【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#280 [◆1y6juUfXIk]
 
今この瞬間だけ、俺は俺じゃない。俺が書く小説に出てくるような、タフでクールなナイスガイだ。

太郎は自分にそう言い聞かせた。

ポケットに手を突っ込む。
一次選考通過者に贈られた万年筆。
太郎にとっては大事なそれを、躊躇なくポケットから抜いた。

抜くと同時に親指でキャップを弾く。

弾くと同時に踏み込んで、男の胸めがけてねじり込む。

「くっ!?」

「だああああ!!」

⏰:08/09/14 19:38 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#281 [◆1y6juUfXIk]
腕の力だけでは、人間の体にナイフはそうそう簡単に刺さるものじゃない。
タックルをかける要領で体をぶつけ、自分の体重を使って突き立てる。

花子に教わった通りのやり方を、狂いなく実行した。
男ともつれ合って床を転がる。

「ぐぎゃあああ!!! ひいいいい!!!」

「うるせぇな、黙ってろよ」

先に立ち上がった太郎が、床でのたうち回る男の顔面を、渾身の力を込めて踏みつけた。

男が気絶したのを確認し、花子の猿グツワと縄をほどく。

⏰:08/09/14 19:38 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#282 [◆1y6juUfXIk]
「警察を呼ぼう」

「それは……」

「やっぱり何か事情があるんだな? …とりあえずうち来いよ」

花子に服を着せ、気絶した男を路地裏に放り出して救急車を呼んだ。


太郎の家で、とりあえず花子の傷に薬を塗る。
男から引っこ抜いてきた万年筆についた血をタオルで拭いながら、太郎は花子に聞いた。

「あの野郎がお前のピンプか?」

⏰:08/09/14 19:39 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#283 [◆1y6juUfXIk]
花子は無言で首を横に振る。

「私のピンプはあいつが殺した」

「え?」

「あいつ自身のことはよく知らない。警察だか何だかの関係者らしいけど……

最初は客として来て、2度目に仕事をしないかって持ちかけられた。仕事内容は殺し。
ハニートラップ、って聞いたことない?」

「……いや」

⏰:08/09/14 19:39 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#284 [◆1y6juUfXIk]
「当時の私は欲に目が眩んで、いろんな奴を殺した。ナイフの使い方も、男の喜ばせ方もあいつに教わった。

クソ仕事だった。でも逆らえば何をされるか分からないし、それに……」

「金か」

「…しょうがなかったんだ!! 高校も出てない、家族もいない私なんて他にどうすることも……」

「誰も咎めてないよ。だから落ち着け」

「……ごめん…」

⏰:08/09/14 19:40 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#285 [◆1y6juUfXIk]
いつの間にか花子の目は、涙で少し滲んでいた。
太郎は、静かに花子の肩を抱いた。

「……それで金が貯まって…あいつから逃げ出したってわけか。だがあいつは追ってきた、と」

「そう」

花子は、手のひらで顔を覆った。

「私の人生は、真っ暗だった。夢を持っていたあなたが羨ましかった。

……私は生き延びても、やる事が何もないの。ただ追われ続けるだけ……それで、あの木に行ったらあなたがいて……」

そこで花子は言葉を切り、しばらく顔を覆ったまま沈黙した。

太郎も何も言わず、花子を見守っていた。

⏰:08/09/14 19:41 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#286 [◆1y6juUfXIk]
 
やがて、花子は言った。

「……私達、今日限りで他人になりましょう」

「何だって?」

「もしこのあとどっちかがあの木で死んだら、残された方は『あいつを救えなかった』って悩む事になる」

「…そうだな」

「もう行くよ。お元気で」

花子が立ち上がったが、太郎にはそれを止める事はできなかった。

⏰:08/09/14 19:42 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#287 [◆1y6juUfXIk]
花子はドアの前で一度立ち止まり、振り返った。

「あなたの作戦って、結局なんだったの?」

「いや…もう言っても意味ねぇ気がするけど」

「いいから」


「1週間で、お前を俺にホレさせる」




それを聞いた花子は、太郎の家を出ていった。



「それ、失敗じゃなかったと思う」

そう言い残して。

⏰:08/09/14 19:42 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#288 [◆1y6juUfXIk]
花子が出ていったあと、太郎はパソコンを立ち上げた。
書きかけの私小説にも、これでオチがつく。

だが、どうにも筆が進まない。
心にモヤモヤとしたものが残っていた。

コーヒーを飲んだり部屋の中をうろつき回った挙げ句に、太郎は洗面所へ向かった。

鏡の中の人は落胆したような、すっきりしない顔をしている。

⏰:08/09/14 19:43 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#289 [◆1y6juUfXIk]
「彼女はああ言ったが、計画は失敗さ。なぜなら……お前が彼女にホレちまったからな。

これからどうすればいいかなんて、考えなくても分かるだろう?

お前は彼女にホレたんだから、小説のオチはまだ決まらない。

……行けよ。行くんだ」

すでに夜明けが近い。
花子が出ていってから4、5時間が経っている。

迷っている時間はなかった。

太郎は服を着替えて家を出た。

⏰:08/09/14 19:43 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#290 [◆1y6juUfXIk]
家に帰る気がせず、花子はいつもの喫茶店に1人でいた。

落ち着こうとコーヒーを1杯頼んだが、頭の中はこんがらがって何を考えればいいのか分からなかった。

「これから、どうしよう……」

あの男は恐らく警察に捕まるだろう。
もう逃げる意味もなくなった。
かといってやる事も何もなかった。

これから、どうすればいいのか。

それを考えたとき、太郎の顔が頭に浮かんだ。

それ以外には、何も思い浮かばなかった。

窓の外はすでに明るくなってきている。

花子はコーヒーを飲み干し、支払いを済ませて喫茶店を後にした。
 

⏰:08/09/14 19:44 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#291 [◆1y6juUfXIk]
 
もし、あの人が死ぬつもりなら、その時は自分が止めないといけない。

先にその場所に着くために、足は自然と早くなる。

太郎は始発に乗って、林の中を続くハイキングロードから。

花子はタクシーに乗って、子供の頃に見つけた秘密の抜け道から。

2人は、共にあの木へ向かっていた。


自分はやっぱり、あの人と一緒にいたいから。




─それって、どう転んでもバッドエンドじゃない?─

─さぁな。万一のハッピーエンドが、あるかもしれないだろ?─


   ....お し ま い

⏰:08/09/14 19:45 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#292 [◆1y6juUfXIk]
>>217-291
自 殺 志 願 者 -太郎と花子の最後の2週間-

投下終了でーす
次の方どうぞ!

⏰:08/09/14 19:46 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#293 [◆SjNZMOXdWE]
それでは投下させていただきます!

⏰:08/09/14 20:43 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#294 [◆SjNZMOXdWE]
 

 ■■■■■■■■■□
 青虫は
   空に恋をし
       蝶になる
 □■■■■■■■■■

.

⏰:08/09/14 20:45 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#295 [◆SjNZMOXdWE]
木枯らし吹きすさぶこの季節‥

万年遅刻魔のこの俺、今日も軽快に裏門の奥にあるフェンスを越える。


 間宮 翔 17歳

よく“ショウ”って間違えられるけど正しくは“カケル”

その名の通り、いつかこの大空を翔けるようなデッカイことをやらかしたいと思ってる。


鼻唄まじりに昇降口までスキップする。

冬の匂いって何か好き。

⏰:08/09/14 20:46 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#296 [◆SjNZMOXdWE]
深呼吸するとキンッて冷たい空気が肺いっぱいに広がって、五感が鋭くなる感じも大好き。

上履きをパタパタ鳴らして誰もいない廊下を歩く。

俺のクラスは2−C、3階のグラウンド側。

このタイミングだとHRとかぶるなぁ‥

なんて考えながら窓の外を眺める。

枯れた木の枝に三羽の雀。

昔、ひな太圭太郎と誰が一番高いとこまで登れるか競ったっけなぁ‥

⏰:08/09/14 20:46 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#297 [◆SjNZMOXdWE]
ガキの頃からふざけたことしか言わない圭太郎。

それに比べて寡黙で男気溢れるひな太。

二人とも俺の幼なじみなんだけど‥

ひな太は小学校に上がると同時に転校しちゃってそれっきり。

圭太郎はまぁいいとして、ひな太‥元気でやってっかなぁ‥




なんてセンチに物思いに耽っていると

⏰:08/09/14 20:47 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#298 [◆SjNZMOXdWE]
「間宮あぁ!お前はまぁた遅刻かあぁ!?」

学年主任の武田先生、通称ハゲ先が首にぶら下げたホイッスルをカチャカチャ振り回しながら怒鳴ってきた。

その音量ったら半端ない。

思わず飛び跳ねちゃった俺。

するとハゲ先の陰から長い巻き毛を細かく揺らしてクスクス笑う女の子が見えた。


 !?


 幽霊!!?


ビビりな俺はまたもやビックリ。

⏰:08/09/14 20:48 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#299 [◆SjNZMOXdWE]
だけどよく見るとちゃんと足だって付いてるし、ちらっと見えた笑顔が‥

笑顔が‥‥


か‥

「わいい‥」



  は?

 俺今何つった!?

「何だ間宮?わけわからんこと言ってないで、はよ教室入れ!」

⏰:08/09/14 20:49 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#300 [◆SjNZMOXdWE]
ハゲ先に首根っこをつかまれ、半ば強引に教室に放り込まれた俺。

何だ何だと駆け寄ってくる圭太郎を無視して、さっきの彼女を目だけで追う。

真っ白な肌に栗色の巻き毛。

化粧っ気はなくてナチュラルな感じ。

だけど唇はぷるんぷるん‥

「もぅガッとしてギュッとしてチュウゥゥゥってしたい‥」

⏰:08/09/14 20:49 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#301 [◆SjNZMOXdWE]
 
 !!

耳元でいきなり聞こえた圭太郎の声のせいで、背筋に気持ち悪い心地が走る。

「なっななな何言ってんの?バッカじゃねぇ!?ぶぁーか!ぶぁーあぁか!」

変な汗をかきながらうろたえまくる俺を、鼻で笑う圭太郎。


「ストライクゾーンどんぴしゃってとこですか!」

至って冷静に俺の感情を逆なでする。

「だぁかぁらぁ!」

ハゲ先にも負けないくらいの怒鳴り声で圭太郎にかみ付く。

⏰:08/09/14 20:52 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#302 [◆SjNZMOXdWE]
教室中がしんとしたところでHR終了のチャイムが鳴った。




もちろん俺は担任から呼び出し。

こってり説教をくらって教室に戻ると、ニタニタと嬉しそうに圭太郎が駆け寄って来た。

「女の子のケツばっか追っかけてるからこんな目に合うんだぜ〜?んっとしょうがねぇなぁ、翔ちゃんは」

「翔ちゃん言うな」

頭を撫でようとしてくる圭太郎の手を思い切りよく振り払う。

⏰:08/09/14 20:52 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#303 [◆SjNZMOXdWE]
「はぁぁ‥昔は可愛かったのになぁ‥‥俺の翔ちゃんを返せ!!」

そう言って今度は首を絞めてくる。

「やめとけって!今じゃ俺のが10センチは背ぇ高いんだぜ?」

いつまでもガキのイメージ引きずられてちゃ困る!

そう思ってわざと襟を正しながら、ぴんと背筋を張って見せた。

「くっそぉ!正確には9.8センチだけどな!!もぉいいや‥せっかく聞いてきてやったのに、転校生情報‥お前には教えてやんないっ」

⏰:08/09/14 20:55 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#304 [◆SjNZMOXdWE]
ぷいっとあっちを向いたかと思うと圭太郎はそのまま教室を出て行ってしまった。


 転校生って‥

 さっきの美少女?

うそうそ、気になる!


「待ってくれよ親友〜!」

「るせっ!しっしっ!あっち行けよ!俺は忙しいの」

足早に廊下をすり抜ける圭太郎。

さすがチビっこなだけあるぜ‥

⏰:08/09/14 20:55 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#305 [◆SjNZMOXdWE]
「待てよ圭太郎ぉ!ごめんってば圭ちゃん許して〜」

いつもこう言えばたいていのことは許される。

ほら今回もこうやって

「しゃあねぇなぁ‥俺がいないと生きてけなぁい!っつったら許してやるよ」

「それはさすがにキモいって!」

二人で笑って階段を下りる。

向かった先は音楽準備室。

ここが圭太郎と俺のおサボりスポットだ。

⏰:08/09/14 20:56 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#306 [◆SjNZMOXdWE]
 


「で?情報って何?どうせ名前とかどっから来たとかだろ?」

焦る気持ちが口に伝わりついつい早口になってしまう。

「まぁまぁそうせっつくんじゃねぇよ」

すると圭太郎は準備室の椅子に腰掛け、足を組んでから大きく息を吸った。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

俺の喉がゴクリと鳴った。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」


沈黙に耐えれなくて目をそらそうとした瞬間

⏰:08/09/14 20:56 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#307 [◆SjNZMOXdWE]
「やっぱやめた!自分で聞いた方がいいよ、こういう事は」

思わず前につんのめった俺はその勢いのまま圭太郎につかみ掛かった。

「そりゃないぜ圭ちゃぁぁあん!」

言ったと同時に口元を手で抑えられて「しー!」と人差し指を立てられる。

こうなるとますます気になる謎の美少女‥

「名前だけでも‥」

「だぁめ!」

⏰:08/09/14 21:01 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#308 [◆SjNZMOXdWE]
頑として口を開かない圭太郎に苛立ちながらも、こうなったら自力で聞きに行くしかないとよわっちい根性を奮い立たせていると

「なぁお前、藤堂ひな太のこと覚えてる?」

急にトーンを抑えた圭太郎が神妙な面持ちで話し掛けてきた。

「え?あぁ、覚えてるよ。よく三人で木に登ったじゃん。お前と違って優しくてカッコよくて、俺の憧れだったよ」

それが今どう関係あんだよ!

⏰:08/09/14 21:02 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#309 [◆SjNZMOXdWE]
俺はそんな事よりどうやってあの美少女に近づくかを考える事に集中したいんだ。

「そっか‥お前、あれからあいつと会ったか?」

「だぁ!もぉ何なんだよ?会ってねぇよ!ひな太が転校して今の一度も!見かけた事すらない!」

お願いだからシュミレーションの邪魔をしないでくれ。

「‥そっか、だったらいいんだ‥‥」

その時圭太郎がどんな表情してたかなんて覚えてないけど、今なら想像がつく。

⏰:08/09/14 21:05 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


#310 [◆SjNZMOXdWE]
きっと目新しいおもちゃを手にした子供のように、目をキラキラ‥いや、ギラギラ輝かせてたに違いない‥




圭太郎の真意を知るのはこの数時間の後だった。

まさか俺にこんな運命が待っていようなんて‥‥




.

⏰:08/09/14 21:07 📱:SH706i 🆔:☆☆☆


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