝が頭に浮かぶ。
この繰り返しだ。
原因不明のもどかしさは私の苛々を募らせるばかりだった。

⏰:08/09/14 18:23 📱:SH905i 🆔:☆☆☆


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