【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#203 [◆KHkHx8enOg]
そこには、病室のベッドに身を埋めて眠る私の姿があった。
口元には呼吸を助けるためなのか、規則正しい音を出す機械が伸びている。
呆然とする私の前で、母はせっせと世話をし始めた。
花瓶の水を変えている母を眺めていたら、ふと我に返る。
即座に病室の前の名札を見に行けば、桜井千恵と書かれていた。
間違いない、私だ。
もう一度目を向けると、ベッドの上の私は眠るように胸を上下させていた。
予想は当たっていた?
私は死んでなかった…?
夢を見ているのではないか。
:08/09/14 18:43 :SH905i :☆☆☆
#204 [◆KHkHx8enOg]
喜びと同時に疑問も溢れた。
母や父が元気になった理由は頷ける。
しかし、私の葬式は確かにあった。
ならば、いつ私は生き返ったのだろうか。
いやそれより、何故私は肉体に戻れないのだろうか。
これは意識不明の昏睡状態というものか。
それとも植物状態というものか。
それより問題は身体に戻れないこと。
私が何度試しても、映画のように魂が肉体に戻ることはなかった。
:08/09/14 18:43 :SH905i :☆☆☆
#205 [◆KHkHx8enOg]
これじゃ…生き返ったなんて言えない。
肉体は生き返っても、私の心はこうして死んだままだ。
でも、悲しくはない。
ようやく希望が見えた。
生きているとわかったその時から、私の心の中心はある感情に支配されていた。
あの時、奥深くに封印したはずの想いが、いつの間にか溢れ出していた。
…孝。
この数日、孝は悲しんでいただけかも知れないけど、私は変わったと思う。
孝には悪いけど、私はもう止まれない。
例え希望が断たれても、私は突き進むと決めた。
:08/09/14 18:44 :SH905i :☆☆☆
#206 [◆KHkHx8enOg]
私には、まだやり残したことがある。
孝の気持ちを聞いていない。
盗み聞きはよくないと思うが、今じゃなきゃ出来ないのも事実だ。
私はまた走っていた。
学校に行ってみたが今日は孝はいなかった。
ならばと家まで押しかけたが生憎の不在。
次に所に向かっていた。
脱力感は最高潮に達する。
もしあそこにいなかったら、私はしばらく動けなくなるに違いない。
一歩進む度に孝に近付いているのだろうか。
私は鎖が巻き付いたような重い足を踏み出しながら、歩を進める。
やがて足は動かなくなり、そして完全に停止した。
:08/09/14 18:45 :SH905i :☆☆☆
#207 [◆KHkHx8enOg]
「も…動けない」
膝に手をつきながら顔を上げる。
「けど…間に合った…!」
正面にはあの公園。
そしてベンチには大嫌いだった男。
私は微笑みながら足を引きずって隣に座った。
「あんたさぁ…いい加減にしてよね。死んでからも私をいじめる気?」
笑ってみせるが、やけに清々しい。
孝は静かに正面を見据えつつ、足を組んでいる。
馬鹿馬鹿しい。
私がこんなに一生懸命なるなんて、生きてた時は思ってもいなかった。
…だが、悪い気分ではない。
:08/09/14 18:46 :SH905i :☆☆☆
#208 [◆KHkHx8enOg]
「今日はいつもみたいに退かないからね。答えを聞くまで、粘るよ」
ベンチに身を委ねて空を仰げば、隣から声が響く。
「…不思議な気分だ」
「…え?」
「千恵がいなくなってから、たまに千恵を近くに感じる時がある…」
屋上や公園でのことだろうか。
「…今も」
「…うん」
しばらく沈黙が続く。
小さく息を吐いて次の言葉を待った。
「なぁ…」
私は孝を横目でみる。
:08/09/14 18:47 :SH905i :☆☆☆
#209 [◆KHkHx8enOg]
孝は相変わらず同じ姿勢を保っている。
今日はやけに独り言が多いなぁ。
いつもより饒舌ではないか。
少し黙った孝に私は視線を送り続けた。
「俺はおまえが嫌いだったよ」
「……」
うん…。
それはわかっていた。
世界は灰色に変わる。
悲しみも衝撃もない。
でも大丈夫。
私は、気付いてしまったから。
「……で?」
気付いたから、
違うんだと今は信じれる。
:08/09/14 18:48 :SH905i :☆☆☆
#210 [◆KHkHx8enOg]
「嫌いだって、思ってた。いや、思い込んでた」
ほらね…
信じることが出来る。
「あの日の延長線…」
孝は一つ一つ言葉を落としていく。
きっと私の高鳴りは最高潮に違いない。
「格好悪いって躊躇っていたら、後戻りが出来なくなっていた」
…まただ。
またあれが来た。
気恥ずかしさが心を埋めていく。
一刻も早くここから去りたい衝動に駆られる。
少しずつ体が熱を帯びる。
「でも、今になって俺は…」
でもね、もう大丈夫。
逃げ出したりはしない。
何より大切なものを見付けたから。
「好きなんだって、気付けたんだ」
そう言い終えた孝は切なそうな視線を空に映した。
:08/09/14 18:49 :SH905i :☆☆☆
#211 [◆KHkHx8enOg]
「孝…」
私もね、気付いたんだ。
孝が、好きみたいだって。
…だけど、ここまでだよ。
私は初めから知っていたのかも知れない、こうなることを。
間に合って良かった。
最後に、答えを聞けて良かった。
:08/09/14 18:51 :SH905i :☆☆☆
#212 [◆KHkHx8enOg]
それた突然やってきた。
身体に暖かさを感じる。
死んでから一度も感じなかった温もりだ。
身体が小さく細かい光の粒に変わっていく。
目に映る景色も白くなり始め、視界の端から崩壊していった。
それらの感覚はじわりじわりと私の身体を侵食していく。
少しずつ、少しずつ…。
:08/09/14 18:52 :SH905i :☆☆☆
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