【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#210 [◆KHkHx8enOg]
「嫌いだって、思ってた。いや、思い込んでた」
ほらね…
信じることが出来る。
「あの日の延長線…」
孝は一つ一つ言葉を落としていく。
きっと私の高鳴りは最高潮に違いない。
「格好悪いって躊躇っていたら、後戻りが出来なくなっていた」
…まただ。
またあれが来た。
気恥ずかしさが心を埋めていく。
一刻も早くここから去りたい衝動に駆られる。
少しずつ体が熱を帯びる。
「でも、今になって俺は…」
でもね、もう大丈夫。
逃げ出したりはしない。
何より大切なものを見付けたから。
「好きなんだって、気付けたんだ」
そう言い終えた孝は切なそうな視線を空に映した。
:08/09/14 18:49 :SH905i :☆☆☆
#211 [◆KHkHx8enOg]
「孝…」
私もね、気付いたんだ。
孝が、好きみたいだって。
…だけど、ここまでだよ。
私は初めから知っていたのかも知れない、こうなることを。
間に合って良かった。
最後に、答えを聞けて良かった。
:08/09/14 18:51 :SH905i :☆☆☆
#212 [◆KHkHx8enOg]
それた突然やってきた。
身体に暖かさを感じる。
死んでから一度も感じなかった温もりだ。
身体が小さく細かい光の粒に変わっていく。
目に映る景色も白くなり始め、視界の端から崩壊していった。
それらの感覚はじわりじわりと私の身体を侵食していく。
少しずつ、少しずつ…。
:08/09/14 18:52 :SH905i :☆☆☆
#213 [◆KHkHx8enOg]
もう、時間か…。
どうやら、ようやくお迎えがきたようだ。
九年前に止まった時計は、九年の時を経て再び刻み始めた。
十八年間。
短いようで長い人生だった。
今から行くのは天国だろうか、地獄だろうか。
色々あったが、ようやく私の臨死体験は終わりを告げるようだ。
:08/09/14 18:53 :SH905i :☆☆☆
#214 [◆KHkHx8enOg]
死んでから気付いた大切な人。
もし生き返ることが出来たなら、きっと私は告白することが出来るだろう。
でも後悔するのは嫌だから、今言えるだけ言っておこう。
今までありがとう。
貴方が大好きでした。
そして最後に…、
さようなら。
薄れゆく意識の中で、私はゆっくりと微笑んだ。
:08/09/14 18:54 :SH905i :☆☆☆
#215 [◆KHkHx8enOg]
:08/09/14 18:56 :SH905i :☆☆☆
#216 [◆1y6juUfXIk]
:08/09/14 18:57 :P903i :☆☆☆
#217 [◆1y6juUfXIk]
彼は洗面台に手をつき頭を垂れ、盛大にため息を吐き出す。
ゆっくりと顔を上げ、目の前のやさぐれた顔の男に告げた。
:08/09/14 18:58 :P903i :☆☆☆
#218 [◆1y6juUfXIk]
「まずは誕生日おめでとう。そして、早速だが本題に入る。
お前が目指してきたのは小説家だったな? もう何年もありとあらゆる賞に送りまくっている。
結果は……言わなくても分かるな。散々だ。
お前が他の全てにおいて無能でも今まで生きてこれたのは、ひとえに小説があったおかげだ。
しかしその小説が通じないとわかった今、お前の存在価値なんてどこにもありはしない。そうだろう?
……とまぁ、以上の理由から」
言葉を切り、再びため息をひとつ。
「…お前の人生を失敗と認定する。おめでとう」
自 殺 志 願 者 -太郎と花子の最後の2週間-
:08/09/14 18:59 :P903i :☆☆☆
#219 [◆1y6juUfXIk]
目の前の男はうなだれていた。
今まで何となくではあるが気付いていた事を、こうして真正面からはっきりと言われたのだから、当然と言えば当然だった。
彼…太郎もまた、その事を告げるのには相当に悩み苦しんだことだろう。
だが、もう誤魔化すことなどできなかった。
「失敗だ。何もかも失敗だったんだよ」
目の前の男は、太郎だった。
要するに太郎は洗面台で、鏡に写った自分自身に話しかけていたのだ。
「それじゃ、行くか」
一次選考落選の通知をゴミ箱に捨てて、辺りを見回す。
こういう時は、身の回りの整理をすればいいのだろうか。
:08/09/14 19:00 :P903i :☆☆☆
#220 [◆1y6juUfXIk]
ぼんやりと色々考えた結果、太郎は1本の万年筆だけ持っていくことにした。
とある賞の一次選考通過者全員にプレゼントされた品だ。
それが唯一、太郎が一次選考を通過できた賞だった。
安っぽい作りだが、太郎にとっては宝物だった。
それをポケットに入れて、財布を持って家を出る。
家の鍵はもう要らないし、かける必要もない。
家を出ると、季節外れの涼しい風が顔を撫で上げた。
半袖では少し肌寒いが、気にする程でもないし気にする必要もなかった。
:08/09/14 19:01 :P903i :☆☆☆
#221 [◆1y6juUfXIk]
どこを見ても灰色しかない、コンクリートに塗り固められた住宅街に1歩踏み出す。
足がやけに重く感じた。
周囲の家を見渡すと、どこか物悲しくなった。
カラッとよく晴れた過ごしやすい天気だったが、太郎の胸はコンクリートを詰め込んだように重かった。
「この風景も見納めか…」
向かった先は、ショッピングモールにあるスポーツ用品店。
入ってすぐに、愛想のよい女性店員が笑顔を見せた。
「いらっしゃいませ」
「ロッククライミングをするんだ。命綱になるロープはあるかい?」
「それでしたらこちらに。何メーターほどご入用なさいますか?」
「2メートルでいい」
:08/09/14 19:02 :P903i :☆☆☆
#222 [◆1y6juUfXIk]
当たり前だが、店員は変な顔をした。
「2メートル…ですか?」
「ああ。2メートルで」
当然だろう。
2メートルは命を救うには短すぎるが、命を捨てたい奴にとっては悪くない長さだ。
それに命綱で首を吊るなんてまさにブラックジョーク、気が利いているというもの。
ロープに加えて折り畳み椅子を持ち、そのままレジへ向かう。
さっきの店員が今度は不安そうな顔をしていたが、太郎は気にせず店を出た。
向かった先は駅。
路線図の一番端に書いてある駅へ向かう切符を買って、改札を通る。
:08/09/14 19:03 :P903i :☆☆☆
#223 [◆1y6juUfXIk]
太郎はホームの黄色い線の内側に立ち、周りの人間を眺めながら考えた。
(例えば俺が今ここで「俺は今から死にに行くんだ!」って叫んだら、どうなるんだろうな…)
まぁ目を合わせないようにするだけで、止めてくれるような親切な奴はいないだろう。
現代社会なんてそんなもんだ。
皆、自分が生きていくのに必死で、赤の他人に興味なんて持っていない。
まぁ、別に止めてほしくもない。むしろ迷惑だ
太郎自身、実に淡々とした気分だった。
まるで工場の中で次から次へと流れてくるパーツを組み立てる機械のように。
:08/09/14 19:03 :P903i :☆☆☆
#224 [◆1y6juUfXIk]
(安いもんだな、人の命なんて)
恐らくこのホームにいる誰もが2メートルの命綱を買えるだけの金を持ってるだろうし、それを引っかける場所もいくつか思い付くだろう。
そんな金すら持ってない子供なんかも、マンションの階段を屋上まで上がる体力さえあれば死ねるのだ。
普段の生活では『死』は何か遠いところにあるもののように感じるが、実際は常に手が届く距離にある。
人は、買い物に行くように、遊びに行くように、死ににいけるのだ。
:08/09/14 19:04 :P903i :☆☆☆
#225 [◆1y6juUfXIk]
電車に乗り込んだ太郎は座席に腰を下ろし、静かに瞼を閉じていた。
瞼の裏に浮かぶのは大木の姿。
大きくてがっしりした木だ。枝も手頃な高さにあり、太さも申し分ない。
最近は、いついかなる時でもこの大木の光景が視界に割り込んでくる。
「あっ、そういや遺書を書いてなかったな」
作家らしく時世の句でも、と考えたが、すぐに面倒くさくなった。
別にどうでもいいことだ。
恋人も、友人すらもいないのに、誰に何を言い残すというのか。
遺書なんて書く意味もなかった。
だがそれはつまり、自分が今日で消えてなくなっても、この世には何の影響もないことの証明でもあった。
:08/09/14 19:05 :P903i :☆☆☆
#226 [◆1y6juUfXIk]
失敗だな、本当に。
何もかも、本当に失敗だ。
移り行く電車の窓から人生最後の風景を味わったあと、太郎は電車を降りた。
都心から遠く離れた、人気のない林の中にポツンとある無人駅だ。
しばらく林の中の道なき道を歩いていると、大木の前に出た。
「ここだな」
以前、取材していた時に偶然見つけた場所だ。
人気はまったくないし、恐らく自分が腐って土に返るまで見つかる事はない。
誰かに見つかるなんてうんざりだ。
ましてや自分の葬式で老いた両親が泣く姿など、想像するだけで嫌になる。
:08/09/14 19:06 :P903i :☆☆☆
#227 [◆1y6juUfXIk]
自分のことで誰かが騒ぐところを見たくなかった。
自分など最初から生まれてこなかったことにしたかった。
「ここらへんでいいか。この枝なら…」
折り畳み椅子を広げて上に乗り、枝にロープをくくりつける。
ほどけないようにしっかりと結び付け、もう一端に頭が通るサイズの輪を作った。
ここまで終えると、さすがに緊張してくる。
「…もう何一つ惜しいものなんかないだろう。何を躊躇してるんだ、俺は?」
生きていたい理由なんて1つもない。
思いきって輪に頭を突っ込んだ瞬間、視界の端をかすめる人影に初めて気が付いた。
:08/09/14 19:06 :P903i :☆☆☆
#228 [◆1y6juUfXIk]
「………」
大木の反対側に、同じ格好でこちらを向く女がいた。
頑丈なロープ、それを結び付けた枝、折り畳み式の椅子。
驚嘆したような呆然としたような顔。
そこに立っているのが自分ではないこと以外は、鏡を合わせたようにまったく同じだった。
2人はしばらくの間、身を乗り出して互いを見つめていた。
:08/09/14 19:07 :P903i :☆☆☆
#229 [◆1y6juUfXIk]
「………」
「………」
しばらくして、同じように顔を引っ込める。
見なかったことにしよう。
見なかったことにして、自分がやろうとしていたことに意識を戻そう。
そんな感じに。
「………」
「………」
だがしかし、この状況ではお互い相手が気にならないはずがなかった。
:08/09/14 19:08 :P903i :☆☆☆
#230 [◆1y6juUfXIk]
堪えきれず、太郎がとうとう声を出した。
「あー…失礼だがちょっといいか?」
「なに?」
「いや、何をしてるのかなー、と」
「そっちがやろうとしてる事と同じだと思うけど」
そりゃそうだ。
目の前の女がピクニックに来ているようには見えない。
ピクニックに来る奴は、椅子に乗ってロープをかけて輪を作ってそこに頭を突っ込んだりはしない。
「死のうとしてるのか?」
「まあね」
「そうか…」
「そう」
:08/09/14 19:09 :P903i :☆☆☆
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