【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#186 [◆KHkHx8enOg]
孝を捜し始めて十五分。
孝の家の近くの公園で目標を発見。
私はすたすたと孝に近付いた。
「やっと見付けた」
無反応の孝は悩ましげな固い表情でベンチに座っている。
とりあえず私も隣に腰を降ろした。
しばしの沈黙。
「……」
「…暇だなぁ。何か喋ってよ」
もう五分はこの調子だ。
会話すら出来ないんだから、せめて何か行動してくれないと来た意味がない。
:08/09/14 18:28 :SH905i :☆☆☆
#187 [◆KHkHx8enOg]
「…はぁ」
「…どうしたの?溜め息なんか付いちゃって」
「……」
「ま〜ただんまり?」
「……」
「もう、何か喋りなよ。私なんか死んでから独り言ばかりだよ?猫しか遊び相手いないし、つまんない」
愚痴を言いながらも、私はわずかに微笑んでいた。
:08/09/14 18:29 :SH905i :☆☆☆
#188 [◆KHkHx8enOg]
孝の隣は居心地が良い。
悪ふざけをしない孝は悪いもんじゃないなと、あの屋上でのひと時以来しばしば感じていた。
沈黙すら楽しんでいる。
「…二時三十分か」
私が公園の時計を見て呟くと、孝の声とぴったり重なった。
驚いて隣に視線を向ければ、孝も携帯電話の時計を見ていた。
カチカチと、無造作にボタンを押す孝。
私は先程の電話の件もあってつい画面を覗き込んだ。
:08/09/14 18:30 :SH905i :☆☆☆
#189 [◆KHkHx8enOg]
「孝。…何考えてるの?」
画面には私の名前と電話番号が映っていた。
しばらく停止した後、孝は通話ボタンを押した。
ゆっくりと耳に近付けると、呼び出し音が響く。
三回…、四回…。
私は出るはずがない、と確信しながら、孝の行動の意味を考えていた。
結論、理解不能。
八回目を過ぎると、孝は電話を切った。
溜め息を吐く孝を横目に、私は少し気まずさを覚えた。
孝が、教室で黙祷の時に見せた、私の机を見つめていた時のあの目をしていたのだ。
:08/09/14 18:30 :SH905i :☆☆☆
#190 [◆KHkHx8enOg]
何を考えているのか…私にはわからない。
そう、思っていた。
孝の漏らした言葉を聞くまでは。
「…千恵。おまえはもう帰ってこないんだな、本当に…」
不意打ちだった。
有り得ないと思っていたことが現実に起きた瞬間、私は顔に熱が昇るのを感じた。
かぁっ、と頬が熱くなる。
孝は、私を想ってくれていたのだろうか。
張り合い相手がいなくなったのを、寂しがってくれていたのだろうか。
私は初めて見た、孝のそんな姿を。
:08/09/14 18:32 :SH905i :☆☆☆
#191 [◆KHkHx8enOg]
九年前に反発しだした関係が、九年ぶりに修復に向かった気がした。
よくわからないが、私は気恥ずかしさでいっぱいだった。
この感覚は知っていた。
昔、体験したことがある。
ランドセルを落としたあの放課後の時と同じだった。
自らの熱と、場の空気と、何より恥ずかしさに耐え切れなくなった私は、逃げるようにその場を離れた。
:08/09/14 18:33 :SH905i :☆☆☆
#192 [◆KHkHx8enOg]
私は走った。
顔の熱は冷める兆しはなく、私のスピードを上げた。
息切れはしないし、全力疾走なのに思うように速くない。
夢の中の全力疾走のような感じだ。
それでも私は走った。
息切れはないが疲労感が込み上げてくる。
身体が脱力しきって走るのを止めた時、空を見上げれば茜色の夕空が夜を待っているところだった。
不思議だ。
私は死んだ。
なのに生きていたときより心が躍っているような気がする。
:08/09/14 18:34 :SH905i :☆☆☆
#193 [◆KHkHx8enOg]
私は怖かった。
道標がない未来に怯えていた。
突然、影のように闇に紛れて消えてしまうんじゃないかと。
突然、煙のように空気に混ざって溶けてしまうんじゃないかと。
だけど今は違う。
私は怖くない。
身体が熱い。
実際の所、死んでから体温や気温などを感じる機能は遮断されていた。
だから熱い、というよりは熱い気がするの方が正しいと思う。
どちらにせよ、私は今赤面しているだろう。
:08/09/14 18:35 :SH905i :☆☆☆
#194 [◆KHkHx8enOg]
私の身体を取り巻く熱が引くまでに、かなり時間が掛かった。
とっぷりと暮れた夜空の下、私は公園のベンチにいた。
さっきの公園とは違う公園。
今にも切れそうな街灯に視線を送りながら、私は頭を抱える。
変わっていない。
九年前と。
あの頃は子供だった…なんて、笑ってしまう。
私は今も子供だ。
:08/09/14 18:36 :SH905i :☆☆☆
#195 [◆KHkHx8enOg]
変わっていない。
九年前と。
私は九年前に、気持ちを置いてきてしまったのかもしれない。
だけど気付いてしまった。
九年もの間、全く気付かなかったことに私は気付いてしまった。
じわりじわりと熱が蘇ってくる。
私は…、
孝が…、
満天の星空の下、私は心の奥底に秘めた気持ちを隠した。
:08/09/14 18:36 :SH905i :☆☆☆
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