【特別企画】1日限りの恋愛短編祭り!【投下スレ】
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#251 [◆1y6juUfXIk]
「で、明日からはあなたの番だけど」

「あー、そだな。まずは俺同様に話を聞かせてもらう事にするわ」

「……そうか」

花子は複雑そうな顔をした。

まあ自殺したい奴なんて、そいつの人生丸ごとが触れてほしくない大きなかさぶたのようなものだ。

だが目立つかさぶたは、やはり自分でひっぺがしてみたくなる。

それに多少の苦痛が伴うとしても。

「うむ。人生とはかくもかさぶたのようなものだな」

「ん? 何か言ったか?」

「いや何も」

⏰:08/09/14 19:21 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#252 [◆1y6juUfXIk]
狭い路地を抜けようとすると、目の前に人影が立ちはだかった。

ガタイのいい男だ。明らかに太郎と花子を待ち受けていた感じだった。

危険を感じた太郎が振り返ると、そこにも男が2人いた。

囲まれた。それも明らかにチンピラだ、かなりマズイ。

太郎は恐怖で心臓が縮み上がるのを感じながら、地面を見回して武器になるようなものが転がっていないか探した。

⏰:08/09/14 19:22 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#253 [◆1y6juUfXIk]
「こんな時間にうちの縄張り歩いてるから誰かと思えば……」

「ひょろい男と…女はいけそうだなァ」

「男は金置いて消えな、それで勘弁してやる」

男たちの話を聞くふりをして地面を探すが、何もない。

ビール瓶も角材も鉄パイプもパイロンも、小さな石ころすらもない。

現実はやっぱり小説のように都合よくはいかないものだ。

3人は懐からナイフを取り出して、真っ直ぐに間合いを詰めてくる。

⏰:08/09/14 19:22 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#254 [◆1y6juUfXIk]
前後からじわじわと迫る男を牽制しながら、右手で花子の前を制する。
花子に聞こえるように小声で囁く。

「花子、俺が正面の1人にタックルをかけるから、その隙に……」

言いながら視線を後ろにやると、花子はポケットに手を突っ込んだまま動いていない。

太郎の言葉を制し、彼女は言った。

「太郎、何もするな。何もするなよ」
 

⏰:08/09/14 19:23 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#255 [◆1y6juUfXIk]
後ろの2人が花子を羽交い締めにした瞬間、花子はポケットから手を抜いた。
同時に、ヒュッという空気を短く切り裂く音。

「つーかまえたァ……ってあれ?」
「!?」

何が起きたのか、花子以外は誰も理解していなかった。

だが刹那も待たずに、男2人の手の甲と顔に赤い直線が走る。
間髪入れずに血が吹き出した。

血が吹き出したのだけは、太郎にも見えていた。

⏰:08/09/14 19:23 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#256 [◆1y6juUfXIk]
「あべしっ!?」

意外だ。男の叫び声が、じゃない。

太郎は、人間の体に刃物が突き刺さる音は『グサリ』とか『ブスリ』とかそんな音だと思っていたが、実際は『カンッ』というわりと甲高い小さな音だった。

花子が2本目のナイフを懐から抜き出す。

男たちは顔を見合わせると、捨て台詞もなしに一目散に逃げ去った。
正面の男は腕にナイフが刺さったまま走り去る。
大丈夫なのだろうか。

「あのー……今のは?」

「当たって良かった」

花子は深く安堵のため息をついた。

⏰:08/09/14 19:24 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#257 [◆1y6juUfXIk]
「投擲には自信がある」

「いやそういうことを聞いてるんじゃなくて」

「わかってる」

駅はもうすぐそこ。
花子は振り返って太郎に向き直った。

「明日、全部話すよ。全部話す。今日はここまででいい」





花子を見送って、太郎は家に帰ってきた。

洗面所に向かい、鏡を覗きこむ。
もう1人の自分がこっちを見ていた。

⏰:08/09/14 19:24 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#258 [◆1y6juUfXIk]
「変な女だな。娼婦について妙に詳しかったり、ナイフの扱いが妙に上手かったり……

まぁそれはいいとして、お前はどうするつもりだ?

彼女が抱えている問題は、恐らくお前とは比にならない。それぐらいは俺でも予想がつく。

………どうするんだ? お前に彼女を救えるのか? 自分の人生ですら救済できなかったお前ができるのか?」

目の前の男は、絶望的な顔をする。

「お前が今考えてることを当ててやるよ。
今すぐ家を飛び出して電車に飛び乗って、あの木に行く。勝負を放り出して反則勝ちする気だ」

⏰:08/09/14 19:25 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#259 [◆1y6juUfXIk]
太郎は目の前の男をたしなめた。あらんかぎりの同情の念を込めて。

「やめとけよ。それはフェアじゃねぇ」

そうさ、そんな勝ち方に意味はない。
人生最後の、プライドを賭けた戦いだ。

このままあそこで死んだって、イマイチすっきり死ねそうにない。
死にきれないままに怨霊になって、あの林を永遠にさ迷うのはゴメンだ。

「こんな俺でもできること。小説以外に、何か………」

その夜、太郎は一晩中考え込んでいた。
 

⏰:08/09/14 19:26 📱:P903i 🆔:☆☆☆


#260 [◆1y6juUfXIk]
翌日、太郎は身支度を整え鏡の前に立った。
クローゼットを掻き回して揃えた、いつもより少しだけお洒落な服だ。

「…よし」

家を出て、花子の待ついつもの喫茶店へ急いだ。



「よう」

「ん」

すでに来ていた花子の隣に腰を下ろす。
彼女は口をつけていたコーヒーカップに視線を落とし、一息置いてから言った。

⏰:08/09/14 19:26 📱:P903i 🆔:☆☆☆


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